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2017.08.30
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カテゴリ: アート
図書館で『文学フシギ帖』という新書を、手にしたのです。
読者力を鍛えるというか…池内さんの、ためになる書評集であろうかと思うのです。



フシギ

池内紀著、岩波書店、2010年刊

<「BOOK」データベース>より
鴎外・牧水・百〓(けん)から三島・寺山・春樹まで、いずれ劣らぬ腕利きぞろい。さまざまな「フシギ」を秘めた作品に、当代随一の読み巧者が挑む。少し違った角度からあの名作を眺めてみると、思いもかけない新たな魅力が見えてくる。読めば世界を見る眼がかわる、文学の魅力満載!読者力を鍛える、老若男女におすすめの文学フシギ入門。

<読む前の大使寸評>
読者力を鍛えるというか…池内さんの、ためになる書評集であろうかと思うのです。

rakuten 文学フシギ帖


幸田文の晩年のあたりを、見てみましょう。
p170~172
<幸田文と『崩れ』>
 そのとき幸田文、72歳。
 知人に誘われ、静岡県の安倍川上流までカエデの林を見に出かけた。5月のことで山菜採りにもいい。足弱な人を気づかって、知人は車で行けるところまで走り上がった。

 車がとまり、ドアがひらいて、足を下ろしたとき、「妙に明るい場所」だと思ったそうだ。「変な地面」だとも思った。それから辺りを見まわして息を呑んだ。正面の山の背が壮大に削ぎとったように崩れおちていたからである。

 俗に「大谷崩れ」とよばれている。安倍川上流はフォッサマグナと中央構造線にはさまれ、地質がもろい。江戸の半ばから標高2000メートルの大谷嶺が崩れはじめた。富山県立山の「鳶崩れ」、長野県の「稗田山崩れ」とともに「三大崩れ」とよばれている。

 半年後、雑誌『婦人之友』に『崩れ』と題する連載が始まった。翌年12月まで14回にわたってつづけられ、連載が終ったとき、幸田文は74歳だった。
 「因果なことである」
 自分でもこぼしている。なぜこんな年齢になってから、こういう体力のいることに惹かれたのか。ふつうなら心おだやかに身を休めて暮らす歳だというのに、自分ときたら全国の崩壊現場を訪ねまわっている。まことに奇妙な「巡り合わせ」としか思えない。

 それまできちんと和服で通してきた人が、セーターにズボンをはいた、決意のほどがうかがわれる。砂防工事の関係者でも、建設省の役人でもない。文筆で名の知れた70すぎの女性が、なぜか思い立って各地の山崩れを見てまわり、それを丹念にしるしとめた。世界の文学にも、めったにないケースである。

 幸田文の文業は40歳をこえてからのこと。父露伴の死を見とり、すすめられるまま『父―その死』のタイトルで臨終記を発表した。人はその文才に舌を巻いた。さすが文豪の娘だといいそやした。

 しかし、幸田文自身はべつだん、それでもって文筆を始めるつもりはなかっただろう。父の死は記録しておく価値があると考え、だから書きとめた。厳しい父のしつけどおり、ほうきできれいに部屋をはいた、といったことと本質的に変わらなかった。

 父のことを書き継いだあと、沈黙をはさみ、50代で大きく飛躍する。『黒い裾』『流れる』『ちぎれ雲』『さざなみの日記』。1年あまりのうちに、あいついで出た。さながらそれは、抑えられていた才能の奔流だった。

 日本芸術院会員に選ばれたのが72歳のとき。それはまた崩壊現場巡りを始めた年でもある。「三大崩れ」はもとより、富士山の大沢崩れ、男体山の大薙崩れ、由比地すべり、桜島。風変わりな連載を待っていたかのように北海道・洞爺湖畔の有珠山が噴煙をふきあげた。
 「さて、車へと促され、見ればその車は全身に凹みやら塗料の剥げやら、無数の傷を負って、歴然と災害のあとを残していた」
 異変の渦中にとびこんでいたことがうかがえる。どうしてそんなに崩壊現象に惹かれたのか?
(中略)

 崩れ紀行を注意深くたどっていくと読みとれる。この女性もまた、ひそかに猛々しいものを秘めていた。嫁いだ先で女児をもうけたが、十年後に離婚してもどってきた。晩年の露伴との日常は父と娘の闘いのようなところがあった。毎日少しずつ、土砂が低い方へと移動しつづけ、それがある日、一気に崩れて突っ走る。幸田文が自分の内側にたえず感じていた衝動ではあるまいか。






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Last updated  2017.08.30 00:11:17
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