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さようなら2006年、ようこそ2007年。なんちゃって。しかし、このブログも2度目の年越しを迎えるわけですが、道楽者にしちゃよく続きましたね。前半は赤裸々な告白(笑)と青春懺悔の日々を描きましたが(笑)、後半はもう自分でも何を書いているのかわからなくなったというような感じです。ということで、来年もまたくだらねーこと、馬鹿馬鹿しいことなどを中心に、非生産活動を続けたいと思います。いけるトコまでいくぞぉ~みたいな。(^。^)今日は大晦日ですから、早速お菓子などの買出しに行ってまいりました。本年最後のお笑いです。どうぞご覧下さい。 やはり拾われ猫はこーゆーところが好きなのでしょうか。なんかねー、ほんとにこの猫、こーゆー袋とか、箱とか、ゴミの隙間とかがすきなんですね。買い物してきて中身を出した途端に自分で飛び込んだ姿です。(やっぱちょっとアホなんかなぁ)次はこれです。おなじみ日清のカップヌードル。こんなのニッポンにもありますか?シーフード・スパイシーです。ちなみに値段は59セントです。それで日本からの輸入品シーフードヌードルは2ドル15セントします。ちょっと意味わかりませんねー。輸送費と税金で4倍近い値上げってのもね、納得いきませんね。味がさほど違うわけでもなし・・ブツブツ・・ブツブツ・・・・。 さあそして、お待たせしました、いよいよ本年最後のお笑い決定版です。じゃ~ん! 水晶ブラムこれはブラムじゃなくてプラムでしょう、明らかに。 ん!? 別におかしくないって?では、その水晶ブラムの右となりのコピーをお読み下さい。見えにくいですか?そんじゃ、フォーカス! 低カロリーて、おなかにやさしじ (T.T)まだまだぁ~。どうだ、これがトドメじゃ~! 「オムしシ」までは、まだ許せる。(許しちゃうの?)しかし、その下のキャッチコピーはなんだぁ~!「パラソスオソ」ニイタカヤマノボレみたいな暗号でしょうか。右から読めば・・・・????わからん。作者は一体なにを表現したかったのでしょうか。そして、大型スーパーで堂々と売られているこれらの商品の対象顧客って一体???それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。では、また明日。。。。もういくつ寝ると、明日お正月~(爆!)
2006年12月31日
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あっという間に2006年も終わりに近づきましたね。本当に月日の経つのは早いものです。南の島では季節にきちんとしたケジメがないので、いつもながらのボーーーーっとした日常が続いているだけですが、元々怠け者の島ですから、クリスマスが終わると、もうほとんど何もせず、日常のボーっとした生活が更にボーっとして、いよいよどーしょーもなくなります。(笑)そういう委員長も普段と変わらぬノーテンキな毎日を送っているわけですが、それでも年末は野暮用が多くなってきて、少し慌しい感じがします。そんな野暮用で島をウロウロしているついでに、年末の風景をデジカメに収めましたのでご覧下さい。ってか、別に年末だから、というものでもなく、日常の風景です。(なんのこっちゃねん?ってかナニしてんだろー)まずは散髪屋さんの看板デス。 怖いですねー。ヘア~カット3ドル。毛筆で英語を書いたみたいな感じですが、字のイメージからは「お岩さん」みたいな長い髪をたらした理容師さんがハサミを持って出てきそうです。(笑)トタン板にも哀愁が漂っています。サイパンの床屋は髪の毛を切るだけですから、どこでも5ドルから7ドル位が相場です。もう、ホントに切るだけです。髭剃りも、洗髪もなし。でもって大概はフィリピン人のオカマが理容師として務めています。常識みたいなもんですが、美容院=オカマみたいな感じですか。それが最近の不景気を繁栄してか、中国人の理容室がアチコチに現れました。それがその看板です。凄いですねー。店に入るのも怖いですね。ところがこれが盛況で、順番待ちの列ができるほど繁盛してるところが南国ですねー。(ってなにが?)次も同じく中国系のバーです。んー、んーって感じですか。(笑)一瞬、右から読むのか左から読むのか迷いました。どんなバーなのか怖くて入れません。どうみてもカワイイお店ではないでしょう。更に中国系は続きます。すごいレイアウト!マルキンと英語のOをコラボレートした素敵なデザインです。貨幣など信じられないというパッションが伝わってきます。なんと言っても「金」ゴールドが世界に通じる財産です。金にキン!そしてGOLD!これでもかっ!てくらい、金の価値をアピールするその姿に感銘しました。店の裏には金を溶かして型にはめる工場でもありそうです。苦夫(クーリー)が裸で汗だらけになって働いている姿が浮かんできます。(笑)ということで、年末の風景をお送り致しましたが、おそるべし中国パワー!すでに南洋諸島にも着実に進出してきています。こうして根を張っていって、数十年後にはしっかり地元民として暮らしているのでしょうね。ニッポンももうじきこのような姿になっていくのではないでしょか。南洋諸島より皆様のご健勝をお祈りしてお別れいたします。さようなら~、また明日。。。。。
2006年12月30日
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日本から届いた小包に入っていたチラシ広告。新聞の間に挟まれている、いわゆる折り込みチラシのことです。昨日はウチの息子が、トイザラスのチラシから目ざとくプレイステーション3の広告を見つけて盛り上がりましたが、そんな倅を嗜めたオヤジも、実はこのチラシに結構はまってしまったのです。日本の生活から遠ざかること約20年。道楽親爺は、なんだかこのチラシ広告の山がとてつもなく懐かしく思えてきて、1枚ずつ隅から隅まで目を通しては、ブツブツとノーガキを垂れる、それはもう、まるで隠居爺の独り言のようでもありました。(笑)「広告は文化」とはよく言ったもので、確かに、このカラフルなチラシを見ていると、生活文化を感じてしまいます。文化比較経済人類論(でたぁ~、ジジイの屁理屈~)まあ、そんなタイソウなもんじゃありませんが、この遊びは中々に楽しいです。(ってか、遊びなのか?)個人的には、私はどちらかと言うとビンボー人の倅ですから、カラー写真がグチャグチャに散りばめられたタイプが好きです。もうギッシリってかんじで、値段と商品がギュウギュウに詰まってるチラシは、なんか心がウキウキしてきて楽しめます。「くすりのセイジョー」は世田谷のバーちゃん家の駅前にあるので親近感が湧きます。と、そこへWIFEがクビを突っ込んできました。「いいなぁ~、日本はクスリが一杯あって・・・・・」彼女はサプリ系おたくです。(笑)もう一枚、セイジョーに対抗する「くすりの福太郎」馬事公苑店・三軒茶屋店限定企画。おお、三茶だぁ~。馬事公苑も懐かしい。ん~、なになに。。。。チャルメラ税込各158円、どん兵衛税込各72円。。。。。。。薬屋でなんでラーメンとか売ってんだよ~。柿の種税込各138円って、なんだよこれ煎餅まで売ってんのかぁ~。凄いなぁ~、楽しいなぁ~。続いてシロクロのチラシは紙がチョイ厚めだ。バザール「大売出し」赤帯に白抜き文字。結構オーソドックスなパターンです。でもって、タタキ文字の横を見ると「バザール石川台」「バザール駒込」「バザールあさがや」「バザール桜ヶ丘」新規大オープン・・・・なんだよ、バザールって店名かよ。まぎらわしいなぁ~。年中バザールならバーゲンの意味ねぇじゃん。JEANS MATEは懐かしかった。まだ、ディスコでウダウダしてたころ、結構ここで洋服とか買いました。当時は値段で勝負!みたいな店で、デザインとかはイマイチ、品質もイマイチだったけど、最近は凄いね。やっぱ、ユニクロとかの影響なのかなぁ~。安いし、デザインもそこそこじゃん。そういえば、最近のサミットストアとかピーッコックストアとかで売ってる衣類も馬鹿にできませんよね。昔はスーパーで買うのは、パジャマとか下着くらいのものだったのに、この頃じゃカジュアルもさほどドンくさくないよね。お値段お手頃だし。スリードッグベーカリーな、なんじゃこりゃ?犬のパン屋さんかぁ~。ワンちゃんもファミリーもハッピーになれる店ドッグカフェもあるよ!!ワンちゃんのためのからだにいい手作りケーキとファッションのお店が成城にオープン!だって。やっぱ成城だよね。ロゴがちょっとスリードッグナイトみたいなぁ~。しかし驚きましたねー。ワンちゃんのためのケーキ屋さんまであるんだぁ~。厄除け祈願大祭本日受付開始なんだぁ~?厄除けのマーケッティング!?さすが年末。電話、FAX、ホームページまであるぞ。凄いなぁ、不動尊まで宣伝チラシ使うんだぁ~。さすがニッポン!しかし楽しいなぁ~、チラシ遊び。こうしてブツブツ言ってるだけでも、日本文化との比較が楽しみながら学べます。(笑)しかし、日清のきつねどん兵衛が72円って安すぎじゃないの。サイパンじゃ一番安い所で2ドル28セントだよ。倍以上じゃん。船賃と税金入れても、やっぱ高いなぁ~。チャルメラだって5袋パック158円。サイパンじゃ5ドル50セント。これじゃ三倍だよ。まあ、日本食が食べれるだけでもシヤワセだけど、ちょっとこの価格差には閉口しますよね。あと、眼鏡ドラッグとかコンタクトレンズとか、値段はあまり変わらないけど、その種類の豊富さには空いた口が塞がりませんねー。人気ブランドってのも凄いですね。こうなってくるとブランドの意味すらよくわからなくなります。ということで、日本から色々と支援物資(笑)を送っていただいた皆様、あらためて御礼申し上げます。でも道楽親爺が一番楽しんだのがチラシってのもビンボーくさくて良いよね。
2006年12月29日
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え~、ご存知の通り、我家には未だサンタからのプレゼントが届いていません。(笑)昨日、私の友人から小包が届きまして、このパッケージを抱えて帰宅した親爺は、矢を射るような強烈な視線を浴び、殺気すら感じてしまいました。幸いにも昨夜は、WIFEが家におりましたので、またしても苦しい言い逃れでなんとか交わした親爺でした。母「残念だったねー。これはサンタさんからじゃないよー」父「あのなぁ、おまえ等はベンキョーもせずに毎日家でグダグダしてるから、こーゆーことになったんだぞぉ~。だから、少しは早く起きてベンキョーでもしろ」(ってか、単なる口うるさいフツーのオヤジだよそれじゃ)母「なんでもノルウェーじゃ豪雪で動きが取れなくなってるらしいよ」(ってか、この前はフォークランドって言ってなかったか?)父「日本が暖冬だから、アイスランドとかはもうムチャクチャ凍っちゃってるらしいぞ」(ってか、アイスランドってどこだよ)母「サンタさんは貴方達の生活態度を見てるから、きっと毎日の行い次第では早く届くかもしれないよ」(なんか、あたりまえな理屈だなぁ~)ということで、長女、長男はそれとなく後ろめたい気持ちもあるので、両親がある意味、何かを意図しているということを感じてるようですが、末娘は、どうやら半信半疑といったところで、この数日、早起きして日本語の勉強などをしています。母「NAGISAだけはおりこうにしてるから、早く届くかもねー、ねぇ、おとーさん」(ってか、実は彼女のだけが未だ届いてないんですけど・・・汗)父「(汗;オレに振るなっつーの)そ、そうだね、良い子にはたぶん早く来ると思うよ」長女「ねぇ、それってさ、もしかして、私たちはサンタさんに懲らしめられてるってこと?」父母「ぶぁはっは~(爆笑)。。。。確かにそうだね」何がおかしいのか解らぬ長女ですが、これは暗に父母にたしなめられているとういうことを感じ取っていると言うことですね。長男「あっ!プレステ3がFORTY NINE THOUSAND EIGHT HUNDRED だって」父母「???????」長男はパッケージに入っていた日本の新聞折込、チラシを見ていたのでした。ソニーのプレーステーション3がなんと! 4万9千8百円。何故かトイザラスのチラシ広告で盛り上がる子供たち。。。。。。。。ちっとも懲りてないし、懲らしめられてない。。。。。。。。最後のオマケに懲りてないヤツはもう一人、いや、もう一匹。何故かこいつはこーゆー飾り物の中に埋まるのが好きな変なヤツです。果たして道楽者一家にサンタのプレゼントは届くのでしょうか?
2006年12月28日
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初めてジェームス・ブラウンの存在を知ったのはいつごろのことだったろうか?はっきりしないなぁ~。でもレコードを買ったことはしっかり覚えている。高校一年生16歳の時だ。たしか、ベスト・オブ・ジェームス・ブラウンってやつだった。LPのレコジャケがポートレートになっているベスト・シリーズのスペシャルオムニバス盤で、青いジャンプスーツを着たJBが、マイクを片手にシャウトしているどアップ、顔はどうみたってゴリラ系(ゴホン失礼!)。髪の毛はやたら硬そうな剛毛ストレートで、ちょっとウェイブの入った横分け。汗まみれにゆがんだ顔が印象的だった。買った動機はもちろん「セックスマシーン」を踊ってみたかったから。ただ、その頃はエレキギターを買ったばかりでもあったので、バンドをやってた友達に「ジェームス・ブラウンは勉強になるぜ」と言われ、その言葉を丸呑みしてギターのベンキョーのためにシングル盤ではなくアルバムを買うことに決めた。欲しかったのは、つまり聴きたかったのは「セックスマシーン」だけだったし、その他の曲なんか全然といって良いほど知らなかったから、とりあえず収録曲が多くて、セックスマシーンが入っていて、お手頃価格、という条件で選ばれた1枚だったと思う。当時、LPは二千七百円くらいしていて、ベスト盤は古い選曲なので二千五百円くらいだったと思う。早速レコードに針を落とすと、例のTALKから始まるセックスマシーン。これは最近見た映画「ゲロッパ!」で西田敏行が口真似するカタカナ英語そのまんま、私も耳から丸覚えした記憶がある。今でも口から出てくる・・・・フェラザマリカンゲロンパドゥーマンシング、アイウォナゲデットゥマンニューノウ、ライカ、ライカ、セックスマシーン・・・何だかなァ~。でもって、早速踊ってみたりなんかして、一人で結構シラけて、なんか馬鹿みたいだなぁオレ、とか思ってるうちに曲は次へ。フェードインで始まるメイク・イット・ファンキー。なんかライブっぽくて、皆で楽しく踊っているイメージが湧いてきて、ちょっとシヤワセな気分に浸っていると、またもJBの声が入っていて、ビービー、ビービーと叫んでいる。そこで渋い音のギター、アドリブが入る。再びJBのビービーキング!ビービーキング!の声。そうか、これはB.B.キングだったんだぁ~。もちろんギター小僧にとってBBキングはブルース・ギターの先生です。へぇ~、ジェームス・ブラウンとBBキングはお友達なんだぁ~。と言う具合にダンスナンバーが続き、なぜかセックス・マシーン・パート2ってのもあって、これもフェードインで始まります。LPなんだからパート1&2でつなげてくれれば良いのにぃ~とか思いつつも、A面終了でB面へ。(当時はレコード会社の事情なんかしらんかったからね。安いからしょーがないか、みたいな。まあいいかって感じ)とにかくベスト・ヒットだったから、グリーディ・マンとかパパ・ガッタ・ブランニュー・バッグとかホット・パンツとか、ずーっとダンスナンバーばかりがつづいて、確かA面のラストにトライ・ミーが入ってたのかなぁ。まあ、正直言ってちょっと古臭いブルース系のバラードみたいな感じで、さほどビビっとは来なかったんだけど、B面の途中で流れてきた1曲は、リーゼント頭の背伸び少年の頭をハンマーで殴るような衝撃を与えられましたね。マンズ・マンズ・ワールドディスイズアマ~ン!って出だしでグイっと胸倉つかまれ、そのまま闇の中に引きずり込まれたみたいな感じでした。ナッシング!ナッシング~ってあたりで涙が出てました。意味なんか全くわからんかったけど、このこみあげてくるものはなんだぁ?ってな感じでしたね。ホント、背筋から頭のてっぺんにかけて衝撃が走ったみたいな感じ。てなことで、もうその日からすっかりジェームス・ブラウンは私の心に入り込みました。追憶ついでに、当時のツッパリ小僧のちょっとした切ないエピソードをひとつ。当時の私が住んでいた小田急線梅が丘駅前の小さなビルの地下1階に「ジュター」という喫茶店=夜はスナックがありました。ここは近所の鼻つまみ者たちの溜まり場で、当時150円だか200円の飲み物1杯で夜までグダグダする店でした。そして、この店の早番(昼の喫茶の時間ね)のバイトをしていたオネエ様がおりました。名前はミサちゃんだったかなぁ。16歳のガキが憧れる年上のお姉様は高校中退のスケバン18歳。まあ、早い話、ツッパリ小僧のアイドルみたいなもんで、なんだかんだ言いながらも、このオネエ様とお話がしたくて皆足げく通ったわけですね。そんなオネエ様は踊り好きの踊り場好き。地元の仲良し不良グループに比べたら、すでに新宿の盛り場に出入りする大人なオンナなわけです。そんなオネエ様にちょっとは可愛がられてた私は、とにかく背伸び目一杯して、ボンタンはいたり、コンポラ着たり、とにかく一生懸命通ったんですね。そんなある日、バカ・グループが集まってくるちょっと前、店には私とオネエ様の二人きり。そしてオネエ様は暇つぶしに背伸び目一杯の少年に話しかけたのでした。「ねぇ、○○君てさ、彼女いるの」「(ドキッ!)えっ、まあね・・・」(ってか喉から手が出るほど欲しい年頃です)「じゃあさ、踊り場とか行くの」「(ドキッ!)う、うん、時々」(ってか、ほとんど行ったことないし、彼女もいない)「やっぱゲットとか?アザーとか?」「(ドキッ!)え、うん、ゲットかなぁ」(ってかゲットくらいしか名前しらんもんね)「ポップとか行ったことない?」「(ドキッ!)うん」「ジェームス・ブラウンとか聞いたりするの?」「(ドキッ!)いや~、オレ、どっちかと言うとロックファンだから」「じゃあ、セックスマシーンとか踊らないの」「(ドキッ!)実は、お、踊り、あんまり知らねぇーんだ、オレ」(ってか、セックスと言う言葉に赤面したいたいけな少年でした)「ふ~ん。。。。。。」もうおわかりですね。少年の妄想に火をつけたオネエ様の一言。ちなみにこのオネエ様の彼氏は地元梅が丘の有名大学に通う、蛇腹の学生服を着た角刈りのヤサオトコでした。ミサちゃんは菅原文太のファンでもあり、ポップでセックスマシーンを踊る不良少女だったのです。もうおわかりですね。当時の私はロックとヤクザ映画が大好きなリーゼント野郎でした。ちなみに毎週日曜日は、新宿にあった昭和館というヤクザ映画ファン御用達の劇場で3本立てを朝から見まくっていた私でした。
2006年12月27日
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まさかクリスマスに逝くとは思いもよりませんでした。GOD FATHER OF SOUL、 SOUL BROTHER No.1、 SUPER BAD、 FUNKY PRESIDENT、 GROOVE MAKER、 KING OF SOUL。。。。。。。。。。言葉に尽きないスーパースター、ジェームス・ブラウンが遂に逝ってしまいました。しかし、本当に最後までFUNKYな人でしたね。「いいか、おまえら、よ~く聴けよ。キリストはな、実は黒人だったんだ。それがな、いつの間にか白人の奴等に葬られちまったんだ。だからオレが身を持って真実を伝えてやるんだ」そんなジョークが聞こえてきそうですね。しかし、クリスマスに逝くなんて、本当に最後の最後までFUNKYなSTARでしたね。ということで、この訃報は、昨夜、帰宅中の車のラジオで知りました。ご存知のように委員長は我家のサンタのDELAYで、子供たちになんと説明しようか考えながらドライブしていたのですが、APニュースで突然「God father of Soul、James Brown died in hospital.......」というアナウンスが聞こえてきて、「えっ!?まさか・・・・」と耳を疑いつつボリューム全開にして聞き入ると、ジョージアの病院で亡くなったとのことでした。たぶん、今日はあちこちのサイトやブログで色々な方々によって、JBの追悼特集や彼の偉大な功績が語られることでしょう。もう今更私の出番ではありませんが、私自身の思い出の曲を2つだけ紹介させて下さい。ひとつめは、メシオ・パーカーの「US」というアルバムのB面に収められたバラードナンバー「The soul of a black man」という曲です。これはJB'Sの演奏をバックにJBが淡々と語り、時折メンバーの拍手や掛け声が入り、更にメシオのアドリブがJBの語りと掛け合いで流れていく、というようなJAMセッション実況録音のような趣向の作りになっています。当時は英語もよく解らず、一体なにを語っているのかすら意味も解らず聴いていましたが、JBの魂から搾り出すような叫びに感動したものでした。後年、少しは英語も解るようになって、この曲が本当にBEAUTIFULな黒人の音楽であったことをあらためて理解しました。そしてふたつめは、Georgia on my mindです。もちろん御馴染み、レイ・チャールズの永遠不滅の名曲ですが、この詩を歌う時のJBの声に、アメリカ合衆国に連綿と続いている「こくじん」の歴史が伝わってくるような気がして、何か人間の尊厳のような、あるいは慟哭のような、喜と悲が入り混じった「心」を感じます。どちらとも、言葉ではうまく表現できませんが、私が「感じたもの」がそこにあります。そして、どちらとも最後の最後でJBがウィンクしてぺロッと舌を出すような、そんな肌触りの音楽でもあります。いわゆる、それこそがFUNKYなのかなとも思っています。JBファンの皆様は、それぞれの想い出や思い入れがあるでしょうから、道楽親爺のノーガキはこのくらいにしておきます。(笑)なんだか今年も色々なことがあって、JBを挟んで青春を共有した仲間とのいくつかの出会いもありましたが、これでまたひとつの時代が終わったという感じです。道楽者にしてはヒジョーに月並みな感想ですが、生涯忘れられないクリスマスになりそうです。そして、私も生涯FUNKYな生き方を続けたいと思います。もちろん逝くときもFUNKYにね。
2006年12月26日
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今、サイパン時間午後8時30分。仕事帰りの車の中、ラジオから流れたニュースに耳を疑ってしまいました。キング・オブ・ソウル ジェームス・ブラウン死亡 享年73歳 不良少年の憧れの星は、クリスマスに自らスーパースターとなるため旅立ちました。沢山の夢と興奮をありがとう。貴方は僕ら不良少年の希望でした。そして永遠の星です。合掌
2006年12月25日
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メリー・クリスマス!ということでやってきましたクリスマスですが、昨夜、皆様のクリスマス・イブはいかがでしたでしょうか?楽しいパーティーなどで盛り上がったりしましたか?それとも、静かなイブを大切な人と過ごされたりしのでしょうか。我家ではなんと、大騒ぎの一日となってしまいました。実は、今年のサンタさんはインターネットを通じ、ウォルマートでプレゼントを買うことにしたのですが、かなり早めの発注をしたにもかかわらず、デリバリーサービスが間に合わなかったのです。(泣)いわゆる僻地に住んでるため、郵送は少なくとも通常の倍の日数がかかります。そんなことは重々承知の上の発注ですから、3週間前にオーダーをかけて、Express Mailでお願いもしました。ところが・・・・・・、在庫確認と商品調達で1週間がかかってしまったのです。計算ミス?読み違い?そうなんです、通販の場合はその商品を発送するまでの準備期間というのが、商品によってはばらつきがあったのです。それでも、発送通知を受け取ったのが2週間ほど前だったので、ギリギリ間に合うんじゃないかと祈っておりましたが、もうひとつ、落とし穴があったのでした。商品の発送は一括ではないのです。(へぇ~)取り扱い商品によって発送元が異なるのです。ですから、ジャンル別、あるいは製品別で発送元が変わるので、発送地も異なってくるのでしょう。これはたぶん、ウォルマートとか大手のリテーラーの場合、商品在庫の確認はチェーン全店を照会して、保有店が通販部(そんなような部署ですね)に商品を送り、そこからあらためて発送手続きをする、というような流れにあるのでしょう。もちろん、通販部も在庫保有店に一番近い支店を経由してくるはずですから、ここですでにタイムラグが生じてしまうわけですね。まあ、そんなこんなで、結局、子供のプレゼント3つのうち、長男のブツだけがなんとかギリギリの23日に届いたのですが、残り2つがまだ届いていません。さあ、焦った道楽者夫婦は苦し紛れのしらばっくれ作戦に出たのです。父「どーしよう、まだ1つしか来てないよ」母「えーっ!?こんなギリギリでそんなこと言ったって、どーすんのよ」叱られた父はウォルマートからの発送通知を手に、やむなく郵便局へ出向きましたが、郵便局のおじさんたちだって、もうすっかりクリスマス気分で心ここにあらずですから、そんなメンドーな問い合わせに親身になってくれるはずもなく、「今更そげなこと言うても仕方なかろーもん」ってもんです。父「今日は郵便局も昼までだから、11時半にもう一度確かめに行ってみるよ」母「どーしよー、今から買いに行ってたんじゃ間に合わないし、高いもん買うわけにもいかないし」(ってか、心配のワリには財布の心配の方が優先してます)父「しょうがないから、正直に話すか? 上二人はもういいだろ」母「でもなぁ~、もし楽しみにしてたらかわいそうだしなぁ~」父「じゃ、○○(長女)だけに話して、うまく説得してもらうか」母「そーゆーコトじゃなくて、25日に何にも無かったらカワイソウじゃない」父「じゃあさ、サンタからの手紙ってのはどうかなぁ~」母「手紙ぃ~?」父「うん、今年は雪が多くてソリが渋滞してて間に合いません、っての、どお?」母「手紙ねぇ~・・・・・」父「もうそれっきゃねーだろ、この際。そんで、何かテキトーなもの見繕って買ってきてごまかすしかないね」母「じゃあ、食い物でごまかすかぁ~」父「食い物?」母「バーベキューぷらすケーキ!」父「そうだな、とりあえず豪華なメシ食わせて腹一杯にしちゃえばなんとか乗り切れるかもしれない」(ってか、のりきるのか?)母「仕込みは私がするから、パパ焼いてよ。ケーキも特大のチョコレートケーキ頼むから」ってなことで、クリスマスイブは丸一日大忙しでした。母は夜通し肉を漬け込み下ごしらえ。父は朝から炭の買出しに行って火を起こし、飲み物をクーラーボックスに入れて下準備に大童です。そしてサンタからのお手紙。I sent something special for you from electric city via continental by parcel post.Wait and see!(エレクトリック・シティっていうのはアキバのことね。3つとも家電製品だから)というような苦し紛れの文面に母のフォロー。「今年は、フォークランド地方は大雪で動きがとれないんだって」(ってか、サンタってフォークランド地方に住んでんのか?)更に父のくだらねーへ理屈。「最近はアキバ系のプレゼントが多くて、世界中に回るのには少し時間がかかるみたいよ」(苦しいなぁ~)ってなことで、昨夜のイブは、もう盛大なバーベキュー・パーティーに加えてデッカイケーキでムチャクチャ盛り上がりました。作戦成功。子供たちは死ぬほど喰って早く寝ました。今朝は父も母もお仕事なので、子供たちが寝ている間に家を出ました。とりあえず、安物のプレゼントを沢山置いてきたので、取り敢えずは納得してくれるでしょう。サンタからのプレゼントが一刻も早く届くことを願うばかりです。あー、どんな顔をしてサンタの手紙読んでるかなぁ~。小心者の道楽親爺はちょっと心配です。(汗
2006年12月25日
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遂にやりました~ッ!決定的瞬間をとらえることができました。あまりの嬉しさに字も大きくなってしまったのデス(^.^)それでは道楽親爺の追っかけレポート最終回をノンフィクションでお届けいたします。それは、親爺が銀行のパーキングに入ろうとしたところから始まりました。「あ~、クリスマス前は混んでてやだなぁ~」(明日から3連休です)と、沿道からサイレンの音が迫ってきました。「んッ?火事かぁ~?まさかね。・・・・」と一瞬胸の鼓動が高鳴りました。「も、も、もしかして、これは~・・・」親爺はデジカメを取り出し沿道に飛び出しました。「やったぞ!遂にやったぞ!」思わず叫んでいました。ではご覧下さい。感動に打ち震える親爺。震えながら押したシャッター!(早くしろっての!)おおっ、凄い行列だぁ~。近づいて来る~、近づいて来る~サンタだァ~!消防自動車に乗ってやって来たサンタだぁ!わしゃ、モーレツに感動しとるけんね(うるうる・じ~ん)おとつい弁当食ってたおっちゃんもいるし~。おっちゃん、親爺に気付いて手を振ってくれました。(感激)ということで哀愁漂うサンタの背中です。(なんじゃそりゃ)皆様、ご覧いただけましたでしょうか。SAIPANのサンタクロース伝説。正直者には福が来る。(ちょっと違くねぇ?)締めくくりは「ミス北マリアナ」のお嬢チャンです。(オマケね)ちょっと暗くて見えないかなぁ~。ってか、一体オレってナニやってんだろ。。。。。。
2006年12月22日
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昨日の続きで~す。今日も消防車に乗ったサンタを探して島を一巡りしましたが、やっぱりこの企画は昨日1日だけで終了したようです。(残念)ってか、この忙しい時期にナニやってんだろオレ?(ええかげんにせんかい!)ということで、昨日、立ち寄った消防署で撮った消防車をUPします。サンタのいない消防車なんて・・・・・意味ないケド・・・・せっかくだから。ケッコウ素晴らしい車でしょ?柱の影で見えませんが、車の横で消防署のおっちゃんたちは弁当喰ってました。(笑)なんでも、サンタのおじさんは家に帰って休憩ランチタイムだそうでした。のどか~って感じですね。ついでだから、追っかけ中に撮った画像も載せておきましょうか。こういった乱れた日本語がアチコチにあるのがサイパンの面白いところです。早く誰か教えてあげないといけませんね。これでも、もうかれこれ半年近くになります。なんか、ズーズー弁のマッサージ師が揉んでそうですね。ちなみに昼間開店しているところを見たことがありません。やはり夜のお仕事なのでしょうか。(爆!「レソタカー」っていうのもあったんですけどね。やはりお笑い的にはマッサーヅかなぁ。(って、ナニが?)でもって、最後は新しいお店のオープンです!凄いですねぇ。日本人にも理解できます。やはり漢字は凄い!このお店は中国人労働者が沢山働く縫製工場の前にオープンしたばかりのネットカフェです。(だと思う。入ってないから実体は不明)世紀ってとこがやはり中華思想でしょうか。オリンピックも間近に控え偉大な中国の全貌が明らかにされるような雰囲気です。超速は高速の上をいくわけやね。回路はやはり電話回線のことでしょうか。特別な回路があるわけじゃないよね。中国なら人海戦術もありかと思いましたね。(ってナニが?)ということで、消防車に乗ったサンタをカメラに収められなかった悔しさが滲み出ている、道楽親爺のおっかけレポートサイパン編でお送りいたしました。ってか、本当にナニやってんだろオレ。。。。。。
2006年12月20日
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おらぁサンタだ!(むかしそんなテレビ番組があったような~)ってか、くだらねー駄洒落言ってんじゃねぇーって感じですが、今年もやってまいりました、サイパンのサンタクロース!サイパンでは毎年サンタクロースが町中を巡るんですが、これがなんと、真赤な消防自動車に乗ってやってくるのです。なんで消防自動車なのかはわかりませんが、これはもうサイパンのお決まりのお約束みたいなもんで、消防自動車の屋根に座ったサンタクロースが手を振って走り回るのです。もちろん、オーホホホッーってな笑い声付です。(笑)そんなサンタさんにビーチ沿いの道で遭遇してしまったのです。しまった!って駄洒落じゃないんです。本当に「しまったぁ~」なんです。実は以前からこの姿をブログに載せたくて、いつもデジカメを携帯している委員長なんですが、こんなときに限って持って出るの忘れてしまってるんですね。「チ、チッキショー!」と地団太踏んでも手遅れです。サンタクロースを乗せた真赤な消防自動車は、サイレンつきパトカーに先導されて委員長の目の前を走り去って行きました。大事なシャッターチャンスを逃した道楽親爺・・・・(T_T)ということで、今このブログ書いてますが、もう一度カメラを手にサンタの後を追ってみたいと思います。(オレはおっかけかァ~?サンタの)もし、うまくカメラに収められたらすぐにUPしますネ。(期待しないで待っててチョ)
2006年12月19日
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まずは写真をご覧下さい。つい最近、我家のリビングに登場したミニツリーです。そして、なぜかこのツリーをえらく気に入ってしまった変なヤツです。ツリーの中にへばりついたまま、飾りのオーナメントや電飾にじゃれるアホなヤツです。昨晩などは、この小さな電球に噛り付いて「アチ~ッ!」とビビりましたが、なんとか枝にしがみついてぶら下がったまま寝てしまいました。いくら赤子の時に拾われてきたからって、自分がネコであるという自覚くらいは持ってもらいたいもんです。まるでリスかムササビのようです。ここに居ると目の色が変わります。(そりゃちょっと違うんじゃねぇーの)
2006年12月18日
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全国どーらくファンの皆様おはようございます。日曜日でも早起きな委員長です。やっぱり年かなぁ~(笑)ということで、道楽オヤジの今朝は、NHK朝の番組「たべもの新世紀」から、石川県能登のナマコのお話で始まりました。今、能登ではナマコ漁が最盛期で、新鮮なナマコがどんどん出荷されているようです。なんでも、乾燥ナマコは中華料理の必需品らしく、中国にも大量に輸出されているのにはちょっと驚きでした。それにしてもこのグロテスクなナマコが、太古の昔から珍味として食されていたことも、もうひとつビックリでした。延喜式にも能登から届くナマコが毎年朝廷に献上された記録が残っているそうで、江戸時代には、ハケタ網という道具を使った大掛かりなナマコ漁も始まったらしいです。実はサイパンでもナマコは大変馴染み深く、ビーチに出れば必ずその姿にお目にかかれます。南方系はなんでも大きめなのか、サイパンのナマコは能登のナマコの3倍はあります。色も真っ黒だし、気味悪さも3倍です。(笑)しかし、残念ながらサイパンのナマコは食用にはなりません。というか、ナマコは政府機関によって保護されているので、勝手に取ることはできません。珊瑚と一緒ですね。何故かと言うと、このナマコは海の砂をきれいにしているからなんです。ナマコは海の砂を丸呑みして、砂の中に含まれているプランクトンや微生物を栄養源として吸収します。養分だけを吸い取った後は、また砂を吐き出します。言うなれば、砂をふるいにかけてきれいにしているわけです。つまり、北マリアナ諸島の美しい白砂はナマコによって守られているってことです。ですから、どんなに不気味でも、気持ち悪くても、たとえ観光客のおねーちゃんたちがビーチで踏んづけて「キャーッ!う○こ踏んじゃったー」とか騒いでも、決して駆除したり、取り除いてはいけないのです。でもあまり繁殖すると、観光地としてはイメージダウンにつながるので、観光客用のビーチ前のナマコは、早朝、カゴやバケツに集められて沖に移動させられます。観光客が引き上げる夕方になると、ナマコは潮に乗って、またもとの生息場所に戻ってくるというわけです。それにしてもこのナマコ、非常にシンプルで自然の理にかなった生命体ですよね。よく私たちは誤解しがちですが、継続する生命という観点に立てば、シンプルであればあるほど環境の影響を受け難いし、生命維持機能も簡潔になります。それに比べて、人間なんてのはメチャクチャ複雑なシステムで生命を維持しているわけで、こんなやっかいな生命が果たして高度な生命体と云えるのでしょうかね。複雑なシステムが高度である、と思っているのは人間の勝手な解釈のような気がしないでもありません。「生存」と「種の保存」が、継続する生命の究極の目的だとするならば、余計な機能を持てば持つほど、その目的を困難にしていくということになってしまいます。薄っぺらい皮一枚で包まれた複雑な生命維持機能と、すぐに自然環境に左右されてしまうようなシステム体を持つ人間は果たして高等生物なのでしょうかね?ちなみにナマコに良く似たミミズもかなり偉大な生命体と云えそうです。進化論で有名なダーウィンですが、実は、彼はその生涯をかけてミミズの研究に取り組んだということはあまり知られていません。なんと私たちの住む地球の循環体系の秘密はミミズが握っているのです。(えっ!?)まあ、それにしても、ナマコやミミズを一番最初に口にした人類って・・・・・・・・・・やっぱり道楽者でしょう。(笑)結構、命がけのどーらくですよね。道楽の中の道楽といえば、やはり食道楽(くいどうらく)なんでしょうね。
2006年12月17日
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道楽愛好家の皆様こんにちは。道楽者救世教の教祖を目指すどーらく親爺です。(笑)いよいよ2006年もあと2週間ほどで終わりですね。こうしてまたひとつ歳を重ねることで、ジジイは真のジジイへと成長していくのです。(なんじゃそりゃ)若い頃は、自分がジジイになるってことが想像できなかったし、ある日突然ジジイになってしまう、みたいなイメージしか持っていませんでした。まあ、おおかたの人がそうだと思いますが、「年寄り」になる自覚ってあまりないんじゃないでしょうか。実際、今の私だって、自分はもうジジイなんだと言い聞かせて(笑)、ようやく自分の年齢を認めるみたいな感じです。みなさんはどうですか?周りからジワジワと外堀を埋められる感じで、現在の自分の「年齢」をシブシブ受け入れているのではないでしょうか。(笑)「気は若い」ってよく言われますが、精神的には昔のまんま、そのまんまですよね。強いて言えば、好奇心の幅が少し狭くなったくらいのことでしょうか。そりゃ、いろんなこと経験してきてるわけですから、昔ほどワクワクする好奇心を持ち続けるのもなかなか難しいことです。あとは、体力的、肉体的な衰えを現実に思い知ったときが、自覚の最たるものではないでしょうか。頭では「できる」と思っていることが、実際にはできなかったというときのショックは結構厳しいものがあります。先日も、息子を連れて250CCのバイクに乗ったのですが、簡単にまたげるはずのシートに足がもつれてしまい、「あれっ?」っていう感じで、「おかしいなぁ」と、無理に足を上げたとたん、グキっ!と音を立てて腰の辺りから痛みが走りました。「お、おとーさん、だ、だいじょーぶ?」「バカヤロ!こんな2半くらいなぁ・・・痛!・・・うっ!・・・」ということで、なんとかシートをまたいだものの、車体を支えきれずにヨロヨロして、情けなくなるやら、腹立つやら、腰は痛いやらで、この事実を受け止めるのには多少の勇気がいりました。(笑)若い頃、自分の目の前に登場してくる年寄りは、初めから年寄りだったもんで(笑)、加齢のプロセス自体を理解できなかったのかもしれませんね。身内の年齢は、毎日顔合わせてるせいか、さほど気にならないものだったし、なんといっても自分の成長しか意識がありませんから、他人が老けていくことの実感なんてほとんどありませんでした。ということで、すでにジジイ特有のぼやき現象に近づいてきましたが(笑)、自然の流れを自然に受け入れることで自然な年齢を重ねていきたいと願う今日この頃です。人間は、ひとつの時代しか生きることができませんから、その年齢、その時代を、自然な流れに乗って生きて行ければ最高だと思います。ああ~、川の流れのよ~うにぃ~ (ってかこの作詞家嫌いなんですけど・爆!)時代という川の上を走るボートに乗り合わせた仲間は、スタートからゴールまで同じ時代を生きるのですから、若い時分には気付きもしなかった「心の使い方」を、これからは大事にしてボートを進めて行きたいと思っています。川に逆行することも無く、漂流することも無く、みんなでボートを漕ぎ続けて、何とかゴールまでたどり着ければ良いですね。(ろくでもない乗組員ばかりだけどね)
2006年12月16日
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キィィ~ィィ!!今朝は突然の悲鳴で目覚めた委員長でした。そうなんです、12月はパーティーの季節。いよいよ今日あたりからあちらこちらでクリスマスパーティーが始まるのです。そしてこのパーティーに欠かせないのが、子豚の丸焼きなんです。もうおわかりですね。今朝の悲鳴は、我家の裏手の家で絞められた子豚の断末魔の叫びなのでした。ドナドナド~ナ、ド~ナ~(そりゃ違うんじゃネェの?)そう言えば、ウチの末娘がまだ幼少の頃、裏庭で子豚を絞めていた比国の叔父さんたちを窓越しから見ていた彼女は、突然ベランダに飛び出して、「おじさんのばかぁ~、ブタかわいそうぉ~」と雄叫びをあげたことがありましたっけ。「そんなこと言うけど、お前だってブタ食べてるだろ?」「もう食べないもん、ブタさんかわいそうだから」あれから8年・・・・・。パーティーでローストポークをパクつく娘でありました。(笑)とにかく、今日から学校もお休みになり、島全体がホリデーシーズン、これから年明けまで毎日お祭り気分の浮かれ気分、飲めや歌えのパーティーに明け暮れる毎日の始まりです。ニワトリさんやブタさんにとっては最悪の季節となります。でもまあ、なんだかんだ言ったところで、人間の「食」ってのは太古の昔からほとんど変わっちゃいないんですよね。周りの生き物を手当たり次第に殺して喰っちゃってるわけで、その中から人間好みの動物は生きながらえて、味の良い動物は生産的に飼われて殺されていくということですか。ということで、私らが出来ることといえば、せめてこれら犠牲になった生き物たちへ感謝の祈りを捧げることと、彼らの分まで与えられた生を全うすることくらいでしょうか。普段の生活には、こうした動物の殺戮場面は切り離されて機械的に加工された食品を口にしているだけなので、哀れむ実感が湧きませんが、たまには自分たちが生きながらえるために犠牲になっている動植物のことなども考えると、少しは気持ちが前向きになるかもしれません。クリスマス・シーズンに妙な話ですが、仏教で言うところの即身成仏、いわゆる断食による死っていうのは、ひょっとすると、この哀れみの究極ではないかと思えるんですね。仏教はどちらかというと菜食を奨励していて、動物を食べませんよね。殺生を嫌うというか、同じ生あるものを殺して食べることに「哀れ」を見出してるわけで、これが更に進んで究極の「哀れ」に辿り着くと、植物の生ですら犠牲にできなくなる。動物だけでなく、野菜ですらかわいそうで食べれなくなってしまう心。つまり、食べること(食欲)を克服するほどの愛おしさを、あらゆる「生」に見出したときに全てが完結するみたいな感じでしょうか。最後は自分自身が自らの生を全うするみたいな。私は無宗教なので、単なる思いつきと言うか、道楽者の妄想でしかありませんが(笑)、結局、この世界を情をもって見ていくとそういう結末になるのかなぁと思います。世界を救ったキリストの誕生日を祝福する人々の中に居て、何故か仏陀の世界に思いを馳せた、究極のへそ曲がり野郎のノーガキでした。
2006年12月15日
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脳はマンネリを嫌う・・・・・そうです。これもネズミを使った実験結果らしいのですが、環境が変わらない状態では脳の活動が著しく低下するようです。極論すると、脳は常に不安な状況の中で活発に活動するってことになります。不安定だから思考して、変化を求めていくってことですか。なんとなく解るような気がしますね。閉ざされたプールの中にネズミを放り込んで(酷いことするなぁ)、そのままの状態で放置しておくと、はじめのうちは一生懸命泳いでいたネズミも次第に泳ぐことを止めてしまうそうです。ところがこれに薬物を注入して、脳に不安定な状況を認知させると、出口のないプールの中でも泳ぎ続けたということです。(あ~、なんだか自分を見ているようだ)これって人間の実生活にも当てはまりますよね。閉塞した世界の中でギブアップしちゃった人と、それでもがむしゃらに動き回る人。ただ、肝心なことは、マンネリは思考停止を生み出すってことでしょうか。ところが、人間って、結構このマンネリを求めていたりするんですよね。いわゆるパターンっていうやつですか。生産工場のようなラインの仕事みたいな流れ作業というか、繰り返し動作は、実は人にとって非常に楽なんですよね。ものを考えずに体を動かしているだけだから。でもって、人間は基本的にこの反復的動作、パターンを作るのが上手いというか、なんでもパターンにしてしまいますね。通勤通学路、日課、日記、晩酌(笑)、ステップ(爆!なんだか人間の本能のように思えます。自分の行動やまわりのものをすべてパターンの中に取り込んでいく。でも逆に、そんなパターンをぶっ壊す快感っていうのもありますよね。ある日、ブチギレして会社を辞めるとか、突然とんでもない所に旅立つとか、溜め込んだ貯金をドカーンと使って衝動買いするとか。でも、これってもしかして、この快感を味わいたいがためにコツコツとパターンを積み上げているのかもしれませんね。ただね、このぶっ壊し方もいろいろあって、「死」という壊し方で「生」を自ら終了させちゃうってのはちょっと問題ですよね。私は死んだことがないのでわかりませんが、ひょっとして快感?みたいに思ってる人もいるかもしれませんね。でも、「死なない人はいない」というお約束の下に、みんな生活をしているのですから、何も自分で自分を消滅させることもないと思います。ひょっとして快感?と考えたとしても、一か八かの賭けですから、外れたら取り返しのつかないことになりますね。まあ、こんなことを言ったところで、道楽親爺の単なる気休めにしかならないかもしれませんが、ひとつのパターンの中で人生を考えるから行き詰ってしまうので、どうせ死ぬつもりなら、一度デタラメなことをしてみるのもアリかもしれません。だからって、殺人とか暴力とかはいけません。これは当然のことです。ただ、人に迷惑をかけるとか、心配をかけるとか考えて命を絶とうと思う場合は、自殺の後始末をする人も大変な迷惑ですので、そこらへんのことも良く考えましょう。ということで、こんな道楽者のブログを見ている人に、そんな切羽詰った人がいるわけないでしょうから(笑)、釈迦に説法のような気もしますが、せっかくこんなムチャクチャな時代に生まれたんですから、逆にこのデタラメさとかいいかげんさをもっともっと楽しみましょうよ。みんなで開き直れば怖くないし、ひょっとして新しい出口が見つかるかもしれませんよ。(でも、現実の生活は苦しいよね~爆!)
2006年12月14日
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昨日に引き続き、池谷裕二著「脳はなにかと言い訳をする」の中から、ウケウリ的ノーガキをコカせていただきます。http://item.rakuten.co.jp/book/4127043/ (以下青字は著書からの抜粋コピー)記憶の形成を阻害する「アニソマイシン」という薬を投与すると、これが効いている間は、ものを覚えることができません。アニソマイシンという薬物は合成品ではなくて、自然界に存在するものです。「放線菌」という細菌からみつかりました。ここでちょっとドキッとされた道楽者の皆様は・・・・・・、危ないです。(笑)放線菌が居ると、他の菌が繁殖し難くなるので、病原菌を取り除くために、農場などでは肥料にあえて放線菌を混ぜるなどということがおこなわれます。なぜ、他の菌が繁殖しなくなるかというと、放線菌が「毒素」を出すからです。その毒素を持っていると、周囲の菌が死んで、自分だけが生存できるので、おそらく自然淘汰において有利なのでしょう。このような「役に立つ」毒素を、私たちは「抗生物質」と呼んで、毒ではなく「薬」として扱います。ほっとしましたか。(笑)これはいわゆる抗生物質のメカニズムですね。しかし、毒をもって毒を制すって感じの抗生物質ってのは、ケッコー危険な薬であったのですね。脳の場合、アニソマイシンは主に「海馬」に作用しているのだと思います。実際、海馬を電気刺激するとシナプス(神経細胞と神経細胞を繋ぐ接合部)の伝達効率が高まることが知られていますが、アニソマイシンを投与すると、海馬のシナプスは増強されません。逆に、一回、記憶が固定されて、安定化されてしまえば、アニソマイシンを投与されても、記憶は消えません。一度覚えた情報は、アニソマイシンに対して耐性を持っていて、アニソマイシンを投与してもふつうに思い出すことが出来るわけです。こうした実験結果から、記憶の「獲得」「固定」「再生」の三つのステップのうちの、「獲得」の過程だけをアニソマイシンが阻害すると結論づけられます。専門用語「海馬」なるものが登場しましたが、最近の脳科学の話には必ず出てくる言葉ですから、気になる方はお調べ下さい。ここで再び危険な道楽者の皆様はドキッとされたのではないでしょうか。(笑)なるほどアニソマイシンが注入されると記憶機能に障害がでるということですね。そこで意外な発見だったのが、「再固定化」です。アニソマイシンを投与しても、記憶は思い出せると言いましたが、確かに正常に思い出せはするのですが、アニソマイシンのある状態で思い出すと、その後もう二度とその内容を思い出すことができなくなってしまうのです。う~ん、なんかよくあることのような気がする・・・・・。(爆もちろんアニソマイシンが効いている間に、思い出しさえしなければ、その後も正常に思い出せます。こうした事実から「思い出すという行為」が、脳の記憶を危うくしてしまうことがわかります。せっかく安定に貯えられていた記憶が、思い出すことで不安定になってしまうわけです。あえて喩え話を引き合いに出せば、引き出しの中のペンを取り出して使った後、きちんといつもの場所にしまわないと、次に使いたいときにどこにあるのかわからなくなってしまうことに似ています。「もし、あの時ペンを使わなければ、どこにあるのかすぐに見つかるのに」という状況です。つまり、覚えてしまえばもう安定、ということにはならず、メモリー(記憶)にアクセスすることによって、再びメモリーは不安定になるということです。う~ん、このメカニズム、なんとなく解るような気がする。この記憶の性質を逆に利用しようと考えている研究者がいます。たとえば、先のアニソマイシンの実験ですが、よくよく考えてみれば、これはいったん脳に貯えられた記憶を薬物投与によって消すことができるということです。人工的な「記憶消去」です。世の中には記憶が消えなくて苦しんでいる人がいます。たとえばPTSD(心的外傷後ストレス障害)の患者などの有害な記憶を消すための治療に、記憶の「再固定化」が利用できるのではないかと考えられているようです。(なるほど、これは効果的に使えますね)他にも消した方がよい記憶があります。薬物中毒です。2005年9月には、動物実験のレベルですが、「扁桃体」や「側座核」などの脳部位に、記憶を不安定化する薬を投与することで、コカイン中毒を治療することができたという論文が発表されました。ドキッ!・・・・・としたのは誰ですか?もうひとつ身近な薬物のお話です。アルコールを飲むと学習能力が落ちるのはネズミも同じなのですが、アルコールが再固定化にどのような効果があるかは実はよく知られていません。そこでネズミを使って調べてみたのです。記憶を思い出した直後にアルコールを与えて、翌日にその記憶がどうなっているかを実験してみました。結果は驚いたことに、記憶が消えるどころか、むしろ逆で、強まっていました。いくら酒を飲んでも忘れられない~みたいな感じですか。(笑)実は、試験は迷路や餌のありかなどの学習ではなく、電気ショックを与えられた部屋を覚えるという、いわば恐怖や嫌悪に関係した記憶です。つまり、「嫌な記憶」を思い出しながらアルコールを飲むと、その記憶は強化されてしまうようなのです。まだマウスの実験でしかありませんが、もしかしたらヒトでも、ショックな事件に遭った後、その記憶から逃れるためにお酒を飲み、結果として忌まわしい記憶がさらに強固になるなんてことも考えうるわけです。そうだったんですね~。嫌なことを忘れるために酒を飲むと、余計に嫌な想いが増幅されて更に落ち込むみたいな~。。。。。飲み潰れて眠るまでぇ~・・・ってか(爆!また、この実験を拡大解釈すれば、「酒を飲みながら会社や家族の愚痴をこぼしたら、記憶として強化されてしまうからまずいのではないか」という一種の警鐘として捉えることができます。そーゆーことですね(^^;ベンキョーになるなぁ~。(笑)ということで、皆様、12月はなんと言ってもお酒の季節です。お酒は楽しく飲みましょう!
2006年12月13日
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ノーガキ好きのみなさまこんにちは。2006年もいよいよ終わりに近づいてきましたが、相変わらずくだらない屁理屈、ノーガキに明け暮れる毎日の道楽親爺です。(笑)昨晩、NHK特集で「脳科学」を見ました。偶然にも最近読んだ本が「脳はなにかと言い訳をする。池谷裕二著」だったので、なんだか脳科学の講義を受けたような感じでした。しかし、最近の脳科学の発展は凄いものがありますよね。精神、魂、脳の関係が、かなりのところまで解ってきているようですね。ということで、今日は、池谷裕二著「脳はなにかと言い訳をする」の中から、面白かった内容をちょっとご紹介してみましょう。http://item.rakuten.co.jp/book/4127043/(以下青字は著書からの抜粋コピー)脳の記憶は、いくつかの複雑なステップを経て達成される。少なくとも「獲得」「固定」「再生」の三つの行程に分けて考えなければいけない。知ることは情報を脳に送信すること。これが一番目の記憶ステップ「獲得」である。次にこの情報を保存しなければならない。脳に情報を登録する行程が、二番目の記憶ステップ「固定」である。そして、覚えた記憶を思い出す作業が最後のステップになる、「再生」だ。本人が意識するしないにかかわらず、脳は必ずこの3ステップを踏んでいる。簡単に言うと、脳の記憶システムですね。情報を得て、脳に収納して、必要に応じて情報を引き出す、という一連の作業です。そして、この情報を固定するということが記憶するということですが、この固定作業がちょっと難しいようです。実際、脳の中を覗いてみると、「固定」は複雑なステップを踏んでいる。記憶専用ネットワークの結合パターンがダイナミックに変化することで「固定」が行われると考えられているが、このとき、記憶のための特定の遺伝子たちが動いている。この遺伝子から必須な分子が合成されないと、記憶の固定ができない。ここで面白い点は、一度脳に記憶が登録されてしまえば、もはや遺伝子は必要ではないということだ。つまり遺伝子がなくても「再生」が可能なのだ。記憶するためには遺伝子が必要だが、思い出すだけだったら遺伝子の活動は必要ないというわけだ。脳に情報を記憶させる作業に、遺伝子が関わっているということも面白いのですが、一度登録固定された情報は遺伝子がなくても再生できるというのも不思議です。そして、更に面白いのはもうひとつのステップです。2000年8月の「ネイチャー」誌にニューヨーク大学のネイダー博士が発表した研究では、なんと記憶には更なるステップがあるという。博士はこの第四のステップを「再固定化」と名付けた。再固定化は、次のように発見された。記憶を「再生」している最中に薬物で遺伝子の働きを阻害する。もちろん、思い出すだけならば遺伝子は必要ないから、その場限りにおいては、記憶力は正常に見える。しかし、驚いたことに、こうして遺伝子のない状態で思い出された記憶は、それ以降、脳から消えてしまったのだ。要するに、記憶された情報を取り出して、それをまた元に戻すには遺伝子の活動が必要ということになるわけですね。つまり、記憶の「再生」とは、記憶を再び固定し直す(再固定化)ための重要なステップであったわけだ。2002年5月にはこの遺伝子のひとつが突き止められ、「再固定化」の研究はいよいよ注目を集めている。脳の中の記憶倉庫から情報を引き出すのは簡単でも、それを再度倉庫に戻すためには遺伝子の働きがないと不可能ということです。実は「再固定化」が問題になるケースは日常的に起こっている。「あれ?さっきまで覚えていたのになあ」という状況がそれだろう。最後に思い出したときの「再生」の仕方が不適切だったために記憶が曖昧になってしまったわけだ。不用意に物事を思い出すことも考えものだ。中途半端な記憶の再生によって、正確な記憶が損なわれてしまうという事実には注意を払う必要がある。面白いですね。情報が収められている脳の引き出しから、瞬時に情報を取り出すことは簡単でも、また元の引き出しに戻すには、別の脳内活動が必要になるということです。ウケウリのノーガキですから、どうぞご興味のある方は著書をお読みになって下さい。他にも色々面白い脳の活動が紹介されています。せっかくですから、明日もこの続きを書きます。
2006年12月12日
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昨年まで我家にはサンタクロースが来ていました。「今年は、お姉ちゃん、お兄ちゃんにはもう来ないと思う」と言ったら長男が「お姉ちゃんは、去年、17歳まで来ていたよ」と言われてしまいました。子供たちにとって、年に一度の一大イベント「サンタの日」は、いつまでも終わりのない夢の日なのでしょうか。ちなみに我家は一昨年まで、サンタクロースは実在の人物でした。。。と思う。(笑)長女16歳、長男14歳、次女9歳が、このサンタの日を迎えるにあたって家族会議がありました。父「なんでもサンタクロースは16歳までの子にしかプレゼントは持ってこないらしいよ」長女「・・・でも、18歳でプレゼント貰った娘、あたし知ってるよ」母「それはお父さんかお母さんが特別にお願いしてくれたんじゃないの」長女「別に来なくても良いんだけど、信じてる人のところには来ると思うのね」父「ふ~ん、そうなの」毎年、ウチの子供たちはサンタさんに手紙を書いています。所謂「欲しいものリスト」ですが、この一昨年のサンタの日から、長女と長男は手紙を書くのを止めました。特別欲しいものも無かったらしいのですが、親に似ず意外と物分りの良い性格です。次女は、庭の外にある小さな丘の上から「手紙」を投げました。父「おまえナニしてんの?」次女「サンタさんの手紙投げたの」父「投げた?って、それじゃサンタさんに届かないんじゃねぇーの」次女「あのね、投げた時にサンタさんは解るの」父「誰がそんなこと言ったんだ?」次女「誰も言ってないけど、それで良いの」ヒジョーに独創的な考えを持つ娘です。おかげで両親はこの時のお手紙を読むことが出来ませんでした。ということで、一昨年のクリスマスイブの夜、サンタさんは我が家にやってきました。次女「あれ?この包装紙、お母さんと一緒に買いに行ったのと同じヤツだ」(さすが末っ子は目ざといです)長女「別にそんな紙はどこにでもあるし、いくらでもあるでしょ」(やはり長女はおっとりしています)長男「・・・・・・・」無言のままプレゼントを開けています。う~ん、この3人のサンタに対する考えは一体どうなんだろ?疑惑を残したまま、昨年は新しいアパートに引っ越しました。今度は大型アパートの4階なので、一体サンタはどこからやってくるのだろう、という話になりました。次女「窓とかから入って来るんじゃないの」長女「うん、別に何処から来たって私は良いと思うのね」(ってかそーゆーことじゃないと思うんですけど)長男はクールにニヤニヤしているだけでした。父と母「もう、上二人は良いよね、今年は。それとも今年もヤル?」父と母「う~ん、フツー他所ではどーゆー終わらせ方してるのかなぁ」父と母「別にないんじゃない。それとなく解るみたいな」父と母「ってことは、今年もやるってこと?」ということで、昨年もサンタさんはどこからともなくやってきました。長女「おとーさん、見て、来たんだよ、あたしのところにも」(ってマジで嬉しそうです)父「へぇ~、そいつぁ良かったなぁ。赤ちゃんみたいな顔してるから間違えたんじゃねーのか」(ってか、この娘は本気で信じているのかなぁ)長男は相変わらずクールで、黙ってニヤニヤしているだけでした。次女「おかーさん、お願いしたのと違うものが来た」母「お願い?って、誰にお願いしたの?」次女「あのね、手紙書いてね玄関の横の植木に置いておいたのね。今朝ちゃんとなくなってたから、サンタさん、読んでるはずなのね。なのに違うの」父と母「(そんな手紙見なかったぞぉ~)(風で飛ばされたかなんかしたんじゃない)」父「その日に手紙貰ったってサンタさんだって急に用意できないんじゃねーの。物理的にちょっと無理なこともあるんじゃねーかな」(苦しいぞ、言い訳が)ちょっと疑いの心が芽生えている次女でしたが、更に怪しいプレゼント、包み紙を破くと中からゲームソフトが現れました。それはそれでビンゴ!だったんですが。。。。。次女「やったー!これはお願いしたヤツだぁ。・・・・・あれ!このステッカー、XX店の名前が・・・」し、しまったぁ~、店のシリアル・ナンバー・ステッカー取るの忘れた。母「お店で買ってきたんじゃないの、手紙見るのが遅かったから」(おっ、上手いフォロー)父と母「(汗)そーだよね、サンタさんだって忙しいから」(忙しいのか?)さあ、今年のサンタの日は一体どうなることでしょうか。どうも親爺の勘だと、長男はすでに理解していると見ています。長女は半々ってとこですか。なにせ、性格がおっとりしてますので。ってか、そろそろ解れよ、みたいな感じですか。(笑)さて問題は次女です。12歳の彼女は果たして理解しているのでしょうか、それとも未だにロマンを信じているのでしょうか、あるいは、知ってて騙されているのでしょうか。いよいよ、我家の「サンタの日」はクライマックスを迎えようとしております。(ってか、どーでも良いんですけど)
2006年12月09日
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昨晩は子供達のクリスマス・プログラムへ行って参りました。毎年この時期になると、学校では必ずこういったイベントが行われます。サイパンはスペイン人の入植とともにキリスト教が持ち込まれたので、BASICな宗教はキリスト教です。ですから、私立校の殆どはキリスト教派になります。我家の子供が通っている学校もカソリック系なので、クリスマスが近づくと必ず教会の聖堂を借りて、日本で言う学芸会みたいなことをやります。もちろんテーマは「キリスト生誕」にちなんだ、寸劇や合唱による全生徒あげての一大イベントです。低学年はたいてい天使の役とか、あまりセリフのない可愛い衣装で登場し、父兄をウルウルさせます。小学高学年と中学生は、聖書に基ずくキリスト生誕までのドラマを演じます。高校生はコーラス部隊を編成して臨場感を盛り上げます。概ね、どの学校でも必ずといって良いほど行われる季節のイベントのひとつですね。最後は校長先生と教会の牧師さんによるお説教で締めくくられ、全員で祈りを捧げて終了します。そしてこのイベントが終了した翌日からは、クリスマスホリデーの始まりです。日本で言えば冬休みですかね。お正月までお休みになります。ただ、お正月は元旦の1日だけで、2日から学校はスタートします。ということで我家も今日から子供達の冬休みに入ります。ただ、今年はイベント会場である教会のスケジュールの都合で、例年より少し早い実施となりましたので、来週1週だけ特別クラスがあります。長男と末娘は同じ学校なので、昨晩から友人と遊びに行ったり、先生の家に泊まりに行ったりと羽を伸ばしていますが、長女は別の学校なので、弟妹を羨ましがりながら今朝も登校しました。長女の学校は、同じキリスト教でもバプティスト派なので、イベント内容もまたちょっと違います。もちろん高校生ですので、出し物自体もより宗教色の強いドラマや賛美歌になっています。また、クリスマス以上にTHANKSGIVINGのプログラムも熱心で、年末の2大イベントとされています。まあ、どちらかというとクリスマスは厳かなイベントですね。どっちにしろ我家は根が無宗教ですから、好奇の目で見ているだけなんですが、一年中ボーっとした島ですから、せめて何度かはこのようなイベントでもないと、ホントにケジメのない生活になってしまいます。まあ、道楽者の親爺としては、どうせならもうちょっとFUNKYなイベントもあって良いんじゃないかなとか思いますね。ゴスペルっぽい、ちょっとビートの効いた聖歌隊とかで、寸劇もミュージカル仕立てみたいにしたら、もっと観客も喜ぶだろうなぁ~、とか思ったりします。とまあ、そんなこんなで、島民はこれから年に一度の盛大なお祭りであるクリスマスに向けて日々盛り上がっていくのです。来週あたりからは、アチコチでクリスマスパーティが始まりますので、もうほとんど仕事にはならないですね。みんな浮かれまくってNEW YEAR'S DAYになだれ込むようにしてドンちゃん騒ぎが続きます。(今年は特に不景気だから尚更騒ぐだろうなぁ)
2006年12月08日
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月日の流れは年齢と共に早くなっていくのでしょうか?あっという間に今年も終わりに近づきつつあります。ガキの頃は「あ~早く大人になりてぇな~」とか言って、時の経つのがやたらと遅く感じましたが、30歳過ぎたあたりからは、そろそろ出っ張り始めた腹の脂肪をつまみながら「あと何回くらい夏の海でナンパできるのかなぁ~」などとぼやくようになり、40歳を過ぎると「これが最後の青春かなぁ~」などと言いつつフィリッピーナに入れ込んだりして(笑)、とうとう50歳を超えてしまったら「子供に何を残してやれるんかなぁ~」などとフツーのジジイに成り下がりつつある道楽者です。まあ、元々実社会とは隔絶されたところで目が覚めたようなガキですから、一般的常識とか教養みたいなもんは建前で持っているだけのことで、決してフツーのジジイにはなりきれない私かも知れません。(ってか、なんのこっちゃねん)それにしても40歳を過ぎたあたりから、時の流れがやたら速くなったような気がしてなりませんね。こんなのんびりとした田舎に住んでいても、きちんとカレンダーはめくられていくのです。人はそれぞれが独自の時計を持っていると言われますが、感覚的な時間の観念とは別に、目の前に流れている時間はどんどん加速しているような気がしてなりません。これは通信技術の発達も充分影響しているのではないでしょうかね。昔だったら文字通り浦島太郎の私ですが、情報だけはしっかりリアルタイムで、しかも世界の動きが同時に入手できるのですから、頭の中だけはしっかりと現在の時間にリンクしてるわけですね。(ほらほら、始まったぞジジイの屁理屈が)まあ、言ってみればこれらの情報はあくまでもバーチャルリアリティなわけで、決して自分の体がその場所にあってその時間をすべて体験してるわけではありませんから、頭脳と精神と肉体の三つが妙なバランスで影響しあうってことになります。これじゃ、分裂症気味な生活になるのも無理はありませんね。その昔は、いかがわしい週刊誌とか雑誌の影響で精神的に病んでいったヤツなんかもいましたが、今や人類全体がバランスを失った状態のようです。そんな異常な世界で、正常とされるものを見つけるのは至難の業だし、下手したら「変なヤツ」とか言われるようなヤツが、実は一番まともだったとかゆーようなことにもなったりして、本当に難しい世界に生きてるんですよね、我々は。(笑)あまのじゃくの私が言うのも変ですが、最近は世の中、あまのじゃくだらけで、人が「右」って言うと、「いや、左もあるんじゃねーの」とか言われて、「そうだな、それも一理ある」とかになって、「右左にとらわれ過ぎて上をみるのを忘れてるぜ」とか混ぜ返された上に、「上が正しいとするには下の存在があるからだ」などと横槍を入れられれば、「やっぱり素直に前を向いていこう」とか流れていって、最後は「後ろを振り返ってこそ前向きになれるんじゃねぇーの」ということで締めくくられ、結局その場から一歩も動けない、みたいなのが現実ではないでしょうか。(あー、疲れた。屁理屈もケッコー体力がいるなぁ)ってことで、結局、道楽親爺が子供たちに残してやれることと言えば、「オレにもわからない」ってことなんじゃないでしょうかね。(笑)なんで子供の頃、あんなに急いでタバコ吸ってみたり、性を体験しようと思ったり、暴力を体験しようと思ったりしたんですかね。なにもほっといたっていずれはすることなのに、何故人より少しでも早く体験したかったのでしょうかね。なんのこたぁない、行き急いだ分だけ、遠回りして人より疲れただけです。駆け足で思春期を突っ切ったおかげで、折り返し点からは下り坂が急勾配になってしまったのではないでしょうかね。自分の子供に伝えられる道楽親爺唯一の教訓でしょう。
2006年12月07日
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今日は最近見たDVD映画についてノーガキこいてみたいと思います。まずは待望のDVD化ってことで「ダヴィンチコード」です。映画では解らなかった部分をじっくりとDVDで研究、みたいな感じでしたが、・・・・・・・・・・・・・やっぱりよーわかりませんでした。(T_T)日本語字幕がないのは辛いです。英語のSUBTITLEを見ながら、辞書片手に取り組みましたが、結局、映画内容の6割も理解できませんでした。ということで、これは日本版を入手するまで、ジジイのノーガキは封印します。(笑)続いての話題作「氷の微笑2~Basic Instinct 2」です。まず間違いなく続編~パート2はコケるという定説がありますが、・・・・・こけました。(笑) 一作目からすでに14年が経過しているんですねぇ~。かなり無理があるなぁ~っていうのが実感でした。一作目を見たときの感動は「羊たちの沈黙」とか「ツインピークス」に並ぶ映像美と、ノーガキ好き道楽者のためのめくるめく世界でありました。主演のシャローン・ストーンは、この一作で女優としての地位を確立したと言っても良いほどの、素晴らしいプロポーションと妖艶な演技でジジイを魅了してくれました。ってか、その頃委員長もまだジジイにはなってなかったけどね。(笑)委員長と彼女の初めての出会いは(笑)「刑事ニコ/法の死角・Above the Law」でした。主演のスティーブン・セガールの奥さん役で、ほんのチョイ出演していた彼女は、どちらかというと清純派タイプのあまり目立つ女優さんではありませんでした。それがいきなり色っぽい知的悪女みたいな姿で登場してきたときは、はっきり言って驚きでした。もちろん映画の内容とピッタシはまった適役で、この一作目のエンディングは素晴らしい出来でしたね。相手役のマイケル・ダグラスも、大ブレイクした「危険な情事」の味を生かしつつ、見事な自己演出で演技派俳優へとして、父親の威光を乗り越えたターニングポイント的作品でもありました。さて、前作の話が長くなりましたが、どーしても前作と比べてしまうのは仕方のないことです。映画の内容も前作のストーリーを少し引きずってますから、全くの別物として作られた続編ではなく、時間を超えて、前作に続く後編みたいなものでした。ちょっと気になったので、映画のサイトを覗いたら、やっぱり同じようなことが書かれていて、ある評では、前作をみていないと登場人物名とかがちょっとわかりづらいので、レンタルして見てからいくと良いでしょう、ってのがありましたが、・・・・・・・見ない方が良いでしょう。(笑)ストーリーの辻褄合わせだけのためということで見てしまったら、きっと見劣りしてガッカリ度が倍増されます。酷評みたいですか?はい、そのとおりです。(笑)個人的には、見なきゃ良かったと思ってます。(爆それは、委員長自身が大のシャローン・ストーン・ファンで、彼女の色っぽい姿をどんな映像で見せてくれるのか、というのがひとつの楽しみであったからです。つらかった・・・・・(笑)なんで彼女はこの映画にこだわったんかなぁ~。美人女優の晩年というのは本当に難しいのでしょうが、委員長としては「若作り」よりも、その年なりの色気で魅せて欲しかったですね。キャサリン・ターナーなんて女優も晩年はちょっと辛いものがありましたが、同じ色気でもメグ・ライアンみたいな展開もあったのでは?と思うジジイでした。もう一発、邦画ですが「隠し剣、鬼の爪」ってのがちょっと良かったです。ニッポンの皆様にはちょっと古いかもしれませんが、こちらでは最近DVDになったばかりなのです。ご存知山田洋次監督、藤沢周平原作の時代劇で、前作「たそがれ清兵衛」の続編のような作品でしたが、見事にハマってうるうるしてしまいました。(涙腺弱くなったから)山田監督と言えば寅さんシリーズですが、どうも日本人のツボを心得ている人のようで、ついつい引き込まれてしまったという感じでしょうか。委員長の感想としては、「幸せの黄色いハンカチ」の続編として作られた「遥かなる山の呼び声」みたいなもので、どちらもうまく泣かされたという感じです。こちらも、サイトで評を読むと、映画自体の面白さは認めるものの、ワンパターンとか、シリーズ好きとかいうような見方が多かったようです。委員長も特別好きな監督ではありませんが、日本を代表する監督の一人としては認められるだけの人だと思います。まあ、言ってみればソツない作りで安心して見られるってなとこでしょうか。あと、監督のインタビューにもありましたが、今の時代だからこそ扱いたいテーマだったと述べられていたように、年齢的にも委員長くらいの中年層にピッタシといった映画でした。世の中の矛盾と言うか、不合理と言うか、理不尽さと言うか、時代を超えて人間社会に存在する目には見えないシステムに取り込まれていく人間の心のあり方みたいな、ひどく原則的なテーマなんですが、いわゆる日本人らしさが出ている良作だと思います。
2006年12月06日
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誰もが好きなゴシップと暴露本ですが、最近、女優の石原真理子が実名入りで告白本を出したらしいですね。なんでも、本格的女優復帰に向けて過去の全てをぶちまける、とか言っておりましたが、その実名で登場する人物はほとんど現役の皆様のようです。委員長も裏ネタみたいな暴露本は嫌いじゃないし、もっとどんどん裏ネタを表に出してやることが世界平和につながる(笑)と信じているわけですが、どうもこの手の本は好きになれませんね。未だ読んでもいないのにノーガキこくってのも、ちょっと先入観が入りすぎている気もしないではありませんが、女優の裏ネタって、所詮はシモネタですよね。読者もそこら辺が一番興味あるわけで、まあまずハズレはないだろうっていう出版社のセコイ手がミエミエだし、「実名」なんていうところが非常に姑息な感じがしますね。この女優の過去のスキャンダルの数々は一般にもかなり浸透してるでしょうから、別に実名じゃなくったって、買ってまで読もうっつー読者ならイニシャル表記だけでも充分にわかります。そんな前提を踏まえて、わざとらしく「なんと実名で・・・」って大袈裟な「売り」にするあたりが道楽者親爺としては少々気に入りませんね。(ってか、どーでも良いだろ)まあ、この女優さん、過去にも脱いでみたり、プッツン女優対決だの不倫だの、渡米だの結婚だのと、なんだかんだと話題を提供してきたワリにはパッとしなかったのも、結局みんな中途半端なだけだったってことにつきますよね。タレントでメシを食うって決めたのなら、そりゃもう業界のオモチャになりきるしかないわけで、それが嫌なら独自の道を歩むべきだと思うんですが、どうもこの女優は、オモチャにされるのは嫌って言いながら、オモチャでいたいみたいな、単なるわがまま系ですよね。「嫌、嫌・・・・・・好きにして~」みたいな感じですか。(爆まあ、ホントにどーでも良いことなんですが、女がシモネタで勝負を賭けるってのは、実は一番確実な勝利方法なわけで、道楽者として言わせてもらえるならば一番邪道で、個人的には一番嫌いなタイプですね。第一、別な意味で体を張って勝負してる女性の皆様に対して失礼です。(おいおい、君は何ムキになっているのかなぁ)過去にも随分と似たような「暴露」ネタで勝負を賭けてチャンスをものにした方も随分とおられますが、それでもやはり節度というかマナーみたいなもんがあると思うんですね。特に水商売関係では「ご法度」というか「禁じ手」というか、道楽者に言わせれば「掟破り」みたいなもんです。だって、その業界、お水の世界は、芸能業界全般(?)のコバンザメみたいなもんだし、一般社会とは縁の切れた世界なんですから、そこでの戯れをネタに金儲けしたら「何でもアリ」ってことになっちゃいますよね。まあ、別に芸能界に拘るわけでもありませんが、一般社会でカタギの顔をしている人たちが唯一、素になれる世界がお水業界なわけで、ソープのおねーちゃんが客の名前を公開してゼニ儲けしはじめたら、そりゃ業界自体を潰すってことですよね。まあ、言ってみればそれだけシモネッタの威力は凄まじいってことなんですが、他の社会的暴露とかには無頓着なくせに、ちょっと良い女が「寝技」を使うと、すぐに飛びつくってのも社会の真実なのかもしれませんね。ほとんどが「チキショー、あの野郎うめぇことやりやがって」とか「そうか、あんなことも、こんなこともして楽しみやがったのか」みたいな下賎な輩ってことですか。(爆!ということで今日は道楽者の独り言ってことで、せっかくですから道楽者がお薦めする業界秘話みたいな本をご紹介しておきましょう。○元々プロダクションとか芸能界ってものがどんなものなのかを知れば、ゴシップだってさほど目新しいことでもなんでもなくなります。ナベプロ帝国の興亡軍司貞則著http://item.rakuten.co.jp/book/725824/ ○伝説のクラブ「姫」は銀座の歴史そのものでしょう。最近の水商売では、こうした「粋」も理解できないのでしょうね。ザ・ラストワルツ 「姫」という酒場山口洋子著http://item.rakuten.co.jp/book/1203331/ついでだからもう一冊。何故男が寝技に弱いのか(笑)ってことを理論的に説明してくれる書がこれです。男と女の機能の違いさえ理解できれば、もうシモネッタも怖くありませせん。(えっ!?) 話を聞かない男、地図が読めない女アラン・ビーズ、バーバラ・ビーズ著http://item.rakuten.co.jp/book/1488007/
2006年12月05日
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今日も調子付いてもう一発UPしちゃいますね、我が娘の作品。ホント、親バカですねー。ってか、もちろん子供もバカなんですけど、まさしく遺伝原則を踏まえた種の保存です。(笑まあめったなことでは、トンビが鷹を生んだりはしないのです。この親にしてこの娘ありってことでしょう。 なんですかね~、こんなしょーもないこと描くために学校へ行かしてるわけじゃなんですけど、どうも身内ウケしてるらしくて、制作ペースがどんどん上がってます。(やれやれ)まあ、ようやく彼女も、創作する楽しさが解り始めてきたってことでしょうか。とにかく、こんなスケッチがノートにギッシリって感じです。ってことは、授業中もこんなマンガばっかり描いてるってことなのかなぁ~。寝てるよりはマシか。でもまあ、どうせなら「ちびまるこちゃん」のさくらももこ先生のように有名になって、親孝行でもしてくれたら親父はとてもHAPPYですね。(って、結局そこに落ち着くわけやね)
2006年12月04日
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昨晩は帰宅すると我が家はガキの溜まり場と化していました。「コンニチワー。Oh,I mean、コンバンワー」長女のクラスメートが数人終結しておりました。なんでもみんなでご飯を食べてから映画を見に行くそうで、思春期真っ只中の子供たちですから何をしても楽しくてしょーがないみたいな感じでした。そんなENJOYだらけの輪の中で一人COOLにゲームをしている長男は少々不機嫌でした。「どうした?なんかあったのか」「別に・・・・」「おとーさん、SEIYA(息子の名前です)ね、学校でPSP(プレイステーションプレミアム)とられちゃったの」(長女談)「えっ!?盗られたって誰に?」「センセーだよ。友達に貸してたら、その子が授業中に遊んでてね、ボッシューされちゃったらしいのね」(長女談)「ボッシュー、なんて言葉よく知ってたなぁ」「えっ、私、使い方間違ってる?」「いや間違ってないよ。それで良いんだよ。で、どうすんだPSP?」「校長センセーがね、OFF ISLANDだから、帰ってくるまで返してくれないんだって」(長男)「ま、自業自得だ、あきらめるんだな」「ジゴージトクって何?」「身から出たサビってことだよ」「えっ。ワサビが出るの?」「違うよ。あとでことわざ辞典で調べろ。それより、そんなことでいじけてるようじゃしょーがねーぞ」「別にいじけてないよ。それは自分が悪いからしょうがないんだけど・・・」「なんだわかってるじゃねーか。じゃ、なんでいじけてんだよ」「あのね、実はね校長の息子がねPSP持ってないからね、たぶんその子が使うと思うのね、校長が帰ってくるまでの間。SEIYAはね、それが許せないらしいのね」(長女談)「(爆笑)くだらねーことでイジケてんじゃねーよ」「別にいじけてないよ。ただ、人のものを勝手に使うっていうのが許せないんだよ」「使う、たって、使うかどうかなんてわからねーだろ」「いや、たぶん使うと思う。前から貸して欲しいって言ってたし、校長がいないときしかゲームできないから」「どーでも良いけど、そんな了見の狭いことじゃ大物になれないぞ」(ってか大物になりたいのか?彼は・・・)「おとーさん、違うんだよ。なんていうのかなぁ、自分のパンツを人にはかれるみたいな感じ?」(長女談)「ぎゃははー!スゲー喩えだな、はは」そうなんです。この長女はヒジョーに父親好みのセンスをしているのです。やっぱ親バカなのかなぁ~、こんな長女を誇らしく思う道楽親爺です。娘の許可を得てませんが、彼女の書いた4コマ漫画UPしちゃおうっと。(著作権の侵害で訴えられるかも)ネタはクラスの身内ネタですけど、ケッコー面白いセンスしてますよね。(やっぱ親バカ?)
2006年12月03日
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今朝も午前6時起床、TOYOTAカムリに乗り込んで、子供達を学校に降ろして仕事場へ、といういつもどおりの出勤ドライブの道すがら、委員長の頭に一瞬、あるひらめきが浮かびあがってきたのでした。今まで随分とくだらないノーガキをこいてきた私ですが、これはひょっとして単なる自己顕示欲を誇示するための行為であったのではなかろうかと、ある意味自嘲的なひらめきが脳内を駆け巡ったのでした。が、その反面、もっと大きな視野に立ってみたら、それも私自身に与えられたひとつの役割ではなかろうか、などと今度は自己肯定的道楽者流自己満足理論にたどり着いたのでした。(なんだかな~)とまあ、相変わらずの屁理屈をグダグダと頭の中で繰り返しながら、椰子の木が並ぶ小道を走っておりますと、一瞬、ぱぁーっと視界が広がり青空が目に飛び込んできたのでした。もちろん、毎日出勤に走っている同じ道なのですが、なぜか今日は大変に心地良い気分で景色を眺めていたのです。「この世の中に無駄なものなんてなにひとつないんだよね。無駄だと思っていることも無駄として存在している以上は無駄じゃないんだよね」おおっ~、なんと素晴らしい道楽者理論でしょう。そうです、この世の中に無駄なものなどなにひとつないのです。この世界に生きているすべての生き物が見ているもの、感じているもの、それらのすべてはそこに存在し、みなその日々を生きているのです。生きることの意味みたいなもんは、それを測るモノサシがあまりにも多すぎて、どんなことしたってひとつでスパッと割り切れることなんて絶対に不可能ですね。つまり、いろんなモノサシがごちゃ混ぜになった世界がこの世の中ってことになるわけですから、それぞれが持つモノサシの尺度を少しずつ広げていって、できるだけ共通のモノサシを作ることくらいが今の人間にできる精一杯の行為ではないでしょうか。ただ、今の世の中、一番大きな共通のモノサシになっているのが「おカネ」という基準で測られる「意味」ですから、ちょっと厄介です。おカネを沢山持っている人が生きることの意味を体現する人ってことになります。じゃあ、この生きることの意味ってのは何なんだろって考えると、それは「快感」ってことだと思うんですね。「気持ち良い」って感覚ですね。でもって、この「気持ち良い」感覚をより多く得るためには「おカネ」が必要ということになるわけですね、今の世の中は。ん?ちょっと待って下さいよ。じゃあ、「意味」の定義を変えればモノサシも変わるってことじゃないですか。つまり、「おカネ」を使わずに得られる「快感」を、生きることの「意味」にすれば良いってことですね。「おカネ」で得られない「気持ち良さ」ですか?昔から言われている「カネで買えないもの」ってやつですか?う~ん、なんだろう、カネで買えないものって。。。。。。たまには皆様も息抜きに考えてみて下さい。本当にカネで買えないものってなんなんでしょう。
2006年12月01日
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