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お子達があちらこちらであどけなく寝呆けていて、間に幾人かの女房たちが挟まるようにして寝ています。こちらでは人数が多くて、ニ宮のお住まいとはひどく様子が違っています。お笛を吹き鳴らしながら、『私が帰ってからも、宮は寂しく物思いに沈んでいらっしゃるであろうか。御琴の調子は変えずにお弾きであろうか。御息所も和琴の名手でいらしたな』などお思いになりながら臥していらっしゃいます。『それにしても衛門督は、二宮さまを表面上は大切にもてなしていたが、深い情愛を感じていなかったようだ。なぜなのか』と、いぶかしく思います。『縁を結んだとしても、見劣りするご容姿だったとすればお気の毒なことだ。大方の世につけても、限りなく優れていると聞くことは必ずしもその通りではないからな』などお思いになるにつけ、ご自身のご夫婦仲を振り返ってごらんになりますと、結婚当初から浮気する心配もなく過ごしてきた長い年月を数えるにつけましても、北の方がいかにも我が強く威張ってばかりいらっしゃるのも無理はないとお思いになります。少しまどろみなさいますと、夢の中にかの衛門督がありし日のままの袿姿で傍らに現れ、笛を手に取って見ています。夢の中の事ですけれども、『厄介なことに、笛に執念を抱いていたから、音を聞いて出てきたのだな』と思っていますと、「笛竹に ふきよる風のことならば 末の世ながき 音につたへなん(この笛を吹くのが我が子であるならば、子々孫々まで我が音色を伝えてほしいものです)私の思いとは違うようでございましたが」と言いますので、『では、誰に』と問う前に、夜泣きなさる若君のおん声に目が醒めてしまいました。 お子はひどくお泣きになってお乳を吐いたりなさいますので、乳母も起きて騒ぎます。北の方も灯火を近くにお取り寄せになって、額髪を耳はさみして一生懸命あやしていらっしゃいます。たいそうよく肥えて、丸々とした豊満なうつくしいお胸を開けてお乳を含ませていらっしゃいます。お子はたいそう可愛らしい君で、肌も白くうつくしげです。母君のお乳はさっぱり出ないのですが、気休めにお口に含ませて慰めておあげになります。男君もお側にお寄りになって、「どうしたのです」とお尋ねになります。魔除けに米など撒きますので騒がしく、先ほどのしんみりとした夢の事などもすっかり紛れてしまったようでございます。
August 13, 2016
御息所が、「今宵の御風流には、故・衛門督もきっとお許しくださろうと存じます。はかない昔のお話ばかりをなすって、玉の緒がのびるほどにもお弾きにならなかったのは残念でございますけれども」と、おん贈り物に笛を添えて奉ります。「これは由緒ある笛と聞いております。伝えるべき人もなく、このような蓬生にうづもれるのはもったいのうございます。随身の声とともに、あなたさまが御車の中でお吹きくださいましたらどんなによろしいかと、よそながらも聞かせていただきとう存じまして」「これは私にはもったいないほど立派な随身でございますな」とご覧になります。なるほど衛門督が和琴とともに一生涯大切にしていた楽器で、「私自身でもこの笛の妙音を出し切ることはできない。名人と思うような人に、何とかして伝えたいものだが」と、折々話していらっしゃいましたので、愛着をお感じになって、試しに鳴らしてみます。盤渉調の半分ばかりを吹きさして、「故人を偲ぶひそかな和琴の音色は、拙くても許されましょうが、笛はどうもきまり悪うございますな」そうおっしゃって帰ろうとなさいますので、御息所、「露しげき むぐらの宿にいにしへの 秋にかはらぬ 虫のこゑかな(涙ばかりの侘しい蓬生の宿でございますけれども、昔の秋と同じように虫の音が響いております)」と、お歌いかけになります。「横笛の しらべはことにかはらぬを 空しくなりし 音こそつきせね(主はいなくとも、横笛も琴のしらべも以前と変わることがないのですね。お亡くなりになった悲しみに泣く虫の音までも尽きることがなく)」 そうしてぐずぐずしていらっしゃいましたので、すっかり夜が更けてしまいました。 お邸にお帰りになりますと、格子などを下ろさせて皆お寝みになっていらっしゃいます。「近頃二宮さまにご執心で、ねんごろにご訪問なさるようですわ」などと北の方に告げ口する女房もいますので、こんなふうに夜更かしなさるのを憎くお思いになって、寝たふりをしていらっしゃるのでしょう。大将は「妹とわれのいるさの山の」と、きれいなお声でお謡いになり、「どうして格子を閉め切っているのです。ああ、鬱陶しい。今宵のみごとな月を見ないなんて」と呻いていらっしゃいます。格子をあげさせ給いて自ら御簾を巻き上げなどなさり、端の方にお寝みになります。「こんな月夜なのに、のんびり夢など見る人があるものでしょうか。少し出ていらっしゃい。ああ、嫌なこと」などお話しかけになるのですが、北の方は面白くありませんので聞こえないふりをしていらっしゃいます。
August 12, 2016
月が差し出でた曇りなき空に列をなして飛ぶ雁の音を、宮は羨ましく聞いていらっしゃるのでしょうか。 風が肌寒く、もの哀れな気配に誘われて、筝の琴をほのかにかき鳴らしていらっしゃいますのも、深みのある音色ですので大将の心に沁みまして、琵琶をお取り寄せになり、たいそうなつかしい音色で想夫恋をお弾きになります。 「ご心中を忖度申すようで恐縮でございますが、この曲につきお返事をいただけましたら」 と、しきりに御簾の内にご催促申し上げるのですが、宮にはうっかりお返事がおできにならない曲目ですので、ただしみじみと物を思い続けていらっしゃいます。すると大将が、 「ことに出でて 言はぬも言ふにまさるとは 人に恥ぢたる けしきをぞ見る (言葉にしておっしゃらないとは、言うにまさる深い思いでいらっしゃるということでございましょうね。私にはあなたさまの恥じらいのご様子で、ちゃんとわかっております)」 と仰せになりましたので、終わりの節を少しばかりお弾きになって、 「深き夜の あはればかりは聞き分けど 琴よりがほに えやは言ひける (深き夜に聞く想夫恋の風情だけは聞き分けることができますけれど、それ以上の事を申してはおりませんわ)」 とお返事なさいます。 和琴は大まかな音色が特徴なのですが、昔の人が心を込めて弾き伝えたものは、同じ調べのものであってもすごみがあります。宮が少しばかり弾き鳴らしてお止めになったことを残念に思うのですが、 「物好きにも、あれこれ弾き出しましてみっともないところをお目にかけてしまいました。秋の夜更かしをいたしますと亡き衛門督に咎められましょうから、御いとまをさせていただきます。また改めて失礼のないよう御伺いいたしとう存じますが、それまでこの御琴どもの調子を変えずにお待ちいただけましょうか。引き違えることもある世の中でございますので、気がかりでございまして」 と、はっきりとではなく、心の内をほのめかしたつもりになって退出なさいます。
August 9, 2016
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