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松本のホテルをチェックアウトしてからちょうど12時間で札幌の家に帰り着いた。カギを紛失したと思いこんでいたので家には窓から入った(笑)前に松本に行ったのは1977年、フルートの神さまと言われたマルセル・モイーズの公開レッスンを見るためだったから32年ぶり。30年以上もたつと街も変わっているし、女鳥羽川界わいの風景くらいしか覚えているものはない。あのころは夜営業している店はほとんどなかった。今でも、ラストオーダーが21時30分という店は少なくない。蕎麦屋はなぜかどこでも慣習的に夜は早じまいするものだが、お酒を出しているような店でも21時閉店というケースが多かった。4日間に3度通った蕎麦屋がある。蕎麦倶楽部・佐々木という。偶然、自転車で通りかかったら、手作りの看板や品書きに惹かれるものを感じ、これは札幌などでも見られるニューウェーブ系にちがいないと思って入ってみた。この店でとんでもないものに出会ってしまった。きわめつけの、信じられないような絶世の美女である。その美女の名はロジャースLS5/8という。BBCのモニターとして使われていたイギリスのスピーカーである。こんなところで、まさか松本の蕎麦屋で、自分が理想と考えていた音色を奏でているスピーカーに出会うとは思いもよらなかった。調べてみると日本には43台しか入っていないらしいから非常に稀少なセットだ。今までに聴いた最も音の美しいスピーカーはマッキントッシュだが、このスピーカーは総額5~600万のマッキントッシュよりもさらに自然で美しい。現代のオーディオでこんな音色を奏でるスピーカーは皆無だ。10代のころ、瀬川冬樹というオーディオ評論家がFMfanという雑誌に書いていた連載を熱中して読んだ記憶がある。ふと思い出して彼の書いたものを読み返してみると、ロジャース、スペンドール、KEF、ハーベスといったBBCモニター系を高く評価している文章に出会った。戦後に話を限れば、音楽と映画には同時期に二回のピークがあった。1950年代と1970年代である。オーディオもまた1970年代にひとつのピークがあったのではないかと思う。そしてそれは文化史的に根は同じなのではないだろうか。ロジャースLS5/8は1979年ごろの製品である。松本のように静かで文化の香りが高く、ゴミひとつ落ちていない住民の意識の高い街にいると、いろいろなことを根本に立ち返って考えるようになる。音楽を普及するには何がいちばん大切なことかとか、自然に考えるようになる。そこで思ったのは、音楽でいちばん大切なのは、音楽家を育てることだということ。よしあしは別にして、カラヤンやバーンスタインがいたから、戦後、音楽は大衆化した。日本だって、斉藤秀雄がいたからこそ小澤征爾が生まれ、質の高い音楽が聴衆を育てた。一流の音楽家を集めて豪華なプログラムで連日コンサートを開く、そういう音楽祭が悪いわけではない。しかしサイトウ・キネン・フェスティバルは斉藤秀雄の志を継いでいくものであるという点で特別だし、その志とは一言で言うと「音楽する精神」のようなものだろう。この浮ついたところのない音楽祭では、病院に出向いてコンサートに来られない人たちのために演奏する、というようなことも行われているし、蕎麦打ちなどで地元の人たちとの交流も厚い。すべてがビジネスの論理で動いているようなところから行くと、こうした音楽祭のあり方は非常に尊いもののように思えるし、松本のようなところ以外での開催は考えられないとも思う。日本のドイツと言われる信州から北海道に降りたってみると、そこはたしかに日本のアメリカで、まるで無法地帯のように感じられたから面白い。残念だったのは、32年前に食べ損なったざざ虫と蚕のさなぎを今回も食べる機会がなかったことだ。蜂の子とイナゴは食べたことがあるし、イナゴなどは別に信州でなくても昭和40年代前半まではありふれた食べ物だった。次はきちんと下調べをして、これらに合うお酒なども覚えてから行こう。
August 31, 2009
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すばらしい音楽のすばらしい演奏は沈黙を呼ぶ。今年3月、ハンス・マルティン・シュナイトが札響を指揮した「田園」でも、演奏が終わっても誰も拍手しなかった。「戦争レクイエム」の最終公演は、熱狂と興奮に包まれた3日目とちがい、静かで深い沈黙が支配した。演奏が終わり、指揮者が立ちつくしても、だれひとり拍手しようとしない。その気持ちはわかる。この時間、この感動を、ほかのことで汚したくないのだ。ブリテンの「戦争レクイエム」は、全曲中、何度か現れる鐘と合唱のフレーズが最後に静かに繰り返されて終わる。このフレーズは嬰へ短調から最後だけヘ長調の和音に転調するのだが、そのひとつの単純な和音が、深い何かを語りかけてくる。その何かをつかまえたくて、拍手をしなかったのだ。3日目の演奏も、これ以上はありえないと思うほどすばらしかったが、最終日の演奏はまた次元が違った。ソプラノのクリスティン・ゴーキーが2日目、3日目に比べてやや不調で迫力がなかったが、テノールのアンソニー・ディーン・グリフィーとバリトンのジェイムズ・ウェストマンの歌唱はオペラ的に繊細かつ表現が豊かでそれを補って余りあった。フォルティッシモでも決して濁らない純度の高いオーケストラのサウンドは、フィラデルフィア管弦楽団のようなゴージャスさはないにしても、質実かつ清潔。コーラスの声は若々しく明るく、ピアニッシモでも痩せることがなく豊かに響く。この曲は名曲の割に録音が少なく、カラヤンやバーンスタインも録音しなかった。それは、作曲者自身の指揮による決定的ともいえる名録音の名演が残されているためもあるだろう。だが、小澤征爾によるこの日の演奏は、作曲者自身のそれを超えて曲の本質に迫っていると思える瞬間が少なくなかった。激しさよりも美しさに重点を置いた演奏だが、それがかえって戦争の残酷さや人間の愚かさを際立たせていた。来年は、比較的入手しやすいというリハーサルチケットも手に入れて、小澤征爾のライフワークともいえるこの音楽祭をじっくり味わいたいと思う。
August 30, 2009
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往年の音楽ファンなら、ロバート・マンの名前をある畏怖の念とともに記憶しているにちがいない。1946年から1996年までの50年間(!)、ジュリアード弦楽四重奏団の第一バイオリン奏者をつとめたマンは今年89歳。健在で、精力的に演奏活動をしているのは聞いていたが、何せ89歳、実物を見るまでにわかには信じがたかった。かくしゃくとしている、なんていうものじゃない。年齢を感じさせるのはメタボな体型だけで、73歳の小澤征爾よりよほど腕は大きく動き、パワーの衰えはない。世の中にはこんな89歳もいるのか、というのに腰を抜かすほど驚いた。前半は小澤征爾音楽塾オーケストラでベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番から「カヴァティーナ」と「大フーガ」。30名弱ほどの若者の弦楽合奏は、きわめて高い集中を見せた。札幌で行われているPMFとどうしても比較してしまうのだが、技術レベルはともかく、音楽に対する真摯な態度、集中と没入という一点において、PMFオーケストラは小澤征爾音楽塾オーケストラの足下にも及ばない。若者らしい機敏さでマンの指揮に反応するだけでなく、すべてのパッセージに「意味」を見出した演奏は、室内楽演奏の見本ともいうべきもので、拡大された室内楽というオーケストラの理想がほぼ実現していた。小澤征爾がやりたいのはこういうこと、室内楽こそが音楽の基本だという斉藤秀雄の理念を若い世代に継承していくことなのだろうと、この演奏を聴きながら思った。その点でマンは最高の指導者だ。一点のごまかしもない、明快かつ高潔な音楽が石清水のような清冽さで流れていった。後半はサイトウ・キネン・オーケストラでベートーヴェンの交響曲第8番。これもすごかった。ソリスト級の腕前の、若手から大ベテランまでの集団が持っている力の120%を発揮しようと奮闘し音楽に邁進する様は、そのうねるような熱いサウンドと相まって「オーケストラとは本来こうでなければならない」という規範を示していた。指揮者の指示に従順に従う羊の集団は、そこにはいなかった。一人一人が自発的に演奏し、それでいてマンの示す崇高で生命力あふれるベートーヴェン像を集団として有機的に構築していく。ふだん聴いていたのはいったい何だったのだ、とさえ思ったが、声楽の比重が大きい「戦争レクイエム」ではわからなかったサイトウ・キネン・オーケストラの真髄と人気の秘密が、この演奏でわかった気がした。鳴りやまない拍手に第3楽章をアンコール。聴衆の中には小澤征爾や降り番のサイトウ・キネンメンバーもいた。
August 29, 2009
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会場の長野県松本文化会館は松本市のはずれ、浅間温泉の入り口にある。シューボックス型のホールで音響は素晴らしい。二階席中央最前列がベストだが、ほかの場所も大きく劣るということはない。一階の二階席の庇の下というのはたいてい無惨な音がするものだが、このホールはいい音がきちんと奥まで届く。夕べは中心部にある小澤征爾行きつけという蕎麦屋で夕食をとった。松本二日目のきょうは浅間温泉に入り、昼寝のあと夜のコンサートというプラン。この浅間温泉がひどかった。加水こそしていないものの、加温、循環濾過、殺菌の三重苦。ディスクロージャーがきちんとしているのは救いだが、もしかするとドイツ人とよく似たメンタリティを持つ長野県民は、それがよいことだと思ってやっているフシがある。こんにち、ホンモノの温泉に入るのは名曲の名演に接するのに比べて何倍も困難だ。80分間、休みなく続く決してわかりやすいとは言えない音楽を集中して聴くには体力が必要。昼寝とカフェイン入り飲料を欠かすことはできない。そうして万全の態勢で臨んだコンサートは、前日とは打って変わって素晴らしいものだった。前日は少し萎縮したような感じがのこっていた小澤征爾の指揮が、まるで青年指揮者のように天衣無縫になっていた。そういうことはオーケストラの音にも出るので、すぐわかるものである。冒頭の陰鬱な弦楽のパッセージを聴いたとたん「これはすごいことが起きる」と思ったが、その通りになった。「怒りの日」の爆発、「リベラ・メ」の息の長い高揚など、いま思い出しても鳥肌の立つ瞬間が多々あった。基本的には細部までよく磨かれ、整理整頓の行き届いたバランスのよいビューティフルな「戦争レクイエム」ではあるのだが、ちょっとしたアクセント、やりすぎではないクレッシェンド、そういうものの積み重ねが、美しさの奥からこの曲の深いメッセージをえぐり出し聴き手の内臓に突きつけてくる。小澤征爾も神ではない。きのうの演奏は一時の不調だったのだ。やってくれた。演奏もほとんど録音のような完璧さでミスらしいミスもなかった。音楽に没頭でき、ブリテンのメッセージに浸ることのできた80分。ブラボーの大爆発と長い拍手に、いったん退場したオーケストラがステージに呼び戻されるほど会場は興奮のるつぼと化した。
August 28, 2009
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松本に来ている。サイトウキネンフェスティバル松本でベンジャミン・ブリテンの最高傑作「戦争レクイエム」を聴くためだ。この曲を実演で聴きたいと思って30年以上がたつ。この曲だけは超一流の演奏者で聴きたいと念じていたが、外国のオーケストラが来日公演で取り上げる曲ではない。そうすると、ヨーロッパのどこかで演奏される機会をとらえて聴きに行くしかない。それが小澤征爾指揮のサイトウキネン・オーケストラで聴けるというのである。新型インフルエンザの流行のためか、キャンセルチケットが大量に出回った。千載一遇のチャンスとはこのことだと思ってすかさず行動した。小澤征爾を聴くのは9年ぶり。サイトウキネンオーケストラは初めてだ。9年ぶりの小澤征爾は、少し背中が丸まって年齢を感じさせる。演奏に先立って友人への黙祷が行われたが、憔悴したような感じを受け、演奏にも不安が先立った。「戦争レクイエム」の演奏は4回行われたが、この日は2回目。普通、初日はどこかぎこちなさが残り力みが出る。2回、3回と尻上がりにいい演奏になっていくものである。結論から言うと、この日の演奏は生彩を欠いた。オーケストラから合唱、ソリストに至るまでこんにち聴くことができる最高水準の演奏家が集まっていて全力投球で演奏しているのだから、悪いはずもない。しかし、小澤征爾の長所である細心でていねいな音楽作りが、美しくはあっても冒険を避けた安全運転の演奏のように聞こえたのである。こんなはずではない。小澤征爾はこの程度の演奏で終わる指揮者ではない。友人の死がこたえたのか、あるいはこの日テレビ収録が入っていたから慎重になりすぎたのか。思いたくはないが、あの赤々と燃えるような音楽への情熱は加齢と共に失われてしまったのか。32年ぶりの松本の夜は、そんな不安と共に過ぎていく。
August 27, 2009
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ワイパーが壊れたクルマ、しかもガラスの内側が曇った状態で豪雨もしくは濃霧の中をドライブ・・・たとえて言えば、今までのオーディオの音はこういうものだった。それがどうだろう、アンプをMUSICAL FIDERITYのA3.2に換えただけで、風景が激変した。雲ひとつない青空のようにさえわたり、視界はいかにもクリアになった。音楽ソフトにはこんな細やかな表情まで記録されているのかと唖然とした。音楽はこんなにもすばらしいものだったのかとさえ思った。数年前、オーディオのグレードアップを検討し始めてから、いろいろと試聴を繰り返してきた。秋葉原にSOULNOTEのアンプを聴きにいったこともあったし、最近では総額1000万は超えていると思われるマッキントッシュのフルシステムを入れているカフェで持参したCDを聴かせてもらった。レコーディング・エンジニアの人が使っているプロ仕様のスタジオセットを使ったジャズ・オーディオ鑑賞会にも行った。そうした経験から言えるのは、多くの人は「美しい音」より「汚い音」が好きだということであり、株式投資と同じで、評論家の意見は100%参考にならないということだった。日本人が音色というものにおそろしいほど鈍感だということに最初に気がついたのは、10代のころ、楽器を習いに行っているとき。わたしはその先生の「音色」を盗みたくて行っていたのに、他にそういう人はいなかった。そうして、その楽器の学習者の間では、別の、わたしの耳には汚い音色に聞こえる演奏家の方を高く評価する人が多かったのである。音のよしあしが「わからない」のではない。「汚い」音を好む人が多いのだ。日本のオーケストラや合唱はうまい。しかし、美しいサウンドを響かせる団体はない。日本のオーディオにはこうした日本人の「汚い音色への嗜好」が反映されているのではないか。世界でいちばん美しい音色のオーケストラはアメリカにある。次にイギリス。フランスやイタリアも悪くない。オーディオの序列も同じではないだろうか。アメリカやイギリスの製品が最も美しい音色を奏で、コンチネンタル・ヨーロッパの製品はやや渋めの落ち着いた響きがするのではないか。こう考え、英米、そして似た傾向のデンマークやオランダの「これは」と思うメーカーの製品に何十もの入札を繰り返してきたが、かなり強引に競り落としたのが、イギリスのクラリネット奏者アントニー・マイケルソンが主宰する会社のアンプ。2005年製(たぶん)のものを、定価の半額ほど(約10万円)で手に入れた。この機種にこだわったのには別の理由もある。本格的なオーディオファイルならセパレートじゃないアンプなんて、と鼻で笑うだろうが、狭い部屋に巨大なアンプが二つもあるのはいたたまれない。それならモノアンプ二台にした方がいい(友人がそうやってぼろいアンプから素晴らしく躍動感ある音を出していた)が、床置きにするとするとやはり二台は耐えられない。この機種はデュアルモノで、左右のスピーカーを別々のアンプが駆動する。理屈から言ってもこの構造が最も「いい音」を生むのではないかと考え、試聴もせずに買ったが正解だった。20年以上使い続けたオーディオの刷新計画は、序盤戦で大勝利を収めたといえる。よく、女性にたとえるとスピーカーは外見の容姿を、アンプは内面を表すと言われる。A3.2という、細やかで情に厚く、素直で聡明でほがらかな理想的な内面を持った女性を手に入れたので、あとは外見の美しい女性を手に入れるだけだ。
August 26, 2009
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振動はまだ骨に響くが、やっと自転車に乗ることができるようになったので電動アシスト自転車を買い直した。機種はパナソニックのリチウムViViEX。送料込みで104000円。オークションの最安値を参考にネットで調べ埼玉のサイクルショップから通販で。以前の機種との違いは1回の充電で走行できる距離。前のはニッケル水素電池だったが、今度のはリチウムイオン電池で、エコモードだとカタログ値では144キロ走行できることになっている。実際はその半分程度のようだが、じゅうぶんすぎるくらいだ。ニッケル水素電池と違って、継ぎ足し充電ができるのも便利。新規格の機種なので、アシスト力が増した。強くなったというより、こぎ出しがスムーズになり快適。初日はいきなり40キロほど乗ったが、ほとんど疲れなかった。困るのは、アシストを使うと力をあまり使わないので体が温まらないこと。夏だというのに、夜など薄着で乗っていると寒いくらい。ライトが独立しているのもいい。止まるとライトが消えてしまうのはとてつもなく不便なことだったのだと初めて気がついた。安い買い物だった。
August 24, 2009
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生産中止になり、いずれ市場から消えることになったレーザーディスクプレーヤーを買った。パイオニアの最終機種DVL-919の中古を13000円で。実はもう一機種買ったのだけど、動作音がうるさいので、よりマシと思われたこの機種に買いかえた。DVDとのコンパチブルになっているので、手持ちのDVDレコーダーと接続するとコピー禁止信号の入っていないDVDのダビングができて便利。また、LDは自動で両面再生してくれるので手間がかからない。ためしに何枚かコピーしてみたがうまくできたのが不思議。LDを買おうと思ったきっかけは、DVDになっていないLDがありそれを観てみたかったことと、LDソフトが投げ売りされているから。映画ソフトを30本ばかり買ってみたが、一作あたり平均200円、オペラのソフトも500円から1000円くらいで買える。もうひとつの動機は、新しい映画にあまりいいものがないし、旧作をわざわざ出かけて観るには時間コストが惜しい。夏の間はともかく、冬にでもなればなおさらだ。かといってレンタルは返却期限がストレスになる。店に行くのも面倒。そこで、映画を映画館で観るのは原則としてやめることにして、LDとBSを中心にした「映画生活」を送ることにしたのである。さっそく「南太平洋」「誰がために鐘は鳴る」「戦争と平和」「お熱いのがお好き」「雨に唄えば」など往年の名画を観た。BS放送が始まるまでは、テレビではカットされたぶつ切りの映画を見るしかなかった。しかも、1970年代のはじめまでは白黒テレビだった。白黒だとばかり思いこんでいた1940年代のアメリカ映画がカラーだったのに驚いた。また、自分が生まれた前後くらいの世界がどうだったのかを知るには映画を窓にするのがいいかもしれないと思ったりした。10年前、20年前の映画というのは陳腐に感じられることがある。しかし40年以上前の映画は、まるで違う世界をのぞくような発見があって逆に新鮮だったりする。早起きして映画を毎日一本、というライフスタイルを実践しようと思っている。
August 1, 2009
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