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おせちのきれっぱしはうまい。本体よりうまいのではないかとさえ思う。 そういうわけできれっぱしをつまみに年越し蕎麦をすすっていたら終わってしまった紅白歌合戦。 曙の試合はどうでもよかったが予定調和にずるずるのんべんだらりとすごした2003年最後の数時間が惜しい。悔しい。「地球最後の日なにをしますか」という質問があるが私の場合きっとこんなかんじなのではないか。 一生の計は大晦日にあり→考えすぎだろう。 「ニュースステーション」をみてたら遠くで聞こえる爆発音→あとは沈黙。 やだなあそれ。 せめてNHKニュースにしよう。いや番組はなんでもいい。そこに意思が介在するかどうかだ問題は。美学の問題である。 去年はあえて風呂に入っていた。小林幸子が何を着た(着るというのかアレを)かもしらないままゆだっていた。ナルシストというなかれ。あの歌と歌の間のほのぼの企画がいたたまれないのだ。 全国ウン千万人と同じのびきった顔で見ているのかと思うと。自分も一般大衆の一員だと認めるのがつらい。いや認めてるんだけど。 今年はそうもいかなかった。なぜなら、 年賀状が書き終わらなかったから。 ・・・どこが美学なんだか。・・・すみませんみなさま。 そして除夜の鐘がなる。 せめてチャンネルを衛星第2に。 アトムおじさん(イッセイ尾形・・・しかも生放送)とともに迎える2004年。 ・・・よい年になりそうである。(♂)
2003年12月31日
掃除も佳境。 この言い方が正しいかどうかはともかく。とにかく峠を越す。この言い方も正しいかどうか。 壁にカレンダーを掛けることにする。2人とも働いていれば家のカレンダーをじっくり見ない。へたすれば変えないまま1ヶ月過ぎていく。 いらん。といいきるのも風情がない。こう思う時点で日本人か。たぶん掛け軸のかわりなんだろう。 バーチャル掛け軸。 NASAが開発した!みたいな響きだが。 なにもない空間に意味をもたせるアイテム、それがカレンダーだ。トラックの運転手さんが女の子のカレンダーをぶらさげているのをみるとそう思う。 漁師がデリケートな海域での警備艇へのワイロにつかうらしい。種類も豊富で質もよく評判がいいとか(→ロシアと比較してもねえ)。カレンダーへのこだわりでは世界有数の国といっていいだろう。 とはいうものの手元にあるのは4本。 川原亜矢子。 不細工な猫と犬。 静物画が1点だけの会社のヤツ。 コカコーラ。 ・・・ロシアなみの品揃えである。 まずはダイニング。 川原亜矢子は一人暮らしの寂しいOLみたい(偏見)。 この犬猫は不細工すぎる。 同じ静物画が1年間そこにあるのはつらい。 消去法でコカコーラに決定。 いや、おしゃれなんだけど。べつにコーラ飲まないし・・・というところでこれまた微妙な空気が。 まあいい。 となりに友人の作家のオリジナルのモノがある。それが救い。 いさぎよく会社のと犬猫は廃棄。 ちなみに川原亜矢子のモノはトイレの片隅行き。 これはこれで寂しいOLというより・・・ 寂しい独身男の部屋 になっているような気がするのだが。 ・・・退化?(♂)
2003年12月30日
近所のレストランに行く。 この新興住宅地に早くからあるレストラン、気になっていた。クリーニングをとりにいった帰りによる。 1,500円、2,500円と強気の価格設定(ステーキの適正価格ではあるが)のランチメニューの下に800円の生姜焼きとシーフードカレー。 気に入って入る。 近所に住んでいるらしい夫婦が先客。 間接照明と抑え気味に飾られた絵。静かに流れるJAZZ。でもテレビが置いてあったりしていい意味でゆるい店内。カウンターは対面式でロンゲを縛ったマスターが肉を焼きながら喋っていた。お茶かお冷か聞かれお茶と答えて生姜焼きを頼む。「このへん居酒屋あればねえ」「やりたいひとはいるんですけどね、駐車場がない物件しか空いてないようですよ」ふーん。世間話をしているが身内うけの匂いはしない。夫婦はしばらく噂話をして帰っていった。 残ったのは私ひとり。 緊張する。 こういう場合どうするんだろう。スポーツ新聞でもあれば壁をつくれるのだが。この店内にはそぐわないしつくっているひとに失礼だろう。 かといってほっとかれたらさっきの客と差があるし。いやいやさっきの客が頼んでいたメニューは高いヤツだったから差があって当然か。でもやたら話し掛けられるのもなあ。食べるのに集中したいしなあ。 隠すべきプライバシーはなにもない。でも詮索されるのも嫌だ。 たとえば床屋。現在近所にあるのにわざわざ遠くまで歩いて行くのはわけがある。店主がこっちが知りたくない話を次から次へぺらぺらぺらぺら話すのである。あーリアクションをみてはなしてくれよ頼むから。床屋に払っている金は情報料込みかよ。だったら返してくれ。 床屋の鋏は髪を切るんじゃない!人生を切り取るんだ(←つかこうへい風)とでもいってやりたいのだがそんなこといってヘンな髪型にされるのも困る。 というわけで開店記念の高級シャンプーをもらって以来行っていない。 ・・・あんな店だったらやだなあ。でもこういうおなじ客商売だったらどうするんだろうこのイチゲンさんに。と思ったら、食べ終わりかけたところで声をかけてきた。いいタイミングだ。「今日はお休みですか」 みりゃあわかるだろうとかほっといてくれよとか働いている格好じゃないだろうとかあらゆる悪意の返事が頭によぎる。 が、口に出た言葉は、「ええ、掃除の間に抜けてきました。いい店ですね」(笑顔)無難な会話って便利だ。たぶんほっとかれたらあそこは愛想のない店だとか思ったに違いない(←勝手な男だ)。 生姜焼きの味はやや濃いめだったが、また来よう。(♂)
2003年12月29日
大学の演劇サークルの同窓会@中華料理店。 銀行員。 舞台女優。 SE。 会社員。 かつて同じ舞台に立った面子が違う立場から学生の顔で集まる。年に1回、中山記念のあと。 今年は子供が生まれた夫婦が多いせいか参加者は少なかった。 でも楽しい。 なにが楽しいか? 気をつかわなくていい会である。なのに気をつかう奴だけ来る。だから少人数でも雰囲気をつくっている。 グラスが空けばいつのまにか注がれる。食べものがなくなれば誰かが頼む。 翼君岬君真っ青のコンビネーション。 断言する。 いまのほうが絶対いい芝居ができる(T_T) こんなにいい奴ら。なのに5人中2人しか結婚していない。なぜだ。誰か買ってやれ(←余計なお世話)。 話題は近況報告(という名の噂話)と馬鹿話。 情報の中身よりもリアクションがおかしい。 名前と顔が一致させられないヒト。 やたら情報通なヒト(それは私だ)。 キャラがかわらず安心する。 へんなメモリーだけ残っているのは困りモノだが。 「ターミネーター3DVD買ったんだけどさあ」「あれつまんないよ」「☆☆食べるの好きだったよね」「そうだっけ?」「もんたま♂おまえあんとき出番忘れただろ」「毎年いわないでくださいよ」・・・ほんと余計な記憶だけ残ってるよまったく。 酒もすすむゆったりした時間。 こんなかんじで1年を終らせる。 今年も悪くなかった。 それでいい。(♂)
2003年12月28日
仕事納めの日、社用車を洗った。年始にあいさつ回りでつかうのは決まっているのでねんいりに洗う。 事件はそのときおきた。 同僚が車内のマットのほこりをはらいはじめた。はらいはじめたはいいが、なかなかこびりついてとれない。 ふりまわしても、 ふりまわしてもなかなかとれない。 どうしたか。 会社の門松にやおらぶつけはじめたのである。 松の葉のぎざぎざ。高さ。丈夫さ。たしかにちょうどいい。埃もひっかかりそうだ。 アイデア賞だ。創意工夫。私でもやる。ただし、 私がアメリカ人なら。 日本国籍がある人間なら門松がなにかわかろうというものだ。 しばらくあぜんとしてみていた同僚と上司と私。 同時に、「まずいんじゃないすか、ちょっと。」とツッコンだが。 ちょっとじゃないと思うのだが。 新春はくるのかこの会社! 風雲急をつげる次回をまて!(♂)
2003年12月27日
仕事が一段落ついた。振り返って反省総括してみた。 箇条書きで「できたこと」&「これからやりたいと思っていること」をPCにうちこんでいく。我ながら感心する。内容が内容なので誰にみせるわけでもない。 その場その場の反省はしてきたつもりだ。どういう方法か。社用車にのったときにバカ野郎! とさんざんわめき散らすのである。ホントに反省なのか。 傍目にはかなり情けない。情けないのはたしかだが感情を吐き出すことで自分の記憶に植え付けるという目的をもってのことである。 いやほんとに。やつあたりではないです。 たぶん。 もちろんそれだけではない。ノートにマニュアル風に「こういうシチュエーションならこうするべき」という記録はしてきた。 反省会が嫌いな私にとっては非常に苦痛な作業であることにかわりはない。 なるべく単純な記述がいい。単純であればあるだけ事実と正面とむきあえる。しかしついかっこよく書いてしまう。「ついついやっちゃった」を反省記録の中では「という傾向がみられた」と書いてしまう。→なにが「傾向」だよ。 こういうのを「大学生のレポート文体」と呼ぶのだ。たいした内容でないのにやたら漢字をつかって字数を水増しする。 ってオレだけか。 なんだかんだ書いていったら結構あがっていく反省点。 嗚呼! と嘆きたくなるような1年のような気がしてきた。 ところで、気になっているどうでもいい言葉は実際メモに書いて捨てることで脳みそから整理されるそうだ。 その方法にしたがえばこうやって反省を実際に書くことは1年の垢を落としてしまう作業なのか。だとすれば、来年は反省の色もなくすっきりむかえてしまうことになる。 それもまたよし。 いいのか? いいことにしよう。(♂)
2003年12月26日
会社帰りスーパーによったら猫バスみたいなショッピングカートに乗ってるガキ・・・じゃなかったコドモがピーピー泣いていた。あこがれのカートに乗ってんだから幸福感かみしめろよ。 そういえば「お客様の声コーナー」で子供用カートを増やせという要望が2件ぐらいあった。コドモの多いこの土地らしい要望だが、これ以上ふやされては一般客、もとい私には迷惑だ。レジをふさぐ。 小さいころアレに乗りたがったような記憶がある。乗った記憶はない。非力な母が押すには私は肥満児だった。そういうわけであれに乗っている子供への不条理な怒りは過去の私の嫉妬かもしれない。怒りをぶつけられる子供も迷惑だろうが。 冬休みとはいえこの遅い時間(22時)に親に連れられて店にきているのってなんなんだ。私は大晦日以外は8時になると無理やりにでも寝かされていた。よく遅くまで起きていられるものだ。同時にとっとと寝かせてやれよ親!と思う。 こういう自分をふりかえっての怒りって歳をとった証拠なんだろうか。「オレが若いときにはなあ~」みたいなヤツだ。 と妻にいうと「ふたりとも働いていたら子供はそういうカラダになるよ」という。体内時計を壊さないと維持できない家庭ってどうなんだろう。「じゃあ新宿あたりにマンション買う?」いえいえ新宿で買えるんだったらとっくに会社のある神田に買ってます。いやいやいっそのこと白金台を(←やけくそ)。 こうなると子連れのヒトは偉い!と思う。いやほんとに。 おんぶひもを背負って神田界隈を徘徊する30代背広男が数年後出現したらそれは私です。 応援してやってください(嘘)。(♂)
2003年12月25日
得意先での用事が長引いたら「すみませんねえイブなのに。予定あるでしょう」とへんな気をつかわれる。 2人とも働いているのでなんもないですよとこたえると奥さん待ってたりしませんかと聞かれるので待ってませんよとこたえたらなんだかへんな顔をされた。 おらあ日本人だっぺよとか仏教徒ですたいとか力むほど信仰心があるでなく、今は年末で少しでも用事をかたづけないと正月が迎えられん!としか頭の中にない。 自己管理で仕事を進行させてもらっているからそう思う。 夜遅くまで「残る」のと「残らされる」のは違う。上司がいた去年は違った。なんでみんな楽しくデートしている中私はライトバンで甲州街道を走らされているのだ?と涙を後ろに飛ばしながらアクセルを踏んだものだ(一部誇張あり)。 事故がおきると「クリスマスデートのせいだ!」渋滞がおきると「クリスマスデートのせいだ!」なんでもかんでも憎しみをぶつけていたささくれ具合よ。心の潤いがなんと足りなかったことか。反省。 やさしくなった私にしみこむMISIAの歌声。FMはクリスマスソング特集ばっかり。特集をこえてもう投売り大ダンピング。これもあさってになればもう一曲もかからなくなるのだろうか。それがすこしせつない。 が、 帰社するとだれもいなかった。妻帯者も独身者も。 再び心の口内炎のキズがひらく。封印していたはずの悪態。「クリスマスデートのせいだ!」寒い。 とりあえず遅くなったので「ごくせん」と「大使閣下の料理人」それぞれ最新刊の購入をメールで妻に頼む。 駅で待ち合わせて受け取ったら頼んだブツははではでのクリスマスプレゼント包装がされていて少し笑った。なにも特別のことをしないはずの日。妻の手にはケーキの箱が。 なにはともあれ、めりーくりすます。(♂)
2003年12月24日
風呂場で妻@酔っ払いがうろおぼえのかつてのアルペンのCMソングをがなりたてている。そんな素敵なクリスマスイブ前夜。 私はかつてクリスマスケーキをちゃんと買ったことがない。買ってもらった記憶もわずかだ。 クリスマスに食べればどんなケーキもクリスマスケーキと呼ぶのかもしれないが、へんてこりんな人形がついている、たいしてうまくもないパサパサスポンジのアレが正統だろう。 小さいころはしぶしぶ親も買っていたようだが、物心ついたころから「アレはまずいからショートケーキにしましょう」といわれていたような気がする。 たまに食べることがあるとすれば近所のおばさんが25日すぎて半額で買い占めたのをおすそ分けという迷惑なしろもの。くたびれたケーキをつついたぐらいである。 子供にとってはうまいまずいではなくて求めるのはロマンだ。 大人になったら買うぞ!と思っていたらいつのまにか味のわかる大人になってしまった。よろこんでいいのか悪いのか。 あのスポンジ、卵の値段があがる冬をさけて夏の間につくりおきしているとか。まずくてあたりまえだ。 そういうわけで今年もあのケーキは買わない。 未体験といえばあの三角の帽子もかぶったことがない。べつだんかぶりたくもないが、被ったら人類みな平等になるあのデザインはいかがなものか。 とりあえず今夜のクリスマス気分:明日の弁当用のフライドチキン100円。近所のスーパーにて購入。どこがロマンなんだ。(♂)
2003年12月23日
J-WAVEでピアニスト上原ひろみのインタビューを聴く。 ジャズの新星24歳。番組によれば17歳で世界のトップアーチストと競演するなどいわゆる天才の名をほしいままにしているとか。 のっけから言い放ったのが表題のセリフ。まだ取材なれしていないのか、こなれていないホンモノの言葉がある。ピアノについてもきらめくようなフレーズで語っている。語るというより歌うといったほうがいいかもしれない。 そのうち取材が殺到するとこういった言葉の輝きも消えて「上原ひろみ」仕様のことばでこたえるようになるのだろう。だとすればこれは貴重なインタビューかもしれない。「私もピアノに頼り、語るし、ピアノのほうも私によりそってくるんです」 それにしてもこんなにサービスしていいのか。 少女時代ピアノを教わった先生は楽譜を色わけした上で「そこは赤く弾きなさい」「そこは青く」色で音をわけて弾かせたという。レベルがあがってくると今度は自分で色塗りをさせたそうだ。 聴覚の世界に視覚をもちこむというのは面白い。まだ頭の柔らかいうちから染み込ませたのがいいのだろう。 逆もまた有効である。 かの手塚治虫先生が「ジャングル大帝」最終回を「悲愴」のレコードとともにかきあげたように。 私に文章の先生がいて色を塗ったなら何色だったのか。そこのセリフは黒く。・・・つぎも黒ね。あと灰色。はっきりしないしうだうだしてるから紫で。とかいわれるのだろうか。 とりあえず電車の中の女子高生の会話を気にしながらメール更新するのをやめるところからはじめよう。美しく語るために。 今日だけ決意。 (♂)
2003年12月22日
床屋に行かねば。起き出して服を探す。いつもの外出用セーターでは髪の毛が入って痒くなりそうなので少しでもまともな理髪仕様のモノを見つけようと発掘作業(まだかたづけてないのか)に入る。 困った。袖のすりきれたトレーナーと、現在ひきこもりウェアのユニクロトレーナーと、ジャンボ尾崎など一昔前のゴルファーが着てそうな派手派手セーター。前門の虎、後門の狼。 最初のはヒトの道としてはずす。ボロ着はファッションにはならんだろう30代が着たら。 よくコンビニでジャージ上下でうろついているヤツらがいるが、アレもだめだ。自分が着たら「社会科教師バレーボール部顧問競技歴なし」になる。なぜ限定してそう思う? ふたつめは匂いだ。自分ではわからないが室内着である以上俺マニア(!)垂涎の香りが染み付いているだろう。床屋の店長はみたかぎり俺マニアではなさそうだ。 問題は3番目だ。 いただきものでたぶん(絶対)高級品なのだが、黄色と紺とオレンジがカラダをたてに3分しているという大胆なデザインである。もうすこし私がやんごとなき育ちであれば坊ちゃんぽいテイストで着こなせるのだろうが、しょせん埼玉県民。 地上げ屋二代目になりそうである。 選択の余地がないので地上げ屋はコートを着てごまかす。むこうに行って脱ぐのは決まっているのだが。下半身はGAPのジーンズというのがなんともしまらない。 店内は年末の用事から逃げた男であふれているかと思いきや、店長のおにーさんはヒマそうに中山の予想をしていた。昨日今日と冷え込んだおかげで朝と夕方以外はヒマだとか。 話題は志村けんの馬の話になる。今日のレースに出ているらしい。名前は「アイーンベル」。ナイスなネーミングだ。彼「権利で何千万・・・維持費で毎月数百万らしいですよ」私「金かけても元取れるわけじゃないんですよねえ」彼「もちろんですよ」私「男の道楽にしても究極ですね」彼「究極ですよ・・・収入が億ないとだめですね」私「この店、全国チェーンにしたら買えるんじゃないですか」彼「・・・・左うちわの生活しないとだめでしょうね」そういってあはあはと笑う二人。ところで「・・・・」の間なにを思った店長?(♂)
2003年12月21日
目がさめたら夕方。 脳は疲れていないのに内臓が悲鳴をあげているらしい。連日のアルコール漬け。くわえて突然の寒波。睡魔がお友達。 部屋がアバンギャルドかつランダム関数にもとづいた美しい状態になっているのだが、どうもしないまま過ごす。暖房をつけて掃除するのもヘンだし。 今日のトリビア:北海道の室内は関東にくらべて寒くない。 みんな信じないけど。ようするに気合が足りんのだ。年末の大掃除も近いというのに。 PCの前、だらだら過ごす。プチヒッキー状態。カラダが冷える。体が暖まるPC机があったら売れるだろうか。このPCデスクは炬燵なので布団さえ用意すればそれも可能といえば可能なのだ。あえて自粛している。この季節そんなことをすれば食事も用意しないまま布団に溶けるのが目にみえている。2人ともコタツで化石と化す素敵なデブライフ。だめだろそれは人間として。唯一した仕事。トイレ掃除と年賀状制作。 勤労意欲もないまま夕方2人で外食。バーミヤンで餃子。働いていないのに連日外食なのにうまいよ中華。悪いけど。 帰宅して衛星放送をつけると松任谷由実がばりばり踊って歌っていた。史上最強の中年女性のパフォーマンスにますます自己嫌悪。ちゃんとふだんはやってますので見捨てないで神様。(♂)
2003年12月20日
課別の忘年会に社長が来た。 小さいころ鳥をしめるのをみて以来鳥料理がだめだという軟弱なトラウマ体験を持つ男だ。会社の組合の行事は協調路線でゲストに「会社側」の偉いひとを呼ぶことが多いのだが、これだけボーナスがアレだと鳥を出せ!とか思う。当然鳥づくしだ。「すみませんねおくちにあうかどうか」真珠夫人かよ。それはさておき。今日社長が輝いてみえた瞬間がある。 宴なかば「せっかくいらっしゃったんだからひとことお願いします」と話をふられてほんとにひとことだったのである。 宴に呼ばれたお礼と、来期へむけてがんばりましょう。たったそれだけ。時間にして30秒弱。 すばらしい。アルコールもはいってノリノリでひとりでカラオケボックスでやってくれと思うような大演説が多いVIP。今日も料理を前にして部長の日本経済の現状とやらのご託宣を拝聴させられた。犬ならうなっている。うーうー。 たったそれだけで終わらせる。なかなかできそうでできない。それともただの忘年会疲れか。来期もこの調子で頼むよ**クン(←社長の名前)。(♂)
2003年12月19日
後輩の役者Mが出演していると聞いて怪獣映画を観にいく。わざわざ会社を午後休んで行くことにする。 ほんとはただの休暇消化にすぎないしコドモの少ない時間にしただけなのだが次に会ったときのネタである。「会社を休んでいったよ」といわれて悪い気はしないだろう。惜しむらくは彼が彼であって彼女でないことである。 こういう計算が働くような大人になってますぜ父さん母さん。ああやだやだ大人は。 まずは金券ショップに行ってチケットをGET。自分の前の女が分厚いビール券の束を売りにきてもたついたおかげで長蛇の列になる。闘気を出して威嚇。そそくさと女が去る。さんざん待って「ゴジラ1枚」というのも大人としてどうなのか。後ろの客の視線が痛い。 受付で先着特典のハムゴジ君を受け取る。このまま持ってかえればかみさんが「わーいわーい」とマンガのように喜ぶ姿を見られるなあというレアな楽しみも頭をよぎったが数秒後ゴミになるのも間違いないので通りがかりの親子に押しつけた。会社帰りファッションのおっさんに押し付けられるオマケというシチュエーションに警戒されるかと思ったら丁寧にお礼を言われる。しかも親だけでなく子供にまで。いい子だね。真昼間に映画をみてるような大人になってはいけないよ。と行く末まで心配。 こういう計算が働くような大人になってますぜ父さん母さん。ああやだやだ大人は。 さて肝心の役者M氏。升毅のとなりでふんばっているのはみえたけど、どこにいるかわからずじまい。ちなみにWEBで検索すると三宅氏のつけている時計まで出て来る。なんだよそのハンパなタイアップは。遠いぜメジャーの道は。みなさんよろしく。 さて内容は、中尾彬は今日はマフラーねじり巻いてないなあとか、ヒロインの無理やりな変更は大人の事情かよとか、日常的に怪獣が出る日本は軍事力すごいのかなとか、雑念にまみれた私のような大人にも楽しめるものでした。 だれかをまもるために動く人たち。かつてのモスラ伝説を活かすのもまたぐー。ラスト(スタッフロール)まで目が離せないつくりに満足。自衛隊の宣伝映画といえなくもないけど・・いえないだろうメカゴジラ実在しないわけだし。いいかげん自衛隊アレルギーやめようよ少しでもリアルを追究するなら。 あの鈴木京香だって最初はゴジラの「オペレーター1」だったらしいよ。 気張りやM。京香が待ってるぜ。ずっと先だけどな。。役者Mの前回の活動(♂)
2003年12月18日
わたしはじめてだったんです。 前から気にはなってたんです。彼ったら「今日は妻がいないんだ」って。 いけないヒト。でも導かれるようについふらふらと・・・魔が差したとでもいうのでしょうね。視線が、熱い視線が私を貫いて・・・気付いたらもう後戻りできないところへ来てました。 彼ったらうつむいてるんです。ちらちらとみながらなにか迷ってました。いまさらナニを迷うんでしょうねここまで来て。喉にはナニか熱いモノが注がれて・・・ 可愛いヒト。そう思ったらなんだか大胆になって・・・つい大きな声を出してしまったんです。いま思い出すだけで恥ずかしいです。キャ☆「生中1つと、鳥皮レバーシシトウ塩で」 m(_ _)mもう一度。m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m ひとりで立ち飲み屋に行く。地元の駅の隣にあるのは知っていた。あとは行くタイミングである。基本的にヒトリで飲むのは趣味ではない。 折り良くかみさん飲み会と聞く。決断。ニイタカヤマノボレいやそんな大袈裟な話ではないのだが。 なんか説教オヤヂでもいたらやだなあと思って入ったら学生中心の客層。 学生と言っても立ち飲み屋を選ぶセンスのやつら。騒ぎ方も心得ている。 だれもかれもおたがいテキトーにかまわないかんじが心地いい。店員も無理強いすることなく顔色をみて飲み物を薦めてくれる。この店買いだ。らりらり。だめだ。独り飲みの楽しさを知ったら>また行ってしまう。今度はかみさんと来よう。らりらり。(♂)
2003年12月17日
風が強く、空の青い昼下がり。今日は休み。朝から外出したため、布団を干せなかったことを軽く悔やむ。こんな日には、アレをやろう。京王線で多摩センターに行く。そこから「始発」の多摩都市モノレールに乗る。もちろん狙うのは一番前の運転室裏の席。すでに前にコドモ連れが並んでいるときにはあきらめるが、今日は大人が2,3人。一番前には席が4つある。ひとりのじいさんが迷わず座る。あとの大人は狙っていなかったようだ。残り3席。ひとりの娘が終点と気づかず寝ている。起こすと慌てて降りた。特等席ゲット!多摩都市モノレールはマンションの4階か5階ぐらいの高さの線路を行く。とても眺めがよい。スピードは遅い。前の駅をでるとすでに次の駅が前方に見える。近代的な機材の数々とのギャップをそこに感じて楽しくなる。多摩ニュータウンから、大学の密集地帯を抜け、多摩動物公園と高幡不動の上で京王線と交差する。多摩川の河川敷から遠く富士山を臨む。重松清が「定年ゴジラ」でモデルにした街の最寄駅を20年間利用した私としては、彼の描くニュータウンや「多摩っぽい」感じに、無意識に反応してしまう。「世紀末の隣人」で、多摩そごうの閉店とニュータウンの老化について書いている彼も、このモノレールからの光景を見ているのではないか、と思う。でもあれだよねえ、中央大学と明星大学でどちらが駅名の最初にするかモメたという噂があったよなー(駅名は「中央大学・明星大学」)、この「甲州街道」っつー駅名は誰が決めたんだオカシクねえかとか、NHKの大河ドラマ新撰組だし来年は勝負したほうがいいんじゃないの(余計なお世話)、そういえば三谷幸喜だし最初の半年ずっと同じ部屋の中の場面とかありそうだよなやってくれないかなとか、どーでもいいことを考えているうちに、せっかくの特等席でウトウト。うーんこれも贅沢だねえと思っているうちに立川北駅に到着。目的地は伊勢丹。私の素敵な休日。
2003年12月16日
目がさめた。ベッド際の目覚まし時計の針。いつも乗る電車の発車時間だった。ぎょえー 声が出る。脳内シャウトか。叫んでいる暇はない。ないのに叫ぶ。あら不思議。感情表現は時間の無駄だ。ふがいない日本代表の駄目FWをみてるようだ我ながら。倒されてるんだファウルだとアピールするしょうもない姿。立て馬鹿!走れ馬鹿!おまえだ大久保。脱線。あせりながらなぜか浮かぶ映像。アメリカの海兵隊のアレである。 黒人の鬼軍曹がバケツをガンガンならして起こしに来る朝の映像。「さあくずども!いつまでも寝てんじゃねえ!蹴飛ばすぞ!オクラホマに帰りたいかこのデクどもが」とかなんとか。蜘蛛の子をちらしたようにわらわら動く兵隊たち。あー精神的にはあれみたいだなあと考える。考えるヒマがあったら動け俺。 つい関係ないこと(あるんだけど)考える。そういえば前の会社で札幌配属を言い渡されたときも頭にうかんだのはオホーツク海の映像だった。しかもざばーんという松竹映画のSEつき。 札幌のどこにオホーツクがあるんだ。都会じゃないか。といまなら思うのだが無知は恐ろしい。脳内映像ってハリウッドが撮った日本(富士山があって芸者が歩いていてやたらお辞儀しまくるメガネ男がうろついている)みたいに類型的で笑う。って私だけか。この劇画的センスをまずなんとかしろ。 とにかくおきだして風呂の残り湯を浴びる。まずはこの上田教授@トリックヘアをなんとかせねば。手早く直して整髪料。こんなときカツラだったら走りながらつけられるのか。便利だ。便利になりたくないが。 ひげを剃る。ワイシャツはどこだ。ネクタイはコレでいい。飯は会社でだ。 スーツ。コート。時計。携帯電話。指輪はどこだ。カバンだ。財布と定期券は昨日のジーンズからひっぱりださねば。記録:所要時間3分。マジですって。(♂)
2003年12月15日
しばらくぶりに実家へ。手ぶらではアレなので得意先から貰ったお歳暮の酒を無造作に掴んで家を出る。 乗り換えが2分しかない。包みを脇に抱えて人混みに突進(BGM:You need a hero)。気持ちは川浜高校フィフティーン。 なんとかならんのかJR東日本。まにあったけどさ。割ったらどうすんの?バイオテロだろ。 そういうわけで実家に到着。何の気なしに開けると中身はなんと久保田万寿。後光がさす。 あたかもドラえもんの道具紹介か車田正美の必殺技のごとく。 以前お世話になったヒトが久保田万寿の美味しさをあまりに熱く語るので探し回った記憶が蘇る。結局見つからず「ヤフオクでたまに流出するんですけどねえ」と日本酒マニアな店主に「素人にはわかんないですよ」と薦められた久保田碧寿を贈ったのだが。 ブツがあっさり手に入るのも少しくやしい。憧れていた女がしょーもない男とつきあっていたのをみたような。 あるところにはあるもんだ。明日礼を言わねば。でもいえないひとことがある。 私ホントは日本酒苦手なんですよねー。 こういう人間にかぎってモノがまわって来るとは。神よ。(♂)
2003年12月14日
朝やおら渡される日本銀行券壱万円也。わずかばかりのボーナス(仮称)がでたからかと思いきやパソコンの机(世間ではコタツとよぶ)の天板を買えとのお達し。妻は仕事、私は歩いてホームセンターへ。雀の涙というが雀って泣くんだろうか。 歩いていけるのもよしあしである。歩いていけるということは帰りブツを背負って戻れる距離ということだ。戻れる距離ということは戻らなくてはいけない距離ということだ。 マンガ喫茶に寄ったりできない。「寄ったり」というが街にそんな選択肢しかないんだけど。宿題をかたづけるようにマンガ喫茶によりサンドイッチとコーヒーで昼食。「空手小公子小日向海流」最新刊を読む。里美の対戦相手の田沼ってWWEの田尻がモデルかなあとぼんやり考えつつ過ごす。 そういうわけでいざ購入。税こみ3,129円。75センチ×75センチのサイズ。予想通り重い。レジにもっていくと女子店員の視線が微妙に冷たい。バーコードをなぞるために一瞬持つだけなんだからそんな顔するなよ。あんたは一瞬でもあたしゃ家までもたなきゃいけないんだよ。というツッコミに気が付かないままブツには店のシールが貼られる。終り。おしまい。 あれ?紐かけせえへんの?なぜかクレームには関西弁がよく似合う。 Hey!Hey!店員教育はどうなっているのさ?ボスをよんでくれ?内なるアフリカンアメリカン刑事覚醒。 紐をかけろと言っておきる摩擦と持って帰る途中のストレスと天秤にかけて後者を選ぶ。日本人だ俺。タリーズの珈琲も飲めずに帰るのはくやしいなあ。走り回るコドモをこの板でなぎたおしてお茶するか。 こういうものを持ち歩いてもなんにも思われないのもホームセンターならではだ。ほんとならだれかにもたせて車まで行ってチップのひとつも払うのがいいのだろうが。車はもちろんベンツだ。妄想で少し怒りをやわらげる。 店の外に出てから手が疲れて頭に乗っけて数メートル歩く。さすがに恥ずかしいのでやめる。というより頭痛くなるし。水がめを頭に担ぐ未開の国の人たち、考えてみたら首の力強いねアレ。 背中にかつぐのもぶつけそうでやめる。 やはりがっしりだきしめて歩くのがいいようだ。新聞の家庭欄にでも投稿するか。「天板を家まで運ぶのは女性をあつかうがごとく」(会社員3●歳・東京在住) こんなスキル、活かす場がない。トリビアにもほどがある→しかもセクハラ。「女性を扱うがごとく」ってなんでもつかうよな。車の教習所の王道ネタだし。「男をあつかうように」とはいわないんだろうか。ジェンダーフリーの今日そろそろでてきそうだが。 散歩の犬に癒されつつ帰る。いいなあビーグル。アホそうで。いいなあゴールデンリトリバー。かしこそうで。いいなあ犬。勝手に動いてくれるから。なんでもいいのか。とにかく一歩でも先に進めたらと思う。ひたすらそれだけを願う。 いざパソコンの下に敷いたらすっきりはまった。 帰宅の妻「かっこいいじゃん」そのひとことで報われる。ぜいぜい(息切れ)。(♂)
2003年12月13日
吉祥寺に大きな足の女子専用の靴屋さんがあり、私もレギュラーサイズではとても無理足なのでそーゆー店に行くのだが、その靴屋さんのアイドルでした深田恭子。「ハコイリムスメ!」で履いているこのブーツ!みたいな紹介を店内あちこちでしていて、なんかほほえましい。デカ足界のアイドルとして君臨してほしいぞフカキョン。で、「ハコイリムスメ!」最終回でした。多摩動物公園までロケ地になり、京王グループの鼻息の荒さに大笑い。放映終了後、「なんでケンちゃんじゃだめなの?」「ジュンペイのほうがよくない?」という気持ちでいっぱい。いや、そりゃ、この展開とこの脚本家とこの出演者でそれはねーだろ、とわかっちゃいるんだけどさ。もしや、「男はイイヒトじゃ、物足りないの」というのがテーマなのか(いやちがうと思うけど)。いつフられるだろうとおろおろしているケンさんはちょっといやだったけど。私としては、ここでケンさんを選ぶことではじまる生活や世界観にも興味あるんだけどな。それじゃドラマにならないか。現実世界じゃ、ケンさんを選ぶ女子が多いだろうし。※私の考える「ハコイリムスメ!」番外編。京王不動産の分譲している住宅地に、花とキースが新居をかまえて、その街のイメージアップ、とか。京王グループ万歳!
2003年12月12日
マフラーはいい。なにがいいかって女性を美しく見せる。スキー場美人はいやだがマフラー美人は許す。 首筋を隠して美しく見せる小道具。白い息。震える肩。手袋をしているとポイント高い。寒さに赤く染まった頬が白さを強調する。寒さを避けようと首に顔を埋めるから自然と上目遣いになる。 上目遣いがいいのではなくてけなげなテイストがあふれるのがいい。待ち合わせなら絶対外だ。いかにも寒そうなかんじが父性本能をくすぐるだろう。いや、くすぐるにきまっている(断言)。かけよってきたらポイントさらにGET!かけよる必死なかんじがさらに芸術点!なにを書いているのだ。こんなことでも考えないとあの寒い街に帰れない。許せ。 「ありえない」は「萌え」と同じぐらい好きでないことばなのだがあえていう。同じ東京なのに会社と地元と温度が5度ぐらい違うのってありえないだろふつー。 朝はいい。到着すればあたたかいオフィスが待っている。でも夕方は?わざわざ寒い地域に戻ろうとするのってどうなんだ。生物学的に不自然きわまりない。 だから言い聞かせるのだ。 あの街はマフラー美人があふれている街だと。許せ。(♂)(もんちゃんより)そーいえば、ダイアルアップのうちのパソもついにケーブルにしたのさ。電話代1万円超えたし。 キャンペーン中とのことでセットアップの人が無料できてくれた。作業をはじめます、といってパソ立ちあげると、某声優の「ハーイ、アスカ様にまた会えたわね」という起動音・・・しまったー、ハズカシー!壁紙もシンジだし・・・ヲタクだと思われたかしら。「アスカ萌え」だと疑われたかしら。G社のK藤様。(ダンナの名誉のために)それは私の好みで入れてますので。一応。
2003年12月11日
きのーのドイツ語サークルにて。私の発表。「先週劇場に行った。現代の『ロミオとジュリエット』で、安保に反対する学生運動の女リーダーと警官が愛し合う。」まちがってはいないけど・・・。これではアホな小学生の日記ですな。ちなみに「学生運動」は「学生」+「動くこと」でそのまんまです。オルグだのゲバだの、よく考えればみんなドイツ語だしな。ドイツ人の先生は面白そうに聞いてくれたが、他のメンバー(日本人)は首をかしげていた。世代の違いなのかなんなのか・・・。どういうこっちゃ。
2003年12月10日
なんだかささくれている。カルシウムが足りないのか。低気圧でもないのに。 まず考えられるのが最近のダイヤ改正である。自分の理想の時間に着かなくなった。アクセスが悪くて毎日乗り換えでダッシュである。なにが楽しくてオヤヂや女子高生とフルーツバスケットをやらねばならんのだ。「ディズニー好きの人!」とか「ユニクロ好きの人!」とか「スタバ好きの人!」とか言って自分以外全員立たせてやりたい。たとえ次の駅で「AB型の人!」と叫ばれたとしても。 今日に関して言えば朝のミーティングが終わると同時の問い合わせの嵐にダメージ。こっちもすればあっちからも来るとインタラクティブな(?)状態に出発予定がどんどんずれていく。「でかけたいんじゃあ!」ともいえずジリジリする私にかまわず時計の針は進む。きりがないので投げ出して車に行くと今度はエンジンがかからない。プチストレスでじわじわと眉間に皺。帰ってくると書類の山に皺さらに倍。 犬はエサ食べている間にちょっかいを出すとかむらしい。 後輩で家庭教師のバイトをはじめたもののあまりに生徒が宿題をやらないので「お代は結構ですからやめさせていただきます」といってやめてしまったアホ・・・じゃなくて潔癖なヤツがいたが、私の精神状態もそれに近いかも。いちいち邪魔が入って犬状態。わんわん。 とりあえず対症療法としていいヒトをやめよう。問い合わせがあろうが仕事がきたら嫌な顔・・・じゃなかった気難しそうな顔をするのだ。「あのひとは職人気質だから」とか勝手に解釈してくれるんじゃないだろうか。まあできてたらとっくにやってるんだけど。(♂)
2003年12月09日
先週の猛チャージの甲斐あって仕事がない。ゆとりがあるようなないような居心地の悪さ。たとえていうならシュートのこないGK。楽にしたいけどしちゃいけないような。 だいたい営業が帰社してから仕事が動くのが進行管理。どうしても狭間はある。こちらからは動けないのでジリジリしつつスタンバイ。電話に出るのは自然速くなる。いまならテレクラ楽勝→行ったことないけど。 そういうわけで無事定時退社。体力が残っているのでいつもならハニワになっている車内も会話がよく聞こえる。というか、聞いてしまう。女子大生2人。A「ひとりぐらししたいなあ」B「金づかい荒くなるよ」→いやふたりぐらしでも荒くなりますって(それは私だ)。B「一人暮らしすれば毎日友達と騒げるかなあと思ったんだけどねえ」→迷惑ですって。老女と青年。♀「これは○○駅に行きますか」♂ 「ええ□□駅で△△線に乗り換えれば」→きちんとした受けこたえに好感度UP!♀「ありがとうございます・・・大学生ですか?」→どこ?♂「◎◎大です」→って地元かよ。ほめてつかわす。 爽やか青年と同じ駅に降りて20時。 途中買ったフランスパンをかじる。薫りがひろがる。金曜日は遠い。(♂)
2003年12月08日
富士急ハイランドの企画が表題の内容。 すごい。「アントニオ猪木に108発ビンタ」という企画もかなりキテると思ったが、その上を行く。どうせなら千葉真一とか北大路欣也とか小林旭とか武闘派総出演でどうだ。 108回ならなんでもいいのか。いや批判じゃなくて。目のつけどころが開き直っててオカしい。コロンブスの卵である。「武蔵にちなんで新之助に108回斬られる」とか「ポール牧に指パッチンで108回」とか「千代大海に108回ツッパリ」とか「ビートきよしに108回よしなさいツッコミ」とか「桜庭和志に108発モンゴリアンチョップ」とか「マス大山(故人)に108本ビール瓶指斬り」とか「加藤鷹に108発(自粛)」とか今後暴走していきそうだなあ。ほんとにこれで煩悩を追い出せるのかしら。 夜、妻の実家にフグの揚げ物を食べにお邪魔する。ビールを飲む。熱い揚げたてでうまい。 話題は田舎の話。義父実家(東北)では8時には寝ているらしい。テレビがなくても生きていける私にはうらやましい生活。 本来の生き物のリズムで考えればきわめて健康。北欧ではやはり鬱っぽくなるのは白夜の影響があるとか。生体リズムというのはやはりある。雨ふりそうなとき自分も癇の虫が働くし。 朝早く夜遅い今の生活を変えるには会社に住むしかない。とりあえずは仕事を早く終わらせるようにしよう。といつも思ってはいるのだけれど。残業しているのは会社に住んでいるようなものか。やだなあ。 そういう意味では寒いからといって一日布団でゴロゴロしていた今日の過ごし方は健康なのだ。健康なのか?ううさぶさぶ。(♂)
2003年12月07日
兄が実家行きがてら渡すものがあるというので地元の駅周辺でお茶することに。改札で待つうち半端に精算させるのもアホらしくなりいっしょに電車に乗って乗換駅へ。 店には入ったが目当ての電車(超ローカル線)まであと15分しかない。急いでコーヒーを2人分頼み払う。おごる機会はあんまりないので貸しの話題として10年は持つだろう→「あんときおごっただろ?」とか。せこい。 仕事の話。景気の話。出身中学廃校の話。とりとめもなく話すとあっという間に15分。ふたりとも珈琲を飲み干してちょうど。 男と女の別れ話のシーン>片方がタバコ1本すい終わって店を出ることでおたがいの間をあけるというのはよくあるが、珈琲1杯分暖める旧交(って友達にしかつかわないのか)というのはめずらしい。ひさびさなのにあわただしくてそれがわれわれの流儀というやつなんだろう。 いったいいつ以来の会話なのか。仲が悪いわけではないのだがコドモができるとどうしても疎遠になる。実家にさえ同時に集まるのはなかなかできない。 2人だけで会って飲み物をすする機会という意味では学生時代の初詣にまで遡るかもしれない。受験合格を祈願して神社で甘酒をふーふーいって飲んでいたころ→いつだよ。ノスタルジーというよりただの記憶。色気のある話ではないので、何の美化もされていない。冷たいのかこういう態度。 兄弟なんだからという甘えがおたがいあるかもしれない。かといって用もなく電話するのもなあ。男兄弟のテキトーさも良し悪しか。 母はよくいう。「客は来てうれしい。帰ってうれしい」名残りおしいぐらいの間でちょうどいい関係なのだろう。 無事電車に乗るのを見届ける。 ついでに実家に電話。「いまおたくの息子さんが何時の電車にのってそちらむかいましたんで迎えにいったらいかがですか」と連絡。オレオレ詐欺ならぬオレオレ親切。 考えてみれば友人家族ふくめて再会して抱擁するほど熱い関係の相手って異性同性問わずいないよなあ。日本人だし。 外人は偉い・・・ってそんな結論かよ。(♂)
2003年12月06日
退社が21時20分。金曜日だというのに。 金曜に酒も呑まず書類の整理をしている。怒りとか哀しみをとおりこして乾く。心に広がるゴビ砂漠。明日は休みだというのが唯一の潤いである。 いやいやというよりトホホな気持ち。せめて肩は落とさず胸ははって帰ろう。男は背中で語るとはいうが疲れを訴えていてはもてまい(←だれに)。膝の酸素はもう使い果たしてカクカクいっているけれど。 今日のなにがまずいかって、何をやっても「Clear!」が表示されないような気がすることだ。集中力が切れている。 こんなに時間をかけているのに。 私がいまなにをやっているのかだれか教えてくれ。勉強のすすまない受験生みたいだ。気ばっかりはやって机の上は手付かずの問題集でいっぱい。なんとか机の上はきれいにしたけれど。 コーヒーの飲みすぎと睡眠不足。原因はわかっているのに、ついついすする黒い恍惚の液体。金曜日に副作用で思考回路が麻痺する。もう家に帰ったほうがいい。アホはいくら会社にいても電気水道の無駄遣いだ。 とはいえ「退屈な日々」という表現はあたらない。毎日充実かどうかはともかく週末の酒にうしろめたさがない生活はたぶん楽しい。かつて就職したてで「退屈」していたころ、自分はなんてなにもみえてなかったのかと思う。たくさんのチャンスがころがっているのに。さらにそのむこうがあるのに。「退屈」していた私。いまなら張り倒している。「点のとりかた?スペースをみつけて走りこむ。それを徹底してくりかえすだけさ。そのうち必ずボールが来る」 G.リネカー(元イングランド代表FW)→人生もまたしかり。 とりあえずいまの私に必要なものは人生哲学よりなにより睡眠だ。明日は土曜日。メンタマが腐るほど眠ろう。おやすみ。(♂)
2003年12月05日
帰宅すると留守番電話に「Happy Birthday」が吹き込まれていた。歌い手は甥。将来の平井堅。ということは絶対にないだろうと推測できるところにDNAの力を感じる。 おそらく兄が無理やり歌わせたのに違いない。 よく小さいころに親戚に電話させられてしゃべらされたのを思い出す。親戚が好きではあるのだがあらためての挨拶というやつ、コドモのころは苦手だった。だから甥の心理は手にとるようにわかる。 歌っているうちに不機嫌になりごねている様子までご丁寧にボーナストラックとしていれてあった。いやいやでもうれしい。ありがとう。遅いので礼の電話は今晩は遠慮。 ところでこの歌詞、Dear♪ のところでいたたまれなくなるのは私だけだろうか?急にスローダウンして名前を呼ばれる緊張。ミュージカルの歌いはじめ。あるいは運動会のエール交換。待っている間抜けさにどうも耐えられない。 それともアレは照れさせるためにあるのだろうか。むすっとして聴くのもなんか変だし。 マリリン・モンローが歌っているバージョンを聴いたことがあるけど、照れるのを通り越して歳をとるのがイケナイことのような気がしてくるのが不思議。 留守電にお礼の歌を吹き込んでおくか。DNAいっしょだしさぞかし礼の気持ちがつたわるだろう→伝わりすぎるって。 どうして大人が歌うとかわいくないんだ。(♂)
2003年12月04日
30日にダンナといっしょに見たが、やっぱりまた行っちゃったよ。しかも当日券で立ち見。2回とも。学生じゃないんだから立ち見やめようよ>自分。ちなみに’92と’94を銀座セゾン劇場で見ています。以下ネタバレあり。これは「男のロマン」に対するところの「女のロマン」じゃねえかと思ったですよ。(ところで男のロマンって、どうもエロいことに使われていることが多すぎやしないか?)桂木:頭脳・策略・世渡り上手・ハンサム・高学歴・将来有望。山崎:肉体・単純・仕事への誇り・純粋・まっすぐさ・自分だけを大切にしてくれる男。その二人に愛し愛されるのが広末涼子演じる神林美智子。うーんうらやましい。究極だね。ほんとは桂木を選んだほうが女としては成功と思われがちな世の中で、でもやっぱり山崎でしょうという物語。広末はたぶん毎日成長しているんじゃないか。2週間前の「幕末純情伝」より100倍良かったぞ。山崎への恋を自分で認めることができずにあわあわするシーン。桂木に「落ち着けー」と言われているが、この人はたぶんパニクりやすい人なんだろうなと思わせるやりとりである。そういう彼女の子供っぽい部分、幼児性みたいなのを容赦なく拾い、曝し、逆に魅力として見せている。機動隊員の部屋に行くスパイ役を命じられ取り乱すところ。「東京なんか来なければよかった。こんなことをするために東京にきたんですか」というセリフが広末自身の叫びにも聞こえて胸が痛む。そこで放り出され、山崎に拾われる。その前の場面で好意を抱いてはいるが、この流れで、計算のない、純粋な愛が生まれる。筧利夫。「エキス」って何だよと大笑い。男のカワイイ部分、やるせなくどうしようもなくでも純粋でいとおしい部分をこれ以上はないってぐらい体現しているのが筧利夫という役者なのだと今回再確認。(30日に帰宅してから「第三舞台’81-’91」のビデオを引っ張り出して見ちゃったよ。筧ちゃんのケダモノ大王が見たくて。あのシーンは「つか」ですなあ)美智子のことが好きで好きでその愛が裏返って攻撃に替わる、卑屈に転じて責め続けるやりとりは、何度見ても切ない。生まれた子供のことを「ただ作戦のために生まれた子供がどんな顔をしているのかね。そもそも顔なんかあるのかね」と桂木に迫るところは、双方の狂気が匂いたち、秀逸。殺し殺されることで成就する愛。「ちゃんと死ぬ」ことへの敬意。マンガ「PS羅生門」で事故で死んだ女子高生の死亡時刻を警察の都合で不正に操作しようとすることに反発して、女刑事がそれをやめさせるエピソードがある。ラストシーンで、女刑事はこの女子高生のことを「ちゃんと死んじゃったのよ」と子供に言って聞かせる。誰でも必ず死ぬ。生きた証を残し「ちゃんと死ぬ」ことの意味を追究すると、世の中へのかかわり、また世の中のあり方の追究になるのだろうか。「幕末純情伝」「飛龍伝」ともに政(まつりごと)の物語であることが興味深い。山崎一平は、最後に「ちゃんと死んで」ゆく。神林美智子が笑いながら殺されていったのは、「ちゃんと死んだ」からなのだと私は理解した。芝居を見に行って、よい作品にいくつも出会い感動もするけれども、この芝居が永遠に終わらなければいいと思う瞬間に出会うこと、この場に立ち会えたことそのものに、喜びを感じることのできる公演はそんなに多くない。特に近年は芝居を「ほらもうみても面白くない」と、見に行っている自分に言い聞かせているようなところがあり、一生懸命「つまらない」と思おうとしていた。この公演はそんな自分におきた「事件」だった。今を問われつづける演劇の、ちゃんととんがったエンピツの先を、つかこうへいがみせてくれた。また明日から泣かずに仕事しよう。ありがとうつか先生。夫による追記 (AM 07:07)’92牧瀬理穂版「その服どこで買ったの?青山?機動隊の禁猟区だよ」というネタがあった→今回さすがに不採用>青山劇場だしな。
2003年12月03日
会議が眠い。ボーナスに関わる重要な内容なのに。 激しく瞬く。つねる。叩く。高見盛ごっこをする。 でも眠い。カフェインはすでにオーバードーズ。 堂々と寝てる奴もいる。大人としてどうなのか。大学の講義じゃあるまいし←大学ならいいのか。 いっそのこと寝てる奴のリストを「こいつら会社のためにボーナス返還したいそうです」と提出したらどうかと思う。 会社は感謝+寝てる奴の評価はあがる+我々の賞与はあがる。 三方一両損だ←どこがだ。 さらに私をトリップさせるのが司会の新人君(暫定的)のジェットストリームな語り口。セーヌ河のほとりにとびそうになるのを必死にこらえる。 と、「声が小さい!」と厳重注意のヤジ>見事千代田区に戻る。 今度はオヤヂの論点ずれてる大演説スタート。シンクロさせようとする脳がシャットダウン。えんえん続く話のわりには結論がしょぼい。というか、最後の一文だけで済む内容→溜め息。 前回「会議は英語で」と提案したが撤回する。 やはり日本人なら短歌だ。激しい論戦が雅な雰囲気に包まれて冷静な展開になるだろう。アホは話さなくなるだろう。こんどこそ一石二鳥だ!組合「・・・それにつけてもかねのほしさよ」会社「・・・みのひとつだになきぞかなしき」→かえって殺気だつような気がするので却下。 会議で眠くならない最良の方法は、会議を終らせること。それしかないようだ。かつて私の父は言っていた。 会議なんかたいした考えでないからやんないほうがいいんだ。 賛成に一票。(♂)
2003年12月02日
肩凝りが酷い。なれないバッティングセンターのせいか。水子か。血圧高いのか。 自己診察していたらかみさんがずばり「バランス悪いよ素人目にも」。 なるほどと納得。 が、どうすればいいのだ。兄(医者)に言ったって「寝て安静」といわれるのが関の山だ。そういう男だあの男は。 うー、休み明けのせいもあってなにもかもバランスが悪い。 毎月おなじみの口内炎はできているし。 作業進行は嘘吐きだらけだし。 マイケルジャクソン無罪だし。 この世の関節がはずれてしまったのだ(ハムレット)→意味なし。 なんかかっこいいかと思って書いてみた。 とりあえずの対策にして最終案。 肩凝りはないことにする。以上。(♂)
2003年12月01日
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