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5月29日は、経堂すずらん通り入り口、かつての写真館「みのる」2階(正式にはNobles Oblige)で朗読の部屋「ほほ」の大人に贈る朗読会。学校の教科書もろくに読まないで過ごした自分には、作品名を知っていることはあっても、実際に、その作品に接するのは初めて というものばかりである。新鮮に聞ける反面、初めて接する作品ばかりなので、それなりの緊張感がある。これまで、経堂図書館での開催であったものを、諸般の事情により新たに会場を求めたもの。3時開幕の予定に、少々遅れ、既にOpening Remarksが始まっていた。実際のオープニングは、「17歳」代わり、沢木耕太朗郎”世界は「使われなかった人生」であふれてる”。「何故この作品を選んだのか?て質問があったみたい」「ほかの作品と並べてみて、どうして?って私も聞きたい」「だけど、最初に”つばめ”とか”わかれ道!、ましてや”山月記”はないでしょう?」「それは分かる」「読み手のやさしさ...かな 誰しも、自分が朗読する作品には”歯ごたえのあるもの” と普通は思うのではない だけど、それは読み手側だけの論理じゃない?今日はどういうお客さん?って手ごたえをみるのに、読みたいものを読むより、オープニングに何を読むべきかを考えた。それは、読み手の配慮じゃない?」「そういう考え方ならば、歯ごたえはないように感じるけれど、いい作品を選んだね」「藤沢周平を朗読しようとする女の人の気持ちは興味がある。何故、藤沢周平なの?」「女の人を大切に考えていると感じられるのがうれしい。したたかで、それでいて純粋」「ふーん....男と女の間に緊張感のあった時代の作品ということかなぁ。藤沢周平と池波正太郎って違う?」「全然違うわ。藤沢周平って、素朴 かなぁ」「地方の人なの?」「そうね。流れているのは鶴岡のイメージではないかな。ああいう作品を書く藤沢周平の奥さんは、どういう人なのかしら」「そうなんだ。男女の間にまだ緊張感のあった時代と土地の作者か。最近は、もうなくなっちゃった」「最近読まなくなったのは、そういうのが無くなってきてしまったことがあるのかも」「樋口一葉の文章は、区切りがないの。今の若い人のブログとかの文章につながるところがあるのかな」「へーそうなんだ。聞いていて、そういうことは全く感じなかった」「読み手がそこのところを弁えて読んでたの」「樋口一葉って、若くして死んじゃったでしょ。だから作品は明治の中期だよね。漱石はまだデビュー前じゃない?小説の技法など、まだ確立していない時期の作品だよね」「そうかもね」「お墓は和田堀廟所にあるんだ。偶然だけど、しばらく前に、行った」「......」「留さんと、英ちゃんと、留さんちでご飯を食べたとき、最初、英ちゃんが車が止められて、煙草が据えて、お茶が飲めるとこって指定してきたんで、ファミレスじゃぁあんまりだってんで、築地本願寺和田堀廟所の檀徒会館ってのかな?行ったの」「......」「ところが、樋口一葉の墓って案内はあるのだけれど、お墓へ行っても、樋口家とはあっても”一葉”とは書いてない。だから、没年の若い名前をみて、ああこの人だなって思った(註:奈津と表記してあったと思う。二十代前半で亡くなっている)」一葉の文章は、「わかれ道」を例にとれば、「思ひ切つた事を我れ知らず言つてほゝと笑ひしが、兎も角も家へ行かうよ、吉ちやん少しお急ぎと言はれて、何だか己れは根つから面白いとも思はれない、お前まあ先へお出よと後に附いて、地上に長き影法師を心細げに踏んで行く、いつしか傘屋の路次を入つてお京が例の窓下に立てば、此處をば毎夜音づれて呉れたのなれど、明日の晩はもうお前の聲も聞かれない、世の中つて厭なものだねと歎息するに、それはお前の心がらだとて不満らしう吉三の言ひぬ。」という感じ。ひたすら続く文章だ。「たけくらべ」あたりか?一葉の作品は、教科書に載っていたかもしれないけれど、そういう文体という記憶は全くなかった。ちゃんと勉強してないことがばれる。困ったもんだ。「山月記は、読み手が違うと、前回とは違って聞こえた」「読み手の思い入れを聴いてみたい」「...そういうふうには思わなかった。言われてみれば、思い入れがあるのかな。」前回の「山月記」(明大前キッドアイラックホール)読み手は男性。今回の読み手は女性。今回の読み手が先生役。日本文学に親しんでこなかった自分にとって、初めて朗読で接する作品群は、新鮮に感じる。しかし、一方で、現代の日本文学(というものがあるならば だが)の中に、読み手ー聞き手の間に心地よい緊張を作り出す力量はないであろう と思う。芥川賞受賞作は、一応目を通そうとはするのだが、書き出しの一文だけで、あとが続かない。文章は上手なのかもしれない。だが、そこには、声に出して読んでみずとも分かる、リズム感、緊張感、或いは、文章を眺めただけで感じられる文字の並びの美しさといったものが欠落。沢木耕太郎...何故? との質問。その感じ 分からないではないような日本の活字媒体には、もはやそれほどの余命はあるまい。現代日本の文学は、社会の現実を踏まえなくなっている。その程度のものしか育てることのできない媒体には、存在の意味がないのか?というか、それは、大きなものの極一部であり、現代日本にある私たちの精神が、貧困なものでしかないことを示している。朗読会経堂「みのる」を会場に続けていただけると嬉しい。
May 29, 2010
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普天間移転は辺野古へと、日米共同声明で謳い、社民党福島党首を閣僚から罷免。僕は、これまでの経過を迷走とは捉えていない。8か月かけて鳩山さんは、我々の前に、カードを広げ、言いたい放題を言わせた。我々が彼の迷走と言うは、我々自身の迷走である。世の中は、白黒だけで成り立つわけではない。誰かが決めて、僕らはそれを批判するという構図が続いていたわけでもない。誰かがそれを指摘しても、僕らは事実に目をそむけるだけでしかなかった。先送りしてきたツケは、僕ら自身が払わねばならない。世界は複雑であり、僕らは、その複雑さに耐え、自分の頭で考え、自ら行動せねばならない。「言葉を大事に」と福島さんは会見で述べた。だが、彼女の言葉に、どこまでの真実があるか?福島さんがしゃべるのを聴いて、僕は誠実さを感じない。彼女というか、社民党の行動は、何か沖縄に資するところありや?複雑さに耐えていない言葉は、むなしい。良い仕事をするためには、言葉とか、数字を見るだけでは足りない。言葉ではなんとでも言える。数字に現れるは一時のことでしかない。人間を見なければ。***もし、今流行している口蹄疫が、本当に従来のものに比べ、感染力が高いものならば、何故、野生の猪、鹿の駆除を行わず、牛豚の家畜のみを対象としているのか?野生には県境は存在しない。彼らが媒介すれば、感染は九州全域に広がるはず。特定のDNAに集中した食肉の在り方が、口蹄疫蔓延の背景にあると思うが、それを言う声を聴くことはない。僕らは、自分の頭で考え、行動しているだろうか?今を生きることは重要なことだ。だが、未来を奪って生きることの意味を、僕は考えたことがあっただろうか?
May 28, 2010
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処分した家畜を埋める場所もないほどの大虐殺。食べることだけを目的として動物を飼う。それも、食べ心地という人間側の論理で、非常に狭い範囲のDNAにどんどん固定していく。それも、同じようなものばかり食べさせて。動物だけでなく、植物も同じ。世界中、僕らが食べてるものは、そんなものばかりになっている。そんなものばかり食べて、そんな大虐殺をやれば、人間にも同じような運命が迫っているはずと思う。蜜蜂の大量死、口蹄疫、狂牛病...宗教ということでなく、自然食フリークということでなく、自分が有機栽培に多少関係しているからということではなく、僕らが生き方を変えなければ、子供たちも、その子供たちも同じようなものを食べ、やがて、蜜蜂、牛豚と同じ運命をたどることになる。どうすればよいか?一人ひとりが自分の頭で考えねばならない。私たちの少子化問題或いは、それは、私たち日本人自身が、本能的に、数だけ増やせばどうにかなるとばかりの、子孫画一的大量生産に対する拒否反応を示しつつあるのかもしれない。なぜ、そのことに今、お金をつぎ込むのか?数さえそろえば良いというものではない。「どういう子供たちを育てていくのかという大義がなければ、子供を産む意味が感じられない状況」に時代は突入しているのだ。
May 27, 2010
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関与先の顧問をしておられる先輩と昼食。確か、戦時中のお生れと思う。「あなたは、世田谷のお住まいですね?」「はい」「私は、杉並の宮前というところに住んでたことがありまして」「そうですか」「学生時代です。それで、世田谷の経堂に住んでいる友人を訪ねようとしたことがあります」「そうですかぁ」「当時は、まだ下宿の友達に連絡するには、電話して呼び出してもらわなきゃいけない。あまり迷惑かけてもと思ってね。東京23区区分地図とかいうのがあったでしょ?今はまだあるかどうか?」「なくなっちゃったかもしれませんね。一つ一つの区が別々に地図になっている奴ですね」「そう。その区分地図帳片手に、出かけたんだけど、あとで気が付いたんだけどね、世田谷って広いんだよね」「もともと、23区で一番広かったですね。今は羽田なんかの埋め立てで大田区の方が広くなりましたけど」「そうなんだよ。大田区がどうだったかはご縁がなかったので知らないけれど、普段出かけるところと、世田谷区は縮尺が違うんだ」「そうだったんですか?」「うん。それでね。地図上の感覚では、なんか世田谷ってとこはすごく歩きにくいんじゃないかってね」「どうしてですか?」「普段だったら、とうに着いてなきゃいけない距離なのに、まだ着かない。当たり前だよね縮尺違うんだから。だけど、東京の全体像が分からないから、世田谷が広いってのが間隔的に分かってなかったんだなぁ」そういうことがあったのか。「千葉で京成線に乗ったことがある」「スカイライナーとかで、2-3度乗ったことがあるような...」「あれってカーブが多いんだ」「そんなような気もします」「会社入って、京成沿線に住んでる先輩が居てね」「ええ」「なんで、京成ってあんなに曲がってるか知ってるかって訊くんだ」「それで、どうしてですか」「いえね。冗談なんだけど。空襲のときの機関銃掃射で、くねくね曲がってると、的が絞れないんで弾が当たらないってんだ。京成は戦争のずっと前から走ってるのにね」
May 26, 2010
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「自分の頭で考えるねぇ。いつからそんなこと考え始めたの?」「うん?最近」「確かにそうだけど、そんなこと言ってると嫌われるわよ」「そうねぇ。中の人ほど嫌がるなぁ。でも若い人は良く聴いてくれるよ」「当たり前でしょ。若い人が、あなたの言うこと聴かなきゃ成り立たないじゃない。あなたは立場でモノ言ってるだけに過ぎないの!」「別に上席者としての言葉じゃなく、先輩としての言葉だからいいんじゃない?」「バカねぇ。先輩って考えてもらえる年齢じゃないでしょ。良くて上席者、悪くすりゃ老人の戯言だよ」「だけど、奴らはそんなこと言わないよ」「あなたは、自分の頭で考えて、自分で行動するって、いつ悟ったの?」「だから、最近」「最近悟ったの?それまで、そういうことは知らなかったの?」「いやぁ。そういうわけでもないんだが...」「でしょう?それが、なんで今更」「言葉じゃなくて、本質として悟った...」「ほかの人は、そうは見ないわ。いつもと同じあなたが、同じように戯言言ってるとしか見ないわよ」「そうでもないと思うけど」「そう思ってくれる人は、そうねぇ10人に一人も居ないでしょう。でも、そのことは誰に言いたいの?」「そうだなぁ。若い人には早く悟って欲しいと思うけど、本音では50以上かなぁ。あんたらが変わらないと、若い人に迷惑だよって」「確かにそうなんだけど、そう言われると私だって言いたいことあるわ」「自分の言いたいことを言うには、人の言うこと聞かなければいけない」「人の言うこと聞いてたら、自分の言いたいこと言えない」「だからー。そういう考え方が争いを起こすんだって」「じゃあ、あなた人の言うこといちいち聞いてるの?」「良く聴こうと心がけてる」「私の言うこと聴いてくれないじゃない」「聴いてますよ。ちゃんと」「確かに昔よりは良く聴くようになったわ。だけど、昔よりいろんなことうるさく言うようにもなった」「だから、自分を主張するためには、人の言うことを良く聴かねばならない」「なんかずるいわね」
May 24, 2010
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考えてみると、自分は、日本人の反戦意識(そういうものがあるならばだが)に相当に不信感をもっている。運動を記憶する中で、反戦=反米、反自民、反国家、反天皇制など立場の違いはともかく、語り継がれてきた戦争体験、反戦の意思表明など、ひとつひとつの殆どは、その通りと思う。しかし、全体を眺望するに、名状し難いリアリティの欠如を感じるのだ。これで、日本人が戦争をしない、戦争をしない国をつくれる、世界から戦争をなくすべく世界んの人たちの共感を得る、といったことができるとは思えないのだ。その大きな理由は、語られてきた戦争の記憶のほぼすべてが、戦争に巻き込まれた偶発的立場、被害者的立場に自分を置くもので、戦争への積極参画、加担、尻馬に乗った、そういう立場からの反省に立脚、反省し、或いは、何故戦争が発生したかを突き詰めたものでないと感じるからである。「そういった連中の発言がないのは、反省していないから」「軍人は乱暴ばかりで、考えることをしない」「戦争した連中に政治を任せれば、また戦争を起こす」「だから、日本は二度と軍隊を持たない。持たなければ戦争は起こらない」云々.......父を含めて、戦争に参画した人々の多くに反省、非戦の意思がないわけではない。彼らの一部には、戦争を賛美し、その時代への回帰を目指すが如き連中も居る。しかし、彼らの多くが反省の弁、非戦の言葉を、一切口にしないが如き、思いの複雑さこそが、従来語られてきた「被害者意識に立脚した反戦、非戦」には観ることのないリアリティが含まれている。なぜ彼らが非戦を語らぬか、それは自分のためではない。青春の時代に、信じて自分を捧げた戦争に国家が敗れ、戦場では思いを同じくする仲間、故郷では親族を失った。信じるに足りぬ浅薄な勢いに乗り、自分を捧げた愚かさを嘆くは簡単しかし、仲間と自分たちが共有したものが、まったく無価値、無駄とは思わない彼らの死を犬死と言うが如き、戦ったことも無い連中の尻馬に乗り、彼らを貶めることを潔しとはすまいいろいろな思いが、彼らの口を閉ざし、反省の言葉を聞くことなく、私たちは過ごしてきた。彼らを彼岸において、我々は当事者、加害者でないという論理は、日本国内のみにしか通用しない。きむらけんさんという方が、「物事の本質を冷静に考えないで、いちゃもんやいいがかりをつける。批評や批判精神を欠いている点である。ものごとを客観的に捉えて、きちんとした批評をするということができないという欠点がある。市民意識の欠如である。これが今でも巣くっている。この欠点を正さない限り、またわれわれは戦争を起こすに違いない。」と指摘されていた。その通りと思う。25日未明は、東京山手空襲から65年。
May 24, 2010
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5月も下旬になり、21日金曜日は、今年初めての真夏日。13時過ぎに気温は31度となっていた。前日の雨は乾ききってはいないものの、それほど湿気がない。それと、寒暖の変化、前日の雨ということで、昆虫さんたちがまだ殆ど出てきていないので、比較的さわやかに過ごすことができる。日曜になれば、昆虫さんたちもいっぱい出てくるから、そうさわやかというわけにはいくまい。「あれーっ!たいへん、たいへん、ちょっと来てよ」「どうしたの水道止まんなくなった?」「違うの。こっち。こっち」「壁のとこね。どうすればいいの」「取って捨てて」「はいはい。あぁその殺虫剤は要らないよ。このセーターでつまんで庭に逃がしてくるから」「いやぁ。落とした。落としちゃったよォ」「そうかなぁ」「どうしてくれるのよ」「そこらに居るよ」「逃がしちゃったじゃない。あ、居た。そこそこ」「はいはい。ほら捕まえた」「庭に捨てて」「はいはい。逃がしてきますよ」実は黒い蛾が羽を広げてとまっていたのだが、怖いので良く見ることをせず、例の昆虫と勘違いしたのが、そもそも。蝶の燐プンが嫌いという人もあるし、それぞれ。例の昆虫だとすれば、さすがの私も自分のセーターでつまんで捨てようとは思わない。だんだんそういう昆虫さんたちが登場してくる季節
May 22, 2010
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小学校同級生「まっちゃん」連れ合いのコウさんに、ご紹介の労をお願いし、先さまのお時間を頂戴したあと、ルノアールでお茶。ギリシャ経済危機に話が及ぶ。「あれって、働いてる人の25%が公務員だってんだろ。しかも退職後の年金が現役時代の90%」「成り立つ訳ないですよ。でも、ああやって、公務員給与下げなきゃいけないってのを、ほかのお国でやってくれてるってのは、日本にとっていいことですよね。まだ日本じゃ、そこまで議論が行ってないですし」「俺、あそこに何ヶ月か居たことあるんだけど」「どうでした」「いいかげん」「へぇ」「で、俺、どうしてあそこで哲学が発達したかわかったんだ」「どうしてですか?」「あれだけみんながいいかげんなとこに暮らしてると、まっとうな奴は、どうしてかって、哲学でも考えないとやってられないんだ」「でも、オーストラリアなんていい加減ですけど哲学が生まれる様子はない」「カナダもね。同じイギリス人のやった国とは思えない。でもね、カナダはそれでも、イギリスとフランスっていう、かなりの文化の拮抗があるじゃん」なるほど確かに、哲学の発達する場所は、いいかげんな連中の多い(というと語弊はあるけれど)ところかもしれない。ギリシャ、ローマ、インド....ドイツはいいかげんというイメージはないけれど、元来神聖ローマ帝国ってのがある。イギリスとか日本は、哲学というと、お勉強の域を出ない。というか、個人的イメージで言うと、哲学やってるっていう連中の方がいいかげんだって気がしないでもない。ああいうところは、土地がやせてて、自然条件が、働らけば食えるということを保証してくれない。そうすると、どうやったら食えるかって考えなきゃいけなくなる。日本てのは、古来実践的なお国だ。皆さんまじめにおやりになるから、哲学が登場してくる必要がない ということかな?そんなことやってる暇があったら、働きゃいいじゃないか となる。耕せば食える国だから働く気になるんであって、考えなくていいわけだ。自分の頭で考えない日本人の体質と、勤勉な国民性というのが、どうして両立するのか?案外そんなところに、原因があるのかも。そんなこと考えてると、昼の時間だE-mail読んでないやつがたまってる。メシ食って仕事、仕事。
May 21, 2010
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経堂で用事のあと荷物を片づけるなどあり、小学校同級生の留さんと船橋へ行った。船橋でもだいぶん奥のほう、というか、どうやって行くか、良く分からないあたり。千歳船橋とか経堂の駅に戻るよりは、と、かねてから、どういう店かと思っていた「蔵」へ。おそるおそる戸を開けて中へ入ると、手前がテーブル、奥がカウンター。十人も入ればほぼ満席と小ぶりの店。昭和十年代生まれと思しきご夫婦がやっておられる。いくつか、つまみをお願いし、ビールから始める。10時までには戻ってくるように言いつかっている留さん。予定をしていないので1500円しか持ってない僕。痛飲とまではいくまいと思っていたが、追加で「抱瓶(だちびん)」で古酒をやり始め、つい三つ行ってしまった。留さんは、「抱瓶の曲がりは、ウィスキーのボトルなどと同じで、腰に入れるため」と言う。なるほど。そういうことか。十分食べて、おいしくいただいて二人で6500円。また、留さんにお世話になってしまった。西経堂フレールの中をさまよい留さんに、そっちは突き当たりとか言われながら、恵泉学園の裏に出て帰った。定休日は火曜日。月曜日は予約されたお客様のみ営業時間:午後5時~午後10時30分。世田谷区船橋1-52-4 03-3482-8876
May 15, 2010
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連休中のある日、カミさんと一緒にお散歩。ついこの間までこんもりとした森のようであった旧家がなくなり、宅地分譲されていることに衝撃を受けた。その数分あと。「赤堤は服部半蔵の領地だったんだ」「そう言ってるよね」「服部家の菩提寺は、西福寺もあるみたいだよ」「へー?でもなんで、西福寺さんはそういう来歴を言わないの?」「さぁ」「なにかね このあたりの古いみなさん方は、江戸時代からすごーくたいへんなことを、いろいろやってらっしゃったんだけど、そういうことは何もおっしゃらず、静かに過ごすことを潔しという生活に徹していらっしゃる感じがするわ」「お宅も華美なものではないけれど、上品」「服部さんて、その後どうなさったの?」「さぁ?近江の方へとお伺いけど...そちらからもお越しになって、ご一族で西福寺で法事もあったみたいだよ」「どこらへんにお屋敷があったんでしょう?」「まぁ、あったとしたらそこ曲がってったとこだね。もちろん今は、違う方がお住まいだろうけれど」「......!」そこは、服部さんというお宅だった。
May 12, 2010
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前後するが、5月2日は谷中で寿司屋。お寿司というと、稲荷寿司を何故か想像し、敬遠?知人から法事の相談を受け、ご一緒したのが谷中の墓地。徳川さん墓所のすぐそばであるから、お旗本、御家人のお宅であろう。二軒、法事をお願いしようと思うお寺の候補をお尋ねしたあと食事。「谷中なら、蕎麦か寿司」などといい加減なことを言いつつ、混雑して狭い寿司屋は敬遠。多少の贅沢はお赦しあれと、工事中の朝倉彫塑館先の寿司屋の戸を開ける。赤羽から来て58年というオヤジさんと、新潟ご出身のおカミサンのお店。近々息子さんとご一緒にさらなる展開を というオヤジさんと、酌み交わしつつ、つまみで行く。「俺は安酒が好き」とかいいつつ、新潟出身のおかみさんの白い目は無視。新潟の酒は水で薄めたとか、酔いにまかせて言いたい放題。やばいと思いつつ、オヤジにこれだけ、と値段を決めて二時間ほど楽しく過ごし、根津方面へ降りて、千駄木から帰る。谷中の寿司屋。貸切で二時間。ネタと酒。あのお値段なら満足。握り、お椀なことも、それで良し。もはや酒で身上をつぶせる齢でもなし。
May 5, 2010
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「英治君て田中っていうの!」「そうだよ」「茂美君てのも居たわね」「えぇ」「あと真里ちゃんも田中なんでしょ?」「うん。あと均君てのも居たよ」「あなたの学校おかしいんじゃない?」「どうしてさ」「だって、田中が同じクラスに四人も居るんでしょ?そういうのって、先生もめんどくさいから普通散らすんじゃない?」「集めたわけじゃないだろ?」「ほかのクラスにも田中って居たの?」「そうねぇ。聞いたことないなぁ」「だって、ほかに同じ苗字の人って居ないんでしょ?」「花形さんて二人居たかなぁ?学年には最低3人居たね」「なんでそんなに同じ名前の人ばかり居るの?」「だって、もっと昔なら、花形さんと、神保さんと、梶山さんと、中村さん。あと、野島さん、松原さん、鈴木さん、佐藤さんぐらいしか居なかったよ」「まるで、昔の村みたいね」「だって、実際そうだもん」相手は文京区の小学校出身。
May 5, 2010
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承前経堂駅から小田急に乗る。休みとて時間があるので、新宿側ホームの先端まで行って、待避線からのカーブを確認した。なるほど!揺れるのは待避線じゃない。本線だ。乗る時間帯が違うので、気がつかなかった。経堂は、駅の部分で複々線にさらに一本追加がある。本線に入った優等電車は新宿方面に向かうとき直進しない。経堂駅を出るとすぐに、右にカーブし、真ん中の追い抜き線に入る。追い抜き線に入るときは左カーブ。この区間が短く、身体が右に振られたあと、すぐに左に振られるので、ものすごく揺れる感じがするわけだ。なぜに、このようなことが生じたか?多分、工事工程と関わりがあるだろう。地下化という可能性もあったし、豪徳寺駅にカーブしていく部分に、いかに複々線を収め、優等列車の速度を上げるかというテーマもあっただろう。そういうことのしわ寄せが、この揺れには込められている。当然、小田急も解っているわけで、下北沢の工事が終わったら、もう一回工事するかも。
May 4, 2010
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高校時代のクラブOB会仲間とカミさんは30日から諏訪の御柱先輩で、「○○県警」というあだ名の人(運輸省のお役人だが、某県警の交通本部長に出向していたことがある。あろうことか、そのときにスピード違反をやって、部下である交通警官につかまったという笑い話が原点)が迎えに来てくれる。豪勢なもんだ。娘は、どこか東南アジア家には、男3人が残されている。小学校同級生の英ちゃんがやってきた。失業したという。と言いながら車だ。始めての失業?解らないからと言って、同級生で経験者の留さんに教わる。どこか車をとめられてお茶でもというこの連休にこの地元で...家の駐車場に2台はいらないことはないが、あいにく店がない。家をかたづけるのも面倒。ということで留さんちの庭!留さんは、業務経歴書は、「どういう会社相手に書くのか分からねば駄目」という。僕は、「全部書いときゃいいじゃねぇか。」営業の人である。いろんなことができる。ノルマノルマで追いかけられるのがいやになったようだ。そりゃそうだ。20世紀的発想は時代遅れ。会社という組織の在り方が制度疲労を起こしている。というか法律で、細かくああだこうだと決めて、それに縛られる会社というのが、もはや自由の利かない、新しいことに挑戦していけないことになってしまった。人間もそうである。やってよいこと悪いことを、全部言葉で書けるわけではない。ものごとには、同じようなことでもいいことわるいことが別れる。それは人間が判断することである。但し、時代風潮に流されてはいけないだけ。いい仕事が見つかるまで、アルバイトで食いつなげせっかくだから仕事は70ぐらいまで出来るものを考えろ聞けば英ちゃん そこそこの料理も出来るアルバイトで厨房やってたことがある。食堂の厨房ぐらい出来るじゃねぇか若い人と違って、もう僕らはそんなに給料いらない。却って、そう考えれば職はあるかもよ。などと言った。まあゆっくりやるさ。どなたか、職のお世話していただける人があるだろうか?風が出てきた。しょうがないから、もの干しを組み合わせ陣幕風にシーツを垂らしてみた。強い風が、いい塩梅に。すごいもんだ。テレビとか映画では、すそまでとめてるが、あれじゃあ風の強い日には役にたたんだろうすそは止めないほうが、却って風をやわらかくできる。いかにもシーツじゃしょうがないから、字か紋所を書くようにしよう。そう言えば、知人が、家紋と陣幕の紋所は違う場合があったと言っていた。あんなシーツよりでかい布地に、紋所どうやって染めたんだ?などとも考える。8時過ぎに解散。こういうのもいいね。
May 4, 2010
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