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内閣府中央防災会議が2008年に発表した調査報告『1923関東大震災【第2編】』について、ジャーナリストの加藤直樹氏は18日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 「自然災害がこれほどの規模で人為的な殺傷行為を誘発した例は日本の災害史上、他に確認できず、大規模災害時に発生した最悪の事態として、今後の防災活動においても念頭に置く必要がある」 内閣府中央防災会議の災害教訓の継承に関する専門調査会報告『1923関東大震災【第2編】』(2008年)は、関東大震災時の朝鮮人虐殺について、そう強調している。 関東大震災は1923(大正12)年9月1日午前11時58分に発生した。最大震度7。昼前で、強風であったこともあり、東京と横浜の両市では都市火災が拡大し、死者・行方不明者10万5000人という大惨事となった。 混乱と不安、怒りの中で、「朝鮮人が放火をした」「井戸に毒を入れた」「暴動を起こした」という流言が発生する。それはすぐに朝鮮人への迫害・殺害に発展した。避難民が押し寄せた河川敷や公園で、自警団が検問を敷くつじつじで、避難民を満載して東北に向かう列車の中や駅前で、人々は朝鮮人を見つけては暴行を加え、殺害した。虐殺事件は東京や横浜だけでなく、埼玉、千葉、群馬でも起きた。◆「殺してもいい」警察署長が公言 事態をここまで悪化させたのは、警察と軍であった。警察は流言を信じて拡散した。警官たちはメガホンを手に朝鮮人の襲来を警告した。「殺しても差し支えない」と公言した警察署長もいた。治安行政のトップである内務省警保局は9月3日、「朝鮮人は各地に放火しヽ不逞(ふてい)の目的を遂行せんと」していると全国に打電している。 戒厳令によって東京市内に進駐した軍部隊は、自ら朝鮮人を虐殺した。軍が殺害した朝鮮人、日本人、中国人の数は、戒厳司令部がまとめた記録だけでも281人に上る。目撃証言も多く、実際にははるかに多いだろう。 警察や軍は9月3日には流言が事実ではないことに気づき、徐々に朝鮮人を「保護」する方針に転じた。しかし虐殺は9月6日、戒厳司令部が朝鮮人への迫害を「絶対に慎め」とする注意を発表し、明確に流言を否定する頃まで続いた。 便乗するような事件も起きている。川合義虎ら日本人労働活動家10人が軍に殺害された亀戸事件や、憲兵隊によるアナキストの大杉栄・伊藤野枝・橘宗一殺害事件。中国人労働者200人以上が労働ブローカーと軍によって虐殺された大島町事件。中国人労働者を指導していた活動家・王希天も軍人に殺害された。(※引用者注 王希天殺害犯を突き止めたルポは田原洋著「関東大震災と中国人」岩波現代文庫。当ブログでは2014年12月2日の欄に紹介している。) 殺された人数は不明だが、先述の『1923関東大震災【第2編】』は、朝鮮人、朝鮮人に間違えられた日本人、中国人の被殺者推計を、1000人~数千人とまとめている。◆捕虜を虐殺した義兵戦での体験 流言と虐殺の背景には、「韓国併合」を通じて育った朝鮮人蔑視と、1919年の三・一独立運動を頂点とする朝鮮人の抵抗への恐怖が、日本社会に浸透していたことがあった。加えて、つねに独立思想・独立運動に目を光らせていた警察の朝鮮人敵視や、朝鮮・満州・シベリアで住民や捕虜を銃殺し村を焼くような対ゲリラ(義兵)戦を重ねてきた軍部隊の行動が事態を悪化させた。戦争経験者が地域社会に多かったことも大きい。 『1923関東大震災【第2編】』は、この事件から学ぶべき教訓として、「民族差別の解消の努力」や災害をテロと混同する流言の発生への警戒を挙げているが、民族差別的な流言は、今なお災害のたびに発生している。そして流言から実際の暴力までは決して遠くない。実際、東日本大震災時には、石巻で外国人窃盗団が横行しているという流言が広がり、それを信じた東京の右翼団体が武装して現地に乗り込むといった事態も起きている。 関東大震災時の朝鮮人虐殺では、警察や軍が果たした役割が大きかった。民族差別を許さない社会をつくることはもちろんとして、行政当局が災害時に差別的流言をきちんと否定するあり方をつくることが必要だろう。政治家が民族差別や歴史歪曲(わいきょく)をあおるといったことは論外である。<かとう・なおき> 1967年生まれ。ジャーナリスト。『九月、東京の路上で』『トリック「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』『謀叛の児』ほか。2019年12月18日 「しんぶん赤旗」 9ページ 「日韓の歴史をたどる-虐殺招いた朝鮮蔑視と敵視」から引用 内閣府中央防災会議の調査報告が提言するように、関東大震災のときのような虐殺事件を繰り返さないためには日頃からヘイトスピーチのような差別をなくすことが必要です。関東大震災の当時は、日本人の意識の中に、自分たちは朝鮮人に対してかなりひどいことをしているという「自覚」があったために、非常時には何をしてくるか分からないという「恐怖」があって、非現実的な流言飛語が拡散したと考えられます。これからの社会では、ヘイトスピーチには厳罰を科して「差別」を解消していくことが肝心です。
2019年12月31日
OECDの学習到達度調査で日本の高校生の読解力が低下していることが判明したことに関連して、弁護士の寺町東子氏は15日の東京新聞に、次のように書いている; 2018年に高校一年生を対象に経済協力開発機構(OECD)が実施した学習到達度調査(PISA)の結果が公表され、日本の生徒の読解力が低下していることが示された。特に、根拠を示して考えを述べる力、情報の真偽を見極める力が低いとのことである(12月4日朝刊1、3、5、6面)。 19年生まれの赤ちゃんの数は、1899年の統計開始から初めて90万人を割り、過去最少となることが確実になったという(12月7日朝刊3面)。団塊の世代の3分の1しか子どもが生まれない時代に、子どもたちの論理的思考力やファクトチェツクカが低下していることは、将来に不安を抱かざるを得ない。 しかし、翻って考えると、日本社会でそうした力は、どれほど求められているのだろうか。 首相主催の「桜を見る会」の招待客名簿を今年5月に野党議員が内閣府に請求したその日に、内閣府は資料を廃棄し、残されていた電子データのバックアップも後に破棄したと回答していた(12月4日朝刊3面)。これは、国民の代表である国会議員の国政調査権に基づく記録の提出要求(憲法62条)を無視し、国会(立法府)が内閣(行政府)をチェックする機能を無効化する行為である。 また、「桜を見る会」に反社会的勢力とされる人物が参加していた問題で、第一次安倍内閣が07年に反社会的勢力の特徴を定義したにもかかわらず、一転「反社会的勢力の定義は一義的に定まっているわけではない」として、参加者の実態確認を拒否している(12月2日朝刊2面)。都合が悪くなると基準を変えてしまう手法は、実態調査による真偽判定や、論理的な当てはめとは対極にある姿勢だ。 安倍内閣は、国有地の売却に関する利益供与が疑われた森友学園問題、獣医学部の新設に関し「総理のご意向」の影響が疑われた加計学園問題の際にも、疑惑解明の鍵となる文書を保存期間一年未満文書として廃棄したとして、事実確認を拒否してきた(11月29日朝刊29面、12月8日朝刊2面)。しかし、公文書の管理は、行政の透明性を確保し、法の支配(rule of law=権力を法で拘束することによって個人の権利・自由を擁護することを目的とする原理)を全うするうえで極めて重要な事項である。 内閣が権力の恣意的な行使を疑われているときに、公文書を廃棄し、基準を変え、事実確認すらも拒否できるとなれば、行政の専横をチェックすることはできなくなる。 このような大人の姿勢を見て育つ子どもたちに、論理的思考力やファクトチェックの重要性を訴えても、響かないだろう。隗(かい)より始めよう。(弁護士、社会福祉士)2019年12月15日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ 「新聞を読んで-生徒の思考力と安倍内閣」から引用 この記事は皮肉が効いていて面白い。安倍政権が次々と引き起こす問題について、事実を記載した公文書やその他の「証拠」に基づいて国会で論戦を展開すれば、それをテレビで見る高校生も「根拠を示して考えを述べる」様子や「情報の真偽を見極める」国会議員の様子を見て、なるほど、議論というものはこういう風にやるものなのだと納得して、自分も身近な事柄に遭遇したときに同じように考えてみようともするはずですが、安倍政権のように、議論の基となる公文書を処分したり改ざんしたりして「議論」が出来ないような方向にばかり状況を引っ張っていき、野党の質問をはぐらかしてばかりいれば、それを見た高校生も「何をやってるんだろう」と思うばかりで、論理的な思考や議論の戦わせ方に興味を失ってしまうのは無理もありません。子どもの教育のためにも、安倍政権は早く止めさせるべきです。
2019年12月30日
川崎市が全国に先駆けてヘイトスピーチに刑事罰を科する条例を制定したことを、13日の神奈川新聞は次のように報道している; 差別の禁止と根絶を掲げ、特に被害が深刻なヘイトスピーチに刑事罰で対処する川崎市の条例が12日、市議会本会議で全会一致で可決、成立した。国の法律に先んじ、外国にルーツのある市民に対する差別的言動を犯罪と定め、全国で初めて刑事規制に踏み切る。自治体が差別撤廃の前面に立つという人権行政の歴史的転換は、他の自治体や国の法改正への波及も期待される。(石橋学、解説も) 罰則は条例が全面施行される来年7月1日から適用される。 「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例(差別根絶条例)」は全ての市民が差別を受けることなく暮らせるまちづくりをうたい、国籍や人種、性的指向、出身、障害などを理由にしたあらゆる差別的取り扱いを禁じた。ヘイトスピーチについては、市の勧告、命令に従わずに3回目の差別的言動が認められた場合、氏名を公表し、捜査機関に告発する。検察庁に起訴され、刑事裁判で有罪になると最高で50万円の罰金が科せられる。 罰則対象は、市内の道路や公園など公共の場で拡声器やプラカードなどを使った言動で、▽居住する地域から退去させることを扇動、告知する▽生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えることを扇動、告知する▽人以外のものにたとえるなど、著しく侮辱する-ものと定めた。勧告、命令、公表に当たって市長は有識者でつくる審査会に意見を聴くなど、権力の恣意的な乱用を防ぎ、憲法で保障された表現の自由を侵害しない仕組みを設けた。 差別の根絶に向けた施策の計画的、総合的な実施や人権侵害の被害者支援を市が行うことも義務づけ、罰則対象から外れたインターネット上のヘイトスピーチについても削除要請などの拡散防止措置を講じる。 市内では在日コリアンの殺害を呼び掛けるヘイトデモが2013年5月から始まった。15年11月、16年1月には在日集住地区の川崎区桜本が標的とされ、同年6月施行のヘイトスピーチ解消法の立法事実になった。同法が禁止・罰則規定のない理念法にとどまったため、その後も街宣や選挙演説の名を借りた差別扇動による人権侵害が市内で横行。市は実効性の確保には刑事罰を導入する必要があると判断した。 採決ではチーム無所属の重冨達也、秋田恵の両氏が退席したが、議長を除く出席議員57人全てが賛成。福田紀彦市長は「総員起立による可決は非常に重い。市と市民、事業者の皆で取り組み、このまちから差別をなくすという決意を新たにしている」と話した。【解説】「差別は犯罪」規範示す 人種や民族の違いをもって共に生きる人間と認めず、存在すること自体否定する差別ほど犯罪的なものはない。その差別を罰する法を持ち得なかったこの国において「差別は犯罪である」という規範が条例という形で初めて示された。その歴史的な意義はヘイトスピーチを繰り返す差別主義者への直接的な抑止にとどまらない波及効果にある。 市が条例の原案を練る上で出発点とした数字がある。2015年に実施した人権に関する市民の意識調査。差別を「気づかずにしているかもしれない」という回答が43・4%で「しない」の40・3%を上回った。「してしまうことがある」も13・8%。市が掲げる多文化共生とはほど遠い認識の低さは、条例を巡る市議会の議論で、実態のない「日本人への差別的言動」に言及されたことにも現れている。差別はいま、誰から誰へ向けられ、なぜ許されないのか、初歩から見詰め直さなければならない現状はヘイト行為が横行する惨状と地続きである。 だからこそ条例の必要性を説く市のフレーズは力強く響いた。「『差別をしない、させない、許さない』という思いで取り組んでいる」。公である自治体が差別根絶の先頭に立つ。ヘイトスピーチは処罰される犯罪だと示す。それは娯楽のようにヘイト行為に及ぶ人物への抑止として働く。差別とは何かの主張などではなく、絶対的悪として一方的に断罪されるべきものだという理解はまた、差別を非難し、やめさせる声を大きく力強くさせていく。 さらには川崎市で犯罪とされるものが、市外に一歩出れば野放しであっていいはずがないという当たり前にも気づくはずだ。差別のないまちづくりの担い手はこの社会に生きる全ての市民ということがここに示されている。2019年12月13日 神奈川新聞朝刊 1ページ 「全国初 ヘイトに刑事罰」から引用 悪質なヘイトスピーチには刑事罰を科すこともできる条例が制定できて良かったと思います。今年の春から始まった市議会の討論では「日本人に対するヘイトを規制の対象にしないのはおかしい」という発言もあったと聞いて、私はそんな訳の分からない発言をするのは自民党議員だろうなどと思ったのでしたが、それはとんだ間違いで、採決直前の討論では全会派の議員が賛成演説を行ない、自民党議員も堂々と賛成演説をしておりました。「日本人に対するヘイト云々」を発言したのはどうやら無所属の議員だったようで、それに対する市当局の答弁は、この条例案で十分である(つまり、日本人に対するヘイトは除外する)根拠は国が定めたヘイトスピーチ対策法です、というもので、その意味するところは「そういう初歩的な疑問は、自分で勉強して解決してください」ということだったと思います。そういう初歩的な議論に無駄な時間を費やしないで年内に可決できたのは良かったと思います。
2019年12月29日
「桜を見る会」問題を一日も早く無かったことにしたい安倍政権は突然、「日本中に豪華ホテルを50軒新設する」とか「改憲を成し遂げたい」などと言い出している。そのことを、文芸評論家の斎藤美奈子氏は11日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 7日、菅義偉官房長官は視察先の熊本県益城町で「各地に世界レベルのホテルを50ヵ所程度新設することを目指す」と述べたそうだ。驚異的なズレっぷり。益城町は2016年4月の熊本地震で大きな被害が出た被災地だ。そこでわざわざこんなこというか? 9日、安倍晋三首相は国会閉幕後の記者会見で「憲法改正はけっしてたやすい道ではないが、必ずや私の手で成し遂げていきたい」と述べたそうだ。これまた驚天動地のズレっぷり。自らの疑惑解明はそっちのけ、国会からも逃げ回っておいてどの口が・・・である。 以上二つの発言は、この政権が何らかの病魔に侵され、正常な判断力を失っていることをうかがわせる。目の前の厄災は知らぬ存ぜぬで通す。自身に向けられた疑念は聞こえぬふりをし、一部の身内にだけアピールしそうなことをいう。問いと答えがかみ合わない。現実から目をそむけ、五輪や賭博などの快楽に逃避する。権力に長くいたために増殖した永田町菌の仕業か。憂慮すべきは永田町菌が霞が関にも回り官僚が続々「プチ菅」化していることだ。 桜事件を追及する野党やメディアに「いつまでやっているのだ」「もっと大切なことがある」と意見する方には、何をおっしゃる、病巣の摘出が先だといいたい。「もっと大切なこと」があれですよ。緊急手術レベルでしょ。(文芸評論家)2019年12月11日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-永田町菌の猛威」から引用 この記事では、政権が何らかの病魔に侵されているなどと書いてますが、それはちょっときれい事過ぎる表現だと思います。私は、テレビで見る安倍晋三や菅義偉のあの誠意のかけらも無い言動は、生まれつきのもので、一時的に病魔に侵されたせいではないと思います。もっとも印象深いのは、前回の自民党総裁選のとき、対立候補の石破茂氏と二人そろってテレビ出演して、司会者から「政治家として決裁権をもつ立場に就任したときに、その決裁権に対して自分の友人が申請をする立場だったら、その友人とゴルフをしたり会食したりしますか?」と質問されて、石破氏は「いくら友人でも、そういう立場になった場合は事情を説明して、接触を断ちます」ときっぱり模範解答したのに、安倍氏は「その質問は、ゴルフに対して偏見をもっていると思う。今では、ゴルフはオリンピックの正式種目なんですよ。そのゴルフのどこがいけないんですか? テニスならいいんですか? 将棋ならいいんですか?」と、感情むき出しでまるっきり見当違いの返答をしたのでした。常識を知らない者を総理大臣にしたツケは、あまりに大きいと言えるのではないでしょうか。
2019年12月28日
昔、日露戦争の後、重税に苦しむ国民の声を背景に内閣総辞職を迫った野党指導者の尾崎行雄の演説に関連して、ルポライターの鎌田慧氏は3日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 緊張感はない。無視、拒絶、改竄(かいざん)、揚げ句の果てのシュレッダー。言論の府は冒涜(ぼうとく)されている。 「そのうち不思議な感じが私の心にわいてきた。ここでハッと桂公を指せば、公はきっと引くり返って、椅子からころげ落ちるというような感じが、ふとおこった。演壇から大臣席にいる桂公とのあいだは数歩にすぎなかった。そこで大声疾呼しながら、全身の力をこめて二三歩進み出で、指頭をもって桂公を突くがごとく、迫っていった。その瞬間、公は真青になった」 尾崎行雄『咢堂(がくどう)回顧録』の一節である。指弾されたのは桂太郎首相。 「公の顔色はにわかに蒼白にかわった。しかし、予感に反して、桂公は椅子からころげ落ちなかったので、私は失望した」 これを引用して花田清輝は「そこには、言論のもつ魔力にたいする確信のようなものがうかがわれる。その結果、内閣は倒れ、桂太郎は、間もなく死んだ」(「言論の力」)と書く。桂は病床で「尾崎がおれを殺した」と繰り返した。 まともな説明ができない。それでも国会内で安定多数。牛の涎(よだれ)のような、歯止めなき宰相在籍日数。野党に内閣打倒、退路を断つ気迫があるのか。花田は書いている。 「私には、今日、言論の自由を説く連中が、尾崎行雄ほどにも、言論の無限の力を信じていないような気がしてならない」(ルポライター)2019年12月3日 東京新聞朝刊 11版S 25ページ 「本音のコラム-言論の力」から引用 このエッセーが紹介しているのは桂太郎内閣を総辞職させた尾崎行雄の有名な批判演説で、後年、花田清輝という評論家が「言論の力」と表現したそうであるが、実際には桂は尾崎に批判されたというので、あっさり総辞職したわけではなく、当時の野党は全国各地で政府批判の集会を開き、重税に苦しむ国民を束ねて倒閣運動を展開していたのであって、尾崎に批判された桂は、不信任決議が可決されて議会を解散しようとしたのであったが、そんなことをすると全国に暴動が起きると衆議院議長に説得されてやむなく総辞職した、というのが真相だったようです。安倍政権が、国会で追及されて、まともな説明ができないにも係わらず、牛の涎のように政権を続けられるのは、桂・尾崎の時代のような「野党の力量と国民の関心」の有無が大きく影響していると思います。
2019年12月27日
昨日の欄に引用した東京新聞の記事の続きは、56年当時は保存されていた「桜を見る会」招待者リストがその後処分されるようになった背景について、次のように述べている; 招待者はどういう意図で選ばれていたのか。 1956年の資料では「招待範囲」の欄のトップに「外交団」が挙がり、次いで「皇族、元皇族」「各大臣」「最高裁判所長官」「衆、参両院議長、副議長及び議員」と続く。最後が「各界代表」だ。 どうやら、各国の大使らが主賓扱い。新聞記事も首相と大使が談笑する写真を扱っている。 50年代は、まさに日本が国際社会への復帰を進めていた時代。サンフランシスコ平和条約や日米安全保障条約を結び、日ソ国交回復に伴って56年に国際連合加盟も果たしていた。 ところが国際社会復帰後の59年になると「皇族、元皇族」がトップで、次に「外交団」と順位が変わっていた。 開催要領には人数や費用の大枠も記されている。招待者数は約3600人だったのが、54年からは約4400人に増加した。56年の各府省の割り当てをみると、旧通産省が最多の65人。次に旧総理府と旧文部省60人、旧厚生省45人など。実際に招く人数は割り当てより少なくなっていることが多い。 声がかかっている人は、関係団体の人々が主だった。法務省なら日弁連や法制審議会、旧大蔵省だと東京証券取引所理事会や全国銀行協会連合会、旧文部省は大学学長や日本博物館協会の関係者など。旧厚生省には民生委員もいる。服装は「平服」と示されている。 費用は50万円が中心で30万円だったことも。50万円の時は、だいたい茶菓費35万円と見込んでいる。「茶菓」というが、当時の報道では酒も出ていたようだ。 ちなみに、50年代後半の大卒初任給が1万円前後。今は20万円程度になつていることを参考にすると、開催費用は現在の価値で1000万円ほど。米価の推移で計算すると、だいたい4倍の200万円となる。 会について取材しようと内閣府に電話すると、交換台の女性が「(担当課に)つないだが、担当者が外出中で対応できない。戻り時間も分からない」。どうやら、あまり説明する気はないようだ。 資料をたどるだけでも戦後間もない時代の空気が感じられる。ちなみに、この資料の保存期間は「永久」。「人選に当たっては同一人が連続して招待を受けることのないように」とただし書きがある。重複を避けるのに保存は欠かせない。 なぜ最近の名簿は廃棄されるのか。公文書管理に詳しい成城大の瀬畑源(はじめ)非常勤講師(日本現代史)は「会の内容が変質し、名簿さえ表に出せない代物になって、公開すれば大きな問題になると官僚たちは考えたのだろう」と語る。 会への招待は名誉なことなはずだ。ならば氏名を伏せたり、個人情報保護を理由に破棄したりするのは筋違い。実際、天皇皇后両陛下が主催する園遊会は名簿を公表している。瀬畑氏は、この園遊会が一因となり、「首相応援団」が集うようになったと推測する。 「会の源流は、明治期に不平等条約解消に向けて外交官の接遇として催した観桜会。戦後、外交を復活させるに当たり、外交官を接遇する必要があり、首相主催で再開した。ところが、同時期の春の園遊会と招待者が重なるようになった。そこで首相や与党に貢献した人をねぎらう場へと徐々に変わっていったのでは」 さらに、瀬畑氏は「会の変質を示す隠したい文書だからこそ、情報公開請求を恐れた。公文書管理を巡る制度の抜け道をよく理解した上で、合法的に破棄したのだろう」と、名簿破棄の狙いは証拠隠滅という見方を示した。<デスクメモ> 「記事全文を見せろ」の新宿御苑に続いて今度は内閣府だ。多忙はさすがにウソとは思わない。だが、担当課に電話を回しもせず、交換台で門前払いは異例だ。説明責任を声高に言いながら正式な会見も開かない。そんな首相にならっているのか、何か忖度(そんたく)しているのか。(裕)2019年12月3日 東京新聞朝刊 11版S 25ページ 「内容変質 隠したい文書に」から引用 この記事が言うように、本来は政府主催の「桜を見る会」に招待されるのは名誉なことだから、氏名を伏せたりする必要はないはずで、実際に参加した安倍晋三後援会所属の一般市民や地元市議会議員などは、楽しかった新宿御苑の写真などをブログにアップしたりして、後々それが国会で追及される「火元」になっちゃったりしたくらいですから、やはり、招待者リストを公開して困るのは招待された側ではなく招待した安倍首相側であることは明白で、いかに私物化された「桜を見る会」だったかを暗示していると言えます。
2019年12月26日
国立公文書館のウェブで1956年と57年の「桜を見る会」の招待者名簿を発見した東京新聞編集部は、その内容について3日の同紙で、次のように報道している; 首相主催の「桜を見る会」の招待者名簿が国立公文書館に保管されていた。今から60年余り前の1956(昭和31)、57(同32)年分だ。今と比べてこぢんまりした会合で、首相や自民党との近さでなく役職や功績の有無で招待客を選んでいたことがうかがわれる。文書から今と昔の「桜を見る会」の違いを探った。(石井紀代美、中沢佳子) 国立公文書館のホームページ。昔の表記「桜を観る会」で検索すると13件がヒットした。隣に閲覧ボタンがある文書はネット上で見ることができる。そのうちの一つ、大臣官房総務課長が宮内庁管理部長宛てに出した1952(昭和27)年4月5日付の文書では、会の開催に必要な物品を貸してほしいとお願いしている。テーブルを意味する「卓子80脚 灰皿160個テイスプン600個」などと具体的だ。 最近の名簿はないのに、当時の名簿「『桜を観る会』の招待者について」は、56年と57年の2分あった。 57年分はまず、与野党関係なく国会議員が五十音順に並んでいる。最後までざっと確認したがお笑い芸人や反社会的勢力をうかがわせる名前はない。 最初に目に留まったのは、社会党委員長を務めた浅沼稲次郎。60年に日比谷公会堂の壇上で右翼活動家から刺殺される3年前になる。 女性の政治参加を促した市川房枝の名前もあった。52年の参院選で東京選挙区2位の得票で初当選した若手議員だった。出席したかどうか、公益財団法人「市川房枝記念会」の久保公子理事長に尋ねると、市川ののこした手帳などを当たってくれた。「この年の手帳がなかった。前日の16日は国会の運輸委員会で質問しているんですけどね」。久保氏も残念そうだ。 共産党は首相と仲良し、ということはないはず。だが、77年まで通算5期参院議員を務めた岩間正男の名前があった。折しも、岸信介政権に切り替わったばかり。57年1月、群馬県内で農家の主婦が米兵に射殺される「ジラード事件」で、裁判管轄権が日本側にないという日米同盟の不平等さが露呈し、共産党も激しく追及していた時期だ。 党本部の植木俊雄広報部長は若い頃、岩間氏と面識があった。植木氏は「もはや確認しようもない。だが、時代状況からみて出席したと考えにくい。招待状は現在も所属議員に来る。出席はしていない」と語る。 過去の新聞記事からは、会の雰囲気がうかがえる。56年4月18日の東京新聞夕刊社会面に「外国使臣招き 首相が観桜会」の記事。午前10時ごろから米、英など各国大使が続々到着。「野外テーブルで花びらの雨をあび、紅茶とケーキと日本酒で談笑の中に風流を楽しんだ」とある。 ところで、国立公文書館のサイトで「観る」を「見る」に変えて検索すると、2006年の招待者名簿がヒットする。「要審査」で閲覧はできない。同館業務課の杉生守夫課長補佐は「公文書は中身をチェックし、どこまで公開するべきかを判断している。『要審査』はまだチェックできていないもの」と説明する。果たして、きちんと公開されるだろうか。2019年12月3日 東京新聞朝刊 11版S 24ページ 「『桜を見る会』名簿あった」から引用 この記事は冒頭で、当時は招待客の選定に当たって首相や自民党との近さではなく役職や功績の有無を基準にしていたようだと述べているが、私が感じるところでは、どうも文章の調子に緊張感が希薄で、現政権が首相や自民党に近い人々を優先して招待することを「容認」するかのように読めるのは、甚だ遺憾です。全体的に皮肉な調子で書いてるから、記者が昨今の「桜を見る会」の有り様を容認していないことは理解できますが、田村智子議員が追及して安倍首相を焦らせたときのような、鋭い不正追及の記事を期待します。
2019年12月25日
2015年暮れの慰安婦問題に関する日韓「合意」が問題を解決するには至らなかったのは何故か。文在寅政権による「合意」見直しで、どのような問題が露呈したのか。2日の「しんぶん赤旗」は、次のように論評している; 安倍政権は、韓国大法院の徴用工判決に加え、文在寅政権が2015年の日韓「慰安婦」合意に基づいて設立された「和解・癒やし財団」の解散を進める(昨年11月21日)としたことで「韓国は約束を守らない国」と非難し、貿易制限措置を正当化してきました。「慰安婦」合意の見直しは「約束違反」なのか――。「和解・癒やし財団」の解散に至る経緯を考えます。 15年12月28日、岸田文雄外相(当時)と韓国・朴槿恵(パククネ)政権の尹炳世(ユンビョンセ)外相との間で、日韓「慰安婦」合意は交わされました。 注目されたのは、安倍晋三首相が「総理大臣として」「心からおわびと反省の気持ちを表明する」とし、元「慰安婦」支援の財団設立に「日本政府の予算で一括して拠出」するとしたことでした。そのうえで「(慰安婦)問題の最終的かつ不可逆的解決」を確認しました。 政界関係者の一人は「安倍首相は、口が裂けても慰安婦問題で『おわび』など言いたくないし、『おわび』の性格を持つ政府資金の拠出は1円たりともしたくないはず。『合意』を不思議に感じた」と当時を振り返ります。 元日本政府高官の一人は「米オバマ政権は対中戦略上、日韓の対立に神経をとがらせていた。1965年の日韓基本条約から50年の節目の年に、何とか『解決』のめどを見つけようとしていた」と述べます。◆真剣さに疑問 ところが安倍首相は、「合意」からひと月もたたない年明けの国会で「性奴隷といった事実はない」「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」(16年1月18日の参院予算委員会)と、日本軍「慰安婦」問題の核心を否定する発言をくり返しました。 また、首相自身が元「慰安婦」におわびの手紙を直接送る可能性を問われると「毛頭考えていない」と発言(同年10月3日の衆院予算委員会)。直接、「おわび」を表明することを固く拒否したのです。「合意」における、おわびの真剣さが疑われました。◆文政権が検証 決定的転機が訪れたのは17年5月に文在寅政権が誕生してからです。文政権は、朴槿恵政権下の「慰安婦」合意の検証に着手。朴政権が倒れ、文政権が誕生した大統領選挙では「文在寅候補だけでなく、保守系も含めすべての候補が、『慰安婦合意の検証』を公約に掲げていた」(韓国メディア関係者)といいます。 同年12月28日、韓国外務省・作業部会は検証結果の報告書を公表しました。 報告書は、日韓「慰安婦」合意に、「非公開部分」があり「ハイレペル協議において決定された」と明記。その内容は極めて深刻でした。非公開協議を担当したのは、日本側は谷内正太郎国家安全保障局長、韓国側は李丙垠(イ・ビョンギ)韓国大統領府秘書室長でした。 秘密協議における日本側の要求は以下の3点。(1)「今回の発表により慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決されるので、挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)などの各種団体が不満を表明した場合であっても、韓国政府はそれに同調せず、説得していただきたい。在韓国大使館前の少女像をどのように移転するか」(2)「第三国における慰安婦関係の像・碑の設置については…適切ではない」(3)「韓国政府が今後、『性奴隷』という言葉は使用しないでほしい」◆関与の余地残す 韓国側は(1)について「関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」とし、(2)については「このような動きを支援することなく、韓日関係が健全に発展するよう努力する」と答え、いずれも事実上受け入れました。(3)に関し、「韓国側は、性奴隷が国際的に通用する用語であることから反対していたが、政府が使用する公式名称は『日本軍慰安婦被害者問題』だけであると確認した」としています。 報告書は、「韓国政府が、少女像を移転したり、第三国で慰安婦の碑を設置できないようにしたり、『性奴隷(sexual slavery)』という表現を使わないことを約束したものでないが、日本側がこのような問題に関与できる余地を残した」としています。 「合意」から間もない年明けの国会で、安倍晋三首相が「性奴隷といった事実はない」と言い放ったことは、「非公開」合意が前提であり、「合意」そのものに歴史偽造の狙いが込められていました。 文在寅(ムン・ジェイン)政権による「慰安婦」合意検証の作業部会の責任者だった呉泰奎(オ・テギュ)氏は、雑誌『世界』2月号のインタビューで「他国の市民運動の活動を抑制させるような要請自体があり得ないことですし、それを(韓国政府が)受諾したということも信じがたい」と指摘。「今回の日韓合意は、被害国に対して何らかの措置を要求し、それを合意の条件にしたという点では、むしろ以一閲より後退した」と述べています。 検証の報告書は、「合意」について「被害者中心、国民中心ではなく、政府中心で合意した」と認定。文在寅大統領は、報告書発表とともに、「非公開協議の存在は国民に大きな失望を与えた」「この合意では慰安婦問題を解決できない」とし、「日本との正常な外交関係を回復していく」と表明しました。他方、文政権は「合意」について「破棄という言葉を使うのは適切ではない」としました。 外務省元国際情報局長の孫崎享氏は、「歴史問題や人権問題と深い関連を持つ事柄を、一片の政治合意で『最終的かつ不可逆的に解決』すること自体が無理だ。長期に国民を縛る決定なら、国会承認を通す条約にすべきだ」と指摘。また、韓国政府が「秘密協議」を暴露したことについて「機微に触れる部分は秘密にする必要がある」とは言え、韓国側が自分の都合で蒸し返した」などと”批判”する論調に対し孫崎氏は、「秘密協議の存在は、韓国国民にとって慰安婦合意に重要な付帯条件があったことになる。それを含めなければ合意全体を評価できない以上、公表が必要になる。もともと民主的プロセスを通すべき内容だ」とのべます。◆交渉の検証必要 韓国政府にも責任があります。ただ、検証内容をふまえ、さらなる話し合いが必要だという文政権の姿勢を「約束違反」と言えるのでしょうか。 「性奴隷」という事実の存在を認めない安倍政権自身の認識と責任が問われているのです。人権の名のもとに、交渉過程の深い検証が必要です。(中祖寅一)2019年12月2日 「しんぶん赤旗」 1ページ 「政治考-日韓『慰安婦』合意 見直しは『約束違反』か」から引用 この記事を読めば、日韓『慰安婦』合意に韓国側が失望したのは、合意から間もない日本の国会で安倍首相が誠意のカケラもない答弁をしたこと、しかも「合意」には秘密協定の部分があり、韓国政府に「性奴隷」の言葉を使用しないように強要して、安倍流の歴史捏造を行なうために韓国政府にも片棒を担がせる算段をしていたことなどが分かります。こういうことでは、文在寅大統領ならずとも『合意』見直しは当然であり、日本国民としても安倍首相の卑怯なやり口を批判しないわけにはいきません。慰安婦問題については、人権問題であるとの観点から解決法を探る必要があると思います。
2019年12月24日
朝日新聞で総理番をしている野平悠一記者は、「桜を見る会」問題が勃発した日から安倍政権が無理矢理臨時国会を終わらせた日までのことを、18日の朝日夕刊に次のように書いている; その日の安倍晋三首相にはいつもとは違う緊張感が漂っていた。総理番として首相を追いかけていて、はっきりと伝わってきた。 11月8日午後5時過ぎ、首相は参院予算委員会での集中審議を終えて参院第1委員会室から廊下に出てきた。普段は秘書官らと談笑しながら国会を後にするが、この日は口を真一文字に結び、険しい表情を崩さない。直前に受けた追及への単なるいら立ちか、それとも核心に迫られたことへの焦りなのか。その時は読み切れなかった。 この日の予算委のハイライトは、共産党の田村智子氏が「桜を見る会」をめぐる問題を取り上げた場面だった。「安倍首相には、長く政権を続けてもらい、今後もずっと桜を見る会に下関の皆さんを招いていただきたい」といった参加者のプログを次々に示し、「後援会の一大行事になっているのではないか」と迫る。首相は「個人に関する情報で回答を差し控える」との答弁を繰り返した。その5日後、来年度の開催中止が決まる。幕引きを急ぐ姿を見て、あの日感じた緊張感の理由がわかった気がした。 「桜」の問題はそこで終わらなかった。世論の批判は収まらない中で、首相の逃亡が始まる。 「長年の慣行」だったと繰り返し、責任の所在をあいまいにしようとする。桜を見る会の招待者や会の前日に首相後援会が主催した夕食会などをめぐっても、首相や菅義偉官房長官は「夕食会の明細書はない」「招待者名簿は廃棄した」「電子データも復元できない」などとかわし続けるばかりだ。首相は「国会から求められれば、出て行って説明するのは当然のことだ」と発言したのに、与党は野党が求めた予算委員会の集中審議に応じないまま、臨時国会は終わった。 10月に閣僚が相次いで辞任した際、首相が神妙な面持ちで「政治家として自ら説明責任を果たすべきだ」と語った姿を思い出す。その表情と言葉の意味するところはなんだったのだろう。首相が説明を尽くさないのなら、答えは「その場を切り抜ける方便だった」になる。2019年12月18日 朝日新聞夕刊 4版 7ページ 「取材考記-安倍首相自らの説明責任は?」から引用 政治家として自ら説明責任を果たすべきだという安倍氏の発言は、最近辞任した閣僚のことを言ってると思われるが、それで思い出すのは甘利明元経済産業大臣や下村博文元文部科学大臣である。この二人も引責辞任した当初は「いずれ、説明します」と言っていたはずだったが、その直後、病気を理由にしばらくの間雲隠れしていて、ほとぼりが冷めた頃に出てきて、以前の発言には素知らぬ顔で議員活動を続けている。このような状況から察するに、安倍首相を始めとする自民党議員が言う「説明責任云々」は「その場を切り抜ける方便だった」ことは明白だ。もっともらしいことを言ったからといって追及の手を緩めてはならないのである。
2019年12月23日
普通であれば自らの潔白を証明するはずの「桜を見る会」出席者リストを、処分したから国民に開示することは出来ないなどと開き直っている安倍政権の滑稽さについて、フリーライターの竹田砂鉄氏は、17日の「しんぶん赤旗」に次のように書いている; この原稿を書いているのは12日(木)、臨時国会が閉会した3日後だが、各紙朝刊を開いてみると、その多くで「桜を見る会」の追及がすっかり止(や)んでいる。 新聞の特性として、「新たに起きたこと」や「話題になった物事をまとめて論じること」は得意だが、いつまでもちゃんと答えずに逃げ回っている状態に対して、「いつになったらちゃんと答えるんだよ」と問い続けることは難しい。いや、難しい、という理解で終わらせていいものではない。。今回の「桜を見る会」は、将棋でいえば、明らかに詰んでいる。「王将」の逃げ道はない。逃げ道がないので、将棋をした記録は残っていないとか、たくさんの人と将棋をしているのでいちいち覚えていないとか、結果として将棋をやったのかもしれないとか、そんな感じで珍奇な答弁を繰り返した。 ◇ ◆ ◇ いつまで「桜を見る会」を問題にしているんだ、その他にも議論すべきことはたくさんあるじゃないか、と無理やり擁護してくる声には、そうなんです、なので、「『桜を見る会』出席者リストのデータの復元」「前夜祭で使用したホテルの明細書の再発行」、この二つがあれば明日にでも別の議論に移れると思う、と返す。 たとえば自分がスーパーを出たところで警備員に声をかけられ、万引きを疑われたとする。まず何をするかといえば、急いで財布を開き、レシートを探すだろう。もしその時、レシートがなかったら慌てふだめくだろう。そのままでは認めたことになってしまうので、レジヘ行き、さっきレジ打ちを担当してくれた人に「さっき、ここで買いましたよね?」と聞いてみる。 「いやー、すみません、お客さんの顔をいちいち覚えていないもので」と言われたら、レジにデータは残っているはず、と聞く。「それは、ここではなく事務所に行ってもらわないと」と言われれば、事務所で証明してもらう。そうしないと、罪人になってしまうからだ。 ◇ ◆ ◇ 自分が無罪ならば、あらゆる手を尽くす。当たり前のことだ。では、安倍首相や菅宣房長官はどうだろう。メディアや野党が追及を続けると、これからちゃんとします、とは言うものの、首相の招待枠や前夜祭の収支など肝心なことには答えない。いつの段階からか、自分たちが疑われているのに、それを立証するための名簿や明細書がないことを強気で語るようになった。 とても不思議だ。先の万引きのたとえを引っ張るならば、万引きを疑われている人が、「もうレシートはないんです!」と強気で訴えていることになる。「えっ、じゃあ、万引きしてるってこと?」という話だ。 閉会後の記者会見で安倍首相は、「桜を見る会」について、「私自身の責任において招待基準の明確化や、招待プロセスの透明化を検討する」と述べた。これ、万引きを疑われている人がスーパーのレシートの管理方法を提言しているようなものだ。そんなことは求めていない。疑われているのだから、立証しなさい。それだけのことだ。何度でもそう問わなければいけない。(たけだ・さてつ、ライター)2019年12月17日 「しんぶん赤旗」 10ページ 「竹田砂鉄のいかがなものか?-無罪なら立証しなさい」から引用 安倍首相が口頭で説明したように「桜を見る会」の出席者に後ろ指をさされるような疚しい人物を招待してはいないというのであれば、招待者リストを公開して疑いを晴らすことができるのですが、実際には山口選挙区の自分の後援会会員を招待しているし、反社会的勢力と言われる人物も招待していて菅官房長官と記念写真を撮ったという「証拠写真」はネットで拡散しているし、一年間に4回も行政処分を受けた悪徳企業の経営者も安倍氏の親の代からの付き合いだからと招待しているので、うっかり公開すると今までの口頭の説明が全部ウソだったことが証明される。そういうわけで安倍氏としては、何が何でも招待者リストを公開するわけにはいかず、処分したものを復元する予定はないと言い張ってこの窮地を抜け出そうとしています。権力の座に就く政治家には高潔な価値観が求められるという常識をもったこれまでの政治家と異なり、現行犯逮捕以外ならどこまでも誤魔化していけばいいんだという、モラルに乏しい人物を首相にした「ツケ」であると言えます。
2019年12月22日
最近、各地の小学校運動会で流行っている組み体操について、テレビのワイドショーで人気のコメンテーター、玉川徹氏は、11月30日の東京新聞に次のように書いている; 「人間起こし」という組み体操を運動会に取り入れる小学校が増えているそうです。数人の子どもで胴上げでもするように一人を抱え上げます。そして、その一人の背中を押して子どもたちの上に立たせ、続いて後ろに倒れさせて、下の子どもたちが受け止めます。もし、失敗して頭から落ちれば、命にかかわる危険もあります。一体、この組み体操にどんな教育目的があるのでしょうか。 そもそも運動会や組み体操は明治期の軍事教練がルーツです。当時、軍人の養成は国家の最重要課題で、子どもたちに規律や自己犠牲の精神を培う組み体操には合理性があったでしょう。戦後、軍国主義は否定され教育も変わりましたが、なぜか運動会と組み体操は残りました。来るべき規格製品の大量生産時代にも「滅私奉公の精神性は必要」と国は考えたのかもしれません。しかし、時代はさらに変わろうとしています。 世界経済フォーラムの年次総会、通称「ダボス会議」に参加している多摩大学大学院の田坂広志名誉教授は「日本の教育は周回遅れどころか、二周遅れになりつつある」と指摘しています。教育先進国といわれる北欧では「個の成長が全体の成長につながる」と考え、個の能力の最大化を教育目標にしているそうです。全体が先にありきで、自己犠牲を強いる日本の教育は、見直すべき時期ではないでしょうか。教育先進国には全員強制参加の運動会も組み体操もないそうです。(コメンテーター)2019年11月30日 東京新聞朝刊 17ページ 「風向計-組み体操って必要?」から引用 この問題提起を教育関係者は真摯に受け止めるべきです。戦前の教育現場がどのようであったかは知りませんが、戦後は児童生徒を学校に集めて教育活動を行なう場合、学校当局には安全確保義務が課せられます。この記事が示す「人間起こし」の場合、失敗したら命に関わる大けがになる危険もあるというのでは、既に明らかに安全確保義務に違反していると言えます。大けがが起きてから法廷で「学校側に責任がある」という判決が出ても遅いのであって、危険は未然に防ぐべきです。
2019年12月21日
日本が戦争をしていた時代に、国内の労働力が不足したため植民地だった朝鮮から多くの人々が労働力として動員され、中には強制連行で連れて来られた人たちもいました。11月27日の「しんぶん赤旗」は三重県にあった紀州鉱山の事例を、次のように紹介しています; 三重県熊野市紀和町の紀州鉱山では、日本の植民地だった朝鮮半島から強制連行された1300人超の朝鮮人が過酷な労働を強いられていました。その事実を明らかにしたのは、在日朝鮮人や日本人などでつくる「紀州鉱山の真実を明らかにする会」です。鉱山で亡くなった朝鮮人の歴史を伝えようと追悼碑を建立し、集会や調査を続けています。(玉田文子) 熊野市駅から車で40分。紀和町板屋の山の緑を背景に巨大なコンクリートの支柱がそびえ立ちます。石原産業(大阪市)が1939年に建設した紀州鉱山選鉱場跡です。紀州鉱山は、78年の閉山まで44年間で940万トンの鉱石を産出しました。 選鉱場跡から歩いて数分。紀和鉱山資料館の近くに朝鮮人追悼碑があります。碑の前には亡くなった35人の名前を記した30センチほどの石が並びます。金仁元、李白洛、○○姫・・・。創氏改名させられたため本当の名前が分からず一部が空白になった石もあります。 「亡くなった朝鮮人は名前をもち、ここで朝鮮人が働いていたという歴史を証言している」。碑建立の中心となった市民団体「紀州鉱山の真実を明らかにする会」事務局長の金静美(キム・チョンミ)さん(70)=和歌山県海南市=は語ります。 金さんらは、石原産業が46年に厚生省に提出した朝鮮人労務者に関する調査報告書や労働者の死因を記した『従業物故者忌辰録』(55年10月10日現在調)、強制連行された朝鮮人の数を企業ごとに記した三重県の『知事引継書』(45年4月)などを入手し解析。資料をもとに何度も韓国に渡り、生存者や家族、遺族、友人、強制連行に関わった朝鮮人、鉱山で働いていた日本人、地域住民から聞き取りを行ってきました。 これまでの調査で40~45年に朝鮮半島から紀州鉱山に連れてこられた朝鮮人は1300人以上、40年以前に同鉱山に働きに来ていたと思われる人や、その人の子どもと思われる人も含めると35人の朝鮮人が事故や病気で死亡したことを明らかにしました。◆人間扱いせず 会の調査によると強制連行された人の多くは「賃金を受け取っていない」と証言。96年10月の聞き取りで、大韓民国江原道麟蹄郡麟蹄邑に住む金石煥(キム・ソクファン)さんは、「毎月15日が休みで月1日だけだった。いつも腹をすかせていた」。98年8月の聞き取りで、21歳の時に慶尚北道安東市の自宅で強制連行された林聖煕(イム・ソンフィ)さんは、「紀州鉱山では人間としての扱いは受けなかった。逃げる人を見て、止めなかった人も殴られた」と話しています。 2010年1月の聞き取りで、江原道で父親が1944年11月に連行され残された家族は「母は祖父と農業をしながら、ありとあらゆる苦労をした」。同年7月の聞き取りで、鉱山に就職し建設部に所属していた大畑孝千穂さん=紀和町=は「朝鮮人は石を運んだり穴を掘ったり、坑内の仕事をさせられていた。軍人が(朝鮮人の)収容所を監視していた」と証言しています。 『知事引継書』などによると鉱山に連行された朝鮮人の3割が「逃亡」。処遇改善を求める抵抗も続発し、40年には賃金差別の改善を求めたストライキ、44年には米の分配や病人の待遇改善を求めた争議が行われています。 坑口には「朝鮮民族は日本民族たるを喜ばず。将来の朝鮮民族の発展を見よ」の文字がカンテラ(携行用の灯油ランプ)の火で焼き付けられたといいます。解放を求める朝鮮人の熱い思いは暗い坑道の中でも途絶えることはありませんでした。 しかし、熊野市が運営する紀和鉱山資料館に朝鮮人の強制連行を示す展示はありません。市の教育委員会は「詳しい記述や確証となる資料が無い中での展示は難しい」としています。 一方で、鉱山の強制労働で亡くなった英国人捕虜に関する「墓地」は、市の文化財に指定し資料館にも展示しています。 会は朝鮮人の強制連行を示す資料の展示を求めてきましたが実現していません。市が作成する観光案内チラシ「熊野市 鉱山の歩み」にも朝鮮人強制連行の事実は示されていません。 会の佐藤正人さん=翻訳業、北海道小樽市=は「日本政府は他地域・他国支配という歴史的事実を国家犯罪として認識しようとせず、真の謝罪、賠償、責任者処罰をしていない。今後、さらに地域の政府(行政機関)に事実をはっきりさせるよう求めていく」と強調します。◆歴史直視して 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑は、在日本朝鮮人総連合会県本部と在日本大韓民国民団(民団)県地方本部、紀州鉱山の真実を明らかにする会が2010年に建立。その後毎年、追悼集会が開かれています。 今月10日に開催された、12回目の追悼集会には民団県地方本部や在日韓国民主統一連合三重本部、在日韓国青年同盟の代表、東京都や岐阜県から訪れた日本人など約20人が参加。在日韓国人らが「強制連行され無念の死を遂げた朝鮮人が日本全国にいる。私たちはこれを広く知らしめていかなければ、あったことをなかったことにしようとする安倍首相の思うままの社会になってしまう」などと思いを語りました。 前述の金静美さんは話します。「朝鮮から強制連行され亡くなった人がいます。地域史で隠されているその事実をこの人たちが示しています。今後も追悼することを続けていきたいし、地域の人たちが、地域の歴史を直視するようになってほしい」2019年11月27日 「しんぶん赤旗」 4ページ 「シリーズ・現場から考える日韓の歴史-追悼碑に刻む無念の思い」から引用 三重県の紀州鉱山の追悼碑が建立されたのが2010年とは、ずいぶん遅かったと思います。公文書等の記録や市民団体の熱心な調査で概要が判明したにも係わらず、それを自治体が発行する資料に記載を拒否する熊野市の対応は不当です。毎年開催されるという追悼集会が、これからも末永く継続されて、人々の記憶に留められることを希望します。
2019年12月20日

安倍政権は何をしているのか? 数日前のツイッターに投稿されたコメントは、次のように述べている;このコメントでは「腰抜けメディア」と表現しているが、新聞社を経営する者が首相官邸から声が掛かって首相との会食に出かけるのは、報道機関の使命や職業倫理よりも前近代的な日本人社会の一員であることの確認を優先させたものです。これでは、アジアで真っ先に封建体制を脱して近代国家を築いたとは言え、マインドは前近代のままということですから、日本に民主主義が確立されるのは、まだ当分先ということなのかも知れません。
2019年12月19日
首相官邸を担当する報道各社の記者たちが、首相や官房長官に果敢に質問するようになったことについて、元文科官僚の前川喜平氏は1日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 官邸記者の姿勢が前向きに変化してきた。 11月15日の安倍晋三首相への声かけ。「桜を見る会について国会で説明する考えは?」との問いに、安倍氏は「国会から求められれば説明するのは当然」と答えて立ち去ったが、その背中に「集中審議に応じる考えは?」と記者の声が飛んだ。数秒の躊躇(ちゅうちょ)ののち、安倍氏は戻ってきて、また「国会が決めれば説明を果たすのは当然」と答え、「よろしいですか」と立ち去ろうとした。そこへさらに「公職選挙法や政治資金規正法の違反の疑いについては?」と声がかかった。安倍氏は再び戻って「事務所で対応していると聞いている」と答えた。 同28日の菅義偉官房長官会見。記者「名簿管理のデータを復元する考えは?」。菅氏「復元することはできないと聞いている」。記者「復元できないのは技術的にかルール上か」。菅氏「技術的にかルール的にか承知していない」。さらに記者「技術的に復元できるか検討もしないのか」。菅氏「復元できないと聞いている」(これは答えになっていない)。東京新聞望月衣塑子記者の孤軍奮闘だった会見の場が明らかに変わってきた。 官邸記者諸君、頑張ってくれ。首相や官房長官に鋭い質問をぶつけてくれ。国会に出てこない安倍首相を国民に代わって追及できるのは、君たちしかいないのだから。(現代教育行政研究会代表)2019年12月1日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-官邸記者の変化」から引用 新聞記者が首相や官房長官の顔色を気にしないできつい質問をするのは、心のどこかに「この政権はそろそろ終わり」という意識が出てきているからではないかと思います。佐藤栄作内閣もかなりの長期政権でしたが、やはり政権末期には記者会見場にいる記者たちは佐藤首相が話している最中なのに、立ち上がって次の取材の場所に移動してしまって、会見が終わったときは着席している記者はほんの数名という事態だったことがありました。安倍首相もここで奮起して、再度自民党の規則を変更し「総裁4選」の道などとぶち上げることができると、記者たちの態度もまた元に戻るのではないかと思います。
2019年12月18日
早稲田大学には国際和解学研究所というものがあって、隣国の政府高官を招いて講演会を開いたりしていると、1日の東京新聞が報道している; 早稲田大国際和解学研究所(所長・浅野豊美教授)が、日韓両国の新たな関係づくりを学生に考えてもらうため、当事者である政治家や研究者を招いた講演会を開いている。聴講した学生の反応には、歴史認識などを巡る相互理解の必要性を指摘する意見が目立つ。 同研究所は東アジアでの国家間の対立解消に向けた新たな学問領域「和解学」の創設を目指し、歴史や政治・外交、市民運動など多面的な切り口を通して、和解のモデルを探っている。 11月5日には、韓国・高麗大の「平和と民主主義研究所」との共催で韓国国会の文喜相(ムンヒサン)議長の講演会を開いた。文氏は約150人の学生を前に、日韓間の懸案である韓国人元徴用工の訴訟に関し、日韓企業や個人の寄付金を財源に、元徴用工らに慰謝料を支払う方法を提案した。 講演を聴いた学生から寄せられた感想文の中には、文氏の案について、「責任の所在をあいまいにする」と批判的な意見がある一方で「今までのようにトップダウンで済む問題ではないと思った」として、民間企業を巻き込む取り組みを評価する声もあった。 両国の和解のために、まず自分たちが相互理解に向け努力すべきだと考えた学生も少なくない。「相手の主張や背景を真に理解し、尊重する」姿勢が大切だと受け止めた学生がいたほか「戦時は立場の弱い人が、まず犠牲になるという事実と歴史を直視」すべきだとの意見もあった。韓国人留学生からは「お互いに正しい歴史を知る必要がある」との意見が寄せられた。 浅野所長は学生の幅広い反応に「(問題解決への)選択肢を示すことに意味があった。今後も和解を考える機会をつくり、自然な形で和解のネットワークに入ってきてもらいたい」と手応えを語った。 来年1月には、慰安婦問題に関する研究書「帝国の慰安婦」を日韓で出版し、元慰安婦の名誉を傷つけたとして、ソウル高裁で有罪判決を受けた韓国・世宗大の朴裕河教授の講演会を開く。研究所のウェブサイトでは、文氏の講演録や研究所の活動内容を紹介している。(大杉はるか)◆日韓議連・河村氏、基金法案を評価-元徴用工賠償金問題 日韓議員連盟の河村建夫幹事長(自民党)は元徴用工訴訟の解決策として、韓国で検討されている日韓企業と個人の寄付金で基金をつくり、賠償金の代わりに原告に支払う法案について(1965年の)日韓請求権協定に抵触しない。解決できる案だ」と評価した。本紙の取材に答えた。 法案の提出は、韓国国会の文喜相(ムンヒサン)議長が11月上旬に東京都内で講演した際、提案した。原告らは反発しているが文氏は韓国国会での法成立を目指している。 河村氏は、法案について「日韓関係を重視する企業などは、寄付に協力することもやぶさかではないのではないか」と指摘。年末の開催が調整されている日韓首脳会談を念頭に「そこまでに法案が成立していると良い」と期待感を示した。2019年12月1日 東京新聞朝刊 11版S 2ページ 「相手の尊重を・正しい歴史 知る必要」から引用 問題解決のために様々な選択肢を考えることは大切という一般論に異議はないが、徴用工問題に限った場合は被害者と加害者が法廷で散々議論を尽くした挙げ句に韓国大法院が「判決」を出したのであるから、これを今さら蒸し返したりしないで、被害者も加害者も大法院の決定に従うのが法治国家に生きる市民の行動の常識というものだと思います。民間同士の裁判に介入して、被告が判決に従うことを妨害している安倍政権の態度が「異常」であり「問題」なのであって、こういう事態に対して、被害者の意向を無視して大法院判決以外の「解決法」を模索する韓国政府の態度もおかしいと思います。当事者の意向を無視して安倍政権の意向に迎合するようなマネをしたのでは、2015年の慰安婦問題で被害者を蚊帳の外において「合意」した、あの失敗を繰り返すことになるのが関の山で、こういう調子ではしばらく問題解決の目処はないと考えるしかありません。
2019年12月17日

本年7月~9月期の法人企業統計調査結果を財務省が発表したことについて、3日の「しんぶん赤旗」が次のように報道している; 財務省が2日発表した7~9月期の法人企業統計調査によると、資本金10億円以上の大企業(金融・保険業を含む)の内部留保は前年同期比2・9%増の456・1兆円となり、過去最高を更新しました。 一方、全規模、全産業(金融・保険業を除く)の売上高は2・6%減の349・5兆円と、12期ぶりのマイナスでした。製造業は、中国経済の減速でスマートフォン向け電子部品や半導体製造設備関連が振るわず1・5%減。非製造業も原油安による化学製品の下落などで3・1%減と落ち込みました。 経常利益は5・3%減の17・3兆円。2期続けて前年を下回りました。製造業が自動車関連で研究開発費のコストがかさんだことなどから15・1必減少しました。海外向けの建設機械や半導体製造装置の販売が減ったことも響きました。非製造業は10月の消費税増税前の駆け込み需要に伴い、家電量販店で高額家電の売り上げが伸びたこともあり、O・5%増と2期ぶりにプラスとなりました。 設備投資額は前年同期比7・1%増加し、12・1兆円。プラスは12四半期連続です。業種別の設備投資は、製造業が6・4%増で、自動車の電動化や次世代通信規格「5G」の商用化をにらみ、電子部品の生産能力増強投資が目立ちました。非製造業も7・6%増。物流施設の新設、既存小売店舗の改装などが活発だったことに加え、都市部を中心にオフィスビルの建設が増加しました。 調査結果は9日に公表される7~9月期の国内総生産(GDP)改定値に反映されます。2019年12月3日 「しんぶん赤旗」 8ページ 「内部留保 大企業 最高更新」から引用 日本資本主義の屋台骨を支える大企業は、今年度の第二四半期も立派な黒字を達成し内部留保がさらに積み上がって最高記録を更新したのは結構なことでしたが、それが世の中の景気を反映したものかどうか、と言う点が「問題」です。企業の「利益」が人件費の節約や下請けへの支払い条件を厳しくした結果であるとすれば、大企業が黒字を達成しても社員や下請け会社の収入は増えず、消費活動も抑えられる結果、景気は後退することになります。数ヶ月前に「しんぶん赤旗」が報道した記事では、過去数十年間のOECD加盟国では、欧米も韓国も労働者の賃金は緩やかな上昇傾向を示しているのに、日本だけは唯一下降傾向を示すという「異常」なものでした。大企業の内部留保だけが増え続けて、国民は生活不安に苛まれて暮らすというのでは、まともな国家とは言えないのではないでしょうか。政府の指導力が問われます。
2019年12月16日
戦時中に日本軍「慰安婦」として従軍させられた女性の証言を集めて記録映画を作成した朴寿南監督について、11月22日の「しんぶん赤旗」が次のように報道している; 朴寿南(パクスナム)監督は、旧日本軍「慰安婦」として被害者だったことを戦後、初めて名乗り出た故・裴奉奇(ペポンギ)さんの証言や、被害者の名誉と尊厳を回復するたたかいを記録し、映画を製作してきました。思いを聞きました。(小酒井自由) 朴監督製作のドキュメンタリー映画「沈黙-立ち上がる慰安婦」(2017年)は、17歳で日本人の巡査と日本兵に拉致された故・尹今禧(ユングムネ)さんの衝撃的な証言を記録しています。満州の慰安所に連れていかれ、恐怖で身震いするなか日本兵に服をはぎ取られ馬乗りに襲いかかられました。抵抗した尹さんの首を日本兵が日本刀で切りつけたといいます。◆強制連行など生々しい証言 1990年代に韓国で声を上げた被害者の、日本政府に対する謝罪と賠償を求めるたたかい、強制連行や慰安所の実態の生々しい証言など貴重な記録を紹介しています。「『慰安婦』問題では、日本政府の植民地支配に対する歴史認識に問題があると思います。安倍政権は、侵略戦争を認めていません。65年の日韓請求権協定の交渉過程では、植民地支配の不当性を認めず謝罪もしていません。日本政府は植民地支配を認め、被害者に謝罪・賠償すべきです」 「あいちトリエンナーレ2019」の企画展が脅迫・妨害で中止に追い込まれた事件や、同事件をめぐる黒岩祐治神奈川県知事の「『慰安婦』の強制連行は韓国の一方的な見解だ」という暴言、各地で起こる「沈黙」上映への妨害行為の背景にも、政府の歴史認識が関係していると指摘します。 「彼女たちは、銃剣や日本刀で脅され、逆らえば殺されると思っていました。銃剣の下、強かんが何年も続いた。それを”娼婦”呼ばわりされて本当に怒っていました」と憤ります。◆日本人女性の言葉聞き涙が 一方で、94年5月、韓国から初来日した被害者と支援に駆けつけた市民との交流や、これまでの自主上映会を振り返り、互いの理解を深めることで生まれる信頼関係に希望を見いだしています。 「日中、都内でデモをしたハルモニ(おばあさん)たちを、日本人の女性が銭湯に連れていった時のことです。一人のハルモニの背中を流した人が、『あなたはこんなに美しいからだなのに、日本軍に蹂躙(じゅうりん)されたかと思うと悔しい』と言って泣き出しました。ハルモニは、身も心も傷だらけなのに、自分のことを『美しい』と言ってくれた驚きとうれしさで涙があふれ、共に涙を流しました」 「沈黙」は、2017年の公開以降、右翼の妨害を乗り越えて市民の手で全国各地で自主上映され、今年はアメリカとドイツでも上映されました。 「ハルモニたちは本当のことを知ってもらいたくて日本に来ました。そして日本人との交流でこれまでの無念を晴らし前向きになりました。映画を見て、『政府が謝罪しないなら、私がハルモニに謝罪したい。一日も早く賠償問題を解決しないといけない』という前向きな感想をもらったことが本当にうれしかった」 「沈黙」は相互の理解を深める日韓親善映画だと思っていると言います。 「日韓関係を悪化させているのは安倍政権です。在日朝鮮人へのヘイトスピーチも、安倍政権下で過激化しています。この状況を変えるには、市民とともにたたかうしかありません」 ◆ ◆ 問い合わせ「アリランのうた製作委員会」電話 090(6867)3843<パク・スナム> 1935年、三重県生まれの在日2世。朝鮮人被爆者の実態や、沖縄戦に連行された朝鮮人軍属や「慰安婦」の証言を掘り起こした記録映画などを製作2019年11月22日 「しんぶん赤旗」 9ページ 「文化の話題-日本政府の歴史認識 問う」から引用 この記事は、日本政府の歴史認識が問題であると指摘していますが、私もその通りだと思います。安倍政権も継承を確認した河野談話には、「従軍慰安婦」のような悲劇を二度と繰り返さないために歴史の事実を、研究・教育の活動を通して後世に伝えると宣言したのでしたが、その後のどの政権も河野談話に見向きもせず、歴史認識の問題を避けているのは、将来のために良くないと思います。朴寿南監督の映画「沈黙」は、時折地方の市民団体から自主上映を希望する連絡があるとのことですから、このような市民運動が正しい歴史認識の普及に貢献できるのではないかと思います。※引用者注 上に引用した記事には「強かん」と表示してますが、記事原文は漢字2文字の表記になってます。当ブログでは、この言葉は漢字表記できない決まりになっているので、かな混じりの表記にしました。
2019年12月15日
桜を見る会「疑惑」に関する国会審議について、元文科官僚の前川喜平氏は11月24日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「桜を見る会」と「前夜祭」に安倍晋三事務所が地元から参加者を募っていた問題。税金の私物化や公職選挙法違反などの疑いがますます濃厚になっている。安倍首相や菅官房長官の説明は一貫性を欠き「しどろもどろ」というべき状況だ。 政治の堕落腐敗に官僚たちも巻き込まれている。11月20日の衆議院内閣委員会。共産党宮本徹氏が「桜を見る会の資料を要求した日と同じ5月9日に、なぜ招待者名簿を廃棄したのか」と問うたのに対し、内閣府の官房長は「連休前から廃棄を準備していたが、分量が多いので大型のシュレッダーを使おうとしたところ、各局の使用が重なったことなどから、連休明けの5月9日になった」などと答弁した。 同21日の参議院内閣委員会。同党田村智子氏が「次の年の招待者を決めるまでは名簿の役割は終わらないのではないか」と問うたのに対し、担当の内閣審議官は「定型的日常的な業務連絡・日程表に該当する文書と整理している」「数千人の個人情報を含む文書を適切に管理するのは困難なので速やかに廃棄している」などと答弁した。 官僚たちは、自分の答弁がまともな説明になっていないことを知っている。しかし、脆弁ごまかしの言葉を連ねるしかないと観念しているのだ。哀しい官僚答弁である。(現代教育行政研究会代表)2019年11月24日 東京新聞朝刊 11版 27ページ 「本音のコラム-哀しい官僚答弁」から引用 安倍政治の腐敗堕落は明らかだ。相次ぐ閣僚の不祥事で、何人の閣僚が辞任したことか。安倍首相自身の疑惑についても、野党に問いただされて初めは無いと言ったはずの公文書が、ほとぼりが冷めた頃に「実はありました」などと言って出てくる。ところがそれは、実は改ざんされた後のものだったことまで明らかになり、しかし、そんなことを官邸の指示でやったのではなく、担当の局長が勝手にやったものだ、などと、局長にはそんなことをするメリットも動機もありはしないのに、そういう変な理屈で押し通したのが森友問題であったが、ここでウソを突き通した人物が、そのウソを評価されて国税庁長官にまで出世したのであるから、堕落腐敗に官僚たちが巻き込まれているという見立ては間違いありません。ここまで歪んでしまった政治を、元の正常な状態に戻すには、メディアが本来の「権力監視」の機能を復活させて野党を応援することが求められると思います。
2019年12月14日
「国旗・国歌法」が可決成立する直前の頃、文芸評論家の加藤周一氏は朝日新聞の夕刊に次のようなエッセイを書いている; 「かうすべきだ、ああすべきだ、『謹(つつ)しむ』べきだ、『畏(かしこ)まる』べきだとのみ、朝から晩まで、晩から朝まで、吾等(われら)の頭の中に叩(たた)き込まんとする官僚は、余程結構に出来て居る頭脳の持主だ。これでは世界性を持った考へ方はどうしても日本人の中から出て来ない。又(また)戦(いく)さして、又負ける位が関の山であらう」(『鈴木大拙全集』、第30巻、「雑集4」、「西田の思ひ出」) これは1945年8月26日、鈴木大拙が同年6月に亡くなった友人西田幾多郎を思い出して書いた文章の一節である。私はその文章のあることを、岡村美穂子・上田閑照両氏の共著『大拙の風景-鈴木大拙とは誰か――』(燈影舎、1999)によって知った。そしてその後の日本は、どう変わったのだろうか、と考えた。 ◆ ◆ 今日、「日の丸」・「君が代」を国旗・国歌として法制化しようとしている国会を見れば、あまり大きく変わったとは思われない。自民・自由・公明の三党連合が、法制化を急ぐ根拠としているのは、主として、「日の丸」・「君が代」が国民の間に「定着」している、ということである。しかし世論調査では、法制化の必要・不必要に関して、「君が代」については意見が二分され。「日の丸」についても不必要とする意見が必要とする意見のおよそ半分ほどある。たとえば朝日新聞社の6月27・28日の調査(同紙99・6・30)。NHKや毎日新聞社の調査結果も大同小異である。いずれの調査でも、拙速をもとめず、もっと議論を尽くせという意見は大多数を占める。政府が法制化を急ぐのは、「日の丸」・「君が代」がすでに「定着」しているからではなく、法制化によって「定着」を促進、または強制、したいからであろう。 現に学校教育については、文部省が教育委員会に通達を出し、学校がその行事に「日の丸」・「君が代」を用いるように、強い圧力を加えてきた。法制化がその圧力をさらに強めるであろうことは、いうまでもない。卒業式で「君が代」を唱(うた)う学校もあり、唱わない学校もあり、ではなく、全国一斉、日本国中のすべての子供が、同じ日に同じ歌を唱うことになるだろう。それは「個性の教育」とか「国際的な視野」とかいろことと、真っ向から対立する考え方である。三つ児(ご)の魂百まで。長じて後、大拙流にいえば、「一億一心」の戦さをして、負ける位が関の山であろう。彼がそう言った時から、半世紀以上経(た)って、その基本的なところが変わってはいないようにみえる。 それにしてもなぜ小渕内閣は、法制化を、世論に抗してまでも、急ぐのであろうか。その理由は、国会内の事情に暗い私にはよくわからない。田中真紀子代議士によれば、国旗・国歌法案にかぎらず、ガイドライン関連法や通信傍受法案についても、「法案を早く通したい官僚と、延命を考える政権の思惑が一致して」、自民党が「数合わせのために自由、公明両党を利用」しながら、「法案の中身より、早く成立させることばかり優先」させている(朝日新聞99・7・17)、ということらしい。そういう明快な説明がほんとうであるとすれば、ガイドライン、盗聴法、国民総背番号、「日の丸」・「君が代」押しつけという一連の法案、または政策の「中身」から、内閣の右寄り政治哲学を想像する必要はないのかもしれない。内閣が心配しているのは、そもそも「中身」ではないからである。 ◆ ◆ 「日の丸」についても、「君が代」についても、多くの意見、多くの事実、またいくらかのこじつけ解釈が、新聞紙上に報道された。私は今それを繰り返さない。ここでは、そのどちらもが十五年戦争の時代に、政治的な象徴として、大いに活用されたということを、指摘するにとどめる。小学校の講堂で、御真影と、教育勅語と共にあった「君が代」――おごそかで、いくらか陰鬱(いんうつ)で、歌詞のわかりにくかった歌。また街頭で出征兵士を送る人々が手にしていた「日の丸」、南京陥落を祝う群衆の旗、ニュース映画で見た皇軍が中国の町を占領するときに掲げていた「日の丸」……。「君が代」は「万世一系」の神聖な天皇を祝福する歌であり、「日の丸」は軍国日本を象徴する旗であった。 45年以後、日本国の制度と価値観は変わる。しかしすべての社会的変化と同じように、そこには変化の面と同時に持続の面がある。「君が代」や「日の丸」を法制化しようとする意見の背景には、おそらく敗戦の前と後の日本社会の連続を強調しようとする願望があるだろう。国歌として「君が代」を、国旗として「日の丸」を望まぬ立場の背景には、変化の重視ということがあるにちがいない。天皇の臣民から国民へ、天皇主権から国民主権すなわち民主主義へ、という変化。持続を強調するか、変化または断絶を強調するかの態度のちがいは、当然現状の評価ばかりでなく、また過去の状況の評価にも係(かか)わるる。過去の状況の評価は、歴史意識である。十五年戦争を戦った旗を再び掲げるかどうかは、つまるところ十五年戦争そのものをどう考えるかということと関係せざるをえない。 戦争のイデオロギーは、身分や貧富の差を超えて、国民を均質化する(制度的には、兵役や勤労動員、理想的には「一君万民」の思想)。均質化の頂点は、「国民精神総動員」であった。他方民主主義の一面は、平等主義であり、平等主義は、意見の多様性を媒介としないかぎり、均質化と混同される。大衆消費社会と大衆メディアによって均質化がさらに促進されることは、いうまでもない。かくして軍国日本と戦後日本社会は、大衆の思想的均質化という点で出会うのであり、歴史的持続の強調の社会的基盤がそこに成り立つ。 しかし民主主義の他面は、意見の多様性であり、少数意見の尊重であって、「人権」の思想もそこから生じ、社会の発展の大きな可能性もそこから生じる。それこそは又今日の日本社会を過去の軍国から分かつ決定的な面でもある。もし未来に向かって日本の民主主義を救うことを望めば、――私はそれを望むが――、その面での過去との断絶を、どれほど強調しても強調しすぎることはないだろう。教育は日本中の子供に同じ歌を唱わせることではなく、それぞれの歌を唱わせることである。何も唱わない権利もまた子供に保証しなければならない。それは、「君が代」が、主権在民の憲法に適(ふさわ)しくないということ、歌曲として拙(せつ)であるということ(節と歌詞との関係)よりも、はるかに重要なことである。45年の鈴木大拙は、まさにそのことを警告していたのである。 ◆ ◆ 私はいかなる国旗も、国歌も、――それがよく出来ていて、外国人にも不快でないことを望みはするが、――権力が強制しないことを、何よりも望む。そしてたとえ法制化が行われても、強制をやめることは可能だろう、と思う。昔、上田秋成は、「やまとだましいと云(いう)ことをとかくにいふよ。どこの国でも其国のたましいが国の臭気也」と言った。そして大いに中国文芸に学びながら、翻訳を通して今日世界文学の一部となるような作品を書いた。秋成は中央官庁が「朝から晩まで、晩から朝まで」指図する教育から生まれたのではない。(評論家)1999年7月21日 朝日新聞夕刊 5ページ 「夕陽妄語-鈴木大拙と国会」から引用 この記事からは、実に多くのことを学ぶ。国民に対して「身を慎め」とか「権力を畏怖しろ」というようなことを官僚が押しつけるようでは、日本はまた再び滅ぶ」という鈴木大拙氏の指摘には耳を傾ける必要があります。君が代を法制化して全国の子どもに一斉に歌わせるなどは、教育の名に値しないという加藤周一氏の指摘も重要です。この記事が書かれてから20年経った今、事態は鈴木・加藤両氏が危惧した方向に進みつつあるのではないか。果たして、我々は20数年前の、今よりはマシだった時代にまで立ち戻ることができるであろうか。よく考えてみたいと思います。
2019年12月13日
日本文学の研究者で法政大学教授(当時。現在は法政大学総長)の田中優子氏は、99年7月の「しんぶん赤旗」日曜版に「君が代」について、次のように書いている; 政府が「君が代」の「君」を「天皇」とする見解を出すとは、思いもよりませんでした。このまま法制化されたら、生涯この歌を歌うまいと考えています。 国文学、江戸文化を専門にしている私からみれば、「君=天皇」という見解は、日本文化の歴史を無視した、愚かな行為だからです。 「我が君は千代に八千代に・・・」で始まる『古今和歌集』の「賀歌(がのうた)」は、古来からお祝いの席で歌われてきました。江戸時代には三味線で気軽に歌われていました。江戸時代の「君」とは、恋人であり、妻であり、親でした。「天皇」は存在すら意識されていませんでした。 「君」の解釈が「天皇」だけに限定されたのは、明治以降です。それまでの文化や歴史と無関係に解釈して、近代国家づくりに国民を統合していく過程でそうなっていったのです。その「明治政府の見解」を、いま持ち出して、法律で国歌として決めてしまうことは、日本文化の長い歴史を「明治以降」にわい小化することであり、あからさまな「文化の政治的わい曲」にほかなりません。 明治以降、「君が代」普及は学校教育を通じて徹底された歴史がありますが、法制化されれば、これからもっとそうなるでしょう。学校をいったい何だと思っているのでしょうか。学校は一人ひとりの子どものためよりも、国家のためにあるとでもいうのですか。 アジア諸国や沖縄の人たちに痛みとして残っている「日の丸」の法制化にも大変疑問をもっています。いま通信傍受法案や住民基本台帳法改正案などが大きな固まりになって憲法改定に向かって進んでいます。もしかしたら、とんでもない流れではないか、と思っています。1999年7月18日 「しんぶん赤旗」日曜版 7ページ 「大特集 日の丸・君が代 法制化に異議あり」から一部を引用 この記事は、なかなか考えさせられる文章です。「君が代」は明治の政府が、天皇が支配する国家として国民を統合するために作り出したもので、そういう体制は1945年8月に破綻したものです。その後に発足した「日本国」では、国民主権の新しい「日本国」に相応しい国旗と国歌を作るべきでした。そもそも学校で式典を行なって、そこに国旗を飾り国歌を歌わせること自体が、教育の場でそんなことをして良いのかという問題があります。我々は何も知らずに小学校、中学校と進んで、その度に入学式だ、卒業式だと、日の丸・君が代に接してきましたが、あれは明治の政府が始めた手法を戦後も性懲りもなく続けてきていただけのことで、やがて廃れていくはずの非民主的な式典でした。しかし、敗戦の責任追及もおろそかだったことから生き延びた右翼勢力が安倍政権をして教育基本法を改悪させ、児童生徒に愛国心を刷り込むような「改悪」をしたことに、我々は注意を払う必要があります。子育ての時代を海外赴任でフランスに滞在した経験がある私の知人の話では、フランスの小学校では入学式も卒業式もなく、単に「○月○日から授業を始めます」という通知が来て、その日からいきなり授業が始まり、ある日学校から帰った子どもが「ママ、授業は今週いっぱいで終わりで、来週から夏休みなんだって」と言って夏休みが始まるものだったと言ってました。一人ひとりの子どものため教育は、このように行なわれるべきもので、国家権力の威厳を刷り込もうとする日本の学校教育は、かなり遅れているのではないかと思います。
2019年12月12日

審議すべき議題を多く残したまま、野党の会期延長の声も無視して無理矢理会期を終了させようとする与党に対し、次のようなツイートが投稿された; 古い中国の諺に「李下に冠を正さず」というものがあり、公職に就く者は常に公正中立な立場を堅持し些細なことでも疑惑を持たれることは「恥」と心得て、疑惑を払拭することができない場合は責任を取って辞職するべきであるということで、これは中国に限らず、今では世界の「常識」になっているわけです。安倍政権以前は、日本でも常識だったと思います。ところが、そういう教養や学識とは無縁の安倍晋三氏の場合は、違法行為として警察から逮捕状でも出ない限りは責任など何処吹く風といった様子で、しっかり証拠を隠滅し、隠滅しきれない文書は改ざんし、挙げ句に検察も警察も人事権を掌握して逆らう者はすぐに左遷、という体制をつくりあげている始末です。ウチワ問題や香典問題では、部下の閣僚を辞任させておきながら、自分は知らん顔という態度は、いかがなものかと思います。
2019年12月11日
ドイツのメルケル首相がアウシュビッツを訪問したことについて、7日の東京新聞は次のように報道している;【ベルリン=共同】ドイツのメルケル首相は6日、第二次大戦中にナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の舞台となったポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所跡を初めて訪れた。加害国の首脳として犠牲者を追悼し「虐殺を行ったのはドイツ人だった。この責任に終わりはない」と演説、過去を謝罪した。 在任中にアウシュビッツを訪れたドイツ(西ドイツを含む)首相としてはシュミット氏らに続き3人目で、収容所跡の維持や管理を担うポーランドの財団の招きに応じた。アウシュビッツは来年1月、ソ連軍による解放から75年の節目を迎える。 メルケル氏はこの日、収容所跡のガス室や遺体焼却炉などを見て回った。現地での演説で、ドイツ人による犯罪が行われたことを「われわれは忘れてはならない」と繰り返し強調。過去を直視する必要性を語った。 アウシュビッツはナチスが占領下のポーランドに建設し、約110万人が殺害された。犠牲者の9割をユダヤ人が占め「アンネの日記」の作者アンネ・フランクも収容されていた。2019年12月7日 東京新聞:TOKYO Web 朝刊https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201912/CK2019120702000137.html「メルケル首相がアウシュビッツ初訪問」から引用 メルケル首相の演説は立派だと思います。政治家の演説はこのようであるべきです。それにひき換え、安倍首相の場合は、敗戦から70年目に出した談話で「将来の国民に謝罪の負担をさせないようにしたい」などと言って、まるで謝罪は自分の代で終わりだと言わんばかりの論調でした。しかし、その割には「慰安婦」問題も「徴用工」問題も一向に解決の兆しがありません。そうであるからには、日本も「かつて侵略戦争をしたことの責任に終わりはない」と認識し、ことある毎に謝罪の言葉を口にし、二度と繰り返さないための戒めとするのが人間として真っ当な道というものではないかと思います。
2019年12月10日
元NHKのアナウンサーで作家の下重暁子(しもじゅうあきこ)氏が、99年7月の「しんぶん赤旗」日曜版に「日の丸」について、次のようなエッセイを書いている; 私の経験のなかで、「日の丸」について抵抗をおぼえるのは、どんな時だろうと考えてみた。最近の出来事で感じるのは、地方に講演に出かけた折など、会場であるホールや体育館の壇上正面に「日の丸」がある。主催者があいさつのため登壇する時、その「日の丸」に向かって頭を下げる。来賓も同様。こんなケースが多い。その後に登壇する私は、「日の丸」に頭は下げない。なぜ旗に頭を下げなければならないのか。奇異に思えるからだ。 外国の例を見ても、国旗に敬礼をしたり、儀式としての習慣はあるが、日常の催しの中ではどうだろう。もちろん個人の自由で、「日の丸」にお辞儀をすることは、その人の思いがあるのだろうが、どんな思いなのか聞いてみたい。単なる習慣だとしたら、なぜそんな習慣がついたのか。 どうしてもそれは戦時中につなかっていく。だから、私は、「日の丸」にお辞儀はしない。シンプルでいいデザインだとは思うが、旗は旗であり、それ以上のものではない。 同じように「君が代」についても、メロディーそのものは、なじみがあり、よくないとは思わないが、歌詞に抵抗がある。「君が代」の解釈についてはすでにさまざまな議論が出ているので、ここでは、音楽的に見てどうかを考えてみたい。 この歌詞は曲にうまくついていない。「きみがあよおは」とやたらに延ばさなくてはならない。もっとも音楽的に問題があると思えるのは、「さざれ石の」の部分。「さざれ」でたいていは息継ぎをして「石の」となる。子どものころ、「いしの」は「意思の」だと思い込み、どうしても意味が通じなかった。歌詞の言葉がうまく曲についていない歌は一般的にいってもいい歌とはいいがたい。その意味で、みんながうたう歌としてふさわしいかどうか。まして子どもたちも歌うとなれば。 メロディーを生かすなら、歌詞は純粋に音楽的見地から見て歌いやすく変えた方が良く、このまま法制化など考えられない。(作家)1999年7月18日 「しんぶん赤旗」日曜版 3ページ 「下重暁子のやわらか直言-『日の丸』に頭を下げるのは?」から引用 この記事は文面から察して「国旗・国歌法」が制定される以前に書かれたもののように思います。最近、学校などの式典で壇上に日の丸を飾って、演壇に進む前に演者が日の丸に一礼するようになったのは法律が制定されてからのことと思ってましたが、制定以前からそういう「不思議な動作」をする者がいたとは思いもよりませんでした。国旗や国歌に対し、自分の気持ちをどのように表現するかは、この記事が指摘するように「個人の自由」であり、国旗・国歌法を制定する当時の内閣法制局は、今と違ってまともに機能していたので、この法律には「国旗・国歌に敬意を表することは国民の義務である」などということは一言も書いていません。したがって、日の丸を飾ったステージに登壇する際に、日の丸に一礼するもしないも、個人の勝手です。まあ、そうは言っても、同調圧力の強い日本人社会では、特に学校の先生などは教育委員会や校長などが目を光らせているので、登壇に当たって日の丸を無視する先生は見たことがありません。ただし、生徒の場合は「君が代」はまじめに歌っているようですが、「日の丸」に一礼などということはしてません。これが生徒に強制されるときは、大日本帝国が復活するときであると考えて間違いないと思います。(※筆者注:「国旗・国歌法」と書きましたが、正式な名称は「国旗及び国歌に関する法律」です。)
2019年12月09日
来年のオリンピックに向けて、東京都が中高生のボランティアを募集していることについて、元文部官僚の前川喜平氏は、11月17日の東京新聞コラムに次のように書いている; 東京オリンピック・パラリンピックに向け、東京都が中高生のボランティア体験希望者を募集中だ。目標は6000人。任意参加と説明しているが、実際は学校ごとに人数が割り振られ、学校によっては半強制的に参加を求められているという。ボランティアは自発的な活動だ。強制されたらボランティアではない。 話は森喜朗内閣まで遡る。2000年12月、教育改革国民会議が「奉仕活動を全員が行うようにする」「小・中学校では2週間、高校では1ヵ月間、共同生活などによる奉仕活動を行う」と提言。文部省(当時)は奉仕活動を義務づける学校教育法改正を検討したが、内閣法制局から憲法18条の「苦役からの自由」に反する疑いを指摘され、01年7月の学校教育法改正では、「ボランティア活動など社会奉仕体験活動」の「充実に努める」と規定された。「ボランティア」は「奉仕活動」の例示とされた。 さらに第一次安倍内閣の07年1月、教育再生会議は「すべての子供に規範を教え、社会人としての基本を徹底する」ため、「高校で奉仕活動を必修化する」と改めて提言。それを実行に移したのが東京都だ。07年度から都立高で「奉仕」という科目を必修化した。 どんなに立派な活動でも、強制されれば「苦役」だ。ボランティアの名の下に中高生に苦役を強いてはならない。(現代教育行政研究会代表)2019年11月17日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-ボランティアと苦役」から引用 教育改革国民会議ともなると教育の専門家が集まって協議するものと思われますが、そういう所に招聘されるほどの専門家が憲法の常識をわきまえないとは、呆れた話です。それでも内閣法制局が「正常に機能している」ときには、適切なアドバイスが出されて、わが国の民主主義もなんとか道を逸脱せずにやって来れたのでしたが、安倍政権になってからは首相が内閣法制局の人事に恣意的に介入したために、首相のイエスマンだけが内閣法制局長官に任命され、憲法違反の秘密保護法や、共謀罪法、戦争法制などが次々と成立し、日本の民主主義は大きく歪んでいます。その結果、本来は社会的な貢献を評価されて招待されるはずの「桜を見る会」に、自分の個人的な後援会のメンバーを団体で招待し、何回も行政処分を受けた企業の経営者も安倍氏と知り合いだからというだけで招待され、挙げ句の果ては「反社会的勢力と言われる皆さま」まで参加していたという、笑うに笑えぬ事態になっています。ここまで歪んでしまった社会を、元に戻すには、またかなりの年数が掛かりそうです。
2019年12月08日
国家予算を私物化した「桜を見る会」の疑惑について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は11月20日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 本日、在任期間史上最長の日を迎えるという安倍晋三政権。だが、首相の足元はいよいよぐらつきはじめている。「桜を見る会」に関する疑惑は膨らむ一方だ。 今のところこの件は招待客に後援会員が多いことや、五千円という前夜祭の会費をめぐって推移しており、公職選挙法違反や政治資金規正法違反が疑われている段階だ。しかし、それだけじゃなかったとしたら? 大手メディアが報じていない疑惑として、主にウェブ上で議論されている案件はまだまだある。 たとえば、前夜祭の会場になったホテルニューオータニとの関係。首相は「五千円はホテルが決めた金額」「明細書はない」と述べて「んなわけないだろう」と思わせたが、この事件が発覚した直後の11日、首相はニューオータニの取締役で元経団連会長の今井敬氏らと会食している(首相動静による)。不正な癒着の可能性はない? ちなみに今井氏は首相補佐官の叔父とのことだ。 また、桜を見る会の飲食関係を一手に請け負っているのは、首相とかねて懇意の人物が取締役を務めている会社だという話もあり、こうなるとコトはますます知己優遇が疑われた「モリカケ」問題めいてくる。国有地の払い下げや獣医学部の新設に比べると桜を見る会はショボイ、なんてとんでもない。巷ではサクラゲートという言葉も出てきた。(文芸評論家)2019年11月20日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-サクラゲート」から引用 「桜を見る会」に関わる疑惑については、この記事が言及している問題以外にも、反社会的勢力と言われる者が菅官房長官と親しげに写真を撮ったりした問題もあり、その件で記者から質問された菅氏は「反社の皆さま」などと下にも置かない丁寧語を使って説明したのであったが、それも追及されると「別に招待したわけではない。向こうが勝手に来ただけだろう」というような言い訳をしているが、勝手に入れるほどにセキュリティは「無防備」だったのかという疑問も出てくるわけで、これはやはり「火焔瓶」のことなどからも類推して、安倍政権は反社会的勢力にもそれなりに小さくはない「パイプ」を持っているという可能性があります。これがまた、例えば一民間企業の経営者くらいなら、そういう個人的な事情があってもおかしくはないと言えるかも知れませんが、総理大臣という公職のトップにいる人物がそういうことでは、「美しい国」の総理大臣として、かなりマズイのではないかと思います。
2019年12月07日
首相が主催する「桜を見る会」は社会に貢献した人を招待する催しであるのに、何故か安倍首相の後援会の人々が多数招待されており、前日の夕刻にホテル・ニューオータニで「前夜祭」を行なったというから、呆れた話です。しかも、その「前夜祭」では安倍事務所の職員が一人5000円の「会費」を集めておきながら、安倍事務所としては領収書を発行せず、ホテル・ニューオータニの領収書を安倍事務所の職員が、後援会会員に渡したというのですから、どこまで国民を馬鹿にした「説明」かと言う話ですが、その辺の詳細を、11月20日の東京新聞は、次のように報道している; 安倍晋三首相後援会が、東京都内のホテルで開いた桜を見る会の「前夜祭」名目の夕食会をめぐり、首相は「会費は5000円。安倍事務所は補填などしていない」と説明した。同ホテルの宴会の基本料金は1万1千円からで、首相の説明通りなら差額の6000円分をホテルが首相側に割引サービスしたことになる。それは政治資金規正法で禁じる寄付に当たらないのか。(佐藤直子) まず、安倍首相の説明を振り返りたい。東京・紀尾井町のホテルニューオータニで800人が集ったとされる夕食会について、首相は「安倍事務所の職員が一人5000円を集金し、ホテル側か発行した領収書を手渡した。集金した現金はその場でホテル側に渡す形で参加者からホテル側への支払いがなされた」とした。 常識的にニューオータニでの大宴会が一人5000円で済むはずがない。実際、同ホテルの広報担当者は本紙の取材に「一般に用意している立食パーティーの料金は一人当たり最低1万1千円。5000円のプランはなく、こちらから勧めることもない」と説明している。野党側は、本当は事務所が差額を補填したのではないか、有権者への寄付を禁じた公職選挙法に違反するのでは、と追及しているが、首相は否定した。 となると、ホテルが安倍首相側に6000円という半額以上の特別割引をしたことになる。菅義偉官房長官は15日の会見で「ホテルと話せば、柔軟に対応してもらえる」「(私も)いろんなところで過去に経験がある」と強調した。あたかもホテル側のサービスだから問題ないと言わんばかりだが、そうなのか。 政治資金問題に詳しい神戸学院大学の上脇博之教授(憲法学)は、「政治資金規正法に反する」と明確に指摘する。 同法でいう収入または支出とは、金銭、物品に限らず、「財産上の利益」の収受または供与とされる。割引は「財産上の利益」で、割引分は寄付に当たる。一方、同法21条は、会社や組合その他の団体等が、政党や政治資金団体以外に寄付することを禁じる。だから、ホテルという民間企業が、安倍首相の個人事務所や後援会という政治団体に寄付すれば、「もちろん違法だ」。 仮に一人6000円の値引きなら、夕食会だけで総額480万円の割引になる。上脇氏は「百万円の支払いを99万円に下げるといった、社会通念上認められる程度の値引きではない。夕食会は数年続いており、かなり額の大きい違法献金となる」と断じる。 一方、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は「政治資金規正法違反はもちろんだが」としつつ、「割引を受けたのが、仮に政治団体でも首相の職務権限は強く幅広いので、首相に利益がもたらされるなら贈収賄が成立するだろう。首相の個人事務所であれば当然だ」と言う。 「ホテル側も首相を相手に『損して得する』と、宴会代を値引きしたのかもしれない。ホテルが政治家以外にも財界関係者のパーティーなどで値引きをする話はよく聞く。だが、民間企業を相手にするのと公職者の政治家を相手にするのでは次元が違う」 夕食会をめぐっては、首相後援会が差額を補填したのは違法だとして18日、市民団体が東京地検に安倍首相を刑事告発すると記者会見をした。若狭氏は「後援会による補填でも、ホテル側による割引でも、違法の疑いがある。宴会費だけでなく会場代などでも新たな利益供与が分かってくれば金額は増える。数年分をまとめれば立件できるかもしれない」と指摘した。2019年11月20日 東京新聞朝刊 11版 24ページ 「『前夜祭』会費高級ホテルで5000円?」から引用 「前夜祭」の会費が「問題」になったときは、安倍氏としては咄嗟に「政治資金規正法」のことで「ヤバイ」と危機を感じて、収支報告に記載しなかった「理由」をどう説明するかという観点から「その場で5000円集めて、その場でホテルに渡したから、カネの出入りはない(すなわち、プラスマイナス・ゼロだ)から収支報告に記載しなかった」という説明で切り抜けようと考えたものと推測できます。しかし、プラマイ・ゼロなら記載しなくてもいいなどという規則はないのであって、差額があろとなかろうと全部記載するのが正確な報告というものです。ニューオータニの宴会は5000円で済むわけがないから、不足分は安倍事務所が補填したか、内閣機密費を流用したか、という可能性があり得ますが、この記事では「首相は否定した」となっている。しかし、その「否定」を裏付ける「証拠」はないのだから、「首相はシロ」ということは立証できていません。これで一件落着とは、どう見ても言えませんから、ここはやはり、警察権力を総動員して安倍事務所の帳簿とホテル・ニューオータニの帳簿も差し押さえて徹底調査する必要があると思います。
2019年12月06日

誰も愚かなことをしたいと思っているわけではないのに、後世から見れば「愚か」と評される行動をしてしまう。人間の思考の限界や不完全さについて、昨日の欄に引用した「週刊金曜日」の記事の続きは、次のように述べている;(昨日の続き)◆1937年の日本人が我々に伝えていること――山崎さんは歴史研究家として多くの本を出されていますが、『1937年の日本人』を書かれた動機を教えてください。 自分は戦争など望まない、だから戦争が目前に姿を現せば、全力でそれに反対する、という人は多いと思いますが、日本が先の戦争を始めた1937年の状況を見ると、問題はそれほど単純ではないことがわかります。 当時の日本人の多くは、軍人を含め、最終的に1945年のような結果を引き起こす戦争を自分たちが「主体的に始めた」こと、一線を越えてしまったことに気づかなかった。 最初は「日本に対して不当なことをする中国に非を認めさせ、反省させるため」に、限定的な武力行使をしているつもりで、気がついたときには国全体が「後戻りできない戦争状態」にどっぷり浸かっていた。当時の状況を調べるほど、戦争という怪物を甘く見てはいけない、そして自分たちの感覚を過信してはいけないという教訓を、1937年の日本人は我々に伝えているように強く感じました。――1937年と現在には共通点があるのですね。 菅義偉(すがよしひで)官房長官は、9月5日の記者会見で関係悪化の原因は「ひとえに韓国側にある」、つまり日本側にはまったく非がないと述べましたが、盧溝橋事件から2日後の1937年7月9日に日本政府が臨時閣議を経て発表した「処理方針」にも、次のような文言がありました。 「今次事件の原因は、全く支那(中国)側の不法行為に基づくこと」「支那側の反省による事態の円満収拾を希望すること」。そこには、中国側がなぜ日本軍の行動に対抗するのか、日本側が「正当な権利」と主張する中国領内への駐兵を屈辱だと感じる中国人がなぜ多いのか、といった「相手側の視点」はまったくありません。◆日本優越論の心地よさが判断を誤らせる また、政府に追従して国民の敵愾心(てきがいしん)を煽(あお)るメディアの姿勢も、当時と現在で重なる部分がいくつもあります。 『朝日新聞』のコラム「天声人語」も、37年8月以降は中国人をあからさまに見下す傲慢な言葉を何度も書いていました。当時の日本人は、自分たちが他のアジア人よりも優れた民族だと見なす精神文化(国体思想)に浸っていたこともあり、相手国を対等と見なして交渉や相互譲歩で問題解決を図るのではなく、日本に歯向かう相手国を「力」でねじ伏せるという政府の方針に喝采を送りました。――同書270ページに、当時の大阪朝日新聞社が発行した冊子『支那語早わかり』の一部が紹介されていますが、こんなものを新聞社が作成したことに唖然としました。(※引用者注:下の図) 朝日新聞社は、中国に派遣された軍人や民間人のニーズに応える、いわば実用書としてこの冊子を制作したわけですが、語句の選び方を見れば、当時の日本人が当たり前のように中国人を蔑視していたことがわかります。 最近はテレビでも、日本人や日本の技術・文化が世界で絶賛されているという「自国自賛」の番組が定番となっていますが、こうした日本優越論は、日本以外の国民を見下す差別思想と表裏一体だという事実にも目を向ける必要があります。 国民が無自覚に、自尊心をくすぐられる心地よさに酔って、夜郎自大な日本優越論に耽溺(たんでき)すれば、当時と同じ陥穿(かんせい)に落ちる可能性も高まります。◆悲惨だと嘆くだけでは解決しない――今年出された『沈黙の子どもたち 軍はなぜ市民を大量殺害したか』は、旧日本軍による上海・南京、シンガポール、沖縄をはじめ、アウシュヴィツツ、ゲルニカ、リディツェ(チェコ)、広島・長崎といった第2次世界大戦期の市民虐殺の「発生原因」に焦点を当てておられますね。 これらの地名は日本でもよく知られており、そこで惨劇があったことも多くの本やテレビ、映画で取り上げられてきましたが、それが発生するに至った詳しい経緯や、市民の大量殺害という非人道的な行動を軍人が行なった動機については、実はそれほど情報が共有されていないのではないか、と思い、その空白を埋める本を書こうと思いました。 こうした出来事の再発を防ぐことは容易ではないとは思いますが、ただ「悲惨だ」と嘆くだけでは問題の解決にならないはずで、命令への忠実さゆえに軍人が大勢の市民を殺してしまうという構造的な問題に光を当てなければ、再発防止の道も見えないでしょう。 ただ、各章で取り上げた市民の大量殺害の現場はすべて訪れていたので、子どもが死ぬ光景を想像しながら文献を読んでいると、自分もその現場に立ち会っているような生々しい感覚に何度も襲われて、執筆作業をたびたび中断せざるを得なくなりました。チェコのリディツェで見た、戦争で犠牲となった子どもたちをモチーフにした等身大の像の、涙を流しながら無言で何かを訴えているような表情が頭から離れず、心が落ち着いたらまた執筆に取りかかるという作業を繰り返しました。――どちらの御著書も「過去の人々が発している声を聴く」ことが執筆の大きな動機になっておられるのですね。さらに、山崎さんの文章の背後には「私たち人間の弱さ、愚かさ」への強い自覚を感じます。 戦争や紛争について調べ、学ぶという作業の中で常に思い知らされるのは、人間の思考の限界や不完全さという事実です。誰も愚かなことをしたいと思っているわけではないのに、後世から見れば「愚か」と評される行動をしてしまう。 特に戦争という極限状態の中では、人は簡単に特定の思考パターンの虜(とりこ)になり、客観性を失って主観的な大義名分や目的意識に突き動かされて、平時ではできないことをしてしまう。そうした人間の限界や不完全さを、高みから断罪するのではなく、誰もが心の中に持つ危険な「プログラムのバグ」として自覚をうながすような仕事をしようと心掛けています。◆報道とプロパガンダの境界線を引き直すべき――マスメディアの側に、「人間の不完全さ」への自覚があればよいのですが……。 旧ソ連や現在の中国、北朝鮮(朝鮮民主王義人民共和国)など、言論の自由が保障されておらず、メディアが政府に従属する国では、すべてのニュースは「時の権力者にとって利益となる広報と宣伝」です。 それに対し、独自の観点から問題を分析して、時には政府や権力者の言動と政策を批判することは、新聞やテレビが政府や権力者の支配下にはない、言論の自由が保障された民主主義国における「報道機関」の重要な役割です。 かつては日本のメディアも、多少の問題はあれど、そうした民主主義国の一員として権力の監視と批判を行なってきました。権力を私物化したり、判断を大きく誤るようなことがあれば、野党とは別の観点から権力者を厳しく批判し、首相や大臣を辞任させたり内閣総辞職に追い込んだりしていました。ところが、今の日本はそうなっていません。 その理由はなぜかと考えると、まず、大手メディアが野党と共に権力の監視と批判を行なってブレーキの役割を担うことを止め、傍観者の態度をとり始めたことが挙げられます。 以前の日本で、与党がやりたい放題できなかったのは、野党に加え、大手メディアも独自の観点から与党を監視・批判していたからですが、大手メディアが傍観者になれば、数で劣る野党だけで与党の暴走を止めることは不可能になります。 そして、大手メディア各社の社内で政治報道を担当する「政治部」が、実質的に与党と癒着して、与党の望む政治宣伝を「ニュース」という体裁で国民向けに流すようになりました。 新聞とテレビを信用する国民は、この大手メディアの変質に気づかず、日々流されるニュースの内容を「中立的な報道」と信じて、与党の思惑に沿う形で現実の状況を認識するよう誘導されています。これは明らかに、大手メディアの国民への「裏切り」ではないでしょうか。<まとめ/植松青児(編集部)>2019年11月15日 「週刊金曜日」 1257号 42ページ 「『反・大日本帝国』が『反日』なのか」から後半を引用 自分たちが他のアジア人よりも優れた民族だと見なす精神文化(国体思想)から抜け出せずにいる日本人は、かなり多いのではないかと思います。「日本すごい」を演出するテレビのワイドショーが終わることなく繰り返されているのがその証拠です。しかし、国体思想に基づいた大日本帝国は70余年に無条件降伏して、私たちは新しく「日本国」を立ち上げ、民主主義陣営の一員として生きていくことを宣言して国際社会に復帰したのですから、今さら、70年も経ったのだから大日本帝国と日本国の間をとるのが「中立」だなどという愚かな思考に騙されてはいけないと思います。「日本国」の一員として、大日本帝国の犯した過ちを忘れることなく、被害者救済を実施する責任があると思います。
2019年12月05日

「慰安婦は売春婦だ」とか「南京大虐殺はなかった」というような言説を批判すると「反日だ」と攻撃してくるのは、どういう種類の日本人が何を目的にやっていることなのか、歴史家の山崎雅弘氏が11月15日の「週刊金曜日」で、次のように論証している;「慰安婦」問題や南京虐殺事件など戦時加害について被害者側に立つ発言をすると「反日」と言われるようになって久しい。だが、そこで言う「反日」の「日」とは過去の「大日本帝国」のことではないかと歴史研究家の山崎雅弘さんは指摘する。――まず、現在のマスメディアの問題についてお聞きします。 今の日本は、民主化された「日本国」であり、戦前戦中の「大日本帝国」とは違う国に生まれ変わったはずですが、この二つを混同するような言説を政治家やその支持勢力が声高に叫び、大日本帝国時代の名誉を守ることが「日本の名誉を守ること」になるかのような錯覚を社会に広めようとしています。 しかし、メディアは無批判に彼らの言い分を垂れ流すだけで、そこに隠されたトリック(下の図参照)や、彼らの目指す政治目標には全然目を向けようとしていません。 例えば、「慰安婦」問題の非人道性を認めることは「大日本帝国の名誉に傷をつける」ことになりますが、基本的人権の尊重を掲げる戦後の「日本国」においては、当時の人権侵害を認めて反省することは、むしろ日本という国の「名誉を高める」ことになります。 けれども、先に挙げたようなトリックを使い、大日本帝国の名誉を守る行為が「日本の名誉を守ること」だと錯覚すると、その事実が見えなくなり、自分も日本人だから非人道性を認めるべきではないと勘違いする日本人が増えるようになります。それは、社会の価値観を戦前戦中の大日本帝国時代と同じ方向に戻したい人にとって望ましい展開でしょう。◆あいちトリエンナーレで「攻撃」されたのは誰か もう一つ例を挙げると、河村たかし・名古屋市長は「慰安婦」問題を象徴する少女像の展示について「日本国民の心を踏みにじるものだ」と声高に非難しましたが、そこで言う「日本国民」とは誰なのかを問う必要があります。 人権を重視する戦後の日本人は、あの像を見ても「心を踏みにじられた」とは感じないでしょう。そう感じるのは、自分のアイデンティティを今も「大日本帝国」の一員だと考える一部の日本人だけです。 同様に、『産経新聞』が10月9日に掲載した「企画展再開 ヘイト批判に答えがない」という記事は、新聞の社説とは思えないほど支離滅裂な文章でした。 例えば「昭和天皇の肖像を燃やす動画の展示などは、日本へのヘイト(憎悪)そのものである」「天皇の肖像を燃やし展示することは、公共性を破壊する反社会的行為である」とありますが、それがなぜ「日本へのヘイト」や「公共性を破壊する反社会的行為」になるのかという論理的説明が欠落しています。 河村たかし市長と同じく、攻撃的な言葉で罵倒し、あたかも「天皇への悪意」が込められた作品であるかのように歪曲しています。 しかし実際には、この作品はかつて別の場所で展示された、昭和天皇の肖像を含む同じ作者の作品が、右翼団体からの抗議で燃やされたという「事実」を再現したものにすぎません。つまり天皇の肖像を「燃やせ」と要求したのは、抗議した右翼団体でした。 また、別の箇所では「少女像は韓国が史実を誇張、握造して日本非難の宣伝に使ってきた。やはり日本への悪意がある」と書いていますが、少女像の制作意図は普遍的な「戦時性暴力の否定」であり、現代の日本に対する攻撃ではありません。『産経新聞』も河村市長と同様、大日本帝国の名誉を守るために、あたかも「韓国から日本が不当に攻撃されている」かのような被害者意識を日本人に感じさせようとしています。◆人権尊重を「反日」にすり替えるトリック 韓国の人々による「慰安婦」問題や「徴用工」問題に関する日本への批判は、大日本帝国とその責任を継承する日本政府に向けられたもので、一般の日本人に対する攻撃ではありません。 しかし、安倍政権とその支持勢力、河村市長、『産経新聞』など、今でも自らを「大日本帝国」の一員だと考えているような一部の日本人は、これを「韓国による日本への攻撃」にすり替えて、一般の日本人を「大日本帝国を擁護する側」に引き込もうとしています。そうすれば、大日本帝国の非を認めずに済むからです。 本来なら、「慰安婦」問題も「徴用工」問題も、それぞれ大日本帝国時代に日本政府の責任として生じた人権侵害の事案です。人権を重視する戦後の日本人が非を認めて反省することで、日韓関係を良好な状態に保ったまま、日本国の名誉も高めることができます。 しかし、大日本帝国を擁護したい人間から見れば、こうした態度をとる人間は「自国への裏切り者」と映ります。それゆえ韓国側の言い分に耳を傾ける日本人を、彼らは「反日」と決めつけて罵倒します。実際には「人権を重視する観点から大日本帝国の行ないを反省しているだけ」なのに、あたかも「日本を攻撃する敵に味方する」かのように構図をすり替えて、日本側の非を一切認めない態度をとり続けています。(つづく)<やまざき まさひろ>戦史・紛争史研究家。著書に『日本会議戦前回帰への情念』(集英社新書)、『1937年の日本人』(朝日新聞出版)、「歴史戦と思想戦」(集英社新書)。『沈黙の子どもたち 軍はなぜ市民・を大量殺害したか』(晶文社)など多数。2019年11月15日 「週刊金曜日」 1257号 42ページ 「『反・大日本帝国』が『反日』なのか」から前半を引用 この記事の論旨は明快です。かつて我々の祖先は「大日本帝国」と称して天皇主権の国家体制で、朝鮮半島から中国大陸、東南アジアへと武力侵略を行ない、それを止めに入ったアメリカにも宣戦布告した挙げ句に無条件降伏したというのは、紛れもない「史実」であって、そのような「過去」を反省して今日の「日本国」が存在するわけです。したがって、慰安婦問題も南京大虐殺も「人権侵害の問題だった」という視点は、被害国である韓国や中国の人々と共通です。しかし、我々の日本の中にはかつての「侵略戦争の反省」を拒否する勢力が存在し、人権尊重の立場からの発言を「反日だ」と言って攻撃してくる。このような現状を認識した上で、大日本帝国を擁護する勢力にどのように対応するべきか、考える必要があると思います。
2019年12月04日
全国の自治体首長とその経験者が「九条の会」を結成したことを、11月18日の「しんぶん赤旗」は次のように報道している; 自治体の首長とその経験者による「全国首長九条の会」の結成のつどいが17日、都内で行われました。17日現在で現職13人を含む131人が賛同・呼びかけ人に参加。全国の首長が所属や立場、信条の違いを超えて「9条守れ」の一点で力を合わせる画期的な動きです。安倍晋三首相と日本会議が改憲に執念を燃やすなか、全国首長9条の会は草の根の運動と連携し、「憲法9条擁護」の運動、世論づくりをすすめるとしています。結成総会では共同代表などの役員を選出し、規約と活動方針、アピールを採択しました。 東北6県市町村長九条の会連合・共同代表の川井貞一氏(元宮城県白石市長)があいさつし、全国首長九条の会の発足経緯などを紹介。「市民の安全・安心を守るのが市長の使命というのが私の政治哲学。しかし、憲法改悪の動きが出てきた。戦争になれば、市民の安全・安心など吹っ飛んでしまう」とし、「草の根運動を展開しながら、改憲を絶対に阻止し、9条を守り抜かねばならない。今日がその出発点だ」と力強く訴えました。 「九条の会」世話人の浅倉むつ子氏(早稲田大学名誉教授)が「首長九条の会」結成への「期待」を述べ、「憲法9条は私たちにとってまさに”灯台の灯”。いま、戦争という危機を迎えようとしている世界中の人々にとって憲法9条こそ、未来を照らす”灯台の灯”だと信じている」とあいさつ。6人の首長・元首長が「私と憲法」をテーマに発言し、9条への熱い思いと、改憲発議阻止への決意を語り、会場と熱気を交換しました。 つどいには、玉城デニー沖縄県知事、武村正義元滋賀県知事、嘉田由紀子参院議員・元滋賀県知事らがメツセージを寄せ、250人が参加。結成総会で採択されたアピールで「9条改憲が草の根での攻防に入ったいま、私たち首長九条の会は、全国7000を超える地域、分野の九条の会と歩みを共にし、憲法9条の理念を高く掲げ、これを堅持し実践することをめざして、地域住民の知恵と力に依拠して運動を進めたい」と呼びかけました。2019年11月18日 「しんぶん赤旗」 1ページ 「9条守れ 首長ズラリ」から引用 市民の安全を守るのが市長の使命だという考えは立派です。私たちの憲法は国民が健康で文化的な生活をすることを保障しているのですから、本来は国にも「国民の安全を守る」義務があります。そのために憲法九条は「国の交戦権を認めない」と明記しています。安倍首相は、国民が心配しないように「現在の条文をそのまま残して、九条に新たに第三項を追加して”自衛隊”を明記する」と発言したことがありましたが、これは国民を欺くものです。現在の「国の交戦権を認めない」との条文をそのまま残しても、その後に「自衛隊」を明記すれば、後から付け加えた条文は先にあった条文を否定する効力がありますから、もし「自衛隊」を明記すれば、九条のもつ意味はこれまでと180度異なる意味をもつこととなり、国民の生活は戦争の危機にさらされることになります。「全国首長九条の会」の活動が護憲運動を大きく広げることを期待したいと思います。
2019年12月03日
野党議員が「桜を見る会」に関わる疑惑を追及する動画を見て述べられた感想について、11月29日のYahooニュースは次のように伝えている; 29日放送のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜・前8時)で首相主催の「桜を見る会」で噴出する問題を特集した。 番組では、野党の追及本部の会合でマルチ商法を展開していた「ジャパンライフ」の元会長が招待されていたとされる問題で、招待状の受付票に記載されている「60」の番号が、安倍首相の招待枠ではないかとして、確認するよう求めたことを伝えた。 この質問に内閣府の大臣官房酒田元洋総務課長が「60番が何かということにつきましてはなかなか現状判断する材料がない」などと答弁している姿を放送した。 こうした官僚の姿に司会の羽鳥慎一アナウンサーは「説明している人がかわいそうじゃないですか」と漏らすと、コメンテーターでタレントの長嶋一茂も「本当そうだね」と応じ、羽鳥アナは「あの人もなんでオレこんな説明しているんだろうって思いながら説明してるんじゃないですかね」とし「いいようがないですよね。この方一番つらいんじゃないですかね」と指摘した。これに一茂も「こんな対応するために官僚になったわけじゃないと思うよね」と応じた。 この2人の意見にコメンテーターで同局の玉川徹氏は「ご奉公し尽くせば、その後がいい道があると思ってやってんじゃないの。全然かわいそうだとは思わないですよ」と反論した。羽鳥アナは「本当ですか?オレはかわいそうだと思うな」と返したが玉川氏は「誰のための官僚なんだ。公僕ってなんだって。政権に対してあることをないように言う事が彼らの仕事じゃないんですよ。いったい誰の公僕なんだって。もう1回そこを考え直して欲しい、官僚にも」とコメントしていた。2019年11月29日 Yahooニュース『玉川徹氏と羽鳥アナが真っ向対立!!「桜を見る会」で答弁する官僚の姿をめぐり「説明している人がかわいそう」の羽鳥アナに対し「全然そう思わない。誰のための官僚なんだ」から引用』https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191129-11290037-sph-soci 羽鳥慎一や長嶋一茂のような人物は日本人の大部分を占めるタイプのように思います。彼らは政治に無関心で、政治とは如何なるものか、まったく理解ができていません。森友学園問題や加計学園問題を思い起こせば、野党の質問に対して完ぺきにウソをつき通せば、やがて栄転し出世するコースが用意されており、それが目当てで官僚は良心の呵責に耐えて、野党議員の質問に「知らぬ、存ぜぬ」「書類は存在しない」を繰り返しているのです。本来であれば、長嶋一茂氏が言うように「こんな対応するために官僚になったわけじゃない」というのが正論ですが、だからと言って「去年も一昨年も60番は首相の招待枠であったし、今年もそうでした」と、国民に奉仕する立場の公務員なら証言するべきですが、それをやってしまうと人事権を握っている首相官邸から命令が出て冷や飯を食わされることになり、東大を出て難関の公務員試験を突破した「努力」が水の泡になるのですから、職業モラルをかなぐり捨てて「疑惑の首相擁護」に躍起になっているわけです。 もし、安倍首相が潔白であるなら、予算委員会を開いて集中審議に応じ、野党がギャフンを言うような証拠でも見せて、堂々と説明すれば、官僚にも妙な芝居をさせないで済むわけですが、手元にある証拠はどれもこれも「首相、有罪」を立証するものばかりであるために、安倍氏としては「逃げの一手」あるのみ、です。これでも安倍政権を支持するという人々の気が知れません。
2019年12月02日
天皇が代替わりしたために執り行われた一連の儀式について、ジャーナリストの隅井孝雄氏は、18日の「しんぶん赤旗」に次のように書いている; 天皇即位の一連の儀式の締めくくりとなる「祝賀御列の儀」(パレード)が11月10日行われ、NHK、民放テレビ全局が生中継放送した。 皇太子の結婚、天皇即位など皇室慶事パレードは今回で4回目。原点は60年前、皇太子(現上皇)と美智子さんの結婚パレード(1959年)だった。発足からわずか6年のテレビは中継放送によって受信世帯が倍増、メディアの地位を確立した。その後、天皇(現上皇)の即位パレード(1990年)、皇太子(現天皇)と雅子さんの結婚パレード(1993年)と続く。 今回のパレードは約4・6キロを11万9000人が埋める中、46台、400メートルに及ぶ車列が進行した。天皇夫妻のさわやかな笑顔と沿道で夫妻を見守る人々、和やかな雰囲気がかもし出された。折にふれ、天皇が「おことば」で台風19号被災者を気遣われたことも、国民の琴線に触れたのではないか。 退位、即位儀式報道に最も熱心だったのはNHKだ。「即位礼正殿の儀」中継(10/22)は午前7時から午後8時までのほとんどを埋めた。パレード中継も開始(15時)の2時間前から放送を始めた。NHKの天皇関連報道特集は18年12月以降16本にのぼる。パレード中継の瞬間最大視聴率(NHK)は午後3時半過ぎ、32・1%を記録した(関東地区)。9日の「国民祭典」は経団連や日本会議が設立した奉祝委員会が実施したものだが、あたかも国の儀式のように中継したのも問題だ。 一連の神道儀式や三種の神器の奉戴などの中継放送が、国家神道をよみがえらせて、国民を非科学的な神話の世界に連れ込むことに、私は警戒感を抱く。 国事行為である一連の式典は安倍首相が権限を持つ。華やかな儀式の連続は、折からの閣僚らのうち続く不祥事を覆い隠す作用を生んだ。 パレードのコースが、自民党本部前を通過するように変更され、3人の官房副長官が車列に加わったが、問題視されなかった。即位式や「国民祭典」で、安倍首相や伊吹元衆院議長の発声で「天皇陛下万歳」を三唱したことも、その是非が問われるべきだ。第2次大戦中、多くの日本兵がこの言葉を叫びつつ戦場で命を失ったことが想起される。(すみい・たかおジャーナリスト)2019年11月18日 「しんぶん赤旗」 9ページ 「波動-『万歳三唱』に違和感」から引用 「万歳三唱に違和感」というタイトルだったので、私はてっきり「万歳などという風習は明治の日本政府が考え出した大衆動員の仕草に過ぎず、日本の伝統などというものではない」というよう内容で安倍政権をこきおろす記事かと思ったのですが、いたってまともに一連の儀式の問題点を論じており、いささか拍子抜けといった感じです。いずれにしても、平成の始まりのときと同様に、今回の一連の儀式も戦前の様式を模倣したもので、現行憲法の主旨にそぐわない大きな問題を抱えたままになっており、これは放置してはならないと思います。令和の年代のうちに有識者会議を立ち上げて、現在の憲法に相応しく、宗教的儀式はすべて皇室の私的行事として予算内で質素に執り行うように、皇室典範の改正に着手するべきです。
2019年12月01日
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