愛憎
絵梨が大学に入りたてのころ、初めての男子学生との交流で毎日何かウキウキしていた。僕がふてくされて家族と関係がぎくしゃくし始めたころ、絵梨はますます美しくなっていった。
あの日のままの絵梨がさっきまで、僕の腕の中で、うっすらと汗をにじませて息を弾ませていた。陶器のような真っ白な胸がほんのりとピンク色に染まっていくところを見た。「
純、純、はじめてなの、純、純」と呼んだ。絵梨は結婚生活を経験しているのに慣れていなかった。普通に愛をはぐくむことをしてこなかった証のように思えた。
手に入らないと諦めていたものが急に手に入ったら、なくすのが恐ろしくなる。絵梨の恐れがそのまま伝染して僕の中で大きな波のように押し寄せてきた。今まで感じたことのないような執着心にとらわれた。
絵梨は今、小さないびきをかいて眠っている。少し、疲れさせてしまったようだった。僕は眠れなかった。長谷川のことが頭から離れなかった。絵梨は長谷川が跡取りを作るためのルーチンワークとして絵梨と関係していたといった。
でも僕はわかった。あいつは絵梨に暴力をふるい怯えさせ、嫌がって泣く姿を楽しんでやがったんだ。卑劣で下品で陰湿な趣味だった。そして、大切な子供を亡くした。許せないと思った。肉親を虐げられた怒りと、自分の女を侮辱された復讐心がうずまいた。思わずナイトテーブルをたたいてしまった。
絵梨が驚いて目を覚ました。おびえていた。「ごめん、手がテーブルに当たっちゃった。怖がらなくていいんだよ。僕は絶対に絵梨を手荒に扱ったりしない。僕は、どんなことがあっても絵梨を怖がらせるようなことはしない。大丈夫、大丈夫なんだよ」と頬をなでると幼い子供のように目をつぶった。
そして、「はじめてわかったの。幸せの意味」といった。僕が「この次はもっと幸せにしてあげる。」というとまた眠りにおちていった。
その日から、長谷川に対して恐怖心のようなものを感じるようになった。長谷川は絵梨に強い執着心を持っているのではないか?諦めきれずに、どこかで絵梨に狙いを定めているのではないか? そんな不気味さを感じるようになっていた。
僕は長谷川への恨みと不気味な恐怖心を振り払うことができなかった。普段は忘れているが、ふっとした弾みに嫌な気持ちになる。時には、怒りの気持ちが殺意レベルにまで膨れ上がることもあった。日によって気持ちは揺れ動いた。
こんな気持ちを打ち明けてもいい人は、ただ一人。大阪の祖母だった。気分が荒れたときには大阪の祖母に電話した。祖母は「無理もない、そやけど、あんまり思い詰めることは無いよ。あの男は、どうせろくなことにならへんのやから。」といった。僕は、祖母のこの言葉をあまり深く考えなかった。
続く
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2019年07月22日
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