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「旧約聖書」聖王以降の王達1(列王記上)アドニヤの即位宣言とソロモンの逆襲 列王記はダビデの老衰とそれに伴って起きた王位継承の争いから始まります。ダビデ王は多くの日を重ねて老人になり、衣を何枚着せられても暖まらなかったし、もはや起きることも、後宮の婦人を抱くことも出来なくなっていました。そこで家臣たちは、王に言います。「わが主君、王のために若い処女を探して、御そばに侍らせてお世話をさせましょう。ふところに抱いて(抱き枕替わりとして)お休みになれば、暖かくなります。」彼らは美しい娘を求めてイスラエル領内をくまなく探し、シュネム生まれのアビシャグという娘を見つけ、王のもとに連れて来、この上なく美しいこの娘は王の世話をさせますが、王は彼女を知ることがありませんでした。この状況にまず王位継承を主張したのが、既に三人の兄が亡くなっていた四男アドニヤでです。ハギトの子アドニヤは思い上がって、「わたしが王になる」と言い、戦車と馬と五十人の護衛兵を揃えます。彼は父ダビデから、何故このようなことをしたのかと咎められたことが一度もなかったのです。。アドニヤはツェルヤの子ヨアブと祭司アビアタルに話をもちかけ、この二人の支持を取り付け、旗揚げしますが、肝心の父ダビデの了解を得ていない軽率な行為であった上に、祭司ツァドク、ヨヤダの子ベナヤ、預言者ナタン、シムイ、レイ、およびダビデの勇士たちがアドニヤに組しなかった事が後に後悔を呼ぶことに成ります。アドニヤは、エン・ロゲルの近くにあるゾヘレトの石のそばで、羊、牛、肥えた家畜を屠ってささげ、王子である自分の兄弟たち、王の家臣であるユダの人々を、悉くそこに招いた。 しかし、反対派と目される預言者ナタン、ベナヤ、ダビデの勇士たち、自分の兄弟ソロモンは招かなかった。その反対派はソロモンの母バト・シェバを動かして巻き返しを図ります。預言者ナタンはバト・シェバにダビデのところに行き、ソロモン後継の承認を得るように働きかけます。我らの主君、ダビデが知らないうちに、ハギトの子アドニヤが王となったということを知らないのですか。あなたの命とあなたの子ソロモンの命が助かるように、わたしの言うことをすぐさま実行しなさい。直ちにダビデ王のもとに行って、こう言いなさい。「わが主君、王よ、はしためにお誓いになったではありませんか。あなたの子ソロモンが私の跡を継いで王となり、わたしの王座につくと。なぜ、アドニヤが王となったのでしょうか。」あなたが王と話し合っている間に、私も続いて入り、あなたの言葉を確認しますと言い含めます。バト・シェバが王をその部屋に訪ねると、非常に年老いた王は、シュネム生まれのアビシャグの世話を受けていました。バト・シェバは王の前に跪いて礼をしました。王が「どうしたのか」と尋ねたので、 彼女は言います。「わが主君、王よ、あなたの神、主にかけてあなたはこのはしためにお誓いになりました。あなたの子ソロモンがわたしの跡を継いで王となり、わたしの王座につくと。ところが今、アドニヤが王となりました。わが主君、王よ、あなたはそのことをご存じではありません。アドニヤは雄牛や肥えた家畜や羊を数多く屠ってささげ、すべての王子、祭司アビアタル、軍の司令官ヨアブを招きました。しかし、あなたの僕ソロモンは招きませんでした。わが主君、王よ、わが主君、王の跡を継いでだれが王座につくのか、お示しになることを、すべてのイスラエルは注目しています。このままで、わが主君、王が先祖と共に眠りにおつきになれば、私と我が子ソロモンは反逆者になってしまいます。」彼女が王と話し合っている間に、預言者ナタンが来たので、「預言者ナタンが参りました」と王に告げられた。ナタンは王の前に進み出て、地にひれ伏し言います。「わが主君、王よ、あなたはアドニヤがわたしの跡を継いで王となり、王座につくと言われたのでしょうか。アドニヤは今日下って行って雄牛や肥えた家畜や羊を数多く屠り、すべての王子、将軍たち、祭司アビアタルを招きました。彼らはアドニヤの前で飲み食いしながら、アドニヤ王、万歳と叫びました。しかし、あなたの僕であるこのわたしと、祭司ツァドク、ヨヤダの子ベナヤ、あなたの僕ソロモンは招かれませんでした。このようなことになったのは、わが主君、王の御意向なのでしょうか。わが主君、王は、だれが御自分の跡を継いで王座につくのか、僕たちにお知らせになっていません。」それにダビデ王は答えて、「バト・シェバをここに呼びなさい」と命じ、彼女が進み出て、王の前に立つと、 王は「わたしの命をあらゆる苦しみから救ってくださった主は生きておられる。あなたの子ソロモンがわたしの跡を継いで王となり、わたしに代わって王座につく、とイスラエルの神、主にかけてあなたに立てた誓いをわたしは今日実行する。」と誓います。バト・シェバは顔を地に伏せ、王に礼をして、「わが主君、ダビデ王、あなたの命がとこしえに永らえますように」と言い。ダビデ王は、「祭司ツァドク、預言者ナタン、ヨヤダの子ベナヤをここに呼べ」と命じ、彼らが王の前に出ると、王は、お前たちは主君の家臣を率いて、わが子ソロモンをわたしの騾馬に乗せ、ギホンに下らせよ。 祭司ツァドクと預言者ナタンは、そこでソロモンに油を注いで、イスラエルの上に立つ王とせよ。角笛を吹いて「ソロモン王、万歳」と叫び、彼の後に従って上れ。ソロモンは来て、わたしの王座につく。わたしに代わって王となるのは彼であり、イスラエルとユダの上に立つ君主になるようわたしは彼に命じる。ヨヤダの子ベナヤは王に答えた。「まことに王の神、主もそう仰せになりますように。主は王と共にいてくださいました。またソロモンと共にいてくださいますように。その王座をわが主君、ダビデ王の王座より更に大いなるものにしてくださいますように。」祭司ツァドク、預言者ナタン、ヨヤダの子ベナヤはクレタ人とペレティ人と共に下って行った。彼らはソロモンをダビデ王のらばに乗せ、ギホンに連れて行った。祭司ツァドクは天幕から油の入った角を持って出て、ソロモンに油を注いだ。彼らが角笛を吹くと、民は皆、「ソロモン王、万歳」と叫んだ。民は皆、彼の後に従って上り、笛を吹き、大いに喜び祝い、その声で地は裂ける程だった。 ここで驚くのは、ダビデが、王としてツェルヤの子ヨアブと祭司アビアタルの勢力にに負けない威勢を、いまだに保持していたことです。また、軍司令官ツェルヤの子ヨアブが、ダビデのことを我が事の如く把握しているにもかかわらず、誤った判断をしたことには更に驚かされ、ヨアブの先も危うくなるのも致し方ないと云えましょう。
2012年08月31日
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「旧約聖書」聖王の行程21(ダビデの王族14)ダビデ再び主を怒らす ダビデは感情の高ぶりにより、どうしたことか人口調査をして国民を煩わすという思いにかられたのです。民の人数を数える事は、徴税のため或いは徴兵のため等々、国勢調査とは民の幸せに必ずしも繋がるものではなく、主のイスラエルの民を星の数ほど数えられないほどに増やすとの預言に反しての行動とも取れ、主の怒りを燃やすようなことでもあります。しかし、ダビデは軍隊の最高司令官ヨアブの忠告に拘わらず命じます。わが国の北から南までくまなく全人口を登録させるのだ。どれほどの国民をかかえているか知りたいと。ヨアブはこの発言には驚きを隠せませんでした。しかし、ヨアブの忠告も、王のたっての願いには勝てず、ヨアブをはじめとする将校たちは、国の人口調査に出かけることになりました。 一行はまず、ヨルダン川を渡り、ガドの谷の真ん中にある町の南方、ヤウゼルに近いアロエルに野営しました。それからタフティム・ホデシの地とギルアデを巡り、さらにダン・ヤアンに進んで、シドンの方に回り、その後ツロの要塞に行き、ヒビ人やカナン人の町をすべて行き巡り、ユダの南に広がるネゲブを、ベエル・シェバまで下りました。こうして、九か月と二十日かかって、全国を行き巡り、この任務を終えたのです。ヨアブは、国民の登録人数の調査結果、徴兵人口は、イスラエルで八十万人、ユダで五十万人と報告しました。ところが、人口調査を終えたあと、ダビデの良心は痛み始めたのです。 彼は主に祈ります。私はとんでもない過ちを犯してしまいました。どうか、私の愚かな振る舞いをお見のがしください。 翌朝、主のお告げが、預言者ガドにありました。 ガドは、ダビデと主との間を取り次いでいた人物です。 主は「ダビデに告げよ。 私が示す三つのうち一つを選べ。」と。ガドはダビデのもとへ行き、こう尋ねました。「七年間にわたる全国的なききんがよいか、三か月間、敵の前を逃げ回るのがよいか、三日間、伝染病にみまわれるのがよいか、一つを選んでください。よくお考えになって、神様にどうお答え申し上げるべきか、ご指示ください。」 其れに対してダビデは答えますが「こんな決断を下さなければならんとは、実に辛い。だが、人の手に陥るよりは主の手に陥るほうがましだ。主の哀れみは大きいから。」すると主は、その朝から、イスラエルに伝染病をはやらせ、災いは三日間にわたりました。そのため、国中で七万もの死者が出ました。そして、死の使いがエルサレムに災いの手を伸ばそうとした其の時、主は事態をあわれんで、中止するよう命じました。 ちょうど御使いは、エブス人アラウナの打ち場のわきに立っています。この時、ダビデはその御使いに目を留め、主にすがります。 「お願いです。 罪を犯したのは、この私だけなんです。 国民には罪はございません。どうか、お怒りを、私と私ども一家にだけお向けください。」 その日、ダビデのもとに来たガドは、「エブス人アラウナの打ち場に行き、そこに主の祭壇を築きなさい」と言いました。ダビデは、命じられたとおり出かけますが、驚いたのは、エブス人アラウナです。打ち滅ぼされる覚悟をもって、王と家来の一行が近づいて来るのを見て駆け寄り、顔を地面に擦り付けんばかりにひれ伏し、陛下は、またどうして、こちらにお越しくださったのでございましょうと尋ねます。ダビデは「お前の打ち場を買い取り、神様の祭壇を築きたいと思う。そうすれば、この災いも終わらせていただけよう。」と答え、アラウナは「陛下、どうぞ、何でもご随意にお使いください。 完全に焼き尽くす生贄用の牛もおりますし、祭壇のたきぎ代わりに、どうぞ、打穀機や牛のくびきを燃やしてください。何でもご用立ていただきとう存じます。どうか神様が、陛下のささげなさる生贄を、お受け入れくださいますように。」と申しますが、ダビデは「いやいや、ただで受け取るわけにはいかん。是非にも、売ってもらいたい。主に、何の犠牲もはらわず、完全に焼き尽くす生贄を捧げたりはできん。」 こう言って、ダビデは打ち場と牛とを買い取りました。そして、主のために祭壇を築き、完全に焼き尽くす生贄と、和解の生贄とをささげたのです。 主はダビデの祈りを聞き、病気の流行をぴたりと止めては下さったのですが、ダビデには苦い思い出として残る事と成りました。
2012年08月30日
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「旧約聖書」聖王の行程20(ダビデの王族13) ダビデ治世の大飢饉での清算 サウルとその一族の罪で大飢饉がダビデを苦しめます。サウルのサムエル記には記録されていないのですが、サウルが周囲の敵と戦っているときに、ギブオン人らをも次々と殺していったあの罪を償いたいとダビデは申します。君らギブオンの人々には、我等のために主の祝福を執り成して貰いたいのだが、それには、いったいどうすればいいのかをギブオンの人々皆に尋ねます。其れに対するギブオン人は、金でけりのつく問題でもなく、復讐のためにイスラエル人を殺すようなまねもしたくもない。血まなこになって私どもを絶滅しようとしたサウルの子のみ、七人をお渡しください。そいつらを、サウル王の町ギブアで、神様の前に晒したいと答えます。ダビデは、サウルの孫、ヨナタンとの間に誓いを立てていたヨナタンの息子メフィボシェテ以外はギブオン人にサウルの側女リツパの息子アルモニとメフィボシェテの二人と、アデリエルの妻となった、サウルの娘メラブが産んだ五人を引き渡します。ギブオンの人々は、七人を山で刺し殺し、主の前にさらし者にしました。処刑が行なわれたのは、大麦の刈り入れの始まるころで、処刑された二人の息子の母リツパは、岩の上に荒布を敷き、刈り入れの期間中ずっと〔四月から十月までの六か月間〕そこに座っていました。昼は昼で、禿鷹が死体をついばむことがないように、夜は夜で、死体を食い荒らす野獣から守るため、見張っていたのです。リツパのこの姿に心を打たれたダビデは、その者たちの骨をサウルの父キシュの墓に葬るよう、取り計らいます。同時に、サウルとヨナタンを、ペリシテ人がベテ・シャンの広場でさらし者にした時、あとでその遺体を盗み出してくれた、ヤベシュ・ギルアデから、サウルとヨナタンの骨を持って来ました。ギルボア山の戦いで倒れた 二人の骨はダビデのとへ運ばれ葬られました。その時に到って、主はついに祈りを聞いて、飢饉を終わらせました。 そんな状態の或る日、ペリシテ人が戦いをしかけて来たので、ダビデは家来を率いて応戦しますが、激しい戦闘に、ダビデは弱り果ててしまいます。そのとき、かってヨシュアが行って、巨大な非常に背の高い巨人族だったアナク人を、山地、ヘブロン、デビル、アナブ、ユダのすべての山地、イスラエルのすべての山地から断ち、彼らをその町々とともに聖絶し、それでイスラエル人の地には、アナク人がいなくなった筈だが、ただガザ、ガテ、アシュドデにわずかの者が残っていました。彼らは堕落天使との混血児ネピリムの血族だと云うのです。この人間とは違うDNAを持つ生物との混血児の絶滅、彼らは強い兵士としていわば傭兵のような形で色々な民族の中に散在していたのでしょう。その時、穂先の重さだけでも五キロは下らない槍をかつぎ、新しいよろいを着たイシュビ・ベノブという大男が、ダビデを殺そうと近づいて来ました。しかし、ツェルヤの子アビシャイがダビデを助け、そのペリシテ人を打ち殺してしまいます。こんなことがあってから、家来たちは口々に勧めます。「陛下、二度と戦いにはお出になりませんように。 イスラエルのともしびを吹き消すような危険は冒せません。」 そののち、ゴブでのペリシテ人との戦いでは、フシャ人シベカイが、もう一人の大男サフを討ち取ります。同じ場所での別の戦いでは、エルハナンは、ガテ人ゴリヤテの兄弟ラフミを倒しました。 ラフミの槍の柄は、はた織機の巻き棒のように太いものでした。また、ガテでペリシテ人とイスラエル人とが戦った時、両手足が六本指の大男が、イスラエルを嘲ったことがありました。 するとその男を、ダビデの甥にあたる、ダビデの兄弟シムアの息子ヨナタンが倒しました。以上の四人はガテの巨人族の子孫で、ダビデの家来の手にかかり殺されたのです。
2012年08月29日
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まずその大きさと重量に驚き。まさしく商品画像と寸分変わらない豪華なおせちがぎゅうぎゅうに入っております。これは当たりかもと胸を躍らせ、いざ元旦。解凍もちゃんと説明書があったためか上手にいき、ドリップも見当たらない。そして味はと云うと冷凍物の通販とは思えない美味しさ。オマール海老の黄金焼きも決して大味ではなく豊かな風味。ほかの品も、一品一品に手が込んでいてどれも驚くほど美味しかったです。なるほど々毎年おせち部門で一位に輝く実績は伊達ではないのだと痛感させられます。また来年も博多久松さまにおせちを頼むと思いますので、その時はまたよろしく。2013年おせち料理★6年連続グルメ大賞受賞!★お節ランキング150週以上1位達成!人気おせちがた...価格:15,800円(税込、送料込)
2012年08月28日
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「旧約聖書」聖王の行程19(ダビデの王族12) ダビデ治世の大飢饉 ダビデの治世に、大飢饉が三年も続いた時、ダビデは特別に時間をかけて祈ります。主からの預言は飢饉の原因が、サウルとその一族の罪にあると云います。ヨシュアとイスラエル軍が約束の地カナン、その中でもエリコでの出来事を耳にした周辺の王たちは、さっそく連合し、ヨシュアとイスラエル軍に全力をあげて対抗しようとします。それは、ヨルダン川西域で、北はレバノン山脈までの地中海沿岸に住む、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の王達です。しかしギブオンの住民は、エリコとアイでの一部始終を聞いて、なんとか生きのびようと策略をめぐらし、使者をヨシュアのもとへ送ります。 使者の一行は、いかにも遠い国から旅して来たかのように、ぼろぼろの服を着て、繕った靴を履き、風雪に晒された袋と、継ぎ接ぎだらけのぶどう酒の皮袋と、黴臭い乾燥したパンを、驢馬に積んでいました。一行がギルガルのイスラエルの陣営に着くと、ヨシュアと人々に、私どもは、友好条約を結んでいただきたくて、遠い国から参りましたと言います。 イスラエル人は、このヒビ人たちに答えます。おまえたちがこの近くに住んでいないという確証はなく、 このあたりの住民は滅殺せよと、主から命じられている以上、条約を結ぶわけにはいかない、と答えて拒否します。すると、私どもを奴隷にしてくださっても結構と申しました。此処でヨシュアが、いずれにしても、おまえたちはいったい何者だ。 どこから来たのか、と 尋ねました。それには、私どもは遠い国からまいり、 あなた様の神様の偉大なお力と、エジプトでなさったすべてのことは存じております。それに、あなた様がエモリ人の二人の王、あのヘシュボンの王シホンとバシャンの王オグとを、どんな目に会わせなさったかも、よく存じております。それで、私どもの長老や住民が申しますには、「さあ、長旅の用意をして、イスラエルの人々を訪ねてほしい。 そして、奴隷になると申し上げて、和平を求めてくるように」といったのです。このパンなども、出発した時には焼きたてでしたが、今はご覧のとおり、かさかさに干からびて、黴臭くなっております。また、ぶどう酒の皮袋も新品でしたが、今は古びて、ひびが入っておりますし、着物もくつも、難儀な長旅で、すっかりぼろぼろになってしまいました。この言い訳に、ヨシュアもほかの指導者たちも、ついにその一行を信用し、神様の指示を仰ぐこともせず、友好条約を結んでしまったのです。 そして、指導者たちは厳粛な誓いを立て、協定を批准しました。それから三日して、この人々が近くの者だという事実が明らかになります。 イスラエル軍は直ちに調査を開始し、三日目に彼らの町々に踏み込みました。 その町の名は、ギブオン、ケフィラ、ベエロテ、キルヤテ・エアリムです。しかし、町は無傷でした。イスラエルの指導者たちが、先に神様にかけて誓っていたからです。しかし、おさまらないのは一般のイスラエル人です。友好条約を結んだことで、指導者の面々に食ってかかりました。指導者たちも必死です。我々はイスラエルの主なる神の前で、彼らに手を下さない、と誓ってしまったのだ。 だから、手出しはしないでくれ。どうしても、生かしてやらなければならないのだ。もし誓いを破れば、主の怒りが下る事になると言います。 こういうわけで、そこの住民は、イスラエル人の奴隷として、薪を割ったり、水をくんだりして暮らすことになったのです。ヨシュアは彼らの責任者たちを呼んで、問い質します。「お前達は我々の近くに住んでいながら、なぜ、遠い国から来たなどと、騙すようなまねをしたのか。 今に、呪いが降りかかるぞ。 それ故、こののちいつまでも、我々の奴隷となり、主に仕えて、薪を割り、水をくむのだ。」 と宣言しました。 「私どもが、こんなことをしでかしましたのは、イスラエルの神様が忠実なしもべモーセ様に、「この全土を征服し、住民を皆殺しにしろ」とお命じになったことを、はっきり存じていたからでございます。殺されるのが怖かったのです。 お赦しください。どうぞ、思いどおりになさってください。 どのようにでも、お気のすむようにと申しました。そこでヨシュアは、彼らを殺すことを禁じ、イスラエル人のため、また、やがて主の指示なさる場所に築かれる祭壇のために、薪を割り、水をくむ者となりました。 サムエル記には記録されていないのですが、サウルが周囲の敵と戦っているときに、ギブオン人らをも次々と殺していきました。ギブオン人たちとの盟約は、はるか400年ぐらい前に主の前で結ばれていました。其れゆえに、主は飢饉をイスラエルに送られて、ダビデに祈ることを促しておられたのです。主は、約束されたギブオン人たちとの盟約を、はるか400年ぐらい前に結ばれたものとしても、それを破ったことを、主はよしとされなかったのです。主の前での契約は必ず果たさねばならないということです。
2012年08月28日
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「旧約聖書」聖王の行程18(ダビデの王族11)聖王下のヨアブの存在 ダビデが善イスラエル王に返り咲いた頃、ベニヤミン人ビクリの息子でシェバというならず者が、ラッパを吹き鳴らし大声でわめき始めました。 ダビデなんかくそ食らえ、 さあ、皆ダビデを倒しに行こう。 こんな所でぐずぐずするなと言うと、何とした事かユダとベニヤミン以外のイスラエル人はみな、ダビデから離れ、シェバのあとを追ったのです。但し、ユダの人々は王のもとにいて、ヨルダン川からエルサレムまでの全道程に従って行きます。宮殿に着くと、王はさっそく、留守を守らせていた十人の側女を別棟に移し軟禁させます。 女たちの生活は保証されてはいましたが、王が通うことは、二度とありません。 女たちは死ぬまで、未亡人同様に暮らしたのです。 シェバの乱当時、ダビデ王の軍司令官だった男アマサは、ダビデの妹アビガイルの息子ともいわれる、優柔不断で節操のない人物らしく、アブサロムの乱のときにはアブサロムの軍司令官を務めてダビデと対立し、アブサロムの死後に、今度は敵だったダビデの軍司令官に迎えられたアマサはシェバの乱に際して、ダビデが3日以内にユダ国民軍を総動員しろと命じたにも関わらず、期限を守れませんでしたた。 それで、ダビデはアビシャイに指令します。あのシェバのやつを放っておくと、アブシャロムより手に負えなくなるぞ。急いで警護の兵を連れて追いかけるんだ。我等の手の届かない、城壁のある町に逃げ込まれたら、どうしようもないと念を押します。アビシャイはヨアブとともに、ヨアブ配下の精兵とダビデ王直属の護衛兵を率いて、シェバを追いましたが、ギブオンにある大きな石のところまで来た時、アマサとばったり出くわします。此の無能な軍司令官に対し、前軍司令官のヨアブは、ダビデのため、イスラエルの将来に危惧を覚えたこともあろうが、アマサのために降格され、そのために彼を憎んでいたこともあり短剣をわきに差していました。彼は挨拶するように駆け寄りながら、そっと短剣のさやを払ったのです。ヨアブが抜き身の剣を持っていたにもかかわらず、アマサはそれに気付かず、いかにも親しげな様子を示すヨアブに近づいて抱擁したのです。その瞬間ヨアブの剣がアマサの下腹を貫き、彼は亡くなります。 ヨアブ配下の若い将校が、アマサの従者に叫びます。ダビデ王に味方するなら、ヨアブ様について来るんだと。 血まみれのアマサの亡骸は、道の真ん中に転がっていました。野次馬が大ぜい集まって来たので、将校たちは死体を野原へ運び、衣服で覆います。死体を片づけると、皆がシェバを捕らえようと、ヨアブのあとを追いました。 一方、シェバはイスラエル全土を駆け抜けて、ベテ・マアカにあるアベルの町へ行き、自分が属するビクリ氏族に、総決起を呼びかけていましたが、、追いついたヨアブ軍は町を包囲し、城壁に向かって城壁を打ちこわそうと城塞を築きました。その時、町の中から、一人の賢明な女が呼びかけます。「もし、ヨアブ様、ここまでおいでくださいまし。お話し申し上げたいことがございます。」 ヨアブが近づいて行くと、女は、「ヨアブ様ですね」と念を押し、「実は、昔から物事に決着をつけたければ、アベルの人に聞けと申すんでございます。 いつも、私どものお勧めすることが、理にかなっているようでございましてね。 私どもの町は、昔から平和を愛し、イスラエルに忠誠を尽くしてまいりました。 今は、この町を攻めるおつもりですとか。どうして、この主に適った町を滅ぼそうとなさるんですか。」 その問いに答えてヨアブは、そんなつもりでは決してない。 目あては、エフライム山地出身のシェバという男だけで、ダビデ王に背いた奴だ。引き渡して貰えれば引き揚げると答えます。婦人はさっそく、賢明にも、この考えどおり住民を動かしシェバの首をはね、ヨアブのところに投げ落としたのです。ヨアブはラッパを吹き鳴らして兵を呼び戻し、エルサレムの王のもとへ引き揚げました。
2012年08月27日
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「旧約聖書」聖王の行程17(ダビデの王族10)返り咲けた聖王 いよいよ全イスラエの王としてル、ダビデのエルサレム目指しての出発です。 ヨルダン川にさしかかると、まるでユダ中の人々が、王をギルガルまで出迎えたかのような人出で、川越しを手伝おうとしました。そこへ、ベニヤミン人ゲラの息子で、バフリム出身のシムイも、王を迎えようと駆けつけました。彼のあとには、ベニヤミン部族の人々が千人ほどついて来ていましたが、その中に、かつてサウル王に仕えたツィバとその十五人の息子、二十人の家来などもいました。 一行は王の来る前にヨルダン川に着こうと、息せき切って来たのです。彼らは王の一家と兵たちを渡し舟に乗せ、一生懸命その川越しを手伝いました。 ダビデ一行が渡り終えた時、シムイは前にひれ伏し、そしてすがるように弁解します。陛下には何とぞお赦しください。エルサレムから落ちのびられた時に、取り返しもつかない程の悪いことをしてしまいましたが、水に流してください。大それた罪を犯してしまったと、重々反省しております。 それで、今日は、ヨセフ部族の中でも、一番乗りして陛下をお迎えに上がろうと存じましてと捲くし立てますがアビシャイが彼の話をさえぎり、「お前は打ち首に決まっておる。主に選ばれた王を呪ったのだから」と。其れをダビデはとどめ「そんなことばは控えろ、きょうは処罰の日ではなく、祝宴の日だ」それからシムイに、「お前の命を取ろうとは思わんぞ」と誓ってやりました。 ところで、サウルの孫メフィボシェテが、王を迎えようと厚顔にもエルサレムからやって来ました。 彼は王がエルサレムを逃れた日以来、足も着物も洗わず、髭もそらずに過ごしていたのですが、あわよくばイスラエル王の座をと望んでいたことはダビデが聞き及んでいます。そこでダビデは、メフィボシェテに、どうしていっしょに来てくれなかったのだと尋ねます。其れに対してメフィボシェテは、あのツィバが欺いたのでございます。 私はツィバに、王について行きたいから、ろばに鞍を置けと命じました。 ご承知のように、足が思うようになりませんもので。ところがツィバは同行を拒んでいるかのように、私のことを陛下に中傷したのでございます。 しかし、陛下は神様の使いのようなお方です。 おこころのままにご処置ください。私も親族もみな、死刑宣告を受けて当然の身でございましたのに、陛下はこの私めに、陛下の食卓で食事する栄誉をお与えくださいました。 この上、何を申し上げることがございましょうと答えます。ダビデは只、我が身を愛するように愛したヨタナンとの契約により、ではこうするとしよう。お前とツィバとで、領地を二分するがよい。ヨタナンの家系を絶やさない約束を守ります。 こうして、全員がダビデ王とともにヨルダン川を渡り終えました。 そこに、ユダの大多数とイスラエルの約半数が、ギルガルで王を出迎えます。ところが、イスラエルの人々は、ユダの人々だけが王とその家族の川越しに立ち会ったことに腹を立て、何と王に抗議したのです。 ユダの人々は、どうして、そんなにこだわるのだ。 王はわしらの部族のご出身だぞ。 何も文句を言われる筋合いはない。いったい王がどうされたっていうんだ。 特別、わしらを養ってくださったわけでなく、贈り物をくださったわけでもないのだと答えますが、イスラエルの人々はおさまりません。イスラエルには十部族もある。つまり、お前たちの十倍も、王に対しては権利がある。それなのに、どうして、わしら全員を呼んでくれなかったのだ。 そもそも、今度の王位返り咲きを言いだしたのは、我等だと言いたいのです。しかしそれ以上にユダ側も激しく応酬しました。此れがユダがイスラエル分裂後も永く主を離れず、比較的安定した政権を維持することに繋がります。
2012年08月26日
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「旧約聖書」聖王の行程16(ダビデの王族9)反逆者アブシャロムのために悲嘆にくれている聖王に翳り 此処でツァドクの子アヒマアツが、ヨアブに、主が敵アブシャロムの手から救い出してくださった、此の吉報を陛下にお伝えする役目を是非に私に仰せつけ、手柄とさせてくれと申します。ヨアブは、二度否定して、 王子が死んだことなど、良い知らせとは言えんから、 お前には、また別の機会を与えようと言って、ヨアブは一人のクシュ人に見たとおりを陛下にお知らせするのだと命令します。男はヨアブに一礼すると、すぐに走り出しますが、それでも、アヒマアツはあきらめません。ダビデの過去の行動からも、下手をすると命さえ失えかねないヨアブは、其れを知らないアヒマアツの熱意に負けて許可します。するとアヒマアツは、平原を通り抜けて近回りをし、例のクシュ人よりも先に着いたのです。報告を待つダビデは町の門のところに腰かけていました。 見張りが城壁の櫓に上ると、ただ一人で駆けて来る男の姿が、目に入りました。 このことを大声で告げると、ダビデは「一人か。 なら、きっと良い知らせだ」と叫びました。 しかし、第一の使者のあとから、少し間をおいて、もう一人の男が走って来るのを、見張りは確認し、「もう一人、やってまいります。」 と彼は大声で叫びました。 「うん、それも吉報に違いない。」自分を納得させるようにダビデは頷きます。最初に来るのが、ツァドクの息子アヒマアツとの報告で、あれはいいやつだから、悪い知らせなど持って来るはずがないと、反逆者どもの一網打尽を聞き、アブシャロムの無事を確かめましたがアヒマアツは、ヨアブ将軍からこの使いをことづかりました際、何か騒ぎがあったようで、叫び声を耳にいたしましたが、くわしいことは存じませんと答えます。 するとクシュ人が到着し「陛下、吉報でございます。主は、すべての謀反人どもから陛下をお救いくださいました」と報告し、アブシャロムが陛下に敵する者には、よい見せしめとなりましたと言います。 王がアブシャロムのために悲嘆にくれている、という情報が、やがてヨアブのもとにも届きます。 ヨアブの恐れていた通りにダビデが息子のために嘆き悲しんでいる事を知って、その日の勝利の喜びはどこへやら、全軍が深い悲しみに包まれてしまいました。 3全軍は、まるで負け戦のように、すごすごと町へ引き揚げました。 ヨアブは王の部屋を訪ね、私どもは、本日陛下のお命をはじめ、王子様や王女様、奥方様や側室方の生命をお守りいたしました。なのに、陛下は嘆き悲しんでおられるばかりで、まるで私どもが悪いことでもしたかのようで、 全く恥をかかされました。陛下は、ご自分を憎む者を愛し、ご自分を愛する者を憎んでおられるようですな。 私どもなどは、どうなってもよろしいんでしょう。 はっきりわかりました、もしアブシャロム様が生き残り、我々が滅びれば、さぞかし満足なさったことでしょう。さあ、今、外に出て、兵士に勝利を祝ってやってください。 主に誓って私は申し上げます。 そうなさいませんなら、今夜にも全員が陛下から離れていくでしょう。 それこそ、ご生涯で最悪の事態となります。ヨアブに其処まで言われて、やがてダビデは町の門のところに座ります。 このことが町中に知れ渡ると、人々は続々と王のもとへ詰めかけました。 一方、敗戦したイスラエルのここかしこで、論議がふっとうしていました。 どうして、ダビデ王にお帰りいただく話をせんのか。 ダビデ王わしらを、宿敵ペリシテ人から救い出してくださったお方だぞ。 せっかく王に仕立て上げたアブシャロム様は、ダビデ王を追って野に出たが、あえなく戦死なさった。さあ、拝み倒してでも、ダビデ王に帰っていただき、もう一度、位に就いていただこうじゃないか。どこでも、こんな話で持ちきりです。 そこでダビデは、祭司のツァドクとエブヤタルを使いに出し、ユダの長老たちにこう伝えさせます。「どうして、王の復位を最後までためらうのか。 国民はすっかりその気でいるぞ。 ぐずぐずしているのは君たちだけだ。元々、君たちはわしの兄弟、同族、まさに骨肉そのものではないのか。また、アマサにも甥のお前には、決して悪いようにはせんぞ。 ヨアブを退けても、お前を最高司令官にしてやる。 もしこれが嘘なら、主に殺されたってかまわんと言い、そこでアマサは、ユダの指導者たちを説得しました。 一同は説得に応じ、口を揃えてダビデにどうぞ、ご家来衆ともども、お戻りください」と頼んできました。 此れはいくら忠義・忠誠のヨアブ其の人も、その心に傷を受けます。結果は後日のヨアブの行為が現しています。
2012年08月25日
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旧約聖書」聖王の行程15(ダビデの王族8)恩情の良し悪し ダビデに軍勢の立て直しの時間を稼ぐために、フシャイがエルサレムに帰って、アブシャロムを混乱させていた頃、ダビデは軍隊を再編成し、連隊長や中隊長を任命して、全軍を三隊に分け、ヨアブと、その兄弟で同じくツェルヤの息子アビシャイと、ガテ人イタイに、それぞれを指揮させました。 ダビデは、自ら陣頭に立ちたいと考えていましたが、家来たちの猛反対に会います。「それは断じてなりません。 私どもが逃げ出そうと、半数が死のうと、彼らには、どうでもよいことなのです。 目あては陛下お一人なのですから。 陛下は、私どもの一万人にもあたるお方です。ですから、今は、この町においでになって、必要な時に助け舟を出してくださればよろしいのです。」 ついにはダビデも、「わかった。 言うとおりにしよう」とうなずきます。 ダビデは町の門に立って、全軍が出陣するのを見送り、ヨアブ、アビシャイ、イタイに「私に免じて、あの若いアブシャロムには、手ごころを加えてやってくれ」と命じました。全兵士は、王が指揮官たちにそう命じるのを聞いていました。 こうして、戦いはエフライムの森で始まったのです。 招集された全イスラエル軍はダビデ軍に撃 退され、ばたばたと兵士が倒れて、その日のうちに、なんと二万人が命を落としました。戦いはこの地方一帯に広がり、殺された者よりも、森で行方不明になった者のほうが、はるかに多い有様です。戦いの最中、アブシャロムは幾人かのダビデ軍兵士に出くわしたため、慌てて騾馬に乗って逃げていたアブシャロムは、大きな樫の木の枝が覆い被さる下を通り抜ける時、そのままでは、歩くのさえ難しくなる程の美髪を枝に引っかけてしまいました。 騾馬はそのまま行ってしまい、アブシャロムだけが宙づりになったのです。ダビデの家来の一人がそれを見て、ヨアブに知らせました。ヨアブは、彼に 奴を見つけしだい、どうして殺さなかったのだ。たんまり褒美を取らせ、将校にでも取り立ててやったのにと、詰め寄ります。 其れに対して彼は、私どもは皆、陛下が指揮官のお三方に、私に免じて、若いアブシャロムに手を下すのだけはめて呉れ、とお頼みになったのを、聞いたんですから。それに、もし私が命令に背いて王子様を殺したとして、その張本人が陛下に知れた場合、将軍、貴方様が真っ先に、私を非難なさるんじゃありませんか。と答えます。此れはヨアブにダビデに纏わる都合の悪い事件を全てヨアブに押し付けたことがダビデには信頼、ヨアブには暗部としてダビデ王の政略の巧みさを成功させた証と成りましょう。たわ事を言うなと一言い捨てると、ヨアブは三本の槍を取り、宙づりになったままで息も絶え絶えの、アブシャロムの心臓を突き刺しました。ヨアブ直属の若い鎧持ち十人も、アブシャロムを取り巻き、止めを刺しました。そこで、ヨアブはラッパを吹き鳴らし、イスラエル軍追撃をやめて、兵を引き揚げました。一行はアブシャロムの死体を森の深い穴に投げ込み、石を山のように積み上げます。総崩れとなったイスラエル軍兵士は、てんでに家へ逃げ帰りました。 此処でヨアブが何故、私に免じて、あの若いアブシャロムには、手ごころを加えてやってくれと命じたにも拘わらず、アブシャロムにヨアブ自ら手を下すことをやってのけたのか、其の理由は過去のダビデとの経緯を考慮すれば、ヨアブがたとえ損な役割を引き受けるにしても、ダビデ自身が納得尽くであるならば、忠誠と忠義には変えられないことを自覚し献身を美徳と考えていた様にとれます。
2012年08月24日
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「旧約聖書」聖王の行程14(ダビデの王族7)戦略家ダビデ ダビデの一行がバフリムの村を通り過ぎ、しばらく休息を取っていた頃、アブシャロムとその仲間は、エルサレム入城を果たします。かつて自分の信頼していた顧問アヒトフェルも一緒です。ダビデの友、アルキ人フシャイも、エルサレムに戻ると、直ちにアブシャロムに謁見を求めました。そこで、事もあろうに「王様、ばんざい! 王様、ばんざい!」と叫びます。さすがに、アブシャロムは尋ねました。「これが、父ダビデに対する態度か。どうして、父といっしょに行かなかったのだ」と。ダビデの友、アルキ人フシャイは、私はただ、主とイスラエルの民によって選ばれたお方に、お仕えたいのです。かつてはお父上でしたが、これからは、貴方様が御主人です。アブシャロムはアヒトフェルに今後の方針と戦略を求めます。アヒトフェルは、ダビデがが宮殿の留守番にと残しておいた側女を訪ねて、父君を侮辱すれば、全国民は、もう、貴方様と父君の仲は致命的で、和解の余地はないと察するでありましょうから 国民は、貴方様のもとに一致団結すると言います。アブシャロムは、かつてダビデがそうしたように、アヒトフェルのことばには何でも従いました。 アヒトフェルが語ることはすべて、主の口から直接さずけられた知恵のように思われたからです アヒトフェルはことばを続けます。自分に一万二千の兵を任せてくだされば、今夜にも、王の追跡に出かけ、疲れて気弱になっているところを襲いましょう。 一味は大混乱に陥り、われ先にと逃げ出すでしょう。 その中で、王だけを殺します。あとの連中は生かしておいて、貴方様のもとに連れてまいり忠誠を誓わせましょう。アブシャロムとイスラエルの全長老は、その計画に賛成しましたが、ダビデに幸運なことには、アブシャロムが、「アルキ人フシャイの意見も聞いてみよう」と言いだしたのです。 フシャイが姿を見せると、一応アヒトフェルの考えを披露したあとで尋ねます。 アヒトフェルの言うとおりにすべきだろうか。もし反対なら、はっきり言ってくれと申します。ここで、ダビデがフシャイにエルサレムに帰って、アブシャロムに、相手方を混乱させてくれ。さすれば、アヒトフェルの助言に反対して、それをぶち壊すことが出来よう。祭司のツァドクとエブヤタルも、エルサレムにいる。私を捕らえようとする計画があったら、彼らに知らせてくれ。そうすれば、二人の息子たちアヒマアツとヨナタンが、私のもとに、事の成り行きを知らせてくれることになっているからと言い、ダビデの友フシャイはエルサレムに帰らせた事が戦略上の局面を変えます。 ご承知のように、お父君とその部下たちは、りっぱな勇士で、 今は、子熊を奪われた母熊のように、気が立っておいででしょう。 そればかりか戦いに慣れておられるお父君は、兵卒とともに夜を過ごしたりはなさいますまい。必ず、どこかのほら穴にでも、隠れておいでの筈。もしそのお父君が襲いかかり、こちらの幾人かが切り倒されでもしたら、兵が混乱し、どんなに勇敢な者でも、たといライオンのように強い勇士でも怯むでしょう。 なにしろ、イスラエルの者はみな、お父君が偉大な勇者であり、その兵士たちも武勇にすぐれている、と知っておりますから。と申します。 ここで、ダビデに軍勢の立て直しの時間を稼ぐために まず、北はダンから南はベエル・シェバに至るまでの、イスラエル全国から兵を集め、強力な軍隊を編成して、 その大軍を率いて、自ら出陣なさるのがよろしかろうと存じます。そして、お父君を見つけしだい、全軍もろとも一気に滅ぼすのです。 一人も生かしておいてはなりません。彼がどこかの町へ逃げ込んだら、全軍をその町に差し向け、城壁に綱をかけて近くの谷まで引いて行くよう、お命じなさい。 そこには、一欠けらの石も残りますまい。との考えを披露、 アブシャロムをはじめ人々はみな、「フシャイの意見のほうが、アヒトフェルの考えよりすぐれている」と思い込ませることに成功しました。 実は、これはみな、実際には、退けられたアヒトフェルの進言のほうが、ずっと上策だったのですが。 フシャイは祭司のツァドクとエブヤタルに、アヒトフェルの思惑と、対案として出した自分の意見を説明し、「急げ! 一行を見つけしだい、今夜はヨルダン川の浅瀬にはとどまらず、直ちに向こう岸へ渡って、荒野へ逃げのびなさるように、と勧めてくれ。さもなくば、陛下も、供の者も、皆殺しにされるだろう」。 伝言を聞いたヨナタンとアヒマアツは、エルサレムにいては人目につくので、エン・ロゲルに潜んでいました。 ダビデ王に伝える情報は、召使女の手で、二人に届けられる手はずになっていましたが、一人の少年が、エン・ロゲルからダビデのもとに向かう二人を見つけて、アブシャロムに告げたのです。 その間に、二人はバフリムまで逃げ、ある人のおかげで、裏庭の井戸の中にかくまってもらい、家の奥さんは、井戸に布をかぶせ、いかにも日に干しているふうに、麦をばらまいてくれました。 だれ一人、その下に人が隠れていようとは思いませんでした。 アブシャロムの家来がその家に来て、「アヒマアツとヨナタンを見なかったか」と尋ねても、 奥さんは、「川を渡って行きましたよ」と答えました。 追手は、やっきになって捜し回りましたが、もちろん見つけることはできません。 すごすごとエルサレムに引き揚げました。しばらくして、井戸からはい出した二人は、ダビデ王のもとへと急ぎ、 彼らは、「さあ、お急ぎください。 今夜中にヨルダン川を渡るのです」と勧め、王を捕らえて殺そうという、アヒトフェルの策略を報告しました。そこで王と供の者はみな、夜のうちにヨルダン川を渡り、夜明けまでには、全員が向こう岸に着きました。 一方アヒトフェルはというと、アブシャロムに進言を退けられたことで、すっかり面目を失い、ろばに乗り、郷里へ帰ってしまい、身辺の整理をすると、首を縊って自殺します。 ダビデは、まもなくマハナイムに着きました。 その間に、アブシャロムはイスラエル全軍を召集し、兵を率いてヨルダン川を渡り、ヨアブに代わる総司令官には、アマサを任命、アブシャロムとイスラエル軍は、ギルアデに陣を敷きました。一方、マハナイムに着いたダビデをあたたかく迎えたのは、アモン人で、ラバ出身のナハシュの息子ショビと、ロ・デバル出身のアミエルの息子マキル、それに、ログリム出身のギルアデ人バルジライでした。彼らはダビデ一行のために、寝るためのマット、調理用の土鍋や皿、小麦、大麦、炒り麦、そら豆、レンズ豆、はち蜜、バター、チーズなどを持って来てくれたのです。 彼らは、「荒野をずっと旅して来られて、さぞお疲れでしょう。 お腹もすいて、のども渇いておられましょう」と労います。牧羊出身で国境を区別しない生活を強いられてきたダビデの異国人への対応が味方します。
2012年08月23日
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「旧約聖書」聖王の行程13(ダビデの王族6) ダビデが主のオリーブ山の頂上から少し下った時、メフィボシェテ家の執事ともいうべきツィバが、漸く追いつき、二頭の驢馬にはに、パン二百個、干し葡萄と葡萄を各々百房それにワイン一樽を積んでいました。ダビデ王は、一体全体何のためだとツィバに尋ねました。驢馬は、ご家族のお乗り物にと存じ、パンと夏の果物は、若いご家来達に召し上がっていただき、ぶどう酒は、荒野で弱った方々に、飲んで頂きたく持参致しました。と答えます。更に、ダビデは一行について来なかった、人生最愛のひとヨタナンの息子メフィボシェテの所在をツィバに尋ねました。するとツィバは彼はエルサレムに残っております。あの方は、「今こそ、王になれる。今日こそ、祖父サウルの王国を取り戻すのだ」と申しておりました。と恩知らずの答えを叫んでいたと伝えます。流石に温情に長けたダビデも此れには腹を立て「それがかなったら、メフィボシェテのものを全部、お前にやるぞ。」 と約します ところで、ダビデの一行がバフリムの村を通り過ぎると、一人の男が呪いの言葉を浴びせながら、出て来ました。 男はゲラの息子シムイで、サウル一族の者です。 彼は王と側近、さらに護衛の勇士のだれ彼かまわず、石を投げつけます。 「出て行け、この人殺しで悪党め」この時とばかり、ダビデをののしり「よくも、サウル王とその家族を殺してくれたな。ざまあ見ろ。罰があたったのだ。王位を盗んだお前が、今は、息子のアブシャロムに王座を奪われた。これが主の思し召しと云うもんだ。 今度は、お前が同じ手口で殺される番だ」 此の言動の余りの酷さにアビシャイが申し出ます。「あの犬畜生に、陛下を呪わせておいてよいものでしょうか。 あいつの首を刎ねさせてください」と。ダビデはそれを止めさせ、ならぬ、 主が彼にのろわせておられるのだ。 どうして、我等が阻めよう。 実の息子がわしを殺そうとしておるのだぞ。 このベニヤミン人は、呪っているだけではないか、放っておけ。 主がそうさせておられるのだから。おそらく主なる神は不当な扱いだとご承知の上で、それに甘んじる私に、あののろいに代えて祝福を下さるだろうと言います。 一行がなおも進んで行くと、シムイも丘の中腹をダビデと平行して歩き、呪ったり、石を投げたり、塵をばらまいたりしました。王も従者も全員、くたくたに疲れ相手にする事さえ馬鹿らしく、それで一行はしばらく休息を取ることにしました。
2012年08月22日
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「旧約聖書」聖王の行程12(ダビデの王族5)オリーブ山への道 我が築き上げた聖都エルサレムのダビデの町から、今はダビデはオリーブ山への道を登りました。頭を覆い裸足で泣きながら悲しみを露わに。ダビデに従う人々も、頭をおおい、泣き声をあげて山を登ります。かつて自分の信頼していた顧問アヒトフェルが、事もあろうににに肩入れしているという情報を得た時には、ダビデは、どうか、アヒトフェルがアブシャロムに愚かな助言をするよう、導いてくださいと祈る程でした。ダビデ一行が主のオリーブ山の頂上まで登りつめた時、ダビデはアルキ人フシャイに出会いました。彼は服を裂き、頭に土をかぶって、ダビデの到着を心待ちにしていたのです。しかし、ダビデはフシャイに言います。有り難いがお前が一緒に来てくれても、重荷になるだけなのだ。エルサレムに帰って、アブシャロムに、「私は、これまでお父上の相談役として仕えてまいりました。これからは、貴方様にお仕えしとうございます」と言って相手方を混乱させてくれ。さすれば、アヒトフェルの助言に反対して、それをぶち壊すことが出来よう。祭司のツァドクとエブヤタルも、エルサレムにいる。私を捕らえようとする計画があったら、彼らに知らせてくれ。そうすれば、二人の息子たちアヒマアツとヨナタンが、わしのもとに、事の成り行きを知らせてくれることになっているからと言い、ダビデの友フシャイはエルサレムに帰らせました。丁度同じころ、アブシャロムもエルサレムに着いたのです。 この時のダビデの兵士はサウル時代からの勇士であり、ダビデが全幅の信頼を置ける友であり戦友です。あのサウルの執拗な攻撃にさえ耐えたこれらの兵士は、将に千軍万馬であり、寄せ集めの軍隊などには恐れさえ抱き得ませんでした。その戦闘能力も経験もがダビデに味方しています。
2012年08月21日
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「旧約聖書」聖王の行程11(ダビデの王族4)アブシャロムがヘブロンで王を名乗る アブシャロムはダビデの返答を計画通り、許可を得て自身を持ってヘブロンへ発ちます。そして、ヘブロン滞在中には、イスラエル各地に密使を送り、王への反逆を唆します。書には、ラッパが吹き鳴らされたら、アブシャロムがヘブロンで王になったのだとご承知ください。アブシャロムは、エルサレムを出る時、客として二百人の者を招待し、同伴して来ていました。勿論の事ブシャロムの目論見は彼等は知らさていませんでした。アシャロムは、生贄を捧げている間に一人で、ギロに住むアヒトフェルを呼び寄せます アヒトフェルも増え広がる他の賛同者と同様、アブシャロムを支持すると断言しました。そのことで謀反は非常に大がかりなものになりました。 エルサレムのダビデ王のもとには勿論の事、すぐに急使が送られましたが、其の内容が、全イスラエルがアブシャロムに靡いて謀反を企てているとのこと、ダビデは驚くより先に即座の判断を下し、アブシャロムが来る前に町から抜け出せば、われわれもエルサレムの町も助かるだろう。側近達も其のダビデの判断に全幅の信頼で従います。それだけダビデはアブシャロムの戦闘能力を認識していた証となりましょう。取り敢えずダビデ王とその家族は、即刻、宮殿から落ちのび、宮殿には、留守番として十人の若い側女を残しただけで、町はずれでひと息つき、その間に、あとから従って、ガテからついて来た亡命中でイスラエルに寄留の六百人のガテ人と、ケレテ人、ペレテ人の一群を、先導役として前に進ませるようにしますが、だしぬけに、王はガテ人六百人の隊長イタイに、「どうして、我らとと行動を共にするのだ。部下を連れてエルサレムの王のもとにいるほうがよいぞ。なにしろ、君らは亡命中の外国人で、しかも、きのう来たばかりだというじゃないか。なのに、今日、行く先さえ定まらない放浪の旅に誘い出すには忍びん。部下を連れて戻るがよい。主の恵みがあるように」と言います。此れは過去に何度もサウルに追われて亡命と寄留を繰り返したダビデが、人数に頼るより信頼こそが力となることを実証済みで、其の信頼に足るかどうかを試しているようです。ガテ人六百人の隊長イタイは「神様に誓って申し上げます。 また、陛下の御命にかけても誓います。 陛下が行かれる所どこであろうと、どんなことが起ころうと、命懸けで、ついてまいりますと言い、ダビデはその答えに満足します。此処で注目したいのはダビデ自身には、取り分けて選民意識はなく主なる神への信仰を第一義としていることです。それでイタイは、六百人とその家族を引き連れて行軍しました。 王と従者たちがキデロン川を渡り、荒野へ落ちのびて行く時、町中が深い悲しみに包まれました。レビ人とともに神の契約の箱を担いでいたエブヤタルとツァドクは、全員が通り過ぎるまで、箱を道ばたに下ろし、それから、ダビデの指示に従って、ツァドクは契約の箱を都に戻しました。その時、ダビデは「もし神様がよしとされるなら、私をもう一度連れ戻し、主の箱とその天幕を見させて下さるだろう。 また、たとい神様から見放されるのであっても、どうか、主が最善と思われることをしてくださいますように。」さらには、ツァドクに私に考えがある。息子アヒマアツとエブヤタルの息子ヨナタンを伴って、急いで都に引き返せ。私はヨルダン川の浅瀬で、知らせを待っている。荒野に身を隠す前に、エルサレムの様子を知りたいのだと命令します。それ故、ツァドクとエブヤタルは、神の箱をエルサレムに持ち帰り、そこに留まりました。
2012年08月19日
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「旧約聖書」聖王の行程10(ダビデの王族3)アブシャロムの本音と野望 ダビデの傘下で最も勇猛果敢で忠誠心があるとも言えるヨアブ軍団長が、アブシャロムに会いたがっている王の気持ちを察して、アブシャロムをとりなして以来、アブシャロムをエルサレムに連れ帰る同意を得て、ゲシュルに馳せ参じ、アブシャロムをエルサレムに連れ帰りました。しかし、ダビデ王は、ヨアブにアブシャロムを自分の住まいに連れて行け。此処には来させるには及ばない。私は 会いたくないと申し伝えます。 ところで、ダビで王家の中で、またイスラエル中を捜しても、アブシャロムほど、男らしくて顔立ちのよい人物はいませんでした。 また彼ほど、そのことで褒めそやされた者もいなかったのです。 彼は年に一回、髪を刈りましたが、 髪の重さが一キロ半以上にもなり、そのままでは、歩くのさえ難しくなる程の美髪の所有者でした。ま彼は息子三人と娘一人の子持ちで、娘の名はタマルといい、たいへんな美少女でした。 そのアブシャロムが、二年間エルサレムにいながら、ダビセ王には一度も会えません。 そこで、ヨアブに仲立ちを頼もうとしましたが、ヨアブは来ようともしません。 二度も呼びにやりましたが、それでも来ません。恐らくはヨアブは、アブシャロムの王位略奪の野望に気付いていたのかも知れません。しびれをきらしたアブシャロムは、家来に「私の畑と隣り合わせのヨアブの畑へ行き、大麦に火をつけろ」と命じ、 彼らはそのとおりにしました。 驚いたのはヨアブです。飛んで来て「何故、お宅の家来どもは、うちの畑を焼いたりするのです」と抗議します。 アブシャロムは、実は頼みたいことがある。父上に尋ねてくれないか。会う気がないなら、どうして、私をゲシュルから呼び戻したのかと言います。 こんなことなら、彼処に居た方がましだった、とにかく、父上にお会いしたい。その上で、もし父上から殺人罪に問われるなら、死刑にでも甘んじる覚悟はできている。 ヨアブは、アブシャロムの伝言其の儘を王に伝えました。その御蔭があって、遂に王も、アブシャロムを呼び寄せたのです。アブシャロムは王の前に出るとひれ伏し、その彼に、ダビデは許しと愛の口づけをします。 このあとアブシャロムの本音と野望が、みごとな戦車とそれを引く馬を買い入れさせ 更には、王侯の如く自分を先導する五十人の馬丁を雇い入れ、毎朝早く起きて、町の門へ出かけます。何故なら、王のところへ訴えを持ち込む者を見つけると、そのつど呼び止めて、さも関心があるように、訴えを聞くためです。 誰其れに対しても、こんなふうに気を唆らせ「この件じゃあ、君の方が正しい様だねえ。しかしながら、気の毒だが、王の側には、こういう訴えに耳を貸してくれる者はいないだろうな。私が裁判官だったら訴えのある人はみな、私のところへ来れるし、もちろん、公平な裁判もできるんだが……。」と権力への望みを隠しませんでした。アブシャロムはまた、だれか頭を下げて挨拶する者がいると、決して其の儘やり過ごさず、素早く手を差し伸べて握りしめるのでした。何処其処の選挙運動を思わせる行動ですね。こうして、アブシャロムは巧みにイスラエル中の人心を捉えていったのです。 それから四年後、アブシャロムは王に願い出ます「神様に生贄を捧げるために、ヘブロンへ行かせてください。 ゲシュルに居りました時、もしエルサレムにお帰し下さいますなら、生贄をささげて感謝致しますと、誓願を立てていたのです。 それを果たしたいのです。」と。ダビデは軽々しくも、その誓願を果たしに行くがよいと許可してしまい、其の判断の誤りによって、後々、苦汁をなめることとなります。
2012年08月18日
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「旧約聖書」聖王の行程9(ダビデの王族2)暴姦したアムノンへの報復 ダビデの傘下で最も勇猛果敢で忠誠心があるとも言えるヨアブ軍団長は、アブシャロムに会いたがっている王の気持ちを察していましたそこで、知恵者として評判の高いテコアの女を呼び寄せ、王に会ってくれないか、どういうふうにして会えばいいかを指示し、頼みます。 喪中の女を装い、 喪服をまとい、髪を振り乱し、長いこと深い悲しみに打ち拉がれたふりをさせます。」 テコアの女は王の前に出ると、床にひれ伏して哀願します。王様どうぞ、お助けくださいましと言い、ダビデの注意を引きます。「私はやもめ女でございます。 息子が二人おりましたが、それが野原でけんかをしたのです。 だれも仲裁に入ってくれませんで、片方が殺されてしまいました。すると、親せきの者が寄ってたかって、残った息子を引き渡せと申します。 兄弟を殺したような奴は生かしておけないと言うんです。 でも、そんなことになれば、跡継ぎが絶えてしまいます。 夫の家名も、この地上から消え去ってしまいます。」と訴えます。 ダビデは此の訴えに対し、だれもお前の息子に手出しできんように、取り計らう事を誓い、息子には指一本ふれさせやしない、神かけて誓おう。 お前の息子の髪の毛一本もそこなわれはせんと返答しました。 此処でヨアブ軍団長の真意、もう一つだけの願いを申します。どうして、私にお約束くださったことを、神様の国民ぜんぶに、当てはめてくださらないのですか。 ただ今のような裁きをつけてくださった以上、陛下はご自分を有罪となさったのでございます。追放されたご子息様のお戻りを、拒んでおられるからでございます。私どもはみな、いつかは死ななければなりません。 人の命は、地面にこぼれた水のようなもので、二度と集めることはできません。 もし陛下が、追放中のご子息様をお迎えになる道を講じなさいますなら、神様の末長い祝福がございますでしょう。この端女が、息子のことでお願いに上がりましたのも、私と息子のいのちが、脅かされていたからでございます。 私は、「きっと王様は、訴えを聞き入れ、私どもをイスラエルから消し去ろうとしている者の手から、助け出してくださるだろう。そして安らかな生活を取り戻させてくださるだろう」と思ったのです。陛下は神様の使いのようなお方で、善悪を正しくお裁きになれると存アブネルじております。 どうぞ、神様が陛下とともにおられますように。と締め括りました。 ダビデは流石に感づくものがあり、お前を差し向けたのは、ヨアブではないか、そこで王は、ヨアブを呼び寄せ、「わかった。 行って、アブシャロムを連れ戻してまいれ」と命じたのです。 此れを見てもヨアブとダビデの仲はツーカーであり、アブネル殺害いダビデが関与していたことが伺えます。狡知に長けているダビデが垣間見えます。
2012年08月17日
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「旧約聖書」聖王の行程8(ダビデの王族1)異母妹を暴姦するアムノン ダビデの息子で長子であるアブシャロム王子には、タマルという美しい妹がいました。ところが、選りにも選ってタマルの異母兄にあたるアムノン王子が、彼女に深く思いを寄せるようになります。アムノンはタマルへの恋に苦しみ、床についてしまいました。 未婚の娘と若者とは厳格に隔てられていて、話しかける機会さえなかったからです。ところで、アムノンには、悪知恵の働く友人が一人、ダビデの兄シムアの息子で、従兄弟にあたるヨナダブが、ある日、アムノンに何か心配事でもあるのかい。どうして、王子ともあろう者が、日に日に、それほどやつれていくんだね。と尋ねます。アムノンは異母兄のタマルへの恋を打ち明けます。ヨナダブは床に戻って、仮病を使えばいいんだ。父君ダビデ王が見舞いに来られたら、タマルをよこして、食事を作らせてくださいと頼めよ。 タマルのこしらえたものを食べればきっとよくなる、と申し上げるんだ。アムノンは言われたとおりにし、 王が見舞いに来ると、「妹タマルをよこして、食事を用意させてください」とだけ願い出たのです。ダビデはうなずき、タマルに、アムノンの住まいへ行き、何か手料理を御馳走してやってくれ、と頼んだのです。それ故、何も知らないタマルはアムノンの寝室を訪れます。 アムノンは、タマルが粉をこねてパンを作る姿を、じっと見つめていました。 タマルはアムノンのために、特においしいパンを焼き上げたのです。ところが意のあるアムノンは、それをお盆に載せて前に差し出しても、口に入れようとしませず、 アムノンは召使一同を部屋から出し彼はタマルに言ったのです。もう一度、そのパンをこっちに運んで来て、手ずから食べさせてくれないかと誘い、タマルは病状を気使い言われるままに、そばへと近寄ります。ところが、目の前に立ったタマルに、アムノンは、「さあ、タマル。 お前はぼくのものだ」と詰め寄ったのです。 彼女は驚い得て叫びました。「おやめになってね、こんなばかなことは。お兄様、 いけない事です。 イスラエルでは、それがどれほど重い罪か、ご存じでしょうに。此の様な辱しめを受けたら、私はどこにも顔出できません。 お兄様だって、国中の笑い者になりますわ。 どうしてもというのなら、今すぐにでも、お父様に申し出て下さい。きっと二人の結婚を許して下さりるりますから。」 とその場を取り繕うとしますが、アムノンは耳を貸そうともせず、むりやり、タマルを自分のものにしてしまいます。すると、突然、彼の愛は憎しみに変わりました。 それは、先に抱いていた愛よりも更に激しい憎しみ其の物でした。 「さっさと出て行け」とアムノンは怒鳴り、召使を呼ぶと、「この女を追い出し、戸を閉めろ」と命じ、 タマルは門外へ放り出されてしまいました。 当時、未婚の王女は、みな袖のある長服を着ていましたが、こうなった今、彼女は、その服を裂き、頭に灰をかぶり、手を頭に置いて、泣きながら帰って行きました。 タマルの実の兄アブシャロムは、妹に問いただしました。「アムノンがお前を辱しめたって、それは本当か。とにかく取り乱すな。身内でのことだからな、何も心配することはないぞ!」 その後、タマルは兄アブシャロムの住まいで、ひっそり悲しみに暮れて暮らしていました。 ダビデ王はこの一件を耳にし、烈火のごとく怒りましたが、アブシャロムは、このことについては、アムノンに何も言いません。その実、心の中では、妹を辱しめたアムノンに、煮えくり返るような怒りを覚えていたのです。此の事件があって、後日のダビデ王室に影が潜み寄ります。
2012年08月16日
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「旧約聖書」聖王の行程8(ダビデの妻バテ・シェバを否定) ダビデの姦淫の罪と罰に明けくるう頃、ダビデに忠義と忠誠を誓うヨアブの率いるイスラエル軍は、アモン人の首都ラバを完全に包囲してダビデに伝令を送ります。 「ラバとその美しい港は、もう我々のものです。どうか御自身で残りの部隊を率いて、総仕上げをなさってください。 この勝利の栄冠を、私ではなく、陛下がお受けになりますようにと申します。そこでダビデは、残りの部隊を引き連れてラバへ乗り込み、町を占領します。 眼を見張るばかりのの夥しい戦利品が、エルサレムへと運び込まれました。 ダビデはラバの王の冠を取り、自らの頭上に戴きます。 冠は宝玉をちりばめた黄金製のもので、図り知れない値打ちものです。また、町の住民を奴隷として連れて来て、鋸、つるはし、斧などを使う労働に就かせ、煉瓦造り仕事に従事させました。 ラバだけでなく、アモン人の町すべてをも、彼は同様に扱いました。それらを終えて漸くダビデとイスラエル軍はエルサレムに帰還したのです。 さて、マタイの福音書のキリストの系図にあるウリヤの妻とはバテ・シェバ其のひとです。聖書は彼女をダビデの妻とすることを認めません。あくまでも、ソロモンは、ダビデと人妻との不倫の末に出来た子であると聖書は伝えています。「ウリヤの妻」という記し方は、バテ・シェバの名を聖なるキリストの系図から排除するためでなのしょう。そもそも、事の始まりは、王の召しによって、生理の汚れをきよめるために彼女が行った水浴に事の発端があります。皮肉にも、彼女の律法に対する忠実と、王に対する忠誠とが結果的に彼女を忌むべき女にしてしまいました。これは一見不条理に見えます。しかし、本質的に言って、人はみな忌むべき罪人であると聖書は告げています。罪とは、人の言葉や行為のことを言っているのではありません。人の存在自体が罪なのです。たとえば、ダビデの姦淫において、仮にバテ・シェバに非がなかったとしても、彼女はそれでも神の御前においては生来汚れた、罪ある女であることにはは変わりありません。同様に、悪を働かず、律法に従っていても、それでも人はみな、神の前では等しく罪人なのです。まさに、人は誰でも呪われていると言っても良いでしょう。忌むべき女でありながらキリストの系図に記されているバテ・シェバを見る時、罪に汚れた忌まわしい自分と、その自分を贖う十字架の恵みはイエスの登場を待つしかありませんでしたが、猶、抵抗勢力はイエスの弟子にも見受けられるのです。此れは洋の東西を問わず由々しき問題であり、未だに完全な克服がされておりません。
2012年08月15日
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「旧約聖書」聖王の行程7(ダビデの姦淫の罪と罰) 主は預言者ナタンを遣わし、ダビデにこんな話を聞かせます。 バテ・シェバが産んだ子を、重き罹病に悩まされ死に到るであろうと。その事を聞いたダビデはその子が助かるように祈り求め、断食して、一晩中、主のの前で地にひれ伏しています。指導者たちは、身を起こして、共にに食事をとるよう、しきりに頼みますが、頑として聞き入れません。七日目にはとうとう赤ん坊は息を引き取りました。 側近の者は、そのことをダビデに告げるのを躊躇します。「陛下は、あのお子が病気になったことで、あんなに御心を乱された。 亡くなったと聞いたら、いったいどうなさるのだろう」と心配したのです。 しかしダビデは、ひそひそ話し合っている彼らの様子から、何が起こったかを悟り「赤ん坊は死んだのか。」と尋ね、死亡を伝え聞くとダビデは身を起こし、体を洗い、髪をとかし、服を着替え、神の天幕に入って、主を礼拝したのです。 それから宮殿に帰って、食事をしました。これには、家来のほうが、呆気にとられました。「陛下のなさりようはどうも解せません。 お子様が生きておいでの間は、泣いて断食までなさいましたのに、亡くなられたとたん、嘆きもなさらず、食事までなさるとは……。」と。それに対する返答は、私は子供が生きておる間は、断食をして泣いた。それはもしかしたら、神様が哀れんで我が子を回復させてくださるかもしれないと思ったからであり、今は死んでしまったから、今更断食して何になるのか、 もう、あの子を呼び戻せはしない。 私があの子のところへ行くことは出来ても、あの子はもうここへは戻って来ないのだからと言います。此のダビデの主への信仰は、アブラム(後のアブラハム)とは対極的に違い、王と成るべくして成った合理主義者ダビデが見えて参ります。 ダビデはその後バテ・シェバを慰めに行きます。 彼女は、またみごもり、やがて男の子を産みました。やがてその子はソロモンと名づけられます。 その子を愛した主は、預言者ナタンを遣わして、祝福のことばを贈られたのに答え、ダビデは主のお気持ちに答える意味で赤ん坊をエディデヤ「神に愛された者」という愛称で呼ぶことにしたのです。この事件では神とダビデの駆け引きともいえる場面が想像できます。
2012年08月14日
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「旧約聖書」聖王の行程6(ダビデの女性観と主を怒らすその行動の三) 主はダビデに預言者ナタンを遣わし、ダビデに「ある町に二人の人がおりました。 一人は大金持ちで、たくさん羊や山羊を持っていました。もう一人はとても貧乏で、財産といえば、苦労してやっと手に入れた、雌の子羊一頭だけです。その子羊を、子供たちも大そうかわいがり、食事の時など、彼は自分の皿やコップにまで口をつけさせるほどで、 まるで実の娘みたいに、しっかり腕に抱いて寝るのでした。そんなある日、金持ちのほうに客が一人ありました。ところが、客をもてなすのに、自分の群れの子羊を使うのは惜しいとばかり、貧しい男の雌の子羊を取り上げ、それを焼いてふるまったのです。」と喩え話を聞かせます。ここまで聞くと、ダビデはかんかんに腹を立て「生ける神様に誓うぞ、そんなことをする奴は死刑とともに償いもさせろ。 貧しい男に子羊四頭を返すのだ。 何にしろ、盗んだだけでなく、そいつには、まる哀れみの心というものがないんだから」と憤ります。すると、ナタンはダビデに言います 「陛下です。 陛下こそ、その大金持ちなのです。主は貴方に「私はお前をイスラエルの王とし、サウルの迫害から救い出してやり、サウルの宮殿や妻たち、イスラエルとユダの王国も与えてやったではないか。 なお足りないというなら、もっと多くのものを与えてやっただろう。それなのに、どうして律法を蔑ろにして、こんな恐ろしい罪を犯したのか。 お前はウリヤを殺し、その妻を奪った。これからは殺害の恐怖が常にお前の家を脅かす。はっきり言っておく。 このしわざの報いで、お前は家族の者から背かれる。 また、妻たちはほかの者に取られ、男たちが白昼公然と、彼女たちのところに入って寝るだろう。お前は人目を忍んで事を行なったが、私は全イスラエルの目の前で、お前をこんな目に会わせよう」と仰せられます。 驚いたダビデはナタンに、私は主なる神の前にに罪を犯しましたと告白します。 その告白に対しナタンは、主がそのとおりだと仰有っています。ですが主はその罪を赦してくださいます。 だから、罰を受けて死ぬことはない。ただし、神に敵する者たちに、神様をあなどる絶好の機会を与えたので、生まれてくる子供は必ず死ぬ。この様にダビデに伝えた後、ナタンは家へ戻りました。 此処では手の前に告白して罪の許しを願えば、許される可能性があり、告白の重要性が強調されます。どのみち人間の姿で生まれるものには、罪なき子など存在しない筈でしょうから。
2012年08月13日
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「旧約聖書」聖王の行程5(ダビデの女性観と主を怒らすその行動二) ダビデの此等、取り分けアビガイル然り、再嫁させたミカル、ウリヤの妻バテ・シェバテが人妻であることに眼が行きます。多くの兄弟の末子として生まれ、幼き時より牧羊に出されていた彼は、母や年長の姉の愛情に飢え切って育ったかも知れません。主なる神への愛は信仰によって得られたものの、母性愛ではそうはいきませんでした。しかし、自分の家来であるヘテ人ウリヤが戦死するように図り、我がものとしバテ・シェバは律法からみれば姦淫罪です。まして、事の始まりが、生理の汚れを潔めるために彼女が行った水浴と、王の召しに彼女が従ったこととにあります。 バテ・シェバは元来貞節な女性であり、彼女は権力と、欲望と、おそらく運命とに翻弄されたかのように見えます。ただ、思慮に欠けた一面を示唆する箇所も聖書に見えます。皮肉にも、彼女の律法に対する忠実と、王に対する忠誠とが結果的に彼女を忌むべき女にしてしまいました。これは一見不条理に見えます。しかし、本質的に言って、人はみな忌むべき罪人であると聖書は告げています。罪とは、人の存在自体が罪なのです。たとえば、ダビデの姦淫において、仮にバテ・シェバに非がなかったとしても、彼女はそれでも神の御前において生来罪ある女であることには変わりありません。同様に、悪を働かず、律法に従っていても、それでも人はみな、神の前では等しく罪人なのです。まさに、人は誰でも呪われていると言っても良いでしょう。王に命じられるがまま王宮に上がり、王と関係を結んだバテ・シェバには死の恐怖が襲います。「私は身籠りました。」という彼女の言葉の中に、女の悲哀を見ることも出来そうです。幸い、彼女の命は神の哀れみにより守られましたが、夫は死に、ダビデに主の罰が襲います。
2012年08月05日
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松浦漢方の「ウコン末 500g」は、インド産のウコン粉末(うこん粉末)です。此れを永年飲んで来ましたが、私の天邪鬼がブームになった時より、此れを飲用することを止めさしての今日この頃、高価な肝臓水解物系の薬では期待するほどの効果が実感できず、自然インド産のウコン粉末にUターン、やはり肝腎系は自然漢方で予防を最前面に考えるのが正解でしょう。毎日の健康維持にはもう再考はなしです。なお、天然物ゆえに、その性質上吸湿してカビが生えたり、虫が発生するものもありますので、直射日光をさけ、なるべく湿気の少ない涼しい所に保管して利用すれば、驚くほど長持ちします。『n) ウコン末 500g』【KCDS】【5250円以上送料無料・代引料無料】【健康食品】価格:1,552円(税込、送料別)
2012年08月04日
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「旧約聖書」聖王の行程4(ダビデの女性観と主を怒らすその行動一) ハダデエゼルが召集したの連合軍との戦いの翌年、 再び戦いが始まり、ダビデは、ヨアブの率いるイスラエル軍を送り込んで、アモン人壊滅を計りました。 イスラエル軍はたちまちラバの町を包囲しましたが、ダビデ自身はエルサレムに留まっていました。 この時期、魔が差したと云うか、本来的に持っているダビデの高貴な女性にに対する憧れ(ミカル)、母性に憧れる(アビガイル)、美麗の女性への羨望が頭を擡げます。ダビデのとある夕暮れのこと、 寝つかれないままに、ダビデは宮殿の屋上をぶらついていた時、 ふと町の方を見やると、入浴中の美しい婦人が目にとまります。さっそく人をやり、その女のことを探らせました。 そして、エリアムの娘、ウリヤの妻バテ・シェバであることを突き止めたのです。直ぐにダビデは女を召し入れました。 忍んで来た彼女と、一夜を共にしたのです。 彼女はちょうど、月の浄めの儀式を終えたところでした。 こうして彼女は家に帰りました。しかし、このことで妊娠したことを知るが、人をやってダビデに知らせました。 何とかしなければ具合が悪いと、ダビデは急いでヨアブに伝令を送り、「ヘテ人ウリヤを帰還させよ」と命じ、戻ったウリヤに、ダビデは、ヨアブや兵士の様子や戦況などを尋ねながら思案します。そして、家へ帰ってゆっくり骨休めをせよ、と勧めてやり、土産の品まで持たせます。ところが、ウリヤは自宅には戻らず、ダビデの兵士達とともに、宮殿の門の傍らで夜を過ごしたのです。 ダビデはその事実を知ると、さっそく呼んで、何故、長く家から離れていたというのに、昨夜は細君のもとへ戻らなかったのだと尋ねました。 ウリヤの返答は 「恐れながら陛下、神の箱も、総司令官も、その配下の方々も、みな戦場で野宿しておられます。それなのに、どうして私だけが家に帰って飲み食いし、妻と寝たりできましょう。 誓って申し上げます。 そんな罪深いことをいたす気は、毛頭ございません。」 と。この返答はダビデには自己の行為を責めているようにも聞こえたでしょう。恐らく、この時点でダビデはウリヤの始末を決めてはいなかったでしょう。ダビデは彼を食事に招き、酒をすすめて酔わせます。 しかし何としても、彼は自宅に帰ろうとはせず、その夜もまた、宮殿の門のわきで寝たのです。 妻から事情を聞き、自分からダビデに妻を渡すことさえ期待しただろうダビデは此処に来てウリヤの始末を決めます。 翌朝、ついにダビデはダビデに忠誠を誓うヨアブ宛に手紙をしたため、それをウリヤに持たせ、その書面で、ウリヤを激戦地の最前線に送り、彼だけ残して引き揚げ、戦死させるようにと指示します。ヨアブはウリヤを、包囲中の町の最前線に送り込みます。町を守っているのは、敵の中でも選り抜きの兵ぞろいだと知っていたからです案の定、ウリヤは数人のイスラエル兵士とともに戦死しました。ヨアブは戦況報告をダビデに送る際、使いの者に、もし陛下がお怒りになって、「なぜ、そんなに町に近づいた。 城壁の上から敵が射かけてくるのを、考えに入れなかったのか。 アビメレクはテベツで、城壁の上から女が投げ落としたひき臼で、いのちを落としたんだぞ」と仰有ったなら、ウリヤも戦死いたしましたと申し上げるがよいと言い含めました。 此れには、アブネル殺害の時すべてをヨアブ一族の私怨としたダビデを、今回は貴方の差配ですよと牽制しているのかも知れません。使者はエルサレムに着くと、敵は攻撃をしかけてまいりましたが、こちらも応戦し、敵を町の門のところまで追い詰めました時、城壁の上から、矢を射かけてまいり、 おげで、味方の数人が殺され、ヘテ人ウリヤも戦死いたしましたと報告します。それを聞きダビデは、ヨアブには、落胆するなと伝えてくれ。 剣はもろ刃の剣だ。 今度こそ慎重に攻めて、町を占領せよ、 成功を祈ると言いました。 此処には聖王は存在せず、岡惚れの男性が居る限りです。バテ・シェバは夫が戦したことを知り
2012年08月04日
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「旧約聖書」聖王の行程3(宗教王国の完成) ダビデはサウルとの闘争に明け暮れているとき、屡々、逃走に他民族とその支配地域を利用しています。受け入れ側も、サウルの敵は我が味方の考えか、若しくは、ダビデの信実性に惹かれたのか、往々にしてダビデを受け入れていました。そのような経緯から、アモン人の王が死に、王子ハヌンが王位に就いたことを聞いたダビデは、彼の父ナハシュには、常々、誠意と親切を尽くして貰った。 自分も新しい王に敬意を表わそうと、父親を亡くしたハヌンに悔やみを述べるため、使者を遣わします。 ところが、ハヌンの家来たちは、此の使いの者達は、亡きお父君を敬って、ここに来たのではなく、この町を攻める手始めに、まずスパイを送り込んだに違いなく、ダビデの魂胆は見えすいていて、この町を攻める手始めに、まずスパイを送り込んだの違いないと判断、主君にこう取り次ぎます。そこでハヌンは、その使者を取り抑え、髭を半分剃り落とし、服を腰のあたりから切り取り、下半身を裸のままで追い返します。その事実を知ったダビデは、髭が伸びそろうまでエリコに留まるように一行に命じました。 髭を剃り落とされたことを、彼らが深く恥じていることを慮ったからです。 そのアモンの人々は、このことがダビデを激怒させたことを知るや、レホブとツォバの地からシリヤの歩兵二万、マアカ王から兵士一千、トブの地から兵士一万二千を、それぞれ雇い入れ、応戦態勢をひきました。此れにはダビデも黙ってはいられる筈もなく、軍の総司令官ヨアブをはじめ全イスラエル軍を差し向け、彼らを攻撃したのです。 アモン人が町の門の守備にあたり、ツォバとレホブから来たシリヤ人、およびトブとマアカからの雇い兵が野に出て戦いました。これでは、ふた手に分かれて戦わざるをえません。尤も、挟撃作戦と取るならヨアブには困ったことになります。対して、ヨアブは特に精兵をよりすぐって、自らの配下に置き、野に出てシリヤ人と戦う備えを固めます。残りの手勢は兄弟アビャイの指揮に任せて、町の攻撃へと向かわせました。 ヨアブはアビシャイに、もしシリヤ人を向こうに回して、我が配下の兵だけで戦えないようなら、助けに来てくれ。反対に、アモン人がお前らの手に負えないようなら、こちらが加勢しよう。勇気を出せ、我々の双肩には同胞の命と、主の町々の安全がかかっている。 必ず主の御心のとおりになるのだからと指示しました。ヨアブの隊が攻撃をしかけると、傭兵であるシリヤ軍は崩れ始めました。彼らが敗走するのを見て、野に出ていたアモン人も逃げ出し、町に籠もってしまいました。それ故、味方の損失を危ぶむヨアブは攻撃を中止し、エルサレムへと引き揚げました。一方、敗走したシリヤ人は、このままではとてもイスラエル軍に手が出せないことを知り、再び兵力の結集を計りました。 そしてハダデエゼルは、ユーフラテス川の向こうから呼び集めたシリヤ人を、味方に引き入れたのです。 この大軍は、ハダデエゼル軍の総司令官ショバクに率いられて、ヘラムに着きました。 ダビデはこの報告を受けると、自ら奮い立ち全イスラエル軍を率いて、ヘラムに向かいました。 攻撃をしかけて来たシリヤ軍は、ダビデの前に再び敗走の憂き目に見たばかりでなく、この戦いで、シリヤ軍は戦車兵七百と騎兵四万を失い、将軍ショバクも戦死しました。その結果、ハダデエゼルが召集したの連合軍は、シリヤ軍の敗北を見て、ダビデに降伏し、ハダデエゼルを離れてその臣下となりました。 此の戦闘に懲りたシリヤ人は、二度とはアモン人を助けようとはしませんでした。 此の戦いから知り得ることは、イスラエルの戦闘体制が、かってのハダデエゼル軍のような、氏族の集団ごとの戦闘形態を離れた、ダビデの元に氏族を離れた挙国一致の軍団が出来上がったことを示しています。そして史上稀に見る律法を基盤とした宗教王国が完成致しました。
2012年08月03日
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「旧約聖書」聖王の行程2(忘れ得ぬ愛とその契約) ある日のこと、ダビデは、サウルの家系にまだ生き残っている者がいないか、気になり始めます。 情愛溢れるダビデの中で、神の愛(アガペー)、家族愛、異性愛、中でも一番なのは自己を愛するが如くの男女を超えた兄弟愛をも超える愛がヨナタンとの結びつきであり、彼なしには現在のダビデもなかったことは確実です。そのヨナタンとの契約、ヨナタンの家を存続させるとの約束をダビデは何時も気に懸けていたのでしょう、そのヨナタンの家系がもしいれば、情けをかけてやりたいと思ったのです。かつてサウル王に仕えたツィバという男のことを耳にすると、さっそく召してツィバに尋ねました。サウル王の血筋で、だれか生き残った者はおらぬか。 いれば、その者を手厚くもてなし、主の前にに立てた誓いを果たしたいと。ツィバの答えはヨナタン様のお子で、足の不自由な方がご存命でロ・デバルのマキルの屋敷に居ることを聞きます。 そこで、ダビデ王は、ヨナタンの息子で、サウルの孫にあたる、メフィボシェテを迎えにやりました。 メフィボシェテは恐る恐るやって来て、ダビデの前にうやうやしくひれ伏しました。そんな彼に、ダビデは優しく声を掛けます。 「心配には及びません。 来て貰ったのはほかでもない。 父君ヨナタンとの誓いを果たしたいと思い、お力になりたい故です。 貴方の祖父、サウル王の土地はぜんぶ返しましょう。 良ければ、この宮殿で暮らしなさい。」。それに対してメフィボシェテは王の前に深々と頭をたれ、「死んだ犬も同然の私に、なんというご親切を」と思わず叫ぶ程驚き入りました。王は例のツィバを召し出し、サウル王とその家のものはみな、主君の孫に返したから、お前は息子や召使たちとともに地を耕し、彼の家族のために食糧を作れ。 但し、彼は此処で、私と一緒に暮らすと伝えます。ツィバには、息子が十五人と召使が二十人いました。 そこで、「承知いたしました、陛下。 ご命令のとおりにいたします」と答えました。 以来、メィボシェテは、ダビデ王の息子同様に扱われ、いつも王といっしょに食事をすることになります。この一件はダビデがヨナタンとの約束を果たしたことで大いなる心の安らぎを与えたことでしょう。しかし、後にダビデが苦境に陥った時にメフィボシェテは恩に報いるに恨みをもって答えます。
2012年08月02日
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「旧約聖書」聖王の行程1 ダビデがイスラエルの統一王に成った素養のうちの一つに、そのカリスマ性と政略・軍略に秀でていたのもそうですが、武略家としての戦闘能力を忘れてはなりません。しかも彼はそれを楽しむ性向も窺わせます。それ故、統一後のダビデはペリシテ人のメテグ・ハアマを征服して、敵の高慢の鼻をへし折り、完全に屈服させま、また、モアブの地をも襲い、 その時は、捕虜を幾列にも並ばせ、地面に伏させ、 それを縄で測り、各列の三分の二の者を殺し、残り三分の一を助けます。 助かった者はダビデのしもべとなり、毎年、必ず貢物を納めさせました。 ダビデはまた、ユーフラテス川での戦いで、各王国支配を支配して勢力下に置く、レホブの子ツォバの王ハダデエゼルの軍勢を打ち破りました。 ハダデエゼルは、勢力を挽回しようと攻めて来たのです。ダビデは騎兵千七百と歩兵二万を縛り上げ、さらに、百頭だけ残して、戦車用の馬の足の筋をぜんぶ切ってしまい、敵の援軍としてダマスコから来たシリヤ人二万二千を、打ち倒し、ダマスコに守備隊を置くことになります。 その勢い故、シリヤ人はダビデに服従し、毎年、貢物を納めるようになりました。主がダビデと共にあり、勝利をもたらしてくださったとされています。 ダビデは、その後もイスラエルの統一と安寧を得るためにハダデエゼル勢力と戦い、ハダデエゼルの部下が持っていた金の盾を奪い、エルサレムに持ち帰ります。また、ハダデエゼルの町ベタフとベロタイから奪った、大量の青銅も持ち帰りました。 ハマテの王トイは、ダビデがハダデエゼルの軍勢を打ち破り、大勝利を収めたことを聞くと、息子ヨラムを使者に立ててお祝いの言葉を伝えに送り出しました。 ハダデエゼルとトイとは、古くから敵対関係にあったのからです。 ヨラムはダビデに、金・銀・青銅の器を贈りますが、ダビデは、それを全部、シリヤ、モアブ、アモン、ペリシテ人、アマレク、ハダデエゼル王から奪い取った金銀とともに、主に捧げました。 ダビデの名声はいよいよ高まり、 ダビデは帰還すると、その足で塩の谷にてエドム人一万八千を打ち滅ぼし、エドム中に兵を駐屯させました。 エドム人はみなイスラエルに貢をささげるしもべとなったわけです。 これもまた、主が、行く先々で勝利を与えてくださったとされますが、言い換えれば、イスラエルに嗣業を持たないで主に仕えることを嗣業とする、モーセとアロンの血統氏族、全イスラエルに特権的に町を与えられていレビ人の、主の教えを離れないダビデへの全面的支援を現しての表現ともとれます。 ダビデは律法に従い公正にイスラエルを治め、だれに対しても公平でした。此れはユダヤ教の教義が根本としているものと云えます。そのダビデの統制組織は、軍の総司令官には、後のアブサロムの件を除けば、常にダビデと共にいて、忠誠・忠義の人ツェルヤの息子ヨアブ、国務長官はアヒルデの息子ヨシャパテ、アヒトブの息子ツァドクとエブヤタルの息子アヒメレクは祭司、セラヤは王の侍従長、三勇士に次ぐ大勇士のエホヤダの子ベナヤは護衛隊長、ダビデの息子たちは側近を務めました。此こに名実共に、主の選民国イスラエル史上輝くべきイスラエル王国が実現し、流浪の民になったイスラエル民族の心の支えとなっていきます。
2012年08月01日
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