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『黴』徳田秋声(岩波文庫) しかし、世間には山のように小説がありますから、誰がどんなタイトルの小説を書こうと全く自由ではありますが、この『黴』ってタイトルも、考えれば大概なタイトルでありますよねー。 この度本書を読み終えましたが、何が「黴」なのかさっぱり分かりません。 主人公・笹村と妻・お銀との関係の象徴なのか、それともお銀の存在が黴のようだというのか、私には良く分かりませんでした。(このことを解説した文章がきっとどこかにあると思うんですが、どなたかお教えいただければ幸いであります。) というわけで、『黴』を読みましたが、読みながら何となく気になることがあれこれ出てきたもので、歩いて10分ほどの所にある市立図書館へ行って来ました。 文学関係の辞典とか用語に関する本を覗いてみたんですね。 するとやはり、この筆者が文学史的に極めて高い評価を受けていることが、改めて分かりました。 詳しいことを挙げているとかなりの分量になりそうなので、本書についてだけ、取り上げてみます。本書における高い評価は以下の二点であります。 (1)極めて密度の高い客観描写がなされている。 (2)私小説=心境小説が自然主義文学の中心であることを定着させた。 (1)については、さらなる深化が同筆者の次作・次々作によってなされ、完成型へと導かれたそうですが、(2)については、その後の日本文学史を一新するほどの画期的な事柄で、なるほど、自然主義文学運動は廃れたかも知れませんが、主人公が作者に近い(極めて近い)という小説群は、今に至るまでしっかりと純文学小説の一分野を形作っていますね。 なるほどねー。(2)については、そのように説かれると一応納得しますね。その影響が、たとえ日本文学をかなり歪なものにした一因であったにしても。 ただ、(1)の方が良くわからないんですがね。 何が分からないかというと、かつて自分では分かっていたつもりでいた「客観描写」が改めて考えるとよくわかんないんですね。 今までは大体、客観描写といえば、「作家の主観を交えずに、観察したままを細かく、平明に描くこと」くらいの理解でいたんですね。そして、この理解はさほど間違っているとは今でも思わないんですが、本書を読んで、例えばこんな表現。 その日は雨がじめじめ降つていたが、汽車から眺める平野の青葉の影は、暫く家を離れたことのない笹村の目に、すがすがしく映つた。 この「すがすがしく」の用法は、どうなんですかね。これは問題ないんでしょうか。それとも、この表現は少しファールなんでしょうか。 確かに、本文のほとんどの個所については、丁寧に主観的表現が避けられているように読めます。それは、なるほど、すごいことなのかも知れません。 (ちなみに、私の書く拙ブログなんかは主観的表現以外はないようなものですから、もしこれを止めろと言われれば、私は一文字も書けないような気がします。) しかし、この様な表現は当然ながら、極めて「玄人好み」の地味ーーな文章となっていきますね。 そして、描かれる内容もその「うつわ」に相応しいというか、何というか、「割れ鍋に綴じ蓋」、あれ、この例えは変ですか、しかし、いかにもそんな、地味地味地味地味ーーー、という内容になっています。 筆者とほぼ等身大の小説家・笹村というのが主人公です。 一人暮らしの家事を頼んでいた婆さんの出戻り娘が、いつからとはなく同居することになって、関係がうまれます。この女性が「お銀」です。二人の間には、二人も子供が出来ながら、笹村はともすればお銀と別れたがる、本当に別れたいのならはっきりと実行すればいいのだが、言うばかりで出来ない。そんな責任逃れなだけの、ぐずぐずした関係が、ずーーーーーっと最後まで描かれ続ける。それだけの小説であります。 結局この小説の価値は、上記の表現面における評価と、内容的には、よく言われる「自然主義の無理想・無解決」にあるんだろうなとは、一応、理論的には思うんですが。 思うんですがぁ、……えー、この際、私、思い切って、素人の強みで、恐い物無しで言い切りたいと思います。 文学史的評価が極めて高くっても、そんなこと構いません。 「この小説、今となっては、つまらんでっせー。」 ああ、言ってしまいました。 実は徳田秋声の未読の岩波文庫が、我が本棚にあと二冊残っています。 この分については「つまらん」小説ではないことを願いつつ、少しインターバルも取って、そして気分一新また挑戦してみたいと思います。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.27
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『珠玉』開高健(文春文庫) えーっと、またわたくし事から入っていきますが、高校時代私は、いわば「遅れてきた文学青年」でありました。 何に遅れてきたかと言いますと、……え?、何に遅れてきたんでしょうかねー、よく考えてみますと、とんと分かりません。そもそもここからして、エエカゲンというか、既に、流行りの真似をしているだけだったんですねー。 何の真似かと言いますと、時の「文壇アイドル」であります。 私が「文学青年的ものごころ」がついた頃の「文壇アイドル」といえば、大江・開高・石原・三島・安部・倉橋あたりじゃなかったかと思います。 その中でも一等賞の「アイドル」といえば、やはり大江健三郎じゃなかったですかね。「遅れてきた文学青年」いうのは、実は大江の『遅れてきた青年』の真似ッコだったんですねー。 ともかくそういうことで、とりあえず僕は大江健三郎を読みました。 特に初期の作品から、どの辺くらいまででしょう、『洪水はわが魂に及び』あたりでしょうか。このあたりまでの大江の小説には、筆者の若き頃は適度な青年的ナルシズム、お子さまがお生まれになってからは、現実に誠実に立ち向かう青年知識人という感じで、「文学青年」がとても感情移入のしやすい設定でありました。 だから、一概に僕のせいではないですよね。 何がって、今回報告する小説の筆者・開高健の本を、さほど読まなかったことについてであります。 もちろん幾冊かは読みました。 デビュー作や芥川賞を受賞した作品。『日本三文オペラ』、これは面白かったです。三回くらい読みました。でも、あとは、ぽつりぽつりと長編が一つと中短編を幾つか読んだだけでした。僕としては、絶えず気になっていた作家のつもりではありながら、少し手に取りにくかったんですね。 今回、久しぶりに開高健の小説を読んでみて、その理由が分かりました。(というか、思い出しました。) 開高健の作品を少しまとめて読んだ人なら、当たり前のように理解していることであると思います。 それは、この作家の小説は、その風貌や、世界を股にかけて釣りをするアウト・ドア派の報告や、はたまた直接には存じませんがユーモアあふれる話しぶり(『四畳半襖の下張り』猥褻裁判記録での筆者の弁護は、本当に腹を抱えて笑いました)などから想像される、マッチョでタフで荒っぽくて、そして、スケールの大きい生き方・行動力の印象と全く異なって、極めて極めて繊細な文体で書かれているということです。 その文章への気の配り方は、何というか、全く一文節さえゆるがせにしないという表現そのままで、またそれが(いかにも大阪人的サービス精神のゆえか)、これでもかこれでもかと溢れるばかりの饒舌さで書き綴られます。 これは、筆者の言語感覚に対する特異な才能を、全く堪能させてはくれますが、読んでいると、時に辛くなることがあります。 そんな一文字ずつ彫りつけたような表現は、本書にも至る所で見られますが、例えばこんな部分。 京都人が慣用語句の一つとしている形容詞に”はんなり”があって、白味噌汁だろうと、茶菓子だろうと、女の言動だろうと、すべてそれを極上のものと感じているかのようである。この石のたたえるおだやかな乳白色には”はんなり”と呼びたいものがある。春のおぼろ月夜に似たそれである。しかし、この石のおぼろさはそれだけではすまなくて、精妙な半透明があるために”冷澄”や”玲瓏”が入ってくる。”はんなり”はどちらかといえば、”人肌”の温感をしのばせるけれども、冷澄なはんなりとか、玲瓏としたはんなりとかいう美学はあるものだろうか。肌はつめたいけれど血は熱いという白皙の女がいたら、そうなるのだろうか。 ……思うのですが、これだけ精密に言語に拘った仕事をしていると、作者にはかなり強烈な疲労が訪れるのではないか、と。 その疲労は、我々が読んでいてちょっと疲れる、なんてものとは比較にならない質量のストレスとして、精神の中にほぐしようのない硬い芯となって澱み溜まっていくのではないか、と。 筆者の釣りやアウト・ドアの仕事は、それとのバランス故に生まれたとは思いますが、それでバランスはとれたのでしょうか。 開高健の、同時代作家と比べての相対的な「死の早さ」は、これとは無関係なものなのでしょうか。 さて、本作の内容について、触れるスペースがほとんどなくなってしまいました。 文章についても、息づまるような所がありましたが、テーマについても、読後大いに考えさせられるものでした。 この連作集は、「遺作」なんですね。発表は、筆者の没後であります。 本書の、三つの短編連作を貫くテーマを、無理を承知で一言でまとめますと、 「生きる意味とは何か」であります。こうして書くと、もうそれだけで食傷気味になってしまいそうです。 しかしサービス精神旺盛な筆者ですから、十分に面白く、本当に「珠玉」のような作品となっています。ただ、その美しい「珠」の底に流れているテーマは、重い「生きる意味」であります。 この思考が、亡くなる間際の筆者の頭の中にあったのだと、そう考えるだけで、面白いという以上に、何ともいえぬ背筋の伸びるようなものを感じます。 そうして僕は、もう一度「遅れてきた文学青年」に戻って、腰を据えて、開高健をじっくり読み直したいものだと思うのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.25
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『無事の人』山本有三(新潮文庫) 以降一作品も書かないというほどではなくても、小説家として齢を重ねてきて、この作が最後の小説だぞと「決意」しつつ書くというケースは、作家にあるものなんでしょうかね。 一般的に考えると、年を取ってきたらそのように決意しながら書くことはありそうにも思いますが、いわゆる「定年退職」のない職業って、案外その「けじめ」は難しいですよねー。 自殺なさった作家にしても、本当にこの作品を生涯最後のものとすると、考えたであろうとわかる小説があるかといえば、実はよく分かりませんよねー。 例えば太宰治でも、芥川龍之介でも、川端康成でも、……なんかみんな「発作的な死」という感じがどこかしますものねー。 もちろん、例外の方もいらっしゃいます。 三島由紀夫ですね。この方はやはり、生涯最後の小説をきっちり自分で演出して、お亡くなりになったんだろうと、まぁ、考えられますわね。 えー、何が言いたいのかと申しますと、今回報告の作品は、山本有三の最後の小説なんですね。 発表が、昭和二十四年、亡くなられたのは昭和四十九年ですから、その間、二十五年という「タイム・ラグ」がありますが、こういう、最後の小説と没年の間に懸隔のある作家は、時々見られます。これは、小説家の「タイプ」なんでしょうね。 志賀直哉とか、司馬遼太郎などがそうです。 一方、この懸隔のほとんど無い小説家もいらっしゃいます。 例えば、野上弥生子とか、谷崎潤一郎なんかもそうですよね。 さて、今回の報告作品『無事の人』でありますが、繰り返しますが、筆者の最後の小説です。そして、いかにもそれにふさわしい作品であります。 まず、こんな表現に注目してみます。 それにしても霧の中で、じいっと目をつむって刃ものをといでいるこの老人は、なんというりんとした構えであろう。それはただ指のさきを動かしているのではない。腕で、肩で、腰で、いや、からだ全体でといでいるのだ。口を結び、息をこらして、身も、魂も、ことごとく、小さい光るものの上に集中させていた。それは、さながら神に祈りをささげている人の姿だ。静かでありながら、近づくと、はじき飛ばされそうなものを、あたりにただよわせていた。 いわゆる「職人話」なんですね。 一般的に、「職人話」は二つの系統があります。 「芸術系」と「人情系」です。 「芸術系」は、簡単に言いますと、技術が生き方・哲学に昇華するタイプの話です。幸田露伴の『五重塔』をはじめ、久保田万太郎の「職人話」なんかもそんな感じですね。 一方「人情系」は、これはまぁ、「人情話」に流れていくタイプです。山本周五郎なんかが得意そうです。 さて本作は、基本的には「人情系」でありながら、そこに留まらず、作者がなかなか面白い工夫をしています。 それは、人情話の語りの合間合間に、「人類の未来への祈り」とでもいえそうな主張を挿入していることです。これが、少々説教臭くはあるものの、なんとも不思議な味わいを出しており、本作の独特の個性となっています。 大きなコマがくるくるまわっている。すごい速さでまわっているので、心棒も鉄の輪も見えない。まるで丸い盤が回転しているようである。コマはビューと、うなりを立てている。 不思議なことに、そのうなり声の中から、ときどき人の声のようなものが響いてくる。耳を澄ましていると、何か意味のあることばが漏れてくる。 「……世の中で人間の到達しうる唯一の安定は、コマもしくは、自転車の持つ、あの安定である。……安定な状態というのは、絶えまのない前進である、という逆説的な教訓を、われわれは学ばなければいけない。」 こんな表現はやはり、発表された時代のせいでしょうね。 昭和二十四年という、崩壊した「アンシャン・レジューム」を見つめる一定の時間が過ぎた後、「再生」に向かってやっと動き始めたものに対して、過去の愚を繰り返すまいと囁く「祈り」。 たぶんこの時代が、そんな表現に最もふさわしかったのじゃないかと思います。 だとすると、その時代に、生涯最後の作品を書くことができた筆者は、とても「幸運」だったと言えるのかも知れません。 いえ、もちろんそれは、全く逆の考え方、つまり、その後の未来の進み方に絶望し、「筆を折った」結果であるとも考えられます。 そうだとすると、かなり辛い「バッド・エンド」になってしまいます。 はたしてどちらであったのでしょうか、今の、この日本は……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.23
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『火の柱』木下尚江(岩波文庫) この小説は、以前より読みたいと思っていたものでした。 古本屋さんに行った時など、それとなく探したりしていたんですが、なかなか見つかりませんでした。ところが、先日ネットで検索すると、あっけなく見つかりまして、そして購入。勇んで読み始めました。 で、大枠の感想を述べますと、とても面白かったです。 私は、いろんな事を知り、そして考えました。 例えば、この小説は明治37年に「東京毎日新聞」に連載されたそうですが、その連載に至る経過がまず奮っています。 当時筆者は、東京毎日新聞社社員でありました。 経営方針会議で、次年度の新聞小説を誰に頼むかという議題になり、大家の原稿料は高く、ふさわしい作家がいないとすったもんだした時、筆者が、 「小杉天外、広津柳浪級のものでよいなら僕が書きます」と名乗り出たと、まるで瓢箪から駒のような話であります。 まぁ、そんな時代だったのでしょうが、今ではちょっと信じられないような経緯ですね。 そして書いた本作が、非常に当たり、かつ、近代日本文学史上に名を残す、数少ないキリスト教的社会主義小説となったのでありました。 しかし、当時の読者に受けた理由は、読めば直ぐに分かります。 ストーリーはわかりやすく、話のテンポはよいし、善玉悪玉がはっきりしていて、盛り上げ方が又、とても上手であります。 義理人情と金にがんじがらめに縛られる芸者。数奇な恩命に操られる幸薄き深窓の令嬢。社会正義に溢れる主人公の青年。二人の悲劇的かつ神聖な恋。そして、「金・権力・女」しか頭にない政治家・軍人・商人の姿。 どの人物もとても特徴的で、ストーリーは血湧き肉躍る展開であります。 私は少し考えたんですけれど、現在は、遙かに表現の自由の説かれる現在は、かえってこんな小説は書けないんじゃないかと。 例えば、伊藤博文が、ぼろくそに書かれていますよ。 一応「伊藤博文」とは書いてありません。「伊藤侯爵」「大勲位」「閣下」などと書かれていますが、その人物が「淫乱爺の耄碌」とか「穢らわしい」とか「伊藤侯と云ふものは我々婦人にとつては共同の讐敵」とか、書かれてあります。 確かに伊藤博文の女癖の悪さは有名であったと、何かで読みました。 山田風太郎の『エドの舞踏会』にはこの様に書いてあります。(今、調べてみました。) 伊藤博文は、有名な芸者屋で秘蔵の半玉が一本になるとき、その水揚げをしてやるのが彼のプロフェッショナル的な役目になっていて、その世界では「箒の御前」という異名をたてまつられているほどであった(後略) モーツァルト・オペラの名作『フィガロの結婚』で話の発端になります「領主権=初夜権」のたぐいですね。 話を戻しますが、伊藤博文の女癖の悪さはいわゆる「公然の秘密」であったのでしょうが、本人が存命中であるにもかかわらずこんな内容の小説が「東京毎日新聞」の紙面に載るという事自体も、何というか、逆にその時代における新聞の社会的位置づけなんかが推し量れそうで興味深いですね。 さて、そんなスキャンダラスな面白さも加え、とにかくとても面白い小説です。 筆者は、クリスチャンで社会運動家ですが、なかなかどうして、かなり作家的な適性と才能のある方であります。(特に、筆者が楽しみながらストーリーを作っている様子が、とてもよいです。) ただ、上記の作品としての面白さは、現在の文学的評価で言いますと、長所とばかりは言えないですね、やはり。 通俗性が勝りすぎており、残念ながら人間描写が類型的で深みに欠けます。 しかし発表された時代を考えますと、本作の主張については、やはり感心せざるを得ません。 筆者は本作で一貫して、日露戦争開戦直前という時代に、徹底的な「非戦論」「平和主義」を説いています。この先見性は、やはり文学史上に記憶されて然るべきものと思います。 例えば以下のような主張が、本文中に散見されます。 富が年々増殖して貧民が歳々増加する、是れ程重大なる不道徳の現象がありますか、御覧なさい、今日の生活の原則は一に掠奪です、個人は個人を掠奪して居る、国は国を掠奪して居る、刑法が言ふ所の窃盗、彼は児戯です、神の見給ふ窃盗とは即ち、今日の社会が尤も尊敬して居る法律と愛国心です、所有権の神聖、兵役の義務、是れ皆な窃盗掠奪の符調に過ぎないのです、 特に後半部は、今読んでも、センセーショナルな主張ですね。 司馬遼太郎は『坂の上の雲』で、若い国家の若者達が、純粋に坂の上に見える白い雲を追い掛けただけだと書きました。 しかしその日露戦争前夜の日本が、本書においてかくも異なった姿で描かれていることについて、その「多様性」こそが重要であるのだと、私はぼんやり考えるのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.20
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『むかし女がいた』大庭みな子(新潮文庫) えー、なんと言いましょうかー、「飛び道具」の様な一冊であります。 飛び道具といいますと、時代劇なんかでは、よく、 「飛び道具とは卑怯なりー」とか言いますが、あれ、飛び道具はなぜ卑怯なんでしょうね。 あれはつまり、剣術等の戦い、特に個人レベルの決戦における、技術革新方面に興味を持つこと、並びに身体能力の研鑽以外の方策を追求することに対する負の評価、いわく「邪道である」ということですかね。 うーん、いかにも産業革命と無縁、鎖国下の日本という感じがしますねー。 別解を述べますと、あれだけ武器に差があるのに、大人げないではないかー、と言うことでしょうかね。 ともあれ、このような本の鑑賞はきっと、ひとつでもふたつでも、自分の気に入った一章や一表現を見つけたら、それでいいのかな、と思います。 もう少し丁寧に報告してみますね。 作者の大庭みな子氏ですが、確か数年前にお亡くなりになりました。 本書の解説者の瀬戸内寂聴氏も書いていらっしゃいますが、芥川賞を受賞したデビュー作『三匹の蟹』は、とても高い評価を受けた作品であったようですね。(僕はリアルタイムでは知りません。) 僕も大学時代に読んでみましたが、今に至るまで一向に改善されることなく、もはや諦めの境地の我が頭脳の脆弱性ゆえ、なんだかよく分かりませんでした。 ただ、素直なのがわたくしの唯一の取り柄でありましたので、よーわからんけど、偉い人なんやなーという記憶の仕方をして、今日に至りました。 そんな作家の本を、久しぶりに読んでみました。 本書は、28の短章からなる「小説的自伝」であります。タイトルからも分かるように、『伊勢物語』のパロディですね。 『伊勢物語』は、「ある男」の元服から始まり、辞世の歌で終わっています。 基本的には本書の構造もあれと同じになっています。「章」によって詩と散文が混ざっていることも、『伊勢』と同じ。 実は僕が冒頭で「飛び道具」と思ってしまったのは、この辺の構成に由来してのことであります。(僕にはきっと詩に対するコンプレックスがあるのでしょうね。) さて『伊勢物語』のパロディと言うことは、テーマは必然的に「男と女」になります。本書も「小説的自伝」としてのそれが描かれています。 ただ、そのイメージは、読み進めていくに従って、かなり「グロテスク」なものになって行きます。 僕はなぜか、ゴヤの有名な絵画、『わが子を喰うサトゥルヌス』をイメージしました。わが子の肉を食らう神話上の人物であります。 これは日本の物語で言えば「山姥」の姿なんでしょうか。「男と女」の話で、山姥がイメージされると言うことは、ある意味、作者の観念がきっちり描かれていると言うことでありましょうが、この「陰惨」な女のイメージは一体何なのでしょう。 たださらに、もう少し読み進めていく(つまり自伝上の人物が年を重ねていく)と、この「陰惨」さは徐々に剥がれ、「戦いの終わり」という感じになっていきます。 こんな表現があります。 偕老同穴という細長い筒の中にからだを丸めて棲みついている二匹の海老を人は仲睦まじい夫婦に見立てるが、それらの海老はその筒の中から出ようにも出られない、それ以外に生きる方法がないからだ、と女は雪なだれと雷鳴の音を聞きながら思った。 ここに見られるのはニヒリズムなんでしょうか、それとも孤独感? もちろんそう読んでもいいのでしょうが、僕が思ったのは、近代日本文学史の中では森鴎外の「おはこ」のように言われている「諦念」でありました。 いわば「ニヒリズム」と「悟心」。上記の文は、さらにこう繋がっています。 とは言え、この世のことは愛しくも美しく、心地よく降る柔らかな雪景色にも似ていた。谷の水は純白の雪の中でふかぶかと漆黒に、全ての醜いものを濃い墨の中に埋めていた。 「男と女」の存在そのもの対する、強い愛おしさの感じられる表現でありますよね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.18
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『明日』井上光晴(集英社文庫) タイトルの副題に、 『一九四五年八月八日・長崎』と、あります。 この副題の効果は大きいですねー。 実は、今回の報告のテーマは、僕は、この副題についてが中心になると思います。さほどに、この副題の持つ意味は大きいです。 言うまでもなく、長崎に二発目の原子爆弾が投下される前日を意味しています。 作者は、そのことを前提にしてこの小説を読んでくれと言っているんですね。しかし、そういった「注釈」は、果たして小説として「有効」なんでしょうか、いえ、それ以前に、そもそもこんな「注釈」は、小説として「あり」なんでしょうか。 今僕は、「あり」かと書きましたが、冷静に考えると、もちろん「あり」です。 小説とは本来、何をどのように書いてもよいジャンルである、という大向こうを張った定義を持ち出すまでもなく、現実にそんな副題の付いた小説はたくさんあります。 副題に「小説・○○伝」なんて付いているのが、そうですね。 ふーむ、では、そんなに考え込むような事じゃなかったのかしら。 でも僕は、今回この小説を読むに当たって、この副題を頭のどこかで絶えず触れないでは、一字一句読めませんでした。 もう少し具体的に考えてみますね。 あの強烈な破壊があったその前日、もちろん戦争中ではありましたが、軍事的建物や組織もなく、国の政治の中心でもなかった長崎の街にすむ市民たちは、実際はさほど大規模な戦争被害を受けることもなく、有事における「遠慮」をそれなりにしながら、当たり前の日常を当たり前に行なっていました。 作者はその様子を、登場人物による長崎弁を(必要以上と思えるほど)多用しつつ、実に淡々と書き続けます。 一軒の家に結婚式があります。その結婚式に参加した何家族かの生活を中心に、それぞれの仕事があり、出張があり、犯罪があり、小さなトラブルがあり、そして、終盤においては赤ん坊の出産までがあり、と、当たり前の日々には当たり前にあるようなことが、淡々と描かれていきます。 しかし読者は、例えば登場人物が八月十日に仕事予定を入れたという描写を読むだけで、もうその描写は当たり前の描写じゃなくなってしまうわけです。 その予定の不可能性を前提にすることなく、登場人物に感情移入ができないんですね。 八月九日の朝の出産のシーンなんて、まさにそんな思いの塊です。 本来何の変哲もない日常の描写が(しつこく書きますが、作者は実に効果的に淡々と書き続けます)、極めてスリリングになるわけです。 これは、「効果」としては、「なるほど、やられたなぁ」という風に素直に認めて良いものだとも思いますが、ただ、書かれていること尽くについてそうであるというのは、うーん、……いえ、どうなんでしょう。 この効果はどう評価すればいいのでしょうか。 「効果」といえば、この小説は10の章題に分かれていて、各章の始めは1ページを使ってシンプルに「1」「2」「3」……とだけ書かれています。 各章の内容は、上述しましたように、一つの結婚式に集まった幾家族の日常生活を、章ごとに時間をカット・バックして少し巻き戻しながら、八月八日に絞って並列的に描いています。 「7」「8」「9」と進んで、そして、最後の章題が「0」、八月九日であります。 これも上手といえば上手ですが、内容以前の部分で、なかなか凝った作りになっていますね。 さて、そんな「仕掛け」の小説でしたが、僕の読後感を言いますと、やはり少し読みにくかったです。八月八日の「効果」に引っかかりすぎて、登場人物の心情などをじっくり読むことが、少ししにくかったと感じました。 もちろんこの感想は、全く僕個人のもので、客観的根拠については、上記のような理由を考えはしましたが、ないといえば、何もないようなものでありますが。……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.16
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『渦巻ける烏の群』黒島伝治(新潮文庫) 四つの短編が入っています。 その中で、たぶん最も有名な作品は、『二銭銅貨』という作品じゃないかと思います。高校国語の文学史教科書にも、その名が載っています。 ただ、同名の短編小説がもう一つありますね。むしろ、こちらを読んだ方のほうが多いと思います。作者が、黒島伝治よりもかなり有名な江戸川乱歩だからですね。 乱歩の作品の方が先に書かれています。 たぶん黒島伝治はそのことを知らなかったんでしょうね。だって、知っていてそうする理由があまりないような気がします。 (ただ、今回初めて知ったのですが、伝治の『二銭銅貨』は初出においては『銅貨二銭』だったそうです。) ともあれ、知名度の低い方ですが、黒島伝治の小説の中ではおそらく一等知名度の高い(なんかややこしい書き方になりましてすみません)『二銭銅貨』を楽しみに読もうとしましたが、少しびっくりしました。 岩波文庫で、わずか7ページです。 いくら何でも短かすぎませんか。 黒島伝治という方は明治三十一年に生まれ、そして昭和十八年に45歳で肺結核で亡くなっています。だからさほど沢山の作品が残っているわけではないんですが、それでも一番の代表作が7ページの短編というのは、ふーむ、どんな感じなんでしょうかね。 内容は、貧しい農家の話で、二銭を惜しんだがために息子を失ってしまうという話です。 初期のプロレタリア文学ですから。 なるほど、感情を抑え、淡々と描写していくことでそれに語らせるという、まぁ日本文学お得意の表現方法で、上品な良い文章であります。 特に、終末の切れ味の鮮やかさは、なかなかのものだとは思いますが、しかし、それにしても、7ページで一人の作家の業績を代表するというほどの「名作」とは思いませんでした。 そもそも小さな原因が大きな結果をもたらすという、なんか「逆わらしべ長者」みたいな話は、個人的な好悪なのかも知れませんが、僕はあまり好きじゃないんですよねー。 作品の象徴にまで高まるような小さなエピソードというのは、なかなか難しいものだと思います。 例えば、鴎外の『雁』の中に「鯖の煮込み」というのが出てきて、それが原因で「お玉」は失恋するという段取りですが、これもちょっと穿ちすぎという気がします。 (もっとも、鴎外はそんなことお見通しでしょうが。) (話の横滑りついでに、このエピソードはうまいものだなーと思ったのは、小川洋子の『博士の愛した数式』の中の江夏豊の背番号の扱い方。これはとっても感心しました。) というわけで、『二銭銅貨』は、ちょっとした珠玉作ということで、えー、よろしいでしょうか。 残りの三作の中に、シベリアが舞台の小説が二つあります。 どちらも日本軍のシベリア出兵の話で、共に極めて悲惨な話であります。しかし、雪のシベリアの風景は、なぜかとても詩情あふれています。 筆者はチェーホフが好きだったと解説文にありました。確かに、雪景色の中でストーリーが展開していく様は、極めて悲惨な話でありながら、感情を抑えた上品な描写が、なるほどチェーホフを彷彿とさせます。 子供たちの外套や、ズボンの裾が風にひらひらひるがえった。 三人は、炊事場の入り口からそれを見送っていた。 彼らの細くって長い脚は、強いバネのように、勢いよくぴんぴん雪をけって、丘を登っていた。 「ナーシャ!」 「リーザ!」 武石と吉永とが呼んだ。 「なアに?」 丘の上から答えた。 子供たちは、みんな、一時に立ち止まって、谷間の炊事場を見下ろした。 こんな小さな描写でも、とてもうまいですね。 それに加えて、話がきっちりとまとまっています。上記にも触れた『二銭銅貨』の終盤の切れ味の良さというのも、いわば構成が優れているということですね。 ただねー、また個人的な好悪の話みたいになるんですが、こんなにしっかりとまとまっていて、よけいにはみ出す部分を持たない短編というのは、どうも感想が書きにくいです。 とっても上手だと思いました、で終わってしまうんですねー。 うーん、困りました。 もちろん、作品の裂け目や瑕疵にばかり注目して展開していくような感想は、極めて「下品」な読み方だと、わたくしも重々承知致してはいるのですがね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.13
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『広場の孤独』堀田善衛(新潮文庫) タイトルの上手な小説って、どんなのがあるでしょうね。 しかし、こればっかりは、全くの個人の好みという感じもして、なかなか難しいようにも思います。 以前、確か村上春樹が、漱石の小説のタイトルを誉めていた文章を読みました。 そういわれれば、なるほどなーとも思いますが、漱石って、ほとんどタイトルに凝らないタイプの作家ではなかったですかね。 『吾輩は猫である』ってのは冒頭の一文ですが、それをタイトルにするよう勧めたのは、高浜虚子でした。 『門』は、弟子の小宮豊隆と森田草平が、ニーチェの『ツラトゥストラ』の本を当てずっぽうで開いたページから選んだと、何かで読みました。 『彼岸過迄』に至っては、これは心覚えじゃないですか。この小説は彼岸過ぎの頃までの連載予定であるという。見事に内容と無関係であります。 しかし、こうして並べて考えてみると、案外、漱石、タイトルに拘っているのかも知れませんね。そうかぁ、普通の逆をねらったかぁ、という。 それに、おそらく漱石自身が考えたであろうタイトルは、確かにかっこいいと言われてみればかっこいいですよね。 『明暗』『草枕』『坊っちゃん』『二百十日』『行人』『虞美人草』等々。 えーっと、何の話でしたかね。 タイトルの上手な小説についてでした。 この『広場の孤独』というタイトルも、なかなかかっこいいですよね。 詩情があって、なんかエキゾティックな感じもして。 このタイトルの由来は、本文中に書いてあります。"Stranger in Town"の意訳だそうです。 入れ子構造で、小説の中に出てくる小説のタイトル、「颱風の眼」のような小説だそうです。このように書いてあります。 颱風を颱風として成立させている、颱風の中心にある眼の虚無を、外側の現実の風を描くことによってはっきりさせる――こうしておれの存在の中心にあるらしい虚点を現実のなかにひき出してみれば、おれは生身の存在たるおれを一層正確に見極めうるのではないか。 この本は、一種の「思想小説」または「政治小説」であります。 ただ珍しいのは、1950年がまともに背景になっていることです。 そもそも僕が、戦後文学を近年幾つか読んだだけで、ほとんど知らないせいだとは思いますが、朝鮮戦争動乱期をまともに背景に持つ小説というものは、今まで読んだ覚えがないです。 だから、この時期のインテリゲンチャの虚無を描いたこの小説についても、はじめは描かれていることの感覚的なものがちょっと掴みにくかったです。 僕たちは、戦争期の小説ってのは案外読んでいるような気がします。結構たくさんあるからです。 でも、戦争中のファシズムが一応終わり、デモクラシーの時代だと言われるようになり、ところがじわじわと「逆コース」で、朝鮮戦争が始まると「レッド・パージ」ですか。 この短期間で、右から左また右へと大きく振れる時代の政治的イデオロギーの中で、確かに、インテリゲンチャは自らの思想的信念をどのように確立させていたのでしょうか。 虚無か自己弁護か居直りか……。 1950年という時に、特別なものを考えたことはありませんでしたが、これはなかなかいろんな問題を孕んだ時代であるようです。特に、その時代があまり描かれていないということについてだけでも。 さて一方、そんな政治がまともにテーマの小説ですが、僕は、別にそんな小説を避けてきたという印象はないんですが、あまり読んでいません。 プロレタリア小説はそうなのかも知れませんが、大枠の括りである政治思想そのものが作品に取り上げられることは、あまりないように思います。 僕のかつて読んだ小説で、近い感覚のものを挙げれば、 『裏声で歌へ君が代』丸谷才一あたりですかね。なるほど、この作のテーマも「政治」でした。 『広場の孤独』は、鋭いナイフのような切れ味の小説で、なかなかの作品だと思いますが、……うーん、ひょっとすると、政治がテーマの小説(特に「名作」)というのは、残念ながら近代・現代日本文学の中には、あまりないのかも知れませんね。 かつて、「自然主義小説」の所でも触れたと思いますが、やはりそこに、日本文学の脆弱さ、ひ弱さの一端があるような気がします。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.11
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『ヰタ・セクスアリス』森鴎外(新潮文庫) 世間の人は性欲の虎を放し飼にして、どうかすると、その背に騎って、滅亡の谷に墜ちる。自分は性欲の虎を馴らして抑えている。羅漢に跋陀羅というのがある。馴れた虎を傍に寝かして置いている。童子がその虎を怖れている。Bhadraとは賢者の義である。あの虎は性欲の象徴かも知れない。只馴らしてあるだけで、虎の恐るべき威は衰えてはいないのである。 以前、『雁』の報告をした時にも、はじめ気になって仕方がなかったんですが、なぜ鴎外はこんな作品を書いたのだろうということです。 漱石を読む時なんかはこんなこと思いませんね。「贔屓目」なのか知れませんが、漱石の時は「内的必然性」なんて言葉で、あっさりこの部分はクリアしてしまうような気がします。 鴎外でも、短編の時はそんなことはあまり思いません。 鴎外の短編は、いわゆる「テーマ小説」が多く、要するに、なるほどこの時は鴎外はこんな事を考えていたんだなーで、わりと簡単にクリアします。 なぜ『雁』とか本作の時にだけそんなこと考えるかというと、ひとつは、その長さのせいですね。「中編」くらいの長さがありますから、そのぶんあれこれ書き込んであって、それで、なぜこんなに頑張って書いているのかなー、と、そう考えるということですね。 そしてもう一つの理由は、鴎外自身が本作でもシニカルに書いていますが、こんな風に批評され続けたという表現。 情熱という語はまだ無かったが、有ったら情熱がないとも云ったのだろう。衒学なんという語もまだ流行らなかったが、流行っていたらこの場合に使われたのだろう。 鴎外にシニカルに笑われても、やはり僕も、読んでいてそんな気が大いにするんですがねー。 もちろん鴎外も、そんなことは分かっていて、わざとそんな風に書いているんですよね。 かなり屈折的ですよねー。 今ふっと思ったのですが、こういうのを 「上から目線」って、言うのかも知れませんね。 ま、相手は天下の鴎外ですから、上から見られるのは当たり前なんでしょうけれども。 いえ、僕は別に鴎外が嫌いなわけでは全くないんですが、なんか変な展開になってきたんですが、でもやはり、こんな風に思ってしまうということなんです。 「鴎外先生、そんなにこの小説についても情熱的に書かれているわけでもないんでしょ。なぜ、こんな小説をお書きになるんですか」と。 えーっと、いわゆる文学史的には、なぜこの小説を鴎外が書いたかということについては、以下の定説があります。 猖獗を極めるように文壇中に流行っている自然主義小説が、極めて「露悪的」に性欲を描いていることについて、果たして日本人の性欲はさほどに「どぎつい」ものであるのか。ワシなんか全然そんなことないもんねー。いっちょ、ワシの「性欲的自伝」を書いてみるか、と。 しかしこんな「定説」では、納得できませんね。 そこで、以前の『雁』の時のこともあったものだから、ちょっと注意しながら読んでいったんですが、ああ、やはり僕は間違っていたんだなーと、つくずく思いました。 例えばこんな所です。 飯の時にはお蝶がお給仕をする。僕はその様子を見て、どうしても蝶ではなくて蛾の方だなどと思っている。見るともなしに顔を見る。少し縦に向いて附いた眉の下に、水平な目があるので、目頭の処が妙にせせこましくなっている。俯向いてその目で僕を見ると、滑稽を帯びた愛敬がある。 他にもいろんなところに散見されますが、ちょっと意地悪に言うと、こんな表現を書いてしまうところに鴎外の「ねじれ」があるんですよね。 そして、この「ねじれ」こそが、「諦念」なんて言われる鴎外の人生に対するニヒリスティックな信条を不十分なものにしつつも、一方我々小説好きの読者にとっては、すばらしい作品群を残してくれた、鴎外の「人生に対する慈しみ」「小説表現の豊かさ」であるわけですねー。 小説を書くことに対する「やめれないおもしろさ」、後年鴎外は史伝の世界に沈潜してしまいますが、少なくともそこに至るまでは、やはり、例えば上記の引用部分を、とてもおもしろがりながら丁寧に丁寧に書いたであろう鴎外の姿を、今更ながら、改めて見つけたように、僕は思いました。 ところで、冒頭の引用文ですが、これはまた見事な「性欲論」でありますねー。 こんな文をさらりと作品中に入れる凄さと同時に、こんな文をさらりと書いちゃうから「上から目線」なんて、愚物の読者に言われたりするんですよと、お懼れながら、鴎外先生。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.09
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『海と毒薬』遠藤周作(新潮文庫) これはごく個人的な話なんですが、いろんな作家の小説を読んでいると、小説家について、「この人は人間的に偉い人だなー」と素直に感心をしてしまう方がいらっしゃいます。 これは、好みの問題なんでしょうが、僕の場合は、僕自身がわりと古くさい人間であるからでしょうか、「人格者」に憧れるような所があります。 でも、当たり前といえば当たり前ですが、小説家的才能と人格者であることは、必ずしもパラレルではありません。 筒井康隆氏なんかも、そんなの当然じゃないかというようなことを語っていらっしゃいます。人格者に小説が書けるものか、と。 それはそれで、理解はできるんですが、一方で(これこそが古くさい文学観なのかも知れませんが)特に古い小説家については、つい「人格者」と重ねてしまいがちになります。 とはいえ、さらによく考えると、その小説家について、個人的なことはほとんど何も知らず、僕が勝手に作り上げている「人格者像」にすぎないことくらいは、自分でも分かってはいるんですけれどもね。 さて、僕がそんな風に勝手に人格者的に考えている作家の一人が、この遠藤周作氏であります。 僕は好きになると、次々とその作家の作品を読んでいくタイプでありますが、そんな意味でいいますと、実はコンプリートするほど遠藤氏の小説をことごとく読んでいるわけではありません。 ただ、読んだ小説のどれもが、ずっしりと誠実で重々しく(逆に言えばそれ故に全作品を手に取るにはちょっと大変そうで)、僕自身の生き方や価値観に、深く食い込んでくるような作品ばかりでありました。 そんな遠藤氏の代表作の一つであります。 内容は、第二次世界大戦末期、九州のある大学医学部で米軍捕虜を生体解剖するというストーリーであります。 このショッキングな内容に、キリスト教作家である遠藤氏の終生のテーマである「罪」とは何か、「宗教」とは何かが、絡められながら描かれます。 「死ぬことがきまっても、殺す権利はだれにもありませんよ。神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」 (これをやった後、俺は心の呵責に悩まされるやろか。自分の犯した殺人に震えおののくのやろか。生きた人間を生きたまま殺す。こんな大それた行為を果したあと、俺は生涯くるしむやろか)「神というものはあるのかなあ」「神?」「なんや、まあヘンな話やけど、こう、人間は自分を押しながすものから--運命というんやろうが、どうしても脱れられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神とよぶならばや」「さあ、俺にはわからん」火口の消えた煙草を机の上にのせて勝呂は答えた。「俺にはもう神があっても、なくてもどうでもいいんや」 うーん、こうして少し紹介しただけで、テーマがいかに重く、そしてこんなテーマを小説として正面から取り組んでいこうと考える作家が、いかに「倫理的」な存在であるかが分かりますよねー。 実は、僕はちょっとこの小説の読書報告から逃げているんですね。 それは、テーマが重すぎて、うまく書けそうもないからであります。 僕は大概ぐーたらな人間でありましてー、でも心の中には倫理的に誠実に生きていきたいという思いが、やはりこっそりあるんですね。 ただ残念なことに、力及ばず、その思いが現実の生き方にサッパリ反映される事なく今日に至っておりますことは、誠に慚愧に耐えないものであります。 ありますがー、そこは小人の哀しみ、普段はそんなことどこ吹く風でぼーーっと生きております。 そんな人間にとって遠藤周作を読むことは、うーん、この際はっきり言いますと、「罪滅ぼし」(?)なんでしょうかねー。 「罪滅ぼし」 上記に抜き出した本文ですが、こうして連続して抜き出すと、生硬な語り口のように見えますが、実際はストーリーの中にさりげなく紛れ込んでいます。 そして、こんなフレーズに出会うことこそが、「罪滅ぼし」といってもいいのではありますが、やはり遠藤周作作品を読む大きな感動でもあります。 いえ、掛け値なしに、本当。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.06
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『初すがた』小杉天外(岩波文庫) 小杉天外です、わ。 もー、この辺まで来ると、かなり「マニアック」と言い切っていいと思いますねー。 樋口一葉の時は、それでもまだいけたと思うんですね。「マニア」じゃなくて、「マイナー」。「マニア」と「マイナー」との間には、「深くて暗い河がある」と。 かつて、今はあまり読まれなくなった近代日本文学史上の作品について、 (1)現在でも一般的読書に耐えうる作品。 (2)現在ではもはや歴史的意味としての存在となっている作品。 この二種類に分けられると私は考えました。小杉天外はもちろん後者でしょうが、ここまでズバリと後者だと、なんかこんな識別にあまり意味がないように思えてしまいます。 むしろ、こんな言い方のほうがいいかも知れません。 (2)研究者と愛好者の読書に耐えうる作品。 ただ、小杉天外は岩波文庫に(「売れ筋外し」の岩波文庫に)、実は三冊も入っているんですねー。上記作品と、『魔風恋風』上下二巻です。 しかし、小杉天外といえば、『はやり唄』って作品が、比較的有名だと思います。日本文学に「ゾライズム」を持ち込んだ作品、と、ちょっと詳しい文学史の本には書いてあったりします。 とすると、何ですかね、岩波文庫は、実はもう一冊、小杉天外の本を出そうと考えているんですかね。 うーん。今後の動向を、注意深く見守っていきたいと思います。 さて、そんな小杉天外の小説です。もちろん私も、初めて読みました。 上記にちらりと触れていますが、「ゾライズム」。なるほど、これはゾラの『女優ナナ』ですね。 ただ面白いのが、フランスでは「女優」なのが、日本では「清元」の女芸人なんですね。うーん、何となく感慨深いものがありますねー。 あわせて、こんな文体です。 際しも強い風がまた吹通うた、砂塵は黒煙の様に街に漲つた。束髪ははたと歩を止めて、 「あらッ!」と仰山な声を出して若衆の手に縋つたか、ぱッと巻ぢり揚つた着物の下から、燃る様な緋縮緬の腰巻の露はれたのを隠さうとも為ずに、はたはたと木戸口に駆込んだ。 屋内は既う夜の様である。入口には、茨木県水害慈善演芸会と記した長い立看板を立ててある。風の吹込む毎に「ぼぼぼ、ぶぷぷぷぷぷ」と音を立てる上がり口の瓦斯の焔の下には、胸に紅い徽章を着けた羽織袴の、頭髪を奇麗に分けた男が、卓子を前に控へて、入場切符の受取役をして居る。 案外読みやすいですよね。だって、明治三十三年(1900年!)の作品ですから。 後世から見て、この年の文学史的な大きな出来事としては、鉄幹・晶子の『明星』の創刊があります。 「柔肌の熱き血汐に触れもみで」です。十分口語文体です。 話を戻しまして、『初すがた』です。 ゾラといえば「社会的転落」というイメージなんですが(私の読んだ数少ないゾラ作品がそうだったんですが)、なるほど、中盤以降の展開、主人公の清元の女芸人「お俊」が、笠田というゴロツキに酒を飲まされてレイプされて以降、「清純」だった彼女の行動・言葉の端々に「崩れた」感じが漂い出します。 きっとこの辺が、筆者にとって、ゾライズムによる作品解釈として大いに読者に示したかったところなのかも知れませんが、いかんせん、少し腰がふらついている感じで、視点もしっかりと定まらず、なんか中途半端にしか追求できていません。 そこに、「お俊」の幼なじみの「龍太郎」の得度なんかが重なって(これは『たけくらべ』のパクリですかね)、ストーリーが見る見るうちに「段取り」化してしまい、登場人物の心理も十分描ききれず、いきなりぷっつりと終わってしまいました。(ただ、作者は続編を書いてはいますが。) 中途半端といえば中途半端なんですが、ただ、日本文学史の流れの中でこの作品を捉え直すならこのようになります。 明治二十年代から三十年代前半にかけて文壇を「席巻」した硯友社文学にようやく陰りが見られ、ただ、まだ次の文学理論・実践がなされていない時に、このような作品によって何度も試行錯誤が重ねられて初めて、次代の新しい主流が生まれるという、そんな歴史的役割を担った作品、と。 明治三十九年、島崎藤村による満を持しての『破戒』が出版されます。 そしてその後、小杉天外は文壇の主流からは徐々に押しやられていきます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.04
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『蟹工船・党生活者』小林多喜二(新潮文庫) 去年でしたか、いえ、それとももう、一昨年になるんでしたっけ、今回報告する小説が、ちょっとしたブームになり、話題になりましたね。 私の今持っている新潮文庫も、ブックオフで105円で買ってきたんですが、奥付には、「平成二十一年二月十日 百十六刷」と書いてあります。その横が、「平成十五年六月二十五日 九十一刷改版」とありますから、この六年間じわじわと売れ続けていたということでしょうか。なるほどねー。 二作入っているんですが、どのような読まれ方をしていたんでしょうね。 読みやすさで言えば、それは圧倒的に後者の小説ですね。 『蟹工船』においては、作者は意図的に、読者が感情移入するような対象、つまり「個人」としての人物を描いていません。 (もし描かれている個人を探すなら、それは読者にとって「悪人」である「浅川」という人物でしょうか。プロレタリアートの「敵」ですね。でも、こいつしか個性ある特定人物は描かれていません。) 群衆を描くと言うことなんでしょうが、これは少し読みにくいですね。 小説、テレビ、漫画、映画、何でも同じですが、感情移入すべき登場人物が見つからないドラマは、分からないとは言いませんが、好きになりにくいです。 しかし、描写はかなり気合いの入った書き込みがされています。文章が、なにより誠実で明瞭です。 登場「群衆」を取り巻く、想像を絶するような治外法権的・非人間的労働環境が、かなり丁寧に描かれています。これは、「写実主義」ですね。この文章力は、この時代のプロレタリア小説の中では、おそらく群を抜いていたと思われます。 私は、プロレタリア小説について、さほど読んでいるわけではないんですが、徳永直の『太陽のない街』よりはかなり上質の文章になっているように思われますし、葉山嘉樹の『海に生くる人々』やいくつかの短編に比べても、安定した文章力ということで言えば、やはり多喜二に軍配が上がるように思います。(葉山嘉樹の描写には、時にはっとするような感覚的な名文が見られはしますが。) で、『蟹工船』ですが(いつもながら文章があちこちに迷走してすみません)、やはり私がどうしても気になるのは、その終わり方ですね。 新潮文庫で140ページほどなんですが、何というか、135ページくらいまでと、残りの5ページとがまるで違うんです。 この終わり方は、もう一つの『党生活者』でも同じです。 『党生活者』は、『蟹工船』と打って変わった描写方法で、一人称小説です。感情移入もしやすく、そんな意味では、『蟹工船』より遙かに読みやすいです。 文章も丁寧ですし(というよりこの文章は、『○○入門』といった本の文章ですね。きっとそんな意図が、作者にあったと思われます。いわば『共産党活動入門』)、この「初心者向け文章」の噛んで含めるような記述には、私は結構好感を持つことができました。 ところがこの小説も、最後の最後、残り1ページほどです、ここを読むと一気に「白けて」しまうんですねー。私も正直、戸惑ってしまいました。 ただ、『蟹工船』と併せて二回目だったもので、今度は少し落ち着いて考えることができました。 つまりこれは、「アリバイ」である、と。 確か、マルキ・ド・サドの小説にこんなの無かったでしょうかね。 「プロ文」とサドとは、ひどく奇妙な取り合わせだとも思えますが、要するに「読み手」の「くだらない批判」を防ぐために、あらかじめ形式的な「勧善懲悪」的予定調和エンディングを用意しておくという手法ですね。 「プロ文」にとっての「予定調和エンディング」とは、当たり前ですが、党活動にとって有意な終わり方と言うことです。 しかし、サドのSM小説ならともかく、多喜二に何故そんな必要があるのでしょうか。 うーん、どうなんでしょう。 わたくし、密かに思うんですがね、ここまで文章力があって、人間心理の細やかな機微を理解している小説家が、文学表現をあくまで革命運動の下位に置くというこの状態に、本当に満足していられるものでしょうか。 小林多喜二は、二十九歳で、特高警察の虐殺によって生涯を終えました。 あくまで仮定の話ですが、もし彼が殺されることなく小説を更に書き継いでいったとしたら、その先にあったのは、必ずしも華々しい共産党作家としての未来ばかりではなく、ひょっとすれば、「転向」とは言わないまでも、例えば戦後の左翼作家に少なからず共産党除名者がいたように、芸術の「デーモン」にとりつかれた者として多喜二も、いわゆる「党方針」と折り合いのつかないものを見つけてしまうかも知れないと、わたくしは密かに思うのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.02.02
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