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2008年1月1日 アコンカグア2日目 今日は午前中兼ねてより恐れていたメディカルチェックがある。 男性のドクターがいて、SPO2・血圧・脈拍の測定と問診がある。 血圧136、SPO2 90で無事通過。一安心。ドクターが私を見て「How old are you?]と尋ねるので「・・years old]と事実を答えると「Angel Face]と言 うではないか。私はそれほどではないと思い、「Baby Face]と言った。 このやり取りを聞いてTRのOさんのたまわく「さすがはスペインの男性、年齢が何歳で あろうと女性には気を引く言葉をかけるんだね」 11時頃からムーラに乗って、コンフルエンシアからオルコネス谷を越えてプラザデムーラ スへ向かう。 ムーラの小さいのを選んで乗せてもらったが、鐙に足を自然な形でおくことができず、ムー ラが走るとすぐに外れてしまう。何度も何度も鐙に足を入れるが、最後には痛さに両足とも 外してしまった。途中でムーラが走って、危うく振り落とされそうになるハプニングも勃発 したが、写真左の馬方さんが止めてくれて難を逃れた。 オルコネス谷の中ほどで昼食をとっていたら、アトラストレックのTRで来ていたYさんと 再会する。モンブランに登った時の私の個人ガイドで、しっかり登頂に導いてくれた人であ る。ここでも励ましの言葉をかけてくれ、何だか元気がでる。 それから最後にものすごい急坂をムーラから落ちないようにのけぞりつつ超えて、4時前に プラザデムーラスに到着。 真っ青な空に灰色の山々が映えてすばらしい景観である。ここはコンフルエンシアよりもっ と巨大なテント村である。すぐにジュースとピザが出されて皆で寛いだ。 足が短くて鐙が合わず無理やりに乗ってきたムーラではあるが、22キロメートルの登りを 考えるとかなり早く着いた。しかしお尻の下に大きなムーラだこ(?)ができてびっくり。 夕食はマッシュルームパスタでおいしかった。アシスタントガイドのファビエルの作品だ。 水分を大量にとらねばならないため、何度も紅茶やハーブティを飲んだ。 今日のテントの相方はIさんである。夜中にトイレに4回も行った。とても寒いしめんどく さいしイヤなのだが、その都度おしっこが出るということは高度障害にかからないためには とてもいいことだと考え直して、シュラフから這い出る。 トイレの帰りに見る夜空は無数の星が巨大にまたたき、美しいというより大迫力。南十字星 もしっかり見えた。キリマンジェロに登った時、キボハットで探したが見つからなかった。 ここで見れて嬉しい。 2日目も無事終了。
2008年01月31日
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2007年12月31日 いよいよアコンカグアへの旅が始まった。 まずメンドーサで入山許可証を取る。これがおよそ半日かかり、12時すぎにやっと 車でぺ二テンテスに向かって出発。ここのホテルで荷物の整理をし、再び車を飛ばして パークレンジャーのいる入山管理局に着く。ここで一人一人登山者の名前を呼ばれて 確認があり、NOの記入されたごみ袋を渡されて、やっとトレッキングスタート。 いろいろな高山植物が咲き乱れるなだらかな丘や湖を見ながら約2時間半、花や草が 絶えてしまった所でコンフルエンシアのBCに到着。 たくさんのテントが色とりどりに並び、一大テント村を形成している。12月31日と あって、大きなテントからは南米らしい陽気な音楽や人々のはしゃぐ声が聞こえてくる。 私たちの現地請負業者であるアジムット社もダイニング、キッチン、デポ、個人用と既に いくつものテントが設営されている。トイレも小さいながらも水洗でペーパーもあり、 とりあえず一安心。 テント村の周囲は高い山々が聳え立ち、まるで涸沢のような地形である。 9時から夕食で、皆でワインを一口、年越しそばを二口回して食べる。楽しい話をして いるうちに夜も更け、12時頃就寝。 幸運なことに厚いマットつきのテントだったので底冷えせず眠れる。今日の相方はKさんで ある。若いけれど海外登山の経験が豊富なので、いろいろ教えてもらうことも多い。 アコンカグア第1日と2007年の大晦日が平和のうちに終わった。感謝。
2008年01月30日
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今日はお花のお稽古日で、先生のお宅に伺った。 草月流華道を始めて12年になるが、この道50年の先生や30年の先輩方と比べると 全くの駆け出しでビギナーである。 今日の花材は黄色のさんしゅの枝物2本、紫のアイリス3本、白椿2本だった。 花屋さんが変わって以前とは少し赴きの違う花材が届くのだが、組み合わせがいまいちの 感がある。 思わず「にわのさんしゅのき~♪」と口ずさみそうになり、九州地方や源平合戦や那須 与一を想起してしまう。 何とか三種の花をまとめて先生にご指導を頂く。クライミングをする時のように一生懸 命になれず、何年通ってもあまり上達しない。 冬枯れで野山に明るい色がない時期、黄色のさんしゅの花は春を呼ぶようでよかった。
2008年01月29日
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今日は幸運にもモーツアルトを3曲聴くことができた。 1曲目はクラリネット協奏曲イ長調、2曲目はレクイエム、3曲目はアヴェヴェルムコルプスである。どれもすばらしく、心を潤わせてくれた。 中でもベルリンフィルハーモニーとリッカルド・ムッティ指揮のレクイエムは心に深く激しく沁み込んだ。 深い沼から出てくるような男声が印象的で少し怖かったキリエレイソン、ゆったりとしたテンポで詩を慈しむようにしっとりとした表現のラクリモサ、本当にじーんときた。 音符の一つ一つが大変丁寧に表現されていてフレーズが完璧に整っていた。最後の「アーメーン」の響きと表現もこれまで聴いた中で最も宗教的で祈りに満ちていた。 モーツアルトの音楽は、どうしてこうも美しく、悲哀と流転に満ち、人生の光と影を感じさせるのか。 彼の音楽を聴くと、いつも「過ぎた過去に戻ることはもはや絶対にできず、ただただ時の流れに添って生きていくしかないのだ」という気持ちにさせられてしまう。 これは全く当たり前の事実である。しかし普段は忘れて安易に生きている。 だから彼の音楽を聴くと逆らえない人生の事実と直面してつらい気持ちになることもある。 だからこういう深い曲はいつもいつもは聴けないのだが、聴かずにはいられない。
2008年01月28日
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07年12月28日エルプロモにアタックした。 朝5:00スタートの予定がガイドの準備が間に合わず5:45分になった。日本なら有り得ないことだが、南米では時間はあってないようなものである。 キャメルバッグのハイドレーションを背中に背負い、日本の冬山の装備で身を固め、今日はじめてのスポルティバの靴を履いて登る。空には無数の星が輝き、特に北斗七星とオリオンが際立って美しく、一方では月の光も冴え渡っていた。 テントサイトの右側の瓦礫をざくざくと踏み、左手に氷柱を見て進む。すぐに雪道になったが、ピッケルを使うほどでもなく、両方のストックでトラバースを繰り返して行く。 1時間、2時間、3時間と雪の急斜面を呼吸を整えながら登る。各国からの登山者も結構多い。4時間登り、前エルプロモとでも言いたいような山稜の下で、参加者6名中3名がリタイアし、私を含めてクライアント3名、ツアーリーダー1名、ガイド1名の計5名が残った。 そこからは一層深くなった雪の斜面をトラバースし、更に急峻な雪稜を苦しさに耐えながら登る。 標高4700m地点で時計は11時を指しており、およそ5時間で600mしか標高は上がっていない。行けども行けども雪稜が果てしなく続き、山頂は一体どこにあるのか見当もつかない。ここまで来るのに結構疲れていたが、5430mの山頂まであと700mあり、これからおよそ3時間かかるとのガイドの言葉に納得はするものの、とてもきつく感じた。 またしても深い雪の急斜面を呼吸が荒くならないよう調整しながら登る。とても苦しいが、ここまで来て止めることもできない。5100m地点まで来て、あと1時間あまりという所でアイゼンを装着。ピッケルも持つ。カモシカスポーツで靴に合うよう入念に調整してもらったグリベルの軽量アイゼンとカンプのこれまた軽量のピッケルである。登山店でこれらの軽いが一見おもちゃのように見える品を見た時は「こんなちゃちな物が本当に雪山で役にたつのか」と疑問に思ったが、近藤さんのおすすめなので購入して持参した。高所で使用してみると、アイゼンはとても足さばきがよくて足回りが重くならず、ピッケルも軽くてずっと握っていても負担にならなかった。 さすが、近藤さんお勧めの品ではあると実感。 そこからまた急斜面を耐えて乗り切ったら、瓦礫になり、稜線まで出るとガイドが指差して示す方向に十字架が立つ小高い丘陸のようなピークがあった。 やっと見えた。頂上である。先行したHさんがピークに立っているのが小さく見える。最後の力を振り絞り、なだらかな丘をいくつも越えて山頂に行く。真っ白い十字架が立っていた。1:40分だった。タイムリミットぎりぎりである。スタートから休憩当すべてを含めて約9時間を要した。 山頂付近は強風で寒くてじっとしていられず少し下がって休憩。時間が迫ってくるので2:00頃下山開始。 これからが実に長くつらかった。急な雪面を急下降し、急斜面を延々とトラバースし、深い雪の中に小さい私は腿まで埋まりながら、下りに下だらねばならなかった。かなり危険なトラバースの連続で、滑落したら何百メートルも際限なく転落というような所ばかりだったが、もう感覚も注意力も麻痺してかまっていられず黙々と下降。 こうして数時間下り、雪が少なくなって瓦礫と雪のミックス地帯がかなり続いた。この頃になると、とても疲れて集中力が全くなくなっている自分を感じた。「あせるな、安全第一」と何度も何度も自分に言い聞かせながら歩いた。 BCのテントが見えるところまで下った時には本当に嬉しかった。午後3時をすぎた頃から雪が降り始め空も暗くなっていた。5:25分ついにBCに到着。下りは約3時間半で降りてきたことになる。 BCからの標高差1330m、登り9時間下り3時間半の行程であった。 しかし、疲れた。テントに到着した時、食欲は全くなくなっていた。ガイドから心づくしの食べ物が提供されたが、体が固形物を受け付けなくなっていた。やっとレモン半分を絞って飲み、お湯が飲めただけだった。こんな疲労感は登山を始めて初めての経験である。疲労困憊である。山岳耐久レースの最後は固形物は体に入らず、ゼリーや流動食になると友人から聞いたことがあるが、まさにその状態であった。 やはり4000mから上での標高差1300m,行動時間13時間近くは厳しい。高所での行動はこんなにも人を疲れさせる。おまけに予想以上の雪の深さである。 更に何よりもサンチャゴに到着して3日目でのアタックというのが疲労の原因の第一に思われる。時差ぼけ、高度馴化など、コンディションが整わない中でのアタックであった。また、エルプロモは高度馴化のために登る山ということで少し軽んじる傾向にあり、アコンカグアほど綿密に登山行程を調査していなかったのも反省点である。 とはいえ、とてもよい経験にはなった。登頂できない人が半分あったのに、無事登頂して下山できたことは何よりも幸せである。
2008年01月27日
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それは07年9月19日のことである。 私は08年にマッターホルンに登攀したくて、その準備としてクライミングをきちんとしか るべき登山家について習いたいと願っていた。 アトラストレックのHPからそのしかるべき方が見つかり、日和田山の講習会に参加した。 何もかも驚くことばかりだった。 その登山家は「私が登りますからルートをよく見ておいて下さい」と言って講習生の前で岩 壁を登り始めた。 あれから4ヶ月も過ぎた今でもその時のことは映像を伴って鮮明な記憶として残っている。 まるでトウーシューズをはいたバレリーナのようにそっと静かに足を岩場にのせ、一秒もよ どむことなく上昇し、見る見るうちに終了点に到着したかと思うと、下降の姿勢がまるで彫 刻のように揺るぎなくぴたっときまり、空中を軽々と歩いて地面まで到着。 私はあまりに美しく優雅な動きに感動し、同時に動揺した。 ジャンルが異なるので比較するのはおかしいが、バレリーナの熊川哲也を思い出させた。 そのしなやかで一分の無駄も一分の隙もない完璧な動き。 これがクライミング?これはひょっとして芸術? はじめて見た一流クライマーのパフォーマンスは私にとって大変刺激的だった。 それまで持っていた「クライミングはなりふりかまわず力づくで登るもの」というイメージ を完全に払拭し、クライミングは芸術だと思った。 でもそんなことがありえるか。常に危険をはらみ、一歩踏み外せば転落して命も無くなるか もしれないようなジャンルが芸術になる? 疑問もあったが、少なくとも目の前に展開したパフォーマンスは芸術的だった。 この日あの優雅なクライミングを見たことが、私にクライミングを決心させた。 それ以降、ルートに取り付く前にはいつも先生の模範クライミングを見せて頂いている。 いつ見てもしなやかで美しく、無駄も無理もない。足先から指先まで全身に神経が行き届い ていながら、何かしらリラックスしている。 手ごわい岩の上をどうしてあんなに美しい動きで登れるのか。 私の修行は続く。
2008年01月26日
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私が一番愛しているのは音楽である。 山もとても好きだが、山は二番目なのである。 今日は久しぶりにモーツアルトのピアノコンチェルト二短調を聴いた。 この曲にどうしてこんなに惹かれるのかわからないが、何か魂の奥深くを揺すぶられてしま う。普段心の奥深くにしまい込んでいるひそかな感情が表に浮かびあがってくるのである。 その密かな感情はいつも楽しいものとは限らず、どちらかと言えば悔恨の情的なものの方が 多い。 だから毎日はとうてい聴けない。 アコンカグアに行っていた23日間、全く音楽に接する機会はなかった。でも平気だった。 不思議な気がする。 下界に住んでいる時、音楽を聴かない日はない。 山に入っている時は山にいるというだけで心を満たされ、音楽がなくても心が乾かないのか もしれない。
2008年01月25日
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昨年末12月23日から新年1月14日まで南米チリのエルプロモとアルゼンチンのアコンカグアに登頂してきた。 全体を通してすばらしい山旅だった。はじめて行った南米の気候・風土・自然・そこに暮らす人々などどれも刺激的だった。山はアコンカグアより高度馴化のために登ったエルプロモの方が厳しくて苦労したが、お天気にも恵まれ、二峰に登れて幸運だったと思っている。
2008年01月24日
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