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余り世間の事件のことを考えないようにしようと思って新聞を読んだりすると、事件の多いこと。目に付いちゃいます。論評だとか批評だとかしまいと思っても、心の中では勝手にそれをしています。やっぱり癖になっていることは、簡単に変更することは難しいのかも知れませんね。体の機能を維持するには、正しい生活をすることが大事だと理解はするものの、正しい生活は一体どこまでを正しい生活のスタイルだという事が言えるのかな?と、思います。ただ言える事は、その正しさを決める重要なことは確かにあるということです。それは根本的に、『この体は生きている』、という単純な発想で表すことが出来ます。生きているから、それを機能維持させることが重要に成ってきます。その根本が、人間の体も一つずつの細胞が固まって出来ている事実が存在します。一つずつの細胞が生き・活動しているから、生きているという事なんです。当たり前なんですが、多くの人は、その現実を確実に捉えているのかな?と、思っています。機能維持させる為には、一つ一つの細胞が生きなければなりません。その為には、人間の習慣というより、この『自然の習慣に従う』という前提を理解しないと、この機能は維持できないことがハッキリしています。どの動物にもホルモンがあると思いますが、そのホルモンは蛋白質で出来ている物ですが、そのホルモンは全て体の臓器の『命令文・命令信号』と同じ機能を持たせているようです。すなわち脳下垂体から出た微量のホルモンは、体の機能を維持させるための信号を、放出し、その信号を受け取った臓器がそれに従い、それに応じた仕事をします。 そして体の機能を維持していきます。そして時間も重要です。一日24時間は、体の機能を維持するための時間です。お金儲けのための時間ではありません。あくまで体を維持するための時間です。その枠内で、我々は仕事をしています。そしてこの経済機構が存在しています。しかしこの体の機能維持なくして、時間なくして、我々は健康に生きることが難しいのですね。一日の中で、ホルモンの出る時間は決められているようです。その時に、しっかりと寝る必要があります。それをさせないこの文明には、病気が憑き物になって来ています。そこに、気の病、病気を発生させる原因になっています。全ての病気の90%は心因性の症状だと言われます。後の10%が医療に関係する症状だといいます。気の病がこうじて、体の機能維持関係が壊れ、そして症状が発生する。大きなストレスや、心の不安定が、心因性の症状を引き起こさせる要因になっています。自然に生きる。この文明は決して気持ちのよい文明ではないと思っています。本当に人間らしく生きる社会ではないと思います。動物も植物も鉱物も、お互いが心から助け合って生きる社会を作りたいものです。
2006年03月24日
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最近野球が面白くなく、観戦することもかなり減ったけど、やはりスターが出てくると、また世界戦のようなレベルの試合はとっても楽しいです。イチローの発言で韓国側も侮辱されたと思っているかもしれないね。この戦いは国別対戦ですから、どうしてもその様な国のためと言う感情で見ると思います。WBCの在り方がどうのこうのとは思いませんが、次は三年後なのでルールも改正されるかもしれないな。日本や他の国に負けられないメジャーリーガーの意地もあるかも知れないから。せめて審判の質を高めないといけないな。誤審を受け入れることはメジャーはしちゃいけないよ。それを喜ぶ客は最低だけど。サッカーに押され気味な野球だけど、でも日本でも野球人気は根本的に根付いていると思います。サッカー選手の寿命は野球選手よりも短いから、それだけに必死になるのかもしれないな。第二の人生が問題だから、好きなことをするにしても、未来も考える必要があるかな。それにしてもどの世界でもその世界で頑張っている人は、その世界のことが好きだからやり続けておられますね。 もっと業界が広まることを願うのは、どの世界の業界の人も同じですね。昨日の試合はとうとう全部観てしまった。お客さんの治療しながら、お客さんと一緒になって観てしまった。六対五で緊迫したところの監督の指図は的確でしたね。だから視聴率もうなぎ登りだったんですね。一生懸命やること、何度ビデオで見ても感動しますね。俺も頑張ろう!
2006年03月22日
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新聞の一面に、昨日の日本-韓国戦が載っていたけど、字を読むと日本が完封で勝っていたそうですね。これでは韓国も落胆するでしょう。二回も日本に勝っているのに、決勝トーナメントに出場できないのは、ハッキリ言って矛盾があります。勝負にこだわるのなら、韓国が決勝トーナメントに出場するべきですね。これも、誰が作ったのかは知らないルールによって、この様なドラマが作られたんですね。これも人生ですね。珍しくイチローが強気の発言というか、感情を出していたのには好感が持てましたが、韓国がそれに乗っていたのには笑いました。(新聞で読んだんですが)そんなにムキにならんでもいいのにと、思うんですが、彼の決意に感情を剥き出しにしてしまったんですね。そういう意味では、まだまだ民族意識の塊ですね。一部の日本人も同じだし、世界中の人間が同じかもしれません。同じ人間なのに、、、、。もっと大人になる必要があると思います。宇宙的なもっと大きな視野で人間というものを観る必要があるということですが。たかが野球、されど野球、ということはどの分野に於いても言える事なんですが、韓国民族の人達が思うのは、不公平を思うでしょう。しかしルールを決めたのは参加する国々全員なんですから、参加した人達や応援する人達は、そのルールに従って、楽しむ必要があります。それが出来ない人達が、感情を剥き出しにして、相手を非難します。それでは、ルールなんて必要のないものに成ります。ルールが在るから何事も楽しいのですが、ルールのない物事を望む人は、その枠の中で自由に生きる本当の自由も分からない人達という事かも知れません。自由は不自由があって自由を感じることが出来ます。だからルールが必要なんです。そしてルールがお互いを幸せにする方程式です。それに参加するから、それを承認する。そしてその中で競い合う。そういう意味では、何度も対戦して勝った方が強いのは事実です。二回負けても決勝に進めた日本が弱かったのでもなく、強かったのでもありません。ただその一戦を真剣に生き抜いた結果、その結論を導いただけです。ルールを守るのなら、韓国は三戦とも勝つ必要があったんです。だから、ルールに負けたことではありません。やはり実力なんです。そしてその時の戦う人との関係です。またこの現実を素直に受けて、日本に何度でも勝てるように頑張って欲しいですね。日本人も奢り高ぶることなく、その実力を付けていって欲しいものだと思っています。アメリカは傲慢さに負けてしまっただけだと、感じています。ゆめゆめ、奢ることなく、毎日を誠実に生きたいものです。
2006年03月20日
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普通、野球はアメリカだったんだろう?兵器や武力で正義の味方をしている、世界警察を自認しているアメリカが、野球ごときで醜い姿を見せたねえ。あんな球審のジャッジじゃ、本当の正しい判定にはならないし、ビデオでもハッキリとジャッジが間違っているのを放映しているのに、球審が判定を覆すのは、何かが間違っていると言うことだね。二塁の塁審は、正しい判断をしているのにも拘わらずだ。球審のあのようなジャッジがまかり通れば、どんな間違いでもジャッジさえ覆すことが出来れば、正しい事に成ってしまうんだと、何も判らない子供達に悪影響を与えてはいないかい? またどんなに間違っていても、判定を覆せば正しい事に成るんだと、考えさせる手伝いをしてしまう事に成っていないかい?アメリカは何時も、こんな事をして、ジャッジを覆すんだろうね。自分の都合の良い判断だけを優先して、自分さえ良ければよいという結果を導かせて、これで気分が良いのだろうか?アメリカ国民は、それで満足しているんだろうか?アメリカ側も、昔だったらこの様なジャッジには自分から反対して、正義を貫いたケースが多かったけど、最近はそうじゃないようだね。だって映画の世界でも、何時も正しいことを強調する映画が多いのに、『現実はこんなんかよー!』と、言いたくなるケースばっかりなんかな?勿論さ、日本の社会でも、ご都合主義の人の多いこと、ホンマ反吐が出そうだわ。 アメリカだけじゃあないもんね。 世界中の人がそうだとも言えるかもね。それでも『諦める人』がまたこれも多いから、一向に社会が良くならないんだな。それで居て、『ブーブー』文句だけは言うんだからね。気分良くならないのは、差別される側も、した側も同じなんだけど、野球では勝つか負けるかだから、何をしても勝てば良いというジャッジが優先するようだから、アメリカさんは気分が良いでしょう。日本人も、あんな試合で負けたとは思わないで下さいねえ。実際のところは負けたのは、アメリカなんだ。何に負けたのか?それは簡単な答えだわ。自分の良心のジャッジに負けたんだ。自分の良心を、悪魔に渡してしまったんだ。それで喜んでいるんだから、馬鹿な連中だわ。別に野球で勝とうと負けようと構わないんだけど、あのようなハッキリした不正を放ったらかしにしては、人間の良心をすたれさせてしまいますがな。自分の良心があのように成らないように、しっかりしなきゃあ。
2006年03月14日
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遠くからあるお客さんが、腰が曲がったままでやって来ました。 カイロ的に難しいお客さんかも知れないと考えてしまうタイプの人です。性別は女性。年齢は高齢。職業は農業。この三つを考えると、この地方では当然という考え方が、心の中で起こります。すなわち、高齢だし、農業もやっているんだから、腰が曲がって当然だわ、と言う考え方です。この考え方が、風習となって、その人を支配しているケースもあるのです。実際にその方の背骨の動きを客観的に検査すると、骨盤の動きもある程度あるし、腰椎の五番と四番が確かに動きが良くありません。しかし僅かでも動いていれば、関節の動きは起こっています。X線的には問題が無いと医療の説明があったそうです。 年だから仕方がないと、言われたそうです。 シップでお終い。しかし「これほどまで、脊椎が前屈するほどの問題なのか?」 と考えれるくらい、この方の腰椎は動いているのです。後考えれるのは、この彼女の『認識』なのです。私は聞きました。 「過去に、この様な姿をした人を見続けて、自分も将来この様に成るんじゃあないかと、考えたり思ったりしたことはありませんでしたか?」と。すると、彼女は、『ハイ、子供の時に、お祖母さんが同じような状態だったんで、自分もいつか同じように成るんだろう、と思っていました』と、答えられました。やはりそうだったんだ!と、確信しました。人の心は結構、自分の思い描いた考えを、未来に形作ってしまうことがあります。それは、自分の心のエネルギーを、未来で作ってしまうと言うことに通じますが、難しいことはさて置き、彼女も、自分の心の影響を受けてしまっていました。早速、問題が起こっている腰椎の動きを正しくとり、お腹の筋肉を伸ばし、脊椎が柱になれるように作業をしました。そして曲がっていた脊柱が、真っ直ぐに成り、立っても真っ直ぐなままになりました。その結果を見て彼女は、確かに驚きました。しかしその後が笑います。この時ではまだまだ彼女は、自分の本当にあるべき姿を理解していません。その為に、まだ過去の自分の姿に囚われています。過去の姿、それは、背中の曲がっている自分の姿です。立つと真っ直ぐになっているその姿を鏡に見せて、彼女を納得させているのに、いざ前を向いて歩き出すと、背中を曲げてしまうのです。このケースでは良くあることです。まだまだ自分の現在の姿を理解できていないのです。どうして曲げて歩くのかが、理解出来ていないのです。その為に、過去の自分の姿を、新しい『自分が出来る姿』に変換することが難しいのです。これは何も彼女だけの問題ではありません。病気というのは、その人の『人生を再考させるためのもの』であるとも言える現象です。 痛みを感じて、『感謝』を理解するための、『生きている意味』を理解するための現象だとも言えます。彼女の場合も同じことです。自分の考えを変える、絶好のチャンスです。二回目にも彼女は曲がったままで来ました。しかしその帰り、やっと彼女は、自分で真っ直ぐに成れる事を『自覚』して、自分の力で、体を真っ直ぐにしながら、階段を歩いて降りられました。そして彼女は、『自分で注意すれば出来るんですね』と言って、喜んで帰られました。自分では理解できていないこと、そして長い風習や習慣で、自分なりに諦めて生きてしまっている現実を、一人一人の人が理解することも、とても大切かと思います。病気の90%は、心の問題です。病原菌で犯されて、色々な症状を呈しているのは、残りの僅か10%にしか過ぎません。90%の人に、カイロプラクティックは対応できます。でも10%の人にも対応できます。それは心の問題にも関係するからですね。
2006年03月03日
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