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『猫と庄造と二人のおんな』谷崎潤一郎(新潮文庫) (略)やがてリリーは部屋の隅ッこの方へ行って、壁にぴったり寄り添うてうずくまったまま、身動き一つしないようになってしまった。それは全く、畜生ながらも逃れる道のないことを悟って、観念の眼を閉じたとでも云うのであろうか。人間だったら、大きな悲しみに鎖された余り、あらゆる希望を抛って、死を覚悟したと云うところでもあろうか。品子は薄気味悪くなって、生きているかどうかを確かめるために、そうっと傍へ寄って行って、抱き起してみ、呼吸を調べてみ、突き動かしてみると、何をされても抵抗しない代りに、まるで鮑の身のように体じゅうを引き締めて、固くなっている様が指先に感じられる。 このお話は、昔、たぶん大学時代に一度読みました。 そしてこの度、全く久しぶりに読み直してみて、少しびっくりしました。 異様に高いリーダビリティであります。この見事な文章を、上記に抜き出したあたりからも読み取れるか、うまく抜き出せたか少し心許ないのですが、しかし全くもって見事な文章であります。 読んでいて私は、身体の中に広く染み渡ってくるような快さを感じましたが、文章を読んでこんな快感を覚えたのは、全く傾向の異なる文体でありながら森鴎外の小説作品(特に小説から史伝へと向かう間際あたりの)以来だと思いました。 そんな、少し「異様」とまで感じてしまう名文であります。 しかし、この「ワン・シッティング」のリーダビリティの高さは、やはりかつて何かの小説で経験したことがあるぞと、あれこれ思い出して、見つけました。 あ、村上春樹だな、と。 具体的に僕が「ワン・シッティング」のリーダビリティとして思い出した作品は、『ねじまき鳥クロニクル』でしたが、うーん、なるほどねー。 かたや、日本人初のノーベル文学賞受賞作家の最右翼と再三言われながらも、結局受賞することなく天寿を全うしてしまった作家と、かたや今年こそ今年こそと、こちらもいわれ続け、おそらく数年以内には間違いなく受賞するだろうといわれている作家との接点であります。 (これは、閑話ですが、村上春樹はかつて「主夫」をしていた時に、暇に任せて『細雪』を三度読み返したと、確かエッセイに書いていたのを思い出しました。) ともあれ、圧倒的な名文によって一気に読んでしまった本作ですが、それでも読後感想として気になる点がないでもなかったです。これです。 疑問……「谷崎はなぜこんな作品を書いたのか。」 本来は谷崎の作品については、このような疑問はあまり抱かないものですね。 なぜかと言うに、谷崎は、我々が思う以上に、自らの私生活上の内面的な姿に直結するような作品を「素直」に書き続けてきたからです。 つまり、作品を読めば、その時の谷崎の「欲望」がわかる、と。 『痴人の愛』を読めばその頃の、『春琴抄』を読めばその頃の、谷崎が女性に対して抱いていた欲望(女性以外に対する「欲望」はほぼないと考えて、まー、いいでしょう)がわかると。 実際はもう少し複雑ではあるでしょうが、大筋においてはそう考えて大過ないと思われます。 ところがさて、本作であります。 あの一世一代の名作『春琴抄』の翌年に書かれた本作からは、上記の「ルール」のようには、作者の意図は読めないように思いました。 そこであれこれ考えたのですが、……ふーむ。 実は谷崎潤一郎は、僕の大学の卒業論文であります。恥ずかしながら、かつて学んだことを、少しずつ少しずつ、ぽつぽつと思い出してきたんですね。 今回思い出したのは、『痴人の愛』=『赤い屋根』関係でありました。 『痴人の愛』は有名な名作ですが、『赤い屋根』は、たぶん現在では全集以外では眼にすることが出来ない、未完の、はっきり言って余り出来のよくない作品であります。 しかし、『痴人の愛』の翌年に書かれたこの「不振作」には、見事に『痴人の愛』の種明かしが書かれています。 『痴人の愛』的陶酔の舞台裏が書かれ、そしてというか案の定というか、完成することなく歪な姿を曝してしまった小説であります。 そもそも谷崎的陶酔・谷崎的世界には、リアリズムは不要であります。 そしてそのことを『赤い屋根』で学んだ谷崎が、今回『春琴抄』という名作の舞台裏を、リアリズムを駆使することなくお伽噺のように描いたのが、本作ではなかったでしょうか。 登場人物は、作者の姿から大きく離れ、かつ今までの作品世界の人物をも遙かに突き抜けた「痴人」の男女の姿と、そして、一匹の恐ろしく見事に造形された猫でありました。 今回の再読を通して僕は、この舞台裏に、尋常には存在しえない魅力的な迷宮が含まれていることに、ただただ舌を巻きながら感心するばかりでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.29
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『かくれんぼ』斉藤緑雨(岩波文庫) そもそも日本文学史についての本を読むのが結構好きなので、拙ブログの「副読本」になっている高校国語「日本文学史」教科書(古書大量販売店で105円也)を、なんということなくぼーーっと見ていたりします。 以前にも触れたことがありますが、その「日本文学史」のうち明治以降の近代文学に絞っての話ですが、割とよく読んでいる部分とそうじゃない部分とがまばらになってあります。 そんなあまり読めていない部分=時代のひとつ、明治初期・文明開化頃の作家の一人が、今回報告の斉藤緑雨であります。 少し前にこんな本を読みました。 『慶応三年生まれの七人の旋毛曲り』坪内祐三 なかなか面白そうな本だと、初めは勇んで読んでいたのですが、読後の感触としては、どうも「尻すぼみ」であったような印象が強いのですが、それはさておき、坪内祐三氏の着眼の鋭いところは、この慶応三年生まれのメンバーの何と「旋毛曲がり」な独創的な面々であることかという発見ですね。こんなメンバーです。 夏目漱石・宮武外骨・南方熊楠・幸田露伴・正岡子規・尾崎紅葉・斉藤緑雨 まったく、錚々たるメンバーですが、これは時代が人物を生むという現象、例えば幕末にいきなりわっと傑出した人物が沢山現れた、というのと一緒ですね。 その中で、特に何が言いたいのか絞り込んでいきますと(そろそろ絞り込まねば纏まりそうもありません)、一番に注目するのは緑雨と漱石が同じ年ということであります。 さらに、僕がうーんと唸ったのは、この事実の発見でした。 1904年(明治37年) 緑雨、死去。36歳 1905年(明治38年) 漱石、『吾輩は猫である』発表。 これはどういったことを語っているんですかね。 現在緑雨は、一般的にはほぼ「無名」と言っていいと思いますが、もしも漱石にも、緑雨と同じだけの長さの人生しかなかったならば、彼も一文学研究者としてと、一部の人には知られつつあった新進の俳人という、やはり現在となればほぼ「無名」の人物でしかなかったということでしょうかね。 さて今回報告する短編集には三つの作品が収録されていますが、そのうち二作品は未完です。 完結している『かくれんぼ』という作品についても、今となっては歴史的な価値以外のものがあるとは思えません。 近代小説が人間を描くものであるとするならば、この作品は人間を描く以前の段階で作品を展開させ、そして終わらせています。 タイトルは『かくれんぼ』ですが、僕はまるで「双六」のような小説と読みました。 純情だった青年が、郭遊び・女遊びのあげく「色悪」に成り果てるまでを、八人の女性との関係を絡めて描いていますが、その描き方が、まさに「双六」のようです。 主人公自身の内面、女性との人間関係、共に深まりというものを持たず、サイコロの目によってコマを進めていき「あがり」に至る双六と、まるでそっくりでした。 やや長い『門三味線』という作品も、樋口一葉の『たけくらべ』と瓜二つの設定を取りながら(発表年も同じ明治二十八年)、未完であるという点を差し引いても、残念ながら『たけくらべ』とは較べるべくもありません。(少年少女を主人公にした純朴さや情緒は持ちながらも。) これは結局の所、例えば文章力や構成力の差などということでは、たぶんないんでしょうね。 なんというか、もっと大きな、「時代の把握力」とでもいうものの差のように思います。 もっとも、有名なアフォリズム、「按ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし。」などと述べた緑雨にとって、そんな時代のヤスリの中を生き延びる才能と、それを持つ者の人生や幸福との間にまるで相関などないことは、十分承知であったことと思われますが…。 緑雨36歳、「僕本月本日を以て目出度死去致候間此段広告仕候也」という人を喰った死亡広告を自らで書き、東京本所横網町の自宅で病死したということであります。 もって瞑すべし、なのでしょうか……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.25
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『雪国』川端康成(新潮文庫) 上記作品の読書報告の後半であります。 前回書いていたことは、 (1)個人的な話ですが、『雪国』は懐かしーなー。 (2)『雪国』の設定は、かなり男のわがままな設定ではないかしら。 とまー、こんな内容でありました。 このたび数十年ぶりに『雪国』を再読し、かつては「ディスイズ日本文学」とまで思っていた作品ではありましたが、再読してアラが見えるということではなくて、この作品は、決して日本文学を代表する作品ではないぞという(優れていないということではなく)、当たり前といえば当たり前の事に、私はやっと気がついたのでありました。 例えばこんな表現。 雪を積らせぬためであろう、湯槽から溢れる湯を俄づくりの溝で宿の壁沿いにめぐらせてあるが、玄関先では浅い泉水のように拡がっていた。 ちっちゃな文ですが、この文は明らかに破格ですね。後半部の主語がありません。 とってもわがまま勝手な文という感じですね。 しかしそんなことを指摘すると、作者が、「主語がない? おや、主語がなくちゃいけないのかい? これで、お前さんは分からないのかい?」とでも聞いてきそうな文です。 確かにこんな文章の連なりが生み出す変な酩酊感、それが雪国の閉鎖空間、あるいは閉鎖した男女関係のイメージと重なって、独特な世界をフォローしていきます。 うーん、策略的ですねー。 下記の有名な比喩表現も改めて読みますと、あざとさと紙一重であります。この部分。 そういう時、彼女の顔のなかにともし火がともったのだった。この鏡の映像は窓の外のともし火を消す強さはなかった。ともし火も映像を消しはしなかった。そうしてともし火は彼女の顔のなかを流れて通るのだった。しかし彼女の顔を光り輝かせるようなことはしなかった。冷たく遠い光であった。小さい瞳のまわりをぽうっと明るくしながら、つまり娘の眼と火とが重なった瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮ぶ、妖しく美しい夜光虫であった。 川端康成は谷崎潤一郎と比較されることが多々あるようですが、こと、文体に関する限り、両者にはかなりの隔たりがありそうです。 谷崎の文章は、丁寧な、お手本通りの文章に近いです。まじめにちゃんと日本語文法を守っています。 しかし、川端の文章は遙かにわがままで、良く言えば「無手勝流」、悪く言えば「ルール違反」ですかね。私は、江戸時代の「俳文」の飛躍に近いんじゃないかという感想を持ちました。 このあたりを以て「新感覚」というのなら、なるほどその通りでありましょう。 さて最後に、今回の再読で私が一番「違和感」を持ったのは、駒子の言動であります。 本当のところ、この女性はうまく書けているんだろうかとまで思っちゃいましたね。 例えば酔っぱらって島村に崩れてくるシーンとか、日記をずっと書いていたり小説が好きで読んでいたりなんてのは、なんだか卑近な例えで申し訳ないのですが、まるで大学文学部の女子大生のようではありませんか。 そう感じつつはっと思ったのが、駒子の年齢なんですね。作品内の時間が三年流れますが、なんと彼女は十九歳から二十一歳なんですね。 うーん、これでは女子大生もさもありなんですかね。 今の時代ほど若者の幼児化が進んでいないとしても、なるほど、大学入学後すぐの新入生歓迎コンパで飲みつぶれる女子大生、って、これはちょっと、書きすぎですかね。 ともあれ、『雪国』の描写は、思いの外にわがままで難解で、しかしその難解さが効果を及ぼしながら進めていくストーリーは、思いの外に「通俗的」であると、今回の再読で私は感じたのでありました。 あ、忘れていました。 前回の報告文で、問題をひとつ作っていました。川端らしい驚くような比喩表現についての問でした。 答えを当てはめた文はこれです。 窓で区切られた灰色の空から大きい牡丹雪がほうっとこちらへ浮び流れて来る。なんだか静かな嘘のようだった。島村は寝足りぬ虚しさで眺めていた。 正解は「嘘」。 ねっ、ほとんど「ルール違反」って感じでしょ。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.22
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『雪国』川端康成(新潮文庫) えー、新感覚派であります。 文学史の本などを見ていますと、新感覚派の文体の特徴としてよく例示されているのは横光利一の『頭ならびに腹』(しかし、すっごいタイトルですね。このタイトルが既に新感覚派ですね)のこの文でしょうか。 真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で駈けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。 横光の盟友・川端康成の文章で挙げるとすると、有名どころで言えばやはりこの『雪国』の有名中の有名文、ここのところが挙がっていますかね。 国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた。夜の底が白くなつた。 後、『伊豆の踊子』の中に確か、「踊り子はことことと笑った」ってな文があって、どこかで取り上げられていたように覚えているんですが、違っているかしら。 今回『雪国』を読み返しまして、こんな部分を再発見し、私としてはちょっと驚いたんですが、ここも人口に膾炙した部分なんでしょうか、こんなびっくりする表現です。 お遊びで問題形式にしてみました。 (問1)次の空欄1に、新感覚派川端康成の表現として相応しい語を入れよ。 窓で区切られた灰色の空から大きい牡丹雪がほうっとこちらへ浮び流れて来る。なんだか静かな( 1 )のようだった。島村は寝足りぬ虚しさで眺めていた。 「ほうっと」なんて言い方も大概ですが、この空欄部は普通は思いつかないでしょうなー、原文を覚えている人以外は。ヒントは漢字1文字です。って書いても、きっと分からないと思うんですがね。 今回報告の川端康成ですが、うーん、どう言ったらいいんでしょうか、かつて、ずっと日本にノーベル文学賞受賞作家が一人しかいなかった時(大江健三郎の受賞以前ってことですね)、世界に誇る日本文学といえば(村上春樹が小説を書き始める以前ってことですか)、「タニザキ、カワバタ、ミシマ」しかなかった時(「コーボーアベ」を入れてもいいですが)、そのころ素朴で純真な文学少年であった私にとって、『雪国』は「日本文学そのもの」でありました。 このたびウン十年ぶりに読み返してみて、あの頃私が作品に感じていたことを今でも結構覚えていることに、我ながら少し驚きました。駒子の会話とか、最後の火事のシーンとか、「いやー懐かしーなー」という感じがとてもしました。 特にあの火事のラストシーンは、なんというか、私にとってまさに日本文学の「王様」(ってとっても変な言い方ですが)の描写でしたねー、間違いなく。これこそが、日本文学であるって思っていましたね。(でも日本文学とは何かについては、きっとなんにも判っていませんでした。あ、今でも判っていませんが。) しかしまー、時は移り、川端康成は逗子のマンションでガス管を銜えて自殺をし、一方私はというと、徒に馬齢をのみ重ね、小説についても「すれっからし」になってしまい、今回、幾つかの別な感想を持ちました。 まず、設定ですがね。 この設定って、かなり男に都合のいい設定ですよね。 自分は有閑階級で、年に一度ずつ暇つぶしのようにゆく旅先越後湯沢に自分に惚れている芸者がいるって設定ですが。 いや、そんなところは重要な部分ではなく、これは男の夢物語であり、その中でどんないい夢を見せてくれるかが大切なのであるという考え方も、まー、出来ないでもないですがねー。 確かに実際、漱石の『それから』を挙げるまでもないですが、近代日本文学にはこういった親譲りの財産に寄生する生活破綻者のお話が結構多いです。社会批判を作品に籠めようとするには、この設定がかなり有効なんでしょうかね。確かにそんな気もします。 そしてその無為徒食者が、社会批判方面ではなく、異性の方面に進んでいくタイプの話としては、永井荷風あたりが「嚆矢」ですかね。 その後、この『雪国』を経由して、私は、吉行淳之介の小説まで辿れると考えるのですが、いかがでしょうか。 次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.18
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『隣の嫁・春の潮』伊藤左千夫(角川文庫) そもそも「恋愛小説」というものを、私はあまり読んでいません。 ……いえ、この言い方は、ちょっと違うかも知れませんね。 例えば漱石の「前期三部作」、あれは恋愛小説なんでしょうかね。 あれが恋愛小説なら(というかよく考えてみれば、三作の内少なくとも『それから』は恋愛小説ですよねー。テーマとしても、まー、普通そう理解しますわねー。)、私は恋愛小説の類をあまり読んでいないとはいえません。漱石はフェイヴァレットであります。 「恋愛小説」と本の帯に銘打っていた小説に、村上春樹の『ノルウェイの森』がありますね。あの小説も、私は再三愛読させていただきました。 今ふっと思い出したんですが、中河与一『天の夕顔』ってのもありました。本ブログでも取り上げています。あれもあっけらかんとした恋愛小説であったという記憶があります。 とすれば、私は恋愛小説をあまり読んでいないのではなくて、どういった本が恋愛小説なのか、よく分かっていないと言うだけのことでありますかね。 なるほど。考えてみたら、漱石がフェイヴァレットな作家であると言っておきながら、恋愛小説をあまり読まないもないものだという気がしてきました。 漱石の小説は、全編三角関係小説だという説もあるほどでありますのに。(全編ホモセクシュアル小説だという説もありましたっけ。) さて伊藤左千夫であります。 『野菊の墓』のみが人口に膾炙され、まー、「一発屋」といって一概に誤りといえない気のする作家であります。 (でも、歌人としての業績は、なかなかのものがあるようです。小説家でだめでも他の文芸においては第一人者という人は、石川啄木とか高浜虚子とか、結構いらっしゃいますものね。伊藤左千夫は「一発屋」でもましな方です。) その『野菊の墓』は、なんかのほほんとした「ノー天気小説」という感じでしたが、今回の二作品も同様でありました。 これがこの人の小説の「個性」なんでしょうね。何をとぼけたことを書いているのだと思わないでもないですが、これはこれで、私としては、今読んでもなかなか味があると感じました。 基本的に、健康的な田園小説であり純朴な恋愛(性欲)を描いています。 タイトル通りの二小説が収録されているんですが、内容としても繋がっています。『春の潮』は『続・隣の嫁』です。 『隣の嫁』の方が純朴で、作品中に詩情が流れており、なかなかキュートな一作です。 一方『春の潮』は、やや通俗性に流れ、描かれるエピソードも人物描写も類型的な気がしないでもありません。でも今読み直してみると、そんなあたりがみんな時代のパロディのように読めて、私としてはとてもユーモラスな作品と読んだんですが、ただそれは作者が企んだ効果なのか、……うーん、たぶん違うでしょうね。 でも娘「おとよ」の望まぬ結婚話を勝手に進めて、こんな事を娘に喋る「頑固親父」は、今ではパロディ以外には読めないでしょう。 「おとよ……お前の胸はお千代から聞いて、すつかり解つた。親の許さぬ男と固い約束のあることも判つた。お前の料簡は十分に判つたけれど、よく聞けおとよ……ここにかうして並んでる二人は、お前を産んでお前を今日まで育てた親だぞ。お前の料簡にすると両親は子を育てても其の子の夫定には口出しが出来ないと言ふことになるが、そんな事は西洋にも天竺にもあんめい。そりや親だも、可愛子の望みとあれば出来ることなら望みを遂げさしてやりたい。かうしてお前を泣かせるのも決して親自身の為でなく皆お前の行末思うての事だ。えいか、親の考へだから必ずえいとは限らんが、親は年をとつていろいろ経験がある、お前は賢くても若い。それで我子の思ふやうに許りさせないのは、これも親として一つの義務だ。省作だつて悪い男ではあんめい、悪い男ではあんめいけど、向うも出る人おまへも出る人、事が始めから無理だ。許すに許されない二人の内所事だ。いはば親の許さぬ淫奔といふものでないか、えいか」 おとよは此時はらはらと涙を膝の上に落した。涙の顔を拭はうともせず、唇を固く結んで頭を下げてゐる。母も可愛さうになつて眼は潤んでゐる。 「向うも出る人おまへも出る人」というのは、「おとよ」も嫁として家を出てゆくべき女で、相手の「省作」も次男故養子に出るべき男だという意味であります。 しかしこんな読みは、作品の成立時代を無視した邪道なんでしょうが、今となっては笑う以外に反応しようのない理論でありますなー、失礼ながら。 というわけで、この二小説は、いかにも『野菊の墓』の作家の作品らしい、私としては、読んでいてとても楽しいものでありました。 いえ、やはりそんな感想自体が失礼なのだという気はしないでもありませんが、その時代には高評価をされていても、今読めば作家の変なプライドや無理解や無教養のせいで、いやーな読後感の残る小説がいかに多いことかを考えれば、この二作品は、筆者の人柄の賜物といってもいいような「珠玉小説」だと、私は思うのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.15
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『渋江抽斎』森鴎外(旺文社文庫) 上記作品の読書報告の後半であります。 前半に書いたことはこういう事でした。 「うーん、きつい。鴎外の史伝、きつい。」 それだけか、と言われると、うーん、たぶんそれだけですー。 どうもごめんなさい。 人はわたくしの文の長きに倦んだ。しかし是は人の蘭軒伝を厭悪した唯一の理由では無い。蘭軒伝は初未だ篇を累ねざるに当つて、早く既に人の嘲罵に遭つた。無名の書牘はわたくしを詰責して已まなかつたのである。 書牘はわたくしの常識なきを責めた。その常識なしとするには二因がある。無用の文を作るとなすものが其一、新聞紙に載すべからざるものを載すとなすものが其二である。此二つのものは実は程度の差があるに過ぎない。新聞紙のために無用なりとすると、絶待に無用なりとするとの差である。 わたくしの渋江抽斎、伊沢蘭軒等を伝したのが、常識なきの致す所だと云ふことは、必ずや彼書牘の言の如くであらう。そしてわたくしは常識なきがために、初より読者の心理状態を閑却したのであらう。しかしわたくしは学殖なきを憂ふる。常識なきを憂へない。天下は常識に富める人の多きに堪へない。 この二文は、鴎外の『伊沢蘭軒』の第370回と第371回(最終回一回前と最終回)から抜いてみました。 鴎外の『渋江抽斎』と『伊沢蘭軒』は新聞連載小説であります。夏目漱石の朝日新聞に対して、毎日新聞に連載されました。 しかし、これらの作品が読者に不評だったことは、上記の鴎外自身の文章からも明らかであります。 しかし、この鴎外の文章は「激越」でありますねー。 私は先日、嵐山光三郎の本を読んでいたんですが、その中に特に若かりし頃の森鴎外が「喧嘩屋林ちゃん」と呼ばれていたとありました。(「林ちゃん」とはもちろん鴎外の本名「林太郎」であります。) ドイツから帰ってきた「エリート」鴎外は、医学界で、文学界で、片っ端から論争を挑んで、およそ負けることがなかったといいます。 そんな「百戦錬磨」の鴎外です。自分の作品が不評であったことについて、この文章の鴎外の「居直り」は全くすごいものです。 現在に例えてみるとこんな感じですよ。 なに、「KY」だって? だから何なんだよ。 「KY、KY」ってうるせーんだよ。そもそもなぜ俺が、お前たちの間の空気を読まなくちゃならないんだ。手前の教養のないことを棚に上げておいて、俺にそこまで降りてこいってどういう意味だ。 お前たちのような無教養なものばっかりがどんどん増えて世間で大きな顔をすることの方が、国家にとっては遙かに憂慮すべき事態なんだよ! まさか鴎外がこんな下品なべらんめえは語らないでしょうが、言ってることは大体こんな内容ですね。 (しかし鴎外の死後、日本の国は鴎外の言ったとおりの「無教養人」ばかりが増殖し、1945年に国家破綻したのは歴史が語る事実であります。そしてさらにその後の、現在の「無教養人」は……。) 実は私も、本作を読んでいる途中は「面白くない」とか、「こんなことまでなぜ書くの」とか思っていました。 しかしえらいもので(もちろん鴎外が「偉い」)、読み終えるとそれなりに感動するんですね。 この感動はいったい何なのでしょうか。 文庫本で三百ページ、それも内容が難解というか面白くないものを、何とか読み終えた一種の「達成感」故でしょうか。 いえ、さにあらず、たぶん。 私が思い当たったのは、なるほどこれが史伝の感動なのかということでありました。 なぜなら私の感じたのに近いものを、私自身の過去の読書経験の中から思い出せば、それは『梶井基次郎全集・全三巻』の最終巻「書簡集」を読み終えた時に感じたものでありました。 そして、『梶井基次郎全集』を読んだことは、私の読書体験の中で、最も重要な、そしてもっとも感動的な体験だったと、私は今に至るも考えております。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.11
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『渋江抽斎』森鴎外(旺文社文庫) 近代日本文学史上の小説作品を、「網羅的」とは難しいとしても、少しは万遍なく読んでみたいという「希望」を持ちまして、そして自らを叱咤する意味も籠めて本ブログで駄文を弄しています。 これまでも好き勝手ながら、自分なりに近代日本文学史の小説を読んできまして、明治以降の「大物」小説は、かなりクリアできたんじゃないかと思っていました。(まー、どんな作品を「大物」と考えるかにもよりますがー。) そして、「見通し」を立てるべく大型古本屋で高校日本文学史副読本を(105円で)買って読んでみると、まだまだ手薄な部分が3ヶ所くらい(アバウトな見方です。丁寧に見ればもちろんあっちこっち穴だらけです)あることに気がつきました。 ここいらあたりですね。 (1)明治期の自然主義文学作家 (2)1945年からの第一次戦後派作家 上記の作品は、今でもまだまだ手薄ですが、それでも少しずつ読めてきたかなと思います。少なくとも、苦手意識はかなりなくなりました。(この辺の小説って、なんか、読む前から面白くなさそうだなーって思いがちなんですよねー。そして、幾つか読んだ今でも、その「直感」は、まるで外れてはいないように感じはするのですが。) そしてもう一つ、まだ残っている部分、しかも、結構「大物」で。 (3)森鴎外の史伝 これははっきりいって、今まで逃げていたんですね。 なんとなく、これにももやーっとしたイメージがあったわけです。安易に手を出してはいけない、と。 しかし、鴎外の史伝以外の小説作品に徐々に馴染んでいき、実際、鴎外の文章は読み進むほどにすばらしい事が肌で分かってきまして、そして今回、私としては、「覚悟」をして、いよいよ史伝を手に取ったのでありました。 うーん、きつい。鴎外の史伝、きつい。 そもそもよく考えたら私は、有名人の「伝記」すら、少年少女版の『野口英世伝』とか『紫式部伝』とか『シュバイツアー伝』とかしか読んだことがありません。(というか、今挙げた三作品しか多分読んでいません。) ただ、「考証」ということで言えば、まるでそうでもありません。 えーっと、多分この方の多くの文章も「考証」の中に入れてよいんですよね。この人。 渋澤龍彦 主に河出文庫から作品が出ていましたが(後、中公文庫)、あれはほぼすべて読みました。とっても面白かったです。 というふうに、魔術や拷問や暗黒中世やなんかだと、割と楽しく読めるんですがねー。江戸時代の無名の医師兼文筆家ではねー。うーん。 しかし筆者鴎外も、私のような初心者のために「易しく」、作品を工夫をしてくれているのだなと言うことは私にも分かりました。 それは、構成を推理小説仕立てにしていることであります。 自分がなぜ渋江抽斎という人物に興味を持つようになり、なぜこのような文章を書くに至ったかから始まって、抽斎の事を調べる過程で発生した困難をそのまま書いたり、そして、作中人物の「細かな」エピソード(抽斎の妻「五百・いお」が三人の暴漢を追い払った挿話とか)、これは鴎外の小説そのままに、抜群の面白さを誇ります。 という風に、筆者鴎外も「気を遣って」くれているんだなーということは分かるんですが、いかんせん、こちらの教養のなさは、鴎外の気遣いを振り切って、遙かに書かれていることが分かりません。(というかー、「面白くない」) ただよく考えれば、私の方もどこか構えていたという事に、読後気がつきました。 なにを「構えていた」かというと、鴎外の史伝そのものは初めて読んだ私ではありますが、同じく鴎外の史伝『伊沢蘭軒』の最後に有名な一文があってというようなこと、そんなことは少々知っていたからでありますが、以下、次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.08
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『珍品堂主人』井伏鱒二(角川文庫) 古本屋さんが好きです。 昔は(って、どのくらいの昔なんでしょ。大体四十年くらい前ですかね)、街にもっと普通に古本屋さんがあったように記憶するのですが、今は、いわゆる「街の古本屋さん」が姿を消してしまいました。うーん、やっていけないんでしょうねー。 それについてはいろんな理由があるんでしょうが、一方で、時々批判されたりする、チェーン店の大規模古書販売店(あそこは、もはや「古本屋さん」ではないですよねー。店の方も、一連の「リサイクルショップ」というコンセプトでなさっているような感じですし)、でも僕は、あの手のお店も嫌いじゃないです。 その理由は、何といっても僕のほしいような本(明治大正昭和あたりの純文学小説の文庫本)が圧倒的に安いからですね。 ま、そもそもが文庫本なので、高いといっても多寡は知れているんですが、それでも、それが絶版本であったりすると(というか、僕の欲しがるような文庫本はほぼ絶版本ですがー)、大阪・京都などの古書街の店なんかだと、ちょっと値がするなあという感じになるものも結構あります。 それにあの大型古書販売店は、名前の通り店が大きいので、たまに掘り出し物が隠れていたりすることがあって、そんなのを見つけると、とってもうれしいです。 さて、今回報告する小説の主人公は、骨董屋であります。 僕の求めるような古文庫本は全く異なりますが、同じ書籍でも稀覯本になると、骨董品と重なる部分を持ち、そして、上記に記した僕のささやかな本当にささやかな「掘り出し物」発見時のうれしい感覚も、少しは重なりそうな気もするのですが、例えばこんな風に書いてあります。 宇田川は錦の袋に入れたのを出して来て、 「これです」 と恭しく袋から取出した。 見れば、麗水と細めの隷書体で彫つてある。のびのびした書風の古印で、文字の線が実に美しいぢやありませんか。はッ、美しいなあと思つたが、値段を聞くと珍品堂の持つてゐる財布の金では半分にも足りません、どうしたものだらうと、抹茶の御馳走になりながら思案してゐると、運悪くそこへ小石川の八重山が来て、人の見てゐる前ですぱつと買つてしまつたことでした。こちらは無念やるかたないけれども金がない。好きな女に振られたやうな思ひです。その気持は、ほんたうに骨董をやらない人にはわかつてもらへない。 しかし、見事な語り口調ですねー。この文章は、これで三人称なんですよねー。 実になめらかにリズムのよい文章で、読んでいると心地よくってなんだかうかうかと眠くなってしまいそうです。 そもそも筆者は、駅前旅館とか、街の駐在さんとか、町医者とか、そんな、「いかにも」という感じの職業人を描くことのとても多くかつ、上手な小説家であります。 今回の小説についても、初めのうちは、なんだかぼそぼそと地味ーに始まった書きぶりで、例のパターンかなとも思いつつ、こんな小説のどこが面白いのだろうかという感じで、僕は読み始めていました。 しかし読み進めるほどに、この「シブ好み」「玄人好み」が、いいんですよねー。 今僕は、「シブ好み」「玄人好み」と書きましたが、読み進んでいくうちに、なるほど、大人の男が読める小説とは、こんな小説なんだなと言うこと、そしてそんな小説は思いの外に少なく、仕方がないので「おじさんたち」は、代わりに時代小説を読むのだなと考えていきました。 普通の大人の男の読める現代風俗小説。 これは、きっと、そんなに沢山ありません。 「企業小説」などと呼ばれるジャンルもありそうですが(寡聞にして僕はこのジャンルについてはほぼ無知なのですが、本書にもそんな側面はありそうです)、あとは本当に、仕方なく時代小説に入っていくしかないんじゃないでしょうか。 本作はそんな「風俗小説」として読んでもとてもうまいです。 なにより文章がうまい。眼前に起こる出来事を書く、その説明の仕方・裁き方が、舌を巻くほどうまいと思います。 何ともしつくりしない気持でした。珍品堂が途上園の経営に当つたのは僅か一年あまりのことですが、その間に山路孝次は、以前のお互に無遠慮な間がらのなかから何か或種のものを抜き去つてゐる。それとも或種のものを付け加へてゐる。今、がつんとそれが来た。 風俗小説を書く第一の条件とは、実は文章力なのだなと気づいた時、僕はふと現在の第一級の風俗小説作家として丸谷才一氏のことを思い出し、そして「やっぱりなー」と、大いに納得したのでありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.04
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『安愚楽鍋』仮名垣魯文(岩波文庫) 以前よりこの時期、つまり、明治維新以降で、坪内逍遥の『小説神髄』『当世書生気質』または二葉亭四迷の『浮雲』出版以前の時期ということですが、この時期の小説を読みたいものだとは、ちょっとだけ、しかし割と長くしつこく思っていました。 しかし、なかなかその機会に恵まれなかったんですね(って、書くと己は「被害者」のように聞こえるんですが、そんなわけでもありませんが、まぁ)。 その理由は二つです。 一つ目は、本ブログの基本的なコンセプトのことであります。 私は、一報告につき一冊の本(上下巻とか分冊になる場合は、両巻で一応「一冊」)、できたらそれは文庫本で、そしてその本全部を読んだ上で、ブログに取りあげるということを考えています。 実際に報告する小説が、短篇集の中の一編でしかなくっても、であります。 なぜ一冊の本に拘るのかというと、これを一作品という単位にしてしまうと、分量の多寡にかなり違いが生まれすぎると思ったんですね、始めは。 しかしそうは言っても、例えば有島武郎の『或る女』と同作者の『宣言』とでは、同じ一冊の文庫本とはいえページ数が違いすぎるという「問題」は依然存在します。 しかししかし、我々が「最近本読んだ?」とか「10冊の本を読んだよ」とか言う時、普通ページ数の多い少ないまでは問わないですよね。「君の読んだあの本は70ページしかないから、0.5冊だな」とか言いませんよね。 まー、それくらいのアバウトな「基本方針」ということであります。 ついでに、その本がなぜ文庫本かということにつきましては、実は細かい理由はあれこれありますが(値段や本の大きさ)、基本的には「趣味」ですかね。 私は文庫本が好きなのであります。 それを踏まえた冒頭の状況の一つ目の理由は、「その時期の文庫本が、現在はなかなか出回っていない。」ということであります。 しかし、まー、当たり前でしょうなー。 こんなストライクゾーンの極端に狭い「好み」に、出版社が対応してくれるわけがありません。(恐らく唯一、私の好みに一部対応をしてくれているのが「売れ筋外し」の岩波文庫です。誠に有り難い出版社であります)。 次二つ目の理由ですが、これは簡単(かつ致命的)。 私に、言文一致以前の文章を自由に読みこなす国語力が欠けているせいであります。 例えば上記に私がお褒め申し上げました岩波文庫ですが、現在でも新品で坪内逍遥の『小説神髄』を出版されています。 しかしこれが、わたくし本屋で手にとって少しだけ読んでみましたが、評論で長くって言文一致以前でさっぱり分からない。うーん。 ということで今回は、「恐いもの見たさ」の興味のようにして本書を読んでみました。 (ちょっと前置きが長くなりすぎてしまって申し訳ありません。) 出版は明治四~五年であります。明治初年の文明開化の風俗を、同じく開化期の風俗の一つである、牛鍋屋に集うお客を通して描くと言うものです。 しかし、そこに積極的なストーリーの展開はありません。坪内逍遥の『当世書生気質』とよく似た文体を取りながらも、違うのがこのへんなんですね(そしてこの違いが新旧「文学」の決定的な違いであります)。 なかなか鋭い描写力を持ちながらも、作品に構造的な深まりが無く、皮相な風刺だけにとどまっています。 しかし、合計二十人ほどの牛鍋屋の客を、始めに着物や外見について描き、次に牛鍋を食べながらの独白を描き(複数名で来ている客であっても、会話はなぜか少ないです。少し不思議ですね。)、それを通して人物の性格を浮かび上がらせるというこの形式は、実は結構面白いです。 モノローグ描写がとても上手なんですね。 読みながら思ったのですが、これを直接の影響関係とまでは考えませんが、漱石の『猫』の中の幾つかの場面、例えば水島寒月の「首くくりの力学」だとか「ヴァイオリンを買う話」だとか、猫の中でもかなり面白い場面には、やはり本書にも見られるような、いわば江戸期の戯作の伝統が、魯文を通って、漱石まで途切れずに続いていると感じました。 この岩波文庫には、冒頭に解説文が書かれてあるのですが(岩波古典大系のパターンですね)、その中に、魯文が新時代に相応しい独創性を持てなかった原因の一つとして、「時すでに初老の域に入っていた」事を挙げています。 おそらく私の想像力が乏しいせいでしょうが、何となくみんな一緒によーいドンで、明治維新に突入したというような、考えればあり得ない浅はかな感覚的理解を私はしていまして、なるほどこういう「当たり前」の指摘は、やはり研究者の指摘としてとても有り難いものだと思いました。 もしも魯文が、「青雲の志」に燃えた十八才の時に明治維新に出会っていたならば、ひょっとしたら、二葉亭のじゃない別の『浮雲』を書いたかも知れないんですよね。 魯文もやはり、「大作家」だったのかも知れませんよね。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村
2010.09.01
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