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「貴方はよく、やるべき時にやるべきことをやっとかないと、やり残したことへの執着が残るっていうじゃない」「ああ。あれは、結局マズローの欲求段階説(自己実現理論)と一緒なんだ。やり残したことへの後悔は長く心に残り、いつか取り返そう、取り返そうと思い続ける。だが、満足を得るまで取り返すことは、とても難しい。お金をつぎ込み、人を巻き込み、他者と争ってまで実現しようとする人もいるね」「最近、その逆もあるんじゃないかなって考え始めたの」「その逆って?」「やるべき時に欲求を充足した人は、それ以上の充足を求めなくなるわけでしょ」「まあ、そういう人もいるだろうな」「正確に言えばそうね。でもね、実際多くの人は、歳とってからの自己実現は大変なので、どこかでバランス取っちゃう。そうすると、あとの欲求は、静かに、楽に過ごしたいっていうふうに収束していく」「それで?」「本当の自己実現とは、そこで終わるものではなく、自己実現を継続していくものでもあるのでしょうけれど、若いときに、自己実現を体験した人、もしかしたら、それは本当に自己実現したものではないかもしれない人も含めてね、そういう人たちには、今度は、もう一度なんかやんなさいっていっても、難しいんでしょうねぇ」「そうかもしれない。そういう、自己実現を果たしている部分と、果たせないで執着が残っているのが、一人の人間の中に混在しているのだろう」「でしょう?だから、ある程度の歳になってから成功する人は、若いうち、あまりまじめにやらなかった部分のある人だと思うの」「なんだい?不真面目の勧めかい?」「そういう部分があってもいいと思う」「だったら、僕にだって、そういうところを認めてくれても良かったんじゃない?女の子と遊んだら怒られるし、お酒飲んでも怒られたし....」「女の子と貴方は十分遊びました。それが証拠に、あなた女子高校生とか女子大生に全く興味ないじゃない。」「男にも興味ないよ。」「それは、そもそも貴方にそういう欲求がないからでしょう。女子高生、女子大生とはちゃんと遊んだでしょ?」「十分とは思ってないぜ」「普通の人は、ほとんど遊ばないの」「大人の女性には憧れるよ。それは、君が遊ばせてくれなかったからじゃないの?」「それも十分遊んでました。あなた別に執着してないでしょ?」「いや、機会があればいつでも。さっき君は、本当の自己実現とは、自己実現を継続していくことにあるって言った」「貴方、そういうところは女みたいな記憶力発揮するのね。まったく都合いいんだから。言いたいことは、それぞれの人に、その執着の残っている部分を、上手に利用してあげれば、もっと世の中は平和でいられるんじゃないかってこと」「僕も女の人と遊んでいい!」「だから、言ってるでしょ。三原則。私に知られないこと。外で子供をつくらないこと。家庭に金銭的影響を与えないこと。もう子供作る気力も能力もないくせに、偉そうに言わないの」「.........」
February 28, 2010
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小学校同級の甲斐さん(白石さん)からお手紙をいただいた。3月13日(土曜日)14時から明大前の「きっどあいらっくほーる」で朗読会があって、彼女のお仲間が朗読するという。近くに行きつけの飲み屋があり、終わったら(19時から開くお店なので、それまでどうする?)呑もうぜを条件に10枚ばかり、予約チケットを買おう。白石さん、おくってね!
February 25, 2010
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February 25, 2010
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夕方からの出張をぎりぎりキャンセルしたので、余裕ができた。どうしようかと思ったが、7時に開く行きつけの店を待っては時間が余る。家へ帰り、料理を整え(前日がノー残業デー、明日が休みの家内は帰りが遅い)、一部を飲み友だちの金原邸に持参。海老鯛で焼酎と鯖の煮つけをごちそうになる。お隣の、さかな屋さんが調整してくれたもので、なかなかのお味。文通サークルの事務局を引き受けられることになったとのこと。「ボランティアみたいなものです」とおっしゃるので、お伺いすれば、ボランティアどころか持ち出し。いつもの通り、文句たらたら言いながら、それでも楽しそうなのが一番。:::::::::::::::懐かしのよろず屋!復活!庭・植木の剪定・雑草刈り。各家庭内の室内の整理。整頓。掃除・選択・買物・子守りなど家事全般壁などのペンキ塗装。犬の散歩。雑務等々何でも承りますので、ご相談ください!まずはご一報を!!無料見積!お値段は格安にてご相談!世田谷区桜上水2-22-15TEL 03-3302-7112代表 金原正久(註:文通のご連絡もこちらへ。独居の方歓迎です。):::::::::::::::個人的には、金原さんの子守りとは、いかがかな?年金暮らしの、信頼できる方です昭和5年生まれですが、元新聞社勤めの男やもめ多少の酷使にも耐えますあとは金原さんの自己責任今夜はHelly Hansen?をお召しになって、得意そう。よろずや、文通とも、ご自身、お知り合いに、金原さんご連絡先をご紹介下さい!
February 25, 2010
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留さんから渋谷の桜が移転したと聞き、じゃあ行くかと返し、早速出かけることに。246沿いの以前の店が、前からあったビル建て替えの話しが進み、ちょうど近くの医院が移動するあとへ移ったもの。地下から4階にあがったが、今度のところもまずまずの場所。久しぶりのお伺いに女将の節ちゃんが驚く中、上がりの個室に通されたところで、ちょうど留さんが登場。「ここの設計の人、好きなんだよね」と留さんお気に入りの、いろいろ工夫のある木調個室。生がきを頼んだところ、そのまま出てきて、節ちゃんが、「いきなりこれでは」と、三品ばかり前菜を用意してくれる。留さんが大ジョッキ、僕が小ジョッキでスタートし、泡盛に移る。「メニューを」と眼鏡を取り出すものの、銘柄を見ても何が何やらわからず、結局同じと笑う。二時間ほど過ごしたあと、地下で娘さんがやっている「小桜」に移動。カラオケ三昧。さらに千歳船橋でもう一軒はしごして、深夜のご帰還となってしまった。千歳船橋の店は、何度か行っているのだが、店名をまだ覚えていない。
February 20, 2010
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「有機栽培の野菜って高いじゃない」「うん。一般的にはね」「それでどんなもんかって、白菜買ってみたの。菅さんの白菜というので。普段買う白菜と比べると、ものすごく高くって。切って食べてみたら おいしい!甘いの」おいしいものには、自然の甘さがある。「有機栽培って、露地じゃなきゃいけないの?ビニールハウスじゃ?」「どうなんだろう?ビニールハウスは赦されるんじゃないかなぁ。農薬とか化学肥料使わないってのが定義なんじゃないか」厳密に、無農薬、有機栽培と謳った農産物が、本当にそうであるかどうかの検証は難しい。その年に、農薬、化学肥料を使わなくても、以前に使われたものが土壌に残留する可能性があり、或いは、周辺の田畑で使われたものが流入し、或いは、風で運ばれるケースもある。そこは程度問題か?ビニールハウス物と、露地物を、成分分析して違いを言うことは難しいだろう。しかし、密かに僕は、ビニールハウス物は、露地物とは違うと思っている。有機栽培とは、自然農法。できるだけ人の手を介在させずに作られる作物のことだと考える。気温を上げるために石油を焚いたり、栽培が終わったあとにビニールをどう処理するとかの、環境面の問題は別にして、それでも、たぶん、ビニールハウス物は違う部分があるだろう。種には、厳密な部分と大まかな部分が共存している。ある一定温度、日照時間にならなければ発芽しない。私たちが知るは、その程度であり、たぶん専門の人は、もっといろいろなことを知っているのだろうけれど、発芽のメカニズム一つとってみても、私たちは、たぶん全部を知っているわけではない。どの酵素が何度になると働きはじめ、その酵素が作り出す特殊な酸が働いて、別の酵素をよび起こす。或いは、地中の温度が何度かにあがると、土のほうの何者かが、種に発芽を促すのかもしれない。そういうことが、いくつもいくつも重なり、組み合わさり発芽、発育していく。しかし、一方で、気象などの環境にかなりの変化があっても、ある程度の枠内ならば、種は毎年発芽し、実をつけ、次代へとまた種をつないでいくおおらかさを持っている。農薬はともかく化学肥料とかビニールハウスは、その「種」の持つ大まかな部分を利用して、私たちが目に見える機能を最低限揃えた作物を、出来る限り、効率的に多く収穫するための道具である。そういう道具を利用して出来た作物には、「種」の持つ厳密さの中から生み出されてくるもののいくつかが欠けてしまう可能性があるだろう。種は次の世代に秘かにその情報を伝えるけれど、私たちが食する作物には、本来自然あったときに含まれていた何者かが欠けているのではなかろうか?自然に、我慢強く、じっくりと育ててこそ、その作物が本来持つ力を引き出すことができる。それが有機農法、それで育った野菜のおいしさといった本質であろう。「最近、私、孫の世話しないの」「ふーん。それはいいことだ」「息子のとこ行っても、一日で帰ってきちゃって、手伝わないから、嫁がびっくりしてる」「母親とか婆さんが口出して育てるから、子供が駄目になった。俺たちがいい例だ。放っとかれりゃ自然に育つのさ。昔は、そこらじゅうに何人も子供育てた、それこそ子育ての専門家みたいな母ちゃんたちが一杯いたけど、そんな何人も居りゃあ細かいことなんか気にしてられない。手出さないから子供がちゃんと育ったんだ」ようやく何十年もかけて、そこに結論が行った。
February 19, 2010
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昨晩は、出先の恵比寿から山手線、井の頭線と乗り継いで帰って来た。一昨年夏頃までは、恵比寿といえば、若い人であふれていた。ところが、昨日、打ち上げで言ったビル最上階二層づかいのライブビアホール。200人は入ろうかというところに、客はまばら。せいぜいが我ら3人を含めても20人に満たない。以前であれば、7時を回れば入場も覚束ない混みようだったのに。帰るときに見たら、まだこれからという時間に、お客は2組だけとなっていた。3回乗り換える電車の中は、どちらも目を覆うばかりに黒装束ばかり。電車の中が暗く思えるほど。グレーですら珍しい。今日は「それではならじ」と、もう立春も過ぎたとばかり、いい歳して白のコートを羽織って出かける。しかし、多勢に無勢。仲間5人で、青山の国連大学そばのレストランで昼食をとるが、給仕の女性が怪訝そうにコートを預かる。この年配者?が、この寒空に薄手の白コートとはといったところか?クロークの中も黒一色だ。景気の行方がまだ不確かな中、街を歩く人々のよそおいは、しばらく黒基調が続くであろう。違う色を着るは、抵抗がある。だが、黒ばかりでは、元気が出ない。だけど、明日は黒系かなぁ?さあ7時だ帰ろう。
February 17, 2010
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土曜に家のテレビが故障し、放置しおいたところ(私は、現在の日本のテレビ番組には、大きく不満があり、テレビの視聴に執着しない)、家人がどこからか古い(自分が見たこともない)VTR付きのテレビを持ち出してきた。冬季五輪は一応押さえておきたいということだ。ところが、それほど面白いものがなく、上村愛子にも飽きたと言って早々8時過ぎには床に入り、自分も付き合って文藝春秋など読むうちに寝入ったようだ。ところが、朝3時前に前の道を、良いお加減で歩きながら放歌高吟される人があり、目が覚めてどうも寝付けずに、困った。目が覚めたら、もう7時を回っていて、急ぎ朝食を整える。NHKも朝から五輪の放送が大枠。「国会中継もちゃんとやるのかしら?」「この時間から国会やってないよ」「メダルもとれないのに、あんなにいっぱい選手送ってもしょうがないじゃない。参加することに意義があるって、何か違うんじゃない?」「参加することに意義があると言ったのは第四回ロンドン大会に招かれた米国ペンシルバニアの大司教Ethelbert Talbotが言った言葉で、Important in the Olympic Games is not winning but taking part; for the essential thing in life is not conquering but fighting wellだった。それをクーベルタンが引用して、過度の競争意識を戒めたのがのちに広まったものだ」「後段抜きにして前段だけが独り歩きしてるのね」「たとえ前段だけの独り歩きにせよ、アジアの独立国としては日本ぐらいしか参加国が無い時代ならば、確かに参加することに意義があると言えるけど、今の日本では、メダルもとれない大選手団を送り続ける言い訳にすぎない。人生で大事なことは、勝利でなく、努力の積み重ねにある」「それって、儲からないことばかり続ける貴方の言い訳ね」
February 16, 2010
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宮坂在住のスーさんから、本稿記事のいくつかにコメントをいただいている。ありがとうございます。その中で、経堂のバス路線について、以下ご教示をいただいた。世田谷区発行の「ふるさと世田谷を語る 経堂・宮坂・梅丘・豪徳寺」*p.60に次のように書かれています。「…その後、これまで渋谷から役所までのバスが、経堂駅を経て恵泉女学園まで通るようになりました。このバスは中型のボンネットバスでしたが、道が狭いため角がうまく曲がれずに結局廃止になってしまいました。そのころ経堂駅には人力車があって、人々の足を助けていました。…」経堂のバス路線 その1経堂のバス路線 その2ここでいう渋谷からのバス路線とは、言ってみれば、今の渋谷駅から淡島を経て、梅ヶ丘。そこから一部がさらに希望ヶ丘まで行く小田急バスの路線の前身にあたる。この路線は、世田谷区内のバス路線中、もっとも古くからのものであり、しかもそれが恵泉(経堂小学校前あたり)が終着であったことに、不思議な気がしていたが、スーさんのコメントがきっかけで事情がほぼ判明したので、ここにメモしておくことにした。世田谷区の前身に、世田ヶ谷町がある。この町は、北は経堂、南は池尻という、今の世田谷を考えると、不思議な範囲である。しかし、それは、鉄道が敷かれ、それに従って街が変遷してきたことにより生ずる疑問であり、世田ヶ谷とは、元来、烏山川と北沢川に挟まれた台地を中心とした地域であったことに気がつけば、なるほどと思う。経堂までのバス路線は、世田ヶ谷の中央、台地の上を走る瀧坂道に設けられたものであり、往時、今の環七若林交差点付近にありた世田ヶ谷町役場への町内からのアクセス便であると思い当たる。そこが経堂と船橋の境、すなわち、世田ヶ谷町と千歳村の境であったことが、恵泉を終点とした理由であろうとも推測でき、バス路線が、その後淡島から北へ入り梅ヶ丘経由となった背景には、おそらく世田谷区役所の移転ということがあるのではないかとも思う。それゆえ、経堂には、現在の世田谷区役所最寄りを走る東急の渋谷からの路線が入ってきたのであろう。ここに、経堂へのバス路線が変遷した事情が、ほぼ推測できた。スーさんありがとうございました。
February 12, 2010
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長めの出張が入ったこともあり、結果、先週月曜から明後日の土曜日までスケジュールで埋まってしまった。長い出張は、その間はまだしも、戻ると関係先への御礼、連絡精算、報告書の作成、指示、連絡、調整そして、出張中にたまっていることの処理と、結構大変である。思った以上の成果があることは、逆にやらねばならないことができたことでもある。つまり、日曜もつぶれる?ということは、さらに一週間ぶっ続けで働くことに....もうこういうことは歳だからやめようといいながら、また月末に出かけることになりそうそれっておい28日は日曜だぜ日曜から出張入れてるってことは、21日にしか休みがないってことか?しかも、今日は祭日だと!おい!林!俺のスケジュール返せ!
February 11, 2010
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「結局小沢さん不起訴みたいじゃない」「最終決まったわけじゃないけどね」「あなたは、証拠不十分で不起訴になるって言ってたわね」「もともと検察のターゲットはゼネコンで、小沢さんの件は偶発債務みたいなもんだったってことなのかなぁ。西松の海外使った裏金操作調べてたら、たまたま小沢さんとか二階さんにあたっちゃって....」「検察が事件にするって、マスコミが言ってるほど恣意的なものじゃないんじゃない?」「そうだなぁ。恣意的なものであってはならないものといえば、その通りだね」「小沢さんが野党の党首であるとか、政権党の幹事長であるってだけで、調べたり、調べなかったりするってのは、おかしいものね」「周りが騒ぐから、鳩山さんとか小沢さんの名前が出てくるけど、知らないとこで、意外な人が事情聴取されてたりするのかもしれない」「そうね。本来、人に知らせるものじゃないものね」「小沢さんは検察と何か取引して不起訴なのかな?」「取引なんてあるの?」「それはあるんじゃないかな。昔、会社で不祥事があったとき、会長は、検察と取引したのか?って聞いたもんな」「会長は知ってたの?」「全く知らなかった。それで、表向きは、会長の女がらみで脅されたことになったんだけど、よく引き受けてくれたよな。それで社長は首になった」「社長は知ってたの?」「知らなかっただろうなぁ。同じく首になった、常務と取締役が、子会社使って金出したんだけど、あとで社長になった専務は知ってたけど、社長は知らなかっただろう。だって、ほんとは社長のスキャンダルで脅されたんだもの。本人には言えないよ。本人が知ってたら、あの人なら自ら辞めただろうからね」「で、取引はあったの?」「うん。これだけの連中をクビにしますから、大げさな裁判にはしないで下さいってことだった」「どうして裁判にしないの?」「あの事件の場合は、裁判にしなかったわけじゃない。でも、社会的制裁を十分に受ければ、裁判にすることはしないってことが、検察の中にはあるんじゃない」「どうして裁判にしないの?」「裁判で罰するのは、ほんとはやるべきじゃないって思ってる可能性はあるね」「どうして?」「だって、民事だって、裁判所は、できるだけ和解を勧めるじゃない。刑事事件だって、裁判やれば、検察も、裁判所も金かかるからね。社会的制裁十分受けた人に、裁判の苦痛をさらに強いるのは、司法制度本来の趣旨じゃないんだ。」「小沢さんの場合は?」「蛙の面に小便ってわけじゃないと思うよ。あれ、結構しんどい。心臓悪いっていうし」「じゃあ真相はわからないで終わっちゃうの?」「真相を社会に知らしめるのは、検察の役目ではない。裁判は公開だけど、果たして人民裁判みたいなことにするのが、いいこととは限らない」「真相究明は必要ないの?」「いや。検察の目的は、建設業界の談合体質にあるだろう。小沢スキャンダルは、話題性はあるが、構造の一部に過ぎない。出す奴が居るから、貰う奴が居る。何故出すのか。出す体質にメス入れずに、貰う奴だけ罰しても構造は変わらない。手の出せない外国企業が相手だった田中角栄とは違い、これは日本国そのものの問題ということなんだろう。鹿島の会長、梅沢さんかな?事情聴取は、小沢スキャンダルの一部に見るけれど、逆に小沢スキャンダルが、建設業界談合体質のほんの一部というほうが正しい」「じゃあ小沢さんのこと、やんなくたっていいんじゃない?」「だから、恣意的なものは逆に無いんじゃない?たまたま発見された事件でも、問題ありならば、やることはやる。それだけのこと とすれば、当たり前だよな。僕らの仕事も大部分は、そんなもんだろう?目の前にあることはやらなきゃいけないし、仕事とはそういうもので、恣意的にやるやらない、って許されないでしょ?」
February 4, 2010
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希望ヶ丘団地の空きスペースにはサエキが入居したんだね。周辺には新しいマンションが、いっぱい建つし、伊勢丹ストアは移転しなくてもよかったんじゃない?朝、出かけようとして2階の勝手口に向かったところ、突如の大音響。地響き。「そうか!」と気がつき胸をなでおろす。道の雪は昨日の日中でほとんど融けたようで、油断をしていたのが、二階北側屋根の雪がまだ残っていて、それが多少気温が上がったせいで、一斉に落ちた音だった。直下にあれば下手すれば直撃を受け、どうなったものか?今日明日は道路を歩くとき、南側を歩くよう気をつけることにする。
February 3, 2010
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前日午後から降り始めた雪は未明にあがったものと思う。見た目激しい降りに、家路を急ぐが、それでも帰宅は10時前。熱いうどんをすすって夕食とし、風呂にも入らず、まず就寝。ところが、5時には起床と思っていたのが、思わぬ寝坊。お隣のブロックのご主人の雪かきの音で眼ざめ、あわてて、こちらも着替えて作業にとりかかる。私たちの家の前は坂道である。誰ともなく、昔から雪の朝は、ご亭主方が出勤前に雪かきをする習慣が出来ているのだが、どうも見ていると、雪かきしてあるのは、限られた範囲にとどまる。商店街があるところは、まずもって、その範囲は雪かきされているはず。さもなくば、ご商売に差し障る。ところが、ウチのあたりは、商店がなく、雪かきはもっぱら地元にお住まいの方々に限られる。集合住宅が増え、そこの方々はまず雪かきはなさらない(道具もお持ちではない)ので、それはわかるが、それにしても、皆さん雪かきなさらない土地と思う。おそらく、初代の方はともかく、二代目、三代目の方も多くなってくると、そういう作業はなさらない方が増えるのであろう。雪かきは、その日の朝のみならず、いやむしろ、その日の夜から2-3日、凍結して滑るのを防ぐことのほうが大事と思う。また、朝の早い時間にやっておかないと、車が走り、人が歩いて踏み固められた雪は、なかなか作業が大変で、時間もかかるようになる。昔に比べ、雪かき時間は早くなった。以前は、6時半過ぎでも、足跡の無い雪であったものが、今は、その時間では踏み固められてしまっている。朝、時間の早い人が増えたのである。車も走る。タクシーである。早朝に駅までタクシーを使う人が居る。だから、早くしないと、轍の部分が固くなる。以前にもどこかで書いたが、雪かきをしている脇を通る人たちに、挨拶する人がないことが懸念される。たとえわずかな区間でも、雪を気にせず歩けることへの感謝を示すことがあってもいいだろう。甚だしきは、じゃまだじゃまだとばかり、何があろうと直進みたいな女の人。(このタイプはなぜか全て女性である)携帯電話を片手に、話しながらで、よく滑らないもの。別に感謝されるためにやっているわけではないのだけれど、感謝の心が無い人は、自宅の前を雪かきすることもなかろう。集合住宅ならば、それは管理人の仕事と思っている。そう、そうだから、日本国はいくらお金があっても足りないのだ。自分のやりたくないことを全部政府に任せれば、あちらも嫌だから、それはお役所仕事になり、お金がかかって税金が上がる。そういうことなのでしょう。
February 2, 2010
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先週、浜田山の古い地主さんとご一緒する機会があり、主として旧三井グラウンドを再開発して建てられた三井不動産レジデンシャルのパークシティ浜田山についてお話しを伺っていた。お年は70の半ば、地主さんといっても、賃貸業のほかに、不動産とは関係のない事業会社を立ち上げられ、そちらの会長さんでもあられる。途中、ふと出たお話しに、経堂駅からまっすぐの行き止まりになる道というお言葉があり、「ああ、西福寺通りですね」と応じた。驚いたのは、その次に出てきたお話し。「あれは、戦車を走らすというので、戦時中に出来た道なんです」詳しいことはご存じないが、そういうことが広く伝わっていたわけだ。経堂の南、東京農業大学の敷地は、もと、陸軍自動車学校。1920年代半ばからかの地にあり、これが、1941年に陸軍機甲整備学校となり、さらに1943年相模原へ転出、跡地に東京農大がやってきた。だが、あくまでも機甲整備の学校であって、機甲師団ではないのに何故?しかも、農大の敷地から西福寺通りへ、農大通り経由では戦車を移動する術もなさそう。今年の誕生日で88歳になる元陸軍将校であったオヤジに聞いてみた。「俺は砲兵だから騎兵のことは知らない」なんのことはない、日清、日露の騎兵は、昭和になると馬から戦車に乗り換えていたのだ。だが...「お前馬鹿だな。実際に走らせなきゃ、修理だって出来ない」そりゃそうだが、農大の敷地は十分大きい。「あんなんで足りるわけないじゃないか。キャタピラーがちゃんと動くかどうか、自動車教習所みたいなところで分かるわけないだろう。コースは必要だったに決まってる」それにしても...「小田急で運べばいいじゃないか」本当だろうか?
February 1, 2010
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