種明かし
今まで絶対に手を触れてはいけない女、中学生の時から恋焦がれた女が長い間自分に恋をしていたといわれたら考えることは何もなかった。とにかく、その女を確保しようと焦った。とにかく、その女と結婚したいと恥も外聞もなく父に言った。
そして姉との結婚話には予想もしない種明かしがついていた。僕はあの家の養子で姉とは実の兄弟ではないという話。だから結婚してはどうかという話。急に言われても、それが自分の話だとは思えなかった。
面白くもなんともないような話だった。その夜はよく眠れなかった。父は怒りも笑いもしていなかった。嬉しそうでも悲しそうでもなかった。なにか、他人の噂話をしたような不思議な気分だった。
翌日も父に会った。同じホテルで今度は和食屋の個室だった。父は少し怖い顔をしていた。怒っているわけではないが、全く楽しくない不機嫌な顔だった。その日聞いた話は衝撃だった。なにか、今までのすべてのことがひっくり返るような話だった。
僕は大阪の叔父さんの隠し子だった。母はもう亡くなったという。僕が今まで母と信じてきた人は叔母に当たるらしい。僕が、この年になるまで全く気付かなかったのは、あの母が、この父が本当の愛でいつくしんでくれたからに違いない。
僕がまだ小さい時、子守唄を歌いながら眠ってしまった人。姉と僕が浴槽を泡だらけにしたのを見て怒りのあまり浴室中にシャンプーを撒いた人。香水の匂いをぶんぶんさせて帰った僕の服をはぎ取って、ついでに女にもらった腕時計まで洗濯機にぶち込んだ人。教育熱心で口うるさくて、優しくて愛情いっぱいに育ててくれたあの人が母じゃなかったなんて信じられるか?
父はこの話をするとき、僕のことを君と呼んだ。そんな他人行儀な呼び方をされたくはなかった。僕が育った家は、いい年をした子供が両親をパパママと呼ぶ家だ。両親も姉も僕を純とか純一とか呼び捨てにした。君って誰のことなんだ?
大阪の叔父夫婦が僕を大切にしてくれる理由が分かった。僕を預けっぱなしにしていて気が引けるからだ。僕を好きだからじゃなかった。タカシは弟だ。彼は僕が兄だということを知っているのだろうか?
実母とはどんな人だったのだろう。亡くなっているらしいけれど、父を本気で愛していたんだろうか? 僕は誰かの愛の結晶なんだろうか?それとも、望まないのにできてしまった子供なのだろうか?
姉と結婚できることと、セットになっている話は僕にとっては過酷だった。その夜は、昨日の疲れもあって早々に寝落ちしてしまった。考えるのに疲れていた。そして、まだ暗いうちに目覚めて頭痛がするほどいろいろなことを考えた。
僕は何度か自分の戸籍謄本を見ている。それでも気づかなかった。戸籍謄本には養子という言葉は一言も書かれていなかった。ただ一度中学校の時に違和感を感じたことがあった。
僕の戸籍謄本を見た先生が、「うん?」と言って一瞬手が止まった。ただそれだけだったが、なんとなくその時のことが記憶の底に残っていた。
両親は叔父と叔母で、叔父は実父だった。僕は混乱していた。ただ一人、大阪の祖母だけは、いままでも、これからもおばあちゃんだ。
続く
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2019年07月16日
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