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世の中には、「自主憲法制定」を謳う勢力があり、他方、憲法九条を護ると称する団体、組織、活動が、かなりの数あるらしい。ご存じとは思うが、憲法第九条(第二章でもある)は次のように定める。第二章第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。:::::::::::::::誰も言う人が今の日本に居ないようなので、敢えて自分が言おう。憲法第九条だからどうした?こんな無味乾燥な法律条文の、どこに護るべき価値があるか?いや、もっと言ってしまえば、憲法の条文それらを一条一条取り出し、独立のものとして考えてみるそれらのどこに護るべき価値があるか?反論、ご意見おありは十分承知するところである。自分は日本国憲法は素晴らしいと思っている。一部(必ずしも第九条ではない)に、時代的に修正が必要と思う部分(たとえば第七十三条第七項、これは国民の代表たる国会、或いは、法律に基づき処分を決定した最高裁判所に帰属するべきと思ふ)はあるものの、私たちはこの憲法に護られ、そして私たちはこの憲法を護っていくことがよろしいと信じる。知日派である外国籍の知人たちに聞くと、一様に、日本国憲法は素晴らしいという。World Treasureとの表現もありた。しかし、私も彼らも、九条の条文、或いはその存在をもって素晴らしいと言っているのではない。日本国憲法の精神は、前文=制定文にこそある。制定文は以下の通り謳う。日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。:::::::::::::::私たちが護るべきは、制定文にあるが如き、日本国、日本国民の在りようと、その具現化を謳う日本国憲法であろう。この憲法を、恣意的に変更しようとする者、或いは、その一部だけを突出して強調する者に、私は違和感を禁じ得ず、それは、「自主憲法制定」を謳う勢力、「憲法九条を護る」と称する人々を含む。日本国憲法のいずこが「自主」でないと言うか?或いは「憲法第九条」を護るとは、それ以外のことについては護らんでもいいと言ふのか?どちらも、日本国憲法を矮小化し、我々と我々の国の在りようをゆがめるものではなかろうか。憲法第九条を護るという方々へのご批判はともかくとして、僕は、今、日本国憲法は相当の危機にあると思っている。危機を感じるのは九条についてではない。日本国民の在りようについてである。日本国憲法を少し詳しく説明したものとして、1947年に文部省が新制中学の教科書として作成した「あたらしい憲法のはなし」という本がある。その目次は、一 憲法…………………………………………二 民主主義とは………………………………三 国際平和主義………………………………四 主権在民主義………………………………五 天皇陛下……………………………………六 戦争の放棄…………………………………七 基本的人権…………………………………八 国会…………………………………………九 政党…………………………………………十 内閣…………………………………………十一 司法…………………………………………十二 財政…………………………………………十三 地方自治……………………………………十四 改正…………………………………………十五 最高法規……………………………………となっている。「あたらしい憲法のはなし」目次及びその構成は、以下に示す日本国憲法の構成に準拠していることがおわかりいただけるであろう。上諭前文第1章 天皇(第1条~第8条)第2章 戦争の放棄(第9条)第3章 国民の権利及び義務(第10条~第40条)第4章 国会(第41条~第64条)第5章 内閣(第65条~第75条)第6章 司法(第76条~第82条)第7章 財政(第83条~第91条)第8章 地方自治(第92条~第95条)第9章 改正(第96条)第10章 最高法規(第97条~第99条)第11章 補則(第100条~第103条)すなわち日本国憲法の基本精神は、民主主義国際平和主義主権在民主義が制定文において示され、その具現化の在りようを示すのが各条文なのである。自主憲法制定は、日本国憲法が示す日本国、日本国民の在りようを、その原点から変えようとする挑戦であり、第九条だけを突出して護るとは、護憲に非ず、戦争しない、日本国をして戦争をしないことのみに日本国憲法の精神を矮小化するともに、日本国憲法を貶めるもののような居心地の悪さを感じる。今日、一部国民の考え方、マスコミ論調の在りようには、第十二条【自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任】この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。 違反である疑義を私は有する。しかし一方、知人に外務省ご勤務の方があられ、近年お付き合いの増えた地方自治体公務員の方々と合わせ、その方々の在りようは、多く、日本国憲法の精神をよく反映した良き日本人の在り方と思ふ。声高に、ことさらに、「美しい日本」などと本質なき美辞麗句を唱える勢力、第九条のみを突出して、日本国憲法の精神をゆがめかねない勢力(これら勢力が、制定文にある国際平和主義でなく、九条をもって平和憲法と称するは反米の証左であり、九条と言い、第二章と言わぬは、天皇の存在を快く思わぬからであろう。)或いは、与えられた権利の行使にのみとらわれ、それが濫用の範囲に逸脱していることを自覚せぬマスコミ、さらには、それらに踊らされた一部市民からの誹謗、中傷、非難、不当な要求などに屈することなく、公務に携わる者としての矜持を静かに毅然として示しておられる方々の多きことを、日本国民の一人として、僕は誇りに思い、それらの方々と、そのような精神を共有する多くの人々とともに、私たちの積み重ねてきたことを世界に、そして未来へと委ねていこうと思っている。
March 31, 2010
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前週の出張から、日曜の母三回忌までイベントが続き、日曜午後は、三回忌のあとそのまま眠りこんでしまった。月曜午前中は、少々ゆっくりさせていただき、所用をひとつ済ませたあと、経堂駅近くの喫茶店イマージュで、小学校同級のまっちゃんと一緒に、桜丘中学校元同窓会長の田中芳徳さんとお目にかかる。10時のお約束に、僕が一番最初に着いて次がまっちゃん。ところが、10時半を回る頃になっても田中さんがお見えにならない。失礼ながらご自宅にお電話を入れさせていただいたところ「つい夢中になってしまい、至急これから伺います」なんでも書道のコンテスト応募のため、五つの書式を練習なさるうち、つい時間をお忘れになってということ。これでも自分はエンジニアを目指したこともある。学校もエンジニア系。田中さんは、口八丁手八丁の実にエネルギッシュな方であられる。仲間に典型的なもう一つは寡黙なエンジニアだが、実は、自分の仲間には、結構田中さんタイプが多い。せわしないあれでは奥さんが堪らんだろうなどと言う人があるが、心配ご無用。仕事は忙しく、家への帰宅は深夜、徹夜も多い。しかし、それでいて、皆さんマメな人たち。炊事掃除洗濯から工作はもちろん、子供の教育まで全部請け負い、高校、或いは会社同期の文系連中から(大学同期は全員理系である)「夫の鏡、男の面汚し」と誹謗されつつ、奥さまに尽くす。好奇心の塊。興味が乗れば徹夜もいとわず、テレビは大嫌い。とはいえ、慣れぬまっちゃんは、「月曜午前中で一週間分のエネルギーを使い果たした」とお引き揚げ。10月24日の徳談会にご登場予定。月曜午前の詳しいお話しは、そのとき田中さんをご覧いただければ、ご理解いただけるであろう。
March 30, 2010
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ナチュラルローソンが、カノッサ幼稚園とこから移転してきたのは、つい2年ほど前と思う。しかし、あっという間につぶれてしまった。その近くに「せいろ屋」なる蒸しもの専門の店が出来たのは、四五年前。結構な投資をかけた店と思うが、こちらも今や内装を剥がれてテナント募集中。経堂は、ひっきりなしに店が並ぶと見えて、移り変わりも激しい。半世紀変わらない店などほとんど皆無。桜丘中学校元同窓会長の田中芳徳さんと月曜日にお目にかかる。小中学校同級のまっちゃんのお伴。「田中さん宮坂二丁目だよ」というから、そうなのと答える。「岡本硝子が宮坂三丁目だよ」「そうだね。宮坂二丁目、三丁目はすずらん通りの西側なんだ。小田急の線路から北が宮坂三丁目で、線路の南が一丁目だよ」そう。だから、田中さんのお宅は、経堂小学校ではなく、桜岡小学校の学区域なのかな?なんとなく、宮坂二丁目だと、赤堤小学校とか世田谷小学校のような気がするね。
March 28, 2010
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前日夕刻電話がかかってきて「明日の午後急用ができたので、予定していた木版画工房へ行けなくなった。代わりに行けるか」と問い合わせ。珍しく、外出、来客の予定はないが、今日までにやっておかねばならないことが3つ。ところが、帰宅が11時過ぎとなる。朝9時前から始めた仕事は幸い12時に終わり、池袋13時17分に乗れば良いところを、13時の電車に間に合う。行き先は木版画の工房。どなたがお越しになるか殆ど知らぬ中、かろうじて面識のある本田さんが、次の電車で見え、立ち話するうちに電話が鳴る。電話を取ると、話ししているのは、目の前にいらっしゃる方。全部で7人となり、工房へ向かう。駅から10分たらずの距離にある工房は、ご自宅の一室そのもの。台所のテーブルに、木版画が載っている。浮世絵から現代物まで。木版画の世界は、江戸時代の分業構造が、おおよそそのまま残っている。版元が居て、絵師が居て、彫師が居て、刷師が居る。今は版元に代わって協会がある。版元が介在するだけの商売が成立しなくなったのだ。私たちが伺ったのは刷師さんのところ。驚くことに、今でも全て手作業、多少の変化はあるのだろうが、おやりになっている工程は、ほとんど江戸時代と変わらないのだろう。絵師の作業は絵を描くだけ。「原画というのは残っていません。絵師は肉筆も描きましたが、版木になったものは、板に貼ってそれを彫師が掘ってしまうので、原画は残らないのです」版元が絵師、彫師、刷師を駆使して、仕上げた大衆芸術。それが、木版画、浮世絵の世界だ。「紙も刷り師が選ぶでなく、版元が仕入れて、支給というのが殆どでしょう」版木は、ヤマザクラだそうだ。硬すぎる木では彫りにくいし、柔らかすぎては摩耗が激しい。ヤマザクラを三年乾燥させてから版木に使うが、今は、手ごろなヤマザクラが採れなくなり、貼り合わせてベニヤにして使うのが主とか。表裏両面を使う場合も多いとのこと。ふと山櫻名刺とは、ヤマザクラでかつて名刺の版木を作っていたのでは、などと想像した。写楽とか北斎、広重などの名前が残るが、あれは絵師のもの。製作に携わった彫師、刷師の名前が残らぬは気の毒と、最近は彫師、刷師の名前も作品に入れるようになったとのこと。それを聞いて思ったのは、多分、絵師として残る名前は、チーム名であって、必ずしも絵師の名前ではないのかもしれない。もちろん肉筆画絵師の名前でもあるかもしれないが、むしろそれは、屋号のようなものであって、個人名ではない可能性を感じた。店の名前すなわち個人名とは限らぬのと一緒だ。木版画という世界が、商売として成り立たなくなりつつある。印刷技術の発達で、見た目木版画と変わらぬ、いやそれを遥かにしのぐ品質のものが出来るようになって久しい。しかし、そこには、木版画の数工程、一番多いものでは20にも渡る刷りの工程を経て出来あがる木版画の一枚一枚にこもる微妙な個性は逆に存在しない。使われる紙一枚一枚、版木の減り具合、一枚一枚の絵の具、力の入り方、そういったものが積み重なって出来あがるニュアンスの差、unevennessは、日本では評価されにくい。没個性のように見えて、実はそれぞれが強烈に個性を主張している浮世絵の素晴らしさを評価したのは欧米人である。日本はそのようなものを陶器の包みに使った。既に明治において、日本人は木版画を愛でる眼力を失っていたのだ。現代日本はさらに悪い。均質でなければ評価しない。個性を失ったものばかりが並ぶ街並みの中で、若者たちは微妙な違いに「こだわる」だが、それは、大衆化された商品の選択と組み合わせ、それにアクセントが加わったものだが、それぞれには個性がない。かつての日本人が持っていた微妙な手触りの違い感を求める彼らのDNAをして、そのような違いを求めさせるのであろう。それに応える社会の度量を私たち日本の社会は持ち得るものなのか?いや、持ち得るべく、変えていかねばならない。
March 19, 2010
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日本在住25年の英国人Adamと話しをしていて(だいたいはE-mailだが)、彼が新しく立ち上げる企画が、日本の地方支援に役立つのではないかという話しになった。4月25日、横浜のイベントが皮切りだ。そういえば、と思い当たったのが、小学校同級の鈴木俊一君のこと。岩手県北部選出の元衆議院議員。水産業の親分でもある。Adamからの返信に、「岩手県はいいですね。僕が平泉文化のファンであることはご存じですよね」すっかり、失念してました。ごめんなさい。でも、あそこは小沢さん(岩手県南部)かもしれないよ。ま、いいか、鈴木君は、自民党岩手県連会長でもある。何かお役にたてるかもしれないと まっちゃん(小学校同級生)に、鈴木君のアドレスを聞いて連絡をとる。(僕もアドレスをいただいていたはずなのだが、見つからない)気仙沼は、中華料理の材料フカひれの世界一の水揚げを誇る。日本で漁って、中国へ輸出するのだ。そのことを言ったら、Adamが意外なことを返してきた。「捕鯨反対運動の現状に鑑みるに、ヒレだけをとって、あとは捨てるという現在の漁法が、次に世界から批判を浴びるものとなる危険性は十分にある」まさか?サメの肉は、かまぼこの材料になってるんじゃないの?鈴木君にメールしたら、しばらくして返信があった。今は、殆どをあちらで過ごし、上京することは稀。なかなか時間がとれないので、また改めてということ。クラスの連中と会っているかと聞かれるので、今日これからまっちゃんとこへ行く先週土曜日は、甲斐さんの朗読会へ、留さんとご一緒したなどと書いて返信。岩手北部もいいね。別にこちらから訪ねていくことにやぶさかでない。鈴俊からお金儲けようとも思わないし、Adamも行くというだろう。もっとも、あちらは、まだ冬だから、行けるとして、4月24日のあと、連休のあとだな。
March 18, 2010
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3月15日月曜日予定表を見て、朝7時前の電車に乗り、お台場へ向かった。8時20分に予定の場所に着き、入口脇にある警備員に来意を告げると、その部屋の鍵はまだ開いていないという。不審に思って、その会場の当日の予定を見ると、私の予定表に入っている会合は、その中に無い!もう一度自分の予定表(携帯に連動させてある)を良くみる。3月15日のところに5/15と書いてある。なんてこったい。2か月間違えたのだ。予定を入れたのはひと月ほど前と思うが、上の空で3×5=15などと浮かび、そのまま3月15日のところに5/15と入れた記憶がよみがえった。「分かりました。日取りを間違えています」早々に警備員さんに謝罪し、引き揚げる。次の予定まで3時間あり、時間をつぶした。3月16日大手外資系不動産会社社長の濱岡と会食。Roberto De Vidoを同行。あちらの会議室でお弁当。冒頭、高校同期の篠原君がNTTの取締役に内定したと聞いた。技術部門の総帥だそうだ。「大したもんだな」「うん」会社の役員などがクラスから何人も出てくるようでは、自分も齢をとったもんだと思った。同じ高校同期に、山口健一君という人がある。徳島選出の衆議院議員山口俊一氏の弟さん。この人とは、高校から大学にかけてバンドを組んで活動していた。今は河合塾(だと思う)で数学を教えている名物教師だ。バンドだから歌を歌うのだが(僕はボーカルはバックコーラスしか担当したことはない)、ボーカルの奴(東京三菱の銀行屋さん)と、リーダー格の山口とかしょっちゅう対立して困った。だいたいは、コーラス部分で歌詞を間違えた山口をとがめるボーカルに、山口が「たかがメロディーなんだから歌詞などこだわるな」と言い放つのが、喧嘩のはじまり。自分がボーカル側に加担し、ある程度喧嘩が発展すると、ベース担当(今は指揮でメシを食っている)奴が、「そんなのどっちだっていいだろ。スタジオ代がかさむから、早く練習再開しようぜ」と言って、熱くなった議論に終止符が打たれる。その頃、歌詞は大事だと思った(今でも思っている)が、今振り返ると、山口の言っていたことも良く分かる。ラップとかアカペラでも、かなり歌詞にこだわるように見えて、実際に僕らが音楽を感じているのは、リズムとメロディーだ。歌詞は、主客のリズムとメロディに味を添えているに過ぎない。先年亡くなった阿久悠さんを思い浮かぶ。「狙い撃ち」とか「UFO」とかが典型だが、歌詞に意味があるのは、ある一点に集中していて、ほかの部分は、そのCluster Pointに聴く人を引き付けていく、媒体の役割になっている。僕らの仕事もそうだ。僕は開発畑だが、営業でもなんでも、人と接するときに言葉を選んで話しては、お相手の心をつかむことは出来ない。あたりさわりのない世間話から入って、当たりを確かめながら、お互いの気分が乗ってきたところで、一気に話しを進める。相撲の立ち合いと一緒。世間話から、「さて、そこで本題ですが」などと、その一瞬が集中を欠くものであっては、当たり障りのないお付き合い商談にとどまり、お相手と新しい関係など築けない。Roberto(こいつはジュリアードだと聞いたことがある)は、小説でも歌でも、人間は新しいストーリーを作り出すように見えて、実は、ストーリーの骨子は、6つのことにしかないそうだ。スペイン国家は、メロディーだけで歌詞はない。どのような経過からそうなのかは知らない。(今度調べてみよう)国家(体制でなく、国民の集合体として)とは、国民の時代時代の感性により、そのあり方が変わっていくものであり、そこに歌詞という、ある一時期の枠組みをはめることへのためらいのようなもののように感じる。濱岡が、クラス(高校)で上場会社取締役(執行役員ではない)になったのは、全部理系の奴らといっていた。彼も、三井不動産にあらば、取締役から或いは社長という人であろうが、たまたま文系。言葉でなく(まあ、会社ってのはそういうもんでもないですが)、技術という普遍的なもので勝負する連中が、そこそこのお会社の取締役になれるということは、日本もそれほど捨てたものではなかろう。そういえば、鳩山さん、菅さんも、理系だね。官僚で偉いのは、全部文系だ。こりゃ駄目なわけだ。同じ文系であっても、文学部出の人が上にくるようなところであれば、かなり様子は違うだろう。僕らの学校は進級には厳しい(一学年のうち5%ほど落第)が、勉強は基本的に自由。さしたる受験勉強もせずに暮らし、大学に入ると、「あの学校出は!」と白い目で見られることが多い。自慢にもならないし、自分で自覚したこともないが、今思えば日本で一番遊ぶ学校の一つだ。そこで遊び暮らし、大学でもずっこけたような奴らが、理系で、それが、そこそこのお会社で取締役にしてもらえる。日本は変わりゆくであろう。良き方向に向かうのは、彼らのような人たちが、社会のリーダーになっていく場合と思う。そういう人たちは、変なこと、変な制度には、居心地の悪さを感じるのだ。そういえば、若き日に、泥酔した東大法学部出の取締役に「校歌を歌え!」と強要され、大学のそれではなく、松沢小学校校歌を歌いきった左座君も、その一人である。反発ではない。そこで大学の校歌を歌うような風土が居心地悪いだけ。濱岡との話しが終わったあと、Robertoと打ち合わせの中で、雑談に、土曜日、明大前キッドアイラックホールで聴いた、朗読会での「山月記」の話しをした。どこかで聞いたような話しだと思ったら、高校の教科書に出ているから、誰でも知っている作品という。自分に教科書の記憶はない。Robertoは、「虎と人間とを対比させるのは、居心地が悪いなぁ」と言った。僕は、いや、あれは、もともと中国の話しを横溝敦がAdoptしたもので、もともとは虎ではなく狼だったと答えたところ得心した様子。「それでも、人間を穏やかなもの、虎を傲慢と言うは、人種差別」と彼から言い、実は僕も「現代の英米文学ならば、それは人種差別と言われる」と指摘と返した。思えば、即時無条件降伏さもなくば、日本国土に対し破壊的な打撃を与えるとの、ポツダム宣言に対し、天皇陛下の地位について問い合わせ(それは本質的なものであるから、質問としてあるは当然 引き延ばしと彼らはとらない)、それに対するバーンズ回答の、たった一語subject toの解釈にいたずらに日時を費やし、原爆投下に甘んじた。そのことは忘れてなるまい。戦争は、国家とか言葉という形式にこだわる人間が引き起こすもの「あやまちは繰り返しませんから」に主語がないと騒ぐも同じ。主語という形式にこだわること自体がばかばかしい。「あやまち」とは、「戦争」「原爆」などというものに矮小化されたものでなく、広く、国家、宗教、言葉などといった形式にこだわる過ちのことを指す。Robertoと別れ、半蔵門線で大手町まで行って、千代田プラットホームスクェアで千代田区の担当者さんたちと打ち合わせ。ああいう企画、こういう企画と、非常に前向き。こちらも「Greening of Chiyoda、Greening of Tokyo、Greening of Japan」とテーマ設定がすらすら出てくる。東京都千代田区のお役人も変わった。高専卒24歳の林君の言葉に、区役所の所長さんが真剣に耳を傾けている。日本は、明らかに変わりつつある。帰宅して、食事を整え、金原さんともう2軒夕食を届ける。
March 17, 2010
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黒いエレベーターを降りると、そこは、息を呑むような空間であった。私は、その場所を訪れるのは初めてであったけれど、そこがそのような場所であることを、明らかに知っていた。エレベーター前の白い空間。廊下を左に折れ、正面の白いドアを開ける。手前に開けるのかと思えば、それは向う側へ開くもの。「そうだ。かの方は、そういう方であった」5年前の記憶がよみがえる。私は、黒の帝王からの使いとして、白の帝王の下へおもむいた。それまで、黒の帝王から、幾度も白の帝王に使いが出されたが、ことごとく白の帝王はこれを拒否し、唯一私だけが、お目通りを許された。それも、二度も。私の使える黄色の帝王BSは、私に言った。「かつて俺がお前を彼の助けにと遣わした、黒の帝王は、今際の床にある。俺は、一昨日彼を訪ねしが、その姿を目にすることの辛さ、そして、それが、俺が彼に会える最期であることを、彼に告げるに忍びなかった。彼は、しもべたちの前では、ふだん通りの姿、ふだん通りの立居振舞を見せる。しかし、その、俺が彼に教えた技を、彼は、もはや長く続けることは出来ず、そもべたちを下がらせ、俺たち二人だけとなったとき、彼は、もはやソファに斃れこむよりほかに術はなかった。俺は、その彼を抱きしめ、そのまま俺たちは、何時間とも思える時間、いやじじつ、時間を超越して、過ぎ去りし過去のこと、彼が俺に託す未来のことを話しあった。永遠に永遠をかけて、さらにそれに永遠をかけた時間が過ぎ、別れを告げるときが来た。俺は、彼に別れの言葉を述べることはせず、ただ一礼して彼の下を辞去した。しかし、彼は、俺が部屋を辞するときの一礼に、彼に最期の時が迫ったことを悟った」私は、BSのその言葉を聴いて、いよいよ私が白の帝王の下へと、再び向かう時が来たことを悟った。そして、扉の向こうにさらに続く、白い廊下へと踏み出した。ドアの無い、彼の部屋に通されたときも、私は、初めて訪れるそこがどのような空間であるかを既に知っていた。それは、白の帝王と黒の帝王、そして私だけが知る秘密であった。それでも、そのような私にとっても、そこは息をのむ空間であった。誰もが、そこを目指し、そこにあることを喜び、誇る空間が360度眼下に広がっているのだ。主が、白の帝王でなかりせば、そこは虚栄と傲慢の館に過ぎぬ。しかし、そこは、白の帝王が、彼自身のために用意した、彼だけのものである。部屋に入ってきた白の帝王は、周りを見降ろし静かに言う。「あまり良い景色ではない」「さように存じます」「黒の帝王は、今際の床にあります」私は告げた。「知っている。おととい、彼と会った人に、彼は悲しみの中にありたと聞く」黒の帝王のしもべと称する者たちと、白の帝王の間の3つの戦いのうち、ようやく二つが片付き、今、3つ目の戦いが終わろうとしている。「黒の帝王は、戦いのことをどこまで知っているのか?」彼は尋ねた。「おそらくは、何も知りますまい。彼は自分のやりたいことを指示し、しもべたちはそのことをそのまま行っただけにすぎません」「これまで、彼のしもべという者たちが、何人も、何度も私のところを尋ねてきた。ありとあらゆる質問を浴びせられた。私と私の部下たちは、その全てに誠実に答えた」「さように存じます」「それにもかかわらず、彼のしもべたちは、言を左右にして、私がただ一つだけ願うわずかのことすら受け入れようとしない。何故だろう?」「しもべと称する者たちの実は、しもべであることのみが目的であり、黒の帝王に真実を伝える言葉を持ちませぬ」私は、黒の帝王のために、白の帝王を二度訪れ、ことを運んだ。成就したとき、私は、その後に何があるかを悟り、二人の間にそれ以上介在することを敢えて避けた。私はBSのものであり、黒の帝王のものではない。「それはわかっている。しかし、私はどうしても黒の帝王の部下たちが、あのような者に過ぎぬことが信じられぬ」「彼らの文化は、他者の文化の介在を許しませぬ。唯一、他者の文化のあることを知る黒の帝王に、彼らは真実を伝える言葉を知らないのです」「そうであろう。彼らにどれほどものを伝えても、彼らは黒の帝王にそれを伝える前に、黒の帝王の下を去る」彼らの全ては、我こそは、黒の帝王のしもべたんと、白の帝王に対し精いっぱい虚勢を張り、黒の帝王に媚を売る。しかして、無論それは、偽りの虚勢、偽りの媚に過ぎず、長く続くことはない。「お前の目的は金か?」「いいえ。あなたからも黒の帝王からも金は受け取りませぬ」「では何のためか?」「BSと私の名誉のためであります」「そうか」「黒の帝王のしもべたちに、お前は何をさせるのか?」「彼らが、あなたから得たものの半分をおかえしさせましょう」「ふんっ」彼は珍しく鼻で笑った。「それは、私が与えたものではない。使わしてやっているだけのこと。なのに、彼らは、まるで、それらを得たもののように扱い、余計なものを加え、本来あるべきものをゆがめている」「それらはすべて、御意のままに戻させましょう」「彼らがそれを請うならば、請う前に己たちの華飾を去らねばならぬ」「無論のこと、しかし、それ以前に彼らの大半は、この場にありますまい」「ならば、黒の帝王亡きあと、お前は何を頼りに、このことを運ぶのか?」「あなたさまへと、黒の帝王の奥さまへのご信頼であります」「私は彼女に会ったことはない」「はい、私の名誉にもご信頼いただければ」「それは結果のみが知る」「御意」「私は侮られている」「あなたさまは、黒のしもべたちを一蹴するお力をお持ちです」「そのことは既に確かめてある」「調べるまでもございません。しかし、彼らは、あなたさまにそのお力あるとの私の言葉を信じませぬ」「言葉に意味はない」「彼らに耳を傾ける力がないからでございましょう」「時には、あまりの言い草に、いっそ鉄槌を下さんと欲するときもある」「よくぞご自制下さいました」「辛いものだ。世間は、俺を黒の帝王と結んで安泰と思う。しかし、内実は違う」「御意」「持つ者は、常に持たぬ者を案じておらねばならない。持たぬ者が、そのことを気づく時のために、用意しておかねばならぬ。しかし、持たぬ者は、持つ者のみにある、その矜持を理解しない」「理解しようと努めることはできます」「理解するためには、彼らは一度滅びねばならぬ」「御意」「お前は、そのことを彼らに伝えることをしなかった」「聴く耳持たぬ者たちに、伝えようと努力はいたしました」「言葉には意味はない」「心で接しようとしました」「心を閉じた者に、そのことを言うても承知せぬ。滅びる間際にしか、そのような者たちは、自分が滅びることを自覚せぬ。それでも、お前は、彼らを救わんとするのか?」「いえ。もはや救うことはいたしませぬ。聴かれれば、お前は滅びるとだけ伝えましょう」「お前には辛すぎかろう」「やむを得ません。他者に頼む術を私は持ちませぬ」「あるときは、信頼するといいつつ、今度は他者を信頼せぬか?」「時と場合によりまする」「他者からは言い訳にしか聞こえぬ」「御意」「逆に他者を傷つけることを恐れぬのか?」「そのままでは滅びる者に、お前は滅ぶということに躊躇はありませぬ」「真意は伝わらぬ」「承知しております。言葉に意味はございませぬ」「お前も世の中の複雑さに耐えようとするか?」「はい」「どこまで耐えるか?」「耐えねば明日がありませぬ」「ときには、聴かれずとも、お前は滅ぶと伝えねばならぬときもあろう。滅ぶべき者を、滅ぶべきできでない他者を巻き込んでいるときには」「それゆえ、私は、今日あなたさまをお訪ねしております」「要らぬこと」「あなたさまに、彼らがあなたから奪ったものをおかえしすれば、あなたさまは返されたもので多くの人をお救いになります」「そうは限らぬ」「そこはあなたさまへの信頼がございます」「それは結果のみが知る」「御意」私たちは孤独を共有し、私はかの人の下を辞した。次に彼と会うには一年以上の月日が必要である。
March 15, 2010
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「君、会社で苦情処理の責任者じゃない」「責任者ってわけじゃないわ」「今日会った人がね。お薬の話しなんだけど、薬局で薬を買って、案内書を見たら、丁寧な案内書の中で、約4日の服用で効用が現れますが、さらに4日服用しますとあったそうだ。薬は4日分で、『なんだ、そうすると、もう一回薬局に行かなきゃいけないじゃない』なんで一回薬局行けば済むようにしないんだってことだ。都会ならいいけど、山間部で薬局行くのに2時間もかかる人もあるだろうしね。というので、神戸の方のメーカーに、問い合わせをしたそうだ。」「ありがたいことじゃない」「それで、いきなり怒りをぶつけるのでは、真意が伝わらないと思って、いろいろやり方を考えて、電話したんだそうだ」「それで?」「君は、いきなり怒りをぶつけられるのと、やり方を考えてご連絡いただける方とどちらの方が、ありがたいんだい?」「どちらもありがたいわね。どちらがいいとか悪いということはないね。ただ、私たちとしては、いきなり怒りをぶつけられる方が、切実感が伝わってくるので、その方がいいかもね」「お相手が怒ってると、あなたがたが委縮しちゃうんじゃない?」「よほどのことがなければそういうことにはならないでしょうねぇ。私たち、そこは、お客さまに信頼してるから」「信頼ねぇ?」「私たちがお客さまを信頼せずに、お客さまからご信頼いただくことはできないわ。そうやって、お客さまが、いろいろおっしゃって下さることが、次の製品の改良につながるしね。ありがたいことなのよ」「まあ、僕もそう言おうと思ったけれども、全部の会社、全員の担当者がそう思ってやっているわけでもないでしょう?だから、君の意見を聴こうと思って」「そうねぇ。だいたい、どんなお会社でも苦情処理って名前の部門はないわ。お客さま相談室とか、そういう名前だね。小さなお会社だと、ご相談窓口かな?私たちは、ご相談窓口であって、苦情”処理”ではないわ。確かに、全部のお会社が、さっき私が言ったような姿勢にはないかもしれない。それでも、苦情処理という、貴方が言う表現は、どちらのお会社の中にも無いでしょう。そんな会社は、あっという間につぶれてしまうわ。私たちも、何か心に引っかかるものがあると、お客さまへの対応に申し訳ないことが出てしまうといけないと思うから、朝はなるべく平和にしておきたいの。だから、あなたから、朝早く起きろと言われ続けるのは、辛いわ」「お客さまの言うことは聴くのに、俺の言うことは聴かないのはどうしてだ?」「あなたは家族だもの。貴方も相当理不尽だけれど、お客さまからは、もっと理不尽なことを承ることも多いのよ。お宅の製品トイレに落としたから、近くの営業所から取りに来てくれとか」「ははははは。そういうの嫌にならない?」「まさか。そこが腕のみせどころよ。前線担当者でお応えできないことに対応するのが私たちですもの。お客さまは何千万人もいらっしゃる。あなたには想像もできないご相談が毎日あるわ」「で、トイレ落とした人がいたら営業所に電話してやってもらうの?」「まさか。そんなことやってたら、何人居ても人が足りないわ。そこのところを、お客さまに納得いただいて、次の購買意欲につなげていくのが、私たちの役目ですもの。私にとっては、会社も私のお客さまだからね。期待には応えます。」「で、トイレ落としたお客さまはどうするの?」「そこは企業秘密。あなたにBLOGに書かれてたまるもんですか。でも、そのメーカーはいいお会社ね。」「どうして分かるの?」「だって、8日分かかるものを4日分しか売らないんでしょ」「どうしてそれが?」「8日分買っても、改善しない人は多いと思うの。そういう人たちは、苦情は言わないわ。だけど、二度とその会社の製品は買わない。」「そうだね」「私がそのメーカーの担当者ならば、そのお話しを伺ったら、パッケージに4日分であり、完全に治るまでには、もう1パッケージ必要と表示できるかどうか検討を指示するわ」「偉そうじゃない」「当たりまえでしょ。偉い、偉くないじゃないの。お客さまにお応えする第一線に居る営業とか、私たちがちゃんと対応できることが、いい会社を作る。それに、そのお話し、問題は、4日分をパックにして売るお会社の責任ではないわ。薬局の問題ね。薬剤師さんなら、ちゃんと、これは4日分です。完治までは、あと4日分お求めいただく必要がありますけど、まずお試しに4日分いかがですか?って言ってお売りしなければいけない。」「そうだねぇ。でも良く分かるじゃん?」「当たり前です。私たちは一日中朝から晩まで、お客さまからのお話しにどうお応えするか考えてるの。あなたのように、考えがあっちいったりこっち行ったりできる人は、逆にそういうといころはいい加減。私たちのやっていることは、あなたみたいな人には分からないし、やらせれば、あなたもお客さまも悲劇になる。お客さま対応の悪いお会社の中にも、本当は、誠実ないいところはあると思うのね。でも、お会社にはそれぞれご事情があり、相談窓口の担当に、技術部門出身の無愛想で、ひとと話すのがいやな人をおいてるところもあるでしょう。ですから、その方のやり方は、それでありがたいご配慮なの」だそうです。
March 14, 2010
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朝10時新宿で胡暁子さんとまっちゃんと打合せ。私が用意した原稿に、「私はもっとはっきり言いますよ」とたしなめられる。いろいろ混ぜて書くのが僕の欠点。11時過ぎに失礼し、11時半ハチ公でFulfordと打ち合わせ。彼が新しく立ち上げる企画で、第一回イベントを4月24日横浜でやる予定。外国人コミュニティーが推薦する日本の隠れた商材をインターネットで海外に紹介する企画だ。事業構造はNPO部分と、株式会社部分にはっきり分けるというから、それは良いねとコメント。資金の移動の件があり、特定銀行に関係者全員の口座を作ることを提案。振込手数料の節約が必要。「弁護士」は、長島大野でどうか?常松柳瀬関根と合併したんだよな。どうも頭が15年前から変わっていない。西日本への訪問は私の担当だが、交通費ぐらいは出してよね。はいはい、検討します。JA磐田のお茶の件など、調整。とにかくちゃんとイベントを成功させること。もう4月24日はすぐそこだから、とにかく、日取りだけは知らせておくこと。日本側のお二人が、退出したあと、Fulfordと、さらにE-Learningその他打合せ。うわっ!3時だ。青山まで歩き、青山ファーマーズマーケットで買い物。小学校同級生の留さんが、来てみたいというから待ち合わせ。着いたところで、カミさんに電話し、車で迎えにくるようお願い。土曜日、仕事帰り、背広姿。ふだんは日曜朝いい加減な格好で買い物しているから、日曜日の僕しか知らないスタッフは、目がまんまる。11時半に始まった会議が3時までかかり、国連大学前まで歩いても熱が冷めず、お仕事モードそのまま買物に突入、おそろしい結果を招いた。行きつけのお兄ちゃん。「いつもお世話になります。今日はどうなさったんですか?」「うん?仕事帰り」「今日は何なさいます?」夕方7時から明大前キッドアイラックホールで知人のデビューリサイタルがあり、そこに料理を差し入れると約束している。「今日は株とかないの?」「あいにく売り切れちゃったんです」葉物は、ホウレンソウが3つだけ。あとは、キャベツとゴボウがかなりたくさん。アスパラが5本。たまたま、いつもホウレンソウを買うお相手が、お休みだったので、まずはホウレンソウ。「いくつにします?」「いいや3つとももらっとこう」「ありがとうございます」「アスパラも全部貰おう」「はい。キャベツはいかがでしょう?全部売り切りたいんですよ」「キャベツねぇ。いいや」「じゃあ一個サービスしますよ」「まだキャベツは家に残ってる。それより、ゴボウ下さい」「何本にしましょう?」「6本行こう」あちらの目が点「それ全部で2,000円どうだ?」「いいっす。いつもお世話になってますから。キャベツも一つつけときます」「いらねぇよ。重いから」家帰ったらそれでも、キャベツ一個ついていた。次の店。ときどき買うものの、少し高め。女の子二人。「これ何?」「あ、これ高菜です」「こぶ高菜だろ」「あ、そうです」「もう陽にあたって駄目じゃねぇか。貰ってってやるよ」「ありがとうございます」こちらでも2,000円わたして、予算これだけ、欲しいものもらってく。「はい....」「人参いくら?」「これ秤売りなんですよね」小さいB品ばかり。「全部ちょうだい」「はい.....」サトウザヤ3つ「二つで簡便して下さい」あ、人参の重さ秤ってる。「秤るなよーっ 全部でいくらってのが楽しいんだから」「だってぇ、足りないときもありますからぁ」「ちげぇねぇ」「ホウレンソウ要りませんか?」「だめだよー それしなびてるじゃん」「分かった。ふたつで100円にしときます」「そいつは、売れねぇからタダだな。このトマト陽に当たってだめになってるだろ」「トマトは陽に当たって赤さ増すんですぅ」「ちきしょう」「これはたまねぎ?」エシャロットみたいなやつ「いいえ、にんにくです」「これ2つ」「それ辛いです。一つにしてください。うち赤字ですよー」かまわず二つ取って、200円渡しておしまい。「どうやってもって帰ります?」「その段ボールちょうだい」「はーい」B品の人参が入ってた段ボール隣で目を丸くしてみていた留さんがかかえてくれた。カミさんまだ到着せず。段ボールを関与先のJohn Moore Organicsのブース後ろに隠してもらって、もう一回り木の子のお店いつも気にしているのだが、敷居が高い。値段が高いから。しいたけ一個(一袋ではない)450円ってのを売ってる。だが、今日は、少し小ぶり(といっても一個で普通の店で売ってる一袋分ありそう)一袋400円のがある。えのき一袋200円 たっぷり500g干しシイタケ700円「干しシイタケ甘いよ。ほんとにいい奴だよ。もってかない?」「干しシイタケは高いなぁ 俺値切るけどいい?」「じゃあ干しシイタケと、こっちのシイタケで1000円でいいよ」「それじゃ100円しか負けてくれてないじゃん」「じゃあシイタケ二つにエノキ二つつけよう。それで1,000円」「負けたぁ。ほら1,000円」「こっちこそ負けたよ。お客さんうまいねぇ」ちきしょう 200円しかまからなかった握手掛け合いの面白さを味わえば、百貨店、スーパーで会話の無い、或いは、見せかけの活気などに金払う気持ちは失せていく。バザールのにぎわいこそ、コミュニケーションの原点だ。寺山修二は書を捨てよ街に出ようと言った。僕なら、コンビニを捨てよバザールに出ようだ来月から千代田プラットフォームスクェアに拠点を移す(正確には増やす)あちらでも、バザール企画がある。今度は売るほうをやってみようか?John MooreがOrganicコースの授業から戻ってきて、ちょっと打合せ早くパンフレットと、財務計画を作れというはいはい最初、そんなの要らないって言ったのお前だろ。ま、いいや。カミさんが到着し、留さんに荷物もってもらって帰宅。途中、留さんに、ゴボウ二本、にんにく、山芋などおすそ分け。水道道路で留さんを降ろし、家に。おお5時だ。トイレに行って、服を脱ぎすて、カミさんに安酒を買ってくるよう依頼。出し用だけど、あとで飲むか。惜しげのないところが、安酒の良さ。ホウレンソウを茹で、にんじん、ゴボウを蒸すゴボウの笹がきだが、却って手間とふと気付くニンニク、サトウザヤを、油で揚げて、重箱へ。薄く油でいためた鳥肉とエリンギに日本酒を注ぎ、さらに醤油を注ぎ、出しを取る出しがらは煮切って重箱へ。シイタケとアスパラを炒めて合わせ、塩を振って重箱へ。山芋を一本すって出しと合わせびん詰めにんじん、ゴボウは、そのまま味付けせず、重箱へ。食べるときに山芋と合わせる予定。ここで6時20分。1時間20分か。まあいいや。もう一度背広を着て、家を飛び出す。電車の中でメールチェック。6時50分に切符を預けた人と待ち合わせ、切符を受け取る。留さんが、前から二列目。入口脇の席をとっていてくれる。あちらに知人のYさんのお顔を拝見。お忙しい中、わざわざお越しいただき、ありがとうございます。よりちゃんは、お忙しいのか、今週はご出席なしとのこと。明大前キッドアイラックホール朗読の会「ほほ」のイベント
March 14, 2010
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March 10th was the day of Bombing.Ioujima was captured in order to support B29 bombing Japan.Though a lot of Japanese blames US for the boming and I agree to it,I began to recognize that more resposibility was in Japan sidenot the Army but Ministry of Interior or Cabinet itself which did not take Yalta caution seriously and did not made adequate escape to meet the threat.They might be able to declare open city but they did not, as they do not want to move the factories and army from the urban area. They neither pay more encouragement for people out from Tokyo because of the cost and inadequate acceptance.Same in Hiroshima and Nagasaki.The allied nations cautioned the substantial damage, but the cabinet did not take it seriously and delay the surrender.Japan could last the battle, may be for 5-10 years.Considering Vietnam, Iraq, Afganistan guerilla.Geographic of Japan is far more complicated.The US cannot drive tank well in the mountains, in the mud.Furthermorethe US is required their sustantial number of ships to stay and/or shipping goods to Japan.You cannot eat rice. You eat bread.You didn't know how to grow wheat here, and first harvest was anway after summer 1946.You needed to support the recovery of Europe.But your labour was limited as men went to war.REPLYI don't think you're correct in believing that Japan could have fought a war on Japanese soil for 5-10 years. A war like that assumes the support of every citizen, it assumes a war of conquest and occupation, rather that one aimed at returning the world to status quo (or something like it) following imperialist aggression (by Hitler and Hirohito's generals). I don't believe the Japanese civilian population would have fought from behind every tree and rock; I don't believe they had interest at that point (August 1945) in anything other than the end of war. And though the generals told the civilian population that Americans were baby eaters, they would very quickly have found out that that was not the case. Not to mention that the U.S. conducted its air war with reasonable restraint (except the A-bombs). The Imperial Palace was off-limits, so was Kyoto, etc. The bombing targets were mainly military-industrial (yes, of course, many bombs missed their targets, but that's war), and as you say, many of those targets were located in densely populated areas (in part so the civilian population could easily get to work in them).Japan's involvement in WW2, and in its China adventures before that, were the product of an overambitious and unchecked military. In the U.S. Constitution we have what we call "checks and balances" in a three-headed government structure. The idea is that the executive, legislative and judicial arms of government should not be easily able to act alone, that they should be in reasonable agreement. Thus the U.S. President needs Congress to declare war. There are exceptions, of course, to permit rapid action in an emergency, but basically, the strength of the system is that madmen can't do whatever they want ...そのあとこれは次のように続くのだが.....多くの方は、こちらには、さらに賛成なさるまいしかし....So, you introduced women into the labour market.That changed your society.It might be Japan who made Soviet realization.Japan supported Communists to win the War with Russia.It is partially true, that Japan encouraged the Dutch, British and French colonies in Asia, and might be that affected Africa.Many appreciate independence, and some Japanese have been very proud of it.But I have become wonder if people are really happy in those independent countries.I am afraid that their life as colony might even better than current disaster.Afganistan was already independent.But even India, that great country was destroyed into India, Pakistan, Bangla Desh and Sri Ranka, and there was less economic growth until lately.British ruing was not so bad.France....may be better to be indepandent they do not admit another cultureAnyway, I am afraid to admit that the independence were too early.The US had never fought war since world war I.It was Japan involved US to fight, and the US needed to prevail until today.If they are all partially or entirely caused by Japan,we are very much responsible for today.If course, North Korea.
March 10, 2010
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出張から戻った。思わぬほど資料作成に時間がかかり、前日の外出ぎりぎり前に、ようやく脱稿未消化のまま若い人にプリントアウトを頼み、翌日新幹線の車中で落ち合う。あーっ この図、うまくいってないじゃないどうしようこれで行こう、しょうがない。大阪から、今回の行き先へはレンタカー阪神タイガースの「トラッキー」がボディにでかでかと書かれた阪神タイガースバージョン「これしかなかったんです。あとは8人乗りのワゴンになるんですけど」「......」「いいよ。訪問先にアンチタイガースがいないことを祈ろう。俺は阪神ファンだ」カーナビの指示に従ったのだが、高速が混雑しているらしく、一般道を指示される。「おい、これじゃメシ食えないぞ」今日は5時起き昼飯食べられない。同行の若い人は朝飯も食べてない。もう一人のおっさんも、あまりちゃんと食べてないようだ。まずは、某県某市市役所担当部門の課長さんに表敬に伺う。翌日夕刻までに議会への答弁書を書かねばならぬと言いつつ、僕らに付き合って外出。「おい、PTAつきじゃメシ食えないぞ」プロジェクトの一部に、古民家を直してプロジェクト拠点にする構想があり、まずは、候補物件の視察。農場主でもある課長さんの車はCrownのRoyal Saloonだ。トラッキーのスバルは全く見劣りする。「これ朽ち果ててますよ。直せますかねぇ」同行した市役所担当者。なんせ建坪4-50坪の古家が3軒と敷地500坪ぐらいの家なのだ。3軒それぞれ、中に入り、状況確認。「耐震性は大丈夫かな?」と聞けば、担当者が笑って、「古い家に耐震性問うのはナンセンスです。こういう家は、ちょっとやそっとで壊れるようなヤワな出来じゃないです。さもなきゃ何十年ももってるはずないじゃありませんか」そりゃそうだ。関東大震災で、新築の松沢病院は被害にあったが、松沢村(上北沢、桜上水、赤堤、松原)で倒壊した建物は、納屋一軒のほか一軒もなかった。改めて、太い柱と梁を見なおした。農業共同組合へ。アポなし訪問だが、そこは市役所の課長さんが同行している強み。3月からという新任の部長さんが出てきて、最初は当たり障りの無い話し。だんだん興味が乗ってきたところで、一人呼び、二人呼び、最後は5人。いい話しになった。顧問先の会社へ。既に6時を回っていて、事務の人は帰ってしまっていて、専務さんと担当者が一人だけ。担当の人に交通費伝票を託し、専務さんと少々お話し。6時半過ぎ、ようやく昼飯(兼夕飯、同行者の一人は朝昼晩一緒だ)8時前チェックイン。翌日もハードスケジュールだ。:::::::::::::::8時集合。朝食。チェックアウトして、9時に再び市役所。プロジェクト候補地の区長さんを訪問するのに、再び課長さんにご同行願う。9時半に区長さん。プロジェクト構想(里山再生を謳っている)をご案内。「こういうのは、地元の協力がないと出来ないなぁ。ですが、あそこは地権者が多いから、難しいよ」有機農業の話しになる。「私んとこも、もともとは農業で片手間に自分で食べるものは自分で作ってます。農薬、化学肥料を使うとてきめんに土が駄目になります。子供が小さい頃、アレルギーが出たんで、それ以来、自分とこで食べるものは、農薬、化学肥料は使わず、堆肥作ってやることにしました。今年も4tばかり堆肥作ってます。たいしたことはないですよ。毎年だから」片手間って....そいつは区長さん、4t堆肥作るって、それ本ものの農業ですよ。「でも、いい土地選びますなぁ。あそこの米はおいしいんですよ。水がいいですからね」「ここは、東京より五度は気温が高いです。新潟よりはもっと。魚沼産コシヒカリ10キロで1万円ぐらいしますでしょ。あれよりずっと美味しいコメが出来とります」でも、寒いところがいいコメ作るんじゃないですか?「ありゃあ、そういう品種だからです。米はもともと暖かいところの作物です。寒いところで無理して作るから苦労がかかる。暖かい豊かな土地で育ったコメはうまいですよ」だって、全然知られてないじゃない。「そりゃそうですよ。自分たちが食べる分しか作りませんもん。仲間うちで、お前のとこのにんじん。俺の菜っ葉、あいつの米っつって、交換するです。ほかに売るほど作る必要ないですもん」いったい俺たちは何食ってんだろう?「そりゃあ、皆さん食べてるもんは、大量生産品ですわ。新潟コシヒカリなんぞ、高いだけで、ありゃあ大量生産品で、農薬と化学肥料の塊です」なんちゅうこっちゃ!「こういうプロジェクトは、いつかやらなきゃならんのでしょうなぁ....やらにゃぁ....今しかない....か.....15日に会合がありますから、皆に話しましょう」日本は豊かに見える。わざわざ余計な手間をかけ、今のままでどうにかなっているものを変える必要がどこにある?だが、それが未来につながるもの、つなげねばならないものであるならば、誰かがいつかはやらねばならない。誰が?それは、自分自身であり、今始めねばならない。プロジェクトを立ち上げるのは、お金ではない。人を説得して、始めるものでもない。人の心が得心して、やろうというお気もちが自然に出てくるのをお待ちするそれでなくては、いいプロジェクトは立ち上がらない。農業をやる人は、都会の人と異なり、心の開くのが早い。区長さんの最後のお言葉に信頼して、24日の再訪を約す。市役所の仲介で、お借りする予定の農地2か所を視察。目標3万坪。まだ3分の1しか確保できていない。「うーん。いい土地だけど、一番水の下だなぁ。これじゃあ農薬も化学肥料も流れてくる。こっちはいいね。ただ、砂地だから、最初は根菜からだな。」おやおや、砂地は根菜に適さないって言ったじゃない?「ほんとの土は、砂地の下にある粘土のそのまた下に隠れてるんだ。根菜作るのは、そのバリアを破るためなんだ。そうしないと、堆肥入れても流れてしまい、長持ちしない」いちごを生産している人のところへ。前回行ったときはご不在で、今回が初めてのお目もじ。交換した名刺に猫のイラストなかなかのセンス栃乙女が主流の東京とは違う。一粒いただくと、甘い味が口に広がる。「今は3回目の花です。今年は出来が悪くて」どうしてですか?「出来不出来は、前年の夏の天候で決まります。苗を植えた時期の日照が少なくて、全国的に不出来なんですよ」ハウス栽培でもそういうことが?「当たり前です。いくら石油つぎ込んでも、太陽に適うもんじゃありません」「甘いイチゴは冬のもので、これからイチゴはだんだん酸っぱくなっていきます。」暖かいから甘いものが出来るわけではないのだ。「寒いから、種のために養分をしっかりため込むんですわ。暖かくなれば、養分要らないでしょ」市役所の農政課を通じて取引することに。帰りに、授粉に使う蜂の巣箱が見えた。「あそこのはちみつはどうしてるんです」「栽培に専念してるんで、そこまで暇がありませんねぇ」イチゴとイチゴはちみつ100%で作るイチゴジャムの試作を奥さまにお願いする市役所から課長さんに電話が入り、市長が会いたいと言ってきているらしい。急ぎ、役所に戻り、表敬。地元第3セクターの社長でもある市長から、「これ商売になりますか?」と「のばらのはちみつ」を拝領。課長さんは、庁内電話で「俺んとこにパン500円買っとって」おやおや、お昼ご一緒するんじゃなかったのかな?「いやぁ。せっかく近くまで行くんで、2軒ばかり用事を済まそうと思って」昼飯は、甘酒と猪、鹿肉の手配を兼ねて、20分ほど車でかかる「農家カフェ」山間の谷を登って行った先にあるカフェは、最初週1日で始まったのが、今では水曜に定休日があるだけの盛況。課長さんは、僕らを降ろすと、ほかへ転進。「のちほどお迎えにあがります」お昼を食べていると、調理のおばさんが二人やってきて、「これ試作に作ったんですけど、食べてみてください」差し出されたのは、猪肉のはぎれを味噌につけこんだのがトッピングのうどん。「僕は、関東の人間なんで、甘い味噌は駄目なんだけど、おいしいですね。でも、猪肉にうどんが負けてますね」「よう分かりますね。うどんは市販の使いました」課長さんが戻り、近くにある文部省から金の出ている古民家再生プロジェクトを2軒視察。民宿用途なのだが、料金設定を見て眼を剥く。「高いでしょう。これじゃあお客来ないよなぁって言ってるんですわ」確かに立派に再生されてるけど、お役所がやるとああなるんだ。市役所に戻り、課長さんに分かれをつげ、今度は農政課の担当者に同行して、乳牛と養鶏をやっている農場へ。「こういう時でもないと行けませんから」と農政課の担当は逆にうれしそう。同行の二人にお話しは任せ、僕は牛舎を拝見。珍しいのか、牛が一頭、二頭とやってきて、十頭ばかりが周りにやって来る。農場の人が、変な顔をして見ている。逃げるわけにもいかない。逃げて追っかけられたらことだ。別に危害を加える意思はないらしいが、こっちはスーツ。困った。おそるおそる一頭の鼻づらをなでる。濡れてるが、不思議と汚いとは思わない。それでも、あとで手を洗ってタオルで拭いたものの、なんか残っているような気がしてしょうがない。話しが終わったらしく、呼ばれると、おいしい牛乳がふるまわれる。「イギリスの牛乳に近い味がする」と同行のアイルランド人ジョン。日本の牛乳に特有の味、匂いがない。「低温殺菌なんです。」そうなんだ。農政課の担当に分かれを告げ、50分ほどドライブして駅に戻り、レンタカーを返し、東京へ戻る。
March 7, 2010
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友人のアイルランド人Johnの話し。「去年、中国の習近平が日本にやってきたとき、天皇陛下に会いたいと言っただろ」「ああ。そういうことがあったね」「あれってなんで、あんなに騒ぎになったんだい?」「ひと月前までに言わなきゃいけないルールなのに、一国のトップじゃないナンバーファイブぐらいの奴が、ひと月切ってから、お前んとこ行くとき天皇陛下に会いたいって言いだした。馬鹿にしてる。覇権主義だって騒いだんだよな」「わかんねぇなぁ?どこが馬鹿にしてるんだい?」「こっちにも都合があるのに、会いたいって言ってるんだから会わせろよって、小沢さん使って無理強いしたからだな。日本を見下して、なんでも好き放題言いやがる」「そうじゃねぇなぁ。そりゃ、そういうこと言う奴らは、見下されてもしょうがねぇけど、天皇陛下が自分たちと一緒だと思う奴らのほうが天皇陛下に失礼じゃねぇか」「?」「だって、中国は天皇陛下、昭和天皇だな。昭和天皇が中国国民を救ってくれたことに、ものすごく感謝してるんだ」「そんなことがあるのかい?」「日本じゃねえよ。天皇陛下だ」「わかんねぇなぁ」「天皇陛下は戦争やめさせたじゃない」「ああ」「あれで、いっぱいの人がすくわれた」「そりゃそうだよ」「すくったのは日本人だけではない」「まあ、そう言やあアメリカ兵の命も多少はすくわれたかもしれない」「多少?」「ああ。だって、もう日本が負けるのは当たり前だったじゃない。天皇陛下がやめさせたって言ったって、それが何日か早まっただけのこと。アメリカ軍は、爆撃だけやってりゃ良かったわけで、戦争やめないから、原爆落とされて、ソ連が参戦したんじゃないか」「1945年8月15日のあと戦争が続いていたとしても、すぐに日本は負けたと思ってるの?」「ああ。そうじゃない。だって、世界中敵にまわして、ただ一国。資源もない国が、四つの島に閉じ込められて、勝てるわけないじゃない。多分、あと何発か原爆落とされて、それで終わりでしかなかっただろう」「本気でそう思ってる?」「ああ。俺、平和主義者だもん。無益な戦いするの、バカバカしいじゃないか」「日本人みんなそう思ってる?」「ああ」「お前ら馬鹿だな」「?」「そんな簡単なわけないだろ」「どうしてさ?」「ベトナム見ろよ。アフガニスタン見ろよ。イラク見てみろ。十年でも二十年でも戦い続けてる。アメリカは、あの頃より今のほうが圧倒的に強力だし、ベトナム、アフガニスタン、イランは、あの頃の日本といい勝負かそれ以下だ。それでも、アメリカは勝てない」「だって、あいつら陸続きで、いろんなとこから支援も来る。日本は制海権も制空権もなく、食糧生産だって覚束ない」「馬鹿だな食糧続かないのは、アメリカであって日本じゃない」「?」「南の島で、せいぜい10万かそこらの兵隊にメシ食わせてる段階ならいいけど、日本本土へ進行するとなりゃ、その倍でもすまない。ベトナム戦争のときの米軍兵力どれぐらいだったか知ってるか?」「最高時で55万だ」「米軍だけでな。そのほかに南ベトナム軍が65万と、韓国軍が35万。ピーク時がそれぞれ違うけど、だいたい120万ぐらいが米軍側の兵力だった。太平洋戦争ときの米軍は、ベトナム当時より装備は劣ってるから、120万でも足りないな」「へー」「120万としても、そいつら食わせるの大変だ」「占領したとこで作物つくりゃあいいじゃなぇか」「お前馬鹿だな。1945年8月は、まだ占領してないんだ。占領は、1945年の収穫が終わったあとになっちまうから、1946年秋まで、120万人分、食糧を送り続けなきゃいかんのだぜ」「そうかなぁ?」「そうだよ。それに食いもんが違うんだよ。いきなり自分とこの種持ってきて撒いたとしても、育たないし、それ以前に、ヨーロッパの復興が始まってるから、そっちも助けなきゃいけない。食糧大増産しようにも、兵隊出てる連中多いから、そう簡単に増産も出来ない。だから、日本が戦争続けれたら、日本だけじゃなくて、世界中大変なことになったはずなんだ」「そうかなぁ?」「日本軍は、日本だけじゃなくて、中国本土、東南アジア、台湾、朝鮮半島にも居た。だから、そこらじゅうで、ゲリラ戦やらにゃあならない。全部原爆落として、それまでってわけにもいかねぇだろ。だから、1945年以降、何年も戦争が続き、その間に、中国はソ連に占領されてたかもしれない」「そうかなぁ?」「そうさ。だから、中国は、本当は天皇陛下にものすごく感謝してる」「そんなことないだろ?」「いいんだよ。ものは考えようだから。中国が傲慢だってのと、一緒だけど、こっちのほうが平和じゃない。私が次の指導者にだいたい決まりましたから、よろしくって、朝貢してきたのは中国だと思えばいいのさ。実際、天皇陛下は、アジアのトップだからな」「?」「世界中の式典での序列で、天皇陛下は、ローマ法王と英国女王と一緒。米国大統領より上なんだ」「それは聞いたことがある」「だから、ほんとかどうかは別にして、そうだと考えりゃ腹も立たないで済むのを、なんでそんな分かりもしないことで、騒ぐんだろう」確かに、マスコミは騒ぎすぎだ。期限過ぎたら、駄目だ、ペナルティだってのは、お役所仕事の常道なのに、それを棚に上げて、中国がおかしい、小沢がおかしいってのは、それこそ変だよな。変に納得した。
March 6, 2010
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