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昨日、朝のニュースでちらっと放送されていたが、Fender社が創立60周年なんだそうです。私は前に2本の愛器を紹介したとおりGibsonユーザーで、好みも勿論Gibson派です。 しかしこんな私でも実はFenderギターを1本所有しています。75年製Stratcaster(写真参照)。もう5年くらい前か、バンマスKさんからフジロックの3日券と物々交換したものです。Kさんは当時、ニューギターを購入し、リッケン2本、グレッチ2本体制を整えたため、どうしても在庫整理が必要だったようで、長年使用していたこのストラトを養子に出す覚悟を決めたようです。70年代末頃中古で購入した、れっきとしたUSA物です。70年代のストラトらしく、ナチュラルカラーにラージヘッド。私の好みのルックスです。しかしながら、ボディとネックを除き、パーツ類は全て交換されています。写真:ピックアップとボリュームはこんなかんじ まず、ペグはシャーラー製、ナット及びブリッジはブラスに交換。これはKさん購入当初から既に交換されていたようです。Kさんも一度金に困り売りに出そうと楽器屋に査定してもらったところ、納得いく金額が提示されず、「こうなったらとことん改造を」ということで、他のパーツにも手を入れたとのこと。 Kさんが手を入れた部分ではピックアップを当時レッドウォーリアーズのシャケが使用していたビルローレンスのバータイプの物に交換。さらにリアのカバーは黒に。これはシングルコイルではなく、ハムなんだそうだ。私が弾いている限りはストラトの音なのですが。やはりGibson系のハムと比べると繊細な味付けなのでしょう。また、ボリュームとトーンノブを白から黒に交換。どうやら一度リフレットもしているらしいです。ということで、木以外は全て別物になっているのです。 写真:ラージヘッド表裏。裏を見るとぺグ交換のネジ穴がわかります。 私も最近やっとこのギターの音の良さが解ってきました。よりピュアな、アンプダイレクトなトーンを好むようになったからでしょうか。しかしボリュームの調子が最近悪く、音がとぎれたり小さくなったりするように。またトーンノブもグルグルと360度回転してしまい、効いているかどうかもよくわからない状態。ポッド交換の時期のようです。またフレットの減りも目立つようになりました。お金に余裕があればフレット交換もしたいところです。写真:塗装がはげたジョイント部分塗装も経年変化により限界にきており、暑い夏の日には、ベト付くようになります。ネック部分も周辺からポロポロと剥がれます。でも塗装が剥がれ汚くなったメイプルネックは貫禄があって好きです。バンマスが長年大切にしてきたギターですし、私も気に入ってますので、今後も可愛がってやろうと思います。
2006.10.31
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今日は不定期連載、私の音楽遍歴の続きです。ああ青春。4階の教室、ベランダから遠くに見える女子高に訳もなく手を振る毎日・・・・ 1987年、僕は地元の普通高校に入学した。男子校だった。同じ中学校から進学したk君(バンマスKさんとは別人)と仲良くなった。優秀な男だった。厳しさでは有名な国語の教師Mをして「国語ならkの右に出るものはいない」と言わせしめたほどの男だ。文学部の部長をしていた反面、熱狂的なメタルヘッズだった。彼との出会いは僕の音楽人生にとって、これからの10年間を大きく左右することになる。 相変わらずジャーニーに入れ込んでいた僕は、ある日ショッキングな情報を得た。「ジャーニー解散」・・・ ジャーニーは先のヒットアルバムRaised On Radioリリース段階において、既にベースとドラムが脱退し、残り3人での活動を余儀なくされていた。3人の関係も良好とはいえないようだとのニュースも聞こえてきていた。不穏な空気はあったのだ。 ここで僕の音楽熱は少しベクトルをずらすことになる。ふと1年前にレンタルしたヴァンヘイレンのアルバム5150を聴き直した。発売当時は「激しすぎる」と思って、テープに落としたもののお蔵入りとなっていたが、なぜか今になってピンと来た。エディのギターは、今まで聴いてきたどのギターよりも魅力的だ。タッピングを駆使した華麗なギターソロはもちろんだが、特筆すべきはバッキングのリフワークの異常な格好良さだ。 ここにきてやってきたマイ・ヴァンヘイレン・ブームは当分続くことになる。時代はCD全盛期になっていた。5150に続き88年のOU812アルバムはCDで購入した。k君に「借りるかい?」というと、ガッツポーズを作って「貸してくれ!是非貸してくれ!」と喜ばれたのを覚えている。 時代はバンドブーム。国内では「イカ天」が放送され、原宿のホコ天では多くの「ビートパンク」と呼ばれるバンドが所狭しと演奏していた時代。ブルーハーツとジュンスカが人気を二分していた時代。海外ではハードロックが全盛期で、誰もがボンジョビやホワイトスネイク、デフレパードを聴いていた。古き良き時代。 中学までは成績はトップクラスだったが、本来勉強は好きではなかったので、成績はどんどん落ちていった。授業についていけず、初めて挫折を味わった。夜中に長渕剛のSTAY DREAMを聴いて一人泣いた・・「くよくよ~するなよ!あきらめ~ないで!Just Like A Boy!」ああなつかしや青春・・・ 高校3年生、ヴァンヘイレンがついに来日したが、当時のお小遣いではライブを見に行くなど到底できなかった。夏には軽井沢で、サンタナ、ジェフ・ベック、バッドイングリッシュによる野外ライブが催された。バッドイングリッシュはジャーニーのニール・ショーンとジョナサン・ケインが新たに結成したバンドだ。見たくてウズウズしたが、これも当然見ることはできなかった。 そんな女っ気のない、素朴な高校時代は、某社への就職内定と受験の失敗で終わりを告げる。僕は大学進学や浪人となる同級生を尻目に、いち早く社会へ旅だった。何故か大学には固執しなかった。浪人などまっぴら御免と思っていた。弟二人がいる以上、自分にこれ以上金はかけられない、親には迷惑かけたくないとも生意気に考えていたような気もする。k君とT君は東京の同じ大学へ現役で進学し、奇しくも同じ寮で生活することになる。この寮は、僕が社会人になって東京へ遊びにいく際の定宿になる。本当はいけないんだけどね。僕のロックンロール・ライフは大人になっても続いていく・・・ 続く
2006.10.28
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先週あたりに入手した情報。バンマスKさんが某市中心商店街で行われるストリートライブに出演するとのこと。Kさんからのメールでは、どうやら本来出場のバンドが、バンドとしての出演ができなくなり、そのバンドのリーダーSさんからユニットでの出演を頼まれたとのこと。そのバンドリーダーも実はわが社の職員だったという、ほんとにわが社は豊富な人材を抱えているわけですが、私も一度その方とはお話する機会があり、人柄もよく、同世代で家庭をもちながら積極的な音楽活動をしている様子には大変感銘を受けております。ちなみにバンドも一度ライブを拝見しましたがとてもイカシテイマス!レベルの高いバンドだ!で、そのストリートライブ、家族で買い物に出かけたついでに立ち寄ってみました。とてもリラックスした雰囲気で、良かったと思います。バンマスはグレッチのフルアコにVOXのミニアンプ、Sさんはエレアコにブルースハープ。VOは主にSさんでしたが、声がいい。ギター弾きながら安定した歌声を聴かせてくれます。バンマスも練習不足を心配していたようですが、いつものKさん節で良いプレイを聴かせてくれました。バンマス、お疲れ様でした。けっこう楽しめて演奏できたんじゃないでしょうか。
2006.10.22
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21日土曜は久々にザ・ダイナマイツの4人がそろい、スタジオで練習しました。ザ・ダイナマイツは私のサイド・プロジェクトバンドで、私のハードロックエネルギーを放出する場でもあります。本家バンドは東京在住のメンバーがおり、2回に1回の上京しての練習が、家庭的な事情でどうしてもできなくなったのが、現在私が一時脱退している理由なのですが、このバンドは4人とも県内在住、それぞれ家庭をもち忙しい身ながら時間をやりくりして時折ストレス解消に集まるバンドです。始まりは私の職場の先輩に対するギター教室からです。なので、30代で全く初めて楽器を触ったメンバーを2人含んでいます。もう5年ほど練習しましたので、けっこう上達しましたし、細かいミスは気にせず楽しくロックンロールしています。本日は半年ぶりくらいでしょうか。みな忙しく、日程を合わせるのが大変です。本日の練習曲1 HIGHWAY TO HELL/AC/DC2 LET THERE BE ROCK/AC/DC3 DETROIT ROCK CITY/KISS4 LOVE GUN/KISS5 THE TROOPER/IRON MAIDEN6 SURRENDER/CHEAP TRICK以上のように、70年代後期あたりの古き良きハードロックをプレイ。私は愛器SGにFENDERのBLUES.JRを持ち込んでリードギター、Voもとります。エフェクターはなるべく使わないのが信条。BOSSのSUPER OVERDRIVEをブースターで使う程度です。
2006.10.22
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今日は私の音楽遍歴第2弾、中学編です。 レンタルレコードに通い始めた小6当時は、洋楽にはあまり興味を持たなかった。担任の先生は、流行していたマイケルジャクソンのスリラーをカセットに落として聴いていたようだ。通勤車の中にテープがあったのを記憶している。T君はその頃から「洋楽ってかっこいいよな?」と反応を示していたから、僕よりは目覚めが早かったかもしれない。 いずれにしても、きっかけは中学2年だった。これまた近所の同級生I君とよくつるんでいたが、I君からトンプソンツインズのテープを借りたのが初の洋楽体験だったと記憶している。彼には2人の姉がおり、デュランデュランやカルチャークラブをよく聴いていたようだ。やはり年上の兄弟がいるとこの手の情報も自然と入手されるようだが、僕は長男で兄も姉もいなかった。情報の入手は自力だ。彼の影響で興味を持ち、いろいろと聴きあさるようになった。FMもよく聴いた。ベストヒットUSAは欠かさず見た。この手のテレビ番組は深夜枠にとても多かった。とにかくこれらはベストテンや夜ヒットには絶対出てこない音楽。全てが新鮮に感じたのだ。 ある日、ベストヒットUSAで上位に食い込んだジャーニーに興味をもった。いつもビデオが流れない。ジャケットが映るだけだ。VJの小林克也によれば、今回のアルバムRaised On Radioは「音楽発信の原点に戻り、ラジオのオンエアにこだわるためPVはつくらない」のだそうだ。カッコイイ、MTV全盛期の時代に反抗的だ、と子ども心に思ったのだが、この主張は、3枚目あたりのシングルカットであっさりと方向転換され、大人の事情ってやつを思い知らされる。 まあ最初のシングルBe Good To Yourselfは映像が無かったから、いったいどんな連中なのか、興味をそそられた。そんな時たまたま土曜夜11時から放映していたテレビ東京の洋楽番組がジャーニー特集で、これを視た僕はすっかりやられてしまったのだ。なんというか、ロックバンドの格好良さにだ。 それまで聴いていたa-haやwham!とは明らかに違う音像・・・歪んだギター中心の音楽に心躍った。またジャーニーはメロディが良かった。ロック入門編にはうってつけだ。で、レコード店へ向かって初めて買ったLPがRaised On Radio。さらに興味は深まり、時代を遡及してジャーニーのレコード収集に走った。当時のお小遣いは月3000円に増えていた。他を我慢すれば1ヶ月に1枚のLPが買える。根気強く探し回り、ジャーニーを買い続けた。 中学3年生になった。他にもいろいろ新譜は聴いたが、基本的にはジャーニー一辺倒ですごした。たぶん廻りに理解を示してくれる同級生はいない。ハー坊とT君だけが、ジャーニーのVo、スティーブ・ペリーが84年にリリースしたソロ作「Oh! shelly」は良い曲だと話していたのを覚えている。英語の授業でWe are the worldを見たことがあった。スティーブ・ペリーが出演していた。彼のソロパートはほんの少しだけだったが、ここに注目していたのは学年で多分僕だけだ。 ハー坊とはよく遊んだ。部活も一緒だった。彼は聖飢魔IIのファンだった。ジャーニーは年寄りだと馬鹿にされ悔しい思いをした。家にもよく遊びに行った。コンパクト・ディスクなるものを初めて聴いたのはハー坊の家だった。そういえば岡田有希子自殺のニュースを見たのもハー坊の家だった。 とにかく、僕の人生を変えたロックンロールとの出会いは、ジャーニーだった。 続く
2006.10.19
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2003年12月、銀座の山野楽器で一目惚れし、年明けに他の所有機材を売り払って購入した一品。で、これを買うために売り払った機材は1 Oville by gibsonのLesPaul-standerd2 GIBSON Exproler3 Musicman axis-ex4 peavy 5150 anphead5 Marshall valvestate80405 bossのエフェクタ・フランジャーこれだけの大量処分により、なんとか購入しました。メインに使用していたSGに匹敵する、バンドコンセプトにあうギターを探していたのです。7型はスモールハムバッカー+ヴァイブローラ仕様の重量級ボディなため、一般的な5型で言われるような、ヘッドが下がるということはありません。しかしそのデカイ図体とは逆に、繊細なヴィンテージライクなトーンです。現代的な高出力のSGと比べると、とても扱いづらい。じゃじゃ馬です。最近はスウィートスポット発見とでも申しましょうか、良い感じに泣いてくれるようになりました。ちょっと気になるのは、私の保管がまずかったのか、塗装にクラックが目立つように・・以下の写真でクラックの具合が判っていただけるでしょうか。でもプレイにはまったく支障なし。かえって貫禄がついたと思いましょう。昔、亡くなったおじさんが言ってました。傷は男の勲章だと。このギター、購入2ヶ月後のライブで華々しくステージデビューしましたが、残念なことに、そのライブを最後に、私は大好きなそのバンドから一時脱退となったのです。現在は来る復活の日に向け、自宅とスタジオでじゃじゃ馬慣らしの日々です。追伸:FIREBIRDの7型と5型という表現、本当はローマ数字で書きたいのですが、機種依存文字だとかで受け付けてくれないのです。このあたりの融通が利かないのが、私がパソコンが嫌いな原因のひとつです。解決方法がわからないし、説明されても理解できない。
2006.10.18
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土日は家族で千葉に行きました。妻が友人の結婚披露パーティに出席するのに便乗して、家族旅行もしましょうということで。行きは丸の内、帰りは池袋に立ち寄って、買い物もしてきました。同じ日、幕張ではヘヴィメタルのフェスティバル「LOUDPARK」が開催されており、メタル好きの友人Nが参加をしてきたとのこと。早速土曜の夜にメールがあり、どうやらヘッドライナーのMEGADETHは、往年の古いナンバーのオンパレードだったらしいです。N君も興奮覚めやらぬ様子。これは日本のヘッドバンガーズ諸兄も狂喜乱舞といったところでしょう。ここで宣言しましょう。私はメタルヘッズです。メタルの何が良いかって、一切トレンド無視!一本筋が通っていて男気を感じるところ。そしてあのバカバカしさ!外から何を言われようとも、そのスタイルを曲げない信念を感じます!で、久しぶりにMEGADETHのアルバムを引っ張り出して聴いてみました。1988年リリースの3rd、MEGADETHが一番危ない雰囲気だった時代かもしれません。久しぶりに聴くと、音像が時代を感じさせます。80年代の音です。ドンシャリです。でもかっこいい。リフの応酬!カリフォルニアクランチ!尖っている!これぞメタルだ!久しく感じなかった燃える炎が心に灯されたようです!うおお・・頭が勝手に動いてしまう!ということで、今日の1曲はMEGADETHのアルバム、So Far,So Good...So What?から2曲目、Set The World Afire!!
2006.10.16
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私には2歳になったばかりの娘がいます。今日は1日遅れでささやかな誕生日会を行いました。娘よ、誕生日おめでとう。パパは君が可愛くてたまらない。大きくなったらパパがギターを教えてあげよう。シェリル・クロウのようにかっこいい女になって、パパとセッションしようじゃないか。コギャルになんか絶対なるな!で、私が最も好きな女性ロッカーはこの人。ギターも弾くが、ベースを弾きながら唄う姿にはかなりシビレる。で、アメリカの土臭いロックを最高の王道バンドサウンドできめてくれるのだ。またそれに輪をかけて声がいい。セクシーだ。日本の女性シンガーで、こういう人いないなあ。98年リリースの3rd、the globe sessions、素晴らしいアルバムです。7曲目のanything but downが切ないメロディで泣かせてくれます。絶対ライブ見たい。フジロックあたりで呼んでもらえんだろうか。
2006.10.13
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先日のblogで幼馴染みのT君が帰郷するらしいと書きましたが、T君は私の音楽遍歴に重要な関わりをもつ人物です。彼との出会いを記録しておこうと思います。 もう30年以上も前、3歳の私・・・・いや、ここでは僕と呼ぼう。僕は近所の幼稚園に通うことになった。ここで同じクラスにいたのがT君だ。きっかけはよく判らないが、とにかく仲良くなった。 小学校に入学してからはクラスが違ったため、交流は頻繁ではなくなったが、5年生で再び同じクラスになり、ほとんど毎日遊ぶようになった。彼は創作話をするのがとても上手かった。どんな話かはすっかり忘れたが、面白かったのだ。面白い男だ。今でも充分面白い。 6年生になって我々に転機が訪れる。担任の先生は変わった人だった。「今週の歌」と題して、終業のホームルームで毎日みんなで歌うのだ。何を歌うのかは学級会議で決める。先生がセレクトしたり、我々が決めたりした。先生は我々の知らない歌をたくさん歌わせた。鮮烈な印象を受けたのは、井上陽水の「東へ西へ」。こんな歌を小6がクラスで歌う様は、よく考えると異常だ。先生はラジカセで音楽を流し、みんなで歌うのだ。我々が決めたヒット曲も、音源は先生が用意していた。しかし先生はどのように音源を入手しているのか・・・・ いろいろ聞いてみると、どうやら駅前に貸レコード店というのがあるらしく、先生はそこへよく行くとのこと。T君と僕はモーレツに興味をそそられ、子供の入ってはいけない店なのではという心配もありながら、ついには決行することにした。 1階に弁当屋の入った小さな雑居ビルの階段を上がる。ガラス扉に「レンタルレコード友&愛」。背徳感に包まれながら禁断の扉を開けた。店長らしき眼鏡のおじさんが緊張する僕たち2人にやさしくシステムを教えてくれた。わくわくどきどきしながら店内を物色し、ついに僕が借りたのはH2Oのヒットシングル「思い出がいっぱい」。T君はラッツ&スターだったと記憶している。 それからというもの、友&愛に通い続けた。店長にも顔を覚えられた。小6にしてレンタルレコードの常連。LPは1泊2日で250円、近くのドラッグストアでTDKの一番安い46分カセットテープが245円、合計で概ね500円。当時の小遣いは千円だったので、2週間に1回でちょうど小遣いを使い切った。当時よく借りていたのは、先生の影響もあって、フォークやニューミュージック。僕はオフコースがお気に入りで、T君は陽水や拓郎を聞いていた。店長によく言われた。「おー渋いね君たち」ほんと渋い小学生だ。 これが僕がポピュラーミュージックにのめり込んだきっかけの1つ。その後中学での洋楽体験という第2の衝撃波をくらうのだが、これはまた後日語ることにする。僕もT君も純朴な青春時代を過ごし、約10年後には一緒にバンドを組むことになるのだ。伝説(でも何でもないのだが)のヘヴィロックバンド、THE BULLSHITSを。 続く。
2006.10.11
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私の愛器、GIBSON SG-standerdです。トレモロユニットの付いた変り種です。5、6年ほど前に見つけました。新品で購入。このアーム部分は、ビグズビー製ではなく、マエストロというGIBSON純正品です。マエストロといえば通常板バネ式のヴァイブローラを思い浮かべますが、ビグズビータイプのものは珍しいのではないでしょうか。下の写真が拡大したものです。いろいろGIBSONのカタログを見たりネットで検索しましたが、同様のものは見当たりません。個体数はかなり少ないのでしょうか。ネック裏、ヘッドとの境目あたりにはLimited editionの印刷がされており、限定品であることがわかります。日本の輸入総代理店の限定発注品?詳細不明。SGは軽すぎていただけないという意見をよく耳にします。でもこのマエストロアームのおかげでほどよい重量感が加わり、バランスはとても良い。ピックアップは今風の出力の高いタイプで、パワーがあってよく歪みます。弾きやすいギターです。ところで、昨日遭ったバンマスKさんからの情報。バンドメンバーで東京在住のベース、私の幼馴染でもある親友T君が人事異動でふるさとに帰ってくるらしい。うれしいニュースだ。
2006.10.10
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私はギターを弾きます。あまり上手ではありませんが。いろいろなギターを購入し、紆余曲折の末、現在は3本のエレクトリックを所有。バンドもやっています。現在は時折スタジオでセッションする程度です。本来所属しているバンドは、私が子育てその他に専念するため、現在休ませてもらっています。今日、家族で覗いた某大手家電量販店にて、偶然そのバンド(本来所属のほう)のバンマス、Kさんに遭遇。デジカメを探しにきたんだそうです。Kさんとの出会いは、私の音楽人生でひとつの大きなポイントだったといえるでしょう。彼とは同じ職場の先輩です。ある先輩を介して知り合いました。私と9歳も離れていますが、非常に若く見えます。本人曰く「不老不死」だとか。40代には絶対見えない。まだ独身。この人とバンドを結成した経緯は、また非常におもしろいのですが、後日段々と記事に書いていこうとおもいます。ちょっと今は時間がない。で、バンドは60'sブリティッシュオンリー。ホントいいバンド。モッズスーツ要着用。すぐにでもやりたいくらい。
2006.10.09
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無印良品は私のお気に入りの店です。センスが良いし何しろリーズナブルなのが良い。ネクタイ2本とコーデュロイのハンチング帽を買ってもらいました。ハンチングは昔から欲しかったのですが、妻からは「似合わない」といつも言われ、なんとなく手に入れずに今日に至っていました。今日試しにかぶってみたら、「けっこういいじゃない」だって。今ごろなんだそりゃ?ということで買ってもらったのです。セール品で700円・・・。あ、私結構買い物も好きでして、服を買うのも好きです。SHIPSとかアローズなんかよくのぞいてました。結婚してからはビンボーなため、かなり物欲は抑えてます。
2006.10.08
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私はパソコンがあまり好きではありません。仕事は事務系なので、ワープロや表計算ソフトは多少使いこなせますが、その他の機器的なことは難しすぎて理解できません。そもそもアナログ的な古い人間なのです私は。趣味もアナログチックなもののほうが好きです。クラシックロックなどを好みます。ではなぜこんな私がblogなど始めようとおもったか・・・私の音楽遍歴、とくにここ10年くらいで起こったさまざまな出来事を記録しておきたいと思ったからです。とりあえず時間がないので今はここまで。妻の化粧支度が終わりそうです。すぐに子供の支度の準備をしてでかけなければなりません。
2006.10.08
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