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「聖書」新旧聖書を紐解く18「(副題)三大唯一神教の創造神話」(弐) ユダヤ教・キリスト教・イスラーム共に「創世記」の記述は受け入れています。創世記では「始めに神は天と地とを想像された。」として、それに先立つ存在のことは語られていません。つまり、神そのものが万物(スピノザ・西田幾多郎説)ではなくて、神の創造の意志と行為によって初めて物質世界が現出します。それは神が行う「無」からの万物の創造であり、絶対意志の表れだと強調しています。 重要なことは、神以外の一切の存在は、神によって造られし被造物(仏教云う処の非常住)であり、唯一只、神のみが絶対存在(仏教云う処の常住)だと説明します。
2012年02月29日
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「聖書」新旧聖書を紐解く17「(副題)ユダヤ教・キリスト教・イスラームと世界の創造神話」(壱) 世界の代表的な創造神話は、巨大卵から宇宙と神とが生まれ、その神により海底の土から陸地が形成された。または、神が海を杖で掻き混ぜて陸地を形成した、他には死んだ巨人の身体が陸地に成った。(日本神話)などがありますが、総て神の創造まえに物質が存在しています。神を副次的と捉えています。多神教を許す所以です。 しかも、神と世界に先立つ物質の存在は如何にして生成されたかは不問にします。古代人はおおらかで疑問視しません。此れ等は、始めにに「有」ありきで、神でさえ生成消滅を免れることを不可能事にします。事実、ギリシャ神話や古代インド宗教、日本神話では神同士が相互に戦い、殺戮を繰り返してます。平たく言えば、「神」とは人間の力を超えた生命体らしきものと云えそうで、此れが創世記伝説と際立つ違いとなります。
2012年02月29日
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「エデンの園」中国版(道の世界) 道(たお)の世界の極致とも言うべき理想郷は、身分の隔てがなく、人に嗜欲無く、人々総て自然のまま、死する者もない事から、生を楽しむことも死を憂うことも知らない。己に執着し他人を疎んじることも知らないから愛憎の念など沸かず、心に利欲の念が無いことから利害得失は生じない。 、愛憎の念が無きが故に心は平安であり、水に入っても溺れず、火に入っても火傷せず、切ろうが打とうが傷つかず、痛みを覚えない。空中・水上何処においても物の上と同じに歩け、物の美醜もその心を動かさず、五蘊は形体を超えた精神解放に満たされています。 聖書のエデンの園との大きな違いは「神」との契約もなく、己が自然のままに精神の自由を謳歌している処が大帝国の余裕だとも言えようか。
2012年02月28日
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「地獄」儒教に於ける地獄世界6(金満家等) 鬼使が次の門前では、唾を吐きますとそれは炎となって地面を焼きました。此処は民衆の金を預かりながら、己が欲に眩み私腹を肥やした者の獄だ、と雷が如くの怒り声を上げました。鎖に繋がれた一人の金満家らしき人物を大鬼が頭を引っ掴んで、高さが七尺あまりの、外面まで真っ赤に焼けた鼎の、元は貨幣であった金・銀・銅の溶けて煮え立つ中へいきなり放り込みました。 金満家らしき人物はその中を浮き沈みしながら、皮膚は溶け、肉は爛れ、肺臓は灼け、それでも憐れみを乞う声だけが空しく反響しています。骨まで溶けかかった時、鬼はそれを棒で引っ掛け、氷とおぼしき処に放り投げますと、体が元の形ではなく、頭を股に挟んだ姿で蘇りました。眼が此方を羨んでるように思えますが自分には如何仕様もなく「道」の理解と悔いを以って此の地獄を抜け出される事を願いました。 ところが、蘇生した金満家が幻影の映し絵に叫びます。義理の母親らしい百に成ろうと云う病気の母親と一人面倒を看ている老域に達した息子に「母親の命長くないで、早よ始末して、更地にせいや。」此れを聞くと、此の罰も此の者にとっては軽いと言わざるを得なく、暗い気持ちに陥りました。
2012年02月27日
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「歴史を変えた女(ヒト)」春日局 春日局こと於福が稲葉重通の養女として、重通の長女が嫁していたが早世したため、林(後、稲葉に改姓)正成に後妻として三男子をもうけたが、夫の正成が主君個は小早川秀秋と不和となり閑居、勝気で活発な於福は、浪人生活を平気でおくる主人に、愛想尽かしで離縁。 その頃、家光誕生に備えて京都で将軍家が乳母募集の高札を立てたのですが、京女達は「関東は鬼の棲み家だっしゃろ」と総スカン、事情を聞いた彼女は兎が如くピョンと親戚を頼って都に赴きます。京都所司代の板倉勝重面談申し込み仮採用。その後在京にあった家康と直接面談で正式な乳母となりました。 嘉永六年、家光の名代として、無位無官の一女中が遠縁の三条西実妹分として御所に参内、春日の称号を戴きます。しかし、官位のことに殊の外うるさい公家に「帝道地に落つ」と落胆・憤慨させ、失意と憤慨の天皇は幕府の意向を確かめずして譲位しました。晩年大病を患った時には家光に春日が「天下の命」だとまで言わしめます。
2012年02月27日
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「聖書」新旧聖書を紐解く16「(副題)惟一神教の成り立ち)」 我々日本人は、豊かな自然に恵まれ、此処彼処の山や滝などに感銘を受け、自然の荘厳さとその神秘性に感謝・感銘して神として祀り、八百万の神々を産み出すにいたりましたが、旧約聖書ではただ一つの神「ヤーウェ」のみ信仰しております。 モーセのエジプト脱出後のオリエント世界は、何処までも砂漠の世界で満天の星々が輝き、空と砂漠が地平線で融け合っています。乾ききった砂と瓦礫の世界は、霊さえ宿りえない無機質そのものの世界です。従って、神を観想するのは、唯一、天に求めるしかあり得ません。また、流浪するユダヤの民にとって砂漠は、流刑地其のものです。それ故彼等は、此の生きることさえ困難な土地に産まれ落ちたことは、原罪が在るからに違いないと考え、乳と蜜流れるエデンの園を来世に望みつつ、此の世で人としての罪を贖って、只ひたすら、天に座す惟一神ヤーウェに救済を求めます。あの異邦人の作者カフカの如くに。
2012年02月26日
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「聖書」新旧聖書を紐解く15「(副題)ヤーウェの呼称の由来)」 エジプトナイルデルタ地帯は、豊穣の緑成す地帯です。ところがモーセはエジプト脱出を試みて、ユダヤの民を瓦礫と乾きの土地へいざないます。当時の奴隷とは近世にアフリカ奴隷を、ポルトガル人が初めて手枷足枷して酷使するなどの様では全く無く、財産として法律上も安全が確保され、一定の自由も保証されていました。それ故、モーセに従ったユダヤの民は誇り高き自尊心から脱エジプトを決行します。 ところが、一歩エジプトを出れば焼け付く不毛の地、此処で生き抜くことは、過酷な大自然をおさめる荒ぶる神が必要になります。自然豊かな国では神々も複数でありますが、過酷な土地、乾ききった岩と砂の地平線で満天下の星と地面が融け合った世界では、神は唯一天にしか住みようがありません。 それ故、自らを鼓舞し励ますために、神に「ヤーウェ或いはヤーオ(日本神道では神降ろしはウォーとと叫ぶそうです。)」と叫ぶことにより神を降臨させていました。ともあれ、脱エジプトのユダヤ民族が事あるごとに、神を呼び出し、指示を仰いでいたことは間違いなさそうです。
2012年02月26日
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「悉達多」と「イエス」の臨終を観想 「悉達多」と「イエス」の臨終を観想すれば、西洋と東洋の宗教観の違いが際立ちます。釈尊は菩提樹の下で親族、弟子達、宗教書によっては総ての番の動物、果ては沙羅双樹にまで悲しみをもって見送られます。それも皆に讃えられながらの死です。 一方のイエス・キリストは十字架に手足を釘を撃ちこまれ、民衆はイエスより時の政治犯バラバの釈放を求めるといった、母親など少数の女以外は、誰一人味方のいない見捨てられた、普通なら三日は生きている筈の処、六時間で孤独のうちの死を迎えます。 此れは、人間の死への繋がり方、かかわり方が、東洋的観念に在っては転生思想があり、西洋的思想は死を無と捉えるところから観られる悲壮感なのかもしれません。まして、イエスの死自体、いまのところ、果たして十字架に本当に架けられたものか、ユダヤ人が殺したのか、ローマ人が殺したものかも定かではありません。 共に、文章を残さず、時代を経ての伝聞から来るものなので致し方ないのですが、残念です。
2012年02月25日
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「仏」の定義(仏祖に近づく) 人間、人として社会生活を行なっていく上で、過ちを起こさない者は考え難いでしょう。過ちとは仏祖の教えを、仏道の観点から逸脱した思惟と行動を意味します。そこで、人が過ちを少なくする方法は、仏道に対して謙虚に、自己を虚しくすることが求められます。即ち、我執を去ることです。 我執を去ることは、自我を覚信している人にとっては不可能事に想えましょうが、此の事に躊躇するようでは、涅槃など以ての外であり、死を苦しみと考える貴方を救える道が閉ざされることも覚悟が必要と成ります。 釈迦国皇太子悉達多は人として生まれ、我執を離れ此の世の理法を覚り、死しては理法そのものと成られ、世界に偏在するに至りました。世祖に感謝。
2012年02月25日
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「歴史を変えた女(ヒト)」趙姫 春秋時代の中国は、最も商人に活躍の場が与えられていたとも云える時代です。春秋戦国の各国の領土は広く、個々の国で仕入れ別国に運び売り、その別国の物をまた仕入れ他国で売りさばくと云った、現在で言う処の多国間貿易を担っていたいた一人に呂不韋がいます。呂不韋は「奇貨置くべし」で有名な秦の子楚に眼を付け大枚の財を投資して、凡庸な子楚に、好みそうな我が妾で、捨て去っていた坂場の透衣の舞姫を娶わせます。其の前に、呂不韋の三十年の計(己が種を趙姫に仕込む。)がなされます。そうして自分の子を腹持ったことを確信してから子楚に趙姫を献上し、秦に赴きます。 その後秦王は病滅、継いだ太子も病弱ゆえの早死に、太后華陽に呂不韋が大枚を使って養子に差し出していた子楚が秦王の座に就きます。後、趙姫は無事に政(のちの始皇帝)を産みます。政が秦王となったのちも、呂不韋に付き纏い素行が収まらず事の発覚を恐れた呂不韋は或る意味女性の喜ぶ体質を持つロウ毒(ろうあい)を宦官と称して宮中に入れ、房事を満足させます。其の後、趙姫は二人の子を密かに儲けます。ところがロウ毒が酒を溢した侍女を殊の外きつく折檻した為、侍女が二人の仲を訴え出て、密事が洩れてしまい、ロウ毒は秦王に誅され、また二人の子も処刑されます。彼女は雍に移されますが、呂不韋の失脚と自殺の入れ代わりに、再び咸陽に呼び戻されました ところで、趙姫の名前の由来ですが、彼女本人が趙の出身であるとか、趙氏であるとかいう意味ではなく、婚家の秦の姓のほうが趙氏なので、後世の史称にすぎません。何れにしても、呂不韋の才覚と趙姫の容貌を受け継いだ政が現在の中国の国土に匹敵する統一絶対国家を成し遂げたのは偉大と言わざるを得ません。そして趙姫は自ら計画した事でないにしてもその美貌と舞いで世界史上稀な絶対君主を育てあげたことは評価に値します。
2012年02月24日
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「地獄」儒教に於ける地獄世界5 鬼使に促されて次の処へ行きますと、其処には額が架かっていて護国之門と書かれています。門内には錆びた鉄床が敷かれ、その上に、手枷足枷そして首には剣山が如きものを内側にした首枷で血を流している者を座らせています。 鬼使は一人の男を指差し、政権を専らにして、権力に居座ることにかまけて、民衆の困難をせせら笑い、金銭を横領して、国運を傾けた輩だから、国政の変わるたびに、引き出して毒蛇に咬ませ、禿鷹に随を突かす。その後、肉が腐り爛れると、神水を架けて業風に吹かすと、再び元の体になる。こんな輩は、億萬劫経ても世には戻れない、とせせら笑いを浮かべました。
2012年02月23日
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「仏」の定義(仏祖の覚りと其の本儀) 仏祖の最初の覚りに目覚めた時、「悟り」は言葉無かりきものにして、記号で云う「?」でした。新旧約聖書と違い覚りは最初に言葉は無かったのです。只、其の後仏陀は覚りを言語表現する方法を思索していきます。 此処に初めて、諸法実相、縁起が説かれる事と成ります。特に竜樹は釈尊の覚りを、世の事成りは縁起と共にあり、縁起其の物が空である処の涅槃であり諸法実相を示し此れを「仏」と称す。ありとあらゆるものは縁起であり、其れ自身造られた物ではなく、縁起に依らずして出現したものなど何もない。空の理解のうちにこそ世界の根源があり、人々を涅槃と覚りへと導く力であり「佛其の儘の姿」を捉える道だと説きます。仏其の物が「空」であり生成・消滅を離れたモノであり、有と無をも否定し、存在をも離れたモノであるけれども虚無ではないとニヒリズムを強く否定しています。
2012年02月23日
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「地獄」儒教に於ける地獄世界4 砂利で覆われた広い土地に多数の牛馬が嘶きと言うより悲鳴を上げているのに出会いました、其れも其の筈、夜叉が太い鉄の鞭で牛馬の尻であろうが腹であろうが構わず、ビシッビシッと皮は破け肉まで飛び散らせているのに拘わらず、何度も叩き続けています。此処で牛馬が罰を受けているのは如何した事だろうと思い、案内の鬼使を見ますと、ニッと笑って指差します。其処には列をなして多くの僧侶と尼僧が裸にされて何かを待っています。そこへ牛馬の皮を持った夜叉が足で蹴倒しながら頭から毛皮を被せていきます。と、其れ々牛馬となっていきます。 此処で畜類にせられているのは、どう云う訳か鬼使に聞くと、あの僧侶や尼僧は、自分が手を動かさずして世渡りし、その上戒律を守らず仏道を穢し、淫を貪り酒を好んだので、牛馬にして人界へ返し働かされたうえ、最後は食肉になり、再び此処に返され、永劫の此の輪廻を背負わさられると答えました。即ち、仏に最も遠く見放された者達であり救いは無いとされる永劫罰を与えられる悲しき宿命にあります。 儒教に在っては、当時の僧侶や尼僧が権力に媚び、贅沢三昧に暮らしているのが苦々しく、殊更この様な罰を考え出したのでしょう。
2012年02月22日
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「禅」を観想(格物致知) 四書五経は儒教の聖典であるが、その中でも一際、儒教の教義を簡潔に体系的に捉えている名著が「大学」で、その内容は三綱領・八条目に要約されていますが、格物致知の二項については儒教の根本思想であり出発点であるにも拘らず何も説明されていない。其れゆえ解釈をめぐって異論百出、論争を呼びます。代表的な学説は王陽明の陽明学と朱子の朱子学です。 朱子は格物致知を「万物総べて、花の一片、一木一草雨垂れまで、其々に世界の理法があり、これを極めれば万物の表裏精粗(創造の絶対有)を観想出来る。」と説きます。朱子に心服していた陽明ですが、竹を一本一本切り取り理を極めんとしたが無駄でした。 陽明は竜樹の中論が如く、格物を「物」とは捉えず「事」と捉えます。事とは全て人間の意のある心の動きです。其れ故「モノ」は心の働き其の物であり、心の働き以外に存在する物もなく理など存在しないとします。此れ等を足して二で割れば、禅師の悟りを観想することも可能となります。
2012年02月22日
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「悪女列伝」楊貴妃2(一目惚れの悲劇・喜劇) 玄宗皇帝は驪山の温泉宮で、自分の息子の妃に横恋慕して寝ても覚めても我慢が出来ず、とうとう楊玉環を奪い取り貴妃とします。身を律して国政に腐心していた名君と称えられていた玄宗が、此の後以降、珍菓レイシ(茘枝)を嶺南から都長安まで早馬で乗り継ぎ々運ばせ、多くの人馬を途中で死なせる悲劇も数多く起きています。 諸事此の通りで、陽一族だと云うだけで、肉屋の親父がいきなり高官位に付く等は当たり前で、国内政治に乱れが生じます。やがて楊国忠と激しく対立した安禄山が反乱を起こして都長安を落とします。玄宗は首都・長安を抜け出し、蜀地方へ出奔することに決め、楊貴妃、楊国忠、高力士、李亨らが同行、馬嵬に至って、乱の原因となった楊国忠を強く憎んでいた陳玄礼と兵士達は、楊国忠と韓国夫人たちを殺害。さらに陳玄礼らは玄宗に対して、賊の本源としての楊貴妃を殺害することを要求ます。玄宗は庇ったが、今まで楊一族に苦しまされていた兵士の怒りは収まらず、高力士によって縊死させられます。 その後、位を退いて上皇になった玄宗は、茘枝を見れば嘆き、蓮花を見れば其れ以上の美の解語の花を想い出し、死ぬまで貴妃を恋い慕い続けます。「どうかね、此の美しさは!」とやにさがる姿を喜劇と捉えるのも自由ですが、李白の長恨歌に見るように悲劇の浪漫と見るほうが適切でしょう。ところで、蓮花は季節をとわず開花します。貴方の前にもいつ解語の花が現れ出でるかも知れません。
2012年02月21日
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「悪女列伝」楊貴妃1(解語の花) 日本で桜は一種特別な意味の美を与えられ、和歌や文学にも多く読まれ取り入れられていますが、丁度、中国では古代より蓮花が同様の扱いを受けています。此の花は仏教発祥地であるインドに在っては宗教観から特別重要な役割があり、法華経の正式名が「いとも気高き白蓮教」であることが、その証でしょう。何れも数ある美しい花の中でも、一層の美に抜きん出た価値観を与えていることは共通しています。 大唐の都玄宗皇帝治世下の長安の太液池の蓮花は、夢幻の如く美しいものでした。しかし皇帝は傍らの妃を指さしながら「池の蓮の美も、解語の花には及ぶまい。」と、此れが子の寿王の妃に見初めて奪いとった楊貴妃です。その治世の前半二十数年を「開元の治」と称えられる皇帝が、一夜にして「春宵は甚だ短く、日高くして起きる。」状態、権力は其の儘に政治を忘れ、以後は貴妃を喜ぶ姿を見ることだけが、凡人に成り果てた玄宗の生き甲斐となります。 楊貴妃を悪女列伝に挙げるのは貴妃自身の罪ではなく、総べては玄宗皇帝の責任下にあり、楊貴妃の罪は「希い稀な美貌」を持った事です。傾城・傾国の美女と言われる御仁は、自己でなく配偶者により悪女とされるように思えます。
2012年02月21日
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「聖書」新旧聖書を紐解く14「(副題)イエスと老子」 新約聖書でイエスが説く「右の頬をうたれれば左の頬を出せ」という教訓は、人民の為政者に対しての対処法を述べたものと思われますが、ぶたれても蹴られても、たとえ十字架に架けられても、相手を憎むことなく相手のなすがままに任せて死に行く覚悟が窺がえて、隣人愛への悲壮な献神に徹していてます。神の前では僕たる人間の大いなる自己犠牲など厭わない状態が観想されます。 他方、老子の場合は特に為政者からの迫害が有るわけでも無く、寧ろ為政者への教訓として「怨みに報いるに徳を以ってす。」を説きます。老子は家に侵入した賊を捕まえても、酒を振る舞って許してやれと説きます。此れが出来得るのは人民では在り得ず君主君人のみです。老子の説くのは為政者を相手にし、その聖人君主を想定するために、人民への恩寵を説く点で「右の頬をうたれれば左の頬を出せ」という教訓とは似て似成らずと云えます。
2012年02月20日
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「中論」と「道教」比較(「竜樹」と「老子」) 中論と道教の「モノ」の捉え方が、中論に在っては此の世の物体を扱うのではなく、人間に在っての「事物」を縁起として捉えるのに対して、道教に於いては存在世界全体其の物を相対有として述べているので、一概には比較出来ませんが共通する命題にあっては、思想に似た部分と相違する部分が容易に捉えられます。 老子がモノの存在を、一の存在はそれと対立する存在を認めることに依って存在する。対して竜樹は「此れが在れば、依存して(依存・縁起・空性)あれが在り、此れが無ければ、あれも無い。」を、その存在自体がそもそも自性するものではなく「在るも空、無きも空」と斥けます。即ち、老子がモノの存在を有るがまま存在として認めるのに対して、竜樹は有ること自体の自存を認めません。老子は相関としての個別的存在を認め、竜樹も相関は認めるにしても個別存在を否定しています。 老子の思想で特異なのは「無」の存在を「有」的存在としていることです。常識の世界に於いては無の存在は在り得ない、存在するものは有です。だが老子流に言うならば、有は無なしには存在し得ないし「無名は天地の始めにして、有名は万物の母」と説き、無が無限の力をもって有を生ずると説きます。有と無は実は二のものではなく「一のもの」有も無も一つのものと言います。宇宙誕生も無から発生したと捉えることが可能となります。
2012年02月19日
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「聖書」新旧聖書を紐解く13 マルコによる福音書の弟子達への警告でイエスの言葉「神が大いなる権威をもってこの世界を支配する時(神の国が力を持ってくる時)が迫っている。」の意図は、此の世の終わりを意味するのか、イエスの復活を匂わしているのか、聖霊が降臨を予言しているのか、それともキリスト教が教会を通じて世界全体に波及することを述べているのか、この言葉のみからはイエスの真意は図りかねます。 何れにしろ、それまでの世界が神の支配下に置かれていないことを匂わせます。全能の神と一方で言いながら神が支配出来ないものが有るとしたら、もはや神とは申せません。此れはマルコの恣意的な解釈が導入されているはずです。「神の怒り」とは人間自らの行為や考えが神を信じるに値しない自分への責めであり、絶対完全な能力をもつ神が人間に怒ることなどありえないのが道理でしょう。
2012年02月18日
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「歴史を変えた女(ヒト)」淀殿 秀吉没後、北政所や京極殿が髪をおろしたにも拘わらず、一人淀殿は落飾をかりそめにも考えず、秀頼生母として、天下に号令しているつもりでした。其れ故、幼い時からの乳母の息子大野治長との密通が囁かれますが淀殿はそれでも、女の命とも言える碧の髪を切ることなど滅相にもないことでした。 明けて翌年、三十三歳の淀殿が秀吉遺言により大阪城に入ると、北政所は西の丸を出、入れ替わるように家康が西の丸におさまります。此の時に、北政所に親従する多くの大名が家康側につくこととなります。 関ヶ原の負け戦の後も、豊臣二百万石を家康流の巧妙さで六十三万石に減封され、秀忠が征夷大将軍となったにも拘わらず「秀忠殿が征夷大将軍になられたのは重畳ながら、秀頼は右大臣の身、まして徳川は豊臣家の一家臣に過ぎませぬ。」と豊臣家存続を願い自重することを求めた北政所を逆に叱りつけます。 後日、北政所は側近に「豊臣家を滅ぼすものは、淀殿の我意じゃ。もっとも彼のお人は茶々と呼ばれた昔より、亡き太閤が先手をとって討たれた浅井の血をひき、また、北の庄柴田殿を養い親とされた故、豊臣のお家に仇を働くは仇討のお積もりかも知れませぬ。」語らせます。その後奇しくも叔父信長も本能寺の灰と化した四十九歳で、秀頼二十三歳と大阪城の火炎に包まれました。叔父信長の気性に似た激しい性格が豊臣家を滅亡させたとも言えましょう。徳川幕府はその後、秀頼・淀殿の墓を許さず、秀頼が伊勢の女中に生ませた一子国松(八歳)を京都六条河原で処刑します。 淀殿は常に権力争いの中、男達に翻弄され、逆に権力を男達から奪い取ろうとした勇気ある女性であったことを認めることには吝かではありません。
2012年02月18日
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「歴史を変えた女(ヒト)」北政所 秀吉が関白就任とともに、北政所の称号を受けた才色兼備だった「おね」は、称号に相応しく秀吉との阿吽の呼吸で大阪城の女主人として、秀吉政権を補佐し朝鮮出兵の折には、見事なまでの事件処理を行なっています。足軽頭の口八丁手八丁の妻として出発した「禰々」は、特に秀吉小姓あがりの武断派にとっては、大阪城の帝王と看做されるまで成長しています。 しかし、秀吉臨終の場で、涙して秀頼の安全と行く末を誓紙まで出し、命をかけた男の誓いを踏みにじった家康に対しての、その後の行動は非常に謎に包まれています。関ヶ原の戦況を左右した、甥の小早川金吾の裏切りは家康の意向を受けた北政所の文が原因ともいわれ、武断派が家康に従(つ)いたのも北政所の動きによるものです。此れは、三成達五奉行の専横をこのままにして置くと天下が再び乱世に戻り、豊臣家の存在そのものが危うくなることを危惧したことによる判断だったと想われます。 家康と秀頼の二条城謁見は、豊臣存続を賭けた北政所の必死の行動でした。加藤清正を護衛に付かせ、毒見役までも引き受けさせます。清正はもしもの時は家康と刺し違える気持ちでした。只、秀頼が家康自身の子と比較して、君主として出来すぎていたため、家康に豊臣家滅亡を此処で決断させる事になろうとは思いもよらなっかったでしょう。 その後も、家康は豊臣存続を口実に北政所を利用し、最後はボロ雑巾がごとく捨て去ります。高台院となった「おね」は家康に利用された己を恥じながらの隠遁生活を送ることとなりました。
2012年02月17日
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「神」の定義(8)神格とは そもそも絶対・永遠の創造である神に格性を考えることには無理があります。神格や神性とは、人間が自己を内想して捉えた観念であり、神に一種の生命を仮想し、怒りや愛を与え「神が、お怒りになる。」「神が、祝福される・愛される。」など無限の有である神を限定的に把握するなどあり得ようがない。永遠の完全な創造性は何一つ欠けたものなどはなく、完全性であり、限定的神格で自己を認識するもなどはありません。但し、人間が神を愛することは、最高の幸福を得られることは事実です。 神が人間の創造主であることには間違いはないとしても、宇宙万物全てが神を創造主としているのであり、生命体である人間の意識性にしても、違った形で天体其のものが神を意識しているかも知れません。何しろ生命そのものを創り育んできたのは地球其のものだからです。神の神格を問う前に、地球の格性を考える可きでしょう。
2012年02月17日
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「地獄」儒教に於ける地獄世界3(医者と患者の妻との姦通) 横倒しの鉄の二つの電柱に、其々に裸体の男と女が縛られ泣いていた。突然角を生やした青夜叉が、刀でいきなり男の腹を引き裂いた。と同時に赤黒い血と共に臓器が流れ落ちます。隣の女はそれを見て恐怖で泣き叫びます。夜叉は無頓着に女の腹を引き刺し臓腑を引きずり出します。其処へ別の夜叉が煮えたぎった湯を其々の腹に注ぎます。 それは患者を視る医者が、患者の妻に横恋慕して事もあろうに、空き病棟で関係をもったことに対する罰で腹を洗浄して浄めているということです。別に患者を直接殺したのではないのですが、医者の本分を忘れたものとして毎日腹を洗うと言いニッと笑いました。
2012年02月16日
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「聖書」新旧聖書を紐解く12 旧約が説く如く神の代弁者モーセが、神と契約したのは十誡です。イエスは神の子の我が身を、人である罪の子イエスとして自ら十字架に釘で打ち付けられ、人間の罪を贖います。但し、その教えには律法のような人の行動までも規制するものではなく、イスラエルの民が神の下に集団生活を楽しみ、自由を謳歌して神に感謝・愛することを基本とします。 新約・旧約、仏教も神の代弁者、預言者、神の子や仏祖等はの教えは、基本に在るのは人間精神のありどころ、心構えを教えているのであり、行動規範等はそれを実践するための便法に過ぎません。神や仏の下に従えば、大いなる自由と愛に包まれます。 宗教は時代を経るごとに、既得権益者や身分制が頭をもたげ、その権威のもと徳と善行を非常に困難なものとして教え、人間精神の無能力を雄弁かつ先鋭に非難し、その困難な奉仕をすれば、神から最高の報酬を得られるとした御仁が神の代弁者として尊敬を得るように見えます。彼等は最も「至福」に遠ざかった生活法、宗教の名を借りた囚人生活を人々に強制します。
2012年02月16日
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「聖書」新旧聖書を紐解く11 神が地上に楽園を築き、そこに多くの生き物の雌雄を配せられ、最後にアダムを創られし時、総てが永遠の生命を享受して、神の御意思のまま自由に暮らしていました。アダムが寂しがることのないように、アダムの肋骨の一本と泥からイブを創られたため、アダムは最早、完全体ではなくなり、イブを求めることになります。そのイブが地上の王にしてやると言うサタン(地を這うもの)の誘惑により、アダムニ禁断の智慧の林檎を食べさせます。 アダムが林檎を噛じると、最初に羞恥心が芽生え、無花果の葉で腰を覆い、暮らしに疑問と疑惑を抱くようになりました。此れが神を非常に驚かせ、その罪故に寿命を与えることになります。人が罪の子として産まれる原罪がこれです。原罪故に神はモーセを通じて、ユダヤの民に契約を守らせます「古い契約」。また、原罪を拭うのには、人として生まれ人の罪を背負って死にゆく犠牲者Jesus(イエス)の登場を待たなければいけませんでした。「新しい契約」。新旧契約共に神に関しての部分を除いては、集団生活をしていく上での人が人らしく自由に生活する規範がその内容だと言えます。
2012年02月15日
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「歴史を変えた女(ヒト)」お市の方 戦国乱世の女人で最も劇的な生き方をしたのは、織田信長の妹お市の方でしょう。浅井長政が父の勧める六角氏家老の息女との縁談を断り、お市を妻に迎えたばかりに、浅井家は滅亡の悲運を招き寄せたと言えます。兄信長の越前・朝倉攻めの際、信長に陣中見舞いとして、浅井氏の裏切りをほのめかせる袋の両端を括った小豆を送り、「お兄様は、袋の鼠よ。」と信長の危機を知らせます。 朝倉攻めに対する浅井長政の裏切りに憤る信長は、男子は生かしておかないのが戦国のならいとはいえ、落ちのびていたお市の方の腹をいためた十歳の万福丸と同歳の幾丸のうち、秀吉に万福丸を探し出させます。秀吉の部下は、万福丸を槍を肛門から口中に貫くという串刺しの刑に処します。また、長政の母は指を数日に分けて切り落とし、最後は惨殺されました。夫や我が子を殺されても実家のために働かなければならない戦国乱世の掟とはいえ、此処まではお市も考え及ばなかったことでしょう。 その後、浅井・朝倉に腹がすえかねる信長は、岐阜城年賀の際に、諸大名に両人の首(しゃれこうべ)に漆塗して金粉を施し、盃にして飲ませます。この時に足利氏と縁の深かった両家を主筋にした家臣に明智光秀がおります。その心中いかばかりだったでしょう。
2012年02月15日
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「天皇の生母」光明皇后(第46代孝謙=第48代称徳天皇生母) 一名を安宿媛(あすかべひめ)と言い、740(天平12)年頃からは光り輝くばかりの美しい容姿から光明子と呼ばれ、後世光明皇后・皇太后の名で尊敬を集めて来ました。十六歳で首皇子(後の聖武天皇)に人臣として初めての皇后になります。仏心が篤く皇宮官職に施薬院や悲田院を置いて賤民・貧民を救済する一方、国分尼寺の総寺として法華寺を建立、一切経の書写を通じて書道や紙墨の製造に関わる等、文化興隆にも大いに貢献された皇后です。 仏教の庇護者として語られる伝説に、自ら造りし癩病(らいびょう。ハンセン病)患者施設を、止める者を振り払い、侍女二人を連れ、湯殿に参らせたまいます。さすがの侍女も中までは入りません。光明子は桶と布と膿を取る紙を手に持ち、患者の体を清めてまわります。その中で一際、其の臭気で皆から孤立している患者が居りました。「私に貴方の背中を清めさせて下さい。」となかば強引に爛れた腫れ物の膿を口で吸出し、紙に吐きその血膿は桶を溢れんばかりです。 突然、周りがピンクの光に包まれたと思うと、患者は消失し、只、其の仏性篤きことを褒め称える如来の声が響き渡りました。その後、聖武天皇が崩ずると、遺品を東大寺に施入、現在に伝わる正倉院宝物を残されました。その子安倍内親王は初めて女性の立太子として第46代孝謙=第48代称徳天皇になります。
2012年02月14日
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「地獄」儒教に於ける地獄世界2(地獄を展覧) 地府で判決を言い渡された者は、府門を出て北へ向い、周りを黒く厳しい鉄板で張り詰められた城壁のなか一際聳える城門をくぐって地獄の一丁目に入ります。その中は雲とも煙ともつかない暗黒の気が立ち昇り空の雲と一体となっています。城門の内外には紺色の髪をはやした牛頭に青い体の守衛達が、それぞれ戟を持ち立っております。中には鉄塔を総て黒い鉄板で被ったような建物がそびえ立ち、中から物凄い肉を刻まれ骨を砕かれているような人の悲鳴が耳を劈きます。その中に一歩踏み込むと、黒い霧に囲まれた中で、体の皮を剥がされた者、腹を裂かれたもの、手足を切られた者、眼を剔られ舌を抜かれ者達が這えずって居り、人間の感情を持っていては見ることは出来ない有様です。 案内の鬼史が言います、それでは地獄を案内しようと。此処の阿鼻叫喚の地獄は地獄でないが如くに「これから個別の罪に応じた地獄の罰を見せてやるから腹を括りな。」
2012年02月14日
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「聖書」新旧聖書を紐解く10 誰もが疑問を感じることに死者の復活があります。旧約に神が「私はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と述べているくだりがあります。それぞれモーセの生まれる数百年前に死亡した人物です。それにも拘わらず、神がモーセに言ったのは神と彼等との人格関係の存続を証明するとの解釈がありますが、此れは神が複数の神格(人も死ねば一種の神的存在)をもつと云う矛盾を顕わにします。イエスが此の事を述べたのは、神を信じた彼等がいまも神の愛のなかに存在していることを言いたかったのでしょう。 死後の生命を無いとする者に対して、此の論法で納得させることには無理があります。根本的矛盾は死後人格を認めていることです。そもそも、絶対神格から派生した人間人格は神の思惟の派生的様態です。死後世界は在るにしても、それは神と存在を同一することであり、そこには人格や「我」が入る余地はありません。
2012年02月13日
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「怪異」換骨奪胎 そろそろ春を迎える頃、サイクリング好きの院生の直人は、今日も新しく出来たという山の神社への川沿いのサイクリングロードを御機嫌で愛歌を口ぶさみながら、自慢の足で競輪用ともいわれる踏切自転車をこいでいました。山の上方から数人の少女がやはり自転車で降ってきてるのに出会いました。先頭の少女はピンクのショートパンツを履いた色あくまで白い娘で、直人とすれ違いざま、眼が合いニコッと微笑みました。直人の心はぶっ飛び目的も忘れUターン、その数五人の少女達を追いかけました。来た時には記憶にない見かけない橋を渡る少女達に疑問一つ抱く事もなく橋を渡り切り追いかけました。少女達は大きな和風の門構えとは不釣り合いの洋館に吸い込まれるように入って行きました。 直人は門前で心此処にあらずの状態で門前に立って居りますと、通用門からピンクのショートパンツの少女が招き入れます。直人は気もそぞろに従い、直人のために特別のワインを抜き、其々は別のワインで饗応してくれました。与えられた自室でテレビを見ますと、自分が行こうとしていた神社で少女が縊死したニュースが流されています。そのうち、気持ちの良い痺れが来て眠りました。 夜中に首に刃が当たるのを感じた瞬間、大きな音がして何かが転がり落ちました。腹にも刃が当てられ切開されるのを気づきましたが、妙な痺れで痛くはありません。此処で少女の声が聞こえました。「これで完成ね。」 翌日、ピンクのショートパンツを履いた少女が直人を起こし「ナオ、朝食よ。」そして歯ブラシを渡してくれました。ピンクの小さな歯ブラシでこんな歯ブラシでは磨けないと思いながらも、洗面の鏡を見ますと神社で縊死した少女が映っています。下腹も男性でなくなっています。後ろで少女達の声がしました。「ナオ、今日からお仲間よ。」
2012年02月12日
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「歴史を変えた女(ヒト)」日野富子と今参局(いままいりのつぼね) 室町幕府第六代将軍足利義教は(日野)重子との間に長男義勝と次男義政を設けますが、義教が赤松満祐に謀殺される異変により、九歳の義勝が第七代将軍になりますが一年余りで赤痢で死亡、義政が第八代将軍となります。その乳母が今参局で義政は実母で義勝を偏愛した重子より、母とも姉とも想い、後は女性として信頼し、後見役として政治全般を任していました。当然に重子は面白い筈もなくことごとくに対立、幕府を二分しました。 重子は一族の富子を義政に輿入れさせ、世継ぎ誕生を神社仏閣に祈願に祈りますが、赤子が次々と死に育ちません。重子は富子に今参局の呪詛を示唆、富子は今参局との対決を決意、密かに呪術法具取り揃え、愛宕社の巫女三人に黄金を与え問注所へ訴えさせます。惑わされ易い性格の義政は、真実の有無の確認なしに、今参局を琵琶湖沖ノ島に流刑を申し渡しますが、富子が首を刎ねることを強引に主張、使者に死罪を伝えさせました。 事情と経緯を知る今参局は、表情一つ変えず女ながらに腹を切り、刀を引き回そうとしますが力及ばず、今度は刀を叩いたのも力足りず、出血多量でこと切れます。その後重子は足腰立たずの重病に罹り、富子は毎夜の今参局の亡霊に悩まされながらも九代将軍義尚を産みます。しかし富子周辺のトラブルは続き、終には今参局の祟りを鎮めるために怨霊の末社を歓請して怒りを鎮めました。
2012年02月11日
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「怪異」椿の棒 春も終の頃、四国から上京して都会の国立大学を出たものの、思う就職口が見付からず下宿暮らしが当たり前になった卒業浪人がいました。今日も今日とて昼過ぎに起きて、下宿のおばさんにお小言を頂戴しながら飯を食い、ふと、部屋に貼ってある子供の楽園開園の記事が眼に入り、日がなそこで過ごすことに決めました。 晩春の楽園は、さすがに人も少なく、休憩堂らしき和風の建物で持参の文庫本を読んでいましたが、山かげの中、山水を流す底の深い溝らしき処で椿の棒を突き刺し々している髪の長いセーラー服の少女が眼に止まり、そっと後ろへ行って好奇心で声をかけました。少女は顔を向けましたが、眼も鼻もないツルリっとした顔で、口だけが笑って居ります。さすがの青年も悲鳴をあげて気絶いたしました。 突然の夕立で青年は眼を覚ましたが、恐怖に震えて腰が立たず悶えていますと、傍らに「椿の棒」があったのでそれを支えに下宿迄帰ろうとしましたが、少女の持っていた椿の棒が気持ち悪く途中の空き地に捨てました。 下宿に帰った安堵感で濡れた髪を拭いて鏡を見ますと、そこに目鼻立ちの可愛い髪の長いセーラー服の少女がニッと笑っております。再び見たとき自分の顔に眼と鼻が有りません。眼が無いのに見える不思議さより恐怖が先に立ち、捨てた「椿の棒」を見つけ、その後は、子供の楽園の溝を椿の棒を突き刺し々して次の犠牲者を待って居ります。
2012年02月11日
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「聖書」新旧聖書を紐解く9 「先にいる者の多くは後になり、後にいる者の多くが先になる」と神の世界(来世)に述べたイエスの真意は、自己の信仰を自負し祝福を確信する者、信仰の深さを誇示する人や宗教権威者が、来世では祝福を後回しにされ、自分のような者は祝福に値しないと卑下する者が以外にも神の御心に適うことを意味します。 教行信証に在っても、親鸞は「善人が浄土に迎えられるなら、悪人なお、浄土に迎えられるのは当然のこと」と説きます。悪人とは人が人として罪をいかに犯しているかを知った人を言います。当然に、親鸞は自己が悪人であることを認識しております。其れ故、多くの弟子達の良き教導者たるを得ました。自分が善人であると観想する者は仏道の未熟さ故ということです。
2012年02月10日
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「地獄」儒教に於ける地獄世界1 人間が死したときのみならず、生存中に在っても鬼卒が冥界の獄門王の指示に従って、身を離れた存在或いは生身から無理に剥がしてその心魂を地府へ連行します。生身から無理に剥がされた方は、現世に在っては狂人・魂抜けとして扱われることとなります。 地獄門には牛頭の門番が居り、それをくぐると故宮の官舎のような大きな建物に出会い、中へ入ると殿上に衣冠束帯の恐ろしげな冥界の判官、獄門王が恐ろしげな様相で座っております。その左右には吏員が居り、又鬼卒が控えております。 此処で、供をさせ供書をとって、志の善し悪し、条理の判断を行い地獄の処置(刑)の決定を行いますが、上訴などの救済措置は絶対にありえません。但し、罪を逃れた者には地獄を展覧する特権が与えられます。観る見ないはその方の自由ですが。
2012年02月09日
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「時間」流動する時間 我々人間が、時間を考察するとき、時間を方向性(過去・現在・未来)もった線的に捉えます。此処に時間の矛盾が見えます。過去の時点1過去の時点2にとっては未来であり、過去の時点3にとっては共に未来です。未来はと言えば、10年後の未来は、百年後の未来から見れば過去となります。此れは停まる矢のパラドックスに陥っているからの矛盾です。人間の観念に在っては時間を瞬間(点)として考察することも可能でしょうが、現実には此の宇宙で停止している時間を考えることには難があります。即ち、時間は停止する事なく流動しています。 現実には此の宇宙で、千時間前の過去・1万時間まえの過去は今現在の時間が流動するため特定出来ません。同じく、千時間後の未来・1万年後の未来も今(瞬間)を特定出来ず流動しているため特定のしょうがありません。我々は時間というカプセルに乗って未来へ突き進んで行くしかないようです。
2012年02月09日
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大学を卒業したのは良いけれど、思った就職に就けなて、ブラブラしていた或る日、寮生活で同部屋だった友人が、自己所有の南海の無人島の宿泊施設の管理人を頼むというので、次の就職が見付かるまでという条件で引き受けます。元々、海が好きでスクーバが得意だった彼は、毎日潜ってばかりの生活を送って居りました。 客も来れない季節、何時もの様に潜って魚を獲り、夕方それを調理していると、夕焼けの浜辺で、誰かがいい声で知らないを歌っています。浜辺に出ると美しい女性が、岩肌に腰掛けて此方を見て微笑みました。何処から来たかと聞けば、やはり近くの無人島とのこと。その夜から二人は仲睦まじく暮らして居りましたが、或る日彼女が、帰る時がきたのでお別れしますと言い、小箱を持って来させ、眼の下にあてがい泣きますと、涙が真珠となって箱の中に溜まりました。「今までの御礼に、他に何もありませんから。」と言って海へ飛び込み見えなくなりました。 その後、彼はその真珠を金に換え、友人から島を買取、人を寄せ付けない暮らしをしているとのことです。
2012年02月08日
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「歴史を変えた女(ヒト)」北条政子 土豪の娘の政子が、都を追放された風流人頼朝に、父時政の押し込めを振り切り、夜な夜な抜け出て頼朝と逢い引きする程、田舎娘の政子は恋に一途になり、二人は駆け落ちまで考えていました。言い換えれば、政子は将来性のない都出身の男にロマンチックに憧れて結ばれ、偶々、天下のの御台所と呼ばれるようになり、頼朝なき後は鎌倉幕府存続のために公私の大黒柱として腐心し、実朝暗殺のあとは、剃髪して尼となり鎌倉殿の任務を代行し、実弟の義時が執権として補佐、世間は彼女を「尼将軍」と呼びました。 史的に政子が悪女と言われるのは、図抜けた才気と勝気な性分、此れが子供への圧迫となり、実家の父や弟に乗ぜられ、婚家を滅ぼしたことと、承久の乱にあって「天皇御謀反」に対する報復の熾烈さにあるでしょう。 政子は愛する頼朝亡き後、衰えゆく鎌倉幕府を必死に守ろうと、幕府の一致団結を願い努力した勝気で気力の女性でした。
2012年02月08日
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「聖書」新旧聖書を紐解く8 イエスは、或る時弟子に尋ねる。此の私を誰だと思うのか、答えは神の子イエス。此処でイエスは弟子に告げる「其の事を、誰にも告げるな」と、自分がキリストであることを口外するなと命じます。それは、この時点でイエスをキリストであると公言すれば、ユダヤの律法議会が神の名を騙る者として直ちに処刑する怖れがあること。いずれはそうなる事を覚悟するイエスではあるが、父なる神の声、人なる罪を背負った者として死す時期が来ていないのに、ローマに占領されて屈辱を感じているユダヤ民族が、イエスを政治的に利用し、暴動のシンボル、政治的指導者・革命家として利用されるのを嫌ったためと思われます。 この事は、仏教と比較すると違いが際立ちます。悉達多は自己のことを仏と呼称しないものの、とりわけ、そう呼ばれる事を否定しません。弟子で従兄弟の提婆達多にこそ命を狙われますが、バラモン・ヒンズー教側から命を狙われていたとの記録もありません。此れは、釈尊の説く教えにバラモン・ヒンズーの神々を宗教神として認め、釈尊がそれを超えた世界の在り方、宇宙の理法・偏在するものであり、絶対敵な創造者ではなく存在そのものと一体化している点に理由がありそうです。
2012年02月07日
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「聖書」新旧聖書を紐解く7 イエスも、パレスチナに住み着いていたカナン族で、娘が悪霊に取り取り憑かれ(恐らくは、精神的な障害)苦しんでいるのに悩む婦人が、神の奇跡を求めるのを体験する迄は、神の選民であるユダヤ人以外の異教徒に神の恵みを伝える気持ちはなかったに違いない。イエスに救いを求める、此のシリアのフェニキア人の婦人に言った「子供(ユダヤの民)のパン(神の恵み)を取り上げてまで子犬(異教徒)に投げて(祝福を与える)わけにはいかない。」と言った言葉に如実にその気持ちが顕われています。しかし、婦人の機知に富んだ答え「でも、子犬だって食卓からこぼれたパン屑くらいは食べさしてもらえます。」に心を動かし、願いを叶え、娘を救います。 此の事以降のイエスは、神の恩恵はユダヤ民族だけでなく、異教徒にも及ぶ筈だという信念を持ちます。キリスト教の布教に、この婦人がイエスに与えた示唆が現在のキリスト教を支えています。
2012年02月07日
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「怪異」北斗と南斗 夏の祭りの夜、19歳の可憐な娘が、人通りを避け細い裏道りを歩いていた時、路上の易者に呼び止められ、「貴女は若死の相が出ている、哀れな。」と言われ驚き、命が尽きる歳を聞くと十九歳だと言います。避ける方法を尋ねると不可解なこと「祭りの大社の裏山へ行き、そこの小さな社で碁を打っている二人の男に此の酒と肴を届けて、碁に夢中の男の盃に、空になったら無言で酒を注ぐがいい。」それだけ言うと店をたたみ消え去りました。 気味が悪いし、ただで酒と肴を渡され困った娘は、命惜しさに耐えかね、裏山の社を訪れると、はたして二人の男が碁打ちに興じています。渡された肴を傍に置き、黙って盃に酒を次々に満たすと、碁に夢中の男はグイグイ呑み、また、食べました。そのうち碁も勝負がついて初めて娘に気が付き、理由を尋ねると娘は不思議な易者の話をいたしました。北面の男が御馳走になったのだから考えてやれと南面の男に話しますが、「駄目だ、もう帳面に書いてある。」と答えます。北面の男がそれを取り上げて見ると、成る程、誰其れ十九歳没と書かれています。少し考えて、十と九の間に帰り点をいれました。 後日、易者を探し求め話をすると、「これで大丈夫、あの南面にいたのが南斗星で生を司る者で、北面に座っていたのが北斗星で死を司る神だ。」と説明してくれました。娘は応分の支払いをし、夜空を観ると北斗七星が一際輝いて見えました。
2012年02月06日
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「天皇の生母」神功皇后(第15代応神天皇生母) 卑弥呼に勝るとも劣らない神懸かりで神託を受ける、英傑の皇后です。夫・仲哀天皇の没後、熊襲を征伐、西征して新羅に攻め入るとき神功皇后と共に妹のトヨヒメが女性であるにもかかわらず鎧をまとっている様を、新羅人が嘲笑った様子が先代旧事本紀に描かれています。その後、朝鮮半島の新羅を下し、高句麗・百済をも降伏せしめます。凱旋して九州の宇海で応神を産み、以後69年間の長きにわたり国を摂政し朝鮮経営に腐心する事と成ります。 神功皇后を卑弥呼や台与と同じような巫女王であるとする見方もあります。住吉三神とともに住吉大神の1柱として、また応神天皇とともに八幡三神の1柱として信仰されています。大分県の宇佐神宮、大阪府大阪市の住吉大社をはじめ、福岡県福津市の宮地嶽神社、福岡県大川市の風浪宮などでは神社の祭神となっています。
2012年02月06日
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「歴史を変えた女(ヒト)」藤原薬子 薬子は日本史上の屈指の悪女として、退位天を篭絡挙兵せしめて、最後は毒を仰いで死ぬと描かれてきました。しかし、実像はというと、三男二女の母親の薬子は娘の入内に伴い、後の平城天皇にあいまみえます。元来病弱の皇太子は母を失い、母の愛を薬子に求めたと思われます。しかし、太子の父桓武天皇に嫌われ宮中追放処分をうけます。その死後平常天皇が33歳で即位、宮中に呼び返されます。病弱な天皇は在位わずか5年で弟の嵯峨天皇に譲位、ところが、その後健康回復で再位をを嵯峨天皇に迫ります。ここに「薬子の乱」と言われる内乱が起こりますが勝負は坂上田村麻呂を擁した嵯峨天皇の一方的勝利に終わります。 そこには、平城天皇に対して一心に代理母としての実の子以上の愛を注ぎ、その我が儘と望みを叶えてやろうとする姿が見え隠れしています。古代版春日局といったところでしょう。つまり、悪女としての薬子像は平城天皇免責のための捏造であり、実は優しい母心を持った普通の女性であったのです。
2012年02月05日
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「聖書」新旧聖書を紐解く6 パリサイ派の人々は、当時、安息日に麦の穂を摘むことさえひとつの労働として戒律違反だとして厳しく禁じていました。但し、人間の必要を充たすことは、安息日についての戒律に優先するとして、他人の畑の麦の穂を、鎌を使わずに、手で摘むことは許されていました。これは、『旧約聖書』の「レビ記」に定められた律法で、畑の持ち主が落穂を残さず刈り取ることを禁止し、農村において自らの労働では十分な収穫を得ることのできない寡婦や貧農が命をつなぐための権利として認められた慣行です。フランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーによって描かれた「落ち穂拾い」は印象的です。
2012年02月04日
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「聖書」新旧聖書を紐解く5 ユダヤの預言者はやがて此の世に現われると預言されている救世主が到来する。偉大な預言者ヨハネは神の国が近づいたことを民衆に伝えていました。そこへイエスがヨハネの洗礼を受ける事となります。この時、二人の精神の交流があったに違いないが、ヨハネはイエスを神の国の到来を実現する者と直覚したのだろうか。その後のヨハネは処刑されるまで黙して語らない。当時はヨハネこそ救世主と考える民衆が多く、ヘロデ王もヨハネを処刑することを躊躇する程怖れていました。その後、エルサレムに入るイエスはヨハネの預言通りの、イスラエルにその神の国をもたらし得る力と特権を持たれた唯一の救世主となります。
2012年02月04日
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「時間」を超越 宇宙の始まりは、スーパーウルトラ(光速を超えた検知)望遠鏡さえ有れば百数十億光年の彼方まで、見通すことが可能となり宇宙そのものの始まりを確認できることも出来得るかも知れません。しかし、それは光速という限界を超えたところで何倍といった単位の話です。此処に、光運動が何かしら時間に関係してる根拠があるかもしれません。 しかし、仮想的に光速の拘束を受けない存在があるとしたら、現時瞬間の今の宇宙の涯てが見えることが可能と成ります。しかし、そのものは、最早、時間や運動を超えた存在であり、瞬間であり永遠の宇宙存在です。此の帰結は、宇宙に時間が存在しない事を意味するかもしれません。 光速の拘束を受けない存在を考えるに、その有力候補は「神」に、思考を極限まで高め、宇宙意識(理法)を極めた釈尊の「思考」に求められます。思考(神の思惟)こそが時間や運動の存在を超える可能性を秘めています。
2012年02月03日
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「歴史を変えた女(ヒト)」孝謙天皇 史上女帝の数は重祚二代を除けば八人で、聖武天皇の皇女で、道鏡を寵愛したとされる天涯孤独の孝謙天皇は、父天皇が在位中に内親王で立太子して、皇位に就きました。内親王の立太子は八人の女帝のあとにも先にも孝謙天皇だけです。 母の光明皇太后を失った後、気がつくと齢い四十を超え、父子兄弟もいない天涯孤独の身で憂愁孤独の日々でした。その寂しさから体調を崩した折に看病禅師として現れたのが、河内弓削市出身の道鏡です。道鏡は女帝に、古代インドの密教の占星術を伝授、元々、気鬱から発した病気に暗示を与え快癒、女帝は以後片時も傍から離さない程寵愛します。 女帝の最晩年の宇佐八幡宮の神託「道鏡を皇位に就かせれば、天下泰平ならん。」で殆んど譲位に傾いていたのを打ち砕いたのは、平安京造営で有名な和気清麻呂です。これ以後、道鏡の権威は根底から崩れます。女帝は平城京で病に侵され五十三歳で、孤独の人生から救い上げてくれた愛する道鏡に看取られながら崩御。天武の血統は絶え、皇統が天地系に移ることになりました。
2012年02月03日
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「十誡」と「十戒」旧約と仏教の比較 モーセがシナイ山で神から炎の手で書き記され、与えられたとされる二枚の石板に書かれた「十誡」(ジッカイ)にはイスラエルの民が守らなければいけない神との契約が書かれています。1から3までは神と人についての関わりで(主が唯一の神であること・主の名をみだりに唱えてはならない・主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。)、4から10が人が人として守らなければならない戒律(あなたの父母を敬え・殺してはならない・姦淫してはならない・隣人に関して偽証してはならない・隣人の妻を欲してはならない・隣人の財産を欲してはならない。) 一方、仏教の「十戒」として知られる「菩薩十善戒」は(不殺生戒・不偸盗(ふちゅうとう)戒・不邪淫戒・不妄語戒・不綺語戒{ふざけた言葉を言ってはならない}・不悪口戒・不両舌戒{仲違いさせる言葉を吐いてはいけない}・不貪欲戒・不瞋恚 (ふしんに)戒{怒ってはならない}・不邪見戒{理法について邪まな考えをもたない}以上の十善戒を実践することにより、人は人になり、悟りに至るとします。 旧約と仏教、どちらに在っても共通するのは、人が人として生きていく上の最低限のモラルの部分です。宗教に於ける戒めではなく社会生活の基本を説いています。これ等を観ても、さほど実行が困難なものが、却って無いのに驚かされます。
2012年02月02日
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「地獄」百景序文 死後において、悪行を為した者の霊魂が死後に送られ報復罰を受けるとされる世界である。厳しい拷問と永劫の苦しみとを受けることは、一部の宗教に例外は在るものの、人間本来の本質に属する死への不安、先駆への駆り立てと焦燥感が醸し出すもので、生命存在自体には殺されることに対する生存本能による抵抗(仕留めへの反応)はあるものの、死後への恐怖感はありません。死そのものは不完成の人間存在の完成であり完了です。死にきりには不安感はなどは一切ありません。 人間の死と動物的・植物的・その他ウィルス等の死とが形骸的には変わらないとしても、その持つ意味は違います。人間こそが、未来に時間的には不確実な、存在的には確実性を以て、来たる生命の終わりを認識しています。此れが人に理知と理性もたらします。言い換えれば「存在」理由を考えさせます。そこに理知と理性えを逸脱した行為をした者に、地獄の門があることの予想を与える本来的な存在意味が現れます。
2012年02月02日
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「聖書」新旧聖書を紐解く4 旧約聖書にあっては、モーゼが授かった律法によれば、鱗癬を生じる各種の皮膚病、現代では日本に在っても差別化されていたハンセン病や天然痘は、宗教的に穢れた者として異端の眼をもって隔離し、社会復帰するには祭司の浄めの儀式を受け、病気快癒を捧げ物をして証明してもらう意外に方策がありませんでした。 新訳のイエスの現出は主なる神への信仰は、信仰の力の偉大さを教え、その後のローマ貴族への信仰の浸透とともに、ハンセン病の母と姉に会うという娘にローマ法に照らして拷問・死刑という重大犯罪まで犯させます。隔離洞窟から母と姉を手を添えて連れ出した時、奇跡が起こり二人の鱗癬が消えます。しかし、ローマ皇帝は悪霊の仕業と畏怖し三人を闘技場で処刑しました。 新訳聖書を読むと次から次と想像の浪曼が浮かび上がります。信仰の有る無しに拘わらず真美の書として手元に置きたい至極の書です。
2012年02月01日
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「聖書」新旧聖書を紐解く3 イエスはマタイによる福音書のなかで、旧約聖書の最初の五つに記された非常に多くの戒律に関して「律法のなかの最も小さな定めでも無視することは許されない。」と述べますが、パリサイ派の形式的な律法主義を厳しく批判し、律法の根本精神のみ重んじたイエスがこの様に説いたことは背景に何が在ったのでしょうか。 恐らくは、イエスを酒飲みの遊び人とする人々が一方にあり、またイエスの信徒の中にも戒律を破る甚だしき者が多く出たのでしょう。イエスは弟子に向かって言います。「私に向かって、主よ・主よと言う者が必ずしも天国に迎えられるわけではない。父なる神が望んでいることを行う者に限られる。最後の審判の日に、私に向かいさぞ私の名のもとで、悪霊を追い払い奇跡もやりましたと述べることだろう。その時私は宣告する「お前など知るものか、さあ出て行け、此の恥知らず」と。 此れは仏教に在っても同様で、戒を破りながら只仏の名を、声高らかに唱えても、仏の救いなど当てにするなと説きます。
2012年02月01日
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