逢瀬
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2019年07月21日
家族の木 THE THIRD STORY 純一と絵梨 <16 逢瀬>
絵梨との婚約が調って初めての夜、同じ部屋に寝るのは20年ぶりくらいだった。姉が小学校の高学年になって、僕たちは初めて独立した部屋を持ったのだった。その時以来だった。僕たちはおそろしくおくてのカップルだった。婚約してはじめて、僕は絵梨の部屋に泊まった。
その夜の絵梨はただ抱きしめただけで硬直してしまった。あの嫌な記憶がよみがえったのだ。泣きながら「ごめんね。いいオバサンなのに、純の愛情にこたえられなくて、お願い、もうちょっとだけ待ってほしいの。」とあやまった。
僕はただ抱きしめるだけでよかった。「10年以上待ったんだよ。のんびり行こうよ。今は、これで十分幸せだよ。こんな風に恋人同士の会話をすることが夢だったんだよ。僕ってロマンチストなんだよ。知らなかった?」と話すと、僕の腕の中で「ふふっ」と笑った。幸福で穏やかな眠りについた。
翌日の夜、今度は絵梨が僕の部屋に来た。12時を過ぎて父も母も寝静まっていた。僕たちはベランダ越しに出入りした。まるで、不良の高校生のようだった。心が弾んだ。
絵梨が僕の布団にもぐりこんだ。
この日も抱きしめて眠った。パジャマの裾から手をいれて素肌に触れてみた。僕は、初めて絵梨の素肌に触れて動揺した。あまりにも滑らかでしっとりしていた。吸い付くような感触というものをはじめて経験した。絵梨は硬く身を縮めていたが嫌だとは言わなかった。
翌週は出張で東京へは帰れなかった。その次に東京へ帰ったのは2週間ぶりだった。その夜、絵梨がベランダ伝いに僕の部屋に来た。驚くほど必死の形相だった。いきなり胸にしがみついてきた。「また、遠くへ行ったらどうしようと思って、怖くて怖くて。」といった。「行くわけないじゃないか。どうしたの?」と聞きながら、なにか不安定になっていると感じた。
「ねえ、ないと思ってあきらめていたものが急に手に入ったの。ところが、ちょっと、どこかへいってしまったの。そしたら、またなくすんじゃないか、またなくしたらどうしようって、怖くて怖くて。」といった。
「なんで、そう思うの?ちゃんと婚約したじゃないか。」「だって、私は純に十分なことをして上げられない。役にたたない女だから。よそへ行けば若くて魅力的な人がいっぱいいるわ。もう怖くて怖くて。」絵梨がそう言っている間に僕は絵梨のパジャマの裾から絵梨の素肌を抱きしめていた。絵梨が望んでいるのが分かった。
僕の手が胸に触れたとき、絵梨は少しビクッとした。ゆっくり撫でているうちに体の力が緩んできた。もう、大丈夫だと思った。僕は絵梨が少し衰えていると思っていた。流産という体験が身体を老いさせると思っていた。そんな絵梨が可愛そうで僕がいたわってやりたいと思っていた。
だが絵梨は驚くほどみずみずしかった。高校生の時の浴衣姿の絵梨を思い出した。妙に太ももの部分が気になって正視できなかった。夜、パジャマのままテレビを見ている姿を思い出した。パジャマの胸元が眩しくて慌てて自分の部屋に戻った。初めてのデートに上気しながら帰ってきた絵梨を見たとき嫉妬で思い切り悪態をついた。
あのころから絵梨とも家族ともぎくしゃくしだした。今まで抑えていた感情が、歪んだ形で小爆発を起こしていた。毎日毎日そこここで破裂を繰り返した。それなのに、絵梨はどんどん美しくなった。
続く