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2017.07.28
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カテゴリ: アート
図書館で『鉄道員』という文庫本を、手にしたのです。
『鉄道員』は高倉健主演の映画は見たが、その原作を読むのが今頃になっちゃって(汗)個人的な浅田ブームは依然として続いているというべきか♪



鉄道

浅田次郎著、集英社、2000年刊

<「BOOK」データベース>より
娘を亡くした日も、妻を亡くした日も、男は駅に立ち続けた…。映画化され大ヒットした表題作「鉄道員」はじめ「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」「オリヲン座からの招待状」など、珠玉の短篇8作品を収録。日本中、150万人を感涙の渦に巻き込んだ空前のベストセラー作品集にあらたな「あとがき」を加えた。第117回直木賞を受賞。

<読む前の大使寸評>
『鉄道員』は高倉健主演の映画は見たが、その原作を読むのが今頃になっちゃって(汗)個人的な浅田ブームは依然として続いているというべきか♪

rakuten 鉄道員


『うらぼんえ』の冒頭部の語り口を、ちょっとだけ見てみましょう。
p201~205
 ちえ子には帰る家がなかった。
 不幸な時代の話ならいざ知らず、今ではよほど珍しい境遇だろうと思うから、口に出したことはない。それが寡黙で控えめな自分の印象になってしまっていることも、よく知っている。

 いきさつを考えれば、ふしぎなことは何もなかった。
 物心つかぬころ父母が離婚をした。親権の定まらぬ間、とりあえずは父方の祖父母に預けられた。ところが、調停も進まぬうちに、父も母も再婚をして、それがどちらもよほど相性の良いつれあいであったのか、ともにあっさりと親権を放棄した。戸籍上の親は祖父母ということになった。

 べつだん生活上の不都合はなく、不幸を感じたこともない。祖父母は若かったし、何よりも江戸前の洒落者で、実の父母と言っても誰も怪しまぬほど若く見えた。
 母の行方はようとして知れない。祖父母が何も知らなかったはずはないが、おそらく縁の切れたものとしてちえ子には教えなかったのだと思う。

 父という人は、祖母の葬式のときに一度見かけた。様子の良い妻と二人の子供を連れてやって来たのだが、通夜の席で祖父と揉めて、結局あくる日の出棺には姿を見せなかった。
 そのとき父は、まったくお愛想のように「大きくなったね」というようなことを言い、ちえ子もお愛想で笑い返しただけだった。空白の十数年の重みを考えれば、父の不器用な挨拶も、むっつりと笑わぬ祖父の態度も、不本意そうな妻や弟妹たちのようすも、無理のないことだった。

 高校生のときに祖母が死に、大学3年のとき、祖父が死んだ。
 祖父のとむらいは長屋の大家と住人たちが出してくれたようなものだった。ちえ子はたったひとりの縁者として、ちんまりと棺の脇に座っていればよかった。
 ずいぶん簡単なものだな、というのがとむらいの実感だったが、その手際の良さと人々の好意には理由のあったことを、ちえ子はじきに知った。

 東神田のビルの谷間に、まったく奇蹟のように残った長屋を取り壊すことは大家の懸案だったのだ。土地高騰の真最中のことで、大家は住人たちにとって願ってもない立ち退き条件を提示していたのだが、最も古い店子の祖父が承知しなかった。なにしろ坪あたり数千万円という値のつく都心のことだから、大家の若夫婦が人寄せから段取りから、精力的に力を尽くすのは当然だった。

 納骨の帰り、あらかじめ打ち合わせがあったのかどうか、会葬の住人たちはさっさと消えてしまい、大家の若夫婦との三人きりで、ちえ子は生まれて初めてフランス料理を食べた。

 デザートと一緒に、大家はマンションの図面をテーブルに拡げたのだった。ねえ、ちいちゃん、と物言いは昔なじみのやさしさだったが、話は露骨だった。7階のワンルームに住むか、それとも百万円の立退き料を受け取るか。

 マンションの家賃は、当然のことだが長屋のそれとは桁が違った。礼金も敷金もいらないと言われても、その家賃では百万持って出て行けというのも同じだった。
 他の住人たちとは立退きの条件がちがったと思う。足元を見られたとはわかっていても、ちえ子には抗弁のしようがなかった。
 こうして、ちえ子には帰る家がなくなった。

 新幹線の中は冷房が効きすぎていて、おまけに夫の吐き出す煙がまともに顔にかかった。
 ちかごろ煙草の量が増えたが、ちえ子にはたしなめる勇気がない。もっともストレスがたまって当たり前だとは思うが。

 富士山が車窓から消えたあたりで、初めて言葉をかけた。
 「むこうで、おとうさんやおにいさんに相談するの?」
 いや、と言ったなり、夫は週刊誌から頭を上げようともしなかった。
 「ねえ、聞いてよ。法事が終って、さあ親族会議なんて言われても、話すことに困るから」
 「そんなことはしないよ」
 夫は煙草を消すと、せわしなくもう1本をつけ回した。この気の小さい男が、よくも外科医になどなれたものだと思う。たしかに手先は器用だけれど。

 「おとうさんもおかあさんも、知ってるんでしょう?」
 「あにきは知らないよ」
 「そんなわけじゃない。ひとつ屋根の下に暮らしてるんだから」

 夫を責めてはいけないと思う。今さら平穏な生活を取り戻せるわけはないのだから、非を責めてかえって背を向けさせるような態度は、賢明ではない。
 だが、肝心なときに怯えるばかりで何も言わなかった結果が、これだ。

 「おとうさん、きっと私に何か言うわね」
 「さあな。でも、あんまりわけのわからんことは言わないと思うよ」
 「あたりまえじゃないの。私、何も悪いことしてないもの」
 週刊誌をながめる夫の目はうつろだった。眼鏡をはずし、グリーン車の柔らかな照明を見上げて、溜息のような煙を吐く。
 「私じゃなくって、小野さんを連れてくればよかったのに。それの方がみんな喜んだわよ」
 「もう予定日が近いんだ。いま動かすわけにはいかないだろう」
 怒りと情けなさとで、ちえ子は奥歯を噛みしめた。


『鉄道員』1





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Last updated  2017.07.28 00:19:11
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