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「仏教」世界(一)憂き世 「世界」とは仏教から出た言葉で、元来は「世」は過去・現在・未来の時間軸を表し、「界」は東西・南北・四維・上下の空間的拡がりを示して、ひろく衆生の住む範囲を云います。其の世界が苦しみに絶えぬことから「苦海」と云う言葉が表れ、苦しき海と国語的に読んで万葉集などに歌われています。此の苦海が、日本では仏教の「世界」に歩み寄り、其の世界が苦しみに絶えぬことから「苦界」の文字を当てるようになりました。 また、「うき世」と云う語も苦界と同義語です。元は、此の世を辛い世と見做して「憂き世」と言っていたのが、仏教思想の影響により、次第に語意が変化して、無常の世・定住のない世という意味になり「浮き世」と書かれるようになります。時代が移ると、今度は内容さえ変わって、浮いた世の中、ウキウキした世の中になり、「世」には昔から「世界」とは別に、男女関係、男女の仲をも意味していたために、好色・浮気をさす言葉になりました。苦しみの「憂き世」から好色・浮気の「浮世」の変遷には驚かされます。
2012年05月31日
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「仏教」仏典の鬼(日本霊異記) 日本に於ける鬼の系統は、一つは古代の知識階級が持っていた仏典などに基礎をなす鬼で、閻魔王の配下で地獄で働くのを常とします。ところで「日本霊異記」など仏教説話に登場して来る鬼は、閻魔配下である鬼ではありますが、人間の姿をして現れ、人間の言葉を喋りますが、閻魔王の鬼使として此の世に現れ出でて彼の世へ人間を連れ行く役目を負っています。例えば、楢磐嶋(ならのいわしま)と云う人が、船で交易する旅の途中に急の病を患い、馬に乗り換えて帰りを急いでいると、三人の男が後からついてきます。暫くすると並んで歩き出し、磐嶋が何処へ行くのか尋ねると「我々は閻魔王の使者で、楢磐嶋を迎えに行く」と言います。そこで磐嶋は、地獄の沙汰も金次第と、私がその磐嶋だと名乗って交渉に入り、牛が好きだという鬼に、自分の牛を提供し、供養の経文を読むことを約し助かります。 日本に於ける鬼の系統のもう一方は、大江山の鬼、羅生門の鬼、安倍晴明で有名な京都戻り橋の鬼などの鬼が有りますが、これ等は地獄の獄卒と云われる鬼ではなく、人の心の執念や悪心の凝って悪鬼となった者もあり、鬼の出自も複雑化しています。更には、郷土芸能や祭に現れる鬼などは、親しみさえ持たれ、神に近い印象で、全く暗さがありません。日本の芸能文化は鬼なくして語れないと云っても言い過ぎではないでしょう。
2012年05月30日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)六・器界五 天上界を更に昇ること四千四旬では、須弥山を離れて、空中に日天・月天・星宿天の住処があります。日天・月天は須弥山の周囲を旋回しており、その一回が一昼夜となっています。それを更に昇ること四千四旬にお馴染みの四天王の住処があり、その上の頂上には帝釈天の住む処のとう利天があります。頂上を超えること虚空には炎摩天(やまてん)・兜率天・化楽天を経て高さ六十万由旬の他化自在天に到ります。 此の欲界天の上が十八の階級を持つ色界天ですが、其処に住む天人も欲心は極めて薄くとも、物質的形体を離れるまでには行かず、生死有限を離れるまでには到りません。 最後に、空無辺処天・識無辺処天・無所有処天・仏教で考えられている一世界の最高の場所の悲想悲悲想天の四天の天無色界天があります。此処に住む天人は皆が心のみもって肉体を持たず、欲望を離れ、寿命も極めて長いとされています。特に最後の悲想悲悲想天は別名が「有頂天」とも云われ善根無限に積まなければ到達できない処です。恋人の愛の告白で有頂天になるなどは、極めて下賤な使い方と言えるかもしれません。
2012年05月29日
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器界の中の、人間の生前行為の果報を受ける六道または六趣と呼ばれる地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上の世界は、即ち迷いの世界であって一口に三界とも呼ばれます。三界とは欲界・色界・無色界を云うのですが、其のうちの欲界は五欲、即ち、色(しき)・声(しょう)・香(こう)・味・触(そく)の五境に対して起こす欲望で、、財欲・色欲・飲食(おんじき)欲・名欲・睡眠欲の五つが常に心を掻き乱している境界で、天上界に在っても,其の一部は此れに含まれています。天人であっても、その最下級に属する夜叉と呼ばれる天上人は極めて恐ろしいとされていますが、仏道本説では、多くは上天に仕えて仏法を奉じて下界の善人を守護してしています。 日本では夜叉を、多くは女性に見立て「外面如菩薩、内面如夜叉」と形容して、尾崎紅葉の「金色夜叉」は黄金のために夜叉と化した主人公を描いています。
2012年05月28日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)六・器界三 八熱地獄のうちの地獄・餓鬼・畜生の三道は三悪道といって、さも苦しげなことを味あわされる場所ですが、其れに次いでは阿修羅道もまた同様です。此処に住む者を阿修羅とも修羅とも呼んでいますが、容貌醜く、疑惑と害心を常に抱き、媚びと諂い闘乱に駆り疲れ、暫しの安心を抱けない処を云います。此の闘争を常とするところから、阿修羅の如く荒れ狂うとか、修羅の巷とかの語が生成されました。能の「修羅物」は戦闘にて死んだ者が応報として修羅道に苦しむ姿を描いています。今川義元の軍勢の優勢を聞いても少しも騒がずに、夜襲の前に舞う「人間五十年、げてんの内をくらぶれば、夢まぼろしの如くなり」が有名です。 人間界も、勿論の事、苦がある世界で在ることには変わりはありません。その生老病死を四苦として、此れに怨憎会苦・愛別離苦・求不得苦・五陰盛苦の四つを加えて、数えて八苦としています。これ等の苦難が迫ってきたところから抜け出すのが容易でない状態が「四苦八苦」です。
2012年05月27日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)五・器界二 香水界・塩水界の深さ八万四千四由旬と同じく、四大州・八中州には地下の厚さがあって、此れを地輪と呼んでいます。更にその下には非常に堅固な金剛(金剛石がダイアモンドですから硬さはお墨付き)よりなる金輪なるものがあって地輪を載せています。此の地輪と金輪の境目が金輪際であり、「金輪際動かぬ」の語源となりました。其の金輪も八十万由旬の厚みを持つ回転する水輪に支えられており、其のまた水輪も今度は百六十万由旬の風輪と呼ばれるものに支えられて安定していると云った具合に非常に複雑な構造で成り立っています。 此の器界の中に、人間の生前行為の果報を受ける六道または六趣と呼ばれる地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上の世界があります。南方の閻浮提の地下に降ること一千由旬から四万由旬の間に八熱地獄と呼ばれ、熱火をもって衆生を呵責する八つの地獄が相重なっています。地獄は梵語で那洛迦または那洛耶とも言い、歌舞伎の奈落は舞台の上を人間世界に見立てて、その下を地獄に見立てています。歌舞伎の粋な言葉回しには驚かされます。
2012年05月26日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)四・器界一 我々が現在何気なく使用している言葉にも、元来は仏教関係の用語で、時代を経て生活に浸透した言葉が随分あります。例えば寿司屋の「シャリ」と云えば、元は仏教梵語で骨を意味し、その白さから米を連想させた言葉です。 「世界」という言葉も実は仏語ですが、仏教上は此の世界を構造面から捉えた時には「器界」と呼びます。器界の中心には高さ八万四千四由旬(一由旬が四十里)の高坏状の須弥山を中心にして、一は深さ・広さともに八万四千四由旬の香水を貯えた香海、その外囲に四万四千由旬の高さの山、更にその外囲に香水を貯えた香海、将又その外囲に二万一千由旬の山と、海と山とが重なること七重に囲まれて居ります。 此の七重の世界の其の外周に四大海が拡がり、四大州と呼ばれる四つの大国を持ち、その内、南方の閻浮提が人間界とされています。更には四大州に八つの中州が付随し、その中に無数の小州があり、日本はその小州のひとつとされています。これ等の大州・中州・小州を浮かべる大海を囲んで二重に堅固な山が囲んでおり、鉄囲山と云い世界の果てとなります。 さすがに、零の発見国だけあって、その数の扱いは図抜けており、此の事を前提にして仏典を読まないと、呆れ果て中途で挫折しかねないので御注意を。仏典の「数の取り扱い」には目を逸らして読むのも一読法でしょう。
2012年05月25日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)三・韋駄天 仏法を守護する神々の中でも、韋駄天と云う極めて足の速いのが此の神様です。足の速いこと韋駄天とか韋駄天走りと言うのは此れから来ています。昔から印度では徳ある人の死屍を火葬にすれば、その骨より粒を生じ、その性頗る堅固で砕けないとされ、供養すれば福徳を得るとして舎利(梵語で骨を意味する)と云うものが祀られていました。中でも釈尊入滅後の仏牙(ぶつげ)の舎利は印度八国の王が兵を率いて押し寄せて、危うく戦いになりそうな勢いでした。此の牙舎利を盗まんとしたのが印度の足の速い鬼、その名も足疾鬼で舎利を奪い取って逃散、それを韋駄天が追って瞬時に須弥山の頂三十三天まで駆け上がります。まさに比肩するもの無き速さの持ち主です。 足の速さと云えば、例の俳人松尾芭蕉が有名です。奥の細道の旅程でも大変な健脚振りで、長い時には一日十三里をこなしています。驚くべき超人さです。俳人松尾芭蕉が伊賀出身で忍者の歩行術を心得ていた証となりましょう。
2012年05月24日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)二 「因果応報」と云えば、善因善果悪因悪果により其々の処に生まれるという、仏教の根本的な法則ですが、その場所は人間界ばかりではなく「器界」(世界を構造面から捉えた仏教用語)の中に存在する六種の場所があり、それを六道すなわち地獄道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、人間界、天上界と呼んでいます。天上界の一部を除き六道すべてのものが輪廻しています。 その因果の理法中に現法を重く見るのは日本的な特色でしょう。本来ならば、前世の因が後世の果となって現れるのが因果応報であり、例えば、仏教説話の中にも、寺の天井に住んでいた鼠が、毎日経文を聞いた功徳によって、来世に僧になって生まれ変わるといった話は、その最たるものと云えます。ところが、善果・悪果を眼前に見ようとする現法が日本では多くの例が見られます。日限り様、白波五人男の台詞などが代表的例でしょう。我々が生きていく上でこの因果律が多少影響を与えているのは否定し得ません。
2012年05月23日
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「仏教用語」彼是(アレコレ)一 我々が現在何気なく使用している言葉にも、元来は仏教関係の用語であったもが随分あります。その中でもよく使われている言葉の一つに「縁」があります。仏教では、物事を成立させる原因である「因」を助けて、その結果となる「果」を結ばせる力、因と果の媒介となるものが縁であり、物事が「縁起」するという大乗の教えも此の考え方から導かれています。但し、竜樹の哲学書とも云うべき「中論」では、有為論の教えとは異なり、因と果そのものを否定し、すべての成りたちを縁起(依って立つ)に求める「空観」の立場を説きます。 一般に仏教に在っては、因縁・因果・因業を「業、因、縁、果」の関係と捉え、善悪の所業である「業」によって、善悪の「因」が生じ、此の因が「縁」の助けによって善悪の「果」が生じるとしています。つまり人間のあらゆる境遇が必然的なものだと説きます。「因果応報」の語が示すように輪廻のなかで善悪それぞれの報いがあるということです。云わば、来世でよい報いを受けたければ、この世で善根を積んでおけということになります。
2012年05月22日
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「旧約聖書」聖王登場の道程8 サウルはの長女をダビデに嫁がせ、籠絡してペりシテの戦いに行かせ、その手をもって殺させようとしますがダビデが話に乗りません。ところが、都合よく次女ミカルがダビデを愛することを知り喜び妻として与え、結納にペリシテ人の陽の皮100枚を要求その口実にほくそ笑みますが、何とダビデは陽の皮200枚を持ち帰ります。これで増々サウルを恐れさせることになります。このときミカルはダビデを愛していましたから、結婚を喜び迎えます。ミカルは、父親と愛する夫が対立すると必死に夫を守ろうとします。ミカルの機転がダビデを救います。、しかし、やがて其のミカルをダビデは捨てて他の女たちを妻としてしまう事と成り、捨てられた娘を、サウルは別の男性に妻として与えました。それなのに、サウル王の死後、ダビデは捨てたはずのミカルを無理やり自分のもとに連れ戻します。おそらく、サウル王の後継者となるために、王の娘婿の立場を利用しようとしたのでしょう。しかし、もう二人の間に愛はありませんでした。契約の箱をダビデの町に運び上げる前で権威なく馬鹿騒ぎして踊るダビデに向かってミカルは軽蔑の言葉を発します。ダビデもダビデで彼女を冷たくあしらい、以後ミカルはダビデの子をもうけられませんでした。 サウルは、ダビデを愛する王位継承資格者のヨナタンに王の食卓に来ないダビデの思惑を感じ取り、怒りもって言います。「お前は心の曲がった、背く女の子だ。エッサイの子を選び、自らも辱めている。エッサイの子が生きている限り貴方の王国が堅く立ってはいかない」と、この発言からは父としての悲しみが見られます。それ故、ヨタナンへの期待がダビデの始末に執念を燃やしたと取れそうです。それはその後のダビデとの各エピソードの会話にも表れています。
2012年05月21日
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「旧約聖書」聖王登場の道程7 エッサイの子ダビデがゴリアテの首を持ち帰り、王サウルに自分の出自を語り終えた時、同席するサウルの息子ヨナタンの心がダビデに結びつき、自分命のようにダビデを愛し契約をむすびます。ヨナタンは自分の着ている上着・鎧・剣や弓・帯までも与えます。ダビデはサウルが遣わす戦い悉くに手柄をたて、兵の隊長になります。但し、ペリシテびとゴリアテを殺して帰ってきたときに迎えたイスラエルの女性の祝いの歌「サウルは千を殺し、ダビデは万を殺した。」は、サウルを非常に怒らせ、「此の上、彼に与えるものは国しかないではないか」とダビデの命を窺うことになります。 次の日、何故か神がサウルに悪霊を送りダビデを危地に陥れます。即ち愛用の槍を以って二度も壁に刺し通そうとしますが、ダビデは辛うじて難を避けます。思うに神がサウルに悪霊を送ってまでダビデを窺わせるのは、二人の主の油を注いだ者を、サウルを離れたにしろ納得が出来ず不可解です。その後も千人の長としてダビデを遠ざけますが、民の先に立つようになったダビデはイスラエルとユダの全ての愛を受けることになり、サウルの殺意が高まっていくことになりました。此れからがダビデとサウルの駆け引きが始まり、旧約の物語性が見事に展開します。
2012年05月20日
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「旧約聖書」聖王登場の道程6 此の地上からアマレク人の息のかかったものは抹殺せよとの主の指示を、民への恐れから分捕り物の家畜と王を助命したサウルは、主の怒りを買い、油を注がれた預言者サムエルにも見放され、既に主はエッサイの子ダビデを王と定め預言者サムエルに油を注がせていました。主から来る悪霊に悩まされる日々を送るサウルは其のことを知らず、部下の推薦する琴の名手ダビデを召し抱え、神の悪霊が臨むときダビデに琴を弾かせ、気が静まり、悪霊も彼を離れます。その後、ガテのペリシテびとで名をゴリアテという勇者がイスラエルい立ち向かい挑戦を挑発するも、その威風に慄くイスラエル人は誰ひとり立ち会おうとはしません。 此処に、若き英雄、主に油を注がれたダビデが、王サウルが貴方は若く経験に乏しいと言うのを、「しもべは父の羊を飼っていたのですが、襲ってきた獅子・熊も撃ち殺した」と言って、鎧を付けずに侮るペリシテびとゴリアテを石投げと石をもって殺し、ゴリアテの剣でもって首を刎ね、それをを持ち帰ります。此の剣が後々ダビデを助けることになるとは予想できなかったでしょう。
2012年05月19日
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「旧約聖書」詩編78編アサフの歌要約二 出エジプトの十災についてもアサフは、簡潔に主なる神の奇跡の力を示し歌って居るので、此処に要約して紹介します。 神はエジプトで諸々のしるしを行い、ゾアンの野でも諸々の奇跡を行い、(ナイルの水を血に染め)彼らの川を血に変わらせて、その流れを飲む事が出来ないようにされた。(蠅の大群)神は蠅の群れを彼等のうちに送って彼等を食わせ、(蛙の大群)蛙を送って彼等を滅ぼされた。(作物・家畜の滅殺)また神は彼等の作物を青虫に渡し、彼等の勤労の実を蝗に渡された。神は雹をもって彼等の葡萄の木を枯らし、霜をもって彼等の無花果・桑の木を枯らされた。神は彼等の家畜を雹に渡し、彼等の群れを燃える稲妻に渡された。 (過ぎ越し)神は彼等の上に激しい怒りと、憤りと、恨みと、悩みと、滅ぼす天使の群れとを放たれた。神はその怒りのために道を設け、彼等の魂を死から免れさせず、その命を疫病に渡された。神はエジプトで全ての初子を撃ち、ハムの天幕で彼等の力の初めの子を撃たれた。(紅海渡渉)こうして神は己の民を羊のように引き出し、彼等を荒れ野で羊のように導き、彼等を安らかに導かれたので彼等は恐れることがなかった。しかし海は彼等の敵を呑み尽くした。 前半部は現在にあってもよく見られる、一般的な自然現象ですが、神の力としてモーセがエジプト人に納得させたものがあったことには間違いはないでしょう。後半の過ぎ越しのういごを撃たれた事変は、解釈が難しい面もありますが、放牧生活をおくるイスラエルびとの免疫性と関係がありそうです。最後の紅海渡渉は、旧約には紅海と訳されていますが、原語のジャム・スフとは葦のウミのことであり、海水に葦が生えるのは考えずらく、渡渉地点はシナイ半島北岸セルボニ湖が、湖と地中海を隔てる地峡が発達しているので有力です。鶉の渡りの休息地も此の辺りなので一層有力だと云えましょう。
2012年05月18日
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「旧約聖書」詩編78編アサフの歌要約一 旧約の中でも 聖書より、アサフはレビ人でメアリの一族のダビデと同時代の人で、実際にダビデと会っているようで、賛美の歌を奏でる詠唱者です。後世のヒゼキヤ王の時代にも先見者アサフとしても有名だった人物のようで、詩篇をいくつか残していますが、詩編78編アサフの歌は、簡潔に主なる神の奇跡の力を示し歌って居るので、此処に要約して紹介します。 (紅海渡渉)神は海を分けて彼等を通らせ、水を山の様にされた。(神の指示灯・サントリーニ火山噴火が濃厚)昼は雲をもって彼等を導き、夜は、夜もすがら火の光をもって彼らを導かれた。(モーセの杖)神が岩を打たれると、水が迸り出で、流れが溢れ出た。(天使のパン・カイガラムシなどのカメムシ目ヨコバイ亜目の排泄物である甘露が乾燥したもの)神は上なる大空に命じてマナを降らせて食べさせ、天の穀物を彼等に与えられた。(鶉の大量飛来)神は天に東風を吹かせ、御力をもって南風を導かれた。神は彼等の上に肉を塵のように降らせ、翼ある鳥を海の砂のように降らせて、その宿営の中、その住まいの周りに落とされた。 これ等の事が在ったのに関わらず、イスラエルの民は、相変わらずの契約違反で神を怒らせ、聖者を怒らせます。人間は平安の時には神を忘れ、困苦の時しか神を求めない性向があるようです。
2012年05月17日
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「旧約聖書」聖王登場の道程5 ヨタナンが、宿敵ペリシテ人との戦いの際に父サウルの「夕方まで、私が敵にあだを返すまで、食べ物を食べるものは呪われる」との指令を知らなかったにしろ、蜂蜜を舐め罪に問われます。父サウルが言います「貴方は、必ず死ななければいけない」と。其の時の民の反応が心を揺さぶります。「「イスラエルのうちに此の大いなる勝利を齎したヨタナンが死ななければいけないのですか。決してそうではありません。主は生きておられます。髪の毛一筋も地に落としてはいけません。彼は神と共に今日働いたのです」、此れによりヨタナンは死を免れますが、如何にヨタナンが民に愛され支持されていた証でもあります。其の後サウルはペリシテ人を追うのを止めて、イスラエルの王と成り周囲の敵を滅ぼし、才気勇敢の人を召し抱える事と成ります。しかし、「行ってアマレクを撃ち、その全ての持ち物を滅ぼし尽くせ、彼等を許すな。男も女も、幼子も乳飲み子も、牛も羊も、駱駝も驢馬も皆殺せ。要は此の地上からアマレク人の息のかかったものは抹殺せよ」という主の指示には従わず神の怒りをかい分裂症気味になり、預言者サムエルからは見放され、主から来る悪霊にも悩まされ、癒しを齎すエッサイの末子の琴が登場します。いよいよ、信長亡き後の秀吉の天下を予感。 サムエル記の上の記述は旧約でも格段の物語性と真実性が感じ取られ、異彩を放っていることには記者の才を感じ、多くの画題に取り上げられるのを納得させてくれます。
2012年05月16日
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「旧約聖書」聖王登場の道程4 サウルの息子ヨナタンなしには聖王ダビデは誕生しなかったと云えましょう。ヨナタンが宿敵ペリシテ人の人数と武器に劣る凡そ六百人の部下で、サウルの指示なしで先陣を切って渡る時、若し我々が身をペリシテ軍に現した時「此方から、行くまで待て」と言うならば其の場に止まり、「我々の処に上って来い」と言うならば主が彼等を我らに引き渡されたしるしであるから攻め上ろうと、此方から、行くまで待てとは言わない筈のペリシテ人の事が解って、巧みに味方を勇気付けます。そして、ヨタナンは攀じ登り、手始めに二十人のペリシテ人を瞬く間に倒します。此れがペリシテ軍を恐怖に陥れ、敗走させる事と成ります。少々疑問に感じるのは、此の人数の少なさでしょう。他の記述からは万人単位で殺し尽くしたとの頻繁です。しかし事実性を見る限り、こちらの方に現実性が有りそうです。 この勇猛果敢な面と人の心理をも手に取る戦略家が、父サウルに忠実で逆らわずにダビデに立ち向かっていたら、如何にダビデも死を免れる事はなかったと断言出来ます。王位継承資格者のヨタナンがダビデと初対面の時に、自己の命が如く愛するのをあたえられたのは主なる神の意思が、此処に働いたのが窺えます。
2012年05月15日
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「神」の実在を探索 神の実在性を探求する入り口・方法には幾つかあると考えられます。一つは形而上学的に見えない神を実存的に捉える方法ですが、歴史的に神を哲学的に探求した多くは西洋であり、それも牧師・神学者であり「始めに神ありき」で、定義付けにも帰納的であり、矛盾を論理でカバーしている面があります。二つは、亜細亜に於ける禅的に神を捉える方法でしょう。我が国が誇る哲学者「善の研究」で有名な西田幾太郎が代表的です。此れには自然を世界と捉えて、自己の精神との統合によって神の実存を現在します。三つは、神の非在から入り、否定する論理を展開する弁証法的な方法によって、神の存在否定が出来得無いと結論付ける懐疑論的なものがあります。最後が信仰でしょう。此処には理屈や論理は比較的重要でなく、神が霊的な存在として捉えられ、預言・奇蹟などが重要になり、教えの受け手となり神の実在を確認します。仏祖である神に否定的な釈尊以降の後期大乗の観音信仰などは仏を神同様に取り扱っております。 古今東西硬軟聖俗に寄らず、歴史的に人間精神に知性が産まれた時より、人間は神的存在を求める傾向がありますが、此れが直覚としての神の実存を秘めている可能性があるとも考えられます。但し、神に実体なるものが到底あるとは思えませんが、絶対意志・絶対精神的なものとしてなら、把握出来ると捉えます。
2012年05月14日
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「旧約聖書」聖王登場の道程3 旧約聖書の中で、個人的に最も興味深い人物を挙げろと言われればサウルの息子ヨナタンを選択します。宿敵ペリシテ人との戦いでは群を抜く勇猛果敢なところを見せます。 取り分け、彼を輝かせているのがダビデとの出会いとその関係でしょう。王の後継者にも拘わらず、彼はダビデを自己と同様に愛し、次期の王はダビデであり自分はその側近になってダビデを担っていくという辺りは、涙さえ誘います。幾度となくダビデの危機を救い聖王誕生に手を貸し、最後は宿敵ペリシテ人との戦いで、父王サウルと二人の兄弟と伴に戦死することになり、ダビデを悲嘆にくれさします。 此処で、解釈的に難しいのがダビデとの関係です。ダビデは多くの女性関係を持ち、また子供を持ちますが、ヨタナンとの別れの画面で互いに唇を重ね合わせた此の一節は同性愛かと思わしめる面があることは歪めません。但し現在のロシア人は男性同士親しき関係であれば、唇を重ね合わせることは別段珍しくはないので、ダビデを評価してその才に惚れ、友情の極地を示していると捉える方が、ヨタナンを一層輝かせます。
2012年05月13日
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「旧約聖書」聖王登場の道程2 預言者サムエルから油を注がれたイスラエルが史上初の正式な王サウルは、初期はサムエルを主なる神のサムエルを通しての言葉に忠実に従った行動をとり、神の祝福を受けていましたが、イスラエルがエジプト脱出後、その途上の敵対したアマレク人の戦いが神の怒りをかいます。行ってアマレクを撃ち、その全ての持ち物を滅ぼし尽くせ、彼等を許すな。男も女も、幼子も乳飲み子も、牛も羊も、駱駝も驢馬も皆殺せ。要は此の地上からアマレク人の息のかかったものは抹殺せよという主の指示には従いませんでした。すなわち、サウルと民はアマレク王アガタを許し、家畜のなかで良い物を残し、ただ値打ちのない、つまらないものを滅ぼし尽くしたとあります。民の命をこの様に言う主なる神には驚きより恐怖を見ます。 神はサウルを王としたことを悔やみます。神に悔恨の情が在ることには驚きよりも当惑を感じるのは、我々だけでなくサウルもそうだったでしょう。預言者サムエルはその後、アマレク王を呼び出してアガタの身体を寸断します。 サムエル記上の此の章は、天地創造の神があまりにも人間的で、記者の性格が反映されているとしか思えません。
2012年05月12日
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「旧約聖書」ホトトギスの喩えに寄せて 旧約聖書の歴代の王を日本史の戦国時代の覇者に当て嵌めれば、預言者サムエルから油を注がれたイスラエルが史上初の正式な王サウルは多分に信長的で末路も哀れが漂います。そのイスラエル統一王朝を継ぐダビデは民衆の皆から愛された王として関白秀吉と見做しても差し支えないないでしょう。その後のイスラエル統一王朝を継ぐソロモンは、祭司の入れ知恵と、まるで春日局然とした母の才覚とにより兄達を押し退けて王と成りますが、ダビデの後継となるその知策と策略には、家康的な面が見受けられ非常に興味深いものがあります。 歴史上に観ても此の三者の時代がイスラエルの黄金期を築き上げ、後のバビロン捕囚・亡国とともに救世主(キリスト)伝説を産むことになります。
2012年05月11日
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「旧約聖書」聖王登場の道程1 父ギデオンの死後、アビメレクは王になりたいと考え、ならず者を雇い兄弟七十人を同じ石の上で殺害し、この残虐行為によって彼はシケムでイスラエル初の王を名乗りますが、イスラエルの全てが到底彼を認めていたとは思えず、女の投げ落とした石臼に当たり致命傷の末、女性に殺された不名誉を避けるため、僅か在位三年間の王として、従者に自分を殺させ絶命します。イスラエルが史上初の正式な王を戴くのは、主なる神に聖別されたサウルです。彼は預言者サムエルから油を注がれたものとしてイスラエルを総べますが、晩年は分裂症気味になり、預言者サムエルからも見放され、宿敵ぺリシテ人との戦いに敗れ、長男ヨタナンと二人の王子もろとも戦死します。 興味深いのは、3000年後もイスラエルの聖王とされているダビデを登場させたのが、色々な意味にに於いて、サウルであり長男ヨタナンだと云う事です。ダビデ王の誕生に二人は密接に関係し、物語的にも興味深く旧約を輝かせています。
2012年05月10日
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「閻魔」慈悲深さはナンバーワン 閻魔は本来はインド・イラン共通時代にまで遡る古い神格で人間の祖ともされ、兄妹婚により最初の人類が生まれます。その子が人間で最初の死者となったが故にに、死者の国の王となったと云われ、インドでは、古くは生前によい行いをした人は天界にあるヤマの国に行くとされていました。元を糺せば閻魔は、死者の楽園の王、死んで天界にある祖先を支配する神と考えられていましたが、後世には、黄色い衣を着て頭に冠を被り、死者の霊魂を縛り、死者を裁き、地獄に落とす恐るべき神と考えられる様になり、下界を支配して死者を裁き、地獄に落とす恐るべき神と考えられる様になりました。また本来、「閻魔」は死者を見守る存在だったのですが、紀元前1000年頃のヴェーダの注釈書「ブラーフマナ」では書かれる頃には不吉で破壊的な神、ヒンズー教では神々も、此の荒々しい滅びをもたらす神を扱いかね、疎い、嫌い、また恐れて、人間を罰する者となりました。 ところが、日本仏教においては地蔵菩薩(地蔵菩薩は地獄と浄土を往来出来る)が閻魔の本地とされ、永劫の苦しみを救う仏として閻魔信仰が広く布教されるようになります。閻魔は二面性を持つ観音とされ、後面は、慈悲ナンバーワン、たとえ、諸仏さえ入れない地獄に入り、永劫の地獄に陥った者を、仏法帰依の心を鑑みて火炎地獄も何のその、杖の鈴の音涼しげに手を掴みとって救うとされたお方です。古代厳しい旅程で斃れた、未だ仏法に接しない幼子をその手を曳いて仏界に導くのも此の菩薩様です。よく見掛ける赤い涎掛けの地蔵像は、女性の腰巻と観るのは穿ち過ぎかも知れませんが、閻魔は大王でなく仏の面も備えた点を見過ごしてはならないことは強調できます。
2012年05月09日
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「旧約聖書」ヨルダン渡河の奇跡 エジプト脱出後、神が与えるとした約束の乳と蜜の流れるカナンの地を目指して、モーセ亡き後のヨシュアに率いられたイスラエル人は、冬期に要塞堅固な都市国家エリコ攻略のためヨルダン川を敵前渡河を試みます。しかし、この時期のヨルダン川は流量が甚だ多く、おいそれとは渡れません。そこでヨシュアはレビびとに契約の箱を担がせ川に入らせます。その契約の箱の力を借りて彼等の渡河している間だはヨルダン川の流れが止まり、渡り切り契約の箱が引き上げられると再び元の流れにかえります。 此の現象は、紀元千二百六十七年のヨルダン川の洪水時にも、実際に地震で土砂崩れで流れが遮断されており、恐らく此の時にも地震で流が堰き止められた可能性があります。旧約イスラエルびとの移動には奇跡とも取れる事変が都合よく起きています。此れを主なる神の行為ととるか、偶然の現象と取るかはあなた次第です。
2012年05月08日
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「旧約聖書」主なる神の先導 旧約の中では、何と云ってもドラマチックなのが映画「十戒」でも有名なイスラエルびとのエジプト脱出の顛末でしょう。其の内、十の奇跡(エジプトから見れば十の災禍)を除いた現象、或いは主なる神の御力によって「主は彼等の前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼等を導かれ、夜は火の柱をもって彼等を照らし、昼も夜も彼等を進み行かされた」ことが、出エジプト記・イザヤ書・民数記に登場しています。 事跡の真実性が高い旧約聖書に在っては、此の雲柱と火柱は松明等では無さそうです。紀元前十五世紀の半ばには南エーゲ海の史上最悪のサントリーニ火山の噴火が知られて居り、此の噴火が十災を始めとする奇跡の数々に関係していることが窺がわれます。火山の噴煙柱とすれば、まさしく、昼は雲の柱をもって彼等を導かれ、夜は火の柱をもって彼等を照らし、昼も夜も彼等を進み行かされた条件がクリアされます。 脱出時期が夏季に行われたとすれば、風向きから噴煙が流され、モーセ一行の目印に成ったことは疑いを入れません。此れを自然と観るか神の御業と観るかは夫々でしょうが、イスラエルびとのエジプト脱出を助けたことは事実です。
2012年05月07日
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「旧約聖書」創世記のルーツと真相(聖塔建設) 有名なバベルは、原語は動詞バーラル(乱す)の変化形バルベルから来ています。此の聖塔を建設した古代バビロニアは今のイラクの首都バクダッドの南西九十キロの地点に存在していました。そのメソポタミアの中流平原は、当時は強力な都市国家が形成され、創世記によると石の代わりに焼きレンガを用い、漆喰の代わりにはアスファルト、即ち地下の原油が地表に濾出したピッチ(天然コールタール)を施し万全の防水加工がされていました。当時は砂漠化していなくてレンガをを焼く木材を提供する森林があったことが推定されます。此の聖塔(ジグラット)は、紀元前二千百年頃にラガシュの王クデアにより築かれ、七層の階段状になったピラミッドで高さが八十メートルもあり、最上階に神の降臨する祠が設けられていました。此れは東京スカイツリーのような尖塔型ではなく台形の建造物であり、山のない自然環境に、神と出会うところの山の象徴、山岳信仰の変形ともいえましょう。 此のバベルの塔を神が何故に崩壊させたのかは、創世記は「神はこの企図を粉砕するために彼等の言葉を乱し、彼等を地の全面に散らされた」と記しています。ではその企図が問題になります。権力が人々の象徴するものにより、その力を誇示し、人民の分散化を防ぎ、軍事力を以って勢力拡大を図るのは古今東西現在も変わりません。人間集団が愛の一致よりは、利害の一致に走りやすく、独裁者や権力者が挙国一致などのスローガンをしてどれだけの悪をやってのけたかは歴史が証明しており、この仮面に潜む悪を神が見抜かれた結果が、神が彼等の言葉を乱し、互いに協力を出来なくしたのに繋がります。
2012年05月06日
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「怪異」ドッペルゲンガー 今朝は早くに起きて研究所に行かなければ、早朝ミーティングに間に合わないので朝食も取らずに、奮発して購入した自慢の壁面取り付け大型ミラーで服装を整え、隣県の地震研究所に行くため、早朝の快速電車に乗ります。通勤時間とあって電車が混み合っていますが左手でつり革を掴み、駅の駐輪場に借り置きしている自分の自転車で、頭の中が何か妙だとよぎるのを無視して研究所に到着しました。所長に挨拶後ミーティングに出席、さすがに昼には空腹を感じ饂飩と寿司を食堂で注文、左手で箸を持ち食べ始めますが驚きます。私はいつからこんなに器用になったんだろうと、試しに右手で食べようと饂飩を摘みますが、今度は滑って落としてしまいます。根がくよくよ悩まない質なのでその日は、帰り夕食も左手で食べ、真っ暗な寝室のベッドに入り込みました。 今日は、朝食時間が取れるので、左手でトーストにバターを塗りながら、不可思議さを感じつつ珈琲も左手で飲んでいます。TVニュースが通勤電車の連続アイスピック通り魔事件を報道しているのを尻目に出かけ、矢張り混み合った電車内でつり革を掴んでいると、左胸に激痛と乗客の悲鳴が耳に届くとともに意識が遠のきました。意識が目覚めた時四名の医者がベッド脇で深刻な顔を私に向けています。一人の医師が言います「CTスキャンの結果、心臓はもとより、全ての単一器官が貴方は人と逆なのです」退院されたらもう一度、是非に来てくれとと言うので、退院後、研究所勤務が出来るようになる前日に、軽装なので鏡の前に立たずに病院にタクシーで行くと、玄関に十名の医師と大学教授らしき人物が出迎え、早速CTスキャン室へいざないます。此処で脅威の悲鳴とも付かない嘆息が上がります。「普通に心臓も左だ」と。 帰りは考え事をしたいので、バスを乗継腰掛けて沈思、思いつくことがあって携帯で鏡を取り付けた業者に電話、自宅に来た訝しげな可ををする業者に鏡を裏向けにして取り付けて貰いました。その後、出勤時に此のミラーの中の自分は今も生きているのだろうか?と、不安を感じつつその前を通り過ぎています。
2012年05月05日
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「旧約聖書」創世記のルーツと真相(楽園伝説) エデンの園に住むアダムとエバが、未だ神とサタンが未分化状態にあり、恐らくはサタンは人間の神への絶対従順を試す目的で置かれた、神の下僕であった頃、何故か神が植え置いた知恵の実をその誘惑に乗り食べ(原罪)、神との人格と神格の感応が失われ永遠の生命も失います。今度は、神は知恵をつけた二人が楽園に残る永遠の命の木の実を食べないように、周囲をケルビムに守らせ楽園から追放します(失楽園)。 ところで、此の不死の国・楽園伝説のルーツは、実はシュメールからの借り物の物語です。清冽な清水がこんこんと湧き出し、総ての動物が平和に暮らし、百花繚乱緑の木陰に覆われた地上の天国エデンの園は、現在のペルシャ湾に浮かぶ石油の島バーレーンであることがほぼ解明されています。今の乾ききった此の島からは想像さえ難しいものがありますが、過去には緑に覆われた島であり、地球規模の気候変動があったことが伺えます。
2012年05月04日
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「旧約聖書」創世記のルーツと真相(天地創造) 創世記の物語はメソポタミアを起源にしているものが多くみられます。例えばカオスから天地創造が行われたのは、紀元前三千年を遡るチグリスとユーフラテス川下流と云う舞台を中心にしています。当時の地球気象は、それまでは高温期にあり、両極の大陸氷河が溶けて今より海水面が高かったことが解明されています。紀元前三千年頃には地球は寒冷化に向かい当然のように海水面の低下が起こります。チグリスとユーフラテス川下流にデルタ地帯の登場です。此れが旧約聖書の始めに言葉ありきからの一環の過程、カオスからの天地創造にあたると解明されそうです。若しくは、此れがノアの方舟伝説のありどころかも知れません。 その意味でも、紀元前3800年頃、世界最古の謎多き文明メソポタミアのシュメール人と呼ばれる民族の誕生とその残された粘土板記録が、「旧約聖書」創世記のルーツの内容に多くの共通点を持つことは事実であり、史的価値があり今後の解明が期待されます。
2012年05月03日
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「怪異」バジリスク 丹波の里に一人の小利口というか、素っ頓狂な少年が居ります。彼は幼少の折テレビで水の上を走るトカゲを見てからと云うものの、夏場には必ずといっていい程、近くの浅い溜池通いが始まります。彼の頭の中では「右足が沈む瞬間、左足を前に々・・・・」が繰り返しながらリズムを刻み、一気に池を渡り切りと思いきや、身体は沈み足が泥を踏みつけています。彼は此れの原因が足の速さにあると考え、その日から猛ダッシュ訓練を始めました。中学に通う頃はその足に陸上部のコーチが眼を付け、入部を誘いますが頑なに固辞して、夏場のバジリスク特訓に備えます。今日も今日とて池ノ上を猛ダッシュしようとした時、頭の中がピンクの光に包まれたかと想うと、「歩け、歩け」と野太い声が響きます。気味悪さに立ち止まり、ふと足元に気がつくと、足下の水が寒天状みたいになり彼は水上の人と成りました。そこに通り掛かった自転車に乗った外国人牧師、彼を教会堂のなかに半ば強制的に入れて、聖水を浴びせるは、告白させるはまだしも、祭壇で「罪の許しを求めなさい、バアルの下僕よ」と言います。彼は憤然として教会の扉を突き開け外に出ました。 中学二年には、学校恒例の海での遠泳大会が催されます。彼も苦手な水泳ですが、授業の一環であり参加しないわけにはまいりません。鐘の音を合図に皆三列になって対岸まで凡そ三キロ泳ぎ切ります。続々と飛び込んでいく中、彼一人後続せず、最後の一人となり体育教師の鋭い叱責の声で、思わず夢中で海上を走りました。先の連中をどんどん追い抜きますが、不思議なことに気付かされます。皆んなが寒天のなかで固まっています。海浜の連中はといいますと、海上が一瞬に霧状のものに覆われたかの如く先が見えなくなりました。彼は其の儘に対岸まで走り抜けました。振り返ると海は元の状態に帰り、遠泳が続けられています。皆対岸の彼を訝しげに見ながら。この時彼の頭が閃きます。「俺の足の裏のパワーアップで、水の粒子が原子レベルで停止して運動が消え、時間を周辺まで停止させていた」と。
2012年05月02日
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「旧約聖書」奇跡の真相と実態(エブラ王国) 旧約聖書は、実態的にみても確かに真実の伝承が核にあり、真相を突き止めるには解釈的な問題があげられそうです。特に地理的に場所の特定が出来ればその実在可能性が高まります。近年のエブラ古代の町の発掘によって、記されたエブラ語粘土板の解明が進み、旧約聖書に語られている現実性が明かされ、驚かされる事も屡々です。驚くべき事に、紀元前三千年のシリア平原の古代世界にエジプト・メソポタミアと肩を並べる文明があったことが解明されたのです。発掘されたエブラ王国宮内公文書庫により、紀元前三千年の後半にはマルディクの王宮を中心に町並みが拡がり、周囲を十五米の高さの城壁が囲み、オリエントのすべての道が、エブラを目指していた状況が伺えます。 城壁内人口三万人・周辺人口二十五万人の規模は古代都市国家としては並外れた規模と云えます。その発掘されたエブラ王国宮内公文書庫には、旧約聖書以外にはお目に掛れない未知な地名・人名が度々顔を見せ、その箇所五千箇所というのですから驚きです。有名なソドムとゴモラの罪深き町も現在していたことも記され、旧約聖書に度々登場する神々の名称も見受けられてエブラがヘブライ揺籃の地ではなかったのかと想像させます。ともあれ、旧約聖書が事実の根拠なき書物でないことが確認されて非常に興味深いものがあります。古代オリエントを我々の現在の地球気候から判断すると、随分、気候の分布に違いがあり、この点を見逃すと思わぬ勘違いに陥りやすいので注意が肝要でしょう。此等のことから現実的な国民性のイスラエル人がギリシャやローマ人の持つ想像神話とは縁遠い、事実を根拠に旧約聖書を編纂したことには間違いはないと結論付けてもいいでしょう。
2012年05月01日
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