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「旧約聖書」創世記第24章前半・リベカ(Rebecca) 24:1アブラハムは年が進んで老人となった。主はすべての事にアブラハムを恵まれた。24:2さてアブラハムは所有のすべてを管理させていた家の年長のしもべに言った、「あなたの手をわたしのももの下に入れなさい。24:3わたしはあなたに天地の神、主をさして誓わせる。あなたはわたしが今一緒に住んでいるカナンびとのうちから、娘をわたしの子の妻にめとってはならない。24:4あなたはわたしの国へ行き、親族の所へ行って、わたしの子イサクのために妻をめとらなければならない」。24:5しもべは彼に言った、「もしその女がわたしについてこの地に来ることを好まない時は、わたしはあなたの子をあなたの出身地に連れ帰るべきでしょうか」。24:6アブラハムは彼に言った、「わたしの子は決して向こうへ連れ帰ってはならない。24:7天の神、主はわたしを父の家、親族の地から導き出してわたしに語り、わたしに誓って、おまえの子孫にこの地を与えると言われた。主は、み使をあなたの前につかわされるであろう。あなたはあそこからわたしの子に妻をめとらねばならない。24:8けれどもその女があなたについて来ることを好まないなら、あなたはこの誓いを解かれる。ただわたしの子を向こうへ連れ帰ってはならない」。24:9そこでしもべは手を主人アブラハムのももの下に入れ、この事について彼に誓った。24:10しもべは主人のらくだのうちから十頭のらくだを取って出かけた。すなわち主人のさまざまの良い物を携え、立ってアラム・ナハライムにむかい、ナホルの町へ行った。24:11彼はらくだを町の外の、水の井戸のそばに伏させた。時は夕暮で、女たちが水をくみに出る時刻であった。24:12彼は言った、「主人アブラハムの神、主よ、どうか、きょう、わたしにしあわせを授け、主人アブラハムに恵みを施してください。24:13わたしは泉のそばに立っています。町の人々の娘たちが水をくみに出てきたとき、24:14娘に向かって『お願いです、あなたの水がめを傾けてわたしに飲ませてください』と言い、娘が答えて、『お飲みください。あなたのらくだにも飲ませましょう』と言ったなら、その者こそ、あなたがしもべイサクのために定められた者ということにしてください。わたしはこれによって、あなたがわたしの主人に恵みを施されることを知りましょう」。24:15彼がまだ言い終らないうちに、アブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘リベカが、水がめを肩に載せて出てきた。24:16その娘は非常に美しく、男を知らぬ処女であった。彼女が泉に降りて、水がめを満たし、上がってきた時、24:17しもべは走り寄って、彼女に会って言った、「お願いです。あなたの水がめの水を少し飲ませてください」。24:18すると彼女は「わが主よ、お飲みください」と言って、急いで水がめを自分の手に取りおろして彼に飲ませた。24:19飲ませ終って、彼女は言った、「あなたのらくだもみな飲み終るまで、わたしは水をくみましょう」。24:20彼女は急いでかめの水を水ぶねにあけ、再び水をくみに井戸に走って行って、すべてのらくだのために水をくんだ。24:21その間その人は主が彼の旅の祝福されるか、どうかを知ろうと、黙って彼女を見つめていた。24:22らくだが飲み終ったとき、その人は重さ半シケルの金の鼻輪一つと、重さ十シケルの金の腕輪二つを取って、24:23言った、「あなたはだれの娘か、わたしに話してください。あなたの父の家にわたしどもの泊まる場所がありましょうか」。24:24彼女は彼に言った、「わたしはナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘です」。24:25また彼に言った、「わたしどもには、わらも、飼葉もたくさんあります。また泊まる場所もあります」。24:26その人は頭を下げ、主を拝して、24:27言った、「主人アブラハムの神、主はほむべきかな。主はわたしの主人にいつくしみと、まこととを惜しまれなかった。そして主は旅にあるわたしを主人の兄弟の家に導かれた」。 一つだけ、アブラハムには気がかりがありました。40歳にもなる跡取り息子のイサクが、まだ独身だということです。跡取り息子に家柄や資産でなく、ふさわしい嫁をむかえてやらなければなりません。イサクは、アブラハムの財産だけではなく、天地の創造者ヤハウェの契約を相続するのですから、イシュマエルがエジプト人を妻とした様に、偶像を拝してるカナン人を嫁とすることは避けなければなりません。カナン人をイサクの嫁にするわけにはいかない。カナンは神がアブラハムの子孫に与えると約束した地ですから、イサクがこの地を離れることも避けなければなりません。で、アブラハムがエリエゼルに与えた使命は、「一族の故郷の地へ行き、イサクの嫁となるべき女性を見いだし、このカナンの地へ連れてくる」というものでした。そこでアブラハムは、全幅の信頼をおいていた僕、家督を継がせることさえ考えていた「ダマスコのエリエゼル」ではないかと考えられますが、イサクの嫁を捜しに行かせるために誓いを立てさせて、出身地である親族の所へ派遣します。エリエゼルは創造者に祈り求めます。エリエゼルが言わなくても自分から「らくだにも飲ませましょう」と言う娘、飲めるときにはかなりの量の水を飲む砂漠の船ラクダ10頭にも飲ませましょうと言う娘、エリエゼルは無理を承知で、もしも、そんな人があれば、その人こそ神がイサクのためにそなえた女性に違いないと考えます。主はエリエゼルの祈りを聞いて「彼が祈り終わらないうちに」求めるとおりの娘リベカを彼に示します。その「旧約聖書」の表現にしては珍しい「非常に」美しいと表現される娘リベカは、エリエゼルが祈ったとおりに、彼に水を飲ませ、ラクダに水を飲ませることを申し入れると、井戸の底の泉と家畜の水飲み用の水槽のあいだを「走って」往復したのです。その間その人は主が彼の旅の祝福されるかどうかを知ろうと、黙って彼女を見つめています。主の彼の旅の祝福を確信したのでしょう。ラクダが水を飲み終わると、彼女に贈り物を贈りましたが、水の代金としては過当な商用銀ではなく、イサクの嫁のために主人から預かってきたものを贈ります。この時点で「この娘さんをこそ、創造者が示されている」妻という確信に至っていたのでしょう。果たしてその娘こそが、アブラハムの一族につながる者でした。そうと知ったエリエゼルは、まず何よりも先に、主」を礼拝して感謝の祈りをささげます。それを見たリベカは、この贈り物と、礼拝をささげるエリエゼルの姿を見て、これは只事ではないと思い、恐らく求婚に感ずいたのでしょう、「走って」行って母の家の者に次第を告げ行きます。宗教的な純潔を求めて、アブラハムはカナン人をイサクの嫁にするのを避けたわけです。
2012年12月31日
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「オリエントの神々」序章11・シュメール神体系を引き継ぐアッカド シュメールの神々としては、「天神アヌ」「太陽神ウトゥ」アッカド「月神ナンナ」「金星イナンナ」「大気の神エンリル」「大地と水の神エンキ」など「天空神」を中心に数百の神々があり、これらの神々は呼称を変えて其の儘、次代の「アッカド民族」に引き継がれてます。例えば「太陽神はシャマシュ」となり「月神はシン」「金星はイシュタル」という具合です。これはアッカド民族がシュメールと同様のな世界観を持っていたことから生じた結果でしょう。その特徴は「神々」が「天体の人格化」という性格を持っていることですが、これは太古の人類が「神」というものに出会うもっとも基本のあり方でした。何故なら人類は「自然の中」に生きていたのですから、日本の天照大神を想って見ても解るように、人間は勿論、その食物となる動物も植物も太陽によって育まれていることにすぐ気付くわけで、しかもその太陽は「人間の力」などでは左右できない超越的なものであったからです。同じ理由で「月日」を教える「月」も、生物を文字通り生み育む「大地」も、また様々の自然現象や方位に関係した星々も「神」と見なされていくのは必然的な方向でした。其れ等の天体の人格化が神話となっていく段階で世界と人間の理法を捉えようとの考え方が発展していきます。。メソポタミアのシュメールの神体系は「太陽神ウトゥ」「月神ナンナ」「金星イナンナ」を中心として数百の神々がいたわけで、他に主神もいることは、「ギルガメシュ叙事詩」からも明らかで、そこでは「天神アヌ」が世界の礎を築いた神々の王であり、罪を犯したものを裁く力がある主神であり、また創造の女神「アルル」はエンキドゥという人間を作っています。さらに「冥界の女王イルカルラ」も登場してきます。こうした展開の中で何れかの主神が変遷していき歴史に名を留めます。
2012年12月30日
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「旧約聖書」創世記第23章・サラの死 23:1サラの一生は百二十七年であった。これがサラの生きながらえた年である。23:2サラはカナンの地のキリアテ・アルバすなわちヘブロンで死んだ。アブラハムは中にはいってサラのために悲しみ泣いた。23:3アブラハムは死人のそばから立って、ヘテの人々に言った、23:4「わたしはあなたがたのうちの旅の者で寄留者ですが、わたしの死人を出して葬るため、あなたがたのうちにわたしの所有として一つの墓地をください」。23:5ヘテの人々はアブラハムに答えて言った、23:6「わが主よ、お聞きなさい。あなたはわれわれのうちにおられて、神のような主君です。われわれの墓地の最も良い所にあなたの死人を葬りなさい。その墓地を拒んで、あなたにその死人を葬らせない者はわれわれのうちには、ひとりもないでしょう」。23:7アブラハムは立ちあがり、その地の民ヘテの人々に礼をして、23:8彼らに言った、「もしわたしの死人を葬るのに同意されるなら、わたしの願いをいれて、わたしのためにゾハルの子エフロンに頼み、23:9彼が持っている畑の端のマクペラのほら穴をじゅうぶんな代価でわたしに与え、あなたがたのうちに墓地を持たせてください」。23:10時にエフロンはヘテの人々のうちにすわっていた。そこでヘテびとエフロンはヘテの人々、すなわちすべてその町の門にはいる人々の聞いているところで、アブラハムに答えて言った、23:11「いいえ、わが主よ、お聞きなさい。わたしはあの畑をあなたにさしあげます。またその中にあるほら穴もさしあげます。わたしの民の人々の前で、それをさしあげます。あなたの死人を葬りなさい」。23:12アブラハムはその地の民の前で礼をし、23:13その地の民の聞いているところでエフロンに言った、「あなたがそれを承諾されるなら、お聞きなさい。わたしはその畑の代価を払います。お受け取りください。わたしの死人をそこに葬りましょう」。23:14エフロンはアブラハムに答えて言った、23:15「わが主よ、お聞きなさい。あの地は銀四百シケルですが、これはわたしとあなたの間で、なにほどのことでしょう。あなたの死人を葬りなさい」。23:16そこでアブラハムはエフロンの言葉にしたがい、エフロンがヘテの人々の聞いているところで言った銀、すなわち商人の通用銀四百シケルを量ってエフロンに与えた。23:17こうしてマムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、畑も、その中のほら穴も、畑の中およびその周囲の境にあるすべての木も皆、23:18ヘテの人々の前、すなわちその町の門にはいるすべての人々の前で、アブラハムの所有と決まった。23:19その後、アブラハムはその妻サラをカナンの地にあるマムレ、すなわちヘブロンの前のマクペラの畑のほら穴に葬った。23:20このように畑とその中にあるほら穴とはヘテの人々によってアブラハムの所有の墓地と定められた。 サラがサライという名で登場してきた時点では「不妊の女で、子供ができなかった」と紹介されていました。しかし不妊ゆえの長年の屈辱は、ヤハウェによって改名と共に笑いに変えられたのでした。ハガルとのことでは見苦しい面も晒していますが、ヘブライ人への手紙では、サラを「約束をなさった方は真実な方であると、信じていた」人だったと伝えています。しかしイサクの結婚を見ることなく、母サラはその生涯をとじました。サラが死んだとき「アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。アブラハムは遺体のかたわらから立ち上がり、」と記録されています。人物の心理描写については、聖書では控えめな記録が普通なのですが、ここではアブラハムがサラの遺体のかたわらで号泣していた様子が伺えます。アブラハムは故人のためにやるべきことやろうと、サラのために、墓地を手に入れようとします。何故なら、ヤハウェの約束の地はまだ実現せず、遊牧民アブラハムは、自分の土地というものを持っていないからです。アブラハムは墓地にする土地の購入をヘテの人々に持ちかけました。これに対するヘテの人々の返事から、アブラハムが尊敬されていた事がよくわかります。アブラハムを「あなたは神に選ばれた方」と呼ばせています。れているのですが、「あいつは本当に信仰者か?」といわれてしまう人も珍しくありません。(その代表が筆者だったりします)寄留者のアブラハムが「墓にする土地を買いたい」と言い出しても、ヘテの人々は「一番いいところを選んで下さい、誰も反対しませんから」とまで答えますが、地の民は譲渡ではなく貸与を申し出、婉曲にそれを断っています。しかし、アブラハムはあくまでも譲ってほしいと交渉します。あなたの家の隣の空き地を、墓地にするために下さいと言われて、即答できる人は、そうはいません。そのマクペラの洞窟についてのその所有者との契約は、町の門の広場で行います。町の門は、人が集まり相談が行われる場所なのです。エフロンは400シェケルという高額を「あなたとわたしの間で、どれほどのことでしょう」と押します。この額をアブラハムが資産家であることもありますが、土地の境界に生えている木の所有権まで明確にし、サラや自分と子孫のため、墓所の必要性を鑑み購入し、後にはアブラハムやイサクもここに埋葬されます。此のエフロンから買い取った土地だけが、アブラハムが生前に所有した唯一の地所となります。
2012年12月29日
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「オリエントの神々」序章10・シュメール神の影 中東・オリエント地方の文明の始まりは、現在のイラク地方のチグリス・ユーフラテスという二つの大河の流域に紀元前3000年以前に「四大文明」の一つであるメソポタミア文明が栄えます。その始まりは謎のシュメール人によるものでしたが、やがて、ノアの子、セム、ハム、ヤペテの子孫であるアラブ系のセム族の台頭なかで、そこに吸収されていきます。こうして中東の神々が現れてくるわけですが、その中東・オリエントの「神」もこのメソポタミアのシュメールの神が最初となります。やがて後代になってヘブライびとが唯一神である神「ヤハゥエ」を生み出し、そこから「イエスの神」が生まれ、さらにそこからイスラムの「アッラー」が生じてくることになります。一見違って見えるこの三つの宗教の神は実は「同じ神」なのですが、それがどうして違って見えることになったのか、その「唯一神」本来の性格はを考える上でシュメールの神話は重要な鍵となります。 さて、この紀元前3000年以上にさかのぼるこのメソポタミア文明の民族は「シュメール人」と呼ばれていますが、その民族の出自は現在も不明でよく分かっていません。このシュメール人が、やがてこのメソポタミア地方に南西から進入してきたアラブ起源のセム族に征服されていきます。このオリエントに展開したセム族がアラブ起源だということは「アラブのイスラーム」を見るときの大事なポイントになるでしょう。この進出してきたセム族の名前は「アッカド」と呼ばれますが、このアッカド人は先行の高度なシュメール文明に感化されてその「神」もシュメールの神を引き継いで名称が変化しただけと云えます。さらにこのアッカドは後に「バビロニア」と「アッシリア」と王朝が変わって展開していきますが、その「神」もシュメール以来の神を引き継いでいます。この二つの部族が、やがて全オリエントを征服するような強大な支配部族となっていき、中東・オリエントを席巻していきます。それ故、中東・オリエントの基本的な神とは「シュメール起源の神に融合したセム族の神」であると結論付けが出来得ましょう。
2012年12月28日
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「神」の定義(6)因果律と時間性 此の世界には始まりが本当に在ったのでしょうか、将又、始まりはなく終末も無いのでしょうか。旧約・新約・イスラムの教えは始めに神ありきとして、絶対的な「有」、破壊されない存在を主張します。これを、宇宙論的にみれば核であるコアがエネルギーを放出して爆発してビッグバンと呼ばれ、光速で膨張していき、いずれはエントロピーの最終段階を迎えて収縮過程に移行して所謂巨大なブラックホールとなり、それ自体も収縮が止まらずに、最終的には核(コア)に帰してしまうのでしょうか。アインシュタインの相対性理論に在っては空間それ自身は無であり、独立した絶対的な空間は存在し得ない。空間は只、物体およびエネルギーに依って存在するに過ぎない、要は仏教云うところの縁起の様態と捉えられます。アリストテレス的観点の時間も独立存在ではなく運動に縁起する存在と捉える事が出来ます。逆に言えば、空間及び時間が無しのビッグバンの核には物体もエネルギーも運動さえも存在出来得ずBUNGEを起こす起爆剤・触媒が見えなくなります。角砂糖(CORE)は神秘に満ち満ちています。 世界には二つの永遠の存在があると考えられます。一つは無限の持続であり、不朽の時間的偏在です。片方は数学的な捉え方、数学的真理を永遠の真理と表現する無時間的な永遠です。それは過去・現在・未来と云った分節がない無時間・超時間性を意味します。旧約・新約・イスラムの教えは無時間・超時間の永遠、言い換えれば、世界時間の垂直的な姿を「神」に、水平的に流れる時間線、いわば時間的無限を世界に帰して両者を区別しています。数学的真理を基本に絶対的な過去・現在・未来と云った分節を超えた永遠の瞬間を捉えれば、永遠の真理(絶対存在・神)の相貌が浮かび上がってきます。 一方、エネルギー保存の法則は時間的な「因果性」に異論を唱えます。此の法則に従う現象は、過去が未来を決定するのと全く同様に、未来が過去を決定するとされます。少なくとも過去が未来を決定するのは我々人間の主観的な精神作用にだけ当て嵌まるものだということです。絶対存在である神が未来を見渡せるのも、エネルギー保存の法則から見ても当然だという訳です。
2012年12月27日
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「旧約聖書」創世記第22章・イサクを生け贄に 22:1これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。22:2神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。22:3アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。22:4三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。22:5そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。22:6アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを執って、ふたり一緒に行った。22:7やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」。彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。22:8アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。こうしてふたりは一緒に行った。22:9彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。22:10そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、22:11主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。22:12み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。22:13この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。22:14それでアブラハムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」と言う。22:15主の使は再び天からアブラハムを呼んで言った。2:16主は言われた「わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をも惜しまなかったので、22:17わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、22:18また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福を得るであろう。あなたがわたしの言葉に従ったからである」。22:19アブラハムは若者たちの所に帰り、みな立って、共にベエルシバへ行った。そしてアブラハムはベエルシバに住んだ。22:20これらの事の後、ある人がアブラハムに告げて言った、「ミルカもまたあなたの兄弟ナホルに子どもを産みました。22:21長男はウヅ、弟はブズ、次はアラムの父ケムエル、22:22次はケセデ、ハゾ、ピルダシ、エデラフ、ベトエルです」。22:23ベトエルの子はリベカであって、これら八人はミルカがアブラハムの兄弟ナホルに産んだのである。22:24ナホルのそばめで、名をルマという女もまたテバ、ガハム、タハシおよびマアカを産んだ。 老齢のアブラハムとサラ夫妻に、25年間も待ち続けてサラにとっては待望の長子イサクが生まれました。だが、ここでアブラハムにとってもイサクにとっても、生涯最大の事件がおきます。たのです。神がアブラハムを試(ため)されたのです。これは創造者がアブラハムに与えた試練の記録であるといっているのです。それはいったいどんな試練だったのか。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが命じる山で彼を焼き尽くす献げ物として捧げなさい。」これがアブラハムに対する神の命令でした。自分の子を殺せ、生贄として私に捧げげよ、そう命じているのです。しかも「あなたの愛する独り子」と言っています。イサクがアブラハムにとって、どんなにかけがえのないものかを承知で、神は命じています。旧約聖書の主なる神は、愛の神である一方で妬む神、怒る神と自ら宣言しています。しかし、罪を犯したわけでもないアブラハムは「なぜだ」と思ったことでしょう。イサクは、神がアブラハムに約束した「子孫を繁栄させる」の具体的な姿です。アブラハムは、神が約束を破るようなことはしない、そう創造者の真実を信じ、あるいは、信じようとしたのではないでしょうか。予想もしなかったこの試練には、解決が与えられるだろうということに一縷の希望を託して、彼はこの命令に受け入れます。創世記は、アブラハムの心情を直接に描写してはいませんが、記録されている彼の行動の端々に、彼の心情が見えます。あまりに悲しい決断をだからこそ、自分が後戻りすることのないように、自分自身に対して先手々を打っています。そして、アブラハムがイサクの命を奪おうと刃物を振り上げた瞬間、天使がアブラハムを止め、神の意図が現れます。全知全能の神は、アブラハムをためす前から結果を知っているはずです、だとすればこの試練は、アブラハムが神に従うかを、アブラハム自身に示そうとするものだったのでしょう。そのためには、アブラハムにとって一番大切でかけがえのないイサクによってしか、この試練は意味を持たなかったのでしょう。命より大事な息子と神と、どちらを選ぶのかとアブラハムに迫り、神を選んだときに、息子もアブラハムに残されました。生涯失敗だらけのアブラハムですが、この事件で見せた信仰によって、今も「信仰の父」と呼ばれてることになります。神のアブラハムへの最後の言葉にある「子孫」とは、約束の子イサクとその子孫であるイスラエルを指しますが、その焦点は、アブラハムの子孫として世に現れるイエス・キリストを指している様にもとれます。 また、アブラハムのもとに、遠方からニュースが届いたことが記録されています。アブラハムの兄弟ナホルに子供ができたというのです。ナホルの系図も例によって男性主体に記録されていますが、例外的に、ナホルの八男ベトエルの娘としてリベカの名があります。リベカの名を登場させるために、ここにナホルの系図を記しています。リベカは、あとでイサクの嫁になり、この二人からヤコブが生まれます。ヤコブは主から「イスラエル」という名をもらい、のちの12部族の祖となる12人の息子の父となります。そのヤコブの母リベカの出自を、ここに記しているのです。
2012年12月26日
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「旧約聖書」創世記第21章後半・ペリシテとの契約 21:22そのころアビメレクとその軍勢の長ピコルはアブラハムに言った、「あなたが何事をなさっても、神はあなたと共におられる。21:23それゆえ、今ここでわたしをも、わたしの子をも、孫をも欺かないと、神をさしてわたしに誓ってください。わたしがあなたに親切にしたように、あなたもわたしと、このあなたの寄留の地とに、しなければなりません」。21:24アブラハムは言った、「わたしは誓います」。21:25アブラハムはアビメレクの家来たちが、水の井戸を奪い取ったことについてアビメルクを責めた。21:26しかしアビメレクは言った、「だれがこの事をしたかわたしは知りません。あなたもわたしに告げたことはなく、わたしもきょうまで聞きませんでした」。21:27そこでアブラハムは羊と牛とを取ってアビメレクに与え、ふたりは契約を結んだ。21:28アブラハムが雌の小羊七頭を分けて置いたところ、21:29アビメレクはアブラハムに言った、「あなたがこれらの雌の小羊七頭を分けて置いたのは、なんのためですか」。21:30アブラハムは言った、「あなたはわたしの手からこれらの雌の小羊七頭を受け取って、わたしがこの井戸を掘ったことの証拠としてください」。21:31これによってその所をベエルシバと名づけた。彼らがふたりそこで誓いをしたからである。21:32このように彼らはベエルシバで契約を結び、アビメレクとその軍勢の長ピコルは立ってペリシテの地に帰った。21:33アブラハムはベエルシバに一本のぎょりゅうの木を植え、その所で永遠の神、主の名を呼んだ。21:34こうしてアブラハムは長い間ペリシテびとの地にとどまった。 さて、過去にサラのことでアブラハムにひどい目にあわされたゲラルの王アビメレクが、アブラハムを訪ねてきます。一介の寄留者にすぎないアブラハムを、王アビメレクは将軍を随行させたと記録されています。アブラハムは、地元の王も認めるひとかどの人物にはなっていたのでしょう。アビメレクは「神は、あなたが何をしても共におられます。どうか今ここで、わたしとわたしの子孫をあざむかないと、神にかけて誓ってください。わたしが友好的だったように、あなたもこの国とわたしに友好的な態度をとってください。」と友好条約を申し入れています。「何をしても」とは、サラの件を言っているのでしょう。アビメレクに何も罪がなかったのに、自分を事実上には騙したアブラハムが神と共にあったために、自分の命と王国を危険に晒すことになったのですから、二度とその様なことがあっては困ります。アブラハムとしても、遊牧民としては地元の王と友好関係にあるのは歓迎ですから、双方合意でこの契約は調印されます。ですが、アビメレクが「神」といっているのは、彼も主を信仰していたのかと云う聖書にはそのような記録はありません。古代の中近東では、契約などの際には、互いの国の神を証人とする習慣があったようで、アビメレクが持ち出した神は、創造神である神ではなく、一般名詞としての神なのでしょう。そして歴史は先住民族ペリシテ人を宿敵としてイスラエルびとが戦いを繰り広げていきます。
2012年12月25日
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「旧約聖書」創世記第21章前半・卆寿での出産 21:1主は、さきに言われたようにサラを顧み、告げられたようにサラに行われた。21:2サラはみごもり、神がアブラハムに告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ。21:3アブラハムは生れた子、サラが産んだ男の子の名をイサクと名づけた。21:4アブラハムは神が命じられたように八日目にその子イサクに割礼を施した。21:5アブラハムはその子イサクが生れた時百歳であった。21:6そしてサラは言った、「神はわたしを笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう」。21:7また言った、「サラが子に乳を飲ませるだろうと、だれがアブラハムに言い得たであろう。それなのに、わたしは彼が年とってから、子を産んだ」。21:8さて、おさなごは育って乳離れした。イサクが乳離れした日にアブラハムは盛んなふるまいを設けた。21:9サラはエジプトの女ハガルのアブラハムに産んだ子が、自分の子イサクと遊ぶのを見て、21:10アブラハムに言った、「このはしためとその子を追い出してください。このはしための子はわたしの子イサクと共に、世継となるべき者ではありません」。21:11この事で、アブラハムはその子のために非常に心配した。21:12神はアブラハムに言われた、「あのわらべのため、またあなたのはしためのために心配することはない。サラがあなたに言うことはすべて聞きいれなさい。イサクに生れる者が、あなたの子孫と唱えられるからです。21:13しかし、はしための子もあなたの子ですから、これをも、一つの国民とします」。21:14そこでアブラハムは明くる朝はやく起きて、パンと水の皮袋とを取り、ハガルに与えて、肩に負わせ、その子を連れて去らせた。ハガルは去ってベエルシバの荒野にさまよった。21:15やがて皮袋の水が尽きたので、彼女はその子を木の下におき、21:16「わたしはこの子の死ぬのを見るに忍びない」と言って、矢の届くほど離れて行き、子供の方に向いてすわった。彼女が子供の方に向いてすわったとき、子供は声をあげて泣いた。21:17神はわらべの声を聞かれ、神の使は天からハガルを呼んで言った、「ハガルよ、どうしたのか。恐れてはいけない。神はあそこにいるわらべの声を聞かれた。21:18立って行き、わらべを取り上げてあなたの手に抱きなさい。わたしは彼を大いなる国民とするであろう」。21:19神がハガルの目を開かれたので、彼女は水の井戸のあるのを見た。彼女は行って皮袋に水を満たし、わらべに飲ませた。21:20神はわらべと共にいまし、わらべは成長した。彼は荒野に住んで弓を射る者となった。21:21彼はパランの荒野に住んだ。母は彼のためにエジプトの国から妻を迎えた。 アブラハム百歳、妻サラが九十歳にして、主は約束通りに、この老夫婦に子を与えます。日本では明治時代に八十一歳で出産という記録もあるそうですが、それを上回る卆寿での出産です。それも閉経後の受胎と出産です。神は命を生み出す意思と精神の権威を持っていると云わざるを得ません。世界には他にもにもアブラハムに張り合うような人がいます。17世紀のことですが、ウイスキーの「オールド・パー」に名前を残すトーマス・パー翁は、1483年生れで80歳で初めて結婚して一男一女をもうけ、123歳で再婚してさらに一女をもうけたそうです。主がアブラハムに「あなたを大いなる国民にする」と最初に言ったのは、アブラハムが75歳の時です。それから25年。待てば待つほど老いて、望みが薄くなっていく一方でしたが、主がアブラハムに語った通りを「約束されていた時期」に、すべてを実現させたのです。アブラハムは、主が命じたとおりに、子にイサク(「イサク」の意味は「笑い」である)と名付け、主の命令通りに生後八日目に主との契約の証しである割礼を施しました。老女に子を生ませると主に言われたとき、サラは不信仰のために苦笑しましたが、その笑いは、母となった喜びの笑いへ、そして族長の正妻でありながら不妊であった長年の屈辱から解放された喜びの笑いへと変えられたのです。ところが喜ぶのも束の間です。正妻サラがイサクを生む前に、女奴隷ハガルが主人サラの代わりにアブラハムに長男イシュマエルを生んでいるのです。これは今でいう代理母のようなものでしょうが、イサクが生まれるまではイシュマエルが、主の約束の子として大事に育てられていたのでしょう。かくして、サラとハガルの戦いが再燃、サラの抗議が始まります。サラは、イシュマエルが「イサクをからかっているのを見て」、イシュマエルとハガルを追い出すようにとアブラハムに訴えたのです。しかし「イサクをからかっているのを見た」の部分は直訳するとただ「わらっているのを見た」となります。サラの性情からみて、「今のうちに跡目をはっきりしておかないと、もしものときには、幼児のイサクより、快活に笑うイシュマエルが次の族長になりはしないか」とサラが心配、それよりもサラには、イシュマエルがいること自体がおもしろくないという過剰反応があったように思えます。アブラハムは、サラの勝手にふりまわされて悩みます。イシュマエルも可愛い我が子だし、主が「イサクが跡継ぎ」と約束しているから、サラが心配することはないのにと思ったでしょう。そこで主が解決を示します。神はアブラハムに、サラの言うとおりに追い出しても、アブラハムの子であるイシュマエルを栄えさせると告げたのです。これによりアブラハムは、神を信頼して、愛する我が子イシュマエルとハガルを砂漠に送り出したのでした。やがて水が尽き、ハガルは絶望的になりますが、神の使は天からハガルを呼んで井戸を与えて救い、その後もイシュマエルとともにいたと記録されます。ところでイシュマエルは本家から断絶されたわけではありません。後に、アブラハムが死んだときはイサクとともに埋葬にあたったり、イサクの長男エサウがイシュマエルの一族から妻を迎えたりと、母たちの不仲のわりには息子たちは仲は良好だったようです。現在は、イサクの子孫であるイスラエルと、イシュマエルの子孫といわれるアラブが両立していて、互いに主の約束の地を主張しています。
2012年12月24日
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「オリエントの神々」序章9・古代オリエントの統一 セム系のアッシリアは、紀元前2千年紀、つまりは紀元前2000から前1001年までの1000年間の初頭に、北メソポタミアに建国し、小アジア方面との中継貿易により活躍発展しますが、紀元前15世紀には一時ミタンニ王国に服属しました。やがて独立を回復して、鉄製の武器と戦車・騎兵によって周囲に勢力を伸長、紀元前7世紀前半には全オリエントを征服します。アッシリア王は典型的な中央集権的専制君主としてに軍事・政治・宗教を統括し、国内を州にわけ、駅伝制を設け、各地に総督を置いて統治しました。この最初の世界帝国は重税と圧政によって服属民族を苦しめたため、反抗を招き、紀元前612年には崩壊して、オリエントにはエジプト・リディア・新バビロニア・メディアの4王国が分立することになります。なかでも新バビロニアの軍事力は4王国の中でも、最も強力でネブカドネザル2世のときにはメソポタミア・シリア・パレスチナなどの地を支配します。だが、それも紀元前6世紀半ば頃までで、インド=ヨーロッパ系のペルシア人のアケメネス朝に変わり、キュロス2世のもとでは諸国を征服し、第3代のダレイオス1世は、西はエーゲ海北岸から東はインダス川におよぶ大帝国を建設しました。彼は全領地を約20州にわけ、各州に知事(サトラップ)をおいて統治し、「王の目」や「王の耳」と呼ばれる監察官を巡察させて中央集権化を実現します。更には金・銀貨を発行し、税制を整え、海上ではフェニキア人の貿易を保護して財政の基礎を固めました。陸上では全国の要地を結ぶ「王の道」と呼ばれる国道をつくり、駅伝制を敷きました。服属した異民族に対しては、その風習を尊重し、自治を認めて寛容な政治を行い、アケメネス朝は約200年間オリエントを支配しましたが、紀元前5世紀前半にはギリシアとの戦いに敗れ(ペルシア戦争)、紀元前4世紀には知事の反乱にも悩み、ついにはアレクサンドロス大王に征服されました(前330年)。彼らの信仰したゾロアスター教は、この世を善(光明)の神アフラ(アズダ)と悪(暗黒)の神アーリマンとのたえまない闘争と説き、人間の幸福は光明神の恩恵を得て、最後の審判により楽園におもむくことにあるとしていました。それ故に、アレクサンドロスは、圧倒的な軍事的優位を覆すべく、白銅の鎧(光明)を身に纏いペルシアを烏合の衆と化します。此れがガンダーラに伝えられ四天王の一人毘沙門天となって、日本にもその姿が伝えられることになりました。またインド・イラン起源の神秘的なミトラ神信仰は、ゾロアスター教の一部にも取り入れられ、後にローマ世界に伝えられてミトラ教となります。
2012年12月23日
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「旧約聖書」創世記第20章・柳の下の二匹目の泥鰌 20:1アブラハムはそこからネゲブの地に移って、カデシとシュルの間に住んだ。彼がゲラルにとどまっていた時、20:2アブラハムは妻サラのことを、「これはわたしの妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは、人をつかわしてサラを召し入れた。20:3ところが神は夜の夢にアビメレクに臨んで言われた、「あなたは召し入れたあの女のゆえに死なねばならない。彼女は夫のある身である」。20:4アビメレクはまだ彼女に近づいていなかったので言った、「主よ、あなたは正しい民でも殺されるのですか。20:5彼はわたしに、これはわたしの妹ですと言ったではありませんか。また彼女も自分で、彼はわたしの兄ですと言いました。わたしは心も清く、手もいさぎよく、このことをしました」。20:6神はまた夢で彼に言われた、「そうです、あなたが清い心をもってこのことをしたのを知っていたから、わたしもあなたを守って、わたしに対して罪を犯させず、彼女にふれることを許さなかったのです。20:7いま彼の妻を返しなさい。彼は預言者ですから、あなたのために祈って、命を保たせるでしょう。もし返さないなら、あなたも身内の者もみな必ず死ぬと知らなければなりません」。20:8そこでアビメレクは朝早く起き、しもべたちをことごとく召し集めて、これらの事をみな語り聞かせたので、人々は非常に恐れた。20:9そしてアビメレクはアブラハムを召して言った、「あなたはわれわれに何をするのですか。あなたに対してわたしがどんな罪を犯したために、あなたはわたしとわたしの国とに、大きな罪を負わせるのですか。あなたはしてはならぬことをわたしにしたのです」。20:10アビメレクはまたアブラハムに言った、「あなたはなんと思って、この事をしたのですか」。20:11アブラハムは言った、「この所には神を恐れるということが、まったくないので、わたしの妻のゆえに人々がわたしを殺すと思ったからです。20:12また彼女はほんとうにわたしの妹なのです。わたしの父の娘ですが、母の娘ではありません。そして、わたしの妻になったのです。20:13神がわたしに父の家を離れて、行き巡らせた時、わたしは彼女に、あなたはわたしたちの行くさきざきでわたしを兄であると言ってください。これはあなたがわたしに施す恵みであると言いました」。20:14そこでアビメレクは羊、牛および男女の奴隷を取ってアブラハムに与え、その妻サラを彼に返した。20:15そしてアビメレクは言った、「わたしの地はあなたの前にあります。あなたの好きな所に住みなさい」。20:16またサラに言った、「わたしはあなたの兄に銀千シケルを与えました。これはあなたの身に起ったすべての事について、あなたに償いをするものです。こうしてすべての人にあなたは正しいと認められます」。20:17そこでアブラハムは神に祈った。神はアビメレクとその妻および、はしためたちをいやされたので、彼らは子を産むようになった。20:18これは主がさきにアブラハムの妻サラのゆえに、アビメレクの家のすべての者の胎を、かたく閉ざされたからである。 さて、遊牧民アブラハムが、ゲラルという土地に来たときのこと。アブラハムは、妻サラが美貌であるために、土地の有力者が彼女を奪うため自分を殺すのではと恐れ、エジプトの先例に倣って、サラを「妹だ」と言っています。そのためにゲラルの王アビメレクがサラを後宮に召し入れるという事件が起きます。つまりアブラハムは、保身のために妻に姦通の罪を犯させようとしたのです。サラの年齢はを考慮すると妖女としか思えませんが。信仰も成長してきただろうに、自分の知恵に頼ろうとしたのです。アビメレクがサラを召し入れてかなり経った頃、いよいよ彼女に手を出そうとしたときのこと、神がアビメレクの夜の夢に臨みます。神がアビメレクにでしょう。その様子がこう記録されています。アブラハムの嘘のせいでこの危険な状況になったのに、アブラハムが神にとりなしてくれなければ、家来もろとも死を免れ得ないとは、アビメレクとしては納得いかないところだったでしょう。が、神がそう宣告している以上、選択の余地はありません。翌朝アビメレクはアブラハムを呼び、「何の恨みがあって、わたしに大それた罪を犯させようとしたのか」と責めます。しかしアブラハムは「本当に異母兄妹なのです」などと言い訳を並べるだけなので、らちがあかないと見たアビメレクはもうとにかく預言者アブラハムに祈願してもらおうと、家畜や奴隷などをアブラハムに与え、サラも勿論返して、領内で遊牧することを許可し、とっとと出ていってほしいところ、さらに銀一千シェケル(約11.5キログラム)を贈ります。エジプトの時と同様に、アブラハムはまたまた富を得て、まさか柳の下の二匹目の泥鰌を狙っていたのないだろうと想えるほど二匹めを捕まえました。
2012年12月22日
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「オリエントの神々」序章8・地中海東岸の諸民族 地中海東岸のシリア・パレスチナ地方は、海と砂漠に狭間にあり、また丘陵や入江で地帯が区分させられて大きな民族国家の形成には適しませんでした。しかしエジプトとメソポタミアを結ぶ通路として、東地中海への出入口としての海陸交通に便利であったため、紀元前1500年頃からセム系のカナン人が活躍します。次いでアッシリア勃興の前後から、ギリシア・エーゲ海諸島方面より、この地に海路侵入したギリシア・エーゲ海諸島方面より、この地に海路侵入した諸民族いわゆる「海の民」の侵入により、この地域を支配するエジプト・ヒッタイトの勢力が後退したのに乗じて、セム系のアラム人・フェニキア人・ヘブライ人がそれぞれ異彩を放った活躍を開始します。 アラム人はシリアに多くの都市国家をつくり、紀元前1200年頃からダマスクスを中心に内陸の中継貿易に活躍した。そのためアラム語が国際商業語として広く使われることとなり、アラム文字は東方の多くの文字の源流となります。アラム文字から派生した文字としては、ヘブライ文字・アラビア文字・シリア文字・ソグド文字・突厥(とつけつ)文字・ウイグル文字・モンゴル文字・満州文字など広域です。 フェニキア人はシドン・ティルスなどの都市国家をつくり、クレタ・ミケーネの海上貿易がおとろえたあとをうけて地中海貿易を独占し、カルタゴをはじめ多くの植民都市を建設します。フェニキア人の文化史上の功績はカナン人の使用した表音文字から線状文字をつくり、これをギリシア人に伝えてアルファベットの起源をつくったことにあります。 ヘブライ人はもと遊牧民であったが、ヘブライ(ヘブル)人とは外国人による呼び名で、彼ら自身はイスラエル人と称した。またバビロン捕囚後は、ユダヤ人と呼ばれることが多いが、紀元前1500年頃パレスチナに定住し、一部はエジプトに移住します。しかし、エジプト新王国の圧政に耐えかね、紀元前13世紀に指導者モーセに率いられてパレスチナに脱出(「出エジプト」)。紀元前1000年頃ヘブライ人の国家は王政となり、ダヴィデ王とその子ソロモン王のもとで栄えます、ソロモン王の死後、国は北のイスラエルと南のユダに分裂しました。その後、イスラエルはアッシリアに滅ぼされ(前722年)、ユダも新バビロニアに征服され、紀元前586年には住民の多くはバビロンにつれさられました(バビロン捕囚)。約50年後アケメネス朝ペルシャがバビロンを占領したとき、ユダヤ人は帰国を許されますが、彼らの政治的不幸はその後も長く続きました。ヘブライ人は古代オリエントで一神教をかたく信じた唯一の民族で、彼らが信仰したのはヤハウェの神であった。彼らは出エジプトやバビロン捕囚などの民族的苦難をうけても信仰を翻さずに、この唯一全能の神によりユダヤ人だけが救われるという排他的な選民思想や救世主(メシア)の出現を待望する信仰を産み出します。ユダヤ人はバビロンから解放されて帰国するとエルサレムにヤハウェの神殿を再興し、儀式や祭祀の規則を定めてユダヤ教を確立。そこに説かれた最後の審判や天使・悪魔の思想にはゾロアスター教の影響もみられます。後に信仰や日常生活の規則である律法を極端に重んずるパリサイ派もあらわれましたが、この形式化した信仰にあたらしい生命を吹き込んだのがイエスでした。なお、ヘブライ人が書き残した伝説や神への賛歌、預言者の言葉などをまとめたユダヤ教の経典は「旧約聖書」として、イエスの教えを伝えた「新約聖書」とならんでキリスト教の経典となり、ギリシア・ローマの古典とともにヨーロッパ人の精神の糧として、思想・芸術の大きな源泉となります。
2012年12月21日
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「旧約聖書」創世記第19章後半・ロトの子を身籠る姉妹 19:30ロトはゾアルを出て上り、ふたりの娘と共に山に住んだ。ゾアルに住むのを恐れたからである。彼はふたりの娘と共に、ほら穴の中に住んだ。19:31時に姉が妹に言った、「わたしたちの父は老い、またこの地には世のならわしのように、わたしたちの所に来る男はいません。19:32さあ、父に酒を飲ませ、共に寝て、父によって子を残しましょう」。19:33彼女たちはその夜、父に酒を飲ませ、姉がはいって父と共に寝た。ロトは娘が寝たのも、起きたのも知らなかった。19:34あくる日、姉は妹に言った、「わたしは昨夜、父と寝ました。わたしたちは今夜もまた父に酒を飲ませましょう。そしてあなたがはいって共に寝なさい。わたしたちは父によって子を残しましょう」。19:35彼らはその夜もまた父に酒を飲ませ、妹が行って父と共に寝た。ロトは娘の寝たのも、起きたのも知らなかった。19:36こうしてロトのふたりの娘たちは父によってはらんだ。19:37姉娘は子を産み、その名をモアブと名づけた。これは今のモアブびとの先祖である。19:38妹もまた子を産んで、その名をベニアンミと名づけた。これは今のアンモンびとの先祖である。 ロトと二人の娘はツォアルの町に逃げて、ソドムの滅亡から救われました。ところがソドムが滅ぼされた後、ロトはさらに山中へ逃げ、洞穴に住むようになります。ゾアルは、「夜が明ける頃」にソドムを出たロトが「太陽が地上に昇ったとき」にたどりつくほどの近距離です。ソドムを含む一帯が焼き尽くされたのから、煙が立ちこめ熱風がゾアルにも当然押し寄せたことでしょう。だから「ここも危険かもしれない」と思っても仕方がないのは頷けます。ロトが生残出来たのは、主の一方的な憐れみのおかげです。「神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された」というか力づくで引きずり出したのです。その神なる主が安全だというのだから、世界中でゾアルより安全な場所はない。なのにロトは主を信じるよりも、自分の不安に従うほうを選んだのです。このためにさらに悲劇がロトを襲います。ロトの娘たちは、ソドムの婚約者を離れて山中にいては結婚は望めないと考え、子供を産むために父を酔わせて床を共にすることを図ります。欲望によってではなく、ソドムの影響を受け、冷静な判断によって近親での行為に及んだというところに、性交と出産という夫婦の関係にだけ許される祝福と喜びを、選択肢の一つとしてしか考えられなくなっていたのです。姉妹のこの選択は子孫の名に残り、姉の子モアブはモアブ人の先祖。モアブとは「父より、父によって」という意味です。妹の子ベン・アミはアンモン人の先祖。ベン・アミは「もっとも近い男性親族の子」の意味です。しかし、忌まわしい手段により生まれてきた子供たち(モアブとアンモン)も、主は保護され、申命記2:9-19「主はわたしに言われた、「モアブを敵視してはならない。またそれと争い戦ってはならない。彼らの地は、領地としてあなたに与えない。ロトの子孫にアルを与えて、領地とさせたからである。主はわたしに言われた、「おまえは、きょう、モアブの領地アルを通ろうとしている。アンモンの子孫に近づく時、おまえは彼らを敵視してはならない。また争ってはならない。わたしはアンモンの子孫の地を領地として、おまえに与えない。それをロトの子孫に領地として与えたからである。」と告げます。主なる神はアブラハムのゆえに、ロトの子孫を忘れることはなく、エジプトから脱出したイスラエルがモアブを攻めることを禁じ、そしてモアブ人の女の一人を、キリストであるイエスの先祖とするのです。
2012年12月20日
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「オリエントの神々」序章七・エジプトの統一国家 メソポタミアとならんでもっとも古く文明が起こったエジプトでは、「ナイルの賜物」というギリシアの歴史家ヘロドトスの言葉通り「ナイル川は毎年7月から10月頃に増水・氾濫して、上流から沃土を運んだので、下流では肥料なしで年2回若しくは3回もの収穫ができた」と云われるように、ナイル川は沃土をもたらしただけでなく、用水を完備させた重要な交通路でもありました。この地域では、はやくから流域に多くの村落(ノモス)が成立していましたが、ナイル川の治水には住民の共同労働と、彼らを統率する強い指導者が必要であったため、しだいに統合への歩みとその支配機構がととのうことになります。更には紀元前3000年頃には、メソポタミアよりはやく、王朝制度によるファラオ(パロ)による統一国家が成立しています。以後には、一時的に周辺民族の侵入や外国の支配をうけたこともありましたが、国内の統一は対外的には保たれ、この間約30の王朝が交替します。史上では、支配民族の視点から、これを古王国・中王国・新王国の三期に区分しています。 エジプトでは現人神としての王の専制的な神権政治がおこなわれます。全国土は、創世記のエジプトの司・副王ヨセフの例をみても分かるとおり、ファラオが所有し、少数の神官・役人などは王から土地を与えられますが、人民の大部分は不自由小作農民で、生産物の租税と無償労働を課せられました。エジプトのメンフィスを中心に栄えた古王国時代のクフ王らが自分の墓としてきずかせたピラミッドは、神である王の絶大な権力を示し、中王国にては、中心が上エジプトのテーベに移りましたが、シリア方面から遊牧民ヒクソスが侵入して、一時混乱が生じます。しかし、前16世紀に新王国がおこってヒクソスを追いだし、さらにシリア方面にまで進出。前14世紀にはアメンホテプ4世(イクナートン) (アメンホテプ4世人物)が、従来の神々の崇拝を禁じてアトン一神の信仰を強制しテル・エル・アマルナに遷都しました。この改革は王の死によって終わりますが、一時的にせよ古い伝統を破り、エジプトには珍しい写実的な美術を生んだ(アマルナ美術)。エジプト人の宗教は太陽神ラーを中心とする多神教で、新王国時代には首都テーベの守護神アモンの信仰と結びついてアモン・ラーの信仰がさかんになえいます。エジプト人は霊魂不滅とオシリス神が支配する死後の世界を信じてミイラをつくり「死者の書」(ししゃのしょ)を残しました。彼らが使用したエジプト文字には、主として碑文や墓室・石棺などに刻まれる象形文字の神聖文字(しんせいもじ)(ヒエログリフ)と、パピルス紙からつくった一種の紙(パピルス)に書かれた民用文字(デモティック)がありました。更には、エジプトの測地術はギリシアの幾何学のもとになったといわれ、太陰暦とならんで用いられた太陽暦(たいようれき)は、のちにローマで採用されてユリウス暦とります。
2012年12月19日
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「旧約聖書」創世記第19章前半・ソドムとゴモラの滅亡 19:1その二人の御使いは夕暮にソドムに着いた。そのときロトはソドムの門にすわっていた。ロトは彼らを見て、立って迎え、地に伏して、19:2言った、「わが主よ、どうぞしもべの家に立寄って足を洗い、お泊まりください。そして朝早く起きてお立ちください」。彼らは言った、「いや、われわれは広場で夜を過ごします」。19:3しかしロトがしいて勧めたので、彼らはついに彼の所に寄り、家にはいった。ロトは彼らのためにふるまいを設け、種入れぬパンを焼いて食べさせた。19:4ところが彼らの寝ないうちに、ソドムの町の人々は、若い者も老人も、民がみな四方からきて、その家を囲み、19:5ロトに叫んで言った、「今夜おまえの所にきた人々はどこにいるか。それをここに出しなさい。われわれは彼らを知るであろう」。19:6ロトは入口におる彼らの所に出て行き、うしろの戸を閉じて、19:7言った、「兄弟たちよ、どうか悪い事はしないでください。19:8わたしにまだ男を知らない娘がふたりあります。わたしはこれをあなたがたに、さし出しますから、好きなようにしてください。ただ、わたしの屋根の下にはいったこの人たちには、何もしないでください」。19:9彼らは言った、「退け」。また言った、「この男は渡ってきたよそ者であるのに、いつも、さばきびとになろうとする。それで、われわれは彼らに加えるよりも、おまえに多くの害を加えよう」。彼らはロトの身に激しく迫り、進み寄って戸を破ろうとした。19:10その時、かのふたりは手を伸べてロトを家の内に引き入れ、戸を閉じた。19:11そして家の入口におる人々を、老若の別なく打って目をくらましたので、彼らは入口を捜すのに疲れた。19:12ふたりはロトに言った、「ほかにあなたの身内の者がここにおりますか。あなたのむこ、むすこ、娘およびこの町におるあなたの身内の者を、皆ここから連れ出しなさい。19:13われわれがこの所を滅ぼそうとしているからです。人々の叫びが主の前に大きくなり、主はこの所を滅ぼすために、われわれをつかわされたのです」。19:14そこでロトは出て行って、その娘たちをめとるむこたちに告げて言った、「立ってこの所から出なさい。主がこの町を滅ぼされます」。しかしそれはむこたちには戯むれごとに思えた。19:15夜が明けて、み使たちはロトを促して言った「立って、ここにいるあなたの妻とふたりの娘とを連れ出しなさい。そうしなければ、あなたもこの町の不義のために滅ぼされるでしょう」。19:16彼はためらっていたが、主は彼にあわれみを施されたので、かのふたりは彼の手と、その妻の手と、ふたりの娘の手を取って連れ出し、町の外に置いた。19:17彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った、「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。19:18ロトは彼らに言った、「わが主よ、どうか、そうさせないでください。19:19しもべはすでにあなたの前に恵みを得ました。あなたはわたしの命を救って、大いなるいつくしみを施されました。しかしわたしは山まではのがれる事ができません。災が身に追い迫ってわたしは死ぬでしょう。19:20あの町をごらんなさい。逃げていくのに近く、また小さい町です。どうかわたしをそこにのがれさせてください。それは小さいではありませんか。そうすればわたしの命は助かるでしょう」。19:21み使は彼に言った、「わたしはこの事でもあなたの願いをいれて、あなたの言うその町は滅ぼしません。19:22急いでそこへのがれなさい。あなたがそこに着くまでは、わたしは何事もすることができません」。これによって、その町の名はゾアルと呼ばれた。19:23ロトがゾアルに着いた時、日は地の上にのぼった。19:24主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、19:25これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。19:26しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。19:27アブラハムは朝早く起き、さきに主の前に立った所に行って、19:28ソドムとゴモラの方、および低地の全面をながめると、その地の煙が、かまどの煙のように立ちのぼっていた。19:29こうして神が低地の町々をこぼたれた時、すなわちロトの住んでいた町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを覚えて、その滅びの中からロトを救い出された。 このソドムの記録を、同性愛者を差別する根拠とする説には、誤謬があると思えます。確かにソドムの男たちはロトの客となった二人の男を差し出せと迫りましたが、同性愛者だから、それを根拠に滅ぼされたのではないということ、非難されるのは男女間と同様の交わりであって、例えばサムエル記ではダビデと王子ヨナタンの愛については、むしろ賞賛されるべき愛として書かれています。愛は神から来るもので、そこに同性愛とか異性愛とかの区別はありません。聖書が罪としているのは、結婚外の肉欲的な交わりです。これは異性間か同性間かの区別なく、姦淫の罪になります。ソドムが裁かれたのは、同性愛のためではなく欲望優先の考え方、そのために本来は旅人を保護する義務がありながら危害を加えようとしたこと、思慮分別を期待される老人まで含めて町ぐるみで加担したこと等のためです。 また、ソドムを滅亡させた「火」については、地質学的に火山噴火の可能性は無さそうです。地震の際に雷が発生することがありますが、地域的に低地にあり、硫黄、アスファルト、地震で噴出した石油などが豊富で、落雷で引火した可能性も考えられます。仮にそうだったとしても、その自然現象は偶然に起こったのではなく、神のさばきとして引き起こされたと云うのでしょう。現在の史学では、ソドムは死海の浅瀬側の南方に沈んでいると考えられています。ロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になったとされるのも、塩分濃度が高いことで知られる死海は塩が結晶化し、柱のようになること自体は珍しくありませんでしたから、殊更、仰天する事でもなかろうと想えます。現地を訪ねても「どれがロトの妻の塩柱」と尋ねても、人其々に、違う答えが返ってきます。「どれでも好きなやつを選べ」と。
2012年12月18日
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「オリエントの神々」序章六・メソポタミア文明の成立 アッカド人は紀元前2400年頃に、メソポタミアやシリアの都市国家を統一して広大な領域国家を立ち上げますが、これもまもなく滅亡して、一時シュメール人が勢力を回復します。しかい、やがてセム系のアムル人のバビロン第一王朝(古バビロニア王国)が成立、ハンムラビ王のときには全メソポタミアを支配したるに至りました。王は運河の大工事をおこなって治水・灌漑を進め、古今東西が見習うとされる有名なハンムラビ法典を発布して中央集権化を進め、領内の多民族を支配します。その法典によれば、王は神の代理者として統治し、刑法には「目には目を、歯には歯を」の復讐法の原則にはたちましたが、被害者の身分によって刑罰が違っています。此れは時代社会上の要請であったのでしょう。 紀元前1500年ごろまでにイランや小アジアの高原地帯の牧畜民は、中央アジアの南ロシアやインド・ヨーロッパ系の遊牧民の移動にともなって民族移動をおこし、青銅の武器と戦車と騎馬によって各地の先住民を征服して国家を形成します。そのうち、はやくから鉄製の武器を使用していたヒッタイト人は、紀元前1700年なかば頃には、小アジアに強力な国家を建設してバビロン第1王朝を滅ぼし、シリアに侵出してエジプトと戦います。またカッシート人は南メソポタミアに侵入してバビロニアを支配しました。このほか北メソポタミアからシリアに広がったミタンニ王国も強大でした。こうしてオリエントでは紀元前1500から紀元前1400頃には、エジプトの新王国をも含めて諸王国が並立する複雑な政治状況がうまれ、数世紀間の混乱が続くこととなりました。メソポタミアでは多神教が信仰されていましたが、民族の交替が激しかったため、その時々で信仰される最高神も変わります。文字はシュメール人がはじめた楔形文字がセム系やインド・ヨーロッパ系の民族の間でも使用され、アケメネス朝のペルシア人にいたるまで、言語は異なってもみな楔形文字を用い、粘土板に書いていました。また六十進法や太陰暦の使用、それにもとづく閏年(うるうどし)の設置など、天文・暦法・数学・農学など実用の学問の発達は当時の世界の最高水準にありました。 シュメールの人たちが、面倒な六十進法を取り入れたのは幾通りにも割り切れる便利さのせいだと言われています。60という数字は、多くの整数で割り切れます。楔形文字には1から59に対応する数字があって、これは内部に十進法を含みます、しかし、0を表す記号はなく、空白で表したため、完全な位取り記数法ではありませんでした。ゼロの発見は印度での発見を待つ事と成ります。また、彼らはこれを角度にも利用し、1度を60分に、1分を60秒に区分しました。
2012年12月17日
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「旧約聖書」創世記第18章後半・ソドムとゴモラの叫び 18:16その人々はそこを立ってソドムの方に向かったので、アブラハムは彼らを見送って共に行った。18:17時に主は言われた、「わたしのしようとする事をアブラハムに隠してよいであろうか。18:18アブラハムは必ず大きな強い国民となって、地のすべての民がみな、彼によって祝福を受けるのではないか。18:19わたしは彼が後の子らと家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公道とを行わせるために彼を知ったのである。これは主がかつてアブラハムについて言った事を彼の上に臨ませるためである」。18:20主はまた言われた、「ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重いので、18:21わたしはいま下って、わたしに届いた叫びのとおりに、すべて彼らがおこなっているかどうかを見て、それを知ろう」。18:22その人々はそこから身を巡らしてソドムの方に行ったが、アブラハムはなお、主の前に立っていた。18:23アブラハムは近寄って言った、「まことにあなたは正しい者を、悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。18:24たとい、あの町に五十人の正しい者があっても、あなたはなお、その所を滅ぼし、その中にいる五十人の正しい者のためにこれをゆるされないのですか。18:25正しい者と悪い者とを一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。正しい者と悪い者とを同じようにすることも、あなたは決してなさらないでしょう。全地をさばく者は公義を行うべきではありませんか」。18:26主は言われた、「もしソドムで町の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」。18:27アブラハムは答えて言った、「わたしはちり灰に過ぎませんが、あえてわが主に申します。18:28もし五十人の正しい者のうち五人欠けたなら、その五人欠けたために町を全く滅ぼされますか」。主は言われた、「もしそこに四十五人いたら、滅ぼさないであろう」。18:29アブラハムはまた重ねて主に言った、「もしそこに四十人いたら」。主は言われた、「その四十人のために、これをしないであろう」。18:30アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしは申します。もしそこに三十人いたら」。主は言われた、「そこに三十人いたら、これをしないであろう」。18:31アブラハムは言った、「いまわたしはあえてわが主に申します。もしそこに二十人いたら」。主は言われた、「わたしはその二十人のために滅ぼさないであろう」。18:32アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。18:33主はアブラハムと語り終り、去って行かれた。アブラハムは自分の所に帰った。 ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。わたしは降って行き、彼らの行跡が、果たして、わたしに届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう。と神からそう告げられたアブラハムは、心底驚愕(きょうがく)したことでしょう。ソドムの町の様子は、そこに住む甥ロトからの便りでもあれば知っていた事でしょうから、神がそれを確かめたあとはどうするつもりか。ノアの洪水時、「神は地をご覧になった。見よ、それは堕落し、すべて肉なる者はこの地で堕落の道を歩んでいた」(6章12節)。主が、堕落したソドムとゴモラを見て確かめた時、洪水の時のように町を滅ぼすであろうことは、アブラハムには十分に想像できました。一行の二人の御使いがソドムに向かおうとすると、アブラハムは思わず主の前に立ちふさがりました。ここからアブラハムの必死のとりなしが始まります。アブラハムは訴えます。その町に正しい者がいても、悪い者と一緒に滅ぼすのか、と。悪人が、自分の罪のために罰されるのは当然です。アブラハムも悪人の免罪は言えません。だからアブラハムは、創造者自身にかけて訴えたのです。正義そのものである神が、悪者を裁く巻き添えで正しい者まで滅ぼすというのか。愛そのものである神ヤハウェが、正しい者のゆえに町全体をゆるすことはないというのかと。恐れ多くも神であるヤハウェにむかって、これほどしつこく口答えするのにどれだけの肝っ玉が必要だったでしょう。その信仰に応えるように、神ヤハウェはアブラハムに「10人いたら、滅ぼさない」と約束したのでした。此の時、ソドムではロト夫妻と娘二人が住んでおりましたから、もしもアブラハム重ねて「もしソドムで町の中に四人の正しい者がいたら」と言っておれば、主は「わたしはその四人のために滅ぼさないであろう」と答えたであろうかは不明です。
2012年12月16日
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「オリエントの神々」序章五・メソポタミアと謎のシュメール人4 現代の我々が使っている、1年12ケ月及び1週間7日、1日24時間の暦、円の全周角度が360度であるというものは、既にシュメール、またこれを受け継いだ古代バビロニアの時代に既に確立されたいたものであり、天文学と人間にとって数を数え易い十進法、十二進法、二十進法、六十進法を受け継いだものです。天文学が発達するには、作物を栽培するにあたって季節や時間を知る必要があった事、またチグリス・ユーフラテス川の氾濫の時期を知る為に必要なことが必要条件でした。また、メソポタミア地方の夏は暑く寝苦しいので、人々は涼を取るために、夜は家の屋上で寝ていたので、星空をよく観察できた事にも一因があると想われます。先ずは、1日ですが太陽が昇り、沈み、また昇るのが基本の単位であり、夜空で最も大きな星は月であり、満月になったり三日月になったりと、変化が大きくあるので、シュメールの人々は、月の変化で時間を知る暦(こよみ)をつくり、これが太陰暦と呼称されます。 新月・上弦の月・満月・下弦の月が一つのサイクルとなり、その変化の間が約7日、これが4回あるので、一ケ月は28日となります。それに、其々の日に守護星をつけたのが、日(太陽)、月(月)、火(火星)、水(水星)、木(木星)、金(金星)であり、これ等を一つの単位とするのが一週間で、曜日というもの考え出されます。また、それらの星は、他の星よりも明るかったので、天や光を信仰するシュメールの人たちには幸運をもたらしてくれると考えたのでしょう。また、世界各地で信仰伝説の記録されている北斗七星や、牡牛座のプレアデス星団(すばる)の7つの大きく輝く星も、7という数字がメソポタミアや西洋でのラッキーナンバーへの影響が伺われ興味深いものがあります。後記しますシュメールの最高神アンは、二本の牛の角を持っており、これがインドに伝わり牛は神聖なものとなりましたが、このプレアデス星団(M45)の七つの輝く星が、牡牛座にあるのは偶然と云え興味深いところです。古代シュメール人は、太陽の動きで1日の時間や、1年を日時計を使ったのではないかと思われます。、世界各地のストーンヘンジを見ても分かるように、円の中心には一本高い石が立っているものです。正確に観察するためには、約数を多く持つ360度は都合が好い数です。また、1年を360日としたことから、円周の角度が360度になったという有力な説もあります。1週間7日で、一ケ月28日とすると、実際には月は地球の周りを回っているだけでなく、地球と一緒に太陽の周りを回っているので、次の新月の時に太陽と月と地球の関係の角度はずれて、月の公転周期27.3日から約2.2日遅れてしまいます。これは月の見た目の形状(満ち欠け)からの観察で容易に分かる事なので、シュメールの人達も修正し、一ケ月を29.53日(約30日)としており、1年を360日としていたようです。
2012年12月15日
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「旧約聖書」創世記第18章前半・サラの笑い(Sarah laugh) 18:1主はマムレのテレビンの木のかたわらでアブラハムに現れられた。それは昼の暑いころで、彼は天幕の入口にすわっていたが、18:2目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。彼はこれを見て、天幕の入口から走って行って彼らを迎え、地に身をかがめて、18:3言った、「わが主よ、もしわたしがあなたの前に恵みを得ているなら、どうぞしもべを通り過ごさないでください。18:4水をすこし取ってこさせますから、あなたがたは足を洗って、この木の下でお休みください。18:5わたしは一口のパンを取ってきます。元気をつけて、それからお出かけください。せっかくしもべの所においでになったのですから」。彼らは言った、「お言葉どおりにしてください」。18:6そこでアブラハムは急いで天幕に入り、サラの所に行って言った、「急いで細かい麦粉三セヤをとり、こねてパンを造りなさい」。18:7アブラハムは牛の群れに走って行き、柔らかな良い子牛を取って若者に渡したので、急いで調理した。18:8そしてアブラハムは凝乳と牛乳および子牛の調理したものを取って、彼らの前に供え、木の下で彼らのかたわらに立って給仕し、彼らは食事した。18:9彼らはアブラハムに言った、「あなたの妻サラはどこにおられますか」。彼は言った、「天幕の中です」。18:10そのひとりが言った、「来年の春、わたしはかならずあなたの所に帰ってきましょう。その時、あなたの妻サラには男の子が生れているでしょう」。サラはうしろの方の天幕の入口で聞いていた。18:11さてアブラハムとサラとは年がすすみ、老人となり、サラは女の月のものが、すでに止まっていた。18:12それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。18:13主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。18:14主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。18:15サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた、「いや、あなたは笑いました」。 此処に、18:2目を上げて見ると、「三人の人」が彼に向かって立っていたと記されています。アブラハムは翼をもつ天使でもない彼らを、どうして「わが主」と見分けがついたのでしょう。恐らくは「主の精霊」を彼の三人に観相したのかも知れません。現に、木の下で彼らのかたわらに立って給仕し、彼らは食事したと書かれていますから、主そのものや天使ではないと思われます。神が降臨する仕様は様々なのでしょう。 ところが、創世記の著者はこの場面の最初に「主はマムレのテレビンの木のかたわらでアブラハムに現れられた」と書いています。この三人はヤハウェと二人の天使だったと言いたそうですが、アブラハムは気づかないまま、すべては創造者の導きの中でのことだとは考えていたでしょう。偶然ではなく、創造者の導きの中でであった人に対してだからこそ、一族の長アブラハムがみずから給仕しながらの歓待をします。木陰の食卓にはずらりと、上等の小麦粉22リットル分のパン菓子、チーズとミルク、屠(ほふ)ったばかりの子牛の料理などが三人に対して並べました。ところが、空気が突然かわり、旅人がアブラハムに「1年後に、サラが子どもを産む」と告げたのに、ヤハウェの約束を思い出して、この旅人が主だと気づいたのでしょうか。しかしサラは、神だということに気づかなかったか、気づいたものの信じることができなかったのか。何しろこの時アブラハムは99歳、サラは89歳、閉経した自分が妊娠・出産なんて、信じろという方が難しいのは、マリアの処女懐胎と同様、驚くべき奇跡ですから。陰で話しを聞いたサラは、思わず笑います。自分は年をとり、もはや夫婦間の許される楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに。物陰で笑ったサラに、神は何故信じないで笑うのかと聞きます。そしてサラが「笑ってない」と言い張ると、ヤハウェはサラの不信仰を責めるのではなく、「主に不可能なことがあろうか」必ず実現すると宣言しました。
2012年12月14日
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「オリエントの神々」序章四・メソポタミアと謎のシュメール人3 謎のシュメル人とは、父ノアの異母兄弟ハムの知られざる別系の子孫なのですが、聖書・創世記10章6節での彼の子孫には、その失踪した始祖ハムの消息は、何一つ記されて居らず知る由もありません。恐らくハムは、自己の名前を捨て、新たな名前でもって自らを生きたからと推察されます。つまりカインの末裔は、かって伝え聞いていた、はるか昔の故事、「カインの運命」に自分を重ねるような思いを感じて、その末孫の子らの名、ヤバル、ユバルに合わせて、自分の名をスメルと名のり、その土地の名もシュメル(スナル・シナル)と呼ぶものとしたと推測されます。その世代と次々重ねるにしたがって、やがて旧約聖書に記された、彼のハムの子孫のクシュ一族がチグリス川・ユーフラテス川両河いずれかの源流、上流方面から南下して来て、その知られざる別系の子孫と共生混淆するようなかたちで、シュメル文明は形成発展していきます。未だバビロンという名の登場しない以前、先史的な名残を留めた町邑が、その東、数十キロ離れた所に、キシュという名でもって遺跡を残していますが、これはその始め、クシュ(クス)一族が最初期に築き、その村営を切り開いたのでしょう。そこからクシュの子孫、セバ、ハビラ、サブタ、ラアマらとその子孫が、ペルシャ湾づたいに、南アラビア、その西隣の南アフリカ・エチオピア方面へと進出していったと聖書は語ります。創世記10章8節で、「クシュの子ニムロデ」とありますが、これは、考古学発掘のデータで知られ、シュメルの初期王朝時代とは比定されるものではなく、BC3800年前後の時代と推定すべきかと思われます。このニムロデは、スナル(シュメル)の地で、バベル、エレク(後のウルク)、アカデ、カルネ(後のバビロン)と、次々にその町邑を成しましたが、かっての狩人なる種族も、その草原、そうですその頃は、未だ砂漠地帯ではなかったのですが、その地域一帯の狩では満足できず、再び北方の山辺・丘陵のあるアッシリヤ地域に移り、さらにニネベ、はるか後のアッシリア帝国の首都、カラ(カルフ・古ニムルド)、レセンなどの町邑を建てて、そのアッシリア地方の都市国家群のの族長王として君臨したようですが、これが、その8節~12節の文言が言わんとするところだ。そして、かの創世記、バベルの塔の出来事(第11章1節以下)として記される事と成りました。 当時は、、後にメソポタミア即ち肥沃な三日月地帯と呼ばれる地帯は、恐らく草原にも恵まれ粘土板に見られるように獅子が多く生息していたことでしょう。或いはもっと東の地域にも進出していたかも知れません。東の虎とは境が混在したかもしれません。動物学的にはライアンは、個々の力では劣ることは明白です。何故なら、動物学上の最高捕食者は総べて共同での行動を好みません。海の捕食者シャチ、鳥の王者鷲族、北極の捕食者の北極の白熊を考慮すれば、境を接していた虎への対抗上、家族単位の群れ行動を取らざるを得ない状況にあったと云えましょう。百獣の王ライアンは群れを成してしか「密林の王」虎には対抗できず、東北移動は困難な状況であったと看做されます。詰まりは、旧約聖書の時代の状況では虎がいないので、ライアンに捕食者として最高の地位を与えているのも肯けます。
2012年12月13日
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「旧約聖書」創世記第17章後半・サライの改名と受胎告知 17:15神はまたアブラハムに言われた、「あなたの妻サライは、もはや名をサライといわず、名をサラと言いなさい。17:16わたしは彼女を祝福し、また彼女によって、あなたにひとりの男の子を授けよう。わたしは彼女を祝福し、彼女を国々の民の母としよう。彼女から、もろもろの民の王たちが出るであろう」。17:17アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」。17:18そしてアブラハムは神に言った、「どうかイシマエルがあなたの前に生きながらえますように」。17:19神は言われた、「いや、あなたの妻サラはあなたに男の子を産むでしょう。名をイサクと名づけなさい。わたしは彼と契約を立てて、後の子孫のために永遠の契約としよう。17:20またイシマエルについてはあなたの願いを聞いた。わたしは彼を祝福して多くの子孫を得させ、大いにそれを増すであろう。彼は十二人の君たちを生むであろう。わたしは彼を大いなる国民としよう。17:21しかしわたしは来年の今ごろサラがあなたに産むイサクと、わたしの契約を立てるであろう」。17:22神はアブラハムと語り終え、彼を離れて、のぼられた。17:23アブラハムは神が自分に言われたように、この日その子イシマエルと、すべて家に生れた者およびすべて銀で買い取った者、すなわちアブラハムの家の人々のうち、すべての男子を連れてきて、前の皮に割礼を施した。17:24アブラハムが前の皮に割礼を受けた時は九十九歳、17:25その子イシマエルが前の皮に割礼を受けた時は十三歳であった。17:26この日アブラハムとその子イシマエルは割礼を受けた。17:27またその家の人々は家に生れた者も、銀で異邦人から買い取った者も皆、彼と共に割礼を受けた。 アブラムの改名に続いて、神はサライにも、名前をサラと変えるように命じ、彼女によってアブラハムに嗣子を与えるといわれました。しかしアブラハムはこれを信じることが出来ません。今から妊娠するなら、出産時にはアブラハムは100歳、サラも90歳ですから無理もないことです。。神の間違いだろうとしか思えないでしょうし、信じろというほうが難しいくらいです。理解に苦しんだアブラハムは、内心笑いながらヤハウェに聞こえないように「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか」と独り言。唐突に理解不可能な事態になっると、人間は意味もなく笑ってしまうのでしょうか。そこで、アブラハムは、神がイシュマエルのことを言っているのだと理解することにしました。そう、アブラハムには、イシュマエルを産んだ女奴隷ハガルはサラの所有だから、当時の習慣ではサラが産んだも同様だからです。しかし神は、サラが嗣子を産むと明確に宣言し、イサクと名づけるようにと命じました。更に神は、アブラハムと契約を結んだように、イサクとも契約を結ぶと言い、正統な後継者が、奴隷の子ではなく、正妻であるサラが産むイサクであると念を押します。ちなみに、ヘブライ語、Sarah は「女王」という意味ですから国々の民の母だと云うわけです。サラ(”王女”の意味)と言う名をヤハウェから与えられ、これから諸国民の母となるサラに対し、不信仰さを自覚させ、アブラハムの信仰を成長させてきたようにサラも成長させようとするものです。元の名「サライ (Sarai)」の意味は「戦いを好む女」「女戦士」だそうなので、勝気な女性サラに適った名ではありました。
2012年12月12日
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「旧約聖書」創世記第17章前半・主とアブラムとの本契約と改名 17:1アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた、「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。17:2わたしはあなたと契約を結び、大いにあなたの子孫を増すであろう」。17:3アブラムは、ひれ伏した。神はまた彼に言われた、17:4「わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは多くの国民の父となるであろう。17:5あなたの名は、もはやアブラムとは言われず、あなたの名はアブラハムと呼ばれるであろう。わたしはあなたを多くの国民の父とするからである。17:6わたしはあなたに多くの子孫を得させ、国々の民をあなたから起そう。また、王たちもあなたから出るであろう。17:7わたしはあなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。17:8わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。そしてわたしは彼らの神となるであろう」。17:9神はまたアブラハムに言われた、「あなたと後の子孫とは共に代々わたしの契約を守らなければならない。あなたがたのうち17:10男子はみな割礼をうけなければならない。これはわたしとあなたがた及び後の子孫との間のわたしの契約であって、あなたがたの守るべきものである。17:11あなたがたは前の皮に割礼を受けなければならない。それがわたしとあなたがたとの間の契約のしるしとなるであろう。17:12あなたがたのうちの男子はみな代々、家に生れた者も、また異邦人から銀で買い取った、あなたの子孫でない者も、生れて八日目に割礼を受けなければならない。17:13あなたの家に生れた者も、あなたが銀で買い取った者も必ず割礼を受けなければならない。こうしてわたしの契約はあなたがたの身にあって永遠の契約となるであろう。17:14割礼を受けない男子、すなわち前の皮を切らない者はわたしの契約を破るゆえ、その人は民のうちから断たれるであろう」。 呼びかけに続いて神は、アブラムを多くの国民の父(先祖)にすると約束、アブラハムと改名させています。前名アブラムの意味は「わが父は高められる」、改名後のアブラハムの意味は「多くの国民の父」です。神は更に、アブラハムを一民族の祖とするだけでなく、諸国民の父とすると予告しました。 また、ユダヤ教に在っては、割礼(Circumcision)と契約が特別な意味を持ち、且つ重要視されています。天地創造においては安息日を守ることが契約の証しになり、アブラハムとの契約においては割礼がその証しにとなります。以降、イスラエルにとっては割礼を受け、安息日を守ることが律法の根本となり、イスラエル民族及び寄留者の主なる神への信仰の象徴となりました。新約聖書に於いては、パウロは肉に割礼を受けたものがイスラエル人ではなく、心に割礼を受けたものこそ神の民であると言っています。ローマ2:28-29「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、その誉れは人からではなく、神から来るのである。」心の包皮を切り取れ、これは旧約の預言者も繰り返し述べたことである。エレミヤ4:4「ユダの人々とエルサレムに住む人々よ、あなたがたは自ら割礼を行って、主に属するものとなり、自分の心の前の皮を取り去れ。さもないと、あなたがたの悪しき行いのために、わたしの怒りが火のように発して燃え、これを消す者はない」と説いています。
2012年12月11日
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「オリエントの神々」序章三・メソポタミアと謎のシュメール人2 謎のシュメール人(シュメル人)、あるいはシュメル文明と云えば、本来的には、そのシュメルなる言葉は、セム語系にヘブライ語を含めて、地名を指す名称であり、創世記11章2節のシナルの地と同義のものです。欧米の19世紀以降からの<考古学発掘>以来、古代アッシリアの首都ニネベから出土した粘土板文書の内容から「シュメルとアッカドの王」という注目すべき文字表記が見られ、その言葉から借用したかたちで、その考古学的研究対象の人種をシュメル人と名付けたところの考古学上の名前なのだ。だが、そのシュメル人の源郷、出自、その足跡が皆目つかめないまま、謎として現在に至っているという事情です。謎のシュメル人の始祖というのは、かのノアの子、三番目の「ハム」だと断言できると説く人もいます。創世記の9章20節から11章9節あたりに至る文言中で、その暗黙のうちに隠された背景を想起、把握すると、父ノアの兄弟中で別腹のハムは、末っ子のカナンをもうけたが、父ノアへの不謹慎、その大いなる失態のため、自らの恥さらし、氏族の長としてのメンツの失墜ゆえに、父ノアの下を去っていきます。このことは、9章20節以下、ノアの云った、かの言葉から明白になる。この時のいきさつで、ハムは内々の内に逃げるようにして、その下を去っていった。彼が去って身を隠してしまったからこそ、ノアはその言葉、ハムの身代わりに、彼の末っ子の、生まれて間もない幼児、<カナン>の名を挙げ、敢えてその裁拠の処分勧告・呪的な予言を、すべての一族に公言しているからです。そして、その失われしハムの消息は、その後、一切つかめないままとなった。ハム自身は、異母兄セム、ヤペテへの劣等感を返上すべく、その秘めたる思いをもって最善の努力をなし、新たな一族を起し、すべての面で、兄たちよりも優れた生活文明を築かんとしたでしょう。その結果が、両河下流、広大なデルタ地帯での優れた彩陶土器や、焼きレンガ造りの文明、そしてその極めつけは「楔形文字の出現」であり、その文化社会の形成へと発展してゆくこととなりました。
2012年12月10日
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「旧約聖書」創世記第16章・サライとハガル 16:1アブラムの妻サライは子を産まなかった。彼女にひとりのつかえめがあった。エジプトの女で名をハガルといった。16:2サライはアブラムに言った、「主はわたしに子をお授けになりません。どうぞ、わたしのつかえめの所におはいりください。彼女によってわたしは子をもつことになるでしょう」。アブラムはサライの言葉を聞きいれた。16:3アブラムの妻サライはそのつかえめエジプトの女ハガルをとって、夫アブラムに妻として与えた。これはアブラムがカナンの地に十年住んだ後であった。16:4彼はハガルの所にはいり、ハガルは子をはらんだ。彼女は自分のはらんだのを見て、女主人を見下げるようになった。16:5そこでサライはアブラムに言った、「わたしが受けた害はあなたの責任です。わたしのつかえめをあなたのふところに与えたのに、彼女は自分のはらんだのを見て、わたしを見下さげます。どうか、主があなたとわたしの間をおさばきになるように」。16:6アブラムはサライに言った、「あなたのつかえめはあなたの手のうちにある。あなたの好きなように彼女にしなさい」。そしてサライが彼女を苦しめたので、彼女はサライの顔を避けて逃げた。16:7主の使は荒野にある泉のほとり、すなわちシュルの道にある泉のほとりで、彼女に会い、16:8そして言った、「サライのつかえめハガルよ、あなたはどこからきたのですか、またどこへ行くのですか」。彼女は言った、「わたしは女主人サライの顔を避けて逃げているのです」。16:9主の使は彼女に言った、「あなたは女主人のもとに帰って、その手に身を任せなさい」。16:10主の使はまた彼女に言った、「わたしは大いにあなたの子孫を増して、数えきれないほどに多くしましょう」。16:11主の使はまた彼女に言った、「あなたは、みごもっています。あなたは男の子を産むでしょう。名をイシマエルと名づけなさい。主があなたの苦しみを聞かれたのです。16:12彼は野ろばのような人となり、その手はすべての人に逆らい、すべての人の手は彼に逆らい、彼はすべての兄弟に敵して住むでしょう」。16:13そこで、ハガルは自分に語られた主の名を呼んで、「あなたはエル・ロイです」と言った。彼女が「ここでも、わたしを見ていられるかたのうしろを拝めたのか」と言ったことによる。16:14それでその井戸は「ベエル・ラハイ・ロイ」と呼ばれた。これはカデシとベレデの間にある。16:15ハガルはアブラムに男の子を産んだ。アブラムはハガルが産んだ子の名をイシマエルと名づけた。16:16ハガルがイシマエルをアブラムに産んだ時、アブラムは八十六歳であった。 アブラハムと妻サライは、主の約束を待つことができずに、結果、ハガルが妊娠し、イシュマエルを出産します。アブラムの妻サライは、子供が出来ないまま年とってきたので、焦って「良妻」の鑑みたいに、自分の奴隷のハガルを夫にすすめて子供を産ませたのです。苦労をともにしてきた妻の、たっての願いだったのです。ところが、身ごもったハガルは次第に傲慢になり、主人であるサライを軽んじるような態度をとりはじめます。そりゃあそうでしょう。子供が生まれれば最強なのは古今東西不滅の原則です。そこで、サライは良妻変じて嫉妬に目覚めたのか、夫に向かって「私はあなたのためにハガルを差し上げたのに、いまや彼女が主人づらしています。これは、みんなあなたのせいなのよ」と逆切れしてしまいます。このサライの勢いに、アブラムは「彼女はお前の奴隷だから好きにしたらいい」と曖昧な返事をする始末。こうしてサライは、身重のハガルをたたき出し、追放してしまいます。サライの魅惑と美貌が年齢により衰えたのか、女主人としての地位の保全に奮闘しています。勿論、神はこの母子を助けますが。9節には「あなたの女主人のもとに帰りなさい。そして、彼女のもとで身を低くしなさい」と主の使いが語ります。ハガルは、主の使いの声を聞き、サライのもとに帰り、へりくだることを経験させられたのです。ハガルが、アブラハムのもとに戻ったことは、彼女の子イシュマエルがアブラハムの子として、祝福を受けるために必要なことではありました。主はアブラハムの妻サライの命令に従い、妊娠してしまったハガルに哀れみを示します。ハガルは、サライにいじめられ、辛くなって、家を出たのです。身重のハガルは、荒野で寂しく、将来に大きな不安を覚えていたことでしょう。主は、アブラハムの子孫のように、ハガルに対しても同じように、子孫が数え切れないほどに、増えることを約束しています。11節では、さらに主の使いは彼女に言います。「見よ。あなたはみごもっている。男の子を産もうとしている。その子をイシュマエルと名づけなさい。主があなたの苦しみを聞き入れられたから」と。主の使いが再び現われて、ハガルに語りました。ハガルから生まれる子供の名前を「イシュマエル」と名づけるように。名前の意味は「主が苦しみを聞き入れたから」ということです。主は、ハガルの苦しみの中からの祈りを聞きいれたのです。
2012年12月09日
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「オリエントの神々」序章二・メソポタミアと謎のシュメール人1 紀元前5000年頃、後にメソポタミア即ち肥沃な三日月地帯と呼ばれるユーフラテス河の沿岸地帯に、ウバイド人と呼ばれる農耕民族が住み着きます。その住み着いた土地は、耕作や放牧に適しており、近くの湿地帯では、魚と鳥が常に豊富に得られるという生活するには理想的な環境だった模様です。その後、千年以上もそこに定住して、泥でレンガをつくって街や神殿をつくり、その後のメソポタミア文明の基礎をつくることになります。彼らの有能で進取性に富んだ気性は、まもなく、この地を中近東で最も繁栄した地帯に押し上げていきましたが、文字を持たなかったので、詳細な記録を残すことはありませんでした。ところが、紀元前3800年頃、どこからかシュメール人と呼ばれる民族がやって来ると、信じられない大変化が、文明の大展開が起きます。メソポタミア南部では、紀元前3500年頃から人口が急増して、神殿を中心にした大村落が数多く成立します。やがてメソポタミア文明の有名な文字、楔形文字が使用される様になります。文字は粘土板と言われるものに書かれ、19世紀ローリンソンがアケメネス朝のダレイオス1世の功績が書かれたベヒストゥーン碑文により解読に成功しました。文字が発明され、銅・青銅器などの金属器が普及しはじめた紀元前3000年頃には、農牧に直接従事しない神官・戦士・職人・商人などが増え、大村落は都市へとに発展しました。各都市はそれぞれ独立し、前2700年頃までに民族系統不明のシュメール人の都市国家が多数形成されていきます。都市国家では、最高の神官・戦士でもある王を中心に、神官・役人・戦士などが都市の神を祭り、政治や経済・軍事の実権をにぎって人民や奴隷を支配する階級社会が成立しました。土地はすべてが神のものとされ、外国との交易も神殿が独占し、戦争や協定も神の名においてなされました。こうした神権政治にもとづく各都市国家は、大規模な治水や灌漑によって生産力を更に高め、交易によって必要物資を入手し、互いに覇権を競い合う状態になれいます。そのため優勢な都市国家の支配層には莫大な富が集まり、壮大な神殿、宮殿、王墓がつくられて、豪華なシュメール文化が栄えます。メソポタミアの地は、わずかの間に、前例のない大繁栄を記録します。そして、空前とも言える政治権力が打ち立てられました。それは、美術、建築、宗教は言うに及ばず、社会機構、日常の細かな慣習から楔形文字の発明に至るまで、それらは、すべて、彼らシュメール人の成せる画期的偉業でした。世界最初と言われる船や車輪つき戦車なども、この頃、シュメール人によって造られます。この後も、彼らは、エリドゥ、ウル、ウルク、ラガシュと言った高度な都市国家を次々とつくり上げていきます。それらは、都市としては史上世界最古のもので、今日、我々は、この文明をメソポタミア文明と呼んでます。また、エジプト文明、インダス文明の誕生にも影響を与えたと考えられています。しかしながら、絶え間のない戦争のために、一般人民は疲弊して国家は衰亡していき、セム系のアッカド人に征服されてしまいます。
2012年12月08日
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「旧約聖書」創世記第15章後半・主のアブラムへの予告 15:12日の入るころ、アブラムが深い眠りにおそわれた時、大きな恐ろしい暗やみが彼に臨んだ。15:13時に主はアブラムに言われた、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。15:14しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。15:15あなたは安らかに先祖のもとに行きます。そして高齢に達して葬られるでしょう。15:16四代目になって彼らはここに帰って来るでしょう。アモリびとの悪がまだ満ちないからです」。15:17やがて日は入り、暗やみになった時、煙の立つかまど、炎の出るたいまつが、裂いたものの間を通り過ぎた。15:18その日、主はアブラムと契約を結んで言われた、「わたしはこの地をあなたの子孫に与える。エジプトの川から、かの大川ユフラテまで。15:19すなわちケニびと、ケニジびと、カドモニびと、15:20ヘテびと、ペリジびと、レパイムびと、15:21アモリびと、カナンびと、ギルガシびと、エブスびとの地を与える」。 15:12日の入るころ、アブラムが深い眠りにおそわれた時、大きな恐ろしい暗やみが彼に臨んだ。とは、出エジプトの暗黒の主の天使の過ぎ越しを象徴しているのかも知れません。また、「煙の立つかまど、炎の出るたいまつが、裂いたものの間を通り過ぎた」とは、古代の契約は動物を二つに裂いて、当事者がその間を通ることによって成立します。契約を結ぶ(ヘブル語=カラート)は切るという意味も持ち、もし契約を守らない時は、身を裂かれてもかまわないという誓いを示すのです。それを、神自身が示したのが此の現象でしょう。 また、創世記には、「エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで、カイン人、ケナズ人、カドモニ人、ヘト(ヘテ)人、ペリジ人、レファイム人、アモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス(イエブス)人の土地を与える」と書かれてますが、実際は日本の本州より小さい地で、文字通りの地を征服したのはアッシリアでしょう。アブラムはイスラエルに住むユダヤ人たちの祖先だとされていて、イスラエルの宗教右翼はアブラハム契約を根拠にして領土拡大を正当化してます。問題はアラブ人もまた、自分たちの祖先はアブラムだと信じていることです。ユダヤ人とアラブ人は同じアブラムへの神の託宣によって、地中海東岸の土地を争っているわけです。 しかし、カナン(現在のパレスティナに相当)は今すぐアブラムに与えられるのものではありません。ヤハウェは予告します。アブラムの子孫であるイスラエルがエジプトで経験することについての予告で、一つ一つがすべて実現することとなります。「それまでは、アモリ人の罪が極みに達しないからだ」とヤハウェは言います。アモリ人とは、ここではカナン地方の住民の総称ですが、彼らがその罪のゆえにヤハウェに罰されるために、イスラエルが戻ってくると言っているのです。恐らくは正義そのものであるヤハウェが滅ぼさなければならないまでには罪が満ちてなかったのでしょう。其の後の経緯をみると、ヤハウェに背いたときには、ヤハウェは外国の軍隊によってイスラエルまでをも、度々懲らしめているからです。
2012年12月07日
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「オリエントの神々」序章一・メソポタミアとエジプトの風土と民族 オリエント(Orient)とは「太陽ののぼる所」を意味し、肥沃な三日月地帯(Fertile Crescent)と呼ばれ、古代オリエント史の文脈において多用される歴史地理的な概念です。その範囲はペルシア湾からチグリス川・ユーフラテス川を遡り、シリアを経てパレスチナ、エジプトへと到る半円形の地域であって、ヨーロッパから見た東方、今日のほぼ「中東」と呼ばれている一帯を指します。この地域は一般には少雨高温のために、故、砂漠・草原・岩山を成し森林と呼ばれるものは皆無です。それ故、長いあいだ遊牧生活が営まれ、農業は一部の沿海や河川領域の平野、オアシスで行われていたのに過ぎず、麦・豆類の耕作やオリーブ・ナツメヤシなどが栽培されていました。ところが、ティグリス・ユーフラテス、ナイル川など大河の流域だけは特別で、毎年一定の時期の氾濫がもたらす沃土(よくど)を利用して、早くから穀物農業がおこなわれ、大規模な定住が進み、高い文明が発達します。此れは黄河文明と共通するところです。メソポタミアとは「川のあいだの地方」の意味で、ほぼ今日のイラクにあたりますが、此のティグリス・ユーフラテス両河流域のメソポタミアでは、紀元前3000年ごろから高度な都市文明が栄えます。ところが、この地は外から侵入しやすい地域ということもあり、アラビア半島や周辺の高原から遊牧民族が侵入し、複雑な歴史を繰り広げ我々の浪漫を擽ります。一方、ナイル川のほとりのエジプトでは、一時は異民族の侵入に悩まされますが、メソポタミアと地形上異なり砂漠と海に囲まれているために、ハム系の民族が長期に亘って高い文明を維持します。また、オリエント社会では、大河の治水・灌漑のために、強い宗教的支配を特徴とする神権政治が特徴で、文化も現人神の権力や宗教の権威を象徴する性格のものが多く、我々の関心を呼び興味津々たるものがあります。旧約聖書のノア伝説によれば、全ての民族の発祥の地とされ、極東アジアの我々もセム系民族の漂着民の子孫とすれば、人類学上は問題であっても矛盾は無くなります。
2012年12月06日
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「旧約聖書」創世記第15章前半・主の幻 15:1これらの事の後、主の言葉が幻のうちにアブラムに臨んだ「アブラムよ恐れてはならない、わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは、はなはだ大きいであろう」。15:2アブラムは言った「主なる神よ、わたしには子がなく、わたしの家を継ぐ者はダマスコのエリエゼルであるのに、あなたはわたしに何をくださろうとするのですか」15:3アブラムはまた言った「あなたはわたしに子を賜わらないので、わたしの家に生れたしもべが、あとつぎとなるでしょう」15:4この時、主の言葉が彼に臨んだ「この者はあなたのあとつぎとなるべきではありません。あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」15:5そして主は彼を外に連れ出して言われた「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」15:6アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。15:7また主は彼に言われた「わたしはこの地をあなたに与えて、これを継がせようと、あなたをカルデヤのウルから導き出した主です」15:8彼は言った「主なる神よ、わたしがこれを継ぐのをどうして知ることができますか」15:9主は彼に言われた「三歳の雌牛と、三歳の雌やぎと、三歳の雄羊と、山ばとと、家ばとのひなとをわたしの所に連れてきなさい」。15:10彼はこれらをみな連れてきて、二つに裂き、裂いたものを互に向かい合わせて置いた。ただし、鳥は裂かなかった。5:11荒い鳥が死体の上に降りるとき、アブラムはこれを追い払った。 15:1これらの事の後、主の言葉が「幻のうちにアブラムに臨んだ」とありますが、私は、これを読むと、一人暮らしで、普段から宗教を小馬鹿にしていた友人を思い出します。若かりし時の彼は、ストレスで追い込まれ塞ぎ込んで床に就いていたときに、何故か突然、突拍子もなく「毘沙門天」の声がし、言葉を交わすことも出来たが、其の諭しには抗えないものがあり、姿さえ観相出来たそうです。宗教に木で鼻をこくるような態度の彼が、人生観が一変したそうです。事程左様に「幻」とは云え、神仏の顕現には力があるようですから、ヤハウェからの恵みを信頼するアブラムなら、尚更の事と想われます。 また14章のロト奪還の戦争ののち、ヤハウェはアブラムに[恐れるな、わたしはあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きいであろうと語り掛けます。あなたの受ける報いは非常に大きいとは、ソドムの王ベラからの報いを拒否したアブラムに対する、ヤハウェからの恵みの約束です。神ヤハウェが「恐れるな」と声をかけてやらなければならないとは、アブラムは子供がないことを恐れていたのでしょう。だからといってアブラムはヤハウェに見切りをつけることはしません。とはいえ夫婦ともに高齢。それでアブラムは、家来のエリエゼルに、ヤハウェとの契約もろとも相続させようと考えていたのです。しかしヤハウェは、人間の知恵で解決をはかる必要はないことを示します。アブラムの血をひく者が跡継ぎとなると宣言し、夜空の星ほどに子孫を増やすと約束します。75歳をとっくにすぎた老人に「これからあなたに子を与える。それが一大民族となる」と常識的には考えられない約束を、アブラムは信じました。そして「主はそれを彼の義と認められた」信仰義認をされたのです。約束の確かさを求めるアブラムに、神は儀式を指示します。いくつかの動物を二つに裂き、その間を歩いて「もしこの契約に違反したら、この動物のように裂き殺されてもよい」と誓うこの儀式は、契約の際に当時よく用いられるものでした。つまりアブラムにも納得できる、人間の契約方法によって、神はアブラムに誓うのです。ところが、15:10彼はこれらをみな連れてきて、二つに裂き、裂いたものを互に向かい合わせて置いた。ただし、鳥は裂かなかった。5:11荒い鳥が死体の上に降りるとき、アブラムはこれを追い払ったとされる文節ですが、聖書では、アダムとイブの堕落後、人間は原罪を背負い、罪人になりました。それ故、神様の祝福を得るには、燔祭などの犠牲が必要とされたのです。ところが、アブラハムは山鳩、家鳩を裂かなかった。だから、荒い鳥(悪霊を意味している)が降りてきて、アブラムの民は流浪の民となり苦労の道をいくのに関与すると著者は言いたいのかも知れません。 15:5そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」を現代都市に居住する住民なら、数えることも不可とは考えないでしょうが、荒れ野の暗闇の、それも文明が自然の破壊現象を起こしてない乾燥した砂漠に雲ひとつあるわけもない澄み渡った夜空です。想像すら出来ない星が瞬いていたに違いありません。まさに「満天の星」状態だったのが伺えます。
2012年12月06日
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「旧約聖書」創世記第14章三・サレムの王メルキゼデク 14:17アブラムがケダラオメルとその連合の王たちを撃ち破って帰った時、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷に出て彼を迎えた。14:18その時、サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ってきた。彼はいと高き神の祭司である。14:19彼はアブラムを祝福して言った、「願わくは天地の主なるいと高き神が、アブラムを祝福されるように。14:20願わくはあなたの敵をあなたの手に渡されたいと高き神があがめられるように」。アブラムは彼にすべての物の十分の一を贈った。14:21時にソドムの王はアブラムに言った、「わたしには人をください。財産はあなたが取りなさい」。14:22アブラムはソドムの王に言った、「天地の主なるいと高き神、主に手をあげて、わたしは誓います。14:23わたしは糸一本でも、くつひも一本でも、あなたのものは何にも受けません。アブラムを富ませたのはわたしだと、あなたが言わないように。14:24ただし若者たちがすでに食べた物は別です。そしてわたしと共に行った人々アネルとエシコルとマムレとにはその分を取らせなさい」 サレムの王メルキゼデクは驚くべきストーリーの伏線として、旧約聖書と新約聖書に現れてきます。彼はいと高き神の祭司とされ、何の前触れもなく唐突に現れ、忽然と消えています。当時は都市国家という政治形態が一般的で、町の長が即ち王でした。サレム(現在のエルサレム)はカナン人の都市だった筈なので、メルキゼデクはノアの子供のハムの子孫に当たります。とにかくメルキゼデクは全てが謎で、推測することが困難なのですが、新約聖書のヘブル書にはこう書かれています。「ヘブル7:1~3」このメルキゼデクは、サレムの王で、すぐれて高い神の祭司でしたが、アブラハムが王たちを打ち破って帰るのを出迎えて祝福しました。またアブラハムは彼に、すべての戦利品の十分の一を分けました。まず彼は、その名を訳すと義の王であり、次に、サレムの王、すなわち平和の王です。父もなく、母もなく、系図もなく、その生涯の初めもなく、いのちの終わりもなく、神の子に似た者とされ、いつまでも祭司としてとどまっているのです。 カナン人のメルキゼデクがいと高き神の祭司だったと言うのも不思議ですが、彼は主イエスの職務に絶対的不可欠の人物なのです。主イエスはキリストと呼ばれますが、それはヘブル語のメシヤをギリシャ語に置き換えたものです。そしてメシヤとは「油注がれたもの」と言う意味で、神の特別な職務のために聖別され(聖いものとして選び分けられること)頭から香油を注がれた人のことです。香油はオリーブ油にいくつかの香料を加えたもので、その調合方法がレビ記に書かれています。恐らく日本のような湿気のあるところなら香水で間に合ったのでしょうが、中東のような乾燥地帯ではすぐに乾いてしまうので油を使ったのでしょう。このメシヤには王、祭司、預言者がなりました。それぞれ就任するときに頭から香油をかけられて聖別されたのです。 イエスは、その働きから預言者と見なされていました。ところが祭司になることは出来ません。イエスはユダ族でレビ族ではないからです。この時に現れ出たのが、主イエスの祭司職の資格はレビ族のものではなく、メルキゼデクと云うものでした。それは本来ならレビ族の大祭司が行うのですが、キリストの祭司職はレビの曽祖父に当たるアブラハムを祝福してアブラハムから十分の一の捧げ物を受け取ったメルキゼデクの祭司職を受け継いだものだと云うことです。律法に違反しない一貫した厳格さ、厳密さです。
2012年12月05日
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「閑話休題」旧約聖書の創世記の作者は誰か 創世記を始めとする幾つもの物語を合わせて、一般に聖書と呼んでいる書物は成り立っている。更に聖書は旧約と新約に分かれており、その間には時代的に数百年の隔たりがある。新旧ともについている「約」とは、契約あるいは約束という意味である。それは神との契約であり、古い契約と新しい契約ということです。さて、この聖書は多数の物語書の合作であり、時代の隔たりも存在するので当然のこと著者は一人ではないが、中でも創世記は非常に面白く且つ興味を惹く内容を持つので、創世記の作者は誰なのか注目されます。この作者についての議論では、幾つか、その内容から視ての分析が必用とされるかも知れません。 1:古代に在って其れ以前の史実に詳しいこと。2:地理学に長じている事。3:天文学に長けている事。4;神の啓示を受けた者であること。5:当時の最先端科学を心得ていたこと。6:これ等の最高水準の教育を受けられた王侯に比すべき環境・自由に資料を見られる環境に育ったことを考慮すれば、モーゼその人ではないかとは思えますが、モーゼは編者であって、作者ではないとする説もあります。 モーゼが登場するのは創世記の最後期に登場した人物から、数百年も後のことであり古い時代の出来事を目撃できるはずもないと考えたならば、その資料は何処から引き出されたというのでしょう。しかも、文字という形で記録されていなければ、資料として活用するには少し困難です。そうであれば、どこかにそれが存在していなければなりません。そして、その資料は地球の成立から始まり、それ以前の主な出来事の全てを網羅されている必要があります。その資料とは恐らくは、エジプト王室の史料館に集められた記録、バビロニア石板と呼ばれる粘土板に記された記録であった可能性が高い可能性があります。これらの石板の内容と創世記の内容が酷似していることに気がついたのはイギリス空軍のP・J・ワイズマンでした。バビロニア石板の年代別の記述が、創世記のそれと同じであることに気付いたワイズマンは創世記の記述を丹念に調べていった。その結果として創世記には全部で十一の時代の記述があることを確認し、バビロニア石板の時代の推移と記述が一致することを確認しました。記述の内容はバビロニア地方に限らず、全世界に及んでいることから、この文字が世界の共通語であった可能性も現実味を帯びてくるかも知れません。そうなると、創世記11章の「世界中は同じ言葉を使って、同じ様に話していた」という記述もにわかに真実味が増してきます。
2012年12月04日
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「旧約聖書」創世記第14章二・アブラムの甥のロトの奪還14:13時に、ひとりの人がのがれてきて、ヘブルびとアブラムに告げた。この時アブラムはエシコルの兄弟、またアネルの兄弟であるアモリびとマムレのテレビンの木のかたわらに住んでいた。彼らはアブラムと同盟していた。14:14アブラムは身内の者が捕虜になったのを聞き、訓練した家の子三百十八人を引き連れてダンまで追って行き、14:15そのしもべたちを分けて、夜かれらを攻め、これを撃ってダマスコの北、ホバまで彼らを追った。14:16そして彼はすべての財産を取り返し、また身内の者ロトとその財産および女たちと民とを取り返した。14:17アブラムがケダラオメルとその連合の王たちを撃ち破って帰った時、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷に出て彼を迎えた。14:18その時、サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ってきた。彼はいと高き神の祭司である。14:19彼はアブラムを祝福して言った、「願わくは天地の主なるいと高き神が、アブラムを祝福されるように。14:20願わくはあなたの敵をあなたの手に渡されたいと高き神があがめられるように」。アブラムは彼にすべての物の十分の一を贈った。14:21時にソドムの王はアブラムに言った、「わたしには人をください。財産はあなたが取りなさい」。14:22アブラムはソドムの王に言った、「天地の主なるいと高き神、主に手をあげて、わたしは誓います。14:23わたしは糸一本でも、くつひも一本でも、あなたのものは何にも受けません。アブラムを富ませたのはわたしだと、あなたが言わないように。14:24ただし若者たちがすでに食べた物は別です。そしてわたしと共に行った人々アネルとエシコルとマムレとにはその分を取らせなさい」。 ロトの危機を知ったアブラムは、ただちに救出に向かいます。手勢は彼の奴隷のうち戦闘訓練を積んだ318人。さらに、同盟を結んでいたアモリ人も戦列に加わりました。東軍の南征で討たれた同じアモリ人のためでしょう。以降の「旧約聖書」でも度々見られるイスラエルびとの血統なのか、夜襲を成功。さらに現在のダマスカスの北まで追撃して、ロトたちをはじめとらわれた人たちを財産もろとも奪還しました。 また、ユダヤ教を信奉する人々を示す呼称が、混同されて、同じように使われていますが、異なる意味をもちます。「ヘブルびと」(Hebrew)、「イスラエルびと」(Israelite)、「ユダヤ人」(Jew)という呼称、加えて「イスラエル人」(Israeli)という呼称さえも、ユダヤ教の歴史における異なる時期の人びとの集団を指します。ヘブルびとは、ヤハウェ(英語ではJehovah)を自分たちの一なる神として受け入れたさまざまな部族の構成員です。「ヘブル」という用語は、通常、最古の時代から紀元前二千年の終わり頃までのユダヤ人を指すのに使用されています。前二千年紀の終末期、ヘブルびとはカナンの土地を征服し定住します。創世記ではエベルがへブルびとの先祖であるといわれています。ただ、人名「エブル」と用語「ヘブル」は何の関係もないので、古代中近東の他の資料では、「ハビル」と呼ばれている民族にも言及している、此の方が「ヘブル」の語源であるとする説もあります。この二つの名称は共に「よそ者」とか「流浪者」を意味しています。
2012年12月04日
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「旧約聖書」創世記第14章一・アブラムの甥のロトの捕虜 4:1シナルの王アムラペル、エラサルの王アリオク、エラムの王ケダラオメルおよびゴイムの王テダルの世に、14:2これらの王はソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シナブ、ゼボイムの王セメベル、およびベラすなわちゾアルの王と戦った。14:3これら五人の王はみな同盟してシデムの谷、すなわち塩の海に向かって行った。14:4すなわち彼らは十二年の間ケダラオメルに仕えたが、十三年目にそむいたので、14:5十四年目にケダラオメルは彼と連合した王たちと共にきて、アシタロテ・カルナイムでレパイムびとを、ハムでズジびとを、シャベ・キリアタイムでエミびとを撃ち、14:6セイルの山地でホリびとを撃って、荒野のほとりにあるエル・パランに及んだ。14:7彼らは引き返してエン・ミシパテすなわちカデシへ行って、アマレクびとの国をことごとく撃ち、またハザゾン・タマルに住むアモリびとをも撃った。14:8そこでソドムの王、ゴモラの王、アデマの王、ゼボイムの王およびベラすなわちゾアルの王は出てシデムの谷で彼らに向かい、戦いの陣をしいた。14:9すなわちエラムの王ケダラオメル、ゴイムの王テダル、シナルの王アムラペル、エラサルの王アリオクの四人の王に対する五人の王であった。14:10シデムの谷にはアスファルトの穴が多かったので、ソドムの王とゴモラの王は逃げてそこに落ちたが、残りの者は山にのがれた。14:11そこで彼らはソドムとゴモラの財産と食料とをことごとく奪って去り、14:12またソドムに住んでいたアブラムの弟の子ロトとその財産を奪って去った。 14:10シデムの谷にはアスファルトの穴が多かったので、ソドムの王とゴモラの王は逃げてそこに落ちた。と記されていますが、実はこの地は地上にアスファルトが多くあり、これは地下に石油やメタンガスなどがあることを意味します。アスファルトは特に死海の南部一帯に多く見られます。 また、エラムの王ケドルラオメルの支配下にあった、死海周辺のカナンの都市国家が反乱を起こし、同盟を結びました。ケドルラオメルはこれケドルラオメル率いる連合遠征軍は、まっすぐ死海同盟を目指したわけではなく、途中、諸部族をたいらげながらヨルダン川東岸を南下し、死海の東を通り過ぎて、アカバ湾に近いエル・パランまで南進します。この、ヨルダン川の東を南北に結ぶルートは、「王の道」と呼ばれる有力な通商路でした。この遠征の目的には紅海・エジプト・南アラビアを結ぶこの通商路の制圧・確保も含まれていたと考えられます。あるいはケドルラオメルは、この通商路の利権を配分することを餌に諸王の増援を得たのかもしれません。ケドルラオメル率いる連合遠征軍は、アカバ湾から北西に転じて、アモリ人を討ちいよいよ死海同盟軍に迫ります。その死海同盟軍の戦いのあっけない幕切れは、戦いに挑んだというよりは、戦わずして逃げたんじゃないかと思えるほどでした。此処に、14:10シデムの谷にはアスファルトの穴が多かったので、ソドムの王とゴモラの王は逃げてそこに落ちた。と記されていますが、実はこの地は地上にアスファルトが多くあり、これは地下に石油やメタンガスなどがあることを意味します。アスファルトは特に死海の南部一帯に多く見られ自ら「落ち」延びたようにも思えます。このとき、ソドムに住んでいたアブラムの甥のロトも捕虜にされ、連れ去られてしまったのです。土地の選択権をアブラムから譲られ、見た目のよさでソドムに近い土地を選んだロトの、その選択の結果の一つがこれです。
2012年12月03日
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「旧約聖書」創世記第13章・ハランの子ロトとの別離 13:1アブラムは妻とすべての持ち物を携え、エジプトを出て、ネゲブに上った。ロトも彼と共に上った。13:2アブラムは家畜と金銀に非常に富んでいた。13:3彼はネゲブから旅路を進めてベテルに向かい、ベテルとアイの間の、さきに天幕を張った所に行った。13:4すなわち彼が初めに築いた祭壇の所に行き、その所でアブラムは主の名を呼んだ。13:5アブラムと共に行ったロトも羊、牛および天幕を持っていた。13:6その地は彼らをささえて共に住ませることができなかった。彼らの財産が多かったため、共に住めなかったのである。13:7アブラムの家畜の牧者たちとロトの家畜の牧者たちの間に争いがあった。そのころカナンびととペリジびとがその地に住んでいた。13:8アブラムはロトに言った、「わたしたちは身内の者です。わたしとあなたの間にも、わたしの牧者たちとあなたの牧者たちの間にも争いがないようにしましょう。13:9全地はあなたの前にあるではありませんか。どうかわたしと別れてください。あなたが左に行けばわたしは右に行きます。あなたが右に行けばわたしは左に行きましょう」。13:10ロトが目を上げてヨルダンの低地をあまねく見わたすと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる前であったから、ゾアルまで主の園のように、またエジプトの地のように、すみずみまでよく潤っていた。13:11そこでロトはヨルダンの低地をことごとく選びとって東に移った。こうして彼らは互に別れた。13:12アブラムはカナンの地に住んだが、ロトは低地の町々に住み、天幕をソドムに移した。13:13ソドムの人々はわるく、主に対して、はなはだしい罪びとであった。13:14ロトがアブラムに別れた後に、主はアブラムに言われた、「目をあげてあなたのいる所から北、南、東、西を見わたしなさい。13:15すべてあなたが見わたす地は、永久にあなたとあなたの子孫に与えます。13:16わたしはあなたの子孫を地のちりのように多くします。もし人が地のちりを数えることができるなら、あなたの子孫も数えられることができましょう。13:17あなたは立って、その地をたてよこに行き巡りなさい。わたしはそれをあなたに与えます」。13:18アブラムは天幕を移してヘブロンにあるマムレのテレビンの木のかたわらに住み、その所で主に祭壇を築いた。 アブラム(偉大なる父)と甥ロトは共にエジプトで豊かになり、多くの羊や牛を持つようになった。そのため、両者の牧者の間で、水と草をめぐる争いが起きます。それ故、アブラムはロトと別れて暮らすことを提案し、年長者の優先権を放棄して最初にロトに地を選ばせることまでしました。ロトが選んだのは肥沃な土地でした。人は荒野を離れて豊かな地に住むことによって堕落をはじめます。申命記8:12-14には「あなたは食べて飽き、麗しい家を建てて住み、また牛や羊がふえ、金銀が増し、持ち物がみな増し加わるとき、おそらく心にたかぶり、あなたの神、主を忘れるであろう。」とあります。敢えてアブラハムは荒野に残ります。エジプトでの苦い思いが彼を成長させていたに違いありません。アブラムは自分で選ばないことで、主への信仰を表したのです。一人残されたアブラハムに対し、主は「目を上げて見よ」と言われ、祝福を与えます。ロトがアブラムに別れた後に、主はアブラムに言われたのは、土地所有の約束です。土地を持たない民にカナンびととペリジびとの地の略奪を約束されたのです。まさにアブラムの神と云えるでしょう。
2012年12月02日
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「旧約聖書」創世記第12章・アブラムの妻サライ 12:1時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。12:2わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。12:3あなた祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」。12:4アブラムは主が言われたようにいで立った。ロトも彼と共に行った。アブラムはハランを出たとき七十五歳であった。12:5アブラムは妻サライと、弟の子ロトと、集めたすべての財産と、ハランで獲た人々とを携えてカナンに行こうとしていで立ち、カナンの地にきた。12:6アブラムはその地を通ってシケムの所、モレのテレビンの木のもとに着いた。そのころカナンびとがその地にいた。12:7時に主はアブラムに現れて言われた、「わたしはあなたの子孫にこの地を与えます」。アブラムは彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。12:8彼はそこからベテルの東の山に移って天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。そこに彼は主のために祭壇を築いて、主の名を呼んだ。12:9アブラムはなお進んでネゲブに移った。12:10さて、その地にききんがあったのでアブラムはエジプトに寄留しようと、そこに下った。ききんがその地に激しかったからである。12:11エジプトにはいろうとして、そこに近づいたとき、彼は妻サライに言った、「わたしはあなたが美しい女であるのを知っています。12:12それでエジプトびとがあなたを見る時、これは彼の妻であると言ってわたしを殺し、あなたを生かしておくでしょう。12:13どうかあなたは、わたしの妹だと言ってください。そうすればわたしはあなたのおかげで無事であり、わたしの命はあなたによって助かるでしょう」。12:14アブラムがエジプトにはいった時エジプトびとはこの女を見て、たいそう美しい人であるとし、12:15またパロの高官たちも彼女を見てパロの前でほめたので、女はパロの家に召し入れられた。12:16パロは彼女のゆえアブラムを厚くもてなしたので、アブラムは多くの羊、牛、雌雄のろば、男女の奴隷および、らくだを得た。12:17ところで主はアブラムの妻サライのゆえに、激しい疫病をパロとその家に下された。12:18パロはアブラムを召し寄せて言った、「あなたはわたしになんという事をしたのですか。なぜ彼女が妻であるのをわたしに告げなかったのですか。12:19あなたはなぜ、彼女はわたしの妹ですと言ったのですか。わたしは彼女を妻にしようとしていました。さあ、あなたの妻はここにいます。連れて行ってください」。12:20パロは彼の事について人々に命じ、彼とその妻およびそのすべての持ち物を送り去らせた。 パレスティナの農耕は、雨期の降水量に左右されます。まして現代のような灌漑技術もなかっただろう時代のこと。飢饉の時には、ナイル川の恵みで収穫が安定するエジプトへの移動と寄留が考慮されるのは当然かも知れません。アブラムが住んでいるネゲブという土地の地名は「乾燥した地」という意味なのです。約束の地を示され、カナンの地を与える託宣をヤハウェから受けた、ネゲブ地方をひどい飢饉が襲い、アブラムは一時エジプトに避難することにします。エジプトへ向かったアブラムの心配は、妻サライの美貌でした。ハラン出発の時点でサライは65歳にもかかわらず、「エジプト王がサライを後宮に入れるために、夫である私を殺すかもしれない」とアブラムに本気で心配させたのですから、美貌の上に魅惑的だったのでしょう。事実、サライはファラオに召し入れられてしまいます。そうなることを予期して難を逃れるために、アブラムはサライとは兄妹であると名乗っています。実はアブラムとサライは異母兄妹なので、ここで嘘は言っていないことになりますが、真実を隠したことには間違いく、嘘と代わ、嘘と代わらないでしょう。しかもその結果アブラムは、新婦の身内ということでか、家畜や奴隷をファラオから与えられるのです。後代に『信仰の父』と呼ばれるほどの男が、保身のために妻を売って富を得、妻に姦通の罪を犯させようとするとは。しかし、ヤハウェはアブラムを罰するのではなくファラオに警告を送ったのです。聖書には「主は、アブラムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい疫病にかからせた」と記録されています。アブラムには自分のしたことが罪であるということが、解らないのか、後年、アブラムは同じことを繰り返します。今はアブラムに「あなたを大いなる国民にする」と言った約束を守るために、妻サライを清いままに救出しようと動いた考えられます。ファラオや宮廷の人々にとっては、えらく迷惑な話でした。もしかするとエジプトの先祖であるハムが父ノアにしたことの成就なのか、セムの子孫であるアブラムはエジプトに大迷惑をかけて、来たときよりも物持ちになって、護衛付きで送り出され、ネゲブへ帰って行きました。
2012年12月01日
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