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『悪魔の恋』ジャック・カゾット 世界幻想文学大系第1巻よくできた叢書なので未読作の全巻読破を目指すことにして、まずは第1巻。表題作は、素朴な騎士物語や妖精物語から近代的なゴシックロマンスへの時代の変節点となった重要な作品のひとつらしい。他に3編収録。カゾットはフランス18世紀のブルジョア作家。「悪魔の恋」★★★★1/2なるほど確かにこれは面白い。悪魔が人間の女の姿をとって、あるスペインの騎士に恋をし、取り入ろうとする話だが、ユーモラスな語り口と内容とが絶妙にマッチしていて、詳しい心理描写ともあいまって興味をひきつけ、物語世界にすんなり没入できる。主人公のマザコンダメ男ぶりもいい味出している。確かに(作者自身認めるとおり)オチが凡庸だが、過程の面白さで免責できる。ファーマーの「恋人たち」やらノースウエストスミスやら、SFでもエイリアン美女との恋はよく出てくるわけだが、その遠い原型は、本作あたりにあるのかもしれない。「猫の足」★★1/2美しい皇女を見初めた男が相思相愛となるも、飼い猫の足を踏んだことで王妃に恨まれ逃げ回っているうちに仙女の国に招かれ、様々な不思議を目にするとともに弟とも出会い、仙女の助けで皇女と結ばれるという古いタイプの御伽噺。構成が悪く非常に冗長であり、始末の悪いことに作者自身それを自覚していて、「第1章 この章は・・・読者を退屈させるであろう」などのふざけた副題が章ごとについている。しかし自覚があるからといって、本作が退屈だという事実が免責されるわけではない。「騎士と幻夢」★★★従者と旅をする騎士が羽をつけた奇妙な女たちの一団に取り付かれて様々な幻覚を見せられる話。可もなく不可もなく普通レベルの作品。「1791年聖ヨハネの日の前の土曜日から日曜日にかけての夜の私の夢」★★宗教的な夢をスケッチしただけの代物だが、その内容も凡庸でわざわざ書き記すほどの内容とも思えない。ただのページ稼ぎ。
2009.07.29
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倉橋由美子「パルタイ・雑人撲滅週間」倉橋由美子全作品第1巻すごい。すばらしい。惚れてしまった。日本人作家でいうと安部公房以来の衝撃だ。とにかく文体がたまらなく好み。文体そのものは非常に平易なのに、単語の持つ音と意味の連鎖がかもし出すリズム感と現実浮揚感がすばらしすぎて、ただ読んでいるだけでも物凄い快感である。先に読んだ後期作品の「ポポイ」ではこの力ずくなリズム感が喪われている感があって、悪くはないのだけれども無色無臭で中毒性に乏しい。それに比べてこの初期作品の破壊力を見よ。しかも作品一つ一つにきちんとオチがあって(巻末の自作解説によるとこれは作者のこだわりらしい)、物語としても面白いのだ、もはや百人力。いやとにかくもう、書かれた作品そのもののすばらしさ。これだけでもう十分読者としては幸せ。このひとの本で埋もれて死にたいと思うぐらい好みである。「雑人撲滅週間」★★★★★明治大学新聞に掲載された最初期作だそうだが、間違いなくこれが最高作。というか、今までに読んだ日本人作家の短編SFの中でもダントツの最高オールタイムベスト。天才としかいえない。筒井のスラップスティック小説ひとまとめにしても到底かなわないぐらい完璧なギャグ・ホラーSF。殺人官がうろつきまわり、市の衛生課員が新法制定により「雑人」を撲殺して回るという話だが、単なるドタバタSFではなく、とにかく登場人物の思考や行動の異常さ、デタラメさ、不条理さが徹底していて、あまりの異質感に読んでいて眩暈と哄笑が同時に押し寄せてきて、愉快でたまらない。俺はこんな小説が書きたかったのだ。あまりの才能のすごさに強烈な嫉妬すら感じた。思わずスキャナーで読み込んでOCRでテキストにしちゃった。何しろ文庫本には未収録。またSF方面でも本作はほとんど無視されている。こんなすごい作品を見過ごしているなんて日本のSF界のレベルが知れるというものだ。「パルタイ」★★★これは出世作だそうだが、この作者の作品にしては創造性に乏しく、題材も陳腐で今ひとつ。少なくともこの本に入っている作品の中では最も平凡。この程度の作品を出世作にしてしまったという時点で、当時の日本の文学界のレベルが知れる。パルタイなる団体に恋人に誘われるまま入ろうとした女が、違和感を感じて、脱退する決意をするというだけの話。結果的に、党活動や左翼運動への風刺になっているという外見のわかりやすさゆえに評価されたのだろうが、そのこと自体で当時の思想界や文壇のレベルの低さがすぐにわかってしまう。倉橋が他の作品や解説の中で散々蔑視しているのも仕方がないと感じる。「貝のなか」★★★★1/2作者によると「パルタイの二匹目の泥鰌を狙ったが、似ても似つかないものになってしまった」と卑下しているが、どう見てもパルタイよりも百倍面白い。「貝」というのは(女性器を暗示する)女子寮のことで、男の目のない寮内で粘膜を共有しながらどろどろの人間関係(含同性愛)にひたる寮生たちへの生理的嫌悪感を、「パルタイ」テーマと絡めて描いている。とにかくこの猥雑さへの嫌悪感の描写がすばらしい。「スジコ」「タラコ」「イクラ」といったふざけたネーミングも最高。「非人」★★★★1/2寮の集金係が、同居する食費滞納の大食漢のせいによる財政危機で無能呼ばわりされ、悪戦苦闘の挙句、同居人を殺害してしまい、「非人」としてリンチされるという話自体はよくあるカフカ的不条理劇であるが、真人間には尻尾が生えているだの人物の発言や行動の異常さなど、全編に横溢する異質感がたまらない。文体のおかげで魅力が5割増しになっている作品。「蛇」★★★★★これもすごい。衝撃度で「雑人撲滅週間」にやや劣るとしても、「ある日目覚めたら口の中に巨大な蛇が入ってきた」という不条理状況から出発し、ひたすら予想の斜め上にばかりいく異常な展開を繰り返し、異質な世界像をじっくりと書き込んでいる。比較的長めの作品であることもあって、異様なリアリティがある。7メートルもある蛇が胃の中に収まって生きている、交際相手の女がその蛇に飲み込まれてしまうなど、現実の物理法則など知ったことかとばかり、想像力の赴くまま好き放題に書きまくっている奔放さが楽しく、こっけいである。そして唖然とする見事なオチ。もう何も言うことはない。「婚約」★★★★1/2カフカをモデルとしたKという人物が見知らぬ女に婚約を申し込まれてこれを受け入れ、同居するプロレスごっこ仲間のマックス・ブロートに勝手に作品を投稿され、父親に存在否定に近い邪険な扱いを受け続け、最後には結核で入院し、親友ミレナの手で嘱託殺人による実質的自殺を遂げるまでの顛末を、倉橋流の超現実的ギャグ文体で描いた作品。カフカが本当に情けない人間に描かれていて笑えるし、面白い。「密告」★★★1/2作者によるとジャン・ジュネの文体に影響を受けた作品だそうだが、道理で他の作品よりも読みにくく面白くないと思った。肌に粘りつくような粘着質の文体で気持ちの悪い情景描写が執拗に繰り返され、登場人物たちが殺伐とした同性愛や暴力に走りまくる。この世界の中に語り手を密告者として投入し、最終的に自分自身を密告してしまうという安部公房的不条理モチーフをテーマにした作品で、このテーマ部分のみは非常に面白い。ただ、やはり文体に溺れ過ぎて、テーマの切れ味がそれに埋没してしまっている感があって今ひとつだと思う。「囚人」★★★★作者によれば「雑人撲滅週間」を発展的に吸収した作品なのだそうだが、正直言って「雑人撲滅週間」のほうが断然上だと思う。本作はやや「不条理もののジャンル文法」にのっとりすぎていて展開に意外性がなく、インパクトで劣る。とはいえ、比べる相手が悪いのであって、本作単独で見るなら、不条理ものの定石に従ってそつなくまとまった秀作ではある。ある男がいきなり逮捕・処刑され、内臓をひたすら鳥に食われ続けるという話。内臓を食われても頭蓋が陥没しても生き続けていなければならないという設定になっているのでまさに地獄そのものであるが、最終的には情を通じた女に内臓をひたすら食われ続けるというオチになる。きれいだがややまとまりがよすぎるかもしれない。とはいえ、終盤に明らかになる超巨大都市の強烈なイメージひとつとっても、やはり作者が只者でないことを感じさせる。「死んだ眼」★★★1/2学生運動で失明し入院している女学生の視点から、個人の意思を離れて暴走する集団の愚行に流されたままになる人々への違和感をつづった作品。「パルタイ」同様ややひねりに乏しく、他の作品に比べるとインパクトに乏しい。ただ、超現実的な部分がなく、内容がわかりやすい分、当時の文壇の連中には比較的受けがよかったのではないかと想像される。ところで残念ながらこの全集は絶版であり、楽天市場には登録がなかった。一部収録作品はたとえば講談社学術文庫のこの本などで読めますが・・・「パルタイ」と「囚人」だけじゃ、この作者の本当のすごさは伝わらないよなあ・・・。
2009.07.23
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倉橋由美子「ポポイ」新潮文庫機械によって生かされた美少年の生首を飼う話。知的な腐女子に好まれそうな内容になっており、めっぽう面白い。いくらでも突っ込もうと思えば突っ込めるし作者にその能力もありそうなのに、あくまでもあっさり淡々と物語が進行し、主要登場人物の一人が生首であることを除くと普通の青春小説のように読めてしまうところが素敵。死と接する意識がつむぎだす宇宙的思索に対するシニカルな論評がそのまま宗教批評にもなっていて、作者らしい。強靭な知性と教養を持ちながらもそれに支配されることなく軽やかに笑い続ける作者のしたたかさが全編に貫かれていてとても楽しい作品。初期の暗い不条理小説のほうが個人的には好きだけれど、結婚後の「力の抜けた」こういった作品にもやはり捨てがたいよさがある。
2009.07.21
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パウル・シェーアバルト「星界小品集」工作舎20世紀初頭のドイツ作家の短編集。「永久機関」「小遊星物語」などのSF的な幻想小説で有名。この時代の科学的幻想小説は、SF的リアリズムやジャンル文法が成立する前なので、科学法則にとらわれない奔放な想像力の限りを尽くした空想の数々がとにかく楽しい。このシェーアバルトの短編集などその極致の一つ。「宇宙劇場」★★★奇想天外な宇宙劇を見せる宇宙劇場の建設に心血を注ぐ変人の話。この話自体は普通小説だが、本書の冒頭に置くにはふさわしい。「あたらしい大地」★★★1/2奇想天外な形状をした金星人が人口問題に悩む宇宙ファンタジー。その金星人(2種類いる)はこんな形状。「片方は巨大な図体でぶくぶくと太り、亀状の甲羅をからだの上下に持っていた。もう一方の生物は、握りこぶし状に丸めて足にもなる、長い指先をつけた触手を20本持ってい(た)」「舵手マルブ」★★★★ヴェスタという惑星の住民が、厚い雲の向こうを覗き見ようとして高みへと接近してゆく物語。SFでも特に人気のある「認識の変革」ものの原型ともいえ、面白い。「大きな木」★★★★小惑星ユノに住む植物に似た巨大な知性体を描いた作品。その後SFで頻繁にモチーフとなる集合知性体の原型がある。政治的メッセージもこめられている。「ツァックとヂヂと巨大なあたま」★★★★ケレスという星の雲の中に住む住人二人が、「磁気中心部」に潜む謎の存在の正体を探ろうとする冒険物語。星の周りの雲の中に無数の瘤状の突起があって山脈をなしている、雷とともに生物が生まれるなどの奇天烈な星の生態系描写が楽しいし、星の奥に住む「巨大な頭を持った生物」の発見とともに神話が変遷していくラストも面白い。「キーエンバイン教授の冒険」★★★★極めて巨大で希薄な金星生物と遭遇する科学者の話。地球そのものを生物に似た一個の永久機関と捉える作者お得意の思想も登場。とにかくこの作品は物理的方法で把握困難なほど希薄かつ巨大な生物というモチーフの魅力がすべて。「隠遁者」★★★★南米南方海上を漂う船が、空に発生した巨大な蜃気楼によって、小惑星エロスに住む奇天烈な生物を目撃する話。エロス住民の奇天烈さもさることながら、蜃気楼で大気が望遠鏡状態になって星の住民までが見えてしまうという着想の奇天烈さとのあわせ技で一読忘れがたい怪作。「友好的社会」★★★★隠遁者と同じ着想で、多数の鏡を使用して空中に巨大な天然望遠鏡を作り出し、木星周辺の奇妙な生物を観測する話。例によって木星周辺生物の形状の奇天烈さも見事だが、政治的メッセージも込めている。「硝子球」★★★1/2彗星内側にあるガラス球のような小惑星内部に住む魚状生物の話。「満ちたりた人々」★★★1/2宇宙文学が流行する未来を舞台に紹介される、自らの体から巨大な芸術作品を次々と生み出す奇天烈な水星人の話。「あたらしい穴」★★★★1/2奇天烈さではこの作品が一番か。小惑星が住人の希望を先取りして巨大な天体望遠鏡に姿を変えてしまうというとんでもない話。しかも、アジア北部で突如地割れが発生し、地底生物の竜が飛び出してくるという楽しいおまけつき。ラファティもびっくりの大法螺小説。「大胆な人々」★★★1/2今度は海王星外側の小惑星が太陽系外に飛び出すという、いまどき流行りの惑星移動ものの魁。惑星=生物説にも立っており、また「あたらしい穴」で登場した竜も改めて登場。話自体は普通。全般的に、奇想天外なエイリアンの数々とリーダビリティはワインボウムっぽく、スケールの大きな大法螺とユーモアはカルヴィーノっぽい。これは「永久機関」「小遊星物語」はもちろん、未訳作品も読んでみたい。
2009.07.20
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生きている脳スウェーデン作家の脳SF。マッドな企業が詐欺のような手段で脳培養実験を開始する。奇書だと思う。文体といいプロットといい、英米のエンタメ小説とは全く違う異質さ。ストーリーが単調で普通なら退屈しそうなものなのに、比較的論理的で明晰な文体の中で、時折現出するいわく言いがたい奇想的イメージの数々が興味を引き付ける。培養されている脳の視点からの一人称で、大部分が研究室・培養槽内部の描写で占められるのだが、たとえばこの脳は限定的な運動能力があって水槽の中を泳ぎまわるし、(意識とは物質ではなく電磁場に宿るものであるという前提の下にだが)テレパシーや念動力に近い能力を持っていて、担当の女性にテレパシーで話しかけたり、同じ研究室で培養されている手を、遠隔操作で動かしたりできる。しかも終盤に至ってこの脳はなんと脱走を計画するのだが、その方法というのが手を操作して水を流し、排水溝に流れ込むというものだったり、電気的方法で電場のパターンを移植して移動するというものだったりと、あるいは荒唐無稽だったり、あるいは高度にSF的だったりする。こういったシリアスとギャグが渾然一体となったグロテスクな悪趣味さが、たとえば後期の安部公房作品のようななんともいえない作品世界の不安定さを演出していて、忘れがたい味を持っている。終盤で現れる右脳同士の接続、胎児脳の培養などのディテール描写もなかなか強烈だ。しかしこの本格SF的展開のあとに、「胎児脳をいかに効率よく培養しても、蜂の巣の計算能力には到底かなわない」という人を食った展開が待っているなど、一筋縄でいかない(作者は医者の資格を持っており、明らかに荒唐無稽とわかっていてこういうネタを投入しているのだ)。予想通りのバッドエンドも含めて、とにかく英米エンタメSFとの異質が歴然としていて強烈としか言いようがない。ジャンル文法にのっとった予想通りの展開をする小説に読み飽きた向き、東欧SFのようなユーモラスな奇想小説が好きな向きにはお勧めできる作品。この作者はほかに「洪水のあと」というポストホロコースト小説が訳されているようだ。こっちも同じぐらい変なのだろうか? ぜひ読んでみたい。削除修正ストップ再開ごみ箱sage
2009.07.19
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サマー/タイム/トラベラー(1)サマー/タイム/トラベラー(2)高校生が主人公のいわゆるライトノベルに分類される作品だし、一貫して高校生の一個人視点で宇宙全体を語ってしまう、俗に言う「セカイ系」に分類されそうな作品なのだが、しっかりと本格SFである。前巻の時間SF研究のくだりこそやや冗長な感じがするが、作中で天才高校生たちが繰り広げる超科学理論の類がいちいち面白いし、これだけ宇宙全体を超えた大風呂敷を広げながらも、ストーリーが一地方都市の仲良し高校生たちの夏休みの青春物語の範囲にとどまっているスケールの小ささがかえって新鮮。おまけに連続放火事件と脅迫状の意外な真相はサイコミステリっぽいし、狂言誘拐のくだりなどピカレスクの要素もあり、むろんこの手の作品でお約束の淡い恋愛の要素もあり、と盛りだくさんで楽しめる。「時を駆ける」超常能力を持った少女を登場させながらも、この手の作品につきものの派手な展開もアクションもなく、ひたすら彼女に置いていかれる普通人の「ぼく」視点からの「ちょっと変わった高校生の夏休み部活日記」で延々と話を進める様子は、ほとんどアンチSF的ですらあるが、その分登場人物ひとりひとりのキャラクターがしみこんでくるし、あのけだるく時間の進みの遅い遠い日の夏休みの肉体感覚がリアルによみがえっても来る。母親とチャットで日常会話をしているなど些細なコネタもいろいろ挟んで飽きさせないような工夫が感じられる。終わり方もきれいだし、非常に完成度の高い作品だと思う。少年もの侮るなかれ、だ。SFの進むべき方向は本作のような少年向けの衣をかぶった本格SFにこそあるのかもしれないと、半分本気で感じている。大体自分が昔SFにはまったのも、少年向けの優れた作品があったからなんだし。
2009.07.17
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佐藤亜紀「天使」文春文庫第一次大戦でプロシアのスパイ組織に雇われる超能力者を描いたアクション・ヒーロー小説。いちおうSFに分類される作品ではあろうが、徹底したリアリズムと、悪い意味で予想を決して裏切ることのない型通りのストーリー展開ゆえに、まったくSFを読んでいるような爽快感がない。自分の中ではこれはSFじゃないです。歴史を題材にした普通小説ですな。とにかく起こる事件が戦時中の諜報合戦と恋愛沙汰、家族の確執などなどのあまり興味を感じられないものばかりなので、途中から読み飛ばしモード。この手の小説としてはたぶんよくまとまっていて水準は高いのだろうが、正直、私にはお門違いだった。「ミノタウロス」のほうがずっと面白かった。解説者によると「美男美女の諜報合戦やラブシーンが最高」なんだそうだが、理解不能。「興味ねえ」としかいえない。
2009.07.14
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ミノタウロス粗野だが知的な普通の若者にひそむ獣性が、戦争によってもたらされた混沌の中で暴走し、人間でもなくけだものでもないミノタウロスを現出させた挙句、全く救いのない終末へといたる。この作者の大半の作品と同様に、第一次大戦前後のロシア東部(ウクライナ)という異国を舞台に、大局的な説明を意図的に欠落させた、徹底的に個人的な視点の一人称で描写される。こういったホッブズ的自然状態を現代の日本社会を舞台に現出させることは(たとえばバラードのごとく)超現実的手法やSF手法でも用いない限り無理なので、徹底したリアリストである作者の作風からすると、こういった過去の異国を舞台とすることはある種の必然だろう。日本人になじみの乏しい歴史上の異国の地、しかも小作農から成り上がった小地主の息子の個人視点からの等身大描写を、日本人でありながらこれだけ写実的に本物らしく描写できる筆力は確かにすごい。しかも文体に全く無駄がなく、そこに時折差し挟まれる人間性に対する極限までにニヒルな認識も、不快ではあるが真実と認めざるを得ない説得力がある。何の教訓も無駄な情報もない。ただ、人間性に関する生の事実を、そのままむきだしにして読者の目の前に投げつけるだけの作品である。戦中世代の戦争文学のごとく実体験をもとにして描いているのではなく、純粋な想像力だけでそれをやっているのが、この作者のすごいところだろう。ただ、あまりにも描写に容赦や遊びがなさ過ぎて、読むとどっと疲れるのが正直なところ。1冊読んだら、次のはもうしばらく読みたくない、という感じ。評論家筋にめっぽう評価が高いのに爆発的に売れたりしないのは、そんなところに理由があるかも。
2009.07.13
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フェルディドゥルケ世界の文学よりゴンブローヴィッチ「フェルディドゥルケ」これは面白かった。もっとも、長すぎるので途中かなり読み飛ばしたが、最大の魅力が文体にあるから筋は多少はしょって読んでも問題ない。30歳になっても世間から未成熟扱いされる中途半端な立場を自覚する語り手=作者の分身が、「おちり」(幼児性の象徴概念)を取り付けられ子供に変わってしまい、学校、寄宿舎、農場と舞台を変えながら俗世間の滑稽さを体験し、復讐を試みながら「つら」(=うわべ、世間体、仮面の象徴概念)をつけかえ遍歴を重ねるも、連れ去った娘の俗物さを見せ付けられ、空から照りつける「おちり」に追い詰められ耐えかねてトンズラする、という人を食ったオチにいたる。ライ麦畑+ブリキの太鼓+時計仕掛けのオレンジ、という感じの小説。作者の略歴や社会観、人生観などを解説で読んだところ、自分と似ているところが多すぎて笑ってしまった。ほかの作品も読んでみる価値があると思った。長編だとけっこうへヴィーに感じるが、短編だとこの強烈な文体の破壊力が最もよく生きるのではないかと思う。
2009.07.09
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集英社世界の文学よりシュルツ「肉桂色の店」「クレプシドラ・サナトリウム(抄)」ナチスのホロコーストで処刑されたポーランドのユダヤ人作家の連作短編集。世界の幻想文学総解説に載っていて読みたいと思っていたので読んでみたのだが、正直すごくつまらなかった。マジックリアリズム的なやたらと綿密で比喩多用の情景描写がみっしりと畳鰯のように続き、ストーリーらしいストーリーがなく、父親を中心とする親戚の生活の様子がだらだらと綴られる。それに対する「私」の心情や解説が綴られるなら多少は面白く読めるはずだが、ただ淡々と描写されるだけなのでどう面白がればいいのか分からない。後半で突然父親がアブラムシになったり蟹になったりするのだが、あまりにも唐突だし、そういう風に変身したことで新たな物語的な展開が発生するわけでもない。最後に入っている「父の最後の逃亡」では蟹に変わった父親が母親に料理されるという衝撃の展開なのに、やたらもってまわった晦渋な文体と語り手の心理描写の欠如のためにたいした盛り上がりもなく終わってしまう。執拗な淡々とした情景描写や理屈っぽさはトーマス・マン、父親への固執や変身ネタ、被害妄想的な陰鬱なイメージの連鎖はカフカの影響のようだが、残念ながら「物語構築意欲・能力の欠如」という致命的な欠陥ゆえに、マンやカフカの作品には及びもつかない単なる出来の良くない散文詩に終わってしまっていると思う。なお作者は版画家でもあるので、おそらく物語を作る意図すらなく、文章で絵を書いているような感覚なのだろうと思われる。そういうのが好きな人には結構評価が高いようだ。だが、私にとっては、一言で評するなら「根暗ファザコンユダヤ人の妄想鬱日記」。読むだけ時間の無駄であった。この作家の全作品は平凡社ライブラリーのシュルツ全小説で読めます。↓
2009.07.08
フリードリヒ・シラー「招霊妖術師」国書刊行会 世界幻想文学大系第17巻ゲーテと並ぶドイツ文学の始祖の古典主義者、だそうだが大学時代ドイツ語を選択していたにもかかわらず名前ぐらいしか知らなかった。ベートーベンが曲を付けた「喜びの歌」、戯曲の「ヴィルヘルム・テル(ウィリアム・テル)」などを書いた人なんだそうだ。いかに古典に興味がないかが我ながらバレバレだ。しかし興味がなく知識が乏しい分、この年になって本作のような意外な傑作を新たに楽しめるというのは逆に得かもしれない。本作は2部構成であり、前半は、従弟の死を予言された貴族が妖術師(実在のフリーメーソン団員カリオストロがモデルだそうだ)の招霊術の正体を暴く(つもりになる)に至るまでの顛末を描き、後半は、その貴族が世俗にまみれ、借金を重ね、ギャンブルと女に熱中し破滅するまでの姿を描いている。あらすじだけをこうやって書くと凡庸に見えるが、18世紀ドイツの風物や貴族社会の描写、知性と教養と人間性の洞察にあふれる鋭くかつリアルな心理分析、前半を従者の視点からのオカルト推理小説、後半を別の従者から来た手紙というスタイルで描く社会風刺小説という2部構成にした構成の新奇さ、そしてなんと言っても前半後半をおおう巨大な影のように描かれる妖術師とその背後の教会の謎めいた不気味さによって、独特の忘れがたい文学世界を体験させ一気に読ませる。妖術師の描き方に、ブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」をちょっと思い出した。前半をメインに読めば、オカルト小説としても、合理主義によって謎を解明した探偵役の貴族が後半で没落し敗北してしまうというアンチミステリとしても読めるし、後半をメインに読むなら、謎の秘密結社の姿を描く怪奇小説としても、またその秘密結社によって翻弄され破滅してゆく貴族を半生を描いた風刺小説としても読める。この時代の文学はまだジャンル分けが不分明な分、ジャンル文法も確立しておらず、一つの作品中に様々な要素がごった煮のように混在しているので、「一粒でいくつもの味を楽しめる」よさがあると思う。それにしてもこの「世界幻想文学大系」の作品選択の幅広さはすばらしい。シラーの代表作はほとんど戯曲と詩であり、散文の長編小説は本作しかないそうだ。こんな作品を選び出し「幻想文学」の観点の中に序列付ける編者=紀田、荒俣幻想文学両巨頭の博識とセンスの良さ、本当に心の底から尊敬し、土下座して泣きながら僕を弟子にしてくださいと頼みたいぐらいの気分である。
2009.07.07
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超弦領域08年日本SF年刊アンソロジイ。とはいえSFとは呼べない作品がかなり多い。法月綸太郎「ノックス・マシン」★★★1/2ノックスの十戒というミステリのルールを題材にした、真っ当なタイムパラドックス小説。オチは古くからある常套的なものだが、ミステリルールに関する尋常でない薀蓄の深さが作者ならではで、単なるSF者には書けない点がワンアンドオンリー。数理文学解析なる架空の学問に対するディテールのSF的な描写も面白い。ミステリ作家による本作が、皮肉にも集中で最も正統的なSF作品になっている。林 巧「エイミーの敗北」★★★1/2集合無意識が社会をコントロールしているという魅力的な設定の下に、新たな集合無意識との接触を描いた作品。精神分析ネタでありながら、理論的に深入りせずさらりと流し、SF的質感と結末の神話ホラー的質感の描述に集中しているところが良い。樺山三英「ONE PIECES」★★★フランケンシュタインの怪物を題材に取り、その象徴的意味、人々がそこに求めようとしたものを、さまざまな「怪物」と称されるものをピックアップしながら論じた、フィクション形態の評論。この作者の他の同種短編と同じく、物語性が皆無であることと、奇を衒った構成の割に表現されている思想の微妙な浅さゆえに、個人的には評価が低い。小林泰三「時空争奪」★★★★川が小さなものから次第に大きくなり、他の川の上流を奪い取ってしまう「河川争奪」の現象を、メタ時間の流れの中におけるいくつかの時間の流れに類推適用して物語化した、超絶バカSF。理系的感性あふれる奇想と、読みやすい簡潔なスタイルの結合という作者の特長が遺憾なく発揮された傑作だと思う。津原泰水「土の枕」★★★1/2偽名で日露戦争に赴いたことから本来の氏名を失ったまま天寿を全うせざるを得なくなった男の数奇な人生を、騙りに満ちたスタイルで叙述した佳作。実話を基にしているらしい。ただ、「事実は小説より奇なり」とはいえるが、いくらなんでもこれSFじゃないでしょ。あと、もって回った文語調も、個人的にはいやらしく感じてあまり好きじゃない。藤野可織「胡蝶蘭」★★★★生物を捕食する胡蝶蘭を扱った植物怪談。簡潔で味のある文体で、日常生活に入り込む怪異を描く筆さばきはうまい。ただこれも、まったくSFでないとまではいえないとしても、分類するなら普通ホラーでしょ。岸本佐知子「分数アパート」(「あかずの日記」より)★★★★1/2これは面白いねえ。めっぽう面白い。翻訳家が日々の妄想を事実と織り交ぜながら日記スタイルで書いたものだが、とにかく着想が非常に奇抜で面白い。・・・でも、これもSFとはいえないでしょ。石川美南「眠り課」★★★1/2会社の中に存在する幻の部署<眠り課>をテーマとした短歌集。ユーモアと幻想がない交ぜとなって独特の味がある作品群だが・・・やっぱりSFじゃないです。ファンタジーでしょ、これ。最相葉月「幻の絵の先生」★★★星新一の伝記を書いた作者の、新一の父・星一の謎の私生活に関する取材過程を記したルポ作品。結局、著者の推理の真偽不明なまま取材は頓挫するわけで、そこがフィクショナルで面白いといえば面白い。ただ、星新一の一族に興味がないと面白さが半減するという意味では一般性に欠けるし、それを小説作品と並べてSFアンソロジーに入れるのもどうよって感じ。Boichi 「全てはマグロのためだった」★★★1/2最後のマグロを食べた男がマグロをよみがえらせるため全力を注ぎ、様々な発明を行うという超絶バカSF漫画。作者は韓国の漫画家らしい。バカな着想で最後まで突っ走る破壊力はすごいと思うし普通に面白い漫画だが、年刊アンソロジーに選ぶほどの作品かというと正直、微妙。倉田英之「アキバ忍法帖」(イラスト・内藤泰弘)★★★1/2筋金入りのラノベ文体+挿絵で、山田風太郎の「忍法剣士伝」というギャグ忍者小説をパロった作品。アキバ12人衆のキャラ設定、キャラデザイン、12人衆を出しながら2人しか戦闘シーンがないといういい加減さなど、心置きなく大笑いさせてもらったが、この種のギャグ小説は数限りなく書かれていて特に珍しくもないわけで、これをわざわざ年刊アンソロジイに入れるってのはどうなんだろう、と思う。堀 晃「笑う闇」★★★1/2人間とロボットの漫才コンビをめぐる心にしみる佳作。久方ぶりに真っ当な小説のSFだが、やや地味なのも確か。小川一水「青い星まで飛んでいけ」★★★人類に作られ、長大な時間をかけて<融合すべき知的生命>を探し回る機械人の話。テーマは壮大なのだが、全体が<結婚相手を探し求める男の話>の比喩になっている上に、会話文がラノベ丸出しで下品。オチも普通だし、アンソロジーに入れるほどのレベルの作品かというと、非常に疑問。円城 塔「ムーンシャイン」★★1/2この作者の売りである「過剰に理知的に回りくどい駄洒落多様の韜晦文体」にすでに食傷している私の目には、まずこの文体が「内容の乏しさを誤魔化すためのおためごかし」「バカの一つ覚え」にしか見えないので、その点で減点。その欠点を超えるような優れた内容があるかどうかが評価の分かれ目になるわけだが、本作は、あの馬鹿げた「オブザベースボール」などと比べると、「少女の脳の一部に出現した、コンピュータとして機能するある数値」というトンデモアイデアを正面から扱っている点できっちりSFだし、ちゃんとした人間のキャラクターが数人出てきて、一応物語の体もなしていると思うので、それになりに読み応えあるものにはなっている。とはいえやはり冗長な文体が物語の進行を大幅に阻害し、その結果肝心の筋があらすじ程度のものに終わってしまっている。酷なようだが、この作者は一度この文体を完全に捨てて違うものを書いてみないと、絶対に成長することはないと思う。伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」★★★1/2「007」の主人公をモデルにした人物像を脳にコピーして生み出される無数の「哲学的ゾンビ」が殺人事件の謎を追いながら、自意識の問題を追究するうちに、意識の消失という現実と殺人事件の恐るべき真相に行き当たる、という話。フィクションと実在との関係を追究した哲学的メタフィクションでもあるし、ストレートな意識論、存在論テーマの作品にもなっている。長編「ハーモニー」の問題意識そのままの作品だが、007に興味のない人間には読みづらいのと、ユーモアの乏しい生硬な文体や展開が、作品の切れ味をやや殺いでいる印象なのがちょっと残念。総じて、そこそこ面白く楽しめる本ではあるが、編者がいうような「オールタイムベスト」級の作品が一つも入っていない点でも、非SFが過半数を占める点でも、看板に偽りあり、かもしれない。あまり期待しないで読むなら、たぶん満足できるでしょう。
2009.07.01
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