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コロナで緊急事態宣言が延長になり、外出自粛期間中のこと…。庭の片隅で一人テントを張って考えた。庭の片隅でソロキャンプをしながら考えた。今までのキャンプ実習では、皆でテントを立て、皆で料理を作り、皆で飯を食い、皆でテントで寝て、皆で焚き火を囲んで、皆で語らった。そんな活動を通して、連帯感を生み仲間意識を育み、チームワークを養っていった。さて、これからコロナの時代である。三密を避ける!?テントで皆でゴロ寝するのも密になるか。一緒に料理を作り、一緒に食べる事も憚られるのか。嫌な時代である。しかし、モノは考えようだ。自分のことは自分でやる。自分のことは自分で責任を持つ。自己完結型のサバイバルキャンプである。災害時にも役立つかも知れない。みんなでキャンプするけど活動は一人一人。そんな事を考えた。そして、そのアイディアを早速試してみた。「集団ソロキャンプ実証実験!」
Jun 30, 2020
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或いは天若日子、命を誤たず、悪しき神を射つる矢の至りしならば、天若日子に中らざれ、或いは邪き心有らば、天若日子に麻賀礼…。「日本神話より」放たれた矢は逸れるのか貫かれるのか。
Jun 29, 2020
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ダイビングトレーニング実習の合間に、ダメダメだった卒業生と海で出会った。「だった」と過去形である。インストラクターとして随分活躍している様子だった。なんと頼もしいことか。様々な方法を駆使してやっと卒業ができた。いや、卒業させた!と言うのが正しいか。一時はもう辞めると思っていた。色々あったが最後は自分で決めて自分で頑張った。良かったなぁと思う。ダイビングの海洋実習は毎年思うところがある。自分がインストラクターとして駆け出しだった頃の事も思い出す。これまでのダイビング実習の事も思い出す。毎年ダイビングゼミが織り成す物語も思い出す。そして、大人の事情も…。学生たちや卒業生の姿を見ていると、一つ一つの取り組みは僅かずつでも、毎年続けて来れて良かったと思う。みんなどう生きてゆくのだろうか…。
Jun 28, 2020
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今年は季節感が何となくおかしい。体で感じる季節と頭で感じる季節にズレがある。三月四月五月の期間、活動ができていないからか。感覚的に三月四月五月がスッポリと抜けてしまっているのだろうか。人間は体感だけでなく頭でも季節を感じているのだろう。今年は庭の芝桜が満開を迎えずに終わってしまった。こんな季節になって一輪だけ咲いていた。今朝は蝉が鳴いていたような気がする。あれは夢だったのだろうか…。
Jun 27, 2020
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ダイビングトレーニングの後、海辺で過ごす贅沢な時間... 。波の音が心地いい。潮風が心地いい。目の前に広がる海を眺めながら... 。とても贅沢な時間。
Jun 26, 2020
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都合の悪い事は隠蔽する。原因を人のせいにする。約束を反故にする。嘘をつく。懲りない。節操がない。人の弱みにつけこむ。人の目を盗む。人の領域に踏み込む。禍に乗じて悪事をする。今こそ目を光らせておかなけば...。何をするか分かったものではない。道徳や良識が通用する相手ではないのだから。
Jun 25, 2020
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「生き物探し」の環境学習に行った小学校の校庭で見つけた。指導に当たっている先生方が事前に校庭で調査した時の事だ。白いご飯粒みたいなのが樹木のあちこちにくっついている。先生方が「これ何?何の卵?」と騒ぎ始めた。米粒みたいな虫の卵である。虫専門の先生が呼ばれて駆けつける。「ご飯粒みたいな卵がある」「これ何の虫の卵ですか?」「何か虫の繭ですか?」「米粒みたいに見える」そして、虫専門の先生がルーペで観察した。結果は…「ご飯粒ですねぇ」そう、木の枝にご飯粒がついていたのだ。何故ご飯粒がついていたのかは謎だが…。生き物探しの目線では、ご飯粒さえも虫の卵か繭に見えてしまうと言う。思い込みというのは恐ろしい。
Jun 24, 2020
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デスクのサボテンにまた子どもができた。全く出てこない時もある。どういう加減や条件でできるのか。必ずしも好条件でできるとは限らないらしい。環境が悪化した時に危機感を感じて繁殖行動に出る生物も多い。これは何の兆しなのだろう…。
Jun 23, 2020
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枇杷でクレープを作ってみた。びわクレープである。これがなかなか美味しい。これも季節の味になるのかな。
Jun 22, 2020
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本日は夏至で新月で日食という特別な日だった。しかし、残念ながら雲がかかってしまい、夕方の部分日食が見られなかった。沈む間際になって太陽はキレイな姿を見せた。
Jun 21, 2020
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ピンピンのカツオが届いた。弾けるような身の新鮮なカツオが届いた。さて、どのように調理しようか!?迷うことはない。うちは断然「カツオ茶漬け」である。刺身と茶漬けどっちで食べる?と聞くと、迷わず「カツオ茶漬け!」と答える。新鮮なカツオの刺身に、ネギ、ショウガ、ニンニク、ゴマをまぶして醤油に漬ける。熱々の御飯の上にカツオをのせて、チンチンに沸かしたお茶をぶっかける。半煮えになったカツオから良い出汁が…。食べる前から思わずヨダレが出そうになる。熱々のカツオ茶漬けを一気にかっ込む。「うーん、うまい!」思わず唸ってしまう。何杯でも食べられそう!滋味あふれる旬の味である。これから夏に向けて精をつけよう!そんな感じのカツオ茶漬けである。
Jun 20, 2020
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雨の茶畑で、雨に打たれながら茶葉を摘んだ。雨対策さえしていれば雨の中でも快適に活動ができる。そんな事を子ども達に教えながら、キャンプや山歩きをしたことを思い出した…。いつもだとこの実習は五月の新緑の茶畑でスタートする。今年は雨の季節のスタートとなった。まぁそれも良いかも知れない。五月に新芽を摘み取った所から、また新しい芽が伸び始めている。少し赤みがかった小さな小さな新芽である。この季節にしか摘めない貴重な新芽である。いつもとはちょっと違ったお茶ができた。そして、また新たな人と人との繋がりができ、新たなプロジェクトが始まりそうな感じである。
Jun 19, 2020
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数年前にESD環境教育の大阪地区プロデューサーを務めた事があった。大阪湾再生プロジェクトの一環でアマモの育成を中心とした題材を取り入れた。その時一緒に取り組んだ小学校に、また別のアプローチで行くことになった。おもしろい縁である。その時の先生方はもう誰も居なかった。あの時の校長先生と担任の先生の熱意が印象的だった。校長先生と担任の先生の眼差しと表情が忘れられない。熱心な先生方に教えられる子ども達は幸せだ。雨の校庭の一角には、アマモではなく水稲の苗が植えられていた。
Jun 18, 2020
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空き缶でご飯を炊いた。割と簡単に美味しく炊けた。驚いたのは学生たちが缶切りを使ったことが無いと言う。そう言えば、今あまり使うことは無いだろうなぁ。缶詰自体をあまり食べないかな。サイパンでフィリピン人たちと同居していた当初、馴れない土地と馴れない生活に色々思うことがあった。何もかもが煩わしくなって、自分の部屋に引き籠った事があった。半年ももたないだろうなぁと思った。(その後、10年住むことになるのだが…)買って来た缶詰を食べようと思ったら缶切りが無かった。仕方がないので、ダイバーズナイフで缶を開けて、一人でパンを食べていた時の事を思い出した。今日の帰宅途中に見た夕焼けは妙な夕焼けだった。夕焼けを見て美しいと感じるか恐ろしいと感じるか。その時の状況や心境によって違う。美しい夕焼けも時には恐ろしく感じることもある。
Jun 17, 2020
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オンラインやオンデマンドでも授業ができる事は素晴らしい。しかし、画面で「熱」や「気」は伝わらない。熟練している訳では無いので画面で伝えることは難しい。これができるようになったら素晴らしいだろうな。この時期にマスクを着けることがなかったので、マスクを着けているだけで、蒸し暑くてしんどいな。
Jun 16, 2020
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一杯のアオリイカが届いた。大きくて立派なアオリイカである。ご存知だと思うが烏賊は一杯二杯と数える。一杯とは言えでっかいでっかいアオリイカである。かなりの食べでがある。天ぷらとフライにして食べたが食べきれなかった。でっかい烏賊と格闘していて写真を撮るのも忘れた。料理した写真も撮り忘れた。どのくらい大きかったか想像だけしてもらおう。学校も始まり、世の中が動き始めた。
Jun 15, 2020
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環境学習会を実施する為の勉強会があった。何を目的としているのだろうか。子ども達の興味関心を引き出すのか。学びの意欲を引き出すのか。学ぶことのおもしろさを感じて欲しいのか。体験することの大切さを感じて欲しいのか。生物多様性について学んで欲しいのか。環境について学んで欲しいのか。生物について学んで欲しいのか。調査や研究の方法を学んで欲しいのか。発表の方法を学んで欲しいのか。達成感を味わってほしいのか。それとも全部?とにかくネバレバベッキーが多すぎるとうんざりする。こうせネバ!こうしなけレバ!こうあるベキ!ワクワクしないしおもしろくない。
Jun 14, 2020
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久しぶりの野外活動である。皆で協力し合い、共同で活動を行う。野外活動はお互いの距離を縮め、コミュニケーション力を高めていく。しかし、このご時世である。お互いの距離を縮めてはいけない…。笑えないご時世なのである。ソーシャルディスタンス、ソーシャルディスタンス…。距離を縮めて、一緒に調理して、同じ釜の飯を食って。そんな野外活動ができない。物理的な距離を保ちながら、心の距離を縮めていく!野外活動のスタイルが問われ、野外活動のスタイルが変わる。目的や意義はそのままで!?難しい事はともかく、野外で活動しながら話をしていると、現実的なモノからアホらしいことまで色んなアイディアが出て来た。今年は色々試してみよう!
Jun 13, 2020
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想像力が著しく欠如しているような気がする。これをしたらどうなるか。これをしなかったらどうなるか。ここにゴミを捨てたらどうなるか。これを流してしまったらどうなるか。自分が感染したらどうなるか。自分が感染させてしまったらどうなるか。想像力が著しく欠如しているので、自分の行動がどう影響していくのかを考えることができないでいる。自覚が無い。どうしようもない。この話とは関係ないのだが、以前「北京の蝶」の話をしたが誰も知らなかった。北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起きる。カオス理論で有名なバタフライ効果だったか。日本で言うと「風が吹くと桶屋が儲かる」に近いのかな。この言葉も学生たちは誰も知らなかった。もちろん、なぜ風が吹くと桶屋が儲かるのかという理由も…。
Jun 12, 2020
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暫く泣き叫ぶと気持ちが落ち着いてきた。冷静になってくると、穴の様子が気になってきた。やまんばはいつになったら出て来るのだろうか。人の気配もやまんばの気配もしない。何処かへ出かけているのだろうか。好奇心に駆られて、恐る恐る穴に近づいてみた。当時、おじくそ(臆病者)だった自分には考えられない行動だった。我ながらおじくそのくせによくそんなことができたなぁと不思議に思う。穴を覗き込んでみると外の風景が見えた。青空と園庭の木々が見えた。中には誰も居なかったし、埃の塊以外は何も無かった。「もしかしたらやまんばは出かけているのだろうか」「ここへ戻ってくるのだろうか」しかし、穴の中は誰かが居る気配も住んでいる形跡もなかった。そもそも壁の隙間なので狭い空間である。割と冷静に「ふーん」と思った。「これは嘘だな」と子供心に思った。教室に戻ってから友達数人にそのことを話した。そして真相をバラしたので先生に嫌がられた。そんな記憶がこの歳になっても鮮明に残っている。この話も、子ども達が小さい頃、寝る前によく話してあげた。お父さんが子どもの頃…シリーズである。この写真は西表島で撮影した。ハブよりも恐れられているヤマンギの写真である。ヤマンバではない。
Jun 11, 2020
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この絵本が好きで、子ども達が小さい頃によく読み聴かせてあげた。子どもならではの冒険心にとても共感できる。自分も主人公になって物語に入り込んでいける。いつの間にか不思議な世界に入り込んでいる。そんな絵本だった。結構読み応えのある絵本なので、2~3回に分けて読んであげたこともあった。この絵本作家さんが亡くなられたらしい。この絵本を読むと、自分の体験を思い出す…。保育園の時、広場の壁に大きな穴が開いていた。広場は体育館のことである。お遊戯室とも呼ばれていたんだったか。大きなトランポリンも置いてあった。壁の大きな穴はいつも板で蓋をしてあった。そこには「やまんば」が住んでいると言われていた。保育園の先生方はそう言って子ども達を恐がらせていた。悪い事をすると、「やまんばの穴に連れていくよ!」と言われ、子ども達は恐れおののいて泣き叫んだ。やまんばの穴は子ども達にとって恐怖だった。そこへ一度連れていかれた事があったのだ。子どもの頃はとにかく食べ物の好き嫌いが多かった。給食の時間が苦痛で、食べられずにずっと残っていた。それがあまりにも酷かったので、やまんばの穴へ連れて行かれたのだ。その時の経験が強烈だったのか、今でも鮮明に映像として記憶に残っている。やまんばの穴の前に一人で置いていかれた。やまんばはどんな姿をしているのだろう。どのくらいの大きさなのだろう。昔話や絵本で見たその姿を想像するだけで恐怖だった。ひとしきり泣いた。暫く泣くと少し気持ちが落ち着いてきた。冷静になってくると、穴の様子が気になってきた。やまんばはいつになったら出て来るのだろうか。人の気配もやまんばの気配もしない。何処かへ出かけているのだろうか。
Jun 10, 2020
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3月に卒業式があり4月に入学式がある。4月に学生を迎え、学生たちの前で話をする。学生たちの顔を見ながら授業をする。学生たちの反応を見ながら進めてゆく。毎年この時期は校外実習にガンガン行く。それが当たり前だった。当たり前が当たり前で無くなったのが今年の春だった。少しずつ学生たちの登校が始まった。やっと学生たちと会えるようになった。学生たちの顔を見て話をする。学生たちの顔を見ながら授業をする。こんな当たり前だったことが幸せに感じる。こんな当たり前だったことが有り難く感じられる。余談ではあるが、家の周りにカニがいるのは当たり前だと思っていた。
Jun 9, 2020
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家の周囲にある溜め池が埋め立てられた。次々と埋め立てられていった。今まであまり見かけなかったが、今年は蛍が舞っている姿を目にする。これまでも居たのだろうか…。なぜ溜め池が埋め立てられたのに蛍が舞っているのか。ウシガエルやザリガニ等の天敵が居なくなったからなのか。そもそも蛍の幼虫が生息する水辺も埋め立てられたはず。それとも何処か近くの水路で育っているのか。繁みに立ち入る気もしないので真相はわからない。
Jun 8, 2020
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古い植木鉢棚の木を処分するのに、そのまま燃やしてしまうだけでは勿体無い気がして、火を焚くついでに飯を炊いてみることにした。このロケットストーブを使うと、少量の薪で御飯が炊けてしまう。結局1/10程度の薪で飯が炊けてしまった。準備から炊き上がるまで50分程度である。少しの薪と少しのスペースでできる。短時間で美味しい御飯がいただける。夜は久しぶりに定バーガーを作った。天気も良く暑い夏のような一日だった。
Jun 7, 2020
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異星人を一夜干しにしてみた。あっ!もとい、ホタルイカを一夜干しにしてみた。上手く出来るだろうか!?
Jun 6, 2020
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今宵の満月はストロベリームーンと言うらしい。うっすらと雲がかかっているので朧月ようである。暑くてもう春ではないのだが…。明日の明け方は半影月食が起きるらしい。夏至に向かう満月である。
Jun 5, 2020
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いつの間にか、もう枇杷の季節である。旬の果物から力をいただく。季節の味を美味しくいただく。
Jun 4, 2020
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昔々…。子どもの頃、便所におまじないが逆さまに貼ってあった。大きくなるまで何のおまじないか知らなかった。四月八日花祭りの日に、お釈迦様の誕生仏に甘茶をかけてお祝いをする。その甘茶で墨をすり、おまじないを書く。これが本来のやり方らしい。このコロナ禍でも、アマビエ等の護符やおまじないが流行った。いつの時代も疫病退散や悪霊退散にかける思いは同じなんだなぁと思った。日本には古来から言霊がある。呪文は音の持つ効果に気持ちを込める。おまじないや護符は形や文字の効果に気持ちを込めたのか。その行為をする事への気持ちの効果なのだろう。貼った紙はもう随分そのままになっていた。日記を紐解いてみると平成24年9月に書いている。虫が動き始めたので、そろそろ新しく書いてみようか。
Jun 3, 2020
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後々この歴史的な出来事をふりかえった時、「コロナ渦があったからこうなってしまった」そう言い訳するのか。「コロナ禍があったからこそこう成れた」そう語れるのか。緊急事態宣言が出て外出自粛になった頃、月・金星・火星がキレイに映えていたので、よく宵の空を眺めていた。月を眺めていると色んなモノが見えて来る。
Jun 2, 2020
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物事が一気に動き始めててんてこまいである。てんてこまいとは天手古舞と書く。「てんてこ」とは、祭囃子や里神楽で用いる小太鼓の音で、その音に合わせて慌ただしく舞う姿から、休む暇なく忙しく動き回ることを「てんてこ舞い」と言うそうだ。言葉の語源とはおもしろい。
Jun 1, 2020
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