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月末であり、夏であり、盆に近い季節ということもあり、しきみや榊がどんどん売れてゆく。だから今日も、暑い昼を避けて、3時頃から山に出かけ、しきみを撮りに行きました。今日は帰りが遅くなるかなと思いましたが、昨年の記憶を頼りにあるところに行くと、美しいしきみが群生していて、瞬く間に予定の量のしきみが取れました。そのしきみの群生は、以下のようなものです。携帯で撮りました。 それで5時過ぎには仕事が終わり、野の花社に帰ったのは6時近くでした。 とってきたしきみを水をすこし入れた、服など入れるケースに整理して立てておき、そのあと近くの川で泳ぎ、石鹸つけて身体と頭を洗いました。今年2度目の川の中での体洗い。夕方だこともあり、水はすこし冷たいのですが、ひんやりしたそのかんしょくがとて、もいいものでした。
2004.07.30
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今日も妹と長い話をする。彼女は時々どうしたらよいか分からなくなって、また体が疲れてしまって、いらいらしながらなにかにゆきずまってしまうふうに、あちこちでへたりこんでしまう。最初のうちは戸惑ったが、何とか慣れてきて、巻き込まれないで関われるようになってきた。 私たち兄弟妹に共通のことだが、彼女も不決断、心配性、主体性の未成熟さがあって、大事なことがなかなか決められないでいる。そして悲観的なつぶやきに似た言葉を、連発したりしている。 そんな私たちに共通な問題について、今日はよく話した。 私も兄もそれで苦しんだこと、母の苦しみを聞く役割を引きうけくるしんしでいる人に対して過剰な関心を抱いてしまうこと、その結果自分がエネルギーを失って、苦しくなること、 やはりもう眠い 寝ます。以下は刑務所にいるときに書いたもの。 「風邪が治り行く日々」秋の終わりの寒暖の差の激しい日々に風邪を引いてしまった1日おきに3度ほど40度を越す熱が出たそのたびに激しい汗をかいて熱は下がったしかし昼になると38度近くになる日々が続き仕事をするのがつらくなったのでついに病舎に入った刑務所にきてはじめての病舎入りだった 白衣を着て独房のベッドに身を横たえてただ静かにしている日々だったしかし不思議に退屈しなかった朝は朝焼けが窓を染め昼になると陽光が房の中を白く輝かせしんとした静けさを際立たせたそんな白い空間の静けさが心地よかった 1日1日と熱は下がっていったしつこい咳も取れていったそんな5泊6日の病舎の暮らしの中でそうして静かに横たわりながら誰とも話をすることもなく風邪が治って行く過程を見つめていると生きていることの全てが不思議でならなかった (92・11/29作) 「柏餅が運んでくれたもの」端午の節句の5月5日だから獄舎でも昼飯時に柏餅がでた餡入りのこな餅を柏の葉で包んだ袋入りの餅2つが出たのだ温かいお茶を飲みながら私はその2つを美味しく食べた 食べ終わって残り物の柏の葉を捨てようとして布とその葉を明るいまどの光に向けすかすように見つめてみると子供のてのひらくらいの大きさの丸みを帯びた鋸葉に縁取られたその色あせた柏の葉は突然生き返り自らを語り始めたすっきりと浮かび上がった葉脈はそこにみずみずしい樹液が静かにながれ森の中に生き生きと息ずいていたまばゆい緑であった自らを語り始めたのだった 私はそうしてほんのひととき森の生命のながれに触れたのだった
2004.07.29
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妹との関係に困難があることもあり、刑務所で出会った金光教の教誨師の吉田先生のことを思い出す。 吉田先生の父親が金光教の教会をはじめたのだが、その父親に関し、ある日のグループ教誨で彼はこんな話をした。 確か戦後まもなくの、まだ食糧事情のよくない頃の話だったと思う。彼の家族は明日食べる米もなくなってしまったことがあった。父は家族にたいしそのことを明らかにした上で、みんなに 「神様にお祈りしに行こう」と言い、家族を連れて神前に行き、深く頭を下げ、手をあわせて次のように言ったという。 ここまで話を聞いていて次にどのような言葉が出てくるか、よくわからず、すこし緊張していたきがする。 父親はこういったのだ 神様、今日まで食べ物を与えてくださり ほんとうにありがとうございます 明日食べる米もない中で どうか明日には米のお供えがありますように などといっつた話は全くなかったのだという確かに妹との関係は困難だけどそのほかいろいろ困難があるけ度まずはこの私が生きていることに眠い、まだ10時なのに眠ります
2004.07.28
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この数日間、よく妹と話し合っている。彼女とはほんとうに、この26,7年よく話し合ったことなどなかったのだとあらためて感じながら。幼い頃のこと、高校生の頃のこと、私が逃げていた頃のこと父母が死んでいった頃のこと、兄のこと、近所の人々のこと。大阪での彼女の生活のこと、あれやこれや話は尽きない。 ときどきお互い声を荒げるときもあるけど。 でもすぐ穏やかに話し合える。 今日も朝は近くの山で50本分くらいの、榊の小枝を取り、昼から道の駅をのぞき、七宗の山に入る。その頂上付近で撮ったのが以下の写真。 カーブミラーの中にもそよ風号があり。その向こうに小さな私がいる。眠いので寝ます。
2004.07.27
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今日は葬式に行ってきました同じ地区の1年先輩の人で合鴨の卵だったかを道の駅などに出していた自然な農法などの研究に熱心な人でした太郎さんという人です昨年は徳山ダムの造成地に群生するコゴミの調査に2人で行きました彼の車に乗せてもらってですコゴミやコシアブラの栽培にも取り組んでいるなど私も教えて欲しいことが一杯あった人でしたつい先日女友達から彼が入院していることを知らされたばかりでまさか亡くなるなどとは思っても見なかったのですが真剣に農業のこと、農村の未来のことなど考えていた人だけにこんなに早くなくなってしまってちょっとショックでした焼香のときに置かれていた彼の写真を長く見ていました胸が熱くなるものがありましたさくねんの徳山行きの帰りの車の中で彼の問いかけに応じる形で私がなぜあのような行動に出、過ちを犯しどのようにそれを見つめなおしてきたかかなり詳しく話したこともありました彼はそんな話をよく聞いてくれかなり理解してくれた感じでした太郎さんもっといろいろ話し合いたかったです
2004.07.26
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私の56歳の誕生日です山の仕事に出かけようとしたら久しぶりに雨が降ってきましたほんとにいいお湿りというやつですほんの30分ほど降っていまは小止みになっています今朝は花たちにいつものように水をやっていると同級生のR子さんのお父さんのやすじさんがとうりかかって 「根気に水をやるなー しかしな水は朝だけにしとけよ 夕方や夜にやると 甘やかすことになって根が張らなくなるからな」ととてもいいことを言ってくれましたたくさんやったほうがいいと思って私は夕方もやるときがあったのですがそういわれてそうだなーと、とても納得してしまいましたなんにでも通じるいい言葉だと思いすこし嬉しくなりました56歳の誕生日に特別な意味があるわけだとは思いませんが7の倍数の歳ではありまた今年になって一つの大きな変化も感じてもいて大きな節目の年である事は間違いなさそうですあの人とのとても楽しかった3ヶ月もありました彼女にはとても感謝していますそして妹とのこの三週間彼女との関係で犯した誤りを意識しつつ何とか過ごしてもいます仕事もいろいろありました私にも屋根修理の仕事が出来ることをあの親父さんは教えてくれました生きてゆく道にすこし幅ができてきたのを感じていますそのほかにも今は明らかにしませんが私にとって良いことが起きています私の道が開けてくるかもしれないという思いもあります雨が止みました山の仕事に行ってきます私が出しているしきみや榊はほんとによく売れていますいまが売れ時でもあるのですがだから今日も山に行きます 夕方山に出かけて、山の中で雷雨に襲われた。上の写真はその山にたどり着くすぐ前の林道で撮ったものです。その先の林道の脇でしきみの枝を切っていると、5時頃から雷が鳴り出し雨も降ってきました。かなり近くにも雷が落ちる感じなので、カッパを着て近くの大きな木の下の藪に身を潜めて、やり過ごすことにしましたが、なかなか止見ませんでした。このまま死ぬことだってあるんだろうなとか思いつつ、身をすくませていましたが、一瞬の後に死ぬと思ったら、全てに感謝し、これまでであったひと皆に感謝して死にたいと思ったりしました。そしてこの山の中の雷雨は、私の56歳の誕生日にたいするからの素晴らし贈り物なのだとも感じました。私にふさわしい、これからの人生もこんなものだと楽しく笑われているようでもありましたが。
2004.07.25
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妹が医者の診察を受けにいったので,今日の夕食は久しぶりに一人で、テレビもかけずに静かに食べる。カナカナ―ヒグラシがないていて、しんしんとした夕べが心地よい。 仕事も屋根拭きの親父さんと話がつき,私は基本的に彼とはもう余り仕事をしないことにしたから、また山の仕事に戻り,マイペースで時間を過ごしている。この方が私には向いているのをあらためて感じる。 屋根拭きの仕事も,もう一人の金山の人との関係で,ゆっくり覚えていく気はあるが,そうアセクセするつもりはない。そのほか自分でできることは自分でやってゆこうとも思っている。 今月は屋根の仕事では、月初めに自分でやっつたぶんが3万5千円と,親父の仕事で2万円ほどあるだけだけど、道の駅などの売上が3万近くは行くだろうから,何とかしのげるだろう。そのほか思いがけないところから,いくらかのお金が入ることにもなったし、何とかやっていけるだろう。この4日間ほどは,道の駅などに榊,しきみ,などを毎日4千円分ぐらい出していることもある。少なくても確実にお金になっていくのだし。 そして何とか8月の後半には,自動車の免許も取ることにした。そうしたら山の仕事でももうすこし稼げるだろうし。 このところやまにはいると,山に帰ってきたという実感がある。 一昨日は入りしなに,猪の子供、うりぼう2匹を見たし、帰りには黒猫も見た。猫は捨て猫なのだろう、然し深い山の中で生きているその姿に励まされるものを感じたりした。親猫と子猫の中間ほどの大きさだったけど。 またしきみを取っていて,しきりにはちのようなものが手のあたりにぶつかってくるので変だな―と思ったら,通称じょうり蜂という、アシなが蜂ほどのがしきみのはの裏側に巣を作っていて,私を刺しに来ていたのだった。私はすぐに逃げ出してさされはしなかったけど,山仕事ならではのことだった。
2004.07.23
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暑い夜妹は,すこし寒いらしく電気ごたつをいれて身体を温めて寝ているもう彼女がきてから20日近くたつすこしからだと心が弱っていて25年ほどの関係のブランクもあり関係の修復、かいふくにお互い時間がかかる感じ依然荒れ果てている母屋の状態鬱を病んで今も入院に近い状態にいる兄そして妹のこと去っていったあの人のこと生活費を稼ぐ困難屋根屋の親父さんとの関係の障害すこし気が重くなるときがある特に落ち込むというわけではないけど少しの間からだから力が抜け足を引きずってあるっているときがあるでもすこし身体を動かしていると元通りになり調子が出てくる私は過去に罪を犯した加害者であるその主体的責任を負うような生き方がしたいと思うそんなことの一つとしても私の置かれている現実の情況をほんの少しでも社会化したいと思う多分私などすごく恵まれているのだろうその私さえこんな困難な情況の中に生きれいる自分で困難ななどというのは眉唾物かもしれないが再犯で出てきた人のケア―をするようなそおいうものも必要だ眠いので寝ますpm11時8ふんい寝る前にある人のところからコピーしてきたものを,以下に貼り付けます(祈り)既にあるが如く、御心のままにならしめ給え 小松賢次内なる神秘家の存在に祈ります私を目覚めさせるものを示し私のハートの神秘を顕してください私の生と、生が私に与えてくれたすべてのものへの深い感謝のなかでこの聖なる旅の進路を示し導いてくださいますように ミスティカ私を創造した総てのひとと私と 私の家族と 友だちと私が出会った全ての人とこれから出会うひと、そしてこの地球上に住む総てのものが穏かに慈悲深く過ごせますようにそして宇宙全体の調和とバランスがとれますように 裸足の天使
2004.07.22
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昨日は屋根修理の親父さんと、すこしシビア―な話し合いをする。彼自身この間余り仕事が上手く回転しないこともあり、何とかそれを打開したいといった,焦りのようなものもあるのだろう。 私の仕事に対する取り組み方に、この仕事でやっていこうという熱意,意欲が感じられないとか、山の仕事とのメリハリをつけてくれとか、やる気をそぐようなことを言わないでくれとか,いろいろ言われた。もっともなところもあり,彼の気持ちを理解しきれていないところも感じたが、ともかく今のところ彼との仕事では、最低限のお金を稼ぐことも難しいので、彼がほんとに忙しいときなどにその仕事を手伝う方向で,彼との関係を変えることにする。 ともかく6月も彼の仕事では5万も稼いでない感じだし、今月にいたってはまだ1万2千円にしかなっていない。私自身ピンチなのだ。とりあえず,また山の仕事に力を入れることにする。 野の花社の周りに植えた花たちが、盛んに花をつけ始めている。毎日それに水をやり、その花たちを眺める。美しい,可憐な花たち。 昨日は 出会い系のサイトを覗いていて,アダルトなところで完全無料とあったから,登録したら、すぐ5,6通のメールが入り怪しいので,料金無料とあったがほんとうかと問い合わせたら、ポイントオーバーですので15000円を3日以内に振り込んでください,という返事がくる,ということがあった。もちろん払う気はないけど、こんな手で人の弱みに漬け込んで金儲けをしている人々がいることに,すこし憤りを抱いた。 もうすぐ56歳になるが、ときどき押さえがたい性的な欲求を感じる。道の駅や仕事に行く街の道でみずみずしい感じの女の人を見ると、あんなな人とセックスしてみたいなーと、その場で感じることはよくある。そんな欲求があるから,ついアダルトな出会い系サイトに登録してしまうといったこともやってしまうのだけど。でもこんなことも初めてで,1つの学習ではある。 すぐ受信拒否を設定し、昨日はそのサイトから来たメールを警察にも見せてきた。
2004.07.20
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私という加害者の光学―4の続きを、昨日の日記の続きに書きます。これからです。17/pm11じちかく。
2004.07.17
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今日は休みだった。それで午前中、近くの公民館で開かれた、天理教関係の著名な人の講演を聴きにいった。筒井敬一とか言う人で88歳ぐらいの人だったが、なかなか良い話し方をする人だった。 彼はもともと、私の家族とはある因縁のある関係をもったことのある人で、そのうち一度おあいして話をきいてみたいと思っていた。ある因縁とは次のようなことだ。 彼は私が生まれる頃から、私の家族がやっていたこの野の花社の前身の、天理教美神分教会に講師などとしてやって来ていた人らしい。布教師として一人で岐阜県の各地を回り、多くの人々に、感銘を与え、慕われていたような、天理教の布教師の中でも実力のある人だったというか。 私の母はそんな人との出会いに喜びを感じてもいたのだと思う。私が小学1年生ぐらいのときだったか、父が胃潰瘍で入院して手術をしたとき、その父の病気からの回復も願い、信仰に力をいれようとし、筒井さんをこの教会にたびたび呼んだりしたのではなかっかと思う。 そのことが誰かに誤解され、不倫な関係にあるかのような噂を立てられたり、そんな話を入院中の父の耳に入れた人があったようだ。また父の承諾なしに40万円ほどで山を売り、本部に寄付するといったこともしたらしい。 それで退院してかえって来た父が怒り、親族会議を開き、母は孤立無援の情況の中で、子供たちのために離婚だけは避けるべく多くのことに耐えたらしい。その頃から昼間でも酒を飲むようになっていた時期がある。 そんな因縁のある筒井さんの話しを、今日やっと聴くことが出来た。人は不足や苦しいことばかりを覚えているが、自分を支えてくれている自然の恵みにはかんしゃしていないということなどについて 話された。その話し方が夫婦の間のコミニケイションのあり方などを真似たりして、受けに受けるような楽しいものだったこと、人として生まれてきた責任、義務は幸せに生きることだ、といったりして、天理教特有の人助けの話などせず、誰でも入っていける話し方だったこと、かなりずけずけものを言う人だったことなど、私も心地よいものだった。 母がこの人に惹かれ、何か新しい生き方を探ろうとしていたのだということを、今思う。そしてそれがどうしてか不可能になり,かえって苦しみの原因になってしまったことを,痛々しく思う。多分その頃の母や筒井さんにも、若さゆえの配慮がたりなかった面もあるのだろうが。 私が幼い頃、何かで父が母に怒った際、「男にどげやがって」などということばをなげかけたことがあった。 この件の詳しい経過を私は知らないが、親族会議が開かれた席には,私の家の教会の上級教会である,岐阜の岐美大教会の女会長も同席していたが、母の味方をしてくれることなかったことを、悲しかったと母から後日聞いたことがある。 こうした布教活動上のトラブルと,それによって父母の関係が悪化し、私たち子供もそのことに深い影響を受けたことに関しては,父母だけでなく、その周りにいた人々 、岐美大教会の人々ににも相応の関係責任がある。 もし筒井先生がもっと長くこの家に関わりつづけることが出来れば、ひょっとしたら父母の関係はもっと酔いもものになっていたかもしれない、。眠い眠いので寝ます。
2004.07.16
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今日もひぐらしの盛んに鳴く声で目がさめる以前は確かひぐらしは夏の終わりになくせみだったのにいつか夏の初めになくせみになっている熊本の刑務所にいるときからそれに気づいたのだけどここでも同じだったそしてまたサルの数匹の群れがきて野の花社の前の山で鳴き始めている昨日のお昼あたりに気づいたのだけどまた近所の人がつくった農作物が食い荒らされてしまうのだろうわたしがののはなしゃのへいのうちがわでつくっているトマトはすごくいい出来でいっぱい実をつけ始めているけどそれだってて狙われかねない去年はミニトマトを作り余りで機が良くなかったからやられなかったけどサルの中の1匹は野の花社の塀ずたいに下見に数回きているししたの写真はそのトマトを写したもの 〈私という加害者の光学-3〉 ある種の傾向の人に私は自己中心的だと感じられているようだけど、すこしだけそのような人たちにも分かるように、そうではないことを明らかにしておきたい。 たとえば私は刑務所にいた13年間、余りにも受刑者の人間としての尊厳を傷つけ、ひいてはその再犯可能性を高めるような処遇が多かったので、常にそのような処遇を改めてくれるよう、当局にたいして書面で願い出るということをやりつずけた。またすうけんの訴訟にもうったえた。そうしたことの結果として処遇が変わった事もいくつかあった。またそうしたこともあって私は、そこでの労働で得られるわずかなお金も使い果たし、出所するときには4万円のお金しかもらえなかった。そんなことしていなければ80万円くらいのお金はもらえたはずなのに。 私がそううしたことが出来たのは、そうした刑務所の中でもささやかな喜びを感じつつ生きられるようになり、未来にたいする不安を抱くことなしに、いまここの情況に対応しつつ生きられるようになっていたからだという気がする。 出所後も、生活に終われてさしたることは出来なかったけど、ある出所した囚友が再犯にいたらざるを得ないような困難に直面していることを知り、熊本の東本願寺の宗教者らの助けを得て、それをふせいだり、再犯して入ってしまった囚友のパートナーが苦しみを訴えてきたりしているのに、長い電話で対応し、その人が生きてゆく支えにすこしはなるような関わり方をしてきた。 いまの屋根屋の親父さんが身体の不調を訴えるのにたいしても、医者に行くよう説得し、知り合いの医者に連れてゆき、仕事の合間に肩を揉んでやり、背中に私が使っていてよくきくシップ薬を塗ってやり、お金に困っているときは金も貸してやってもいる。 たいしたことではないけどやっと生活を成り立たせているような困難な状況の中でも、できるはんいでそんなことをしている。 その他人に言えないような困難な事柄についても、やはりかなり大きなものを他者に差し出している。 そうしたことの根本を支えているのが、私がいまここでの生活の中で、その生活を楽しみそこにささやかな喜びを感じて生きているということなのだ。そこだけを見ている人は、私を自己中心的だとかいうけれど、事実はそうではないので、私にはそうした批判に耳を傾ける必要は全くないという実感がある。 こういう書き方はすこし荒っぽい。私にも様々な自己の観点、感じ方に囚われているところがあることは、このぺージを訪れる人にはよくわかっている。
2004.07.13
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朝4時半頃ひぐらしの かなかなかな という盛んな鳴き声に目がさめる私はそのすこし哀愁をおびた透明なかなかな かなかな かなかなという声が好きです昨夜はすこしからだと心がよわっている妹と夜道を散歩しました途中小川の合流しているところの淵の脇に立っている桜の木に数匹のホタルが止っているのを見てクリスマスツリーみたいねといって彼女はそれを長く見つめていました彼女にも何か痛々しいものを感じます
2004.07.09
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おはようございます。こんな私のページを訪問してくださる人々に、心からの感謝をつたえます。ありがとうございます。 トップページの皿の上のしし唐などは、2回目の収穫となる、野の花社の庭で出来たものです。 ところでまた通りがかりの人に削除するように言われるかもしれませんが、あの人に私の感じていることを伝える手立てがないので、この場を借りて私の感じていることをあの人に伝える試みを行います。もしあの人の友人で、このページにきてくださっている人がおられるなら、ぜひこのことをあのひとにつたえてくださるようおねがいします。 あなたはもしあなたが死んでも誰も困りはしない、などと言われていますが、もしあなたが死んだら私は心から悲しく思います。あなたが死をも考えている旨かかれている事自体、とても深い悲しみを感じています。 加害者である私の、生きている喜び> 私は過去に深い過ちを犯した人間です。そして今もまた人の心を深く傷つけたりしてもいる人間です。そのことを思うとその自分の愚かしさに悲しくなります。 それでも、そんな悲しみの中でさえ、野の花社の周りの自然、小川、小高い山、草木の緑 色とりどりの花たちに出会い、それらに触れ、その風を肌で感じ、この目で眺め、見つめていると、とても深い喜びが沸いてきます。 私を何の非難もなく受け入れ愛してくれ、その全てを惜しみなく与えてもくれている彼らに、ただただ深い感謝の念をおぼえます。 こんな深い感謝の念の中では、みずから死ぬことなど考えも及ばないことです。
2004.07.08
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あるひとがこのページのメールで、私は全く自己中心的だとか、書き込みが少ないのはそのためだとか、私の内省など誰も関心を持たない、とかいっつた批評をくれている。他人の苦痛など分からない人なのだということが、私の書いていることから分かるからだとかもいって。 そうなのかもしれない。あたっているところもあるだろう。 またある人は、私が傷つけた人の苦痛を真に知らなければ、私のスタートはない、一生それをせおって生きていかなければならない人もいることを忘れないでください、などといっためーるをくれてもいる。 そうなのかもしれないと思いつつ、違和感もぬぐえない。そうなのかもしれないと思いつつ、ああこの人たちは加害者の心のあり方からすれば、気楽なものだといいたくナッツてしまうところもある・ 急進左翼のときは指導的な立場にあった思想家などから、非侵略者の苦しみを真に理解しないかぎり、まっとうな人間にはなれないといわれ、刑務所では被害者のことを思え、そうしてここでの苦しみに耐えろ、などといわれつづけ、この娑婆でも私が苦痛を与えた人のことを思え、などといわれる。日常的な生活の中で、私が自分の生活にそこでの野の花や野の人々との触れ合いに、ささやかな喜びを感じながら生きていることが、まるで自己中心的であるかのようにいわれたりもする。私の曲解かもしれないが。 私はある女の人を傷つけ苦しめた。そのことを十分に感じ取れない自分がいるらしい。それを真に感じ取るためにはその人の苦しみを真に感じ取ることが大切だとかいわれる。然しこれは道義反復だ。私はむしろ自分の中に他者の苦しみをありのままに感じ取れないようになっている何かがあり それを徹底的に理解し感じ取ることのほうを大切にしたい。 もちろん人に苦痛を与えるような関係の結び方をしたのなら、そうしたのは主体としての私でありそのせきにんえはぬぐえない。とるべき責任がそこにある。 ただし私がそこですぐにほんとうのことを伝えなかったのには、19年にわたる拘禁生活や13年にわたる受刑生活において、日常的な人間関係の中で、自分の感じていることをそのまま表現すると、非常な苦痛な情況が生じてしまうので、なるべくそうしないようにしてきたといったことから形成されていた、習性もいくらかは関係しているだろう。それは長い逃亡生活の中ではさらに強い形であった。それはさらに私とおこりっつぽい父との関係で作りだしてしまっていた何かとも関係があるかもしれない。さらに言えばそれは戦先戦後の軍国主義のあり方にも関係しているかもしれない。 私は私でそのようにしては私が追うべき責任を逃れようとしてしまうこともあるかもしれないが、いっぽうで私が負うべきでない責任はおわないでおられる。私は誰も私を愛してくれないとしても、そうやって自分で自分を愛し、抱きしめる。そうした理解から、私は様々な関係の中で自己を形成してきたものとして、その人がどんなに私に強い非難の言葉をかけようと、その人をうらんだりはしない。自己中心的であることの大切さ 私がここで書いていることは、そのほとんどが自分の生活、過去の誤りといったことで、また自分がここでの生活で得ているささやかな喜びといっつたことで、多分そうしたことから私のあり方をある人は、自己中心的だと表しているのではないかと思う。違うならその旨伝えてください。 私は自分が犯してきた誤りの最たるものは、自分が自分の生活や人生を楽しみそこに喜びを感じていないのに、この世界を喜びに満ちたものにし様と自己犠牲的に生きたことだったとか、考えています。 いまは逆にいまここでの現実の生、生活の中での喜びを味わえば味わうほど、ひとはまわりの世界を喜びに満ちたものにすることに貢献できる、と考えるようになっています。たとえば私が過去に傷つけた人の現在にまでつずく苦しみについて忘れないこと、償いについて考え、実際に償っていくことは大切なことですが、そのためのエネルギいは自分が日々の生活の中で生きていることの喜びを感じられれば感じられるほど、強くナッていくのではないかと思います。 正直に言ってそういう喜びなしに、被害者の苦しみだけを思っていたら、私は精神的におしつぶされそうになってしまうきがします。
2004.07.07
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今日も屋根拭きなどの仕事は休み。けさは音と怒ってきていたすだれ8枚を、野の花社の正面障子のの前と、私の書斎の前にはる。188/88センチのすだれ1枚が240円。中国製で考えられないほど安い感じのもの。しかしすだれ越しに見る荒れ果てた、草が生えるに任せてある母屋の裏庭は、なんとも雰囲気がある。ただガラス戸を開け放しただけでは無愛想なその光景が、しっとりと落ち着いた感じに見えるのだ。
2004.07.06
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久しぶりの休日この10日間ばかりほんとに良く働いた荻島さん、屋根拭きの親父さんが群馬の実家に帰りまた岐阜にくるまでの間、何とかひとりで乗り切ろうと友人のところなど回る形で仕事をつづけたこの10日間で6万ほどは稼いだよくやったと自分で自分を誉めてやる気持ち何とかここでも生き抜いてゆけるのだというまた1歩グレイドアップしたような気持ち榊採りなどに必死だった去年よりはすこし上のレベルでの生活の実現ができそうだという予感野の花社の前の道の脇の藪が花畑に変わりつつある野の花社の庭にはきゅうりやトマト、しし唐、ナスなどが豊かに実り始めているほんの2,3本筒植えただけなのだけれど50ヘイベくらいの畑に植えたヤーコンも多くが芽を出し、育ち始めているやることが山ほどある毎日毎日、外の仕事、家の仕事で忙しいほんとうに想像もつかなかった日々だささやかな楽しみもあるこうしてパソコンに向かうときもそんなひとときひそやかな楽しみ人に寄り添いつつ生きるということを学び、問いかけ、模索してゆくようなこともそこにはある妹がこの地に12年ぶりかで帰ってきているすこし疲れ、やつれてもいる気がするそのたどたどしい語り掛けに耳を傾けつつ昨夜は過ごしたしたの写真は野の花社の野菜
2004.07.05
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