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元高校教諭の植山渚氏が執筆した「街かど歴史カフェ 日本と朝鮮の近現代史」について、17日の「しんぶん赤旗」が、次のような紹介記事を掲載している; 明治維新から敗戦まで、日本と朝鮮の間に何があったのか。ヘイトスピーチに衝撃を受けた元高校社会科教諭の著者が、軽妙な筆致で歴史の細部を解き明かします。 テーマは韓国併合、三・一独立運動、関東大震災での朝鮮人虐殺、徴用工、日本軍「慰安婦」など70超。渡辺治一橋大学名誉教授が、「国民的に議論するべき問題を提起している」と序文で推薦。<小倉タイムス出版部・2500円十送料、名前・住所・電話・冊数を明記しファクスで申し込み:093・953・6062>2019年11月17日 「しんぶん赤旗」 8ページ 「読書-街かど歴史カフェ 日本と朝鮮の近現代史」から引用 高校の先生が書いた本なら、素人にも読みやすいのではないかと思います。長年、歴史の授業を担当した経験からも、素人が陥りやすい「誤解」などにも精通していて、それなりの配慮もしてあるのではないかとの期待もあり、興味を引かれる本です。
2019年11月30日
かつてサッカー日本代表チームの監督を務めた岡田武史氏は、22日の朝日新聞でユニークな日本人論を語っている; あと8カ月後に迫った東京五輪・パラリンピックを、日本人が「自立」するきっかけにしよう――。元サッカー日本代表監督の岡田武史さんは、こう訴える。スポーツの祭典に求めたいのは、競技場の建設でも、日本選手の金メダルでもないという。日本代表の監督を2度務めた名将はなぜ、そう考えるようになったのか。 ――東京五輪のマラソンコースが札幌に変わるなど、五輪開催をめぐる混乱が続いています。 「東京都や大会組織委員会は、自分たちの意思をはっきりと言うべきだったと思うけどね。アスリートも主体的に自分の意見をほとんど言わなかった。それこそ自立していないというか」 ―― 一方でラグビーのワールドカップ(W杯)は、予想以上に盛り上がりました。 「ラグビーの日本代表選手は、主体的に判断してプレーできていたんじゃないかなあ。これが良い引き金になり、五輪やパラリンピックも盛り上がって、多くの人がスポーツの価値に気づいてくれれば、と思うね」 ――つまり、少なくともラグビーの選手は自立していたと。 「ラグビーは試合が始まると、監督はスタンドにいるので選手に判断が任せられる。それに、今回のチームは外国出身選手も多かった。だから、自立心が芽生えやすかったと思うんだよ。常に自分の内なる欲求や意欲で、自主性を発揮できるような選手が日本でもどんどん育ってほしい」 ――サッカーは違うのですか。 「主体的にプレーできるやつはいるよ。何人かは。ただチーム全体となると、なかなかそうはいかない。1998年のフランス大会は別としても、2010年南アフリカ大会は、外からたたかれて、その後に開き直る外圧のおかげという面があった。反発心で出る主体的な力は短期間では効力があるけれど、長続きしない。本来は、自らの勝ちたい、勝つことが楽しいという内発的欲求で力を出せるようなことが真の自立だと思う」 ――子どもの育て方の違いなど文化的な背景もありますか。 「たとえば子どものサッカーを応援する親の態度が、日本とドイツでは全然違う。特に負けた後が違う。日本の母親は『あんた、なんであそこであんなことしたの』と、悪かったところを悔しがる。ドイツでは、負けて帰ってきた子どもを『良い試合だった!』と抱きしめるわけ。勝つために全力をつくすことが大事で、その上で負けることは悪いことじゃないんだと。だから子どもも、勝つために主体的に判断してプレーするんじゃないかなあ」 ――学校でも、先生が子どものダメなところやミスを指摘して、指図で従わせる傾向を感じます。 「そんな学校には、これからの子どもは行かなくなるでしょう。学校に行けない子が、本当に今の社会の落ちこぼれなのか。社会の方が、適応できていないんじゃないか。通信制のN高が人気だけど、その理事が言うには、そこに通う子どもは落ちこぼれではなく、優秀すぎたり何かに特化したりして自分の生き方を選択している、上からの『ふきこぼれ』だと。スポーツもそういう人をいかすよう変わらないといけないけど、現状はそうなっていない」 ■ ■ ――なぜ日本人は自立できないと思いますか。 「一度も市民革命を経験していないから、とはよく言われるね。『お上(かみ)に従っていたら間違いない』というのが染みついている。自分たちで勝ち取った民主主義とか、自由とかという発想がないから、命令された仕事をこなすようになる。仕事なんて自ら探すべきだ。今の日本で、自分たちで何かをやっているという実感を持てる人って少ないんじゃないかなあ」 ――スポーツを通じて自立した子どもを育てるという取り組みを、今治で実践していますね。 「日本のサッカーは、『子どものときは教えすぎず好きにやらせろ』と言っておいて、高校生になると、いきなりチーム戦術を教えこまれる。だから言われたことはできるけど、思い切った発想が出ない、自分で判断できないと言われるのではないだろうか。そうじゃなくて、原則みたいのを16歳までに教えて、後は自由にする。そうしたら、自立した選手が出てくるんじゃないかと思っている」 ――なぜ、そこまで自立を求めるのですか。 「まずは本当に世界で勝つために必要だと思うから。それと共にこの国にはリーダーではなく、自分で決めて自ら行動するような自立した国民が必要なんだ。ところが同調圧力なのか、何かに従っているほうが安泰で、とがったことはしないほうがいいという雰囲気になっている」 「スポーツ界でパワハラがなくならないのも、選手が自立していないからだと思う。コーチの言いなりのほうが短期的にはいい結果が出る。社会でも、どう考えてもおかしなことがまかり通るくらい、人が自立していないんだよ」 ――おかしなことが、まかり通っていますか。 「たとえば日本って今、貧困なんだよ。子どもがいる一人親世帯の相対的貧困率は5割と、主要国の中で最悪のレベル。それなのに、みんな関心ないじゃない。『日本人は素晴らしい』という本が書店に並んでいるけれど、日本人の多くは自分の生活が来週、どうなるかで頭がいっぱい。日本だけでなく、世界中で、その場しのぎの経済政策をやれば、文句を言わないという国民が増えている」(後半は省略)2019年11月22日 朝日新聞DIGITAL「(インタビュー)「自立」なき国の五輪 元サッカー日本代表監督・岡田武史さん」から一部を引用 私はスポーツについては全く疎い人間ですが、まさかサッカー界で名の通った人物から日頃自分が気にしていた「お上」思想について語られることがあるとは、夢にも思いませんでした。学校に行けない子が落ちこぼれなのではなくて、実はずば抜けた才能を持った子なのではないか、という視点もなかなか鋭いと思います。市民革命を経験してこなかった日本人が、これからどうやって「自立」を体得していくか、これからの「課題」なのかも知れません。
2019年11月29日
川崎市で進むヘイトスピーチ対策条例の制定に関する議論について、15日の東京新聞は次のように報道している; 川崎市が本年度中の制定を目指している、ヘイトスピーチ(憎悪表現)に罰金刑を科す全国初の条例について、市は14日、罰則が適用される行為を厳格化するなど、条例案を6月に公表した素案から変更したことを明らかにした。素案への意見公募(パブリックコメント)に26514件が寄せられたことも明らかにした。(大平樹) 市がこの日、市議会文教委員会に報告した。処罰対象について、6月の時点では「多数の者が大声で連呼」するヘイトスピーチを含めていたが、人数や音量の定義が難しいことから削除した。また、罰金の条件となる3度の違反行為についても、市の勧告や命令を受けてから6ヵ月以内に繰り返した場合に限り回数を数えることにした。 市によると、パブリックコメントの件数は過去最多。一通に複数の意見が入っていたものもあり、18243通が寄せられた。このうち、条例案の趣旨に賛同するものは約64%で、反対が約26%、分類できないものが約10%だった。 委員会では、委員から「外国出身者による日本人へのヘイトスピーチには罰則が適用されないことに、納得のいく説明が必要だ」という意見が出た。市の担当者は、条例の根拠となるヘイトスピーチ対策法が、外国人へのヘイトに限っていることを理由に挙げた。他にも、市がヘイト行為の証拠を集めることの難しさを指摘する意見があった。2019年11月15日 東京新聞朝刊 12版 22ページ 「罰則要件を厳格化」から引用 外国出身者による日本人へのヘイトスピーチには罰則が適用されないのはおかしいという「発想」は、当ブログにもたびたびコメントされてます。こういう質問を議会でするのは、多分ものの分からない自民党議員ではないかと思います。それに対する市当局の「国が制定したヘイトスピーチ対策法が、その根拠である」という回答は「正解」であると言えます。もっと詳しく言えば、日本人が外国にルーツを持つ人々に対してヘイトスピーチを行なえば、それは彼らの生命・財産を脅かす危険に繋がる可能性があるのに対し、その反対の外国人による日本人へのヘイトスピーチは、その場限りの嫌悪表現に過ぎないということです。いずれにしても、市議会でこのような議論が積み重ねられて、蒙が啓かれることは良いことだと思います。
2019年11月28日
明治の日本が朝鮮半島を植民地支配するために朝鮮人民の土地を暴力的に収奪した経緯を、歴史家の洪昌極(ホンチャングク)氏が19日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 日本帝国主義は、朝鮮植民地支配を通じて、米の生産に特化した経済体制を朝鮮社会に強いていきました。◆日本に大量の安い米を送る 植民地から大量の安い米を日本本国に送ることで食糧価格を安く保ち、それを通じて自国の労働賃金が高くなるのを極力抑えようとしたのです。急速に工業化を推進したい日本国家と、なるべく人件費を削減したい日本の財閥・企業、双方の利益に合致するものでした。 日本が植民地経済の制度的基盤を確立する上で、まずおこなったのは、<米>生産の源となる<土地>を掌握することでした。日本は、1905年(明治38)に第2次日韓協約で韓国の外交権を奪い、ソウルに統監府を置いて朝鮮を間接統治下に置いた後、朝鮮に新たな土地制度を確立するために本格的に動き始めます。 帝室有及国有財産整理局という統監府の直轄機関を通じて、1907年から、「韓国併合」の年である1910年までに、全国に散在していた「国有地」を調査し、国有地台帳と国有地実測図を作成しました。この際に「国有」と判断された土地の中には、さまざまな経緯から国・民有の区分が曖昧な性格を持っていた土地や、元々宮家や国有地であったものが耕作権の成長に伴って事実上民有地となっていた土地が多く含まれていました。 土地所有権に関する調査が、民有地の調査に先んじて「国有地」の調査から着手されたこと自体が重要な意味を持っています。 同時に日本は、「国有未墾地利用法」(1907年)を通じて、民有地であることが証明できない「原野、荒蕪(こうぶ)地(雑草の茂った荒地)、草生地、沼沢地及干潟地」などの土地が国有地であると宣言します。 その上で「韓国併合」と同時に土地調査事業(1910~1918年)を開始して、全ての土地の所有権を最終的に確定していきます。この事業では、民有地の所有権の申告が義務づけられましたが、それ以前に「国有地」と判定された土地は大半がそのまま「国有地」として処理されました。申告者本人はもちろん、地域住民全てが民有地であると訴えた場合でもこれが覆ることはありませんでした。 民有地と判定された土地でも、「誰の土地か」をめぐって紛争が起きました。日本人・朝鮮人の間で所有権紛争が起きた場合、多くは日本人の所有権が認定されました。 「韓国併合」以前には、日本人の土地所有に法的な制限が課せられていましたが、ひそかに朝鮮人名義で土地を買い占める悪弊が横行していました。そうして手にした日本人の所有権が、この事業によって合法的な権利として法認されたのです。 朝鮮人同士で所有権紛争が起きた場合、それまで実質的な所有権を行使していた耕作者たちの権利は否定され、地主の所有権が一方的に認定されました。耕作権がことごとく否定されることで、耕作者は単なる土地の貸借人に転落し、地主の立場は一層強化されることになりました。◆耕作地の半分 3%の地主が このようにして日本は、朝鮮総督府と日本人大地主を頂点とする強力な地主制を朝鮮に打ち立てたのです。土地調査事業が終了した1918年(大正7)時点で、わずか3%の地主が耕作地の約半分を所有することとなりました。 朝鮮最大地主となったのは、朝鮮総督府を除けば、「国有地」を譲り受けた東洋拓殖株式会社(陸軍中将が初代総裁を務めた国策会社)でした。事業が始まる前の1909年時点で約5万2ヘクタールであった日本人の土地所有面積は、1915年時点で4倍の約21万ヘクタールへと増大しています。 言うまでもなく、こうした土地収奪の過程は日本帝国主義の武力を背景としていました。土地調査事業がおこなわれた1910年代が「武断政治」と言われる憲兵警察制度下にあったことを忘れてはなりません。 例えば全羅南道のある地域では、1912年、李回春という老女性が東洋拓殖会社に対して「どうして人様の土地を無法に強奪するのか」と抗議すると、「憲兵上等兵の中島という者が李回春の首を絞め、軍刀と梶棒で狂犬のように乱打」し、その結果「李回春は水田に血を流して即死」しています。(「東亜日報」1926年7月12日付)<ホン・チャングク> 1987年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程(朝鮮近代史・農業史)。主な論文に「植民地期における朝鮮内農業移民政策と干拓事業」「植民地朝鮮における水利秩序と植民地権力」2019年11月19日 「しんぶん赤旗」 10ページ「日韓の歴史をたどる-土地の収奪(14)」から引用 この記事によれば、明治維新から38年目に日本政府は工業化を進める準備として、労働者の賃金を安く抑えることが可能になるように朝鮮半島で生産する米が廉価になるための仕組みを作ったということです。朝鮮では伝統的な土地所有の制度の中に、いきなり日本式の「地主制度」を強要されて農村は混乱し、生活の糧を失った人々がその後、仕事を求めて日本に渡ってきたわけで、在日の人々の中にはこのような歴史を背負った人もいることを知っておくことは大事だと思います。
2019年11月27日
安倍首相も菅官房長官も、その場しのぎのウソで切り抜けざるを得ない事態となっている「桜を見る会」について、フリーライターの竹田砂鉄氏が、19日の「しんぶん赤旗」に次のように書いている; 税金で開催される首相主催の「桜を見る会」に、安倍晋三首相の地元の支援者が大量に招かれていた件が問題視され、来年度の中止が決定した。「各界において功績、功労のあった方々」を招くとされるこの会自体は、1952年の吉田茂内閣から続いているが、第2次安倍内閣発足後、とにかく規模が膨らみ続けてきた。 2014年度には3005万円だった支出額も、今年度は5518万円に、毎回予算を大幅にオーバーするので、さすがに縮小するかと思ったら、来年度は開き直って5730万円の予算を要求していたのだ。 ◇ ◆ ◇ 選挙特番などで放送される政治家の振る舞いを見ていればわかるが、彼らは、自分の支援者にそのままずっと支援者でいてもらうことに力を注ぐ。国会議員が週末のたびに地元に帰り、小規模の集会に顔を出して地盤を固めるのは、末長く支援し続けてもらうためだ。それは、与党議員でも野党議員でも基本的に変わりはないだろう。 自分のような無党派層はもちろんのこと、支持政党が明確な人でも、選挙のたびに「どこに投票するかな」と少しは考えるはず。支援してもらっている人にそういう雑念を持たせないようにするために、政治家は支援者をケアし続ける。 今回の「桜を見る会」の問題点は、その支援者のケアのために税金を使ったことに集約される。中止を宣言して終わり、では済まされない。「手厚くお迎えしますんで、これからもよろしく」という機会を、税金を使ってつくりあげてきたのである。 ◇ ◆ ◇ 安倍首相は、8日に開かれた参議院予算委員会で、共産党・田村智子議員から、地元の支援者がたくさん招かれているのはなぜかと問われ、「自治会やPTAの役員方が後援会員と重複することもある」と述べた。後日、菅義偉宣房長官は首相含む議員に推薦枠があったことを認めた。つまり、安倍首相はウソをついていたことになる。 自民党・二階俊博幹事長は同様の問いに対して、「あったって別に良いんじゃないか。問題になるようなことはあるのか」と不快そうに述べていた。こうなったら開き直ってやる、と意気込んだのかもしれないが、ここでも首相のウソがバレたことになる。 コメンテーターや評論家の中には、この数子万円のお金の動きを受けて、こんなことより、もっと他の重要課題を議論すべきだ、いつまでやっているんだと断じる人も少なくない。果たしてそうだろうか。 「桜を見る会」の規模を広げ、支援者にイイ思いをしてもらうという発想が、とても現政権的ではないか。森友・加計学園問題で、お友達であることを理由に優遇したことを思い出そう。アメリカから「俺たち、友達だよな」と言われてあれこれ買わされていることを思い出そう。味方ではない人たちに対しては、今国会で、繰り返しヤジを吐いていることを思い出そう。 自分たちのことを好きでいてくれる人とだけ対話をしようという姿勢が続く。税金で支援者を接待した。中止で万事解決ではない。(だけだ・さてつ ライター)2019年11月19日 「しんぶん赤旗」 10ページ 「竹田砂鉄のいかがなものか!?-お友達に税金を使う政権」から引用 自民党の二階幹事長が「あったって別に良いんじゃないか。問題になるようなことはあるのか」と記者団の前で凄んでみせた意図は、こうやって新聞記者を脅かしておけば、これ以上は新聞は書かないだろうという「計算」があったのだと思います。しかし、国会では、野党の鋭い追及が多岐に渡る危険性を察知した官邸幹部が「このままではヤバイから、『取りあえず来年は中止』で幕引きにしよう」という作戦に出ました。しかし、それでも官邸の狙い通りには済まずに、まだ野党の追及は続いています。それにしても、幹事長が「何か問題があるのか」と凄んだときには、「税金を使って個人の後援会を接待するのはマズイんじゃないんですか?」と言い返すくらいの気概を、取材の記者には持ってほしいものです。そうすると、ますます逆上した幹事長は「あなたは、どの新聞社だ。安倍総理はおたくの社長と昨日も会食してるんだから、あなたはクビですよ」というようなセリフが出た可能性もあり、そういうレベルの低い会話がまかり通るような政権なのだということが、国民にも知れ渡り、国政をこういうレベルの人たちに任せていいのかという疑問が、広く有権者の間に共有されるチャンスだったのに、と思います。
2019年11月26日
日韓両国の法律家が徴用工裁判について「共同宣言」を発表したと、21日の「しんぶん赤旗」が報道している; 日韓の法律家が20日、東京とソウルで連携して記者会見を開き、強制動員(徴用工)問題で「共同宣言」を発表しました。 宣言は、(1)強制動員被害者の請求権の問題は未解決であり、それは日韓の最高裁(大法院)、日本政府の立場いずれにおいても確認されている(2)韓国大法院判決は、適正な訴訟手続きを経て出された結論で、法治主義のもと日本企業は判決を受け入れるべきであり、日本政府はこれを妨害するべきではない(3)日韓両国政府と被告・日本企業は、被害者の名誉と権利を回復するために、中国の強制連行・強制労働事件における日本企業と被害者との和解などを参考にして、必要かつ可能な措置を迅速に図る、ことを求めています。 東京での記者会見では「日本有志の会」の川上詩朗弁護士が、「徴用工問題は政治・外交問題とされているがその本質は、人権問題」と強調。「被害者の視点から人権回復を最優先に考えることは、日韓の法律家の共通認識だ」と訴えました。 「宣言」は、日本側が大阪労働者弁護団、社会文化法律センター、自由法曹団、青年法律家協会弁護士学者合同部会、日本民主法律協会、民主法律家協会、徴用工問題の解決をめざす日本法律家有志の会の7団体、韓国側は労働人権実現のための労務士会、民主社会のための弁護士会など5団体が呼びかけました。2019年11月21日 「しんぶん赤旗」 2ページ「徴用工 迅速に被害者救済を」から引用 日本と韓国の政府間の請求権は65年の「請求権協定」で消滅したものであるが、個人の請求権は消滅しておらず、被告の日本企業が大法院判決に服することを、日本政府は妨害するべきではありません。また、問題解決のためには、中国人労働者の強制連行問題のときの「和解」などの対処法を参考にするべきであることは、当ブログでも繰り返し指摘したところです。民間同士の訴訟について、政府が介入して判決の執行を妨害するのは、法治国家のすることではありません。
2019年11月25日
内閣府が主催する「桜を見る会」に安倍首相が自分の選挙の後援会会員を大量に招待した問題について、17日の「しんぶん赤旗」は次のように書いている; 「安倍事務所なり、安倍晋三後援会としての収入・支出は一切ない」-。首相主催の「桜を見る会」の私物化問題をめぐり安倍首相は15日、記者団に、同会前夜に開かれた自身の後援会主催「前夜祭」での「夕食費用」も含め、すべての費用は「参加者の自己負担」で支払われたことを事務所の報告で確認したと述べました。 また、旅費や宿泊費は各参加者が旅行代理店に支払ったが、「夕食費用」は会場の受付で安倍事務所の職員が1人5000円を集金し、「ホテル名義の領収書」を発行し、受付終了後に全額をホテル側に渡すことで「参加者からホテル側への支払いがなされた」などと説明しています。 これらの説明にはいくつかの疑問があります。◆なぜ「夕食費用」だけ別 同じホテルの宿泊費は旅行代理店を通じて支払わせたのに、なぜ「夕食費用」だけ会場で集めたのか。 指摘されているのが1人5000円という費用の安さです。今年の会場の「ホテルニューオータニ」の「パーティプラン」によれば、立食形式で1人最低1万1000円。しかも飲み物は別です。 安倍事務所の参加者への案内状では「会費」とされていますが、安倍首相は「夕食費用」と限定的に説明しています。飲食以外にも宴会場や人件費、芸能人の出演などのコストまで含めれば、あまりにも安すぎます。◆なぜ「ホテルの領収書」 「前夜祭」の写真などをみるかぎり、主催者は「安倍晋三後援会」です。安倍事務所が集金した以上、後援会の領収書を出すのが常識です。 実際、850人もの後援会一行を招いた関連費用は、安倍首相の政治団体の政治資金収支報告書に一切記載が見当たりません。◆「ホテルが費用設定」? 安倍首相は5000円の「夕食費用」は「ホテル側か設定した」と説明。パーティー主催団体がホテルと一切交渉していないかのような口ぶりには、逆に自身らの関与を隠す意図がうかがえます。◆◆公選法違反隠す”偽装工作”の疑いも 「桜を見る会」の前日に開かれた安倍晋三後援会主催「前夜祭」について、政治資金問題に詳しい上脇博之神戸学院大法学部教授に聞きました。(聞き手・林信誠) 「桜を見る会」の「前夜祭」は、政治団体「安倍晋三後援会」が主催したものです。安倍首相が、自身の事務所職員が会費を受け取ったことを認めたのは、きわめて重大です。もはや事務所の介在は否定できません。 そもそも政治団体がホテルの領収書を渡すのはおかしなことです。なぜそんなことをしたのか。 問題の「前夜祭」では、参加者は飲食や芸能人による演出、会場の使用料も含めると、1人5000円の会費を上回るサービスを受けたのは明らかでしょう。だとすれば、公職選挙法に違反する「饗応」による寄付行為です。 安倍首相は、「5000円という会費は、大多数がホテルの宿泊者だという事情を踏まえ、ホテル側が設定した価格だ」と弁明しましたが、これだと、高級ホテルの食事を格安で提供していることになるので、ホテルも公選法違反の寄付の共犯になってしまいます。 ホテルが共犯でないとしたら、ホテルは政治団体に寄付したことになりますが、政治資金規正法が禁止する「企業による政治団体への寄付」をしたことになり、その寄付を受けた政治団体だけではなく、寄付をしたホテルも処罰されます。しかし、ふつうホテルはそんなことはないでしょう。だとすると、安倍氏側が不足分を補填してホテルに支払った疑いも出てきますが、そうなると、安倍氏または政治団体は裏金をもっていたことになり、いずれも政治資金規正法違反の不記載罪にも問われます。 安倍首相の政治団体にとって「前夜祭」も「桜を見る会」も重要な事業ですから、本来ならそれらに関する全ての費用が政治資金収支報告書の一事業または二つの事業として報告書に記載されていなければなりません。ところが、後援会会員への案内状の郵送代などかかっているはずの費用や、支払っている可能性があるホテルの会場費など、事業経費が一切記載されていないのです。 「前夜祭」でホテルの領収書を発行したのも、政治資金の収支として一切報告しなかったのも、公選法違反の寄付行為を隠すための一種の”偽装工作”だったのではないか-そんな疑惑も出てきます。 もし安倍首相自身が公選法違反で有罪になれば公民権停止で失職します。安倍事務所の職員が有罪になれば安倍氏の監督責任・政治責任が問われます。 私物化した「桜を見る会」の主催者=首相の説明責任とともに、自身の政治団体に責任を負う国会議員としての説明責任も果たすべきなのです。2019年11月17日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「なぜ収支”隠ぺい”-安倍首相の釈明会見」から引用 ここまで「容疑」が濃厚になれば、あとは東京地検特捜部が重い腰を上げるべきです。そうると、ホテル・ニューオータニも一流ホテルとしての看板に傷をつけるわけにもいかず、渋々帳簿を「証拠」として提出し、安倍晋三は「お縄」になるハズですが、中々日頃から官僚の世界には首相官邸の「眼」が光っており、うっかり動きだして空振りでもしようものなら、その後停年まで「冷や飯」を喰わされる羽目になるので、誰も動きだそうとしないのが「現実」ではないかと思います。こんなことでは、現職の首相を起訴したイスラエルにも追い抜かれます。国が衰退するときは、こんな風に事態が進むのかという心境でワイドショーを眺める今日この頃です。
2019年11月24日
今月は新しい天皇が即位したというので「大嘗祭」なるものが執り行われたが、これは戦前に決めた祭礼様式をそのまま踏襲するもので、国民主権となった戦後の社会には相応しくないとの声も強く、そのため共産党議員は儀式に参列することを拒否したのであったが、この問題について、15日の東京新聞は4人の有識者の見解を掲載している。その中で日本古代文学が専門の大東文化大名誉教授、工藤隆氏(77)は、次のように述べている; 現皇室典範には大嘗祭への言及がないが、憲法は天皇の存在を別格にしているのだから、その天皇位を根拠づける大嘗祭への国費投入は容認されるべきだ。憲法は天皇家以外が天皇になれない理由を明示していない。天皇位継承の際の大嘗祭はその文化的根拠の儀礼的表現だ。 大嘗祭は冬至の太陽復活呪術の上に、穀物の再生呪術と新天皇の誕生儀礼を重ね合わせたものなので、その基盤は縄文・弥生以来のアニミズム系の土俗文化にある。この”宗教以前”の古層の部分には、政教分離規定の「宗教」をそのまま適用できない。 経費を節減するのならば、核心の悠紀(ゆき)・主基(すき)両殿だけを、伊勢神宮の内宮(ないくう)・外宮(げくう)の正殿(しょうでん)よりさらに素朴な、皮付き掘っ立て柱、茅葺(かやぶ)き屋根、高床式などで5日間で組み立てて、終了後に直ちに破却できるような建築に戻し、他の建物は縮減・省略すればよい。2019年11月15日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「核心-大嘗祭 政教分離は」から一部を引用 工藤氏の他には、憲法学の日本大学名誉教授、百地章氏が「皇位継承には不可欠の儀式であり、憲法違反ではない」と言っているが、他の憲法学者で国際基督教大学名誉教授の笹川紀勝氏と、天皇制研究で有名な米国ポートランド州立大学教授のケネス・ルオフ氏は、「今回のような大嘗祭は憲法20条に明白に違反しており、政教分離が厳密に守られるように改善する必要がある」と指摘している。私が思うに、日本も法治国家であるからには違憲が疑われるような事態を放置するべきではないので、最低限、工藤氏が提案するような「儀式の簡素化」を実施し、天皇が高い位置から国民を見下ろすような「違憲性」を解消するように、次の大嘗祭までは法律の整備を行なうべきと思います。
2019年11月23日
今年、日本政府がIWCを脱退して商業捕鯨を再開したことに関連して、先月の東京新聞が「鯨肉を食卓に定着させたい」などと鯨肉文化推進の記事を掲載したところ、読者の怒りの投書が13日の同紙に掲載されるに至った; 「商業捕鯨再開4ヵ月 食卓への定着道遠く」(10月31日生活面)。国際的な議論になっている問題について、あんなに一方的に書ける東京新聞に呆れてしまった。日本が国際捕鯨委員会(IWC)を脱退し、商業捕鯨を再開したのは、この7月のことだ。 IWCの議論はここではしない。私が指摘したいのは「食卓に定着させたい」とする鯨肉文化推進論者の側だけに取材し、記事にするその姿勢だ。しかも、国際的に捕鯨が規制されるに至った背景も十分取材せず、「食べるのは野蛮」という観点があたかも反捕鯨の論理であるかのように紹介し、さらには消費が1960年代の50分の1にまで落ち込んでいると書いている。とんでもなくミスリーディングな記事である。 まず、60年代に至るまでの商業捕鯨の拡大が、資源を危機に陥れたことを全く踏まえていない。明治時代以降の日本の近代捕鯨が、急速に沿岸寄り付きクジラ資源を枯渇させたこともご存じないようだ。千葉県の館山にクジラ見の山があったなど、今では到底信じられないほどの資源が沿岸にあったのが、枯渇したのだということを知らないのだろうか? 日本にも商業捕鯨に反対している人々はいる。それなのに商業主義の側だけ取材して「食卓への定着」を論じている。日本社会が、どんなに危機的状況にある野生生物資源でも消費をコントロールできない、しようとしない社会であることは、ウナギの問題で明らかではないか。一方だけ取材し、国際的に議論のある問題を書くなど、家庭欄でもあってはならない。食は世界とつなかっている。2019年11月13日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ミラー-『鯨肉推進』記事に違和感」から引用 私はこの投書の意見に賛成である。大昔のような食糧事情に恵まれない時代であれば、鯨肉も貴重なタンパク源であったかも知れないが、現代のように鶏も豚も牛も計画的に生産される時代に、わざわざ鯨を捕って食う必要はないし、だいたい鯨肉はあまりうまいものでもないから、スーパーに置いても売れないのは当たり前だ。売れないからといって無理に学校給食のメニューに入れるなどは、児童生徒にとって迷惑な話だ。館山の海岸で、クジラ見の宴会でも開いて酒を酌み交わすような時代になるまで、商業捕鯨は見合わせるべきだと思います。
2019年11月22日
以前は招待客1万人程度だった首相主催の「桜を見る会」の参加者が、安倍首相になってから1万8千人になり、費用の明細も不明であるという問題について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は13日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 8日の参院予算委員会で、共産党の田村智子議員が追及した安倍晋三首相主催の「桜を見る会」問題が、ようやく波紋を広げはじめている。 招待客の選定基準が不透明で、首相の後援会関係者(850人!)はじめ他の閣僚や与党議員の後援会員が多数招かれていること(私的接待疑惑)。例年1万人程度だった招待客が安倍政権下で1万8千人にまで膨らみ、予算も3倍超に増えたこと(公金の私的流用疑惑)。個人情報やテロ対策をタテに首相が招待客の開示を拒み、内閣府は招待客名簿を1年未満で廃棄すると述べていること(文書隠蔽疑惑)。 そんな接待は私費でやれという人がいるけど、いやいや私費でやったら公職選挙法違反で完全にアウトである。だからこそ桜を見る会が利用されたのではないか。実際、客が選べるなら、首相および政府与党にとって会のメリットは大きい。 後援会員や支持者への感謝と慰労を示すことができ、ひいては集票が期待できる。招待客の名誉欲や自尊心をくすぐり、ひいては集票が期待できる。芸能人らとの記念撮影はPRになり、ひいては集票が期待できる。税金の無駄遣い? いや公金による買収でしょ。 菅原一秀前経済産業相のメロン、河井克行前法相のウグイス嬢より規模も悪質さもずっと上だ。新宿御苑に行ってごらんよ。桜の葉っぱも赤面してるよ。(文芸評論家)2019年11月13日 東京新聞朝刊 11版 25ページ 「本音のコラム-桜も赤くなる」から引用 首相主催の「桜を見る会」は社会に貢献した人々の労をねぎらう意味で招待するということで、その費用を政府の予算から支出するのは当然だったのであるが、山口県の安倍晋三後援会の850人がどのような社会貢献をした人々であったのか、甚だ疑問である。一流ホテルの立食パーティーが一人5000円で済むわけがなく、不足分を安倍事務所が払ったとすれば公職選挙法違反、政府の機密費を使ったとすれば公金横領、どっちにしても罪に問われる。しかし、実際に法廷で有罪が確定するには、いくらの現金を誰が払ったかを示す領収書なり収支報告書なりが必要になるが、それらは一切存在しないと安倍首相自身が発言している。それらが無いということは、首相が無罪であることを示す根拠も存在しないことを意味しているが、安倍氏はそんなことは気にしないで、とにかく証拠となる文書がないのだから自分は責任を問われることはない、という子供だましのようなことを言って逃れようという、実にレベルの低い事態になっている。ウチワやメロンの問題で閣僚を辞任させておきながら、自分は買収だか横領だか莫大な金額を不正に使って知らん顔しようとは、まったく呆れた話だ。
2019年11月21日
共産党が運営するインターネット・テレビの番組で「徴用工問題」を取り上げたことを、14日の「しんぶん赤旗」が次のように紹介している; 日本共産党のインターネット番組「生放送!とことん共産党」は12日、「どうする?! 日韓関係」と題し、川上詩朗弁護士と栗原千鶴・本紙外信部記者をゲストに迎え、小池晃書記局長とともに「徴用工」問題の核心と解決の方法を考えました。司会は朝岡晶子さん。 川上氏は「徴用工」が、日本が戦争に突き進む中で、国内で不足した労働者を補うものであり、「募集」「斡旋(あっせん)」「徴用」との順を追って朝鮮半島から連れてこられたと説明。日本製鉄の「徴用工」は17~19歳の若者で、「日本に行けば技術者として朝鮮に帰れる」とだまされ、日本の宿舎で監視されるなどし、その連行・労働の状況について日本の裁判でも「強制連行」「強制労働」と事実認定されていると述べました。◆事実に向き合う 栗原氏は日本が江華島事件(1875年)はじめ朝鮮半島支配を狙い、1910年の韓国併合条約での植民地化、「三・一独立運動」の武力弾圧や「創氏改名」などの歴史を紹介しました。 小池氏は「徴用工問題は時代背景や事実を冷静に踏まえる必要があるが、安倍政権は植民地支配への反省が全くない」と批判。川上氏は「過去を学ぶことは未来のために重要だが、安倍政権は事実に向き合う姿勢が欠けている」と応じました。 川上氏は、安倍晋三首相が昨年の韓国大法院判決に対し「国際法違反だ」などと主張するが、その根拠の日韓請求権協定(65年)の第1条の有償・無償の「5億ドル」には植民地の不法性を認める「賠償」の性格は含まれていないと指摘。小池氏は共産党が当時発表した日韓基本条約に対する見解で植民地支配の賠償の義務を「経済協力にすり替えた」と述べたと紹介すると、川上氏は「まさにその通り。これで『解決した』というのは事実として間違っている」と応じました。◆被害者の声聞く さらに請求権協定第2条で「完全かつ最終的に解決」とあることに対し、小池氏は「国と国との間では放棄したが、個人の請求権は残っている。さらに請求権協定では植民地支配の不法性を前提とした慰謝料請求権は対象となっていない」と指摘。川上氏は日本政府と最高裁も裁判上の救済を否定しつつも一貫して「個人の請求権は消滅していない」との立場で一致していると解説しました。 そのうえで問題の真の解決に向け、川上氏は(1)人権問題である以上、国際人権法の到達にふさわしく、被害者が受け入れ可能なものである(2)被害事実を認めて、謝罪、賠償、次世代への継承を行う(3)日韓両政府・両企業がそれぞれ役割を果たす-を指摘し、とくに「お金の問題ではない」という被害者の声を聞く重要性を強調しました。 小池氏は、昨年12月に日韓議員連盟の訪韓時に議連顧問の日本共産党の志位和夫委員長が文在寅(ムン・ジェイン)大統領と会談したことを紹介。志位氏が植民地支配の反省とともに日韓両政府の一致点に基づく解決を提案したのに対し、文大統領が「個人の請求権は消滅していないことは重要だ。この立場に立てば円満な解決がはかられるのではないか」と述べたと紹介し、「前向きの解決ができるよう野党外交でも頑張りたい」と表明しました。2019年11月14日 「しんぶん赤旗」 4ページ 「生放送!とことん共産党-『徴用工』問題の核心を考える」から引用 この記事が紹介するインターネット番組は、「徴用工」問題がどのような背景で出てきた問題であるのか、論理立てて説明しており理解しやすいと思います。個人の請求権は消滅していないことは、日本政府も裁判所も認めていることですから、安倍政権だけが「韓国は国際法違反だ」と言っても、国際社会には通用しないわけで、安倍政権が悔い改めない限り、この問題は解決しないと思います。
2019年11月20日
九州の北部にある大鶴炭鉱の朝鮮人労働者の事例について、14日の「しんぶん赤旗」は次のように紹介している; 戦後のベストセラーの一つで、ドラマや映画にもなった「にあんちゃん」(安本末子著)。その舞台となった佐賀県唐津市肥前町の大鶴炭鉱(杵島炭鉱大鶴鉱業所)には、多くの朝鮮人が強制連行され、強制労働をさせられていました。 「国策により朝鮮の人たちを大勢移動せしめ石炭増産に取り組む」―。 「にあんちゃんの里」に立つ碑文には炭鉱の歴史がこう刻まれています。◆逃亡者が相次ぐ 大鶴炭鉱には日中戦争のさなかの1939年12月に97人、翌40年2月にはさらに100人と、朝鮮半島から次々に労働者が「移入」されました。目を引くのは逃亡者の多さです。「肥筑石炭鉱業会」の資料によれば、40年5月の1ヵ月だけでも13人が逃亡しています。(長野逞・金晏栄「戦前、日本石炭産業における『朝鮮人労働者移入』の経過」) 「過酷な労働に耐えられず逃亡する朝鮮人もいましたが、会社は草の根を分けて探しだしました」と話すのは、大鶴炭鉱の社宅に住んでいた田崎以公夫さん(たさきいくお・87)です。 「捕まった朝鮮人は見せしめとして暴行を加えられました。私も見たことがあります。ボタで埋め立てられ切り立った海岸の崖に朝鮮人4人が上半身裸で後ろ手に縛られて立だされます。後ろから蹴られ、海に落とされました。手が縛られ身動きが取れないので泳ぐことができずに、しばらくは必死で顔を水面まで上げて息を吸いますが、次の瞬間は沈んでいきます。溺れ死ぬ寸前で労務係が引き上げ、また働かせます。朝鮮人は溺れる瞬間顔を出し『アイゴー、アイゴー』と泣き叫んでいました。子どもの目にも残酷で悲しい気持ちになりました」◆親善交流絶たれ 肥前町の浄土宗光明寺の川原浩心住職は、「先々代の和尚の話では、朝鮮人労働者や家族の家によく行って話を聞いて心のケアを行っていたそうです。家に帰ってくると頭にシラミなどがついていたので、よくたたいて家に入っていました。それほど朝鮮人労働者の家は衛生環境がよくなかったのです」と当時の状況を語ります。 光明寺には、「大鶴鉱業所殉職者之碑」が立っています。90年に建立された法名塔には2歳から63歳まで51人の朝鮮人が記されています。 肥前町では、87年から韓国との親善交流事業が行われ、翌年から毎年韓国からホームステイに学生が来ていましたが、日韓関係悪化のため、今年は実現していません。 川原住職は「文化も言葉も違いますが、日本人も韓国人も差はありません。お互いを知れば仲良くしたいと思うはずです」と語ります。田崎さんは今の日韓関係の悪化を懸念しています。「歴史をねつ造するのではなく、事実と向き合わなければいけません」(佐賀県・古賀誠)2019年11月14日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「シリーズ・現場から考える日韓の歴史-制裁の悲鳴 今も胸に」から引用 ドラマ「にあんちゃん」は、私はNHKラジオで聞いた記憶があります。テレビが普及する前のことで、子どもたちの間では人気のドラマだったと思います。そのドラマの主人公が、過酷な労働環境の中を生き抜いた労働者の家族とは、子どもの頃は知る由もありませんでしたが、この記事が伝えるような「史実」を私たちは忘れることなく、後世に伝えていかなければならないと思います。
2019年11月19日
あいちトリエンナーレ2019のような展示会を神奈川県でやろうとするなら許可はしないと暴言を吐いた神奈川県知事に対し、批判のメールが殺到したため、焦った県と県知事はそれらの批判メールに返信を送ったところ、これまた評判が悪いらしく、9日の神奈川新聞朝刊は次のように論評している; 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止に関連し、黒岩祐治知事は8月、同展の出展作品である日本軍の慰安婦を象徴した「平和の少女像」を「事実を歪曲したような政治的メッセージ」と断じた上で中止を支持し、市民団体などから発言の撤回を求める抗議が相次いだ。こうした声への「県」からの返信が10月、一斉に届き、新たな怒りを呼んでいる。「知事は表現の自由を全く理解していない」「萎縮を後押ししている」。果たして、知事の返事とは-。(柏尾 安希子) 発端となった記者会見が開かれたのは8月27日。少女像などへの抗議が殺到し、中止となった不自由展について「同じことが県内であったら開催を認めない」などと知事は述べた。 その後、批判が広がったことを受けて9月3日の会見で「誤解を与えたことは率直におわびしたい」としながらも発言は撤回せず「表現の自由とは全く別の問題。税金を使って展示することは県民の理解を得られない」と繰り返した。 一連の発言には、県内の市民団体や個人から抗議、発言撤回の要請が相次いだ。 例えば市民団体「共同行動のためのかながわアクション」は41団体、141個人と連名で9月5日に抗議文を提出。「『検閲の禁止』を全く理解しておらず、首長にあるまじき見識のなさ」と批判し、少女像は事実をわい曲しておらず、韓国側からの一方的な主張でもないとした上で「紛争下の性暴力犯罪という重大な人権問題を否定する知事の態度こそ大きな問題」と指摘した。 元慰安婦を描くドキュメンタリー映画「沈黙-立ち上がる慰安婦」の朴壽南(パクスナム)監督や自主上映を進める市民団体など58団体、340人も同月26日に撤回を求めた。河野談話や日韓合意で表明した「日本政府のお詫びを反故にし、日本の加害の責任を全く省みない暴言」と非難し、「沈黙」の上映に対して続く右翼団体などからの妨害に「お墨付きを与え、差別を助長し、行政の萎縮に拍車を招きかねない」と懸念した。 これら抗議への返事は10月、知事室長や同室課長の名義で順次、メールなどで届いた。「9月3日の会見内溶を基本に知事の考えとして出した」(知事室)という内容はいずれも共通している。 ◆ 「表現の自由を理解していない。この内容で表現の自由を尊重していると知事や県が本気で主張しているのだとしたら、県民として不安と恐怖を覚える」。10月26日にメールで返事を受けたライターの北川原美乃さん(54)は、声を強める。 知事の発言を知り8月29日、一個人として県にメールで抗議した。芸術作品に政治的メッセージが含まれていることは当然であることや、芸術や文化の内容の是非を知事が判断すべきでないことなどを述べた上で、「神奈川県なら開催しない」との発言は「重大な憲法違反」と撤回を求めた。 会見で知事は少女像が「韓国の政治的メッセージ」であると一方的に断じた上で、「開催しない」と発言した。北川原さんはあらためて「公権力が『Aが意味するところはBである』と判断し、だから展示しないと取り扱いを決定することは、公権力が作品の内容に立ち入ることであり、そのこと自体が憲法に反している」と強調する。 また返事への懸念はほかにもある。「国レベルで解決済みの事柄に反対意見を述べるな、と言っているようだ」。たとえばハンセン病差別の問題については、国レベルで解決している。「この論法だとこれらの問題にも個人が異論を述べてはいけないことになる。過ちを繰り返さないためにも、負の歴史は何度でもいつまでも発信される必要がある」と訴える。 ◆ 「共同行動のためのかながわアクション」への回答は10日に届いた。代表世話人の高梨晃嘉さん(72)が一読して浮かんだのは、統一ドイツ初代大統領のワイツゼッカー氏による「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」という言葉だったという。「知事は慰安婦問題を否定していないと言うが、植民地支配を真摯に認めているとは思えない」 貧困や植民地支配を背景にやむなく、あるいはだまされて慰安婦にさせられた状況は「強制」以外の何物でもないということは国際的な通説だ。一方、安倍晋三首相は「狭義の強制性」という倭小化した概念を持ち出し正当化ずるような発言を展開した。知事も8月の会見で、呼応するように慰安婦の強制性を否定する趣旨の発言をしたが、撤回していない。「知事が言う歴史認識が何なのか分からないが、歴史修正主義者の一員でしかないという印象だ」と高梨さんは断じた。反論の文書を再度知事あてに提出する予定だという。 ◆ 「知事の返事として受け止められない」。25日、返事を受け取ると朴監督はこう述べたという。監督の長女で「沈黙」のプロデューサー、麻衣さん(52)は、そもそも知事に出したはずの抗議の返事が知事名でなかったことに「不誠実だ」とあきれる。 慰安婦をめぐる表現ではトリエンナーレ以降、川崎の「KAWASAKIしんゆり映画祭」で慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画「主戦場」の上映が一度中止となるなど影響が広かっている。麻衣さんは「ドミノ的な行政の萎縮に波及しており、知事の発言は非常に重い」とした上で、「いまや慰安婦に関する表現は攻撃の対象であると人々が受け止めざるを得ない状況だ。国民の知る権利が奪われ、目隠しされてしまう」と声を落とす。 少女像を韓国が反日キャンペーンとして各地に建てている、慰安婦に強制性がない-といった誤りを知事は明確に認めていない。「言ったことは消えない」と麻衣さんは断じた。 ◆ 一方、かながわアクション、「沈黙」の双方の抗議に関わった元教員の品川孝司さん(69)は、かつて述べた誤りについて、知事が返信で言及しなかったことにむしろ「『勝利的な一歩』を感じた」と言う。 会見で少女像を韓国が各地に建てたと述べたことについて、返信では「韓国が(設置を)黙認した」と軌道修正され、当初の会見で一番の問題であるかのように述べた慰安婦の強制性にも一切触れず合意を破ったことが問題だと「論点をずらした」。 知事も自身の発言の誤りに気づいたからこその対応と思いをはせ、「今度は、こうした点を明確に誤りだと認め、撤回していただく必要がある」と言う。「表現の自由の問題を政治的問題に矮小化している」姿勢への批判も込め、今後も追求すると言う。【県からの抗議への返信の要点】▲知事は表現の自由が重要だと十分に理解している。民間主催の展示であれば関与するつもりはない▲知事は慰安婦問題について政府の見解と同様、しっかりとした歴史認識を持っている▲慰安婦問題は2015年12月に「最終的かつ不可逆的」に解決されていることが確認されているが、韓国政府が一方的に合意を覆し、「慰安婦像」の設置を黙認している▲「慰安婦像」を公金を使って展示することは、問題があたかも解決していないかのように歪曲した一方的な政治的メッセージを県として後押しすることになる。県民の理解が得られない▲行政として中立性を保てなくなる公金の支出はできないということが真意で、発言は表現の自由や慰安婦問題を否定したものではない2019年11月9日 神奈川新聞朝刊 17ページ 「論説・特報-知事発言 抗議への返事に怒り」から引用 黒岩知事は民間主催の展示であれば関与するつもりはないなどと言ってますが、これはその裏に「県の予算を使う場合は、県民が納得する展示でなければならない」という発想が潜んでいるのだろうと思います。しかし、これは間違った考えだと思います。県の予算を支出する条件は、普段なら少数派であるために展示が困難な作品にも平等に発表の機会を提供することであって、それが実施されて初めて「表現の自由」が実現するというものです。 また、2015年12月の合意で「慰安婦問題が最終的に解決された」と黒岩知事は言ってるようですが、これは誤解ではないかと思います。慰安婦問題は10億円を払えば解決するものではなく、日韓両国政府が誠意をもって解決のために努力する、その誠意の印として「見舞金」が用意されたのに、日本政府が金を出す以外に一切の誠意を見せる努力をせず、それどころか安倍首相は国会で「慰安婦に謝罪するつもりは毛頭ありません」と発言して、韓国世論を硬化させました。従って、慰安婦問題は一向に解決していないというのが現状であり、これに目をつむって「解決されていることが確認されている」などと寝言のようなことを言ってる場合ではないと思います。 さらに、公金を使おうが私金を使おうが、「慰安婦象」の展示は政治的なメッセージなどではなく、平和と人権尊重のシンボルであることは、今では広く世界に理解されており、その証拠にアメリカ合衆国では既に14箇所も設置されています。「行政として中立性を保てなくなる公金の支出はできない」という主張も間違いです。展示の内容をチェックすることが「中立性を保てなくする行為」であり、内容の如何に関わらず展示の機会を提供するのが「中立性を保った行政機関」のする仕事です。
2019年11月18日
リニア新幹線の工事を巡って静岡県とJRが対立していることについて、静岡新聞・大橋記者が8日の神奈川新聞に、次のように書いている; リニア中央新幹線南アルプストンネルの工事に伴い、大井川の水量が減少する問題を巡り、静岡県とJR東海の対立が続いている。 静岡工区(8・9キロ)を含む静岡県は、東京・品川-名古屋間の沿線7都県で唯一未着工。JRは2027年開業に影響すると危機感を募らせるが、県側は流域を支える水を犠牲にできないとの姿勢を崩さない。両者の協議を通し、JRの環境保全対策の問題点が次々と明らかになっていて決着は見通せない。 金子慎JR東海社長は5月、静岡工区に着工できない状態が続けば「開業時期に影響を及ぼしかねない」と初めて言及し、これを受けて大村秀章愛知県知事は静岡県を激しく批判した。国土交通省は調整に乗り出し、同省と県、JRは10月31日、県主催の有識者会議とは別に、国が主催する形で県とJRが協議する会議体を新設することで一致した。同省はそもそも、地元の理解と協力を得ることを前提に事業を認可した経緯がある。 JRは今のところ、県などと環境保全策に関する協定を結んでから着工する姿勢を保っている。大井川の下にトンネルを掘る際、河川管理者の県から河川法の許可を得なければならない事情もある。 県は治水や利水に支障を生じる可能性などについて、基準に沿って可否を判断することになる。川勝平太知事は開業時期にこだわらず、納得できる環境保全対策を示すようJR側に求めている。 10月4日の県有識者会議では、工事中、トンネルに湧き出た水が異なる水系の山梨、長野両県に流出する問題を議題にした。 JRは「県外に流出しても大井川の水は減らない」と主張したが、県側の専門家は「科学的に承服できない」と反論。JRは地質を調べる垂直ボーリングを静岡県内で実施しておらず、精度の高い流出量の予測ができていない。大量流出で南アルプスが水枯れし、上流の貯水機能が低下する懸念もある。 大井川は流域60万人を潤し、産業にも広く活用されている。過去、水不足に苦しんだ流域市町や利水団体は実効性ある対策を求めるが、JRは曖昧な説明を繰り返している。 流域市町の一つ、島田市の染谷絹代市長は「大井川の水が経済活動の根幹だ。確実に大井川に水を戻してほしい」と訴えている。(静岡新聞・大橋弘典)2019年11月8日 神奈川新聞朝刊 A版 19ページ 「論説・特報-県とJRの対立続く」から引用 JR東海の社長は「静岡県がいつまでもゴネていると、開業予定が遅れる」などと静岡県知事と県民を恫喝している。神奈川県に住む私にとっては全くの他人事であるが、私が思うに「JR東海の事業計画」よりは、大井川流域の60万人住民の生活環境を守ることのほうが、遥かに大事だと思います。JRがどうしても予定通りリニアを開業したいと言うのであれば、「いざ大井川が枯渇したときは、60万人の住民の皆さまの生活を生涯にわたって保証します」という一筆をしたためさせるべきだと思います。東京電力のように、自分で事故を起こしておきながら、5年や10年で被災者に対して「避難所から出て行け」とか「どうしても住み続けるなら、家賃を倍請求する」などという非人道的な所業を許してはならないと思います。
2019年11月17日
押し入れを整理していたら古新聞の束が出てきたので、よく見ると2005年の東京新聞コラムに作家の宮崎学(みやざきまなぶ)氏が、次のように書いている; 8月8日の参議院での「郵政法案」否決の模様を報道するテレビを見ていてふと旧(ふる)い歌謡曲を思い出した。それは故鶴田浩二の歌で、確か「・・・莫迦(ばか)と阿呆(あほう)のからみあい・・・」という歌詞であった。なるほど反対派が既得利権を守ろうとしている姿には、旧い日本の姿を見る思いで、みっともないものではあった。一方、小泉派の姿は、反対派よりも醜悪に見えた。それは民営化によって発生する新しい利権へのあくなき執念を見るからである。 この国は、国鉄民営化、電電公社民営化を経験した。「民営化」で確かに、旧い利権はなくなったかも知れないが、その後新しい利権構造をつくりだしたことはまぎれもない事実である。小泉派の醜悪さは、「改革」なる旗印の下に結局は利権を求める思想の醜悪さに由来する。その点では、「職場が無くなる」とした反対派の方が旗印を示せないだけにまだわかりやすい。経済のグローバル化か急速に進んでいる中での「郵政民営化」によって新しく生まれるであろう利権は、米国への身売りという姿だと思われる。それだけに小泉派の執念は、米国への忠誠心の発露であり、そのためさらに醜悪に見えるのだ。しかし日本という国の歴史を見た時、明治維新ですら所詮(しょせん)は利権の再配分であったと思われる。日本という国は、利権の再配分でしか勣かない習性がある。この国はかくも素晴らしい国なのだ。(作家)2005年8月11日 東京新聞朝刊 11版S 25ページ 「本音のコラム-利権の再配分」から引用 鶴田浩二の「傷だらけの人生」という歌が流行ったのは、確か私がまだ学生だった時分で、その頃流行った「ラジカセ」に録音して聞いたような、かすかな記憶があります。この記事が書かれた頃の小泉政権の「郵政民営化」は、それ以前の70年代、80年代に「郵政省が郵便貯金として預かった国民の金を、財政投融資の資金として使う権限を持った官僚が、この国の政治をいいように牛耳っている。これを止めさせて、わが国の政治を硝子張りの民主主義国にする必要がある」という議論が、盛んに為された時代があって、小泉政権が「郵政民営化」に一生懸命なのは、そいうい信念を持っているからなのだろうか、と思ったものでした。しかし、郵政民営化の手順を検討する有識者会議には、宮崎氏が言うところの「新しい利権」を狙う財界人が多く参加し、有名な不動産会社を経営する人物は、郵政省が全国の温泉地に建てた「簡保の宿」をただ同然で入手する直前までいったのに、さすがに世論の批判を浴びて、計画は頓挫したという場面もありました。「日本という国は、利権の再配分でしか動かない」という宮崎氏の指摘は当たっていると思います。
2019年11月16日
国会で開催された憲法審査会について、8日の東京新聞は次のように報道している; 衆院憲法審査会は7日、今国会で初めて実質的な議論を行った。与野党議員同士の討議は2年ぶり。与党筆頭幹事で自民党の新藤義孝氏は「施行時に想定されていなかった社会情勢の変化に対応する規定整備が必要だ」と強調し、憲法改正に向けた積極論議を求めた。立憲民主党などでつくる会派の階猛氏が、法改正で足りる場合もあるとして「真に憲法改正が必要な時に議論すべきだ」と述べるなど、野党には慎重論が目立った。論議に肯定的な意見もあった。 この日の開催を機に、憲法審で改憲論議が安倍晋三首相の狙い通りに活性化するかどうかは未知数だ。国民投票法改正案を今国会で成立させる方針の自民に対し、立民などはCM規制を巡る十分な議論を要求しており、12月9日の国会会期末をにらみ攻防が続く見通し。 憲法審の討議で公明党の北側一雄氏は、大規模災害など緊急事態の際に国会議員の任期を延長できる規定について「憲法論議を進めるべき課題だ」と提起した。立民の山尾志桜里氏は国民投票法改正案を念頭に「手続きの議論が終わらない限り、憲法の中身に一切入れないのもおかしい」と独自の主張を展開した。 討議は与野党の議員団が9月、ドイツ、ウクライナ、リトアニア、エストニアの欧州4力国を訪問した成果報告をテーマに実施した。 団長で前憲法審会長の森英介氏(自民)は、憲法に当たる「基本法」を戦後63回改正したドイツに関し「与野党が大胆な妥協をいとわない政治文化がある」と紹介。国民民主党の奥野総一郎氏は「それぞれの国で状況が異なっており、一度も改正していない日本が特殊だという結論にはならない」と、くぎを刺した。 与野党の筆頭幹事は14日の次回開催について引き続き協議する。2019年11月8日 神奈川新聞朝刊 A版 2ページ 「自民、改憲の必要性強調」から引用 国民投票法改正案は改憲勢力に有利な内容になっていて民主的とは言えない改正案ですから、これをそのまま採決することはできないと思います。特にテレビCMは厳しく規制しないと、経済力に勝る陣営が有利になるため公正な国民投票にはならない危険性があります。公正な投票を保証するルールとしては、改憲派でも護憲派でも、例えば1分のテレビCMを放送する場合は相手側の主張を1分間放送する「料金」を負担する義務を負う、ということにすれば、常に賛成意見と反対意見が同じ時間量の放送が確保されるので、これが一番公平なやり方だと思います。
2019年11月15日
代替わり儀式の中での天皇の発言に対し疑問を呈する投書が、6日の東京新聞に掲載された; 今回の即位礼正殿の儀で、天皇の「お言葉」から、「憲法遵守」という文言が消えた。前の天皇(現上皇)は1990年11月の即位礼正殿の儀で、「日本国憲法を遵守し」と述べている。しかし、今の天皇は「憲法にのっとり」としか言っていない。5月の朝見の儀においても同じく「のっとり」という表現だった。 「遵守」という言葉には、「法令に従い、守る」という意味があるが、「則る」は「従う」という意味だけで、「守る」が含まれない。これは何を意味しているのだろうか。「憲法」と言い、「日本国憲法」と言わなかったことにも何か意図があるのだろうか。 ちなみに、儀式のような形式を重んじる行事においては、前例を踏襲するのが常であろう。「遵守」を「のっとる」へと、以前用いられていた言葉を変える意図はどこにあるのだろうか。見逃せない事実である。「守る」という積極的な意思が消え、ただ「従う」という消極的な意思だけが残った、と解釈せざるを得ない。 ここで、思い返してほしいのは、憲法の尊重擁護義務をうたった99条である。「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ぶ」。つまり、現天皇は、この条文を無視したということなのか。まさか、この条文から「天皇」を削除した自民党の改憲案にのっとったとでもいうのだろうか。それとも、宮内庁が憲法改正を公言する安倍政権を忖度した結果生じた変更ということか? いずれにせよ、看過できない重大な問題である。2019年11月6日 東京新聞朝刊 11版 5ページ 「ミラー-憲法『遵守』なぜ消えた」から引用 天皇の言葉遣いが微妙に変化していることについて、私は単に前例を踏襲するのではなく独自性を演出したかったのだろうくらいに思いましたが、この投書が指摘するように、何を目的に「独自性」を出したかったのかという点にまで考えを巡らす必要があるのかも知れません。また、前の天皇は「日本国憲法に従い、守る」と明言したのに対し、この度の天皇は単に「憲法に従う」としか言っておらず、取りようによっては「目の前に出された憲法には何でも従う」と、権力者に阿る態度と取れなくもない。したがって、本来であれば、自ら積極的に「日本国憲法を尊重し、これを擁護する」と、はっきり意思表示するべきだったと思います。それにしても、安倍首相も天皇同様に憲法を遵守し擁護する義務を負っているにも関わらず、白昼堂々公の場で憲法を変更することを呼びかけるのは、明らかに憲法違反であることを、私たちは認識するべきです。
2019年11月14日
安倍政権が真相究明を拒否し続けている森友・加計問題について、元文科省事務次官の前川喜平氏は月刊「マスコミ市民」2019年11月号で、次のように述べている; 最初に、森友・加計問題についてお話します。よく「モリカケ」とひとくくりにされていますが、これは学校の設置・認可に関して規制緩和という名目で特別扱いされているということと、国民の財産が使われているということでよく似た問題です。そして、いずれも政権中枢、つまり安倍首相および安倍昭恵夫人が関与しているのはほぼ聞違いありません。 加計学園問題でいえば、本来獣医学部はもう新設しないというルールがあったにもかかわらず、「国家戦略特区」という仕組みを使って、無理を重ねて本来できないことを行いました。森友学園問題の方は、橋下徹さんが知事のとき、大阪府が規制緩和という美名の下で私立小学校の超可基準を緩和して、借金で学校をつくってもいいというルールに変えてしまつたのです。 それから公の財産を提供するという問題ですが、森友学園問題では9億円もの国有地をただ同然で払い下げました。加計学園問題では、今治市と愛媛県が合わせて93億円という多額のお金を出しています。そして、37億円相当の公有地を今治市が無償で譲渡したのです。これは愛媛県や今治市の県民、市民の財産というだけではありません。それは地方債を当てていますので、償還に当たっては総務省が地方交付税から7割を補填することになっています。ですから、われわれ国民の財産を使っているのです。しかも加計学園は私立大学ですから、できてしまった以上は毎年私学助成の対象にもなるので、年間に億単位の税金が使かわていきます。そういう意味で、モリカケ問題には非常に共通性があるのです。 加計学園問題は、すでに真相が明らかになっていると言っていいと思います。一昨年、文部科学省から様々な文書が流出しましたが、その中に「総理のご意向だと聞いている」という内閣府の担当審議官の言葉が記録されていたり、「官邸の最高レベルが言っている」という発言も入っていました。あるいは、当時の萩生田光一宣房副長官部「総理は『平成30年4月開学』と、おしりを切っていた」と言った言葉も、文部科学省の文書の中に記録されているのです。これは、まさに安倍首相の肝いりで始まり、肝いりで行われた案件なのです。 さらに、それを確実なものにしたのは昨年4月、5月に、愛媛県から参議院の予算委員会に提出された文書です。菅官房長官に言わせると、文科省の文言は「出所が分からない怪文書みたいなもの」とのことでしたが、その後文部科学省で調査をした結果、存在が確認されました。愛媛媛県の文書の方は、愛媛県知事の責任において参議院予算委員会に提出された資料ですから、由緒正しい文書です。加計学園の獣医学部が国家戦略特区で認められることになる2年前、すでに加計孝太郎理事長と安倍晋三さんとが直接会って話をしていたというのです。2015年2月25日に15分間面談したという記録があり、加計さんが新しい獣医学部の説明をしたのに対して、安倍首相が「そういう考えはいいね」とコメントしたと書いてあります。こういうものを動かぬ証拠というのです。 しかし、安倍首相はその後の国会の答弁で、「加計学園の獣医学部新設の計画を初めて知ったのは2017(平成29)年の1月20日」と言いました。また、「新しい獣医学部の新設について話をしたことはない」とも言っています。しかし、愛媛県文書ではその2年前に面談しているというのですから、安倍首相が虚偽答弁してきたのは間違いないと思います。 安倍さんは、愛媛県文書との矛盾を繕うために「加計学園の渡辺事務局長が愛媛県に行って嘘の報告をした」というストーリーをつくりました。しかし、それを誰が信じるのでしょうか。その説明を裏付ける物証もなく証人もいません。いま愛媛県で裁判をやっている方がいらっしやいますので、それはその過程ではっきりしていくと思います。私は加計問題は事実関係は完全に明らかになっていると思います。行われていないのは責任追及だけです。(以下は省略)月刊「マスコミ市民」 2019年11月号 37ページ「前川喜平さんが語る『安倍政権と教育』」から一部を引用 2015年に愛媛県職員が作成した文書には、2015年の時点で安倍氏が加計学園の獣医学部新設の話を知っていたことを示す記述があることが判明したとき、加計学園の事理長は「あれはうちの職員が愛媛県に虚偽の報告をして出来た文書だから」と釈明すると、メディアはその釈明がウソかホントか追及せずに、「それが本当なら安倍首相はシロだ」とばかりに、それ以上の追及を止めてしまっている。安倍政権はそれをいいことに、加計学園問題はもう解決済みであるかのように装っているが、「ポスト安倍」政権ではこの問題を改めて検証し安倍夫妻の責任を追及するべきです。
2019年11月13日
昨日の欄に引用した「しんぶん赤旗」の記事の続きは、これまでの日本政府の対応から逸脱している安倍政権の言動について、次のように述べている;――安倍政権は判決を「国際法違反だ」と非難していますが・・・。 韓国での徴用工裁判は、民間人が日本企業という民間を訴えた裁判です。日本政府は裁判の当事者ではありません。ところが昨年の大法院判決が出ると、安倍首相はすぐ「国際法に照らせば、ありえない」と判決を全面拒否し、韓国政府に「前向きな対応」を要求しました(11月1日、衆院予算委)。日本政府はその後、韓国に経済的な報復措置を取り、深刻な国家間の対立になりました。 日本政府の対応は、日韓両国が依拠する「法の支配」、三権分立の原則から見ても問題があります。 三権分立のもと、行政府は司法府の法解釈と判断を尊重しなければならないとされています。韓国政府も大法院判決を尊重すべき立場にあります。その韓国政府に対して、大法院判決に反する対応を求めているとすれば問題です。 政府が「国際法違反」だとする根拠は、1965年の日韓請求権協定です。その第2条で請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と合意しており、判決はそれに反するというのです。 しかし問題は、それほど単純ではありません。日本政府は「協定で放棄されたのは国の外交保護権(国としての請求権)であり、個人の請求権は消滅していない」という解釈をしてきました。 個人の賠償請求権が消滅していないのですから、大法院判決がそれを認めたとしても、協定違反とはいえないことになります。 なお、日本政府は後に、「個人の請求権はあるが、裁判で救済されない」という解釈に変わりました。 しかし、裁判で救済されないというのは、基本的人権を侵害された「すべての者」が「国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する」と定めた世界人権宣言(48年)8条に反するのではないでしょうか。◆日韓会談では合意されなかった――大法院判決は日韓請求権協定を、どう見ているのでしょうか。 韓国側は請求権協定を否定しているわけではありません。大法院判決の多数意見の論立ては次のようなものです。”1951~65年の日韓会談で請求権問題は議論されたが、会談で合意されなかった論点もあった。原告が要求したのは「日本政府の不法な植民地支配と侵略戦争遂行に直結した、日本企業の反人道的な不法行為に関する日本企業への慰謝料請求権」だ。しかし、この論点は合意されなかった。だから請求権協定の「完全かつ最終的に解決された」とされる「請求権」には含まれない” 日韓会談で韓国側は「日本の植民地支配は不法であり、その賠償請求は可能だ」と主張しました。しかし日本側は「植民地支配は合法であり、賠償は問題外だ」と反論しました。植民地支配の不法性、不当性について合意に至りませんでした。 だから日韓会談で「日本政府の植民地支配に直結した、反人道的不法行為に関する日本企業への慰謝料請求権」は、請求権協定の対象外とされたのです。◆供与どうみる――「日本は請求権協定に基づき韓国に5億ドルを供与・貸与した。賠償は解決済みだ」という人もいますが・・・ 請求権協定第1条で「無償で3億ドル、有償で2億ドル」を供与・貸与すると合意しました。これについて65年11月の参院本会議で椎名悦三郎外相は「これは経済協力であり、韓国の新しい出発を祝う祝い金だ。請求権が経済協力に変わった。これは賠償の意味を持つ”と考える人がいるが、賠償とは何ら関係はない」と答弁しています。 供与・貸与金に賠償金が含まれていないことは、日本政府自身が認めていることです。――解決を妨げているものは。 今回の判決は突然、出てきたものではなく、12年5月の大法院の判決が土台になっています。 先に述べた05年以降の韓国の裁判では、ソウルの中央地方法院と高等法院で訴えが棄却されました。そこで原告は大法院に上告しました(09年9月)。大法院が、その差し戻しを命じたのが、12年の判決です。それに対して被告企業が上告しました。その結論が出たのが今回の大法院判決なのです。 正当な判決には従うのが当然です。ところが日本政府は日本企業に対して説明会を開き、事実上、企業が被害者との話し合いに応じないように、けん制しています。 12年の判決が出た時、私たちは企業や政府を回り、判決確定前に和解などをするよう呼びかけました。当時は新日鉄も経団連も和解などによる早期決着に関心を示していました。今日、政府には最低限、民間同士の解決に向けた協議を妨害しないでほしいと思います。2019年11月3日 「しんぶん赤旗」日曜版 7ページ 「徴用工賠償 国際法違反と言うが」から一部を引用 この記事で川上弁護士は「もし、安倍政権が韓国政府に対して三権分立の原則を踏みにじって、大法院判決に反する対応をすることを要求しているとすれば問題だ」などと上品な言い回しをしてますが、こういう言い方をしている限り、安倍政権は痛くもかゆくも無いのであって、本来であれば「日韓両国政府の主張を比べると、安倍政権の言分は三権分立の原則を無視した対応を要求しているので、明らかに安倍政権に『否』がある!」とズバリ指摘するべきだと思います。 また、65年の日韓請求権協定に伴う「無償で3億ドル、有償で2億ドル」は、条約を結んだ当事者が国会で「賠償とは何ら関係はない」と明言したのですから、安倍首相が言う「請求権協定によって賠償問題は解決済み」は虚構であるという点も再認識するべきだと思います。
2019年11月12日
日本と韓国の正常な関係を大きく損なうことになった徴用工裁判について、3日の「しんぶん赤旗」は日韓関係に詳しい弁護士の川上詩朗氏にインタビューしている; 韓国の元徴用工(強制動員被害者)への損害賠償を新日鉄住金(現・日本製鉄)に命じた韓国大法院(最高裁)判決(昨年10月30日)から1年――。安倍晋三首相は10月24日、韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相に対し、「判決は国際法に明確に違反している」と重ねて非難しました。この判決の意味について改めて、徴用工裁判に詳しい川上詩朗弁護士(日本弁護士連合会・日韓弁護士会戦後処理問題共同行動特別部会長)に聞きました。<坂口明記者>――どんな裁判だったのですか。 新日鉄住金の裁判では、原告2人が日本製鐵(当時)大阪製鉄所で徴用工として働かされていました。この時の強制労働に対する損害賠償を求めて1997年12月、大阪地裁に提訴したのが、この裁判の始まりです。日本の裁判では、企業だけでなく日本国も被告となりました。2003年10月に最高裁で棄却されました。 そこで、この2人に加え、釜石製鉄所の1人(健在)、八幡製鉄所の1人の計4人が原告となり、05年2月、ソウル中央地方法院に提訴し、韓国の裁判が始まりました。原告側の勝訴で決着したのが、昨年10月末の韓国大法院判決です。日本での提訴から21年目に勝ち取った判決でした。1人あたり1億ウォン(約910万円)の賠償金の支払いが命じられました。 実は昨年の大法院判決と基本的に同じ判断は、12年5月に大法院で示されています。昨年の判決は、文在寅(ムン・ジェイン)政権ができてから突如、出たものではありません。 このほかに大法院は、名古屋女子勤労挺身(ていしん)隊事件(三菱重工業)と広島三菱重工業事件でも昨年11月、企業に賠償を求める判決を出しています。 韓国では現時点で、900人を超える原告が80社を超える日本企業を相手にして徴用工裁判が行われています。被害者は約13万人といわれますが、実際に裁判できる人は限られます。原告以外の人も救済できる策を見いだす必要があります。――そもそも徴用工とは。 日中戦争の泥沼化で日本の男性労働者が徴兵され、日本本国の炭鉱や製鉄所などの労働者が不足しました。そのため、当時、植民地だった朝鮮の人々を動員して本国で慟かせたのが徴用工(女性は勤労挺身隊)です。 昨年10月の大法院判決の原告中、大阪製鉄所に送られた2人は、1943年に動員されました。Aさんは17歳、Bさんは19歳でした。 「本土の製鉄所で2年間、訓練を受けて技術を身に付ければ、朝鮮に戻り技術者として働ける」という求人に応募し、大阪に行きました。これは全くのウソでした。今の日本で起きている「外国人技能実習生」問題と似ていますね。 寮は舎監に監視され、外出は許可制でした。Aさんの仕事は、鉄パイプの中に入り、投入された石炭をかき混ぜ、石炭カスを取り出す重労働でした。Bさんは起重機の操作でした。 休日は月1~2回で、食事は貧弱でした。賃金は「貯金する」といって舎監が管理し、月2~3円の小遣いが渡されただけです。給与は結局、最後まで支払われませんでした。 01年の大阪地裁の判決も、この労働実態は「強制労働に該当し、違法」だと認定しました。「賃金未払」という「債務不履行」、「強制労働」という「不法行為」により、日本製鍼に損害賠償責任があることを認めました。 徴用工問題は国と国の対立のように描かれています。しかし根本は、人権を侵害された被害者が、自らの救済を求めている問題です。「国対国」でなく、人権侵害を受けた被害者個人を中心に考える必要があります。◆韓国大法院判決のポイント(1)日本の裁判で原告の敗訴が確定していても、その判決は日本の植民地支配が合法的だとの認識を前提にしている。それをそのまま承認することは韓国の社会秩序に反する。(2)旧日本製鍼が解散されていても、賠償義務は新日鉄住金に承継される。(3)強制動員被害者の日本企業への慰謝料請求権行使は、日韓請求権協定に反しない。(4)時効消滅は該当しない。(5)慰謝料額は裁判所が確定できる。したがって新日鉄住金の上告を全て棄却する。かわかみ・しろう=中国人戦争被害者訴訟弁護団で活動。 2010年以降、韓国人徴用工問題に取り組む。著書に『徴用工裁判と日韓請求権協定一韓国大法院判決を読み解く』(共著)2019年11月3日 「しんぶん赤旗」日曜版 6ページ 「徴用工賠償 国際法違反と言うが」から一部を引用 一ヶ月働いてもわずかな小遣い銭をもらうだけで、給料は貯金しておくからと言われたのに、いざ帰国するときはその貯まっているはずの給料を渡してくれなかったというのは、はっきり言って詐欺ですから、これは訴えないわけにはいきません。それにしても、外国人労働者を騙してこき使うという現象は、現代の日本にも受け継がれて、パスポートを取り上げられた「実習生」が搾取に耐えかねて「失踪」する事件が今も起きているとは呆れた話です。戦前から、日本人はあまり変わっていないということだと思います。
2019年11月11日
大学の入学試験のうちの「英語」を民間企業に委託する方針を巡る萩生田文科大臣の発言を、元文科官僚の前川喜平氏は3日の東京新聞コラムで、次のように批判している; 1日に萩生田文科大臣は、大学入学共通テストへの英語民間試験の導入延期を発表した。「就任以来高校生のことを一番に思いながら慎重に検討を行ってきた」「自信を持って受験生にお薦めできるシステムにはなっていない」「官邸に報告はしたが、最終的な決定は私がした」 これらの説明は、それまでの萩生田氏の姿勢とは明らかに矛盾する。「当初のスケジュールどおり実施することを前提に全力で取り組む」。大臣就任以来一貫してそう繰り返していたからだ。 10月24日にはテレビ番組で経済格差や地域格差について聞かれ「自分の身の丈に合わせて頑張って」と、明らかに教育の機会均等の理念に反する発言をした。謝罪と発言の撤回はしたが、英語民間試験については「ぜひ予定どおり実施したい」と強調した。 延期発表2日前の10月30日、首相官邸に近い読売新聞が「英語民間試験延期論が政府内で浮上」と報道。衆院文科委で真偽を問われた萩生田氏は「承知していない」としつつ「円滑な実施に向けて全力で取り組みたい」と改めて決意表明していた。31日の1日のうちに180度方針が変わった。支持率低下を恐れた首相官邸の指示によることは疑いない。 抗議行動を続けた高校生諸君、これは君たちの勝利である。(現代教育行政研究会代表)2019年11月3日 東京新聞朝刊 11版 29ページ 「本音のコラム-萩生田氏と英語民間試験」から引用 この度の「英語民間試験」については、世間では文部科学大臣ともあろう者が「身の丈に合った受験をすればいいんだ」という差別的な発言をしたのがけしからん、という論調ですが、私はちょっと違和感を覚えます。文科大臣が受験生の間の格差を当然視するような発言をするのは確かに問題ですが、それ以前に、それぞれの大学が自分の仕事としてやるべき「入学試験」を、国のチカラで民間業者にやらせることにするというのが「問題」だと思います。民間業者にやらせるために、政府がその業者に補助金を出す。その民間業者には文部科学省からOBが天下りしている。その上、受験生は大学に払う受験料の他に、英語試験を請け負った企業にも余分な受験料を払わされる。こんな制度にすることを、国会ではどう議論されたのか、疑問に思います。荻生田氏がテレビで司会者に質問されたとき、もっと気の利いた受け答えでさらりとかわしていれば、今ごろは民間企業が「英語の試験」を予定通り実施することになっていたはずで、野党の追及やメディアの批判で「延期」になったものではないという点に、私は大きな問題を感じます。
2019年11月10日

アメリカの学校の先生たちの労働組合が待遇改善を要求してストライキを決行し、ついに勝利したと、2日の「しんぶん赤旗」が報道している; 【ワシントン=遠藤誠二】全米第3の人口を抱える米中西部イリノイ州のシカゴで、賃上げや教育環境の改善を求めストライキを続けていたシカゴ教職員組合(CTU)とサービス業国際労組(SEIU)は10月30日までに、シカゴ公立校学区(CPS)と、5年間の新たな労働協約をそれぞれ結ぶ暫定合意で妥結に至りました。ストは半月を経て終了します。 暫定合意(CPSとCTU間)は、▽すべての教員への16%の賃上げ保障▽ソーシャルワーカーを約200人増員しすべての学校に配置▽養護教員250人を新協約期間中に増員▽12年生(高校最終学年)クラスの少人数化にむけた予算化―などです。またSEIUとCPSの合意は、特別クラス教員の給与引き上げ(最高で40%)やバス運転手、学校警備員らの賃上げ(17~32%)など。 CTUのシャーキー議長は、「(合意は)シカゴの教育者の経験や意見を認め尊重するものだ」「最も弱い立場の児童、生徒に、必要な教育、予算、サービスが受けられることを確かなものにする」と評価しました。 SEIU(73支部)のバルマー議長は、「シカゴ労働者の勝利であり、団結して行動すれば、何が可能なのかを示すものだ」と述べました。 CTUは幹部による投票で暫定合意を承認。今後、組合員による投票が行われます。SEIUメンバーはすでに投票を行い、賛成で合意を承認しました。 ストはCTU組合員2万5000人、SEIUの7500人が参加して10月17日から行われています。シカゴ学区は全米で3番目に大きく、児童・生徒数は約40万人。2019年11月2日 「しんぶん赤旗」 7ページ 「シカゴ教員スト 勝利」から引用 さすがは日本が民主主義の師と仰ぐアメリカです。学校の先生たちが労働組合を作ってストをやるとは、日本にも先生たちの労働組合はあるにはありますが、最近は組織率が低迷して、活動がニュースになるということもなくなり、それと同時にわが国の民主政治も危うくなり、権力を握った政治家の友人・知人の利益のために国の予算や資産が流用される始末です。その結果、やりたい放題の政府が今やろうとしているのは、先生たちの働き方改革と称する「ただ働き合法化」の策謀です。わが国の悪しき伝統として、教育者は聖職との観念があり、職場に拘束される時間が多少延びても文句を言わずに黙々と仕事をすることを「美徳」として「残業代未払い」が全国の中学、高校で横行している。これを放置すれば、いずれ誰かが労働基準法を盾に裁判に訴える危険があるので、今のうちに「残業代を払わなくても合法である」と明記した法律を作ってしまえ、というのが安倍政権の狙いです。休憩時間も満足に取れないほど多忙な先生たちの働き方を本当に改革しようと考えるなら、人員を増やす、一クラスの少人数化を進める、というような「改革」を実施するべきですが、そのような「環境」はそのままにして、とにかく「現状は合法だ」というだけでは何も「改革」にはなりません。日本の先生たちの労働組合が実力を身につけるにはどうしたら良いか、という課題は、日本の民主主義を健全にするにはどうしたら良いか、という課題に通じると思います。
2019年11月09日
徴用工裁判に関する安倍政権の非常識な対応について、10月31日の「しんぶん赤旗」は次のように論評している; 安倍政権は、元徴用工への賠償を認めた韓国の大法院判決について、日韓請求権協定に明確に「違反」するという態度を取り続けています。◆個人請求権ある 1965年の日韓請求権協定は、韓国への有償・無償の経済援助の一方で、請求権の問題が「完全かつ最終的に解決された」と規定しています。しかし安倍政権も、これによって「個人の請求権が消滅したと申し上げるわけではございません」(河野太郎外相=当時、昨年11月14日、衆院外務委)と認めています。歴代政権も、消滅したのは国対国の外交保護権だとしてきました。この点は韓国側も同様の認識です。 個人の請求権が消滅していないなら、裁判による救済が可能かについて日韓間に意見の相違があっても、被害者である元徴用工と加害企業の間で、和解をはじめ、話し合いによる問題解決は法的にも可能です。しかも、被害者が求める尊厳の救済にとって核心的な問題は、事実を認め、真摯(しんし)な謝罪を得ることです。金銭の支払いありきではありません。 日本共産党の志位和夫委員長は昨年10月30日の大法院判決を受けての会見で「不一致点をいたずらに拡大したり、あおったりするのではなく、『被害者個人の請求権は消滅していない』という一致点から出発し、被害者の名誉と尊厳を回復するための具体的措置を、日韓両国で話し合って見いたしていくという態度が大事ではないでしょうか」と提起しました。◆一致点を「無視」 ところが安倍政権は被害者の願いに背を向け、まさに一致点を無視して「違い」ばかりを強調する対応に終始。日本企業に対しても「日本政府の立場」の説明会などを通じ、被害者との対話に応じないよう働きかけ、和解の可能性を妨害するという異常な対応を続けてきました。 徴用工問題の本質は、大法院判決も指摘したように、日本の不法な植民地支配と結びついた日本企業の反人道的不法行為によって多くの朝鮮の人々に重大な苦痛と損害を与えたことです。植民地支配への真摯な反省を土台にしてこそ問題解決の道は開かれます。 この点では、安倍政権が朝鮮半島への侵略と植民地支配について、全く無反省であることが、問題解決の重大な障害となっています。(中祖寅一)2019年10月31日 「しんぶん赤旗」 2ページ 「安倍政権の異常対応」から引用 この記事が言うように、安倍政権は徴用工裁判の被告企業が和解の準備を始めた昨年の夏頃に「日本政府の立場」の説明会を開いて、被害者との対話をしないように要請したという事実があります。これが、今日の日韓問題の元凶と言えます。それ以前にも、安倍政権は自衛隊機が韓国軍からレーダー照射をされたと言って騒ぎを大きくしようと試みた「前科」があります。この時も、現場を担当する防衛省はかつてもあったトラブルに過ぎないからという理由で、前例に習って穏便に済まそうとしたところ、にわかに首相官邸が介入してきて、前回よりも大きな問題に発展しましたが、さすがに米軍がいい顔しなかったために、自分の立場を悪くしたくない安倍首相がしぶしぶ「矛を収めた」のでした。韓国叩きで求心力を高めるなどという邪悪な発想の指導者が行政のトップにいるのは、日韓両国にとって大きな損失です。
2019年11月08日

私たちは、戦前の歴史とどのように向き合うべきか。10月31日の「しんぶん赤旗」は、福岡県大牟田市の事例を次のように紹介している; 世界遺産・三井三池炭鉱で、過酷な労働のすえ命を落とした徴用工の「慰霊碑」が、福岡県大牟田市にあります。建立団体「在日コリア大牟田」代表の禹判根(ウパングン)さん(81)は、徴用工訴訟で再び日韓関係が冷え込む今、歴史の真実を見てほしいといいます。◆落書きと旭日旗 大牟田市甘木(あまぎ)公園の「徴用犠牲者慰霊碑」は、戦前に朝鮮半島から連行され、三井三池炭鉱(同市)などで亡くなった徴用工のため、1995年に建立されました。 2015年10月に、日本語の碑文が黒い塗料で塗りつぶされているのを市民が発見。碑には「全部うそ!」と落書きがされ、側面には旭日旗が貼りつけられていましたが、犯人は逮捕されませんでした。 同炭鉱が1995年に朝鮮総連に渡した名簿によれば、炭鉱全体で2千人以上の徴用工が存在。死者は34人とされています。一方、炭鉱内の万田坑(熊本県荒尾市)が46年、当時の厚生省に行った報告では、同坑だけで37人が死亡したとされ、動員数・死者数はさらに多い可能性もあります。 禹さんは5年間、三井系企業に通いつめて「慰霊碑」の建立を説得。韓国の瑞州郡(現在は市)で造られた「慰霊碑」は、企業が全費用を負担し、大牟田市が無償で土地を提供しました。 在日団体と企業、行政の名前が並ぶ建立文を指し、禹さんは「これが大事。企業と行政が責任をとって、在日と一緒に建てた」と強調します。今年で24回目となった「慰霊祭」には、同市長や市議会議長も訪れました。◆企業も私も泣く 碑を前に、禹さんは95年の除幕式の様子を話してくれました。会場で企業側の代表を紹介すると、元徴用工に一触即発の空気が流れました。 「3人の企業代表が元徴用工10人の前で『直接私たちがしたわけではないが、うちの企業がした。今こうして慰霊碑を建てました』『ビールを注がせてください』と言った。すると元徴用工のほぼ全員が杯を受けた。―人、『俺は死んでもおまえの酒はもらわん』という人もいたけど、企業側がこれで帰りますと言ったら、9人が立ち上がって彼らを見送った。企業側も泣く、私も泣いた」 15年7月に三井三池炭鉱が世界遺産に登録された際、登録決定後の演説で日本政府は「朝鮮半島の多くの人々が意思に反して連行された」と明言しています。 禹さん自身も、元徴用工の男性をみとりました。「その方は日本に17歳で連れてこられた。生活保護を受けていて、亡くなる前に病院を見舞うと、私の手を握って『俺、国に帰りたい。生まれ故郷に帰りたい』と泣かれました。戦争ほど残酷で悲惨なものはない。その戦争は誰がしたかということを考えてほしい」(岡本あゆ)2019年10月31日 「しんぶん赤旗」 3ページ 「シリーズ・現場から考える日韓の歴史-企業・市と一緒に建立」から引用 在日の団体と企業、行政の三者が話し合いを重ねた結果、市立公園に徴用犠牲者慰霊碑を建てることになったのは良かったと思います。公園を訪れる市民は、その昔どのようなことがあったか思いを巡らせ、後世に語り伝えて、同じ過ちを繰り返さないように心掛ける。このようにして歴史は進歩していくものと思います。県立公園から慰霊碑を撤去しろなどという決議をした関東のどこかの県議会とは「雲泥の差」という印象を受けました。
2019年11月07日
先日、とある市民団体が主催する勉強会に出席したところ、配られた資料に興味深い記述を発見した;大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定(条約第172号:1965年6月22日締結、1965年12月18日発効)第1条1 日本国は、大韓民国に対し、(a)現在において千八十億日本円に換算される三億アメリカ合衆国ドルと同等の日本円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の用役を、この協定の効力発生の日から十年の期間にわたって無償で提供する。各年におる生産物及び用役の供与に現在において百八億日本円に換算される三千万アメリカ合衆国ドルと同等の日本円の額を限度とし、各年における提供がこの額に達しなかったときは、その残額は、次年以降の提供額に加算される。ただし、各年の提供の限度額は、両締約国政府の合意により増額されることができる。(b)現在において七百二十億円に換算される二億合衆国ドルに等しい円の額に達するまでの長期低利の貨寸けで、大韓民国政府が要請し、かつ、3の規定に基づいて締結される取極に従って決定される事業の実施に必要な日本国の生産物及び日本人の役務の大韓民国による調達に充てられるものをこの協定の効力発生の日から十年の期間にわたっで行なうものとする。この貸付けは、日本国の海外経済協力基金により行なわれるものとし、日本国政府は、同基金がこの貸付けを各年において均等に行ないうるために必要とする資金を確保することができるように必要な措置を執るものとする。前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。2 両締約国政府は、この条の規定の実施に関する事項について勧告を行なう権限を有する両政府間の協議機関として、両政府の代表者で構成される合同委員会を設置する。3 (略)(以下は省略)「徴用工問題をきっかけに日韓関係について考える」勉強会資料から引用 慰安婦問題や徴用工問題が持ち上がると「日本は65年の日韓基本条約を締結したときに3億ドルを払ったのだから、あとは韓国政府がその中から必要な保証金を支払うべきだったのだ。それをしなかった責任は韓国政府にある」という議論をよく聞きます。だから、私はてっきり日本政府が韓国政府に3億ドルの現金を送金したものと思っておりましたが、それはとんでもない間違いで、日本政府が出した3億ドルの現金はそっくりそのまま日本企業のフトコロに収まり、韓国には日本企業が作った道路や橋梁、空港、ビル、港湾設備、製鉄所などが治められたというのが実態だったとのことで、それらの生産物や用役を無償で提供された韓国には役に立った話だったが、それ以上に潤ったのは何を隠そう、日本企業であったいう「現実」を、私たちは認識するべきと思います。
2019年11月06日
徴用工裁判の判決が出てから一年になる10月30日の東京新聞は、次のように報道している; 韓国大法院(最高裁)が韓国人元徴用エヘの賠償を日本企業に命じてから、30日で一年となる。判決を巡る日韓両政府の溝は深く、双方とも主張を譲らない。経済や防衛協力に飛び火した対立の打開策は見つかっていない。(木谷孝洋、ソウル・中村彰宏)◆立場 「わが国の立場は一貫しており、変更はない」。菅義偉(すがよしひで)官房長官は29日の記者会見で、韓国側が1965年の日韓請求権協定に従って解決策を示すべきだと強調した。安倍晋三首相も「判決は国際法に違反し、日韓関係の法的基盤を根本から崩す」と重ねて指摘している。 元徴用工問題は、協定で「完全かつ最終的に解決された」というのが日本の立場だ。韓国も2005年に、当時の盧武鉉(ノムヒョン)政権が「協定に含まれる」とし、07年に元徴用工らに慰労金などを支給した。 ところが韓国最高裁は18年の判決で、日本の植民地支配や日本企業の「強制動員」を不法とし、精神的苦痛などに対する「慰謝料」支払いを命じた。判決後、文在寅(ムンジェイン)大統領は「司法判断を尊重する」と宣言。「反人道的不法行為は協定で解決していない」(大統領府高官)と日本政府の関与を求めている。◆不信 一年間で不信感や対立は深まった。外務省当局者が、韓国に日本の憤りを気付かせる「ウェークアップコール」と呼ぶ対韓国輸出規制の強化は、韓国による日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA=ジーソミア)破棄決定につながった。韓国内での日本製品不買運動や訪日韓国人観光客減少など、負の連鎖も続く。 打開策を探る動きもある。韓国政府は6月、日韓企業が元徴用工に補償する「1十1」案を提案。韓国政府も加えた「1十1十α」案も最近、正式に日本政府に伝えた。韓国外務省当局者は「αは一つとは言えない」と新たな案の提示も示唆する。日本企業が負担した分を韓国政府が補てんする案や、日本企業の拠出金の使途を限定する案も検討された。 これまで日本政府は、こうした案に応じていない。日本企業がカネを出せば「解決済み」との立場に反するためだ。日韓関係に携わる人の中には、解釈の隔たりを踏まえた上でことさらに違いを強調し合わず「ブレイクスルー(行き詰まりの突破)」する策が必要だとの声もある。2019年10月30日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「日韓対立 負の連鎖」から引用 この記事は「真実」を語っているのかどうか、私は著しい疑問を感じる。そもそも「徴用工裁判」とは、韓国の一市民がソウル市内に事務所を構えて営業している日本企業に対し、戦時中に非人道的な環境で「労働」を強要されたことに関する保障を要求した裁判で、民間同士の裁判であるから、日本も韓国も政府が介入する余地は最初から存在しない。それを、被告の日本企業は負担をなるべく軽減するために「和解」に持ち込むつもりでいたところを、安倍政権が無理に介入して「和解」を阻止し、厳しい判決を誘導する結果となったものであり、安倍政権は自分で問題を大きくしておきながら、韓国政府に「なんとかしろ」と言い掛かりをつける、まるでヤクザのような態度である。しかも、安倍政権の外務大臣を務めた河野太郎議員(現在は防衛大臣)は、日韓請求権協定の下でも「個人の請求権が消滅したわけではない」と言明している。したがって、この問題では安倍政権が「横車を押している」ことは明らかであるにも関わらず、上に引用した東京新聞の記事は、「真実」には一切目をつむり、「問題が一向に解決する気配がないのは困ったものだ」という態度で済まそうとしている。報道機関として、あるまじき姿勢であると言うほかはない。
2019年11月05日
川崎市では市当局も共催する映画祭で、一度は上映を決めた映画を突然上映中止にすると発表したため、関係する各方面から批判の声が上がった。10月30日の神奈川新聞は、社説で次のように批判している; 川崎市麻生区で始まった「KAWASAKIしんゆり映画祭」で、慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画『主戦場』の上映が、一度は予定されながら取りやめになった。 映画の一部出演者が上映禁止などを求めて訴訟を起こしていることを受け、共催する川崎市が主催者のNPO法人に懸念を伝えていた。 共催の市は、開催費用約1300万円のうち約600万円を助成している。公金を出す市が懸念を伝えれぱ主催者がどのような判断をするかは、容易に察することができるはずだ。事実上の介入と言えよう。 上映作品はボランティアを含め約70人の投票で決められている。民主的な手続きで決まったものを覆した映画祭事務局の判断にも首をかしげざるを得ない。 主催のNPO法人は、提訴を承知の上で配給会社に上映申請をしていた。ところが、市から「訴訟になっている作品を上映することで、市や映画祭も出演者から訴えられる可能性がある。市が関わってやることは難しいのではないか」と伝えられ、映画祭事務局は上映を取りやめることにした。 提訴した側にとってみれば、行政も映画祭事務局も勝手に萎縮し、自己規制し、図らずも自分たちの求める上映禁止を実現してくれたと映るだろう。 元慰安婦を象徴した少女像などに抗議や脅迫が相次ぎ、一度は中止になったあいちトリエンナールの「表現の不自由展・その後」に対し、文化庁が補助金不交付を決めた構図と極めて酷似している。 意見が合わない表現について、抗議や脅迫、提訴という形で圧力をかける行為について、行政が結果的に後押しをしてしまっている。こうした現状は危うい。これでは多様な表現活動はどんどんと先細っていくことになる。 行政は本来、こうした圧力から「表現の場」を守るべき立場である。映画祭事務局に「懸念」を伝えた市の部署は「市民文化振興室」という名称だ。市民の文化を振興させるべき役割なのに、それを果たしていると言えるだろうか。 異なる意見を尊重し、議論をすることが、人や社会を成熟させていく。市民の決めた上映に不要な「懸念」を伝えることが、どれだけ大きな影響を及ぼすか、深く自省するべきである。2019年10月30日 神奈川新聞朝刊 「社説-『文化振興』役割果たせ」から引用 訴訟になっている映画だから、うっかり上映などをすると市当局も訴えられるのではないか、などと変に気を回すと、それは訴えている「右翼」の思うツボである。実質的に「訴えの利益」がない事例であっても、気に入らない映画や絵画、彫刻などを、単に妨害を目的に裁判を起こせば判決が出るまでの長い間、発表を「合法的に」妨害できることになり、これでは自ら民主主義を危機に陥れることになる。幸いなことに、映画祭実行委員会は十分な話し合いを重ねた結果、一度中止と発表した映画も、予定通りに上映することになった。これからも、このような問題に注意を払い、私たちの民主主義を維持していきたいものである。
2019年11月04日
毎年数千人の怪我人を出している学校の運動会、とりわけ「組み体操」について、神戸市では市長が組み体操を見直すように教育委員会に要請したが、教育委員会はその要請を受け入れず、組み体操を強行したという。何故、そのような危険な種目を強行しなければならなかったのか、10月21日の東京新聞は次のように報道している; 小中学校の運動会での組み体操を巡り、神戸市と市教委が対立する異例の混乱が起きている。市長が組み体操の実施の見合わせを市教委に要請したにもかかわらず、この秋には92校で行われ、51件のけがが報告され、うち6件は骨折だった。けがが付きものの組み体操が全国の学校で続けられる背景に何かあるのか。(稲垣太郎) 「いやだと言えない子どもたちに、けがを負わせるようなことを学校が平気でやっている」 15日に神戸市教委などに組み体操の禁止などを求める要望書を提出した、子どもの虐待ゼロを目指すNPO法人「シンクキッズ」の代表理事で弁護士の後藤啓二氏はそう憤る。 神戸市立小中学校では2016年春からの3年間で、子どもたちが組み体操でけがをして医療機関を受診した報告が397件あり、うち123件は骨折だった。 今年秋の運動会でも組み体操の継続を市教委が決めたとして、久元喜造市長は8月2日、安全に実施できないと判断した場合は実施を見合わせるよう長田淳市教育長に要請。自身のツイッターで「多数の教員が実施を望んでいるというが、子どもの命や安全は、多数決で決めるべきではない」「骨折は、命の危険、後遺症に直結する。すぐに、やめてほしい!」と投稿した。 ところが市教委は「すでに練習を始めている学校がある」などとして見合わせには応じず、運動会で組み体操を行う小中学校に対し、演技の構成や安全確保策などを書いた実施計画書を提出させ、内容をチェック。実施を許された学校で本番を目指した練習中に事故が起きた。 17日にあった市総合教育会議で、久元市長は組み体操実施の見直しを求めたが、市教委側は近く第三者委員会を設置し、来年度の運動会での方針を年内に決めると答えるにとどめた。 全国の学校で行われてきた組み体操では、段数の高い「タワー」や「ピラミッド」などでの死亡や障害の残る事故が社会問題化し、スポーツ庁は16年3月、事故防止に関する通知を都道府県や政令市の教育委員会などに出した。 日本スポーツ振興センターが小中学校や高校での組み体操のけがに対して給付した医療費の支給件数は15年度の8071件から16年度は5271件に大きく減り、17年度は4725件、18年度は4146件(速報値)と減少が続いている。学校が組み体操をやめたり、段数などを低くしてけがを減らしたりしている傾向かうかがえる。 それでも、神戸市のように、学校がかたくなに組み体操を続けるケースは残っている。なぜなのか。 「ぜひ組み体操をやってくれというものと、危険だからやめてくれというものとで保護者の意見が真っ二つに割れている」。中学3年の時に、組み体操のタワー最上部から落ちた経験があるという教育評論家の尾木直樹氏は、保護者の希望の存在を挙げる。 さらに「組み体操を成功させ、先生たちにほめられ、涙を流して喜ぶ子どももいる」とも。だが、「達成感なら創作ダンスなど他の安全な演目でも得られる。危険な組み体操はやめるべきだ」と主張する。 学校内の事故に詳しい名古屋大大学院の内田良准教授(教育社会学)も保護者の影響を指摘する。 「組み体操をすると、運動会が盛り上がる。子どもたちが単純に走るだけでなく、組み体操のように凝ったもの、難易度が高いものを見ると保護者の満足度が上がる。だから学校は組み体操をやりたがる」と説明し、こう注意を促した。 「運動会の盛り上がりは結果論であって、それを目指すべきではない。子どもの安全を確立した上で運動会をやれるかどうかがポイントだ」2019年10月21日 東京新聞朝刊 12版 22ページ 「組み体操 続行の背景は」から引用 無駄に怪我をする生徒が一人でも減るようにという神戸市の市長さんの心優しい配慮が教育委員会に通じなかったのは残念です。それにしても、市長の要請に応えられない理由が「すでに多くの学校が練習に取り組んでいるから、ここで『中止』を指示するわけにはいかない」というのは、いささかお粗末な気がします。そんな理由を言わせないように、運動会シーズンが来る前に市長から教育委員会に要請をするべきであったし、それ以前に教育委員会も教育のプロとして生徒の健全な発達を考えて、運動会から危険な種目を排除する作業をするべきだったと思います。それにしても、学校教育法には、学校当局は授業その他の学校行事を実施するに当たって児童生徒の安全を確保する義務を有すると明記した条項があるのだから、来年は指示に従わない教育委員会があった場合は「万が一怪我人が出た場合は、安全確保義務違反で刑事告訴します」と、はっきり通告するべきだと思います。
2019年11月03日
かつての日本が朝鮮半島を植民地支配したことを、現代の日本人はどのように認識するべきか、朝鮮近現代史が専門の一橋大学准教授、加藤圭木氏が10月31日の「しんぶん赤旗」に次のように書いている; 朝鮮半島に対する植民地支配の不法性について話をすると、「なぜ日本だけ責められるのか」とよく聞かれます。ここには大きな問題があると思います。 まず何より、人権や民族の尊厳という観点から植民地の実態、侵略の実態を見たうえで不法性を認識していくことが重要です。「欧米諸国が反省していない」というのは結局、責任逃れにすぎません。日本軍「慰安婦」問題で、戦時性暴力は世界のどこにでもあったというのも、「慰安所」制度を実施した主体が日本軍であるという特殊性を見ないものですし、責任逃れの議論です。日本の問題と向き合った上で、世界の植民地支配、戦時性暴力の全体を告発する動きにつなげていくことが必要です。「世界」のことを言えば責任から逃れられるという感覚は非常におかしい。 同時に、いま世界的に過去の奴隷制や植民地支配の責任が問い直されつつあることに目をむけ、その中で問題を考えることが必要です。2001年の国連のダーバン会議で、奴隷制や植民地主義、ジェノサイド(虐殺)など過去の悲劇に対する反省、謝罪を求める決議が採択されました。西欧諸国による「巻き返し」で不十分な面もありますが、大きな変化です。 私が強調したいのは、日本の朝鮮半島に対する植民地支配の責任は、支配の行われた当時からずっと告発され問われてきたが、それが国民的には認識されずにきたということです。 例えば、日本は「韓国併合」前に、日清戦争(1894~95年)以降、本格的な朝鮮侵略に乗り出します。その過程では、王宮を軍隊が占領したり、抵抗の中心だった皇后・閔妃(ミンピ)を殺害するという暴挙を続けます。1896年には既に、「条約というものは隣国の君主を脅かし、国母(閔妃)を殺してよいとはしていない」として、当時の国際法を援用した日本批判が存在しました。また1920年には、「日本は朝鮮の独立を保全しないことは絶対ない」と言ったのに、舌の根の乾かぬうちに「血盟」を破棄し韓族を武力弾圧する一方、世界に向かっては「韓人は日本の統治に喜んで服従している」と欺いていると、正義に照らして批判する書物がまとめられていました。何より、植民地化過程の義兵運動や三・一運動(1919年)など民衆の抵抗がありました。日本の国内にも、少数でしたが侵略を批判する抵抗者もいた。それらを弾圧しつつ侵略は行われました。 このような抵抗、告発の事実を、今日、人類が共有するに至った人権や民族の尊厳という普遍的価値に照らし、国際的に、国際法の言葉で語りなおす段階にきているのです。問われているのは今であり私たちです。<聞き手・中祖寅一>2019年10月31日 「しんぶん赤旗」 1ページ 「シリーズ・日韓関係を考える-人権 問われるのは今」から引用 この記事は論理明快で分かりやすいと思います。私の経験でも、イギリスやフランスがアジア・アフリカに多くの植民地を所有し搾取したことについて一切謝罪していないことを以て、日本だって韓国に謝罪する必要はないなどと発言する人が多くいることを知っていますが、この記事が言うように、そういう考えは間違っていると思います。フランス革命で勝利した人々が誇らしく宣言したように、人間は一人一人が平等であって、優秀だからといって少し劣る人間を支配したり、ましてや搾取などしてはなりません。歴史の経緯から「植民地支配」したことが明らかであれば、加害国の人々も被害国の人々も、共に現代に生きる人間として共通の立場から史実を見つめ、こういうことは将来二度とあってはならないことであるという共通の認識を持つべきであると思います。また、この記事が述べるように、日本の朝鮮植民地支配については当時から批判する意見もあったが、当時の専制的な政府が言論を統制していたために、多くの国民の知るところとならず、今日に至るまで当時の植民地政策を肯定するかのような意見が残っていることにも留意が必要です。
2019年11月02日
先月開会された国会で所信表明演説を行なった安倍首相は、その演説の締めくくりの部分で、次のように述べました;(前半は省略) 一千万人もの戦死者を出した悲惨な戦争を経て、どういう世界を創っていくのか。新しい時代に向けた理想、未来を見据えた新しい原則として、日本は「人種平等」を掲げました。 世界中に欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は、各国の強い反対にさらされました。しかし、決して怯(ひる)むことはなかった。各国の代表団を前に、日本全権代表の牧野伸顕は、毅(き)然として、こう述べました。 「困難な現状にあることは認識しているが、決して乗り越えられないものではない。」 日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、今、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則となっています。(後半も省略)首相官邸ホームページ「第二百回国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説」から一部を引用https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/1004shoshinhyomei.html これを黙って聞いていると、「そうか、日本は100年も前から『人種平等』を主張して、それがようやく最近になって実を結んで、今では国際社会の基本原則になっている。日本、スゴイね!」という印象を人々に与えますが、それは「歴史の捏造だ」という批判が多くの有識者から語られています。 例えば、東京大学名誉教授の木畑洋一氏は10月16日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いています;パリ講和会議での「人種平等」提案と日本-安倍首相の歴史わい曲 10月4日の所信表明演説を結ぶにあたって安倍晋三首相は、1919年のパリ講和会議での「人種平等」をめぐる日本の提案に触れた。首相は、それが「新しい時代に向けた理想、未来を見据えた新しい原則」の提示であり、国際人権規約につながったと、100年前の日本を称揚したのである。しかし、この評価は歴史的にみて誤っている。 第1次世界大戦の終結を受けて1919年1月から開かれたパリ講和会議では、戦勝国側が、敗戦国ドイツに戦争責任を帰す形で戦後処理を行うとともに、戦後の国際秩序を担う機構として国際連盟を作り上げた。 日本は戦勝国として会議の中心となる五大国の一翼を占めることになったが、「サイレント・パートナー」と揶揄(やゆ)されたように、存在感は薄かった。そのなかにあって、ただ一つ日本が積極的に動いたのが、このいわゆる「人種平等」提案であった。 国際連盟の規約を検討する委員会で、日本代表はまず、信仰の自由を扱う条項に、「人種や国籍の如何」による差別は行わないという内容を付加する提案を行った。この提案が賛成少数で退けられ、また信仰条項自体も削除されると、日本は次いで、規約の前文に「各国民の平等」に関する文言を入れることを提案した。 規約本文よりも拘束力が弱い前文についてのこの案には賛成する国も多かったものの、白豪主義を実践していたオーストラリアなどの反対があるなか、決定には全会一致が必要との議長ウィルソン米大統領の方針で、日本の提案は却下された。◆ 普遍的理想とは異なる狙いから ここでの日本は、一見「新しい時代に向けた理想」を追っていたようである。しかし、この提案にあたっての日本政府の動機はそれとは異なっていた。 一つには、当時アメリカで強まっていた日本人移民排斥の動きに歯止めをかけるという目的が存在した。さらに、国際連盟を中心に作り上げられる大戦後の国際秩序において、非白人国日本が大国としての位置を確保しておくために、人種平等を国際社会が認めることが重要であると考えられていた。 つまり、この提案に込められていたのは日本の国益追求の念であり、この問題について最も信頼できる研究を行った島津直子によると、普遍的な原則としての人種平等が議論された形跡は公的記録には全く残っていない。未来に向けての理想など、そこには存在せず、国際人権規約の淵源とはとてもいえない提案だったのである。◆ 植民地を支配し朝鮮・台湾を差別 そして何よりも、日本は植民地として支配下に置いていた台湾や朝鮮の人々に対して、人種平等の理念に反する差別を行っていたが、講和会議での提案においては、そのことについての省察は完全に欠如していた。日本の提案は偽善以外の何物でもなかったのである。 こうした日本の姿勢について、ジャーナリスト石橋湛山は、1919年夏に書いた「大日本主義の幻想」という文章のなかで、「我が国は、自ら実行していぬことを主張し、他にだけ実行を迫ったのである」と論じ、日本の提案に「道徳の威力」が欠けていたことを指摘した。後に1957年、病気のため岸信介(安倍首相の祖父)に首相の座を譲らなければならなかった石橋のこの議論に、首相は立ち返ってみるべきであろう。 木畑洋一(きぱた・よういち) 1946年生まれ。東京大学名誉教授。『二〇世紀の歴史』『第二次世界大戦-現代世界への転換点』『イギリス帝国と帝国主義』ほか2019年10月16日 「しんぶん赤旗」 9ページ 「パリ講和会議での「人種平等」提案と日本」から引用 この「しんぶん赤旗」の記事を読めば、かつて日本がパリ講和会議で「人種平等」を主張した当時の日本政府の意図は明らかであり、当時の日本政府が現代人が考えるような「人種平等」について政府内で議論した形跡もなく、植民地である台湾や朝鮮に対する「差別」も改善を検討したという「史実」は存在しないわけで、「日本が掲げた大いなる理想」などというのは、安倍氏の個人的な思いつきに過ぎないことは明らかです。このような「思いつき」は史実ではないということを、些細なことであっても一つ一つしっかりと歴史修正主義の「芽」を潰しておく必要があると思います。
2019年11月01日
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