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「旧約聖書」創世記第11章・バベルの塔11:1全地は同じ発音、同じ言葉であった。11:2時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。11:3彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。11:4彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。11:5時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、11:6言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。11:7さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。11:8こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。11:9これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。11:10セムの系図は次のとおりである。セムは百歳になって洪水の二年の後にアルパクサデを生んだ。11:11セムはアルパクサデを生んで後、五百年生きて、男子と女子を生んだ。11:12アルパクサデは三十五歳になってシラを生んだ。11:13アルパクサデはシラを生んで後、四百三年生きて、男子と女子を生んだ。11:14シラは三十歳になってエベルを生んだ。11:15シラはエベルを生んで後、四百三年生きて、男子と女子を生んだ。11:16エベルは三十四歳になってペレグを生んだ。11:17エベルはペレグを生んで後、四百三十年生きて、男子と女子を生んだ。11:18ペレグは三十歳になってリウを生んだ。11:19ペレグはリウを生んで後、二百九年生きて、男子と女子を生んだ。11:20リウは三十二歳になってセルグを生んだ。11:21リウはセルグを生んで後、二百七年生きて、男子と女子を生んだ。11:22セルグは三十歳になってナホルを生んだ。11:23セルグはナホルを生んで後、二百年生きて、男子と女子を生んだ。11:24ナホルは二十九歳になってテラを生んだ。11:25ナホルはテラを生んで後、百十九年生きて、男子と女子を生んだ。11:26テラは七十歳になってアブラム、ナホルおよびハランを生んだ。11:27テラの系図は次のとおりである。テラはアブラム、ナホルおよびハランを生み、ハランはロトを生んだ。11:28ハランは父テラにさきだって、その生れた地、カルデヤのウルで死んだ。11:29アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライといい、ナホルの妻の名はミルカといってハランの娘である。ハランはミルカの父、またイスカの父である。11:30サライはうまずめで、子がなかった。11:31テラはその子アブラムと、ハランの子である孫ロトと、子アブラムの妻である嫁サライとを連れて、カナンの地へ行こうとカルデヤのウルを出たが、ハランに着いてそこに住んだ。11:32テラの年は二百五歳であった。テラはハランで死んだ。 此の章で目を引くのは、彼の有名なバベルの塔でしょう。バベルの塔とは聖書に記されている伝説のひとつでバビロニア帝国にノアのハム系子孫のニムロデが建てようとしていた塔でした。旧約聖書の創世記、第11章にバベルの塔の内容を説明すると全地が一つの言語、一式の言葉だった頃にバビロニアの人々が「さぁ、我々のために都市を、そして塔を建て、その頂を天に届かせよう。そして、大いに我々の名を揚げて、地の全面に散らされることのないようにしよう。」ということを言った。このように神への崇拝の為ではなく名と力の誇示のために塔を建設したのである。そしてそれを見た神が怒り、人々の言語を混乱させ人々が互いの言葉を理解できないようにさせてバベルの塔の建設を途中で終わらせた。よってその町の名は「混乱させる」という意味「バーラル」という動詞からとり、バベルと呼ばれるようになったのです。このバベルの塔は実際に存在したとされており、古代メソポタミアの中心都市であったバビロンにあったと言われており、その基盤の跡が現在も残っているそうです。バベルの塔は、古代メソポタミアに多くみられたジッグラートという階段状の建造物だったと云われています。チグリス・ユーフラテス川周辺にはジッグラート遺構が発見されており、高さ90メートル、七階建てで最上階には神殿があったそうです。各階が曜日の始まりといわれて、また塔は焼きレンガで作られていたといわれます。此の人類の傲慢さに、神は人類の将来性に一種の恐れを予見したのかも知れません。
2012年11月30日
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「旧約聖書」創世記第10章・狩猟者ニムロデ10:1ノアの子セム、ハム、ヤペテの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに子が生れた。10:2ヤペテの子孫はゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トバル、メセク、テラスであった。10:3ゴメルの子孫はアシケナズ、リパテ、トガルマ。10:4ヤワンの子孫はエリシャ、タルシシ、キッテム、ドダニムであった。10:5これらから海沿いの地の国民が分れて、おのおのその土地におり、その言語にしたがい、その氏族にしたがって、その国々に住んだ。10:6ハムの子孫はクシ、ミツライム、プテ、カナンであった。10:7クシの子孫はセバ、ハビラ、サブタ、ラアマ、サブテカであり、ラアマの子孫はシバとデダンであった。10:8クシの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。10:9彼は主の前に力ある狩猟者であった。これから「主の前に力ある狩猟者ニムロデのごとし」ということわざが起った。10:10彼の国は最初シナルの地にあるバベル、エレク、アカデ、カルネであった。10:11彼はその地からアッスリヤに出て、ニネベ、レホボテイリ、カラ、10:12およびニネベとカラとの間にある大いなる町レセンを建てた。10:13ミツライムからルデ族、アナミ族、レハビ族、ナフト族、10:14パテロス族、カスル族、カフトリ族が出た。カフトリ族からペリシテ族が出た。10:15カナンからその長子シドンが出て、またヘテが出た。10:16その他エブスびと、アモリびと、ギルガシびと、10:17ヒビびと、アルキびと、セニびと、10:18アルワデびと、ゼマリびと、ハマテびとが出た。後になってカナンびとの氏族がひろがった。10:19カナンびとの境はシドンからゲラルを経てガザに至り、ソドム、ゴモラ、アデマ、ゼボイムを経て、レシャに及んだ。10:20これらはハムの子孫であって、その氏族とその言語とにしたがって、その土地と、その国々にいた。10:21セムにも子が生れた。セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。10:22セムの子孫はエラム、アシュル、アルパクサデ、ルデ、アラムであった。10:23アラムの子孫はウヅ、ホル、ゲテル、マシであった。10:24アルパクサデの子はシラ、シラの子はエベルである。10:25エベルにふたりの子が生れた。そのひとりの名をペレグといった。これは彼の代に地の民が分れたからである。その弟の名をヨクタンといった。10:26ヨクタンにアルモダデ、シャレフ、ハザルマウテ、エラ、10:27ハドラム、ウザル、デクラ、10:28オバル、アビマエル、シバ、10:29オフル、ハビラ、ヨバブが生れた。これらは皆ヨクタンの子であった。10:30彼らが住んだ所はメシャから東の山地セパルに及んだ。10:31これらはセムの子孫であって、その氏族とその言語とにしたがって、その土地と、その国々にいた。10:32これらはノアの子らの氏族であって、血統にしたがって国々に住んでいたが、洪水の後、これらから地上の諸国民が分れたのである。 此の章では10:8クシの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。に注目しましょう。私たちは、ニムロデが王国を確立したことを創世記で学びますが、シュメールの文献では、共通のよく見られる知られた物語です。しかし、アッシリア同様にシュメール人に加えて、バビロニア人がニムロデについて書いたヒッタイトでも、ギルガメッシュとニムロデとの類似点から、多くの学者は、ギルガメシュはニムロデであることに同意します。ギルガメッシュの叙事詩・寓話を続けると、彼が勝つでしたが、彼は征服を行なったし、神(YHVH)の頭を取った。したがって、彼はウルクと他の都市に戻って来て、人々に伝えます「もうYHVHを心配することはない。彼は死んでいる。私はレバノン山の中で彼を殺した。だから、好きなように生き、私はあなたの王となる」と世話をしますあなたの。彼は明らかに古代近東の中で最も人気のあるヒーローでした。地球上で強力な戦士に成長したニムロデは主の前に威力のハンターだった。それが、「主の前に力ある狩猟者ニムロデのごとし」ということわざが起った。理由です。彼の王国の中心であったバビロン、エレク、アッカドとカルネシナルインチ(創世記10:8-10)の多くは、これはニムロデについて肯定、無言の証言であると考えています。ニムロデの王国(創世記10:11)は、チグリス川沿いのニネベで、古代アッシリアの主要都市であり続けます。 20世紀初頭にはヘンリーレーヤードによって発掘されています。
2012年11月29日
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「旧約聖書」創世記第9章・カナンへの呪い 9:1神はノアとその子らとを祝福して彼らに言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。9:2地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に服し、9:3すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう。さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。9:4しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。9:5あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。いかなる獣にも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。9:6人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに。9:7あなたがたは、生めよ、ふえよ、地に群がり、地の上にふえよ」。9:8神はノアおよび共にいる子らに言われた、9:9「わたしはあなたがた及びあなたがたの後の子孫と契約を立てる。9:10またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。9:11わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」。9:12さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがた及びあなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。9:13すなわち、わたしは雲の中に、にじを置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。9:14わたしが雲を地の上に起すとき、にじは雲の中に現れる。9:15こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思いおこすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。9:16にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。9:17そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。9:18箱舟から出たノアの子らはセム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である。9:19この三人はノアの子らで、全地の民は彼らから出て、広がったのである。9:20さてノアは農夫となり、ぶどう畑をつくり始めたが、9:21彼はぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。9:22カナンの父ハムは父の裸を見て、外にいるふたりの兄弟に告げた。9:23セムとヤペテとは着物を取って、肩にかけ、うしろ向きに歩み寄って、父の裸をおおい、顔をそむけて父の裸を見なかった。9:24やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、9:25彼は言った、「カナンはのろわれよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える」。9:26また言った「セムの神、主はほむべきかな、カナンはそのしもべとなれ。9:27神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ」。9:28ノアは洪水の後、なお三百五十年生きた。9:29ノアの年は合わせて九百五十歳であった。そして彼は死んだ。 第一発見者のハムは、自分の父の裸を見て、外にいた二人の兄弟に告げました。当時は裸で寝ることを忌むこととしていたかも知れません。するとセムとヤペテは、酔いつぶれた父のところに後ろ向きに歩いて行き、父を着物で覆います。ハムの行動は、父の不名誉な姿を見てしまったのは不可抗力であるとしてもハムが父を愛し、父の名誉を守ろうとするつもりがあるなら、その裸を覆って黙っているべきでした。しかし彼は、父の恥を、身内とはいえ第三者である兄弟に言いふらしたのです。セムとヤペテは、父を愛するがゆえに、父の醜態を見ずに近づいて、恥ずべき姿をおおったのです。酔いからさめたノアは、自分が正体をなくしている間にあったことを知り、ハムと、ハムの息子カナンに怒りをむけて「カナンは呪われよ。奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ」と言ったのです。なぜ息子カナンまで呪ったのでしょう。私は、はじめカナンが年若き故の悪戯が過ぎたのかとも想いましたが、その様な解釈が見当たりません。ノアがなぜハムではなくハムの子カナンを呪うと言ったかは、子を亡くすことは自分が死ぬよりつらく苦しい物です。ハム自身が苦しむより以上の罰はその子が苦しむことです。親にとって子の苦しみを見ることは耐えられないものなのですから。神はノアを通してハムに死以上の罰を与えたのであった。その後の経緯をみると、カナンの子孫であるカナン人はこのあとの歴史において堕落していき、多神教に走り、性的にも乱れていきます。その兆しがすでにノアに見えていて、この親子はまったく駄目だと予見したのかも知れません。失敗した人が必要以上に激昂したり八つ当たりするのとは違って、愛のないハムと特にカナンの人間性に対して、怒りを向けたのとも取れます。そして、其の後ノアの怒りが正当だからこそ、ノアがカナンを呪った通りにヤハウェが歴史を動かしていきます。後に、セムの子孫であるイスラエルがエジプトから脱出してきたとき、カナン人の土地はイスラエルに収奪されていくことになります。
2012年11月28日
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「旧約聖書」創世記第8章・ノアの箱舟三 8:1神はノアと、箱舟の中にいたすべての生き物と、すべての家畜とを心にとめられた。神が風を地の上に吹かせられたので、水は退いた。8:2また淵の源と、天の窓とは閉ざされて、天から雨が降らなくなった。8:3それで水はしだいに地の上から引いて、百五十日の後には水が減り、8:4箱舟は七月十七日にアララテの山にとどまった。8:5水はしだいに減って、十月になり、十月一日に山々の頂が現れた。8:6四十日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、8:7からすを放ったところ、からすは地の上から水がかわききるまで、あちらこちらへ飛びまわった。8:8ノアはまた地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、8:9はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。彼は手を伸べて、これを捕え、箱舟の中の彼のもとに引き入れた。8:10それから七日待って再びはとを箱舟から放った。8:11はとは夕方になって彼のもとに帰ってきた。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った。8:12さらに七日待ってまた、はとを放ったところ、もはや彼のもとには帰ってこなかった。8:13六百一歳の一月一日になって、地の上の水はかれた。ノアが箱舟のおおいを取り除いて見ると、土のおもては、かわいていた。8:14二月二十七日になって、地は全くかわいた。8:15この時、神はノアに言われた、8:16「あなたは妻と、子らと、子らの妻たちと共に箱舟を出なさい。8:17あなたは、共にいる肉なるすべての生き物、すなわち鳥と家畜と、地のすべての這うものとを連れて出て、これらのものが地に群がり、地の上にふえ広がるようにしなさい」。8:18ノアは共にいた子らと、妻と、子らの妻たちとを連れて出た。8:19またすべての獣、すべての這うもの、すべての鳥、すべて地の上に動くものは皆、種類にしたがって箱舟を出た。8:20ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭を祭壇の上にささげた。8:21主はその香ばしいかおりをかいで、心に言われた、「わたしはもはや二度と人のゆえに地をのろわない。人が心に思い図ることは、幼い時から悪いからである。わたしは、このたびしたように、もう二度と、すべての生きたものを滅ぼさない。8:22地のある限り、種まきの時も、刈入れの時も、暑さ寒さも、夏冬も、昼も夜もやむことはないであろう」。 「8:20ノアは主に祭壇を築いて、すべての清い獣と、すべての清い鳥とのうちから取って、燔祭(burnt offering)を祭壇の上にささげた。」の文言に此処では注目します。原語で「丸焼きにする」と書かれているのを「全部焼いて灰にする」と解釈するのは過ちです。「丸焼きにする」とは、もちろん食べるために焼くのです。旧約だけでなく、すべての祭儀の基本は共に食事にあずかることにあります。結婚式が食事の宴なしに成り立たないのと同じことです。特に、旧約の民の場合は、肉を主食とする民ですから、動物を屠ると言うことは、祭儀の中心であるだけでなく、その肉を食べてこそ初めて祭儀が完成するのです。それはちょうど、日本人が米を捧げるのと同じような神聖な行為であって、日本人が「米の一粒も無駄にしない」という精神を持っているように、イスラエル人も「肉の一切れも無駄にしない」という考え方を持っていたはずです。動物を育てると言うことは大変な労苦がいることで、いつの時代でも肉が豊富にあるわけではありません。人々は祭りのたびに肉を食べれることを期待し、喜び、感謝したのです。また、イスラエルでは祭儀には様々なものがあり、燔祭は取り分け重要視されています。祭司たちも祭儀を大事にしていました。祭司は肉体労働者ではなく、神殿に捧げられる動物の分け前を貰って一家を養っていたからです。人々が神殿に来て動物を捧げてくれないことには生活出来得ませんでした。
2012年11月27日
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「旧約聖書」創世記第7章・ノアの箱舟二 7:1主はノアに言われた、「あなたと家族とはみな箱舟にはいりなさい。あなたがこの時代の人々の中で、わたしの前に正し人であるとわたしは認めたからである。7:2あなたはすべての清い獣の中から雄と雌とを七つずつ取り、清くない獣の中から雄と雌とを二つずつ取り、7:3また空の鳥の中から雄と雌とを七つずつ取って、その種類が全地のおもてに生き残るようにしなさい。7:4七日の後、わたしは四十日四十夜、地に雨を降らせて、わたしの造ったすべての生き物を、地のおもてからぬぐい去ります」7:5ノアはすべて主が命じられたようにした。7:6さて洪水が地に起った時、ノアは六百歳であった。7:7ノアは子らと、妻と、子らの妻たちと共に洪水を避けて箱舟にはいった。7:8また清い獣と、清くない獣と、鳥と、地に這うすべてのものとの、7:9雄と雌とが、二つずつノアのもとにきて、神がノアに命じられたように箱舟にはいった。7:10こうして七日の後、洪水が地に起った。7:11それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、7:12雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。7:13その同じ日に、ノアと、ノアの子セム、ハム、ヤペテと、ノアの妻と、その子らの三人の妻とは共に箱舟にはいった。7:14またすべての種類の獣も、すべての種類の家畜も、地のすべての種類の這うものも、すべての種類の鳥も、すべての翼あるものも、皆はいった。7:15すなわち命の息のあるすべての肉なるものが、二つずつノアのもとにきて、箱舟にはいった。7:16そのはいったものは、すべて肉なるものの雄と雌とであって、神が彼に命じられたようにはいった。そこで主は彼のうしろの戸を閉ざされた。7:17洪水は四十日のあいだ地上にあった。水が増して箱舟を浮べたので、箱舟は地から高く上がった。7:18また水がみなぎり、地に増したので、箱舟は水のおもてに漂った。7:19水はまた、ますます地にみなぎり、天の下の高い山々は皆おおわれた。7:20水はその上、さらに十五キュビトみなぎって、山々は全くおおわれた。7:21地の上に動くすべて肉なるものは、鳥も家畜も獣も、地に群がるすべての這うものも、すべての人もみな滅びた。7:22すなわち鼻に命の息のあるすべてのもの、陸にいたすべてのものは死んだ。7:23地のおもてにいたすべての生き物は、人も家畜も、這うものも、空の鳥もみな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。7:24水は百五十日のあいだ地上にみなぎった。 此処で登場する「清い獣と、清くない獣と、鳥と、地に這うすべてのもの」とはどういった生物なのでしょう。当然に植物は含まれておりません。清浄規定がレビ記に記されています。生活の中で、清いものと汚れたものを区別せよと言われている。最初の規定は、ひづめの割れていない動物、はんすうしない動物は食べてはいけないと言うものです。レビ記11:2-4「地上のあらゆる動物のうちで、あなたたちの食べてよい生き物は、ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである。従って反すうするだけか、あるいは、ひづめが分かれただけの生き物は食べてはならない。」次に、水の中に住む動物のうち、ひれとうろこのないものは食べてはいけないと命令される。レビ記11:9-11「水中の魚類のうち、ひれ、うろこのあるものは、海のものでも、川のものでもすべて食べてよい。しかし、ひれやうろこのないものは、海のものでも、川のものでも、水に群がるものでも、水の中の生き物はすべて汚らわしいものである。これらは汚らわしいものであり、その肉を食べてはならない。」空を飛ぶ鳥のうちで、猛禽類は食べるなと言われている。11:13-19「鳥類のうちで、次のものは汚らわしいものとして扱え。食べてはならない。それらは汚らわしいものである。禿鷲、ひげ鷲、黒禿鷲、 鳶、隼の類、やつがしら鳥、こうもり等々。」。11:20-23「羽があり、四本の足で動き、群れを成す昆虫はすべて汚らわしいものである。ただし羽があり、四本の足で動き、群れを成すもののうちで、地面を跳躍するのに適した後ろ肢を持つものは食べてよい。」即ち、地を這う昆虫のうちでは、食べて良いのはイナゴ等の跳躍するものだけであるとします。爬虫類も汚れたものとして、食用を禁止されているのは当然の様にも思いますが、日本人は鼈を喜んで食べます。「地上を這う爬虫類は汚れている。もぐらねずみ、とびねずみ、やもり、大とかげ、とかげ等々、以上は爬虫類の中で汚れたものであり、その死骸に触れる者はすべて夕方まで汚れる。」としています。何故に、これ等規定が命じられたのか。排除されている動物は、肉食動物と地を這う動物である。はんすうする動物は草食動物であり、肉食動物ははんすうしない。鳥で排除されているのは猛禽類である。ひづめの分かれていない動物は直接地に足をつけて歩く。肉を食べる動物は、他の動物の命を殺して食べる。生きるためにやむを得ず肉を食べるとしても、他の動物の肉を食べる動物は食べるなと言われている。肉食の基本は悪であり、本来のものではなと説いているようです。印度では牛を聖なるものとして食用を禁じ、旧約・イスラム圏では豚を汚れているものとして禁食しているのは、考えの相違に驚かされます。雑食人間日本人が持つ疑問でしょう。 次に、神の言葉「あなたがこの時代の人々の中で、わたしの前に正しい人であるとわたしは認めたからである。」の文言に注目して見ると、永遠の存在で且つ永遠の瞬間・永遠の今亦は現在の神が再び、「この時代の人々」と述べています。神は時間の中に在るのでしょうか、且つ、神には未来が見得ないのでしょうか。神が自ら齎した時間の制約を離れられないとしたら、時間こそが「永遠の存在」主たる理法であり「絶対存在」であると宣言しているようにも捉えかねません。永遠とは、物事の変化を認識するための概念である時間に対し、変化しないものの概念であり、常に移ろい過ぎ去っていく時間に対し、不変のものを言います。時間が有限であるのに対し、永遠であるということは時間線上を離れた「永遠の瞬間・永遠の今」であるということです。
2012年11月26日
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「旧約聖書」創世記第6章・ノアの箱舟(Noah'sArk)一 6:5主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。6:6主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、6:7「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。6:8しかし、ノアは主の前に恵みを得た。6:9ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。6:10ノアはセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ。6:11時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。6:12神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。6:13そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。6:14あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。6:15その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、6:16箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。6:17わたしは地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。地にあるものは、みな死に絶えるであろう。6:18ただし、わたしはあなたと契約を結ぼう。あなたは子らと、妻と、子らの妻たちと共に箱舟にはいりなさい。6:19またすべての生き物、すべての肉なるものの中から、それぞれ二つずつを箱舟に入れて、あなたと共にその命を保たせなさい。それらは雄と雌とでなければならない。6:20すなわち、鳥はその種類にしたがい獣はその種類にしたがい、また地のすべての這うものも、その種類にしたがって、それぞれ二つずつ、あなたのところに入れて、命を保たせなさい。6:21また、すべての食物となるものをとって、あなたのところにたくわえ、あなたとこれらのものとの食物としなさい」。6:22ノアはすべて神の命じられたようにした。 此処での神の言葉に注目して見ると、主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われたとあります。永遠の存在で且つ永遠の瞬間・永遠の今亦は現在の存在神が「悔いる」と言われているのです。未来を観相するからこそ、数々の預言者に予言を与えている主なる神です。これは著者の人間感情の投影としか考えられません。単に人間を超える力を持った「悔いる神」を私は考えたくもないし、創造し得ません。 箱舟(方舟)は長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトで3つのデッキを持っている。これは、タバナクル(テント式神殿)の3倍の高さであり、タバナクルの前庭の3倍の広さとなっています。メートルで表わすと、約全長:135m、幅:23mほどで、海洋向きに適するものだったと云えます。この大きさによって、神の考えにおける人類の魂の救済という意味が同時にこめられていることを聖書の著者が念頭においていたことが推理できます。またこの「長:幅:高の比率は、現在のタンカーなどの大型船を造船する際に、最も安定しているといわれる比率とほぼ同じとなります。なお、「アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。」ですが、このアスファルトは石油のなかの揮発性の成分がなくなって高沸点の部分が残ったもので、昔から舟の水もれをとめるシーリング剤や、燃料として用いられていたのです。古代における石油関連物の利用は思ったよりも多いのです。ソドムとゴモラ炎上にも此の古代における石油関連物が関係している事もあり得ます。
2012年11月25日
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「旧約聖書」創世記第6章・神の子と人の娘の交合 6:1人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、6:2神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。6:3そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。6:4そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。 此の創世記第6章の1-4節に登場する神の子とは誰のことか。信仰者を自称する人は、これは神に不従順だったカインの子孫、人の娘というのは忠実なセツの家系だといいます。しかし、それでは何故ネフィリム(Nephilim)またはネピリム(巨人)が生まれてきたのかという説明がつきません。ヨブ記にも同じ言葉が現れます。ある日、神の子らが主の前に来て立ったとき、サタンも来てその中にいた。これは如何様に捉えて天使です。文字通り「神の子」と捉えると「人の娘」は処女受胎したとも考えらます。それ故に創世記を信奉するユダヤ教徒の「人の子」(主を父とする)イエスへの虐待が不可解です。イエスは人の身体を以って神に罪祭として捧げられました。また、その中には堕落した天使長ルシファーの成れの果て、サタンもいたとされています。創世記は天使それも神に反逆した堕落天使(悪霊)を神の子と言っているのでしょうか。ところが、天使には性別はないと云います。また、サタン礼拝者の説によると堕落天使(悪霊)は天国では性別はないが、地上に来ると男にも女にもなれるそうです。事実かどうかは別として、このネピリムは、ただ大きい人間というのではなく人間以外のものとの混血児かもしれないのです。聖書を字句そのまま読む限りはそうなります。神の系統にもかかわらず、神に油を注がれたダビデはおそらくは堕落天使の血統であると考えてネピリムであるゴリアテと戦ったのでしょう。そのネピリムを相手にしたと考えるとき、改めてダビデの勇気と信仰の偉大さを思います。 もう一つのケースは、モーセに率いられてエジプトを脱出し約束の地カナンの入り口に来たときのことです。モーセは12人の偵察隊を送り込んでその地を調べさせ、帰ってきた彼らがその地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。民数記13:28「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地です。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。そこで、私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」と報告したのです。 ネピリムは古代において有名であり勇士でした。彼らは洪水で滅ぼされたとされますが、その後も旧約聖書の中に現れています。例外的に洪水を生き延びたのだとも思われます。若しくは堕落天使たちが再び人間の娘と交わったのでしょうか。主がヨシュアにカナンの民を男女幼児に至るまで絶滅するように命じておられるのは、ネピリムを根絶するためだったとするなら納得させられるでしょう。
2012年11月24日
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「旧約聖書」創世記第5章・アダムの系図後半 5:6セツは百五歳になって、エノスを生んだ。5:7セツはエノスを生んだ後、八百七年生きて、男子と女子を生んだ。5:8セツの年は合わせて九百十二歳であった。そして彼は死んだ。5:9エノスは九十歳になって、カイナンを生んだ。5:10エノスはカイナンを生んだ後、八百十五年生きて、男子と女子を生んだ。5:11エノスの年は合わせて九百五歳であった。そして彼は死んだ。5:12カイナンは七十歳になって、マハラレルを生んだ。 5:13カイナンはマハラレルを生んだ後、八百四十年生きて、男子と女子を生んだ。5:14カイナンの年は合わせて九百十歳であった。そして彼は死んだ。5:15マハラレルは六十五歳になって、ヤレドを生んだ。5:16マハラレルはヤレドを生んだ後、八百三十年生きて、男子と女子を生んだ。5:17マハラレルの年は合わせて八百九十五歳であった。そして彼は死んだ。5:18ヤレドは百六十二歳になって、エノクを生んだ。5:19ヤレドはエノクを生んだ後、八百年生きて、男子と女子を生んだ。 5:20ヤレドの年は合わせて九百六十二歳であった。そして彼は死んだ。 5:21エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。5:22エノクはメトセラを生んだ後、三百年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。5:23エノクの年は合わせて三百六十五歳であった。5:24エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。 5:25メトセラは百八十七歳になって、レメクを生んだ。5:26メトセラはレメクを生んだ後、七百八十二年生きて、男子と女子を生んだ。5:27メトセラの年は合わせて九百六十九歳であった。そして彼は死んだ。5:28レメクは百八十二歳になって、男の子を生み、5:29「この子こそ、主が地をのろわれたため、骨折り働くわれわれを慰めるもの」と言って、その名をノアと名づけた。5:30レメクはノアを生んだ後、五百九十五年生きて、男子と女子を生んだ。5:31レメクの年は合わせて七百七十七歳であった。そして彼は死んだ。5:32ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。 「5:24にエノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。」驚くべきは創世記上、初めてこのエノクという人物、死ななかったと云うのです。ヘブライ人への手紙11:5では[信仰によって、エノクは死を経験しないように、天に移されました]とあります。創世記にはただ、エノクの生き方が、エノクはメトセラを生んだ後、神とともに歩むように変わったと書いてあるだけです。何が彼を変えたのでしょうか。ヘブライ人への手紙には「神に喜ばれていたことが証明されていた」と記されていますから、後に登場する神の人・預言者エリヤ的な人物であり、周囲にも其れと分かるような生き方をしていたのでしょう。エノクの信仰は、たんに「主なる神に従って」ではなく「神と共に歩く」でした。アダム以来の人類は主なる神を離れて堕落したのに、エノクは神の傍らを共にを歩んだのです。「神のかたち」に似せて創られた人間は、神の延長ともとれる存在であり、神のもとに帰りたいという思いがあるのかも知れません。高度に科学が発展しても宗教がなくならない。普段は信仰と無縁な人でも、何かあると人知を超えた存在に祈りたくなのは、人間の思惟が神の様態を求める限りの絶対精神への帰巣本能なのかもしれません。エノクのその終わり方は、神の人・預言者エリヤの様に、まさしく「昇天」したのでしょう。
2012年11月23日
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「旧約聖書」創世記第5章・アダムの系図前半 5:1アダムの系図は次のとおりである。神が人を創造された時、神をかたどって造り、 5:2彼らを男と女とに創造された。彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた。 5:3アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。 5:4アダムがセツを生んで後、生きた年は八百年であって、ほかに男子と女子を生んだ。 5:5アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ。 カインとアベルを失ったアダムとエバに、再び子どもセツが与えられます。セツにはエノシュが生まれ、主の御名を呼び始めたのは、この時代のことである。と記録されます。新改訳では[人々は主の御名によって祈ることを始めた。]と訳されています。ヤハウェを神として礼拝しはじめたと云う事です。第4章の後半から通して考えると、アダムの系図にはカインとセツの二つの大きな系統があって、カインの系統は都市や文明の誕生に寄与し、家畜を飼う者の先祖、琴や笛を執るすべての者の先祖、青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者の先祖となりますが、ヤハウェからは離れていきます。それでも、後のノアの洪水(伝説)にも絶滅を免れた様で、その継承を絶やしませんでした。一方、セツの系統は、ヤハウェとの関係を継承していくが、歴史では目立たなかった存在でした。第3節で、アダムは「自分に似た、自分にかたどった」跡継ぎを得たと記されています。親子では似ていて当然ですが、身心が遺伝子的に似ているということのほかに、もう二つの重要な意味があります。アダムも「神に似せて」創造されましたが、この「神のかたち」とは、神を思惟する限りは絶対精神・絶対意思としての、愛とか、ものをつくる喜びとか、正義を求める心、自由意思といった神の様態がセツにも継承されたというのです。 更には、此処にはもうひとつアダムの重大な性質が継承されています。ローマの信徒への手紙に[一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだ]と書かれているのですが、「罪のかたち」つまり神に背を向けたいという思い、人間、偶には悪いことをやりたいという性格の原罪も、セツに継承されたのです。
2012年11月22日
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「神」の定義(11)旧約聖書から神を観相 神は、宇宙に於ける運動・時間性を離れた永遠、瞬間の永遠、神は常に今なる永遠たる存在「今そのものが即永遠」として宇宙の存在に何百億年、何千億年の時間の流れが現在に至っていようとも、その期間と共に、またそれを越えても、常に、今なる現存在なのです。神が「私は初めであり、終わりである。」という聖言を旧約聖書で人に与え表明したのは、人間の思惟・考えの言葉表現規定を超え、人の深層心理に於ける理性で捉えられる「直覚」のみで捉えられる存在、時間も永遠もその存在を規定することは出来ないにしても、それでも人は言葉で以って語り、讃え、愛することの許されたる資質的特権に預かりうる絶対精神を付与された唯一の存在なのです。人間との係わりにおいては、敢えて絶対存在が存在自身を規定、宇宙、人間その他全てを包括、包み込んだものです。。神の言葉は、死人の言葉にあらず、活きて永遠に働いている、生ける言葉だと云われます。現在という高度な知識社会の時代に在っても宇宙存在の初めを追求してやまないのは、神がその「初め」にかかわる存在であり、人がその精神意識にあって、その初めに至らんとしていることへの精神事象であり、その人間事象事態がまた、神の「初めであり、終わりである。」という言葉がその存在規定を代表します。、人間の々の事象的始まりもまた、神との係わりにおいてその個々の「初め」を現実化していること、そのすべての起源が人間独自に根ざしたものではないことは明白でしょう。 大乗八宗の祖、竜樹は無と有を否定し、世界に於ける理法存在其のものを、原因も無いし結果も無い「空」なるものとして、全てを仏に帰しています。釈尊が絶対的有の存在の「神」を否定しているので、興味津々たるものが仏教哲学にはあります。
2012年11月21日
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「旧約聖書」創世記第4章・放浪者カイン 4:17カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。 4:18エノクにはイラデが生れた。イラデの子はメホヤエル、メホヤエルの子はメトサエル、メトサエルの子はレメクである。 4:19レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名はアダといい、ひとりの名はチラといった。 4:20アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。 4:21その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった。 4:22チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者となった。トバルカインの妹をナアマといった。4:23レメクはその妻たちに言った、「アダとチラよ、わたしの声を聞け、レメクの妻たちよ、わたしの言葉に耳を傾けよ。わたしは受ける傷のために、人を殺し、受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。4:24カインのための復讐が七倍ならば、レメクのための復讐は七十七倍」。4:25アダムはまたその妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、「カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました」。 4:26セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。 創世記第4章にしるされている此処までで比較的重要な根本的な神の定義は凡そ記されています。唯一全能の神が世界開闢以前から存在すること、神は人間を含む万物を創造されたこと、神によって造られた凡てを良しとすること、人間は地を治め支配することを決定された事、女は男の伴としてて男と同格に造られていることですが、但し、此処で注目すべきは何故に他の生き物と違い、アダムの肋骨でエバを創られたのかは、古代より男性がどれ程女性に惹かれるのかの証しと主張しているとも取れます。すべての人類はこの最初の男と女の子孫であること、人は罪を犯し、悪を背負っていることこの悪は始祖からすべての人類に及んでいる原罪を主張していること、此処までが神の独言として著者の判断、若しくは観相及び観照か、実相として表象されています。此処には未だ、救世主が来て悪の力を征服するであろうことは述べられてはいません。 一つの疑問は、カインの末裔が、家畜を飼う者の先祖となった。 4:21その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった。 4:22チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者の先祖となった、の文言でしょう。何故なら、後にノア一族を除いて全人類が滅び去ることになったとの記述があるのですから。 最後の文言「セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。」ですが、モルモン書にもエノスという人物が登場しており、彼は一日中お祈りした人でした。創世記では、人々が主の名を呼び始めた理由は書かれていませんが、モーセ書を読むとその理由が分かります。「アダムは神の声に聞き従い、息子たちに悔い改めるように呼びかけた。」と記されています。
2012年11月20日
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「旧約聖書」創世記第4章・アベル殺害 さらにカインの疑念と憎悪は、弟アベルその人へと向けられ集中するものとなる。父アダムの長子として、父に習い、父からの伝えの通りに、土地を耕し、実りを主に願い、自然とそこに生きる生き物をも大切に気を配って来たのに弟アベルは、自分が手しおに掛け、愛し育てた子羊と雄羊のその血を採って殺す。命への暴虐、冒涜の罪ではないか。カインは自分の考えを、納得できない不可解な現実を正し明瞭にするためには、自分の立場の正当性を、主なる神に訴え主張するには、子羊と雄羊への血の報復も善なら、弟アベルへの血の報復行為も然りと。直接行動に出ます。訴えてやるべきだ!と、そんな彼への神の愛の忠告でも、主の言葉が、今や無意味なひびきに過ぎないものでした。 4:8カインは弟アベルに言った、「さあ、野原へ行こう」。彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。 4:9主はカインに言われた、「弟アベルは、どこにいますか」。カインは答えた、「知りません。わたしが弟の番人でしょうか」。 4:10主は言われた、「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血の声が土の中からわたしに叫んでいます。 4:11今あなたはのろわれてこの土地を離れなければなりません。この土地が口をあけて、あなたの手から弟の血を受けたからです。 4:12あなたが土地を耕しても、土地は、もはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者となるでしょう」。 4:13カインは主に言った、「わたしの罰は重くて負いきれません。 4:14あなたは、きょう、わたしを地のおもてから追放されました。わたしはあなたを離れて、地上の放浪者とならねばなりません。わたしを見付ける人はだれでもわたしを殺すでしょう」。 4:15主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。 4:16カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。 旧約聖書の偽典である「ヨベル書」に登場する人物でアベルの兄でアダムとエバの長男カイン(英語ではCain、ヘブライ語ではQayin)のしるし(Mark of Cain)。もちろんアベルとカインのあのカインです。追放されるカインに神はしるしをつけたとされているんですが、元々このしるしはカインを傷つける者はその七倍の復讐を受けるという呪いの類じゃなく、ある種祝福的なものだったようです。しかし、一般的にはこのしるしを、そういう好意的な形では受け取らずに呪いの一部と見なしています。イタリアではカインのしるしというと、肌に焼けた鉄などで焼き印を入れる刑罰を指すそうです。また、精神分析を創始したフロイドはここで描かれる事件を兄弟間の葛藤として観察し、この兄弟姉妹間の無意識的葛藤を「カイン・コンプレックス」と名づけました。なお、スタインベック原作ジェームス・ディーン扮する主人公の映画「エデンの東」はここにその名のルーツがあります。厳格な父に受け入れてもらえない父に受け入れてもらうことを願いつつもかえって背を向けて葛藤する様を描いて映画史に輝いています。
2012年11月19日
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「旧約聖書」創世記第4章・カインの動転と憤り 人は罪を犯したが、神の保護のもとに置かれた。人は女をエバ(命)と名づけ、女によって命を継続する存在となります。神は蛇を呪われたが、人間は呪われなかった。人間に与えられたのは、呪いではなく祝福でした。女は苦しんで子を産むが、生んだ後には祝福される。神は男には労働の喜びを与えられた。4:1人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。 4:2彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。 4:3日がたって、カインは地の産物を持ってきて、主に供え物とした。 4:4アベルもまた、その群れのういごと肥えたものとを持ってきた。主はアベルとその供え物とを顧みられた。 4:5しかしカインとその供え物とは顧みられなかったので、カインは大いに憤って、顔を伏せた。 4:6そこで主はカインに言われた、「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。 4:7正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。 カインの動転と憤りの気持ちもやや沈静化する頃、彼は自分に問いかけられる主の声を聞く。「何故にあなたにとって、それが憤りとなるのか、なぜあなたの顔をそむけ伏させるのか。もしあなたが正しく行っているのであれば、それをあなたは受け入れられるでしょう。もし正しく行っていないのでしたら、咎が戸口で待ち伏せしていて、その熱望があなたに溢れますよ。しかしあなたは、それを治めるべきなのです。」 カインの耳の中で語りかけられた主の声は聞こえるが、道筋もまとまりもなく、頭の中が混乱し、彼には主の言葉を正しく受け止め、即座に返す言葉もない。やがて頭の興奮が冷めてきても、そこに留まるのは、もの凄い疑念の暗雲と憎悪の念でいっぱいです。神が、なぜアベルの供え物を認め、顧みられ、応えられたのか、理解出来ません。主よと呼びかけます。私のあなたへの捧げ物は、間違いなく心して、私はちゃんと行った。但し、命の流す血や初穂でなかったかも知れませんが、今さら正しいの、正しくないのと、問われても、、あなたによって齎された現実を私は絶対に認める気持ちにはなれない。このように彼の耳に入った主の言葉も、さらなる疑念を燃え立たせる渦と化して、かえって、自分の義を押し通さんとする神への反抗心を誘発するものとなります。
2012年11月18日
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「旧約聖書」創世記第3章・ケルビムと回る炎の剣とは 3:24神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。とされる「ケルビムと回る炎の剣」のうちのケルビムとは、旧約聖書には再々登場しますが、その語源はアッカド語であり、「人間の祈りを神々に取り次ぐ仲介者」という意味でケルブ(Cherub)の複数形ケルビム(Cherubim)と呼称されます。エゼキエル書には、四つの顔があり、それぞれはケルブ、人、獅子、鷲の顔をしており、また、四つの翼をもっている。翼の下には人の手の形をしたものが存在したとされています。詩篇80に出てくる言葉「ケルブに座する方」とは、ヤハウェのことを指すとされ、詩篇18に「天を傾け、彼は下った密雲を足の下にして。ケルブの上に乗って彼は飛び、風の翼の上を彼は漂った。」とヤハウェの坐るもの、乗り物としての役割をも担っています。どちらかというと姿、役割ともに天使というよりも神獣と云えます。古代オリエントには合成獣と呼ばれる、実際に存在し、しかも強い動物たちを合成させた獣が多いのが特徴です。鷲とライオンの合成獣グリフィンが代表例でしょう。 一方、「ケルビムと回る炎の剣」のうちの回る炎の剣は、稲妻のことかとおもわれ、度々、神をちからを形容するときに使われています。真っ暗な荒れ野に光る稲妻は、現代人が想像するより恐怖の対象だったでしょう。古代オリエントに置いては神が、もしくは王が、やはり剣のようにして稲妻を持つ姿が、壁画や円筒印章などのモチーフとして描かれています。その稲妻を操る人物がいるとすれば、それは神の使いと思えるに違いないのでしょう。
2012年11月17日
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「旧約聖書」創世記第3章・蛇の誘惑と失楽園 3:1さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。 3:2女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、 3:3ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。 3:4へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 3:5それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。 3:6女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。 3:7すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。3:8彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。 3:9主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 3:10彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。 3:11神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。 3:12人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。 3:13そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。 3:14主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。3:15わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。3:16つぎに女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」。3:17更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。3:18地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。3:19あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。3:20さて、人はその妻の名をエバと名づけた。彼女がすべて生きた者の母だからである3:21主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。3:22主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。 3:23そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。 3:24神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。 此処には、旧約の神の神格がよく現わされています。妬み・怒り・信仰の証しを求める神格性です。何故に、未だ、悪魔または堕天使としては登場してはいない、最も狡猾な生き物とされる「蛇」が神の禁止命令を肯定に変えて、女を誘惑したでしょうか。恐らくは信仰の証しを求めるために神が存在させたとも取れますが、此処では人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥る。欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生む。全てが自由で一つのみ禁止されていただけなのに、限界がなければ人間は神になる。全てが自由にされたとき、人間は自我のために相手を傷つける存在になると言っているように捉えるべきなのでしょう。幼児は裸体を恥ずかしがらないし、動物は性について恥ずかしがりません。何故、人間だけなのか。人は祝福されるべき性が恥ずかしいものになりました。人は神の前から身を隠し、理性を得ることにより、神から離れる者になります。以降の人間は神を認めない弱肉強食の時代が始まることに成ります。即ち原罪の登場です。神から離れた人間がしたことは罪の女への転嫁だった。このとき男女の正常な関係が崩れました。「私の骨の骨、肉の肉」と呼んだ人が「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」と言った。人間はいざとなれば最愛の人も裏切る。人間はこの瞬間に本当の罪を犯しました。このとき悔改めれば許しが始まったであろうに、悔改めない人間を神は許しません。
2012年11月15日
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「旧約聖書」創世記第2章・エデン 主なる神が地と天とを造られた時、 2:5地にはまだ野の木もなく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかったからである。 2:6しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。 2:7主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 2:8主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。 2:9また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。 2:10また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった。 2:11その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地をめぐるもので、 2:12その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した。 2:13第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。 2:14第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの東を流れるもの。第四の川はユフラテである。2:15主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。 2:16主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。 2:17しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。2:18また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。 2:19そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。 2:20それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。 2:21そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。 2:22主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 2:23そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。2:24それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。 2:25人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。 「創世記」の記述によればエデンの園は「東の方」にあり、アダムとエバはそれを管理するためにそこにおかれて、食用果実の木が耕すことを命じます。、園の中央には生命の樹と知恵の樹が何故か植えられます。また、エデンから流れ出た一つの川が、四つの川、良質の金とブドラフと縞メノウがあったハビラ全土を流れるピション川、クシュの全土を流れるギホン川、アシュルの東を流れるヒデケル川、ユーフラテス川に分かれて流れます。エデンがどこに存在したのかについては、古来より、様々な場所が主張され、議論されてきました。多くの説では、エデンがアルメニアの近くにあったとするのが有力です。またユダヤ教の伝承によれば、エデンはアルメニアの現在の首都エレバンにあったといいます。。エレバンの近くにはノアの箱舟が流れ着いたとされる場所アララト山もあります。他には、紀元前六千年頃は海面が低かったため、現在は海となっているペルシャ湾やメソポタミア南部辺りに存在を比定する説、紀元前二千六百年から前二千五百年頃に、メソポタミアにおいてラガシュとウンマという二つの都市国家が「グ・エディン」という肥沃な土地をめぐって戦争を繰り返している、このグ・エディンがエデンの園のモデルであるとする説もあります。なお、エデンとはヘブライ語で快楽、アッカド語で園という意味ですが、キリスト教徒たちはエデンの園を、パラダイス、神が存在する地上の楽園と考えます。しかし同じく「創世記」を信奉するユダヤ教徒やムスリムにはその様な概念はありません。
2012年11月15日
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世紀を超えた、現代の妲己・妲己・楊貴妃それともクレオパトラか、傾城・傾国の美女三人、年を重ねるもその美は妖艶さを増し加え、彼女等には時は関係せず、その美貌が失われていない事には驚かされす。
2012年11月14日
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「閑話休題」旧約聖書の読み方 取り分けて旧約聖書の読み方と云うわけではありませんが、一般に宗教書を読む態度として要求されるのは信じて読むことを第一義にしている方が多いことは予想されましょう。それを我々凡人が真に受けて読むと、挫折すること度々に陥ることになります。旧約聖書に限らず、宗教・哲学・文学・映画・漫画を問わず、その読法は共通します。其れは著作者及び登場人物になり切って読み込むことです。ダビデならダビデ、デカルトならデカルト、寅さんなら寅さん、ケンシロウならケンシロウに成り切れば、左程抵抗無く読みきれる筈です。映画館から出てきた人が、肩をいからせ唐獅子牡丹を口ずさんでいたのを眼にしたことを思い浮かべてください。まして、北斗の拳などは、弥勒菩薩を「伝説の救世主」として表象しています。始めに神・仏にありき家に育ったなら兎も角も我々凡人はこの読み方が途中で挫折しない最善の読書法と断言します。試しに、ハイデガーの著作「存在と時間」を原語をマスターしないで読破したといわれる御仁に、著作者のひととなりになり切って読み込むこと、その骨子を問えば、その問いに答えられる人の数の少なさには驚かされること多々経験する筈です。 例えば、旧約聖書の列王記の中に登場ツェルヤのこの二人の息子のうちのヨアブ。ダビデがアブネル殺害に関与していないことを徹底して民に認識させるために、ヨアブとその兄弟アビシャイがアブネルを殺したのは、私讐であって、ヨアブ及び彼とともにいた全員に布告「アブネルのために嘆き悲しみ、喪に服せ」と。そのダビデは墓地まで棺につき添いアブネルをヘブロンに葬ります。王も民も皆、墓の側でおいおいアブネルのために泣きました。その日、ダビデは夕食を食べるように勧められますが、頑として聞き入れず、日没までは食を断ちます。このことばかりでなく、こうしたダビデの行為をつぶさに見た、ユダとイスラエルの全国民は、アブネルの死の責任がダビデにないことを認めさせたのです。ダビデは国民に言います。「きょう、イスラエルで、一人の偉大な指導者、偉大な人物が倒れた。私は主に油を注がれた王だが、ツェルヤのこの二人の息子に、何程も出来ない。どうか主が、彼等悪者どもに報いてくださるように。」と公言しています。此処まで繰り返しアブネル殺害に加担してないことを強調するのは政略の事が有るとは云え、事実の隠蔽をしていることを疑わしめます。何しろ、ダビデをサウル王がかって「ダビデは狡猾で狡賢い奴だ」と評価しているのですから。軍団長ヨハネなしには全イスラエルの統一はあり得なかったでしょうにと、ダビデの甥ヨアブに傾倒して読みますとダビデの評価も変わり興味深く読めます。
2012年11月14日
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「旧約聖書」創世記第2章・第七日目安息日(三)・その原点 2:3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。安息日は神が六日間創造のわざをして、七日目をわざわざ聖別して、神が休まれたことなのに、いつのまにか、安息日律法というものになって、人々を縛りつけ、過重な重荷を与えることになった。ところが、よく考えれば、創世記が最後的に編集されたのは、バビロン捕囚の時代で、すでに安息日律法が成立している時代で、エゼキエル書には安息日には犠牲を捧げる日、自分の楽しみを求めない日と戒められております。バビロンという異教の地で、エルサレム神殿は崩壊している中で民族のアイデンティティ、自分達が神に選ばれた選民思想が、一つは聖書を造ろうということ、そして一つは安息日を守ろうというところにあり、それがいつのまにか厳しい律法になってしまっていたというのが真相でしょう。安息日を汚す者は殺されるべきだということになってしまっていたのです。そういう中で、本来安息日というのは、そういものではない、そうした人間のわざをやめ て、神の安息にあずかる日ではないか、その原点に帰ろうということで創世記は書かれたのではないかと考えることも出来ます。 降って、新約聖書イエスの活躍時には、安息日には一日何歩以上歩いてはいけない、その種の仕事をしてはいけないとか、細かく厳しく規制されていました。イエスの弟子が空腹故、麦畑で麦の穂をつんで食べていたらたちまち非難された。また、安息日にイエスが病人を癒やしたら、非難を受けます。それをイエスは「人は安息日のためにあるのではなく、安息日は人のためにあるのだ」と諭しています。 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教各宗教での安息日の扱いは、其々異なっています。厳格なユダヤ教徒は金曜日の日没前までに食事の支度をし、安息日である土曜日は調理を行いません。、ユダヤ教で安息日は、神が天地を創造したことを覚えるとともに、神がユダヤ人の歴史を救い、ユダヤ人が神の民であることを覚える記念日であるとします。キリスト教では当初は安息日(土曜日)に集まって礼拝を行っていたのが、キリストの復活を記念して、復活の日である日曜日を主日と呼び、礼拝を行うようになります。さらに西方教会では主日を安息日と同一視するようになりました。、一般にキリスト教の安息日は日曜日と説明されますが、半数近くは聖書通り土曜日が安息日と解釈するのが妥当でしょう。一方で、ヨーロッパ大陸におけるカレンダーでは一般的に日曜日を一番左に配置しており、土曜日が7日目という扱いをしてます。イスラム教ではムハンマドがメッカを脱出した金曜日を安息日とします。厳密には安息日とはユダヤ教独自のものであり、この場合の安息日とは、休日という意味です。イスラム教は、毎日が礼拝であり、特に金曜日には合同礼拝(集団礼拝、金曜礼拝)が行われます。しかし、金曜日が休日のイスラム社会もあれば、休日でないイスラム社会もあり、イスラム教では土曜日は安息日ではないけれども、アラビア語で「土曜日」は「ヤウム・アッ=サブトと呼称し、その「サブト」がヘブライ語では「土曜日」や「安息日」を意味します。
2012年11月13日
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「旧約聖書」創世記第2章・第七日目安息日(二)・律法 2:3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。旧約聖書では、天地の創造を神は七日目の神の休息をもって完成しています。これが安息日(Sabbath)の意味なのだと告げています。安息日とはともかくも全ての民が業を止める時なのです。自己の観点からはどんなに良いと思われる業でも、それを七日目にはひとたび中断して休み、神の休息に預かれということです。神が創造なしたわざはすべて良かったのだと改めて思い、その創造のわざを賛美するための日なのです。神の被造物には、何一つ改良する余地はないのだと主張しています。人が知恵を結集してこの自然環境を、あるいは人間・動物を改良する必要はないと説くのです。それを敢えてすることは、人間のわざそのものがこの地球の破壊につながっていくと説いて、人間がよかれと思ってしてきた人間のわざ、科学的な知恵を結集して自然を改良し、やがて人間そのものをも改良しようとする考え、それが本当に人間の幸福に繋がるだろうかということです。 これは後に安息日律法と発展し、出エジプト記の20章にある十戒の第四戒に「安息日を覚えてこれを聖とせよ。六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざもしてはならない。あなたもあなたの息子も、娘も、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国人もそうである。主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。」ここには、安息日はなによりもわれわれ民のわざを休むための日とせよとし、直接この日を礼拝を捧げる日にせよとは命じられてはいないのですが、休んで神の創造したみわざを賛美することが求められていますから、ただ休むだけでなく、この日に神を賛美する礼拝する習慣になりました。ところがこの安息日律法はユダヤ教のなかでは次第にエスカレート、「あなたがたは安息日を守らなければならない。これは聖なる日である。よって、すべてこれを汚す者は殺され、この日に仕事すをする者は、民のうちから断たれるであろう。安息日に仕事をする者は必ず殺される。」という律法になります。安息日は人々にとって、恐怖の日になって、うっかり安息日できめられた掟に反したら、殺されかねないことになり、安息日はだれか安息日律法に違反している者はいないかとお互いに密告しあう日に陥ります。それは人が安息する日ではなく、人が戦々恐々慄く日になったのです。人が人を裁くという。安息日に一番してはならない筈のわざをその安息日にもやるようになってしまったのです。
2012年11月12日
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「旧約聖書」創世記第2章・第七日目安息日(一)・天地創造のわざの完成 第2章2:1こうして天と地と、その万象とが完成した。 2:2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 2:3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。2:4これが天地創造の由来である。として「神は七日目に休まれた」とされていますが、神は六日間にわたって、天地を造られ、そうして最後に神の像に似せて人間を造られたとしています。神は六日間にわたって、創造のわざを駆使たのですから、神は第六日にその作業を終えられたと言った方が自然でしょうが、不思議なことには六日目にではなく、七日目にその作業を完成したというのです。事実、この旧約聖書をギリシャ語に訳した七十人訳では、神は第六日にその作業を終えられたと訳されているものもあります。ところが原文は第七日目にその創造のわざを完成したと記しています。それは第七日目に神が休まれた事をもって創造のわざを完成したのだというわけです。つまり神は最後に七日目という日そのものを創造したのだということなんでしょう。七日目を創造したとは記されていませんが、七日目を祝福し、これを聖別されたはと記しております。 六日間神は創造のわざをして、仕事をなさって疲れたので、休まれたというのであるならば、六日目に休まれたと記してもよさそうであります。神がわざわざ七日目を造ってその日に休まれたというのは、この神の休息は疲れたらから休養をとったという意味よりは、第七日目を造って、神が休まれる、それをもってこの天地創造のわざが完成したということ。休養と休息とどうちがうのか。言葉それ自体に違いはないようですが、自分勝手な使い分けになりますが、休養というのは、いわば疲れ果ててその場で眠りこけるという意味、それに対して休息は自分が今までのなして来たわざをふりかえって、その全体を見渡して、これで良かったのだ、すべてこれで良かったのだという満足を覚えて安心する、それが「神は見て、良しとされた」の発言、そういう意味にとったらいいと思います。それが安息という言葉につながる訳なのでしょう。 つまり、この第七日目の神の休息は、ただ六日間の創造のわざをして神が疲れたから休息したと捉えるのではなく、天地の創造のわざは七日目の神の休息をもって完成する、つまりこの神の休息がなければ、この天地の創造のわざは完成したことにはならなというのでしょう。神がこの七日目に休まれたということは、これまで造った神の創造のわざがすべて良かったことの安心の休息の思いです。この神の休息は神の安息なのです。この天地創造のわざは人間のためになされた神のわざなのです。天地を造り、天から雨を降らせ、太陽と月と星を造り、また植物を生えさせ、それを人間の食料とし、そして動物を造りと、そして最後に神の像に似せて人間を造り、この地上を治めさせた、それらはみな人間のためになされた神のみわざです。そうであるならば、この七日目もまたわれわれ人間のために造られた日であり、この七日目には人も自分達の業を止めて休みなさい、そうして神の安息に預かれという神の招きの呼びかけなのです。ヘブル人への手紙では、「きょう、み声を聞いたなら、あなたがたの心をかたくなにしてはならない」というのです。つまり、きょうみ声を聞いたなら、心をかたくなにしないで、つまり悔い改めて、神の安息にあずかりなさいというのです。われわれが自分達の仕事をやめて、第七日目に休まないということは、神の安息を拒否するということ、それはつまり神の救いの招きを拒否することにもなると説いているのです。
2012年11月11日
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「旧約聖書」創世記第1章・第二日目から第六日目 第1章1:6神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。1:7そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。1:8神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。この項では恐らくは、高山に恵まれない自然的地形が雲を天上のものとしたと読み取れます。 1:9神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。1:10神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。この「良しとされた」とする神の言葉は意味深長です。何故の目的があって「良しととする」のかは人間が此の段階では発生していない以上、神の目的意識を類推することが、以降を読み解くうえで必要になるかもしれません。 1:11神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。1-12地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。1:14夕となり、また朝となった。第三日である。 1:14神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、 1:15天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。 1:16神は二つの大きな光(太陽・月)を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。 1:17神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、 1:18昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 1:19夕となり、また朝となった。第四日である。として地球の公転を表象しています。 1:20神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。 1:21神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。 1:22神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。 1:23夕となり、また朝となった。第五日である。 1:24神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。 1:25神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。1:26神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 1:27神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 1:28神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。 1:29神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。 1:30また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。 1:31神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。此処に古代の神格性に対する伝承神話のしがらみが伺えます。以降の旧約聖書ではアダムとエバの楽園「エデンの園」を除いては、神の使い天使を人型としますが、神の姿を描き切っているとは云えないことからも、神性に姿かたちの特性を付与していません。それ故、人間の想像し、鋳造する偶像への真っ向からの対立が起きることになります。 ところで、少しく奇異に感じるのは「夕となり、また朝となった。第*日である。」という表現です。現代人なら起床から就寝まで、或いは時間的に一日を捉えて零時に始まり12時に一日が終わると表現しそうですが、興味のあるところです。
2012年11月10日
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「旧約聖書」創世記第1章・第一日目 第1章1:1「はじめに神は天と地とを創造された。」この文章の後半部分「神は天と地とを創造された。」に注目すると、闇が淵(淵=原始の海=テホーム)の表にあり。創造の前は、地は混沌(カオス)であったとして、混沌(カオス)に存在性を与え、それに秩序を与えるのが、神のみわざであると云っている様に思えます。恐らくは、古代オリエントの世界創造神話の影響が、この言葉から察せられますが、旧約聖書の特異なのは万物の創造主を唯一の神ヤハウェに帰しているところです。 1-2地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。この一文で「旧約聖書」が神を世界の内外を問わず、霊的な精神的意思存在と発言して、それに絶対性を加味して人間精神も物質世界もその精神存在の様態であると断言します。 (第一日目)1:3神は「光あれ」と言われた。すると光があった。此の文章では「始めに言葉ありき」として、神の「ことば」が全ての生成の原因になると宣べています。此の神の「ことば」なるものは、当然に人間の会話で必要とされる言語などではなく、創造主の絶対意思に因性をもたせたものと考えて良いかもしれません。 1-4神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。ここでは神の言葉によりコスモス(秩序)が齎せられています。イザヤ9:2「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。」神はそれを見て「良し」とされた。世界は神の「良し」で肯定されている。イザヤ49:4「わたしはいたずらに働き、益なく、むなしく力を費した。しかもなお、まことにわが正しきは主と共にあり、わが報いはわが神と共にある」と、イスラエルの民は「捕囚」と言う人の否定の中で、神の良しという「肯定」を聞きます。「夕となり、朝となった」闇=夕があっても、光=朝が来るから、闇を恐れない。これがヘブル的な時間概念であり「光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。」ヨハネ1-5にも述べられています。オリエント世界の山地草木の乏しい自然では、闇は人の最も恐れるところであったことが推測されます。但し、未だ太陽のような光源を世界が持ったとはなされていません。1:5神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。ここで「光」が何処から来たのかを詮索するのは科学であって、宗教からみると「ひかり」に神の属性を付与していることに別段の矛盾を感じないのでしょう。或いは、厚き雲と放電と煮え滾る海の地球の自転を説いているともいえます。 地球も最初は太陽と同じように火の玉の状態だったのですが、質量が小さいため核融合反応は起こらず徐々に冷えていきます。そして比重の重い鉄、ニッケルが地球の中心にあつまり、軽い溶岩が地表に浮きあがってきました。さらに時間が経過し、今からの46億年前には、地表の溶岩が冷え岩石となって地殻が形成されていきます。当時の地球はいたるところで溶岩と水蒸気が噴出している状態にあり、大気は60気圧もあり窒素、二酸化炭素と水蒸気が凝縮され分厚い雲で地表は覆われ、地上は太陽の光が届かない暗黒の世界であったと思われますが、それでも、煮え滾る炎と放電現象が光を発していたことでしょう。そしてある温度まで下がって来た時、突然に雲が水滴に変わり豪雨が地上に降りそそぐようになりました。その結果地表の低い部分に海が出来あがっていきます。海といってもシアン化水素、ホルムアルデヒト、青酸などが解けている猛毒な海です。海底からは硫化水素が噴出している状態で、現在の海などとはかけ離れたものだったでしょうが。
2012年11月09日
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「旧約聖書」創世記第1章の序・方便 旧約聖書の「創世記」は紀元前に書き綴られた、一大叙事・歴史書とも云える書物です。書かれた当時は、科学も文明もまだ未発達の時代でしたが、神の存在を語るのにビッグバン宇宙論や一般相対性理論を持ち出したり、アレキサンダー・ビレンキンの「無からの宇宙創生論」が必要でしょうか。要するに、神の存在は科学ではなく人間の直覚だということです。まして、現代科学が神の存在の有無を確認した報告は今のところは見つかりません。この書物に記されている「天地創造」の物語は、決して神話や、寓話などではなく、神の様態としての延長としての人間精神が、まさしく残した一つの歴史書として読むことが出来るのです。ここで、当時の人々に主なる神が、宇宙生成論を吐いてみたところで「絶対なる創造者」を認識できるものでしょうか。そこは、「方便」で神は絶対存在・絶対認識・絶対意思を古代人にも解る形態で表象します。更には現代科学がまだ解明していない、新たな「原理と法則」の存在が創世記の神の預言をを通して気づかされることもあり得ます。なにはあれともかく、読後、この書物が、ただの不思議な書物ではすまなくなるのです。同時に、この世界の裏に隠されている真実に驚かされます。 ところで、アレキサンダー・ビレンキンの「無からの宇宙創生論」ですが、大乗八宗の祖ナーガール・ジュナの日本に在っても篤信者の多い「中論」では「非有非無」として「無」どころか、常住するところの「有」を否定しています。此れを人間の内的精神の理法と捉えれば矛盾は無いにしろ、物質世界の観点で捉えると虚無主義と見られることもやむおえないかもしれません。しかし、龍樹は、物質存在そのものを縁起として捉えてるのではなく、時間概念を含めて、人間精神の因果を説いているのであれば、その因果関係に矛盾点が無くなります。
2012年11月08日
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「旧約聖書」創世記第1章の序章・始めに神ありき 此の「始めに神ありき」の言語表現ですが、宗教的意味を考慮すると、本来的には神は永遠の「瞬間」或いは「今」と捉えるべきで我々がもつ時間的流れとは無縁の存在です。神には過去・現在・未来は永遠の今として全て俯瞰出来るため、それ故に預言者や先見者が神の言葉を以って予言出来る事になります。重大かつ微妙で「始めに」には時間的要素が既に含まれており、「始めに」の言語表現だけでは、神が時間存在そのものか、将又、一方向に流れ行く運動として時間を支配する力、或いは、リングとして時を捉えているのかは不透明です。神には始めもなく終わりもない立場からすれば、ここは人間存在から見た「始めに」と捉えないと、永遠の過去・現在・未来を超えた神を捉えきれなく、また、不滅の存在ではなくなります。勿論「始めに」を「原因を持たない普遍的存在」と捉えるならば、ここは「元々神ありき」の方が、解釈的には解りやすくなります。 一方、「空間の拡がり」と「時間の流れ」の観点からみて、我々の脳は右脳と左脳に分かれ、判断は左脳が受け持ち、それに対して右脳は美的感覚や芸術などに関係するといわれます。男性が左脳・女性が右脳で考えると言われる所以です。「空間の拡がり」と「時間の流れ」といった人間が実在していることを当たり前の様に考えている事が、ハーバード大学の精神科のジル・テイラー女史によると、実は「空間の拡がり」と「時間の流れ」は人間の左脳の創造・想像の概念に過ぎず、宇宙に元から備わっているものではなく、単なる人間の仮想に過ぎないと言いっ切っています。宇宙には今、此の瞬間しか存在せず過去や未来の時系列も無意味だと云う事です。類推するに我々は「神」の思考の産物であり、神と伴に歩んでいるということを示しています。
2012年11月07日
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「旧約聖書」創世記序文・神の定義 哲学的宗教として仏を定義する仏教(中論が代表格)を除いては、世界三大宗教の中では、神の存在に論理的な解析や証明は、後世の異端扱いをされる神学的哲学を除いては、一切見当たりません。旧約・新約聖書及びコーランに在っても神は始めに在りき存在で、その存在定義がなされていないので、神秘主義者や篤信者でない現実主義者と呼ばれる人には敬遠されているかもしれませんが、旧約・新約聖書及びコーランの根本とも云える創世記を俯瞰すれば、神の定義の実像が見えてくるかも知れません。ここで「はじめに神は天と地とを創造された」という語句に注目すると、物質世界、所謂大宇宙の創造前、ビッグバンの生成に神が関わり、宇宙生成から出てきた運動・時間・法則も神から出ているものであり、「永遠から、永遠まで」という旧約聖書の言葉も、宇宙内時間や法則を拘わらない、一般的な宇宙内時間を離れて、「時」を俯瞰する存在とみえます。それ故、過去・現在・未来を離れた「永遠の瞬間」に存在する絶対精神、それも霊的存在と捉えてることが伺えます。 哲学的宗教として仏を定義する仏教からみれば、それは「有」として常住するものであり、絶対有を否定する立場からは認められるものではないでしょう。しかし、後世の大乗では「不滅の仏」を量産しており、其の立場からは「佛」の神格化が進み、仏の定義も曖昧化してきています。 旧約聖書では天地創造の始め・創造の前、「地は形無く、空しく」かった。「形無く、空しく」エレミヤは「わたしは地を見たが、それは形がなく、またむなしかった。天をあおいだが、そこには光がなかった。人はひとりもおらず、空の鳥はみな飛び去っていた。わたしは見たが、豊かな地は荒れ地となり、そのすべての町は、主の前に、その激しい怒りの前に、破壊されていた。」「闇が淵の表にあった」。淵=原始の海=テホーム。創造の前、地は混沌(カオス)であったとして、混沌(カオス)に存在性を与え、主の絶対意思に永遠性を付与しています。言い換えれば「始めに神ありき」であり、それを形而上であろうとなかろうと疑問をはさむなと言っているようです。これ等を前提にして創世記を読み進めないと、神の存在定義が気になり読破が挫折する危険性が浮かび上がってきます。創世記(Genesis、「モーセ五書」の一)は、古代ヘブライ語によるユダヤ教、キリスト教の聖典で、イスラム教の啓典である聖書(旧約聖書)の最初の書であり、正典の一つであり、現代宗教を語る上では欠かせません。
2012年11月06日
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「旧約聖書」聖王以降の王達47 (列王記下)エルサレムの炎上と終焉 第五の月の七日、バビロンの王ネブカドネツァルの第十九年のこと、バビロンの王の家臣、親衛隊の長ネブザルアダンがエルサレムに来て、主の神殿、王宮、エルサレムの家屋をすべて焼き払った。大いなる家屋もすべて、火を放って焼き払った。また親衛隊の長と共に来たカルデア人は、軍をあげてエルサレムの周囲の城壁を取り壊した。民のうち都に残っていたほかの者、バビロンの王に投降した者、その他の民衆は、親衛隊の長ネブザルアダンによって捕囚とされ、連れ去られた。この地の貧しい民の一部は、親衛隊の長によってぶどう畑と耕地にそのまま残された。カルデア人は主の神殿の青銅の柱、台車、主の神殿にあった青銅の「海」を砕いて、その青銅をバビロンへ運び去り、壺、十能、芯切り鋏、柄杓など、祭儀用の青銅の器をことごとく奪い取った。 また親衛隊の長は、火皿、鉢など、金製品も銀製品もすべて奪い取った。ソロモンが主の神殿のために作らせた二本の柱、一つの「海」、台車についていえば、これらすべてのものの青銅の重量は量りきれなかった。一本の柱の高さは十八アンマで、その上に青銅の柱頭があり、その柱頭の高さが三アンマ、柱頭の周りには格子模様の浮き彫りとざくろがあって、このすべてが青銅であった。もう一本の柱も格子模様の浮き彫りまで同様に出来ていた。親衛隊の長は、祭司長セラヤ、次席祭司ツェファンヤ、入り口を守る者三人を捕らえた。また彼は、戦士の監督をする宦官一人、都にいた王の側近五人、国の民の徴兵を担当する将軍の書記官、および都にいた国の民六十人を都から連れ去った。親衛隊の長ネブザルアダンは彼らを捕らえて、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行った。バビロンの王はハマト地方のリブラで彼らを打ち殺した。こうしてユダは自分の土地を追われて捕囚となった。バビロンの王ネブカドネツァルは、彼が残して、ユダの地にとどまった民の上に、シャファンの孫でアヒカムの子であるゲダルヤを総督として立てた。すべての軍の長たちはその部下と共に、バビロンの王がゲダルヤを立てて総督としたことを聞き、ミツパにいるゲダルヤのもとに集まって来た。それはネタンヤの子イシュマエル、カレアの子ヨハナン、ネトファ人タンフメトの子セラヤ、マアカ人の子ヤアザンヤとその部下たちであった。ゲダルヤは彼らとその部下たちに誓って言った。「カルデア人の役人を恐れてはならない。この地にとどまり、バビロンの王に仕えなさい。あなたたちは幸せになる。」ところが第七の月に、王族の一人、エリシャマの孫でネタンヤの子であるイシュマエルが、十人の部下を率いて来てゲダルヤを打ち殺した。彼と共にミツパにいたユダの人々もカルデア人も打ち殺された。民は皆、上の者から下の者まで、また軍の長たちも、カルデア人を恐れて、直ちにエジプトに出発した。ユダの王ヨヤキンが捕囚となって三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、その即位の年にユダの王ヨヤキンに情けをかけ、彼を出獄させた。バビロンの王は彼を手厚くもてなし、バビロンで共にいた王たちの中で彼に最も高い位を与えた。ヨヤキンは獄中の衣を脱ぎ、生きている間、毎日欠かさず王と食事を共にすることとなった。彼は生きている間、毎日、日々の糧を常に王から支給された。 エホヤキムの子エホヤキンが降伏した後、ネブカドネザルはエホヤキンのおじゼデキヤを高めて,ユダの王座に就かせました。エホヤキムにはダビデの王座に座る者がいなくなるというエレミヤの預言が成就します。エホヤキムの子エホヤキンは,わずか3か月と10日間支配したにすぎませんでした。紆余曲折を経て、前597年、第一次捕囚、有名なバビロンの捕囚として、エホヤキム王はバビロンに連行され、前587年には神殿と王宮が破壊され、ユダ王国が滅亡することとなります。この時もゼデキヤ王と主要な支配者階級は根こそぎバビロンに連行されました。これが第二次捕囚と言われています。<列王記完>
2012年11月05日
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「旧約聖書」聖王以降の王達46 (列王記下)ユダ存続の戦いとバビロンの覇権 ヨヤキン(エホヤキン)は十八歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。その母は名をネフシュタといい、エルサレム出身のエルナタンの娘であった。彼は父が行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。そのころ、新バビロニア王国(カルデア王国)の王ネブカドネツァルの部将たちがエルサレムに攻め上って来て、この都を包囲した。部将たちが都を包囲しているところに、バビロンの王ネブカドネツァルも来た。ユダの王ヨヤキンは母、家臣、高官、宦官らと共にバビロン王の前に出て行き、バビロンの王はその治世第八年に彼を捕らえた。主がヒゼキヤに告げられたとおり、バビロンの王は主の神殿の宝物と王宮の宝物をことごとく運び出し、イスラエルの王ソロモンが主の聖所のために造った金の器をことごとく切り刻んだ。彼ネブカドネツァルはエルサレムのすべての人々、すなわちすべての高官とすべての勇士一万人、それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去り、残されたのはただ国の民の中の貧しい者だけであった。彼はヨヤキンを捕囚としてバビロンに連れ去り、その王の母、王妃たち、宦官たち、国の有力者たちも、捕囚としてエルサレムからバビロンに連行した。更に、バビロンの王はすべての軍人七千人、職人と鍛冶千人、勇敢な戦士全員を、捕囚としてバビロンに連れて行った。そして、バビロンの王はヨヤキンに代えて、そのおじマタンヤを王とし、その名をゼデキヤと改めさせます。そのゼデキヤは二十一歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった。その母は名をハムタルといい、リブナ出身のイルメヤの娘であった。彼はヨヤキムが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行います。エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態になり、ついにその御前から捨て去られることになった。ゼデキヤはバビロンの王に反旗を翻した。ゼデキヤの治世第九年の第十の月の十日に、バビロンの王ネブカドネツァルは全軍を率いてエルサレムに到着し、陣を敷き、周りに堡塁を築いた。都は包囲され、ゼデキヤ王の第十一年に至った。その月の九日に都の中で飢えが厳しくなり、国の民の食糧が尽き、都の一角が破られました。カルデア人が都を取り巻いている中、戦士たちは皆、夜中に王の園に近い二つの城壁の間にある門を通って逃げ出し、王はアラバに向かって行った。カルデア軍は王の後を追い、エリコの荒れ地で彼に追いついた。王の軍隊はすべて王を離れ去ってちりぢりになっています。王は捕らえられ、リブラにいるバビロンの王のもとに連れて行かれ、裁きを受けます。彼らはゼデキヤの目の前で彼の王子たちを殺し、その上でバビロンの王は彼の両眼をつぶし、青銅の足枷をはめ、彼をバビロンに連れて行った。 ネブカドネザルは,ユダを支配したエホヤキムの第4年になって初めて、カルケミシュでの勝利によってシリア‐パレスチナに対するエジプトの覇権を覆した(西暦前625年以降)。エホヤキムは約11年間王座に就いた後、バビロンに背いたために失墜、バビロンに対する従属者としての3年間が始まったのは、その支配の第8年の終わりごろ、西暦前620年の初頭でしょう。ネブカドネザルがエルサレムに攻めて来て,これを包囲、またエホヤキムが神殿の幾つかの器具と共にバビロンの王の手に渡された。ところが,列王記では、エルサレムがバビロニア人に包囲されたことを述べ,最後に降伏してバビロニア人のもとに下ったのは、エホヤキムの子エホヤキンであったことを示しています。ですから,エホヤキムは都が包囲された間に、多分その初めごろに死んだようです。エレミヤによる主エホバの預言は、エホヤキムがふさわしい仕方で葬られず、その遺体はエルサレムの門の外に放置され、昼は太陽の熱に、夜は霜にさらされるようになることを示唆していました。エホヤキムが一体どのようにしてネブカドネザルの手に渡されたのかは、明らかにされていません。それは、エホヤキムが包囲状態の中で死に、後にはその子が出て行って捕らわれの身とならざるを得なくなったため、エホヤキムの家系はネブカドネザルの手に掛かって王権を失ったという意味なのかもしれません。ネブカドネザルがエホヤキムを殺し、その死体をエルサレムの城壁の外に投げ捨てるよう命じたというユダヤ人の伝承(ヨセフスによる記録)を確証することも難しいでしょう。エホヤキムがどんな手段で殺されたにせよ、ネブカドネザルがエホヤキムをつなぐために持って来た銅の足かせは、計画通りには使われなかった模様です。エホヤキムの属国の王としての第3年に、エルサレムが包囲された後、高貴な人々や王家の成員を含め、ダニエルやほかのユダ人が流刑囚としてバビロンへ連れて行かれました。それよりも前のバビロンへの流刑に関する記録は一つもないので、この出来事はエホヤキムの後継者エホヤキンの短い治世中に起きたとしか思えません。
2012年11月04日
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「旧約聖書」聖王以降の王達46 (列王記下)ユダ存続の戦いとエジプト ヨアハズは(ヨアハズは、北イスラエル王国の第11代の王。エホアハズ(新改訳聖書)とも表記される。)二十三歳で王となり、三か月間エルサレムで王位にあった。その母は名をハムタルといい、リブナ出身のイルメヤの娘であった。彼は先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。ファラオ・ネコは、エルサレムで王位にあった彼をハマトの地のリブラに幽閉し、その国には科料として銀百キカル、金一キカルを課した。ファラオ・ネコはヨシヤの子エルヤキムを父ヨシヤの代わりに王とし、名をヨヤキムと改めさせます。一方、ヨアハズはエジプトに連れて行かれ、そこで死んだ。ヨヤキムはファラオに銀と金を差し出したが、ファラオの要求に従って銀を差し出すためには、国に税を課さなければならなかった。彼はファラオ・ネコに差し出すために、それぞれの割り当てに従って国の民に銀と金を要求した。ヨヤキムは二十五歳で王となり、十一年間エルサレムで王位にあった。その母は名をゼブダといい、ルマ出身のペダヤの娘であった。彼は先祖たちが行ったように、主の目に悪とされることをことごとく行った。今度は、彼の治世にバビロンの王ネブカドネツァルが攻め上って来た。ヨヤキムは三年間彼に服従したが反逆しました。対して、イスラエルのダビデに契約した主が、カルデア人の部隊、アラム人の部隊、モアブ人の部隊、アンモン人の部隊を遣わされた。主はその僕である預言者たちによってお告げになった主の言葉のとおり、ユダを滅ぼすために彼らを差し向けられたのです。ユダが主の御前から退けられることは、まさに主の御命令によるが、それはマナセの罪のため、彼の行ったすべての事のためであり、またマナセが罪のない者の血を流し、エルサレムを罪のない者の血で満たしたためである。主はそれを赦そうとはされなかった。ヨヤキムの他の事績、彼の行ったすべての事は、ユダの王の歴代誌に記されています。ヨヤキムは先祖と共に眠りにつき、その子ヨヤキンが代わって王となりました。 ヨシヤ王の死後、ユダの人々はどういうわけかエリヤキムの弟エホアハズを王にしました。それから約3か月後にファラオ・ネコはエホアハズ王をとりこにし、25歳のヨヤキムを王位に就かせ、この新しい支配者の名をエホヤキムと改めさせました。エホヤキムの治世の初めごろに、エレミヤは、もし民が悔い改めないなら,エルサレムとその神殿は滅ぼされると警告した故に、以後,この預言者は死の脅威にさらされます。しかし著名な人アヒカムがエレミヤのために立ち上がり、この預言者を救って危害を免れさせました。それ以前に、ウリヤが同様の預言をした時には、エホヤキムは激怒し、ウリヤを殺そうと決意しました。ウリヤは恐れてエジプトに逃げたものの王の憤りを免れません。エホヤキムはウリヤを連れ戻させて、これを剣で殺しました。ネコはまた,ユダ王国に重い科料を課しました。王エホヤキムはその科料を払うための金銀を課税によって臣民から取り立てます。更には、民がすでに財政的な重荷を負っていたにもかかわらず,エホヤキムは新しい豪壮な宮殿を建設する計画を立てました。そのための経費節減のためには、彼は過酷にも労働者の賃金の支払いさえ差し控えました。そこで主はエレミヤの預言を通して、この邪悪な支配者が災いを被ることを宣告し、雄のろばが埋められるように彼が埋められることを示唆します。ろばが死ぬと,儀式的なことは何もなくただ市の外に引きずり出されて,ごみの山に投げ捨てられます。それで神の預言者は,ヨシヤの子でユダの王であった高慢で不忠実なエホヤキムが卑しめられることを「彼は雄のろばが埋められるように埋められる。引きずり回され、エルサレムの門外に投げ捨てられる」と予告したのです。
2012年11月03日
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「旧約聖書」聖王以降の王達45 (列王記下)ユダ存続の戦い・律法の書の出現 アモンは二十二歳で王となり、二年間エルサレムで王位にあった。その母は名をメシュレメトといい、ヨトバ出身のハルツの娘であった。彼は父マナセが行ったように、主の目に悪とされることを行った。父の歩んだ道をそのまま歩み、父が仕えた偶像に彼も仕え、その前にひれ伏し、先祖の神、主を捨て、主の道を歩まなかった。彼の家臣たちは謀反を起こし、この王を宮殿で殺害した。しかし国の民は、アモン王に対して謀反を起こしたすべての者を討ち、その子ヨシヤをアモンの代わりに王とした。アモンの行った他の事績は、ユダの王の歴代誌に記されている。彼はウザの庭園にある彼の墓に葬られた。その子ヨシヤがアモンに代わって王となった。ヨシヤは八歳で王となり、三十一年間エルサレムで王位にあった。その母は名をエディダといい、ボツカト出身のアダヤの娘であった。彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった。王ヨシヤの治世第十八年に、王はメシュラムの孫でアツァルヤの子である書記官シャファンを主の神殿に遣わして言った。「大祭司ヒルキヤのもとに上り、主の神殿に納められた献金、すなわち入り口を守る者たちが民から集めたものを集計させなさい。それを主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡し、更に神殿の破損を修理するために主の神殿にいる工事担当者に渡しなさい。すなわち職人、建築作業員、石工に渡し、神殿修理のための木材や切り石を買わせなさい。ただし、彼らは忠実に仕事をしているから、彼らに渡した金の監査は必要ではない。」そのとき大祭司ヒルキヤは書記官シャファンに、「わたしは主の神殿で律法の書を見つけました」と言った。ヒルキヤがその書をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。書記官シャファンは王のもとに来て、王に報告した。「僕どもは神殿にあった献金を取り出して、主の神殿の責任を負っている工事担当者の手に渡しました。」更に書記官シャファンは王に、「祭司ヒルキヤがわたしに一つの書を渡しました」と告げ、王の前でその書を読み上げた。王はその律法の書の言葉を聞くと、衣を裂いた。王は祭司ヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカヤの子アクボル、書記官シャファン、王の家臣アサヤにこう命じた。「この見つかった書の言葉について、わたしのため、民のため、ユダ全体のために、主の御旨を尋ねに行け。我々の先祖がこの書の言葉に耳を傾けず、我々についてそこに記されたとおりにすべての事を行わなかったために、我々に向かって燃え上がった主の怒りは激しいからだ。」祭司ヒルキヤ、アヒカム、アクボル、シャファン、アサヤは女預言者フルダのもとに行った。彼女はハルハスの孫でティクワの子である衣装係シャルムの妻で、エルサレムのミシュネ地区に住んでいた。彼らが彼女に話し聞かせると、彼女は答えた。「イスラエルの神、主はこう言われる。」「あなたたちをわたしのもとに遣わした者に言いなさい。主はこう言われる。見よ、わたしはユダの王が読んだこの書のすべての言葉のとおりに、この所とその住民に災いをくだす。彼らがわたしを捨て、他の神々に香をたき、自分たちの手で造ったすべてのものによってわたしを怒らせたために、わたしの怒りはこの所に向かって燃え上がり、消えることはない。」一方「主の心を尋ねるためにあなたたちを遣わしたユダの王にはこう言いなさい。あなたが聞いた言葉について、イスラエルの神、主はこう言われる。わたしがこの所とその住民につき、それが荒れ果て呪われたものとなると言ったのを聞いて、あなたは心を痛め、主の前にへりくだり、衣を裂き、わたしの前で泣いたので、わたしはあなたの願いを聞き入れた、と主は言われる。それゆえ、見よ、わたしはあなたを先祖の数に加える。あなたは安らかに息を引き取って墓に葬られるであろう。わたしがこの所にくだす災いのどれも、その目で見ることがない。」彼らはこれを王に報告した。そこで王は人を遣わして、ユダとエルサレムのすべての長老を自分のもとに集めた。 大祭司ヒルキヤにより、ソロモンの宮殿の修復工事の際に、書見台の前に跪き、ソロモンの宮殿の修復工事の際に偶然再発見されたのは、失われたままになっていた申命記であると思われます。律法の書は契約の箱の傍らに置かれているはずでした。その律法の書の所在が分からなくなるほど、神殿が壊れ、荒廃していたのでしょう。歴代の王の主なる一神教の神を蔑ろにした、異教の偶像礼拝がなされて、律法の書を紛失していることにも気づかなかったとも考えられます。しかし主は、神を求めて宗教改革を断行しているヨシヤのために、律法の書を見つけさせました。神を求めたヨシヤに神が答え、、律法の書を見つけさせたのは、神の計らいだったということです。御言葉が開かれ、彼の秘書のシャファンが読み上げると、ヨシヤは衣を裂いて悔い改め、祭司たちを預言者フルダのもとに遣わし、主の御旨を尋ねます。そこで語られた神の言葉は、厳しいものでした。この話を聞いた後ヨシヤは、宗教的大改革に着手しますが、このヨシヤの善行をもってしても、主の怒りの火を消すことが出来ないほど、ユダの罪が積み重ねられてきた故に、災いユダを襲うことになります。
2012年11月02日
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