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村上さんがご自身の父親について記したエッセイ。 「文藝春秋」2019年6月号に掲載された作品で、 単行本化された本書は、わずか101頁というコンパクトなもの。 表紙や各所に挿入される高妍さんのイラストが、大きな存在感を放っています。 *** しかし自分が、その人生において果たすことのできなかったことを、 一人息子である僕に託したいという思いが、やはり父にはあったのだろう。 僕が成長し、固有の自我を身につけていくに従って、 僕と父親とのあいだの心理的な軋轢は次第に強く、明確なものになっていった。 そして我々はどちらも、性格的にかなり強固なものを持っていたのだと思う。 お互い、そう易々とは自分というものを譲らなかったということだ。 自分の思いをあまりまっすぐ語れないということにかけては、 僕らは似たもの同士だったのかもしれない。良くも悪くも。(p.84)村上さんのお父さんは、京都の安養寺というお寺の次男として生まれ、度重なる兵役を奇跡的に生き残った後、甲陽学院で国語の教師をされていた方。仏教の学習を専門とする西山専門学校を優等で卒業した後、京都帝国大学文学部文学科に入学したことからも、学業成績の優秀さは明らか。それに比し、村上さんの学校での成績はあまりぱっとしたものではなかったため、父を落胆させてきた、父の期待を裏切ってきたと、自らは記しています。お父さんは、西山専門学校入学後に俳句に目覚め、大学時代はもちろん、教師になってからも、俳句に対する情熱を持ち続けておられた方だったようです。 でも結論だけを言うなら、 僕が若いうちに結婚して仕事を始めるようになってからは、 父との関係はすっかり疎遠になってしまった。 とくにボクが職業作家になってからは、いろいろとややこしいことが持ち上がり、 関係はより屈折したものになり、最後には絶縁に近い状態となった。 二十年以上全く顔を合せなかったし、 よほどの用件がなければほとんど口もきかない、 連絡もとらないという状態が続いた。(p.85) このような状態となった経緯について、村上さんは詳細を記してはいません。お父さんとようやく顔を合わせ話をしたのは、お父さんが亡くなる少し前、入院中の京都の病院でだったそうです。お父さんは90歳を迎え、村上さんも60歳近くになっていました。それでも、こうやって、父親の生きた軌跡を様々な記録に当たりながら辿り、一つの作品としてまとめられたことは、お二人にとって本当に良かったと思います。そして、お父さんは、村上さんが想像しているものとは違う感情を持っておられたのでは?それは、やはり子を持つ親にならないと、なかなか実感できないものなのかもしれません。
2020.04.29
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プロローグは、1954年4月の大分県、小鹿田(おんた)。 『でーれーガールズ』の岡山弁は、何の苦も無く読み進めた私でしたが、 この大分弁には、少々手古摺りました。 意味は読み取れるのですが、スラスラ読み進めることは難しい……。 それでも、第1章からは、お話の舞台が1909年4月の上野に切り替わり、 読む速度は、ここから俄然ペースアップ。 高村光雲や光太郎、さらには岸田劉生、武者小路実篤、志賀直哉等々、 誰もが知るような著名人も続々と登場し、ワクワク感も高まります。 *** 亀乃介は横浜で生まれ、母ひとりに育てられた。 母は食堂で女給をしていたのだが、父親は店の常連客で、 亀乃介を自分の息子とは認めなかった。 母は幼子とともに店の二階に住み込みで働いていた。 そして、亀乃介が八歳のときに病気で亡くなった。(p.79)食堂の店主に引き取られた亀乃介は、10歳の頃からそこで働き始める。数多く訪れる外国人客の対応をするうちに英語を習得。そして、自ら描いたスケッチを食堂の壁に貼り出していたところ、高村光太郎の目に留まり、それを機に高村光雲邸で書生をすることに。その高村光雲邸に、亀乃介と同様、高村光太郎に紹介されてやって来たのが長身のイギリス人、バーナード・リーチ。この後、リーチは芸術家として次第に頭角を現し、亀乃介は、彼の助手として、長きに渡って時間を共にすることになる。 ***バーナード・リーチは、実在の人物ですが、亀乃介は架空の人物。そのあたりのことは、巻末の阿刀田高さんの「解説」に詳しく書かれています。第36回新田次郎文学賞受賞に相応しい作品。マハさんらしい、マハさんにしか書けない作品ですね。
2020.04.26
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「意思決定」について書かれた一冊。 行動経済学は、人間の意思決定のクセを、いくつかの観点で整理してきた。 すなわち、確実性効果と損失回避からなりたつプロスペクト理論、 時間割引率の特性である現在バイアス、 他人の効用や行動に影響を受ける社会的選考、 そして、合理的推論とは異なる系統的な直感的意思決定である ヒューリスティックスの4つである。(p.ⅳ)本著冒頭「はじめに」で、いきなりこのように述べられているので、読み手としては少々面食らうのですが、大丈夫、心配無用!「第1章 行動経済学の基礎知識」で、実例を示しながら、分かりやすく説明されていきます。それを受け、「第2章 ナッジとは何か」が展開されていくのですが、この「ナッジ」こそが、本著の肝。「行動経済学的知見を使うことで人々の行動をよりよいものにするように誘導するもの」と、著者は説明しています。人々にとって「必要な意思決定」は何か。そして、それを阻害する要因である「ボトルネック」は何か。阻害要因を排除し、人々をよりよい意思決定へと促す「ナッジ」はどのようなものか。様々な状況について、その例を挙げながら考察がなされていきます。 ***政府や企業、様々な機関が、「コミットメント手段」や「贈与交換」「社会規範」、さらには「デフォルト(初期設定)」を利用しながら、人々の意思決定を促しているということが、本著を読んでよく分かりました。特に「デフォルト」は、とても重要ですね。
2020.04.26
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副題は「ラジオニュースの現場から」。 著者は、ニッポン放送でニュース番組を担当している飯田浩二さん。 私が住む地域では、ニッポン放送を直接受信することは出来ないので、 飯田さんが担当する番組を聞いたことはありません。 *** これは特に映像メディアに顕著なのですが、 せっかく現地に出張したからにはどうしても「強い絵」を撮って流そうとします。 そのため、たとえほとんどの風景が平穏であっても、 「どこかにそれっぽい絵はないか」と探してしまうのです。 しかし、それがその土地の実情を伝えているかといえば そんなことはありません。(p.99)きっと、そうなのだと思います。私たちはそれを踏まえたうえで、メディアからの情報を受け取らねばなりません。 たとえば、築地市場の豊洲への移転問題。 豊洲市場の問題が様々に指摘された後、 徐々に科学的には問題がないと分かってきた頃にも、 マスコミは新市場を叩き続けました。 しかし、いざ開場すると、テレビを中心に新しいテーマパークが出来ました♪ とばかりの大歓迎ムード。 圧倒的な変わり身の早さに驚いたものです。(中略) 雰囲気に流されて報道すれば、いっとき視聴率は稼げるのかもしれませんが、 その結果視聴者を間違った方向へとミスリードすることになります。(p.101)これぞ、まさにザ・マスコミ!今現在の状況も、そうなっていないかと大いに危惧します。 現実として安心と安全は違います。 私の個人的な理解は、安全は科学的な根拠により担保されるものである一方、 安心とは”心”という文字が入っているように人間の心の部分、 信条に深く依存するということです。 安全であるという科学的な事実を根拠に説明することは可能でしょうが、 そこから先の安心にまで行きつくかどうかは人それぞれ。(中略) では、そのような中でメディアの役割はどこにあるのでしょうか? 科学的に安全なのであれば、 報道する者としては「安全への懸念」にも配慮しながら、 安全という「事実」に立脚した報道をすべきなのではないのでしょうか。(p.118)これは、福島県の原発事故後の報道について言及した部分ですが、現状にも当てはまるのではないかと感じました。相手が未知のウイルスであることから、まだまだ不確定な情報が多いにもかかわらず、様々な人たちが自分の感情を発信し続けることで、世間が混乱しているように思います。
2020.04.26
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今日、予約注文していたものが届きました。 帯には「TVドラマ絶賛放送中!」の文字。 でも、皆さんご存知のように、放送開始は延期されたまま。 こんな状況も、いつか本作で描かれることになるのでしょうか? ***第16話「月の裏」は、きつい生理痛に苦しむ若い女性のお話。ナカノドラッグで薬剤師から受診を勧められた女性は、萬津総合病院へ。みどりは、女性が服用していたサプリメントに入っているハーブに、彼女が飲んでいる薬の効果を弱める作用があることに気付き……第17話「越えられぬ線」は、オーバードーズで救急搬送されてきた若い女性のお話。彼女が服用していたのは、デパス、レンドルミン、パキシル、メイラックスに、ジェイゾロフト、ハルシオン、サイレース等々。それらを処方した場所の中に、ナカノドラッグも含まれていました。みどりが、薬歴を調べるため、24時間営業のナカノドラッグに電話をかけると、あの因縁の若い男性薬剤師・小野塚が、とても丁寧に対応してくれました。翌日、みどりは同期の内科医・庄司と、救急搬送されてきた女性の入院を巡って口論に。今回も、また瀬野から色々と諭されることになってしまいます。それを受けた、第18話「与えられた『役割』」は、その女性患者の担当である、みどりの後輩・くるみがメインのお話へと転換。そして、それを引き継ぐ、第19話「私の”精一杯”」”では、くるみが、みどりと一緒に、薬剤師の小規模な飲み会に出かけます。そこで出会った「笹の葉薬局」の仁科からの誘いで、二人は、小野塚と共に、仁科が経営する「在宅の薬局」を見学に行くことに。第20話「長く『看る』こと」では、在宅医療に特化した薬局の様子が、終末期の患者やその家族との関りを通じて、見事に描かれています。 ***今巻も素晴らしい出来栄えでした!!特に、「在宅医療に特化した薬局」は、私にとって全く未知の内容で興味津々。今日も医療の最前線で奮闘中の薬剤師が、我が家に戻ってきたら、夕食を共にしながら、詳しく話を聞いてみようと思います。
2020.04.23
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原田マハさんの著書を読み始めて、まだ1か月も経っていませんが、 本著で5冊目ということになりました。 2011年9月に刊行された作品ということで、 2012年1月に刊行された『楽園のカンヴァス』の少しだけ前のものです。 ***まず、タイトルにある「でーれー」って何?ということに、普通ならなるんでしょうが、両親が岡山県出身の私にとっては、違和感なくスッと入ってくる言葉。作品中で登場人物が繰り出す岡山弁の数々は、とても心地良く響きます。おまけに、主人公の鮎子が生み出した架空の恋人・ヒデホ君は、私の出身大学に通っているという設定なので、否が応でも親近感が湧いてきます。描かれている時代も、マハさんと同年代の私には、とっても懐かしいもの。でも、お話の展開はというと、ちょっと……ヒデホ君に対する武美の思い入れ、そして、この思い入れの強さに端を発する鮎子と武美のすれ違い。これが、この作品の核なのですが、この武美の感情が、私にはイマイチピンとこない。武美の感情が「わかる、わかる」の人じゃないと、この作品は厳しいのかな……
2020.04.23
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史実を基に描かれたお話。 でも、登場人物の中で実在するのは、第2章のロバート・タヒナルだけ。 セザンヌの筆による《マダム・セザンヌ》をデトロイト美術館に遺贈した人物。 p.61には、彼の写真が掲載されています。 お話は、この《マダム・セザンヌ》を軸に展開。 この絵を深く愛したジェシカの夫であるフレッド・ウィル。 デトロイト美術館のチーフ・キュレーター、ジェフリー・マクノイド。 この二人の出会いが、デトロイト美術館の危機を救うことに。 ***2017年7月、深刻な不況によりデトロイト市は財政破綻。その負債総額は、全米で自治体としては過去最大の180億ドルに上った。デトロイト市は、財源確保のため美術館所蔵品の売却を検討。もはや、それは避けがたい状況のように思われた。ところが、所蔵品は街の歴史そのもので、未来に残すべき文化的資源であるとして、市民の約8割がその売却に反対。そして、国内外からの資金援助や市民の寄付を募ったところ、所蔵品は1点も売却されずに済み、美術館も独立法人として存続したのだった。 ***わずか100頁程の小品ですが、心に沁みる作品です。さすが、マハさんです。
2020.04.19
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『楽園のカンヴァス』、そして『本日は、お日柄もよく』と 読み進めてきた原田マハさんの作品。 3冊目に選んだのが、旅に関するエッセイ集である本著。 原田さんがいかなる人かを知るのに、絶好の一冊です。 *** 旅の最中、私はバスや電車など公共の交通機関での移動を何よりも好む。 移動しながら地元の人々の様子を眺めたり、 何気ないおしゃべりを耳にしたりするのが楽しいからだ。 どうってことのない会話にその人のキャラクターや暮らしぶり、 ときには人生がにじみ出ていることがある。 私は日の当たる窓際の席に陣取って、流れゆく景色を眺めながら、 前後左右から聞こえてくるローカルな会話を耳に、 その人の人生に思いを馳せたりする。 そういうときに、ふっと物語のかけらのようなものが浮かび上がる。(p.54)原田さんのデビュー作『カフーを待ちわびて』誕生の経緯が、本著「30 沖縄の風に誘われて」と「31 カフーは突然に」に記されています。このような、正真正銘の偶然の出会いを通じて、一つの素晴らしい作品が生まれ、優れた作家が誕生したことに、驚きと共に感謝の気持ちでいっぱいになりました。また、本著には、原田さんの幼少期や学生時代、さらには、会社員を経て美術関係の仕事に就いた頃の様子も記されており、原田マハという作家が、いかにして形作られてきたのかがよく伝わってきます。もちろん、作家になってからの取材旅行に関する記述も、とても興味深い。そんな中でも、特に「15 永遠の神戸」は、この街と深く関わり続けている私にとって、心に深く沁みこんでくる内容でした。
2020.04.19
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『定年バカ』の続編。 本著では「人生100年時代の到来」と騒ぎ立てる世間の風潮や 巷間溢れる「定年本」の類を斬りまくっています。 『妻のトリセツ』は、バカ度ダントツのナンバーワンにノミネート。 *** それと同時に、定年退職者たちの不安をかきたてるような風潮が出てきた。 市場として成立させ、拡大していくためには、 不安を煽って不安産業化するのが手っ取り早い。 健康・美容産業の手口である。 定年が近づいた者に、「第二の人生」(なぜか英語でも「セカンド・ライフ」) 「第二の青春」という意識が刷り込まれると同時に、 「お金」「仕事」「孤独」「健康」「生きがい」などの不安が煽られ、 それらの不安をもって当然とされたのである。 「定年」は社会的・世代的問題になり、 実態以上に「定年不安」は作られたのである。(p.20)『FACTFULNESS』に書かれていた事柄と相通ずるものが。それにしても「不安産業」とは言い得て妙 ですね。 話はそれるが、わたしたちは、ひとりやふたりの意見を全体の話として、 日々、新聞やテレビから聞かされているのだ。 事件の関係者へのインタビューや、 アンケートで通行人に話を聞いたりすることが多いが、あれがもう煩わしい。 おざなりのインタヴューやアンケートなどするんじゃないよ。(p.43)これには激しく同意。その辺を歩いている数多くの人たちの中の、たった一人にすぎない人の意見を、ことさらクローズアップして取り上げ、世間に伝えようとするマスコミ。そこに潜む制作者の意図を、強く感じずにはおれません。 ろくでもない人間と、その輩が引きおこすろくでもない不快な事が、蔓延している。 いや、蔓延しているかどうかは、実際にはわからない。 昔でもおなじようなことは起きていたのだろう。 人の目には見えなかっただけだ。 だが今は映像として白日の下に晒されるようになった。 街中に設置された監視カメラと、 ほとんどの個人が持っている携帯カメラのせいである。 それによって映像が残るようになった。 それがSNSにょって拡散され、YouTubeにアップされ、テレビ局に投稿される。 昔だったら、ほっておけばそのまま日常のなかに埋もれていたものや、 ニュースにもならぬ取るに足りない個人的な事柄や、 人の目にふれることがなかった些細な事件や出来事が、 映像になっているという理由だけで公になり、 われわれは目にすることになったのである。(p.202)これも大いに共感。まさに「監視社会」になってしまったと感じます。それも、誰かにとって都合の良いものだけがことさら取り上げられ、寄ってたかって叩きのめす構造になっているように感じます。
2020.04.19
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穏やかな日常。 もちろん、そこでも日々色々なことが起こり、変化がある。 それでも、時間の流れは緩やかで、 慌ただしさや刺々しさ、苛立ちといったものが前面に押し出されることはない。 『海街diary』、『ビブリア古書堂の事件手帖』、そして本作と、 鎌倉を舞台にした作品は、なぜか同じ空気感が漂う。 この心地良さは何なのだろう。 続編である『キラキラ共和国』も、読むしかないですね。 ***雨宮家は、江戸時代から続くとされる、由緒正しい代書屋。幼い頃より、祖母である先代の厳しい指導を受けてきた鳩子が、現在は、その職を受け継いで、ツバキ文具店を営みつつ、お悔やみ状から離婚報告の手紙、借金具申への断り状まで手掛けている。お隣さんのバーバラ婦人、その友人の小学校教員・パンティー、鳩子の幼少の頃を知る男爵、そして、5歳の女の子・QPちゃん。様々な人々との繋がりの中で、鎌倉の様々な場所を巡りながら、鳩子の夏、秋、冬、春と、一年の日々が過ぎていく。 ***このお話の核となるのは、やはり、鳩子と先代との関係性。そして、気になるのは、バーバラ婦人かな。
2020.04.18
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マーレ大陸にやって来た調査兵団一行は、その進んだ文明に驚愕。 そして、エルディア人の置かれた状況を強く思い知らされることに。 その翌日、国際討論会で初めて登壇したユミルの民保護団体が、 「憎むべきは島の悪魔」と糾弾するのを見たエレンは、一人姿を消す。 *** オレの名はエレン・イェーガー 始祖の巨人の力を介し すべてのユミルの民に話しかけている パラディ島にあるすべての壁の硬質化が解かれ その中に埋められていた すべての巨人は歩み始めた オレの目的は オレが生まれ育ったパラディ島の人々を守ることにある しかし世界は パラディ島の人々が死滅することを望み 永い時間をかけ膨れ上がった憎悪は この島のみならず すべてのユミルの民が殺され尽くすまで止まらないだろう オレはその望みを拒む 壁の巨人はこの島の外にあるすべての地表を踏み鳴らす そこにある命を この世から駆逐するまでコニーは、顎の巨人を継承したファルコと共にラカゴ村に到着。そこで、巨人化した自分の母親にファルコを食わせ、人間に戻そうとする。その時、ガビと共にアルミンが現れ、ファルコの代わりに自分の身を投げ出す。コニーは改心し、アルミンに困っている人たちを助けに行こうと申し出る。一方、リヴァイとハンジは、テオ、ピーク、車力の巨人に共闘を呼び掛けていた。そして、パラディ島を制圧したフロック率いるイェーガー派に反旗を翻したジャンは、処刑されようとしていたイェレナとオニャンコポンを、車力の巨人らと共に救出。そして、アルミンたちと復活したアニ、ミカサ、ライナーらが集結することになった。 ***お話は一転。調査兵団とマーレ陸軍エルディア人戦士隊が手を組み、エレンたちと争う展開に。この二者が手を組む構造をつくりだすことが、エレンの真の狙い?次巻は8月7日(金)発売予定です。
2020.04.18
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今年、1月に公開された映画作品のノベライズ。 私は、映画をまだ見ていませんが、 読んでいて、そのシーンが目の前に鮮やかに思い浮かんできます。 良い感じに仕上がっていると思います。 ***医療特化型のAI『のぞみ』。難病治療や診察のため、国内医療機関の90%以上に導入されている。その開発者・桐生浩介は、この度、総理大臣賞を授与されることになった。義弟・西村悟は、『のぞみ』の管理・運用を行う世界的企業・HOPEの社長である。その『のぞみ』が突然暴走し、人々の命の選別を始めようとする。桐生は、その首謀者として、警察に追われる身に。人工知能研究でMITの博士号を取り、帰国後最年少で理事官になった桜庭が、サイバー情報戦略部隊を駆使して桐生を追い詰める。 ***お話としては、ほぼ予想通りに展開、結末を迎えることに。途中、「ちょっと無理があるかも……」と感じる箇所もありますが、「なるほど!」と思わされるところもあります。映画作品も、見てみたいですね。
2020.04.12
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先日読んだ『楽園のカンヴァス』とは、ずいぶん趣の異なる作品。 この『本日は、お日柄もよく』が発表されたのは、2010年のこと。 2005年に『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞した後、 2012年に『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞を受賞する前の時期です。 本作を読み進める際、私が感じたのは『図書館戦争』に極めて近い雰囲気。 軸となるお話はしっかりと描きながらも、 ベタベタに甘いシーンも、彼方此方に散りばめられています。 これも、原田マハさんの持ち味なのでしょう。 ***トウタカ製菓に勤務する二ノ宮こと葉は、寿退社する同僚・千華から、披露宴でスピーチをするよう頼まれる。そこで、先日行われた幼馴染・今川厚志の披露宴で、見事なスピーチを行った久遠久美という人物に会いに行くことを決意。久美は、伝説のスピーチライターと呼ばれ、亡き厚志の父、衆議院議員・今川篤朗(元民衆党幹事長)の代表質問等も手掛けていた。久美の下で修業を積んだこと葉は、千華の披露宴で見事なスピーチをやり遂げ、厚志の政界進出を機に、スピーチライターとして本格的に始動することになる。 ***スピーチライターという職業についてはもちろん、スピーチそのものについての興味が、俄然高まった作品でした。
2020.04.12
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『この嘘がばれないうちに 』の続編。 第一話『「ばかやろう」が言えなかった娘の話』は、 物心つく前に交通事故で亡くなった両親に、 自分を一人ぼっちにしたことに対する恨み言を言うため、過去へ戻った娘のお話。 第二話『「幸せか?」が聞けなかった芸人の話』は、 人気急上昇中のお笑いコンビにもかかわらず、失踪していた一人の男が、 5年前に亡くなった妻に、芸人グランプリ優勝を報告しに行くお話。 第三話『「ごめん」が言えなかった妹の話』は、 4か月前に余命宣告された妹が亡くなったため、睡眠障害や精神障害を患い、 婚約者とも疎遠になっていた姉が、妹に会いに行くお話。 第四話『「好きだ」と言えなかった青年の話』は、 お笑い芸人を目指す青年が、難病治療のため渡米した幼馴染の女性に会うべく、 一週間前に戻り、自分の気持ちを伝えるというお話。 ***今回の舞台は「フニクリフニクラ」ではなく、時田流の母・ユカリが店長を務める、函館の「喫茶ドナドナ」。この店も「フニクリフニクラ」同様、過去に戻れるという席が存在します。そして、その席にいつも座っているのは、黒服の老紳士。ユカリが急に渡米したため、現在、その代わりを息子の流が務めています。37歳になった時田数も、その手伝いをしており、数の母・要はユカリの実の妹です。そして、数と世界的に有名な写真家・新谷刻との間に生まれたのが、7歳になる娘の幸。「ドナドナ」で例の役割を果たすのは、この幸ということになっています。 ***先日、映画『コーヒーが冷めないうちに 』を見ました。そのスタートシーンを見て、NHK朝ドラ出演者だらけでビックリ!!『ひよっこ』の有村架純さん、『あまちゃん』の薬師丸ひろ子さん、『純と愛』の吉田羊さん、『あさが来た』の波瑠さん、そして、『スカーレット』の伊藤健太郎さんに林遣都さんと、これでもかという感じ。そして、原作とは設定の異なる部分が。原作では、流と計の娘が「ミキ」ですが、映画では、数と新谷亮介の娘が「未来」になっていました。後半は、もう別のお話、ということですね。
2020.04.05
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著者は田村耕太郎さん。 かつて、色々と話題になった方(らしい)。 しかし、本著を読み始めたとき、私はその方と全く気付いていませんでした。 それ故、先入観なしに読み進め、読了することができました。 *** 敵と思ってしまうほど苦手意識を感じる相手でも、飛び込んで付き合ってみれば、 意外とそれほど嫌いにはなれない相手だったりする。 そもそも、たった一度の貴重な人生を謳歌したいときに、 積極的に人を嫌いになる理由はない。 無理して好きにならなくてもいいが、 わざわざ嫌いになって敵と思う必要もないのだ。(p.58)嫌いな人や敵は、少なければ少ないほど良い。それだけ、ストレス要因が減るわけですからね。 頭に来るべき意義もない人は上手に避け、 プライドも正義感もおせっかいな心も捨てて一目散に逃げよう。 そして、できるだけ早く相手に忘れてもらおう。(p.66)これは、本著のタイトル『頭に来てもアホとは戦うな!』について述べた部分。自分にとって意義のない相手からの仕掛けには、決して乗ってはいけません。 人間は感情の動物である。 自分の気を済ませるために相手を不快にさせてしまえば、 敵は増やしても、仲間はできない。 そんな状態で成功できるだろうか? 腰を低くしてフレンドリーにすれば敵はできないし、 応援者は増える可能性が高い。(p.86)一時の感情に任せ、相手を叩きのめし、鬱憤を晴らしても、後に残るのは苦い思いだけ……「あるある」ですね。 うまくいかないことがあっても 「それくらいのことは人生よくある。ビジネスをやっていれば当たり前のこと」と 平然として笑顔を見せる。(p.106)この域に達することが出来れば、どれだけ素晴らしいことでしょう!私は、まだまだ修行が足りません。 そもそも、この世には”不本意な人事異動しかない”と思おう。 希望通りの人事が行われる可能性など本当に小さい。 なぜなら、全員の希望を聞いていたら人事など行えるはずもない。 また、その人にとって何が本当に最適で最高な人事なのかは、 配置されるほうにも配置するほうにも完璧にわかるわけではない。(p.127)まさにその通り……ですが、これも、この域に達するのは、そう簡単なことではない…… ドラマや映画の世界に出てくるような、素敵な職場を想定して社会に出るから、 そうではない現実にぶち当たるとストレスを感じてしまう。 世の中は自分に都合よくできておらず、それどころか多くの場合、 「自分にとって理不尽だ」と感じるくらいでいいのである。 不機嫌な職場環境でも、心持ち一つでストレスはコントロールできる。(p.159)期待値を上げ過ぎず、目の前のことに一生懸命に取り組むなかで、自分と自分の周囲を面白く、そして楽しくしていこうということですね。 自分がコントロールできないことについて、あれこれ悩んだり、心配したり、 イライラしたりしても仕方がない。 そして基本的に他人の気持ちはコントロールできない。 これは家族でも友人でも恋人でも社員でも同じだ。(p.167)これは素直に納得。そうありたいです。 敵との関係改善は、地道に時間をかけてやるのが筋だ。 よって、一緒にいる時間を増やしていくことが事の本質である。 ギクシャクしても真摯に向き合う時間を共に持つことが大事なのだ。 時間というのは貴重なものであると同時に、関係改善の最高の妙薬だ。 何事も地道にコツコツと積み重ねてきたものだけが本物になる。(p.178)これも得心。こうあらねばと思います。
2020.04.05
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著者のWWUK(ウォーク)さんは、 日韓の歴史問題や時事問題について、動画投稿を行っているユーチューバー。 韓国の人々やメディアからは、その内容が「嫌韓」「親日」であると非難され、 殺害予告まで受ける状況になっているとのこと。 WWUKさんは、韓国のソウル生まれ。 父親は会社の仕事でよく日本に出張し、ある程度は日本語が話せる人だったようです。 小学2年生の頃には、両親や祖母と日本の関西方面を観光。 そして、中学2年生の途中からは、両親の勧めでオーストラリアに留学しました。そこで、日本人の生徒と仲良くなったことから、日本に対する印象を改めることに。その後、両親を説得して日本の高校へ入学、専門学校卒業後も日本で就職しました。このように、日本で十数年の日々を過ごし、現在は日本に帰化申請中。将来的には、韓国にいる両親にも日本に来てもらおうと考えているとのこと。 *** たとえ事実であろうと、韓国を非難するのは「ヘイト」、 日本に対する非難は「表現の自由」というダブルスタンダードが韓国のやり方です (日本の多くのマスコミとジャーナリズムも同じです)。 僕の知っているだけでも、慰安婦問題の動画が5つほど削除されました。(中略) 「歴史歪曲禁止法」とは、 2018年12月に与党の「共に民主党」が国会に提出した新たな反日法案で、 韓国でいう日本の植民地時代を賛美、歪曲する団体と個人を 刑法で処罰するというものです。 具体的には、慰安婦をはじめ、 韓国側が主張する日本の植民地支配と侵略戦争行為を否定したりすると、 2年以下の懲役または2千ウォン以下の罰金が科されます。 これが適用されたら、僕の動画などひとたまりもありません。(p.68)政府は自らの方針に反する意見を抹殺しようとしている。そのために、「従軍慰安婦」や「日本統治時代」を肯定するコンテンツをこまめに探索し、片っ端から動画を削除していっているのだと著者は言います。そして、この現状に対し次のように述べているのです。 これまで韓国人は、 「中国はネット規制や情報統制、言論弾圧までされて可哀そうに」と 中国人に同情していましたが、そんなことは言ってられなくなりました。 自分たちの足元に火がつきはじめたのです。(p.69)
2020.04.05
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