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「旧約聖書」士師ギデオンの不肖の息子 彼がエフォドを作るために戦利品の純金を持ち帰り、それがイスラエル全体を再び神から離れさせる罠となります。ギデオンは妻として多くの女性を娶り、七十人の息子を持ち、またシケムの町出身の側女を持ち、彼女が男の子を産んでアビメレク(「私の父は王」の意)と名付けます。此れが後の悲劇を呼ぼうとはギデオンには解らなかったでしょう。この頃、イスラエルは士師ギデオンと此等の息子たちが統治しています。士師ギデオンは人々から王になってくれと頼まれますが、自分も息子たちも王にはならないと拒否し王は未だイスラエルに出ませんでした。 ところが、父ギデオンの死後、アビメレクは王になりたいと考え、母の出身地シケムの首長たちを味方につけて、ならず者を雇い兄弟七十人を同じ石の上で殺害し、この残虐行為によって彼はシケムでイスラエル初の王を名乗ります。ただ一人難を逃れた末の息子ヨタムは、兄弟殺しのアビメレクがシケムの町で王位に就いたと知るや、すぐにもシケムの町を見下ろす山に登り、大声でアビメレクとシケムに対する呪いの言葉を語ります。 ギデオンの息子たちには王となる資格のある優れた者が数多かったのに、彼らは誰も王になろうとはしなかった。それにも関わらず、いちばん無能な者を王とすれば、やがてアビメレクの過ちによって、シケムの人々も滅びることになるだろうと予言します。それからヨタムはすぐにその場から逃げ出しますが、彼の予言は3年後に実現する事に成ります。その後、シケムの住民はアビメレクに反感を持つようになります。大言壮語のガアルがシケムを訪れると、シケムの住民は彼を信頼するようになり、宴席の場でシケムの住民がアビメレクの上に災いを呼び求めると、ガアルはそれに乗じて、アビメレクとシケムの事務官ゼブルの二人を嘲笑します。ガアルの嘲笑に怒ったシケルの首長ゼブルは、アビメレクとガアルの双方を炊きつけて両者を戦わせます。戦闘はアビメレクが勝利し、シケムの町も住民も焼き討ちにあい虐殺壊滅ぼされます。アビメレクは焼き討ちがお得意のようでその後の戦闘にあっても此の戦法を取ります。ともあれ、三年間はイスラエル初の王と名乗る男が出たことは事実であり、その点では史的重要性があります。 アビメレクが王を名乗ってから三年後、テベツの町を攻略するために、お得意の焼き討ちのため松明を持って城壁に近づいたところを、女の投げ落とした石臼がアビメレクの頭に当たり致命傷を与えますが、彼は女に殺された男の不名誉を避けるために従者に自分を殺させ絶命します。イスラエルの王の出現は、その後サウル王を待つことになります。
2012年04月30日
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「旧約聖書」士師記(英雄サムソン) 旧約聖書の中でも、取り分け異質で特異な人物像として描かれているのが、映画「サムソンとデリラ」で有名になったサムソンです。うまずめ(石女)であった女性が、神の使いの預言で受胎告知を受け、その子は神が聖別した「ナジル人(びと)」であるから、身体を慈しむことを要求されます。ところが神に任命されたナジリ人らしからぬ成長したサムソンは行動に出ます。日本で云われる裁判官と云う範疇を越え統治権をも持つサムソンが、イスラエルの非難も何のその、ペリシテ人に婚約者を求め、当時支配者であったペリシテ人の領内に単独で入ります。旅程で出会(でくわ)した飛びかかる獅子を紙を切り裂くが如く倒し、帰りにその獅子が蜜蜂と蜜に変化(へんげ)していたのを、婚約の宴のペリシテ人招待者の謎謎問答の題として出し、亜麻の衣三十と晴れ着三十を賭けます。その謎謎問答の解答を自ら妻となった婚約者に告白して漏れたに係わらず、辱められるとブチ切れての謎謎問答の賞品をペリシテの町に入りその衣を着ているペリシテ人三十人を殴り殺して衣装調達を行います。その後妻が、客の花婿付添人に渡されたことに腹をたて、三百匹の狐の二匹の狐の尻尾を縛り付け間に付けた松明に火を点け、未だ刈入れのないペリシテ人の畑を焼き払い、その実家が原因を知ったペリシテ人に焼かれると仕返しにさんざんに撃ち殺します。 ペリシテ人の攻撃があることを知ったイスラエルの人々は、岩の裂け目に住んだサムソンに縄を掛け、ペリシテ人に引渡しますが、主の霊が下ったサムソンは、ロバの骨をもって一千人を撃ち殺します。この後、映画「サムソンとデリラ」で有名な、銀の誘惑に負けたか弱い美女デリラに悩まされ、遂には身をほろぼし、最後に眼を抉られ盲目のサムソンが、戯れ事に呼び出された建物の支柱を三千人の見物客諸共引き倒して名誉回復いたします。 此の旧約の段が異例なのは、二十年の永きに亘ってイスラエルを治めた士師サムソンが常に個人的戦いしかせず、身をイスラエル人によってペリシテ人に引き渡されると云う異常性、およそ他者を裁くといった柄でもない品行非方正型人物としてサムソンを描いていることです。恐らくは、その物語的な書き方から見て、イスラエル民族の祖セム族の神話或いは民話をサムソンに託して、絡めているとしか思えなません。そもそもイスラエルの人々は現実的でギリシャ人のロマンとは縁遠いからです。とはいえ敵には滅法強いが、女性にはてんで弱いサムソンは愛すべき魅力的な英雄でしょう。
2012年04月29日
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「旧約聖書」女預言者デボラ 神が初めて「主」と名乗った相手、会見を許される名誉を得たモーセとともにエジプトを脱出したイスラエルの民が、艱難辛苦の末約束の地カナンの地にモーセの死後ヨシュア入ります。其のカナンの地が混乱の時代に突入するとイスラエルの民の中に次々と統治と裁きを行うリーダー士師が立てられます。デボラはその士師の中でも4人目に立てられた唯一女性の士師です。しかも彼女はラピドテの妻とありますから、夫を差し置いて、士師として活躍しています。イスラエルの人々は此の「デボラのしゅろの木」の下に座した彼女の裁きを受けに上ってきていたわけです。 エフドの死後、イスラエルの人々は性懲りもなく、主の前に悪を行い、主なる神の怒りを買い、カナン王ヤビンに民を渡されます。ヤビンは鉄の戦車九百両を有し、二十年にわたってイスラエルの人々を、力ずくで押さえつけたから、イスラエルの人々は、主に助けを求めて叫びます。女預言者デボラが、士師としてバラクという人物を招き、神の言葉「ナフタリの部族とゼブルンの部族から一万人を率い、タボル山に集結させなさい。 私は、ヤビンの将軍シセラとその戦車と軍隊とを、キション川に引き寄せて、あなたに出会わせ、あなたに勝利を与える。」伝えますが、デボラの同行を執拗に求め、主の在ることを確信しますが、デボラは最期にバラクに向かい、バラクが得るはずの名誉は、別の女性が受けることになると予言します。バラクは激しい戦いの末敵を壊滅させ、逃亡者シセラをを追います。シセラが逃げ込んだのは、ヤビン王とも親しくしていた友人の天幕で、其の夫人に油断させられ眠っていたところを鉄のくいで頭を打ち抜かれて死亡します。バラクは、デボラの予言どおりに、他の女性によって手柄を逃しますが、何とも凄い夫人です。 其の後、デボラは歌に唄われイスラエルを救った女性として讃え、永く語り継がれていくことになります。
2012年04月28日
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「旧約聖書」士師記の中の英雄達 士師は(しし)は、裁き司とも訳されますが、此れはヘブル語語源動詞シャーファト分詞能動形で、ショーフェートと発音され裁く者の意とされますが、日本で云われる裁判官と云う範疇を越え統治権をも含みます。士師記には十二人の士師が登場しますが、その半数が所謂士師記のもう一つのタイトル「救助者」です。また士師は王の多くが世襲制を採るのに対して、主なる神こそ真の王であり、我らに人間の王は要らぬとしたモーセとヨシュア以来のイスラエルの理念が、王政に移行するまでの期間、此の世襲を認めない特異な統治者「士師(しし)」の制度が存続します。 此の士師に成ってイスラエルを統べた二人の英雄と女預言者が出ます。それぞれが救国の英雄には違いがありませんが、その資質の違いは大きくかけ離れており、結果も夫々に対応して居ます。威厳と予知能力に長けたイスラエルを統べる女預言者デボラ、勇猛果敢で恐怖を知らない神の任命を受け聖別されたナジル人(ナジルびと)サムソン、主の使いの声にも慎重にも慎重であったが故に、臆病とも捉えかねないギデオンが、数ある士師の中でも大きく取り上げられイスラエル史に物語的な輝きを展開しています。
2012年04月27日
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「絶対存在」無の存在可能性 宇宙は「物質世界」であって、宇宙存在が始めに在りき「絶対存在」とするならば、何故宇宙が滅びに向かっているのか、永遠の始めに在りき有が滅びることは我々の理性がそれを受け付けません。その根源である存在は、永遠の有であり無から物質世界を創造する力を持つことをもってはじめて納得の行く存在と成り得ます。即ち、数学上の「限りなく大きな無限と限りなく小さな無限」は宇宙存在の根源の要求により成立しているのであり、「虚無」などは、宇宙には存在し得ないと云えますでしょう。現在物理学で「無」から「有」が生まれている云々は、存在が無から創造されることを示し、我々が持つ常識上の「無」の定義を覆します。 此の事は、「無」に何らかの根源的な力の存在が在ることを預言して居ます。「無」はあなたには存在しなく観得ても、我々が理法若しくは純粋数学から観想することの可能性を秘めている事を示しています。「無」は「虚無」ではなく釈尊其の後の大乗八宗の祖ナーガールジュナの説く「空」、即ち「無=零(空ろに膨れたもの)」仏教哲学に在っては「佛」、自然哲学に於いては「絶対存在」、西洋宗教の「神」が是にあたります。存在を否定し得ないもの其れが「無」であり絶対の根源と結論付ければ、創造のビッグバンの誕生が理解されます。
2012年04月26日
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「怪異」長舌 伸子は小さい頃から清潔好きで、テーブルに溢れている物も足が覚束無いうちから片付けるというオシャマな娘でした。それ以上に大人を笑わす事が大好きで、何時もテレビで見るお気に入りをやって両親や隣に住む婆ちゃんを楽しませていました。或る日に動物天国と云う番組で犬の舌が如何して長いのかをやっている中で、犬が乾いたはなを舌で舐めるシーンがあり彼女を喜ばせます。その日から舌で鼻を舐める猛特訓が始まります。隣に住む婆ちゃんの前でやったときには腹を捩っての大笑い、彼女も有頂天で喜び何度も々繰り返し、顎が外れたように痛くなるまで練習します。 小学生低学年では、鼻の孔程度を舐めることが出来、此れでクラス一の人気者になりますが、流石に六年生ともなりますと気恥ずかしく、人前では滅多なことで此の技を見せる事もありませんが、練習だけは中学に成っても続けます。此の頃には鼻のてっぺんどころか、眼まで届きそうな具合となります。男女共学の高校に入学した頃には、舌を折り畳む事と、細める術も会得しました。ある夏の日クラブで下校時間が遅くなり薄暮れどきになりました。運動場では彼女の理想の男性がいる野球部の練習も終わったようです。相変わらず人目を避けて舌の出し入れをしながら校門を出ようとしたとき、その理想の上級生が手紙を彼女に渡そうと待ち構えていたのに遭遇、咄嗟に舌を口中に収容したのは良いんですが、所謂アデノイドに先が到達します。此の時点から舌を細く萎めて咽喉を探る練習です。人前も気にせずとも出来るので増々の事上達、と云うより扁形が進みます。遂には、咽喉を探り穴を辿り外気に舌先が触れました。コンパクトミラーには自分の鼻から出た舌先が蛭状になって蠢いています。怖くなり長舌練習も終末を迎えます。 彼の野球部員との交際が深まり、寂れた古寺でデートした時の事、彼氏がいきなり唇を重ね更なる瞬間、彼女の舌が反射的に彼の鼻の中から舌先を出しました。彼氏はそこで意識を失ったのか崩れ落ちました。それが現在の彼女の旦那様です。何故って、あんな恍惚感は、忘れることが出来ないんですって。
2012年04月25日
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「旧約聖書」エリコの戦い シナイ山から出発したイスラエル人は、荒れ野を40年の永きに亘ってやっと約束のカナンの地現在のパレスチナを目前にします。次いでヨルダン川を契約の箱の力で水を干上がらせ敵前渡河しますが、其処に最初の難関紀元前七千年から在ったと云われる古代都市国家エリコがあります。交通の要衝でもあり、周囲は「エルサレムのパン庫」と云われ戦略的な面から極めて重要でしたが、豊富な財をもって城壁を周囲に巡らせて防備の厳重さを誇っておりました。 此処にモーセから指揮を引き継いだ、軍略に秀でたヨシュアが主の指示の元、彼の有名なラッパを吹いての城壁の周りの七日の行進が行われます。最後の七日目は七回廻り民衆の一斉の声で壁が崩れ落ち、町を陥落させます。旧約聖書を信奉されている方には此れで充分でしょうが、合理的説明がないと我々現代人には納得がし難いと思われます。 カナンの地の面積は四国程度で此の地の都市国家三十一をイスラエルが陥落させたと云うことから、一の国家規模は小さくエリコの場合二千人程度が城壁内に存在していたと云われております。其れでも王と貴族と搾取される被支配層があります。旧約聖書の記述では此れを四万人の軍人と其れに続くレビびとが担ぐ契約の箱、最後尾が民の群れだと云うのですから、エリコに到るまでの途上の戦い方、女子供をも生かしておかない事を聞く住人は震えあがったに違いありません。増して七日に亘る示威行動、内部の被抑圧者から見れば解放軍に見えたであろう者を味方に引き入れる工作による内通等が在るのですから結果は見えていました。こうして、パレスチナ最古の町で月の町を意味するエリコは徹底的に破壊され過去の遺物に成り下がります。
2012年04月24日
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「旧約聖書」イスラエルの統制形態 旧約には王と名乗る者が幾多出ますが、本当に王と云えるのは、サウルと其れに続くダビデとその子ソロモン王でしょう。其れまでのイスラエルは士師(捌き司)を戴くことはあっても、本来的な王による統制形態は無かったとも云えます。もし、モーセが王に就くと言えば民の反対は出ないと考えられるに拘わらず、何故に王政を採らなかったか。一つにはモーセがエジプトに於けるファラオの世継ぎ争いでの国の混乱、更には寄留人に王権が奪略された中期ファラオの時代に、世襲制の地位の危うさを見たからに違いありません。二つ目はイスラエルの真の王が主なる神だと考えて、神以外に絶対者がいないと主張していることが推測されます。 イスラエルの実質的支配権はモーセとその兄アロンの一族レビびとの手に握られており祀祭という形で以て、その捧げものの十分の一をレビ人が貰い受けます。嗣業の地にしてもイスラエル十二部族の地の盡くに律法の命令形式で町とその周囲に放牧地を持ちます。旧約聖書ではレビびとが主なる神に仕えることが嗣業であって、イスラエル十二部族の様な嗣業の地を持たないと言っていますが、実質は直轄地と十分の一税を徴収、王族の扱いをしていると捉えられます。日本の天皇制に於ける天皇家がレビびとと考えると解りやすいでしょう。
2012年04月23日
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「怪異」地獄の争い 閻魔様の地獄で、近頃異変が起こっております。釜茹での刑の悪人等が獄卒の青鬼・赤鬼にタオルを要求し、熱さなどどこ吹く風状態です。鬼を束ねる頭が大王に報告します。近頃、罪人が苦痛を訴えません。畏れ多い事ですが地獄に苦抜き地蔵様が出没されて、罪人の要求を聞き入れ「苦」を抜いている御様子、何とかして頂けないでしょうかと上申致しました。 閻魔大王も此れは六地獄を支配、現世悪人にも恐怖感を植え付ける事で、悪事消散を願う自己の面子に関わる故、獄卒に苦抜き地蔵を見付け会見を求めます。苦抜き地蔵が閻魔に言います。「私は永劫の苦しみを受けている方々を、一人でも多く救うことを請願して、此の三千世界を自由に往来出来る佛として成仏したものです。此の事は覆ることは有り得ません。」と云われます。閻魔が答えます「せめて、その御名前を少し私に変更を加えさして頂けますか」と、苦抜き地蔵は、そんな事ならと閻魔の云う「釘抜地蔵」に名前を変更致しました。 その後、閻魔は獄卒に命令します。釘抜きをもって総ての罪人の舌を抜いてしまえ。此れで罪人の声は釘抜地蔵には届かないと怒りの篭った声で指令後、獄卒には一度も振り返った事のない閻魔大王が席を立ち去りますが、極卒達は震え上がります。その後頭部に柔和な地蔵様の笑みが見えたのですから。
2012年04月22日
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「怪異」奴隷(創作) 旧約の国イスラエルから遠くホームステイで東京に来た私ですが、未だ一ヶ月に満たないのに本国の母と親友に事情を手紙に託しましたら、二人共に至急帰りなさいとの返事が来ました。私に日本への留学の話が来た時、世界の先進国で資本主義の貿易立国であり、極めて民主的な国家と聞き及んでいましたから、胸はり叫ぶ期待で日数を数えて待ちわびました。 東京に着いて暫くした頃に、街の見学をしていらっしゃいませとの婦人の勧めもあり、若人の街と云う処をブラツキました。其の明るさと混雑には驚かされましたが、其れよりも何も少子化対策とか云うものなんでしょうか、世界一の車の輸出国と言われている此の国がアジアの他の国から人身売買で若い男女を買い付けているらしいんです。無宗教国だからと云ってこんな事は許されません。主人は扱いが良く、比較的自由を与えているにしてもです。私のホームステイの柱には穴が見つからなかったのでホットはしているのですが、恐怖が纏わり付いて離れません。運良く航空券が手に入りましたので直ぐに国に帰ります。 帰国したらいの一番に学級生や下級生に日本の恐ろしさを教えてあげます。日本の方は奴隷の扱いが上手いようで、若者は其の儘主人の家に居着いているようですけれど、奴隷制はイケナイコトよ。若人でどれだけ過去に奴隷であった人を見かけたことか。其処にわざわざ過去に奴隷であった事を目立たせるために金属等で光らせているの。「両耳に穴を開けた人もいるわよ」と。
2012年04月21日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(永き旅路)4 シナイ山の神との契約を経てからのイスラエルの移動は極端に遅々として進まず、カナンまでの旅程40年の永きです。此れには理由が幾つかありそうです。一つには荒地の行軍だという事と女子供も一緒の移動、其れも徒歩というのですから。第二はエジプトに残留していたイスラエルも多く居たでしょうから統合を図ったのではないか。三つ目は移動の先頭を行く、神と会見する幕屋の存在です。組立・解体するを繰り返すのですから遅くなるのは当然でしょう。 しかしながら、本当の狙いは神託を頂き、イスラエルを率いるモーセの計画的な遅速移動が観想出来そうです。エジプトでの奴隷根性から抜け切れない旧世代を、律法の元で新しい団結力を見せる新世代に交代させること、モーセの主なる神の名の下、その指導に従順に従う軍団の育成に此れだけの年数を掛ける必要があったことが伺えます。イエス的な愛の神では恐らく其の後のイスラエルの約束の地カナンの、神の指示に従った嗣業予定地内の女子供迄をも例外としない民族の滅殺は起こり得ないし、恐怖と厳しさを持ったイスラエルの「主」ヤウェの力と無しには安住の地は望めなかったことも事実です。此れは、後のアレグザンダーが行う侵略征服後の非征服国の宗教の是認、婚姻融和政策とは対極にありますが、イスラエルの民族移動が宗教を前提にしており、他の都市国家の宗教を否認絶滅を狙う宗教戦争の観点・視点から眺めれば理解し得ます。
2012年04月20日
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り「顕現」 我々人間の精神体は原初から自然に光輝くものに対して、神秘性と美を見い出します。その中でも自らのエネルギーで光る太陽や恒星は特に神秘性が与えられて居ります。勿論の事、火山や山焼き、小さなところで蝋燭の炎まで神秘性を感じるのは人間共通の真理かも知れません。 また、もう一方には光を受けて輝きを放つものにも神秘性が与えられているものとして月や鏡がありますが、人間が神性を与えるものには金銀・白銅等が使われるのも根源的な性格でしょう。但し、自ら光り輝くものでも人工物には神秘性を感じる方は少ないでしょう。例えば、原水爆、ネオン管に神性を感じる方が居られたら驚嘆ものです。 最後に、自己自ら輝かせる者として、各宗教共通して「顕現(神仏の存在がはっきりとされる)」する神の炎や仏の光背・神の光輪がありますが、此れも人間で顕現経験者の共通するところで不可思議な気がしないでもありません。神性には光が伴うのかも知れません。
2012年04月19日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(永き旅路)3 エジプト脱出の紅海渡渉がハイライトなら、「ジュベル・ムーサ(アラブ語でモーセの山)」シナイ山の出来事は、その後のイスラエルの運命と生き方を変える核心となる出来事です。空には重層の雲と雷で山頂は火煙、全山が震えるという活火山爆発を想わせる光景です。此れは肉体的存在ではない姿のない神霊の技で、其の厳かな自然現象に民は恐怖しながらも神の現臨を感じ取ります。 神はモーセ一人を登らせ、二枚の石版に炎の指でイスラエルの守るべき律法の核心としての契約に付随した十戒を与えます。「お前達は私が選民し、契約したから以後は此れに従え」と癒しと妬む神にヘセド(誠実さ)を示させます。ところが、イスラエルは神がヘセドを貫き通されてにも拘らず、モーセが下山してみると神との契約も間もないのに、イスラエルの民はヘセドを破る常習犯でした。早くも金の子牛を鋳てアロンまでが承認のもと、神が最も嫌い妬む偶像崇拝で踊り騒いでいます。怒りに我を忘れたモーセは二枚の石版を叩きつけ割ってしまいます。此の罪故にイスラエルはやがて亡国の憂き目に遭うことになります。
2012年04月19日
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「旧約聖書」創世記(ロトの二人娘) ロトが二人の娘と妻を伴って避難中、神の天使二人に厳しく振り返るなと言われていたに拘わらず、ロトの妻が何を想ったのか、残した家財に未練があったのか振り返り塩柱となった有名なソドムの事変ですが、その後の二人娘の行動は我々からすると度肝を抜かれます。「私達の父は老い、此の地に来る男がいません。さあ、父に酒を飲ませて、共に寝て子を授かりましょう」と。其の夜、酒を飲ませ先ず姉が寝所に入り、父と伴に寝ます。明くる日、姉は妹に言います「私は昨夜父と寝ました、今夜もまた父に酒を飲ませましょう。貴女が入って今度は貴女が伴に寝なさい。」と姉が妹に言います。泥酔したロトは娘の寝たのも起きたのも記憶にありません。 しかしながら二人の娘はしたたかです。相手分からず未婚の懐妊を厳しく罰する掟の石打ち刑を逃れる同衾(どうきん)の証拠を取り置き、分娩間近まで隠れます。その後、何処にも居る詮索好きの者がロトに伝えます。貴方の二人の娘が父親知らずの子を孕んでいると。ロトは不修多羅に怒り二人の娘を石打ちにせよと命じます。二人の娘は此の時、同衾(どうきん)の証拠を使いを立て、父親に見せロトも察する処があり事無きを得ます。其の姉の産んだ子はモアブびとの祖先となり、妹の子はアンモンびとの先祖と成ります。 旧約聖書の凄さは浪漫的なギリシア神話等とは異なり、事実を単々と述べている事に信頼性があり、信憑性を高める要因が在ることは否めませんが、その後の律法の厳しさを考慮すると理解しずらい面も多々見つかります。
2012年04月18日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(杖の奇蹟) エジプトのパロの前で蛇に変わった杖は、その後もイスラエル人を導いていく重要な役目を果たします。イスラエルが主を離れた時に主の怒りが現れ、多くのイスラエル人を毒蛇に襲わせます。其の時「モーセすなわち青銅をもって一条の蛇をつくり、此れを棹の上に戴きおりけり」として、蛇に噛まれた者達に仰ぎ見させてその命を救けます。律法の当事者であり魔術を禁止するモーセ自身によって、此の奇跡が行われます。こうした竿(杖)の頂きに取り付ける金具は、家のトーテムを表し、モーセの盟友アロンの場合は牡牛であり、モーセの家は蛇であったことが解ります。此のポールトップはシュメールに始まりシルクロード経由で極東の果て日本にも伝わります。四国剣山のソロモンの秘宝伝説にはアロンの牡牛の杖が語られています。
2012年04月17日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(永き旅路2) イスラエルの全会衆がエジプトを出て、二ヶ月目の十五日目の飢えへの訴えが主に届きます。モーセは全面的に信頼しない民に怒りをもって言います。私に向かって云うことは主に向かって言っているのが解らないのかと。其れ故、主が夕暮れには肉を与え、朝にはパンを下されると答えます。此の時点でも彼れ等は恐らく、シナイ半島北部海岸(北方コース説)を移動中であり、「民数記」にある此処にヤーウェの許より風起こり出て海の彼方より鶉を吹きたりとして肉が与えられます。此処海岸は鶉のが渡るときの休息地なので納得できます。 一方の夕暮れのパンは、天の穀物、ギリシャ人が液状の時にネクタールと呼ぶ「マナ」が与えられます。此れはシナイ半島等の山野に自生するマナ・ギリョウリの枝に付着するマナ虫の分泌物として提供されます。マナ虫の出す甘い液が白い粒子状に固まったものを樹枝から収穫して食べる食習慣は現在でもあり、多い時には一日一人当たり一キロの収穫も珍しくはありません。此の時点から、イスラエル人が約束の地カナンに入るまでの四十年間を「天のパン」マナが民を支えることになります。 後に、マナしか食べられない民のを不満が爆発しますが、モーセとアロンの指導力が此れをおさめます。此の民族の我慢強さは此の時に培われたのかも知れません。
2012年04月16日
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「怪異」プリマドンナの秘密 ロシヤで白鳥の女王と謳われた祖母を持つ彼女は、歩行も辿たどしい時から厳しいバレーのレッスンを受け、次第にその頭角を現します。特にピルエット(Pirouette)にいたっては、十五歳で並ぶ者なきと評されました。その後も、彼女は世界公演での評価が高まり、会場では満来の拍手と喝采を浴びます。しかし、公演を終わると彼女は足先まで届くガウンをはおり、車で立ち去ります。 マスコミの一部はその事を非難しますが、却ってその神秘性がファンを増やすことになりました。そのうち執拗なパパラッチが或ることを耳にします。彼女のピルエット(片足回転)には秘密があることを。その後も類まれなるピルエットの速さで、彼女の名を冠したバレイ組曲を多くの作曲家が競作する始末です。 執拗なパパラッチは、或時彼女の邸宅に忍びこむことに成功、暗視カメラを構えて彼女を観察します。寝室に入った彼女の行動に驚かされました。ベッドに入り込むと思いの外、右足甲を持ち上げ鋭利な刃物で第二指の爪を研ぎます。否、爪の有るはずの場所には、最早爪とは呼べない蹄がありました。
2012年04月15日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(永き旅路1) イスラエルは主が行われたみわざを見、其の下僕モーセを信じたにも拘らず、三日を荒れ野に歩き見付けた水が苦くて飲めなかった時に、民は早くもモーセに不満を呟きます。我々は何を飲めと云うのかと。此処からモーセの民族移動の苦難が始まります。モーセは奴隷根性が染み着いた民を此れから神の約束の地へ導かなければなりません。砂漠の中で王族から同胞の救済の為にエジプト人殺害まで犯し、追われる身となり牧羊生活を経て辛酸を舐めた彼には、此の民を嘆かわしいと想ったことがあっても無理はありません。 イスラエルの全会衆がエジプトを出て、二ヶ月目の十五日目、イスラエルの全会衆がモーセとアロンに訴えます。「我々はエジプトで飽食していた時に主の手に掛かって死んでいた方がましだった。貴方達は荒れ野に我らを餓死させようと企んでいる。」此れを聞きモーセは怒ります。「貴方達は誰に訴えているつもりか、主の下僕モーセとアロンに対してではなく、主に向かってである」と警告します。此の時に、主にその任に堪えられないと抗って殺されかけ、自己の全ての富と権力を棄て、誇りと自由をイスラエルに齎せようとしたモーセの怒りが爆発します。奴隷と云えば後世のポルトガル商人による南北米大陸の手枷足枷が思い浮かびますが、当時の奴隷は比較的自由で生命も尊重されていましたから、一概に民(たみ)を非難することも出来ません。此の事が後の、ハイライト紅海渡渉よりイスラエル民族にとって、より重要なモーセのシナイ山での主なる神との恐怖の対面に繋がります。 ところで、旧約聖書は一般的には一神教と言われますが、其れはイスラエル民族にとっては主なる神が唯一無二であるということで、イエスの新約と違い、他の神を絶対否定は致しておりません。但し、主なる神が最も力と権威を持つことは強調しております。
2012年04月15日
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「怪異」着地の神様 五輪大会メダリストを父に持つ私は、四歳に成るか成らないかで体操クラブの英才教育を受け、中学生の時には流石にメダリストの親の血引いていると云われます。何時も高得点を叩きだし中学選手権のチーム優勝にも貢献していました。ところが、高校に入ってから事情が変わります。技の難度の高いものは人並み以上というよりは天才的なものがあり、誰もを頷かせますが、着地を常に失敗します。其れは体育大学入学した後も相変わらず着地を前後・左右を問わず一歩大きく踏み出してしまい期待を裏切ります。 五輪大会の選考大会が開かれる以前の或る時に父が突然に「ウクライナに行こう」と言います。父が五輪出場したときに、ソ連邦時代のウクライナの選手で敬虔な正教会徒である着地の神様と言われた方が、体連のコーチをされているから話だけでも訊きに行こうと言います。早速、機上の人となりジムを尋ねて技を観て貰います。彼は私のシューズを脱がせ父に仲の良かった「着地の神様」が通詞を通し何かを囁きます。更に私の足を見、更に伸ばさせて思案顔で再度囁きます。私の愛用のシューズをあげるから、此れを通詞を伴って正教会の司祭い聖別をして貰ってきて下さい、事情は通詞に伝えてあります。「但し、条件があります。貴方が体操選手として一生に一度の技を見せる時にお使い下さい。その後は他人に譲ることは許されますが、二度の使用は神掛けて許されません」と念を押されました。 毎朝の父の特訓のおかげで辛うじて五輪選手に選ばれたものの、メダルの期待は零の彼が、五輪大会で「着地の神様のシューズ」を履きます。それには何か形態安定加工がされている様な感触を感じました。競技開始で着地時に「着地の神様」が脳をかすめます。総ての種目の着地は完璧と成り個人総合優勝、時の人と成りました。以後は理由が解らない突然の惜しまれながらの引退、私は次の「着地の神様のシューズ」を手渡す相手を待っています。足のサイズが左右一センチ、長さが二センチ違う男子体操を目指す人を探して。
2012年04月14日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(イスラエル民族の誕生) モーセの呼称は原発音がモーシュから来ています。命名はエジプト王女がナイルの水から引き出した「マーシャ」に由来する説と、エジプト王名ラメセスの省略形だという説があります。日本では「モーゼ」と濁音を付けた呼び名が普及しています。 次にモーセが何故に、指導者に成れたのかは、彼のカリスマ性もありますが、イスラエルびとが平伏するパロの王女の息子という事も一役買っていることもあるでしょう。其れよりも何も、パロと直談判して、警告的預言を次々と実現し、エジプト人にさえ何らかの神の手が働いていることを認めさせたことは、同胞民族であることを知ったイスラエルびとが指導者として、また神の導き手として信頼を置くことは当然だと云えます。此のイスラエルびとのエジプト脱出記ですが世界史的にも大事件には違いないにしても、古代エジプトの記録では黙殺されております。モーセの心には、イスラエルびとの解放のみならず民族の自立、即ち真の自由と人格の尊厳を骨格とした考えが読み取れます。そして、アブラハムの十一子でエジプトノ副王に成ったヨセフが飢饉に喘ぐアブラハムとその一族のエジプト入植をたすけたのが、一族の人口増加の要因となり四百三十年のエジプト寄留生活でエジプト脱出の折には女子供を除いて男子のみで六十万人となります。旧約聖書には男子のみで六十万人書かれていますが、男子のみで六十万人もいれば軍事に長けたモーセが只管に逃げる行動が不審です。また、男女百二十万人もいれば、いくら軍団を3つに分けても後の移動行動が奇妙です。直接カナンを目指しても戦力的には充分だったでしょう。多くても一万人を超えなかったのではないでしょうか。何れにしても、モーセの指揮のもとでイスラエルびとの脱出最後の仕上げ、紅海渡渉を経た時に世界史に重要なイスラエル民族が初めて誕生します。
2012年04月14日
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「怪異」聖痕 夏真っ盛りのの都会の中、、満員の電車の中で水泳帰りの子供たちが、はしゃぎまわって混雑のさなかの客を困惑させていました。其の時突然、草履履きの男の子の悲鳴が皆を驚かせます。理由も分からず一先ず駅に停車した時に、乗客の一人が抱きかかえ駅員室に運んでみると、右足の甲から血が吹き出しています。取り敢えず医務室で治療ことなきを得ます。ところが、今度は満員の映画館の立ち見客であった少女が、今度は左足の甲に釘で打ち付けられた様な穴が開けられ、マスコミの恰好の話題になります。「聖痕(せいこん)を穿たれた奇蹟の子供」として取り上げられました。 秋も近づいた頃、満員の通勤電車の中で青年が足の甲に、穴を穿たれた事件が発生、救急車で運ばれ医師が治療にあたると、靴にも穴が。急ぎ警察に連絡します。鑑識の結果は釘状の凶器による犯行と解明、捜査が始まり、間もなく一人の女性が逮捕されます。係官の事情聴取に彼女が答えます。自宅は靴屋で満員電車で痴漢に合うことが頻繁なので、父親に頼み内部に鉄芯を入れたハイヒールを造って貰い、カバーで取り外して使用出来る工夫を頼み、後は自分で鉄芯の先を尖らせたと自白します。初めての犯行は痴漢対策で一足のハイヒールカバーを外して用心していたところ、迷惑をわきまえない子供たちに腹立ち、思わず足を踏みつけてしまったとのこと。ところが、其の時に足に食い入るハイヒールのグキっと刺さる音まで伝わる感触が堪らなくなり犯行を重ねたと申します。実際の痴漢には五回程実行したことも解りました。 今頃、痴漢行為で穴を穿たれた男性は訴え出ることも出来ずに、悔し涙を流している筈。奥様の旦那様に「聖痕」の無いことを祈ります。
2012年04月13日
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「旧約聖書」創世記(モーセの出エジプト)過ぎ越を紐解く 「ファラオの初子を含めたエジプト中の初子は勿論の事、家畜の初子まで時を経ず皆死ぬ運命を与える。」とモーセが最後に預言した行為は、主なる神の使いによって引き起こされます。犠牲に捧げた子羊の血により、イスラエルびとを聖別して過ぎ越し、ファラオの初子を含めたエジプト中の初子を殺戮します。此処にはアブラハムとイサクとヤコブを愛する神として、新約聖書に見るような他者への愛、エジプトの人々への同情は一片の欠片もありません。主なる神の使いがエジプト人に大なる死神として襲いかかります。「主」が神とサタンを併せ持つといった赴きです。 過ぎ越を紐解くと、随所に子羊の血、生肉を食べることを禁じています。更には種入れぬパンを食べることを強制しています。これがエジプト中の初子の死亡と何かしら関係があることが推測されます。説明の難しい災いですが、エジプト人が雹の嵐の後の食べ物、その中でもパン種にカビが発生し、カビが出す猛毒をモーセが気付いていた。若しくは、子羊の生肉に人間に致命的な病菌の存在を診たのかも知れません。「旧約聖書」は仏祖以後の後世の論理哲学的な仏教、創造浪漫的なギリシャ神話とは異質で、偽説・偽証が殆んど見られない宗教書・歴史書なので事実に起きた事を記述されている可能性大と云えましょう。
2012年04月13日
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「怪異」仇討ち秘剣 四国小藩指南役の父が竜之助七歳歳の折、厠に立っているときに、以前より母親に横恋慕をしていた剣捌きに勝れた浪人に刀で突き殺されます。其の儘逐電するのに母を無理やり同行、藩指南役と云うこともあり他藩への聞こえが、お調べを遅延させる中、四歳の竜之助が何やら思案の末、母と仇を追います。動向を伺うため未だ遠国に至っていなかった故に、竜之助は母と仇を見付け、健気にも父に貰った脇差で立ち向かいます。 仇の浪人が刀を抜こうにも何も、見物人の眼があり抜刀出来ません。何しろ相手が七歳の少年、おまけに碧眼・片腕ときてるので飛び掛ってきたのを蹴倒し無理に母親を引きずり去ろうとしました。其の時、母親が振り返って我が子竜之助を凝視、何やら頷き引っ張られていきます。其の後十二年後、藩から仇討ち状を貰った竜之助は関東で道場主となったと聞く仇を求め、自らも片腕の身で、開いた両眼で「小太刀の技」を習得して皆伝を得、再度仇の居場所の松戸藩の仇討ち許可を貰い、藩家老見聞の立ち会いを行います。 仇の相手は、碧眼と想われた眼が両眼開いている竜之助を見て少し驚きますが儘よと大刀を上段に構え間を詰め寄ります。其の時小太刀で修練のスピードがものをいい相手の懐に飛び込みますが、大刀が振り落とされ辛うじて、片腕の小太刀で受け止めますが力負けしそうな具合です。最早と藩家老が身を乗り出した時、竜之助の気合の込もった声が響きます。仇が自分の腹を見た時に驚嘆の呻きをあげました。其処には竜之助が父に貰った脇差がもう片方の腕に握られ刺さっておりました。向こうで母親が涙を浮かべ頷いていました。
2012年04月12日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)第八・九・十の奇蹟 エジプト国の最後の災禍に繋がる迄に、なお、神は第八の奇蹟、旧約聖書では「蝗(いなご)」とされていますが「飛蝗(バッタ)」と取り違えているようです。現在でも北アフリカでは大発生が見られる現象を、モーセが大地に杖を触れて東風を吹かせてバッタを呼び寄せます。困り果てたパロの願いで西風を吹かせてバッタを紅海に去らせますが、収まるとパロの心はまた頑なに成り要求をのみません。それではと、今度は第九の奇蹟である暗闇を、モーセの手が天に差し伸べられて呼び起こします。此れは火山でも有れば三日間を暗闇に閉ざされることもあろうが、さもなければ、黄砂と同様の砂嵐とみて間違いなさそうですが、此れとてパロの気持ちを動かせません。 最後は今までとは趣が違う、モーセはパロに向かって、主はヘブライ人を除いて、ファラオの初子を含めたエジプト中の初子は勿論の事、家畜の初子まで時を経ず皆死ぬ運命を与えると預言します。此の第十の奇蹟はモーセが何かをするものでは無く、神の手が此れを実行します。「旧約聖書」の十番目の災禍としてモーセがパロに対して怒り宣言しますが、、「これら全てが行われたが、パロは去らせなかった。」とされているので、恐らくはモーセの預言のみなのか、不充分な結果しか得られなかったかの何方かでしょう。後文で、主なる神が更に災禍(過ぎ越しを意味する)を加えるであろうと告げているからです。旧約聖書では過ぎ越を第一から第十の奇蹟には含めず、特別扱いをしていると捉えられます。
2012年04月12日
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「怪異」透明化コンタクトレンズ 彼は、某大手繊維会社の豪州研究所の派遣副所長です。国立大学農学部出身で繊維会社の研究所勤務十年での栄進です。そこで彼が研究するのは繊維組織の強靭さを向上させるための解析機の研究でした。簡単操作での組織解明のレンズを開発していた時、偶然に繊維が濡れてしまいましたが、繊維が消えています。消えたというより透明化したのです。此の事を本社には連絡せずにひた隠しにして、退社して帰国後、その応用技術を活かした製品開発に取り組み始めました。 先ずは、此のレンズをコンタクト化して自分だけの研究体験の段階に入ります。梅雨の季節でもあり、多くの人の衣服が濡れていますが、透明化されるのは濡れた衣服だけ、別段、製品化して売れそうには思えません。それが夏本番で屋外プールに行った時には驚かされます。此れは生唾ものだと想い、特許申請をして某国先端開発企業に売り込もうとしました。毎日のプール通いが始まります。プールサイドで寝そべりながらチラチラ上がって来るひとを眺めています。或る時彼を見た女性が突然の悲鳴をあげます。仲間の女性達も何事かと駆けつけ再度の悲鳴。理由が分からずに居ると一人の女性がコンパクト鏡を出して彼の顔を写します。其処には眼球が無く脳組織が丸く覗いていました。成る程、水晶体も濡れてますものね。
2012年04月11日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)第五・六・七の奇蹟 モーセはパロのエジプト国内で燔祭するようにとの要請を、エジプト人が神聖視している動物を犠牲にするから、三日の道のりを掛けて荒地(国外)へ行かせろと交渉しますが、当然にパロは許しません。それならと第五の奇蹟、囲みの中のイスラエルの家畜を除いて、エジプト全土の家畜への疫病の蔓延を、此度(こたび)は杖を使わずに起こします。アフリカ・中東の炭疽病の大流行は暫々起きているので、それを指摘し、預言に変えたとも取れます。イスラエルびとの家畜は囲いの中にいたから感染を免れたのでしょう。 それでも、主がパロの心を、目的を持って頑なにしておられるために、心が変わらないのを知るモーセは、竈の煤をまき散らして、膿の出る腫れ物の第六の奇蹟を起こします。人だけでなく家畜まで罹る此の病は天然痘に違いがなさそうです。 惟然、心変わりしないパロのために主はモーセの杖を天に差し伸べさせて、雷と雹を大地に降らせる第七の奇蹟を示しますが、当然に永くは続かず、イスラエルびとの出エジプトは叶いません。
2012年04月11日
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「怪異」瓦投げ 御山の不動尊の頂きにある、不入で人気がない瓦投げ屋コーナーを不動尊の住持が、ひと工夫して一箇所の瓦の通る金輪に大きな恨みの輪と書いた札を垂らしました。他の瓦投げが今まで通りに人気がないものの、此れだけは徐々にですが人気が高まり、不動尊のお参りでなく瓦投げを目指してくる参拝者が増えました。只、妙なことには誰ひとり輪の中を通過したその後の瓦を見たものがいません。 ときに、マスコミでは高利の金融業者・回収屋と呼ばれる業者や学校に頻繁に石が投げつける事件が発生、警察が動きますが犯人の特定が出来ません。其の内歩行者で離婚間もない方々も投石事件の犠牲に。記事を偶々見ていた不動尊の住持、何か気づくところあり、注意深く読むと土器の欠片の様なものが共通する特長と書いてあります。試しに恨みの輪と書いた札を取り外して様子を見ますと事件が無くなりました。 此処は、役行者と縁が深い不動尊です。次元を超えて現れるとされる行者様のお力が恨みの金輪に取り付いたのかも知れません。現在は幸福の輪と書いた札をぶら下げていますが、元の不人気の客数に戻りました。それでも住持は不思議を見たことを有り難がっております。
2012年04月10日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)第ニ・三・四の奇蹟 続いて七日を経た後、ナイルの赤潮は、主の御言葉を伝えるモーセの預言通り、第ニの奇蹟を杖を使い起こさせます。蛙を川といわず池と沼からエジプト中の地面にのぼらせます。但し、環境面で捉えてみると、赤潮による魚の大量死が、蛙の卵やお玉杓子の捕食者を少なくし、加えて可岸に打ち上げられた死んだ魚の腐敗が蛙の餌の蝿の大発生に繋がり、蛙を陸上に大量発生させたのが事実だと思われます。それ故、パロの魔術師も後手ながら出来たと書かれているのは自然の異変の可能性大と納得させられます。しかし、此の事で以って博学のモーセが主の言葉を訊く聞かないに関わらずいち早くカリスマ性をもって預言し、皆を納得させ民族救済を図ったことには意義深いものがあります。 第三の奇蹟は、ブヨである。河川の魚の死滅化がブヨの大量発生に繋がることは極めて明瞭だと思われますが、此度は魔術師達が同様の事が出来ず極めて不審な事変となります。何故、自然災害の此れに関しては魔術師が対応出来ないのかが不可思議です。或る種モーセに対して此の時点から、魔術師なりの畏敬の念が浮かび上がって来たことが伺えそうです。 第四の奇蹟は、今度は虻の大群です。虻も蝿も似た種類であり此れは蝿の可能性がありそうです。モーセの自然現象に対する造詣の深さと神への憧憬も此処では読み取る事がことが可能です。それにしても、同胞を救おうとするモーセの決意は勇気のみならず神託無くしては在り得なかった事だけは頷けます。
2012年04月10日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)第一の奇蹟 パロの心を頑なにした主がモーセに命令します。明日の朝ナイル川の岸に出てきている彼に会い「貴方が、此れにより主を知るでしょう。」モーセとアロンはパロと其の家来達の目の前で杖をあげ、ナイル川の水を打つと河水が全て血に染まります。それ故川の魚が死に臭くなり水が飲めなくなったエジプトびとは、致し方なく川のまわりに井戸を掘ります。此れが意味するところは、主が血の災いにより、ナイル川の守護神「クノン」と「ハピ(Hapy)」というエジプトの偶像崇拝を批判すると云う意味をも持っていました。 ですがパロに仕える魔術師達も同様の事が出来たためにパロは身を翻し宮殿に入り、心にも止めません。 此のナイル川の水が血に変わり、魚が死にナイル川の水が飲めなくなったのは「赤潮」現象で説明がつきます。赤潮は我が国でも琵琶湖等淡水域でもよく見られる現象で、「血の災い」水が赤褐色を帯びる渦鞭毛藻類の異常発生の結果でしょう。モーセの自然現象に対する造詣の深さを此処にも読み取る事が出来ます。それ故、その後に赤潮が拡がっていき、他の魔術師たちも同様の事が出来たと言っているようです。
2012年04月09日
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「怪異」正丹田(創作) 未だ中学生の女子が、柔道界の期待の星として注目を浴びています。父祖は中国道教の方であったらしく、日本に帰化した後も祖父・父親共に道術と拳法の達人として聞こえています。此の娘は小学生から柔道場に通い始め、三年生の時には、はや三段になり小学生大会では並み居る年長者を押しのけて優勝すると云う離れ技を見せます。因みに地区道場の大会では男子小学生にも負けることを知りません。中学生になった或日、地元のもとオリンピック男子柔道家が軽い気持ちで乱取りをやったところが、此の少女が父親譲りの丹田呼吸法のせいかビクともしません。 只、此の少女がたまに見せる悲しそうな顔は気になります。何時もその表情が出た時は母親が、耳元に何かを囁いています。父親も其の時は何故か頷いています。或る詮索好きの作家が、絶対に極秘で公表しない条件で、大枚を叩き取り上げた産婆の話を聞きました。あの児は精気も人の二倍、腰力も二倍あるのは当たり前だよ、と言います。臍の緒が二本付いて産まれたから、下丹田も二つ在る筈。可愛い娘なのに可哀想にと言いました。流石の詮索好きな作家も此れを自分だけの秘め事にしております。
2012年04月09日
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「怪異」過食と拒食(創作) 彼が高校を出て上京して、とある工務店の見習い大工として務めた頃より、以前から両親を悩ましていた、過食と拒食の繰り返しが酷くなりました。月初めに十キロの鶏肉を骨付きで買い、オーブン焼きにして、白菜・人参など季節野菜を三日で平らげます。その後は同僚が昼食を取るのを尻目に、残業代も貰わず働くので、社長はお気に入り、同僚からは白目で見られますが、彼は食事が食べられないのをひた隠しにしておきたい為の苦肉の策に過ぎません。おまけに月初め三日以外は水さえ飲まない生活をしています。此の事が露見したのは社内恋愛でデートが度重なった時に、彼女が遂に口を開きます。「なぜ、カフェでも水も飲まないの」彼は答えに窮しますが、眼には涙が。彼女が「病院に付いて行ってあげるからと、半ば強引に彼に診察を受けさしました。 病院では検査入院とかで、絶食を強いますが現在拒食期間の彼には有難いぐらいでした。ところが次の月始めには、我慢できず病院を抜け出し、肉屋の生肉をその儘の状態で三キロあまり食らいつき腹のなかへ。此れも三日間続け検査が終了したとのことで、担当医が聞きます。「ところで君は、お通じはどうするの」と、すると彼が答えます、便は年に三回程で、小便はしません。それもチョーク状のものがコロンと出るだけと。医師は頷いて、君の小腸は十六メートル、大腸が普通人の二倍の長さがあって、栄養吸収率がほぼ完璧なため水分も取らずにいられるようです。差し支えなければ此の儘でも良さそうだとも言います。「生活の食サイクルは、此の儘行くしかありませんね。」付け加えての一言が彼には気に入りませんでした。「丁度、大蛇の食事の様に。」
2012年04月08日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)奇蹟の前哨 エジプト王女の養子としては、当時のエジプト最高の学問と軍術加えて科学及び魔術まで身に付け、主と呼ぶことを神が最初に許した「血の花婿」たるモーセですが、モーセと対決したパロは増々イスラエル人に過酷に対応します。イスラエルの民は言わずもがなの事を言ったとモーセとアロンを却って恨みます。唇に割礼のない自分がイスラエルの民さえ信用させ従わせることが出来ない自分が、ファラオ(パロを聖書は使用)を屈せしめて奴隷からの解放と脱出を実現することにはモーセは自身が持てません。しかし、神は厳しく命令します、主なる神の声に従えと。 主はモーセとアロンに云います。パロが神の力の証拠を示せと言う時、モーセがアロンに言って杖をパロの前に投げさせろと、アロンが自分の杖をパロの家来達の前に投げると、杖が蛇に変身します。対してパロもエジプトの魔術師に同様の秘術を行わしめます。彼等の杖も各々蛇には成りましたが、モーセがアロンに投げさした杖の蛇が魔術師の蛇を全て飲み尽くします。しかし、神に心を頑なにされているパロの意思を変更するには足りませんでした。主なる神はエジプトが徹底的な痛手を受けるまでは、イスラエルの民を解放させるつもりはありませんでした。此処では最高学問を学んだモーセが一応の勝ちをおさめますが、蛇を硬直化する秘術を知ったエジプト側に大魔術師モーセをパロに認識させたに留まります。
2012年04月08日
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「怪異」自転車の超技 或るお馬鹿な国で、史上一度も自轉車協議で開催れたことのない技を持った選手を世界中から募集、「ギネスも驚愕」としてアピール、気に入らなければ入場料金払い戻しの謳い文句で観客を動員、自身のあるところを強調しました。 開催当日は、半信半疑ながらも長蛇の列、いよいよ始まりましたが、普通に見かける自転車は一台もありません。一輪車風の趣で立てに三輪重ねたもの、前輪直径5メートルで後輪は子供用三輪車、各々一風変わってはいますが驚きません。超技部門の試合が始まり、俄然面白くなりました。一体全体、自転車の車輪を変形して、どこまで乗れるかが争われます。 先ず最初は、優勝賞金五百万円かけた、自転車の得意な一般参加者を含めた多角形状で10メートルの距離をどこまで乗れるかの競争です。十角形に始まり順次9・8・7・6.5角形と変わります。一般参加者は一人を残して此処まででダウン。その後は四角形で半数、三角形で二人が残り、最後の一角形で何と毛髪を長く垂らしながらの白人女性が10メートルを乗り切ります。もはや置物にしか思えない自転車です。此の女性がその後の楕円形の扁平化にも総てクリアーします。 脅威の自転車の超技にインタビュアが聞きます。そして、その超技をマスターした理由に驚かされます。ロースクールではクラスの中で一人、自転車に乗れなくて虐めにあってたと言います。車輪が怖がるので父親が車輪を外し、板にチューブを貼り付け慣れさせようとしたところ、或日ペダルさえ踏まずにその儘進めるようになりました。学者が興味深く研究したところ、この女性は空中浮遊を実現したことが解明されます。敬虔なキリスト教徒の彼女は、イエスが水面上を歩いたことを深く信じていました。
2012年04月07日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)序文の二 モーセが、エジプトでエジプト人の殺害事件が発覚してミデヤンの地に逃亡し、ミデヤン人の祭司イテロの娘のチッポラに出会って結婚した妻チッポラと我が幼子を伴ってエジプトへ戻る途上で宿って居た時、突然の神の変心がモーセを殺そうとします。其の時の妻チッポラの機転がモーセを助けます。火打石の小刀を手にとって我が子の前の皮を切り開き、その流れる血を手に付け、夫の足に塗り「貴方は真の血の花婿です」と申します。此れが、モーセに神との契約の印を持たないことで、モーセの誓約と判断に疑問もつ主なる神が殺意に至った事情です。エジプト人の王の娘の養子として育ったモーセには、「割礼」がありませんでした。ユダヤ教にあっては律法上最も大切な、神の戒めと契約を守る表象が此の「割礼」です。それを「血の花婿」と主なる神に言った祭司の娘チッポラは将にイスラエル国創造の預言者モーセにとり相応しい女性でした。 主に口も舌も重いと云うモーセに対し、主なる神はモーセの三歳年上の兄弟アロンを呼び、モーセに同行して主の言葉と神のしるし伝えるモーセの預言者になれと云われます。言葉に勝れたアロンはモーセの口となって、イスラエルの民の説得に当たります。以降、モーセはイスラエルの民の政治・軍事的指導者となり、アロンは祭祀の司となり出エジプトの歴史が始まります。
2012年04月07日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)序文の一 エジプト王に成れたかも知れないモーセが同胞を救うためエジプト人を殺して、叛逆者として追われ、砂漠の放牧生活で自然木の杖を以って生活する日々、突然の神の啓示があり、神の権威を己に力を杖に帯びたモーセはエジプトのパロとイスラエル人の解放を直接談判に赴きます。主なる神は、イスラエル人に徹底的な解放を与えようとの理由からと、加えてその力と権威を歴史上に残し、全ての民族がアブラハム・イサク・ヤコブの神を敬い恐れさすために、エジプトの全土に十の災禍を与えるまでは、パロの心が妥協しないように心を頑なにして、モーセに杖をもってエジプトに十の災禍をもたらす奇蹟を行わしめます。 その為、主なる神は、牧羊に出ているモーセを、柴を燃え立たせ燃え尽きない不思議を起こし気をひきます。モーセは、そこで主から使命を伝えられます。尻込みするモーセに対し、手に持つ杖を投げさせ蛇に変身させ、手を懐に入れさせ皮膚病に架からせ元に戻します。更には、それでもイスラエルが貴方を信じないなら、ナイル川の水を取って砂漠に撒け、それは血となるであろうと伝え去ります。 ところで、旧約の主の教えでは、格別罪深い者とされるのに、預言者にして奇蹟を行う者で神の名を騙って居るとする者(律法学者から見れば、イエスその人が此れに当て嵌まります。)、魔術を使う者(その中でも取り分け魔女を主は嫌われます。)、占いを行う者は必ず殺さなければいけないと厳しく言い含めます。その主がレビびとの子のモーセにだけは、預言と奇蹟を行わしめます。モーセは神の申し子的存在だということで特別扱いを受けます。イスラエル人の解放を賭けた奇蹟の始まりはパロとの対決から生み出されます。
2012年04月06日
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「怪異」茄子で釣る 今日も、遊歩道のある河川敷のお淀んだ深みで、背広に蓑の異常な佇まいの彼が、竿先に鈴が付いた竿を四本を川に立て、静かに聖書とおぼしき本をよみ何事かを呟いています。遊歩道を通る人も初めは彼を無視していたのですが、何が釣れているかに興味を持つ人が増え、「釣れます?」と声を掛けるようになりました。只、自分の目の前で竿を挙げたときには流石に其の方々も呆れ果てて声が出ません。鯉なら餌に、芋も当たり前でしょうが、何と挙げるさお竿々どれにも茄子が丸ごとぶら下がっています。「此の餌で釣れるものは何?」尋ねても彼はニンマリ笑うだけ。其の内評判が広まり、ファンクラブ状態に。此の珍事をマスコミが見逃す筈がありません。とりわけテレビ局が飛びつき中継まで行います。其れより何より驚くことには観光バスまでが止まる始末です。 三ヶ月も経ったでしょうか、或日彼が言います「充分釣果が上がったので、明日からは来ません」と言います。皆がその釣果其の物の姿を追い求めますが、思いあたりません。彼は最後の言葉を置き土産に立ち去ります。「日本もまだまだ捨てたものでもない。人を疑うことより好奇心が勝っている。再起するよ。」 少々の時を置いて、彼の愛読書の作家が居所を突き止めて問います。小説・エッセイのネタとして聞くが何を釣っていたのかね。彼の返答はこうでした。「先生、呆けだよ、呆けを釣っていたんです。此れだけの呆け茄子(ボケナス)が釣れるとは私も想いませんでしたガネ。」
2012年04月06日
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「旧約聖書」モーセの出エジプト記(十の奇蹟)序章 エジプト王に成れたかも知れないモーセが同胞を救うためエジプト人を殺して、叛逆者として追われ、砂漠の放牧生活で自然木の杖を以って生活する日々、突然の神の啓示があり、神の権威を己に力を杖に帯びたモーセはエジプトのパロとイスラエル人の解放を直接談判に赴きます。主なる神は、イスラエル人に徹底的な解放を与えようとの理由からと、加えてその力と権威を歴史上に残し、全ての民族がアブラハム・イサク・ヤコブの神を敬い恐れさすために、エジプトの全土に十の災禍を与えるまでは、パロ(Pharaoh)の心が妥協しないように心を頑なにして、モーセに杖をもってエジプトに十の災禍をもたらす奇蹟を行わしめます。 ところで、旧約の主の教えでは、格別罪深い者とされるのに、預言者にして奇蹟を行う者で神の名を騙って居るとする者(律法学者から見れば、イエスその人が此れに当て嵌まります。)、魔術を使う者(その中でも取り分け魔女を主は嫌われます。)、占いを行う者は必ず殺さなければいけないと厳しく言い含めます。その主がレビびとの子のモーセにだけは、預言と奇蹟を行わしめます。モーセは神の申し子的存在だということで特別扱いを受けます。イスラエル人の解放を賭けた奇蹟の始まりはパロとの対決から生み出されます。
2012年04月05日
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「怪異」地蔵の束子 私の住む地域は、古代には人捨て地帯で多くの弔い地蔵が立てられていたとかで、新築建設などがあると必ずと云っていい程、自然石の地蔵様や子供地蔵が出現します。捨てるわけにもいかず、町内会や篤志者が地蔵堂を設けています。 或日のこと、その一つの道端の小さな地蔵堂に何気なく眼をやると、御供え物に毛が柔らかい真っ白のタワシが置かれています。珍しいのと丁度欲しいところだったこともあり、つい気楽にポケットへ放り込んで帰り、早速、家の汚れがこびり付いたレンジを磨くと、不思議々、水だけで油汚れも水垢も一拭きで取れ、水洗いで毛が元の白さに戻ります。嬉しくなり黴だらけの風呂の壁に使用、擦るわけでもなく、なぞるだけなのに見事に汚れが落ちます。 風呂嫌いの私が久しぶりに風呂で身体を洗おうとして、タワシの存在に気づき試してみると、人間此れだけ垢があるかと思うほど垢落ちしました。其れからは、風呂が大好きになり毎日タワシで身体を擦ります。或日のこと鏡を見て吃驚仰天、毛深い私の胸毛は勿論のこと、体にある筈の二つの乳首が無くなっています。身体に震えがきて、若しやと考え真心込めて地蔵堂の供え物になけなしの五千円札と伴にタワシをお返し致しました。祈りが通じたのか、近頃は薄っすらと乳首があるべき場所に戻りつつあります。次の犠牲者が出ないことを祈ります。
2012年04月05日
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「旧約聖書」創世記(エジプトの副王) ヨセフは神から賜った呼称イスラエル(ヤコブ)の十一番目の息子で、其の利発さからヤコブに特別愛され兄弟の妬みを買います。そのため兄達の策略で殺されそうになりますが、ヤコブの悲しみを想う兄の一人に命を救われます。しかし、その後兄達はエジプト商人に奴隷として売られます。それを買ったのがエジプト高官で家録一切任されるまで信用され家督となりますが、その妻の横惚れを断り続けたため、妻の逆恨みの婦女暴行未遂で監獄へ、しかし彼を愛する神は、彼を監獄長に認めさせ助手として、更には王宮での不始末から監獄に繋がれた二人の夢解きをしてやります。此の事が後に一方が罪を得て殺され、他方が復職した高官の言葉でエジプト王に会い、パロが不安に思う夢を七年の豊作と七年の凶作を解き明かします。加えてその対策を述べ並み居る高官もパロもヨセフに惚れ込み、王は彼を宰相ではなく副王として待遇します。 モーセの出エジプト記を見ると信じられないと想われるかもしれませんが、ヨセフの時代が前1680年頃からのエジプト混乱期に東からの侵入者でエジプト内で次第に力を蓄え王権を握ったヒクソスによるパロであれば、同じセム系民族ということもあり、此の登用に別段の不思議さはないでしょう。此の事が、ヨセフが飢饉に喘ぐアブラハムとその一族のエジプト入植をたすけ、一族の人口増加の要因となります。、此の事が後に異民族に懲り、王朝復権を果たしたエジプト人のパロの恐れへ繋がり、奴隷身分に落とされ、更なる圧迫となります。時を経て、同胞の圧迫を見逃せない砂漠で神託を受けたモーセのエジプト脱出劇が始まります。
2012年04月04日
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「怪異」不揃いな翼 悟道は中学時代に、幼い時から続けていた競泳のクロールをバタフライに転向、めきめき頭角を現し、高校は水泳で覇名を成す、某高校に奨学金付きで入学、二年生になる頃は県でもナンバーファイブに数えられています。夏場の授業時間内の練習は、一般性が野外プールを使用するので、水泳部は室内プールで練習。反対にシーズンオフには室内を一般性が、野外で水泳部が練習します。9月も終わりの頃、昼食時間さえ惜しみ練習に明け暮れ、冷えた身体を横たえ陽に背中をあてて温めていたら、突然、背中が我慢出来ないむず痒さ。練習をさぼり自宅に急行。その後も痒みが引くどころか増すばかり、儘よとベッドの人となります。 明くる朝背中を触ると、何かが突き出ています。鏡で確認すると雛の羽根みたいな奇妙なものが微かに震えています。学校のクラブは引き止められるのを尻目に退部を強行、奨学金も打ち切られ、完全不登校。両親の心配もさる事ながら、本人の不安は言葉には言い尽くせません。 衣服で覆い隠す生活に時を経る中、背中のものは右半分が白鳥の羽根、左は真っ黒な蝙蝠の翼の様に拡がってきました。死にたい気分でやけくそ気味でしたが、好きな花火大会が河岸(カガン)で開かれるのを死に土産気分で観覧。そこに突然の悲鳴、幼児が急流に飲み込まれるのが見えました。誰もその急流と深みに手出し出来ずおろおろするばかり、ところが悟道の身体が反応しました。裸になっての見事なダイブ、幼児を河岸三メートルばかし放り上げ無事抱き止められたのを確認、自らは此の儘、急流に流されて死のうと流れに身を任せます。突然何物かが彼の翼を引っ掴み持ち去りました。 人里離れた谷間で彼が言います「私は大天使ミカエル、サタンと貴方のことで賭けをして今日決着が付きました。一方はサタンの翼でした。背中を御覧なさい」振り向かなくとも大きな真っ白い羽毛の羽根が拡がります。悟道はその儘ミカエルと別世界へと旅立ちます。
2012年04月04日
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「イスラエル」神から勝ち得た功名 一般に、イスラエル民族は十二氏族とされますが、レビ族に関しては祭祀職を代々受け継ぐ部族として、イスラエル全部族のうちに、分も嗣業も持たないと云うことで別扱いされることがあり、その場合はヨセフの二人の息子の子孫の両部族を一として「十二部族」に数え入れます。 さて、その「イスラエル」という呼称ですが、その由来はアブラハムがモリヤの山で犠牲にしようとした息子イサクの子供の双子の弟「ヤコブ」から出ています。ヤコブは抜け目のない人間で兄エサウの長子の権利を横取り、ために憎しみを買い、遠国の叔父ラバンに身を寄せ、その娘二人を娶るためと感謝のためと称して二十年間働かされ、其れまでに十一人の男子(勿論女子も得ていたであろう)を得、多くの家畜を所有、郷里に帰ろうとするも兄エサウの復讐が恐ろしく、川の渡し場で不安の一夜を過ごします。此の時一人の男が現れて彼と組討ち、勝てないのでヤコブのもも関節を外し「今後はイスラエル(神と争う)と名乗りなさい。何故なら貴方は、神と人との争いに勝ったから」と告げ、問題児であった彼を祝福して姿を晦まします。以後のヤコブの生涯はこの事件から大きく転換することになります。 此の事が、イスラエルと改名したヤコブから出た以後の子孫の、神の選民意識を持つ大きな要因となり、神への対応のあり方を決めます。
2012年04月03日
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「イスラエルびと」再び放浪の民にした人 ヤコブがイスラエルと改名したのちの子孫、イスラエル十二氏族が脱エジプトを経て、指導者モーゼによって神が与えることを約束した土地に到ること四十年、偉大な予言者、救いの指導者モーゼは倒れます。その意志を次ぐヨシュアは神の与えた意志と命令により、約束の地に住む民を神の栄光により、その地の一切の子女諸共人民を殺戮、土地と家畜を得ます。イスラエル人は旧約の主が約束されたとしてユーフラテス川から(現在のイラク)から西は地中海岸までを支配することを夢見ます。その過酷さ故に恐れる周辺国家はダビデの黄金時代を経てイスラエルを滅ぼす勢力に加担、、イスラエルはローマ帝国の属国に成り下がります。 此処に、妬む神から愛する神へ、怒れる神・荒ぶる神から癒しと慈しみの神を説いた「イエス」が登場します。彼は旧約の律法が罪を根拠に成り立っている矛盾を指摘して、「神への絶対の信仰と愛」こそが、人間に救いをもたらすものとして、自らの贖罪による人間救済を訴えます。彼は神の愛が異邦人にも及ぶことを説き、以後キリスト教が周辺国家にも普及、更にローマ帝政分裂後の東ローマ帝国はキリスト教を国教とします。其の頃にあっても、なお旧約ユダヤ教を掲げるイスラエルは、周りのキリスト教国家の圧迫を受け、イエスが此れを予想してたとは云わないものの、結果的にはイスラエルが再び放浪の民となる因になったことは否めません。
2012年04月03日
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「怪異」永遠の今 光紀300年、人類は漸く光速の壁を脱出、ジャイロスコープ(Gyroscope)の外縁回転速度を光速の四倍を達成、人類長年の夢タイムマシーンを完成させます。候補者多数の中から初乗り搭乗者に選ばれたのは、Mait-Reyaでした。其の思慮深さと沈着さは群を抜き、時を超えることにも耐えうると判断されたからです。磁力線に浮かぶマシーンで、未来に二百年飛び、過去を百年辿り、現在に戻る計画です。 轟音と共にマシンの周りに巨大な気流が起こり、中に浮かぶタイムマシーンは消え失せました。Mait-Reyaに初体験を楽しむ時間など在ろう筈もなく計器と計算結果に追われています。計器の針が光紀500年を指したのを確認、マシンの外に出る予定は無いので、すぐに光紀200年に出立します。目眩く外世界に驚きはするものの冷静さを維持、到着の過去時を確認。目的を達成し現在時であった瞬間に戻ります。 スタート時点を確認後、タイムマシーンを停止させハッチを開けようとするもビクともしません。超厚強化ガラスの窓を覗いてみた外界は、単に鏡ともつかない何かが果てしなく続く大平原です。その他には動くものとて無く将に静止状態、Mait-Reyaは時間が停止した世界その事より、異様な外界に興味を魅かれました。ハッチを開けることは、内外の世界が異質なので無理、キャタピラーで移動します。突然「ロダンの考える人」を外界に発見、その上頻繁に首を動かしています。錯覚かと思うものの消えてくれません。 あわやマシンとぶつかるという時、翻訳機が解釈出来ないと知らせているのに拘わらずMait-Reyaの頭の中に声が響きます。「此処は、瞬間であり過去や未来もなく、現在時もない永遠の今だ。此処は私の意志の世界、時間・空間・運動をここから産み出す究極の存在が私である。」「君は初めて私の存在を現実で観想した人間だから、人類の苦悩に救済があることを40億年後の人々に知らせたまえ」その直後、マシーンなしで彼は人類の苦悩救済の未来世界へ飛ばされました。
2012年04月02日
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「旧約聖書」創世記(Sodom and Gomorrah) 現在、推測されるソドムとゴモラの都市国家の廃墟は死海の南湖水深ニ米の底に眠っていると想像されます。古代の死海は東から突き出したリサン半島が水位低下を示し、過去には南湖は無かった筈です。其の論拠は北湖が水深三百に対して南湖が水深ニ米しかない不自然さです。南湖はもとは平野で、何らかの大地の変動が陥没を誘い、北湖の水を呼び込んだと思われます。また、死海をアスファルトの海とした記録が残されているので、何らかの天変地異が大火災に繋がっても不思議はありません。おまけに死海は魚も住めずの、塩化マグネシウムの海でとても飲めないし、煮詰めても食塩が取れるものではないので注意が必要です。 創世記アブラハムの時代、ソドムとゴモラは海抜マイナス200から400米の大地溝帯で、冬暖かく泉が其処彼処にあり肥沃な大地が拡がって繁栄を極めていました。アブラハムと別れて甥のロトが心惹かれて住みたがったの無理からぬ事とも言えます。ところが、多神教偶像崇拝社会にありがちの享楽的退廃が甚だしく、「神」がソドムとゴモラの罪を裁くために派遣した天使二人までをも、己が欲の対象として押し寄せた程です。天使は彼等を一時的に失明させロト夫妻とその娘を救います。続いて彼らが去った直後、硫黄と炎を降らせソドムを壊滅させます。ロトの妻が未練があったのか振り返り塩柱となったのは悲劇です。同様にゴモラをも壊滅します。この事変を通して創世記は偶像崇拝と多神教を戒めています。
2012年04月02日
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「旧約聖書」創世記(アブラハムを試す) 妬む神である主が、アブラハムの晩年になっても、なお其の信仰を確信するために難問を持ち出します。彼の愛してやまぬ一人息子イサクを主の犠牲として、刀で喉を切って殺し、其の身体を焼いて供え物にしろとの命令です。アブラハムの強烈な信仰が、自己の命よりも大切にする愛息を生け贄にすることを承知させます。いっそ、自分に死の命令が下っていたら有難いと彼は想ったに違い有りません。 アブラハムは愛息イサクを薪を負わせて、神の指定の地、モリヤ山へ三日を掛けて到着します。途中イサクが問います。「生贄の羊は何処にありますか」アブラハムの苦悩を押し殺した答え「息子よ、羊は神自身が御用意されている」、少年はそれ以上父を問い詰めません。予感があったかも知れない息子は、それでも従順に山を登り山頂に到着。 父は祭壇を創り、イサクを縛り犠牲の薪の上に身を横たえさせますが、息子は従順に反抗一ついたしません。その喉に刃を振り下ろそうとした瞬間、天の声「もうよい、辞めよ」アブラハムが驚いて見廻すと羊が藪に角引っ掛けています。神の意図が解り、彼は羊を捧げます。神の意図はイサクの犠牲を求める事ではなく、アブラハムの信仰を試すことにあるからです。此処に至って、神はアブラハムを「神の友」として扱います。妬む神は、それ以上に愛する神でもあるからです。 この事件から「神は愛するひとり子を人間に賜った。それは神を信じる者に永遠の生命を与えるためである」その後の神の行動(イエスの誕生)が読み取れます。このモリヤの山西南の傍らにソロモンが築いた壁が現存、嘆きの壁と呼ばれています。 当時は、他民族に於いて人間の生贄は、別段珍しい事ではなく、旧約が以後の人の犠牲を禁止したことに此の項の意義があります。放牧民族の習慣と農耕民族の習慣の意識が、理解を困難にさせるのは否めませんが。
2012年04月01日
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