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このイレッサと言われる薬は、肺がん治療に使う薬だけど、この薬の副作用で死んでしまった人達が643人も居ると厚生労働省が発表した。 そしてその内容は、2002年7月の販売開始から今年3月までに1631件報告され、うち死亡が643件と発表した。確かに肺がんの生存率はどれだけあるのか、ケースバイケースなので早期治療をすれば解決するかも知れないが、肺に癌が転移すると他に転移しやすい事は知られているから、生存率が低いかもしれない。しかしそれでも、薬の副作用で死んでしまうのなら、そのまま放置しておれば生存日数の変化は在ったのかどうか?すなわち、何もしない方が生き延びていたのではなかろうか? という疑問である。抗生物質のような薬は確かに病原菌に効果があるのは事実だ。ただし抗生物質は腸の中のあらゆる菌を死滅させるために、ビフィズス菌などをしっかりと取り入れる工夫を、病後に行なわなければ成らない。そうしないと腸内で善玉菌と悪玉菌の支配領域が変化すると、よくない事が起こるからだ。そして薬は一時的に人間の持つ生理機能を刺激して、興奮させたり抑制させたりする事の出来る物質だ。しかしそれを長年利用すると、副作用が起こるのも事実だ。体が元来持っている自然治癒力との協働を起こすよりも、薬の方がきつい為に、その弊害として副作用が在るのではないのか?と思っている。実際脳内麻薬というものが在るが、自然に発生するその麻薬は脳内で完全に消滅する。しかし人間がケシの花や、その他の科学的物質から抽出する薬物では、確実に体が消滅させることができず残存してしまうということがあり、長期使用するとその悪影響は計り知れず、麻薬などのような薬物を利用しなくなったとしても、体がその物質を放出し同じ症状を呈することがある。それも副作用であり、依存症状の人の特徴に成る。どんなに素晴らしい薬でも、量と使用条件の問題が大きくずれてしまった場合、生命に危険を及ぼす現象が現れてくる。それくらい薬は、漢方であれどんな物であれ、体に危害を加えてしまう物質に変化する。漢方だからと言って安全ではなく、薬である以上、その適切な使用量が大切なことだ。自然の物だから自然に消滅すると言うのではないことを、理解しておく必要がある。糖尿病も困った症状だが、これはインスリンの条件が整っている限り危険は無くなりつつあるが、糖尿病の厄介な症状の中では合併症状が色々な問題を引き起こし、適量では良いのだがインスリンの大量投与は殺人にまで繋がってしまうので、やはり取り扱いには注意が必要になる。どちらにせよ、薬を必要とする体を作らないことがもっとも重要なことだが、その現実をどれだけ危機管理の心で判断するのかが大切なポイントになるのではなかろうか?
2006年04月27日
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色んな人の体を治していて、以前だと不思議だと思えることがその様に感じなくなってきたけど、それにしても人の『思い込み』という精神的な事柄は、その人の体をも支配していることを認識させてくれる。それは農家の方々に多いし、そういった地方の方々に多い現象だ。背中を曲げて来られるお客さんが多いのだが、勿論老人という団塊の人だが、構造的側弯症であるかどうかはテストをしたら分かるのだが、そのテストで陽性反応が出ている人でも、実は陽性ではないという結果がある。詳しくは言わないが、見た目には構造的でも、実際はそうではないということなのだ。現実に、構造的だと骨格は確実に固定化されて、構造そのものが動かない。しかしこの方々の脊柱はしっかりと柔軟性を示すのだ。この原因を理解するのは簡単で、軟部組織の問題であるということだ。しかしどうしてこの様になるのか?原因はその地方の習慣、環境、知識から来るものだ。この様な方にお聞きする。『○○さん、あなたは小さい時に、背中の曲がった人を見て、歳を取ったらあのように成るんだ、と信じなかったですか?』と。そうすると必ず答えは、『ハイ、そう思っていました』と、そう答えられるのだ。この事実は、実は、『自分でこのような体を作ってしまった』という結論を、導き出すことが出来るからだ。反対論者もいるだろう。しかし、この様な方々のこの精神的『思い込み』を減らし、『前向き』に考え方を改めて頂いた人は、確実に体の屈曲が減ってきて、人によっては何の問題も無かったかのように、普通の骨格で歩けるようになられている。普通の人間の姿勢に成っているのだ。今まで多くの医療関係に行かれて、多くの医者から見離され、自分も諦めてきた人々が、実際は諦める必要のない人々が多いのも現実であることを、私は理解している。勿論全ての人に対応できるものでもないが、この問題をしっかりと理解できる人は実践すればいい。実践をしないと、何事も理解できないからだ。子供の時から思っているこの様な『思い込み』は、何も体に関してだけのものではない。生活の中での自分勝手な行動を起こす人や、人の意見を聞かないで主張だけする人や、自己中心的に動く人には、確実に心の問題があるのは事実だ。その考えやものの捉え方を変えない限り、その人の人生、運命というものは変化しようが無い。自分の人生を変えたいのなら、自分の心の思い込みを少なくすることだ。それが早道だろう。医療関係者も、どれ程の力を出すのか、それとも力ではなくて、技術でもなくて、心から患者さんに対してどの様な心で接していくのか、その心持の方が大切な事柄だと信じている。自分がその人ならば、どの様な思いを持つのか、それをどれだけ感受することが出来るのか、ただの思いやりではないですがね。やはりしっかりと理解し続けたいものです。
2006年04月26日
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桜も散って、もうじき新緑がまばゆい時期を迎えます。何も日本だけではなく、世界中の樹々が、季節に従ってその生命をしっかりと現してくる時期ですね。どの生命もその時期が来たら、まるでスイッチが入ったようにその生命の形を現してくれて、毎年の恒例行事のように花を咲かせていく姿は、私達に大切なことを黙って教えてくれています。毎日あわただしく生活をしていると、人間関係の煩雑な関係が、もっとこの自然の姿のようにあっさりと理解し得ないものだろうか?と想うのですが、そうは簡単にいかないのが人間関係ですね。どうしても『利害関係』があるから、お互いを譲る気持ちが無いからぶつかり合うんですね。日本と韓国も同じで、日本は侵略した歴史を持ち、韓国はその反対の利害があります。勿論韓国も歴史的に他国を侵略したこともあります。そして韓国・朝鮮人に対して日本人は人間として差別もしてきたし、日本人として生まれている今、その関係を粛清することがとても大切だと思っています。やはり歴史的に、人間としての生命を奪われて来た韓国・朝鮮の方々の思いは、『許す』という思いを育てる必要があると思いますが、なかなかそういう訳には行かないのかも知れませんね。逆の立場に立てば判ります。日本人は過去に於いて、かなり傲慢な心の持ち主でした。今も変わらないでしょう。この傲慢さは、同じアジア人を差別してきました。その背景に、経済・武力の優位が在ったからですが、これからはそうも行かないと想います。やはりどの国も、経済的に優位になれるチャンスがあるからです。韓国もその例に漏れず、しっかりと技術を育ててきて、日本よりも優秀な技術を形成しつつあります。インドもそれ以上の物を持ちつつあります。現在の日本人の傲慢さが、これからの日本の国力を衰えさせることは確かです。そして現政権が、アジアを大切にしてこなかったために、かなり困った現象が訪れることでしょう。小泉によって、この国が未来的に困窮することでしょう。長い目で見れば、それは判ってきます。それゆえに、民主党政権を作らないと、日本は外国から放ったらかしになる予定です。というよりも、政権を反対することが出来る勢力を形成する意味に於いて、今では民主党を大きくする必要があるからです。技術があったとしても、資源が入らなければ、日本は何も出来ません。その大切さを、小泉は理解できないようです。日米関係だけに力を注いできた極端が、その結果、外交が難しくなってきました。現政権に騙され続けている庶民が哀れです。それも日本の運命なのか? しかし運命は変えれるものです。心の中の傲慢を、失くせばいいだけなんだがなあ。
2006年04月22日
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最近日にちが過ぎて行くのが余りにも早くなって来たと思いません?同じ24時間なのに、まるで倍以上に早くこの地球が回転しているんではないだろうかと疑うくらい、時間の経過の速さを感じている。年を取るということは大きな問題ではないけれど、確実に細胞組織が衰えて来たのを感じると、もうあと何年この体を動かすことが出来るんだろうか?と、考えてしまいますね。だからと言ってわびしい思いは全くしていません。それよりも焦りますね。少し。このまま『あの世』に帰ったとしても、心から満足して帰れるんだろうか?と、そういう思いの方が強いからでしょう。そりゃ出来るだけ、この世に(現在)生まれて来る前の計画を少しでも遣り通す事が出来りゃあこんな焦りなんて無いんでしょうが、所詮この肉体を持つと人間馬鹿になりますから、思い通りにならないのは判ってはいるものの、何とか自分の思い通りの人生を歩きたいと願ってしまうのも人情というもんでしょう。しっかし、この日記を書いた後に誰が送って来るのか判らないけど、如何わしい日記を送りつけて来る人達が居る。猥雑な表現を使って、日記を送りつけて来る。オケツ丸出しの写真をつけて、セックスマシーンの姿を誇示して、自分を安物にしている。迷惑な馬鹿な人達だ。私の日記を読んでいる訳でもなく、ただ機械的にその日記を送りつけてくる無神経な人達。勝手に自動的に送るようにしていると思うが、楽天さんもその様な迷惑メールを送らないようにすることは出来ないんでしょうかねえ?しかし そういう人達も人間としての心というものを持っている、心がある人達だ。ただし、この世的に、肉体だけを大事にしている、肉体その物が自分だと思い込んでいる人達だ。健康的ではなく、欲情的に自分を大切にしている?いや、本当の自分を大切にしていない人達だけど、心を欲情の地獄界の世界に置いている哀れな人達だ。この地獄界の人達に光あれと願っても、空しさがこちらに込み上げて来る。性欲にとり憑かれた動物のように、性欲の権化の哀れな地獄界の魂とおとしめている者達へ、光を送ろう。悔い改めの光を送ろう。心を別の地獄霊魂に明け渡し、はたまた動物霊にとり憑かれ、人間的な判断が出来ずに生きている魂の多いことか。街の中で大声を出してぶつぶつ言って歩いていたりする人達もそう。酒を飲んで意識不明でも歩いて家へ帰る人もそう。愚痴ばかり言って、心に自分の毒を溜め込んでいる人もそう。愛情の何かが判らない人達の多いことか。心から愛する者との愛情の交換は判る。愛することを通じて、心の触れ合いも在る。互いの心が一番大切なことだ。性欲に愛は存在しない。愛はもっと尊く、深く、信頼の光に満ちている。本当の性行為は、愛無くして在り得ない。愛の無い性行為は、欲望だけ。 欲情のみ。それを錯覚している人の多さ。・・・・・・・・・・・・・気が付けばいいのだが。
2006年04月14日
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http://www.indyjapan.com/indynavi/w_irl/rule06.html のサイトを見れば、日本のガソリン事業で、かなり嘘が多いことが分かりますよ。というより、日本政府は本当に国民を愚弄(ぐろう)しています。馬鹿にしているという意味ですな。自動車の燃料はガソリンや、液化天然ガスその他ですが、ガソリンにはレギュラーという物とハイオクがあります。そのハイオクは過去 有鉛ガソリンでしたが、1970年代以降 環境問題で有鉛ガソリンはほぼ無くなりつつあります。そして無鉛ハイオクに成りますが、その材料が何なのか?ということですな。そしたらメタノールなんですよ。そしてエタノール、そのどちらもアルコール燃料なんですなあ。これは以前ジェネシスというアルコール燃料を発売して話題になりましたが、各メーカーがそんなガソリンのまがい物を使用したら問題が出てきます、というコメントを出しています。しかし、アメリカやブラジルにしても、勿論メキシコもそうですが、しっかりとこのエタ・メタノールを利用しているじゃないですか。日本政府も実は、3%の含有は認めています。それがハイオクなんですな。値段が安いメタノールを利用して、値段を高くしてハイオクとして売っているのは、完全に国民を馬鹿にしています。どうしてガソリンからエタノールやメタノールに変換できないのか?それは石油関係者と日本政府がつるんでいるという事です。すなわちかなりのお金が、政治政党に出回っているんじゃないかな?誰か調べてくださいませ。アメリカなんか、10%も含有されています。他の国でも15%になっているところもあるし、ヨーロッパでもしっかりと入っています。ゆえにオクタン価が高いから、ヨーロッパの国民車でも、日本に入って来るとハイオクを使用して下さい、という事になるわけです。ホント、日本人は、国家の言うことに対して、何の疑問も持たないのは駄目だね。何処かで誰かが美味しい思いをしているんです。その為には、利益を出してくれる人達を騙さなければ、利益は出てきません。その為に、しっかりと疑問を追及しないと、幾らでもこんな話があるんじゃないかな?私もこれで高いハイオクを買わないで、十分車の為になるハイオクを利用する事が出来ます。別にガソリンタンクやゴムに影響は起こりません。ガソリンも溶剤なんで、それに対応する以上、アルコールを入れても問題は無いということです。かえって出力は増えますね。ホント、この日本・政府は、国民を馬鹿にしているぞ!
2006年04月13日
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多くの仲間と同じ時を共有する。その様な時間と空間の中に自分が居ると、その時空間に漂う内容がそれぞれの魂の片鱗に触れ、互いに心を震わせ、その空間を共有する。その様な時を昨日は頂きました。GLAの友人達と、時空を共有する『善友の集い』が行なわれ、日本各地の同志達と共に宇宙衛星放送を利用して、高橋佳子先生のご講演を拝聴させて頂ける光栄に浴しました。本当に魂が打ち震え、心の底から魂の叫びと共に、この混迷した現社会を光在るものにして行きたいという願いが湧き出てきました。不思議だと思うけれど、この日は昨日も書いていた様に、ぽっかりと予定が空いていました。だからこそ行けたのですが、私にとって行かなければ成らない時間でした。そして高橋佳子先生のお話は、私達の魂を揺り動かし、己を見つめる次元へと導かれ、己の魂の在り方を再考させる機会ともなります。そしてとある方の人生を紐解かれ、その導きと共に、我々もその方の人生を共に歩むことが出来る共有の時が訪れます。私もその方の心のひだに触れ、その方の人生を心から感じることが出来ます。そして一緒に喜び、悲しみ、涙します。そしてどうすればいいのか、心の中を探検し、その解決を図る糸筋を見つけ出します。それを見つけ出す努力は、反省と言うものです。そして一生懸命生きれば、後は天にお任せする。その境地で、この時代を生き抜く。そこに魂としての喜びを感じることが出来ます。一人一人の魂は、全て違います。そして生きて来た目的、目標も違います。その中で自分を卑下せず、増長させず、ありのままの姿を見つめる心の眼差しを創ります。それから、生きている意味を理解します。肉体が在るその意味を理解します。そして死を理解します。あらゆるコトへの理解を進めて行きます。そしてそこから新しい自分を創って行きます。色々な道があります。そのどの道を選ぼうと、生きています。常に心を見つめ続け、己の心との対話を進めて行きます。勇気を持って、打開して行くことです。諦めず、頼らず、己の勇気で持って、人生を逞しく生きていきます。
2006年04月10日
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久しぶり私の心の師であられる高橋佳子さんのお話を拝聴させていただける。今年も貧乏暇なしなので暇な時間を取ることが余り出来ないが、それでも不思議なことに、この様な時間を頂ける事が時々ある。普通だと予定が詰まって日曜日も含めてどの日も暇な時間を作ることが出来ないのだが、特別な時はその例外となることが時々ある。それがどういう意味かと言うと、忙しくしている予定表の中に、どうしてもその日の予定が全く入らなくなる時がある。 完全にゼロになる時がある。そして一ヶ月以上前に予定を組むのだが、何かがあると云うことを知らなくても、どんなに忙しい日程の中で、ぽつんと何も予定できない日にちが空く事がある。その時に何時も私は思う。『何かきっとこの日には私が行かなければ成らない何かがあるんだ』と。そうしたらGLAから連絡の手紙が来て、講演会の日程表が入っていて、空白のその日と日時がピッタリ合致するのだ。そしてこう思う。『やっぱり、この講演会の為に、この空白の時間が作られたんだな。 私に来なさいという事だ。何があっても行こう!』と、理解するのだ。何か事件が起こるときも、私は直感というほどではないが、その場に出会うとき、時間の空間を与えられる。 そしてそれを感じる。 これには意味があるんだと。どんな問題でも、必ずそれに関係する人達には、意味があってその件に関係するからだ。どの人も例外に成る人は一人として居ない。全ては必然の法則があり、偶然は存在していないことを理解できたなら、それは十分分かることだ。全ての物事には完全なる意味がある。その謎解きをすることで、自分の今が分かるかもしれない。今日はしっかりとお話を自分に当てはめて聞きながら、心を見つめてみたい。そして反省をしたい。花粉症で鼻水を出しながら息がしんどいけど、心を集中させて聞きたい。さあ行ってこよう。今日は新しい友人を連れて行く。 楽しいね。
2006年04月09日
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さてと、民主党の党首が小沢さんになったのは当然として、挙党一致で頑張ると言うよりも、そんな事を言う必要のない民主党になって欲しいものだね。やっぱり今の日本では国力が先細りになって行くのは当然だし、目の前の利益だけを追求しいるこの社会では、一生懸命働いている人達が安心して老後を迎えることが出来ないし、この日本が住みにくい国であると思い続けてしまう未来が待っていることになる。また若い人達がこれからの社会を担う訳だけど、ニートが増えてしまっている情けない現状は急いで打開しなければならないし、フリーターの多い現状もどの様に打開するのか、これは企業の問題だから、政治家も大いに問題視をして解決に当たらなければならないでしょう。それを担うのが野党ですね。与党はそれを放ったらかしにしては居ないものの、企業重視の政策をしているから、安い労働賃金で働く人を作らせているのも、政治家の怠慢であるということはハッキリ言えることです。社会保障をどこまですることが出来るのかは、税金の使い方にメスを入れなければならないのだが、肝心な問題が明らかにされていないのが実情である。それは、本当に全ての税金が、それも国に入っている全ての税金の額が、実際のところ何兆円あるかと言うことである。表向きは40数兆円と言う金額を言っているが、実はこれは表向きの話である。現実はもっと税金収入は多いのだ。それを明らかにして来なかった現政権は、国民を騙していることになる。そしてその事実を明らかにしなかった野党も、大きな問題を残している。その責任を全うしていないと言うことなのだ。なぜ明らかにしないのか? 野党も与党も、その甘い汁を吸っていたからだ。それを明らかにしなければならないと、国民が請求して来たのが、昨今の事だからだ。それだけに、テレビ出演している売名行為を楽しんでいる政治家たちは、何を思ってテレビに出ているんだろう?自分もその国民の一人なのに、政治家という世界に入った途端、特別意識がその人の心を支配している。責任が大きい国民の一人だと言うだけなのに。その特別意識、そしてその増長した心が、自分が何を成さねばならないかを捨て去ってしまう。どこを切っても金太郎飴のように、政治家として、多くの国民の心を安心という境地に立って貰えるよう、己を捨ててその仕事に邁進して欲しいと思う。所詮政治家であろうと、大臣であろうと、天皇であろうと、ただの人間である。魂はただの人間の魂でしかない。肉体や環境はこの世のものだから、その肉体を通じて己の身分というものを確立しているにしか過ぎないだけなのに、その肉体が及ぼす社会的地位が全てだとしているから、物事の本質が見えていないだけだ。目先の利益しか考えない多くの魂たちが次に考えねば成らないのは、何時までも生きてはいられないということです。有限の肉体だからこそ、お互いが助け合って、肉体が生きている間の環境やその他の全ての事に於いて、互いに人間らしく生きる事を目標にして、協力すれば良いだけなのに、なぜ出来ないのだろう?本当に現在の人間の心が、もっと広く視野を広めて下さることを願うばかりです。一人一人が理解すれば、直ぐに平和は訪れますが。 そんなに難しいのでしょうか?
2006年04月08日
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今日の新聞で、マッキントッシュが次期OSにウインドウズを動かすソフトを標準に組み込むことが書かれていたが、やっとその様になったんだなあ。ただし条件があるが、搭載されているCPUがインテルの物に限ると書かれていた。新しく構成された器械だと、それが可能だと言うことですね。アップルには以前からインテルが資本参加したことを言われていたが、最近CPUがインテル製になったんで、もうじきOSもその様に成るだろうと予測していたんだけど現実的にこうなってくると、次期のパソコン選びは困るなあ。やっぱりマックには魅力を感じているので、私の場合予算が許せば、マックを購入すると思うね。ただしマックそのもののソフトは買わないかもしれない。やはりウインドウズ系のソフトより割高だから。ただし画像や映像に関するソフトはマックにするかな。やはりマックのOSの軽さには、ウインドウズも負けると思うけど。しかし、CPUもダブルコアが出現したから、演算スピードの問題ではなくて、仕事をこなす実力がダブルコアでかなり広がったから、次のCPUはダブルコアそれも64ビット版に決めている。新しいソフトを使いこなせるかどうかはどうでもよくて、将来困らないようにしたいだけのことだ。けど、最初にマックを使った者は、やはりマックに戻るのかもしれないな。鮭と同じなのかもしれないが、古巣を求めて元来た道を戻るという習性が有るのか無いのか?|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||話は変わるけど、民主党の戦いは阿保らしいなあ。小沢さんで決まりなのに、あの管さんは何を考えて出馬するんかいな。注目を民主党にさせる魂胆でやっているんだろうか?それよりも、国民を幸せにさせる実力を出してください。やっとこさ小沢さんの出馬なんだから、管さんは挙党一致に向かってやって欲しいもんだ。本当の政治家が動き出したんだから、自民党もうかうかしていられないのは事実だろうね。何もかも知り尽くしている狸なんだから。小沢さんは。ただあのルックスが人気が出ないことなんだろうかな?まあどちらにしても、この混迷している日本の世情が、ノーマルになれるように、野党が頑張ってもらわないと、明日の日本は気が狂ってしまいますよ。
2006年04月06日
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あるお客さんで、男女なんだけど、腰が曲がっていて、問題がかなりありそうな人達。このお二人は別々の関係のない人達だけど、同じ問題を抱えている。それは、腰に関係することなんだけど、問題がない訳ではないけれど、腰を曲げないと歩けない。だから単純に考えるのなら、腰椎の圧迫骨折で骨が変形し、前屈みに成らざるを得ない人達であると考えてしまう。それで単純に外見だけで判断をしてしまうと、これは大変な人達がやって来たと思ってしまう。検査をするとこの問題の深さが見えてくる。骨の異常が見当たらないからだ。X線でも問題がない。しかし曲がっている。ここにこの問題の深さが在るようだ。それは、子供のときの記憶に問題があると言えることなんだ。子供の時の記憶、その人達の祖父母たちが腰を曲げているのが当たり前のように思っていた記憶が、その様にさせているようなんだ。いつの間にか自分もそうなると信じてしまっている、子供の時の記憶が自分にも影響してきているようだ。その記憶が自分に当てはめてしまい、問題が無いのに腰を曲げてしまう心の思い、それが体を曲げてしまう結果を生んでいるのではないだろうか?私達も何処かで、同じような事をしていることが考えれる。自分で普通に思っている考えが、実は自分を苦しめる結果を呼ぶこともありえる。それだけに、自分を苦しめている常識などのような、固定概念を見つけ出して、それを排除させるのも、いいかも知れないね。きっと誰にでも、常識という固定概念が邪魔をしている現実があるだろうと思うよ。ゆっくりと、それを探してみましょう。そして要らないものは、捨ててしまいましょう。
2006年04月04日
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