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2012.01.12
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カテゴリ: 歴史
関川夏生さんといえば、韓国フリークの大使が『ソウルの練習問題』を読んで以来、気になる作家である。
出だしはノンフィクション作家であったが、今では最強の文芸評論家とも言えるのではないだろうか。

『坂の上の雲』ブームであるが、司馬遼太郎はこの作品以降の近代史について作品を出すことを断念した。
その理由にまで、思いを馳せることが肝心なんですけどね。

ということで・・・・
司馬遼太郎賞を受賞した関川さんの(最強の)司馬遼太郎評の一部を紹介します。

「司馬遼太郎の『かたち』」関川夏生著、文芸春秋、2000年刊

司馬遼太郎の「かたち」

<日本は必ずしもアジアでなくともよい> p13~17
 第一回の「この国のかたち」では、日本の思想=イデオロギーのありかたについて平明に、しかし含蓄深く論じ、以下のごとくしるして稿は閉じられていた。
<ともかくも日本の場合、たとえばヨーロッパや中近東、インド、あるいは中国のように、ひとびとのすべてが思想化されてしまったというような歴史をついにもたなかった。これを幸運といえるのではあるまいか。そのくせ思想へのあこがれがある>
<要するに、歴世、輸入の第一品目は書物であり続けた。思想とは本来、血肉になって社会化さるべきものである。日本にあってはそれは好まれない。そのくせに思想書を読むのが大好きなのである。こういう奇妙な―得手勝手な―民族が、もしこの島々以外にも地球上に存在するようなら、ぜひ訪ねて行って、その在りようを知りたい>

 第二回の原稿は「朱子学の作用」と題され、やはり通常の締切よりも十日ほど早く、翌二月の十日前後に届けられた。そこでは、正義の体系、すなわち<正義を一点設けて、それを論理づけ、ひとびとに実行を強いる体系>朱子学が日本にしみとうらなかったのは幸いであったと書き、こんなふうに続けた。
<日本史が、中国や朝鮮の歴史とまったく似ない歴史をたどり始めるのは、鎌倉幕府という、素朴なリアリズムをよりどころにする“百姓”の政権が誕生してからである。私どもはこれを誇りにしたい。

 かれらは、京の公家・社寺とはちがい、土着の倫理をもっていた。
「名こそ惜しけれ」
 はずかしいことをするな、という坂東武者の精神は、その後の日本の非貴族階級につよい影響をあたえ、いまも一部のすがすがしい日本人の中で生きている>

 連載第一回で司馬遼太郎は「この国のかたち」を執筆する態度をしめした。そうして第二回には、彼の好きな言葉、嫌いな言葉がくっきりとしるされた。
 嫌いなのは、「正義」であった。好きなのは「リアリズム」であった。また、あえて大衆・民衆・人民といった漢字語を用いず、「ひとびと」としるした。これも司馬遼太郎の好みである。文中の百姓は「ひゃくせい」とむしろ中国風に読んでもよいだろう。「ひゃくしょう」は農民を意味するが、「ひゃくせい」は貴族でないもろもろの人々、また実務に従う市井の人々を広く示すからである。

 そして、鎌倉武士のモラルであり心意気であった「名こそ惜しけれ」は、すでに1960年代からその死に至るまでの長い期間、司馬遼太郎がしばしば口にした、こうありたい、こうあるべき、人の心の持ちようを端的に示した言葉であった。またその言葉を軸とした人生は、司馬遼太郎がもっとも愛着する形容「すがすがしさ」を人にもたらすのである。
 すなわち、「この国のかたち」という連載の主題はもはや姿を表したと読みとれるから、最初の手紙にあった<十回ほど>が気になっていた提尭は、ここに至って心をようやく開いた。

 三回目の原稿は「“雑貨屋”の帝国主義」と題されていた。そこにはこんな一文があった。
<夢だったのかどうかは、わからない。ともかくも山を登り続けていて、不意に浅茅ケ原に出てしまった><そこに、巨大な青みどろの不定形なモノが横たわって>いた。
<その粘膜質にぬめったモノだけは、色がある。ただし、ときに褐色になったり、黒い斑点を帯びたり、黒色になったりもする。割れてささくれた爪もそなえている。両目が金色に光り、口中に牙もある。牙は、折れている。形はたえず変化し、とらえようがない。わずかに、息づいているが、言えそうなことは、みずからの力ではもはや人里には出られそうにないということである。
 君はなにかね、と聞いてみると、驚いたことにその異胎は、声を発した。「日本の近代だ」というのである>

 それは「統帥権」の独立に形を与えたモノであった。司馬遼太郎は、この「異胎」を「鬼胎」とも呼んだ。辞書にはないが、いかにもうがった造語であった。
 「鬼胎」は1905年に誕生した。「鬼胎」をはらんだのは明治憲法そのものであったが、その積極的な助産婦は「群衆」であった。「平和の値段が安すぎる」として日露講和反対の国民大会を日比谷公園で開こうとし、戦争継続を強く叫んで暴徒化した「普通の人々」であった。そして新聞、ことに東京朝日新聞は講和を弱腰外交とはげしく非難し、群衆を煽り立てた。新聞は間もなく冷静になって講和をひそかに追認するに至ったが、群衆の感情は日本社会に伏流して、永く維持された。

 司馬遼太郎は書いた。
<私は、この大会と暴動こそ、むこう40年間の魔の季節への出発点ではなかったかと考えている。この大群衆の熱気が多量に―たとえば参謀本部に―蓄電されて、以後の国家的妄動のエネルギーになったように思えてならない>
「国民作家」と呼ばれた彼は、「ひとびと」を哀惜し尊重したが、「大衆」や「庶民」や「人民」を必ずしも信頼しなかった。「国民」にも警戒心をゆるめなかった。「群衆」に至っては眉をひそめるばかりだった。

<新聞記者としての戦後体験> p115~119
 はるか後年、アメリカ生まれの日本語作家・リービ英雄との対談で司馬遼太郎は「軍隊が私の新宿でした」と発言した。それはリービ英雄の、新宿という街が自分にとって日本を学ぶ学校だったという発言に対応したもので、軍隊が歴史と思想を客観視する糸口を見出した原郷であったという意味かと思われる。
「思想」と「正義」への警戒感は先にあげたベトナム見聞の結実『人間の集団について』に、色濃くあらわれている。
<政治的正義という煌々たる電灯が頭にともると、激烈に群れる。群れつつ群れ、走りに走る。どの頭にも一個ずつ正義という電灯をともしているが、一人では決して走らない。群れるための手段として正義が必要なのである>
<70%の普通人にとって、頭に電灯のついた人々の集団ほどのろわしいものはない>

 司馬遼太郎の「思想嫌い」あるいは思想にからめとられることへの強い抵抗感は新聞記者としての戦後体験にも根ざしている。
 復員した司馬遼太郎は1946(昭和21)年京都の新日本新聞社に入社し、京大担当となって京大記者クラブに籍を置いた。しかし彼は人文系の研究室には近づこうとはせず、理科系の研究室に入りびたった。おそらく戦前および戦中の体験がそうさせたのだろうが、そのため後年司馬遼太郎のよき理解者となる桑原武夫を知るのははるか後のことになった。 新日本新聞社が潰れて1948年、司馬遼太郎は産経新聞社に入社、引き続いて京大と、それから宗教を守備範囲とした。このとき宗教担当となったことは司馬遼太郎を鍛え、「宗論をさせたら誰にも負けない」という自信をつけさせ、後年『空海の風景』を書かせる原動力となったが、当時は戦後学生運動の最盛期であった。京大学内んいいると、まるで明日にも革命が起きるような気分になり、骨がらみのリアリストの司馬遼太郎でさえあやうく信じかけるほどであった。しかしひとたび校門を出れば、そこには平穏な町並みと人々の日常が淡々と続いているばかりで、学内の「思想の高まり」が嘘のように見えた。司馬遼太郎は、嘘だ、と確信した。

 1952年、司馬遼太郎は産経新聞大阪本社地方部配属となり、翌53年には文化部に移った。美術と文学をカバーする立場になったわけだが、事件を追いかけて走りまわるのが新聞記者の本筋と考えていた司馬遼太郎は大いに不満だった。しかし司馬遼太郎は不満を隠して勉強した。それはまず美術理論を学ぶことであった。
 この頃の経験を基礎に置いて1988年に中央公論社から出版した『微光のなかの宇宙―私の美術観―』という目立たぬ本に注目したのは、国立民族学博物館教授・松原正毅であった。
「二十代のおわりから三十代の前半まで、絵を見て感想を書くことが仕事であった」と書き出されてこの本は、「司馬さんの創作論と創作家論をなまな情感を伴ったかたちで示しためずらしい作品といえる」と松原正毅は指摘する。

 では司馬遼太郎自身はどう語っているのか。
<絵を見るというより、正確には、本を買いこんできて絵画理論を頭につめこむことを自分に強いた。まことに滑稽なことであったが、この時期ほどその種の読書に熱中したことはない。とくに繰りかえしセザンヌの理論やその後の造形理論を読み、実際の絵画の中で確かめ、その確かめたことを、制作した人に問いただしたりした。この四年ほどのあいだ、一度も絵を見て楽しんだこともなければ、感動したこともない。
 まことに愚かなこの四年間は、セザンヌとその後の理論どもに取り憑かれることによってもたらされたと自分では思っている。このことは、マルクスの理論にこだわりすぎて、実証性を失い、かんじんの事象すら、ひらたく見ることができなくなってしまった過去の学者たちに似ていて、我ながら悔いが多い>

 この時期、彼は文化部記者として文学をも担当した。
<右の期間、文学雑誌もいわば仕事としてたんねんに読んでいたつもりだったが、捕虜の身から開放されたような気がして、同時に怠るようになった>
<自分自身を締め道具でしめあげているような時期が終わるのと、小説を書き始めるのと同じ日だと言いたいほどに重なっていた。もはや私自身を拘束するのは自身以外になくて、文壇などは考えなかった。まして文学上の様式や流派、系譜、徒党性には、知的には関心を持ちつつも、そこから自由だった。自由を持続するには自分なりの理論めかしいものと、素朴な元気のようなものが必要だったが、右の四年間の息苦しさのおかげで、ざっとしたものをごく自然に持つことができた>


関川夏生さんの経歴をウィキペディアで見てみると・・・・
高一のとき家出して自転車で新潟から西宮まで行ったらしいけど、知的な人生の幕開けだったようですね。



関川夏生
関川 夏央(せきかわ なつお、本名は早川哲夫、1949年11月25日 - )は、日本の小説家、ノンフィクション作家、評論家で、かつては漫画原作者であった。

母親は大学の英文科の出身で、教育熱心であり、小学生時代から英語を教えられたが、必要性を感じず、挫折。また、父親は高校の国語教師で柔道をやっており、柔道を教え込まれた。新潟大学付属中学に進学し、宣教師の教師から英語を学ぶ。また、高校1年の時には、アルバイトでためた金で家出し、自転車で西宮まで行った。
24歳から25歳にかけて結婚していたこともあるが、離婚。同世代の山口文憲、呉智英と親しく、共に中年独身を称している。3人とも独身である。

コミック原作者であった事で漫画評論を多く行っており、手塚治虫文化賞選考委員(第1回から第9回まで)を務めた。2010年現在、小林秀雄賞、司馬遼太郎賞などの選考委員を務めている。






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Last updated  2012.01.12 09:44:41
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Re:司馬遼太郎の「かたち」(01/12)  
takanebiranji  さん
司馬遼太郎が日露戦争以降、作品を書かなかったその理由は

「<私は、この大会と暴動こそ、むこう40年間の魔の季節への出発点ではなかったかと考えている。この大群衆の熱気が多量に?たとえば参謀本部に?蓄電されて、以後の国家的妄動のエネルギーになったように思えてならない>」
というあたりにあると思っていいのでしょうか。

先日のNHKの放映の際に、ナレーションで次のような意味を含んだ言葉が流れました。
「日露戦争時の国民の生活は困窮にあった。この時のことをきちんと掌握していれば、のちに今以上の困窮を国民に強いることになった第二次大戦に突入することはなかったであろう」(言葉は違うと思います)
こういう意味のナレーションは、脚本家が入れたのか、司馬さんの原作の中にあるのかわかりませんが、「坂の上の雲」を「日露戦争賛美」だけで見る視点もおかしいなあと思いました。 (2012.01.12 11:38:20)

Re[1]:司馬遼太郎の「かたち」(01/12)  
Mドングリ  さん
takanebiranjiさん
>司馬遼太郎が日露戦争以降、作品を書かなかったその理由は

>「<私は、この大会と暴動こそ、むこう40年間の魔の季節への出発点ではなかったかと考えている。この大群衆の熱気が多量に?たとえば参謀本部に?蓄電されて、以後の国家的妄動のエネルギーになったように思えてならない>」
>というあたりにあると思っていいのでしょうか。

<参謀本部が振り回す統帥権に幻滅かつ悲憤してそれ以降は批判はするけど、小説は出さなかったようです。
ただノモンハン事件については膨大な資料を集めていたそうで、執筆を迷っていたようですね。


>先日のNHKの放映の際に、ナレーションで次のような意味を含んだ言葉が流れました。
>「日露戦争時の国民の生活は困窮にあった。この時のことをきちんと掌握していれば、のちに今以上の困窮を国民に強いることになった第二次大戦に突入することはなかったであろう」(言葉は違うと思います)
>こういう意味のナレーションは、脚本家が入れたのか、司馬さんの原作の中にあるのかわかりませんが、「坂の上の雲」を「日露戦争賛美」だけで見る視点もおかしいなあと思いました。
-----
<そのナレーションが脚本家のものか、司馬さんの原作からなのかについては私にはわかりません。
坂の上に登れば何が見えたでしょう?と司馬さんは疑問を呈していたのではないかと思うのですが・・・登る行為については「日露戦争賛美」であったと思います。 (2012.01.12 22:53:34)

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