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アモイ・泉州の旅も3日目、もう最終日となりました。今日は、夕方のフライト時間まで、アモイ市内をめいっぱい見てまわるつもりです。まず向かったところは、市街地の南はずれの海岸にある「胡里山砲台」。この砲台は1891年(清の時代)から建造が始まり、5年後の1896年完成した海上防衛のための要塞です。奇しくもちょうどこの時期、1894年には、日本と中国(清)の間で日清戦争が繰り広げられ、1895年の下関条約によって、日本は中国(清)より台湾を割譲されます。Xia men 2007-2-88 posted by (C)Nao入り口から、要塞の中に入ってみました。この要塞は石を積上げた構造ですが、今でもその形をとどめていて、当時の様子が偲ばれます。ここは海岸の高台にあるので、海上を遠くまで見渡す事が出来ます。Xia men 2007-2-92 posted by (C)Naoさて、ここのメインは何といってもこの大きな大砲です。これは、当時ドイツのクルップ社から購入・設置したものだそうで、2門設置されましたが、現在残っているのは一門だけです。この頃の中国の武器の輸入先はドイツがメインであり、ドイツも中国への輸出で潤っていたようです。Xia men 2007-2-89 posted by (C)Naoこの大砲の砲口の直径は28cm、砲身の全長はなんと約14mもあります。ここから発射される砲弾は1万メートル先まで届き、当時としては最高の性能を持った大砲と言えるようです。Xia men 2007-2-90 posted by (C)Naoこの一番尖端の場所からは、すぐ眼下に海が広がり、沖にはたくさんの船が見えます。すぐそばには綺麗な砂浜もあり、下りていけるようになっていました。要塞の一部は、博物館になっていて、さまざまな大砲が展示されています。Xia men 2007-2-91 posted by (C)Nao当時の中国(清)は日本に敗戦し、列強諸国にも次々と開港を求められ、疎開地もあちこちに出来ていた時代です。そうした中で、この砲台が実際にどれほど活躍する場面があったのかは、よくわかりません。この日は、大勢の中国人観光客で、このあたりは大変な混雑ぶりでした。さて、「胡里山砲台」から、アモイで最も歴史のあるお寺「南普陀寺」に向かいます。時間を節約しようと路線バスに乗ったのですが、途中でひどい渋滞になり、こんな事なら歩いたほうが早いと考え、途中下車してしまいました。海外沿いに市街地方面へ向かうと、間もなく周りにはアモイ大学の西洋風と中国風の折衷様式の建物が見えてきました。とても素敵な感じなので、おもわずちょっと中に入ってみました。Xia men 2007-2-93 posted by (C)Naoアモイ大学はとにかく敷地が広大で、また建物も美しく、大學全体がまるで公園のようです。落ち着いた構内は、散歩には最適ですね。Xia men 2007-2-94 posted by (C)Naoここには「魯迅記念館」なる建物もありました。なんでも、魯迅は弾圧を逃れ、一時期このアモイ大学に来て研究をしていたようです。Xia men 2007-2-95 posted by (C)Naoこの大學で学んでいる学生は、いったい何人くらいいるんでしょうか。これだけの規模からして、かなりの人数ではないかと思います。でも、こんな素晴らしい環境で大学生活を送れるのは、とても羨ましいですね。Xia men 2007-2-97 posted by (C)Nao構内には湖などもあり、また後方には山が広がっていて、とても雄大な景色です。中国式の建物が、このあたりの風景をより引き立てています。Xia men 2007-2-96 posted by (C)Naoさて、そんなアモイ大学を歩いた後は、お隣にある名刹「南普陀寺」へ向かいます。
Mar 30, 2007
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先日、お客さんと一緒に夕食を取るため、インターコンチネンタルホテルへ迎えに行ったときのことです。ちょっと早めに着いてしまったので、ニューワールド・ショッピングモールをちょっと歩いて見ていると、何故かそこに3台のクラシック・カーが展示されていました。何気に見てみると、1台はフォード社のあの名車「T型フォード」でした。このT型は、1908年に販売開始以降、1928年の販売終了まで、20年間で1500万台もの販売実績を持つ、フォード創業期の名車中の名車です。シンプルなデザインですが、無駄のない堅実イメージの車ですね。フォード T型 posted by (C)Naoそしてそのそばには、他にも2台の展示車がありました。一台は、ゼネラルモーターズ社(GM)の「シボレー・キャピトル」です。T型フォードに比べると、どっしりした重厚な感じで、デザインも優れています。GM シボレーキャピトル posted by (C)Naoそして、その横にはもう一台のフォード車、「A型フォード」です。こちらも「シボレー」に見劣りしない、優れたデザインです。フォード モデルA posted by (C)Nao不思議に思い、この3台について調べてみると、今から80年前の当時の興味深い関係がわかりました。フォードの創業者ヘンリー・フォードは、1903年から自動車の本格生産販売を開始し、1908年に発表した、この「T型フォード」は、そのコストパフォーマンスのよさから、ベストセラーになります。その大ヒットの原動力は、ベルトコンベアを使った大量生産方式による大量供給と、コストダウンによる低価格の実現、販売修理体制の構築などがあったからだと言われています。この1500万台と言うのは驚くべき数字で、以降1970年代のフォルクスワーゲン・ビートルに抜かれるまで、ずっとこれを上回る車は出なかったようです。この車は、それまではお金持ちの道楽と言われていた自動車を、一気に大衆の乗り物にまで普及させたと言う点で、大きな意味を持つ車でした。この車があまりにもベストセラーであったため、ヘンリーフォードは、周りの意見を聞かず、この「T型」のみの継続生産に拘ります。そしてそれが、以降のフォードとゼネラルモーターズ(GM)の関係を逆転させてしまうのです。さすがに1920年代に入ると、技術進歩も進みデザインの嗜好なども変わってきます。T型の20PS、2段変速機、後輪のみブレーキは、スピード面も安全性からも時代遅れとなりつつありました。そんな中で、1927年にゼネラルモーターズ(GM)から満を持して発売されたのが、この「シボレーキャピトル」 だったのです。この車は、車高を低くした重厚なデザインで、車体の色も3色から選べる(T型は黒一色のみ)ことなどから、市場の流れは一層傾いていきました。フォードとGM posted by (C)Naoさすがのフォード(当時は会長)も、T型の生産継続を断念し、後継モデルの開発を命じます。そして半年の販売空白期間の後、1928年に世に出されたのか、このフォードA型なのです。データを比較してみると、このA型は確かにT型に比べて、大幅に性能アップしています。この車の投入によって、フォードはある程度の巻き返しは図れましたが、とき既にやや遅しという感じです。その後のGMの優れた経営戦略やフォードの内争などもあって、アメリカ自動車業界でのGMの地位は揺るぎないものとなって行きます。この3台の車は、今から約80年前のこうした両社の盛衰を象徴しているモデルでした。大量生産、販売サービス体制、モデルチェンジ、、、などなど今の自動車業界にまで影響してきた考え方が、こんなにはるか昔に展開されていたんですね。安いものを大量に供給すれば、市場に受け入れられ、社会への貢献につながると考えたフォード、一方、綿密な市場調査と需給に見合った生産コントロールを優先したGM。両社の戦略の違いは、現代のビジネスにも通じる教訓であるように思います。この3台の車を見ながら、はるか遠い昔への思いと同時に、自分の仕事に対しても、ちょっと考えさせられた、そんな出来事でした。
Mar 27, 2007
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もう日本では、桜前線が北上中のようですね。ここ香港では、残念ながら桜のお花見が出来るところは、聞いた事がありません。よく考えてみると、もう4年も桜の花を見ていないことに気づきました(泣)そんなある日、知人と夕食を食べに行ったのは、TSTにある焼肉のお店「和宴」です。お花見は出来ないけど、焼肉でも食べて気持ちだけでもお花見気分を、、というわけでもないのですが、、、さて、このお店はまだ新しく、店内もとても綺麗です。やはり日本人が多い感じですが、香港人も結構来ていました。お肉の方も、食べてみたらこれまたかなりおいしいです。一緒に行った中には、気の早い人がいて、お店の人がお肉の皿を置くやいなや、もう焼いています(笑)そして、焼肉にはやっぱりと言う事で、チジミなども頼みました。さて、本格的にお肉を焼き始めたところに、携帯電話が鳴りました。仕事の関係だったので、ちょっと席をはずして会話をして、席に戻ってみるとお肉はかなり消費済みです(泣)まあ仕方ないんですが、携帯電話と言うのは、いつも相手のことはお構いなしです。でも、どこでも電話に出てしまう自分も、すっかり香港人みたいになっちゃったなと、少し苦笑いです。それでも、おいしいお肉を楽しんで、デザートにはアイスクリームを頼む事に、、焼肉とアイスクリームの食べ合わせなんて、消化良くないかもしれないと思いつつも、ついつい頼んでしまいます。アイスクリームにはいろいろ種類がありましたが、私は珍しかったので「桜アイス」と言うのを頼んでみました。他のメンバーは、定番の抹茶アイスと胡麻アイスです。「桜アイス」ってどんな感じだろうと待っていると、やって来ました。色はやっぱり桜色ですが、食べる前から桜の花のような、いい香りがします。一口食べてみると、やっぱり桜です(笑)何が桜かと言いますと、少しだけですが、桜の葉がアイスの中に入っていて、いい香りと共に、時どきかすかにその味がします。これ何となく桜餅のアイスクリーム版?と言った感じでしょうか。でも、なかなかイケました。桜の香りのするおいしいアイスクリームに、ちょっとお花見気分に浸って、すっかり満足でした。でも、やっぱりいつか、桜の下でお花見がしたいですね。
Mar 26, 2007
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泉州の東湖公園から泉州汽車站(バスターミナル)へと向かい、高速バスで午後6時過ぎにはアモイへ戻りました。たかだか一時間半(100Km)の距離なのに、すごく遠くまで行った気分がするのは、アモイと泉州から受ける印象のギャップがあまりに大きいからでしょうか。私にとって、アモイはホームタウンではないはずなのに、「戻ってきたな~」って言う感じがしたのは、この街の持つ不思議な安心感から来るのかもしれません。さて、食事を地元の中華レストランで取り、ホテルへ戻ろうと湖中路を白鷺洲公園まで来てみると、公園が何やらとても明るく賑やかです。そこでちょっと車を降りて、行って見てみることにしました。すると驚いた事に、白鷺洲公園一帯がきれいにライトアップされ、いたるところに光のオブジェが出来ています。そうでした。昨日の昼間、公園を歩いたときに見たランタン(灯籠)のお祭りがあるんですね。このランタン・フェスティバル(元宵節灯会)は、元宵節(3月10日)まで続くようで、大勢の人がこの綺麗にライトアップされた公園を見に来ていました。公園の入ったところには、大きな噴水広場があります。この噴水は鮮やかな光に彩られていて、音楽に併せて噴水の色が変化し噴水の高さも変化すると言う、いわば噴水ショーのようなものでした。この噴水ショーは、この時期限定のものではないようです。Xia men 2007-2-78 posted by (C)Naoこうした噴水、今まで私は見たことがないので、しばらく他の人達と一緒に見とれていました。色鮮やかな二本の噴水が、周りの公園全体に張り巡らされたイルミネーションやそれを取りまく街の夜景とマッチして、とても素晴らしい夜景です。Xia men 2007-2-79 posted by (C)Naoさて、その噴水からさらに公園の奥の方へ進んでみます。公園内一帯に電飾が施されているので、あたかも光の森の中を歩いているような感覚で(少し大げさですが)、とてもファンタジックな感じです。Xia men 2007-2-80 posted by (C)Naoところどころに、これまた色鮮やかで大きなランタン(灯籠)が飾られていて、みんなその前で写真を撮ったりしています。Xia men 2007-2-81 posted by (C)Nao公園内のありとあらゆる樹木が電飾で飾られていて、椰子の木までもがご覧の通りです。アモイは、ほとんどのビルにイルミネーションが施され、とても綺麗ですから、それが一体となってとても見事なものでした。Xia men 2007-2-82 posted by (C)Nao一見屏風のように見えるこれは、大きな年賀状のようなものでしょうか。赤い色が如何にも中国らしさを感じますね。Xia men 2007-2-83 posted by (C)Nao公園の周りの橋も綺麗にライトアップされていて、まわりの高層マンションも華やかです。Xia men 2007-2-84 posted by (C)Naoと、その時、川面には飛び立つ白鷺の群れが、、、そうです。昨日の昼間見たあの白鷺の飾りは、これだったんですね。夜に見ると、またとても綺麗です。Xia men 2007-2-85 posted by (C)Naoそれから、歩いて公園の反対側へ出てみると、そこにはジャンプしているお魚の群れ。昼間見たときは、とても愛嬌があってかわいかったのですが、夜は赤い色がとても鮮やかで、華やかな感じです。Xia men 2007-2-86 posted by (C)Naoアモイの夜景は香港ほど賑やかさはないものの、ひとつひとつが特徴のある鮮やかでカラフルな色彩にあふれていて、見ていて楽しいものでした。Xia men 2007-2-87 posted by (C)Naoさて、今日は一日歩きましたので、ちょっと疲れたかなと言う感じです。それでは、白鷺洲公園を後にして、ホテルへ戻りましょう。明日は最終日、コロンス島などのアモイの見所を見て回る予定です。
Mar 25, 2007
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皆様お久し振りです。今週は出張などでブログの更新が出来ずにおりまして、コメントへのご返事も遅れがちで大変失礼しました。と言い訳はこのくらいにしまして、、さて泉州のご紹介の続き、いよいよ最後の場所になります。次に向かうのは東湖公園です。ところで、私が感じた泉州の街の特徴のひとつは建物にあります。街を歩いていて気がついたのですが、建物がかなり景観を意識して作られているんです。写真のように、壁はレンガ色で統一され、窓は上がドーム型になったどちらかと言うと洋風の形です。Xia men 2007-2-76 posted by (C)Naoいつ頃から、またどうしてこのようになったのかはわかりませんが、どの建物もこうした様式を意識して作られていることは確かです。古くから外国との交流が多かったことや、華僑の出身地(海外に1600万人もいる)であることから、そうした影響かもしれません。私も中国でこれほど大規模に景観を意識して作られた街並みは、これまで見たことがありません。新しく作られたお店やマンションにしても、どこかにこうしたイメージが組み込まれています。とかく協調性がないと言われがちな中国人ですが(失礼!)、そう考えてみると、これはすごい事ですね。Xia men 2007-2-77 posted by (C)Naoさて、温陵北路をしばらく行くと東湖公園に到着しました。ここの街並みの雰囲気、タクシーがいなかったら、ちょっと見ではヨーロッパに見えませんか?(笑)Xia men 2007-2-68 posted by (C)Naoところで、ここ東湖は、先にご紹介した西湖よりは小さいのですが、市街地の真ん中にあり、市民の憩いの場といった感じでしょうか。公園の中を歩いたりボートに乗ったりしている、家族連れや若者グループが目立ちます。Xia men 2007-2-69 posted by (C)Nao湖をぐるっと回っていくと、鳥居がいくつも並んでいる場所に着きました。この鳥居は湖の中まで続いています。手前には建物があり、そこからこの鳥居が始まっているようです。鳥居の2本の柱の間には水路が流れ、それがそのまま湖に注いでいます。このあたりは、鉢植えの花がたくさん飾られていて、とてもきれいでした。Xia men 2007-2-70 posted by (C)Naoこの公園の中には動物園などもあるようで、そちらへ向かう家族連れやカップルなどで賑わっています。お父さんに手を引かれた男の子ふたり、これから動物園へ行くんでしょうね。Xia men 2007-2-71 posted by (C)Nao鳥居の所から湖に沿ってさらに進むと、大きな砦のような建物が見えてきました。湖の上に浮いているように建っているその建物のまわりには、ピンクや赤の灯篭の花が咲いています。ここは夜になるとライトアップされて、きっと綺麗なんでしょうね。Xia men 2007-2-72 posted by (C)Naoその建物の中に入ってみました。入り口は洞窟のような感じになっていて、その中を階段で上れるようになっています。最上階に出ると、見晴らしがよく、とてもいい眺めです。今通ってきた来た方角を見てみましょう。中国によくある水の上に出来たジグザグの通路、その脇には灯篭の花が並んでいます。はるか向こうには、湖に向かって伸びている鳥居が見えます。Xia men 2007-2-73 posted by (C)Naoそして反対側を見てみると、そこには緑多い公園と湖に浮かんだボート。その背後には、レンガ色に統一されたきれいな建物が並んでいます。しばらくの間、ここから見える素敵な景観を眺めていました。Xia men 2007-2-74 posted by (C)Naoさて、建物を出てまた公園に戻り、入り口を目指して歩き始めます。湖と公園と周りの建物が調和して、何となく欧風の雰囲気を醸し出しています。東湖公園は、「中国の中にある異国」そんな景観の場所でした。Xia men 2007-2-75 posted by (C)Nao泉州は歴史のある街だけに、その独特の文化を大切にしているという感じを受けました。それらは、お寺の屋根の独特の飾りであったり、レンガ色の独特の街並みであったり、、今でこそアモイに水上交通を取って代わられてはいますが、かつては遠い異国にまでもその名が知れ渡っていたのであり、そうした長い栄光の歴史に対する誇りのようなものをこの街の人達は持っている、そんな風に感じた泉州の街でした。さて早いもので、もう夕方になってしまいました。もっと見たいところはたくさんあるのですが、残念ながら帰らなければなりません。次回来るときは、もっとゆっくりこの街を歩いてみたいですね。さあ、バスに乗ってアモイに帰りましょう。
Mar 24, 2007
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泉州のお寺めぐりを続けましょう。「府文廟」から塗門街を少し東に歩くと、ちょっと見慣れない様式の建物が姿を現しました。これが、そうイスラムのお寺「清浄寺」です。清浄寺は中国を代表するイスラム建築のひとつで、1009年(北宋の時代)に、シリアのダマスカスにあるイスラム礼拝堂をモデルに建立されたようです。Xia men 2007-2-58 posted by (C)Nao正門のところにやってきました。ドームのような形がいかにもイスラムと言う感じですね。脇には手をあらう水の容器が置かれていました。ここはやはり神聖な場所なんですね。Xia men 2007-2-59 posted by (C)Nao中に入ってみると、小さな中庭のような部分があり、とても緑が多い場所でした。そのすぐ左手の壁に入り口があり、中に入るとこんな風景が広がっていました。Xia men 2007-2-60 posted by (C)Naoかなり広い空間ですが、以前ここにあったであろう建物はすでになく、そこには壁や柱の一部が残っているだけです。その壁や柱は全て石造りで、とても重厚なイメージあります。その奥の方角、入ってきた門のそばにあるひときわ高い場所が展望台です。この展望台は、ラマダンの日時を知るためのものだそうです。さらに奥の方へ行ってみましょう。そこには、イスラム風の門や壁の中に、ちょっと違った趣の建物があります。普天壇、明善堂です。ここだけが、このイスラムの中で中国風のイメージを持っている、ちょっと不思議な空間です。Xia men 2007-2-61 posted by (C)Naoそのさらに先には、このお寺の歴史などを展示している建物があります。ここの建物は一部が住宅となっているようで、頭に小さな帽子?を載せた、いかにも「イスラムの人」っていう感じのおじさんが出てきました。Xia men 2007-2-62 posted by (C)Naoその展示館の外には、石にアラビア語で何か書かれたものがたくさん飾られていますが、残念ながら意味はさっぱりわかりません(笑)Xia men 2007-2-63 posted by (C)Nao再び通りに出てきました。さっき家から出てきたおじさん、何をしているのか入り口のそばに立っています。この清浄寺は、この一角だけが周りの景色とはまったく異質なもので、「ここはどこ?」と言う感じでした。Xia men 2007-2-64 posted by (C)Nao泉州は、7世紀から14世紀ごろにかけて、インドやアラビア方面から大勢の商人が訪れて、住んでいた場所ですから、こうしたお寺があるんですね。遠い昔、イスラムの人たちは、ここでコーランを読み、ラマダンの日を知り、お休みにはお祈りをしたんでしょうね。「中国の中のイスラム」は、今は一部しか残っていませんが、当時の面影を偲ぶ事が出来ました。さて、それから向かったところは、その清浄寺のすぐ隣にある「関岳廟」です。ここは、直接通りに面していて、敷地はそれほど大きくないですが、建物は立派なもので、大勢の参拝客で混雑していました。Xia men 2007-2-65 posted by (C)Nao関岳廟は中国のあちこちにある、いわゆる「関帝廟」と同じですが、この地方ではこう呼ばれるようです。関岳廟は、三国志の義の人「関羽」を祭っているお寺で、この人物は中国では絶大の人気がありますね。Xia men 2007-2-66 posted by (C)Naoここの建物も、さまざま屋根が複雑に入り組み、その間には素晴らしい飾りがあって、とても見事でした。あたり一面にお線香の煙が漂い、屋台のお店もたくさん出ていてます。Xia men 2007-2-67 posted by (C)Naoきっとここは、今でも多くの地元の人に信仰されているお寺なんですね。さて、泉州でたくさんのお寺めぐりをしてきましたが、どこも風情のある特徴的なお寺ばかりでした。古くからの街だけに、お寺にもざまざまな歴史があって、興味深いですね。そして、いよいよ次は泉州最後の訪問場所、「東湖公園」です。
Mar 17, 2007
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前回の日記に、Regatierraさんから、油麻地あたりで飲茶ができるところはない?というお問い合わせがありましたので、今日は飲茶(点心)の話題にしました。「点心(広東語でディムサム)」は、香港に来たら一度は食べてみたいものですね。私もお客さんや出張者が来たときなどに、会社の近くの中華レストランに行って点心を食べる事がけっこうあります。また香港の会社では、特別イベントがなくても、時どきは職場の人達と一緒にランチを点心で、、と言う事もよくあります。香港人や広東人は、朝から飲茶で点心を食べることも多いようですが、私は一人なのでさすがにあまり行きません。さて、点心を食べるときは、やはり大勢でいろんな種類のものを楽しむのがいいですね。会社のメンバーで行くときなどは、だいたい頼むものが決まっていますが、お昼時はどこも込んでいるので、いつも行くお店から点心の注文表をもらっておいて、席の予約をしたときに電話で料理もオーダーしておきます。こうすると、あまり待たずに食べられます。行くときは、たいてい香港人にオーダーを任せるのですが、だいたいこんな感じでしょうか。定番のものばかりが並んでいますので、みなさんご存知ですよね。鮮蝦餃・・・・・・・・・エビ入り蒸し餃子鼓汁蒸鳳爪・・・・・・・肌に良いと女性に人気の鶏の脚先の蒸し物鮮蝦腸粉・・・・・・・・蝦をライスクレープで巻いた蒸し物蟹皇焼売・・・・・・・・蟹シューマイ鼓油鮮竹巻・・・・・・・豚肉やエビのすり身のゆばまき他にも点心ではないですが、皮付き子豚の丸焼きや、アスパラとしいたけのにんにく炒めなども好みによって頼みます。それから春巻とか叉焼包、牛肉球、大根餅といったものもよくオーダーしますね。この中で、好きなものはというと、やっぱりこれですね。蝦餃(ハーガウ)です。新鮮なプリプリの大きな蝦が、皮の中に入っていて、見た目にも綺麗ですし、味もあっさりしています。それから、やっぱりこれも好きですね。蟹焼売ですが、これにはいろいろと種類があるようですね。蝦餃に似た食感ですが、こちらの方がすこししつこいかなという感じです。さて、皆さんは点心の中で何がお好きですか?ところで前置きが長くなってしましたが、油麻地の中華料理レストランでしたね。私も偉そうに言えるほど詳しくはないんですが、名前を知っているところを挙げますと、次のようなところでしょうか。MTR油麻地駅のC出口(一番佐敦より)を出て、ネーザンロードを、佐敦に向かって右側を歩いていきますと、いくつか海鮮中華レストランがあります。まず、駅の出口のすぐ脇に「花園酒家」があります。入ったことはないんですが、お店の風格からして少し高級そうな感じです。お値段は、他よりはちょっと高めかなと思います。そして、そこから佐敦方面に歩いていくと、大きな看板が見えるのが「明星海鮮酒家」です。ここは以前に一度だけ海鮮料理を食べた事があるのですが、大きなチェーン店で香港に20店舗近くあるようです。ただ、そのときは冷房が効きすぎで、震えながら食べた記憶があります(笑)点心は残念ながら未体験です。さらに進むと、その先にあるのが「連邦皇宮大酒楼」です。ちょうど「EATON HOTEL」という大きなホテルの対面になりますが、緑とオレンジ色の大きな看板があるので、よく目につきます。下の写真は、佐敦方面から見た夜の写真ですが、昼間ではちょっとイメージが変わるでしょうね。この「連邦皇宮大酒楼」には、海鮮料理や火鍋を食べに良く行きますので、一番知っているお店ですが、中もけっこう広くて、味もまあまあで値段もリーズナブルかなと思います。ここは香港人もけっこう知っているお店なので、そこそこのお店なんでしょうね。ここも、系列のお店は10店舗ぐらいあるみたいです。飲茶も食べた事がありますが、ワゴン式ではないですが、値段もまあまあ安くていいですね。少し先に行った「永安百貨店」の脇にもこの系列店があって、そこは「連邦金閣酒家」と言います。聞いた話では、こちらのほうが少し落ち着いた感じのようですね。それから「連邦・・・」の「連」の字は、日本の漢字と違って、耳へんに糸の上の部分を二つ並べて、その下に「柳」の字の右側の字を書く字です。こんな説明では、たぶんわからないと思いますが、まあ目立つ看板なのできっとすぐわかります。さてこんなご紹介でお役に立つかわかりませんが、もし油麻地・佐敦方面で、海鮮料理や飲茶(点心)をと言う方は、お試しになってはいかがでしょうか。ちなみにこれらのお店は、いずれも英語はあまり通じませんので、あらかじめそのおつもりで、、また、他のふたつのお店もたぶんワゴン式ではないと思います。ワゴンのお店は香港でも少なくなっているのと、食べたいものがタイミングよく回ってくかどうかと言う事も考えると、オーダーシートで頼むのも良いかなと思ってしまいます。ただ、あの独特の雰囲気を味わいたいという方には、ちょっと物足りないんでしょうね。油麻地のレストラン(点心) 連邦皇宮大酒楼 Federal Palace Restaurant 九龍油麻地ネイザン道363-373 TEL26260022 早茶AM7:00~11:30 明星海鮮酒家 Star Seafood Restaurant 九龍油麻地ネイザン道387平安ビル2楼 TEL27812929 早茶AM7:30~11:00 花園酒家 Garden Restaurant 九龍油麻地ネイザン道469-471 TEL26269908 点心AM7:00~17:00
Mar 15, 2007
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天后宮の次に行った先は、「府文廟」です。天后宮から、中山南路を西湖方面へ進み、新門街という大きな通りに出ると、そこに大きな鳥居のある入り口が見えてきました。Xia men 2007-2-49 posted by (C)Naoその鳥居から先は広場になっていて、お正月と言う事もあってなのか、大勢の家族連れで賑わっています。ここには小さい子供用の遊具みたいなものがたくさんあり、ちょっとした子供遊園地といった感じです。以前にブログでご紹介した、馬の乗り物や、ミニトレインは、ここで見かけたものなんです。さて、その広場を通り過ぎると、府文廟の入り口と思われる、りっぱな建物があります。お正月と言う事で、お正月飾りがきれいに飾り付けられています。Xia men 2007-2-50 posted by (C)Naoこの「府文廟」は孔子廟(孔子を祭ったお寺)としては、中国に現存する最も大きな規模のものだそうで、国の文化財にも指定されているようです。中に入ると、中央に大きな池があります。その中央には橋が架かっていて、その先の正面にある大きな建物が「夫子廟」です。Xia men 2007-2-51 posted by (C)Nao屋根の形状は、先ほどまでのお寺と少し異なって、装飾にもあまり派手さがありません。でもシンプルで落ち着いていて、何となくこの方が性に合うなあという感じです。池の周りには回廊があって、そこを通って夫子廟へ行く事が出来ます。Xia men 2007-2-52 posted by (C)Nao夫子廟の中には、孔子が祭られています。実はこうした孔子廟というのは、これまで見た事という記憶がないような気がします。Xia men 2007-2-53 posted by (C)Naoこのお寺の創建は、976年(北宋の時代)と言いますから、かなりの長い歴史があります。途中で一旦他の場所へ写され、また1109年もこの地に再び開かれたと言う、歴史を持っているようです。Xia men 2007-2-54 posted by (C)Naoここは参拝に訪れている人もほとんどいなくて、とても静かなお寺でした。屋根の飾りがちょっと珍しい絵で、また色鮮やかでとても綺麗でした。Xia men 2007-2-55 posted by (C)Nao回廊の部分には、福建省出身の歴史上の著名な人物の蝋人形が、数多く展示されていました。さて、そのお寺を外に出て、少し外から眺めてみると、とても風情のある場所です。Xia men 2007-2-56 posted by (C)Nao入ってきたときと違う別の門があって、そこから外の街の景色は下町風に見えました。その門の屋根にも飾りがあり、すこし変わったものでした。やはり龍はいるのですが、その下で支えているのは天使のように見えます。Xia men 2007-2-57 posted by (C)Naoさて、ここから次の目的地「清浄寺」までは、歩いてすぐです。では、次回はちょっと歴史を感じさせるイスラムの世界へ行ってみましょう。
Mar 13, 2007
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昨晩は、いつもブログでお世話になっている香港在住の方々との初めてのオフ会があり、出かけてまいりました。今回のメンバーの皆さんは、skytrainさん、たっきーさん、Flottieさんの4人で、Skytrainさんの奥様とたっきーさんのお子さんも参加してくださり、6名の賑やかなオフ会となりました。いつもブログで会話している間柄でしたので、初めてお会いしたにもかかわらず、そんな感じは全くありませんでした。皆さんいろいろな分野でお仕事をされていて、香港での生活の話題や、仕事の苦労話、趣味などについて楽しいお話がたくさん聞けて、あっという間に時間も過ぎていきました。オフ会の場所は、TSTの「ちゅら」と言う沖縄料理のお店。ここには以前に何度か行った事がありますが、お客はほとんどが日本人と言う、ここ香港?っていう感じのお店です。よくこのお店を使われると言うSkytrainさんにオーダーをお願いし、ラフテー、ゴーヤ-チャンブルー、海ぶどうなどの沖縄料理を久々に楽しみました。この証拠写真は今回代表して私が撮らせて頂きました(笑)。締めくくりに、男性陣はソーキそばを、女性とお子さんの皆さんはデザートのアイスクリームを食べ、また次回の開催を約してお開きとなりました。たっきーさんのお子さんも、とってもいい子で、大人の会に一生懸命お付き合いしてくれました。こうしてネットで知り合った皆さんと、実際にオフ会でお話しするのは、またとても楽しい事ですね。次回のオフ会が今から待ち遠しいです。
Mar 11, 2007
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久し振りに食べ物の話題です。先週は、1週間のうち5日が中華で夕食と言う、中華グルメ週間になってしまいました。お付き合いとは言え、さすがにこれだけ食べると身体が重いです(笑)その中で、唯一、私が主体的に選んで行ったお店が、この鼎泰豊(ディンタイフォン)です。ご存知の方も多いと思いますが、このお店は台湾に本店があって、小龍包は特に有名ですよね。私も昨年台湾に行ったときは、やはりはずせないと言う事で、本店に行ってきましたよ。その支店が香港にもありまして、個人的に好きで時々行っています。小龍包が有名なんですが、私はここの卵炒飯も好きなんです。この日は日本から来た出張者を、無理やり言いくるめて、ここへ連れて来てしまいました。彼は屋台に行きたいというので、衛生的に心配だからと言い聞かせて、、、お店のある場所は、以前ご紹介したホンハムのワンポアと言うところにある、「蔡欄美食坊」と言うレストランビルの中にあります。さて、少人数なのでお決まりのようなものばかりですが、、まず来たのは、水餃子のスープとニラ餃子。水餃子やわらかくておいしいですね。スープは薄味で食べやすいです。小龍包ははずせないと言う事で、オーダーしました。あつあつのスープが皮の中にたっぷり包まれていて、食べると口の中にふわ~と広がります。う~ん、やっぱりおいしい~。そしてお待ちかねの卵炒飯です。プリプリの大きなエビがごろんごろんと入っていて、炒り卵と絶妙な組み合わせです。この炒飯は使っているお米も違う感じです。担担麺でも頼もうと思いましたが、もういっぱいで食べれないと言うので、この日はパスしました。この鼎泰豊(ディンタイフォン)は、東京などにいくつも支店があるようで、本元の台湾より日本の支店の数の方が多いようです。さすがグルメ王国日本では、海外の有名店のものは何でも食べれるんですね。さて連れて来られた彼は、台湾でも香港でも、どっちも中華に変わりないと言うことで、とても喜んでくれました。まあとにかく、おいしいと満足してくれたので良かったです。
Mar 9, 2007
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さて泉州で、次に向かったところは「天后宮」です。天后宮は海の守り神の女性を祭っていて、海の近くには大なり小なり大抵どこにもあります。ここの天后宮の歴史はかなり古く、1196年(南宋の時代)に創建され、中国最古、最大級のもののひとつと言われているようです。外側から見てみると、かなり立派な門の両側に、鐘鼓楼が建っています。Xia men 2007-2-39 posted by (C)Nao門構えもかなり立派で、その屋根の上には独特の装飾が見られます。Xia men 2007-2-40 posted by (C)Nao境内に入るとそこはかなり広く、また緑も多く、落ち着いた場所でした。正面には大殿があり、三層に見える屋根は、一種独特の雰囲気を醸し出しています。Xia men 2007-2-47 posted by (C)Nao大殿の屋根の上には龍の装飾がありますが、これも色も鮮やかでとても綺麗です。Xia men 2007-2-45 posted by (C)Naoこの大殿はかなり古い建物らしく、手を入れてきてはいるものの、見るからに歴史を感じさせるものでした。Xia men 2007-2-48 posted by (C)Naoお正月を迎え、大殿にはたくさんの提灯が飾られとても賑やかです。Xia men 2007-2-43 posted by (C)Nao大殿の柱には石の彫刻が施され、これは今まで見たものと比べても、とても見事なものでした。Xia men 2007-2-44 posted by (C)Naoいくつもの屋根やその装飾が重なり合っていい感じです。Xia men 2007-2-46 posted by (C)Naoこのお寺は、かつては度々修復されていたようですが、一時期はかなり荒れていたのを、近年になってその歴史的価値から、政府や華僑の援助によって、山門、劇台、鐘鼓楼などが新たに再建されたようです。Xia men 2007-2-41 posted by (C)Naoここは静かな場所にあるせいか、とても落ち着いたお寺で、観光客も少なく、気分よくお寺の中を見て回れました。どちらかと言えば、地元の人に親しまれてきた、お寺と言う感じでした。さて泉州のお寺めぐり、次は「孔子」を祭ったお寺「府文廟」です。
Mar 8, 2007
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今日は香港の話題です。ちょと日が開きましたが、この前の日曜日(3月4日)の事です。私が日曜日の朝に必ず見るTV番組に、NKHワールドプレミアムの「世界ふれあい街歩き」と言うのがあります。これは、毎回TVカメラが世界の街を歩いて、その街の風景やそこの人達とのふれあいなどをテーマにした番組です。毎回これを見ては、安上がりな世界の旅を楽しんでいるのですが、この日はたまたま香港だったんです。まず、スタートは重慶マンションの中を探検し、ネーザンを歩いてお茶屋さんや太極拳の道場をのぞいたり、テンプルストリートの夜店、最後はモンコックの夜中のタクシーなど、いかにも香港という感じの構成でした。今までは、この番組でいろんなところに行っていたのが、自分の住んでいる場所となると、なんとも言えない不思議な感覚でした。見ていて感じたのは、香港の人たちの愛想のなさです(笑)。ナレーターが話しかけるのですが、返事がホントにそっけない。ぶっきらぼうと言うか、これって多分かなり特徴的なことでしょうね。あまり気にしてなかったのですが、改めてこうして見てみると、よくわかります。それからおもしろかったのは、カメラがよく人とぶつかる事です。もともと狭い通路に、処狭しとモノを置いたりしてるので、カメラが通れないんです(笑)如何にも香港ってかんじですよね~さてその午後のこと 、たまたまネーザンロードを歩いていると、どこからともなく「ドン!ジャラ!ドン!」と言う太鼓やドラの音が聞こえてきます。お正月の獅子舞かな?と思って音のする方へ行ってみると、、、そこには何と天女のような衣装を着た女性が踊っています。その後からは、何かの旗やプレートを持った人達が行進して来ます。続いて黄色い派手な衣装に身を包んだ人達が、太鼓を叩きながらやってきました。何かのパレードかデモ行進だったようですが、途中から見たので、結局なんだったのかはよくわかりませんでした。それにしても派手な行進なので、観光客もみんな写真を撮っていました。さて、この日は「元宵節」でした。中国には「~節」と言う日がたくさんありますが、「元宵節」と言うのは、実際のところよく知りませんでした。聞くところによると、農暦の1月15日を元宵節と言って、夜には飾り灯篭などを灯して、月見などをしたり、灯篭見物をしたりするようです。農村では、元宵節までずっと正月だという所もあるようです。その飾り灯篭が、チムサーチョイのスターフェリー乗り場のすぐ横に飾られていました。この日は大勢の人が来ていて、みんなこの前で写真を撮っています。また、この日は元宵(湯団子=もち米の団子を湯に入れたもの)を食べるのが慣習のようです。この湯団子、食べた事がないのですが、小豆餡や胡麻餡などいろいろあるようですね。「郷に入れば郷に従え」と言いますが、これまであまりそうした慣習に拘ることなく過ごしてきました。それが最近になって、何故かようやくそう言った事に関心を持つようになってきました。対岸の香港島の夜景は相変わらず綺麗でしたが、このクリスマスから続いたイルミネーションもいよいよこれで終わり、また来年まで見納めですね。この夜は珍しく空が晴れ渡り、時計塔の背後には、まるいお月様を見ることが出来ました。
Mar 6, 2007
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次に向かったのは、海外交通史博物館です。この博物館は中国で唯一の、古代中国の海上交通史をテーマとした博物館です。以前に少し触れましたが、泉州はその昔「陶磁の道(海のシルクロード)」の出発点として栄えた街です。そうした理由から、ここに海外との海上交通に関係した博物館があるんですね。泉州は南宋から元朝の時代には港湾都市として発展し、当時ここからベトナム、インドやアラブまでの貿易路が形成されていたようです。その頃は、中国人だけでなく、アラブ人なども住んでいたようで、イスラムの寺院跡(後日出てきますが)も残っています。マルコポーロの東方見聞録には、「ザイトン(これは刺桐の福建語読み)」と言う名前で登場します。しかしその後近代には、このあたりは海岸線が後退して、港としての機能が果たせなくなり、アモイなどにその地位を譲ります。さて、その博物館に到着です。建物の外には、海から引き上げられたと言う、実物の木造船も展示されています。Xia men 2007-2-32 posted by (C)NaoXia men 2007-2-33 posted by (C)Naoここには、さまざまな海上交通史に関する展示がありますが、特に古代から中世にかけての船の模型が数多く展示されていて、とても興味深いです。Xia men 2007-2-34 posted by (C)Nao初期の船は、ただの木を繰り抜いたような簡単なものですが、やがてジャンク船のような徐々に大きなものになり、最終的には数百人が乗れるような、大きな帆船になります。そうした船の歴史的な推移が良くわかります。Xia men 2007-2-35 posted by (C)NaoXia men 2007-2-37 posted by (C)Nao古代から中世にかけての中国は、船舶建造や航海技術が非常に優れていて、中国4大発明のひとつである羅針盤の影響もあり、海上交通は明の時代に入るとますます盛んになったと言う事です。Xia men 2007-2-36 posted by (C)Naoここの展示の中でもひときわ目を引くのは、明の初期に7回の海外遠征を果たした「鄭和」の船団の展示です。鄭和は雲南省でイスラム教徒の家に生まれ、父親はアラビア半島まで航海したことがあったので、彼はその影響を強く受けたようです。彼はとても聡明で弁が立ったので、明の永楽帝に重用されました。そして1405年に永楽帝の命により、第一回目の海外遠征に出発します。このときの船は、長さ137m、幅が56mという巨大なもので、船団は62隻、乗組員は全部で2万7800人という驚くべきものでした。その目的は、訪問国に対して明朝の威力を示して朝貢を促す事と、南方の珍しいものを持ち帰る事だったようです。Xia men 2007-2-38 posted by (C)Nao鄭和の船は、蘇州を出発して福建を通り、マレーシアのマラッカを抜け、インドのカリカットまで到着、その2年後に帰国しています。その後の数度の遠征では、ペルシア湾のホルムズ、アフリカはケニアのマリンディと言うところまで到達したと言う事です。そして、最終的にはアラビアのメッカにまで到達し、巡礼を果たしています。こうした遠征隊は、中国にはない珍しいものを持ち帰ったようで、それはアラビアから獅子(ライオン)、金銭豹(ヒョウ)、大西馬(アラビア馬)、そしてアフリカからは花福禄(シマウマ)、ダチョウ、麒麟(ジラフ)などです。この80年後にポルトガルのバスコダガマがマリンディに到着、そこからインド洋を経てカリカットに着きました。これをヨーロッパ史では、「インド航路の発見」としていますが、実際にはその遥か以前からイスラム商人が開拓し、中国の大艦隊が既に往復していたんですね。その後鄭和が死去した後は、優れた遠征指揮官もいない中で、海外遠征が行なわれる事はなかったようです。この海外交通史博物館からは、こうした中国の輝かしい海外海上交通の歴史と、この泉州の華やかだった頃の様子が伝わってきました。さて次は、これもまた歴史のある建物の「天后宮」と「府文廟」を訪ねます。
Mar 4, 2007
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今週は出張が重なって、夜は会食続きと、すっかりブログ更新が出来ませんでした。コメントのご返事も遅くなってしまいまして、この場でお詫びいたします。さて、アモイ・泉州の旅のご紹介の途中ですが、ここで少し一息入れて、今日は今回の旅行中に見かけたちょっと変わったモノを、皆さんにご紹介したいと思います。まずはじめは、アモイで見かけたコレです。集美学村のそばを歩いていると、広い池の中に大きな風船のようなものが浮いていました。Xia men 2007-2-26 posted by (C)Nao何だろうと近寄ってみると、中に子供が入っていて、寝たり立って歩いたりしています。水の上に浮いているので不安定で、立っているのはかなり難しいと思います。また、前に歩けば、くるくると回ってしまいます。Xia men 2007-2-27 posted by (C)Nao横にファスナーのような口のような部分があって、そこを開けて中に入るようです。しかしこの遊び、危険はないんでしょうかね?日本ではもちろん香港でも、ちょっと見たことがない代物でした。さすが中国には、変わったおもしろいものがありますね。さて次は、泉州の街中の広場で見かけた幼児用の遊び場です。小さな子供が、乗っているのは、結構リアルに出来た馬の乗り者です。Xia men 2007-2-28 posted by (C)Naoこれ電動ではなく、足のところにあるペダル踏むと、馬の足が前後に動いて、前に進むんです。写真では説明できませんが、なかなかおもしろい動きでした。また、同じ場所には、こんな子供用のミニトレインもありました。本当に小さくて、乗ったら目が回りそうです。(笑)こうしたものは日本にもまだありそうですが、この客車が「龍」とか「虎」なのが、いかにも中国らしいと思いませんか?さて、食べモノに関しても、香港などとは少し違う光景が見られます。まずは、焼き芋屋さんです。リアカーの後にドラム缶を積んだタイプで、これはアモイではいくつか見かけました。これが結構人気があるようで、この人は白鷺洲公園のそばで見かけたものですが、女の子たちが大勢買っていました。Xia men 2007-2-31 posted by (C)Naoさて、最後はこれです。Xia men 2007-2-30 posted by (C)Naoおばさんが売っているのは、そう、、綿菓子です。でもこの綿菓子製造機、なんと人力なんです。足のところにあるペダルをこぐと、上の回転部分が周り、綿菓子が作れるという物です。おばさん、器用に足でこぎながら、綿菓子作ってましたよ。この装置は、電気のないところでもどこでもお店を出せるので、結構便利ですね。でも、珍しくもないのか、あまり売れている様子はありませんでした。商売なるのかちょっと心配してしまうくらいです。それにしても、おばさんの顔ちょっと怖いな~(笑)さてこうしてみると、中国にはまだ知らないようなモノが、いろいろとありそうですね。
Mar 3, 2007
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