授かる
ある夜梨花からメールが来た。普段は深夜に電話がかかることが多いのに、そのメールは夜の8時半ごろだった。
「多分、母性本能が刺激されたからだと思う。授かったから生みます。とりあえず、父親に最速で連絡しました。以上」
授かった?何を?父親?なんだこの業務連絡みたいなメールは? 2,3分なぞなぞを考えていた。そして、息が止まった。
震える手で梨花に電話を掛けた。「ホントか?」「ホントよ。今、お医者さんに診てもらったところ。」「そうか。」僕はポカンとなった。
しばらく、だまっていたら梨花が「今からママに話す。」といった。
「待て!待て待て! 僕から話す。僕から話す。僕から話す。明日行く。明日行く。明日行く。」
「来れる?仕事大事でしょ?穴開けられへんでしょ。」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だよ。とにかく行くから。行くから。行くから。」
「わかった。待ってる。迎えに行かへんよ。」
「わかってる。わかってるんだ。とにかく大事に。大事にするんだ。」
「わかった。ありがとう。生むなって言われると思ってた。この間の人のこともあるし。」といわれた。当然だが気にしていたのだ。
「もう別れたよ。梨花とこうなってからすぐだ。」
「ありがとう。それと、真ちゃん、一回言うたらわかるから。」梨花は涙声になっていた。
今まで何をぼんやりしてたんだ。梨花はそういう性格じゃないか。何を悩んでいた?
出生?出目?そんなものを気にしているのは僕だった。梨花はそんなものを気にするような女じゃないことははっきりわかっていたはずだ。今となっては、出目や出生はどうでもよかった。
そういうことではなく純粋に金のことを考えた。あの家の娘を嫁にもらうには、この部屋は貧弱過ぎる。もう少し、立派な部屋に引っ越さなければならない。いや、それよりも何よりも結婚式はどうするんだ?相当な金が要るぞ。それをどうする?
意味もないことを悩んでいた。自分の身の振り方を考えていた。心の奥底で迷っていた。計算していた。そのくせ、梨花の情熱を確かめては悦に入っていた。
大学に入ったころから僕は要領のいい男になっていた。困った時もなんとなく要領よく逃げ切っていたのだった。
しかし、今度ばかりは要領の良さで乗り切るのは難しそうだった。父が、母が、僕に「しっかりしろ!ひるむな!ちゃんとやれ!」と励ましていた。
それにしても、授かったってなんていい言葉だ。僕の人生の中で最も華があって賑やかで、神々しい言葉だった。
母の墓参りに行こう。苗字は違うけれども母は母だ。梨花のお腹の中には、母の命もつながれている。ここで、ちゃんとしなければ、その子が僕と同じような思いをするかもしれない。僕はぶるっと震えた。
続く
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2019年04月05日
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