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『李陵・山月記』中島敦(新潮文庫) 上記短編集の読書報告の後半であります。 本書には、『山月記』『名人伝』『弟子』『李陵』と、四つの小説が入ってありますが、前回は簡単に『名人伝』『弟子』に触れてみました。 さて、いつの頃からか、僕はこんな風に思っていました。 いわゆる「正統派文学少年」は、必ず三人の「青春作家」の誰かに憧れるものである、と。 そして、その三人の「青春作家」とは、 太宰治・梶井基次郎・中島敦であります。 太宰の魅力については、今更語るまでもない気もしますが、あえて端的にまとめてみますと、「弱さの魅力」とでも言いましょうか、マイナス・カードの集積を一気にプラスにしてみせる、あっぱれ見事な言葉の芸の力であります。 梶井基次郎には、僕は、独特のエロティシズムを感じます。 『交尾』や『愛撫』といった作品は、エロティシズム自体がテーマになっている短編小説ですが、有名な『檸檬』(この作品も確か、高校の教科書の中にあったと記憶します)の中にも、さりげなく、おはじきを舐めるというシーンが出てきますが、それはぞくっとするほどエロティックです。 そして今回報告の中島敦ですが、何度読んでも感心してしまうのは、あの圧倒的な格調の高さです。 なんといいますか、漢文脈だからという説明だけでは捉えきれない独特の「キレ」があります。例えばこんな表現。 どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は堪らなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の巌に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って吼えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。己の毛皮が濡れたのは、夜露のためばかりではない。(『山月記』) ここには、素手でむんずと捕まえて、そのまますばらしい高みまで上り詰めるような、惚れ惚れとする美しさがある様に思います。そしてその一方で、さりげなくすっと胸元に入ってくるしなやかさも。 まさに強弱のコントラストの妙であります。 さて、最後に残りました『李陵』ですが、この中編小説(長めの短編小説)は、筆者の遺稿のひとつであります。 中国の古潭などを「原典」とした幾つかの短編小説を作った後の、あるいはもう一つ上のグレードを目指した力作ではないかと思いますが、原稿は一応の完成を見ながらも、最終稿にまで至っていないのが少し残念です。 (例えばタイトルは、筆者が原稿に走り書きのように書いた幾つかの候補らしいものの中から、生前筆者の知人であった深田久弥氏が選んでいます。) そのように少し不如意に思うのは、本小説には「李陵・蘇武・司馬遷」三名の生き方が描かれていますが、司馬遷についての描写に、やや全体のトーンと不調和なものを感じるからです。 ただ、その部分は決して不出来なものではなく、全体の調和を乱したとしてもそれに触れずにはいられない、「文学者のあり方と執念」を描きたいという、筆者の強い気持ちがひしひしと伝わってくる部分であります。 いわばこの部分こそ、筆者が小説を書き始めた頃から一貫して脳裏にあった、終生変わらないテーマであったのかも知れません。 ただ、もしも本作の決定稿が完成するまで筆者の生があったならば、あるいは大きな変更があったかも知れないと思われる部分でもあります。 そのようなことを含め、この未曾有の天才の、わずか三十三年間の生の短さを思いますと、人智ではいかんともしがたい事柄ではありながら、やはりそこに、惜しんでも惜しみきれない無念さを感じるものであります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.30
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『李陵・山月記』中島敦(新潮文庫) 先日、久しぶりに新しい本を買いました。 本ブログに報告しているごとく、絶版になったような本ばかりを、ネットで探したり古書店に足を運んだりしていたので、新刊書はしばらくぶりであります。 で、こんな本を買って読んでみました。 『文学全集を立ちあげる』丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士(文春文庫) 当代名うての「本読み」が、新しい文学観に立って、「夢の文学全集」を編纂するというテーマを語り合った本です。 僕はとっても面白かったですが、こういう本が文庫本になってもペイするんですね。 文学は、実は今、微妙に「ブーム」なんですよね。 はっきり言うと、生きることに疲れ、時代に「疲弊」した人々が増えてきているんでしょうね。 「心の疲れに日本文学」 大いに古典的な日本文学作品が読まれ、そしてついでといっては何ですが、本ブログも、多くの方がお読みくださることを願ってやみません。はは、は。 閑話休題、上記の文学全集を編集しようと言う本に、こんなことが書かれてありました。 三浦・僕は極端に言うなら、中島敦入れるなら、芥川はいらないと思う。 少し離れた所にまたこんな発言が。 三浦・芥川龍之介が一巻ならば、中島敦一巻でしょう。筆力からいっても、構成力からいっても、中島敦のほうが芥川より上だと思った。 丸谷・中島敦のほうが教養が上なんだよ。いいでしょう。じゃあそれでやりましょう。 鹿島・中島敦は洋文脈も隠し味で入ってる。だから古びない。 なるほどねぇと感心しましたが、もしこれに付け加えるとすれば、芥川は基本的に「シニカル」な感じがします。 一方中島敦は、初期の『西遊記』を取り上げた作品などにも強い「存在論的不安」は描かれていますが、どこか生きることに対する慈しみの情が感じられます。 今回報告の短編集にある作品で言いますと、『弟子』なんてお話は、全編それに溢れているように思います。 僕は思うんですが、この両者の違いは、二十代前半で華々しく文壇にデビューした作家と、作品の評価は死後に待つしかなかった夭折作家との差だというのは、少し穿ちすぎでしょうかね。 さて、本短編集には四つの小説が入っています。 『山月記』『名人伝』『弟子』『李陵』 どの作品を取り上げても、「絶品」としか言いようがありません。 上記に少し触れた『弟子』には、孔子とその弟子の「子路」との、とても細やかな交流が描かれています。 主人公の「子路」は、最後に、膾のように切り刻まれて死にますが、彼の人間性の根幹を「没利害性」にあると捉えたところに、この小説の読後感の何ともいえない爽やかさと暖かさがあります。珠玉作です。 『名人伝』を今回改めて読んで強く思ったことは、筆者は本作で、かなり確信的に諧謔性を志向したのではないかということでした。(中島敦には初期作品から、あの独特の格調の高さと干渉しあわない諧謔性があります。) そもそもこういった一芸の達人の話は、尊敬と紙一重のユーモアを持ちますし、それを漢民族的徹底性の中で重層的に語っていくと、そこにはおのずと諧謔が発生します。 そして最後が、老荘思想の「至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし」と来れば、これは「諧謔性」への確信犯でしょう。 読者にいたずらっぽく微笑みかける筆者の顔が、思わず浮かんできそうです。 さて『山月記』は、高校で習いましたよね。 あの、恐るべき漢文脈。次回はそれに触れてみたいと思います。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.27
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『悉皆屋康吉』舟橋聖一(文春文庫) 初読の作家であります。 いつも行く所じゃない古書店で手に入れた文庫本ですが、なぜこの本が目についたかというと、以前読んだ日本文学史の本の中に、本作に言及した部分があったのを覚えていたからです。 昭和二十年、当然といえば当然でしょうが、日本文学関係「業界」は相次ぐ雑誌の休刊等で全く壊滅状況にありました。 そんな中で日本文学の伝統を守った作家は、ほとんど例外的に太宰治しかいなかったと書かれていました。そして、太宰の作品として挙げられていたのが、こんなのでした。 「竹青」(『大東亜文学』一月号) 『新釈諸国噺』(一月刊) 『惜別』(九月刊) 『お伽草子』(十月刊) 今回の読書報告のテーマとは大きく離れるのですが、この昭和二十年発表または刊行の太宰治の一連の作品名を見ていますと、太宰という作家の持つオリジナリティの、他と大きく異なり傑出したありように、思わず胸を撲たれるようです。 閑話休題、話を戻しますが、上記の太宰作品の後に、この『悉皆屋康吉』の名が、かろうじて文学の良心を守った作品として挙げられていました。 そして今回の読書となった運びであります。 さて、一読。あたかも「ワン・シッティング(一息で読める様をいう表現)」のような、とても滑らかな読み心地の文が続きました。 明治の終わりから、大正そして昭和初期という時代を背景にしつつ、「悉皆屋」という、今の職業で言えば「和服コーディネーター」の仕事が、和服模様の沢山の専門用語を随所に散りばめながらとても華やかに描かれていく様子は、それなりにテンポよく、そして心地よく読み進めることを可能にしました。 ただ、どうなんでしょう。そんな業界の「人情話」的な展開だけでは、やや「食い足りない」と感じるのは、僕のわがままなんでしょうか。 僕は作品中盤あたりから、本来ならばもっと感動的な部分になるはずが、不十分なままに燃え残っている感じを持つようになりました。 まるで因縁をつけるようにこんな事を言い出すのは、「木に縁りて魚を求める」みたいなものかなとも思いつつ、やはり、内容的な深まりとか感動とか言った言葉に相当するものが、少し欠けると感じました。 特に終盤は、書き急ぎか息が切れたせいか、表現や展開に精彩を欠いた部分が目立ちました。それは、主人公の「芸術至上主義的生き方」が、人間を伴った描写として充分に書かれていない弱みであります。 例えば次の表現は、中年期の主人公・康吉が、自らの仕事に一応の目鼻を付けて、さらに今後いかに進んでいくべきかを女房・お喜多と語り合う場面です。「でも、考え方ではよ、鶴むら染っていったって、一部の人たちには、愛玩されているでしょうけれど、まだ、大衆的な人気というわけにはいかないわね。そりゃア、あなたの気持ちからいえば、大衆性なんてものは、軽蔑していらっしゃるにちがいないわ。それはよくわかってますけど、鶴むら染の社会的存在っていうものが、強いフットライトを浴びることも、決して悪いことじゃないと、おもうの」 と、お喜多はいつになく、力をこめていうのだった。「それは私も考えてる。大衆の俗悪に迎合するのでは困るが、そうではなくて、自分の仕事を、なるべく、多くの人の中へ、行きわたらせることが、いいことだとは信じている。今のままでは、結局、一部の嗜好をとらえたというだけで、長い目で見ると自己満足に陥ちているのかもしれない」 これは炬燵に入っての夫婦の会話なんですが、ちょっと「やりすぎ」じゃあないですか。小説の表現としてこなれていないことはないですか。 「社会的存在」なんて単語は、別に学問をしたわけでもない明治生まれの「悉皆屋」の奥さんが普通に使う表現なんですかね。作者が直接顔を出しすぎているんじゃないでしょうか。 同様の作者の「顔出し」が、モラリスティックなまとめを目指して、終盤の展開を貧弱にしてしまった感は否めません。 ただしそれこそが、昭和二十年の「文学的限界」なのかも知れません。 さてそのように考えますと、僕の述べた作品への不満など、今の時代だから言える勝手な言い分でありましょう。 繰り返しますが、時代の文学的状況が壊滅状態の中で書かれた作品であります。 であるならば、本作を見事と言うことについては、全く吝かではありません。 そして、上記に掠るように触れただけですが、太宰治の「凄さ」についても、改めて。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.25
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『蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ』室生犀星(講談社文芸文庫) 上手なタイトルだなーと、思います。まさに内容にぴったりのタイトルであります。 特に『われはうたえども……』の方は迫力満点ですが、この迫力はいったいどこから来るのかというと、もちろん「老人文学」ゆえ、であります。 「老人文学」という言い方があるような無いような、近年これだけ日本人の平均寿命が延びて、いわゆる作家の方も長生きの方が沢山いらっしゃいますから、そんな「ジャンル」の小説も少なくないと思いますが、はて、私は本ジャンルのどんな小説を読んできたでしょうか。 一番印象に残っているのは、これはかなり以前に読んだのでほぼ内容は忘れており、いずれ再読して、本ブログでも取り上げたいと思っている小説ですが、耕治人の『天井から降る哀しい音』。内容はほぼ覚えていませんが、かなり印象的だったという記憶があります。 次に古井由吉の『白髪の唄』、これは本ブログに取り上げました。朦朧として内容がよくわからなかったところが、いかにも「老人文学」じみて(?)、よかったです。 川上弘美の『センセイの鞄』も一種の老人文学ですよねー。 文学の「老舗」で言えば、谷崎潤一郎の『鍵』とか『瘋癲老人日記』などは、このジャンルの草分けなのかも知れませんが、これらの小説は老人の「性」をテーマに絞り込んでいますから、少し「特殊」な感じもします。 とにかくそんな「老人文学」の白眉の一冊が、この上記の作品集です。 ここには4つの小説と1つの詩が入っていますが、少し異色な感じのする『老いたるえびのうた』という詩が、筆者の絶筆だそうです。この詩がまた絶品であります。 この詩も「やぶれかぶれ」ですが、4つの小説の「やぶれかぶれ」が、とても強烈な迫力を持っています。 咳が酷いのでその反射痛が左の背中にあらわれ、物をいうと咳きこんで言葉がきれぎれになった。まるで言葉がまとまらない、私は、ばばばといったりひぃひぃ言ったりするだけで、腰を折り手で畳をささえ、咳のおさまるのを永い間待ったが、その苦しい間に煙草の要求が烈しく起った。ひどい心配事のあるときに煙草がのみたくなる、あの心理なのだ。咳の小止みのあいだにただ一つの救いである煙草を一服やろうと、私は煙草に火をつけた。そんな物をうけつける筈がないのに、それをとおそうとするのだ。馬鹿の骨頂なのだ。間もなく煙にむせ返って咳は巻き返して、のた打ち廻った。(『われはうたえども…』) この小説は、主人公の老作家が、「排尿」ができない病になり、それを治療する経緯を語るものですが、まさに「やぶれかぶれ」の迫力に満ちています。 例えば、円地文子に『朱を奪うもの』という、老女が自らの半生を語る小説がありますが、その冒頭には、片方の乳房を失い、子宮を取り除き、そして今度は歯をすべて抜き去った主人公の、鬼気迫る語り出しが描かれていました。 一体に「老化」を語る小説には、どこか一種「偽悪的・露悪的」な迫力を持つものが多いと私は思います。 それは言うまでもなく、人生のゴールがさほど遠くない視野の中に見え始め、なにより日々不如意になっていく、加速度的に老化していく肉体を見つめ続ける作家の、強靱な精神が紡ぎ出すものであるからです。 それに私たちは、迫力を感じずにはいられないわけです。 さてそんな老化をダイレクトに扱った小説も面白いですが、残りの3作は、直接老化を取り上げたのではなくて、自らの「嗜好」を描いた作品です。 陶器、金魚、などどれも筆者自身の実際の嗜好を描いたものでしょうが、それが一般的な程度を越えて、まさに「淫する」ように、舐めるように愛する様が描かれます。 これは、老人のエロスとも関係してくるのだと思いますが、ここにも迫力満点の「やぶれかぶれ」が読みとれます。 しかしこういった、人生の終盤における「やぶれかぶれ」の生命の炎のようなものを眺めていますと、「老いる」という状況が、まさしく人間精神の一つのありようであり、そしてそこにはやはり、例えば「若さ」と全く同等な豊饒さがあるのだと、つくづく感じます。 老いることもまた、人生の豊かさの一つの表現であります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.23
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『肝臓先生』坂口安吾(角川文庫) 上記短編小説の読書報告の後半であります。 前回の最後に到達したテーマは、かなり過激なテーマでありました。 いわく、 「坂口安吾の小説は面白くない」 えー、実際の所、本当はこんな事を書いていいのかなという気持ちはある事はあるんですね。自らの「阿呆」をこれ以上宣伝してどうするんだ、という思いもあることはあるんですね。 しかし僕は、こんな事実も覚えているんですね。 かつて、正確なタイトルは忘れてしまいましたが、『坂口安吾の随筆・評論全集』といった、確か十冊近い全集があった、と。 このことは、僕一人だけではなくて、少なくともこんな全集を出せば売れるんじゃないかと出版人が思うくらいに、安吾は随筆・評論が面白いという「共通理解」があったということ、でしょう(?)。 さて、ということで、多くの方に賛同をいただいた(おーい、いつどこで?)ところで、若かった頃の僕の話に戻させていただきます。 実はあの頃も、つまり高校時代も、安吾の随筆のたぐいについては、圧倒的な共感を持ちながらも、こと小説については、僕はもう一つピンと来ていなかったんですね。 でもそのころの「ふにゃふにゃのナイフ」(すみません。この表現は前回の拙ブログの表現を受けています)を持っていた少年は、そういうことを友人に言ったり、それ以前にそんなことを自らの意識の上に乗せることを、とても恥ずかしいと感じていたんですね。 ところがあれから幾星霜、すでに「錆びたナイフ」に狎れきってしまった元少年は、この度あっさりと思いました。 「そや、安吾の小説は、おもんなかったんや」 えー、どうでしょうか。僕は間違っているんでしょうか。 そもそも偏見に満ちたわたくしではありますが、自らの素朴な印象を大切にしながら、今回も書いております。どうですか、安吾の小説は、そのおもしろさにおいては、同時代の太宰治や織田作之助の比ではないでしょう。 これも、確か安吾の随筆のどこかで読んだことだと記憶します。(細かな言い回しは全く異なっていますが。) 三好達治が、安吾を評して、「とても大きな伽藍である。しかし中に入ってみたら、まさにがらんどうである。」と。 それを読んだ安吾も思わず笑ってしまったと書いてあったように記憶しています。 さて、随筆においてあれだけ面白い安吾が、なぜ小説については、格段におもしろさのレベルが下がるのか、そんなことを少しだけまとめてみたいと思います。 まず考えたのは、安吾の随筆等におけるおもしろさの分析であります。僕はこのように考えてみました。 (1)常識に全くとらわれないユニークな発想。(シュールなほどの合理主義) (2)詩情溢れる感性的な表現。 (2)細部に拘らないスケールの大きな分析力。 こんなあたりでしょうか。 これがなぜ、小説には生きてこないのか。 例えば安吾の小説のタイトルはなかなか魅力的なものが多いですね。今回の短編集にある作品でも「私は海をだきしめていたい」なんて、すごくおしゃれですよね。 設定も悪くないです。「ジロリの女」の、人間には人の顔をジロリと見る者とそうじゃない者と二種類があるなんて発想並びに設定はなかなかのものです。 しかしそういった趣向が(特に少し長い小説になってくると)、読んでいく内に飽きてくるんですね。 なぜ飽きるのか。うーん、実はこの先の分析については少し自信がないんですが、取り敢えず僕はこう考えました。 構成力と、読者の頭の中に像を結ばせるような描写力の不足。 うーん、どうでしょう。ちょっとこの書き方は多くの反対意見が出そうだなと、僕も思います。言いっぱなしてしまうのは良くないなとも思います。 ただ最後に、この感じ方なら多くの人にも、まー、これなら分からないでもないと言っていただけるかなと思う言い換えをしてみますね。 一単語で言う坂口安吾の小説の印象です。いわく、 「わがまま」 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.20
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『肝臓先生』坂口安吾(角川文庫) この短編集は、かつて『ジロリの女』というタイトルで出版されていた文庫本ですね。 それが、数年前でしたか、この集中の「肝臓先生」が映画化されまして、そのおかげで、「二階級特進」(?)ということで、タイトルが変わったんでしょう。 しかし本の構成は変えなかったせいで、相変わらず「ジロリの女」が全体の6割くらいをしめているという、まー、ちょっとだけ「恥ずかしい」本になっています。 かつて、(今でも、なのか知りませんが)坂口安吾のいろんな作品は、角川文庫で沢山出ていました。 そもそも安吾は、「多芸」な作家なんですね。 「純文学」が安吾にとっては本命なのだとは思いますが、推理小説を書いたり(安吾の『不連続殺人事件』は日本の推理小説の全作品中、たぶん現在でも十指の内に入っていると思います。僕も読みましたが、人間心理の裁き方に非常にリアリティを感じました)、歴史小説を書いたり、そしてなんと言っても、ルポルタージュや時代についての鋭い発言を含むジャーナリスティックな随筆・評論のたぐいですね。 懐かしいそれらの角川文庫は、今でも我が家の本棚のどこかにきっと(たぶん捨てていないと思いますが)、十数冊くらいあると思います。 さて今、僕の目の前に『堕落論』の角川文庫版があります。 この本だけがなぜ、他の安吾の本はどこに置いてあるのかも分からないのに、目の前に、つまりさっと出るところにあるかと言えば、それは、再三読み返していたからですね。 この本も僕がおそらく高校生の頃に買った本です。表紙のカバーの一部は破れており、背表紙との境の折れ目も一部破れています。 中のページは、周り全部が二センチ幅くらいで茶色にグラデーションしながら、ぐるりと額縁のように焼けています。 なかなか年季の入った本であります。 ぱらぱらとページをめくってみれば、傍線が引いてあるのに気がつきました。 そういえば、僕にはかつて、傍線を引きながらの読書をしていた時期がありました。今の僕は、面倒なもので、そんなことはしません。 例えばこんな個所に傍線があります。 法隆寺も平等院も焼けてしまっていっこうに困らぬ。必要ならば、法隆寺をとり壊して停車場をつくるがいい。我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。武蔵野の静かな落日はなくなったが、累々たるバラックの屋根に夕陽が落ち、埃のために晴れた日も曇り月夜の景観に代わってネオン・サインが光っている。ここに我々の実際の生活が魂を下ろしているかぎり、これが美しくなくて、何であろうか。見たまえ、空には飛行機がとび海には鋼鉄が走り、高架線を電車が轟々と駈けて行く。我々の生活が健康であるかぎり、西洋風な安直なバラックを模倣して得々としても、我々の文化は健康だ。我々の伝統も健康だ。必要ならば公園をひっくり返して菜園にせよ。それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生まれる。(『日本文化私観』) ……かつて『フーテンの寅さん』の映画の中で、渥美清があの艶のある声で、団子屋の中で朗々としゃべるシーンを、山田洋次監督は「寅のアリア」と呼んだそうですが、安吾のこんな個所などまさに「安吾のアリア」であります。 泣かせどころですよね。 自らには何の実力も身につけておらず、しかし社会に対しては、憎しみに近いナイフのような感情を持っている十代の少年にとって、まさにこんな泣かせどころを持つ坂口安吾の本は、「バイブル」の様なものでした。 しかし時は移り、かつての「ナイフ少年」のナイフは、「あ、錆びてる」状態になってしまいました。はは、は。(なんとなく、反省) さて、今回、冒頭の短編小説集を読んで、僕は思い出しつつ、つくづく考えました。 何をそんなに大層に、と思いますが、はっきり言うと、「安吾の小説の面白くなさ」についてであります。 「安吾の小説の面白くなさ」。 これについて、今回は少し考えてみたいと思います。 以下、次回に。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.18
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『夕暮まで』吉行淳之介(新潮文庫) うーん、困ったものですなー。 何が困ったと言って、「性」の話しです。 別にかまととぶっているわけではありませんが、性の小説は、やはり苦手だとしか言いようがないですねー。 もっともー、性の小説の得意な者が、本ブログの様に、明治・大正の小説なんか読んでいるわけもありませんしねー。 以前同作家の『砂の上の植物群』の読書報告を致しましたが、その時、この小説は、青春小説である、ビルドゥングス・ロマンであると、まー、考えれば、かなり偏ったわがまま勝手な解釈を致しました。 そのことの客観的な評価はともかく、私としましては、今でもそのように思っていますが、さて、今回の『夕暮まで』です。 えー、素朴な読後感を一言で言っていいですかねー。 本当にいいですか? ……じゃ。 「いい気なもんだ。」 しばし。しばしお待ちあれ。 私は別に、筆者・吉行淳之介氏に対して、小説家ゆう商売はおなごしにもててよろしおますなー特にお宅みたいにええ男でその上性がテーマの小説を書くやなんてお方にはなるほどおなごしが群れんなって寄ってきはるちゅうわけですなーほんまあやかりたい蚊帳吊りたい、なんて事が言いたいわけでは、これっぽっちもありません。 はい。神に誓って。 では何に対して「いい気なものだ」と言っているかと申しますと、主人公の男性に対してですね。 詳しくは書いていませんが、どうも文筆を主とする職業の、どうでしょう、四十代後半あたりの男性ですかね、そんな設定です。 この男性が、二十二歳の女性と肉体関係になるという話なんですね。 ただ、ちょっと眼目があるとすれば、その女性は、とても肉体的処女性を大切に考える娘さんで、性器的結合だけは頑として拒む、しかしそれ以外は何でもオーケーよという、まーなんというか、はっきり言うとちょっと「アホらしい」設定です。 えーっと、ここまでの私の書きぶりで気がついた方もいらっしゃると思いますが、私はこの小説に対して、ほとんど理解ができていないんですね。 例えば、上記にわざと滑稽に書いた女性の設定ですが、こんな女性に、リアリティって、本当にあるんでしょうか。 主人公の男(佐々)についてもそうです。この男は結婚して、娘もいるんですよ。 こんな表現があります。 身仕度をしていると、部屋に入ってきた妻が、「お出かけなの、イヴぐらい、直子につき合ってやったら」「直子は、中学二年だったか、三年だったか」「薄情ね、二年生ですよ、自分の娘なのに。でも、なぜ出かけるの」「なぜ」 鸚鵡がえしに言って、佐々は考えた。なぜ、だろう。 えー、この男はアホですか。それともアホの振りをしているんですか。 さらに言いますと、(まさかそこまでそんな、とは思いますが)筆者は、この男をアホと分かっていて書いているんでしょうか。 そして、こんな男に、本当にリアリティはあるのでしょうか。 どうも、この辺が分からないんですね。 こんな設定に、ある世代の人たちは、またはある社会的階級の人たちは、リアリティをお感じになるんでしょうか。 という風に考えていくと、もちろん別の考え方も、当然生まれてきますね。 いわく、この小説は、リアリティなど必要としない方法で、男と女の関係の深部・暗部を追求したものである、と。 でもねー、なんかそんなのって、集団催眠か何かに懸っているのと同じじゃありませんかぁ? 確かに、この筆者はデビュー当時から男女間の肉体と心理の有り様を、性を中心に深く追求なさってきた方ではありましょうが、……え? 何ですって? この作品は、野間文芸賞受賞ですって? ……何か、みんな、どっか、おかしいんとちゃうやろか。……やっぱり集団催眠かなんかじゃないでしょうかねぇ。 やはり、「性の小説」は、苦手であります。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.16
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『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』芥川龍之介(岩波文庫) 新聞だったか何かで読んだんですが、教科書から夏目漱石、芥川龍之介の小説教材が姿を消した、と。 もちろん全ての教科書からそれらが一斉になくなったわけではないでしょうから、これで一気に漱石・芥川の小説を読む授業機会が失われたわけではないと思います。 また、これも昔からよく言われていることですが、教科書に載ったりするから面白くなくなるのだ、と。授業なんかで、たどたどしい手つきで「腑分け」みたいなことをするから、その小説はつまらなくなってしまうのだ、と。 確かに、森鴎外なんかは『舞姫』が教科書に載っている(載っていた?)せいで、すっかり敬して遠ざける作家になってしまったような気がします。 『舞姫』もしっかり読めば、とても色っぽい面白いお話だ(同棲していた女性が妊娠したと分かったとたんに捨ててしまう話ですから)と言うことに気がつくんでしょうが、いかんせん、あの擬古文は、ちょっと辛いですよね。 お弁当を食べた後の、午後の授業の辛かった事を、何となく思い出します。 さて芥川の基本中の基本『羅生門』です。 あと、芥川の基本といえば『蜘蛛の糸』『杜子春』『トロッコ』あたりでしょうかね。 でも今挙げた三作が、まぁ、中学校までであるのに対して、『羅生門』は、高校教科書でしたよね。 今回、この短編集を読みまして、なるほどね、と少し納得しました。 『羅生門』と『鼻』、デビュー作と、有名な漱石の激賞小説ですね。 今回、ちょっと気合いを入れて読んでみましたが、なるほど、若い芥川の才気に溢れた作品だなと、とても思いました。 芥川は、かなり自信があったんじゃないかと思います。 例えば梶井基次郎の『檸檬』が、その時代、とても「バタ臭い」小説として読まれていたように、この王朝物語の「パロディ」は、とても都会的でハイカラで、そして優雅だと感じました。 そして、なぜ『羅生門』が高校生向けなのかということですが、『鼻』も含めて(あるいは『鼻』のほうがより強く)、これらの小説には、かなり強い「ニヒリズム」が見られるように思います。 これは、人間の心理、ということは、人間の存在そのものに対する、かなり根深いニヒリズムだと感じました。 一種の「緊急避難」状況下での、それでも骨絡みになっているエゴイズムのいやらしさですかね。 こういうものをずっと見続けねばならない精神には、ちょっと息のつけるところがないんじゃないでしょうか。 まさか、デビューしたての芥川に、晩年の自らの状況が予測されたとは思いませんが、まさしく彼の小説作品には、最後の『歯車』あたりまで、一本の線に連なっているように思いました。 一方、『偸盗』ですが、これはこの短編集の中で最も面白かったです。 ここには、作品がもっと膨らんでいく可能性を持っていたであろう、複数のストーリーの絡み合ったおもしろさがあります。 ただ、どうなんでしょう。ちょっと、「根元的」な話なんですが、芥川は、本当に長編小説が書けなかったんでしょうか。 あれだけ、短編小説についてはあらゆる技巧を駆使した芥川に、長編小説が残っていないと言う事実が、それを物語っているとは思いますが、うーん、「書かなかった」んじゃないですよね。(まぁ、両者にさほど違いがあるとは思いませんが。) 『偸盗』はとても面白い小説でしたが、しかし読み終わるとどこか不十分で、いわゆる「短編小説の悲しさ」みたいなものを感じました。 例えば芥川と同時代人(少し芥川の方が後輩)で、「ライバル」でもあった谷崎潤一郎を、ここに比較すると、その差は明らかです。 『偸盗』の登場人物、「太郎・次郎・沙金」の三角関係に近いものを描いている谷崎作品に『卍』がありますが、ストーリーの展開において、谷崎の二枚腰・三枚腰、粘りに粘って、読者を次々に欺きながら強引に進めていくあの「粘着性」が、芥川には見られません。そんなところ、芥川は都会的で繊細で、そしてとても淡泊です。 この作品は、芥川自身、素材については気に入っておりながら、作品としては不満足なものとして改作の意志を持ちつつ、生前の全集には未収録であったと。 しかし、その意志が実現されなかったと言うところに、芥川の一種、「悲壮感」の漂う人生の佇まいがあったような気がします。 最後に残った『芋粥』ですが、これは、全体の作りが少しいびつな感じがして(例えば、利仁の扱いや狐の扱い)、余りよく分からなかったです。 テーマが、「望みは叶わないうちが華」というだけでは、少し弱いと思いました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.13
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『二葉亭四迷伝』中村光夫(講談社文芸文庫) 少し前に、小林秀雄の『モーツァルト』の読書報告を書きましたが、その時は、モーツァルトに対する批評の、筆者の切り込み方の角度みたいなものについて触れました。 特別な意図があったわけではありませんが、素直にあの本を読んだ感想がそうであったわけですね。 ところが今回、上記の本を読んで、筆者の、描いた対象(二葉亭四迷のことですね)への「距離」の取り方(素材の料理の仕方ですよね)については、全く興味が感じられませんでした。 それはなぜなんでしょうね。 長編評論と、かたや短編ということもありましょうし、なにより小林秀雄のあの文章には、いかにも小林色が全編に溢れていましたから。 なるほど、そんな理由がだいたい当たっているところかも知れません。 ともあれ、今回の長編文芸評論の感想について僕は、筆者・中村光夫に対する興味・関心を全く感じませんでした。 これは、筆者の狙い通りのものなのか、さにあらぬものなのか、少し分かりません。 しかし一方、本書に描かれていた二葉亭四迷の人生の意味については、とてもとても、僕は興味深いものを感じました。 さて、二葉亭四迷の亡くなるまでを描いた本書を読み終わって、まず一つ、ため息をつくように疑問に思ったことがありました。それはこんな事です。 「本人が嫌で仕方がないと感じている仕事に、この上ない才能を発揮する、なんて事がはたして成り立つのだろうか。」 成り立つかといったって、ここに二葉亭四迷の実例があるじゃないかと、いわれればその通りなんでしょうが、なにか、ピンと来ません。そんな事ないですかね。 少し考えられるのは、今、僕は「この上ない才能」と書きましたが、才能はともあれ、実際の二葉亭四迷の小説作品はまとまったものとしては三作、それも、全てが未完(あるいはそれに準じるもの)でしかないということであります。 うーん、僕の、勇み足ですかね。 結果として現れていない「才能」なんて、「絵に描いた餅」(?)ですかね。 しかし、これだけ「文士=小説家」であることを嫌がった「文士」って、ちょっと考えられないですね。(もちろん「文士」に対する社会的理解が、今とは大きく異なっているせいもありましょうが。) 彼にとって小説家になるとは、「一枝の筆を執りて国民の気質風俗志向を写し、国家の大勢を描き、または人間の生況を形容して学者も道徳家も眼のとどかぬ所に於て真理を探り出し以て自ら安心を求め、かねて衆人の世渡の助ともなる」ことでした。(中略) 彼が「浮雲」を中絶して、小説家たることを放棄したのは、ここに述べたような小説家の使命が、自分の力では到底達せられないことを感じたからです。 筆者はこのように書いていますが、結局、二葉亭四迷の悲劇は、あたかもドン・キホーテのような並はずれた理想主義がその根底にあり、その上に、自らが自らの仕事であると思ったことに対しては極めて潔癖かつ完全主義的であったこと、さらにもう一つ付け加えれば、自らのそんな仕事に対しても、冷静な客観的批判力を及ぼしてしまったということでしょうか。 いわば彼は、近代国家が曲がりなりにもできて、何とか格好だけでもと必死になって作っていた明治の前半に、「小説を書く以上は、ロシア文学に匹敵するだけのものを書かねば意味はない」と本気で思った人だったわけです。 (ついでに、彼のインテリゲンチャへの嫌悪感も同根のものですね。そしてそれは、鴎外・漱石にも共通のものでありました。) 以降、彼の生涯は、内面が虚無感に覆われた「流浪」の人生となります。「ある先駆者の生涯」と筆者が副題をつけた、その「先駆者の悲劇」となってしまうわけですね。 しかし、最後に思うのですが、四迷は、ロシア語を学ぶ過程で、第一流のロシア文学に直接触れ、そして、第一流の批評眼を手に入れるわけですね。 我々は優れた「批評者」や「表現者」になるためには、第一流のものに触れねばならぬとよく耳にしますが、彼の場合なんかは、そのことの「不幸」といえるのではないでしょうか。 今、ふっと思ったのですが、こういうのを古人は「智恵の悲しみ」と言ったのかも知れませんね。(間違っているかしら?) よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.11
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『足摺岬・絵本』田宮虎彦(角川文庫) 上記短篇集紹介の後半であります。 前半は、要するに本短篇集が、全くどの作品を取り上げても「真っ暗だ」と言うところまで述べました。 そしてその原因について、とりあえず二つ、「戦争」と「貧困」を取り上げ、「戦争」について、一例を示してみました、いえ、示そうと思った辺りで途切れてしまいました。 じゃ、そこから、行きます。 次の文は、幕末の動乱に、薩長の官兵のために肉親を陵辱され、惨殺された旧幕臣の義介と斧太郎のうち、斧太郎が今度は西南戦争に「巡査隊」として参加した後の部分であります。 「俺は逃げおくれた奴を崖っぷちに座らしておいて首をおとしてやった。蛙が池にとびこむように、両手をのばして首のない奴が崖の下にとびこんで行く。我らもやられたことだ」 篠遠のだみ声がつづいた。そんな喧しい言葉が部屋の中を這いまわるようにかわされているのを、義介は盃をなめながらじっとききいっていたが、ふっと思いついたように、 「それで気が晴れたか」 ぽつんと言った。ざわめきが一瞬灯のきえたように途切れた。あびせるように、 「--晴れはすまい」 義介の声は深淵にしずんでゆく小石のようにぼそりと冷たくつづいた。(『霧の中』) この「暗さ」はもちろん、無意味な殺戮が生み出す「憎しみの連鎖」を述べているのだとは思いますが、それらを含め、そしてもう一つの原因として挙げた「貧困」も含めて、本当はその底に、「近代国家の中で人間が生きるということ」の暗さが、滔々と流れているように思います。 本短篇集のどの作品を取り上げても「真っ暗」の中で、後半は『絵本』の登場人物紹介を通じて、この暗さの一端を説明してみたいと思います。 時代は、昭和初年(上海事変の翌年)の東京の下町、どん底のような街です。 「主人公の大学生」→田舎から上京。父に反対されながらの大学進学ゆえ、父からは一切送金がない。「謄写版の原紙きり」の仕事で学費をたてようとするがとても間に合わない。学業継続に暗澹たる思いを抱いている時、胸の痛みを覚え、かつて煩った「肋膜」の再発に怯える日々。 「主人公の住んでいる下宿の一家」→一家の主、父親は仕事が無く、子供の多い中、爪に火を点すような暮らしぶり。主人公と話をする13歳の長男は、脊椎カリエスのため寝たきり。 「主人公の隣室の中学生」→田舎から上京。新聞配達をしながら、そして「リューマチ」を煩いながらの苦学生。父親は死亡。その理由は、長男(中学生の兄)が戦争で捕虜になったことに罪悪感を覚えたため。一方母親は、教員資格がありながらも、同じ理由で田舎で職に全く就けない。 どうです。ここまでだけでも、強烈に「暗い」設定であることが分かりますね。しかし、話はさらに、こんな風に進んでいきます。 ある日、中学生が追いはぎの濡れ衣を着せられて警察に捕まるという出来事が起こります。幸いにしてその濡れ衣は晴れ、中学生は帰ってくるのですが、警察の暴行によって、頬には真っ黒い痣が残り、唇は裂けたザクロの様に割れています。 以下、本文です。 「金が欲しかったんだろうといって、竹刀で打ったんです、それから、兄貴が捕虜なら、貴様は赤だろうって、また打ったんです」といった。 私にはかえす言葉はなかった。ただ「傷なんかすぐ直るよ」といったに過ぎなかった。そして蒲団をしいてやり「今夜はゆっくり寝るんだな」と、中学生をそっと抱いて蒲団に横たわらせてから、私は部屋に帰って来た。 中学生が、青山墓地のえんじゅの木で縊死していたのは、それから二日たったあとの雨の夜のことであった。 ……最後に一つだけ付け加えておきますね。 これだけ「重い」話が書かれていながらも、その描写がやさしく丁寧なため、さほど読んでいて辛くありませんでした。 それに、さすがに話がどんどん暗くなっていく後半には見られませんが、前半部、時に、ふっと爽やかな、叙情溢れる描写があったりして、息がつけます。 去年でしたか、小林多喜二の『蟹工船』がちょっとしたブームになりましたが、この小説、『蟹工船』より遙かに「暗い」ですよー。 誰か、この小説の再販売の仕掛け人になりませんかね。 この不安な時代に、ズバリ! 売れると思います。(だめですかね?) よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.09
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『足摺岬・絵本』田宮虎彦(角川文庫) 時々本ブログに現れる、我が家の本棚の肥やし『筑摩現代日本文学大系』ですが、その73巻目に、四人で一冊の配当ですが、田宮虎彦の作品が載っています。 この全集本は、作品部分の冒頭にその作家の筆跡のページがあって、いろんな作家がいろんな事を書いている直筆が印刷されてあります。 例えば、夏目漱石の巻には、有名な「則天去私」の掛け軸の文字が印刷してあります。 少し別なのも見てみましょうか。 やー、さすがこの作家、というのを一つ見つけました。こんな文です。 沈黙は金 なみだは真珠 花はふるさと 気の弱い友 こんな名文(迷文)を書く作家は誰でしょう? はい、答えは、この「気の弱い友」の後に、実はもう一文字書いてありました。「治」と。 そんなページがあるんですが、さて今回の報告小説の筆者、田宮虎彦のページには、こんな一文が書かれています。 たとえ醜い真実であっても 真実の中には人間を磨き上げる美しさがある なかなかいいことが書かれてあるとは思いますが、最初はあまりぴんと来なかったんですね。しかしこの度、この筆者の短編集を初めて読みまして、うーん、なるほどなー、とつくづく思いました。 何をなるほどなーと思ったかと言うことですが、その前に、僕はこの短編集の中の一作『絵本』について、ちょっと自信のない思い出があります。 それは、この『絵本』という小説を高校の授業で習った覚えがあるというものであります。 それがなぜ「自信のない思い出」なのかというと、今回『絵本』を再読して(かつて一度読んだことがあるのは間違いありません)、本当に、思いっっっっ切り! 暗い話であることに吃驚したからであります。 こんな、思いっっっっ切り暗い本を、本当に教科書に載せていたのだろうか。 こんな、思いっっっっ切り暗い本を、ティーンエイジャーに読ませることに一体どんな狙いがあるのだろうか、などと考えていくと、むしろ僕の記憶の方が間違っている(こんな小説は、やはり教科書には載っていない)と考える方が「ノーマル」な気がする、ということであります。 どなたか、私も高校の国語の教科書で読んだという記憶をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご一報いただければ幸いに存じます。 ということで、冒頭の『筑摩』の筆者の直筆文の「謎」が解けた(?)ことと思います。 本短編集には七つの小説が収められてありますが、とにかく全品尽くが、思いっっっっ切り「暗い」です。 何によって暗いかと言いますと、「戦争」「貧困」というあたりが取り敢えずの理由であります。 例えば、「戦争」の暗さというのは、どの戦争についてかといいますと、もちろん中心は第二次世界大戦なのですが、作品の中には、戊辰戦争にまで遡ったものもあります。 やや話がそれますが、山田風太郎の「明治小説集」の中にも、特に東北地方における戊辰戦争の悲劇について触れた作品があります(『幻燈辻馬車』など)。 そういった作品を読んでいると、近代国家というものが、その誕生期においてすでに、国民個人に対して時に牙を剥いたような苛烈さで臨むものであることが、ありありと分かります。 そして山田風太郎は、そんな明治という時代を「一つの地獄のような時代」と述べています。 (司馬遼太郎も、一般市民に対してその肉体の抹殺までも強要することのある国家という存在は、明治維新によって初めて生まれたと説いていました。) えっと、ちょっと中途半端な形になってしまいましたが、以降、後半へ続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.06
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『プレオー8の夜明け』古山高麗雄(講談社文庫) 小説家の才能というものは、基本的に奇妙なものだとは常々思っています。 それは僕が別に小説家を蔑視しているんじゃなくて、小説家的才能というものに、ほとんど「汎用性」がないことは、三島由紀夫も何かに書いていましたし、太宰治もそんなことを言っていたと思います。 中島敦の『憑依』というなかなか面白い短編小説も、まー、それがテーマだといっていい作品だと思います。 僕は何を言おうとしているかといいますと、えーっと、簡単に説明しますと以下の年表の内容です。これは、今回取り上げた文庫の巻末についていた、筆者自筆年表の一部です。 昭和十八年 (23歳)・南方クアラルンプールに駐屯。 昭和十九年 (24歳)・ビルマ駐屯。中国雲南省での作戦に参加。 昭和二十年 (25歳)・ラオスにて俘虜収容所に転属。終戦。 昭和二十一年(26歳)・俘虜収容所勤務のため戦犯容疑者になり、 サイゴン中央刑務所に拘留。 昭和二十二年(27歳)・禁固八ヶ月判決を受けるが未決通算により翌日釈放。 11月復員。 ……………… 昭和四十四年(49歳)・小説『墓地で』発表。 昭和四十五年(50歳)・小説『白い田圃』、『プレオー8の夜明け』発表。 『プレオー8の夜明け』にて芥川賞受賞。 おわかりになりますよね。 作家的才能とは、二十代中盤で経験したことを、二十年以上後の四十代終盤の年になって、現前に広がっているかのごとく、驚くほど瑞々しく書くことのできる才能であります。 こんな才能は、普通の人にはあまりみられないし、それに普通の人には、そもそもあまり必要のないものですよね。たまに酒の席で、昔のことをやたらに詳しく覚えているヤツということで、周囲の人に、感心されるか顰蹙を買うかのどちらかくらいなものでしょう。 さて、本書には、年表中に挙げた三つの短編小説が入っています。 テーマは、一言でいうと「徹底的に反戦を描く」であります。 ただ、例えばよく似た状況を書いた大岡昇平の『野火』『俘虜記』と、いかに内容、描き方が異なっているか、それは一種、驚くばかりであります。 この違いは、筆者の資質の違いもありながら、やはり発表時期の問題でしょうね。題材を、二十年間寝かして、醗酵させた結果と考えるのが正しいと思います。 筆者が、上記の「徹底的に反戦を描く」ための「武器」としたのは「ユーモアと性的なるもの」であります。 本書には、戦場で、俘虜収容所で、実に頻繁にこの両者のイマジネーションが出てきます。 考えてみれば、この両者は、人間が人間を殺害する限界的状況である「戦争」のアンチ・テーゼとして、いかにもふさわしいものでありますよね。 私なら、もし、あの若夫婦のポンピエとミミを見ても、誰にも言わない。大事に、自分ひとりで暖める。あの女は、昼間よく縁側であぐらをかき、黒い、豊かな乳房をあらわに出して、子豚を二匹両腕に抱いて吸わせていた。赤ん坊だけでは乳が余るのだろう。夜はランプの灯を細くして、愛し合う。それは私たちにとって、魅惑的な世界でないはずはない、と思うのだ。(『白い田圃』) こういった「魅惑的」な「性的」な世界は、軍隊組織の中では、当然ながら居場所を持ちません。その居場所のない世界を求めて反戦のための消極的抵抗を行うというのが、本小説のテーマ(特に前二作)ではありますが、それはやはり、最終的には挫折せざるをえません。 しかしそうであるほどに、そこに至る過程を描いた瑞々しい筆致と、極めて「知的」な抵抗のあり方が、本小説の最も魅力的な、優れた部分になっていると思います。 そんな意味で言えば、作品舞台が終戦後の戦犯収容所である『プレオー8(ユイット)の夜明け』は、最もユーモラスな筆致と性的なエピソードに溢れながらも、既に非人間的軍隊組織が無くなって「抵抗」の対象ではないからか、ややそれらのものに食傷気味な感じがするようです。 もっとも、この感想は、僕の極私的な好みなのかも知れませんが。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.04
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『ポポイ』倉橋由美子(新潮文庫) この小説には、ほとんど「脳だけの存在」とよべる人物(?)が三人出てきます。 時は21世紀も30年くらいが過ぎた頃。 元総理大臣で引退後も政界に隠然たる勢力を持つ老人(主人公の若い女性・「舞」の祖父)の家に二人のテロリストが侵入、老政治家とのやりとりの後、テロリストのうちの若い男が切腹、そして介錯されます。(介錯した男もその直後に自殺。) その夜、その老政治家は脳梗塞で倒れ緊急治療されます。 しかしそれ以降、首から下はほぼ不随状態、そして口頭での意思表示を一切しません。その代わり、コンピューター用いての筆談が可能で、意識についても特に後遺症は見えません。 一方、介錯された青年の首は直ちに脳研究所に運ばれ、人工心肺装置、人工血液供給システム等を着けられた後、「舞」によって日常的な面倒を見られるようになります。 「舞」に「ポポイ」と名付けられた青年の首は、「水盤に活けられた花」のように「生存」しながら、マウスピースを填めることでコンピューター・ディスプレイ上の筆談をすることが可能になります。 後もう一人、「慧君」という主人公「舞」の従兄弟に当たる青年が出てくるのですが、この人物については、魅力の片鱗が伺えながら充分に描かれていません。(あるいは、いわゆる「倉橋ワールド」に馴染んでいる読者には分かる、その世界の住人なんでしょうか。) この青年については、自らを「スーパー・ノヴァ」と称して、「何億という葉と宇宙まで伸びる枝をもった途方もないネットワークの樹木」と化した人物、「いわゆる孤高の存在」とだけ書かれています。 (この人物は、主人公「舞」が幼い頃から深い関係を持っていた人物でもあり、また「政治・社会・宗教」など人間存在に必須の「集団」に対する寓意を表現する人物なんでしょうが、イメージがよく分かりません。) さてこの「脳だけの存在」の三人、特に「ポポイ」と、「舞」並びに彼女を取り囲む数名の人物(富豪や政治家などの親族、脳科学者の婚約者、大学の友人など)との奇妙な関わりを描いたのがこの小説です。 えーっと、こんなお話しは、いわゆる「寓話」です、よね。 ただ、そう簡単に寓意が読み切れるものではありません。いえ、ひょっとしたら、寓意など始めから作品に含まれていないのかも知れませんし。 そもそも倉橋由美子は、本作の「脳だけの存在」などのような、シュールな題材と展開を通して、極めて寓意性に満ちた、そして、社会・集団・人間存在などに対する辛辣な諷刺に富んだ作品を得意としてきました。 そして、そんな「倉橋ワールド」を僕は、かつて愛読してきたと思っていたんですが、今回、久しぶりに筆者の小説を読んで、あれこれ考えたり思い出したりして(今回もまた極私的記述で申し訳ありませんが)、実は僕はほとんど倉橋由美子を愛読していないことに気づきました。 僕は「倉橋ワールド」を恐がっていただけなんですね。 怖かったんで、とりあえず本を買いまして(ほとんど文庫本ですが)、読んだり読まなかったりしまして(未読の文庫本が沢山ありました)、そしていつの間にかそれから離れていき、誤った「愛読」記憶だけを残した、というわけでした。 ポイントは、筆者の小説について、他の作家に比べかなり多く「持っているのに読んでない文庫本」がある、というところです。 もちろん読んだことのない作家なんて星の数ほどありますし、買っても読んでいない文庫本もたくさんありますが、同筆者の文庫本を結構揃えておきながらあまり読めていないということは、いったいどういう事でしょうね。 ひょっとしたら、こんなのを「トラウマ」と言うんじゃないでしょうか。 えーっと、この「トラウマ」の原因は、何となく分かりました。たぶんこういう事です。 (1)筆者独自の、何というかクール、ドライ、シニカル、または辛辣、優雅、厳か、などまるで結晶のような硬質な文体並びに作品展開に、強烈に惹かれつつ嫉妬している。 (2)筆者の鍛え上げたような強靱な知性に、もうこれははっきり嫉妬しつつ恐れている。 というわけで、久しぶりに「倉橋ワールド」に触れて、若い頃の自分の「みっともない」精神状況を(思い出したくなかったんですが)思い出してしまいました。 ただ、倉橋氏も亡くなってすでに数年が過ぎ、僕自身も倉橋氏の没年齢に近づきつつあり、今後ならば、あるいはもう少ししっかりと、かつ楽しく「倉橋ワールド」を読めるかも知れません。 本の小口からページから、ほとんどが茶色く変色してしまっている十冊ほどの未読本を、よく売ったり捨てたりもせずに置いてあったものです。(こんなところにも「トラウマ」の片鱗が見られますか。) よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末にほんブログ村/font>
2010.03.02
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