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「男も女も、品性や教養のない者ほど底の浅い知識をひけらかそうとして、みっともないですね。とはいえ、女が三史五経の奥義を究めようとすることも、可愛げがないというものです。もちろん女だからといって、世にある公事私事につけても全く分からず理解できないということはありませんよ。殊更漢学を勉強してはいなくても、才気のある女には自然目にもとまり耳にも入る機会が多いことでしょう。しかし見聞きしたままに漢字を走り書きし、女文にまで漢字を使い、文を短くしてあるのは嫌なものですね。どうしてもっとしとやかに書けないものかと思います。書く方にしてみれば、そんなつもりはないのでしょうけれど、読む時は自然にごつごつした声になって、わざとらしく聞こえるのですよ。そんな文は、貴婦人の中にも案外多いのです。ひとかどの歌詠みと自負している女が、歌にこだわるままに由緒ある古歌を取り込んで、こちらが忙しい折々に詠みかけてくることほど、興ざめなことはありませんね。返歌をしなければ失礼でしょうし、返事ができなければ、これまた体裁が悪い。たとえば五月の節会などで、急いで参内しなくてはいけない朝に、菖蒲の根に引っかけた歌を詠んで来たり、あるいは重陽の宴に作る詩を考えて余裕のない折に、菊の露に託した歌を寄せてくる身勝手な女がいますがね。後日ゆっくり読んで見ると面白くも情趣もあるのですが、そんな時は忙しさにまぎれて目には留まらないものです。こちらの都合などお構いなしで歌を詠みかけてくる女などは、なまじっか詠まぬよりも反って気が利かないように見えますね。
January 31, 2010
すると女は、私の後ろから即座に、『逢ふことの 夜をし隔てぬ中ならば ひるまも何か まばゆからまし』(夜を隔てないほど毎晩親しんでいる仲であるならば、昼間にお会いしても恥ずかしいことなどどうしてありましょうか。けれど私たちは、毎夜逢うわけではないのですから、昼間のまぶしさが恥ずかしくて、とてもお逢いできないのです) と、まあ、さすがに賢女だけありまして、返歌は早うございました」 藤式部が落ち着きはらって申しますので、貴公子たちはあきれて『うそだろう』とお笑いになります。「そんな女がいるものか。おとなしく鬼と差し向かいでいたのであろう。気味が悪い」 爪弾きをして、藤式部をばかにしたり冷やかしたりします。「もう少し適当な話はないものか」とせがまれるのですが、藤式部は、「これ以上珍しい話は、ございましょうか」 と、相手にしないのです。
January 31, 2010
私は何と応えたらいいものか分からず、ただ、『承りました』 とだけ言いまして、立ち出でようとしますと、女は何やら物足りなく思ったのでしょうか、『この臭気が失せた頃に、お立ち寄りください』 と、かん高い声で言いますので聞き過ごすのも気の毒ですし、さりとてそこでしばらく休息するのもまたどうかと思いました。なるほどにんにくの匂いが女の周辺からぷんぷんしてきますので、私は逃げ出す算段をしまして、『ささがにの ふるまひしるき 夕暮れに ひるますぐせと 言ふがあやなさ(私が夕暮れに来ることを知っていながら、昼を過ぎた頃に来いとおっしゃるなんて、理不尽ではありませんか。昼間に蒜・にんにくを掛けている。) 一体、どういう口実なのでしょうか』 と、言い終わらぬうちに、さっさと逃げ出してきたのです。
January 30, 2010
「それはそれは、ずいぶん面白い女ですね」 と、頭中将がおだてなさいますのを藤式部は十分承知しているのですが、小鼻をひくひくさせながら、どうしても話さずにはいられません。「さて、私がしばらく訪問しないでおりまして、もののついでに立ち寄ってみますと、いつもの打ち解けた様子でなく、几帳を隔てての対面なのです。さては焼き餅を焼いているのかと可笑しくもありますし、また別れるには良い機会だとも思ったのでございますが、この賢しい女が、軽々しい嫉妬をするとも思えませんのです。男女の仲についてはちゃんと納得しておりましたから、私を怨むこともなかったのです。それに声も早口で、『この数カ月風病を患いしが、その重きは耐え難く、にんにくを服用いたしましたれば、その臭気甚だしきにより、対面を頂戴できませぬ。直接の対面ならずとも、さるべき雑用などは承りましょう』 と、たいそう漢語調で言うのです。
January 30, 2010
私はなかなか女に打ち解けることができませんでしたが、親心を慮ってその女と関係を続けておりました。女は私をたいそう大切に思い後見をしてくれまして、寝ざめの語らいにも私の身に知恵が付くような、また、公の仕事についての道理までも教えてくれました。 女の身でありながら、消息文でさえ仮名というものを交えず、漢字だけで書くものですから、私は自然に女との縁を切り難くなりまして、女を師として、わずかばかりの拙い文章を習いましてございます。今でもその恩は忘れておりませんが、慣れ親しむべき妻女として頼りにするには、無学の私を女がどのように見ているかと思うと、恥ずかしく感じたのでございます。 ましてお二方のような貴公子には、手強くしたたかな御後見など、何の必要がございましょう。 その女を『可愛げがなく、つまらない女だ』と残念に思いながらも、私の心に添い、また前世からの宿縁があるようにも思い、別れずにおりました。男という者は、どうも他愛のないものでございます」 と、話を終えようとしますので、続きを催促なさいます。
January 29, 2010
「藤式部の所にこそ、面白い話があるのではないか。少し話してごらん」 頭中将がねだります。「下の下の階級の話など、お聞きになる価値がございましょうか」 と、式部は言うのですが、頭中将の君が、「さあ、早く」 とお責めになりますので、『何をお話し申し上げようか』と、思いめぐらしています。「私がまだ文章(もんじょう)の学生(がくしょう)だったころの、賢い女の例をお話しいたしましょう。その女は馬の頭が申し上げましたような女で、公事の相談から私事の俗事まで何事も思慮深く、学問の程度に至りましては生半可な博士も恥じるほどで、すべて相手に口を開かせることがございませんでした。 それというのが、私が漢学の勉強のために、ある博士のもとへ通っていた時のことでございます。その博士には娘が多くいると聞きましたので、ちょっとした機会に女に言い寄ったのです。それを親が聞きつけ、婚儀の盃を持って出てきまして、『我が両途を歌うを聴け』 と、白氏文集で祝ってくれましたのです。
January 29, 2010
そうなりますと、あの『噛みつき女』というものは、実直な故に思い出すことが多く忘れがたいのですが、妻として見るにはどうも煩わしい、下手すると飽き飽きするということもあるのではないでしょうか。琴の音が良かったとかいう才気走った『じゃれつき女』は、浮気なところが許し難いですね。この『嫉妬しない女』にしましても、他に男がいて示し合わせて失踪したのではないかといった疑いもありますし、頼りになるべき女というものはなかなか思い定まるものではありませんな。しかし男女の仲というものは、ただもうそんなものかもしれませんね。それぞれに違いがあって、比べるのは難しいものです。この長所だけを身に備えて、短所のない人などいるはずがありませんね。とはいえ、吉祥天女に思いを掛けるなど、抹香くさくなってこれもまたつまらないものでしょうしね」 と言っては、皆で笑うのでした。
January 28, 2010
まだ生きているなら、心もとない身の上で世の中にさすらっているのではないでしょうか。私もあれほど愛しく思っていたのですから、煩わしいほど付きまとう素振りが見えたなら、行方知れずにはしなかったでしょうし、このように放っておかず長く面倒を見たでしょうに。あの撫子は可愛らしかったものですから、私は何とかして探し出したいものと思っておりましたが、今でも消息が分からないのです。 これこそさっきの『言うべき恨みごとも黙って堪え、表面では平静を装っていて、人知れず隠れてしまうような女』の例ではありませんか。 女は内心で私の事を『薄情な男よ』と思いながら平気な顔をしているものだから、私はその本心を知らずに益のない片思いをしていたことになりますよ。 今私はようやくあの女のことを忘れることができるようになりましたけれども、あの女は私を思いきることができずに、胸を焦がす夕べもあろうかと思われるのです。この女はある意味で、『長持ちしそうもなく、頼りがいのない女』の例といえるかもしれませんね。
January 28, 2010
帚木の巻に来てやっと、物語らしくなってきました。源氏物語は冗長で、しかも「~でないことはない」といった反語的言い回しが多く出てきますし、語尾をぼかして意思をはっきり主張していませんし、何よりも「主語」が明確にされていないので、誰の言葉なのかを読み取らなくては、お話の辻褄が合わなくなってしまいます。冗長な部分はある程度まとめ、原文の持つやんわりとした雰囲気も壊さず、しかも現代人にも面白さが分かるように、くどさが出ないよう自然な形に補うことが当面の私の課題です。 私の手元にあるのは、岩波書店刊行・日本古典文学大系・源氏物語(校注者 山岸徳平昭和48年第18刷)と、同書店・新日本古典文学大系・源氏物語(校注者 柳井滋ほか 1993年第1刷)で、前者は主語のほかに、細かく注釈が施されていて分かりやすいのですが、直訳が多いため、そのままでは「物語」としての面白みが伝わりにくく、後者は注釈が少ないので不親切なように思いましたが、新しい解釈などが加えられていてとても参考になり、この二冊を原文としています。 ところで以前にも書きましたが、私にとって重要なのが「古語辞典」です。三省堂や岩波のほかに小学館の古語大辞典も購入したのですが、やはり中学のころから使い慣れた三省堂ばかりを多用してしまいます。 手になじんで引きやすいことのほかに、用語のほとんどが源氏物語から引用されているからなのですが、しかしそれでは訳した文章のほとんどが、今まで使われてきたと同じ言葉の羅列になってしまい、新鮮味はもちろん、面白味のない翻訳文になってしまいます。私は、「物語」としての面白さを第一に考え、分かりやすく、辻褄が合い、意味が通じるように訳したいと思っているのですが、ともすると「私訳」ばかりが前面に出た「勝手な創作」になってしまう恐れがあって、このあたりにも二律背反した難しさを感じています。それはともかく、読んでくださる皆さまが、単純に「面白いお話」として楽しんでいただけるように心がけ、私自身も楽しみながら訳していきたいとおもっておりますので、これからもどうぞよろしくお付き合いくださいませ。また、今のところ掲示板や日記への書き込み設定をしておりませんので、ご意見・ご感想などがございましたら、お気軽にメッセージでお寄せくださいますようお願い申し上げます。
January 27, 2010
咲きまじる 色はいづれと わかねども 猶常夏に しくものぞなき(撫子と常夏がうつくしく咲き混じっていて、どの色が勝っているか区別が付きかねますが、やはり私には、常夏であるあなたさまに勝るものはなく思われますよ。常夏は撫子の別名) 撫でし子の方はさておいて、先ずは母親の心を宥めたのです。女は、『うちはらふ 袖も露けき とこなつに あらし吹きそふ 秋も来にけり』(塵を払う袖までが、涙で露っぽくなっております。塵を払う床の私・常夏は、嵐が吹く秋が来たように、あなたさまに飽きられたのでしょうか) と、はかなげに言いましても、本心から私を怨む様子でもなく、涙してもたいそう恥ずかしげに慎ましく隠しているのです。私の薄情さを知っていても、それを私に気づかれるのを見苦しいことと思っていたようで、それでこちらも気が楽になってまた途絶えがちになりましたところ、その後かき消えたようにいなくなってしまったのです。
January 27, 2010
こんな風に女はおっとりと構えているものですから私も安心して、久しく訪問しなかったのです。ところが後で分かったことですが、私の北の方の辺りから、この女へひどい嫌がらせを言わせたらしいのですよ。私は女のことを忘れてはいなかったのですが、そんな辛い事があったとも知らず、長い間消息文も出さなかったものですから、その間に女はひどく気落ちして、私を頼りなく思ったようです。幼い子供までありましたから、心細かったのでしょう。思い悩んだ末に、撫子の花を私によこしたのです」 と、涙ぐむのでした。「それで、その文には何と書いてあったのですか」 源氏の君がお尋ねになりますと、「いえその、特に披露するほどの内容ではありませんが、歌はこんなでした。山がつの 垣ほ荒るとも をりをりに あはれかけよ なでしこの露(山に住む卑しい私どもの垣根が荒れるとしても、折につけて撫でた子の上に愛情の滴を掛けてくださいまし)それで女のもとを訪ねてまいりましたところ、いつものようにわだかまりのない態度ではあるのですが、たいそう思い悩んだ表情で、荒れた家の露景色を眺めては虫の音に競うように泣く様子が、いかにも昔物語のようだと思ったものです。
January 26, 2010
「私は、愚か者の話をしましょう」 今度は、頭中将が話し始めました。「私がたいそう忍んで逢い始めた人がいましてね。そのまま関係を続けていけそうな雰囲気でしたが、私は特に長く続けたいとは思っていませんでした。それでも慣れ親しんでいきますと可愛いいと思う気持ちが強くなりまして、忘れぬ程度に通っていたのですよ。 それくらいの仲になりますと、どうやら子どもができたようで、私を頼りにしている様子が見えてきたのです。 たまにしか訪れない私を頼りにするには、恨めしいと思うこともあるだろうと察せられたのですが、女は気にしないそぶりで、私を冷たい男とも考えていないようなのです。それでもやはり朝に夕に、女の身の処し方で何かと分かるものですから、こちらとしては心苦しく、私を頼りにするようにと言って聞かせるようになりました。親もなくたいそう心細げなので、折に触れ私を生涯の夫として頼りに思っている様子が愛しかったのです。
January 26, 2010
『噛みつき女』は誠実ですが嫉妬深く、『じゃれつき女』は不誠実な浮気者で、この二人を思い比べますと、若い頃の未熟な私でさえ、女が度を超えた態度であるのは見苦しく、頼りにならないと思えたのです。ましてや今後は以前よりももっとそう思うことでしょう。お若いお二方もその時々のお心のままに、折らば落ちぬべき萩の露、拾わば消えなん玉笹の上の霰のように、あだめいて危なっかしい浮気を、面白くお思いになることでしょう。しかし今はそうでありましても、七年ほど後になりましたらきっと思い知ることでございましょう。私の卑しい諫めをお思い出しくだすって、好色で人に靡きやすい女にはお気をつけなさいませ。そんな女は過ちを犯して、相手の男の評判を落とすことになるものです」 と、二人の貴公子を誡めます。 頭中将は例のごとく頷き、源氏の君は少し微笑んで『そういうものだな』と思っていらっしゃるようです。「いずれにせよ、みっともなく不体裁な身の上話ですね」 皆はこれを聞いて、どっと笑いました。
January 25, 2010
女も女でたいそうな作り声をしまして、『木がらしに 吹きあはすめる 笛に音を ひきとゞむべき 言の葉ぞなき』(私の琴など木枯らしの音のようですもの。あなたさまの笛の音を引きとどめるような言の葉など、私にはとてもございませんわ) と、じゃれつく様子をこちらが憎く思いながら見ているのも知らずに、女はさらに筝の琴を盤渉調(ばんしきちょう)に調えて、派手に弾き出したのです。その爪音には才覚がないわけではありませんが、照れくさくて私はとても聞いてはいられませんでしたよ。 親しく言葉を交わす程度の宮仕えの女がやけに婀娜っぽくふざけるのは、それはそれで楽しくもありましょう。しかし『じゃれつき女』に逢うのは時々にしても、北の方とするにはあまりに頼りなく度が過ぎているように思われまして、その夜の事を口実に、関係を絶ったのでございます。
January 25, 2010
律(りち)の調べというものは、女の手で物やわらかに掻き鳴らして、簾の内から聞こえてくるのも今風ですが、清く澄んだ月や菊の花、紅葉などとうまく調和するものですね。 男は女の和琴の音をいたく褒め、簾の近くまで歩み寄り、『あなたさまの庭の紅葉には、まだ人が踏みわけて来た足跡もありませんな』 など、女をからかうのですよ。菊を折って女にさし出し、『琴の音も 月もえならぬ 宿ながら つれなき人を ひきやとめける 失礼でしたでしょうか』(あなたさまの和琴の音も月の様子も、何とも言えぬ風情のある宿であるのに、つれない人を引きとめてはいないようですね) と言って、『もう一曲所望したいですな。あなたさまの和琴を聞いて褒めはやす人がいる時は、曲の出し惜しみをなさいますな』 などと、女に戯れかかるのです。
January 24, 2010
神無月のころでしたか風情のある月の夜、私が内裏から下がりましたところ一人の天上人と来合わせました。私の車に一緒に乗りましたものですから、このまま女の所に行くのも具合が悪いので、大納言の家に参りまして泊まろうとしますと、この人が、「今夜は私の訪問を待つ所があるので、行かないと、どうも心苦しいのだが」 と、私にそこまで乗せてほしいと頼むのです。 この人の女の家も大納言邸への道筋にございましてね。荒れた築地の崩れから池の水や月影が見えまして、月さえも宿る住処があるのだと思いますと、さすがに私も同乗した天上人の後からそっと降りたのでございます。初めから女と申し合わせしていたのでしょうか、この男はたいそう落ち着かぬ様子で、門に近い廊の縁に腰を掛けてしばらく月を見ているのです。菊に霜が降りて風情ありげに色がうつろい、秋の風が吹くと紅葉が乱れ落ち、それは本当に心に染みる風景でした。 男は懐から笛を取り出して吹き鳴らし、『影もよし』と笛の合間に謡う程に、女はすでに律に調子を調えてあったようで、良く響く和琴を笛にうまく合わせて掻き鳴らす様子も、悪くはないのでございます。
January 24, 2010
さて、また別の女の話ですが、『噛みつき女』と同じころ私が通っておりました所は、家柄はもちろん人柄も『噛みつき女』に勝り、まことに奥ゆかしく感じられる女でした。歌を詠みましても、文を走り書きしましても、琴をかき鳴らす爪音などにも、皆危なげがないと私には感じられたのでございます。 器量も申し分なくございましたから、『噛みつき女』は気楽な妻としておき、時々隠れてこの女に通いましたが、当時は夢中になっておりました。 『噛みつき女』が亡くなりました後、どうしたものか可哀想とは思いながらも死んだものはどうしようもなく、しばしばこの女の所に通うようになったのです。そうして通い慣れていくうちに、女は多少派手好みであだめき、浮気性であることが分かりました。それが私にはどうも気に入らず、妻としても頼りにならないものですから、途切れがちに姿を見せるようになりましたのですが、忍んでその女に心を通わせる男があるようだったのでございます。
January 23, 2010
あんな事があった後でもこうですから、私のことを見離すことはなかろうと思いまして、復縁の話などをしてみたのですが、女は私を拒否するでもなくまた姿を隠すでもなく、私が恥をかかない程度には応じながらも、『あなたさまの浮気心が依然変わらないのでしたら、私は我慢できそうにありません。浮気癖を改めて穏やかな心になるのでしたら、一緒になることができましょう』 など言っておりました。 そうは言っても私から離れることはできまい、と高を括っておりましたので、しばらく女を懲らしめてやろうと、『わかった。回心しよう』とも言わず、意地を張って見せた間に、女はたいそう思い嘆きまして儚く死んでしまったのです。 私は、うっかり冗談も言えないと思ったものでございます。
January 23, 2010
女の家では灯火をほの暗くし、大きな伏籠には柔らかな綿入れの衣が掛けてあって、香を焚きしめていますし、几帳の裾などはまくりあげてあって、まるで今夜私が来ることを待っているような様子なのです。 私は『やはり思った通りだ』と、得意になったのですが当人が見当たらず、女房たちがいるばかりで、『奥方様は今夜、親御様の家に行ってしまわれました』 と、こたえます。 あの噛みつき事件以来、艶のある歌も詠みませんし、様子ありげな文もよこしませんで、家にこもったきりだったものですから、こちらも処置なしでして、ひょっとすると口やかましく焼き餅焼きだったことも、わざと女を嫌うように仕向けたのではないか、とさえ思ったものです。 しかしこうして、色合いも仕立ても常以上の暖かな衣が、こちらの思い通りに用意されてありまして、あんな喧嘩別れの後でも私の事を思い、ちゃんと後見をしてくれていたことがよく分かったのです。
January 22, 2010
女はさすがに泣き出しまして、『うきふしを 心ひとつに数へきて こや君が手をわかるべきをり(あなたさまの数々の浮気心を、私の心ひとつに納めて、今まで我慢してきました。それをたったこれだけの事で、別れなくてはならないのでしょうか) と、言い争ったのでございます。本当は二人の仲が納まるとは思っていませんでしたが、消息文も出さないまま日が経ち、私は浮かれ歩いておりました。霜月でしたか、ちょうど賀茂神社の舞楽の稽古で遅くなった夜でした。たいそう霙が降る夜でして、皆はそれぞれに帰るところがあるのですが、考えて見ますと私には自宅と思えるところがあの女以外にないのですよ。 内裏の宿直所で一人寝るのも興ざめであろうし、気取った女の所では寒々しくはなかろうかと思い、それであの女はどうしているだろうかと、女の様子を見がてら、雪を払いながら行ってみることにしました。どことなくばつが悪くはありましたが、こんな雪の夜の訪問ですから、日ごろの女の恨みも解けるだろうと思ったのです。
January 22, 2010
すると女は笑って、『あなたさまが万事につけ見栄えせず身分の低かった頃から、私はずっとお世話してまいりました。それはいつかきっと、人並みに出世なさる日が来るだろうと思ったからです。まあ、それはずっと先のことと思っていましたから、不満にも思いませんでした。それより、あなたさまの冷淡なお心を耐え忍び、いつかは浮気心を入れ換える日が来るかと、あてにならない期待で年月を重ねることのほうが、もっと苦痛でした。これはお互いに、別れるべきいい機会ですわ』 と、悔しそうに言うものですから私も腹が立ちまして、さんざん憎まれ口を言いつのってやりました。女も自分の気持ちを納めることができない性格ですから、私の指を一本引き寄せて噛みついたのです。 私は大袈裟に痛がって、『官位が低いと侮辱された上に、指にはこのような傷まで付けられて、ますます世間に顔向けできなくなったではないか。もう出家するしか生きてはいけぬ』 など言い、脅してやりました。『さらば、今日こそは最後だ』 と、痛そうにこの指を折り曲げて、女の家を出たのです。『手を折りて あひ見しことを 数ふれば これひとつやは 君がうきふし自業自得ですよ』(二人の逢瀬を指折り数えてみたならば、あなたの欠点は会った数ほど多くあって、指を噛んだ嫉妬だけではありませんね)
January 21, 2010
そこで私は、『このように私を慕い、卑屈なまでにおどおどしている女だから、一つ懲り懲りするほどの事をして脅してやれば、嫉妬心や口やかましさも少しは止むだろう』 と思ったのです。『あなたの嫉妬にはとても耐えられない。このままだときっと縁も絶えてしまうだろう』という素振りをするなら、あれだけ従う女でもあることだし、きっと懲りるだろうと思いまして、女にはことさら冷たい態度を見せました。女はいつものように腹を立てましたので、『あなたがこのように強情であるなら、夫婦としての契りがいかに深くとも、もう決して逢いますまい。これで終わりだと思うなら、こんな無茶な疑いでもしていなさい。末永く夫婦として暮らしたいと思うなら、辛い事があったとしても耐え忍び、心穏やかになることです。疑心を納めてくれてこそ、私はあなたを可愛いと思うのですよ。私が人並みに出世し一人前になった時、あなただって並ぶ人のない正妻となるのですからね』 などと、我ながらうまい事を言ったものだと思っていました。
January 21, 2010
それはまるで法師が世の理を説教するようで可笑しくもあるのですが、一方ではそれぞれが持つ恋の秘密を話さないわけにはいかないようです。「ずいぶん昔の事です。私の官位がまだ低かったころ、可愛いと思う女がおりました。先に申しましたように、容貌などがうつくしくはありませんでしたから、若い好色の心には、この人を妻にしようなどとは思っていませんでした。それにどうも物足りなくて、別の女の所に通いました所、たいそう嫉妬しましてね。それが私には気に入りませんで、もっとおっとりとしていてくれたらと思いながら煩わしく、それでも私のような者をどうしてそこまで深く思うのであろうと、気の毒に思うこともありまして、自然に浮気心を鎮められるようになったのです。 この女の態度というものは、もともと出来そうもないことでも、夫のためには何とか手段を工夫し、他の人より劣った所は夫から失望されないようにと、何かにつけて誠実に私の後見をし、私の心に違わぬことはないほどでした。最初は気の強い女だと思っていたのですが、しだいに私に靡き従うようになりまして、嫌われないように気を使って化粧をし、自分の醜い容貌のために夫が疎まれぬよう恥じ隠れ、いつも気遣いする女でした。心持も悪くはありませんでしたけれども、嫉妬心だけはどうにも我慢ならなかったのです。
January 20, 2010
文字を書きますにも同様で、深みがなくあちらこちらに筆を走らせて書き、何となく気取っているのは、才気走っているように見えるものです。本物の流儀を細やかに習得している書き方は、外見上筆力が失せているように見えますけれども、今一度比べてよく見ますと、真実に基づいた書き方のほうに心が惹かれるものです。 ちょっとした絵や文字でさえこうなのですから、まして人の心がその時々で顔に出るような見せかけの情愛など頼りにはできますまい。 好き好きしいようですが、私の体験をお話しいたしましょう」と言いながら、膝を進めて近寄りますので、源氏の君も目をお覚ましになります。 頭中将は左馬頭の言います事にひどく感服して、頬杖をついて向かいあっていらっしゃいます。
January 20, 2010
「世の中の色々な事にたとえてお考えくださるとよろしいでしょう。たとえば、指物師はさまざまな物を思いのままに作り出しますが、その場限りの遊び道具としてちょっと変わった、洒落たものを作ったとします。『なるほど、気の利いたものを作るものだ』と、時に応じた面白さに、目を奪われることもあるでしょう。しかし大切な事は、装飾品にするほど整った調度品を、一定の様式の中で難なく作り出せるのは、やはり本当の名人であって、その様子は他と異なり区別して見られるという事です。 また、内裏の絵所には名人が多いのですが、たくさんの下絵を次々に見たとしても、その優劣がすぐには分からないものです。けれども人が見たこともない蓬莱山や荒海で暴れる魚の姿、唐国の猛獣の形、目に見えぬ鬼の顔などをいかにも恐ろしく描きます。それが実際のものとは似ていないにしても、これは絵師が心にまかせて人の目を驚かせようと描いたものであり、それはそれとして納得できるものです。 世にありふれた山のたたずまい、水の流れ、普段見慣れている住まいの有様などがそのまま描かれ、なつかしくやさしい景色などをとけ込ませ、なだらかな山をいかにも深山のように描き、身近な垣根の中さえも、名人はたいそう巧みに描きます。しかしこのような場合、平凡な絵師はとても名人に及びません。
January 19, 2010
頭中将は頷いて、言いました。「たとえば今ここに、可愛いとも愛しいとも思い、気に入っている人がいるとして、その人がどうも疑わしいと思う点があるとしたら、それこそ重大ではないでしょうか。自分には過ちがなくて相手の過ちを許すなら、相手を直すこともできようと思うのですが、そうはいかないものでしょうか。まあとにかく、そんな疑惑があったとしても、穏やかに耐え忍ぶより外に、良策はなさそうですね」 頭中将の妹の姫君は源氏の君の北の方で、お説の通りの夫婦関係なのですが、御当人は居眠りしていて何もおっしゃいません。頭中将は、物足りなくじれったく思います。 馬の頭は品定めの博士になって、ペラペラと饒舌でした。頭中将は馬の頭の言い分を聞きたいと、熱心に相槌を打っていらっしゃいます。
January 18, 2010
心移りする女が他にあったとしても、見染めたころの愛情を忘れず、愛おしく思い、その『縁』を拠り所とすべきですのに、出家騒動など起こすものだから、せっかくの縁も絶えてしまうのです。女は万事にわたり穏やかに、嫉妬もほのめかす程度でそれとなく、可愛らしく話せば、夫の愛情も増すというものです。男の心というものは、女の出方しだいで収まるのですね。あまり無関心なのは心安く、可愛らしいように思えますが、そのうち自然に、男から軽々しく思われるでしょう。それこそ『つながぬ舟は浮かれる』という例にもある通りです。そうではありませんか?」
January 17, 2010
こらえてはみても一度涙がこぼれてしまいますと、後は堰を切ったように我慢できなくなり、出家を後悔することも多くなります。これでは仏様も『帰依していながら、反って卑しいではないか』と御覧になるでしょう。世俗の濁りに染まっているときよりも、生半可に出家するほうが却って悪道にさまようと思いますね。夫婦となったからには、前世の因縁は浅くないものです。もし尼になる前に探し出したとしても、出家騒動を思い出しては恨めしい気持ちになることでしょう。良くも悪しくもお互いに連れ添い、どんなことがあっても寛大に許し合う仲であってこそ、契り深く愛情のある夫婦といえるでしょう。しかし一騒ぎあった後では、女も男も不安で気が置けるものですよ。 世間並みのちょっとした心移りであっても恨みに思い、それをすぐ顔に出し出家しようとするのもまた、馬鹿げた事ですね。
January 16, 2010
周囲の女房から『思慮が深い』などとおだてられて、その気になると、やがて尼にまでなってしまいます。出家を思い立った時にはたいそう心が澄んだような気になり、還俗するような気も起りません。ところが、見知った人が、「まあまあ、出家とは何と悲しいことでしょう。このような尼姿になろうとは、またよくも決心なされたものですわね」などと慰問し、そのついでに、男が女の出家を聞きつけて涙したという話をすると、女のそばに仕える人や古い女房達も、「男君の御心ざしは深かったものを、あたら尼になどおなりになって」 など言いますので、女は思わず額髪をかき探り、短く切ってしまった軽率さにべそをかくことになるのです。
January 16, 2010
「こうなればもう、女の品も見目形も、どうこう言いますまい。ひどいひねくれ者という評判さえなければ、実直で落ち着いた性質であることを頼みとして北の方を決めるべきではないでしょうか。余分の教養や心遣いが具わっていれば儲けもの、それを喜びに思い、少し劣った点があっても無理に身につけさせることはしますまい。安心し、ゆったりとした気持ちでいてこそ、見た目の風情は自然に具わるものではないでしょうか。 思わせぶりに恥じらい、言うべき恨みごとも黙って堪え、表面では平静を装っていても、胸一つに思いあまった時には、ぞっとするような言葉の和歌を詠み置き、思い出深い形見の品を後に残して、深い山里や世離れた海辺などに人知れず隠れてしまうような女がいますがね。 私が子どもだったころ、女房などが物語で読んでいますのを聞きまして、そんな女を『何と哀れで悲しく、思慮深いことよ』と、涙さえ落としたものでした。 しかし今ではそんな女のやり口はたいそう軽率で、わざとらしい事だと思いますね。 辛い事があったとしても、心ざし深いであろう男を捨て置いて、人の気も考えず逃げ隠れし、気持ちを混乱させて『本心を見よう』とするうちに一生の後悔となるなんて、全く馬鹿げた事ですよ。
January 15, 2010
ただひたすら子どもっぽく従順な女であれば、男が補ったり直したりしながら仕上げていくでしょうから、直し甲斐があるというものです。差し向かいで見ている間は、頼りなくても『可愛らしい』ということで大目に見るでしょうが、離れた所から必要なことを妻に伝える時や、趣味のことでも実用事でも、その時々に女がしなくてはならない仕事を自分で考えて判断せず、思慮が浅いようではとても口惜しく、そんな欠点があればやはり困りものです。いつもは少しよそよそしく愛想のない女であっても、折節に付けて人前で引き立つこともありますね」などと、何でも知っているようなもの言いをする左馬頭なのですが、判定はしかねてため息をつきました。
January 15, 2010
『もの優しく女らしい』と見える女は情愛に流されやすく、こちらが下手に出ると軽く見て、浮気めくのです。これが女の第一の欠点ですね。北の方としてなすべき事の中で、いい加減であってならないのは夫の世話ですが、それだけならば、物事の情趣を感じ取り、ちょっとした折に気のきいた歌などを詠むような洒落た趣味などなくてもよかろう、と思えるものです。しかし、なり振り構わぬ地味な世話女房になりきって、夫の世話だけにかまける愛らしさのない女も、どうかと思いますね。 朝廷に出仕するにつけても、公事・私事での人間関係や、よい事・悪い事など目にし、耳にとまる事々を、親しくもない他人にわざわざ話したりはしないでしょう。身近にいて気心が知れている妻にこそ、話して聞かせたらどんなだろうと思い、自然に微笑まれたり、涙ぐまれたりするものです。仕事の上では腹立たしく、自分の心一つに納めておけないことが多いものですが、それを理解しない妻には話す気にもなりません。そうなれば夫のほうも自ずと背を向けることになり、つい一人で思い出し笑いなどしてしまいます。「ああ」と、独り言を言ったりしているとき、『何でしょう』 などと、阿呆面してこちらを見上げなどされてごらんなさい。拍子抜けするではありませんか。
January 14, 2010
こちらの思いに叶わずとも、逢い始めの因縁だけを捨てられず、ずるずると関係を続ける男は何となく誠実に見えますし、また相手の女も世人からは『さぞ奥ゆかしかろう』と想像されるでしょうが、私から見れば、ちっとも素晴らしくなんかありませんね。世の中の色々な夫婦関係を見ていますと、どうも驚くほどの奥ゆかしさを感じさせる女というものがいないのですよ。選択できる範囲が広い私どもでさえ、少なく感じるのですから、ましてお二方のように高貴なご身分からのご選択では、ご希望に叶うような女人が、どれほどいらっしゃることでしょう。 女は容貌が小奇麗で若々しいうちは、めいめいが『塵も付けまい』といった態度で、文を書けばどうとでも受け取れる言葉を選び、ほのかな墨つきは思わせぶりですから、ついこちらもじれったくなるではありませんか。訪問すれば、『はっきりと女の顔を見たいものよ』と思うのですが、ここでまた術なく男を待たせるのですよ。かすかな声を聞く程度に近寄ってはみるのですが、息の下に引き入れたような声で言葉少なに物を言う……。つまりこれが、女の欠点を隠すことになるのですね。
January 14, 2010
天下国家のことはともあれ、狭い家の中の主婦とするべき北の方を考える時、欠けてはいけない大事なことが、どうも多いのです。それぞれに一長一短があって、平凡であってもそれをまあ、それを大目に見ることのできる人が少ないのですよ。『好き好きしい心の勢いで、あまたの女人を比べてみたい』という、選り好みではありませんが、男は『一途に思い定める妻』を求めて、同じことならこちらが手を尽して性格を直したり取り繕ったりするところがなく、初めからこちらの気に入るようにもあらぬものかと、そうしてあまたの女を選び始めてしまうのですから、正妻というものは定まり難いものです。
January 13, 2010
源氏の君は『いやもう、上の品と思えるような女さえ、見付けるのが難しい世の中だ』と、お思いでいらっしゃいます。白のやわらかな単衣の上に直衣だけをしどけなくお召しになり、物に寄り添っていらっしゃるお姿はたいそううつくしく、女に仕立てて拝見したいと思うほどです。源氏の君の御ためには、上の上の女の中から選び出しても、まだ不足に見えたてまつるのです。左馬頭は、さまざまな人の事を話し続けます。「単に世の中の女として見るには欠点がないとしても、自分の妻として頼りにできる女を選ぼうとすると、多くの中から『この人を』と決めることは、どうも難しいものです。男にしても朝廷に仕え、しっかりした国家の固めとなるべきではありますが、本当にその度量のある人物を選ぶとなると、これもまた難しいでしょうね。しかしたとえ賢いといっても、その一人や二人で世の中の政治を執り行うことはできませんから、上の人は下の人に助けられ、下は上に従うことで多岐にわたり広く委ねられて行きましょう。
January 12, 2010
世の人に知られることもなく、侘しく荒れた家の中に、思いがけず可憐な女が閉じこもっているのこそ、この上なく新鮮ではないでしょうか。『どうしてまた、こんな家の娘がこんなところに』と、外から想像するのと違っているなんて、意外で心が引かれるではありませんか。 また、年老いた父親は不格好に肥りすぎ、兄のほうも醜い顔をしているのだから、女だって同じようなものだろうと想像する家の奥に、たいそう気位が高く、ちょっとした芸事も由緒ありげに見えたなら、それがほんのわずかな才能であったとしても、意外に心が惹かれるものではありませんか。そんな女は正妻にはなりえないにせよ、捨てがたいものですね」 と、藤式部の丞を見やると、式部は、『我が妹たちの高い評判を思っての事』とでも思っているのでしょうか、黙っているのです。
January 12, 2010
などといいますので、源氏の君が、「なるほど。受領のように豊かな女に近づくのが良い、というわけですね」 と、笑っておっしゃいます。 すると今度は義理の兄君でいらっしゃる頭中将が、「おやおや、あなたらしからぬ事をおおせになる」 と、ふくれっ面をなさいます。「家柄も世間からのおぼえもどちらも揃った高貴な家柄に生まれた女で、親の育て方が悪く、態度の劣る女は、言うに及びませんね。一体どうしてこんなふうに育ったものやらと、言う甲斐もなく思われます。 家柄と世評のどちらも揃っていて、その上女の人柄も勝れているというのは、当たり前というものでしょう。勝れていて当然と思いますから、別に驚きはしません。もっとも上の上の階級については、私などが話題にするようなことではありませんから、ひとまず置いておくことにしましょう。
January 11, 2010
芸道や風流に長けており、また筋の通った話をなさいますので、頭中将は『よくぞ』とばかりに迎え入れ、みんなで女の品々について議論することになりましたが、よく聞くと、たいそう不愉快な内容ばかりなのです。「なり上がり者はもともと高い家柄ではなかったのですから、世間からの思われようだって、その官位にふさわしい家筋の者とはやはり違いましょう。また、もとは高貴な家柄であっても世渡りする手段を持たず、時世の移ろいとともに落ちぶれてしまうと、いくら気位が高くても暮らしには事欠くことがあるでしょうから、どちらも中の品にこそ置くべきですね。 地方の国々で働く受領としての階級にもまた細かい区分がありますが、今やこれも中の品として、選ぶ価値のあるご時世といえましょう。未熟な上達部よりも、中の上の階級にある非参議で四位の者たちのほうが、世間からの評判も家柄も不足なく、穏やかに暮らしていて、かえってこざっぱりしたものです。家の内に不足することがないのですから、出費も節約することがありませんし、まばゆいまで大切に育てられた娘などがたくさんいるのも、そんな階級なのです。そんな女が宮仕えに出て、思いがけない幸運を引くのも多いことでしょう」
January 10, 2010
頭中将は、「そのような女の所になぞ、煽てられたとて、誰が行くものですか。『取柄がなくつまらない女』と、『これは理想的だと思うほど勝れた女』の数は、同じように少ないのではないでしょうか。生まれつき高い身分であれば、周りの人に大切にされるので欠点も隠れることが多く、自然にその女の雰囲気もことのほかすばらしく見えることでしょう。しかし中の階級にこそ、それぞれの女がもつ個性や人格が見えて、好き嫌いの区別がつくことが多いのです。下の品という階級になれば、これはもう耳にとまることもないでしょう」 と、いかにも物知り顔で言いますので、源氏の君は好奇心に駆られます。「その階級というのは、どんなものなのでしょうか。三つの品(階級)に分けるとしたなら、どのように分けるべきなのでしょう。高い階級に生まれながら身は落ちぶれ、低い位で人間扱いされない者と、普通の人に生まれたのに、上達部という階級までなり上がり、得意顔で家の中を飾り立て、人に負けじとする者とでは、どう区別したらいいのでしょうね」 と、頭中将にお尋ねになっていらっしゃるところへ、左の馬の頭(かみ)と籐式部の丞が御物忌をしようと、一緒にやってきました。
January 10, 2010
親などが付いていて娘を大切にし、深窓の中に養育している間では、男がその女のほんの一部分だけを聞きつけて心を動かすこともあるでしょう。顔がうつくしく、おっとりとし、若々しく、世間知らずな間は人真似にでも習い事などをして、一芸に秀でることもありましょう。女を世話する人は、欠点などは隠しておいて言ったりしませんし、ありもしないことを良いように取り繕って吹聴するのだから、聞く側の男にとっては見もしない女を想像して、『そんなことはないだろう』などと、悪い方に考えるわけがない。だからその女の評判を『本当か』と勝手に思い込み、連れ添うてみて、それでやっと予想とはずいぶん違うことに気付くのです」 と、頭中将がうめくようにため息をつきました。源氏の君はその様子に、御自分よりずいぶん大人びた体験をしているように思われて気恥かしく、きまりの悪い様子でいらっしゃいます。頭中将の話の全てに対してではありませんが、ご自分にも思い当たることがあるのでしょうか、ほほえみながら、「その、何の才能もない女というものは、いるのでしょうか」 と、おっしゃいます。
January 9, 2010
「あなたこそ、たくさんの御文があるでしょう。少し見せてもらいたいものです。その後でなら、私の文も快く開けるというものです」 源氏の君がおっしゃいますと、「あなたにとって見所のあるような文は、ないでしょうね」とお話しなさりながら、「女の中で非の打ちどころがないと思う者は、世になかなかいないものだ、ということが、だんだん私にも分かってきましたよ。ただ表面だけの見せかけでも、文字を上手に走り書きし、折々の文へのお返事なども心得て、うまくやってのける女もたくさんいるように見受けますが、それでも本当にそういった事を突き詰めて選ぶとなると、たいそう難しいものです。自分が知っていることばかりを得意になって話し、人を貶しめる女など、笑止千万なことが多いものです」
January 8, 2010
源氏の君が大切にし、ひたすら隠していらっしゃる御文などは、誰にでも見られるような御厨子棚などに放ってお置きになるはずがなく、ここにありますのは人に見られても心配のない御文ばかりなのでしょう。頭中将が一つひとつ見ながら、「よくもまあ、様々な文があるものですね」 と、あてずっぽうで文の主を「これは誰かな、それとも彼かな」と問う中で、言い当てるのもあるのです。けれど、まるで違っていても頭中将はすっかりその人と思い込んでいて、源氏の君を疑うのも面白いと思うのですが、あまりお相手にならずに紛らわしながら、御文は隠してしまいました。
January 8, 2010
一日中降り続く雨で手持無沙汰な宵は、清涼殿の殿上の間も人少なで、源氏の君が御宿直なさる桐壺も、いつもより静かな心地がします。灯火の側で漢籍などを読んでいらっしゃるところへ頭中将がやってきて、近くの御厨子棚から色々な紙に書いた懸想文などを引き出して、しきりに見たがるのです。源氏の君は、「あなたが見たいような文を、少しだけならお見せしましょう。見苦しいようなものが、混じっているといけないから」と、お許しになりません。頭中将は、「その打ち解けて『見苦しい』というものこそ、見たいのですよ。ありふれた懸想文など、つまらない身の私ですら書き交わしていますから、見知っております。それぞれの女が、恨めしい折々、人待ち顔で過ごす夕暮れなどに書いた文こそ、見所があるというものです」 と、ご不満気におっしゃいます。
January 7, 2010
長雨が降って晴れ間のない頃のこと。内裏で御物忌が続きましたので、源氏の君はご自分の御宿直所である桐壺に長居していらっしゃいます。左大臣邸ではご訪問のないことを、待ち遠しく恨めしくお思いなのですが、それでも新しい御装束をあれやこれやとお調えになります。左大臣家の御子息の君達(きんだち)は、源氏の君の御宿直所にばかりお仕えなさいます。 中でも宮腹の頭中将とは特に親しくしておいでで、音楽でもちょっとした御遊びごとなどでも他の人よりは気安く、馴れ馴れしく振舞うことができました。 この頭中将は、舅でいらっしゃる右大臣が、大切にかしづく四の宮の姫がいらっしゃる御屋敷に帰るのを、たいそう億劫に感じていらっしゃる、好色らしい浮気者なのでした。 頭中将のお里でも、ご自分のお部屋をまばゆいばかりに設えて、源氏の君がお出入りなさる際にはいつも連れ立ち、夜も昼も、御学問も管弦の御遊び事までご一緒になさり、なかなか源氏の君に負けることなく、どこに行くにもお伴なさいますので、自ずと遠慮もなくなり、心の中で思うことを隠すこともなく、親しみ合っていらっしゃるのでした。
January 7, 2010
『光源氏』などと、呼び名ばかりが大袈裟なのですが、世間から非難され、恥ずかしめをお受けになることも多くあって、源氏の君が好色である事を後の世までも伝え、いかにも軽率であるような評判を流布し、隠し事まで語り伝えようとしますのは、世の人の意地悪さというものでしょうか。 実際に源氏の君が非難をお受けになることもあるのですが、ご自身ではたいそう世間の目を憚り、まじめに振舞っていらっしゃいますから、艶っぽく面白い事などはなく、あの交野の少将には笑われたかもしれません。 源氏の君がまだ中将というご身分でいらした時は、内裏にばかり伺候していらっしゃいましたから、左大臣邸にはたまにしかおいでになりません。 左大臣邸では、『どこぞに人目を忍ぶ恋でもあるのでは』と、源氏の君をお疑いになることもあるのですが、当のご本人は浮気っぽく露骨な好色などお好みではないのです。ただ、うまくいかないもので、気苦労をするような恋に御執着なさる癖がございますので、あってはならない御振舞いがまじることも、稀にはあるのでした。
January 6, 2010
源氏の君は内裏に五・六日参内なさって、左大臣邸には二・三日程度をとぎれとぎれにお帰りになるのですが、左大臣は、今はまだ幼いのだから何事も罪のないことと思して、源氏の君にかしづいていらっしゃいます。源氏の君と姫、お二方それぞれにお付きの女房たちを、世に並びない人々から選び調えてお仕えさせになり、源氏の君がお喜びになりそうな御遊びをし、思いつく精一杯のおもてなしをなさいます。 帝はもとの淑景舎(桐壺)を、内裏での源氏の君のお部屋として、母・御息所にお仕えしていた人々をそのままお傍にお置きになります。里のお邸は修理職や内匠寮(たくみづかさ)に宣旨をお下しになり、改築をおさせになりました。もともと木立や山の佇まいなどの風情のある所でしたが、池を広くして立派に増築なさいます。源氏の君はため息をつきながら、『このような所に、恋しく思うような人を据えて、一緒に暮らせるなら』とばかりお思いです。『光る君』とは、高麗の人相見がおほめ申し上げて、付けたてまつる名であったと言い伝えがありますとか。
January 6, 2010
帝は源氏の君をいつも内裏にお召しになりますので、気軽に左大臣邸に里住みすることがおできになりません。心のうちでは、ただ藤壺の宮だけを類なくうつくしい人と思い、『藤壺の宮のような女人をこそ妻としたいけれども、似ている人はなかなかいないものだ。大殿の君はたいそう可愛らしく、大切にかしづかれた人とは思えるけれど、好きにはなれない』と、思いつめた少年の一筋心に、切ないほど藤壺の宮をお慕いしていらっしゃるのでした。 大人になられましてからは、帝は以前のように藤壺の宮のおわす御簾の中へ、お入れにはなりません。帝が催しなさる管弦の御遊びの折々には、藤壺の宮の琴に笛の音を合わせることで心を通わせ、御簾の内からのほのかなお声を心の慰めにしながら、内裏住みばかりを好ましくお思いになるのでした。
January 5, 2010
その夜源氏の君は内裏から、左大臣のお里に退出なさいます。左大臣は、世に珍しいまでご立派な婚姻の儀式をもって、大切にお迎えになります。源氏の君はたいそう初々しくいらっしゃいますので、左大臣は『何とうつくしい』とお思いになります。女君は源氏の君より少しお年上で、男君がたいそうお若くいらっしゃいますので、不相応で気恥しくお思いでした。 左大臣は帝からの御覚えも格別でいらっしゃいますし、北の方は帝と同じ后腹でおわしますので、どちらにつけてもご立派な上に、今では帝のご寵愛深い源氏の君まで婿としてお迎えになり、そのため東宮の御祖父でこの世をお治めになる右大臣の御勢いは、呆気なく左大臣に押されてしまいました。 左大臣には奥方があまたおいでで、それぞれの御腹に多くの御子がいらっしゃいましたが、北の方でいらっしゃる宮の御腹には女君のほかに、蔵人の少将であるたいそう若く上品な御子がおわしました。右大臣と左大臣の御仲はよろしくないのですが、さすがに蔵人の少将を見過ごすことはおできにならず、右大臣がかしづき給える四の君の婿となさり、源氏の君をもてなす左大臣に負けないほど大切になさるのは、ご両家にとって望ましい間柄といえましょう。
January 5, 2010
帝にはご意向がありますので、左大臣にご注意をなさったのです。左大臣は、むすびつる 心も深きもとゆひに 濃きむらさきの 色しあせずば(元結いとともに心もしっかり結びつけてございます。男君の心が、色あせなければ嬉しく存じます) と奏上し、長橋の階段からお庭に下りて、拝舞なさいます。 左大臣は左寮の御馬と蔵人所の鷹を頂戴しました。御階(みはし)のもとには親王たちや上達部が並び、それぞれに応じた碌の品々を頂戴します。当日の御前に差し上げるお料理やお菓子などは、右大弁が承ってお仕えしました。握飯、ご祝儀の物を入れた唐櫃などが所狭いばかりに並べられており、東宮の御元服の際より数も勝り、むしろ厳粛なくらいだったのです。
January 4, 2010
酒宴では、『源氏』としての姓を賜りましたので臣下の席に、左大臣はその次の席にお着きになります。左大臣は御娘とのことをそれとなく申し上げるのですが、源氏の君は気恥しいお年頃ですので、お返事のしようがありません。内侍が『御前に参るように』との帝の宣旨を、左大臣に伝えます。左大臣が参上なさいますと、お付きの命婦を通して加冠のご祝儀を賜りました。白い大袿、御衣が一領(ひとくだり)で、これは通常の下賜品です。お祝いの御盃に引き続き、帝からの御歌を賜りました。いときなき 初もとゆひに 長き世を ちぎる心は 結びこめつや(元服をした源氏の君の元結いに、末永く変わらない夫婦の約束をも結び籠めたであろうか)
January 4, 2010
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