いら立ち
僕はいらだっていた。一体なにしにわざわざこの街に来たのだろう。何もかもが順調に進んで無事に結婚式をして、こうして新婚旅行に来て有頂天になっているところに、友人からビシャッと冷水を浴びせかけられた。
僕が横になっているベッドはキングサイズだ。シャワー室からは絵梨がシャワーを浴びている音が聞こえる。あんなに僕を悩ませた姉が今では僕の妻だ。
もうすぐバスローブ一枚の姿でこのベッドに横たわるだろう。本当なら情熱的に僕に甘えかかってくるはずだった。僕は今までで一番熱烈な愛撫をするはずだった。絵梨は、幸せよ。幸せよと何度も言うはずだった。純、純と何度も僕の名前を呼ぶはずだった。
でもさっきの絵梨は涙ぐんでいた。「純の大切な恋を壊しちゃったのね。ごめんね。純の大事な人を泣かしちゃったね。ホントに私は厄介な姉ね。何にも知らなくて浮かれて純に嫌な思いをさせて。」と言って僕に何度も謝った。何もかも台無しとはこのことだった。
絵梨がシャワー室から出て、こちらに向けて歩いてきた。少し恥ずかしそうしていた。そういう姿を見るのは初めてだった。いつも自分たちの部屋で世間話をしてからベッドに入るのとは勝手が違う。いかにも新婚初夜という雰囲気が気恥ずかしかった。
ふっと長谷川との初夜もこんな感じだったのかと勘ぐった。少しイラだった。イライラが僕を動かしていた。こちらに向かって歩いてくる絵梨を迎えに行った。そのまま、そばのソファに押し倒してキスをした。
絵梨はびっくりして呼吸が荒くなっていた。そのままずっとキスをした。苦しくなったのだろう。絵梨は背中をトントンとたたいた。口をもごもごさせた。それでもやめなかった。少し、脚をバタバタさせた。それでもやめなかった。絵梨が上目遣いになってもがきはじめたところで僕の息が続かなくなった。
「純にあんな風にされて殺されるんだったら、それでもいいわ。純にキスされてるとき、一瞬気が遠くなったの。あの時とおんなじ感じよ。幸せだった。」「こんな感じで、息が止まるまでキスしてたら幸せなの?」キスをしながら、いつものように手のひらを絵梨の胸に持って行った。絵梨は眼をつぶってその感触を味わっているように見えた。
「どんなにキスで息切れしても鼻呼吸しているから死にません。僕が苦しくなってやめてしまうだけです。残念でした。」と言って笑い話にしようとしたが絵梨は、その不吉な会話をやめなかった。絵梨もさっきのモヤモヤした気分が治っていないのが分かった。
「純を殺したかったら、どうするんだろう。力はかなわないから何か作戦練らなくっちゃね。」といった。僕は「簡単だよ。他の男と愛し合えばいいんだよ。そしたら簡単に殺せる。」と答えた。
「僕、絵梨が他の男に抱かれたらその男を許さないかもしれない。僕どんなことがあっても絵梨には手荒なことはできない。せいぜいキスで痛めつけるぐらいだ。絵梨が他の男と関係したら、多分その男に手を出すと思う。許さない。」とすごんだ。わざわざ話を不吉な方へ持って行ってしまった。
「純、ちょっと怖い。でも純が怖くても平気よ。純なら怖くても意地悪でも大好きよ。」と絵梨が言った。そのまま、絵梨が僕の顔を胸で抱きしめて、その日は僕たちは床の上で愛し合うことになってしまった。僕たちのハネムーンの初夜は意外と荒れ模様だった。
続く
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2019年07月25日
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