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米軍の駐留を受け入れているヨーロッパの国々では米軍をどのように処遇しているのか、沖縄県が調査した結果について、3日の東京新聞社説は次のように述べている; 日米地位協定の不条理がより鮮明になった。沖縄県が2年かけて調査した欧州各国との比較では、米軍の活動に国内法を原則適用しないのは日本だけである。政府は抜本改定に本気で取り組むべきだ。 沖縄県は昨年と今年、米軍駐留を受け入れているドイツ、イタリア、ベルギー、英国に職員を派遣し、地位協定の内容や運用実態を調べた。4月に発表した報告書の核心は、米軍に国内法が原則として適用されない日本と、自国の法律や規則を厳格に適用している各国との差だ。 北大西洋条約機構(NATO)本部があるベルギーは、憲法で外国軍の活動を基本的に制限。外国軍機の飛行には自国軍より厳しい規制を設けている。英国は国内法の駐留軍法を米軍に適用。英側が米軍基地の占有権を持ち、英軍司令官を置くことを定めている。 ドイツ、イタリアも含め各国が米軍基地の管理権を確保し、訓練や演習に主体的に関与している状況が明らかになった。 翻って日本の立場は正反対だ。外務省はホームページの解説で、外国軍の活動について「一般に・・・派遣国と受け入れ国の間で個別の取り決めがない限り、受け入れ国の法令は適用されない」と言い切る。根拠として以前は「一般国際法上」と説明していたが、具体的な「国際法」を示せず削除した。 沖縄県の調査について、河野太郎外相は国会答弁や記者会見で「相互防衛義務を負うNATOの国と日本で地位協定が異なることはあり得る」「一部を取り出しての比較は意味がない」などと述べている。「違いがあって当然」との開き直りに聞こえる。 沖縄では1972年の本土復帰以降平均して年1件以上の米軍機墜落事故、月1件以上の米軍絡みの凶悪事件が起きている。訓練の規制や事件事故の捜査が日本の手で十分に行えず、再発防止につながらない。本土でも米軍が管制する広大な横田空域の返還が進まないといった問題が山積しており、全国知事会は昨夏、抜本見直しを提言した。地方議会でも同趣旨の意見書可決が相次ぐ。 ドイツ、イタリアは、日本と同じ敗戦国ながら、米軍機事故への世論の反発を背に改定を実現した。日本政府も、国際常識から乖離した不平等協定を締結から59年も放置していいはずがない。 沖縄県は報告書で、協定見直しは「日本の主権についてどう考えるかという極めて国民的な問題」と訴えた。真摯に受け止めたい。2019年6月3日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「社説-不平等を放置するな」から引用 この記事によれば、ドイツでもイタリアでも初めは米軍が特権的な地位にあってドイツやイタリアの国内法に規制される立場ではなかったらしい。しかし、事故や事件があったときに、そういう状態では当該国政府が事態を十分に把握できず、これは問題だという声があがって、それぞれの政府が米軍と交渉した結果、駐留米軍はそれぞれの国内法に従うということになったもののようです。そうであれば、日本も主権国家として駐留米軍が日本の国内法に従うように、米軍に要求するべきです。日米安保条約の「片務性」などというものを、先方が言う前にこっちが勝手に意識して遠慮するのではなく、それはそれ、これはこれという立場で主権国家として毅然とした態度に出るべきです。そもそもこっちは、基地使用料を無料にするだけではなく、米軍家族の生活費まで面倒見てやっている立場であることを考えれば、そういうことを要求しないほうがおかしいと思います。また、ヨーロッパの駐留米軍の処遇がどうなっているか、というような調査は本来、わが国外務省が調査するべきことで、国レベルの仕事に取り組んだ沖縄県の「実力」は評価に値するし、これくらいのチカラがあればやがては「琉球国」として独立する芽も出てくるのではないかと思います。
2019年06月30日
先月来日したトランプ大統領が横須賀の海上自衛隊基地を訪ねたことについて、5月29日の東京新聞は次のように報道している; 安倍晋三首相とトランプ米大統領は28日、海上自衛隊横須賀基地(神奈川県横須賀市)に停泊中の護衛艦「かが」を視察し、海自や米海軍の隊員ら約500人を前に訓示した。かがは日本政府が事実上の空母化を図るために改修する海自最大の「いずも」型護衛艦2隻のうちの1隻。トランプ氏は、かがについて「さまざまな地域の紛争や、離れた地域の紛争にも対応してくれるだろう」と、安全保障関連法に基づく自衛隊の米軍支援拡大に強い期待を示した。 (中根政人) 米大統領が自衛隊の艦船に乗艦するのは初めてとみられる。トランプ氏は「日米両国の軍隊は、世界中で一緒に訓練し、活動している」と、日米で軍事一体化が進む現状を強調。かがの事実上の空母化には「最先端の航空機を搭載できるようアップグレードされる。米国の安全保障も向上させる」と歓迎した。 首相も「わが国と地域の平和と安定に一層寄与していく。日米同盟のさらなる強化に向けて、日本はしっかり役割を果たしていく」と表明。日米の軍事一体化の取り組みをさらに進展させる方針を示した。 日本政府は、昨年12月に閣議決定した新たな防衛計画の大綱(防衛大綱)と中期防衛力整備計画(中期防)で、いずも型護衛艦2隻を改修し、短距離離陸・垂直着陸が可能な「STOVL機」を搭載可能な事実上の空母として運用する方針を盛り込んだ。STOVL機は、米国製の最新鋭ステルス戦闘機F35Bの導入を検討している。 いずも型護衛艦の改修については、「攻撃型空母」の保有は憲法上許されないとする政府見解との整合性の問題など、日本が大原則とする専守防衛を逸脱する恐れが指摘されている。トランプ氏は米海軍横須賀基地も訪問。強襲揚陸艦「ワスプ」に乗艦し、米国民向けに演説した。28日午後、羽田空港から大統領専用機で帰国の途に就いた。2019年5月29日 東京新聞朝刊 12版 3ページ 「日米首脳『空母化』護衛艦視察」から引用 この記事が述べるように、攻撃型空母を保有することは憲法上許されないというのはわが国歴代政権の公式見解ですから、これを安倍政権の独断で歪曲することは許されません。数のチカラで無理矢理押し通しても、憲法違反の状態は改善されなければなりませんから、仮に強行採決で押し通すとしても、「ポスト安倍」の政権において可及的速やかに元に戻すべきであり、できれば国会審議を通じて安倍政権の無駄な施策を阻止するのが望ましいと思います。
2019年06月29日
安倍首相の外交姿勢について、5月28日の東京新聞は次のように批判している; 来日中のトランプ米大統領。安倍晋三首相の下にも置かぬ歓待ぶりに気分上々のようだ。ツイッターの書き込みを連発し、2人の「蜜月」を強調する。安倍首相はこれまでも兵器を大量に買うなどトランプ氏を喜ばせてきた。その姿勢には「朝貢外交」と批判の声もある。この機会に、「爆買い」の数々を振り返ってみた。(皆川剛、中沢佳子) 東京スカイツリーは星条旗にならって赤、白、青にライトアップされ、大統領専用車に歓声が飛ぶ。大相撲夏場所千秋楽が開かれた両国国技館では、升席に椅子が置かれた。席に着くまでに進行が滞り、御嶽海が「これではトランプ氏を見に来たのか、優勝した朝乃山を見に来たのかわからない」とこぼす狂騒ぶり-。 「安倍晋三首相ほど大言壮語のトランプ氏におもねる首脳は世界にいないが、氏の訪問時に英国で起きたような抗議運動は、日本では起こらないだろう」と米ワシントンーポスト紙は23日に書いた。それは的中した。 トランプ米大統領にとって、歓迎一色の日本はこの上なく過ごしやすいだろう。貿易赤字解消のためにいくら譲歩を迫っても、相手は反論せず、にこにこと耳を傾けるばかりだからだ。 トランプ氏は26日、安倍首相と訪れたゴルフ場での昼食後にツイッターを更新。「貿易交渉で大きな進展があった。農産物と牛肉が中心だ。7月の選挙(参院選)後を待つ。大きな数字を期待している!」と、日本側の譲歩を得たかのような投稿をした。 農産品関税の削減は日本の農家にとって大きな打撃だ。選挙までは譲歩を伏せ、選挙後に発表するストーリーを他国の首脳に公表されたような内容だが、安倍首相側の反応はにぶい。 「蜜月」と表現される両首脳。しかし、米国の利益を押しつけられ、「同盟強化」の口実のもと唯々諾々と従う関係は、そんな美辞とはほど遠い。日本が米国に買わされてきたものを振り返れば見えてくる。 まずは、米国製の最新鋭ステルス戦闘機F35だ。 計147機導入する計画。民主党政権時に42機の配備が決まり、昨年末の防衛計画の大綱などで105機の追加購入を決めた。追加費用は機体だけで総額1兆2千億円。トランプ氏も「とても感謝している」。 背景には昨年5月、トランプ氏が自動車の関税引き上げに言及したことがある。自動車に累が及ぶのを避けるため「(貿易不均衡の是正を主張する)トランプ氏に手土産を持たせる必要があり、追加購入となった」と防衛省の幹部は本紙の取材に語っていた。 武器取引反対ネットワークの杉原浩司代表は危機感を抱く。「主力だったF15は対地・対艦攻撃力がないのに対し、F35は攻撃力が高く、長距離巡航ミサイルを搭載できる。事実上、専守防衛をやめることを意味し、憲法違反の敵地攻撃能力を保有することになる」 しかも、147機という数は、米国に次いで世界2位の保有数。杉原氏は「核保有国の大国すら上回る数で、専守防衛の理念と相いれない。そもそも値段設定の妥当性を検証できず、価格は事実上米国の言いなりだ」と批判する。(後半は省略)2019年5月28日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「安倍爆買い外交の数々」から引用 記事はこの続きで、イージスアショアが2400億円、オスプレイが1700億円、カジノ誘致はプライス・レスだと、アメリカの顔色ばかりうかがって国益にはならない状況を説明しており、読み応えのある記事です。ただ、少し気になるのは、「農産物関税の削減についてアメリカにとって大きな進展があったが、これは7月の選挙が終わるまで発表はしない」とトランプ大統領がツイッターで明らかにしたことについて、「安倍首相側の反応はにぶい」と表現している点です。日米交渉の内容についてトランプ大統領が歓迎するということは、日本の農業が大きな打撃になるような条件を安倍首相が承認したということで、だから選挙前には公表できないのだから、安倍首相側が「にぶい反応」を装うのは当たり前なのであり、新聞はただ「にぶい」と報道するだけではなく、「にぶい反応」が何を隠しているのかという所まで突っ込んでいくべきではないかと、私は思います。また、戦闘機F35の大量導入は専守防衛をやめることを意味するという指摘は重要だと思います。
2019年06月28日

内藤正典著「外国人労働者・移民・難民つてだれのこと?」(集英社刊)について、5月26日の東京新聞は次のような書評を掲載した; 日本政府は労働力不足に対応するために出入国管理法を改正し、4月から新たな外国人受け入れ制度をスタートさせた。在留資格である「特定技能」を2段階に分け、まず「1号」の外国人を5年間で約34万5千人受け入れる計画だ。より高い技能をもつ「2号」になった人たちは、家族の帯同が認められ、上限なしに滞在期間を更新できるという事実上の外国人の永住システムが確立された。 「移民政策はとらない」と安倍首相は主張してきたが、突然の方針転換である。日本では定義すらよく知られていない「移民」とは、家族と一緒に定住した人たちのことをその家族を含めて言う。本書は、ヨーロッパにおけるトルコ人などムスリム(イスラム教徒)移民を研究してきた著者が、外国人労働者受け入れ問題、移民・難民とは何かを、ドイツなどの事例とともに平易に解説する。 欧州では、文化や慣習が異なるムスリム移民や難民たちが、彼らの排斥を唱える極右勢力の台頭をもたらしている。ムスリム移民が欧州社会に溶け込めない疎外感からテロを起こしたこともあった。 日本人や日本の社会は、外国人労働者の受け入れ拡大に伴い、接触することが多くなかったムスリムたちに偏見なく接することができるだろうか。日本では、イスラムはテロや紛争と絡んで報道される場合が多く、少なからぬ日本人にイスラムは危険な宗教という認識ができあがっていることは、著者の言う通りだ。 また、日本が外国人労働者を受け入れる相手国の数が多すぎて母語で裁判を受けられない危惧など、様々な問題点も指摘され、彼らに日本人と平等な権利が与えられるべきだと強調される。 少子高齢化が進む日本は、経済を維持するために外国人の労働に頼らねばならない。その日本の制度的不備を指摘しつつ、移民社会を隔絶させないで絶えずコミュニケーションを図ることを説くなど、日本人の心構えや振る舞いはどうあるべきかについて有意義な示唆を与える一冊だ。評・宮田律(現代イスラム研究センター理事長)2019年5月26日 東京新聞朝刊 9ページ 「読む人-移民社会への心構えを説く」から引用 単なる書評記事と思って読んでいると、いきなり「安倍政権は重大な政策変更を行ない、これまで否定していた移民政策を180度転換しました」と知らされることとなり、びっくりである。多分、大方の国民はこの記事を読まない限り安倍政権が先日、国会の会期末にわずか数日という短期間にろくに審議もせずに強行採決しているのにその意味を理解せず、「これは移民を認めたものではありません」という安倍首相の発言を信じて、「日本にはこれからも移民が来ることはない。それにしても、最近は外国人が増えたなぁ」と思っているに違いありません。しかし、事実はこの記事が示しているように、日本は現在の経済を維持していくために移民を導入しなければならない、これは経済界からの要求であり、安倍首相の支持基盤である右翼が目の敵にしている「移民導入法」なのであり、近い将来、右翼は安倍に騙されたと気づくときが来ると思います。しかし、近頃の右翼は筋が通っておらず、安倍首相のトランプ大統領に対する屈辱的な外交姿勢を平気で容認するなど、かなり曲がりくねっていますから、ストレートに安倍批判などはできず、うやむやになるだけだろうと思います。そんなことよりも、これからの日本には「移民社会への心構え」が必要と思います。中でも大切なのは、移民労働者にも邦人労働者と同等の権利を認めることです。厚生年金に加入し退職後は年金を受給すること、健康保険にも日本人同様に加入できること、などを認めるべきです。
2019年06月27日
違法な暴力的手段でパレスチナ人から住居や街を強奪したイスラエルの行為を合法化しようとするアメリカについて、エッセイストの師岡カリーマ氏は5月25日の東京新聞コラムで、次のように批判している; トランプ大統領就任以来、娘婿クシュナー氏の肝いりで進められ世界をじらしまくってきた、中東和平を巡る「世紀の取引」がついに本格化の模様だ。CNNの報道によれば、和平案の政治的側面(つまりパレスチナ問題のすべて)に先行し、関係国の財務相(外相でなく)や財界人が来月経済会議を開いて投資などを話し合うという。 イスラエル建国により故郷を追われたパレスチナ難民やその子孫の帰還権、ブルドーザーで破壊されるパレスチナ人の住居、国際法を無視してパレスチナ住民の宅地や農地を接収し建設されるユダヤ人入植地や分離壁、聖地エルサレムの帰属などは棚上げし、まずはこれらの主張をパレスチナ側が放棄したらどんなに素敵(すてき)な投資機会が待っているかをご覧にいれましょうということらしい。 和平案の内容は未発表だが、本紙によれば「入植地はイスラエル主権下に置かれる」という。米国の守護下で拡大してきた違法入植地が「合法化」されパレスチナには虫食い国家が贈られる。なんとかたけだけしいとはよくいったものだ。 長年のガザ封鎖などで困窮するパレスチナに二ンジンをぶら下げてみせる非道。トランプ氏はかつて言った。「サウジは大好きだ。大金を払ってくれるんだから当然だろ」。自らが金で買われる人間は、「金で買えない奴はいない」と思うということか。(文筆家)2019年5月25日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-世紀の非道」から引用 アメリカ政府はかつてイラクや朝鮮民主主義人民共和国等を「ならず者国家」などと呼んで、自分はあたかも正義の味方であるかのように「世界の警察官」などと自称していたが、イスラエルの侵略を正当化するのであるから正義の味方であるわけはなく、「警察官」の資格も無いというものだ。このようなアメリカの欺瞞は今に始まった話ではないのだが、いつまでも続けられるものでもないだろうから、やがては経済力の衰退に伴って「世界の警察官」の立場も名実ともに消滅し、世界に本当の「正義」が打ち立てられる時代が来ると思います。
2019年06月26日

冷え込んでいる日韓関係について、一橋大学准教授・権容爽氏(*引用者注参照)が東京新聞論説委員の五味洋治氏のインタビューに応えて5月25日の同紙で次のように述べている; 元徴用工を巡り、日本企業の賠償を求める判決が韓国で出され、資産の売却手続きが進んでいます。日本政府は報復措置を予告しており、関係悪化が懸念されています。文在寅(ムンジェイン)大統領は、日本との関係をどう考えているのでしょうか。日韓関係に詳しい一橋大大学院法学研究科の権容爽(クォンヨンソク)准教授と、新しい時代の日韓関係を考えてみました。五味 どうしてこんなにギクシャクするのだろうという思いです。昨年10月に元徴用工を巡る判決が韓国で出されてから、海上自衛隊の哨戒機への火器管制レーダー照射問題などが相次ぎ、日本では韓国批判が高まりました。逆に韓国では「日本が歴史問題を政治利用している」と、文大統領が発言するなど接点が見つかりません。権 私は日韓関係が過去最悪だとは思いません。確かに政府間は対立していますが、近年、社会や文化のトランスナショナルな交流は拡大し、各レベル、個人ごとの日韓関係があるのです。その集合体が、今の多元的な関係を形成しています。 日韓関係が良かった時代はあるのでしょうか。冷戦構造や国民不在のまま、政府が関係を動かしてきました。国交正常化から54年、認識面を含めた日韓の関係正常化はいまだ途上にあるといえます。今は余裕のなくなった日本と、民主化し自信をつけた韓国が本音をぶつけ合う関係。対等な新しい関係が生まれる前の「陣痛」です。五味 元徴用工を巡る韓国での判決は、1965年の日韓基本条約と請求権協定をひっくり返すものだと日本では受け止められています。国と国との合意をほごにするものであり、韓国は信用できないと受け止める人が多いのですが、韓国側ではどう考えているのでしょうか。権 韓国でも日韓関係を案じる声はあります。それでも判決が支持される要因は2つ。まずは、日本の統治が不法であることを65年の日韓基本条約では認めておらず、よって「強制動員」問題は請求権協定によって解決されていないという判断を判決が下したこと。第二は、司法が政治介入から独立し、被害者の立場に立った「国民の司法」になったとされる点です。 韓国併合、国交正常化、慰安婦問題日韓合意の際も、国民不在のまま、権力者が勝手に日韓の重要な問題を処理したことに対し、民主化された国民は憤りを覚えているのです。五味 この問題の背景には、今指摘された、植民地支配が当時の国際法に照らして合法だったのか、不当だったのかという問題があります。日本政府は、「合法だった」との立場です。65年当時は、双方が都合良く解釈していましたが、これを見直して新しい合意を作るべきだ、ということですか。権 両国の見解の相違は、結局埋められないでしょう。しかし、併合の合法性を問う前に、日本にとっても外交史上のプラスだったのか。当時日本には西洋の帝国主義に対し、アジアの解放を掲げる「アジア主義」の潮流もありました。これは西洋近代の押し付けに対し、アジアの主体性と文明の多元性を訴える普遍的な原理をもつものでした。しかし、「アジアの勝利」とされた日露戦争後、隣国の韓国を植民地化することで、日本はアジアを敵にし、自ら論理矛盾に陥ってしまったのです。 無理に隣国を支配下に置いた外交が失敗であり、日本を間違った方向に進めたということです。それをふまえた上で、65年の合意を再検討したらどうでしょう。歴史や政治の問題であるはずの日韓関係を、法律だけで語ってはいけない。事実を基に冷静に議論し、互いの主張を理解し、未来に向けて対話をすることが大切です。日韓に必要なことは黒白をつけることではなく「和解への意志」です。五味 元徴用工の判決に対して、文大統領は司法のことなので政府は何もできない、静観するとしています。また、戦前の日本に協力していた「親日派」への批判も行っており、日本敵視と受け取る人もいます。権 文政権の「無策」への批判は可能ですが、。「敵視」は誤解です。文大統領は、日本に対し「歴史に謙虚になるべきだ」など、前任者より控えめな言辞に終始しています。歴史問題への対応を強く要求してもいません。頭から「反日」と決めつけるべきではないでしょう。 「親日派」はいわゆる「親日」ではなく、戦前に日本統治に協力し、民族の独立を妨害し私腹を肥やした人を指します。解放後も韓国で君臨し、親米反共の国家をつくり、分断体制と開発独裁を支えました。彼らが日本と妥協し、今なお既得権層を形成しているとされます。それに抵抗するリベラルな勢力が文大統領を誕生させた背景です。文大統領は「積弊清算」を掲げ、「親日派」が支配する構造を変えようとしています。それは「真の独立」を目指すもので、「反日」ではないのです。(後半は省略)<クォン・ヨンソク> 1970年、韓国・ソウル生まれ。94年一橋大法学部卒業後、同大学院法学研究科博士課程修了。2008年から同大学院法学研究科の准教授。専門は東アジア国際関係史。著書に『岸政権期の「アジア外交」』『「韓流」と「日流」-文化から読み解く日韓新時代』がある。*引用者注:権容爽(クォン・ヨンソク)氏の正しい漢字はです。2019年5月25日 東京新聞朝刊 4ページ 「法律論だけでは済まない日韓関係-黒白より和解の意志」から引用 この記事から読み取れる東京新聞論説委員・五味氏の現状認識に、私は大きな違和感を持ちました。徴用工裁判の問題は、被告企業が和解に持ち込むつもりで準備していたものだったし、レーダー照射問題も防衛省の現場はコトを荒立てずに前例に習って穏便に処理する予定だったものを、首相官邸が介入して故意に問題をこじらせて韓国側を悪者に仕立てて安倍政権に対する国内の求心力を高める手段に利用したものであり、ジャーナリズムが問題にするべきは正にこのポイントです。産経新聞ならいざ知らず、東京新聞の論説委員がこれでは、日本の右傾化は戦前レベルに接近しつつあると考えるべきではないかと思います。これに応える権容爽氏は、実に大人の対応をしており、日韓基本条約が真の問題解決からほど遠いものである理由を丁寧に説明しており、大変説得力があると思います。特に、朝鮮半島の植民地化は「日本が全アジアを敵に回した所業であった」という指摘は、日本人としてよくよく考えるべき言葉だと思います。
2019年06月25日
戦時中の朝鮮半島出身の徴用工に賃金が未払いになっている問題に関する日韓両国政府のやりとりについて、5月24日の東京新聞は次のように報道している;【ソウル=境田未緒】韓国大法院(最高裁)が日本企業に韓国人元徴用工への賠償を命じた訴訟を巡り、韓国外務省報道官は23日の定例記者会見で、「日本企業が大法院判決を履行する場合、何の問題もないとみている」と賠償の支払いを求めた。 河野太郎外相が21日、訴訟に関連して「文在寅(ムンジェイン)大統領に責任を持って対応していただきたい」と述べたことを受けての発言。元徴用工問題の解決のためには日本側の対応こそが必要だと強調したとみられる。 報道官は「大法院判決を尊重するという基本的な立場の下、被害者の苦痛と傷を癒やし、未来志向的な韓日関係の構築の必要性などを考慮して慎重に事案を扱っている」とも述べた。◆「事の重大性を理解してない」河野氏、韓国側批判【パリ=共同】河野太郎外相は23日、韓国の康京和(カンギョンファ)外相と訪問先のフランス・パリで会談した。日本企業に賠償を命じた韓国人元徴用工訴訟判決への対応を巡り、日韓に第3国の委員を加えた仲裁委員会の開催に同意するよう求めた。これまで応じるかどうかを明確にしていない韓国側の対応が焦点。日本外務省関係者によると、康氏は韓国の立場を説明するにとどめたもようだ。 河野氏は冒頭、韓国外務省報道官が23日に判決に基づく損害賠償の支払いを日本企業に求めた発言に言及し「事の重大性を理解していない大変な発言だ」と批判した。「日韓関係の困難な問題を解決して早く未来志向の新しい関係を築きたい」とも訴えた。 康氏は「日本の令和時代が幕開けしたのを契機に、韓日関係の難しい問題が解決されることを期待している」と述べた。2019年5月24日 東京新聞朝刊 12版 6ページ 「日本企業 判決履行を」から引用 この記事は目先の政治家の発言のみを現象的に報告するだけで、問題の本質には敢えて目を向けようとしていない。「本質」を言い出せば、韓国大法院における裁判は公正に行なわれたもので、日本政府が問題にしている日韓基本条約の存在などは被告(日本企業)側弁護士が法廷で主張はしたものの、それによって日本企業が有利な判決を得ることは不可能だったのであり、普通に考えれば、敗訴した日本企業は判決に従うのが民主主義社会の「常識」である。被告企業はそのことを十分認識しており、最後まで争わずに少しでも有利な「和解」に持ち込もうとした所に安倍政権が無理矢理介入して、今日のような「事態」を引き起こしたのであり、「事の重大性を理解してない」のは安倍政権であることは間違いない。安倍政権が仲裁委員会だの国際法廷だのと悪あがきしてみても韓国大法院の判決を覆すことは不可能であることを、日本のメディアも理解するべきだと思います。
2019年06月24日

天皇家の代替わりを機会に頻繁にテレビに登場した安倍首相を、5月24日の東京新聞は次のように批判している; 4、5月は代替わり行事に絡み、安倍晋三首相が積極的にメディアに登場する場面が目立った。夏の参院選を見据え、政権浮揚につなげようとの思惑が透けるが、識者からは「天皇の政治利用になりかねない」との指摘も。25日からのトランプ米大統領の来日では、皇居での歓迎行事や天皇陛下との会見も組まれる。皇室行事を含む日程で日米蜜月を演出し「外交の安倍」を印象付ける狙いもあるとみられる。▽異例 陛下と机を挟み、向かい合う首相。宮内庁は14日、天皇が首相から国内外の諸情勢について説明を聞く「内奏」の動画と写真を公開した。内奏の様子が公になるのは、上皇さまの80歳の誕生日に合わせた2013年12月以来で、即日公表されたのは極めて異例だった。 憲法上、天皇に国政に関する権能はなく、為政者が政治的に利用することも許されず、野党は批判を強めている。過去には、閣僚が内奏での天皇の発言を明かし「政治利用だ」との指摘を受けて辞任した例もある。 1989年1月の「平成」の発表では官房長官の記者会見だけだったが、新元号「令和」が発表された4月1日には首相も会見して元号の由来を説明。NHKと一部民放の番組をはしごし、新しい時代をアピールした。内閣支持率は急上昇しており、同時期に行われていた統一選の結果に影響を与えた可能性がある。▽効果 名古屋大大学院の河西(かわにし)秀哉准教授(日本近現代史)は「即位行事は前例にならうとしつつ、政権のアピールになると思えば踏襲しない。祝賀ムードを政治的に利用したように見える」と話す。 4日に皇居で催された即位後初の一般参賀でも、宮内庁は当初、前回の代替わりを踏襲し秋の即位関連重要儀式後を想定していた。だが即位から間を空けたくない官邸の意向で十連休中に前倒しされたとされる。 法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)は「代替わりが内閣支持率上昇の追い風になったことは間違いない。このまま奉祝ムードを長引かせれば、参院選でプラスの効果が出ると考えているはずだ」と分析した。 トランプ氏は25~28日、日本に滞在。「令和」に入って初めての国賓となり、皇居・宮殿での歓迎行事や、両陛下との会見、宮中晩さん会などの皇室関連行事が相次いで予定されている。2019年5月24日 東京新聞朝刊 12版 6ページ 「代替わり 政治利用?」から引用 国内外の情勢を天皇に説明する様子をテレビで放送させて自分のイメージアップを図るのは明らかな「皇室の政治利用」です。しかし、その割には即位の儀式では「・・・を願って已みません」を「・・・を願っていません」などと読んだりして、どうも安倍晋三という政治家はやること為すことがちぐはぐで、それが政治的な結果として表れています。20数回もロシアを訪問して大統領を「ウラジミール」だかなんだかファースト・ネームで呼んでも相手は「総理大臣閣下」と返してきて、戻るはずの4島が結局いつ戻るか目処もつかず、「無条件で首脳会談を」と言っても金正恩委員長からは無視されるし、ならばと出かけたイランではトランプ大統領の親書は受け取ってもらえず何しに行ったのか、意味もなく帰国したという有様で、国内では「老後は2000万円不足します」などという報告書は出てくるし、もう、安倍晋三ではダメだということをしっかり確認した上で、7月の参議院選挙に臨むべきだと思います。
2019年06月23日
丸山穂高議員の「暴言」問題について、ルポライターの鎌田慧氏は5月21日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 丸山議員というと自民党にも同姓の国会議員がいて抗議が殺到、困惑しているそうなのでホダカ議員としておくが、ついにこんなすっとんきょうな戦争鼓吹の若ものがあらわれたのか、と不安を感じさせられた。 ビザなし交流で北方四島の国後島に行き、こともあろうに戦争の苦難を一身に背負った元島民にむかって「戦争しないとどうしようもなくないですか」とけしかけた。国会議員3期目。公認した維新の会と支持者の見識まで問われる言動だ。 選挙が近いこともあってか、維新の会はさっそく除名処分で切り捨て、議員辞職も求めたが拒否された。それで他の野党を巻き込み「辞職勧告決議案」を提出した。 しかし、刑事事件ならいざしらず、憲法違反の暴論だとしても(現内閣が率先実行している)、言論によって身分を剥奪していいかどうか。 斎藤隆夫を思い起こそう。彼は治安維持法に反対し、「聖戦の美名」を告発し、日中戦争に対する反軍演説によって、1940年3月、衆議院において議員除名処分。政治家としての見識と信念、時代に対する責任感。ホダカ議員とはまったく対極。人間的にも月とスッポンのちがいである。 キミの暴論は絶対に許せない。しかしキミが発言する場は保障しよう。でなければ、斎藤隆夫の演説を弾圧したファッショとおなじ轍(てつ)を踏むことになる。(ルポライター)2019年5月21日 東京新聞朝刊 11版S 27ページ 「本音のコラム-好戦と反軍」から引用 鎌田慧氏のリベラルな文筆活動には、私は概ね賛成であるが、この記事には少々疑問を感じます。「キミの暴論は絶対に許せない。しかしキミが発言する場は保障しよう」というのは、言論の自由を象徴する有名な言葉ですが、丸山議員の言動に適用できるものではないと思います。丸山議員には国会議員としての責任が問われているのであって、わが国憲法は言論の自由を含む「基本的人権」と「平和主義」、「国民主権」を大原則としており、この度の丸山議員の暴言は憲法の「平和主義」を蹂躙したことが問題であり、「言論」の問題ではありません。もし丸山議員の暴言も「言論の自由」の範囲内ということになれば、ヘイトスピーチも許容しなければならない事態を招くのではないかと危惧します。
2019年06月22日
北方領土を取り戻すには戦争するしかないみたいな暴言を吐いて日本維新の会を除名された丸山議員と彼に同情するツイートを書き込んだ維新の会の石井苗子議員について、看護師でエッセイストの宮子あずさ氏が5月20日の東京新聞コラムで、厳しく糾弾している; 酒に酔い、北方領土を戦争で取り返す是非を元島民に質問した、丸山穂高衆院議員。所属していた日本維新の会は彼を除名したが、同会所属の石井苗子参院議員は、以下のツイートで丸山氏に同情を示している。 「戦争しなくてはどうしようもなくないですか。深酒は普段の鎧を剥ぎ取って本心を吐き出させる力がある。政治家だからこそ、そこを許してもらえないことがある。謝罪、撤回がある現代でよかった。切腹のない日本でよかった。ああ、丸山穂高、君を泣く」 石井氏は女優などを経て、40代で看護大学に入学。その後大学院に進学し、保健学の博士号を取得した。肩書に看護師と記している以上、当然、相応の倫理性は求められるだろう。 考えてほしい。酔った若い議員に軽々しく戦争の必要性を説かれた、高齢の元島民のことを。看護師ならば、まず同情を示す相手は、傲慢な振る舞いをした同僚議員ではなく、元島民に対してではないだろうか。 来る参議院選挙では、同会から「自業自得の透析患者は殺せ」の暴言が大問題になった長谷川豊氏が立候補予定である。あの発言について、彼は差別・人権の見地から、いまだ総括していない。 今後、石井氏とダブルのポスターが貼られるのだろうか。その際にはせめてあの発言に対する、自身の立場を明確にするべきだ。(看護師)2019年5月20日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-看護師ならば」から引用 この記事の「丸山・石井・長谷川」批判は理路整然としており、一読して「もっともだ」と合点がいく。それにしても、維新の会というのはどうしてこうも問題発言の多い政党なのか、呆れてしまいます。こういう政党に強固な支持基盤を提供している大阪の人たちの気が知れません。
2019年06月21日
先月成立した大学等修学支援法について、前文部科学省事務次官の前川喜平氏は5月19日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 大学等修学支援法が成立した(来年度施行)。この法律は高等教育無償化法とも呼ばれる。 無償化といっても、その実態は、住民税非課税世帯など低所得世帯の学生に対して授業料・入学金の減免措置と給付型奨学金の支給を行うもので、無償化にはほど遠い。加えて問題なのは、支援の対象者に所得以外のさまざまな条件がつけられることだ。たとえば、高校卒業後二年までに入学した者に限るという条件。これは生涯学習の理念に反する。入学年齢で差別するべきではない。 さらに変なのは、学生個人に対する支援なのに、入学する大学等に対して条件がつけられることだ。「勉学が職業に結びつく」「社会で自立し、活躍できるようになる」という「実践的教育」を行う大学等に限られるのだ。具体的には、実務経験のある教員による授業科目を一割以上配置し、法人の理事に産業界等の外部人材を複数任命するなどの条件が求められる。文科省がそれを確認し、確認された教育機関は法律上「確認大学等」と呼ばれる。「確認大学等」以外で学ぶ学生は、たとえそこでしか学べないものがあるとしても支援は受けられない。これは法の下の平等に反する。 この「無償化」は、学生を人質にとって、大学に対し産業界の要求に応じる教育を行うよう迫り、大学の在り方を歪める政策だと言ってよい。(現代教育行政研究会代表)2019年5月19日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-高等教育無償化か変だ」から引用 自公政権がいう「高等教育無償化」や「修学支援」は選挙目当てのつもりかも知れないが、卒業後にすぐ役に立つかどうかという企業本位の条件付けがあるため、結果的に教育内容に介入して差別することになってしまっている。本来、教育は自由であるべきで政府が支援するときは「カネは出すが口は出さない」というルールを守るべきであり、そうすることによってのみ将来有望な人材が育つと思います。政府が教育内容に過度に介入すると、どの大学も型にはまった教育活動になり、型にはまった人材ばかりで、やがて国際競争力を失うことにもなりかねません。
2019年06月20日
東京電力が原発の安全性を訴えるテレビCMを新潟県限定で放送していることについて、次のように批判する投書が5月18日の東京新聞に掲載された; 連休中に新潟に行き、東京では見たことのない柏崎刈羽原発の安全性PRのテレビCMを見た。これについて新潟日報に投書をしたところ、新潟の方から会員制交流サイト(SNS)で「原発CMが東京では流れていないとは驚いた」という反響があった。 原発事故を収束できていない東電が原発CMを流す無責任さは言うまでもないが、東京で流していないCMを新潟で流すことも問題だ。新潟は東電管内ではない。しかも、柏崎刈羽原発は、新潟ではなく首都圏に電力を送る原発だ。新潟にだけCMを流すのは、再稼働を新潟だけの問題に矯小化することを意味する。 地方原発の再稼働に無関心でいるのではなく、常に問題意識を持つ。それが首都圏の人間の責務であるし、そうでなければ電力会社の思うつぼになってしまう、と私は思う。首都圏在住者が多いであろう本紙読者はどうお考えだろうか。2019年5月18日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「発言-東京で流れぬ柏崎刈羽CM」から引用 原発の安全性を伝えるテレビCMを新潟限定で放送する東京電力の姿勢は姑息です。ユーザーが居住する関東には知らせないで、再稼働に同意が必要な地元にのみ放送するのは、事故を起こした責任を棚上げすることであり道義的に許されないと思います。私はつい最近、地元町内会の行事で柏崎刈羽原発を見学してきましたが、30人ほどの見学者に説明してくれた社員は、3・11の事故が起きるまでは福島原発で働いていたという人で、「現代社会には発電の方法はいくつかあるが、原子力発電もそのうちの一つとして重要な手段です」とか「日本の主なエネルギー源は中東の石油に頼っているが、タンカー攻撃のような事態が頻発すると国の産業にとって致命的な打撃になるから原子力は必要」というような説明がありました。その晩は蓬平温泉に投宿しましたが、宴席では「今日のあの東京電力の説明だと、原発は民間企業の営利活動じゃなくて、完全に国策になってるってことだね」とひとしきり話に花が咲きました。
2019年06月19日
北方領土を取り戻すには戦争をするしかないというような非常識な発言をした丸山議員について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は5月15日の東京新聞に、次のように書いている; 北方四島の返還に関して「戦争しないと、どうしようもなくないですか」と発言、集中砲火を浴び日本維新の会を除名された丸山穂高衆院議員。 戦争を肯定するような乱暴さも、日ロ交渉を無視した軽率さも問題だけれど、それ以前に驚くべきはこの発言の非現実性である。え、ロシアと戦争するんですか? いつですか? 勝てると思ってるんですか? 丸山議員は1984年生まれ。戦争で領土を争う戦略ゲームと現実との区別がつかなくなっているのかもしれない。 とはいえリアルな政治の現場でも、非現実的な事態には事欠かない。 原子力規制委員会は、電力各社に対し、テロ対策施設が建設できなければ設置期限の延長は認めないとした。ところが各社は難色を示す。1社あたり1兆円近くという試算もある莫大な安全対策費。一度延長しても期限にはとても間に合わない工期。原発に固執する政府の方針自体が、すでに非現実的なのだ。 同じく政府が固執する辺野古(沖縄県名護市)の新基地建設に関しても非現実的な実態が明らかになりつつある。沖縄県の試算では、軟弱地盤の改良を含めた工期は13年(計画では5年)、工費は約2兆4千億円(当初計画の約10倍)。 国がデタラメなことをやってるんだもの。若手議員が現実とゲームを混同しても不思議ではないよ。(文芸評論家)2019年5月15日 東京新聞朝刊 12版 25ページ 「本音のコラム-非現実的です」から引用 丸山穂高氏は東京大学を優秀な成績で卒業して官僚になったのですから、順当に地元のポストが空くのをまって自民党から立候補するという「王道」を進めば、維新の会などという得体の知れない政党に面倒見てもらうこともなかったのに、「ボタンをかけ間違う」軽率さがこの度の舌禍事件につながったものと思われます。それにしても、非現実的な言動は丸山議員に限らず、政府自身がこれまでも繰り返してきていることだという斎藤氏の指摘は深刻だと思います。
2019年06月18日

私はこれまで神道は日本独自の宗教であるというふうに、誰に教えられたわけでもなくそう信じておりましたが、それが実はそうではないことを、「週刊金曜日」の記事で知りました。4月12日の「週刊金曜日」に、次のような記事が掲載されています; 4月30日にその役目を退く天皇明仁・美智子夫妻が2017年9月20日、朝鮮半島からの渡来人である高句麗(こうくり)の「高麗王若光(こまおうじゃっこう)」を祭神とした「高麗(こま)神社」(埼玉県日高(ひだか)市)を訪問した際、ネトウヨ(ネット右翼)らから「反日左翼」などと非難する声がネット内に相当数書き込まれたことはまだ記憶に新しい。 高麗川(こまがわ)が近くに流れるこの場所を、筆者も訪れたことがある。広大な境内には「新羅(しらぎ)王第29代武烈王」の石像などが建ち、国の重要文化財に指定される江戸時代初期の「高麗家住宅(こまけじゅうたく)」が復元され残っていた。 なぜこの地に、古代朝鮮半島にあった高句麗や新羅という国に関わる神社があるのか。 神道・神社は日本古来の固有のものだと信じている人が大半だと思われるが、筆者もその一人だった。しかし、調べていくとどうやらそうではないようだ。◆天皇家と古代朝鮮 <私自身としては、桓武(かんむ)天皇の生母が百済(くだら)の武寧王(ムリョワン)の子孫であ、ると、続日本紀(しょくにほんぎ)に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています>(宮内庁ホームページより、ルビは筆者) 日韓サッカーW杯(2002年)共同開催を前にした01年12月18日の会見で明仁天皇はそう発言し、天皇家のルーツの一端を語ったものと話題になった。発言の根拠は797年完成とされる『続日本紀』である。 国家形成の過程を記した『日本書紀』(720年)から77年後に完成した『続日本紀』は、平城京(現在の奈良県奈良市と大和郡山(やまとこうりやま)市辺り)に都が置かれた奈艮時代を中心に国家形成後の歩みが記されている。 これら文書は時の権力者に都合よく描かれており、真偽についてはさまざまな議論がある。ただ、ここではその記述を前提に、前出の天皇発言の内容をもう少し詳しく見ていこう。 桓武天皇は8世紀から9世紀初めの人とされる。『続日本紀』によれば、生母は高野新笠(たかのにいがさ)である。その父は「和」と書いて「やまと」と読む姓で、古代朝鮮半島にあった百済系渡来人だと記されている。改姓し「高野」となった。娘の新笠は光仁(こうにん)天皇の側室から天皇の妻となり、のちの桓武天皇を生むことになる。つまり、天皇家には朝鮮半島からの渡来人の血が流れているということだ。これが事実なら、「嫌韓」を煽(あお)る「愛国者」の人たちは天皇家のルーツに唾を吐きかけていることになる。 その発言の16年後に明仁・美智子夫妻が訪れた冒頭の高麗神社の由来も、実はこの『続日本紀』に記されている。◆高麗人が祀った神社 高麗神社のある地は、716年に設置された「武蔵国高麗郡(むさしのくにこまぐん)」であり、ここに駿河(するが・現在の静岡県)など当時の7力国に住んでいた高句麗人1799人が移住したと記される。7力国とは駿河のほか、甲斐(かい・山梨県)、相模(さがみ・神奈川県)、上総(かずさ・千葉県中部)、下総(しもうさ・千葉県北部)、常陸(ひたち・茨城県)、下野(しもつけ・栃木県)である。 この時期は、それまで「倭国(わこく)」と呼ばれていた列島に「日本」という国号が初めて定められた「大宝律令」(701年)制定の直後である。 <高麗人たちの渡来人は、大陸の進んだ技術や文化を伝えました>―。日高市のホームページは「高麗郡建郡1300年の歴史と文化」と題し、そう記す。先進技術を携え渡来した高句麗人たちがここに集まり、先祖を祀ったのが高麗神社であった。 高麗郡は1896年(明治29年)に入間(いるま)郡に組み入れられてその名が消えたが、高麗神社は残った。日高市だけでなく、先述の駿河(静岡県掛川市)にも「高麗神社」があり、祭神は「韓神(からかみ)」つまり朝鮮の神である。 高麗郡設置から42年後の758年、同じ武蔵国に「新羅(しらぎ)郡」が設置された。<新羅の僧32人、尼2人、男19人、女21人〉が移住と『続日本紀』に記される。のちに「新座(にいくら)郡」と改称する新羅郡は現在の和光市、朝霞市、新座(にいざ)市、志木(しき)市、西東京市や東京都練馬区の一部などの地域だ。 列島の人口が急増したのは、稲作や青銅器・鉄器の製造技術を持った渡来人が列島各地に押し寄せた弥生時代(3世紀中頃まで)とされる。その後の古墳時代も活発な渡来と交流があった。百済から仏教が伝えられたのは6世紀半ばで、高麗郡設置前後の7世紀から8世紀にかけても29ページの年表のように数千人単位の渡来の記録が残る。弥生時代の列島の人口は60万人近くとされるので、相当数の渡来人がいたことになる。 これだけの数の人々(しかも先進の技術と文化を持つ人たち)が来れば、当然ながら単にそこで暮らしたというだけでなく、祖先を祀るという半島の伝統も継承されただろう。日本固有と思われている神社の祭神に朝鮮由来の神が多い理由が、おぼろげながら想像できる。実際、朝鮮半島からの渡来人が祀った(祀られた)神社は全国各地に数多く存在している。◆半島から大挙し渡来 <神社・神宮というのは朝鮮からきている><三国時代の古代朝鮮、新羅からきている> 作家で古代史研究家の故・金達寿(キムタルス)氏は『古代朝鮮と日本文化神々のふるさと』(86年、講談社学術文庫)の中でそう書く。 この言葉に対して、<神社を日本固有のものと信じている多くの日本人は、驚きや、強い反発、異和感をおぼえるであろう。金氏は韓国人だから、そこに我田引水の匂いをかぐ人もいるだろう。しかし私は今、この言葉は多くの真実を含んでいると思っている〉 『神社の起源と古代朝鮮』(2013年、平凡社新書)の「あとがき」でそう書くのは、跡見学園女子大学名誉教授で、同書のほか『原始の神社をもとめて 日本・琉球・済州島』(09年、平凡社新書)などの著書がある岡谷公二(おかやこうじ)氏だ。岡谷氏は、その一文に続いてこうも述べる。 <神社の成り立ちに、古代朝鮮、とりわけ新羅-伽耶(かや)の地域が或る役割を果たしたとだけは断言できる> 各地に残る朝鮮半島由来の神社を紹介する前に、左表の<古代の朝鮮半島と日本列島をめぐる動き>をざっと見ておこう。 古代朝鮮半島に高句麗、百済、新羅の3国が並び立った紀元前1世紀頃から紀元後7世紀中頃までを、韓国の時代区分では「三国時代」と呼ぶ。660年に新羅が百済を滅ぼし、668年には新羅・唐の連合軍が高句麗を滅ぼして、朝鮮半島は新羅によって統一される。高麗神社を建てた高句麗人が列島に渡来してきたのはこの前後だとされる。 また、この間、百済の残党に倭国が加勢し、唐・新羅連合軍と戦った663年の「白村江(はくすきのえ)の戦い」では、百済・倭連合軍が敗れ、半島から撤退する。百済人が大挙して列島に渡来したのはこの時だとされる。◆上陸の痕跡、各地に さて、「各地に残る朝鮮半島由来の神社を紹介する」と前述したが、その数が多すぎてとても全体を網羅(もうら)できない。伊勢(いせ)や出雲(いずも)など重要な場所には触れず、ここでは冒頭の高麗神社関連の渡来系神社に絞って見ていく。 668年の高句麗滅亡の前後、半島から逃れてきたとされる高麗の若光とその集団は列島のどこに来たのか。<上陸した地は相模(さがみ・神奈川県)の大磯(おおいそ)であった>と前出の金達寿氏は書く。大磯町には平塚市にまたがる「高麗山(こまやま)」がある。同町のホームページでも〈奈良時代にこの山側一帯に高句麗からの渡来人が居住し集落を作ったことから「高麗山」の名前がついたといわれています>とし、<若光はその(高麗郡の)郡令に任命されました>と紹介する。高麗山の麓にある「高来(たかく)神社」は以前「高麗神社」と称し、地元の人たちは現在もそう呼ぶ。 『日本書紀』によれば、若光は666年に高句麗使節の副使として倭国を訪れているので、上陸・居住したのは奈良以前の飛鳥時代だろう。その後、703年に、半島の旧王族に付けられる「王(こにきし)」の姓(かばね)が若光に与えられだと『続日本紀』は記す。 そもそも「相模」の「サガ」は朝鮮語の「サガ」で「私の家、社などの意」つまり朝鮮人の居処の意味だという。相模国の中心部には現在も「高座(こうざ)郡」があるが、720年完成の『日本書紀』では「高倉(たかくら)郡」と記され、高句麗人が住んでいたのでその名がついたとされる。高座郡寒川(さむかわ)町は、元は「寒河(サガ)」と書き、「寒川神社」は渡来人の祀った氏神だという。 若光らの集団は大磯から始め、箱根の「駒(こま)ヶ岳」に至るまで開拓を進めていったとされる。「駒ヶ岳」の「駒」は「高麗」とされ、日本国内には滋賀・福井、長野、山梨、神奈川、富山以北に「駒ヶ岳」といケ名称の山が20ほどある。高句麗からの渡来人たちが移り住み、命名したのだろうか。また、各地の神社本殿前に並ぶ「狛犬(こまいぬ)」が朝鮮伝来の「高麗犬」だというのは、明治神宮も認めるところだ。 大磯から高麗郡に至る周辺地域には、たとえば「狛(高麗)江(こまえ)」などその由来を残した地名があるが、神奈川県と隣接する多摩地域の「多摩」も、多摩川の源流である山梨県の「丹波川(たばがわ)」の「丹波(たば)」が沈ったとの説や、全国にある「巨摩(こま)」といった地名と同じく「高麗」の転訛(てんか)したものとする説もある。 高麗神社から分社された「大宮神社」「広瀬神社」「白髭(しらひげ)神社」は埼玉県・東京都下だけでも130社余りにのぼり、白髭という名称の神社は全国各地にある。 また、全国に約2700社余りある白山(はくさん)神社の祭神は菊理姫(くくりひめ)だが、「ククリ」とは「高句麗」とされる。「朝鮮の巫女」との説もある。東京都文京区にある白山神社の御祭神も菊理姫だ。同神社は弥生式土器の発掘地(現在の文京区弥生2丁目)から1キロほどの場所にある。 しかし、金、岡谷両氏は高句麗系の神社は新羅系に比べればその数は少ないと指摘する。◆天皇家を守る祭神 927年に完成した『延喜式(えんぎしき)』の神名帳には韓国(からくに)神社(兵庫県)、信露貴彦(しろきひこ)神社、白城(しらき)神社(福井県)、古麻志比古(こましひこ)神社(石川県)など名前だけで渡来系の神社であることがわかる神社名が多数載っているが、明治政府による「国家神道」推進策として実施された「神仏分離令」(1868年)によって全国の神社は作り変えられた。元々の祭神を「記紀神話」に登場する「日本神話」の神に名義がえないし吸収させられ、一方的に社格が決められ、世襲の神職は排除され、神職は国家公務員となり、各社で異なる伝統ある祭礼もマニュアル化して統一された。要するに、「国家神道」として国家に隷属することで、それまでの神道・神社は名実ともに破壊されたのである。偽造されたと言ってもよい。しかし、1945年の敗戦後に元の祭神名に戻したところや並立させているところもある。 京都市の大酒(おおさけ)神社の祭神は「秦(しん)の始皇帝」で、平野(ひらの)神社は「百済聖明王(せいめいおう)」を祭神とする。さらに、奈良市の漢國(かんごう)神社の祭神は「園神(そのかみ)」と「韓神(からかみ)」である。 <ナラという地名自体、現在も使われているナラという、国を意味する韓国語から来ているとは、ガイドブックにまで記されている事実である> 岡谷氏は『原始の神社をもとめて』でそう書くが、この「園神と韓神」は宮中36神の最古の神とされ、天皇家を守る祭神としてかつて平安京の宮内省で祀られていた。園神は新羅系、韓神は百済系の渡来神と言われる。 これが天皇家および神社のルーツと無関係とは言えないだろう。<神社・神宮というのは朝鮮からきている>とする金氏の言葉がリアリティを帯びる。今後、さらに調査・研究が進めば、日本固有と信じられてきた神道や神社の成り立ちがより明確に繙(ひもと)かれていくだろう。参考文献 本文に記載かたおか のぶゆき・記者。※ここに引用した記事には、片岡記者による写真や図表もありましたが、ここに引用するにあたって、それらは割愛しました。2019年4月12日 「週刊金曜日」 1228号 27ページ 「神道・神社のルーツは古代朝鮮半島なのか」から引用 韓国を毛嫌いして軽蔑したような言葉を投げかけるのは皇室に対して失礼に当たるという筆者の指摘は、なかなか説得力があります。奈良県の呼称も韓国語の「ナラ=国」に由来するというわけですから、朝鮮半島から渡ってきた渡来人は10人や100人といったレベルを遥かに凌ぐ数だったのではないかと思量されます。ということは、この時代に渡来した人々がその後、忽然と消えたわけではなく、その土地に住み着いて今日に至っていると考えるのが自然で、要は私たちの遺伝子の一部は朝鮮半島を起原とすると考えるのが自然なのであり、日本列島に住む人間が朝鮮半島の人間を蔑視する理由はないと考えるのが普通ではないでしょうか。
2019年06月17日
安倍首相が自民党の役員会に出席して改憲論議を進めるように要請したと、5月14日の東京新聞が報道している; 安倍晋三首相は13日の自民党役員会で、国会で改憲論議が進まない状況について「わが党がどんどん活発に議論を呼び掛けたらいい」と述べ、与野党問の議論を促した。出席した党幹部が明らかにした。 首相は「この1年間で各党が全く議論していないのは有権者に対していかがなものか」と語り、自民党が昨年3月にまとめた9条に自衛隊を明記する改憲条文案が衆参両院の憲法審査会で議論されていないことに不満を示したという。野党が反発し、議論がさらに停滞する可能性がある。 二階俊博幹事長は役員会後の記者会見で、党改憲案に関し「国民に少しずつでも分かってもらえるよう努力するのは大事」と首相に同調した。「憲法改正だからそう簡単にはいかない。慎重にやるべきだ」とも語った。(川田篤志)2019年5月14日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「首相、与野党間 改憲論議を促す」から引用 この記事に見られる安倍首相の言動は異常である。日本国の主権者は国民であって、首相ではなく、まして国会議員ではない。この国の憲法をどうするか決めるのは国民であるが、各種世論調査によれば5割を超える国民が「憲法を変える必要はない」と回答している。こういう状況を無視して与党と野党が勝手に改憲論議をして良いわけがありません。野党はその辺の理屈をよく心得ているから、自民党から要請があっても無視している。この野党の対応は理屈にあっていると思います。もし、国民の間に「この憲法は、もうダメだ」という声が充満しているのであれば、与党も野党も率先して改憲論議を始めるべきですが、そうはなっていないということを無視して「改憲論議をするべき」というのは妄言以外の何ものでもありません。憲法擁護義務を課せられている総理大臣は、率先して改憲を言い出して良い立場ではないことを、先ず以て理解するべきでしょう。
2019年06月15日
安倍首相に「現行の条文を変更せずに単に「自衛隊」の文言を書き加えるだけ」というアイデアを提供した「日本政策研究センター」が発行したビラについて、5月13日の「しんぶん赤旗」は次のように報道している; 自衛隊明記による9条2項の「空文化」をいち早く提唱して、安倍晋三首相の提案にも影響を与えた「日本政策研究センター」が「自衛隊の存在を憲法に明記する憲法改正を提案します」とのビラを発行し、その中で、自衛隊の憲法明記によって「普通の安全保障や防衛論議ができるようになる」と主張しています。 「普通の安全保障や防衛論議」とは、海外派兵禁止や集団的自衛権行使の禁止などの制約を受けない軍事論のことです。自衛隊明記論の本質を正直に示すものです。 ビラは、自衛隊の憲法明記によって「自衛隊の法的地位が確実なものとなります。その結果、自衛隊は憲法違反だという主張は消えていく」と主張。「自衛隊が憲法に明記されれば、この日本を守る自衛隊は国の制度を守るうえでもきちんと位置付けられる」「自衛隊が任務とする『我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つ』ことが大切な価値あるものとして、制度や政策のうえでも正当に位置付けられる」として、自衛隊の憲法明記が国の構造を大きく変えることを認めています。 そのうえで「自衛隊の存在が憲法に明記され、国の制度の中核に位置づけられれば・・・世界の国々において論じられている、普通の安全保障や防衛論議ができるようになる」としています。【解説】9条2項「空文化」論の元祖「日本政策研究センター」代表の伊藤哲夫氏は日本会議・政策委員で、安倍首相のブレーンの一人といわれてきた人物です。 伊藤氏は、同センターの機関誌『明日への選択』(2016年9月号)で、「憲法9条に3項を加え、『但(ただ)し前項の規定は確立された国際法に基づく自衛のための実力の保持を否定するものではない』といった規定をいれること」を提案していました。 同センター研究部長の小坂実氏も、「9条2項は、今や国家国民の生存を妨げる障害物と化したと言っても過言ではない。速やかに9条2項を削除するか、あるいは自衛隊を明記した第3項を加えて2項を空文化させるべきである」(『明日への選択』16年11月号)と主張していました。 日本会議と一心同体の日本会議国会議員懇談会は17年度の「運動方針」(17年3月15日決定)で、9条改憲に関連し「憲法上に明文の規定を持たない『自衛隊』の存在を、国際法に基づく自衛権を行使する組織として、憲法に位置づける」と明記しました。伊藤氏らの提案とそっくりの内容です。 これを受けて安倍晋三首相は、17年5月3日の日本会議系改憲集会に送ったビデオメッセージで、9条1、2項を残して自衛隊を憲法に明記するという9条改憲案を示しました。 日本政策研究センターが発行するビラは、まさに”元祖”として、自衛隊明記の改憲の本質的狙いを明確にしたものです。(中祖寅一)2019年5月13日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「改憲ビラで本音」から引用 この記事によると、現行の憲法に「自衛隊」の文言を書き加えるだけというアイデアを考え出した「日本政策研究センター」は、最初から9条2項を空文化することを狙っています。しかし、このアイデアを公言した安倍首相からは、「自衛隊という文言を書き加えるだけで、状況は現在と何も変わりません」という説明しかなされておらず、「第3項を書き加えれば、1項、2項の規定は無効になるから、これではクーデターに近い乱暴な改悪だ」という説明は、護憲派からしか聞かれませんでした。ということは、安倍首相は「自衛隊」を書き加えることによって9条を空文化できることを承知した上で、敢えて国民には「現状は何も変わらない」と得意のウソをついたわけで、こういうことをする総理大臣を信用しろというのは無理な話だと思います。 そもそも、自衛隊は憲法に書かれていないから違憲論が存在するという主張からして、おかしいと思います。自衛隊は、わが国の行政機関の一つに過ぎません。わが国憲法は、その行政機関を一々名前を挙げて定義しているでしょうか。国税庁や警察庁という名称が憲法に明記されていないからと言って、これらの行政機関が憲法違反だ、などという話は聞いたことがありません。安倍政権のウソは今に始まった話ではありませんが、こと憲法に関しては安倍氏の発言はことごとくウソにまみれているように思われます。
2019年06月14日
メデイァが天皇の代替わりを単なる祝い事としてしか報道しなかったことについて、ジャーナリストの毫宏士氏は、5月12日の「しんぶん赤旗」に次のように書いている; 新天皇の即位に伴う一般参賀は今夏の参院選をにらんでの宮内庁の抵抗を押し切った前倒し実施だった-。共同通信が4日、配信した記事が西日本新聞など複数の地方紙に掲載されました。朝日新聞が4月30日朝刊1面トップで、安倍晋三首相が保守派に配慮し、「令和」を含む元号案を皇太子(当時)に自ら事前説明した、と報じたことに続く、安倍政権による天皇の政治利用の発覚です。 日本国憲法は象徴である天皇の地位を主権者である国民の総意に基づくとし、政教分離の原則を定めています。国事行為とした今回の退位や即位に伴う一連の儀式は、天皇を現人神とした戦前の儀式を踏襲した、平成の代替わりを引き継いだものです。このことを踏まえれば、メディアは冷静な目で報じる姿勢が大切です。ところが4月30日と5月1日のNHKや民放各局のテレビ番組は大半が”祝賀一色”で、視聴者はそうした論点を知る機会を逸したのではないでしょうか。 天皇の人柄を取り上げた番組ばかりが目立つなかで、NHKスペシャル「日本人と天皇」(4月30日放送)は、神話時代の初代・神武天皇に遡(さかのぼ)るとされる天皇制の各時代の儀式に焦点を当てた内容で見応えがありました。神道式の即位の儀式に関しても、明治以前は仏教色が濃かったことなど、時代状況に応じてさまざまな形態があったことを実証的に取り上げていました。 また、戦後の皇室典範の改正にあたっては、進歩的な考え方の持ち主だった三笠宮崇仁親王(昭和天皇の末弟)が女帝の検討を求める意見書を枢密院に提出したエピソードを掘り起こすなど、天皇制を考える重要な材料を視聴者に提供したと思います。 象徴天皇制についても放送法にあるように健全な民主主義の発達に資する番組づくりを期待したいと思います。(だい・ひろし=ジャーナリスト)2019年5月12日 「しんぶん赤旗」日曜版 35ページ 「メディアをよむ-祝賀一色で隠れた論点」から引用 参議院選挙の都合に合わせて天皇の代替わりの日程を決めるというのは、皇室の尊厳を二の次にした本末転倒の発想であり、メディアはその点をしっかり批判するべきだったと思います。退位と即位に伴う一連の儀式を国事行為として行なうには、国民主権の現行憲法の趣旨に照らして宗教色を一切排除した儀式にするべきところ、安倍政権はそのような検討を一切せず、安易に前回の代替わり儀式をそのまま模倣したのは、この政権のレベルを表したとは言え、決してほめられたものではありません。次回の代替わり儀式が民主主義の国家にふさわしい儀式となるように、今のうちから徹底批判をしておく必要があると思います。
2019年06月13日
北方領土返還交渉について、元担当者の外務官僚、佐藤優氏が10日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 筆者は5月はあまり好きでない。2002年5月14日に外務省関連国際機関を巡る背任事件で、当時勤務していた外務省外交史料館で東京地方検察庁特別捜査部の検察官によって逮捕されたことを思い出すからだ。5月の大型連休明けは、メディアスクラムで身動きが取れない状態だった。検察の目的は、筆者を「階段」にして、鈴木宗男氏につながる事件を摘発することだった。しかし、鈴木氏と筆者をつなげる刑事事件を立件することはできなかった。 当時、鈴木氏や筆者は、北方領土問題に関して、「国是である四島返還を裏切った国賊だ」と非難された。それが事実誤認に基づく批判だと、いくら釈明しても効果がなかった。最近の北方領土交渉を見ると、首相官邸も外務省も、筆者らが従事したときよりも、はるかに柔軟な姿勢でロシアと交渉している。メディアや世論の反発も強くない。筆者は数年以内に北方領土交渉は解決すると思っている。 最近、鈴木氏から「私たちの事件後、四島一括返還論者が強硬論を唱えても交渉はまったく進まなかった。だから安倍首相も外務省も1956年の日ソ共同宣言を基礎に現実的な交渉をプーチン大統領と進めるしかないという決断に踏み込むことはできた。よしとすべきだ」と言われた。その通りと思うことにした。(作家・元外務省主任分析官)2019年5月10日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-17年を経て」から引用 この記事は紙幅の関係からか、表現が曖昧で佐藤氏にしては珍しく切れ味のない穏やかな文章になっている。佐藤氏が現役の外務官僚だった頃に「四島一括返還でなければ意味がない」などと硬直した発想を声高に主張していたのは、安倍晋三氏が中心の日本のナントカを憂える若手議員の会だったのではないかと、私は記憶してますが、もしかしたら記憶違いかも知れません。しかし、その後「四島一括返還でなければ意味がない」論はつい最近まで継続していたのではないでしょうか。そして、最近「日ソ共同宣言を基礎に現実的な・・・」などと言い出したのは、プーチン大統領の頑なな姿勢をこれ以上無視していくことはできないと、安倍グループが白旗を揚げただけだと思います。上の記事では佐藤氏は、安倍政権の路線変更を世論も承認したかのように表現してますが、「世論」はもともと政治的主張に無関心で、単に安倍政権に付和雷同しているだけに過ぎないと思います。佐藤氏は元外交官の勘で「領土交渉は数年以内に解決する」などと書いてますが、私はその予想は外れて、現状がそのまま続いていくのではないかという気がします。
2019年06月12日
琉球王国の公文書を復元する沖縄県の事業について、琉球大学名誉教授の金城正篤(きんじょうせいとく)氏が、5月10日の東京新聞に次のように書いている; 「歴代宝案(ほうあん)」(以下・宝案)とは琉球王国の外交文書である。相手国は中国、朝鮮やシャム(現・タイ)、マラッカ(同・マレーシアの一部)など東南アジア諸国だ。 14世紀半ば以後、琉球は中国を中心として形成された漢字文化圏に参入し、中でも中国との間には冊封(さくほう)・朝貢の関係を基軸に、約500年にわたる善隣外交を続けてきた。 宝案は、外交文書といっても、冊封・朝貢体制という公認されたシステムを最大限に利用して貿易立国を目指した琉球王国の自画像を克明に記録した文書群である。 最初の記事が1424年、最後が1867年で中国の明・清両時代にまたがる440余年間の4300余件の文書が残っている。「残って」いるというのも戦災などで失われ欠巻があるからである。 文書を作成し、保管したのは明代に中国福建省から渡来した久米村(那覇市)の職能集団だ。すべて漢文で綴(つづ)られ、例えば中国の皇帝に関わる箇所については、敬意を表すため文章の途中でも必ず改行し、文字を二字上げて記載(擡頭・たいとう)するなど形式が重要な意味を持っていた。 収録されているのは、隔年で派遣(二年一貢)される進貢船に関する記事が主体で、進貢正使・副使の肩書と氏名、200人に上る乗組員の人数および公式の進貢物=常貢品(硫黄、紅銅、錫(すず))=の数量が記載される。 進貢船は翌年帰帆するが、現地に残った進貢使の迎えを名目に、後には進貢船と入れ替わりに接貢船の派遣が許可され、いずれも福州の拠点「琉球館」で貿易に従事した。琉中間では毎年、貿易船が往復していたのである。 そのほか、琉球国王の代替わりには、新国王の即位(任命)式などのために中国から数百人の冊封使一行が来琉した。またその際には、琉球から4人の留学生(官生)が中国の最高学府「国子監」に派遣される。19世紀に入ると中国沿岸や台湾・琉球近海で海難事故が多発し、相互の救助・送還態勢が敷かれた。 宝案からは、年代ごとにこうした史実が読み解ける。 宝案の原本は当初2部作成され、1部は王府に、もう1部は久米村に保管された。王府収蔵分は、1879年の「琉球処分」に当たって明治政府に没収され、後に関東大震災で焼失したと伝えられる。一方久米村分は、ある時期に沖縄県立図書館に移管されたが、沖縄戦で失われた。 このため県は、残っている影印本や筆写本、中国・台湾に保存されている関連資料を利用しながら、宝案原本の復元・刊行事業を進めている。 作業開始から30年近くを経て、復元にこぎつけた原本は15冊。極めて根気の要る仕事ではあるが、宝案を通して往時の琉球王国の実像を描き出すことは、沖縄人(ウチナーンチュ)のアイデンティティーを確認することにもつながると思う。2019年5月10日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「『宝案』は雄弁に語る」から引用 関東大震災や沖縄戦で「宝案」の一部が失われたのは残念なことですが、同じものが中国や台湾に残っているというのは、心強い話です。是非、全編を復元して、やがてはみんなが琉球王国の実像を認識できる日が来ることを願います。韓国では李王朝の子孫がソウルに博物館を建てて祖先の宝物を展示していると聞いたことがあります。琉球王朝のほうはどうなっているのか、気掛かりです。こういう人たちがどのようにその後を過ごしているのかを知ることは、やがてわが国の皇室民営化を議論するときに、参考になるものと思います。
2019年06月11日
94年5月の「アエラ」の記事の続きは、次のように述べている;(昨日の続き)◆大和朝廷は弱者いじめをした 当時の大隅・薩摩の人口は2万人程度と推定される。このうち戦闘要員はせいぜい5千か。むろん抵抗を拒否する者、大和側に通じる者も出たはずである。してみると、隼人の兵力はたかが知れている。にもかかわらず、戦況ははかばかしくなかった。8月には、<平定が終わらないので、副将軍以下は引き続き現地に留まれ> という天皇の命令が出ている。 そして9月、『続日本紀』は、<日蝕があった> と、伝える。なにやら中央政界に不安が広がっているかのような一行である。続けて、<陸奥(むつ)国で蝦夷(えみし)が反乱> の記事が追いかける。南へ北へと領土拡大をはかる朝廷政府は、南北両面で先住民からの挑戦を受けていたのだ。 抵抗する隼人が、最後まで立てこもったといわれる比売乃城(ひめのき)の砦(とりで・姫木城(ひめぎじょう))は、天降(あもり)川が開いた狭隘(きょうあい)な国分平野北部の、標高わず7、80メートルの小山である。付近には、姫城(ひめぎ)、中姫城(なかひめぎ)、中城(なかぎ)といった地名が残り、山をかすめるようにJR日豊(にっぽう)本線が走っている。 周囲を見回すと、平坦(へいたん)地は小高い丘の連なりをぬって、わずかに開けているだけだ。野生の食用植物を除けば、農作物も貧弱だったと思われる。強大な律令政府から見て、隼人など、まるでとるに足りない敵だったはずである。◆九州南端の戦略的な重み そんな辺境の民を、中央はじっくり1年4ヵ月の時間をかけて、徹底的に叩いた。戦闘が終結した養老5(721)年7月の『続日本紀』は、<副将軍らが帰還した。斬首(ざんしゅ)した者や捕虜は、合わせて1400人余りであった> と、事務的に伝えるのみだが、隼人側は多大な犠牲を払った。おそらく抵抗者は皆殺しに近い虐殺だったであろう。中央のこの徹底ぶりは、単に隼人が国守を殺害した、という理由からだけではあるまい。 隼人についての実証的な考察を続け、『隼人の研究』(丸山学芸図書刊)の著書もある鹿児島女子短大教授の中村明蔵(なかむらあきぞう)さんは、 「隼人に徹底的な打撃を与えた背景には、天皇支配の領域を明確にするという大きな目的がありましょうが、もう一つ、九州南端に位置する大隅・薩摩の戦略的な重要性も、無視できなかったのではないか。つまり外部からの侵略を食い止める水際(みずぎわ)として、絶対に確保しておきたい土地、と中央は考えたはずです」 天智(てんぢ)天皇の遠征軍が白村江(はくそんこう・朝鮮半島)で唐・新羅(とう・しらぎ)連合軍に惨敗してから、まだ半世紀しか経っていない。外部からの攻撃の危険と緊張は常に存在した。となれば、南海と東シナ海に向かって開いた大隅・薩摩は、中央にとって単なる辺境とはいえない意味を持ってくる。仮に隼人が朝鮮半島を支配する新羅と手を組み、西国の軍事拠点である大宰府を挟(はさ)み撃ちにしたら、どうなるか……。 隼人とのこの戦いで、重要な役割をはたしたのが宇佐八幡宮だった。朝廷編纂(へんさん)の史書は一切論及しないが、八幡宮のお告げを集大成した『八幡宇佐宮御託宣集(たくせんしゅう)』には、神官らがご神体とともに軍列に参加したと書いてある。そして、戦況が行き詰まったとき出だのが、次のようなお告げだった。<美女、美童の形を表すご神像を作り、戦場にて舞わせよ> 隼人の立てこもる砦を囲んだまま、大和の軍勢は時ならぬ宴を催すことになった。軍勢に加わっていた人形使いの傀儡(くぐつ)衆が、伎楽(ぎがく)に合わせ、美女、美童を巧みに操った。純朴な隼人たちは、伎楽の調べと甘い酒の匂(にお)い、奇妙な人形の舞いを見せられて、ふと油断でもしたろうか。難攻不落だった比売乃城の砦はついに落ちた。 朝廷の軍勢が大隅をめざした道筋を戻る形で鹿児島を後にし、宇佐八幡宮を訪ねた。日豊本線の特急は、単線のレールをのんびりと北上した。尻(しり)の痛くなる道のりを慰めてくれたのは、青くふくらんだ山並みと、初夏の日差しに白く泡立つ海である。 八幡宮の敷地は広く、川で囲繞(いにょう)された城塞(じょうさい)のような地形をしていた。かつて万余の軍勢が、ここを駐屯基地にして隊列を整え、南に向かったであろうことが十分に納得できる。 託宣集にも詳しい神官の河野弥進美(こうのやすみ)さんから聞いた話によれば、隼人征討の数年後、八幡宮の一帯で、川といわず海といわず、小さな蜷(にな)貝が異常発生した、と伝承にあるそうだ。神告では隼人を殺した報いだという。征討軍に加わった神官らも崇(たた)りを恐れた。◆古代の報いを今も鎮める 怨霊(おんりょう)と化した無数の蜷貝のはい回る光景は、夥(おびただ)しい数の隼人殺戮を想像させる。史書が記す斬首と捕虜合わせて1400人余という数字では、とても足るまいと思えてくる。 八幡宮で放生会が始まったのはこの後で、隼人の鎮魂を祈り、蜷貝を海に放つようになった。これを蜷饗(になあえ)神事と呼んでいる。宮司(ぐうじ)以下8人の神職と氏子(うじこ)総代らが、寄藻川(よりもがわ)の河口で乗船し、お祓(はら)いをし、祭文を言挙(ことあ)げして、蜷貝を放つのである。 そのときに神職がとなえる祭文(祝詞)の文言は、 「恐美恐美(かしこみ)母白左久(もまおさく)」 に始まり、隼人の魂が荒ぶることなく、和(にこ)やかに大海(おおわだ)の千尋(ちひろ)の底まで行き着くようにと祈り、 「懇爾聞上介奉良久登白須(ねんごろにきこえあげまつらくとまおす)」と、結んでいる。 宇佐八幡宮の北には、凶首塚(きょうしゅづか)と呼ばれる円墳もつくられている。隼人100人の首を葬ったという。 宇佐からさらに海沿いに西に行くと、福岡県築上(ちくじょう)郡吉富町(よしとみまち)の古表(こひょう)八幡神社かある。ここでは4年に一度の夏の大祭で、傀儡人形を使った舞いが奉納されている。隼人戦争の終局場面で神告のあった傀儡舞いを再現することで、殺された者たちの霊を鎮める意味を持っている。宇佐八幡宮の放生会と起源は同じで、やはり蜷貝の放生と細男(くわしお)舞いと呼ばれる傀儡舞いが、船上でも行われる。 1200年を経ても、なお死語となることなく敗者鎮魂の言葉と舞いが伝承され、神事が執り行われている厳然とした事実には、殺した後で鎮魂とは勝手なものだ、と思いながらも、誰もが驚きと感銘をおぼえずにはおられまい。1994年5月30日 「アエラ」 30ページ 「隼人は生きている」から後半を引用 この記事は1200年前の日本の様子をリアルに表現してくれていると思いました。日本から朝鮮に出兵した「白村江の戦い」から50年経っても、日本列島の北部にはアイヌ人が暮らす地域が存在し、九州の南端にも異民族が生活していたという事実、その異民族を暴力的に抹殺・排除した事件などは「昔話」として聞き流すべきではなく、「事実」としてとらえ直すべきだと思います。また、太宰府を出発した異民族討伐軍が途中で宇佐八幡宮に参拝したという因縁から、1200年たった現在も犠牲となった隼人の人々の鎮魂の神事が執り行われていることも、伝統的神道の在り方として注目するべきです。新興の靖国神社も、日本軍戦没者だけを祀るのではなく、広く日本軍の犠牲となった東アジア2000万人の人々の鎮魂も執り行うのが、正しい神社のあり方というものではないかと思います。
2019年06月10日
およそ1200年前に大和朝廷が派遣した軍勢によって滅ぼされた先住民「隼人」について、週刊誌「アエラ」の記者・木内宏氏が、1994年5月の同誌に、次のようにリポートしている; 今では史書でしか出会うことのできない古代大隅(おおすみ・鹿児島県)の住人、隼人(はやと)ゆかりの地をたずね、南九州に出かけた。霧島(きりしま)山地を背に、桜島(さくらじま)を真南に仰ぐ錦江湾(きんこうわん)北側の、国分(こくぶ)市、隼人町あたりの丘陵地帯である。 花も緑もまぶしく目を射(い)る野の道で、また東京の春とは比較にならない光の洪水の街角に立ち、行き交う人の顔に、ふと隼人の面影を探した。 ここに居住した先住民を、なぜ<ハヤト>と呼んだのか、定説はない。はたして人種的、言語的に日本列島の他地域の住人と異種だったかどうかについても、不明である。今のところ出土品などから言えることは、多分に南方的要素の濃い文化を持っていたらしい、という程度でしかない。 彼らは1200年前、最南端の辺境にあって、「中央」権力である大和(やまと)朝廷に敵対し、首をはねられた。朝廷はこれを反乱とした。むろん「辺境」の隼人にとっては「中央」こそ侵略者にほかならない。彼らは固有の文化と土地を守るため抵抗したにすぎない。だが刃向かい、敗れ、虐殺(ぎゃくさつ)された隼人の行為は、史書に「反乱」としてのみ残され、血なまぐさい事実も記憶から消された。 現代人、いや地元鹿児島の人々でさえ、遠い過去の「反乱」の歴史のみならず、隼人と呼ばれた住人の存在したこと自体も、すっかり忘れはてている。隼人とは雄々(おお)しい薩摩(さつま)の侍(さむらい)をさす呼称、あるいはただ鹿児島男児の美称(びしょう)、とばかり思い込んでいる人たちがほとんどである。◆歴史と伝承の縁の深さ しかし、古代隼人はまぎれもなく実在した。男も女もいた。そして、彼らの激しい抵抗の様子を物語る確かな伝承が、意外なところで現代に生き残っていた。 おととしの秋、著名な古代史学者の京大名誉教授、上田正昭(うえだまさあき)さんを、京都府亀岡(かめおか)市の自宅に訪ねたときのことだ。 「昨日まで大分県の宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)に行っていましてね、実に感銘を受けたことがありました」 ふと思い出したように言った。まったく別の話の途中だった。先生はつづけた。 「殺された隼人の霊を鎮魂(ちんこん)する神事(しんじ)が、今に受け継がれていることを、この目で確かめたのです。歴史と伝承の縁(えにし)の深さというか、重さを改めて痛感しました」 大分県の委嘱で、宇佐八幡宮を中心とする地域の学術調査をつづけている上田さんは、その年の10月、八幡宮の放生会(ほうじょうえ)を見た。放生会は、もともと殺生(せっしょう)をたしなめる仏教の行事だが、神仏習合(しんぶつしゅうごう)が進むにつれ神社でも行われるようになった。2日間にわたる神事の模様から上田さんは、その目的が、古代隼人の鎮魂にあることを確認したのだった。 「宇佐の祭文(さいもん・祝詞(のりと))が、何より雄弁に語っていますよ」 興奮した面持ちで言った。 遠い古代の事件が、史書ではなく、神社の祭文のなかに、痕跡(こんせき)をとどめていたとは……。不意に見知らぬ隼人への興味が動き、連帯めいた感情が首をもたげた。◆純朴で誠実な風貌を想像 悲劇的な虐殺にあうまで、隼人と大和朝廷の関係は一見、平穏だったかに見える。『日本書紀(にほんしょき)』や『続日本紀(しょくにほんぎ)』に登場する隼人は、5世紀ころの大王、雄略(ゆうりゃく)の葬式のとき、陵(みささぎ)の近くで「昼夜、哀号(おら)びつづけ、何も食わずに7日して死んだ」と描かれ、天武(てんむ)天皇の西暦682年には、「多数が貢(みつ)ぎ物をもって明日香(あすか)に来て、相撲をとった」と記録されている。御前相撲のはしりであろうか。天皇は、明日香寺の西で酒盛りして、もてなしたと史書は書いている。 呪術(じゅじゅつ)にたけ、とくに狗吠(くはい・犬の吠(ほ)え声)の特技があり、宮廷の警護にあたったとの記述もある。かなり早い時期から大和朝廷に従属していたと見ていい。 陵で泣き叫びつづけたり、犬の吠え声をしたりする隼人たちからは、純朴で誠実な風貌(ふうぼう)は想像できても、好戦的な反逆者像は浮かび上がらない。◆征討将軍は万葉歌人だった 8世紀に至り、中央権力と衝突したのはなぜだったか。直接の原因はわからない。当時の中央政府は、大化(たいか)の改新につづく律令(りつりょう)制度の徹底を、南の辺境にまで及ぼそうとしていた。教育の画一化をねらった仏教の押しつけ然(しか)り、豊前(ぶぜん)国(福岡・大分)から大量の農民を大隅国に移住させた、一種の占領政策も然り。おそらく大隅・薩摩の表土の浅い火山灰地にも、米作を強要したことであろう。そうした一方的な支配と管理に、我慢しきれなくなった結果の衝突、と考えるのが妥当である。 小ぜりあいは8世紀初頭から頻発していたらしく、「薩摩の隼人を征討した軍士に勲位(くんい)を授けた」というような記述が史書には散見する。大事件は養老(ようろう)4(720)年2月に起きた。 第一報は、筑紫国(福岡)にある大宰府から、大和にもたらされた。『続日本紀』は、<大宰府から報告あり。隼人が反乱、大隅国守(こくしゅ)を殺害、と>とだけ簡潔に記している。 3月、朝廷は隼人征討軍の将軍に、万葉(まんよう)歌人で知られる大伴旅人(おおともたびと)を任命する。大宰府を出立(しゅったつ)した軍は豊前、豊後(ぶんご・大分)、日向(ひゅうが・宮崎)を経て大隅へと進軍した。途中、豊前国の宇佐八幡宮に戦勝を祈願した将軍らは、八幡宮のご神体(しんたい)を「神威(しんい)」として掲げた。大宰府から大隅まで、現代の鉄道里程標で計算しても、約400キロ、国東(くにさき)半島の根元に位置する宇佐からでも300キロ以上ある。兵士を徴発しながら進むので、軍勢はみるみる膨れ上がった。(つづく)1994年5月30日 「アエラ」 30ページ 「隼人は生きている」から前半を引用 かつて大隅半島付近に居住したとされる先住民「隼人」については、私は学校の授業では聞いたことがなかったので、今から25年前に「アエラ」でこの記事を読んだときは、大変興味を引かれました。この後、平凡社からも新書版で先住民「隼人」について書かれた本が発売になって、真っ先に読んだ記憶があります。
2019年06月09日
平和の維持に有効なのは武力増強ではなく、善隣外交であると主張する投書が、5月8日の東京新聞に掲載された; 先月、空自の最新鋭ステルス戦闘機が訓練中に墜落した。同機は昨年12月に約100機購入の方針を決めたばかり。一機116億円の高額な買い物である。護衛艦の空母化、イージスーアショア導入といい、近年防衛予算が急膨張している。これは危険ではないか。 政府は抑止力の強化だという。抑止力とは何か。つまるところ軍事力によって仮想敵国を威圧することだ。すると先方も軍備を増強して対抗し、際限のない軍拡競争に陥るだけだ。 約100年前、大日本帝国は仮想敵国の米国を相手に軍拡競争を開始し、国家予算の大半を軍事費につき込んだ。行き着く先は壊滅的敗戦だった。この教訓から学べることは抑止力競争は愚かだということだ。善隣外交こそが真の抑止力であると確信する。政策の転換を望む。2019年5月8日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「発言-善隣外交こそ真の抑止力だ」から引用 この投書は正論を述べていると思います。自衛のための武力は憲法9条の規定を超えない範囲で最小限に止めるべきで、戦後の大部分を政権担当してきた自民党は巧みな憲法解釈で、自衛隊と憲法9条を両立させてきた実績があります。安倍政権になってからは重大な逸脱が見られますが、これはポスト安倍の政権で可及的速やかに元に戻すべきです。アメリカのように、軍事力さえあればなんでも出来ると考えるのは間違いであることは、これまでの歴史が示しているわけで、そろそろ人類としてそのことに気づくべき時期に来てると思います。
2019年06月08日
世に言われる「ネット右翼」について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は5月8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 10連休中、執筆上の必要があって、この20年ほどの間に出版された歴史修正主義本、ヘイト本をまとめ読みした。 彼らの主張はだいたいいっしよ。南京大虐殺はなかった(事件の証拠写真は捏造(ねつぞう)である)。慰安婦の強制はなかった(軍の関与を示す資料は存在しない)。日本人の自虐史観はGHQの洗脳によるものである。反日マスコミが歴史を歪(ゆが)めた。沖縄には中国や韓国の工作員が潜伏している。 最初はアホかと思っても、なにしろ同じことばかりいっているのだ。慣れると麻痺(まひ)し、やがて依存症になるんだろうね。この種の言説の最初の一撃は、小林よしのり『新ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論』(1998年)あたりだったと思うけど、現在ではさらに進化を遂げ、カルト的な「ネトウヨの世界観」が形成されている。 ミキ・デザキ監督による公開中のドキュメンタリー映画「主戦場」はそんなネトウヨの世界観を知る上で必見の快作だ。ネトウヨ界の重鎮が多数登場、慰安婦問題などを得々と語るのだが、自ら墓穴を掘るわ掘るわ。 問題は、歴史認識のくるったこの種の世界観を持つ人たちが政財界にも少なくないことだろう。この際、彼らの思想の強度を測る「ネトウヨ検定」を創設したらいいんじゃないか。自民党議員には高得点者続出、安倍首相もきっといい線行くはずだ。(文芸評論家)2019年5月8日 東京新聞朝刊 11版 25ページ「本音のコラム-ネトウヨ検定」から引用 小林よしのりが「戦争論」などというマンガ本を出してベストセラーになったとき、世間は「どうせ、マンガだ」ということで馬鹿にして相手にしなかったのではなかったかと思います。そうして放っておいたら若い世代が次々と毒されていって、その世代が国会議員にまでなって「戦争するしかないんじゃないか」などと言い出す事態になったのは問題だと思います。それにしても、映画「主戦場」に出演した櫻井よしこ氏も藤岡信勝氏も、あれだけ自由に言いたい放題言ってすっきりしたはずだったのに、今さら「騙された」はないと思います。「騙された」と感じているということは、自分たちの「本音」は実は、世間に知らせるわけにはいかない「非常識」なものなのだという「自覚」があるということを意味しているのか、実に興味深い現象です。
2019年06月07日
法政大学・山口教授に代わって東京新聞「本音のコラム」土曜日を担当することになった前文部科学次官の前川喜平氏は、5月5日のコラムに、次のように書いている; 田中耕太郎という人物は、僕にとって無条件に尊敬の対象だった。敗戦後、東京帝大教授から文部省学校教育局長となり、吉田内閣で文部大臣。その後、参議院議員、最高裁判所長官、国際司法裁判所判事を歴任した、戦後日本の教育界および法学界の巨星だ。 文部大臣としては、教育基本法の制定に尽力し、その後大著「教育基本法の理論」を著している。彼は著書の中で教育の独立と政治に対する優位性を説き、政治による教育への介入を否定した。戦後日本の教育の礎を築いた恩人と言ってよい。文部省の局長としては、僕の遠い前任者にも当たる。だから迷いも疑いもなく尊敬していた。 ところが、10年ほど前から順次機密解除となったアメリカの公文書から思いもよらぬことが判明した。米軍を駐留させる政府の行為を違憲とした砂川事件の一審伊達判決。覆す判決を最高裁が出す前に、長官だった田中は政治的配慮からアメリカに裁判情報を伝えていたのだ。司法の独立を自ら害する行為である。 砂川事件で有罪とされた元被告人は、公平な裁判が行われなかったとして再審請求をしたが、昨年7月最高裁は訴えを棄却した。この3月、元被告は改めて国家賠償請求訴訟を提起している。 田中耕太郎に対する僕の尊敬の念は、この数年で見事にしぼんでしまったのだった。(現代教育行政研究会代表)2019年5月5日 東京新聞朝刊 11版 23ページ 「本音のコラム-田中耕太郎」から引用 この記事によると、田中耕太郎という人は最高裁長官や文部大臣を歴任し教育基本法の制定に尽力したという、かなり優秀な人物であったようですが、そのような優秀な人物にして、国の主権をアメリカに売り渡すような背信を行なったというのは、大変残念に思います。こういう話を聞くにつけても、行政の意向を忖度しない韓国の司法は立派だと思います。
2019年06月06日
新天皇の即位式の場に女性の皇族が参列しなかったことについて、エッセイストの師岡カリーマ氏は5月4日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「日本で新天皇即位、夫人はそれを見ることが許されず」。女性皇族が出席しなかった「剣璽(けんじ)等承継の儀」を、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙はこのような見出しで報じた。代替わりという歴史的瞬間における女性排除の特異性が強調されてしまった形だ。 本紙によれば「前例を覆して女性皇族を入れれば理由が問われる」というのが政府の立場だというが、理由なら容易に説明できる。儀式における洋装も、かつて「前例を覆した」結果だ。現代の女性皇族はさまざまな公務を担っており、私生活も犠牲になっている。大切な儀式から締め出されるのは不可解だ。 人目に触れぬよう女性を隔離する伝統が続く国ならまだしも、日本は違う。外交の場には夜会服で姿を見せる女性皇族の儀式不在は、明らかに矛盾だ。女性蔑視と解釈されても仕方がない。 ちなみに「女性隔離」で真っ先に浮かぶのがアラブ・イスラム世界(に一部伝わる文化)だと思われるが、アラビア語メディアでも「女性が除外された儀式」と報じられた。 かつて天皇を男性に限定した根拠はいろいろ挙げられるだろうが、いまどき女性でダメなわけがない、とある多国籍なおしゃべりの場で発言したところ、アラブ人の間でも保守的な部類に入る男性がこう言った。「むしろ女性のほうが適任かもしれない」。(文筆家)2019年5月4日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-女性天皇」から引用 この記事が述べるように、外交の場には出席する女性の皇族を皇位継承の場には出席させないというのは明らかな矛盾で、男尊女卑の考えに基づいた悪しき伝統というものだと思います。些細な矛盾を是正して、新しい時代に向かって環境を整えることは政府の重要な仕事であり、前向きに取り組むべきと思います。
2019年06月05日
元徴用工訴訟に対する韓国大法院の判決に被告の日本企業が従わない問題について、韓国外相は司法判断に介入する考えはないと言明したと5月3日の東京新聞が報道している; 【ソウル=境田未緒】韓国の元徴用工らが日本企業に賠償を求めている訴訟で差し押さえた日本企業の資産の売却命令を原告側か申請したことに関し、韓国の康京和(カンギョンファ)外相は2日、政府は司法判断に介入しないとの立場を強調した。文在寅(ムンジェイン)大統領は同日、日韓関係改善の意思を示す一方で、日本で歴史問題が国内政治に利用されているとして「とても残念だ」とも述べた。 康氏は韓国メディアとの記者会見で徴用工問題に関して「司法の判断を尊重する」とした上で、「状況がさらに悪化しないよう努力している」と強調。対応策は多角的に準備しているが、「対外的に発表できる時期ではない」とさらなる長期化の可能性を示唆した。大統領府によると、文氏は元政府高官らとの昼食会で「個人的には日本とよい外交関係を発展させていくべきだと思う」と発言。「安保、経済発展すべてのために日本とよい関係を結ぶ必要があるが、過去の不幸な歴史があるため絶えず問題が出てくる」と述べた。 さらに歴史問題によって「両国関係の根幹が揺るがないよう互いに知恵を集めなければいけないが最近、日本が国内政治に利用して問題を増幅させる傾向にある」との考えを示した。2019年5月3日 東京新聞朝刊 12版 「韓国外相『介入しない』」から引用 政府の意向を裁判所が忖度するのが普通になってる日本と違って、さすがに韓国は民主主義や三権分立の制度がしっかり確立されていて、政治家の言うことも立派だと思います。安倍晋三氏や河野太郎氏の価値観では、いくら裁判所が法律の専門家であってもオレ様が任命してやったから裁判官になれたことを思えば、何かあったらオレの言うことを聞くのが当たり前だろうと、このように考えているのではないかと思われますが、それでは「三権分立」の否定になるわけです。安倍氏や河野氏は学校で何を勉強したんだろうかと思いました。
2019年06月04日
昨日の欄に引用した東京新聞の記事の続きは、象徴天皇制にまつわる問題について、次のように書いている; 天皇の権威を政治利用しようとする勢力の存在や懸念はいつも否定できない。 歴史上、天皇の権威を使ってクーデターを起こそうとした事例はいくつもある。最近では、新元号が令和に決まった4月1日、安倍晋三首相が記者会見の場でその顔をのぞかせた。 令和の時代をどんな国にしたいかと問われ、首相は「一億総活躍社会」と自身の政策をアピールした。 安倍首相が総裁を務める自民党は2012年4月に党の改憲草案を発表した。第一条で天皇は日本国の「元首」に変わっている。 元首とは「一国を代表する資格を持った者」のことだ。確かに天皇は、他国の国賓を迎え入れるなど、外国から元首と映る面はある。だが、憲法で元首と規定されるとどうなるのか。学習院大の青井未帆教授(憲法学)は、第1条とあわせ、第6条で国事行為に「内閣の進言を必要」などと定義したことを問題視する。「『進言』という言葉は、格下の者が目上の立場にある者に使うような言葉だ。天皇の権威をより高めようとしているようにみえる」 こうした天皇の権威付けは、改憲草案で9条に国防軍の創設をうたった点と無関係でないとみる。「国防軍を指揮するのは内閣総理大臣だが、軍隊を動かすには、国民的な正統性が求められる。軍隊を動かしたい政権が、天皇の強い権威を政治利用しやすくなる」 明治大の山田朗教授(近現代史)は「天皇が代わるたびに象徴の中身も変わりかねないという問題もある。平成は被災者など社会的弱者に寄り添う方へ向かったが、違う方向へ拡大する可能性も否定できない」と指摘。「本来は、そうならないよう主権者の国民側か法律を作り『象徴』に枠をはめるべき。ただ、国会もマスコミも自由な意見を言える雰囲気がない。天皇の行為に対するチェック機能が欠けている」と憂う。 民族問題評論家の太田昌国氏は、平成の天皇皇后による「象徴行為」が国民に受け入れられた背景として、「主権者意識の喪失がある」と喝破する。「天皇皇后に言葉をかけられたからといって、生身の人間が直面する問題が本質的に解決することはない。それでも多くが感激してしまうのは、新自由主義的政策で格差や貧困が広がり、政治に冷たくあしらわれた人たちの心に迫ってくるからだ」 太田氏は訴える。「人間が安心できる相互扶助の仕組みをつくるのは、私たち主権者。この社会を変えるも変えないも自分たちにかかっている」 先の大戦の終結から74年。戦後の決算はいまだに終わっていない。 移民問題研究者の在日コリアン2世の金性済(キムソンジェ)牧師は「日本の植民地として併合された朝鮮人も皇国臣民として戦場に行き、戦犯として裁かれた者もいる。戦後は日本国籍を失い軍人軍属恩給の対象からも外された。元慰安婦や元徴用工の問題が片付かないのも、日本を代表する人からまともな謝罪がないからだ」と言う。最近、天皇に「謝罪せよ」と語った韓国政治家の発言がニュースになった際も、日本側からは『天皇に対して無礼』という反応だった。「天皇は現行憲法下で政治的発言ができないとしても、背景に天皇の名の下での支配があった。だが、戦後は裕仁天皇の戦争責任は不問にされたために、日本人全体が戦争責任について考えないできた。そのことをよく考えてほしい」 前出の千本氏は「象徴天皇制を巡る矛盾に目が向けられていない」と言う。 「天皇に親しみを持ち国の安定に資すると感じる人が増えた一方で、天皇制を認めない人を排除し、国民が自ら考えて自立し連帯することを阻んでいる。代替わりの祝賀ムードに流されず、天皇制の矛盾について国民一人一人が考えるべきではないか」<デスクメモ> 上皇への喝采がネットにもあふれる。退位儀式の手際の良さ。働き過ぎと感じたら辞職する。年をとったら車の運転をやめる。今の日本で実現困難なことを自らやってみせたという称賛だ。上皇が求めなくても、カリスマ性は世の不満や鬱積を吸収する。問題解決の主体は私たち国民だ。(直)2019年5月2日 東京新聞朝刊 11版S 21ページ 「強まる権威に危うさ」から引用 天皇が代替わりする度に象徴としての行為の中身が変わる可能性があるという指摘は重要です。恣意的に変えられることのないように、国会は憲法に規定した国事行為のほかに、どのような公的行為ができるのか、法律で決めるべきです。ところが、国会にもマスコミにも自由にものが言える雰囲気がないというのは残念なことです。畏れ多くも天皇陛下さまの行為を法律で決めるなどということはできない、みたいなマインドでは、これから女性でも天皇になれるように皇室典範を改正しようという議論もできずに、ついに男性の継承者がゼロになったという日を迎えないとも限りません。私自身は天皇制に賛成ではありませんが、大多数の国民が天皇制の継続を望むのであれば、今のうちから長く続けていくためにはどのような制度改革が必要なのか、自由に討議する習慣を身につけるべきではないでしょうか。 また、韓国の政治家が慰安婦問題や徴用工問題について、天皇が一言謝罪すれば解決すると発言したのは、私はその通りだと思います。2015年の暮れに慰安婦問題の最終的な解決策とされた「合意」は、その中に謳われた日本の首相の謝罪の手紙を外務大臣に代読させてお仕舞いという誠意の無さが元慰安婦とその支援者の態度を硬化させたのですから、そんな態度の総理大臣じゃあ当てにならないとなれば、それじゃあ天皇にお願いしてみようと考えるのは自然なことと思います。
2019年06月03日
平成時代の象徴天皇とはどのようなものであったか、5月2日の東京新聞は次のように論じている; 新たに徳仁天皇が即位した。天皇を象徴と規定した戦後の日本国憲法下での即位は2人目となる。象徴とはいうものの、生身の人間が象徴でありえるのだろうか。国民主権や9条の規定とも切り離せない。天皇を元首にするという自民党の改憲草案も議論される中で、象徴とは何かを考える。(中山岳、石井紀代美) 1日午前零時、東京・新橋の居酒屋で改元の瞬間を伝えるテレビ中継見ていたグループが「3、2、1、令和!」とカウントダウン。30代の会社員男性は「お祭りですね」と屈託ない。前日夕方には、JR新宿駅近くで市民らが天皇制に反対する集会を開いた。街頭のスクリーンで明仁上皇が天皇を退位した儀式の中継が流れると、「天皇制いらなーい」と声を上げた。右翼活動家らは「おまえら日本人じゃない」と抗議するなど一時騒然とした。 ◇ 明仁上皇が平成の30年余で示した「象徴天皇」とは、どんなものだったか。「明仁上皇と美智子上皇后が国民から親しみを得ているのは、人々と密に接したからだ。国民の中に一つの天皇、皇后像ができあがった」と近現代史研究者の辻田真佐憲氏は言う。 天皇を主権者とした戦前の大日本帝国憲法を改め、戦後の日本国憲法は第1条で「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とする。憲法制定をめぐっては、当時の連合国軍総司令部(GHQ)は憲法の前文や条文に、国民主権を盛り込もうとした。日本側は拒んだが、それでは天皇の地位は守れない。天皇制を残すには平和条項の第9条の導入にも譲歩せざるをえなかった。 「国民主権も第9条も象徴天皇の規定とは切り離せない。天皇に権力は失っても、権威は残る、『象徴』というあいまいな形で戦後はスタートしたのです」 そして7条は天皇の務めとして、内閣の助言と承認による10項目の「国事行為」を定める。いずれも国政に権利や能力を行使しない範囲で国会召集や外国の大使らの受け入れ、儀式の実施などがある。「だが明仁上皇は国事行為のみ務めていればいいとは考えなかった。天皇の務めとしては定められていない旅を続けて象徴のあり方を探った」 雲仙・普賢岳の噴火、阪神・淡路大震災、東日本大震災など被災地を訪ね、被災者の前でひざをついた。パラオ・ペリリユー島など太平洋戦争の激戦地を訪れ、犠牲者に祈りをささげた。 「上皇は平成流の強い天皇像をつくった。リペラルだとの評もあるが、それは短慮。『憲法を守り』という言葉と安倍晋三首相の違憲性に比べてそう見えるのかもしれない」と辻田氏。 筑波大の千本(ちもと)秀樹名誉教授(現代史)は、明仁上皇が「象徴天皇像を自ら設計し、演出し、主演した」と指摘する。父である昭和天皇と異なる象徴天皇像を追求してきたとし「人々の天皇に対する求心力を高めた。そうした意味で有能で歴史上、強い統合能力を持った天皇だった。平成は象徴天皇制が再編された時代だったといえる」。 日本世論調査会による昨年12月の調査で「被災地見舞い」(70%)、「国際親善」(37%)、「戦没者慰霊」(29%)などが評価され、上皇に「親しみを感じる」(50%)も目立つ。 だが、千本氏は矛盾にも目を向ける。「象徴は、多様な人々を包む存在であることが求められるが、1人の人間が担うのはそもそも無理がある」。人間である天皇を象徴としたために「憲法は、象徴天皇を『国民の総意』と強弁せざるをえなかった」のだ。2019年5月2日 東京新聞朝刊 11版S 20ページ 「象徴天皇を考える」から引用 この記事では天皇の求心力とか統合能力などと表現しているが、それが実態を適切に表現する言葉なのかどうか、私は疑問に思います。新年の一般参賀などに多くの人々が駆けつける様子は、皇室に人気があることを示していますが、そういう行動をする人たちが全員、日本の政治制度として天皇制が必要と考えているのかと言えば、それはまた別次元の問題であって、今の皇室人気というのは著名な芸能人の「人気」と同じ種類のものではないかと思います。人々がわが国の政治制度を考えるには、人間の身分に貴賤はないとか、福沢諭吉が他人事として引用しただけの「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」を現実の己の信念として身につけるくらいの「国民教育」が必要だと思います。
2019年06月02日
「令和」という新しい元号に少なくない人々が違和感を持った、その原因は何か。東京大学名誉教授の野村剛史氏は5月2日の東京新聞に投書して、次のように述べている; 「令和」に「違和感がある」と述べた政治家がいた。私もそう感じ、その理由を考えてみた。 令和は万葉集から採られ、典拠も「文選」と指摘されている。これらの句中から切り出され合成された言葉が令和なのだから、出典の「初春令月、気淑風和」を辿ればよいかというと、それだけでは済むまい。明治・大正・昭和・平成などは、その語だけで何となく調和の取れた意味が認められる。明治では「開明の治世」くらいだろうか。しかし、令和には、何か意味不明のところがある。 令和の令は命令の令ではないといわれる。令月の令のように「よい」の意であって、それは令弟・令室などの親族語の場合に該当するともいわれる。となると、令和は一体どうなるであろうか。 修飾語「令」と被修飾語「和」との間には、調和が認められなければならない。令月のような「よい」の仲間の熟語には、令居・令辞・令日・令色・令聞・令名等たくさんあるらしい。 これらはいずれも「令○」の形を取る。○に入る字はいろいろあるが、「その中で特に秀でている○」のような場合に使っているようである。例えば、令弟は「人の弟にはいろいろあるが、その中でも特に秀でたあなたの弟さん」という具合である。「令和」はこのパターンに当てはめにくい。そこで意味不明なのだ。 「令和」は音感がよいのだそうだが、音感・雰囲気だけの語は中身がない。明治から平成までは、何となく意味が分かる。「令和」は分からない。空洞化する元号と題したゆえんである。2019年5月2日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ミラー-意味不明で元号空洞化」から引用 政治家や東大の先生が違和感があると思ったくらいだから、私がそう感じたのもそれほど世間の常識からかけ離れた「反応」ではなかったんだな、と思いました。アルファベットと違って、私たちは漢字から意味を読み取りますから、そういう文字を2つ並べると、そこにはどんな意味が込められているかと思ってしまいます。その結果が「世の中にはいろいろな和があるが、その中でも特に秀でたのがこの和だ」というのでは、これで違和感を持つなというほうがムリでしょう。まあ、それでも人間の感覚ですから、何十年も聞かされているうちに自然に慣れるのかも知れません。
2019年06月01日
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