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昨日から、一泊二日で西穂高岳独標を目指してきました。登って来ましたと言いたいところなのですが、残念ながら悪天候のため登れませんでした。昨日は新穂高ロープウェイから西穂山荘まで1時間程度の登り。山小屋に着いたのが2時過ぎだったので、独標方面を目指したのですが、丸山で引き返しました。風が強くて、天気も今ひとつだったためですが、時々雲の切れる瞬間もあり、かろうじて何枚かは写真が撮れました。西穂山荘の前から(30日)西穂丸山より、一瞬霞沢岳が見えた(30日)同じ場所から、独標と、西穂本峰もチラッと見えました(30日)山小屋の話では、明日(31日)は今日よりは天気はよいということだったので、、今朝に賭けたのですが、残念ながら予想は外れ、昨日以上の凄まじい暴風雪になってしまいました。それでも、丸山の先まで行ったのですが、視界が10メートルあるかどうかという状態で、それ以上はあきらめました。引き返す時が怖かった!視界がないから、自分がどこにいるのかよく分からないのです。そういう時のために竹竿が10メートルおきくらいに立ててあるのですが、それすらよく見えない場所が何カ所か。動画に3人登山者が写っていますが、彼らはこの後更に先に進んでいき、私は1人で引き返しました。何も見えない暴風雪のなか1人で歩くのは、結構勇気が要ります。とくに、こういうときはメガネ族は不利です。メガネがぱりぱりに凍り付いて、何も見えない。ゴーグルをもって来るべきだった。小屋の前のテント場(31日)常時季節風に晒されるので、風下側にしか枝が伸びず、また、通称「えびの尻尾」と呼ばれる氷が張り付きます。行きに中央線で八ヶ岳の近くを通るのですが、あちらは快晴でした。松本も快晴、上高地の入り口釜トンネルも、雲はありましたが、概ね晴れ。それなのに目と鼻の先の西穂高は暴風雪。難しいものです。中央線の車内から撮影した八ヶ岳。(30日)もっとも、今日の帰りはだいぶ雲が出ていましたが八ヶ岳にすることも考えたのですが、今年2月に赤岳、3月に縞枯山に登っており、硫黄岳と天狗岳も何回も登っているので、今回は、と思ったことが一つ、八ヶ岳は雪が少ないので、年末年始はあまり積雪がないことが、もう一つの理由でした。それに、西穂高独標は3年前に頂上直前で引き返したので、今度こそ、と思ったのですがね。何とも、天気には勝てません。また、次の機会もあるでしょう。下山時にアイゼンをゴアテックスの雨具に引っ掛けて、ズボンに穴が開いてしまいました。また、補修するか、あきらめて買い換えるか、古い雨具のズボンを流用するか、考えなくては。(前にも一度穴を開けてしまい、補修しています)ついでに、顔が凍傷になってしまった。これも、前にも一度やってしまったことがある。---というわけで、今回はあまり良い山の写真がないので、今年一年の山の報告など。1月 谷川岳成人の日の3連休に、家族旅行で水上温泉に行った際、途中お父ちゃんだけ単独行動で谷川岳に行ってきました。天神平から途中までは天気が良いのですが、山頂付近だけガスがかかり、吹雪で、時間も乏しかったたため、やむなく途中撤退。2月 八ヶ岳・赤岳昨年まで、八ヶ岳の入門の山と言われる硫黄岳と天狗岳を、それぞれ数回ずつ登ったので、今年は脱入門、ということで、八ヶ岳の主峰赤岳を目指しました。今の私の冬山技量で登れる限界がこの山、という感じです。無事登頂しました。それで、「次は独標」と思ったんですけどね。赤岳は、風は例によって強烈だったけど、天気は良かった。3月 八ヶ岳・白駒池と縞枯山実は、相棒と子どもが2人だけで泊りがけで出かけるというので、「じゃあ、俺はその間に山に行くよ」と急に決まった山行。前夜茅野に宿泊しての日帰りです。から登って、横岳ロープウェイに下りました。技術的には何も難しいところはなく、雪の樹林帯歩きを楽しみました。が、3月は全国的に異常高温で、雪がかなり少なかった。天気は、曇り→晴れ→また曇り→また晴れと、めまぐるしく変わった。4月 富士山ゴールデンウィーク初日に、新宿から吉田口五合目までの直行バスを使って日帰りで富士山に行きました。日帰りなので、山頂までは無理。3000メートルのわずか手前あたりで引き返しました。途中吉田大沢を登ったのですが、同じ日に同じ吉田大沢で滑落死があったことを、後で知りました。天気は晴れ。風は若干強めでしたが、冬場のような猛烈な風ではありませんでした。7月立山・五色が原実は、あんなに有名な山なのに、登ったことがなかったのです。3000メートル峰でもあるし、一度は登ろう、と思い立って、行ってきました。ただ立山だけでは物足りないので、花の名所として名高い五色が原まで足を伸ばしました。テントで五色が原に1泊、戻ってきて雷鳥沢にもう1泊しました。立山から五色が原は、アップダウンが多くて、テント泊の荷物ではかなりキツかった。10年前は、もっと標高差のあるところをテント泊で普通に歩いていたのに、年齢なりに体力が落ちてます。朝室堂に着いた時は土砂降りの雨、それから曇り時々晴れ、翌日は概ね晴れ、3日目はまた雨でした。8月 八ヶ岳・西岳と編笠山夏の家族旅行の際途中で単独行動で日帰り登山してきました。最近、家族旅行でそのパターンが非常に多いかも。天気は曇り、雨は降らなかったけど、今一つの天気でした。8月 谷川岳8月下旬に日帰りで行ってきました。1月に山頂直前で引き返したので、今度こそ山頂を、と思ったのでした。夏だし、問題なく山頂まで行きましたが、1月の時と同様、下は晴れているのに山頂はガスがかかっていました。登りは天神平から、下りは西黒尾根。西黒尾根は、キツかったです。10月 南アルプス・甲斐駒ケ岳昔はよく南アルプスに行っていましたが、最近ずっと行っていなかったので、6年ぶりの南アルプス、そして15年ぶりの甲斐駒ケ岳に登りました。北沢峠にテントを張ったのですが北沢峠まではバスで行ける、つまり、テントを担いではまったく登ってません。ただ、下山時は広河原までテントを担いで10キロほど下りましたが。天気は、これ以上ないくらいの快晴。最高の山登りでした。12月 北アルプス・西穂高独標今回の山登りなので、省略します。結局、一年で9回山登りに行きました。子どもが小さい頃は、相棒から山登りの回数制限が申し渡されていましたが、最近は自由に山登りに行っています。にしても、9回は多い。内訳はテント泊2回、山小屋泊まり2回、家族旅行中の単独行動(日帰り)2回、麓に前泊して日帰り1回、単純な日帰り2回。山域は八ヶ岳3回、北アルプス2回、谷川岳2回、南アルプスと富士山各1回ずつ、でした。何はともあれ、あと1時間あまりで2013年も終わります。当ブログを閲覧いただいた皆様、コメントいただいた皆様、この1年ありがとうございました。来年が、多くの方にとって良い年であることを願っています。
2013.12.31
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ここ数年、私のフォルクローレの演奏活動はやや低調で、一昨年は確か1年間に1回しか演奏の機会がなかったのですが、今年は近年としては割合に演奏の機会が多い1年でした。と言っても、そのうち3回は10月末の3日間に集中していましたが。1月 ある労働組合に関係するイベントで演奏(エストレージャ・アンディーナ)演奏している「エストレージャ・アンディーナ」は、昨年初め頃に結成したグループです。今現在私自身が関わっているグループの中では、演奏のレベルは一番高いと自負しているのですが、結成から間もないので、レパートリーがまだ少なく、あまり演奏の機会も多くはありません。(それでも、2年で3回人前での演奏をやっていますが)私自身は、このグループでも主に笛を担当していますが、この曲ではマンドリンを弾いています。実は、このときマンドリンを初めて人前で弾きました。もっとも、自宅録音でマンドリンを入れた曲をYouTubeに公開したことは、それ以前もありましたが。これはエクアドルの曲なのですが、エクアドルの曲を演奏したのも初めてのことです。4月 所沢市航空公園「さくらまつり」(ティエラ・クリオージャ)このときは、コメント常連のたかさんが応援に駆けつけてくださいました。ただ、前夜に台風並みの低気圧が関東を襲い、この日もとてつもなく風が強かった。屋外演奏の条件としてはかなり最悪で、私はケーナの息が風に流されないようにするだけで精一杯、録音はしたのですが、マイクは風切音ばかり拾っており、公開できる状態ではありませんでした。5月 ザ・ヨコハマ・パレード(アンデス村まつり隊)数年前からずっと参加しているイベントです。横浜の山下公園から伊勢佐木町までを練り歩きます。南米にスペイン人がやってくる以前からある、笛と太鼓だけのプリミティブな演奏スタイルで、「アウトクトナ」と呼ばれます。実際には厳密にスペイン人が来る以前の音楽と同じもの、と言うわけではないのですが、私が普段演奏している、現代的なフォルクローレとは相当違った音楽であることは確かです。音楽というよりは、伝統芸能というほうが良いかもしれません。このグループでは、毎年このイベントのみに参加させていただいています。多分、他のあらゆる演奏より圧倒的に観客数が多い。毎回数十万人の人出があります。5月 三木山フォルクローレ音楽祭(カスティージョ・デ・ロス・アンデス)「インディオの泣くとき」兵庫県三木市の三木山森林公園で、毎年5月に開催されているフォルクローレ音楽祭です。以前は毎年参加していたのですが(なにしろ、わが相棒と知り合ったのがこのイベントなのです、もう十数年前のことですが)最近はずっと参加していなかったのですが、今年は広島のグループから助っ人依頼を受けて、久しぶりに参加してきました。ギターで伴奏したのですが、私のギターを弾く姿が、あまりにかっこ悪い(姿勢悪すぎ)ため、音声のみ公開しています。6月 東日本大震災復興チャリティーコンサート(キラ・ウィルカ)「ルセリート」というグループが中心になって、震災以降ずっと年に2回行われているコンサートです。私自身、去年は観客として見に行ったのですが、今年は出演者になりました。メンバーのうち1人(メインのケーナ奏者)が仕事が極度に忙しくなり、全員揃っての練習はほとんどできないままで臨んだ演奏でしたが、まあ、何とかなった・・・・・・かな?個人的には、この曲、ケーナとサンポーニャ2つ、合計3つの笛の持ち替えが、何とか破綻せずにうまくいったな、と。10月 厚木市内の老人施設の「まつり」で演奏(キラ・ウィルカ)メンバーの1人の自宅近くの老人施設です。録音はありません。キラ・ウィルカは5人編成なのですが、このときはボンボ(太鼓)奏者が欠場で、4人編成で演奏しました。10月、ある労働組合に関係するイベントで演奏(エストレージャ・アンディーナ)このときも録音したのですが、演奏を聴く趣旨のイベントではなかったため、話し声が多くて、録音状態は今ひとつ良くありません。なので、その直前の練習をYouTubeにアップしています。メキシコの曲ですが、ボリビア・スタイルのフォルクローレでも演奏されることの多い曲です。3オクターブのラ♯が出てきます。ケーナで3オクターブの半音は、かなりきついです。10月、中野区新井地域活動センター「あらいまつり」(ティエラ・クリオージャ)2006年からずっと参加しているイベントですが、今年は土日の2日間連続出演、しかも、その前日の金曜夜は上記の「エストレージャ・アンディーナ」の演奏があったため、3日連続演奏になってしまいました。初日はPAなしで、ステージの下で演奏2日目はPAありで、ステージの上で演奏「ティエラ・クリオージャ」は、もともと5人編成なのですが、そのうちの1人がこの1年仕事その他の事情で演奏には参加できず(練習と飲み会だけ時々参加)4人編成で演奏することが多くなっています。が、このときは笛(及び踊り)で助っ人が1人参加して、久々に5人編成での演奏でした。やっぱり笛が1人と2人では大違いです。そりゃ、二重奏のほうがいいに決まっています。というわけで、ケーナ二重奏で定番中の定番、この曲も演奏しました。全部の演奏を合計するとこの1年で8回、2日演奏した「あらいまつり」を2回と数えれば9回演奏しています。最近10年くらいの間では、もっとも演奏活動の多かった1年かもしれません。来年はどうなるでしょうかね。とりあえず、4月に航空公園の「さくらまつり」の演奏に立候補すること(審査があるので、出られるかどうかはまだ決まっていません)だけは決まっています。
2013.12.29
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普天間移設:会談25分 首相発言に知事「立派な内容」安倍晋三首相は25日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に向け、沖縄県の仲井真弘多知事と首相官邸で会談し、日米地位協定に関し、環境面を補足する協定を締結するための日米協議開始など、基地負担の軽減策を示した。仲井真氏は「驚くべき立派な内容だ」と評価し、移設先の名護市辺野古沖の埋め立て申請を承認する方針を固めた。27日に正式発表する。1996年の日米両政府による普天間の返還合意から17年を経て辺野古移設が動き出すことになるが、沖縄県内の反発も予想される。会談は約25分行われ、菅義偉官房長官も同席した。首相は「相手もあり実現にはさまざまな困難も予想されるが、できることは全て行う」と辺野古移設への協力を要請。仲井真氏は「アジア太平洋地域の安定と繁栄に貢献できることは大変な誇りだ」と応じた。首相は会談で、補足協定締結の協議開始で日米両政府が合意したと明らかにした。環境面での日本側の費用負担を明確化し、米軍に対して環境基準を法的に義務づけることを検討する。米軍施設・区域内での汚水処理施設などの建設を念頭に、駐留経費の日本側負担(思いやり予算)を増額し、維持管理費用も一部負担する。協定本体の改定に消極的な米側の意向を踏まえ、新たに環境条項を盛り込む「特別協定」などとなる見通し。10月に日米合意し、協議が難航している返還前の米軍施設への立ち入りは補足協定で改めて検討する。立ち入り手続きの制度化が遅れる可能性もある。首相はこのほか、仲井真氏が要請した牧港補給地区の7年以内の全面返還▽オスプレイ(24機)の半数の県外配備−−に関し「本土の努力を十二分に行うべきだ」と指摘。防衛省に対策チームを設け、訓練の県外移転に向けた検討を急ぐ考えを示したうえで「返還期間を最大限短縮することを目指す」と述べた。普天間飛行場の5年以内の運用停止については、政府内で「代替施設の完成前の運用停止は抑止力が揺らぎかねない」との懸念が強く、首相も明確な言及を避けた。防衛省は、代替施設建設の工期(9年半)を短縮するため、承認が得られ次第、検討を本格化させる方針だ。県は国の埋め立て申請について、環境保全に関する留意事項を付けた上で「法的基準を満たしている」との結論を下す見通しだ。知事の承認により、移設計画の法的な手続きは完了し、政府は近く代替施設建設に着手するとみられる。ただ、沖縄県民の納得を得られるかは不透明だ。仲井真氏は当初、県内移設を条件付きで認めていたが、09年の民主党政権の誕生を機に「県外移設」に転じたためだ。仲井真氏は会談後、記者団に「県外に持っていくのが早いに決まっている」と引き続き県外移設を求める考えを示し、辺野古移設は「地元(名護市)が反対している以上、実現は困難だ」とも指摘。反対の意見書を提出した名護市が反発を強めるのは確実だ。---今にして思えば、安倍の頭の中には、普天間基地移設問題で米国に一つ得点を稼いだ直後だから、靖国参拝の一つくらいは米国が多めに見るだろう、という計算があったのではないか、という気がします。結果的に見れば、全然大目には見てもらえなかったわけですが。民主党の鳩山政権は、竜頭蛇尾で期待外れな結果に終わってしまったとはいえ、普天間基地移設問題で「県外移設」を打ち出したこと自体は多いに評価されるべきだと思っています。少なくとも現在の安倍政権よりは(この件に関しては)ずっとマシです。ただ、強力な抵抗にあうと、さっさとあきらめて政権を投げ出してしまったことで、全部を台無しにしてしまいましたが。よく知られているように、日本にある米軍基地の約4分の3が沖縄に集中しています※。沖縄県の全面積の10%、沖縄本島に限定すると、その面積の2割弱が米軍基地なのです。※米軍専用施設と常時利用共同施設の合計。沖縄の米軍基地を地図で見ると、以下のとおりです。明らかに、いたるところ米軍基地だらけです。しかも、北部訓練場を除けば、人口密集地の近くに基地も集中しています。中でも著しいのが普天間基地ですが、嘉手納基地なども同様です。これほど基地だらけの「基地に囲まれた島」の中で、やっと一つの基地が返還されると思ったら、「代替地は同じ沖縄の中」というのは、何の解決策にもなっていないように私には思えます。それは「返還」ではなくて、単に沖縄の中でたらいまわししているだけです。沖縄の経済は基地に依存しているといわれます。じっさいどの程度依存しているのかは分かりませんが(沖縄県自身の公式見解では、経済の基地依存度は5%程度、雇用人口63万人中米軍基地雇用は9千人程度)※、経済が基地に依存し続けることが好ましいことではない、ということは少なくとも言えるだろうと思います。米軍基地に経済を依存することは、いわば麻薬に頼って生活するのと同じようなものだと私は思います。今後も末永く麻薬に頼り続けるべき、とは、どう考えても思えないのです。※沖縄の県民所得を地域別に分析した資料があります。これによると、沖縄で一人当たり県民所得がもっとも高い地域は県庁所在地である那覇です。しかしそれに次ぐのは、米軍基地のある沖縄本島ではなく、本島からはるかに遠い、米軍基地のない八重山諸島です。以下、中部・宮古島・南部(那覇除く)・北部という順位となっています。更に細かく市町村別に見ても、米軍基地のある沖縄本島の市町村が、基地のない八重山・宮古より所得が高い傾向は、まったく見られません。したがって、基地依存が事実だとしても、それによって優位な経済を維持しているわけではないようです。話は変わりますが、ボリビア大統領エボ・モラレスは、「主権国家とは、自国に外国の軍事基地を持たない国のことを言う」と言ったそうです。その伝でいえば、日本も主権国家とは言い難いことになります。実際、そのとおりだと私も思います。日米地位協定によって、米軍基地内での犯罪について日本の裁判権は及ばないし、基地の外で米軍人のみならず、その家族が起こした犯罪についてすら、事実上逮捕することが困難な現状です。要するに治外法権です。幕末に、江戸幕府が欧米諸国との間で結んだ不平等条約に、治外法権の問題がありました。明治政府は30年以上もかかって、この不平等条約をやっと解消した(もっとも、その一方で朝鮮に対しては不平等条約を押し付けた)のですが、現在の日本政府は、サンフランシスコ平和条約以来60年間、治外法権をそのままにしている。安倍が靖国参拝などという非建設的な部分で、やたらと愛国主義をアピールするのは、こういう実質の部分で主権国家であることを放棄していることの目くらましなのでは、という気すらします。もっとも、引用記事にあるように、トップが決めたからと言って、すんなり辺野古に基地移設が実現できるとは限らないわけですが。
2013.12.28
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安倍首相、靖国神社を参拝 現職では小泉氏以来7年ぶり安倍晋三首相は26日午前、東京・九段北の靖国神社に昨年12月の就任後初めて参拝した。現職首相による靖国参拝は2006年の終戦の日の小泉純一郎首相(当時)以来、7年ぶり。この日は第2次安倍政権が発足して1年となる。首相は26日午前11時半ごろ、靖国神社に到着。モーニング姿で本殿に上がり、昇殿参拝した。靖国神社の広報担当者によると、首相は26日、「内閣総理大臣 安倍晋三」と札をかけた花を参拝前に奉納した。その後、首相は「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対し、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊やすらかなれとご冥福をお祈りした」との談話を発表した。首相は自民党総裁だった昨年秋、例大祭にあわせて靖国に参拝した。第1次内閣で参拝できなかったことを「痛恨の極み」と振り返った。一方、昨年12月に首相就任後は閣僚の参拝を容認する一方、先の大戦のA級戦犯らがまつられている神社への自らの参拝は外交的な配慮から見送ってきた。「参拝については国のために戦い、倒れた方々に尊崇の念を表し、ご冥福をお祈りする気持ちは今も同じだ」としながらも、参拝するかどうかについては「それ自体が政治・外交問題に発展していく」として明言を避けてきた。---安倍自身が「それ自体が政治・外交問題に発展していく」と認めている靖国参拝をやってしまった。つまり、政治・外交問題よりも「愛国」的な自尊心を満たすことを優先した、ということです。相手国を刺激すると分かっていても、自国の「愛国者」の自尊心を満たすことを優先する、まあこれは安倍だけの専売特許というわけではなく、たとえば、竹島(独島)に上陸した韓国の李前大統領なども同じ愚を犯していたわけですが、そういう事態が横行するとき、国が良い方向を向いているとは、私には思えません。安倍は、参拝に当たって「恒久平和への誓い」なる談話を発表したそうです。読売新聞にその全文が掲載されています。日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。戦争犠牲者の方々の御霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を、新たにしてまいりました。同時に、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓ってまいりました。日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を邁(まい)進してきました。今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下、今後その責任を果たしてまいります。靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に、政権1年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。(以下略)---もっともらしい言葉を並べていますが、現実はどうか。靖国神社は、そもそも「二度と戦争を起こしてはならない」という趣旨の施設ではありません。ものすごく単純化していえば、「お国のために喜んで死ね、そうしたら英霊として祭ってやる」という施設です。靖国神社自身の公式見解においても、太平洋戦争を誤った戦争とは認めておらず、「過去への痛切な反省」も「不戦の誓い」もありません。実際問題として、靖国参拝を賛美する人も私のように批判する人も、靖国参拝が「過去への痛切な反省」「不戦の誓い」のためだと、本当にそう考える人など、いるとは思えません。「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。」ともありますが、わざわざそんな一節を入れるということは、さすがの安倍も参拝すれば中国、韓国から怒りの反応が返ってくることは分かっているわけです。それをやれば相手が怒る、ということを承知の上であえてそういう行動を取るというのは、「気持ちを傷つけるつもり」がある、少なくとも喧嘩を売るつもりがあるということです。「世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下」ともありますが、首相が靖国を参拝することで、世界の平和と安定、繁栄のためにプラスになる要素は何一つない。日本の首相が靖国を参拝することを喜ぶ国はありません。もちろん、温度差はあるので、中国韓国ほど表立って批判する国は少ないかもしれませんが、少なくとも好意的には見ません。例えば米国だってそうです。米知日派「日米同盟にとっていい影響はない」米メディアは25日夜、安倍首相の靖国参拝を速報した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は、靖国神社が「日本の近隣諸国から過去の軍国主義の象徴とみなされている」と紹介。AP通信は「中国や韓国を激怒させるのは間違いない」と指摘した。日米の安全保障問題に詳しい米知日派の1人は「日本と中国・韓国の関係悪化は、米国にとっても望ましくない。米軍普天間飛行場移設問題で大きな前進があり、日米同盟強化が図られようとしている時、なぜ参拝するのか理解できない」と述べた上で、「日米同盟にとっていい影響はない」と断言した。---10月に来日した米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官は、千鳥が淵の戦没者墓苑で献花を行っています。その際、米国側は千鳥ヶ淵戦没者墓苑はアーリントン国立墓地に最も近い存在だと説明しています。安倍は5月に訪米した際、靖国神社をアーリントン国立墓地になぞらえて、国のために命をささげた人々を慰霊する施設だと発言していますが、それに対して、「アーリントンは靖国ではなく千鳥ヶ淵に相当する」と、米国側から言外のメッセージが発せられたわけです。世界のどこの国にも好感を抱かれなくても、自らの「愛国」的な自尊心を満たすことを優先する、それは「国際協調」とはおよそ反する行動であると私は思います。太平洋戦争の歴史を見ても、そういう「自称愛国者」「主観的愛国者」が、結果として国を滅ぼしたことは明らかです。追記米国も、この件に関しては明白な批判に踏み込んだようです。靖国参拝「失望している」…在日米大使館が声明在日米大使館は26日、安倍首相の靖国神社参拝について「日本は大切な同盟国だが、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」と批判する声明を発表した。米政府が、日本の首相の靖国神社参拝を批判する声明を出したのは極めて異例で、日本政府関係者は「過去に同様な声明があった記憶はない」としている。(以下略)---「日米同盟大事」を叫ぶ人ほど安倍信者が多く、靖国参拝に賛同する傾向が強いように思いますが、さてどうするつもりなのでしょうか。
2013.12.26
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カラシニコフ氏が死去 自動小銃「AK47」を開発世界的に普及した自動小銃「AK47」を開発したロシアの銃器設計者ミハイル・カラシニコフ氏が23日、病気のため死去した。94歳だった。第2次大戦でソ連の戦車部隊に所属し、ナチスドイツとの戦いに従軍。自動化された小火器で武装されたドイツ軍に衝撃を受け、新しい銃器の設計を決意した。戦後間もなく、使いやすくて壊れにくい自動小銃「AK47」の開発に成功。旧共産圏を中心に普及した。一方で、その銃の特徴からコピー製品も大量に出回り、多くの紛争地やテロリスト集団にも使われ、「史上最悪の大量殺害兵器」とも言われた。かつて朝日新聞のインタビューに対し、カラシニコフ氏は「悲しい。私はナチスドイツから祖国を守るため、優れた銃をつくろうとしただけなのに」などと答えていた。---一般的に、日本の工業製品は高品質で性能がよく壊れにくいと言われ、旧ソ連製の工業製品はその対極(性能が低くて性能はイマイチ、そして壊れやすい)というイメージがあります。しかし、どうやら兵器に関してはまったくそうではないようです。少し前に、自衛隊の機関銃データ改竄事件について記事を書きましたが、自衛隊の使っている機関銃の性能や信頼性には大いに問題がある。日本の国内開発品もそうだし、ミニミ軽機やM2重機など、外国製のライセンス生産品も、オリジナルより信頼性が落ちると言われます。記事を書いた時点では、1000丁以上に問題があると報じられていましたが、続報では問題のある機関銃は5000丁以上と言われます。陸上自衛隊のもつ機関銃の総数は約1万丁なので、半分以上に問題がある、ということになります。それに対して、旧ソ連製の兵器はというと、高性能で高品質という人はあまりいませんが、耐久性と扱いやすさには定評があります。その代表格が自動小銃AK47です。厳寒の雪の中でも、灼熱の砂漠でも熱帯のジャングルでも、どんなに乱暴に扱おうが泥水に浸かろうが、確実に射撃できる銃として知られています。製造数はAKMなど系列の改良品も合わせて推定数千万丁から1億丁に達するかも、と言われます。もっとも、その大半は非正規の模造品で、ロシアで製造されたものは、全体の12%程度とされているようです。あまりに旧ソ連=AK47のイメージが強いので、うっかり第二次大戦中からあった銃だと勘違いしてしまいそうになりますが、開発されたのは戦後で、1949年にソ連軍に正式採用されています。AK47の原型とされるのは、ナチスドイツのStG44という突撃銃(そもそも、突撃銃と呼ばれるカテゴリーの始祖にあたるのが、このStG44です)で、実際StG44とAK47を見比べると、ちょっと似ています。もっとも、内部の発射機構は多少異なるようですが。StG44の設計者であったヒューゴ・シュマイザーが、戦後ソ連に抑留されてAK47の設計にも参加しているので、両者が似ているのも当然かもしれません。↓旧ソ連製AK47↓ドイツ製StG44AK47は多くのテロリストに使われた、という評もあり、それは事実ではありますが、多くの解放戦争に使われた、ということもできます。AK47がなければ、ベトナムの解放戦線は米国に勝てなかったかも・・・・・・ということはないでしょうが、ベトナム戦争の一方の主役兵器であったことは確かです。ニカラグアのサンディニスタ革命でも同様です。逆に、意外にもキューバ革命ではAK47はほとんど使われていません。カストロが社会主義陣営に傾斜するのは革命後、米国と対立関係に陥った後のことであり、革命の時点では旧ソ連から特に支援があったわけではありません。数千万町も作られれば当然のことながら、敵味方ともにAK47同士で交戦、なんて事態も掃いて捨てるほど存在したはずです。たとえば、1996年に起きたペルーの日本大使公邸占拠事件。最後はペルー軍が武力突入してトゥパク・アマル革命運動のゲリラを皆殺しにしてしまったのですが、このとき、突入したペルー軍の正式小銃もAK47(ただし、その他の様々な銃も使われていますが)、トゥパク・アマル革命運動のもっていた銃もAK47でした。(ペルー軍は、1960年代のベラスコ政権時代以降、主要装備の多くが旧ソ連製です)中越紛争なども、おそらく両軍ともAK47同士だったはずだし、現在ではシリア内戦も同様(より小口径のAK74系かも知れないが)であるはずです。で、このAK47は通称を「カラシニコフ」などと呼ばれますが、その語源でもある設計者のミハエル・カラシニコフが亡くなったそうです。94歳なので、寿命としか言いようがないところでしょう。超ヒット商品(?)を当てた設計者として、世界的な有名人となり、数多くの栄典も授与されていますが、経済的な面ではさほどめぐまれた生活ではなかったようです。AK47の製造会社であるイスマッシュ社からは、晩年に至るまで給料をもらっていたそうですが、その月給が400ドル、その他年金など合わせても、月の収入が800ドル程度とのことです。しかも、そのイスマッシュ社は昨年倒産していますから、それ以降は果たして給料が出ていたかどうか。現在のロシアの物価水準は、日本とほとんど差がないようです。とすると、月800ドル(約8万円)というのは、生活していくギリギリの収入でしょう。90歳のとき、メドヴェージェフ大統領からロシア連邦英雄という勲章をもらったものの、住んでいたイジェフスクからモスクワまでの旅費が工面できなかった、という話もあります。それでも、この銃によって命を落とした人々の数を考えれば、豊かではないとはいえ94歳の長寿を全うできたのは、それなりに幸せな人生だったのかも知れません。米国の拳銃メーカーであるコルトの創設者サミュエル・コルトは1862年に1500万ドルもの資産を残して亡くなっていますが、まだ47歳という年でした。巨万の富を築いて若死にするか、貧しくとも長生きするのがいいか、何ともいえません。旧ソ連を代表するもう一つの兵器、T34戦車(これは、文字どおりソ連がナチスドイツを打ち破る立役者となった戦車です)の設計主任ミハエル・コーシキンは、T34の完成直後に、現在で言えば過労死のようなかたちで、41歳にして肺炎で亡くなっています。何しろスターリンの粛清のただ中、収容所の中で軍用機の設計を行った技師もいたし、開発中の兵器の試験で何か不具合が発見される度に技師が1人銃殺された、というご時勢、開発失敗したらわが身は、と思えば過労だ何だと言ってはいられなかったでしょうが、まあ生きた心地のしない人生だったろうと思います。
2013.12.24
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原発リスク:巨大噴火の影響大…泊、川内など 学者が指摘国内17カ所の原発に対する火山の危険性について、毎日新聞は全国の火山学者を対象にアンケートを実施した。回答した50人のうち、巨大噴火の被害を受けるリスクがある原発として川内(せんだい)(鹿児島県)を挙げた人が29人と最多で、泊(北海道)も半数の25人に達した。原発の火山リスクについて火山学界の見解が定量的に示されたのは初めて。リスクを指摘された原発の再稼働に慎重意見もあり、原子力規制委員会の審査や再稼働の議論に影響する可能性がある。特任などを除く全国134人の大学教授、准教授らに郵送で実施した。最長60年の稼働期間中に巨大噴火が発生し、火砕流の被害を受けるリスクがある原発を複数回答で選んでもらったところ、29人がいずれかの原発を選択した。その全員が「阿蘇(熊本県)や姶良(あいら)(鹿児島県)など多くのカルデラが周囲にある」として川内のリスクを指摘した。カルデラは巨大噴火の後に形成される非常に大規模な陥没(盆地)地形で、同様に泊、東通(青森県)、玄海(佐賀県)も周辺にカルデラが存在することが懸念された。他は伊方(愛媛県)11人▽女川(宮城県)9人▽島根(島根県)や東海第2(茨城県)など7人の順で、カルデラとの距離が遠くなるほどリスクの指摘は減っている。どの原発にもリスクがないと答えたのは9人、無回答は12人だった。「リスクがある」と答えた人に、それぞれの原発について再稼働の是非を尋ねたところ「再稼働させるべきでない」は川内が19人と最多で、泊15人▽東通11人▽玄海9人▽伊方5人だった。「火砕流が到達した場合は運転員の生存が見込めない」(林信太郎・秋田大教授)などとしている。しかし、「リスクがある」と答えた人でも、巨大噴火の発生する確率は「非常に低い」との指摘が少数あった。一方、カルデラを形成するような巨大噴火が迫っていることを事前に正しく評価できるとしたのは50人中5人にとどまるなど、現在の科学で巨大噴火がいつ起こるのかを評価するのは難しいといえる。原発の新規制基準は、原発の半径160キロ圏にある火山を対象に、最長60年の原発稼働期間中に巨大噴火が発生する可能性の有無を調べるよう電力各社に求めている。(1)巨大火砕流が原子炉を直撃する(2)直撃しなくても周辺が壊滅し原発事故に対応できない−−などの場合は立地不適と判断され廃炉を迫られる。(以下略)---この記事を読んで、真っ先に連想したのは、石黒曜の「死都日本」という小説です。ずっと以前に紹介したことがあったと思いますが、超巨大噴火によって南九州一帯が火砕流に覆われるという内容の自然災害パニック小説です。著者は専業の小説家ではなく、火山の専門学者でもない(本業は医師とのことです)のですが、火山について非常に良く調べていて、火山学者からの評価も非常に高かったようです。で、奇しくも「死都日本」の舞台である南九州が、超巨大噴火のリスクがもっとも高い、と大方の火山学者も考えているので、川内原発が一番リスクがある、という回答になったわけです。引用記事には姶良カルデラと阿蘇カルデラの名しか挙げられていませんが、他に九州南部には、鬼界カルデラ、阿多カルデラ、加久藤カルデラ、小林カルデラがひしめき合っています。カルデラというのは火山の山頂部がへこんでできた盆地状の地形を言います。噴火によってマグマなどが放出されたことにより、火山の地下が底抜け状態になり、陥没することによって生じます。一番分かりやすい例は、↓でしょう。Wikipediaからの引用で、アラスカのアニアクチャク山だそうです。阿蘇を除けば、カルデラの名はあまり馴染みがないと思われますが、姶良カルデラというのは、鹿児島湾を囲むカルデラで、その一角にあるのが桜島です。阿多カルデラは同じ鹿児島湾の湾口部で、開聞岳が一角にあります。加久藤カルデラと小林カルデラは、鹿児島県と宮崎県の県境付近で、互いに隣接しており、その隣接したあたりの一角にあるのが、霧島山です。2011年、震災の少し前に噴火した新燃岳は、霧島山の中にあります。鬼界カルデラは鹿児島の南の沖合い、鹿児島の硫黄島付近の海中にあります。桜島にしても、開聞岳や霧島山、さらに阿蘇山もそうですが、一般的な認識では、それ自体が火山だと思われています。しかし、これらの火山は、カルデラの輪の一角、あるいはその内側で現在も顕著な火山活動が見られる一角に過ぎません。実際の火山は、カルデラ全体なのです。上記のアラスカのカルデラの写真で、カルデラの輪の中にポッコリとひとつ火山があるのが分かります。いわば、これが阿蘇山です。では阿蘇カルデラ全体は?
2013.12.22
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生活保護受給:扶養義務者の年収など基準額公表 大阪市大阪市は12日、生活保護受給者の扶養義務がある親族に市が金銭援助を求める場合の基準額を公表した。扶養義務者が年収600万円で、受給者が14歳以下なら月6万〜8万円と、年収などに応じて最大月20万円の援助基準額を設けた。来年7月から運用を始める。強制力はないが目安を示すことで市が支援を求めやすくする狙いがある。市によると、こうした独自基準は全国初という。民法は生活保護受給者の親子や兄弟に扶養義務があると定めるが、離婚して別居する子供に対してなど家庭環境や経済状況によって援助しないケースも多いという。基準は扶養義務者が受給者の親か子である場合を想定し、受給者の年齢に応じて14歳以下は最大16万円▽15〜19歳は最大20万円▽成人は最大6万1000円−−と基準額を設定した。援助分は受給金額から差し引かれる。橋下徹市長は「あくまで目安だが、まずは親族での援助をお願いしたい」と述べた。厚生労働省は「強制と受け取られかねず、家庭環境なども考慮する必要がある」と指摘している。生活保護を巡っては、これまで芸能人や公務員の親族が受給するケースが議論になった。市によると、親族が受給する市職員が少なくとも156人いるが、援助しているのは、うち13人という。市は職員にもこの基準で援助するよう求める。---ひとくちに扶養義務者と言っても、その実態は様々です。相対的扶養義務者には、3等親以内、つまり甥姪叔父叔母まで入ってきますが、常識的に言って、相対的扶養義務者に扶養義務はない、と言ってしまって構わないでしょう。それに対して、2等親以内、つまり親子兄弟の関係は絶対的扶養義務者とされます。ただ、絶対的扶養義務者だって、その関係性は千差万別です。夫婦関係と未成年の子どもに対しては、「生活保持義務」があります。未成年の子どもに対しては、「ろくでもない息子だから放り出す」なんてことは許されません。もし離婚したとしても、子どもの養育費を払わなければならない、これは当然の話です。引用記事に「扶養義務者が年収600万円で、受給者が14歳以下なら月6万〜8万円」とありますが、14歳以下の子どもが単独で生活保護を受けるということはないので、これは離婚した相手が母子家庭(または父子家庭)として生活保護を受ける、という事例です。この場合、、未成年の実の子どもに対しては養育費を払わなければいけない、ということであって、相手が生活保護を受けている受けていないは、関係ありません。生活保護でなければ子どもの養育費を払わなくて良い、という話ではありません。しかし、成人して独立した子どもとその親は、生活保持義務関係にはありません。まして、兄弟に生活保持義務関係はない。そして、親子関係にしろ兄弟関係にしろ、世の中そうそう「道徳的に正しい」関係ばかりではないのです。色々な事情で親子関係兄弟関係が断絶、なんて話は世の中掃いて捨てるほどあるわけです。去年、お笑い芸人の親が生活保護を受けていた、というので激しいバッシングを浴びた問題がありました。法律的に言えば、その件はなんら不正受給ではないのです。ただ、親子が良好な関係であり、しかも子どもの方は親をネタにして本まで出してながら、しかも親を養うのに十分すぎる収入があるにも関わらず、充分な援助をしない(援助はしていたと報じられていますが、少額だったのでしょう)という点が、道義的にはどうなのか、という疑念は確かに感じます。けれども、親子関係が断絶してしまっているような場合、それでも親を援助しないことが「同義的に問題がある」とは私は思いません。たとえば、です。前述のとおり未成年の子どもに対しては生活保持義務関係がありますが、現実には世の中には離婚しても養育費を払わない親が少なからずいるわけです。そういう親が後年になって困窮したからと言って子どもが援助しなければならないのか、子どもに対して迷惑ばかりかけてきたようなダメ親に対しても援助しなければならないのか、ということです。はっきり言ってしまえば、そういう「親として失格」な人間の成れの果てが生活保護、という事例は結構多かったりするのではないでしょうか。もちろん、生活保護を受けている人がみんなダメ人間、というわけではないですが。聞くところによると、生活保護になると、扶養義務者(親兄弟子ども)に対しては扶養照会という手紙が送られるそうですが、返事が返ってこなかったり、ものすごい返事が返ってくる、という例が少なくないそうですね。「お金の援助をします」なんて親族は、100人に1人くらいらしいです。(そういう意味では、件の芸人は、少額ではあれ援助していたそうなので、生活保護受給者の親族としては稀有な例外だったと言えます)また、子どもの側だって、収入が同じでも家計の状態は千差万別です。独身で年収600万円だったら相当ゆとりのある生活でしょうが、専業主婦の奥さんと子どもが何人かいて、持ち家のローン返済中となったら、余裕なんかほとんどない。そういった関係性や個別の状況を一切無視して、収入だけで一律に援助の「目安」を設けることは、妥当ではないと私は思います。いかに「強制ではない」と言っても、かなりのプレッシャーがあるでしょう。
2013.12.21
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「領土問題に口を出す知事はもういいです」 菅元首相が石原氏を非難 都知事選、自身の出馬否定東京都知事選をめぐり菅直人元首相は19日、国会内で記者団に「領土問題に口を出す知事はもういいです。外交のことは言うが、福祉のことは一切言わない人では困る」と述べた。知事時代に尖閣諸島(沖縄県石垣市)の都の購入計画を進めた石原慎太郎・日本維新の会共同代表を非難したとみられる。菅氏は自身の出馬については「地球が逆さに回ってもありません」と否定した。---尖閣諸島を東京都が購入、などと石原が言い出したことから、日中間の激しい対立が始まったことは明らかです。それが東京都政にとって重大事だというならともかく、東京都とは何の縁もない、千数百キロも離れた無人島を東京都が購入する必然性など皆無でした。ま、別に領土問題に「口出しする」こと自体は自由だとは思いますけれど、そのために都政を政治的火遊びの具に使うのはあまりに馬鹿げている。(どうしてもこういうことをやりたいのであれば、都知事ではなく沖縄県知事になってやるべきです。沖縄県にとっては、尖閣諸島は縁もゆかりもある島ですから)私も尖閣諸島は日本の領土だと思うけれど、ただ単純に強硬主義を振りかざすことが事態の解決に寄与するとは思えないのです。ネトウヨの自尊心は満たせるかもしれないけど、そんなことで何かが解決する、なんてことはありません。結局、その石原は4選から1年半くらいで辞めてしまった。健康を害したわけでもないのに、任期の途中で辞めるな、と思います。任期の途中で辞めるくらいなら最初から立候補すべきではない。結局石原は1年半で辞め、後継の猪瀬も1年で辞める。3年で都知事選が3回目というのは、どう考えても異常です。こんな事態を招いた最初のきっかけは、石原の安易な辞任であるように、私には思えます。
2013.12.19
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国側、組織的隠蔽を否定 栃木県出身自衛官たちかぜ自殺訴訟海上自衛隊の護衛艦たちかぜに勤務していた本県出身の1等海士=当時(21)=が2004年に自殺したのは先輩隊員のいじめが原因だとして、遺族が国などに約1億5千万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審第16回口頭弁論が16日、東京高裁(鈴木健太裁判長)で開かれた。海自情報公開室の元担当者ら2人が証人として出廷し、いじめの実態を調査した乗組員アンケートなどの組織的な隠蔽がなかったことをあらためて主張した。乗組員アンケートについて、国は当初、遺族の情報公開請求に対し「破棄した」としていたが、現職の3等海佐(46)の内部告発で存在が明らかになった。3佐は11日の口頭弁論で「担当者から『文書は破棄したことになっている』と言われた」と証言したが、情報公開室の元担当者は「記憶にない」などと説明。「アンケートが保管されていたのは知らなかった」と述べた。また一審で国側の指定代理人を務めた横須賀地方総監部法務係の元担当者は、関連資料の保管状況が適切だったと説明。3佐は「アンケートの存在は関係者はみな知っていた」としたが、「あったかどうか認識していない」と述べた。傍聴した3佐は「2人ともうそをつき、肝心な部分は『記憶がない』とごまかしていた」と述べた。一等海士の母(59)は「海自は人の命より組織を守ることが大切なんだと感じた。今も組織的に隠蔽をしようとする態度に憤りを覚える」と話した。ーーー問題となっている護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺問題は、wikipediaに記事があります。たちかぜ自衛官いじめ自殺事件先輩の二等海曹から殴る蹴るの暴力や恐喝を受けた被害者が、加害者を名指しする遺書を残して自殺し、遺族がこの加害者と国を相手取って損害賠償請求を行っている裁判です。自衛隊は、部隊によって状況は相当違うようですが、一部の部隊では相当陰湿ないじめがあるといわれます。一方で、自殺も多い。自殺の原因は様々でしょうが、いじめが原因である事例も、決して少なくないようです。自衛隊は、営舎や護衛艦内で集団生活を送るので、そういう事態になったとき、逃げ場がないだけに、被害者は世間一般のいじめより更に悲惨であることは容易に推察できます。要するに、旧軍の新兵いじめの伝統を、部分的ではあれ引き継いでしまっているわけです。自衛隊でのいじめ問題については、当ブログを開設した最初の頃に記事を書いたことがあります。不審火は旧軍以来の伝統か? 海上自衛隊のリンチ死事件かなりあちこちでいじめ、およびそれに起因する不祥事が起こっています。そのことも問題ですが、加えて、海上自衛隊は上記の引用記事にあるいじめ自殺事件を巡って、「たちかぜ」全乗組員を対象にいじめの有無を調べるアンケート調査を実施したにも関わらず、遺族からその公開を求められると、「破棄した」とうそをついて隠蔽を図っています。遺族が海上自衛隊を訴えた訴訟の指定代理人をつとめていた海上自衛隊の三佐がこの隠蔽に気がついて、内部告発を行っています。卑劣ないじめ自殺事件についてのアンケートが隠蔽されたものの、内部告発によってその隠蔽が明らかになった、めでたしめでたとし言いたいところですが、この三佐が、調査の関連文書のコピーを証拠として自宅に保管していたことを理由にして、海上自衛隊が懲戒処分の手続きを行っている、というのです。アンケートを隠蔽したものではなく、隠蔽を告発したものを懲戒処分にすると、国家機関である海上自衛隊が公言しているわけです。要するに、組織を挙げて不祥事は隠蔽する、逆らう者は処罰すると、そう言っているようなものです。現状ですらそうなのに、これで秘密保護法案が施行されてしまったら、隠蔽し放題ということになってしまいます。恐るべきことです。それにしても、自衛隊では毎年80名から100名の自殺者が出ています。自衛隊の人員は22万4千人あまりですから、自殺率は10万人当たり44人ということになります。全国の自殺率は、この間おおむね25人程度、男性に限ると(女性より男性の方が自殺率はずっと高い)35前後ですから、自衛隊における自殺率は全国平均よりかなり高いことが分かります。しかも、自殺率は当然のことながら仕事をしているものより無職、失業者の方がずっと高いのです。自衛官は、当然のことながら無職ではない(兵卒に当たる「士」は任期制で、非常勤待遇のようなもので、身分的には不安定ですが)ので、本来であれば全国平均より自殺リスクは少ないはずなのに、現実には全国平均より自殺率がはるかに高い。その原因のすべてがいじめだ、とは言いませんが、決して無視できないものがあるんだろうなと思います。
2013.12.18
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<チリ>大統領選 社会党の女性バチェレ前大統領が圧勝南米チリで15日、任期満了に伴う大統領選の決選投票があり、即日開票の結果、中道左派連合のミチェル・バチェレ前大統領(62)=社会党=が過半数を得票して返り咲きを果たした。左派政権の復活は4年ぶり。南米ではチリ、アルゼンチン、ブラジルの3カ国で同時期に女性大統領が国政を担うことになる。任期は来年3月11日から4年間。女性2人による決選投票は、開票率99.92%の時点でバチェレ氏の得票率は62.16%。与党・独立民主連合のエベリン・マテイ前労働・社会保障相(60)は37.83%。チリでは軍事政権の終結を受け、1990年から20年間左派政権が続き、4年前の大統領選で初めて右派に政権交代していた。しかし、教育と社会保障の不備に国民の不満が募り、法人税増税を中心とする税制改革や高等教育の無償化を公約に掲げたバチェレ氏に支持が集まった。ロイター通信によるとバチェレ氏は15日、当選を祝う首都サンティアゴ市内の支持者に対し、「きょう私たちは新たな時代に向け一歩踏み出した。チリ国民は大きな変革に向かう決心をした」と述べた。今回の決選投票でバチェレ氏の得票率は、自身の1期目当選時(53.50%)だけでなく、民政移管後に当選したいずれの大統領をも上回る。選挙戦では「みんなのチリ」を合言葉にし、従来の左派支持層以外の有権者も取り込むことに成功した。バチェレ氏は2006~10年にチリ初の女性大統領となった。退任時は政権支持率が8割を超えていたが、憲法で大統領の連続再選が禁じられているため、退任後はチリ政界を離れていた。---ミチェル・バチェレは、チリ史上初めての女性大統領で、引用記事にもあるように、前回大統領の任期中は非常に支持率が高く、しかも政権末期に近づくほど支持率がうなぎのぼりに高まっていったので、もし前回の大統領選に出馬していれば、大差で再選は間違いないところでした。しかし、チリには大統領の連続再選を禁じる憲法の規定があるため、前回は立候補はできず、1期あいだを空けて今回の大統領選に出馬したわけです。チリは、ピノチェトの軍政が終わって以来、4期20年間にわたり、反軍政派の中道左派連合「コンセルタシオン・デモクラシア」(民主主義のための盟約)が政権を握ってきたのですが、4年前バチェレの任期切れとともに、コンセルタシオンは政権を失い、右派政権に変わってしまいました。が、右派政権への国民の支持はあまり高まらず、しかも今回は「出れば当選確実」のバチェレが出馬できる、その上、右派政権は、いったん決まった大統領候補がうつ病を発症して出馬辞退というアクシデントまで起こり、候補者の急遽差し替えを余儀なくされて、選挙結果は戦う前から半ば分かっていたようなものです。チリの現在の大統領選は2回投票制になっています。第1回投票(今回は11月17日に実施された)で過半数を制する候補者がいれば当選ですが、過半数を制する候補者がいない場合は、得票上位2名で決選投票が行われます。バチェレは、圧倒的に人気が高くて、第1回投票で過半数を取って当選を決めるという観測もありましたが、46.7%の得票率でわずかに過半数に届かなかった。とはいえ、2位のエベリン・マテイの得票は25%にすぎず、得票3位で敗北したエンリケ・オミナミ候補が決選投票でバチェレ支援を表明した(彼は、以前はバチェレと同じチリ社会党に所属していた)ことから、決選投票の結果は、大方の予測どおり、バチェレの圧勝となりました。ところで、前述のとおり、民政復帰後、中道左派連合はずっと「コンセルタシオン・デモクラシア」を名乗ってきましたが、今回は「ヌエボ・マジョリア(新多数派)」という名前に変わっています。どういう経緯かなと思って調べたところ、これまでコンセルタシオンには加わっていなかったチリ共産党と、いくつかの左派小党派が加わったことで、名前を変えたようです。チリの国会議員選挙は、きわめて特殊な選挙制度で、二大政党連合が有利になる仕組みのため、共産党を中心とする左派連合はこれまでほとんど議席を取れなかったのですが、2大連合の片方に加わったことで、共産党は大統領選第1回投票と同時に行われた国会議員選挙で、下院で6議席を取っています。バチェレは、チリ史上初の女性大統領であるとともに、選挙で選ばれた大統領としては、おそらくチリ史上稀有な、2期目の大統領となりました。前述のとおり、連続再選禁止という規定があるため、チリで大統領を2期務めるのは非常に難しいのです。過去、2期目に挑戦した大統領は何人かいますが、いずれも2期目の大統領選は敗北しています。多分、これまで唯一2期目をつとめた大統領はカルロス・イバニェス・デル・カンポ(大統領任期は1927-31年と1952-58年)だけだったと思われます。しかも、彼の1期目は、あまり公正とはいえない選挙戦でした。まあ、選挙によらなければ、1973年から89年まで、選挙なしで大統領の座に居座り続けたピノチェトという別格の存在がいますけど。話は変わりますが、大統領選の決選投票を戦った二人の女性候補、勝った社会党のバチェレと負けた右派連合のマテイ、実は深い因縁があると言われます。そもそもマテイは、前述のとおり、「本命」の大統領候補がうつ病で出馬辞退してしまったため、急遽担ぎ出された候補なのですが、よくこの人をバチェレの対立候補にぶつけたな、という感じです。2人とも父親がチリ空軍の軍人であり、元々父親同士が友人で、チリ北部の砂漠の町アントファガスタで育ち、後にはチリ中部の港町バルパライソ近くの同じ空軍基地に住み、家族ぐるみの付き合いをしていて、本人たち自身も幼馴染同士なのです。ところが、両者の関係は1973年9月に暗転します。バチェレの父アルベルト・バチェレ准将は、アジェンデ政権時代にアジェンデを支持し※、ピノチェトの軍事クーデターのあと身柄を拘束されて、拷問で殺されます。一方、マテイの父フェルナンド・マテイは、ピノチェトを支持して、軍政時代に出世し、空軍学校校長、空軍総司令官まで昇進し、その後厚生大臣も勤めています。アルベルト・バチェレ准将が拷問で殺された場所は空軍学校、そしてバチェレが殺されたとき、その空軍学校の校長だったのがフェルナンド・マテイだったのです(もちろん、本人自身が手を下したわけではないが)。ミチェル・バチェレ本人も、クーデター当時社会党に入党していたことから、やはり拷問を受けて国外亡命しますが、1979年にはチリに帰国しています。当時、まだ軍政が苛烈を極めていた時期であり、バチェレはチリ大学医学部を出て医師となる一方、反軍政の地下活動にも参加するのですが、歴然たる「左翼の娘」であった彼女が国外追放を解除されて帰国を許されたのは、マテイの父が裏で手を回したとも言われているようです。だから、二人は敵味方に分かれたっきり、というわけでもなかったようです。このあたりは、おそらく表には出ない色々な裏の経緯があったのでしょう。2人とも(まだ存命中のマテイの父も)、互いの関係については硬く口を閉ざして、一切何もしゃべっていません。ともかく、空軍の将官を父に持つ二人の幼馴染の女性が、片方は左翼の闘士、片方は右翼の闘士となり、やがて両方とも政治家になって、大統領選で激突、まあなかなかある話ではありません。バチェレは、親の血筋なのか、軍事に関心が強く、大統領になる前、国防相もつとめたことがあります。女性の国防相は、チリばかりでなく、ラテンアメリカ全体でも史上初めてでした。かつて自分を拷問した組織の長になるというのは、生半可な覚悟ではできないことでしょうが、彼女は無難に勤め上げています。鋼のごとき精神の持ち主、と言えそうです。※バチェレの父はアジェンデ支持派だったと言われますが、実際のところはどの程度の支持者だったかは判然としません。当時のチリ軍部においては、立憲派が主流を占めていました。立憲派というのは、民主主義国なのだから軍は選挙結果には従うべき、ということです。保守が勝てば保守政権に忠誠を尽くし、中道が勝てば中道政権に忠誠を尽くす。左翼のアジェンデが選挙に勝てばアジェンデ政権に忠誠を尽くすべき、という考え方です。これは、民主主義国の軍人として当然の見識に過ぎず、よく考えればアジェンデ「支持」ではないのですが、結果的に軍内部の右翼勢力に対してアジェンデ政権の擁護者となり、クーデター後はピノチェト政権から弾圧されたことで、「アジェンデ派」と扱われていったわけです。バチェレの父が、アジェンデを積極的に支持していたのか、上記のような意味で「選挙に選ばれた」アジェンデに忠誠を尽くしていたただけなのかは、私には今のところ分かりません。ただ、娘の方はその当時から社会党に入党していたようなので、父親も積極的支持者であった可能性はあります。ピノチェトの前2代の陸軍総司令官はいずれも立憲派でした(2人とも暗殺されている)。
2013.12.16
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機関銃検査データ改ざん、住友重機が防衛省納入住友重機械工業(東京)が防衛省に納入している機関銃について、耐久性などの検査データを改ざんし、同省が要求した性能に満たない製品を納入していた疑いがあることが、同省関係者への取材でわかった。同社製の機関銃は、自衛隊で広く使用されており、同省で経緯を詳しく調べている。同省幹部によると、同社では陸自の機関銃や、海空自衛隊の機関砲などを製造。目標への命中率や射程、弾の速度などの性能は、同省が要求した基準通りに製造する取り決めになっている。ところが、一部の機関銃について、性能確認試験の際、耐久性や発射速度などのデータを改ざんし、基準を満たしたことにしていた疑いがあることが判明。こうした不正は10年以上前から行われたとみられ、問題のある機関銃は1000丁を超える可能性があるという。今年に入って同社から申告があり発覚した。---秘密保護法が施行されてしまったら、こういう報道も罪に問われる可能性を考慮して(実際に罪に問われるかどうかはともかくとして)報道機関が報じることを躊躇してしまう危険がでてきそうです。まさしく、兵器の性能という軍事機密の「本丸」をめぐる報道ですから。以前に、自衛隊が装備品を何でもかんでも国産開発して少量生産、その結果としてとてつもなく高い単価の兵器ばかりであることについて、記事を書いたことがあります。あれもほしい、これもほしい自衛隊の持つ銃器についても、同様の欠点があります。そして、信頼性の面で問題のある銃が多いといわれます。現用の主力小銃である89式小銃に関しては、「高価」という以外は、性能や信頼性の面で大きな問題はないらしいですが、それ以外の銃器は、だいたい信頼性の面で大きな問題を抱えているようです。前世代の主力小銃64式(現在でも使われてる)は、部品の点数が多くて整備が難しいとか、部品が緩んで脱落してしまうので、ガムテープなどを貼って押さえておかなければならないとか、いろいろな話があります。そして、62式機関銃(問題の住友重機械工業が開発・製造)は、ジャム(送弾不良)が多いとか、挙句の果てに、引き金から指を離しても射撃が止まらなくなる銃すらあったそうです。性能がどうこう以前の問題で、命に関わる大問題です。62式機関銃↓その62式機関銃の後継機種であるミニミ軽機関銃は、ベルギーのFN社が開発したものですが、日本では住友重機がライセンス生産しています。本家FN社の製造したミニミ軽機は、信頼性の高い優秀な銃と言われます(だから自衛隊も採用したのでしょう)が、その日本製のライセンス生産品はこんな状態。引用記事によると、問題のある機関銃は1000丁以上とのことですが、おそらくその大半はこのミニミ軽機関銃でしょう。他には、ブローニングM2重機関銃(これもライセンス生産品)などかな。↓ミニミ軽機関銃↓ブローニングM2重機関銃日本製品は品質が高い、というのが世界的な常識ですが、兵器に関しては日本製より外国製の方が品質が高い。品質が高いというのは、酷使に耐えるという面も含めてです。ロシア製のAK47小銃なんか、泥水につけようがどんなに乱暴に扱おうが、動作不良も起こさないし壊れることもないといわれます。まあ、私自身は本物の銃を撃ったことがないので、聞いた話ですけど。品質は低い、値段は高いでは、国産品を使う意味なんか皆無と思えます。国内開発とかライセンス生産とかはやめてしまって、輸入すればいいじゃないかと思うのですが、防衛省はかたくなに国内生産にこだわります。そこに利権あり、ということでしょうか。
2013.12.15
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全滞納者に督促を=国民年金で報告書―厚労省専門委厚生労働省の年金保険料の徴収対策に関する専門委員会は13日、国民年金保険料の納付率を向上させるため、現状では一部を対象としている督促を将来的には全滞納者に実施するよう求める報告書をまとめた。督促に応じなければ、財産の差し押さえなどを受ける可能性もある。同省は報告を受け、2014年度からは一定の所得がある長期滞納者全てに督促を行う方針だ。滞納者に対する督促や、差し押さえといった強制徴収の手続きは、日本年金機構の人繰りなどの事情から、特に悪質なケースなどを中心に未納保険料の約0.2%でしか実施できていない。このため、報告書は費用対効果を踏まえ、まずは一定所得以上の滞納者への督促を必ず行い、最終的には全滞納者に広げるべきだと指摘した。---「高所得の滞納者に督促」という報道もありますが、引用した記事によれば、最初は高所得者に、それから全員にという二段階作戦ということのようです。一定以上の所得がありながら年金保険料を払わない人に督促を行うのは当然の話でしょうが、それよりは収入が少なくて払えない人の方が圧倒的に多いだろうと思います。そういう人に督促状を送っても、効果があるのかな、という気がします。ただ、収入が少なくて年金保険料の支払いが困難、ということであれば、免除申請ができます。国民年金未納者のかなりの部分が、申請すれば免除になるのに、手続きをせず放置しているといわれます。年金保険料の免除期間は、年金額は減額されます(全額免除だと、その期間分の年金額は、現在は半額、2008年度までは1/3に減額)が、年金加入期間にはカウントされます。手続きしなければ、その間の年金はゼロ、もちろん加入期間にもカウントされません。また、いったん免除申請しても、後で支払える状況になれば追納することも可能です。追納すれば、減額もなくなります。どう考えたって、免除申請することにデメリットなど何一つないんだから、払えないなら未納で済ますのではなく免除の相談をしろよ、って思うのですが、それをしない人が4割前後もいる。免除申請のことを知らない人もいるのでしょうが、いくら何でも未納者全員がそうではありません。15年前のデータではありますが、厚労省の調査によると、保険料免除制度の周知度は、全体では63.4%、納付者57.1%で未納者59.4%で、むしろ未納者の方が納付者より減免制度の存在を知っている(減免申請をした者は、当然周知度100%です)。未納者の6割近くは、減免制度の存在を知りながら手続きをしていないわけです。その後、年金の問題、未納の問題が盛んに取り上げられたので、15年前より現在の方が、まず間違いなく周知度は高いはずですが。ついでに言えば、年金は必ずしも老齢年金だけではなく、障害基礎年金というものもあります。不幸にして人生の途中で障害を負ったとき、年金を払うか免除申請をしていれば、障害基礎年金がもらえます(身体障害3級以上、精神障害2級以上)。しかし、未納のままにしてあると、障害基礎年金ももらえない。とはいえ、かくいう私だって、若い頃は年金のことなんて、まじめに考えたことはありませんでした。まあ、誰でも20代や30代の頃は、老後の備えとかは考えないものです。でも人間はいつかは必ず老いる。未納のままでほったらかしにしておくと、年取ったときか障害を負ったときにそのツケがまわって来てしまう。そうやって無年金のまま老後に突入してしまった人たちを見て、嫌でも年金の重要性を認識しないわけにはいかなくなりました。もっとも、社会保険加入の給与所得者は、保険料を源泉徴収されますから本人の意思にかかわらず未納はあり得ませんけど。国民年金は、満額もらったとしても月額で約6万5千円(年額78万円くらい)で、それだけで1人暮らしをするのは困難ですが、それでも、たとえば夫婦2人なら月13万になるわけで、持ち家か家賃の低額な公営住宅、あるいはある程度収入のある子どもと同居しているのであれば、大きな病気がなければこの程度の年金額でも、やっていけないことはない。更に、任意加入の国民年金基金というものもあり、これに加入して年金額を上乗せすることも可能です。私の両親は自営業だったので、年金加入期間の大半が国民年金でした(厚生年金と共済年金の加入期間も少しだけあった)が、国民年金基金にも加入していました。というわけで、年金保険料を払えないなら無理して払わなくてもいいけれど、それなら免除申請だけはしておけと、それだけは声を大にして言っておきたいですね。冒頭の引用記事にしても、督促は督促でも、支払いの督促より免除申請の督促をしたほうが効果がありそうな人ばかりでは、と思います。当然、そういう案内も記載した督促状になるのでしょうが。ちなみに、現在は年金加入期間が合計25年以上(厚生年金、共済年金、国民年金すべて通算して、前述のとおり免除期間も含む)ないと、年金受給権はありません。加入義務があるのは60歳までですが、60歳までに25年に達しない場合は、最大70歳まで任意加入が可能です。(ただし、任意加入では免除申請はできません。年金保険料を払うしかない)しかし、消費税が上がる2015年10月からは、年金受給権までの加入期間が10年に短縮されます。無年金者のある程度の部分が、これによって救済されるでしょう。もっとも、10年の加入期間でもらえる年金額は、たかが知れていますが。
2013.12.14
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ガラケー人気、細く長く…電池長持ち・操作簡単スマートフォンの急成長が続く中、従来型の携帯電話が根強い人気を維持している。仕事で電話を頻繁に使うサラリーマンやスマホを敬遠する中高年の間で、電池が長持ちして通信料も安い従来型を支持する向きが多いからだ。10日発表された統計でも従来型携帯が国内出荷に占める割合は4割と、存在感は大きい。都内の家電量販店の携帯電話コーナーを訪れた会社員男性(53)は、派手に陳列されているスマホではなく、売り場の端に置かれた二つ折りタイプの従来型、いわゆる「ガラケー」を手に取った。男性は「1年間スマホを使ったが、電池はもたないし通話もしづらく、仕事で使いにくい」との理由から、従来型に買い替える予定だという。電子情報技術産業協会が10日発表した国内出荷統計によると、10月に出荷された携帯電話は約192万台で、そのうちスマホは6割、従来型は4割を占めた。携帯電話大手3社は、従来型からスマホへの買い替えを促す戦略をとっているが、この1年で出荷の約6割が従来型という月もあった。調査会社・MM総研の意識調査では、従来型の利用者からは〈1〉スマホより料金が安い〈2〉通話とメールだけなので電池が長持ちする〈3〉使い慣れていて操作が簡単――などの声が聞かれたという。スマホの普及は今後も続くと予想しているが、2017年度は従来型が出荷台数に占める割合は2割弱、契約数だと3割強と一定の需要を見込んでいる。---以前に記事を書いたように、私は4月にiPad miniを購入しました。非常に気に入っていますが、iPad miniでは通話はできません。だから、今もガラケーを使っています。通話はガラケー、ネットはiPad mini(とモバイルルーター※)という組み合わせは、なかなか良いと個人的には思っています。私はスマートフォンは使ったことがないので、ガラケーとの使用感の比較は出来ないのですが、人が使っているところを見る限り、どう考えても通話にはガラケーのほうが向いている。それに、私は、携帯電話の充電は10日から2週間に1回しかしません。それで、バッテリーが充分に保つのです。もちろん、私があまり電話を使わないせいですが。一方、iPadとモバイルルーターのほうは、なかなか10日間はバッテリーが保ちません。特にモバイルルーターは、電源入れっぱなしにしておくと、数時間でバッテリーがなくなってしまうので、使うときしか電源を入れません。そういう使い方をしている限りは、モバイルルーターも数日から1週間程度はバッテリーが保ちます。通話料も安いです。私の場合、月々の携帯代は1900円台です。これも留守電サービスを使っているのと紛失保障を付けているためで、その双方をやめてしまえば月々1300円台です。紛失保障は、遠からずやめてしまおうと思います。購入から5年も経った携帯にそんなものを付け続けても意味がないでしょうから。一方、iPad miniの通信料(厳密にはモバイルルーターの通信料)は、IIJmioで月945円です。両者を合計して通信料の月額は3000円未満です。NTTドコモのスマートフォンは、パケホーダイで月額5000円台ですから、通信料が倍近く違います。欠点は、ガラケー・タブレット・モバイルルータの3台持ちになるので、重くてかさばることでしょうか。しかし、私自身は3台持ちが重くてかさばると思ったことはないです。毎日出勤時に持ち歩くカバンに、いつも入っていますし、テントで山登りをするときももって歩きました。ちなみに、3つの重さの合計はだいたい500gくらいです。もうひとつ、ネットに接続するときに、ルーターの電源を入れてからタブレットの電源を入れるのが、面倒と言えば面倒ですね。iPadは待機状態なので電源入れればすぐ使えますが、モバイルルーターは電源入れてから通信状態まで、20秒以上かかります。その待ち時間も面倒かもしれません。でも、パソコンを起動するよりはずっと早いですけど。ま、手間と値段は反比例しますから、こんな手間が面倒なら、高くてもパケホーダイ、ということになるでしょう。前述のとおり、私の携帯は5年前に機種変更した超旧式機ですが、まだまったく問題なく使えています。バッテリーだけ、今年の夏に新しいものに交換しましたが、交換してみて気がついたのは、5年使っても、バッテリーはそれほどヘタっていなかった、ということ。改めて計算すると、1回充電して10日から2週間使えるということは、年間に30回程度、5年間で150回程度しか充電していません。リチウムイオン電池は、約500回程度充電可能だそうなので、まだ全然限度に達していなかったわけです。この分だと、このケータイ、あと5年、いや10年くらい使えるかも。モバイルルータは、バッテリーは2週間も保ちませんが、そのかわり予備バッテリーを購入して1ヶ月ごとに入れ替えながら使っています。一番問題なのは、バッテリー交換が自分では不可能なiPad miniでしょうか。いずれにしても、私はこのケータイがぶっ壊れて使えなくなるまでは、ガラケーを使い続けます。いや、ぶっ壊れても次のケータイはやっぱりガラケーです。※タブレット自体にSIM搭載が可能で、自力で携帯回線に接続できるものもあります。そういう機種を使えば、モバイルルーターは不要で、ケータイとタブレットの2台持ちで済みます。私の場合はiPad miniにこだわってしまったのと、山で使うことが念頭にあったため、3台持ちになってしまいましたが。
2013.12.13
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安全保障戦略に「愛国心」明記へ 自公が了承自民、公明両党は10日、政府の外交・安全保障政策の指針となる国家安全保障戦略(NSS)に、「愛国心」を明記する方針を了承した。国の安全保障政策が、個人の心の領域に踏み込むことにつながり、論議を呼びそうだ。政府がこの日の与党・安全保障に関するプロジェクトチーム(PT)にNSSの政府案を提示。その中で、国家安全保障を支える社会的基盤を強化する目的として、「国を愛する心を育む」と記した。これに対し公明党は、2006年の第1次安倍内閣下で成立した改正教育基本法に基づき、「我が国と郷土を愛する態度を養う」とするよう求めた。そのため「愛国心」に関する記述をすることは確認。具体的な表現ぶりについては、今後政府と公明党とで調整したうえで、17日をめどにNSSと防衛大綱を閣議決定することを了承した。---「国を愛する心を育む」なのか「我が国と郷土を愛する態度を養う」なのか知りませんが(どっちにしても似たようなもの)「国家安全保障戦略」の基盤が愛国心って、ひとことで言って「バカですか?」って思います。手元の岩波国語辞典には、「戦略」の意味が以下のように出ています。戦争・闘争のはかりごと。戦争の総合的な準備・計画・運用の方策。「-を立てる」「企業-」△戦術より対極的なものを言う。Wikipediaの「戦略」の説明は以下のとおりです。戦略(せんりゃく、英: Strategy)は、一般的には特定の目標を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・科学である。「戦争の総合的な準備・計画・運用の方策」にしても、「資源を総合的に運用する技術・科学」にしても、それはかなりの程度技術的な課題ということになります。そこに「愛国心をはぐくむ」とか、明後日の方向を向いているにもほどがある。この記事をみた瞬間、私は不意に思い出したことがあるのですが、太平洋戦争中、敗色濃くなってきた折、東条英機首相は大々的に伊勢神宮に必勝祈願の参拝を行い、その次の小磯国昭首相に至っては、「全国民伊勢神宮に必勝祈願」なんてことをぶち上げています。愛国心と必勝祈願、本質的には似たようなものだと思います。必勝祈願というのは神頼みですけれど、「こんなに日本の勝利を願っている(つまり、愛国心が強い)のだ」ということを神様に見せれば、戦争に勝てる、というわけですから。そういうのは、空虚な精神主義としか思えないのです。だいたいにおいて、この種の空虚な精神主義というのは、他に打てる手がなくなると沸いてくるものです。戦時中の日本だって、敗色濃厚になって、何やっても負け、という状態になると、こういう神頼みがはびこり始めたわけです。ということは、最初から「愛国心」などという神頼みを掲げる「国家安全保障戦略」なるものは、ロクなものじゃない、ということです。だいたい、愛というのは自然発露的なものであって、他人が与えたり強いたりするものではないでしょう。私だって、私なりに愛国心はありますが、ネトウヨ諸氏や安倍首相とは、その具体的な面はかなり違う。私は日の丸は好きですが、日の丸を振りかざすことが愛国心の発露だとは思いませんし。しかし、愛国心過剰な人たちは、自分たちの愛国心の形以外は認めたくないようです。そういった愛国心過剰な人たちが国を正しい方向に導くことができるのか。満洲事変、日中戦争、5.15事件、2.26事件、ノモンハン事件、太平洋戦争・・・・・・どう考えても、愛国心過剰な人たちが国を破滅に導いてきたとしか思えません。そういう意味では、むしろ過剰な愛国心を抑えることのほうが、安全保障の基本として重要なんじゃないでしょうかね。余談ですが、愛国心が過剰な人たちに限って、「友愛」は嫌いだったりします(笑)。本当に友愛が嫌いなのか、その言葉を使いたがる元首相が嫌いなだけなのかは分かりませんけど。「友愛をはぐくむ教育」をすると、友愛が嫌いな人が友愛主義者になったりするんでしょうかね。まあ、あり得ないと思いますけど。
2013.12.12
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石破氏「特定秘密報道は処罰対象」…直後に訂正自民党の石破幹事長は11日、日本記者クラブで記者会見し、特定秘密保護法に関連して、報道機関が特定秘密を報じることについて「報道によって我が国の安全が極めて危機に瀕(ひん)するなら、何らかの方法で抑制されるべきだろう」と述べた。報道が処罰対象になる可能性を記者団に問われると、「最終的には司法の判断になる」と、否定しなかった。石破氏は直後に党本部で記者団に「特定秘密を漏えいした公務員は罰せられるが、報道した当事者は全く処罰の対象にならない。抑制は求めない」と述べ、発言を訂正した。その上で「(報道で)国家の平和や安全、人々の生命に影響が及ぶことは決して好ましいと思わない。そういうリスクを承知で報道するのは、報道機関の責任だ」と説明した。---つい本音が出てしまったものを、後で慌てて訂正したわけですね。しかし、「特定秘密を漏えいした公務員は罰せられるが、報道した当事者は全く処罰の対象にならない。」とありますが、実際には、漏洩を教唆した場合は処罰の対象になる、という内容の法律です。報じること自体は罪に問われなくても(石破は罪に問いたくて仕方がないようですが)、そのために「情報を教えてくださいよ」と求めれば秘密漏洩の教唆になりえてしまうわけです。「国家の平和や安全、人々の生命に影響が及ぶことは決して好ましいと思わない。」と言いますが、一般論としてはそうかもしれません。しかし、ある報道が「国家の平和や安全、人々の生命」にプラスの影響を与えるかマイナスの影響を与えるか、というのは、そうそう簡単に結論の出る問題でもありません。たとえば、太平洋戦争当時日本には報道の自由なんてなかったわけで、新聞はただただ大本営発表をそのまま記事にする国家の広報機関に成り下がっていたわけです。そのとき、もしどこかの新聞が「ミッドウェー海戦で帝国海軍大敗北、空母4隻を失う」とスッパ抜いていたとしたら(実行すれば、間違いなくその新聞は新聞紙法違反で発行禁止を喰らったでしょうが)どうでしょう。その報道は、「国家の平和や安全、人々の生命」にプラスの影響を与えたのか、マイナスの影響を与えたのか。少なくとも、軍部はそのようなことを公表したら国民の士気が下がる、あるいは軍部に対する信頼が失われるから戦争遂行上(つまり国家の安全上)マイナスだと考えて、ウソの発表をしたわけです。実際、公表されれば国民の士気は下がったでしょうから、その限りにおいては軍部の判断は合理的だったのかもしれません。国民の知る権利より戦争遂行(勝利)に重きを置く価値観の上では、ね。でも、そのような判断によって報道管制をしいて、敗北を隠蔽したことが、結果として正しかったのかと言えば、そうではないことは歴史が証明しているとおりです。「国家の平和や安全、人々の生命」に何がプラスで何がマイナスか、それは各人の立ち位置や思想によっても違うでしょうし、短期的な面と長期的な面が背反する場合もあるでしょうし、そもそも「平和」「安全」「生命」はまったくのイコールと言うわけではないので、そのうちのどれを一番重視するかによっても違ってくるでしょう。また、「国家の平和や安全」が「現政権の平和や安全」にすりかえられる可能性も、充分に考慮すべきでしょう。したがって、政府が一方的に「このような報道は国家の平和や安全、人々の生命を害する」と考えたとしても、本当にそれが正しいかどうかは分からないのです。多分、本当のところは誰にも分からない。それにもかかわらず、政府が一方的に判定する「国家の平和や安全、人々の生命」への利益不利益に従って報道を抑制しろ(内心では処罰しろ)というのは、政権与党の幹部として思い上がりも甚だしい、としかいいようがありません。そもそも、それ以前の問題として、「何が特定秘密なのか」が秘密である以上、報道機関が特定秘密を報じることの是非を言っても意味のないことです。報道しようとしている内容が「特定秘密」なのかそうでないのか、報道機関の側には分からないんだから、「特定秘密を報じちゃいかん」というなら、「どれが特定秘密なの?」という話になります。
2013.12.11
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輸送防護車4両購入へ 防衛省、邦人搬送に投入防衛省は9日、緊急時に自衛隊による在外邦人の陸上搬送を可能にする改正自衛隊法の成立を受けて、地雷などに耐えられる輸送防護車4両を新たに購入する方向で検討に入った。財務省などと最終調整した上で、12日にも閣議決定する平成25年度補正予算案に盛り込みたい考えだ。輸送防護車は、海外から購入する予定で、米国製の「M-ATV」やオーストラリア製の「ブッシュマスター」と呼ばれる機種の装甲車を想定している。いずれも道路脇に仕掛けられた地雷や手製爆弾に耐えられる機能を備えている。自衛隊でも国産装甲車の開発を急いでいる。実用化まで外国製の装甲車で代替する。改正法で航空機や船舶に加え、車両による邦人搬送が可能になったが、テロ攻撃からの安全確保策が課題となっていた。---悪法秘密保護法が成立する少し前に、自衛隊法の改正案も成立していたようです。これについては、以前にも記事を書いたことがあります。自衛隊法改正?結局、安倍政権は海外で自衛隊が邦人の陸上輸送を行うことまで可能にする法改正を実現してしまいました。その上、実際にそのための車両まで購入するというのです。ひとことで言って、何でもかんでも武力で解決しようという方向に傾きすぎていて、そこにどれだけの現実性があるのかが、省みられていないようです。今回の自衛隊法改正の背景にあるのは、今年1月、アルジェリアの天然ガスプラントで起きたテロで、日本人10人が犠牲になった事件があります。こういう事件を防ぐために何とかならなかったのか、という気持ちは分かるのですが、結論としては「なんともならなかった」と言うしかありません。少なくとも、自衛隊が乗り出すことが事態の改善に結びつくことはありません。そもそも、自衛隊が海外で陸上輸送を行う、ということはつまり自衛隊の地上部隊が外国の領土上で作戦行動を行うということです。それには当然相手国の許可がいります。相手国の許可なく地上部隊を外国に送り込むことは侵略でしかありません。もちろん、自衛隊の飛行機を外国に飛ばすこと自体も相手国の同意が必要なのは同様なのですが、飛行機を空港まで受け入れることは、拒否される可能性は低い。たとえば、日本政府専用機は、航空自衛隊が管理・運営していますが、海外の空港で受け入れを拒否されたという話は聞いたことがありません。空港というのは、そもそも外国からの飛行機を受け入れることが当然の前提として存在するものだからです。しかし、それに比べて自衛隊(軍)が相手国内で陸上輸送というのは、はるかに敷居が高い。まずたいていの国が、自国内で外国の軍が動き回ることを容認はしません。そもそも、日本自体が、国内で大事件が起きたとき、外国の軍隊が「自国民保護」という名目で日本国内で自国民輸送の任に当たることを容認するかどうかを考えてみるべきでしょう。そういう行動を認める可能性がある相手は米軍だけでしょう。それ以外の国に対して、日本政府が軍による国内での地上輸送を認めるはずがない。とすれば、当然諸外国だって日本の自衛隊による国内での地上輸送を認めるわけがない、という結論になります。外国の軍を国内に受け入れるかどうかというのは、国家主権の根幹に関わる問題ですから、そこはそんなに簡単に曲げられるものではありません。たとえば、アルジェリアのテロで犠牲になったのは日本人だけではなく、フランス人やイギリス人もいましたが、フランスやイギリスは自国民保護のためアルジェリア国内で陸上輸送をしたでしょうか。確認はしていませんが、おそらくそんなことはしていない(できない)はずです。相手国の同意もないのに自衛隊による陸上輸送を強行する、そんなことは許されるものではないと同時に、不可能なことでもあります。ふつうに考えて、4両やそこらの輸送防護車を無理やり送り込んで、相手国軍に取り囲まれたら、勝つ術などあるわけがない。両手を上げるしかない。別に自衛隊に限った話ではないです。世界のどこにでも、相手国の軍事力を圧倒できるだけの兵力を送り込む、そんな能力をもつ国は、世界中に米国しかないのです。日本がその米国と道東の能力を持つことは不可能だし、望ましくもない。過去、緊急時の邦人輸送が大きな問題になったのは、イラン・イラク戦争時のイランと、湾岸戦争時のイラクですが、そのいずれの場合も自衛隊が現地で陸上輸送を行うことなど、物理的にまったく不可能でした。世界のいかなる国の軍隊も、イラン・イラク戦争時のイランや湾岸戦争時のイラクの国内で地上輸送を行うことなど不可能だったことは、説明の必要もないでしょう。そういう意味では、まったく実現性のない事態のために自衛隊法を改正して、そのための装備すら購入しようという、実に税金の無駄遣いとしか思えないことをやっているわけです。
2013.12.10
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香山リカ秘密保護法に反対してる人がみなキライだからきっと良い法律なんだろ、という意見をネットでよく見る。反対を語れば語るほど逆効果になるくらい嫌われてるちゅうことを、私を含めたいわゆるリベラル派は考えてみなきゃ。これじゃ反対会見開いてかえって法案成立に貢献しただけ、ってことになる。---日本を戦争に巻き込むのは誰か他方、朝日新聞のアンケートによると、上のように「日本の安全が脅かされている」と感じて「法案に賛成」の人は4959人で、法案に反対の1236人の4倍だ。これは2ちゃんねるなどでおもしろがって投票した人が多いためと思われるが、少なくとも朝日新聞ばかり読んでいる老人とは違う意見の人がネットには多いことを示している。またBLOGOSでは、私の「強行採決は民主主義の機能する第一歩」という記事が、きのうの「最も支持された記事」だった。---香山リカという方は、リベラル勢力の一員と自認し、秘密保護法にも反対しているようですが、どうういう勘違いの結果か、池田信夫などという政治的姿勢が(おそらく)対極にある右翼・競争原理至上主義のネット言論人と同じ結論に到達してしまったようです。池田信夫が書いているネット世論調査というのは、こちらのようですが、「2ちゃんねるなどでおもしろがって投票した人が多いため」とあるところから明らかなように、ネット投票の結果です。(ツィッターアカウントを持っていないと投票できないようで、私は投票できませんでした)そして、香山リカが言っているのは、投票ですらなく、ネット上で主張しているネットウヨクの動向を見ての意見まようです。ま、確かに今現在リベラル、左派勢力が全体として大きな支持を受けているとはとてもいえないのは確かです。でも、「反対を語れば語るほど逆効果になるくらい嫌われてる」というほどのものでもありません。なぜなら、「ネット世論」というのは本物の世論ではないし、まして、ネット投票は世論調査ではないからです。世論調査というのは、調査対象の母集団が日本全体の世論と大きくは乖離していない、という担保が必要です。通常は、電話帳から一定数を抽出して調査が行われます。もちろん、それは万全な調査方法と言うわけではありません。たとえば固定電話を持たずに携帯しか持たない人は、どうしても母集団から外れる。いつも家にいない人も、調査対象には入るけど無回答になってしまう。などの問題があります。(もっとも、世論調査は土日にかけて行われるので、無職・いつも在宅、という人ばかりに調査対象が偏ることは避けられますが)いずれにしても、世論調査の調査手法は完全無欠というわけにはいかないものの、ネット投票に比べれば、信頼性は比較の段ではありません。この件でもっとも有名な事例が二つあります。ニコニコ動画世論調査、都議選「投票に行く」66%、自民支持がトップ動画共有サイト「ニコニコ動画」が、東京都在住の利用者に行ったアンケート調査によると、7月12日の東京都議会議員選挙で「投票に行く」という回答は66.3%にのぼった。投票先は「自由民主党」が31.1%で最も多く、次いで「民主党」が11.8%。以下「日本共産党」が4.4%、「公明党」が2.3%、「東京・生活者ネットワーク」が1.1%、「社会民主党」が0.5%、「その他」が4.6%だった。調査は、6月25日23時10分にニコニコ動画を視聴していた東京都在住の利用者を対象に実施し、1万2507の回答を集めた。集計対象は20歳―40歳代。50歳以上は回答が少ないため除外している。---このときの、実際の都議選の投票結果は、自民党25.9%(38議席)、民主党40.8%(54議席)です。「自由民主党」31.1%、「民主党」が11.8%というネット投票の結果とまったく乖離していることは一目瞭然です。そもそも、回答者が本当に東京都民なのかどうかの担保すらないわけです。もっとも、それに続く総選挙でも類似の「調査」が行われ類似の結果だったように記憶しています。4年以上前のことなので、ネット上に記事は発見できませんでしたが。そしてもうひとつ。昨年の総選挙の際、民主党から袂を分かった小沢一郎の「国民の生活が第一」が、ネット投票で支持率5割近くを獲得するという事件が起こりました。ところが、大手マスコミの世論調査では「国民の生活が第一」の支持率は低迷しており、苦戦と報じられていました。一部のネット論者が「捏造報道だ」と騒いだりしましたが、結果的に、「国民の生活が第一」の後継政党である日本未来の党の得票は、小選挙区5.0%、比例区5.6%で惨敗し、ネット投票と世論の動向がまったく無関係であることが、再度確認されたわけです。※ただし、選挙予測報道の場合、「××党の支持者は本当に投票した政党の名を言わない傾向がある」など、長年の調査によるノウハウの蓄積があり、世論調査の結果のみではなく、それ以外の情勢調査の結果も加味して報道するようですがおそらく、ネット上の動向と現実世界の投票行動が一致した、唯一の例が2005年小泉政権の郵政選挙です。それだって、実際にはネット「世論」と現実世界の世論には相当の乖離があったはずですが、大筋としてネット上で小泉支持派に勢いがあり、選挙結果も自民党大勝となった。しかし、それ以降ネット「世論」と現実の投票行動が一致したことは、ほとんどありません。ヤナギの下に二匹目のドジョウはいないのです。ネット上には様々な意見が満ち溢れています。しかし、ネット上で人気のある意見が、現実社会でも人気があるとは限りません。また、ネット上で真実であるかのように語られていることが、論理的に明らかに間違っていることだってあるわけです。ネット上の真実を本物の「真実」だと思い込むと、とんだ勘違いを起こすことになります。池田信夫が「BLOGOSでは、私の『強行採決は民主主義の機能する第一歩』という記事が、きのうの『最も支持された記事』だった。」などと書いているけど、これなどはまさしく、ネット上の信者たちの間でどれだけ多くの「ポチッ」を獲得したということと、世論一般の間には、何の関係もありません。池田信夫という人物は、バカではないはずなので、そのあたりは内心分かった上でわざと主張しているのでしょうが。
2013.12.09
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「ゼロ」からの転換 原発を活用する出発点に安倍晋三政権が「エネルギー基本計画」の素案を提示し、安全性が確認された原発を「重要なベース(基幹)電源である」と位置付けた。民主党政権が進めた「原発ゼロ」に決別し、原発の活用再開に取り組む姿勢を示したものとして評価したい。安定的で安価な電力供給を確保するには原発の活用が欠かせない。政府は基本計画を着実に実行するため、原発の早期再稼働に取り組んでほしい。政府の中長期的なエネルギー政策の指針となる基本計画は、経済産業省の審議会で今春から改定が進められてきた。年内に最終的な計画を取りまとめ、年明けには閣議決定する。経産省が示した計画素案には、原子力規制委員会が安全性を確認した原発は再稼働を進めるとの方針を盛り込んだ。そのうえで「エネルギー需給を支える重要電源」と明記し、今後も原発を活用する姿勢を打ち出した。安倍首相は政権発足時に「原発ゼロをゼロベースで見直す」としていた。実際に政府の計画に明示されたことで、電力会社はこれからも原発の活用に向け、継続的な設備投資などを経営計画に盛り込むことができる。一方で、原発の新増設方針が明記されなかったのは残念だ。原発の運転期間を40年に規制したまま新設がなければ、2050年にも原発はゼロになる。建て替えを含めた新設の容認で原発を維持する姿勢を明示することは、海外との化石燃料の価格交渉を有利にすることにもつながる。国内で稼働中の原発は現在ゼロであり、老朽化した火力発電設備が故障する恐れも強まっている。原発停止に伴い、東日本大震災前に比べて今年度は3・6兆円の燃料費負担が増加する。これは電気料金の値上げに跳ね返る。来年4月には消費税が増税される。さらなる電気料金の負担増は産業や家計にもマイナスだ。安倍政権は、日本経済の再生のためにも、原発の早期再稼働を主導しなければならない。計画素案は、使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクル政策も維持するとした。民主党政権の原発ゼロ戦略には、原子力技術の喪失を懸念する声が欧米からも寄せられていた。日本には今後も高い原子力技術を通じて国際貢献する責務があると銘記すべきだ。---秘密保護法と前後して、安倍政権は原発ゼロ政策も反故にすることを決めてしまいました。原発は「引き続き重要なベース電源」だというのです。核燃料サイクルも引き続き推進だそうです。それを嬉々として報じる産経新聞のこの社説がまた凄まじいです。「老朽化した火力発電設備が故障する恐れも強まっている。」のだそうですけど、火力発電の故障は心配でも、老朽化した原発の故障は心配じゃないようです。「原発の新増設方針が明記されなかったのは残念だ。」ともありますが、さすがにいくら安倍政権でも、今のタイミングで原発の新増設なんてことは言えない、言ったところで実現不可能という現実は分かっている、ということでしょう。もっとも、あと10年くらいしたら(そのときまでに大きな地震などが再び起こっていなければ)原発新増設を言い出す可能性は大いにありますけどね。実現不可能といえば、核燃料サイクルも明らかに実現不可能ですが、これは引き続き強行するようです。ということは、六ヶ所村の再処理工場を動かす、ということです。通常の軽水炉でも、MOX燃料(プルトニウムを混ぜた核燃料)が一部使われていますが、再処理で生じるプルトニウムは、それだけではとても使いきれる量ではなく、実際日本は使うあてのないプルトニウムの在庫がどんどん増えている状態です。それなのに核燃料サイクル推進ということは、高速増殖炉をまだあきらめない、ということです。(確かに、文科省は高速増殖炉を引き続き続けるつもり)しかし、それはあまりに実現性がない。「もんじゅ」を再び動かすというのは、どう考えてもあり得ない選択であるとしか私には思えないのですが、それを本気でやるつもりなのでしょうか。
2013.12.08
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特定秘密保護法案が参院で可決、成立してしまいました。極めて残念な結果です。思えば、安倍は前回首相在任中も、同じように強行採決を乱発してきました。10ヶ月間で18回だったか強行採決が行われた。その結果(それだけが原因ではないだろうが)2007年7月の参院選で自民党は大敗して、以降は身動きができないまま9月に政権放り出しに至ったわけです。2009年の衆院選もそうでしたが、それに匹敵するくらい、2007年参院選での自民党への逆風は強烈なものがありました。ちょうど選挙期間中の7月下旬に、私は家族で北海道東部(川湯温泉と知床)に旅行に行ったのですが、自民党の元幹事長武部勤がそのあたりを地盤にしていて、武部の顔写真入りのポスター(武部自身は衆議院議員だったはずですが)に「逆風に負けるな」というスローガンが書いてあることに、思わず失笑してしまったことがあります。「逆風に負けるな」なんてのは、一般有権者には関係ない、選挙事務所の内側にでも掲げておくべきスローガンだろうと思ったからです。それとも、このあたりでは有権者がほとんど全員自民党員か、強固な支持者なのでしょうか。(いや、そんなことはありません。中選挙区時代は、旧社会党が5議席中3議席を取っていたこともある場所です)あの当時、まだ日本の景気はそれほど悪くはありませんでした。米国のサブプライムローンは、すでに破綻し始めていたものの、まだあまり表面化はしておらず、危機が表面化したのは翌2008年の後半になってからのことです。それにも関わらず、当初は非常に支持率の高かった安倍政権が急激に支持を失い、参院選大敗に至ったのは、おそらくは強行採決乱発という政治姿勢が原因でしょう。今回安倍は再登板に当たって、前回政権時の失敗を反省して、「謙虚に丁寧に慎重に、時に大胆にやっていきたい」と語ったとか。全然謙虚でも丁寧でも、慎重でもないじゃない。彼が学んだのは、おそらく強硬姿勢をとると選挙に負ける可能性があるから、次の選挙がしばらくないときに強硬姿勢をとろう、ということだけだったのではないかと思われます。だから、7月の参院選まではおとなしくしていて、それ以降衣の下の鎧をむき出しにし始めたのでしょう。何しろ、3年後の参院選まで国政選挙はないですから。※衆議院が解散することは論理的にはあり得ますが、多数を握る側が率先して解散することはないでしょう。だから、世論がどれだけ反発しようが、どんな政策でもこの3年間のうちに、好きなように実行できる、野党が反対するなら強行採決だ、ということなのでしょう。秘密保護法暗には批判が多くても、安倍政権の支持率は高いので、自信を持っているのでしょう。実際には、安倍政権への支持は、それほど磐石なものでもありません。すでに何度か指摘していますが、先に触れた2007年の参院選の得票は、以下のとおりです。自民党 比例区1654万票 得票率28.1%公明党 比例区776万票 得票率13.2%自民党が下野した2009年の総選挙は、こうです。自民党 比例区1881万票 得票率26.7%公明党 比例区805万票 得票率11.7%一方、自民党が大勝した昨年の総選挙は自民党 比例区1662万票 得票率27.6%公明党 比例区711万票 得票率11.8%今年7月の参院選は自民党 比例区1846万票 得票率34.7%公明党 比例区756万票 得票率14.2%自民党が大敗したときも大勝したときも、得票数自体はほとんど変わっていないのです。それなのに自民党が大勝したのは、ひとつの理由は、自民党がどうこう以前に、民主党が大幅に得票を減らして勝手にこけたこと。その票は一部は維新の会やみんなの党に流れ、あとは棄権に流れた(だから、自民党の得票数は惨敗したときと変わらないけれど得票率は上がっている)そして、もうひとつの理由は、小選挙区制の弊害です。大政党は実際の得票率以上に議席数を取ってしまう。大勝した選挙でも、自公の得票率は5割にも達していません。議席数からイメージされるほどには、有権者が自公政権を支持しているわけではないのです。安倍政権の「やり過ぎ」を感じれば、国民の支持は急激に減衰するでしょう。もっとも、安倍がどんなに支持を失っても、野党がそれ以上に支持を失っていたら、現状と何も変わりませんが。自民党の代わりに維新の会が出てきたって、自民党の亜流、ある面で自民党より酷い政策しか提示しないでしょうし、党内がバラバラの民主党が、現状のままで再び政権につく目があるとは思えません。私はもっぱら社民党共産党に票を投じていますが、社民党共産党が現状のままで大きな支持を獲得できるとは、いくら私でも思いません。今こそ、野党、いや、リベラル~左派勢力の真価が問われるときでしょう。それはともかく、昨日の集会の写真などといっても、日の暮れたあとなので、真っ暗な写真ばかりです。日比谷公園にてデモの出発を待つ間、私は例によってケーナの練習をしていました。待ち時間は結構ありました。デモに出発、銀座方面に向かう隊列もあったようですが、私は国会方向の隊列に。デモ隊列日比谷公園の集会とは別に、最初から国会近くに集まっている人たちも相当数いました。怪獣たちのいるところ法案の可決は深夜だったようですが、私は風邪気味だったこともあり、さすがにその時間まで現地にいることはできませんでした。帰宅して、一夜明けたら完全に風邪て゜喉が痛い。しかも、今日はあるグループの練習が・・・・・・、ちゃんと練習に行き、笛も吹きました。実は、明日もあるグループの演奏があるのです。(仲間内の忘年会での演奏)どんなに喉が痛くても、笛はちゃんと吹けるのです。喉が完全に潰れて、声が出なくても笛の音は出る。ま、あまり喉に良くはないでしょうが。今は、喉が痛いとはいえ、そこまで酷い状態ではありませんが。
2013.12.07
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今日も国会前で集会が行われていますが、諸事情により今日は行っていません。明日は「秘密保護法」廃案へ!12・6大集会が行われます。場所 日比谷公園野外音楽堂日時 12月6日 集会18時30分~19時15分 (開場17時30分)/国会デモ19時15分~明日は私も参加します。最初から最後まで参加できるかどうかは分かりませんが。(私が着くころには野外音楽堂はいっぱいになっていて入れない可能性が高い)11月25日に福島で開催された地方公聴会では、自民党推薦者(馬場有・浪江町長)も含む公述人全員が秘密保護法案への反対しています。秘密保護法案 福島公聴会 与党推薦者も強い疑念与党が推薦したのは、今も「帰還困難区域」を抱える福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長と、畠中信義いわき短大特任教授。馬場氏は原発事故後、放射能拡散予測の公開が遅れたため、住民が放射線量の高い地域に避難した経緯を説明し「適切な経路を示してくれれば被ばくは防げた」と政府を批判。畠中氏は「知る権利」の重要性を指摘し「国民が判断するには情報が重要だ」と秘密保護より情報公開を進めるよう要求した。与党側は馬場氏との質疑で「原発情報は特定秘密の対象にならない」との政府解釈を持ち出して理解を求めた。しかし、馬場氏は納得せず、原発施設の警備情報はテロ防止のため公表されないことを指摘。秘密が際限なく広がりかねない懸念から「どう絞り込むのか。慎重に議論を尽くすことが大切だ」と強調した。野党推薦の公述人からも「今ある法律で十分だ」「拡大解釈はしないというが、歴史を踏まえると権力は腐敗する」と反対論が相次いだ。---続いて、12月3日参議院特別委員会で開かれた公聴会でも、再び自民党側推薦の公述人(全国地方銀行協会元会長瀬谷俊雄)が法案への疑念を表明しています。参院委 特定秘密保護法案で参考人質疑この中で、与党側が推薦した全国地方銀行協会元会長の瀬谷俊雄氏は「特定秘密を守るために規制がかかるのはやむをえない。ただ、民間人が処罰の対象になるのはどうかと思う。銀行員は、知りえた秘密は現役時代も退職後も守る。あえて懲役刑を設ける必要はなく、特定秘密を保護しなければ国益を害するものに極力絞るべきだ」と述べました。---その結果、昨日12月4日にさいたま市で開かれた地方公聴会に自民党がつれてきたのは、何と自衛隊関係者(川上幸則・前陸上自衛隊化学学校長、今年8月に退職したばかり)です。自民党の「期待どおり」の賛成論をぶってくれる公述人は、一般人の中からは見つけられなかったのでしょう。自らの推薦する公述人からさえも反対や疑念が表明される中、それでも自民公明は特定秘密保護法案を強行しようとしています。今日参院特別委員会で強行採決、明日本会議での採決が言われているようです。何はともあれ、特定秘密法案に断固として反対です。
2013.12.05
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旧日本軍の大型潜水艦 約70年ぶりにハワイ沖で発見太平洋戦争中に旧日本軍が建造した、当時としては世界最大級の潜水艦がハワイ沖の海底でおよそ70年ぶりに見つかり、注目が集まっています。見つかったのは、旧日本海軍の潜水艦「伊400」です。ハワイ大学の研究グループが20年余りかけて調査を進めた結果、オアフ島沖合の深さ700メートルの海底で見つかりました。潜水艦は全長およそ120メートルで、映像からは甲板や機関銃のようなものが見られます。潜水艦は、翼を折りたたんだ爆撃機3機を搭載し、それらの爆撃機は潜水艦が海上に浮上してから僅か数分で飛び立つことができるなど、高い攻撃能力を持っていました。また、給油をせずに地球を1周半できる能力があったとされ、当時としては最新鋭のものだったということです。この潜水艦は、旧日本軍による出撃の途中に終戦を迎えたことからアメリカ軍が接収し、最新の技術が当時のソビエトの手に渡ることを防ぐため、1946年にひそかに海に沈められました。研究グループの1人は「長距離航行ができる潜水艦が攻撃能力を持ったことはそれまでの戦術に大きな変化をもたらしており、画期的だった」と話していて、今回の発見には注目が集まっています。---伊400型潜水艦(ウィキペディアより)※ウィキペディアには伊400の写真と出ているのですが、艦橋に書かれている艦名は、どう見てもイ401です。ま、伊401号も伊400号も同型艦ですけど。子どもの頃軍艦マニアだった私は、伊400のプラモデルも作ったことがあります。ただ、潜水艦ってのっぺりしていて、プラモデルを作っていて、あまり面白い船ではなかったのが正直なところです。記事の内容にツッコミを入れておくと、伊400は当時世界最大の潜水艦でした。また、潜水艦に飛行機を搭載したのは日本海軍だけでした。ただし、飛行機を搭載する潜水艦は伊400が初めてだったわけではありません。日本海軍は、1937年に竣工した伊7を筆頭に、水上機を搭載できる潜水艦を30隻近く建造しています。そのうちの1隻、伊25は、1942年9月に、2度にわたって米本土空襲を行っています。もっとも、搭載機は全備重量1.4トン、340馬力、最高速度240kmという軽飛行機に毛の生えたような零式水上偵察機1機だけで、搭載した爆弾もごくわずかでしたが。で、日本海軍の潜水艦はカタログデータはなかなか優れていたのですが、潜水艦としての生命線の部分に致命的な欠陥を抱えていました。それは、音がでかいということ。音がでかければソナー(旧日本海軍では音波探信儀と称した)に簡単に補足されて、あっというまに撃沈されてしまう。だから、日本海軍の潜水艦のほとんどが太平洋戦争の終わりまで生き残ることはできませんでした。伊400も、同じ欠陥を抱えていたはずです。また、艦のサイズはでかかったけど、それに応じた強力なモーターはなかったので、水中速力は既存の潜水艦より遅くなっています。ついでに、搭載機3機というのは、確かに潜水艦としては「すげー」ってことになりますが、でも「たった3機で何ができるの?」ということになります。しかも、伊400の竣工は44年末、同型艦の完成は45年に入ってからでした。当初目的はパナマ運河攻撃だったといわれていますが、完成した時点ではそんなことが可能な戦局ではなくなっており、結局目標は米艦隊の泊地であったウルシー環礁に変更されました。しかし、同型艦伊401とともに、大湊港を出撃したのは1945年7月23日、ウルシー環礁攻撃予定日は8月17日で、その直前に8月15日を迎えています。つまり、戦争ではまったく役立たずに終わったわけです。まあ、もしウルシー環礁攻撃を実行していれば、まず搭載した「晴嵐」水上攻撃機の搭乗員は確実に戦死(特攻作戦の予定だったし、フロートを装着せず発艦の予定だったので、飛び立ったが最後着水できないのです)だし、両潜水艦も米軍の駆逐艦に追い回されて撃沈された可能性が高いので、乗組員にとっては作戦前に敗戦に至ったことは幸運だったと思いますが。結論から言うと、1943年の起工から44年末~45年の完成まで、戦局悪化の時期に、結果として何の役にも立たなかった「最新兵器」のために資材と要員と予算をつぎ込んでいた、ということになるわけです。ただし、実はこれは伊400だけのことではありません。かの戦艦大和と武蔵が、実戦ではほとんど活躍の場がなかったことは有名ですが、海軍が戦時中に建造した艦のうち、小型艦はある程度活躍していますが、大型艦のほとんどは「完成した時には使い道なし」状態だったのです。たとえば、ミッドウェー海戦後に急遽建造された「雲竜」型の空母は、3隻が完成しましたが、いずれも完成時には搭載する飛行機がなく、実戦には一度も参加しませんでした。(1番艦「雲竜」は南方への輸送作戦中に撃沈され、2番艦「天城」は、動かす燃料もなく、港で停泊中に爆撃を受けて転覆、3番艦「葛城」だけが沈没を免れた)さらに大型の空母「信濃」は、未完成のまま出航して撃沈されましたが、もし撃沈されていなかったとしても、搭載する飛行機がないのだから、活躍の場がなかったことは確実です。それらの資材や要員、予算を別の策に振り向けていれば・・・・・・、もちろん、それだって戦争は負けました、間違いなく。でも、多少はマシな戦いができたかもしれません。もっとも、そうしたらもっと多くの死者が出たでしょうから、やっぱり戦局の役に立たない無駄な兵器に浪費していてよかったのかも知れません。最後に「最新の技術が当時のソビエトの手に渡ることを防ぐため、1946年にひそかに海に沈められました。」これもどうでしょうね。潜水艦に飛行機を搭載するという着想には見るべきものがありますが、伊400潜水艦そのものに、技術的に見るべきものがあったとは言えません。これがソ連の手に渡ることを米軍が恐れたとは、とても思えません。調査して用済みになったから処分した、ということに過ぎないように思えます。
2013.12.04
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ただいま、当ブログのアクセス数が500016となっています。2008年8月の開設以来5年4ヶ月、まあたいして繁盛しているブログではありませんが、継続は力なり、というところでしょうか。いつも閲覧いただいている皆様、コメントいただいている皆様、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。ちなみに、当ブログより後、2009年1月に開設したYouTubeのチャンネルのほうは、先日再生回数が100万回を超えました。ただし、自分の設定画面では100万回越えているのですが、外部公開されているチャンネルではまだ95万回くらいになっています。この差がどこから来るのかよく分かりませんが、多分削除した動画の再生回数を含めるかどうか、なのでしょう。
2013.12.04
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富士山:頂上付近で4人滑落 1人心肺停止 2人救出へ◇1人は自力で下山して病院に1日午前11時15分ごろ、富士山の御殿場ルート頂上付近で京都府勤労者山岳連盟の男女4人が滑落し、男性1人が心肺停止状態となった。他の男性2人のうち1人はヘリコプターで病院に搬送され、女性1人は自力で下山し病院に運ばれた。静岡県警御殿場署などによると、4人は50〜60代とみられる。4人は冬の登山技術習得のため、11月30日から登り始めていたという。登山用ロープで互いの体をつないでいたため、一緒に落ちたらしい。県警山岳遭難救助隊が他の2人の救助を進める。静岡地方気象台によると、1日午前11時ごろの山頂付近は晴れていたが、気温は氷点下14.3度、風速は14メートルだった。富士山の登山道は静岡、山梨両県で4ルートある。7月初めから9月初めの夏山シーズン以外は閉鎖されるが、厳密な入山規制がなく冬季でも登山者がいる。---互いにザイル(ロープ)で結び合うことを、登山用語でアンザイレンといいます。アンザイレンしたパーティーが互い違いに登っていくのは、岩登り、沢登り、氷壁登りなどで必要な手段です。具体的に言うと、トップが登っている間、セカンドがビレイ(確保)する。適当な場所まで登ると、今度はトップがビレイしてセカンドが登ってくる。いわばシャクトリムシのような登り方です。それですら、人間の力だけでは、転落する人を止めるのはかなり大変らしいですが。だから、岩にハーケンを打ち込んだりするわけです。※私は、アンザイレンを必要とする岩登りはしたことがありません。これらは聞いた話であって実体験ではありません。したがって、アンザイレンした全員がぞろぞろ歩いていく(先ほどのシャクトリムシ型に対してイモムシ型の歩き方)のは、とても危険だと、私に冬山を教えてくれた職場の先輩が言っていました。足を止めて確保の体勢をとっていたって、滑落を止めるのは大変なのに、確保もせず歩いている状態で、滑落を止められるわけがない、と。谷川岳一ノ倉沢、北岳バットレス、槍ヶ岳北鎌尾根、などなど名だたるバリエーションルートをいくつも登っている人でした。(マッターホルンにも登っている)だから、この先輩とは3〜4回一緒に雪山に行きましたが、アンザイレンしたことは一度もありません。今もアンザイレンしない(今は単独行だから当たり前か)。今回の遭難も、多分最初は1人がスリップしたのでしょう。アンザイレンしていなければ、その1人が滑落しただけで済んだはずですが、アンザイレンしていたばっかりに、芋づる式に全員が滑落、2人が亡くなってしまった。冬の富士山といえば、アイゼンの刃も刺さらない全面カチカチのアイスバーン、遮るもののない急斜面、人の体が宙に浮くといわれる烈風。そんなところで、人間の体重+荷物が加速度ついて滑り落ちるのに引きずられたら、確かに身構えて確保していなければ耐えるのは困難でしょう。列の真ん中の人が滑落なら、まだ両隣の2人で支えられるけど、先頭か最後尾が滑落したら、支えられるのは1人だけです。その1人も滑ったら、次の1人には2人の重さがかかり、その1人も滑ったら、最後の1人は3人の重さがかかる。そうなったら、もう支えることなんて絶対無理でしょう。もっとも、リーダーはヒマラヤの8000m峰の登頂経験もあるベテランで、他のメンバーもベテラン揃いだったらしいので、それなりの経験の裏打ちがあってアンザイレンしていたんでしょうけど。逆に言えば、それだけの山のベテランでも、一歩間違えれば死に直結してしまうのが、冬の富士山の恐ろしさ、ということでもあります。冬富士の危険性は承知の上で、経験もあり、必要な手を尽くして、それでも遭難してしまった、ということなら、これは仕方のないことです。もともと、冬山で「絶対安全」なんてことはあり得ません。まして冬富士ではね。記事によれば、この日11時の気温はマイナス14.3度、風速14メートルだそうです。最大瞬間風速は平均風速の5割増から2倍なので、最大瞬間風速は21メートルから28メートルくらい、まあ「富士山にしては」それほど強い風ではないでしょう。とはいえ、下界の感覚で言えば台風並みです。もっとも、あの富士山で滑落して4人中2人助かるというのは、運がいい方だとも言えます。9合目半で滑落して、何人かは8合目まで滑ったという報道もありました。ヘリコプターで救助に失敗した方は、9合目付近に倒れていたとも報じられています。厳冬期だと、なかなか8合目や9合目では止まらない。山小屋にでも衝突して止まらない限り、もっと下まで落ちるのが普通のようです。やっぱりまだ冬の初めで雪が少なく、気温もそこまで低くないので、途中で何かに引っかかったのかな。これは、滑落事故当日に撮影したものだそうです(毎日新聞の撮影)。まだ雪が少なく、うっすらと地肌が見えているところも多いようです。おそらくそのせいで、それほどは滑落しなかったのでしょう。それでも、登山地図によると御殿場ルートの9合5勺は標高3550m、8合目は3220mなので、標高差で300m滑っているわけですが。昔を思えば、スイスアルプスのマッターホルンに初登頂直後、悲劇の転落事故を起こしたウィンパー一行も、アンザイレンしていたばっかりに4人が墜死したのでした。さらに、亡くなった方のうち1人は、発見された時点では意識があったのに、ヘリで救助中に釣具が外れて転落し、その後亡くなったことが報じられています。前述のように台風並みの暴風が吹き荒れる中での釣り上げは、きっと非常にむつかしいのだろうと思います。ちなみに、私は厳冬期の富士山なんて、とても登れません。今年の4月末に3000m付近まで登ったけど、私が富士山に登れるのはこの時期以降ですね。
2013.12.03
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陸自、独断で海外情報活動/首相や防衛相に知らせず/文民統制を逸脱/民主国家の根幹脅かす陸上自衛隊の秘密情報部隊「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」(別班)が、冷戦時代から首相や防衛相(防衛庁長官)に知らせず、独断でロシア、中国、韓国、東欧などに拠点を設け、身分を偽装した自衛官に情報活動をさせてきたことが27日、分かった。陸上幕僚長経験者、防衛省情報本部長経験者ら複数の関係者が共同通信の取材に証言した。自衛隊最高指揮官の首相や防衛相の指揮、監督を受けず、国会のチェックもなく武力組織である自衛隊が海外で活動するのは、文民統制(シビリアンコントロール)を逸脱する。衆院を通過した特定秘密保護法案が成立すれば、自衛隊の広範な情報が秘密指定され、国会や国民の監視がさらに困難になるのは必至だ。陸幕長経験者の一人は別班の存在を認めた上で、海外での情報活動について「万が一の事態が発生した時、責任を問われないように(詳しく)聞かなかった」と説明。情報本部長経験者は「首相、防衛相は別班の存在さえ知らない」と述べた。防衛省と陸自はこれまで別班の存在を認めておらず、 小野寺五典防衛相は27日夜、「陸幕長に過去と今、そのような機関があるのかという確認をしたが、ないという話があった」と述べた。関係者の話を総合すると、別班は「DIT」(防衛情報チームの略)とも呼ばれ、数十人いるメンバー全員が陸自小平学校の「心理戦防護課程」の修了者。同課程は諜報、防諜活動を教育、訓練した旧陸軍中野学校の後継とされる。別班の海外展開は冷戦時代に始まり、主に旧ソ連、中国、北朝鮮に関する情報収集を目的に、国や都市を変えながら常時3カ所程度の拠点を維持。最近はロシア、韓国、ポーランドなどで活動しているという。別班員を海外に派遣する際には自衛官の籍を抹消し、他省庁の職員に身分を変えることもあるという。現地では日本商社の支店などを装い、社員になりすました別班員が協力者を使って軍事、政治、治安情報を収集。出所を明示せずに陸幕長と情報本部長に情報を上げる仕組みが整っている。身分偽装までする海外情報活動に法的根拠はなく、資金の予算上の処理などもはっきりしない。冷戦時代の別班発足当初は米陸軍の指揮下で活動したとされる。陸幕運用支援・情報部長の直轄となった現在でも「米軍と密接な関係がある」と指摘する関係者は多い。【解説】 陸上自衛隊の秘密情報部隊「別班」が独断で行ってきた海外活動は、政府や国会が武力組織を統制して暴走を防ぐ文民統制(シビリアンコントロール)を無視するもので、民主主義国家の根幹を脅かす。これまで元別班員らが出版などを通じ、冷戦時代の活動の一端を語ったことはあるが、防衛省と陸自は別班の存在すら認めてこなかった。今回、陸自トップの陸上幕僚長経験者と、防衛省で軍事情報の収集や分析を統括する情報本部長経験者らが別班の存在を認め、海外展開を初めて明らかにした。万が一発覚した場合に備え、陸幕長にも海外の展開先や具体的な活動内容をあえて知らせず、自衛官の身分を離れて民間人などを装った佐官級幹部が現地で指揮する。(以下略)---「北朝鮮にスパイ送った」 元陸自別班メンバーが実態語る首相や防衛相が関知しない独断による情報活動が明らかになった陸上幕僚監部運用支援・情報部別班(別班)。国内担当だった元メンバーが28日までの共同通信の取材に、陸自内部でも存在そのものが秘匿されてきた情報部隊の実態を語った。▽養成突然上司に命じられ、諜報や防諜の教育、訓練をした旧陸軍中野学校の流れをくむ陸自小平学校の心理戦防護課程に入校。同期は7、8人でごくまれに海自、空自の隊員もいる。追跡、潜入、張り込み…。教室の鍵は昼間も厳重で、小平学校長でさえ入室できない。同課程を修了して別班員になると、外部との接触禁止に。「身分証明書は自宅で保管し、持ち歩くな」「年賀状も出すな」と指示され、防衛大の同期会は当然欠席。休職扱いか、いったん自衛官の身分を離れるが、給料や退職金は満額が出る。▽任務別班の本部は東京・市谷の防衛省地下。民間のビルの一室を借りた「アジト」が東京都内に数カ所あり、組織を秘匿するため、渋谷、池袋、新宿…などを転々とする。班員は数人ずつのグループで活動。他のグループのメンバーとは本部でたまに会うだけで、本名さえ知らない。在日朝鮮人を買収し、スパイに仕立てて北朝鮮に送り込んだこともある。▽資金活動資金が足りなくなれば、防衛省情報本部にもらう。金が余り、内輪で豪華宴会をしたこともある。領収書は一切いらない。別の班員から「数百万円まで湯水のように使えた」「協力者には数十万円単位で使えと言われた」「金を使わないと仕事をしていないと思われた」と聞いたこともある。---大きなスクープであるにも関わらず、他マスコミからあまり後追い報道が出ていないようです。そして、政府の対応はというと防衛省「これ以上調査ない」 陸自「別班」による海外情報活動報道で陸上自衛隊の秘密情報部隊「別班」が独断で海外での情報活動をしていたとの報道に関し、防衛省の辰己昌良報道官は29日の記者会見で、小野寺五典防衛相が2度にわたり陸上幕僚長らに、別班が過去も現在も存在しないことを確認したとして「これ以上、今の段階で調査をやる状況ではない」と述べた。(以下略)---これだけの反応なのです。27日の夜に報道が出て、2日後には「これ以上調査しない」けれどそのような部隊は「存在しないことを確認した」というのです。たった2日で何をどう調査したのかは分かりません。「陸幕長に確認した」からと言いますが、その陸幕長ら制服組が、防衛庁長官らに対して存在を隠していた、と報道されているわけです。いわば、「あいつは泥棒だ」と第三者から名指しされている人物に対して、「お前は泥棒か?」「いいえ」「泥棒ではないと確認しました」と言っているようなもので、まあ、調査の名には値しないでしょうね。もし本当にそんな組織が存在しなかったとすれば、共同通信の世紀の大誤報ということになります。誤報だったら、政府の反応はこんなもので済むはずがありません。「撤回しろ」と大騒ぎになっていたはずです。それなのに、このようにあっさりした対応というのは、事実上「そこは触れたくないんです」と言っているようなもので、そういう組織が実際には存在する、ということを暗に認めているとしか思えません。実際のところ、記事にもあるように、過去に元別班員がその存在を暴露したこともあるし、共産党の「赤旗」が報道していたこともあるようです。(検索した中では、この記事で、陸自の秘密情報機関、「陸幕二部別班」に触れている)だから、スクープと言っても、大手マスコミが正面から取り上げたのは初めてということと、元班員だけでなく元陸幕長や元情報本部長など陸上自衛隊の中枢部経験者からも証言を得た、つまり信頼度の非常に高い記事であるということに意味があるのであって、情報自体は「青天の霹靂」というものではありません。そうすると、しかし次の問題は、「本当に首相や防衛相(防衛庁長官)はそれを知らなかったのか」ということになります。秘密組織とは言え、詳細はともかくとして。断片的にはこれまでも存在が流布されていた組織について、歴代の防衛相、防衛庁長官が本当に何も知らなかったとは、考えにくいのではないかという気がします。知らなかったことにしてある、ということではないか、と。ただし、知っていたとしても、「あとから発覚した」という可能性も充分あり得ます。国外に拠点を設けてスパイ活動というのは、もしそれが相手国にばれて摘発された場合、国際的な大問題になる可能性があります。そのようなことを、政治の判断抜きで自衛隊の独断で行っていたとしたら大問題です。政府がそのような行動を知っていて、自衛隊の火遊びを黙認していたとしたら、それもまた大問題です。共同通信も、あえて秘密保護法が成立しそうな今の政治状況を踏まえてこの報道に踏み切ったのでしょうが、秘密保護法ができてしまうと、こういう報道もむつかしくなるでしょう。特定秘密保護法案には、以下の条文があります。第二十二条 特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。第二十四条 第二十二条第一項又は前条第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、五年以下の懲役に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後でも、特定秘密を漏らしたら処罰の対象になる。そして、それらの行為を共謀、教唆、煽動した者もまた処罰の対象になるのです。つまり、元陸幕長や元情報本部長など、今は自衛隊を離れている人間でも処罰の対象になりうるし、聞き取りを行った記者だって、秘密漏洩を共謀、教唆、煽動となりえます。あとは、この「別班」情報が特定秘密に含まれるか否かですが、常識的に考えて、(ガセネタでないなら)特定秘密に含まれるに決まっている。いずれにしても、何が秘密なのかは秘密、だというんだから、それが特定秘密なのか否かは、逮捕されてみないと分からない、地雷のようなものです。国民の知らないところで、「国防」に名を借りて秘密保護法のガードを受ければ、誰のチェックも受けず、やりたい放題のことができるという、恐ろしい時代になってしまいそうです。なお、この記事を書くにあたっては、はBill McCrearyさんの記事を、大いに参考にさせていただきました。
2013.12.02
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中国の防空識別圏設定以来、騒動になっていますが、改めて防空識別圏とは何か、飛行計画の提出とはどういうことかについて、まとめてみました。防空識別圏というのは、これは既に以前に説明したとおり、各国の空軍(日本では航空自衛隊)が領空の外側に設定する警戒空域のことです。各国の軍部が勝手に「このエリアより内側に入ってくる飛行機は気をつけるぞ」と言っているだけのものであって、国際法上の規定があるわけではありませんし、もちろんそこで特別な権限が発揮できるわけでもありません。ただ、飛行計画がないまま防空識別圏を領空に向けて飛んでいくと、空軍(航空自衛隊)のスクランブル発進を受けて「このままでは領空に侵入するから引き返しなさい」という警告を受ける確率が高まる。もちろん、領空に侵入しない限りは、警告止まりです。防空識別圏は、すべての国が設定しているわけではなく、中国もこれまでは設定していなかったようです。また、設定している国でも、その空域を対外的に公表していない国もあります。日本と米国の防空識別圏は公表されていますし、中国も今回設定と同時に公表したわけですが、それ以外の国、たとえばロシアやヨーロッパ諸国の防空識別圏は検索してもよく分からず、公開はされていないのかもしれません。防空識別圏は「領空の外側に設定する警戒空域」と先ほど書きましたが、現実には日本の領空でも防空識別圏が設定されていない空域もあるし、それどころか他国の防空識別圏が設定されている例もあります。具体的には、沖縄の与那国島上空西半分(もちろん日本の領空)は、台湾の防空識別圏に組み込まれています。日本も、2010年に、この空域を防空識別圏に組み入れたので、日台の防空識別圏が重複している状態です。また、小笠原諸島や沖ノ鳥島、南鳥島なども、日本の領空であっても防空識別圏からは外されています。日本が領有権を主張しながらも実効支配していない北方領土や竹島の上空も防空識別圏ではありません。逆に、ロシア沿海州では、ロシアの領海にまでは入っていませんが、それにかなり近いところまで防空識別圏が張り出しています。もちろん、ロシアの経済水域には食い込んでいる。前述のとおり、ロシアの防空識別圏がどうなっているかはよく分かりませんが、ロシアが防空識別圏を設定しているなら、この空域は日露の防空識別圏が重複していることはほぼ確実です。道東や道北もそうだろうとおもいます。これらは、深い判断の結果そうなった、というわけではなく、元々戦後、GHQが設定した防空識別圏を、そのまま引き継いだ結果であるようです。前述のとおり、防空識別圏とは、国際法上何か根拠のあるものではなく、各国の空軍が勝手に警戒ラインとして設定するものですから、設定するもしないも、どこに設定するもそれぞれの国の自由です。もちろん、中国がどこに防空識別圏を設定するのも中国の自由であり、本来文句を言うような筋合いのものではありません。ただし、各国が勝手に設定するものである以上、他国あるいは他国の航空機に対して、何かを要求できる筋合いのものでもありません。したがって、中国が防空識別圏を設定するのは自由ですが、それについて他国の航空機に対して何かを要求することは誤りである、ということです。防空識別圏は領空ではない、そのあたりの認識を中国の当局が誤っていたとしか思えません。---さて、中国は防空識別圏を飛行する飛行機に対して、飛行計画の提出を要求しています。確かに、Wikipediaの「防空識別圏」の項目には、防空識別圏内を飛行する際は、飛行計画を航空管制機関に提出することが義務づけられておりという記述が以前はありました。(現在では編集されて削除されています)原則的にすべての飛行機は、飛行に際して飛行計画の提出が義務付けられています。したがって、上記のWikipediaから削除された記述は誤りといえます。防空識別圏を飛行する飛行機だけが飛行計画の提出を義務付けられているわけではないので。では、飛行計画はどこに提出するのかといえば、出発地を管轄する航空管制機関です。日本を出発する飛行機なら、日本の航空管制機関に提出するわけです。航空管制業務の各国分担空域を「飛行情報区」といい、日本周辺の飛行情報区はこのようになっています。
2013.12.01
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