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今ちょうどテレビを見て、荒川選手が素晴らしい演技でトップに立ったということを聞いて、心から祝福させていただきました。勿論彼女の努力の賜物ですが、クールビューティーと言われる彼女の顔が、演技を終えた瞬間に、とても素晴らしい笑顔に変化したその顔がとても印象的でした。それよりも私自身が、彼女の演技を再放送していただいた映像を見て、(T-T)涙が出てきました。とても感動的で、とても伸びやかで、とても美しいものでした。全てのことに、トップになる資格のある物事は、全ての分野で美しさ、美と共にあるという法則を理解することが出来ました。私は今まで、オリンピックの映像を見て、フィギュアーの映像を見て、感動で泣くことは今まで全くありませんでした。しかし再放送を観て、その演技の素晴らしさに感動しました。そして、自然に心が震え、涙が出てきました。会場の多くの方々が、最後の方では、拍手の嵐でした。人間、素晴らしいものに出会うと、共通するんですね。彼女の心が、自分に対してとても厳しい心の持ち主だと言うことが、彼女の話でも分かりました。これまでの道程が平坦なものでないことは、十分承知しています。その道程をしっかりと着実に歩んだからこそ、この栄冠を手に入れたことになるのでしょう。メダルはあくまでその結果でしかありませんが、十分彼女の演技は、多くの人々の心を震わせ、その栄誉を讃えるものとして、金メダルを与えたものと思っています。フィギュアーの難しいことは分かりませんが、採点がどうであれ、それよりももっと大切なことがあると感じます。荒川さんの演技を通じて、努力目標をしっかりと理解して、それに向かって行く生活を続けることが、本当に大切な行為だと言うことを、しっかりと教えてくれたと思います。心から祝福させていただきます。おめでとう。\(^o^)/
2006年02月24日
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郵便電子化が進む中、郵便の集配業務が、簡素化されようとしているね。勿論郵便がなくなる訳はないけれど、メールが中心になる世界が、どんどん広がっていくでしょうね。だから、メールのやり取りが出来ない人は、これから苦労するかもしれませんね。勿論メールに記入する文字を打てない人も、ドラゴンスピーチのような、言葉を文字に変換できるソフトを利用して、それに対応することが出来るから、苦労はしないと思うけど。そうなると、文書化しておいた方が良いような、約束事を記入した文書は、しっかりとした文面が必要だけど、勿論日本では印鑑等の道具が必要だけど、これからは日本人もサインの必要性を感じることになるでしょうね。自分の名前を、自分しか書けない文字が必要になるのかも知れませんね。年賀状という習慣も、これからはメールで終わる時代が確実に訪れるでしょうし、年賀状習慣は一部の人にしか残らないかもしれません。そうなれば郵便局もこの制度を廃止する必要が出てくるでしょうね。ハッキリ言えば年賀状は、本当に心がこもっていないし、一年に一回だけの挨拶なんて、なんか水臭い気持ちがします。義理人情の世界を感じます。 良い悪いは別ですよ。表面的な付き合いより、私は、心のこもった付き合いがしたいから、お客さんとも、いつも真剣勝負で付き合っています。真剣勝負と言っても、決闘をする訳じゃないけれど、短い時間の中で、どれだけ濃密に心を通わすことが出来るか、ということです。お客さんは私の友人でもあり、親子のような繋がりでもあります。他人としては見ていません。だからこそ、自分の感じる心で、わたしはお客さんの思いを感じようとします。その思いが、悲しみや喜びに溢れていたら、私の心は悲しいし、嬉しいのです。その様な思いで、人と付き合っているんです。奇麗事のように聞こえるかも知れませんね。でもそういう人が一人でも居ればいいんじゃあないかな。ハッキリ言えば、年の功か、その様になってきたとでも言えるかもしれません。そうそう、今日の産経新聞が、冬季オリンピックのメダルが無いのをかなり現在人の心の在り方の問題だと書いてあって、甘すぎる選手として、酷評していたが、確かにその部分が在るのは判る気もするが、『楽しんでいる』という判断を、批判していたのは問題だろう。メダルが欲しければ、酷評している評論家が自分を鍛えて、オリンピックに出場すればいいんだから、そんな事が出来ない人種が、いい加減なことを言っているだけにしか過ぎない。運動選手のメダルだと言っても、それがそんなに価値があるとも感じないし、メダルに固執している人の自分勝手な意見だな、あれは。オリンピックは、国を代表する運動会だけど、それだけの事なのに、メダルが欲しいんだなあ。ホント子供みたい。一生懸命頑張って、そうなんだから、甘いも減ったくそも無いな。素晴らしい演技を見せてもらっているんだから、それだけを喜んだらいいんじゃないの?メダルに拘るんだったら、選手を送らなければ良いんだ。絶対に金メダルが取れる選手だけ送ればいいんだ。それができないのなら、メダルが欲しいという我侭を言わないことだ。日本のように、選手が一生懸命、実力を出し切っている姿を、世界中の人に見てもらえれば、日本人の姿が感動を呼ぶんじゃないの?そして競争だけが、人生の価値じゃないことを、理解することが出来るならば、世界平和も近いと思うけどなあ。
2006年02月17日
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患者さんの一人から、ある写真を見せてもらった。その写真は、お嫁さんの写真だった。彼女はガラスの後ろに座っていた。 そしてきらびやかな結婚衣裳を着て、にこやかに座っていた。この様に お嫁さんの姿を見せる仕来たりがある 地方の風景だった。昔からの風習が この写真の中に描かれていた。これが良いとか悪いとかという意味で見るんではないが、のどかな雰囲気をかもし出されていた。たった一日の結婚に対する風習だが、当人の彼女はどの様な気持ちで この風習に従っているんだろうか?と、聞いてみたくなった。勿論その様に、直接彼女に聞ける訳ではないから、その風習で同じように結婚式を挙げた当人に聞いてみたが、当たり前のように従っただけの事だそうだ。そりゃそうだろう。反対することもないだろうからね。その一日が境になって、女性は365日休みなく、家庭の主婦として働くようになるからだね。それまでは自分の好きなように生きて行けたのに、家庭に入る事で、自分の時間を作りたいと思っても制限付きの生き方になる。しかし、結婚に憧れて結婚をして、その現実に鬱陶しくなる事は当然あるだろう。それが当然なんだから、鬱陶しくなる事が言葉的にはおかしいことだが、その現実は結構厳しいものでもあるから、結婚について覚悟してくださいと言いたいかな。でもやはり人間は一人では生きていけないから、勿論生きて行ける人は一人でも生きて行けるけど、大概は違う性と一緒になりたいものだ。やはり凸凹コンビでやりたいからだと思うけど。そやけど結婚て大変だよ。子供が出来て、育てるのは大変だよ。親になり続けるのは大変だよ。(^^ゞけど楽しいけどね。そして多くの人と友人になることは、楽しいもんね。毎日仕事続きの生活が続くけど、ちょっと疲れてきたな。まあ、命がある限り、働きましょう。それでいいのだ。(*^_^*)
2006年02月13日
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人気アイドルの飲酒や喫煙騒ぎで、マスコミは賑わっていますね。加護亜依(18)が喫煙していたのが発覚して、謹慎処分になったと発表していたけれど、これも謹慎を止むに止まれずしたことでしょう。法律がこの様な話にさせたことになりますが、まあ彼等にしたら、「こんな事くらいで大騒ぎして、本当に腹立つなあ」と、言うかも知れませんね。私的に言うと、車に乗っていて、たった五分の駐車で駐車違反の罰金刑を言い渡された感じと同じかも知れませんね。たった五分、この感覚は、悔しい!という思いが心の底に在るから、「たった」という言葉を使わせているものと思います。実際、広島に遊びに行った時に、この『たった五分の駐車違反』で捕まった経験があるからです。もう三十年ほど前の話ですが、ほとんど自動車が通らない道路に車を停め、車から降り、用事を済ませて五分ほど過ぎて帰ってみると、警官が立っていました。 その警官が私に注意をするだけならましだけど、彼が切符を切っているので、理由を言って文句を言ったときに、彼は本部に来いと言いました。 それで警察署に乗り込んで行って、偉いサン(責任者)に文句を言ったけれども、全く相手にしてくれなかった事を思いだします。本当にこの時は頭に来ましたが、よく聞く話ですが、他府県の車だから余計にこんな事をしたんだと思っています。警察のやることは腹の立つことが多いのですが、特にこの様な問題は沢山在ろうかと思います。 スピード違反の計測器の問題も大きな問題だし、間違った捜査で、善良な人間を罪人に仕立て上げる冤罪も、現実に起こっている事です。法律を建前にして、人間を縛っていく。勿論、法律の重要性はわかっています。法律なくしては、ハッキリ言って、この社会は一分足りとも善良な生き方が出来ない社会になる事は理解している積りです。それくらい、多くの人間の心は良心を忘れ、心がすさんでいる証拠でもあります。本当は、こんな縛り付ける法律がなくても、人間お互いに、助け合い生きてゆく愛情があれば、誰もが優しく穏やかに生きて行くことが出来るのも、しっかり判っている積りです。しかし、そう出来ない人間の『悪への憧れ』がある以上、法律で違反者を縛り付けることも必要です。迷惑をかける人間にそうするべきでしょう。しかし元来、人間は法律が無くても、互いに心優しく労わり合い、苦労を共に出来る存在です。 そう信じています。理想の様に思えるでしょうが、元来の人間、本当の人間はその様に出来るんです。出来ないと思っているその人の心に、諦めがあるのかもしれません。または、信じられない思いが在るのかもしれません。本当の人間を理解していく努力が必要なのかもしれませんね。努力しないといけないんですかねぇ~~~~~~~?法律で縛らないで互いが助け合い、生きられる地球を作りましょう。
2006年02月10日
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今日の産経新聞を読んでいると、記事にするのが遅いくらい、中国の公害の影響問題を第一面に著わしている。中国国土内から流れてくる汚染水が、中国近海を汚染し公害化している現実を著わしていた。この問題は、日本人も大きく関与している問題だから、真剣に考えて実行しなければならない問題です。これまで一番心配していた中国の環境問題がはっきりと、現実にニュースとして表されて来たという事だ。この現実が何を言っているのかという事を考えたい。中国が抱えている問題は、沢山あり過ぎて、彼ら自身も何から手をつけたら良いのか分からないだろう。しかし何を目標にして問題定義するかで、手をつける問題はハッキリするものだ。共産主義から資本主義への移行の問題は大きな問題ではない。やはり資本主義国への労働力提供国としての現実から脱却することを目標にする前に、環境問題を解決しなければ、明日の中国は有り得ないという現実を認識し、具体化して行かないと、国その物の存続が今以上に難しくなるという事だ。13億人という人口を抱えている現実に横たわる環境破壊行為は、日増しに大きな問題を孕み始め、どんどん国民を窮地に追いやり始めてきた。水問題は、本当に深刻である。砂漠化もそうだ。その現実を知りつつ、中国共産党の見栄が、国民の生命を外に置いて、何とか体裁を作ろうとしている現実がある。この姿は現在の日本にも通じている。はっきり言えば、世界中がその渦中にあると言っても良いだろう。理由はハッキリしている。それが主義主張だからだ。その主義主張を守ろうとするから、自己改革が出来ない。なぜそうなるのか? 理由は簡単だ。世界中の人々の意識が変革できないで居るからだ。今までの世界観、人間観から、新しい心への展開が出来ないで居るからだ。価値観の変換が出来ないで居るからだ。そのために、現在人間には、産みの苦しみが待っているし、産みの苦しみを受けなければこの変革は起こらないということに通じている。このままでは駄目だ、と言いつつ、変革しようとしない。これでは言い続けるだけで、形も心も変わることが出来ないから、潰れるしかないのだ。実行が伴わなければ、問題は解決しない。どんなに良い人に見えても、実行している事が相反していれば、その人の本質は何ら違うものである。何事も、その事例に共通するものである。環境問題の破壊は、実は人間の心の破壊でもあるのだ。人間の心、その地域に住んでいる人々の心が腐り始めている。新しいものは、その環境から脱出して初めて形成される。そのためにも、自分の主義主張から離れ、新しい価値観を形成する必要がある。それが出来るかどうかで、未来はどんどん変化を来たす。そこに、関係する人間の勇気や愛情が、とても大きく必要になる。またその関係する者達は、心を大きく豊かにさせる下地となる。一つのニュースから、多くの物事を学び取りたいものだ。
2006年02月03日
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