全26件 (26件中 1-26件目)
1

いささか旧聞になりますが、富士山が予定どおり世界遺産に登録されました。当初は外されると見られていた三保松原も含めての登録だそうです。で、早速明日から山開きだそうです。富士山:世界遺産、ご来光目指し続々…1日・山開き世界文化遺産に登録された富士山。山梨、静岡の登山道は30日、1日の山開きに合わせて山頂でご来光(日の出)を拝もうと、山小屋を目指す入山者でにぎわった。カラフルな服装の「山ガール」や外国人の姿もあり、登山道の一部は数珠つなぎとなった。山梨側から登った新潟市の会社員女性(28)は「世界遺産になってうれしい。ご来光が見られたらいいな」。静岡側から山頂を目指すさいたま市の会社員男性(36)は「開山日に合わせて来た。世界遺産に登録された年で、いい記念にしたい」と話した。小雨もぱらつくあいにくの天気だったが、夕方には日が差し、虹も出て歓声が上がった。8合目の山小屋「太子館(たいしかん)」の井上義景(よしかげ)さん(33)は「今年は予約の埋まり方が早い。世界遺産登録で富士山を守ろうという流れになれば」と話した。---山開きと言っても梅雨の真っ只中、しかも明日7月1日は平日です。夏休みシーズンにもまだちょっと早い。にも関わらず、登山道の一部は数珠繋ぎだというのです。確かに、写真↓を見るとじゅずつなぎです。(毎日新聞のサイトより)(毎日新聞のサイトより)(毎日新聞のサイトより)「外国人の姿もあり」とありますが、富士山は日本の山の中でも国外での知名度が高いせいか、もともと外国人の登山者がかなり多い山です。去年登ったときも、他の山(南北アルプスや八ヶ岳など)と比べて外国人が非常に多いな、という印象を持ちました。なお、「山開き」と言っても、山小屋の大半がこの日から開業する、というだけのことで、必要な装備を持っていれば、1年中登山は可能です。現に、私はゴールデンウィーク中に登りました。日帰りだったので、山頂まではたどり着けませんでしたが。それにしても、明日は平日、梅雨の真っ只中というタイミングでもこんなに混雑するということは、これから夏の盛りにはどういうことになってしまうんでしょうか。世界遺産に指定された直後には、こんな報道もありました。富士山ツアー:有頂天 予約倍増、英語話せる添乗員も世界文化遺産登録を機に、富士山(山梨、静岡県)の登山・周遊ツアーが好調だ。世界遺産の構成資産を巡るコースや、英語が話せる添乗員が付くプランを新設するなどツアー会社も知恵を絞る。一方、急激な登山者増への対応を求める意見もある。世界遺産登録が決まった22日、富士山5合目は山梨側、静岡側ともにぎわった。山梨県側の駐車場には大型バスが並び、観光客が次々と降りた。東京都渋谷区の無職女性(65)は5合目と山中湖を巡る4980円のランチ付き日帰りツアーに参加。「世界遺産になると聞き、混む前に来ようと予約した。40年ぶりの富士山だが、また来たい」と笑顔を見せた。首都圏発の富士登山ツアーを主催する「はとバス」(東京都大田区)。7月からの富士登山ツアーの予約は昨年の9割増し。広報担当者は「週末を中心に満席もある」と話す。(以下略)---予約が9割増だって。私は去年の9月に初めて富士山に登ったのですが、やはり登山道はものすごい混雑でした。夏休み期間に比べれば9月のほうが空いているはずですが(ただし、週末でしたけど)それでもすごい混雑で、「これは、真夏のハイシーズンなんて、とても登れないな」と思ったものです。去年ですらそんな状態だったのに、そこから更に9割増って、いったいどういうことになってしまうのでしょうか。去年のうちに登っておいて、本当によかったなと思います。今後は、富士山に登るのは残雪期限定(厳冬期は私には無理なので)にしておこう。そういえば、こんな報道もあります。富士山:入山料1000円、来月25日から富士山で今夏に試験導入する入山料について、山梨、静岡両県の関係者でつくる「富士山世界文化遺産協議会作業部会」は28日、5〜6合目より上に登る登山者から7月25日〜8月3日、任意の「富士山保全協力金」を1人1000円集めることを決めた。午前9時〜午後6時、静岡側は5合目の各登山口付近に、山梨側は6合目に募金箱を設置する。県職員らがそばに立ち「富士山の環境保全」や「登山者の安全対策」の名目で協力を呼びかける。募金に応じた登山者には領収書を発行し、記念品の缶バッジを渡す。また、下山者を対象に入山料への賛否や金額への意見などを聞くアンケートも行う。今回の試行は、来夏の入山料の本格導入に向けた社会実験として実施。集まった協力金は寄付金として山梨、静岡両県などが管理する。---入山料についてもこのブログで取り上げたことがあります。1000円という額は、おおむね妥当かなと思いますが、法的な裏づけがないので、あくまでも任意の協力金で、7月25日〜8月3日の午前9時〜午後6時のみ実施だそうです。随分中途半端な期間と時間と感じます。私自身は求められれば快く支払いたいところですが(ただし、今後私がその時期に富士山に登ることはないと思いますけど)、任意の協力金でどれだけの協力が得られるのかな、という疑問は感じます。
2013.06.30
コメント(0)
個人的に、私はこれまでの人生で救急車に乗ったことが、何回かあります。119番で救急要請したことは、「何回か」では済まない回数ですね。大半は仕事上ですが、私生活でも救急車を呼んだことが2回あります。1回は私自身(呼んだのは私ではなく母ですが)、もう1回は父です。私自身に関していうと、どうも4~5年に1度、原因不明の激しい胃痛に苦しむことがあるのです。夜遅く苦しくなって、一晩中うなって、朝になると痛みが引く、というパターンです。そのうち1回だけ、救急搬送されてしまったことがあります(深夜に一度自力でタクシーで病院に行き、注射を打たれて帰宅したのですが、その1時間後に再び私が苦しみだしたため、母がうろたえて救急車を呼んじゃったのです。その当時は独身でしたから)。病名も正確にはわからない、原因不明の痛みですが、命にかかわるようなものでなかったことだけは確かです。その証拠に、翌朝痛みが引いたら、サッサと退院になりましたから。さすがにそれ以降(その後も2回おなじようなことがあった)は、2度と救急車なんか呼んでいませんけど。命に関わるような病気ではない、という意味では、結果的に安易な救急要請と言えるかもしれませんが、現実にそのときは耐えられない痛みだったのです。で、もう1回は父ですが、これは2009年の1月1日朝のことです。前年末にガンの再発が分かって、正月休み明けから再入院する予定になっていたのですが、12月25日すぎから、容態が急激に悪化していたらしいのです。(私は知らなかったので、年末に山登りに行ったりしていて、帰宅してから母から聞いてそのことを知った)病院からは、「じゃあ、今すぐ入院していいですよ」と言われていたのですが、本人はきっとお正月だけは自宅で迎えたかったのでしょう。最後の正月になる、という自覚はあったでしょうから。「俺は予定の日まで入院なんかしない」と言い張っていたのですが、年が明けたことで「もういい」と思ったのでしょうか。1月1日の未明に「もう入院する」と言い出したようです。で、1月1日の朝7時過ぎに、母に電話でたたき起こされて、「お父さんが入院することにしたから来て」と(笑)。だから、この年我が家にお正月というものはなかった。・・・・・さすがに、「朝飯食べ終わるまで待って」と言ってしまいました、我ながら親不孝者ですね。で、一応はおせち料理をかきこんでから駆けつけてみると、着替えその他の入院の準備はできているのですが、本人がもう起き上がれなくなっていて、タクシーでは連れて行けない状態。母が恐る恐る119番で「こういう状態なのですが、救急車を呼んでもいいのでしょうか」と(119番通報した時点で、もう呼んでいるわけですが)。もちろん、救急車は来てくれました。この例は、もちろん命に関わる状況(1ヶ月後に父は亡くなった)ではあるけれど、一刻をあらそうと言う意味での緊急性があるかと言われれば、どうでしょう。外形だけを見れば、入院の準備を整えて救急車を待ち構えている図というのは、変に見えなくもないし、当初はタクシーを呼ぼうとしていたわけだから、「救急車をタクシー代わりにした」と言えなくもない。鵜の目鷹の目で悪し様に言おうと思えば言える余地はあっただろうなと思います。何が緊急で何が安易な救急要請か、その境界線は、いざその場に立たされてみると、そんなに簡単に判別できるものではないのです。主観と他者からの見方では、緊急性が違って見えるということだってあるでしょう。特に痛みというのは最終的には本人しか分からないですから。しかし、父が亡くなった年は、元日が救急車で明けたと思ったら、その後4月に異動で今の部署に移って、仕事で何回も救急車に乗る羽目に陥りました。今は担当が少し変わったので、多分仕事で乗ることはもうないと思うんだけど。個人的に乗ることも、ない方がいいですよね。
2013.06.29
コメント(2)
陸自1350人大捜索…紛失弾倉、倉庫にあった陸上自衛隊第7師団の第11普通科連隊が、北海道大演習場(千歳、恵庭市)での訓練後に小銃用の弾倉2個を紛失した問題で、同師団は25日午後2時30分頃、千歳市の東千歳駐屯地の倉庫内で、他の備品の中から弾倉2個を発見した。一時紛失したのは、「89式5・56ミリ小銃」の弾倉(長さ18センチ、幅6・5センチ、厚さ2・3センチ、重量約210グラム)2個で、ともに実弾は入っていなかった。同師団によると、2個とも20歳代の男性陸士1人の装備で、訓練後の24日午前11時頃、演習場内で装備を点検した後、衣類などの備品に紛れたまま、同駐屯地に運ばれたという。同師団は最大1350人態勢で演習場などを捜索した。ーーー旧日本軍が、(平時は)薬莢の一発たりとも紛失を絶対に許さなかったことは有名ですが、その伝統は現在の自衛隊にもしっかりと引き継がれているようです。自衛隊の小銃や機関銃は、演習時に必ず機関部に布袋を装着するようです。排出される薬莢をなくさないためです。ただ、薬莢については有名ですが、弾倉もそうだった、というのは知りませんでした。旧軍も弾倉紛失を許さなかったのかな。※※第二次大戦中の日本の銃器で、現在の自動小銃のような弾倉を用いたのは軽機関銃くらいで、小銃は装弾子と呼ばれれるクリップが使われています。これも紛失はご法度だったのでしょうか。多分そうだと思いますが。未発射の実包を紛失したら大変なことですが、弾倉や空薬莢には殺傷力はありません。子どものころ、私はハンターが残した散弾銃の空薬莢をいくつも拾ったことがあります。その程度のものを探すのに、1350人で大捜索とは、すごい世界だなあ、と思ってしまいます。それで、結局は他の装具に紛れて倉庫の中にあった、とは・・・・・・(最初にそっちを探せよ、って思ってしまいますが)しかし、よく考えたら、私の職場でも、課員総出で職場中を数時間かけて紛失物探しをしたことがありました。何を探したか、結果どうなったかは書けませんけどね。
2013.06.28
コメント(6)
辛坊さんを襲った9年前の「自己責任論」「たった2人の命を何百人で救ってくれた。本当に海上自衛隊、海上保安庁の皆さまには感謝しています」「この国の国民であって本当に良かった」――。ヨットで太平洋を横断中に救助されたニュースキャスター、辛坊治郎氏(57)はこう言って目を潤ませた。命が助かったのは喜ばしいかぎり。だがこの一件、美談で終わりそうもない。辛坊氏の過去の発言を非難する書き込みがネット上に噴出している。04年4月、イラクで高遠菜穂子さんらボランティアの日本人がイラク武装勢力に拘束された。このとき、辛坊氏はテレビで「自己責任」を主張。そのことでヤリ玉に挙がっているのだ。〈辛坊がイラクで、民間援助にあたり拉致された高遠さんを追及した言葉を忘れるな! 自己責任! 自費で支払えと言ったことを〉〈貴方イラクで人質になった日本人を大上段で「自己責任」と切り捨ててませんでしたっけ?〉とケチョンケチョンである。元外交官で評論家の天木直人氏も自身のブログで辛坊氏を批判している。〈思い出すのがイラクで人質になった若者三人に浴びせかけられた「自己責任論」だ。当時辛坊氏は徹底的に小泉政権の肩を持つ発言を繰り返していた。その自己責任論者が自己責任を取らなくていいならこれほどの冗談はない〉天木氏があらためて言う。「正確な言葉は忘れましたが、あのころ辛坊氏はイラク戦争に反対している人々に厳しい態度を取っていました。人質になるというヘマをしでかすとはけしからん、と言わんばかりだったのです。彼は時の権力者側に立ちたがる人。だから弱者に厳しいのです。そもそも今回の航海については、万全の備えや訓練を積んで出発したかも疑問です。自己責任を振りかざした人が大勢の尽力によって、イラクの人質たちみたいに助け出されたとは皮肉で滑稽な出来事。辛坊氏は当分、自己責任論を語れないでしょう」当然、海自や海保の救出費用は自己負担するのでしょうな。---辛坊治郎は、維新の会の橋下とかなり近い位置にいる人物で、私はあまり好きではない、というよりかなり嫌いな人物です。イラク人実事件のときに人質になった3人を批判していたということは知りませんでしたが、事実とすればなおさら度し難い。が、しかし、です。だからこそあえて言いますが、失敗した冒険を叩くべきではないし、救助費用の要求をすべきでもないと私は思います。この種の論争は山岳遭難の救助時によく見られます。山の遭難の場合、話は非常に簡単で、民間のヘリが救助に出動すれば費用がかかりますし、遭対協の民間人が救助に出動した場合の費用ももちろん実費で請求されます。しかし、警察や消防のヘリ、山岳警備隊などが出動した場合は費用はかかりません。中には民間ヘリの出動を断って警察のヘリを呼んだ、などという話が流布され(それが本当に事実なのかどうかは知りませんが)、ネットで激しいバッシングの対象となる場合があります。そういえば、救急車も軽症でも安易に呼ぶ場合があるというので有料化という意見があるようです。私は、警察・消防などの公的な緊急出動を有料化することには反対です。自衛隊も、その延長線上で考えるべきと思います。確かに、安易な救助要請はあるかもしれません。しかし有料化は本当に必要な緊急要請を萎縮させる可能性があります。安易な救急要請のみ有料化する、という考えもあるかもしれませんが、何が「本当に必要」で何が「安易」か、その境目は曖昧で、そんなに簡単に区別できるものではありません。前述のとおり、辛坊治郎は嫌いな人物である上に、今回の太平洋横断は、24時間テレビのための企画じゃないかという話もあります。でも、そうだとしても冒険は冒険です。失敗した冒険を褒め称えろとは言いませんが、バッシングすることはない。失敗する可能性が少なからずあるからこそ冒険なのですから、失敗したら叩かれるのでは、冒険に乗り出す人なんていなくなってしまいます。誰もが無難に生き、危険度の高い冒険なんかやりたがらない社会、それが望ましい社会とは思えないのです。誰もが自爆的な冒険に手を染めたがる社会というのも、それはそれで問題かもしれませんが、安全と安定を求める人も、冒険を求める人も、それなりに居場所があるのが、自由で活気のある社会だと私は思っているので。ただし、この台詞はそのまま、イラク人質事件の際に、人質になった3人の日本人をバッシングした辛坊治郎その人に対しても、向けるべき言葉でしょう。その頃は3人の人質をバッシングして、今はそんなことなどすっかり忘れて、「人質をバッシングしていた辛坊治郎」をバッシングしているネット住民に対しても、ね。人生万事塞翁が馬、と言います。人間の人生なんて、一寸先は闇です。人生の選択が将来どういう結果に結びつくか、なんてことは誰にも分からない。それこそ、「自己責任」論を振りかざして、失敗した冒険者を叩いていたら、9年後にその言葉が自らに降りかかってくることもある。そんなことを予測するのは不可能です。だからこそ、私は「自己責任」論など振りかざすべきではないと思うのです。人生の様々な場面で、無数の選択があります。その選択肢を選ぶと将来の人生がどうなるか、なんてことは、とても予測できるものではありません。予測できないものを全て自分で責任を取れ、なんてことは不可能です。人間というのは、常に他人に迷惑をかけ、迷惑をかけられながら生きている存在です。いつも迷惑ばかりをかけ続けて生きるのはちょっと問題ですが、普通に生きているだけでも迷惑をかけたりかけられたりすることは、必ずあります。それは「お互い様」です。誰にも迷惑をかけもかけられずもせずに生きていくなんてことは不可能です。自己責任論を振りかざして「迷惑をかけられる」ことを拒否していたら、自分が迷惑をかけることも拒否される(まさに今回の例)事態に陥ります。
2013.06.27
コメント(9)
高年収ほどアベノミクス支持 ネット書き込み頻繁ほど内閣支持世論の動向を探るため、電話とインターネットで同じ質問を行った今回の試み。静岡大情報学部の佐藤哲也准教授によると、同じ質問による電話とネットの世論比較はあまり例がないという。そこからはいくつかの興味深い傾向が浮かび上がってきた。高年収ほど首相支持ネット調査は年収や家族構成など回答者の細かい属性に基づいた調査も可能となる。そこで、安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」に関する年収別の評価の違いを探った。結果は明らかだった。回答者全体でアベノミクスを「評価する」と答えた人は40・7%。しかし、世帯年収が1200万円以上の高所得者層は58・3%が評価した。800万~1200万円未満は55・7%、400万~800万円未満は39・5%と年収が少ないほど評価が下がり、400万円未満では37・2%だった。細かい年収を聞くことは電話調査では一般的ではない。ネット調査で浮かび上がった結果に、佐藤氏は「ネット調査で、より精緻な世論の分析が可能であることが分かった」と話す。ネットユーザー自民志向7月予定の参院選からインターネットを使った選挙運動が解禁されるのを踏まえ、ネットの利用頻度別にみた政治動向も調べた。内閣支持率をみると、フェイスブックやツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やブログを「ほぼ毎日書き込む」との回答者は61・0%が支持と答えた。一方、「利用したことがない」との回答者の支持率は43・2%で、全体の支持率47・4%を下回った。同じ傾向は、参院選の比例代表の投票先としてトップを走る自民党についても見られた。「ほぼ毎日書き込む」との“ヘビーユーザー”で同党に投票と答えた人は49・2%。全体の34・6%を大きく上回り、逆に「利用したことはない」との回答者で同党を選んだ人は28・7%にとどまった。ネットを頻繁に利用する人ほど、安倍政権や自民党を支持する傾向があることがうかがえる。第三極しのぐ自民の勢い全体としてはほぼ同じ傾向がみられた電話とネット調査の結果だが、違いが明らかになった政策もある。政府が推進する原発の輸出政策について「支持しない」は電話64・6%に対し、ネット44・4%で20ポイント以上の差が開いた。憲法改正についても電話は「反対」が38・1%だったのに対し、ネットの「反対」は27・6%で10ポイント以上の差となった。佐藤氏によると、「ネットユーザーは維新やみんななどの第三極の支持者が多い傾向があると言われていた」という。だが、維新の支持率は電話5・2%、ネット7・1%、みんなは電話3・8%、ネット4・9%で、いずれもネットが1~2ポイント高いだけだった。佐藤氏は「ネットユーザーの『自民党支持化』の影響が、原発輸出などの安倍政権の政策の支持にも反映しているのではないか」と分析している。ーーー在特会などのヘイトスピーチを支持する人間には、いわゆるワーキングプアが多いのではという見方がありますが、嫌韓デモ参加者へのアンケートなどでは、世間一般と比べて特に低収入ということはない、という報告もあります。(もっとも、「幹部」クラスの連中にはワーキングプア出身が多いのかも知れませんけど)私の職場で周囲を見回しても、嫌韓派はいっぱいいますしね。で、この世論調査を見ると、高収入ほどアベノミクス支持で、ネットのヘビーユーザーほど自民党支持という、ある意味でとても分かりやすくて意外性のない調査結果がでたようです。ただ、結果をよくみると「高収入ほど」アベノミクス支持と言っても、年収800万円以上の層では明らかに支持が多いですが、400万円以上8000万円以下の層と400万円以下の層では、誤算の範囲程度の差しかありません。ちなみに、私自身も年収400万円以上800万円以下の層に含まれます。全国民の8割くらいは年収800万円以下でしょうから、そう考えると、アベノミクスの支持率は、全国民のごく一部の層でのみ、著しく高い、ということになりそうです。それ以外の層では、支持率5割には届いていないんですね。そして、ネットの利用率と政党支持率の関係。ネットヘビーユーザーほど自民党支持率が高いと、これも「やっぱりね」という印象ですが、そういうことを検証した世論調査はあまり記憶がありません。あの産経新聞にしては、なかなか面白いところに目がいったものです。もっとも、いかにも産経好みの結論が引き出せそうだから調査したのかもしれませんが。私自身は、当ブログを4日に3日は更新しているし、それ以外の日も、自宅にいてネットに接続しない日はないので、この分類項目ではヘビーユーザーに当たるでしょうし、しかし自民党は(維新の会やみんなの党など第三極も)絶対支持しない人間なので、異端ということになるでしょうか。しかし、いずれにしても、ネットヘビーユーザーは国民の多数派ではありません。ネット上の「世論」が世間一般の世論ではない、ということを忘れると、痛い目にあうことになるでしょうね。2009年の総選挙だって、ネット上だけ見ていれば自民党が圧倒的に支持をあつめていましたからね。
2013.06.26
コメント(2)
スノーデン氏送還に応じない中露、米いら立つ米政府による情報監視体制を暴露した元中央情報局(CIA)技術助手のエドワード・スノーデン容疑者(30)の身柄をめぐり、オバマ政権が引き渡し要求に応じようとしないロシアと、香港の背後にいる中国へのいら立ちを強めている。反米を打ち出す南米のエクアドルは同容疑者の亡命申請受け入れを検討中で、米政府は、同容疑者から機密情報が流出する事態にも神経をとがらせている。ケリー米国務長官は24日、訪問先のニューデリーで、同容疑者の身柄について、「中国とロシアが米政府の要請を無視して行動するのであれば問題だ」と警告した。長官は特に、同容疑者が滞在中とみられるロシアに重ねて引き渡しを求めた。---米国と香港のあいだには犯罪人引渡し条約が結ばれているそうですが、スノーデンの「容疑」が送還に値するかどうかは極めて疑問です。米国がスノーデンを訴追した容疑は、政府資産に対するスパイ、窃盗、横領だそうです。米国と香港の犯罪人引渡し条約がどうなっているのか知りませんが、仮に彼が日本に逃げ込んだとしたら、どうでしょうか。日米犯罪人引渡し条約でも、この容疑で引渡しはできないだろうと思います。要するに、スノーデンの行為が日本国内なら犯罪となり得るのかどうか、という問題です。政治犯は引渡しの対象外です。国家機密の漏洩(スパイ)も、引渡し対象の犯罪に含まれていません。窃盗や横領は引き渡し対象に含まれますが、今回の件が窃盗や横領に当たるのかどうか、かなり疑問です。安倍政権なら、そんなことは無視して引き渡してしまうかもしれませんけどね。で、逃げる先としてラファエル・コレア政権のエクアドルとは、考えたなと思います。ウィキリークスのジュリアン・アサンジもイギリスのエクアドル大使館にかくまわれています。私はエクアドルには行ったことがないのですが、南米の中でも暮らしやすい国のひとつであるようです。ただ、どうせなら最初からエクアドル(あるいはベネズエラかボリビアかキューバ)に逃げてしまえばよかったのに、とは思います。最初からそれらの国を目指すのは、諜報機関の要員の足取りとしてはあまりに「わかりやす過ぎる」ので、意図がばれると考えてのでしょうか。それにしても、巨大な犯罪ほど合法的とはよく言ったもので、諜報機関が通話記録やネット情報の収集、ハッキングなどの犯罪的行為を行っていることは「正当」で、その事実を暴露したスノーデンが「犯罪者」だというのだから、天地がひっくり返っています。最終的にスノーデンが本当にエクアドルに行くのか、あるいはこの情報をカモフラージュにして別の国に行くのかというあたりも含めて、今後の展開は何とも分かりませんが、第三者的な立場としては逃げ切ってほしいなと思います。米国が血相を変えて引渡しを求めているということは、まだまだ他にも知られたくない秘密を彼が握っている、ということなのでしょう。是非諜報機関の振る舞いと言うものを公表してほしいものだと思います。
2013.06.25
コメント(4)
昨日東京都議会議員選挙がありました。私も東京都の有権者なので、票を投じてきました。諸事情により、期日前投票にしましたけど。正直なところをいって、国政選挙、知事選・市区町村長選挙と比べて、都道府県議選は世間一般に注目度が低いし、私自身も他の選挙ほどには関心が強くありません。(公明党/創価学会は都議選をとても重視しているようですが)選択肢も限られていて、自民党だの維新の会だのに票を投じるくらいなら薄氷を入れたほうがマシだし、民主党に票を入れる気にもちょっとなれないので、必然的に投票する先は決まってしまいました。参議院選だと、選択の幅がもう少し広いので、ちょっと悩むでしょうが。さて、結果としては自民党・公明党が全員当選、共産党が大幅に復調、みんなの党も伸び、民主党と維新の会が壊滅的敗北、ということになったようです。票数と得票率を昨年12月の衆院選と比較してみると、こうなります 今回都議選 前回衆院選東京比例区自民党 163万票 36.0% 163万票 24.9%公明党 64万票 14.1% 66万票 10.1%民主党 69万票 15.2% 101万票 15.4%共産党 62万票 13.6% 48万票 7.4%維新 37万票 8.3% 130万票 19.9%みんな 31万票 6.9% 76万票 11.7%ネット 9万票 2.0% 立候補せず社民党 1万票 0.3% 14万票 2.1%生活の党 1万票 0.2% 45万票 6.9%(当時未来の党)こうしてみると、奇しくも自民党と公明党の得票は衆院選とほぼ同じです。ただし、公明党は半分強の選挙区しか候補を立てていない(人口比では半分より多いですが)ので、実質的には衆院選より得票を増やしているともいえます。共産党も、前回都議選と比べると1%くらいしか得票は伸びていないようですが、昨年の衆院選と比べれば得票数・率とも大幅に回復しています。一方、民主党は惨敗した衆院選より更に得票を減らしています。得票率では現状維持(国政では共闘する東京生活者ネットワークを含めれば、得票率微増)ですが、これは投票率が衆院選より低いために過ぎません。しかし、これ以上に惨敗したのが維新の会。得票7割減です。全42選挙区中30選挙区に候補を立ててこの結果ですから、支持は完全に消滅したと考えていいでしょう。みんなの党も得票は激減していますが、半分以下の選挙区にしか候補を立てていない点(ただし、人口比で見れば半分より多いでしょうが)を考えれば、激減とまではいえないかもしれません。ただ、衆院選から更に支持を伸ばしている状況ではなさそうです。この延長で1ヵ月後の参院選を考えると、やはり大筋で同じような傾向になるのでしょうか。維新が惨敗し共産党が復調するのはいいとして、自民党には大勝してほしくないのですが、多分そうなってしまうのでしょうね。それにしても、投票率が43.5%で、前回より11%も低かったというのは残念な話です。分からなくはありません。やはり民主党政権の失敗は、反自民的指向の有権者には大きな失望感を与えたのです。私も、もう政治に対して熱意を持てなくなっているところがあります。(民主党の失敗だけが原因ではないですけど)ただ、棄権は白紙委任と同じです。投票しても何も良くならないかもしれないですが、棄権すれば更に悪くなる、ということは言えます。棄権によって政治がよい方向に動くことなどあり得ません。ともかく、参院選はみなさん棄権はしないようにしましょう。どこの党に入れろとか入れるな、ということは、私はいいませんけれど。
2013.06.24
コメント(6)

ボリビアから、交通事故のニュースが入ってきました。歌手のワスカル・アパリシオとその息子40年以上のキャリアを誇るロス・マシスというグループのチャランゴ奏者のフェルナンド・アニバロ・クルス※彼自身はまだ20代前半で、ロス・マシスに加入してから日が浅いので、動画が見当たりません。多分このチャランゴ奏者(左から4人目)がそうだと思いますがバイオリニストのリンベルト・カジェハス・ブリト(探したけど動画は見当たりませんでした)以上の面々が、コンサートツアーの移動中に、ボリビアの名目上の首都スクレの東270kmの地点で、車ごと250メートルの断崖から転落し亡くなった、というのです。何というか、「またか」と思ってしまいました。南米はとにかく交通事故の多い土地です。交通事故死した名のある音楽家も、かなり多い。特に目立つのはアルゼンチンですけど。1970年代から80年代にかけて、度々来日公演を行った、アルゼンチンの夫婦デュオのクリスティーナとウーゴ1986年、夫のウーゴが運転する車の事故で夫婦とも死亡。(当時、日本の新聞にも死亡記事が出た)アルゼンチンで1963年にデビューし、40年以上活躍したグループ、ロス・トゥクトゥク2007年、コンサートツアーの移動中、踏切で貨物列車と衝突、4人のメンバー中3人が死亡し1人重傷。同じくアルゼンチンの女性歌手、タマラ・カストロ(当時まだ33歳の若さ)2006年、夫の運転する車で、3人のミュージシャンとともに交通事故死。そして、また交通事故による音楽家の墓碑銘が増えるとは、何ともがっくりくる話です。音楽家の交通事故死が多いということは、つまり世間一般的にも交通事故が非常に多いということです。ボリビアに行ったとき、聞いたことがあります。(首都の)ラパスではそんなに大きな交通事故はない。道が狭くて車が多くて、いつもノロノロ運転だから。でも、郊外に出ると飛ばすから、大きな交通事故がとても多い、との話でした。そういえば、ウユニ塩湖のツアーで、2台の車の衝突で、日本人5人を含む10人以上が亡くなった事故がありました。ガソリンスタンドなどない荒野を長距離走破するため、車の屋根の上にガソリンタンクを積んでいて、これが炎上したようです。私自身は行ったことがありませんが、ラパスからアンデスを越えて東部熱帯低地のユンガスに至るルートは、断崖絶壁の連続で、「毎週1台車が転落する」という話で、車窓から下を見下ろすと、転落した車の残骸が点々と見える、という話です。私自身が行った中では、ラパスからポトシまでのバスが、なかなか壮絶でした。ラパスからオルーロまでは舗装道路で、それほど危険なところはないのですが、その先オルーロからポトシまでは舗装されておらず、バスがとにかく揺れる。夜行バスでしたが、揺れがひどくて寝てられません。でも、実は夜が明けるまでは「知らぬがほとけ」だったのです。夜が明けて車窓から下を見下ろしたらびっくりです。断崖絶壁のくねくね道。さすがに転落した車の残骸が点々とはしていませんでしたけど。日本でいうと、南アルプスのスーパー林道(甲府から広河原までのバス)がこれに匹敵するかな、という感じです。ただし、南アルプス・スーパー林道は一部未舗装部分もあるけれど、危険箇所にはガードレールがある。しかしボリビアの道路にはガードレールなんてありませんから、運転を誤ったら一巻の終わり。私の演奏仲間が、学生時代にポトシ行のバスで交通事故にあい、骨折したことがあります。大変な経験ではあるのですが、骨折で済んだのは、まだしも断崖絶壁ではない場所での転落だったからです(畑の中に落ちたそうですが)。私が目にしたところで転落事故なんか起こしたら、骨折じゃ絶対にすみません。冒頭に紹介した事故も、そんな場所だったのでしょう。で、先ほど「市内ではノロノロ運転なので大きな事故は少ない」という話を書きましたが、歩行者の立場からすると、市街地でも交通事故の危険はいっぱいです。何しろ、信号はあるけれど、往々にして車や歩行者の動線を無視したつくりになっていることがある。車は、歩行者がいると止まるどころか、突っ込んでいけば歩行者が逃げると思っている。横断歩道の歩行者用信号と車道の信号に、日本のようなタイムラグが設けられていない。※※日本なら、歩行者が赤信号になって、少し間をおいてから車道の信号が青になりますが、南米では、歩行者が赤になった瞬間に車道が青になる例が多いのです。昔は青の点滅すらなく、何の予告もなく突如として信号が変わり、その瞬間に車道が青になる恐怖の信号もありましたが、最近はさすがに点滅くらいはするようですというわけで、メキシコを含めてラテンアメリカ全般に、道路は歩行者に優しくないので、道路を渡るときは全神経を集中して、気合を入れて渡らなければなりません。特に交差点が怖い。右折車(日本でいう左折車)が突如として曲がってきて、しかも歩行者を蹴散らそうとスピード上げてくるので、交差点の横断歩道を渡るより、交差点ではない場所、横断歩道のない場所で信号無視して道路を渡るのが一番安全だ、という話もあります。しかし、ボリビアのラパスで、横断歩道のないロータリー式交差点というのもありました。これ、いったいどうやって渡ったらいいのかと途方にくれましたが、とにかく車が来ない隙を突いて渡るしかない。(これは、20年前最初にボリビアにいったときの話ですから、さすがに今は改善されているだろうと思いますけど)健常者はいいけど、老人や子どもが道路を渡るのは非常に危険です。ラテンアメリカにはいろいろとすばらしいところがたくさんあるのですが、こういう点は弱者に優しくないと言わざるを得ません。その点は日本のほうがずっと優れているかな。
2013.06.23
コメント(11)
この夏、宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」が公開されるそうです。なんと、零式艦上戦闘機の設計主任だった堀越二郎が主役だそうです。(私が知る限り、宮崎アニメで実在の人物を題材に取り上げたのは初めてではないかと思うのですが)で、せっかくの機会なので、この零式艦上戦闘機(ゼロ戦/零戦)という飛行機について考えてみたいと思います。ゼロ戦は、おそらく現在の日本で(いや、日本以外でも)、もっとも有名な「日本の国産飛行機」でしょう。日本国内に限れば、もっとも人気のある国産機とも言えるかもしれません。改めて説明するまでもないでしょうが、零式艦上戦闘機は、「艦上」つまり空母搭載機として開発された、海軍の戦闘機です。まったく同じ時期、ほぼ同じような性能の陸軍の戦闘機に、一式戦闘機「隼」がありました。(エンジンは、ゼロ戦も隼も共通)この「隼」も、日本の飛行機の中ではかなり有名な部類ですが、それでもゼロ戦と比べてどちらがと言えば、おそらくゼロ戦のほうが人気も知名度も高いはずです。ただし、それは戦後の話です。ゼロ戦や隼が現役だった太平洋戦争当時はまったく別で、当時は「隼」のほうが知名度も人気もはるかに高かったのです。そもそも、海軍はゼロ戦の存在を1944年11月まで一般国民に対して秘匿していたので、人気も知名度も皆無でした。そして、その存在が公開されたときには、ゼロ戦は既に、米軍から「七面鳥撃ち」の獲物とまで揶揄されるくらい劣勢に立たされていました。それに対して陸軍の「隼」は、1942年3月の時点でその存在が公表され、「加藤隼戦闘隊」なんて歌や映画までできていますから、多くの人にその名が知られていました。戦後になって両者の知名度が逆転したのは、多分ゼロ戦のエースパイロット坂井三郎の「大空のサムライ」などの著作のおかげと、「海軍善玉論」の影響も多少はあるのかもしれません。実際のところどちらのほうが性能が上だったかというと、これは何ともいえませんが「ほぼ互角」というところでしょう。性能表の上ではゼロ戦のほうが速度が多少速く、航続距離はずっと長く、武装はずっと強力ということになりますが、現実には性能表には現れない部分も多々あり、必ずしもゼロ戦のほうが優れていたわけではありません。細かいところを書き始めれば、いくらでも書けるのですが、私がこの場で両者の性能の細かい部分を書いても仕方がないので、性能表に現れないもっとも大きな違いをいくつか書きましょう。第一に、「隼」は、生産の初期から(試作機と、ごく初期に量産されたわずかな機体は除いて)装甲板が装備されています。一方、ゼロ戦はよく知られているように装甲板は1944年まで皆無でした。そしてもうひとつ。ゼロ戦は、これを捕獲して調査した米軍の関係者が「直線がない」と驚嘆したという話が(事実かどうかは知りませんが)あります。実際には主翼の前縁は直線のように見えますけど、とにかく曲線部分が多く、その分だけ見た目は優美に感じます。一方の隼は、直線ばっかりで構成されており、私の美的センスではゼロ戦ほど優美には感じません。でも、大量生産する側の立場ではどうでしょうか。多分隼のほうが量産しやすかっただろうと思います。隼の生産機数は5700機、ゼロ戦は1万機以上なのでゼロ戦のほうが大量に生産されたように感じますが、隼はその後に二式戦「鍾馗」、三式戦「飛燕」、四式戦「疾風」と、次々に新鋭機が開発されたのに対して、海軍は最後までゼロ戦しかなかったので、それが生産数の差に現れた面が大きいでしょう。でも、一番思うのは、ゼロ戦と隼、多少の違いはあるけれど、ほぼ似通った戦闘機を陸軍と海軍で別々に設計・生産するとは、何とも無駄なことをしたものだな、ということです。機種を統一すれば、ちょっとは生産効率も上がっただろうに。これは、必ずしもゼロ戦と隼だけの話ではありません。陸海軍がほぼ同時期に同じような性格、同じような性能の飛行機を別々に開発した例が非常に多いのです。主力機として知られる有名な機体の大半がそうです。米軍でも空軍(第二次大戦当時は陸軍航空隊)と海軍で別々に飛行機を設計・製造していますけど、「持てる国」米国と「持たざる国」日本で同じことをやっていれば、勝てるわけがないのです。
2013.06.22
コメント(2)
自民、参院選公約を発表 「法人税大胆に引き下げ」自民党は20日、参院選公約を発表した。政権半年の実績を強調しながら経済政策を前面に出す内容。安倍晋三首相の強い意向で、企業の設備投資を促すため「法人税の大胆な引き下げを実行する」と加えた。党の憲法改正草案を抜粋する形で96条改正も明記した。公約の巻頭言では、安倍首相が自らの経済政策によって「日本を覆っていた暗く重い空気は一変した」と自賛。「自民党が約束した政策は『決める政治』によって確実に成果を生みつつある」と実績を強調した。石破茂幹事長は20日の記者会見で「どん底だった経済は明るさが見えてきた。(景気回復を)実感していただくのが我々の使命だ」と語った。経済政策では、今後10年間の国内総生産(GDP)の平均成長率を名目3%程度、実質2%程度とする目標を定めた。「世界で一番企業が活動しやすい国」の実現を掲げ、成長戦略の追加策の柱である設備投資減税を行うことを明記。設備投資を3年間で7兆円増やし、年間70兆円の水準を回復する目標も示した。消費税は「全額、社会保障に使う」とする一方、来年4月に予定される税率引き上げには触れていない。原発を再稼働する方針も明記。原子力規制委員会で安全性が確認された原発の再稼働に向けて「地元自治体の理解が得られるように最大限の努力をする」とした。環太平洋経済連携協定(TPP)は「国益にかなう最善の道を追求する」。沖縄県の米軍普天間飛行場の移設問題では「名護市辺野古への移設を推進する」と移設先に踏み込んだ。憲法改正は最後の項目で取り上げた。発議要件を定めた96条を改正して「衆参それぞれの過半数」に緩和し、「国民が憲法判断に実質的に参加する機会を得やすくする」と記した。ーーー自民党の政権公約の全文は、ここにあります。財政健全化を進め、でも防衛費は増額し、一方で法人税は減額するそうです。そして、消費税増税については、何も書いていない。何も書いていないけれど、算盤勘定から考えれば、法人税を減らした分は別のところで穴埋めしなければならないわけだから、増税するしかない、という話になります。都合の悪い話題は触れないというあたりは、民主党政権も自民党政権もたいして変わりません。で、もう一つ、社会保障は削る、と明言はしていませんが、「自助」「自立」を第一になんてことを真っ先に書いているあたりは、削ると言っているようなものです。それにしても、自民党がどこを目指しているか、実に分かりやすい。企業に優しく、一般国民には厳しく、社会保障を必要とするような人には、特に厳しく。軍事的な意味での「安全」は追求するけれど、放射能からの安全は無視して、原発の再稼働を優先。何とも愕然とするような政権公約です。私は、「強い国」なんてことには興味がありません。強いことと幸せなことは同義ではありません。極端に弱いことは不幸の原因となり得ますが、強いこともまた、不幸の原因となり得ます。(戦前の日本などは、「世界一強い国」を目指した結末が、あの惨状だったわけです)でも、世の中には強いことが良いことだと思っている人が、大勢いるんでしょうかね。
2013.06.20
コメント(4)
一昨日の記事で、高市議員の「原発事故による死亡者は出てない」発言を批判しました。さすがに、自民党内も含めて各方面から批判を浴びて、撤回に追い込まれました。ところが、この暴言をあくまでも擁護しようという御仁がいます。先の記事でもその名を挙げましたが、評論家の池田信夫です。こども版 原発事故の被害って何?自民党の高市早苗政調会長が「原発事故による死亡者は出てない」と発言して、マスコミや野党のバッシングを受けています。彼女の発言は、明らかにまちがいです。避難した先で病気や事故で死んだ「原発関連死」は700人以上いるといわれています。しかし彼女をたたいているマスコミには何の問題もないのでしょうか?原発事故による放射能で死んだ人は今のところいないし、今後も死者が出る心配はありません。これはWHO(世界保健機関)を初めとする世界の公的機関の報告書で一致した結論です。1986年のチェルノブイリ原発事故とはちがって、原子炉そのものが壊れなかったので、人々のあびた放射線の量はチェルノブイリの1/1000以下だったからです。つまり放射能で死んだ人はゼロなのに、放射能から逃げた人がたくさん死ぬというおかしなことが起こっているわけです。死んだ人の多くは老人や病人で、十分な治療が受けられなかった人が多いそうです。事故の直後には、双葉町の病院で無理やり避難させられた患者が50人も亡くなるという悲しい事件も起きました。今も16万人以上が家に帰れず、仮設住宅で暮らしています。この原因は放射能ではなく、地元の市町村が「放射線量が1ミリシーベルト/年以下になるまで除染しないと帰宅させない」という方針を決めているためです。国は20ミリシーベルトまで心配ないといっているのですが、マスコミが騒ぐので、地元は大事をとってしまうのでしょう。しかし被災地を1ミリシーベルトまで除染しようとすると、数十兆円もお金がかかります。もちろんそんなお金は自治体にも国にもないので、永遠に家に帰れない人が増え、病気や事故などの二次災害が放射能の被害より大きくなってしまったのです。同じような被害はチェルノブイリ事故でも起こり、放射能の死者は60人ぐらいなのに、20万人が家や職を失い、数千人が自殺し、10万人以上が妊娠中絶したといわれています。放射能そのものより二次災害のほうが恐いというのが、チェルノブイリの教訓なのです。(以下略)---この人のこういう無茶苦茶な理屈は相変わらずですが、事実認識に誤りが多すぎます。「原発事故による放射能で~今後も死者が出る心配はありません。これはWHO(世界保健機関)を初めとする世界の公的機関の報告書で一致した結論です。」というのは、明らかに間違いです。WHOは、一般住民にガンが明らかに増える可能性は低い、としています。ただし、乳児の甲状腺がん、白血病、大腸がんの発がんリスクは高まる、としています。甲状腺がんについては7割増、それ以外はわずかな増加ですが。発がん=死ではないとは言え、今後死者が出る可能性は充分にあります。ただ、それによって何千人も死ぬようなことにはならないでしょうが。そして、WHOは、事故現場の作業員に関しては発がんリスクが高い、としています。したがって、池田信夫の妄信とは逆に、今後原発事故による放射能で亡くなる方は(主に現場作業員に)必ず出てくるはずです。「チェルノブイリ原発事故とはちがって、原子炉そのものが壊れなかった」これまたウソです。少なくとも1号機の圧力容器はぶっ壊れているし、2号機と3号機についても破損している可能性が高い。格納容器についても、破損しているのは間違いないでしょう。「人々のあびた放射線の量はチェルノブイリの1/1000以下だったからです」というもウソです。報道によると、国連科学委員会の報告書案によれば、日本国民の総被曝量は、チェルノブイリと比べて甲状腺が1/30、全身が1/10とのことです。1/1000なんておめでたい数字はどこにもない。事故によって放出された放射能の総量は、チェルノブイリより福島第一原発のほうが確かに少ないけれど、おおむね10分の1程度(推計によって誤差はある)です。このことから考えれば、国民の総被曝量がチェルノブイリの1/10というのは、ごく当然の数字ということができます。チェルノブイリで放射能による死者が60人というのも、非常に怪しい主張です。Wikipediaの「チェルノブイリ原子力発電所事故」の項目によれば、池田信夫が錦の御旗として掲げるWHOの推計値では事故から20年後の2006年を迎え、癌死亡者数の見積もりは調査機関によっても変動し、世界保健機関 (WHO) はリクビダートルと呼ばれる事故処理の従事者と最汚染地域および避難住民を対象にした4,000件に、その他の汚染地域住民を対象にした5,000件を加えた9,000件との推計を発表した。となっています。ただ、該当の記事に指摘されているように、WHOはIAEA(国際原子力機関)の合意なしには核の健康被害についての研究結果等を発表できない、つまり原発推進派寄りの研究結果しか公表できないという批判があります。いずれにしても、死者60人などというトンデモな数値とはかけ離れていることは間違いありません。で、池田信夫は「避難なんかしなければお年寄りが死んだり、多くの人が故郷を失うことはなかった」と言うのですが、避難していなければ、放射能による死者は実際よりはるかに多くなっていたことは確実です。先日の記事でも指摘したように、今もなお、年間に換算して100ミリシーベルトを越えるような空間線量を記録している地点が多々あります。そんなところに人が住み続けていれば、発がん率の激増は確実です。もっとも、被曝による発がん率は、若い人ほど高く、高齢になるほどリスクが低くなると言われます。若い人ほど細胞分裂が活発なので、染色体が傷つきやすいことと、被曝から発がんまでは一定の期間がかかるため、高齢者は発がんに至る以前に寿命が終わってしまう場合があるからでしょう。だから、高齢者は避難地域にそのまま住み続けても、確かに問題はないかもしれません。身辺の自立した高齢者なら、ね。しかし、介護施設などの高齢者は、避難してもらうしかありません。介護・看護を行う施設職員は、高齢者ではないので、発がんリスクが低くはないからです。八日以後の入所者を置き去りにして職員だけが逃げるわけには行かない以上、一緒に避難してもらうしかありません。こんなデタラメな放射能安全論を撒き散らしている人が、人気ブロガーだというのだから呆れるしかありません。
2013.06.19
コメント(8)
「原発事故による死亡者は出てない」自民・高市政調会長自民党の高市早苗政調会長は17日、「事故を起こした東京電力福島第一原発を含めて、事故によって死亡者が出ている状況ではない。安全性を最大限確保しながら活用するしかない」と原発の再稼働を目指す方針を改めて強調した。参院選公約の最終案では、再稼働について「地元自治体の理解を得られるよう最大限の努力をする」と推進する考えを盛り込んでいる。高市氏は産業競争力の維持には電力の安定供給が不可欠としたうえで、「原発は廃炉まで考えると莫大(ばくだい)なお金がかかるが、稼働している間のコストは比較的安い」と語った。ーーーこういうことを言う人は結構多くて、以前にも評論家の池田信夫が同様のことを書いているのをこのブログで批判したことがあります。「福島第一原発を含めて」というのだから、福島第一原発以外も含めての話でしょう。池田信夫もそうでしたが、この人な頭の中には、1999年東海村のJCO臨界事故で2名の死者が出たことは、すっかり記憶から消去されているのでしょう。勿論、被曝労働者の癌や白血病に、少なからず労災認定がおりていることも知らないのでしょう。勿論、福島第一原発に限定すれば、事故の放射能によると証明されている死者はまだいません。しかし、事故に関連する死者は少なからず出ています。それに、チェルノブイリの例から考えれば、甲状腺癌の発ガン率が増加するのは、事故から5年くらい経ってからのことです。まだ震災から2年3ヶ月しか経っていませんから、これから発癌率が上昇する可能性は十分にあり得ます。もっとも、チェルノブイリに比べれば避難はかなり迅速に行われているので、チェルノブイリよりは癌の発生は少ないかもしれませんが。その代わり、広大な土地が半永久的に立ち入り不可能になります。チェルノブイリは、事故から25年以上経った現在でも、3700平方キロが立入禁止となっています。福島の事故も、チェルノブイリより面積は狭いでしょうが、原発周辺が半永久的に避難区域となることは、避け難いのです。原子力規制庁の発表している空間線量を見ると、2年3ヶ月経った今も、最大では毎時41マイクロシーベルト(原発から3kmの大熊町大字夫沢)を始め、毎時10マイクロシーベルトを超える観測点が数多く見られます。毎時10マイクロシーベルトというのは、年間では88ミリシーベルトになります。とても人が住めるような放射線量ではありません。まして毎時41マイクロシーベルト(年間360ミリシーベルトくらい)は、まったく論外です。放射線量がもっと少ない地点もあるので、避難区域はひょっとすると今後狭められて行くかもしれませんが、かなり広範囲な避難区域が、今後10年20年と残るであろうことは確実です。加えて、「原発は廃炉まで考えると莫大なお金がかかるが、稼働している間のコストは比較的安い」とも言っているとか。廃炉を無視して稼働している間のコストだけで「安い」というのは、まったく意味のない意見です。負債は未来に押し付けてしまえ、というだけの話ですから。まあ、私自身は、脱原発が実現するなら、それまでの間年限を区切って原発を再稼働することには反対ではありません。しかし、再びなし崩し的に原発推進に戻る前提※での際稼働など、断固として反対です。※建設中の原発の工事再開を認めたり、まともに稼働していない「もんじゅ」を維持し続けようとしている限りは、なし崩し的に原発推進に戻ろうとしていると判断するしかありません。勿論原発輸出も同様です。
2013.06.17
コメント(5)

何度か告知していたように、東日本震災復興チャリティ フォルクローレ・コンサートで演奏してきました。演奏したのは5曲だけなのですが、ヘトヘトに疲れました。ステージ上がひどく暑くて、汗びっしょり。昨日は湿気が高かったですからね。お客さんは超満員で、定員100人あまりの会場に椅子を目いっぱい増やして、150人近く入場されたようです。というわけで、さっそく演奏をアップしました。ただ、カメラを仕掛けた場所がよくなくて、5人のメンバーのうち3人しか写っていませんし、そもそもカメラが斜めになっていたみたい。3曲目 「フク」1曲目 「ハイリータイ」それにしても、練習だと5曲演奏くらいでは疲れないのに、本番のステージでは何でこんなに疲れるんだろうか。暑さ、緊張、それに、緊張から余計なところに力が入っていて、それで体力を消耗しているのかもしれませんね。昨日の場合は暑さが大きかったかもしれません。エアコンがいくらフル稼働しても、お客さんが満員だと追いつかないんですね。改めて録音を聞くと、アラがいっぱいありますけど、聞けない演奏でもないだろう、と思います。
2013.06.16
コメント(2)
本題の前に、今日のコンサート案内です東日本震災復興チャリティ フォルクローレ・コンサート6月15日(土)午後6時開場・6時30分開演場所 台東区立社会教育センター4階ホール 台東区東上野6-16-8東京メトロ銀座線稲荷町駅下車 徒歩約3分JR上野駅下車 徒歩約10分出演 キラ・ウィルカ、ブランカ・ロサ、リラ・アンディーナ、ルセリート、バルコ・マンタ(ゲスト)ご来場の際は、東日本震災復興チャリティとして、800円のご協力をお願いいたします。わたしinti-solも演奏します。出番は一番最初です。http://www.geocities.jp/quena_web/lucerito/20130615.html---4月にiPad miniを購入して以来、NTTドコモの回線を使うMVNO、iijmioのプリペイドsimでネットに接続してきました。このたび、500MB分のsimを使い果たして、いや、実はまだ使い果たしてはいなかったのですが、だいぶ残り少なくなってきたので、一昨日いよいよプリペイドから月額料金の契約に切り替えました。月額945円で、月500MBまでLTEの高速通信が可能、それを超えると最大速度が公称200kbpsの低速通信になるコースです。月の途中から開始なので、今月分の高速通信は日割りとなり、300MBあまりです。高速通信と低速通信は、専用アプリを使えばワンタッチで切替可能です。プリペイドSIMでは、500MB使い切るまでは高速通信一本やりだったので、低速通信がどの程度の使用感なのか、よく分かりませんでした。(現実には、ここまでの遣い方から考えて、月500MBの高速通信を使い切ることは、まずなさそうですけど)そこで早速、低速での接続を試してみました。すると、なかなか興味深いことが分かりました。まず、職場の昼休み。実は、昼休み時間帯は回線が相当混みあっているらしく、高速通信でも極端に時間がかかって、まともに通信できないことが多いのです。低速通信ではなおさら遅いだろうと思いきや、使用感がまったく変わらないのです。試しにスピードテストをしてみました。高速通信(LTE)だと、最大速度が110Kbpsたらず。そして、高速通信をオフにすると、なんと最大速度が120Kb以上。体感できるほどの差ではないですが、高速通信オンの状態よりわずかに速いのです。これでは、高速通信をオフにして使っているほうがいい。で、次は通勤の地地下鉄内。体感的には、やはり高速通信がオンとオフであまり差を感じません。スピードテストをしてみたら。高速通信オンで800Kbあまり、オフでも220Kb(いずれも最大値)。以外に差がありますが、体感ではそう大きな違いは感じません。このブログの管理画面とか、フェイスブック(携帯電話用の画面ですが)を開くのに、「遅い」という感じはあんまりしない。それにしても、地下鉄の車内(地下の走行中)というのは、あまり電波条件が良いとは思えないのに、低速通信の公称値200Kbを超えている。最後に自宅でも測定しました。低速通信の最大速度は450Kbps。公称値の2倍以上のスピードが出ています。iijmioは、往々にしてそういうことがあると聞いていましたが、世の中「ベスト・エフォード」などと言って、公称値の半分も速度が出ない例が満ち溢れているのに、なんと良心的な品質表示だって思ってしまいました。もっとも、自宅での高速通信の最大速度は2.8Mbpsなので、100MというLTEの公称最大速度は、過大表示にもほどがあるって話になりますけどね。※2ケ月前に測定したときは2.8Mだったけど、今測定したら更に遅くて、1.1Mbpsしか出ていない。更に、低速通信も昨晩は450Kbだったけど、今は210Kbです。それでも公称値は超えているけど。で、私は思いました。「これならひょっとして、低速通信でもYouTubeの動画が見られるんじゃないか」と。でも、試しに再生してみたら(もちろん、HD画質ではないもの)、3分の動画を半分まで読み込むのに5分以上かかりました。やっぱり、低速通信でYouTubeは無理みたい。しかし、動画以外は低速通信でも充分に使えることが分かりました。
2013.06.15
コメント(0)
日経平均、終値1万2445円 「黒田緩和」前の水準に13日の東京株式市場は全面安となり、日経平均株価の終値は前日より843円94銭(6・35%)安い1万2445円38銭だった。下げ幅は今年2番目で、日本銀行が過去最大の金融緩和を決める直前の4月3日以来の安値水準となった。東京証券取引所第1部全体の値動きを示すTOPIX(東証株価指数)は同52・37ポイント(4・78%)低い1044・17。出来高は32億6千万株だった。前日の米国株式市場が値下がりしたことや、円相場が一時、1ドル=94円台前半まで円高に振れたことなどから、自動車などの輸出関連株を中心に売り注文が広がった。---私はてっきり、どんな手を使ってでも参院選までは株高を維持し続けるつもりなのだろうと思っていたのですが、そしておそらく安倍としても株高を維持したかったに違いないけれど、結果はこのとおり、参院選の前に化けの皮がはがれてしまった。私は、いうまでもなく新自由主義者ではなく、「神の見えざる手に全て任せるべき」などとは思わないのですが、ただ株式市場や為替相場を、政府の意向で動かそうと思っても、なかなか思い通りには行かないんだな、ということは、よく分かりました。ただ、チラチラと耳に入るのは、今回の暴落が始まる数日前には、経済評論家といわれるような人たちの中には異変を察知していた人がいるらしい、ということです。どういう理由でそうと察知したのかは知りませんけど、専門家にとっては、どうも「青天の霹靂」ではなかったようです。もちろん、素人の私だって、永久に上がり続ける株式市場などあり得ない、ということは分かりますけど、いつ暴落するか、なんてことは分かりませんからね。もともと、アベノミクスで株が上がったから景気がよくなったとか、雇用環境が好転したという話はあまり聞いたことがありません。株が上がって一部の投資家が儲けたという以外に、どれだけのメリットがあったんでしょうか。ただ、株価が上がったことによるメリットはなくても、下がったときのデメリットだけは確実にあるものです。私自身は株に一切手を出したことがないので、儲けたことも損したこともありません。ただ、仕事上、景気の影響は大きいですが。
2013.06.13
コメント(4)
本題の前に再度告知です東日本震災復興チャリティ フォルクローレ・コンサート6月15日(土)午後6時開場・6時30分開演場所 台東区立社会教育センター4階ホール 台東区東上野6-16-8東京メトロ銀座線稲荷町駅下車 徒歩約3分JR上野駅下車 徒歩約10分出演 キラ・ウィルカ、ブランカ・ロサ、リラ・アンディーナ、ルセリート、バルコ・マンタ(ゲスト)ご来場の際は、東日本震災復興チャリティとして、800円のご協力をお願いいたします。わたしinti-solも演奏します。出番は一番最初です。http://www.geocities.jp/quena_web/lucerito/20130615.htmlーーーさて【正論】 駒沢大学名誉教授・西修 憲法への忠誠は「国民の義務」だ憲法上、国民の義務をどう考えればよいのか。日本国憲法は国民の義務として、子女に教育を受けさせる義務(第26条2項)、勤労の義務(第27条)および納税の義務(第30条)を定めている。これら憲法に明記されているもののほかに、国民は国家に対し何らの義務も負っていないのだろうか。あの美濃部達吉も要求東京帝大教授を務め日本国憲法作成の審議にも加わった憲法学の泰斗、美濃部達吉の言を引こう。「国民の国家に対する義務としては、第一に国民は国家を構成する一員として国家に対し忠誠奉公の義務を負ふものでなければならぬ。国家は国民の団体であり、国家の運命は国民に繋(つなが)って居るのであるから、国民は国家の存立とその進運に貢献することをその当然の本分と為(な)すものである。第二に国民は社会生活の一員として社会の安寧秩序を保持し、その秩序を紊(みだ)すべからざる義務を負ふと共に、更(さら)に進んで積極的に社会の福利に寄与すべき義務を負ふものである。第三に国民は個人として各自が自己の存立の目的の主体であり、随(したが)って他の各個人の自由及び権利を尊重しこれを侵害してはならぬ義務を負ふものである」(『日本国憲法原論』=宮沢俊義補訂、昭和27年)美濃部といえば、天皇機関説を唱えたリベラルな学者として知られているが、国家を「国民の運命共同体」であると措定(そてい)し、国家への忠誠奉公の義務を要求しているあたりは実に新鮮にさえ映る。問題は、憲法第99条の「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」との関連で、国民に憲法尊重擁護義務があるかどうかという点だ。制定者は主権者たる国民(中略)近年、憲法は国家権力を縛るものであって、国民を縛るものではないという議論が多くみられる。そこからは、国民の憲法尊重義務は生じないとの結論が導かれ、また立憲主義を強調する立場から、憲法に義務規定を設定すること自体が疑問だという見解もある。私には無責任な憲法論に思われてならない。立憲主義は憲法に義務規定を設けることを決して否定していない。古来より今日に至るまで納税はむろん、国防や兵役を国民の義務規定としてきている立憲国家は、枚挙にいとまがない。これらの義務は、帰属する国家の一員として国民が当然に担うべき負担と考えられてきたのである。憲法尊重擁護義務もしかりだ。権利偏重論からの脱却を第二次世界大戦の敗戦国、ドイツの憲法(1949年)は「教授の自由は、憲法への忠誠を免除しない」(第5条)などの規定を設け、国民に対し“憲法忠誠”を求めている。同じく敗戦国のイタリア憲法(47年)は「すべての市民は、共和国に対して忠誠を尽くし、その憲法および法律を遵守する義務を負う」(第54条)との明文規定を配している。それぞれ、ナチズム、ファシズムを生み出したという苦い反省を踏まえて、敗戦後、新たに民主的な憲法を制定し、国民の憲法への忠誠、憲法遵守義務をうたったのである。(以下略)ーーーこの主張、明らかに論理矛盾があります。憲法への忠誠が国民の義務(しかし、忠誠とはまた何と時代錯誤的な表現だろうか)だというなら、産経新聞も西修も、当然に現憲法に忠誠の義務があるはずです。それを、憲法を改正しろとは、不忠者にもほどがある、という理屈になります。結局、自分たちにとって都合の悪い憲法には忠誠を尽くす必要はない、自分たちの気に入った憲法には、全国民の忠誠を命じるようにしたい、という、実に手前勝手で御都合主義的な理屈にすぎないのです。「憲法は国家権力を縛るものであって、国民を縛るものではないという議論」は無責任な憲法論に思われてならないそうですが、現に諸外国の憲法を見ても、憲法とは国のかたち(立法府や行政府、裁判制度など)を規定することと、人民の権利を守ることを目的とする法律であって、人民を縛ることを目的とする法律ではない。たとえば、米国憲法に「国民の義務」という規定はありません。その他の国では、義務の規定が多少はある憲法が少なくないですが、多少はあるあるという程度で、義務ばっかりを並べている憲法はないのです。わかりやすい例では言えば、世界のいかなる国でも、殺人が一般的に禁止されているものです。勿論、その禁止がどれだけ遵守されているかは国によってかなり違いますが。しかし、憲法に「殺人は禁止」などと書いてある国は聞いたことがありません。つまり、いかなる国でも殺人は禁止されているのに、いかなる国でも憲法に殺人禁止とは書いていないというわけです。それはつまり、憲法とはそういうこと(国民の義務)を規定するための法律ではないからです。言い換えれば、憲法とは法律を作る人を律するための法律、ということです。そこに、国民の義務を並べたて、まして憲法遵守の義務まで持ち込むということは、「わが国は国民の権利や自由などより、国民に義務を課して縛ることを重視する国柄です」と宣言するのと同じことです。そんな国、そんな憲法は真っ平御免です。
2013.06.12
コメント(7)

「落選なら破産」 維新・中津川氏が立候補辞退へ日本維新の会から参院選比例区の候補として公認されていた中津川博郷前衆院議員(64)が、立候補を辞退する意向を固めた。11日夜、東京都内である自身の政治資金パーティーで表明する。すでに党幹部に辞退を伝えていると言い、朝日新聞の取材に「維新への支持が下がり、落選して供託金が没収されたら破産してしまう。今回は他の候補の支援に回る」と話した。ーーー私にとって、自民党と維新の会はもっとも嫌いな政党であり、その嫌いな維新の会の立候補予定者が立候補を取りやめるというのは、「ざまあ見ろ」な話です。しかし、立候補取りやめの理由を見ると、単純に「ざまあ見ろ」では済みません。記事によると前議員は「落選して供託金が没収されたら破産してしまう」と述べているそうです。もちろん、落選しても法定得票を上回れば供託金は返還されるのですが、比例区の場合は当選者数の2倍までしか供託金が帰ってきません。つまり、当選者が5人だったら10人分までの供託金しか返ってこないわけです。維新の会は、このところ支持率の減退が著しいですから、当落はもちろん、名簿順位によっては供託金返還の有無すら覚束なくなっているのでしょう。で、供託金の額ですが、国政選挙(衆参同じ)は、候補者一人当たり、選挙区で300万円、比例区では600万円です。参議院では選挙区と比例区の重複立候補はできませんが、衆議院で重複立候補すると、双方の合計900万円がかかります。これは、異常な額だと私は思います。金権選挙が批判を浴びたことから、日本の公職選挙法は異常に厳しく選挙運動の規制を行っていますが、そもそも立候補の段階で300万円とか600万円という巨費を要求すれば、よほど資金力がある人しか立候補できないのだから、金権選挙を招く素地を自ら生み出しているようなものです。供託金の目的は、売名目的による候補乱立を抑止する目的と言われます。でも、少なくともある程度までは売名目的の立候補があったって、それは民主主義のコストとして容認すべきと私は思いますね。しかも、実際には法定得票を下回ると選挙費用の公費負担が受けられませんから、候補乱立によるコストの増加など、たかが知れている。選挙公報とか、NHKの政見放送は、法定得票を割り込んでも費用は徴収されないのかな。でも、NHKの政見放送はコマーシャルと違って広告料金がかかるわけではないし広報のページ数が増えることでかかる費用などたかがしれています。あとはポスター掲示板が大きなサイズが必要になる、とか。かつて、選挙の度に、マスコミの情勢報道で「独自の戦い」などと報じられる泡沫候補者、泡沫政党が数多く立候補したものです。比較的近年の例では、こんな人がいました。主張への賛否はともかく、この外山恒一はすごい人だなと思います。勿論、投票はしなかったけど。こういう人が立候補したっていいじゃない。かつては、他にもこの種の泡沫候補が他にも大勢いたけれど、それがどんどん淘汰されてしまい、特に国政選挙で泡沫政党はあまり見かけなくなりました。でも、それで日本の政治や選挙が良くなったとは、まるで思えないのです。こんな巨額の供託金を要求され、しかも法定得票を下回れば選挙費用の公費負担も受けられないとなれば、それは資金力のある人しか選挙に出られない。小選挙区制という欠陥選挙制度のせいもあって、二世政治家か、少なくとも前職議員から地盤・カバン・看板を譲り受ける、または自腹で供託金を払わなくて良い組織政党からの出馬でなければ、選挙に出ることすら困難です。世界的に見ても、供託金のなどという制度はない国が多いし、あっても日本よりは安い。Wikipedia「供託金」これによると、日本以外で供託金がもっとも高額なのは韓国150万円。あとははるかに安い。皮肉にも東南アジアのマレーシアやシンガポールは、物価水準との対比では結構高いけれど、先進国は数万円程度。それも、米国、イタリア、ドイツなどは供託金がなく、フランスはかつてあった供託金制度(額はたった2万円)が批判を浴びて廃止されています。日本でも、少なくとも供託金を現在の1/10に引き下げるべきと私は思います。
2013.06.11
コメント(2)
地球一周:リヤカー引き、4年半で達成 鳥取出身の男性リヤカーを引いて歩きながら地球一周に挑戦していた鳥取市出身の吉田正仁さんが9日、ゴール地点である中国・上海市の人民広場に到着した。4年半で約4万キロを踏破したが、「次は南米の最南端から北極点まで歩き、ゆくゆくは全大陸を制覇したい」と新たな目標を掲げた。前日までの強雨が上がった上海。9日はゴール近くの宿から約1キロを一歩一歩踏みしめながら歩いた。ゴールでは待ち受けた家族らが「徒歩世界一周 GOAL」と書いた横断幕を掲げて出迎え。「地球一周」と聞いて驚いた地元の中国人らの拍手に包まれながら、長い旅路を終えた。目には光るものがあった。2009年元日にユーラシア大陸東端の上海を出発し、1年7カ月あまりで欧州最西端のポルトガルに到着。その後、北米大陸、オーストラリア大陸を歩き、東南アジアのベトナムなどを経由して上海に戻ってきた。底がすり切れて履き替えた靴は7足目になった。吉田さんは「命が危ないと思う場面もあったが、人の優しさにも触れた。リスクをとらないと得られないことがあると思った。一つ一つを確実に積み上げて大きなものを作り上げることができると、子どもたちにも伝えたい」と話した。帰国後にまずしたいことは愛犬の散歩。今後は資金をためながら次の冒険に備えるつもりだ。出迎えた母親の淑子さんは「強くなって成長したと思う。いまは自分で決めたことをやり遂げたことをほめてあげたい」と話した。吉田さんの挑戦は中国のニュースサイトでも取り上げられており、この日は国営中国中央テレビも取材に訪れた。---これは、なかなかすごい冒険です。記事におおよその行程が書かれていますが、地図が小さくてよく分からないところもあるので、検索してみたら、本人のブログに行き当たりました。ALKINIST -あるきにすと-これを見ると、国単位で言えば、上海を基点として、中国・カザフスタン・キルギスタン・カザフスタン・ロシア・モルドバ・ウクライナ・ルーマニア・ブルガリア・トルコ・マケドニア・コソボ・アルバニア・モンテネグロ・クロアチア・イタリア・フランス・スペイン・ポルトガル・米国・カナダ・オーストラリア・東チモール・インドネシア・マレーシア・シンガポール・タイ・カンボジア・ベトナム・ラオスを通過して、最後は再び中国(複数回通過している国もあり)に戻っています。気象条件と言う意味でも、灼熱の砂漠から大雪まで、何でもありの過酷な旅ですが、やはり一番の問題は現地の住民との関係でしょうね。一歩間違えたら荷物を全部奪われて、丸裸で放り出されれるような目に遭遇しても不思議はないわけです。そういったリスクを回避して、トラブルなく、いや小さなトラブルのみに留めて世界一周を達成というのは、偉業と言っていい。リヤカーというのは考えましたね。荷物を背負うより、リヤカーで引く方がずっと重い荷物を楽に運べるでしょうから。もっとも、坂道はきついだろうな。(山岳地帯は避けて行程を組んだようですけど)4万kmで靴7足を履き潰したというのは、意外に靴を保たせたなというのが正直な感想です。私は、日々のランニングで、だいたい1年くらい(走行距離1200kmくらい)で靴を履き潰します。しかし4万kmで7足ということは、この人は1足履き潰すまでに5700km歩いている計算になります。歩くのと走るのでは、衝撃度が違うので、靴の寿命も徒歩のほうが長いと思いますが、それにしても5700kmとはびっくりです。ただ、さすがに、イラクとかアフガニスタンなど紛争中の国は通っていないし、タイ・ラオスは通過しているけど、黄金の三角地帯(タイ・ラオス・ミャンマーの国境に位置する麻薬密造地域)は回避しています。いくら何でも、そんなところを歩いて通ったら、命がいくつあっても足りない。そうやって考えると、チョモランマの山頂や南極北極などとは別の意味で、人間社会の紛争多発地帯、犯罪多発地帯は危険度が高いです。8000m峰14座を全て無酸素で登頂したラインホルト・メスナーといえども、アフガニスタンを歩いて通過するのは無理でしょう。(メスナーは登山家であるだけでなく、タクラマカン砂漠横断やゴビ砂漠横断の実績もあるが)極限の自然と、極限の紛争社会(あるいは犯罪社会)と、どちらの方がより危険かというと、なかなか微妙な問題です。
2013.06.10
コメント(4)

私は、このブログで度々山登りの記事を書いています。今現在、日本国内の山で、技術的には、私には登れない山はいくらでもあります。しかし、体力的には、登れない山は多分ないと思います。山登りでは、体力的な厳しさはたいてい標高差で測られます。登りで1日の累積標高差が1000mを超えると、ある程度厳しいコースということになります。1500mを超えると非常に厳しい。2000mを超えると・・・・・・日本では、登山口から山頂まで2000mを越える山は、ごくわずかしかありませんが、それを1日で登りきるのは、相当の体力を要するでしょう。私自身について言うと、1日で標高差1500mを登りきったことは、何度もあります。上高地(1500m)から槍ヶ岳(3180m)広河原(1580m)から北岳(3193m)猿倉(1250m)から白馬岳(2932m)などです。(いずれも複数回登っています)ただし、このうちテントを担いで登ったのは、広河原から北岳の1回だけです。(北岳には、テントで2回行っているけれど、1日で登ったのは1回だけ)テント山行の荷物の重さは、私の場合は無雪期で15kg、積雪期だと20kg弱くらいです。(当然、水と食料を消費すれば、もう少し減ります。たとえ1泊の山行でも、水はたいてい2.5L持ちます)小屋泊まりの場合は、荷物の重さに注意を払ったことがないのでよく分かりませんが、まあ10kg以下でしょう。当然、小屋泊まりのほうが足は速くなります。逆に下りでは、1日で2000mを下りきったことがあります。間ノ岳(3189m)から奈良田(約800m)まで、途中、中白峰と農鳥岳を越えるので、累積標高差は2500mを超えるでしょう。でも、このときは小屋泊まりだったので、とてつもなくきつかったという記憶はありません。ちなみに、私がこれまでの山登りで一陣(体力的に)きつかったのは、南アルプス荒川小屋から赤石岳を越えて椹島まで1日で下山したときと、雪倉岳避難小屋から雪倉岳・朝日岳を越えて蓮華温泉まで1日で下山したときです。前者はテント、後者は避難小屋泊まり(テント山行と同じ装備)でした。あと、涸沢テントを張って、穂高を往復して1日で上高地に降りたことが何回かありますが、かれも相当キツイです。というわけで、どういうわけか私にとっては登りよりも下りのほうが「きつかった山登り」として記憶に残っているんですね。登りで既に体力を使っている状態からのスタートだから、下りのほうがキツイ印象になってしまうのかもしれません。ただ、体験的に言って、山を登るときは心肺機能を酷使する。下りのときは筋力を酷使する、という感じがします。ところで、少し前の記事のコメント欄で少し触れたことがありますが、こんな私、いかにも猛烈に体力がありそうに見えるかもしれません。事実は正反対です。何しろ子どもの頃長距離走ほど苦手なものはなかった。私の通っていた中学では、マラソン大会があり、その上冬場は体育の授業でも持久走がありました。マラソン大会は8kmくらいの距離でしたが、記録は50分台。学年の男子生徒120~130人中100番以下の順位で、私の後ろにはもう10人くらいしかいなかったことを覚えています。つまり、私は人並みはずれて脚力がない人間だったのです。そんな私でも、20代のときに山登りに目覚めて、当初はトレーニングなんて一切何もやっていなかったけれど、それでも夏山の仙丈岳、北岳、槍ヶ岳、白馬岳といったあたりは、特に問題もなく登ることができました。もちろん、その頃は全て山小屋泊まりです。その後ジョッギングを始めたのは30歳前後だったでしょうか。さすがに、テントを担いでの山登りは、日常の体力作りがないとちょっと厳しい。特に、この年(40代半ば)になるとね。で、おかげさまで、現在は山を歩いていて、私より脚力がある人はあまり多くはありません。ただし、それは中高年登山者が多いから、という理由もあるはずです。20代30代の登山者ばかりを集めたら、私より脚力のある人などいくらでもいるでしょう。山登りは体力を酷使するスポーツではあります。けれど、私のように、もともと人並みはずれて持久力のなかった人間でも、山登りをすることに特に支障はないわけです。多分、心臓に疾患があるとか、何らかの病気や障害を持っている人を除けば、山登りに必要な体力など誰にでも獲得できるものです。2010年7月、双六岳から槍穂高連峰2012年8月、木曽御嶽山2004年7月、北岳山頂から間ノ岳方面
2013.06.09
コメント(0)
W杯出場決定 5大会連続の快挙に学べサッカーの日本代表が2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会のアジア最終予選で難敵オーストラリアと引き分け、本大会の出場切符を手にした。W杯は5大会連続の出場となる。試合終了間際に本田圭佑選手の同点弾で追いついた勝負強さと6万大観衆の興奮を、日本の再生につなげられないものか。何より夢の大会だったW杯を身近な存在に変えた日本のサッカー界には、学ぶべきことが多くある。W杯の地区予選は過酷である。サッカーの母国イングランドでさえ、1974、78、94年大会の欧州予選で敗れた。イタリア、アルゼンチン、フランス、スペインなどの優勝経験国も同様で、W杯予選の突破に失敗したことがない国は、ブラジルとドイツだけだ。日本の5大会連続出場は、十分に快挙といえる。日本サッカーは68年メキシコ五輪で銅メダルを獲得したが、世界のプロ選手が競うW杯ははるかに遠い存在だった。そしてW杯出場を現実にするために無謀ともいえる2つの目標を掲げた。プロリーグの創設とW杯の招致である。サッカー界は見果てぬ青写真に向けてがむしゃらに邁進し、93年にはJリーグをスタートさせ、2002年日韓W杯を開催した。1994年米国大会は「ドーハの悲劇」で逃したが、98年フランス大会に最終予選プレーオフでイランを破り、初出場を果たした。自国開催の日韓大会では決勝トーナメントに進み、2006年ドイツ大会ではジーコ監督が率いて苦しい予選を勝ち抜いた。10年南アフリカ大会は岡田武史監督がフランス大会に続く2度目の采配でベスト16に進出した。歓喜の系譜は、今年20周年を迎えたJリーグの歴史に重なる。周囲に不可能と冷笑されたプロリーグの創設なしに、この結果はあり得なかった。この間、若いJリーガーは次々と本場欧州を目指した。今や代表選手の大半が欧州で活躍している。世界に羽ばたいた才能が試合の度に日の丸を胸に集結し、力を尽くすのが当たり前となった。サッカー界が高い目標を掲げ、成功を信じ続けた結果である。それはどんな分野にも通用する話だ。リーダーには、明確な理想像を示してほしい。国民の心がひとつにまとまることが、日本を再生させる。---6月4日、ブラジルワールドカップのアジア予選で、日本はオーストラリアと引き分け、5回連続してワールドカップ出場権を獲得しました。それはもちろん快挙ではあるのですが、世界のサッカー強豪国の名をあげて、それと同じ土俵で「5回連続出場は快挙」というのは、ちょっとどうかなと思うのです。1994年の米国大会まで、日本は一度もワールドカップに出ることができませんでした。20年前のドーハの悲劇のことは、よく覚えています。あのとき私は風呂なしのアパートに住んでいて、途中まで試合中継をテレビで見ていたのですが、風呂屋の営業終了時間が迫り(確か、夜12時近い時間だったと思います)、入浴のために視聴を中断せざるを得なくなりました。(アパートから風呂屋まで、2~3分の近さだった)入浴して、脱衣所でテレビを見たら、まだ勝っている!!ロスタイム突入だ!!しかし風呂屋の営業が終わるので、急いで部屋に帰って、勝利の瞬間に浸ろうとテレビをつけたら、おお、試合が終わっている、でも、なんか様子が変だぞ、何、えーーーー、引き分け??私が風呂屋から自室に戻る、ほんの2分か3分のあいだに、あの悲劇が起こってしまったのです。あの頃、日本にとってワールドカップは、本当に本当に、遠い存在でした。それもそのはず、当時ワールドカップのアジア出場枠は2しかなかった。そして、韓国はとても強かった。当時日韓戦の戦績は、韓国が圧倒的に優勢でした。ワールドカップ本戦にも、1986年以降は連続出場しています。ところが、アジアでは最強の韓国代表でさえも、ワールドカップ本戦では1勝もすることができなかった。韓国は、1954年大会と、86年以降の毎回本戦出場していますが、98年のフランス大会まで、本戦ではただの1勝も挙げることができなかった。引き分けはありましたけど。当時、アジア枠からワールドカップ本戦のグループリーグを勝ち上がった国は、1966年北朝鮮(ベスト8)と94年サウジアラビア(ベスト16)しかありませんでした。アジアのサッカー水準は、世界から見てかなり後れを取っていたと思います。その時代から比べて、現在はアジアのサッカーの水準も非常に向上しました。前回大会では、日韓両国がグループリーグ突破を果たしたし、その前の大会ではオーストラリア(当時はオセアニア枠)もグループリーグを突破しています。でも、アジア枠が2から4.5に拡大されるのに見合うほど強くなったのか、というと、そこは大いに疑問の余地があります。98年のフランス大会から前回大会まで、アジアとオセアニア(とりあえず両者を合わせて考えます)で実際に出場した国は、4・4・5・5の延べ18カ国。そのうちグループリーグを突破したのは、2002年と2010年の日韓、2006年のオーストラリアの延べ5カ国。割合にすれば28%に過ぎません。出場国の半分がグループリーグを突破できるのだから、やはりアジアの出場枠は競技レベルに対して多過ぎると言われても仕方のない部分があります。実際、ヨーロッパや南米では、本戦に出場すれば毎回のようにグループリーグ(予選リーグとか一次リーグとか、時代によって名前はまちまち)を突破する国でも、本戦に出場できない国は多々あります。上記の産経社説に名の上がっているイングランドは、1962年大会以降グループリーグ敗退したことは一度もないけれど、予選敗退で出られなかったことはある。フランスは3位になった次の大会で予選敗退しています。そのくらいワールドカップ出場の道は厳しいものであるはずです。5回連続出場が快挙であることは確かですが、同時にアジア枠が広き門になりすぎている現実を表してもいるんじゃないかと思えます。もっとも、本戦で日本が、いやアジア枠の出場各国ががんばればがんばるだけ、結果として広き門ではなくなるわけですが。そういう意味では、ワールドカップ本戦でがんばってほしいですね。
2013.06.08
コメント(10)

弾丸登山自粛の看板…観光庁長官が提案富士山の世界文化遺産登録を控え、5日、山梨、静岡両県が観光庁に対し、一気に山頂を目指す「弾丸登山」の自粛を観光関係団体に呼び掛けてもらうよう要請した。登録を機に登山客が増え、事故が起きることを懸念したためだ。横内知事は「現在でも山頂付近は大渋滞となっている。弾丸登山の自粛を国民の皆さんに強くお願いしたい」と訴えた。要請は、横内知事と静岡県の大須賀淑郎副知事が行い、会談は非公開で行われた。山梨県によると、会談では要請のやり取りのほか、観光庁の井手憲文長官から、弾丸登山の自粛を注意喚起する看板を登山口に設置することを提案されたという。横内知事は要請後、この点について「5合目に日本語と英語表記の看板を出したいと思う」と話した。さらに弾丸登山の自粛を全国に呼び掛けるだけでなく、「誘導員をできるだけ大勢配置し、登山客の誘導をしっかりやりたい」と話し、特に混雑が予想される8合目から山頂までの混雑対策を強化する考えを示した。◇なぜ、弾丸登山は危険なのか。夏山シーズン中、吉田口登山道の8合目に富士吉田市などが設置する「富士山八合目富士吉田市救護所」で、診療に当たる同市立病院救急科診療部長の前田宜包(よしかね)医師(51)は、「普段寝ている時間に休息もとらずに歩き続けるため、体への負荷は大きい。弾丸登山は健康上、安全上、大いに問題がある」と話す。同市によると、8合目(標高約3000メートル)の酸素量は平地の約7割で、気温も約20度低い。昨夏は44日間の開設で420人が受診し、夜中に救護所に駆け込む弾丸登山者とみられる受診者は全体の約2割を占めたという。8合目より上は特に混雑が激しく、休憩スペースも少ない。このため、登山者は休むこともできずに自分のペースで登山することも難しいといい、前田医師は「平地では異常がない人でも、8合目以上では致命的な症状に至る場合もある。必ず山小屋で休息し、酸素を意識的に体内に取り込むように努めることが肝心」と話した。---去年夏に富士山に登ったとき、実は当初は日帰り登山を検討しました。夜登る弾丸登山ではなく、朝五合目を出て、日中のあいだに山頂まで往復する行程で、自分の脚力からの計算では、多分可能と踏んだのですが、結局やめて山小屋を利用しました。吉田口の五合目から外輪山までピストンするだけなら問題ないと思われたのですが、最高地点剣が峰まで登ると、かなり時間がかかること、同じコースを往復するより、登りと下りで別のコースを歩きたい、特に標高差の大きい須走コースを登りたかったこと、人が多くて登山道の渋滞で予想外に時間を取られる可能性もありうること、などから、無理はしないでおくことにしたのです。で、8合目の山小屋で一泊して、翌朝というか深夜4時前に山頂を目指しました。本当は夜が明けてから出発するつもりだったのですが、2時過ぎ頃から周りの人が一斉に起き出して出発するので、騒々しくて寝てらんない。というわけで、私は弾丸登山ではなかったけど、八合目から上だけ夜明け前に登ったということで、半弾丸登山だったわけですが、やっぱり暗闇の中をヘッドランプの明かりだけを頼りに登る山というのは、面白くありません。どんな道だったか、さっぱり分からないわけですからね。ものすごい人波で登山道はしばしば渋滞し、標高差400mの登りに1時間半もかかっているのです。山頂で見た夜明けは感動しましたけど、夜明けはどこで見ても美しい。八合目で見る夜明けだって美しいことに変わりはないわけです。唯一、影富士だけは、早朝に登らないと見られないものだったので、これだけは感動しましたけど。それにしても、私が登ったのは9月だったので、もう最盛期は過ぎた時期だったはずなのに、夜中の登山道は人人人、人の行列。山頂まで続くヘッドランプの列にはびっくりしました。逆の言い方をすると、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」なのです。他の登山者が誰もいないところで、深夜の登山道を1人で登れと言われたら、まずほとんどの人がそんなことはできないでしょう。私だってそうです。みんなが登っていて、道を間違える可能性なんか絶対ないという安心感が、夜中の登山道を平気で歩ける要因です。夜中に登る人かあんなに多い山は、富士山以外にはない。そういう意味で特異な山ですが、夜明け前の真っ暗な登山道を登るのが本当に楽しいという人は、そう多くはないでしょう。そのほうが時間が効率的に使えるからそうしている、という人が大半でしょう。だったら、昼間登るほうが楽しいですよ、という意味では、弾丸登山の自粛呼びかけというのは理解はできます。ただ、そうすると否応なく山小屋に泊まれということになってしまします。(富士山は夏山シーズンは幕営禁止)健康上問題があることは事実ですが、大半の弾丸登山者が何の問題も起こさずに登っていることもまた事実です。それを考えると、行政が自粛呼びかけまですべきことなのかな、ということはやや疑問を感じます。影富士。夜明け直後にしか見ることができません。
2013.06.06
コメント(4)

田中元首相から尖閣棚上げ合意聞いた 野中氏、中国側に野中広務元官房長官は3日、1972年9月の日中国交正常化直後に田中角栄首相(当時)から、尖閣諸島の領有権について日中双方が棚上げを確認したと直接聞いたことを明らかにした。野中氏は同日、北京で中国共産党の序列5位の劉雲山・党政治局常務委員と会談した際にその内容を伝えた。野中氏が会談後の記者会見で明らかにした。野中氏によると、「(日中)双方が棚上げし、そのまま波静かにやっていこうという話だった」という。尖閣諸島の領有権問題について、中国は「棚上げ合意」があったとしているが、日本政府は認めていない。野中氏は「当時のことを知る生き証人として、明らかにしたいという思いがあった。私としてはなすべきことをしたという思いだ」と述べた。ーーーこれは、新事実でも何でもなく、同様の証言はこれまでにもありました。それが田中角栄元首相に近い位置にいた政治家※によって、改めて再確認された、というだけの話です。※日中国交回復当時、野中広務は京都府議ですが、Wikipediaの記述によると、田中角栄は、京都府議時代から野中に目をかけていた、とあります。これまでに、同様の証言を残しているのは、栗山尚一元外務事務次官(日中国交回復当時外務省条約課長)と、米国のキッシンジャー元国務長官です。いずれも、日本の外交政策の裏面に関与する、あるいは知る立場ですから、その証言は重い。日本政府の公式な立場としては、たとえ嘘だと丸わかりでも、「棚上げ合意などなかった」と言わざるを得ないのでしょうが、公式見解は公式見解として、実際のところはそういう明文化できない合意があったのだと判断するしかありません。もちろん、棚上げというのは、日本が領有権を放棄する、という意味ではありません。(領有権を放棄したら、もはや棚上げではない)ある意味では問題の先送りとも言えますが、当時としては現実的な解決策だったのでしょう。問題は、その合意が(おそらく)明文化されたものではなく、一般に公表されなかったことです。合意の関係者が外交畑で活躍していた当時は、それで問題なかったのでしょうが、秘密合意の事実が引き継がれず、関係者が代変わりしていくと、『そんな話は知らんぞ」となる。世間的にはよくある話です。※追記(後述)にあるように、棚上げ合意は実際には秘密でもなんでもない、公然と報道されていたことが分かりましたので、この部分は訂正します。ところで、この件について、例によって産経新聞が面白いことを書いています。尖閣棚上げ論 中国の宣伝戦に手貸すな野中広務元官房長官が北京で中国共産党の劉雲山政治局常務委員ら要人と会談し、「尖閣諸島の棚上げは日中共通認識だった」と伝えたことを、会談後の記者会見で明らかにした。1972(昭和47)年の日中国交正常化交渉の際、当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相との間で合意があったという趣旨の話を、田中氏から後に聞いたという内容だ。しかし、伝聞に基づく発言で、確たる証拠はない。(以下略)ーーー証言は証拠の一つであり、伝聞による証言も同様です。唯一、刑事訴訟法において、刑事裁判の証拠としては、伝聞は認められていません。裁判であっても、民事裁判では伝聞証拠は禁止されていません。まして、歴史的事実の推測は裁判ではない以上、伝聞も事実を推認する上での有力な手がかりとなります。というより、伝聞を排除したら歴史なんて学問は成り立ちません。しかも、野中だけが言っているわけではなく、他にも同様の証言をしている人がいるのは、前述のとおりです。そうである以上、この話の信憑性はかなり高いと考えるしかありません。追記この件について、ネット上を調べていたら、大変興味深い情報に遭遇しました。民主党の落選した議員の秘書だった方のブログに掲載されている、1979年5月31日読売新聞社説です。戦闘教師ケン氏のブログより字が読みにくいので、文面を引用します。尖閣諸島の領有権問題は、1972年の日中国交正常化の時も、昨年夏の日中平和友好条約の調印の際にも問題となったが、いわゆる「触れないでおこう」方式で処理されてきた。つまり、日中両国とも領土主権を主張し、現実には論争が"存在"することを認めながら、この問題を留保し、将来の解決に待つことで日中政府間の了解がついた。それは共同声明や条約上の文書にはなっていないが、政府対政府のれっきとした"約束ごと"であることは間違いない。約束した以上は、これを遵守することが筋道である。(以下略)棚上げ合意は、日本一の発行部数を誇る大新聞(しかも保守系)の社説に堂々と掲載されるくらい、当時の時点で公然たる秘密だったわけです。※なお、引用元のブログ主氏の主張(この件以外の部分に関して)は、賛同できる部分もありますが、賛同できない部分も多々ありますので、念のため。
2013.06.05
コメント(14)
富士山:「登山客抑制へ7000円必要」入山料を試算 富士山の世界遺産登録が確実になり、登山客急増の抑制策として検討されている入山料の効果について、京都大の栗山浩一教授(環境経済学)が4日、試算結果を発表した。入山料だけで登山客数を現状レベルに抑えるには「1人7000円の徴収が必要」と結論付けた。環境省によると、昨年、富士山(8合目以上)に登った人は約31万8000人。栗山教授は、白神山地(青森、秋田県)や屋久島(鹿児島県)が世界遺産に登録された後の観光客増加実績を踏まえ、富士山登山客は30%増の約41万4000人になると仮定した。目的地までの移動費や時間と訪問者数の関係を数値化する統計手法を用い、入山料が上乗せされた場合の登山客数の減少を予測。500円で2%減、1000円で5%減となり、昨年と同程度にするには7000円、昨年比90%にするには1万円が必要と試算した。栗山教授は「入山料だけで登山客数を抑制するのは現実的ではない。環境保護や事故防止の費用として低額の入山料を徴収するなら意義はある」と話している。ーーー少し前にも書きましたが、私は富士山は入山料徴収には反対ではありません。今後私自身が無雪期の富士山に登ることはないかもしれないですが、積雪期には今後も登ると思います。その時入山料と言われたら快く払おうと思います。ただし、金額は1000円からせいぜい2000円まででしょう。引用記事によると、登山者数を抑制するには入山料7000円以上が必要とのことですが、さすがに7000円というのは、妥当な顎とは思えません。山小屋関係者の賛同も得られないでしょう。しかし、この入山料の問題は、総論としてはそれなりに多くの賛同を得ているものの、個別具体的なやり方を考えると、なかなかハードルが高そうです。まず、物理的に登山道が4つあります。入山料の徴収ゲートが4つ必要。しかも、他の山と違って、富士山は(無雪期は)夜間に登る人が多い。つまり、徴収ゲートは24時間体制になります。これは、下手をすると入山料よりその徴収コストの方が高く付く、という可能性だってあり得ます。そもそも、どの地点で入山料を徴収するか、という問題もあります。登山者だけからとるのか、5合目まで来て帰る観光客からも徴収するのか、世界遺産には富士五湖や白糸の滝など周辺地域も指定されるようですが、そこを訪れる人からも入山料を取るのか、など。あちら立てればこちらが立たず、「入山料徴収」という総論では概ね一致しても、具体的な各論になると、そうやすやすとは合意が得られそうにありません。どうなるんでしょうね。
2013.06.04
コメント(2)
支給年齢引き上げ、早期検討を=公的年金制度を議論―国民会議政府の社会保障制度改革国民会議は3日、公的年金制度の課題を議論した。現在、国民年金で原則65歳となっている支給開始年齢について、早期に引き上げを検討する必要があるとの意見が大勢を占めた。清家篤会長は終了後の記者会見で、私見として「67、68歳、あるいはもう少し上の方まで引き上げていくのは、あってしかるべきではないか」との認識を示した。支給開始年齢の引き上げは、高齢者の雇用確保対策とも関係し、準備に時間がかかるため、委員からは「できるだけ早期に議論を始めるべきだ」などの意見も出た。---私の父は、ずっと自営業で(実は、厚生年金と国家公務員共済も、ごく短期間の加入歴があるのですが)ほとんど国民年金だけしかありませんでした。そのかわり、一度の未納もなく国民年金を払い、上乗せ部分に当たる国民年金基金にも加入してきました。年金受給権が発生したときは、まだ仕事をしていたので、年金の支給開始を繰り下げてしまいました。「75歳まで生きれば、繰り下げた分の元が取れる」と言っていたのですが、残念ながら73歳で亡くなったので、元は取れていません。しかも、1年余りの闘病生活で、かなりの額の医療費がかかっています。幸いにして、父の人生の後半に、仕事がある程度羽振りのよい時期があったため、経済的な面でピンチにはなりませんでしたが。ともかく、父は自営だったので、定年というものがなく、結局私が結婚した翌年(2003年)に、68歳で仕事をやめました。まあ、私が結婚したので安心した、という面もあったのでしょう。でも、世の中の大半の人は自営業者ではなく給与所得者です。68歳となると、まず仕事なんてありません。年金支給年齢繰り下げを検討だそうですが、年金支給開始までの雇用(収入)の確保はどうしろというのでしょうか。話としては、高齢者の雇用確保がまず先にあって、それから受給開始年齢の引き上げが議論されるというなら分かりますが、この記事からは、まず受給開始年齢先にありき、そのために高齢者の雇用をどうしようかと言う議論を始める、という印象を受けます。本末転倒も甚だしい。年金というのは高齢者にとってのセーフティーネットであるわけですが、68歳まで受給できないのでは、年金がもえらるまえに進退窮まる人が続出してしまい、セーフティーネットの役を果たさなくなってしまいます。それにしても、私が65歳になるときには、年金はちゃんと出るのでしょうか。出るとしていくらなのでしょうか。今からそんなことを心配しても仕方がないかもしれないですが、何だか、明るい未来の展望が見えてこない時代です。
2013.06.03
コメント(3)
「定数削減はポピュリズム」…石破氏が野党批判自民党の石破幹事長は2日のNHK番組で、野党が主張する衆院の議員定数の大幅な削減について、「権力を監視する国民の代表は少なければ少ないほどいいのか。定数だけ削ればいいという競争は、一種のポピュリズムだ」と批判した。石破氏は番組で、「(日本は)議院内閣制で、大臣や副大臣、政務官と多くの人間が内閣に入っている。どんどん定数を削減した時に何が起こるのか、という議論はきちんとしないといけない」と述べた。石破氏の発言は、定数の大幅な削減による行政監視機能の低下や国会審議などへの影響に懸念を示したものだ。定数削減を巡っては、自民、公明両党が35減の与党案をまとめているのに対し、民主党は80減、日本維新の会は144減、みんなの党は180減などと大幅な削減を主張している。一方、民主党の細野幹事長は同じ番組で、昨年11月の衆院解散の際、自民、公明、民主3党が定数削減について今年の通常国会で結論を出すことで合意したことに触れ、「定数削減をするという3党合意を幹事長自らほごにするという意味合いにとられる」と述べ、発言の撤回を求めた。---自民党の政策にも主張にも、ほとんど賛同できるところはありませんが、議員定数削減が望ましくないというのは、まったくそのとおりだと思います。ただ、何でもかんでも、反対意見に対して「ポピュリズム」というレッテルを貼る風潮はどうかと思いますけどね。それに、そう言う自民党自身も定数35削減を掲げている。もっとも、他党はもっと大きな削減幅を掲げているけれど。私が子どもの頃、社会科の授業で習った衆議院の定数は511でした。今は480です。自民党案で35減ると445になります。民主党案では400、維新の会案では336、みんなの党案だと300になってしまいます。336とか300という数は、先進諸国の中でも、かなり少ない部類です。人口は、先進諸国中では米国についで第2位なのに、議員の数がそんなに減ったら不自然です。またしても、民主党は自民党よりひどいことを主張しているではないか、と言わざるを得ません。(維新やみんなの党はそれ以下ですが)過去に何回も書いたことがありますが、私は小選挙区制には反対です。そして、日本の国会議員の定数は、諸外国と比べても特に多いわけではありません。ただし、議員の歳費は諸外国に比べてかなり高い。従って、歳費を減らすという話なら賛同できますが、有権者の代表である議員の数を減らせば減らすほどよい、というような議論は、民主主義の本質を危うくしかねない危険をはらんでいます。そして、国民自身も「議員の数を減らせ減らせ」などという話に賛同するようでは、民主主義は危機的です。そんなに国民の代表の数が少ないほうがいいなら、議会なんかやめてしまい、首相1人だけを選挙で選べばよい、という話に行き着いてしまいます。
2013.06.02
コメント(7)
自民、ワタミ会長の擁立決定自民党は31日の持ち回り選挙対策本部会議で、7月の参院選比例代表に新人で外食産業大手「ワタミ」会長の渡辺美樹氏(53)を擁立することを決めた。同党の公認候補は選挙区49人、比例31人の計80人となった。---大手マスコミでは、当初朝日新聞しか報道せず、他のマスコミはしばらく追随する気配がなかった(もっとも、タブロイド紙にはそれ以前から報じられていたらしいけど)ので、ひょっとして誤報だったのかと思いきや、正式に表明したようです。ブラック企業ワタミグループのトップとして知られている人物を、参院比例選に擁立だそうです。そういえば、渡辺美樹は2年前には都知事選に立候補し、そのときは民主党の支援を受けていたはずですが、今度は自民党から立候補ですか。立候補する側も擁立する側も、およそ節操というものが欠落しているとしか思えません。擁立する側は誰でもいい、立候補する側はどこの党でもいい、ということなんでしょうか。だとすれば、自民党も民主党もその程度の差しかないし、渡辺美樹もその他の候補者諸氏も、その程度の差しかないのでしょう。ワタミグループのブラックぶりと、渡辺美樹の強烈な個性は有名ですが、改めてその言動をWikipediaなどで見ると、びっくりします。Wikipedia「渡邉美樹」より「人のせいにしちゃダメ。被害者意識が強い」「なぜ貯金持ってないの? おかしいでしょう」「今まで税金払わないで何考えて生きてきたのか!?」「マスコミは(若者に)過保護すぎる」(派遣切りにあった若者について)自社ビルの高層階での会議で部下を叱責する際、「ビルの8階とか9階から、『今すぐここから飛び降りろ!』と平気でよく言う」「どれだけきつく叱っても大丈夫かというのが信頼関係のバロメーター」部下を暴行するなどし退職に追い込んだエピソードを美談の一部として紹介している。「よく『それは無理です』って最近の若い人達は言いますけど、たとえ無理なことだろうと、鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理矢理にでも一週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」「そこでやめてしまうから『無理』になってしまうんです。全力で走らせて、それを一週間続けさせれば、それは『無理』じゃなくなるんです」残業賃金未払い問題では、真摯な対応を約束する言葉を述べることもあるが、講演会では「自分を犠牲にしてでも働くべき。残業代のような小さいことを言っているような人間はどうかと思う。少なくとも私は自分を犠牲にしても何事も取り組んでいる」強い信頼関係で結ばれている、ごく小規模の人間集団内で、お互いの力量や考え方を把握している間柄であれば、こういった言動が「美談」となり得る可能性もあります。しかし、何百人、何千人もの人間集団の中で強い信頼関係なんてのは、そもそも不可能です。それが信頼関係だと思っているとしたら、「経営者」という立場に対して部下が逆わない、逆らえないで従順でいることを「信頼関係」と誤認しているだけではないでしょうか。そもそも、派遣切りにあった人に「なぜ貯金持ってないの? おかしいでしょう」と言いつつ、「残業代のような小さいことを言っているような人間はどうかと思う。」というのは、矛盾もいいところです。残業代を「小さなこと」などと言ってタダ働きをしていれば、そりゃ貯金なんて作れるわけがないのです。(ま、かくいう私の職場にも、結構サービス残業が多くて、何とかしなくちゃと思うのですが・・・・・・)力量もよく分からない1000人のランナーを、闇雲に限界まで走らせたら死人が出ます。まあ、「使えない奴」は野垂れ死にしてろと、そういう考えなのかもしれません。企業なら、最悪そんなブラック企業からは退職する選択肢もあるけれど、政府がブラックになってしまったら、逃げるところがありません。だから、こんな人物が政治的な権力の一翼をになうなんてことは(さすがに、首相にまでなる可能性はないでしょうが)願い下げです。
2013.06.01
コメント(2)
全26件 (26件中 1-26件目)
1