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http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2010073102000068.html首相「議員削減、年内合意を」 ねじれ国会で要請菅直人首相は三十日夕、臨時国会の召集を受けて首相官邸で記者会見し、国会議員の定数削減について八月中に民主党内の意見をとりまとめ、十二月までに与野党間の合意を図るよう枝野幸男幹事長と輿石東参院議員会長に指示したことを明らかにした。 民主党は参院選マニフェストに衆院比例定数八十、参院定数四十程度の削減を明記している。首相は「まずやらなければならないことは無駄の削減だ。国会議員自身が身を切ることも必要だ」と議員定数削減の必要性を強調。首相としては定数削減に取り組む姿勢を示すことで求心力回復につなげたい考えだが、定数削減に関する各党の考え方は開きがあり、調整は難航する見通しだ。------------------民主党の本音は、完全小選挙区制導入だと思われます。そのための地ならしとして、比例区を狙い打ちして定数削減を打ち出したのでしょう。しかし、小選挙区制ほど最悪な選挙制度はない。断固として反対です。日本の国会議席数は、現在衆議院480、参議院242です。これは、諸外国と比べて、まったく多くない。イギリスの庶民院(下院)650議席イタリア代議院630議席ドイツの連邦議会は定数598、現在は超過議席があるので622議席。フランスの国民議会は577議席インド下院545議席ブラジル下院513議席メキシコ下院500議席米国下院450議席スペイン代議院350議席カナダ下院308議席韓国国会299議席ざっと見て、日本より国会の議席が多い国の方が多く、日本より議席の少ない国は、米国を例外として、日本より人口の少ない国ばかりです。にもかかわらず議席数減を呼号するのはいったいどういうことでしょうか。「まずやらなければならないことは無駄の削減だ。国会議員自身が身を切ることも必要だ」だそうですが、こんなのは詭弁でしかありません。議員の数を減らせば無駄の削減だというなら、議員ゼロにすれば最高に無駄削減ということになってしまいます。しかしそれでは議会制民主主義の否定です。民意の反映には、できるだけ多くの議席があった方がよいのです。もちろん、だからといって無制限に議席を増やすことは出来ませんが、少なくとも現在の国会議席、いや、以前のもっと多かった時代(512議席の時代もありました)だって、上記各国の例と比べて、特に多すぎるわけではありません。議会や選挙といったものにはある程度コストがかかる。それはしかし、民主主義というものを支えるのに必要な支出です。無駄を削減というなら、むしろ議員の高額すぎる歳費やよくわからない特権を削減する方が、よほど意味がある。
2010.07.31
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先日7月16日夜から19日まで新穂高温泉-双六岳-三俣蓮華岳と登ったときの写真が、ようやくアップできました。双六小屋前から望む北アルプスの夜明け朝焼けの三俣蓮華岳(双六小屋にて)鷲羽岳(双六小屋から)残雪とシナノキンバイの群落槍・穂高連峰(三俣蓮華岳より)槍ヶ岳(双六岳より)穂高連峰(双六岳より)薬師岳(三俣蓮華岳より)黒部五郎岳(三俣蓮華岳より)ハクサンイチゲ鷲羽岳(三俣蓮華岳より)黒部五郎岳(左)と薬師岳(右)
2010.07.29
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100728-00000031-mai-soci<死刑執行>東京拘置所の2人、千葉法相下で初法務省は28日、2人の死刑を執行したと発表した。民主党政権下の千葉景子法相による執行命令は初めて。千葉法相は超党派でつくる「死刑廃止を推進する議員連盟」のメンバーだったが、法相就任後は「政府の一員となり距離を置く」としてメンバーから外れていた。刑事訴訟法は「死刑の執行は法相の命令による」と定めており、信念よりも法相の職務を優先させたとみられる。 千葉法相は執行後の会見で、死刑制度について存廃を含めて議論する勉強会を設置し、東京拘置所の刑場を報道機関に公開するよう省内に指示したことを明らかにした。指揮命令を確認するためとして、東京拘置所で自ら執行に立ち会ったという。法相が立ち会ったのは初めてとみられる。(以下略)---------------私は死刑廃止論者、というほど確固とした意見の持ち主ではないのですが、死刑という刑罰には少々懐疑的です。なので千葉法相が死刑執行命令にサインしたことは少々残念ではありますが、まあ仕方がないこととは思います。今回死刑執行された2人のうちの1人は記憶がありませんが、宝石店で放火して6人を殺した犯人の方は、事件当時の新聞報道を見た記憶があります。遺族から見れば、犯人は百回殺しても足りないくらい憎い相手であろうことは想像に難くありません。しかし、自ら死刑執行に立ち会うというのは、自らの節を曲げるに当たって勇気ある選択をしたなという印象です。人の命を奪う命令にサインするのです。最後まで責任を持って見届けるのは本来当然のことと思いますが、それをやった法務大臣は、どうやら史上初めてのようです。ところで、相変わらず何が何でも千葉大臣が憎くて仕方がない連中が騒いでいるようです。「お約束」の産経新聞にこんな記事が出ています。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100728-00000614-san-pol千葉法相の死刑執行命令 政治的演出のにおい28日に就任後初めて死刑執行に踏み切った千葉景子法相は、死刑制度反対論者として知られてきた。27日にも「死刑は大変重い刑」と死刑に慎重姿勢を強調していたが、実は死刑執行の命令書に署名したのは24日のことだった。法相の職責をようやく果たしたともいえるが、国民をたばかる不意打ちだといわれても仕方ない。30日召集の臨時国会で野党側からの追及をかわす思惑も透けて見え、死刑囚の命をもてあそぶ政治パフォーマンスのにおいすら漂っている。千葉氏は28日、死刑執行の一方で、死刑廃止を検討する勉強会を法務省内で発足させることも表明し、本心は異なることをアピールした。この日死刑となった2人は、まるで千葉氏の政治的都合のために便宜的に命を奪われたかのようだ。千葉氏は昨年9月発足の鳩山内閣で法相に就くまでは「死刑廃止を推進する議員連盟」に参加。死刑反対の姿勢を貫き、平成元年には日本人拉致実行犯である北朝鮮の元工作員、辛光洙(シンガンス)元死刑囚の釈放嘆願書にまで署名したほどだ。鳩山由紀夫前首相は民主党幹事長時代、「法相は死刑執行をしなければ資格はない。死刑を多くの国民が求めている時代だ」と指摘していた。千葉氏は鳩山内閣時代、「そういう(鳩山氏の)発言があったことは覚えているが、適切に対応したい」と平然と無視してきたが、そうした信念も底の浅いものだったようだ。千葉氏は死刑を執行しないと信じ、しばしの安堵(あんど)を得てきた死刑囚たちは、心をなぶられた形だ。また、千葉氏は今回の死刑執行にあたり、最後の死刑執行からちょうど1年の28日を選び、法相としては異例の立ち会いもした。だが、そんな政治的演出めいたやり方は、厳粛であるべき人の死に際し、本当に必要だったのか。-----------------死刑を執行しろ執行しろと叫んできて、いざ執行すると、今度は「国民をたばかる不意打ち」「死刑囚の命をもてあそぶ政治パフォーマンス」「千葉氏は死刑を執行しないと信じ、しばしの安堵(あんど)を得てきた死刑囚たちは、心をなぶられた形」だそうです。はっきり言って嗤っちゃう。死刑は執行しない方が良かったと、産経新聞の御主張はそういうことでよろしいんですね?産経新聞は、死刑賛成派だったと私は記憶しているのですが、千葉大臣攻撃のためならあっさりと、これまでの真逆のことを言い始めるとしたら、産経の「そうした信念も底の浅いものだった」と言うしかないでしょう。今まで死刑執行が事前公表されたことなんか一度もないし、執行される本人にも直前まで一切知らせないんだから、全ての死刑執行は、国民に対しても死刑囚に対しても常に不意打ちだったのです。それどころか、以前は事後の発表すら一切なかった。法務省が死刑執行を事後に発表するようになったのは、かなり最近のことです。私は民主党政権にはかなり愛想を尽かしましたし、千葉法相にもいくつかの点で期待はずれという印象を抱いてはいますが、それでも民主党の中で、もっとも支持できる政策を提起してきたのが千葉大臣だと思っています。追記千葉大臣が落選したのに法務大臣を辞任しないことをけしからぬと主張する向きがあるようですが、何も問題ないと私は思います。憲法上国会議員であることが必要条件となるのは内閣総理大臣だけ(実は、参議院議員でも可)です。それ以外の国務大臣は、過半数が議員である必要はありますが、個々の大臣が国会議員である必要はありません。事実、非議員が大臣となった例(民間人閣僚)は過去にそうまれではありません。特に過去の例を見ると、法務大臣には民間人閣僚の例が多いようです。木村篤太郎(吉田内閣)高辻正己(竹下内閣)三ヶ月章(細川内閣)長尾立子(橋本内閣)と、過去4例あり、千葉法相が5例目です。なお、千葉法相と同様に、法相在任中に議員でなくなった例に野沢太三法相(小泉内閣)があります。この場合は落選ではなく議員引退ですけれど、議員の任期切れから法相辞任まで64日間だそうです。千葉法相は、7月29日現在議員の任期切れからまだ5日です。9月の民主党代表選までの留任だそうですから、おそらく野沢法相の「民間大臣」期間64日間と並ぶかどうかと言うところでしょう。
2010.07.28
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昨年夏、8人が亡くなったトムラウシ山遭難事故について、助かったガイドのインタビュー記事が「山と渓谷」8月号に掲載されていますので、さっそく購入して読んでみました。以下、インタビュー記事前半部の引用です。------------------今回の3人のガイドは、お互いに面識はありましたか?ゼロです。新千歳空港で初めて会いました。Bガイド(当時61歳・引用者注:死亡したリーダー格のガイド)はアミューズトラベルでは古株だったので、Cガイド(当時32歳)も名前は知っていたみたいですけれど。-でも、いっしょに山を歩いたことはなかった?「ない」と言っていました。-事前に電話で打ち合わせはしましたか。打ち合わせはしました。で、「当日はよろしくお願いします」と。-不安はありませんでしたか。それは不安でしたね。Bガイドが北海道の山を熟知しているなら話は別なんですが、「今回が初めてなんだ」ということを空港で聞いたんです。ガイドがまったくトムラウシを知らないんですよ。考えられない人選ですよね。「冗談でしょう。先に言ってくれよ。だったらやめてたのに。」って思いました。本当に空港から帰りたくなるくらいイヤでした。-わかっていたらやめていてましたか。イヤですね。ただ、自分の山に対する挑み方がアマかったのは確かです。いくらサブガイドというポジションでも、会社側の人間として行くわけだから、やっぱり下調べは充分にしなければいけなかったし、同行するスタッフは誰かくらいは聞くべきでした。でも、行ってしまった以上、まな板の上の鯉ですから、やるしかないと思いました。-出発前日に天気予報をチェックしたそうですね。しましたね。爆弾低気圧になるかもしれないけど、エスケープルートはあるのかという話をしていました。このコースは、一度山に入るとなかなかエスケープルートがないじゃないですか。Bガイドはそれを「イヤだな」と言ったんです。でも、そのあたりのことはCガイドに丸投げしていたと思います。-エスケープルートがないことについて、具体的な話はなかったんですか。「こういうルートがある」という説明はCガイドからあったんですが、そのルートにしてもけっこう歩きますから「これでエスケープになるの?」という話ですよね。エスケープの話は、BガイドとCガイドが中心になってしていました。「あんたはサブだから、言われたことだけやってくれ」という空気は確かに感じました。でも、それは僕もわきまえていたつもりです。自分がメインのときはサブに口出ししてほしくありませんから。そのときも彼らに任せようと思っていました。-3人の間でのコミュニケーションはどの程度だったんですか。事務的な打ち合わせ程度でした。みんな初対面ですからそんなに打ち解けるわけもないし。言ってみればその場限りのチームなので、信頼関係はなかったと思いますね。ただ、僕とBガイドは休憩時に一緒にタバコを吸うときにいくらか話をしました。Bガイドは「イヤなもん受けちまったな。こんなところにはもう来たくない」というようなことを言っていました。彼は彼なりに思うところがあったんじゃないでしょうか。そういう気持ちは僕も同じでしたけど。(中略)-翌日の行動について、3人でミーティングはしたんですか?していません。翌朝になってBガイドとCガイドが話して、出発を30分遅らせて様子を見ることになったんです。30分くらい遅らせても何も変わらないんじゃないかと思いましたけど、それは口には出していません。30分たって、どうするのかなと思って聞いていたら「行こう」ということになり、「ええっ、マジで?冗談でしょ」と思いました。-行くことにした根拠はなんだったんですか。わかりません。-天気がよくなるという予測ですか。じゃないですか。見切り発車だっだと思います。午後から快方に向かうハズだ、と。でも今の状況を見れば「この状況で行くの?」という話になるはずなのに「行こう」と決断したわけだから。「ああ、行くんだこいつら。じゃあ、行くしかないよな」という考えでしたね。出るという決断をした以上は、サポート役に徹するしかありません。-決定に従わざるを得ないという意味では、お客さんと同じような立場ですね。確かに、口を出せる立場ではありませんでしたけど、お客さんにしてみれば、僕は会社側の人間ですよね。その人間が、行くと決まったことに対して「やっぱり行きたくない」なんて言ったら、おかしな話になっちゃうじゃないですか。黙るしかないですよね。-生存者のひとりは、出発間際にあなたに「台風みたいな天気ですね」と話しかけたら「台風と同じです」と答えたと言っていました。続けて「こんな日は行きたくないわね」と話すと、あなたは何も答えなかったそうです。この天気は台風と同じだ、というのは自分の本音です。台風の日に山登りをする人がいますか?いませんよね。行ったって楽しくないし、あんな風雨のなかで稜線を越えるようなリスキーなことはしたくありません。半日待って天気がよくなるんだったら、待てばいいじゃないですか。だからBガイドが生きていれば、僕も言いたいことはいっぱいあったんです。自分の人生も、あの瞬間に変わったわけです。それはそれで僕の運命だったと思いますが、いまだに毎晩、思い出すんですよ。北沼の分岐で、女性客が僕の腕の中で亡くなったときのことを。なんであそこで出発したのか、僕も聞きたいです。-そのときの判断材料として、帰りの飛行機が決まっていることも考慮されたんでしょうか。停滞となると、飛行機を全部取り直さなくちゃならないし、翌日の宿もまた手配しなければなりません。そうしたことを考えると、多少無理しても下りたほうがいいというBガイドの判断だったのかもしれません。逆の立場で僕が添乗員兼ガイドだったらどうするかといったら、実際そうなってみないとわかりませんね。-この日の午後にはアミューズ社のツアー登山の別パーティーがヒサゴ沼避難小屋に入ることになっていました。それも出発を強行した一因になっているとお考えでしょうか。その話は聞いていましたけど、出発した要因とは思いたくないですね。-事故報告資料によると、稜線に出た時点で状況が悪ければ、天人峡へのエスケープをとらざるを得ないとCガイドは考えていたようですが。僕は聞いていません。-日本庭園のあたりでは、そうとう風が強かったそうですね。日本庭園を越えたあたりで女性客がひとり遅れはじめました。フラフラして見るからにおかしいので、肩を貸しなが「がんばって、がんばって」と励まし続けました。その時点で、恐れていたことが来ちゃったと思いました。-引き返そうと思えば引き返せましたよね。引き返せたと思います。でも、先行している人たちはとっとと行っちゃうし、追っかけるしかないですよね。-北沼に着くまでに、引き返すことは一度も考えなかったんですか?静岡のパーティーに抜かされる前、ロックガーデンのあたりの岩がゴツゴツした登りで「ヤバイよ。これマズイっすよ」と言いました。「やっぱり引き返そう」と言われるのをどれだけ待っていたか。でも「おまえ、何言っとんだ」みたいな感じでそのまま先に行っちゃったんで、「行くんだ・・・・・・」と。それ以上言っても仕方がないので、じゃあ自分のできることをするしかないなって思ったんです。(以下略)-----------------一言で感想を言うと、「赤信号、みんなでわたれば怖くない」と言うことに尽きます。以前に、カナリア諸島での史上最悪の飛行機事故について「物言えぬ職場に潜む落とし穴」という記事を書いたことがあるのですが、それと相通じるものがあるように感じました。遭難の日、出発を強行したリーダー格のBガイドも、本音では出発なんかしたくなかったのではないかと思います。事故当時の報道によると、客の間からも、ガイドに対して出発は止めた方がいいという申し入れがあったとされています。つまり、誰も出発なんかしたくなかったにもかかわらず、無理に出発して8人が遭難死という結果に陥った。「停滞となると、飛行機を全部取り直さなくちゃならないし、翌日の宿もまた手配しなければなりません。」これが決定的な要因となったのでしょう。加えて、インタビューでは「出発した要因とは思いたくない」と言うものの、アミューズ社の別パーティーがヒサゴ沼避難小屋に入るので小屋を空ける必要があったことも、大きな要因となっていたのでしょう。(「要因とは思わない」ではなく「思いたくない」という表現が、実質的にそれを肯定しているように感じられます)つまり、飛行機や宿の手配とか、後続のツアー登山の都合など、営業上の都合が、対自然の都合、安全性の都合より優先されてしまったということです。もちろん、営業行為としてツアーを開催しているのですから、営業上の都合が最優先されるのは、ある程度は仕方のないことです。でも、たとえば航空会社が悪天候のために航空便を欠航させると、営業上は大変な損害だし、客にも迷惑がかかるわけですが、だからといって、営業上の都合を最優先させて、台風直下に飛行機を出発させる航空会社があるでしょうか。そう考えると、いくら営利企業とはいえ、営業上の都合があまりに優先されすぎていた、そのためにガイドの判断が狂わされたと考えざるを得ません。結果的に8人遭難死という事態に至ったから、下山強行がいかに無謀だったかが「証明」されましたが、もし停滞して1日遅れで下山した場合はどうだったでしょう。事故の翌日は一転して晴天だったそうですから、おそらくツアー全員が何の問題もなく下山し、「停滞して日程が遅れ、飛行機の予約は取り直し、客の予定は狂い、会社は予定外の出費で損害」という結果だけが残ることになったでしょう。そのとき、「もし前日に強行下山していたら8人が遭難死という事態に陥っていただろう」なんてことを、誰も想像できないでしょう。結果として、停滞という判断を下したガイドが、会社から(場合によっては客からも)非難されることも考えられます。それによって仕事をもらえなくなったら、ということも念頭にあったかもしれません。ところで、問題の記事の最後の方で、このガイドはこのように言っています。------------------アミューズ社にかぎらず、けっこう危ない橋を渡っているツアー会社は少なくないと思うんですよ。それが幸いにも大きな事故につながらずにすんできたけれど、今回の事故ではツアー登山の危うい部分がすべて表に出たような気がします。まったくそのとおりじゃないですかね。「これはマズイでしょう」「それはちょっとあり得ないでしょう」ということが今までも多々ありました。なんでこんなリスキーなことを、このギャラでやらなければいけないんだって思ったこともあります。その上にあぐらをかいて、今度も何とかなると思っていた部分はあると思いますよ。同じような事故はほかの山でも充分に起こりうることで、それが今まで起きなかっただけのはなしです。-----------------以前の日記に書いたことがありますが、私も何度か山でツアー登山と遭遇し、「これは・・・・・・」と思ったことがあります。ハインリッヒの法則というものがあります。一つの重大事故の背後には30件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットがある、という経験則です。多分、ツアー登山の世界も同じだと思われます。トムラウシの遭難事故は、おそらく氷山の一角に過ぎません。
2010.07.25
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今日の今日ですが・・・・・うえの夏まつりパレード場所 中央通り (山手線御徒町駅~上野駅間)日時 7月24日午後5時30分~8時シクリス・ボリビア予定時間 午後6時57分~7時30分および上野駅コンコース内で午後7時45分から7時55分頃までというわけで、例によってボリビアのシクリアーダ隊の一員として出演予定です。ただし、今回は前回と比べて参加メンバーが少ないくて、10人しかいません。しかもこの酷暑。大変だ・・・・・・・・。http://www.ueno.or.jp/ichioshi/ichioshi_08.html追記演奏してきました。久しぶりに酷暑の中の野外演奏でした。夜とはいえ暑かった。予定ではパレードは33分間でしたが、出発時間は随分予定より遅れていたのに、到着時間はほぼ予定どおり、実際の演奏時間は20分くらいだったようです。そのおかげで、酷暑にもかかわらず最後までパワー切れにならないで済みました。しかし、まさかあの上野駅のコンコース内で演奏する機会があるとは、思いもよりませんでした。屋内だけに、サンポーニャの音がよく響き、吹いていて気持ちよかったです。気合いを入れすぎて、下唇がすり切れてしまいました。(サンポーニャでは時々起こります)
2010.07.24
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昨日まで3日間北アルプスに行ってきたのですが、そのときザックの内側がなにやらベタベタになっていることに気がつきました。何だろうと思ったら、もともとこのザック、内側に(おそらく防水のため)ビニール系のコーティングがしてあるのです。そのコーティングが溶け出していたようです。暑さのせいか経年劣化のせいか、よく分かりませんけれど。というわけで、ザックに詰めた荷物がみんなベトベトになってしまいました。もっとも、ほとんどの荷物は袋に詰めた上でザックの入れているので、実害はそれほど大きくありませんでしたけど。このザック、テント泊用80Lの大型ザックで、確か1998年に購入したように思います。だから、もう12年使っているわけです。この間、ざっと数えると登山で40日間、その他海外旅行や、最近は家族旅行でも使っていたので、合計すると多分60日か70日使ったと思うのですが、新しいザックを買わないとダメかなあ・・・・・。もう一つ、小屋泊まり用の中型ザック(50Lくらい)は21歳の時買ったから、もう20年以上使って、まだまだ何の問題もないのに。そういえば、去年はゴアテックスの雨具と登山靴がダメになって買い換えました。ちょうど去年の7月の3連休に、今回と同じ双六岳を目指したのですが、そのときは大雨で、歩いているうちに全身ずぶ濡れ、靴も浸水著しく、途中で断念して引き返しました。それまで使っていたゴアテックスの雨具と登山靴が、どちらも防水が効かなくなっていたのです。ゴアの雨具は、確か1996年に購入したものでした。登山靴は98年。つまり、それぞれ13年と11年使ったところで寿命を迎えたわけです。前の登山靴は途中で一回ソールを張り替えましたが。夏冬兼用で非常に履きやすい靴だったのですが、仕方なく新しい登山靴を買いに行ったら、某さ○○やスポーツで「夏冬兼用は無理ですよ」と言われ、結局夏用と冬用の2足を買う羽目に・・・・・。というわけで、登山靴、雨具、ザックという、登山の基本用具3つが、いずれも10年あまりで寿命を迎えてしまいました。登山道具って、そんな程度しかもたないものなんでしょうか。(いや、それどころか、新しい登山靴を買ったとき「寿命は5年が目安」という恐ろしいことを言われたんですけど)新しいザックを買うとなると、また出費だ。と言っても、次にテント泊で山に登るのは、きっと来年だろうから、買うのも来年にしようかな。あと、細かいことを言えば山用ガスコンロも、去年、点火プラグがいかれて、買い換えました。あれも10年くらいでした。それとシュラフ。やはり1998年頃に購入して、今も使える(ちょっと汚れたけど)のですが、収容袋が裂けちゃった。いつも、ぎゅうぎゅうと力任せに押し込むからですね。相棒に縫って修理をしてもらいましたけど。ということは、次に壊れるのは、テント?テントは職場の先輩から1万5千円で譲ってもらったもので、譲り受けたのは2001年、その前何年使っていたのかは聞いていませんけど、譲り受けたときからポールがちょっと曲がり、生地にすり切れた穴が若干ですが、そのまま使っています。まだ大丈夫、だとおもうのですが・・・・・・・・。
2010.07.20
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7月16日夜東京を出て、3泊3日(車中1泊)で北アルプスに行ってきました。7月17日新穂高温泉-鏡平-双六小屋テント場(幕営)7月18日双六小屋テント場から双六岳-三俣蓮華岳7月19日双六小屋テント場-鏡平-新穂高温泉という日程です。実は、14年前に折立-雲ノ平-三俣蓮華-新穂高温泉というコースを歩いたことがあり、10年前にも上高地-槍ヶ岳-双六岳-三俣蓮華岳-鷲羽岳-双六-新穂高温泉というコースを歩いたことがあるので、今回が3回目なのですが、北アルプスの色々な山の中でも、私はこの双六~三俣蓮華の山域が一番好きなのです。北アルプスの核心部というか、ほぼど真ん中でもありますし。いつかまた行きたいと思っていたのですが、このコースはどうしても3日以上の日程が必要で、子どもが生まれて以降はなかなかチャンスがありませんでした。しかし、去年あたりから、我が相棒より3日間日程で山に行っても良いという許可が出たのでついに念願の双六~三俣蓮華再訪となりました。直前まで天気が不安でしたが、土壇場で梅雨明けし、最高の天気の3日間でした。しかし、新穂高温泉(海抜約1100m)から双六のテント場(約2500m)まで、標高差1400mテントを担ぎ上げるのは重かった・・・・・・。行きも重かったけど、下りはもっと重かった。随分荷物を軽量化したのですが、それでも重さは水込みで約16kg、下山時は食料をほぼ消費し、ガスも半分、水は1リットルしか保たなかったので、15kg以下の荷物しかなかったはずですが、それでも重かった。以前痛めた腰が、また痛くなりました。(歩くのに支障はないですけれど)写真は、後日一眼レフで撮影したものをアップしますが、何しろ未だにフィルム(それもポジフィルム)を使っているので、多分1週間以上かかります。なので、とりあえずケータイで撮影した写真を暫定公開。(あんな小さなレンズでも、けっこうそれなりに撮れるものですねえ)三俣蓮華岳から槍穂高連峰を望む双六岳から三俣蓮華岳(手前)・鷲羽岳(右奥)を望む黒部五郎岳鷲羽岳。この山も10年前に登りました。
2010.07.19
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民主党がすでに実現した政策の中で、私が評価するのは高校無償化(ただし朝鮮学校を除外した点は評価しません)八ツ場ダム建設中止事業仕分け(細部には数々の問題がありますが、全体としては)そして、民主党が主張する政策で、撤回したりぶれたりしていないものの中で、私が評価するのはCO2の25%排出削減外国人地方参政権選択的夫婦別姓制郵政民営化見直し一方、民主党が実現した政策の中であまり評価しないのは子ども手当まだ実現していない政策の中で賛成できないものは高速道路無料化国会の比例区定員削減普天間基地の辺野古への移設消費税10%というところです。他にも色々な政策がありますが、私にとって関心が強いのはこのくらいでしょう。こうやって見ると、賛成であれ反対であれ、民主党が実現した政策は、まだそう多くはありません。魔法の杖をもっているわけではないので、何でもかんでも一瞬で実現できるわけがないのは当然ですけれど、今回の参議院選までは衆議院では絶対多数、参議院でも過半数を制していた割には、法案の成立率がかなり低かったのは、党内で意見の統一が出来ていない課題が多すぎるということなのでしょう。私はもはや民主党を支持しないけれど、個別的には外国人地方参政権と選択的夫婦別姓制には期待しています。でも、参議院で過半数を失ってしまったこともあり、どうせ実現できないだろうなという諦めも感じますけれど。もしそうなってしまったら、結局は民主党らしい政策は何も実現できなかった、ということになるわけですが。
2010.07.15
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前回の記事で、票数を見る限り自民党が勝ったとはまったく言えないということを指摘しました。(自民党が選挙のテクニックに長けていた、とは言えますが)けれども、民主党が負けたことは間違いなく事実です。前回参議院選と比べて500万票(得票率で8%)、去年の衆議院選と比べると1100万票(得票率で11%)も票を減らしているんですから、どこからどう見ても大敗です。では、この大敗の原因はどこにあるのでしょう。もちろん、普天間基地移設問題で、公約を裏切り、沖縄を裏切り辺野古移転を決めてしまったことが、最大の敗因です。と、言いたいところではあるのですが(私自身が民主党に愛想を尽かした最大の原因はそこです)、残念ながら世間一般の風向きとしては、この問題が民主党の最大の敗因、とは言えないでしょう。敗因は複合的で、単一の要因だけではないでしょう。普天間基地を巡る迷走も間違いなく一因だし、その他の様々な問題における迷走も支持を失う一因にはなったでしょう。しかし、決定的に大きかったのはやはり菅首相の消費税発言だと思います。鳩山政権から菅政権に変わって民主党の支持率は急回復したのに、それが一瞬にして急降下したタイミングは、明らかに消費税増税発言と軌を一にしています。議席数では「勝った」自民党(消費税増税派)が、得票数・得票率ではまったく勝っていないのは先の記事で指摘したとおりですし、自民党から飛び出した「新党」のうち、消費税増税派と目される「新党改革」と「たちあがれ日本」も同じく惨敗し、唯一消費税増税反対のポーズを見せた「みんなの党」(実際はあの党は消費税増税反対ではないはずですが)が躍進しています。これらの状況を併せて考えれば、消費税増税発言の影響の大きさが分かります。だいたい、選挙前に増税発言をして勝った政党なんて、ありはしないのです。1979年総選挙の際の大平首相の一般消費税問題や、1989年社会党の大勝をもたらした消費税導入問題など。もちろん、だから黙って選挙をやって、その後で消費税を導入すればよい、というわけではありませんけれど。しかも、党内や政府内で意見調整をして、細部を詰めて発表されたものではなく、場当たり的に言ってしまったものだから、後で発言が右往左往したり釈明したり、こんな状態では支持が集まるはずがありません。一事が万事とは言いませんが、民主党政権は普天間基地移設問題に始まって、他の様々な問題でも、党内のまとまりのなさ、準備不足のまま発言だけしてしまい、後で右往左往する傾向が著しい、その悪弊がこの発言でも露呈してしまいました。そういう意味では、根本的にはやっぱり政権運営のまずさが招いた発言ということになるのかもしれませんけれど。
2010.07.13
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昨日の参議院選は、大方の予想通り民主党の大敗となりました。私は民主党には愛想を尽かしたので、今回の選挙ではとても民主党に票を入れる気にはなれませんでした。ただし、過去の選挙で民主党に投票したのはいずれも衆議院選の小選挙区のみで、それ以外の選挙で民主党に投票したことはありません。だから、もし民主党に愛想を尽かしていなかったとしても、今回の選挙で民主党には投票しなかったかもしれませんけれど。もっとも、民主党に愛想を尽かしたとは言え、自民党政権に戻って欲しくはないので、ちょっと複雑な心境です。まあ、参議院選で政権の移動はありませんけれどね。さて、しかし改めて選挙結果を見て気がついたのは、実は得票そのものは自民党より民主党の方が多いという事実です。比例区の得票を比較すると、民主党18,450,140票 得票率31.56%自民党14,071,670票 得票率24.07%となっています。選挙区も正確には計算していませんが、ざっと見た限り民主党の得票総数の方が自民党より多いことは間違いないと思われます。にも関わらずなんで自民党の獲得議席が民主党を上回ってしまったかと言えば、選挙区の一人区で自民党が21勝8敗と圧勝したからです。一人区は一般に1議席あたりの人口が少なく、少ない票で多くの議席を確保できる。しかも、相手より1票でも多く得票すれば議席を独占できる。つまり小選挙区制の弊害と1票の格差の問題という二つの要素によって、自民党は得票が少ないにもかかわらず議席数で逆転することに成功したわけです。もともと、昨年の総選挙だって、民主党陣営(社民党も含め)は総議席の2/3に当たる320議席も取りましたけど、得票率では実は過半数に達していなかったのです。(正確に言うと、小選挙区の総得票率は50.73%でギリギリで過半数でしたが、比例代表区の得票は49.78%と過半数以下でした)議席数という結果からイメージされるほどには票は動いていないのです。改めて、民意の反映という意味で小選挙区制は非常に問題のある制度だということがはっきりしました。ところが、負けた当の民主党自身が小選挙区制を中心にして比例代表を削ろうという考えなのですから、話になりません。さて、今回の選挙結果を見て、もう一つ気がついたことがあります。前回2007年の参議院選(比例区)の自民党と民主党の得票は以下のとおりです。民主党 23,256,247票 得票率39.48%自民党 16,544,671票 得票率28.08%昨年の衆議院選(比例区)は以下のとおりでした。民主党 29,844,799票 得票率42.41%自民党 18,810,217票 得票率26.73%冒頭に書いた、今回の比例区の得票をもう一度書きます。民主党 18,450,140票 得票率31.56%自民党 14,071,670票 得票率24.07%民主党が今回大敗北を喫した、ということは間違いない事実です。何しろ昨年の総選挙より1000万票以上、得票率にして10%以上も減らしたんですから。じゃあ、自民党は勝ったんでしょうか。どうみても、違います。民主党の得票がそれだけ減ってもまだ自民党より多いということに加え、自民党が歴史的大敗北を喫した去年の総選挙と比べても、さらに400万票、得票率で2%以上も減らしています。要するに民主党が勝手にコケただけで、自民党は全然勝っていないのです。では、今回勝ったのとどの党かというと、みんなの党ということになるでしょうね。私はこの党は全然好きじゃないんですけど・・・・・・・・。
2010.07.12
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実は期日前投票に行ってきました。明日投票に行っても良いのですが、いろいろな都合で今日になりました。選挙区は共産党、比例区は社民党に入れました。社民党で当選して欲しいと思う人が2人(保坂展人と福島瑞穂)いるので、どちらに投票するか、あるいは党名で投票するか悩みましたが、結局保坂展人に入れました。皆様にどこの党に入れてくださいとは申しませんけれど、棄権はしないでくださいということだけは、お願いしたいと思います。ところで、マスコミ各社のサイトに、自分の考えがどこの党と近いかを判定するボートマッチを開設しています。そのうち二つを試してみました。毎日新聞えらぼーと読売新聞日本版ボートマッチ結果はというと、毎日えらぼーとでは私ともっとも政策一致度が高いのは社民党と共産党(ともに83%)以下、公明党63%、民主党52%、みんなの党43%、国民新党36%、自民党28%などとなっています。一方読売の日本版ボートマッチでは。政策一致度がもっとも高いのは社民党で90%。以下共産党77%、公明党47%、民主党44%、国民新党34%、みんなの党34%、自民党7%などとなっています。細部に差は出ますが、大筋どちらの結果もそんなには変わらないですね。(私も一部の項目は迷ったりするものもあるので、回答の度に政策一致度は変わります)民主党より公明党の政策一致どの方が高いのも驚きです。ただし、私は公明党には絶っっっっっ対に投票しませんけど。民主党には過去に投票したこともあるし、今後も政策次第で投票することはあるかもしれませんが、公明党に投票することはない。ちなみに、毎日で一致度がもっとも低かったのは幸福実現党の20%。しかし読売ではこれより低い一致どの党が3党並んでいます。(最低は自民党)個別の回答については(毎日)1 憲法第9条改正 反対2 集団的自衛権禁止 見直す必要はない3 核武装 将来にわたって検討する必要はない4 日米安保 平和友好条約に改めるべき5 北朝鮮政策 妥当6 普天間基地の移設 国外7 経済・財政運営 増税してでも社会保障や福祉を充実させる8 消費税 引き上げるべきではない9 環境税 賛成10基礎年金の財源 全額税方式11子ども手当の増額 財源を他の政策に振り向けるべき12高速道路無料化 反対13夫婦別姓 賛成14政党への企業団体献金 禁止すべき15官僚の国会答弁 賛成16事業仕分け 続けるべき17連立政権の枠組み 問題ない18政党政治のあり方 多くの党があった方がよい19永住外国人への地方参政権 賛成20取り調べの可視化 賛成ま、本当は二者択一を迫られても・・・・・・・というものもあります。二者択一の中間点付近が自分の意見だったりするものは回答に困るのですが、そのあたりは「エイヤっ」と選びました。間違って結果を消してしまって、やり直してみたら結果が変わってしまったところもありますけれど。
2010.07.10
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一昨日の記事に「ヤマト」のことを書いたら、随分コメントをいただきました。何を隠そう、私は高校生くらいまではバリバリのアニメファンでした。いや、ある程度は今でもそうなんですけれど。当時はロボットアニメ、SFアニメのファンでしたが、今見るのはほとんど宮崎アニメだけになってしまいました。ただ、そう考えて振り返ってみると、自分で思っているほどには多くのアニメ(ロボットアニメやSFアニメ)を見たわけではないんだなということに気がつきます。かなり有名な作品でも、ほとんど未見の作品があります。そんな私の記憶に残るSFアニメの数々を、音楽を中心に・・・・・なんと言っても、SFアニメの最高傑作と言えばこれです。未来少年コナンはい、立派にSFアニメですよ。ついでに言えば、実はロボットアニメでもあります。多分日本のアニメ史上もっとも操縦の簡単なロボットです。レバー3本だけで動くんですから。初めて見たとき、こんなに手に汗握った作品は初めてです。宮崎駿の最初の演出作品、後の宮崎アニメの全ての要素の原点がここにあります。(なお、これ以外の宮崎アニメは別扱いとして、ここでは触れません)そして何のかんの言ってもかつては大好きだった宇宙戦艦ヤマト音楽は傑作です。どの曲も良いけど、お気に入りは↑です。たかさんに教えていただきましたが、イントロはアルトフルートなんですね。ロボットアニメで一番好きだったのは、実は・・・・・・・・太陽の牙ダグラム何しろ、多分日本のロボットアニメ史上唯一の革命戦争アニメですからね。実は、通しで見たのは1回だけですが、非常に印象に残っています。この作品だけ、音楽ではなく、次回予告集の紹介ですが・・・・・。超時空要塞マクロス続編が沢山作られていますが、最初の作品しか私は見ていません。テレビシリーズはストーリーと音楽は良かったのですが、絵が滅茶苦茶、上記は劇場版の屈指の名場面。なんと言っても歌が素晴らしい。でも、生首の飛ぶシーンはちょっと・・・・・・。機動戦士ガンダム誰がなんと言っても、日本のロボットアニメの金字塔でしょう。ただ、個人的には音楽で「これ」という曲がない。劇場版の主題歌を歌った井上大輔の声は、正直言ってそんなに好きじゃないのです。というわけで、戸田恵子の歌う劇中歌。この作品も、続編が山ほど作られていますが、私が見たのは最初のシリーズだけです。Zガンダム以降は全然見ていません。伝説巨神イデオン日本アニメ史上もっとも悲惨な最期を迎える作品です。テレビでは途中で打ち切りになり、その後は劇場版として公開されましたが、あれを見れば、とてもテレビでは放送できない内容だということが一目瞭然です。劇場版(発動編)がテレビの地上波で放送されたことはないでしょうね。しかし音楽は素晴らしい。私はすぎやまこういちという極右音楽家の政治姿勢は大嫌いですが、つくる音楽のすばらしさは固定できません。中でもテレビシリーズのエンディング↑が一番好きですね。戦闘メカ・ザブングル何でも最近は同じ名前のお笑いタレントがいるそうですが・・・・・・作品そのものは、自分の中でもっとも好きというわけではないのですが、↑の曲だけはとても好きでしたね。蒼き流星レイズナー1984年に「風の谷のナウシカ」を見て以降、どうもロボットアニメの系統はあまり面白いと感じなくなってしまい、それ以降に見た作品は数えるほどですが、その数少ない例外がこれ。オープニングテーマの真ん中で、その日の放送のハイライトシーン予告編が入るのが、非常に斬新でした。(↑はその予告編だけを集めたもの)銀河鉄道999ゴダイゴの歌った劇場版主題歌が有名ですが、私はこのテレビシリーズのオープニングの方が圧倒的に好きです。ただ、この作品はかなり長くて、全部は見ていないんですけどね。
2010.07.09
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一昨日の記事に「ヤマト」のことを書いたら、随分コメントをいただきました。何を隠そう、私は高校生くらいまではバリバリのアニメファンでした。いや、ある程度は今でもそうなんですけれど。当時はロボットアニメ、SFアニメのファンでしたが、今見るのはほとんど宮崎アニメだけになってしまいました。ただ、そう考えて振り返ってみると、自分で思っているほどには多くのアニメ(ロボットアニメやSFアニメ)を見たわけではないんだなということに気がつきます。かなり有名な作品でも、ほとんど未見の作品があります。そんな私の記憶に残るSFアニメの数々を、音楽を中心に・・・・・なんと言っても、SFアニメの最高傑作と言えばこれです。未来少年コナンはい、立派にSFアニメですよ。ついでに言えば、実はロボットアニメでもあります。多分日本のアニメ史上もっとも操縦の簡単なロボットです。レバー3本だけで動くんですから。初めて見たとき、こんなに手に汗握った作品は初めてです。宮崎駿の最初の演出作品、後の宮崎アニメの全ての要素の原点がここにあります。(なお、これ以外の宮崎アニメは別扱いとして、ここでは触れません)そして何のかんの言ってもかつては大好きだった宇宙戦艦ヤマト音楽は傑作です。どの曲も良いけど、お気に入りは↑です。たかさんに教えていただきましたが、イントロはアルトフルートなんですね。ロボットアニメで一番好きだったのは、実は・・・・・・・・太陽の牙ダグラム何しろ、多分日本のロボットアニメ史上唯一の革命戦争アニメですからね。実は、通しで見たのは1回だけですが、非常に印象に残っています。この作品だけ、音楽ではなく、次回予告集の紹介ですが・・・・・。超時空要塞マクロス続編が沢山作られていますが、最初の作品しか私は見ていません。テレビシリーズはストーリーと音楽は良かったのですが、絵が滅茶苦茶、上記は劇場版の屈指の名場面。なんと言っても歌が素晴らしい。でも、生首の飛ぶシーンはちょっと・・・・・・。機動戦士ガンダム誰がなんと言っても、日本のロボットアニメの金字塔でしょう。ただ、個人的には音楽で「これ」という曲がない。劇場版の主題歌を歌った井上大輔の声は、正直言ってそんなに好きじゃないのです。というわけで、戸田恵子の歌う劇中歌。この作品も、続編が山ほど作られていますが、私が見たのは最初のシリーズだけです。Zガンダム以降は全然見ていません。伝説巨神イデオン日本アニメ史上もっとも悲惨な最期を迎える作品です。テレビでは途中で打ち切りになり、その後は劇場版として公開されましたが、あれを見れば、とてもテレビでは放送できない内容だということが一目瞭然です。劇場版(発動編)がテレビの地上波で放送されたことはないでしょうね。しかし音楽は素晴らしい。私はすぎやまこういちという極右音楽家の政治姿勢は大嫌いですが、つくる音楽のすばらしさは固定できません。中でもテレビシリーズのエンディング↑が一番好きですね。戦闘メカ・ザブングル何でも最近は同じ名前のお笑いタレントがいるそうですが・・・・・・作品そのものは、自分の中でもっとも好きというわけではないのですが、↑の曲だけはとても好きでしたね。蒼き流星レイズナー1984年に「風の谷のナウシカ」を見て以降、どうもロボットアニメの系統はあまり面白いと感じなくなってしまい、それ以降に見た作品は数えるほどですが、その数少ない例外がこれ。オープニングテーマの真ん中で、その日の放送のハイライトシーン予告編が入るのが、非常に斬新でした。(↑はその予告編だけを集めたもの)銀河鉄道999ゴダイゴの歌った劇場版主題歌が有名ですが、私はこのテレビシリーズのオープニングの方が圧倒的に好きです。ただ、この作品はかなり長くて、全部は見ていないんですけどね。
2010.07.09
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http://www.asahi.com/national/update/0707/TKY201007060728.html文部科学省は6日、12月に公開予定の映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」の宣伝を兼ねた宇宙啓発用ポスターを作り、全国の学校へ配布すると発表した。川端達夫文科相は記者会見で「宇宙政策への理解を深めてもらいたい」と話した。「ヤマト」は1974年にテレビ放映されたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の実写版。主人公の古代進役を俳優の木村拓哉さんが演じる。「人は宇宙にだって行ける。未来は君たちのもの」とのメッセージや、映画の公開日の入ったポスター約6万枚を配給会社の東宝が作製した。文科省は教育委員会などを通じて小・中・高校、大学へ掲示用に配布するという。ただ、文科省広報室は「掲示は任意。映画の中身を推奨するものではない」としている。「宇宙戦艦ヤマト」は、宇宙飛行士の山崎直子さんや星出彰彦さんらが小さいころに見て影響を受けたと振り返っている。文科省ではヤマトのロゴが入った宇宙開発を紹介する専用サイト(http://www.mext.go.jp/yamato/)を立ち上げ、宇宙飛行士のインタビュー記事などを公開していく。 ---------------正直に告白しますと、私は子どもの頃宇宙戦艦ヤマトの大ファンでした。本放送が確か小学校1年か2年の時だったのですが、本放送時から見ていました。(第1話からではなかったですけれど)「ヤマト完結編」が中学3年の時かな、その間、テレビで放映された作品については、全部見ました。(映画館で見たのは「ヤマトよ永久に」と完結編だけ)その当時は大好きだったんですよ。ヤマトの裏番組が「アルプスの少女ハイジ」でしたが、私はヤマトを見ていました。当時ビデオなんてないから、両方見ることは出来なかったわけで。今にして思えば、高畑勲演出、宮崎駿場面設計の「ハイジ」の方を見ておけば良かったと思いますけど。(こちらは全52話と長いので、再放送で断片的に見たことはありますが、全話を通してみたことはありません)結局、私は高校1年の時、「風の谷のナウシカ」で宮崎駿にはまった結果としてヤマトからは卒業しました。それだけではなく、「戦艦武蔵の最後」という本の影響も大きかったかな。で、今でもヤマトというアニメを全否定はしません。YouTubeで時々アップされているので見てしまったりします。物語としてなかなかよくできていることも事実です。音楽は今聞いてもなかなか素晴らしい。ただ、史実の太平洋戦争で大敗北した帝国海軍の栄光を宇宙空間でよみがえらせようという魂胆が明白で、いわば形を変えた歴史修正主義の臭いがプンプン漂っていることは間違いない。まあ、娯楽作品だからその部分は目をつぶるとしても、ヤマトを「宇宙政策への理解を深めるため」ってのは決定的に違う気がします。帝国海軍の軍艦をそのまま宇宙空間に浮かべた時点で、「科学」はあさっての方向にすっ飛んでいる。無重力の宇宙空間なのに常にマントを風にはためかせているデスラー総統とか、コスモゼロやブラックタイガー戦闘機を何十機も搭載するスペースがあの寸法ではあるはずがない件とか・・・・・・・・。もちろん、娯楽作品として楽しむ分には空想科学ならぬ妄想科学だっていっこうに構わないのですが、「宇宙政策への理解を深めるため」にとなると、この作品は「宇宙政策への誤解を深める」ことにしかならないような気がするのですが。
2010.07.07
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私の手元に、一冊の文庫本があります。今西錦司編「大興安嶺探検 1942年探検隊報告」朝日文庫当時「満洲国」の一部だった中国東北の大興安嶺を1942年5月から7月にかけて探検した、今西錦司を隊長とする探検隊の記録です。世は太平洋戦争のただ中、それも太平洋戦争の転機となったミッドウェー海戦のちょうどそのとき、中国の奥地で軍事とはほとんど関係のないこんな探検に打ち込んでいた学生たちがいた、というのがまず驚きでした。もちろん、軍とまったく無関係にこんな探検を企画できるような時代ではなかったでしょうし、日本の植民地支配下の「満洲」で、支配者の遊びとしての探検という側面もあったでしょう。しかし、それらのことを割り引いても、この時期にこの探検はすごいと思いました。そして、この記録がまた、山や北方の同植物が好きな人間には、実に面白い内容なのです。この探検隊を組織したのは、前述の今西錦司隊長、そして隊員の多くは京都大学の今西門下生たちでした。梅棹忠夫もその一人でした。日本の民俗学、文化人類学、それに探検の世界のパイオニアだった方です。大阪万博公園の国立民族学博物館の初代館長でもありました。私は、1995年に「ラテンアメリカの音楽と楽器展」を見るために、初めてこの博物館に行ったのですが、目的だった特別展も良かったのですが、そのあと通常展示を見始めたら、これが面白くて、時間が足りなくなってしまいました。場所が大阪なので、その後なかなか行く機会もありませんけれど。当時は、国立民族学博物館の館長がだれ、なんてことは知りもしませんでしたが、調べたところ、その2年前まで梅棹氏が館長だったようです。http://www.asahi.com/obituaries/update/0706/OSK201007060103.html民族学者で文化勲章受章者の梅棹忠夫さん死去、90歳「文明の生態史観」をはじめ独創的な文明・文化論を展開した民族学者で初代国立民族学博物館長、文化勲章受章者の梅棹忠夫(うめさお・ただお)さんが、3日午前11時7分、老衰のため死去した。90歳だった。葬儀は近親者で行った。喪主は妻淳子さん。後日、「お別れの会」を開く。連絡先は大阪府吹田市千里万博公園10の1の国立民族学博物館。1920年、京都市生まれ。昆虫採集の好きな少年で、旧制京都一中では山岳部に入り、それが人生を決めた。旧制三高時代に、中学の先輩で当時京都大にいた人類学者今西錦司さんらと登山や探検に熱中。進学した京大では動物生態学を専攻し、北部大興安嶺(現在の中国東北部)や内モンゴルなどを探検。野外調査を中心とする後の「梅棹学」の基礎を作った。戦後は、大阪市立大助教授時代の55年、京大カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊に参加。海外での調査を再開し、研究対象を人類学へと変え、学際的な研究で独自の視点を示してきた「京都学派」の推進役にもなった。57年に「文明の生態史観序説」を発表。文明の盛衰を気候や地理学的な条件により生態学的に把握したユニークな学説だった。欧州中心の歴史観と一線を画し、日本とヨーロッパの文明を、それぞれ人類文化発生の地の縁に生まれるべくして生まれたと位置づけた。戦後の復興期を経て、日本が自信を取り戻し始めた時期に、新たな「日本論」としても注目された。発想の才に恵まれ、いち早く「情報産業」という概念を提唱したほか、「知的生産の技術」(69年)などのベストセラーで時代を先取りした。大阪万博をきっかけに政界や財界に働きかけ、国立民族学博物館を設立した。74年6月に初代館長に就任。その功績で87年度の朝日賞を受賞した。同館長は93年春まで務めたが86年、突然失明。それでも執筆の意欲は衰えず、「梅棹忠夫著作集」全23巻が94年に完結した。04年に肺がんなどで手術したが、この春まで毎週、顧問を務める同博物館に顔を出すなど元気だったという。 -----------------ご冥福をお祈りします。
2010.07.06
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菅首相が消費税10%をブチ上げて、火消しに大わらわのようです。あれが菅直人個人の意見なのか、民主党の党としての意見なのかは知りませんが、いずれにしてもがっくりする話です。財政赤字で、他に手がないから消費税アップというなら、やむを得ないことだと思います。けれども、実際には法人税を減税して、その穴埋めに消費税アップというのが本音のようです。そこまで大企業べったり路線に墜ちてしまったか、民主党。現実問題として、消費税が3%から5%にアップしたのは1997年のことでしたが、バブル崩壊後の不景気を加速させる結果になりました。今も不景気のただ中です。好景気の時ならともかく、こんなときに消費税率アップとは・・・・・・・・。で、批判されたら、様々な負担軽減措置を言い始めました。まずhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?clu=20100704-00000038-jij-pol所得税の最高税率上げ検討=消費増税への反発考慮か―枝野氏民主党の枝野幸男幹事長は4日、テレビ朝日の番組で、所得税の最高税率について「引き下げすぎたということについてはしっかり見直すべきだ」と述べ、引き上げを検討する意向を示した。菅直人首相が消費税増税に言及したことを踏まえ、高額所得者への課税強化によって、低所得層の理解を得たい考えとみられる。所得税の最高税率は1999年に50%から37%に引き下げられたが、07年には40%に上げられた。------------この提言は、正しい方向性だと思います。ただし、消費税アップに言及しときに同時に発表するのではなく、後から持ち出している時点で、かなり思いつきで言っていることがバレバレです。ましてhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100630-00000038-maip-pol菅首相 消費増税 低所得者、全額還付も 年収水準に言及菅直人首相は30日、山形市内での参院選街頭演説で、消費税率を引き上げた場合の低所得者対策について「年収300万円、400万円以下の人には、かかる税金分だけ全部還付する方式(もある)」との考えを示した。首相は低所得者層ほど負担感が増す逆進性の緩和に向け、税金還付方式の導入を検討する意向を示していたが、具体的な年収水準に言及したのは初めて。主要8カ国首脳会議(G8サミット)などから帰国後、参院選に向けた全国遊説を再スタートし、消費税増税で民意を問う姿勢を鮮明にした。(以下略)------------これは、ただの思いつきとしか思えません。年収300万、400万以下の人に税金分だけ全部還付することには、相当の事務的な手間がかかります。そんなことをするくらいなら、最初からそのような緩和策の必要がない税率にしておく方が、よほど手間がかかりません。税務署の側の手間もそうですが、一般国民の側だってそうです。レシート、領収書をみんな取っておかなくてはならない、なくしてしまったら還付を受けられないわけですから。いずれにしても、ブチ上げてから右往左往するのは普天間基地移設問題と同じです。脇を固めてから発表するということが、どうしてできないのでしょうかねえ。
2010.07.04
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今朝の時点では結果しか知らなくて、試合内容は先ほど知りました。いやあ、凄い試合です。何が凄いって、延長戦終了間際の、あのハンド。あのハンドがなければ確実にガーナが勝っていました。手がやっと届く状況だから、ヘッディングでは届かなかったでしょうから。ナイスブロック(笑)その代償としてレッドカードで1発退場+次試合出場停止+PKとなったわけですが、延長戦ロスタイム残り数秒という時点で選手が一人欠けたからと言ってどうなるものでもないし、負けたら次はないので次試合出場停止も関係ない。残り時間が十分ある状況であれをやったらただのバカですが、あの時点で1点取られたら確実に敗北です。かと言ってPKでもほぼ確実に敗北なのですが、「確実」と「ほぼ確実」のわずかな差に賭けて、勝っちゃった。新「神の手」です。もっとも、スアレス本人すら、まさかPKが外れるとは思っていなかったでしょう。まさかあそこでPKを外すとはねえ・・・・・・・・・ガーナの監督が「これがサッカー」と言ったそうです。なるほどね。勝利と敗北、栄光と悪罵はまさしく紙一重ですね。しかし、PKを外したジャン(テレビでは「ギャン」と呼んでいたような)は、負けても悪く言う人はいませんが、スアレスの方は勝ったから良いようなものの、PKを決められていれば負けた上に反則で袋たたきだった可能性もあります。そういう意味では、割の良い賭ではなかったかもしれません。どう弁護しても美しいプレーとは言えませんからね。マラドーナの「神の手」だって「5人抜き」とセットだから伝説になったので、神の手だけだったら、そうそう誇れる話でもなかったでしょう。でも、今回のワールドカップでもっとも記憶に残る場面の一つかもしれません。この勢いで準決勝でオランダを破って欲しいところですが、はたして。
2010.07.03
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http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/1678896/西村修平をリーダーとする「主権回復を目指す会」とその友好団体「在特会」の異常性は、このブログで度々取り上げていますが、映画「ザ・コーヴ」に対する上映妨害活動が異常な様相になってきました。というか、もともと彼らの運動に正常な者など一つもありませんでしたが。横浜地裁は、主権回復を目指す会が映画館内に立ち入ることと半径100m以内で街宣を行うことを禁止する仮処分を決定したのですが、連中は、「民族精神の死活を前に「仮処分決定」など意に介しない!」と公言して仮処分を無視、映画館への街宣や更には経営者の自宅に街宣をかけるところまでエスカレートしています。まさしく恫喝、悪質なイヤガラセそのものです。目的が正しければ、どんな手段をとっても構わないと思っているのでしょうか。狂信者としか言いようがありません。もっとも、連中の掲げる目的が正しいとは、まったく思わないですけれど。リンク先のブログが言うように、何故こんな状況が取り締まりもされずに放置されているのか、私も疑問を抱きます。何故なんでしょう。
2010.07.01
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