養子
咲は聡一の家の事情を知っていた。もし、聡一が純一を引き取ってくれても、聡一の妻が純一を愛してくれるはずもなかった。当たり前だった。結婚する前に別れた女が夫の子供を勝手に生んだのだ。妻が寛容でいられるはずはないのだ。現に聡一は純一を認知していない。可愛がってくれるが家庭を壊す気はないのだ。
咲は最近体調が悪い。純一を引き取っても面倒を見ていく自信がなかった。純一の曾祖母に当たる真由美も、もう80歳を前にしている。いくら何でも、その母を抱えて純一を引き取るには無理があった。
咲の頼みは長男の健だった。健は公務員だし経済的に安定している。50を過ぎた自分が引き取るよりは安心できる。とにかく高校を卒業するまでみてくれればいい。そのあとは、金さえあれば何とかなる。聡一だって知らんぷりはするまいと思った。
健に預けるには、ある程度養育費が必要だ。それがなければ健の妻も納得はするまいとわかっていた。健の妻は悪い人間ではない。しかし、水商売を軽蔑していた。そういうことを咲はよくわかっていた。
聡一にも、そういう事情を説明して少し過分の養育費を用意してもらうように説得した。聡一は純一が自分の知らないところへ引き取られるのを辛そうにした。それでも結局月々の養育費は一般的な金額よりずいぶん高いものになった。これなら、純一を引き取ることで健の生活が楽になる。
聡一は、一括ではなくて毎月の支払いにしたいといった。気に入らなければいつでも止めるということだ。この方が純一のためになる。金を払って預けっぱなしではないのだ。咲はよく考えたものだと感心した。
純一を健夫婦の養子にして2カ月たった。咲はなんとなく、聡一が健夫婦を疑っている気配を感じていた。確かに、純一は託児所に預けっぱなしになっている。自分だけが、純一のことにやきもきしていると思った。
聡一は、最初のうちは健の嫁ににこやかに接していた。ところが、このごろは笑っているのに目が怒っていた。来る頻度が多い。そしてついに、純一の養子縁組を解消したいといってきた。
自分の親族が引き取りたいといってくれている。確かな人物なので信用してほしいといわれた。咲は暗に「お前の息子は信用できない。」といわれたような気がした。
聡一が、純一を引き取りたいと切り出した日の夕方には、純一は託児所から直接新しい養い親の元に引き取られた。不憫な孫、亡き娘の忘れ形見はたった半日でよそへ行ってしまった。
家に帰って真由美にこのことを話した。真由美は事の顛末をよく承知していた。真由美は自分の孫息子である健が妻に逆らえないことを知っていた。純一は朝早くから夜遅くまで託児所に預けっぱなしになっていた。夜も最低限の世話しかされていなかった。虐待とはいかないが、まともに育つような気がしなかった。
「受取るものは受け取っているのに、するべきことはしない。夜の女を軽蔑している癖に自分たちのすることはなっちゃいないじゃないか。」と真由美は憤っていた。真由美は自分の孫よりも聡一の方がちゃんとした男だということが分かっていた。真由美が聡一に「純一が不憫だ、何とかしてほしい」と訴えたのだ。
咲は泣いても泣き切れなかったが心の片隅でほっとした。自分がやきもきしなくても純一は幸福になる。聡一の親族は、自分の息子の健よりもちゃんとした人間に違いないと思った。聡一を見ていればそれが分かった。
続く
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2019年03月10日
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