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台風21号は、ここらあたりでは大した影響もなかった。あちこちが壊れ始めている野の花社とその周りの建物のことを考えると、それは嬉しいことだった。朝、あとかたずけをした後、仮免試験のための学科の勉強を本格的にはじめる。しかし、どうしてか眠たくてしかたがない。最近はとてもよく眠る。 9月は1度くらい名古屋の瞑想センターに行こうと思っていたけれど、けっきょく忙しくていけなかった。瞑想したいわけではなく、たまにはくつろいで出会える人たちと出会いたいというか、サニヤシンのような人々に出会いたいというか、いや、もっと本音を言えば、いい女の人と出会いたいということなのだが。 忙しい日々に取り紛れて、女の人と出会いたいという欲求など、時として忘れたように過ごしているが、道の駅などにシキミなどだしに行き、若い恋人たちや、若くみずみずしい女の人たちに出会うと、あるいは中年の魅力ある女の人などに出会うと、だれかれと鳴くその美しさに心を奪われ、内心讃嘆の声を上げ、然しそんな女の人のパートナが自分にはいないことを、少しだけ悲しんだりしているときがある。あのみずみずしく、柔らかな乳房に触れ、乳首を口に含み、その熱いふくよかな太肢に私の足を絡ませ、甘い声を聞きながらくつろいだ、快いときを過ごしたいとか、ふと感じながら。 この地にも、そんな思いの対象となる女の人がいないわけではない。とても可愛い中年の女の人や、心温まる思いのする女の人、ある程度お互いを理解しあえる女の人が、何人かいる。女の人の言いようのない暖かさや美しさ、愛くるしさ、そんなものを感じさせてくれる人が。私自身そんな女の日と一人一人に暖かい思いがあふれてくるのをよく感じる。 そうした女の人々を、私は愛している。あの青春のときとは違った穏やかな感じで。くつろいだ感じで。 ほんとうに女の人が好きだ。 この人だけがすばらしいという風にではなく、どの人もいとおしいというか、その人特有のユニークな魅力があるのだ。 そんな人と現実的に身体でも触れ合うために踏み出すこともなく、ときどきインターネットのアダルトビデオのサンプルなど見ながら、ます食べ所ん、いや、マスターベーションをしている自分がいる。えげつない画像だと感じもしながら。どうせそんなことするならもっと美しい映像を見てしたほうがいいのだが。 こんなことを書いたのは、ありのままのじぶんの姿を、ここでもできるだけあきらかにしておきたいというおもいがあるからだ。そうしたことも含めて、私という存在の全体がある。 それが私であり、今はそんな私を私は愛している。
2004.09.30
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今日は雨の降る中、下呂の自動車教習所に行ってきました。2時間乗って1万円を払ってきました。ともあれかなりスムースに車が動かせるようになり、何とか来週の金曜日、10月8日には仮免の試験を受ける予定になりました。1度で受かれば費用も10万そこそこですみ、あと本免までに5万ほど使えばよいというところまでこぎつけました。少しほっとしています。 あとはこの1週間ほど、学科の勉強にも力を入れる必要があります。ともかく免許取りに集中します。 あと先日収穫した米は、もうもみすりを頼んでしてもらい、玄米で2俵程になりました。もうすこしあるような予想だったのですが、やはり実の入っていないモミが多かったようです。ともあれ2俵は2里でい年間食べるだけの量があるそうです。これでこの1年間は、米を買う必要がなくなりました。2俵はおよそ120キログラムくらいあるそうです。そのうち写真で見せます。 もっともかんそうさせてモミにしてくれた人は、それを仕事にしている人ですから1万円ぐらい払う必要があります。
2004.09.29
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楽天のフリーマーケットに初めて商品を出しました。サルの腰掛です。できたら覗いてみて出来たら応援もお願いします。 今日は朝から雨が激しく、今日から集中して車の免許取りにかかるつもりでしたが、やめました。昼過ぎには雨も止んでしまいましたが。 これから少し山に行き榊を取ってきますにで、これで終わります。 山から帰り、夕食を済ませ、しばらく妹と話をして、かかってきた電話に出たら、懐かしいアルチャナからのでした。23年ぶりぐらいかな。逃亡生活を続けながら、和尚の弟子たちのやっていた東京の瞑想センターに泊まり込んでいた頃、朝6時半頃から1時間かけてやっていたカタルシスティクな瞑想法を、ともにやっていた女友達です。とても懐かしかったです。彼女はもうすこししたらインドに行くとのことでした。また何処かで、インドのプーナで会おう、ということで電話を終わりました。 ところで今日の朝フリーマーケットに出したサルの腰掛は、以下のようなものです。
2004.09.27
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今日昼前に、昨日はじめた稲刈りとその脱穀が終わりました。はじめる時点で幼友達の信夫さんに、事情を説明し、彼の持っているコンバインで稲刈り・脱穀をしてもらえないかと頼み、引き受ける旨の返事を貰っていました。ただ彼は昨日は会社で働いていて、日曜日の今日でないとだめだとのことでした。そんな話を昨日近所の人に伝えたところ、あの水気の多い田んぼではコンバインは入らないだろうということで、とりあえず私は手で刈り始めたわけです。 それもとてもいい経験になりましたが、今日来てくれた信夫さんが、これなら何とかできるだろうということで、9時頃にコンバインを持ってきてくれました。 その結果、今日の昼前までに稲刈りと脱穀が終わってしまいました。ほんとに助かりました。そのほか近所の女の人、男の人も6人ほど着てくれて、手伝ってくれました。ほんとにありがたいことです。 以下の写真はその光景を写したものです。
2004.09.26
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今日もゆっくり休むつもりだったのですが、朝9時頃になって、I・kさんのところの田んぼの稲を刈らないそうだから、刈らないかという話がきて、本人の了解もえて、40年ぶりに稲刈りをはじめました。 以下はその稲刈りのはじめと、終わり頃の写真です。
2004.09.25
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今日は1日中野の花社の中にいる。外に出たのは、激しい雷で停電したあとの夕方5時半ごろ、念のために近くの店にロウソクを買いに出たときだけだった。 それにしても今日の雷雨は、午後2時頃から5時頃まで、延々と続いた。時々小止みになったりしたけれど。ここのブレイカーは雷に敏感に反応するらしく、最初の1時間ぐらいに3度も飛んでしまったから、後は雷が止むまで待つことにしたら、雷が収まった5時過ぎにブレイカーを上げてもつかなくなっていた。いよいよここの電気の何かがだめになったかと思いきや、有線の放送でこの地区いったいが停電になっている旨知らせてくれた。 ところで、レイさんが流しの汚れはカビ取りを1度使うとよい旨知らせてくれているので、やってみようと思う。今日の朝改めて少し水洗いしたら少しきれいになりました。 今日は外に出てゆかなかったものの、野の花社の中で何だかんだとやることがあり、そうゆっくりはしませんでした。久しぶりにかたずけ物をした感じです。妹は整理は苦手で、なかなか物を捨てられないとかいったこともあり、整理をして、水屋に何を置くかラベルをいくつも張ったりもしました。 ところでまたレイさんが、野の花社の整備のこと手伝ってもいいみたいなこといわれていることに触発されてですが、誰でも野の花社の整理の仕事を、3日ほど手伝ってくれた人は、野の花社の生涯会員として、その後野の花社で宿泊する際は、実費として食事代1日500円ほどを貰うほかは、宿泊費無料としますから、ぜひ手伝ってください、といった呼びかけをしたいと思っています。 最も今はまだ風呂もシャワーもなく、トイレも少し遠いところにあることなど、生活するのにはかなり大変だとは思いますが。ちなみに近くにサンホームという福祉施設で100円で風呂に入れます。 トップペイジの、コスモスに止っているチョウの写真は、野の花社の前の、道の脇のわたしが花を植えているところで写したものです。
2004.09.24
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23日夜、やっと仕事が終わり、この間やっていなかったことの大切なこともやり終える。明日は一日ゆっくり休むつもり。最も車の免許の学科の勉強などには、それなりの時間をさくが。 雷がきているので、とりあえずパソコンを切ります。 けさは、妹に頼まれていたこともあったので、流しの前の建物の外に、昔使っていたタイルの流し台を、そこらにあった錆びた鉄の枠に乗せ、ガス屋が置いていった古いゴムの水道管などを、排水のための管として取り付ける形で、洗面台を作った。流しで洗面も何もかもいっしょにするのには、少し違和感があったようで、出来ないかなー、慌てなくともよいからとか言われていたのだった。 今外に出て写してきたばかりの、その洗面台だけど、夜写すといっそう薄汚く見える。でもともかくあるものを利用して作るしかないし、けっこう洗ったつもりだ。 運転免許が取れたら、風呂場つくりにかかるつもりだし、井戸の屋根も作らなくてはならない。次から次へと仕事がある。金を稼ぐ以外に。 妹は21日だったか、母の看病をしていた頃世話になった同世代の友人の女の人に誘われ、先天大道、とか言う名前の宗教の集まりに出かけたりもした。少し落ち着いてきたと思うときと、苛々しているときもあり、まだ長い道のりがつづく感じ。
2004.09.23
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下の写真は、私がKさんから貰った軽トラ、野ウサギ号(仮称)です。今日はこれで寝ます。少し疲れています。
2004.09.22
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朝4時頃に、小便がしたくなって起きたらもう寝られなくなったのでおきて、パソコンに向かっています。私の部屋の母屋側の中庭から、虫の鳴く声が盛んに聞こえます。 ちょっと疲れが溜まっている感じで、23日頃になり、山の仕事が一段楽したら1日ゆっくり休もうと思っています。 レイさんがいっているように、ヒキガエルは捕まえたりすると、目の少し上の部分から白い液を出すときがあります。確かそれが毒で、目に入ったりすると非常に痛いとか聞いています、そんな体験はないのですが。シキミはその小束を作るときに、かなりの葉がゴミとして出てくるのですが、それを庭に少しかためておいて置いたりすると、その部分には当分の間草が生えないことがありますから、そんなところからも何か毒のようなものが含まれていっるのを感じます。しかし、シキミは香木とも書くくらいで、そのたくさん生えている山に入ると、すこしひきしまったかんじのいいにをいがします。もちろんこたばを作るときもその匂いがしますが。 イタドリの赤い花が咲くのを、紅イタドリというのですか。たぶん春先にわかめがでるときに、赤い茎のがありますがそれなのでしょうね。青い緑のが多いのですが。 付け加えておくと、ヒキガエルは昔はよく燻製にしたりして、たべました。少し変わった感じの味がしますが、妹などはとても美味しかったと言っています。
2004.09.21
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上の写真は、この2,3日行っている岩井谷林道の行き止まりの地点です。ここは林道が崩れかかっていて、車では入れないところです。このそよ風号の向こうに見えるところに、ここのところシキミなどを採りに入っているのです。 昨日は三つの店から100束近いシキミの注文があり、朝早くから働きずめでした。今日は少し暇になるかと思ったのですが、まだ注文があり、やはり朝から夜の九時頃まで、働いていました。 ねむいのでねます。
2004.09.20
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妹の事を欠くことが多いのですがいろいろな意味で今の私には妹とのかかわりが生活の中のとても大きな部分を占めています彼女が苦しんできたこの27,8年は私が起こした事件とのかかわりの中にありますし私の幼少期ともかかわりがありますしどちらにしても過去の私たちが話し合わないで来たことを話し合い私が知らなかったことを知り多くのことをそのかかわりをとして知らされてゆく日々ですところで自動車の教習所に行くのは彼岸過ぎてからにすることにしましたどうしてもシキミや榊の仕事が忙しくまた儲け時でもあるのでここだけはその仕事に集中したほうがいいと判断したからですそれから妹とのことは心と身体に苦しみを抱えた人とどうかかわったらよいかということを、日々私に教えてくれる過程でもあります。レイさんのことは伝えておきます彼女もパソコン扱うことなどに興味を持ってくれればいいのですが今のところそんなエネルギーはないようです以下の写真は一昨日山にいったときに撮ったイタドリの花の写真ですたいていは白い色なのですがこれはピンク色で美しいものでした 昼前に道の駅にシキミと榊を出しに行き、そこであった上隣の郁郎さん夫妻(60代半ば)に、山で食べるようにと御幣餅をおごられ、私はバターピーを買って山に行きました。そして大きな袋3袋分のシキミを採り、夕方4時半頃野の花社に帰りました。 妹は軽トラで何処かに出かけたようで、人気のない野の花社で、今夜も静かに過ごしています。これはいもうとのきずかいでもあるようです。私が静かに時を過ごすのが好きだことを彼女は知っていて、そうしたほうがいいと彼女のほうから最近言ってきましたから。 私はこれから眠たくなるまで、シキミの小束を作ります。この土日が彼岸前の一番のうれ時だからです。 テレビで陰惨な殺人事件のことが、繰り返し放送されていますが、ほとんど聞き流しているだけです。多くの人が多くの困難を抱えて生きているのを、ふとした出会いの中で、よく知らされます。ただ知り、聞き、うなずいていることしか、いまはできません。
2004.09.17
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妹がここにきてから、妹がここにいながら、今日は久しぶりに静かな夜です。彼女は自分の部屋ができ、昨日はドアのノブも取り替えて、外からもかぎがかけられるようにしたことや、車で近くの福祉施設・サンホームの風呂にも楽に行けるようになったことなどもあるのか、7時頃からじぶんの部屋にあがってゆき、静かにしています。いつもはずーと夜遅くまで私に話し掛けて止まなかったりしたのですが、ほんとにはじめてそれを彼女のほうからやめ、一人で過ごしています。私も何かほっとしています。この今は。 これは妹の新しい道のりのなかの、ある節目を表すことなのかもしれません。そんな妹と、昨日は近くの町の飛騨金山に行ってきました。十数年前、脳梗塞で倒れた母の看病などのため、妹は金山病院で母に付き添っていたのですが、疲れきったときなどよく昼寝をさせてもらったり、風呂に入らせてもらった年配のご夫婦のところに、昨日お礼もこめてっ訪ねていったのです。妹は軽トラで、私はバイクで。のろのろ行く妹の軽トラの後ろについていたのですが、何か不思議な気持ちでした。 以下はそんな野の花社の庭で、遅まきながら実を結び始めた瓢箪です。夏のあいだ虫に食われてしまったためです。
2004.09.16
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1週間も書き込みませんでした。相変わらず忙しい日々を過ごしています。台風18号だかがかすめたこともあります。屋根屋の親父さんと愛知県の一宮のほうに4日間働きにいっていたこともあります。朝7時近くに出て、現場に9時過ぎに着き、夕方5時過ぎに仕事をやめて野の花社につくのが7時半頃、そんな仕事をしていました。傾いた塀を起こして、鉄骨のはりを入れなおす仕事でした。 そしておとといは昼から下呂の、自動車教習所に行き、運転を2時間教えてもらいました。野の花社から下呂まではバイクで1時間と少しかかります。行きも帰りも雨に降られて大変でした。 昨日は山に行きシキミと榊を採りました。道の駅から注文がありましたから。そのとき山で撮った写真が、トップページの3つのです。 そして今日は妹のための個室を、野の花社に作りました。野の花社の二階には一部屋だけ4・5畳くらいの部屋があるのですが、その部屋の入り口にサッシのドアをつけ、内側からも外側からもかぎがかかるようにして、より明確なプライベートなスペースにしたのです。以前からそうしようと考えていたのですが、そのきっかけがつかめないまま着ていたのです。それを今回、妹の強い欲求もあり、実現させたのです。我ながらかなりいい線の部屋になりました。妹は喜んでくれていますが、一方で頼りすぎを感じているようで、かえって息苦しくもあるのか、少しぴりぴりしています。 しかしドア作りと、畳いれなどの仕事以外は、私はかかわらないで置くつもりです。彼女には昨日道の駅までシキミや榊を届けてもらいました。ときどき私自身不安になりますが、なんとかやってゆけそうです。 ところで以下はかみ隣の郁郎さんから昼頃にもらった、彼が作ったスイカです。とても美味しかったです。訪問者は写真見てよだれをたらさないでください。(笑い)
2004.09.12
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昨日今日と雨で瓦の仕事は休み。 昨日は山に行き、榊を取っていて古い松にサルノコシカケが生えているのを見つけ、直径20センチぐらいのを2個ってくる。榊などを下ろしている近くの店に持ってゆくと、いちおう1個1500円で売ることにしてくれる。まだこうしたものはかなりあるので、いつかここにその写真も載せたい。 今日は昼頃から、野の花社の川向こうの正ちゃんらーめんの主人にきてもらって、母屋に20年近く放置されていた足ふみ式のミシンを修理する。足踏み式は慣れないと少し針を前に進ませるのが難しいが、ともかくそれでためしに作業ズボンの修理をする。 そのミシンが下の写真。母が昭和10年頃に父と結婚した際、もって来たような古いもの。
2004.09.05
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実は1週間ほど前、Kさんに軽トラを譲ってもらった。名義変更や車検証の書き換えなども皆、Kさんにやって貰った。免許証は妹が持っていて、とりあえずは彼女に乗ってもらうことにしているが、彼女も長い間乗っておらず、ためしに運転してもらうと、ほんとにのろのろとしか走れない。まあそのうち慣れるようにはなると思うけど。そんなこともあり、任意保険に入るてつずきや、免許取りに向けたコンタクトレンズの購入や、車を置くところの確保などのためもあり忙しい日々だ。 おまけに台風も来たから、それに備えての家の修理、台風通過後の整理、そのついでの母屋のゴミの整理、野の花社の流しへの温水器の設置、次から次へとやることがある。 そんな日々の中で、その間を縫って妹との連日の話し合い。私がここに必ずしもいつまでもとどまる気持ちはなく、どうしてもここが自分のためによくなければ東京などに出ることも考えているなどということを明らかにすると、それは彼女の立っている足場がなくなるように感じるといい、非常に不安がって切れそうになる、とか、私が 処理という言葉を使うと、処理という言葉は戦争のことなど思い出すから止めてくれとかいい、やはり切れそうになる。 よくはなせばかのじょのそういうことにはかのじょなりのおもいいみがあるからだということはわかる。 ただあまりにぴりぴりすると、少しきつく感じるときもある。これも私の目覚めの経験として生かしてゆけることなのだが。 朝方少し大きな溝のようなところを歩いていて、下からマムシに襲われる夢を見る、噛み付かれはしなかったが。 朝7時頃に出かけて夜8時近くに帰宅する。仕事の親父さんとは話がついていて、一応私の言い分が通った形で、かねになるしごとだけにでてゆくことになっている 帰宅にあたって関市のバ-ロによって果物や肉など、かってかえる。帰ると妹が食事用意やなにやかやで、いそがしそうにしている。洗濯もし布団も干していてくれる。 彼女のそんな労働に支えられて私の金稼ぎが順調にいっているところもあり、その旨つたえて彼女に労賃として、1万円を渡す。一応自分では、収入の1/4は妹にあげることにする。いつまで続けられるかわからないけど。
2004.09.03
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