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企業を優先「解雇特区」 働く人への影響は安倍政権が構想する「国家戦略特区」で、従業員を解雇しやすくしたり、労働時間の規制をなくしたりする特区の導入が検討されている。政府は今秋の臨時国会に関連法案を出したい計画だ。特区をつくるねらいは何か。働き手にどんな影響があるのか。■ベンチャー・外資の進出促す特区は安倍政権がかかげる成長戦略の柱の一つ。企業に「不便」な規制をゆるめ、もうけやすい環境を整える。政府は5月、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)をつくり、自治体や企業にも提案を募って、雇用や医療、農業、教育などの特区を検討してきた。うち雇用では、(1)入社時に結んだ条件に沿えば解雇できる(2)一定の年収があれば労働時間を規制しない(3)有期契約で5年超働いても、無期契約になれるルールを適用しなくていい――の3点だ。働き手を守る労働契約法や労働基準法に特例を認める。(1)と(2)の特例は、開業後5年以内の企業の事業所に適用。外国人労働者の比率が3割以上の事業所では(3)の特例も使える。ベンチャーの起業や、海外企業の進出を促すためだという。(以下略)ーーー政府が「国家戦略」なんてものを掲げるとき、その中身はろくなものじゃないことは想像がつきますが、案の定、というところです。この発案をごく単純化すれば、要は、新規創業企業や海外企業の新規進出には、従業員を簡単に解雇できる特典を付けますよ(だから、どんどん創業したり進出してね)、ということです。特典がモノやカネ(例えば税制上の優遇措置とか)ならともかく、生身の人間の権利剥奪を特典にするとは、働く人の権利もずいぶん小さく見られたものだなと思います。企業と労働者の力関係は、基本的には企業(給料を払う側)のほうが労働者(給料を受け取る側)より強い。従って、(1)の、入社時の解雇条件が不当な内容だったとしても、「嫌なら別の人を採用します」ということになるから、雇われる側は首を横に振りにくい。今だって、それに類する事態は起こっていますけど、さすがに「遅刻したらクビ」なんて雇用契約に明示することはできないことが、不十分ではあっても多少の歯止めになっているわけですが、そのような歯止めがなくなれば、事態はエスカレートするばかりでしょう。(2)の、一定の年収があれば労働時間を規制しない、というのは、前回の安倍政権時代に問題となった、ホワイトカラーエグゼンプションと同じ内容です。労働時間を規制しない、ということは、残業手当を出さなくても良い、ということですから。ホワイトカラーエグゼンプションの時は、年収400万円以上が対象というとんでもない内容でしたが、今回はいったい年収いくら以上を標的にするつもりでしょうか。なお、一応は開業5年以内の企業が対象とのことですが、こんな制度が導入されれば、「すべての企業を対象にしろ、全国で実施しろ」という経営者側からの圧力が極大化するであろうことは想像に難くない。で、さっそく、競争原理主義派が、この提案に賛成の旗を振っているようです。どんな特区であろうとも解雇されない人はされない - 川嶋 英明だいたい、明日から一定の金銭を支払えば解雇が自由になる社会になったときに、今の会社の状況や自分の立場や職務を冷静に客観的に考えてみたときに、今すぐ自分がクビになるだろうって予想できちゃう人って、解雇規制が今のままだろうと緩和されようと相当やばいと思うんですがね。(中略)それにうだつの上がらない連中を解雇したって、会社の仕事の総量が減るわけではないですから、会社は当然新しい人を雇います。ほら、あなたの憧れの大企業がそういう連中を解雇したら、新しく雇うのはあなたかもしれない。(中略)野球でもサッカーでも、どんなに若くても、あるいはどんなに過去に活躍したベテラン選手でも、十分なプレーができなければ戦力外通告されるし(以下略)ーーーまあ、「いかにも」という感じの賛成論であり、ひとことで言って「レベルが低い意見だなあ」というところです。このような解雇自由化論に危惧を抱くのは、何も明日自分が解雇されるという具体的な危険がある人に限らないでしょう。今現在優秀な人だって、生涯優秀であり続けるとは限りません。明日クモ膜下で倒れるかもしれないし、癌になるかもしれない。うつ病だってあり得ます。本人の健康に問題なくても、家族の病気や怪我の看病・介護が必要になることもあるかもしれない。(ちなみに、ここに挙げたのは、私の同僚や友人、私自身の家族などに実際あった例です)自分の職業人生の中で、そんなことは起こらないと断言できる人などいるはずもないし、そんな時に、あっという間に「会社に不要な人材」と烙印を押されてお払い箱にされたら困るから、明日自分がクビになる可能性がなくても、多くの人が懸念を抱くのです。うだつの上がらない人を解雇したあとに、後がまを必ず雇ってくれると、この人は本気でそう思っているんでしょうか。「仕事をできない人をクビにしたんだから、その分は人件費が減った、で終わりにされる可能性が一番高いでしょう。野球とかサッカーとかに至っては、何寝言を言っているの?という感じです。じゃあ、特に優秀な社員は、野球やサッカーのトップ選手みたいに、何千万とか何億の年俸が出るわけ?野球やサッカーは、トップ選手として活躍すれば、一般社会では望み得ない超高給が得られる代わりに、来年の保証のない不安定な身分という「ハイリスク・ハイリターン」の世界です。そんな高給が望み得ないのに、身分保証だけ野球やサッカー並というのでは、ハイリスク・ローリターンです。雇用特区でブラック企業が生きていけないわけ --- 城 繁幸仮に「従業員を過労死寸前まで、それも手当無しでサービス残業させてやろう」と考えている経営者がいたとする。彼は特区に新しく会社を作り、雇い入れた従業員に毎晩遅くまで働かそうとするだろうが、従業員のほとんどは一週間持たずに逃げ出すだろう。なぜなら、特区は流動性が高いから。他社もいっぱい人を採っている中(しかも終身雇用じゃないから採用のハードルは低い)つらく安月給な職場で我慢するのはマゾだけだ。「徹夜でもなんでもして朝までにこれだけやっとけよ!」「……じゃ辞めます」「えっ」会社が本気で従業員を過労死寸前まで働かせたいのなら、相当高い年俸を用意しないといけない。逆に安月給にしたいなら、とっても楽ちんな作業か、実労働時間をうんと短くするしかない。これは別に珍しいことではない。売り手と買い手の双方に選択肢のある普通の市場であれば、ごく当たり前の話である。(以下略)ーーーこれまた、すごい空理空論です。「特区」と言ったところで、国境線が引かれているわけではありません。特区の外の住民が特区で働くと、不法就労になるわけではない。特区の中だけそんなに極端に求人が多かったり労働条件が良かったら、当然特区の外から人が押し寄せてきますから、特区の中だけが、そんなに売り手市場になるわけがない。実際、今だってパートやアルバイトは雇用の流動性が高いのですが、だからといってパートやアルバイトの世界ではそんなに売り手市場になっているかといえば、全体的にはそんなことはないでしょう。結局、こういう無理な前提条件を設定しないと、解雇自由特区が働く人の利益になるような事態は起こらない、ということなのでしょう。
2013.09.30
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保守系向け婚活「保守コン」 反日の人は不幸と主催者「保守系男女のための出会いの場」を提供することを目的とした保守系男女のための婚活パーティー「保守コン」が登場し、ネットで注目が集まっている。この「保守コン」のホームページで代表の坂本英知氏は、本当に「この人と一緒にいたい」と思える瞬間とは、根本的な価値観がピタリと合った瞬間だとの考えから、「素敵な彼氏(彼女)と一緒にデモに行けたらなんて素敵なんだろう…」「靖国神社に一緒に参拝に行きたいなぁ…」などの悩みに応える「保守コン」を始めたことを説明。男女間においても、お互いに共有したい価値観とは「日本という国は本当に素晴らしい。こんな国にいられる自分は幸せだ」という価値観だと意見した。幸せとは、今ある現状に対して感謝できる姿勢から生まれてくるのであり、「日本が好き」と思えることがいかに重要かを説く。そういった意味で「反日の人は、非常に不幸な人です。それは自己否定につながっているからです」と訴える。婚活パーティーの参加費は1万2000円で、男女ともに12名または18名まで。当日は参加者全員での「君が代」斉唱も企画しているという。この「保守コン」が現在、ネットの掲示板や、まとめサイトでも「愛国女子と結婚したいネトウヨに朗報」などと多数取り上げられ話題になっている。ツイッターでも「合コン前に国歌斉唱ってwいくらなんでもw」「国歌斉唱をする婚活って一体ww」など多数のコメントが寄せられている。---・・・・・・いや、まあ誰が誰と結婚しようが好きにすればいいのですが、「本当に『この人と一緒にいたい』と思える瞬間とは、根本的な価値観がピタリと合った瞬間」というのは本当か???という以前に、「根本的な価値観」とは政治的イデオロギーのことなのか???そして、それが「ピタリと合」わないといけないの??というあたりが、大いに謎です。私自身について言えば、自他共に認める左翼である私の相棒が、どんな思想信条の持ち主かは、結婚するまで知りませんでした。ロシア民謡などが好きなことは知っていたから、さすがに極右系ではないと思っていたけど、それ以上のことは知らなかった、というより、そこにはあまり興味がなかった。結果的に、投票行動の上では、彼女は私より左だった、ということを結婚した後になって知りましたけどね。ただそれは投票行動の上だけで、普段政治的な主義主張を口に出すことはあまりないし、反原発派ではあるけど集会に行ったこともない。それに(最近は私もそうですけど)個別の主義主張を見れば、すべてが左というわけでもないですし。政治的な主義主張に関していえば、私と相棒は、「大筋似ている」という程度で、それ以上「ピタリと合う」わけではないです。ちなみに、私と相棒は音楽関係で知り合ったのですが、ではこちらの価値観は「ピタリと一致している」かというと、とんでもない。結婚して1年かそこらで「あんたとは一緒に演奏しない」と申し渡され、音楽の上では離婚状態になっています。じゃあ、夫婦仲は悪いんでしょうか。一度しか結婚した経験がないので他との比較ができないのですが、自分では夫婦仲は良いと思っています。価値観がピタリと一致しなくても、円満な夫婦はいくらでもいるんじゃないでしょうかね。まあ、でも同じ主義主張同士でくっつきたい、というのは分からないでもないし、それはそれで別にいいのかもしれません。ただ、「参加者全員での「君が代」斉唱も企画」もちろん、本人たちが好きでそうするんだから、自由にすればいいんです、と、理論上は分かっています。分かっていますけど、婚活パーティーで君が代斉唱と言われると、理屈ではなく感情レベルで、失笑してしまうのです。私がいくら左翼でも、相棒とデートするときに革命歌を歌おうとは思わないですから。「日本という国は本当に素晴らしい。こんな国にいられる自分は幸せだ」という価値観という言葉もありますが、ネットウヨクの人たちは本当にそう思っているんでしょうか。むしろ、「昔の日本は素晴らしい国だったが、今の『自虐主義』の日本は酷い国だ」と思っているんじゃないかな、という気がするのですが。韓国や中国を悪し様に罵るヘイトスピーチを繰り返している人たちが、そんなに幸せそうだとは思えないのです。幸せな人は、そんなに他者を罵倒するような言葉を吐いたりはしないものじゃないですかね。それに、私は極右系の人とはおそらく別の側面、別の視点から、日本は素晴らしい国だと思っているわけです。彼らが「反日」とレッテルを貼っている人たちの大部分は、別に日本が嫌いじゃないですよ。と、言っても理解はしないだろうけどね。まあしかし幸せとは、今ある現状に対して感謝できる姿勢から生まれてくるのであり、「日本が好き」と思えることがいかに重要かを説く。そういった意味で「反日の人は、非常に不幸な人です。それは自己否定につながっているからです」突っ込みどころ満載の理論ですが、ともかくここまで日本と自分を同一視できてしまう心情というのは、どういうんでしょうね。ま、蓼食う虫は好き好きというから、これ以上は言いませんけど。
2013.09.29
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温暖化、原因は「人」 IPCC、6年ぶり報告書国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は27日、ストックホルムで総会を開き、地球温暖化の科学的根拠をまとめた作業部会の報告書を承認した。温暖化の原因は人為起源の温室効果ガスである可能性が「極めて高い」(95%以上)と、これまでで最も強い表現で指摘した。IPCCが総合的な報告書を公表するのは前回2007年以来6年ぶり5回目。加盟195カ国のチェックを受けて承認されたため、今後の国際的な対策づくりの科学的なよりどころとなる。報告書では、世界の平均気温は1880年から2012年までに0・85度上昇、海面水位は1901年から2010年までに19センチ上昇したと認定。大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は1750年以降40%増加し、過去80万年で前例のない高さだとした。20世紀後半からの温暖化については「人為影響である可能性が極めて高い」とし、前回の90%を上回る95%以上の確信度で断定した。将来の予測では、1986~2005年と比べた今世紀末の気温上昇幅を0・3~4・8度、海面の上昇は26~82センチとした。 ---私は原発には反対であり、できるだけ早く原発依存から脱却すべきだと思っている人間で、脱原発集会にも度々参加しているわけですが、反面、脱原発派の一部が地球温暖化懐疑論を声高に叫んでいる点については、同意しがたいものを感じています。その代表例は広瀬隆ですね。反原発集会に行くと、度々彼のスピーチを聞く機会があるのですが、「原発に反対」という一点では一致できますけど、地球温暖化問題に関する彼の主張は滅茶苦茶だと思っています。福島原発より前のことですが、広瀬隆を全面批判する記事もアップしたことがありました。脱原発派(の一部)が地球温暖化懐疑論に傾きがちなのは、地球温暖化を強調されると、「原発を止めて火力発電に」という主張が通りにくくなるからではないかと思うのですが、気持ちの上では私も分かります。でも政治ではなく科学の問題としては、そういう計算で賛否を決めるのはどうかと思うわけです。原発も危険だし、地球温暖化も危険である、科学的事実と政治的都合を混同するのは危険なことです。さて、IPCCの最新の報告書によると、「世界の平均気温は1880年から2012年までに0・85度上昇、海面水位は1901年から2010年までに19センチ上昇した」とのこと。この気温変動と水位自体は、おそらく過去の地球の歴史の中で前例のあることだろうと思います。※※最終氷期の最寒冷期は、現在より気候変動の幅が大きかったようだし、特に最終氷期末期の「寒の戻り」の時期であるヤンガードリアス期は、始まりも終わりも唐突で急激な気温変化があったと推定されています。Wikipediaによれば、ヤンガードリアス期の終わりは、数年で7度の気温上昇というすさまじいもの。ただし、残念ながら気温上昇とそれによる海面水位上昇は、これからも続くことは確実です。引用記事によると「1986~2005年と比べた今世紀末の気温上昇幅を0・3~4・8度、海面の上昇は26~82センチ」とのことです。推計の幅が大きいですが、上限と加減の中間値あたりで考えると、2.5度くらいの気温上昇ということになります。たかが2.5度というなかれ。特定の地点で特定の時間の2.5度の違いではないのです。地球全体の平均気温で2度の違いです。1地点の年平均気温だけでも、2.5度というのは非常に大きな違いです。たとえば、東京(大手町)の現在の年平均気温は16.3度で、青梅市の年平均気温は13.8度です。ちょうど2.5度違う。同じ東京でも、大手町と青梅では気温が相当違うことは誰でも知っていると思いますが、年平均気温にしてしまえば、その程度の差なのです。一方、鹿児島(鹿児島県鹿児島市)の年平均気温は18.6度です。つまり、東京の気温があと2.5度上昇すると、今の鹿児島より高い気温になるわけです。別の例で言うと、関東地方で観測史上唯一、梅雨明けが観測されなかった年があります。1993年です。たいへんな冷夏で、大凶作となり米不足が社会問題になりました。8月の月平均気温が24.8度という涼しさ。ところが、この年の年平均気温は15.5度ですから、東京の年平均気温16.3度に対して、たった0.8度低いだけなのです。私が生まれた1968年以降、年平均気温が最も低かったのは1984年の14.9度。東京で累計80センチ以上の降雪があり、連日の冬日、それでも平年値に対しては1.4度低いだけ。逆に東京で観測史上もっとも年平均気温が高かったのは2004年の17.3度。1984年との差は、2.4度しかありません。(今年は、ひょっとすると2004年を超えるかもしれませんが、だとしても0.1度か0.2度程度の差です)猛烈な酷暑・暖冬の年と、冷夏・厳冬の年でも、年平均気温にしてしまうとその程度の差しか生じない、というところから考えても、2.5度という気温差がいかに巨大かは分かろうものです。ただし、地球温暖化によってもっとも致命的な被害を受けるのは自然環境ではないはずです。前述のように、地球環境史的には、これよりもっと急激な気温変化は過去に存在しました。その度に、森は数百年か数千年の時間をかけて、南へ北へ、あるいは高地へ低地へと移動して、対応してきたのです。しかし、そうはいかないのは人間社会のほうです。短期間のうちに2.5度という気温変化が、たとえば農業生産や水資源に与える影響というのは、かなり大きなものと思われます。人類社会は、その変化に難なく対応するには、あまりに人数が大きすぎ、余力が小さすぎる。地球温暖化というと、環境問題(=自然破壊)と思われていますし、それは間違いではありませんが、人間社会に対する深刻な危機、という側面のほうが、より深刻だと思います。では、温暖化を避けるために原発をガンガン動かせばよいのか、という話になるから、脱原発派が地球温暖化懐疑論に与する素地ができてしまうわけですが、そもそも化石燃料が有限なのと同様、いや、ひょっとしたらそれ以上にウランの埋蔵量も有限です。だから、原発をガンガン動かせばよい、という話も、化石燃料をガンガン燃やせばよい、という話も、どちらにも未来はないと思われます。高速増殖炉で核燃料リサイクル、などという実現性の乏しい夢物語(悪夢の物語)に比べれば、太陽光、地熱、小規模水力、風力発電など、埋蔵量と無関係な再生可能エネルギーに注力するほうがよいし、できるだけエネルギー消費を減らすような方向に進むべき、とも思います。それだけですべてが解決できるわけではないけれど、現在文明が数百年数千年単位で持続していけるとすれば、道はそれしかない。もちろん、そんな先のことなど分からないからどうでもよい、これからせいぜい数十年先まで安泰ならそれでよい、という考え方もあるかもしれませんが。でも、現在45歳の私の人生など、長くてもあと30年か40年程度だろうけど、まもなく10歳になる私の子どもの人生は、それよりはずっと長い。10代先20代先の子孫に対しての責任はさすがに負いかねるけど、せめて自分の子どもに対しては、「あとは野となれ」という態度は取りたくないです。
2013.09.28
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“2ch脳”官僚? ブログに「復興は不要」「やきう」「早く死ね」 経産キャリアが停職処分にブログに「復興は不要だ と正論を言わない政治家は死ねばいいのに」などと書き込んでいた経済産業省の50代のキャリア官僚が身元を突き止められて“炎上”する騒ぎがあり、報道によると、同省は9月26日付けでこの官僚を停職2カ月の懲戒処分にしたという。官僚は「せーじか」と題した2011年9月のブログ記事で、「日本の3台悪 やきう、ますこめ、政治家」(原文ママ)、「ほぼ滅んでいた東北のリアス式の過疎地で定年どころか年金支給年齢をとっくに超えたじじぃとばばぁが、既得権益の漁業権をむさぼるために」「増税の是非ではなく パパは 復興は不要だ と正論を言わない政治家は死ねばいいのにと思う」などと記していた。また別の記事では「老人の老人による老人のための「やきう、ますこめ、せいじ」が この3年間、日本を滅ぼすか、日本が老人を駆逐するか 瀬戸際だとまじでパパは思っている」「そのますこめが税金を使って朝から作っている番組がこれだ」と、お年寄りが野球に取り組む話題を取り上げたNHKのテレビ番組をカメラで撮影した画像を複数載せ、「早く死ねよ」「まだ死なないか」「遠くから見てただのバケモンだよ」などと暴言を連ねていた。官僚は実名や所属などをブログで明らかにしていたわけではなかったが、自身の写真などは掲載していた。騒ぎの発端となったのは掲示板サイト「2ちゃんねる」(2ch)の一部で続いている「野球vs.サッカー」の戦いだった。官僚はサッカー派で、ブログでは「やきう」「老害」などと2ch的表現で野球を批判していたことから、当初はサッカー派が援用する形で2chのスレに内容を投稿していたものの、ブログが野球に限らずさまざまな悪口に満ちていたため、野球派がブログを問題視。21日ごろから記事にコメントがつき始め、24日には専用スレッドが立つ“炎上”に発展した。ブログの記述から居住地や名字が特定され、さらに霞ヶ関方面に勤務していることをにおわせる記述が多かったことから、ある日の仕事について述べたブログの内容と、これと一致する公的イベントの情報がネット上で発見され、名前と経産省の課長級の官僚だったことが特定される──という流れだった。(以下略)---このところ、飲食店の冷蔵庫に入って写真を撮り、それをSNSなどにアップした挙句炎上を招く事例が頻発しています。いわば、客に見えないところで料理に唾を吐きかけてから出しているようなものですが、それを黙っていれば誰も気がつかないのが現実です※。しかし、彼らはそれをわざわざ写真にとってネットに公開して、いわば自ら悪事を晒すことで、批判を招いているわけです。本人の主観では悪事とは思っていないのでしょうが。※もっとも、ある意味でそれに似たことをやった料亭(船場吉兆)とか、食品会社(雪印)などは、黙っていても発覚しましたけど。で、この騒動も、それと似たような面があるように思います。被災者のことを陰で罵倒する、本当に誰にも聞こえない物陰でヒソヒソ話なら、問題として表面化しないだろうけど、それをブログという公開の場に書いてしまい、しかも官僚という仕事を特定されやすいような情報も書いてるのだから、批判を浴びるのも当然です。しかし、一連の飲食店での騒動は、いかにも給料の安そうなアルバイト従業員ですが、こちらは「日本のエリート」であるはずの高級官僚です。「こういうことを公開の場に書き込めばどうなる」という想像力の働かなさぶりが、アルバイト店員と高級官僚で同レベルというのでは、なんとも実にがっくりきます。しかも、こういう高級官僚は初めての事例ではなく、少し前にも「左翼のクソども」などとネットに書き連ねていたことが発覚した官僚がいましたね。上から下まで、日本中が腐っているんじゃなかろうか、と思ってしまいます。それにしても、彼はきっとこの記述を「本音トーク」のつもりで書いたんでしょうか。そして、これが本当に彼の本音(のすべて)だったのでしょうか。もしそうだとしたら、精神の貧困さに愕然とします。でも、おそらく、これが本音のすべてというわけでもなかったのではないか、という気がします。人間の本音というのは、案外多面的なものです。口には出せないような下劣、低劣な本音も、もちろんあるけれど、それがすべてではないはずです。たとえば、男性が美女を見るとき、本音の部分に性的な興味など一切ない、とは言えないかも知れない。でも、美女を見ると、腹の中では常にその服の内側だけに想像をたくましくしている、というわけでもないでしょう。私だって、自分の仕事に関して罵倒暴言を吐きたいことは、多々あります。でも、それがすべてではないこともまた事実です。ところが、人間の本音なんてすべて低劣で下劣なもの、そしてその低劣で下劣な「本音」を、何もオブラートに包まず、ストレートに投げつけることが意味ある行為であるかのような勘違いが、日本中に蔓延しているような気がしてなりません。在特会のヘイトスピーチなども、そういう傾向と無関係ではないかもしれないな、と思うのです。で、こういう傾向が蔓延すればするほど、社会は殺伐としていく。
2013.09.27
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国語世論調査:ざっくり、きんきん…新表現が定着 文化庁「ざっくりとした説明」「きんきんに冷えたビール」など、いくつかの新しい表現が定着しつつあることが24日、文化庁が発表した2012年度の「国語に関する世論調査」で分かった。また「噴飯(ふんぱん)もの」や「流れに棹(さお)さす」の慣用句を、半数が間違って理解していることも判明。7年前の調査でも同じ割合で誤解する慣用句が多くあり、文化庁の担当者は「誤って覚えやすい上、正しい用法を身につける機会が日常的に少ないからではないか」と話している。 新しい表現で、使ったことのある人の割合は「ざっくりとした(大まかなの意)説明」38%▽「きんきんに冷えた(よく冷えたの意)ビール」34.3%▽「気持ちがほっこりする(温かくなりホッとするの意)」30.8%▽「パソコンがさくさく動く(快適に動くの意)」20.2%−−。年代別では30代が高く、特に「ざっくり」は7割が使っていた。「ざっくり」「きんきん」は7割以上が「聞いたことがある(使ったことがあるも含む)」と答えており、同庁はさらに定着するとみている。言葉の意味では「流れに棹さす」を6割が、「役不足」と「噴飯もの」は半数がそれぞれ意味を間違えて理解していた。「流れに棹さす」と「役不足」は06年度調査でも、ほぼ同様の割合で間違っていた。慣用句の言い方では、60歳以上を除く全年代で、正しい表現である「押しも押されもせぬ」よりも、「押しも押されぬ」を選んだ方が多かった。また、正しい表記の「伝家(でんか)の宝刀(ほうとう)」を選ぶ人は04年度調査より13.6ポイント増の54.6%だったが「天下の宝刀」を選ぶ人も6.3ポイント増えた。特に女性は「天下」(41.6%)の方が「伝家」(39.3%)よりも多かった。文化庁の岩佐敬昭国語課長は「『伝家の宝刀・フォークボール』などと野球でよく用いられる表現なので、野球をよく見る男性の方が正確に理解している割合が高いのではないか」と話している。---なるほどね。私自身、「きんきんに冷えた」「ざっくり」は使うことがあります。「さくさく」も言いますね。しかし、「ほっこり」は、聞いた(読んだ)ことはあるけど、自分では使いません。「的を射る」「伝家の宝刀」は問題ないですが、「役不足」は確か30歳くらいまでは逆に覚えていました。「流れに棹さす」「気が置けない人」は、正しい用法を知っていますけど、正直言って使わないです。おそらく、意味を間違えている人の大多数は、間違って覚えているというよりは、そんな言葉は聞いたことがないだけではないか、と言う気がします。実質的には、死語になりつつあるというところでは、という気がします。「噴飯もの」は、わたしとしては「腹立たしい」という意味には使わないけれど、単純に「おもしろおかしい」というよりは、「馬鹿馬鹿しい、あきれた」というようなニュアンスで使ってしまう傾向があります。気持ち的には「腹立たしい」に近い要素を含む使い方をしているのは確かです。「怒り心頭に達する」と「押しも押されもせぬ」は、多分正しい使い方をしている、かな。でも、たまに間違えた使い方をすることもあるかも。この記事に出てくる言葉以外では、とっさに思い浮かぶのは「続柄」です。なんと読みますか?私は子どもの頃父に「つづきがら」と教わって、ずっとそう読んでいるのですが、あまりに「ぞくがら」と読む人が多数なので、ふと気になって調べたところ、やはり「つづきがら」が正しいようですが、しかしもはや「ぞくがら」と読む人が圧倒的多数派なのが現実です。岩波国語辞典ですら「ぞくがら」で引くことができる(「つづきがらを見よ」と表示されていますけど)そういえば、「ググる」などはもう一般的な日本語として認知されているのでしょうか、それともまだなのかな。まあ、でも言葉と言うのは時代に従って変わっていくものです。だから、大昔の言葉と現在の言葉は同じものではないわけです。古語と現在で大きく意味が変わっている言葉としては、たとえば「さらば」があります。古語では「それでは」の意味ですが、現在では「さようなら」の意味ですね。「貴様」なんて言葉も、意味(二人称)は同じでも、ニュアンスがまったく変わってしまった。「言葉の乱れ」は、それが定着してしまえば言葉の乱れではなく言葉が変化した、ということになるわけです。もちろん、長く続かずに消えてしまえば、それまでです。2ちゃんねる用語などは、一時は流行ってもほとんどが短期間で死語化するので、「新しい言葉」としては定着しない。「逝ってよし」なんて、もはや完全に死語ですよね。ところで、この調査に関する記事で、一番笑ったのはこれです。国語世論調査 「ほっこり」と伝え合おう(前略)普段接する言葉の中で、カタカナ語が多いと感じている人は約75%と、5年前の調査に比べ約12ポイントも減少した。カタカナ語への抵抗感が薄れていることがうかがえるが、一方で「カタカナ語の意味が分からず困ることがある」と答えた人が8割近くもいる。言葉遣いは時代によって変わるものとはいえ、カタカナ語の乱用に歯止めが必要なことはいうまでもない。「コミュニケーションで重視するのはどちらか」と問われ、「相手との人間関係を作り上げながら伝え合うこと」との回答が65・1%(以下略)---「カタカナ語の乱用に歯止めが必要なことはいうまでもない。」と書いた次の単語が「コミュニケーション」ときたもんだ。ま、これに限っては、産経の社説が悪いわけではなく、引用した文化庁の調査でそのように書かれているのでも仕方のないところなんでしょうがね(『会話』とか『意思の疎通』などの言い換えは可能と思うけど)。それだけカタカナ語が深く日本語に取り込まれているということでしょう。
2013.09.26
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高速増殖炉の研究継続へ 文科省がもんじゅ活用計画案文部科学省の作業部会(主査・山名元京都大教授)は25日、日本原子力研究開発機構の高速増殖原型炉もんじゅ(福井県)の研究計画案をまとめた。高速増殖炉の技術確立に向けた研究を続け、運転再開から約6年後に継続の可否を判断する。核燃料サイクル政策の推進を国として明確に示したことになる。研究終了の時期は盛り込まず、研究が先延ばしになる可能性も残る。もんじゅは、大量の機器の点検放置が発覚して原子力規制委員会から改善命令を受けるなど、再開の見通しは立っていない。原子力を含むエネルギー政策は見直しの議論の途中で、原子力をどう使うかの見通しや、もんじゅの政策上の位置づけも不透明になっている。研究計画案では、高速増殖炉の開発について「将来にわたって持続的なエネルギーオプション(選択肢)を確保しておくことは重要」と指摘。もんじゅは高速増殖炉の技術が成立するかを確認するための「中核的な研究開発の場」と位置づけ、発電施設としての技術を実証する「意義は大きい」とした。ほかに、高レベル放射性廃棄物を減らし、過酷事故対策など安全強化の研究も実施する。 ---高速増殖炉「もんじゅ」については、当ブログでも過去何度か取り上げたことがありますが、「夢の新技術」が実は泥舟だった、という事例の典型です。何しろ、18年前に運転開始してから、通算7ヶ月しか運転していません。そのたった7ヶ月の間に、大きな事故を2度起こしているのですから、これはもう明らかに失格です。これまでにどれだけの予算が「もんじゅ」につぎ込まれたかは知りませんが、それによる実績は皆無、まったく予算の無駄遣いに終わっています。それなのに、また運転を再開して、少なくとも6年間は運転を続けるのだというのです。そのためにどれだけの予算を更につぎ込むのか。まったく馬鹿馬鹿しいことといわざるを得ません。いや、事故のリスクを考えれば、単に馬鹿馬鹿しいだけで済む問題でもないですが。「将来にわたって持続的なエネルギーオプションを確保しておくことは重要」とありますが、現実に高速増殖炉は「持続的なエネルギーオプション」になっているのか。明らかに、そうなっていません。結局、原子力ムラの利権に目が曇った人たちは、「運転はやめて廃炉にする」という決断ができず、「運転再開」という名の問題先送りをしているとしか思えないのです。もんじゅの2度の事故は、いずれも地震とは無関係の平時の事故です。もし「もんじゅ」運転中の大きな地震が起きたら。東日本大震災級でなくても、新潟中越沖地震クラスの地震でも、極めて深刻な事態に至ることは想像に難くありません。何しろ、ナトリウムは水や酸素に触れるだけで発火するのです。ごく微量なナトリウム漏れでも発火を招き、ひとたび発火すれば、水をかけられないので、その周囲からナトリウムを除去する以外に火を消す方法がない。最初はごく微量にナトリウム漏れでも、発火により機器・配管が焼損すれば、微量ではすまなくなる。地震によって停電や機器の故障などが重複すると、どこで、何が起きているかの把握も困難になり、迅速な対応ができない・・・・・・これらのことを考えると、高速増殖炉は明らかに、大きな地震に耐えられるような代物ではない、と思われるのです。しかも、ナトリウムは腐食性の物質です。配管が劣化していないとは限りません。ちゃんと検査をしているはず、と言うには、あまりに信用がない。何しろ大量の機器の点検を放置してきた実績があるわけだから。
2013.09.25
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10月は、いつになく演奏の予定がたくさんあって、3つのグループで4回も演奏します。ただ、厚木の老人介護施設のまつりなど、一般向けではない演奏もあり、一般公開の場での演奏は2日だけです。中野区新井区民活動センター「あらいまつり」10月26日(土)午後1時30分頃10月27日(日)午前11時過ぎ(屋外・雨天中止)/午後3時半前後(屋内)場所 中野区新井区民活動センター西武新宿線沼袋駅から徒歩10分・JR中野駅から徒歩15分出演 ティエラ・クリオージャまつりの詳細は、こちらのホームページを参照。26日は「土曜コンサート・吹奏楽団がやってくる」という名目なのに、なぜか吹奏楽団の間に混ざってフォルクローレ楽団も出てくるという(和太鼓も出てくるようですが)不思議な取り合わせです。27日は「音楽祭」での演奏。午前中に屋外での演奏および3時過ぎから屋内での演奏があります(屋外の演奏は雨天中止)。演奏時間は、それぞれ20分程度ずつです。今回は新メンバーも加わり、現在鋭意練習中です。
2013.09.24
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JR函館線貨物脱線:JR北海道、レール異常97カ所 過半数が旅客線 社長、補修放置を陳謝JR函館線で起きた貨物列車の脱線事故に関連しJR北海道がレール幅の異常を放置していた問題で、同社は22日、レール幅や高さが社内基準を満たしていないにもかかわらず、補修せずに放置していた場所が新たに88カ所見つかり、97カ所に上ったと発表した。21日に発覚した9カ所は車両通過が少ない駅構内の「副本線」(待避線)だけだったが、今回は特急など旅客列車も通過する「本線」での異常放置も49カ所発覚した。「安全軽視」との批判が一層高まることは必至だ。JR北海道では、レール幅が規格(1067ミリ)に比べ、曲線で19ミリ、直線で14ミリの整備基準値より広がった場合、15日以内に補修するよう内規で定めている。本線も副本線も同じだ。しかし脱線事故があった函館線大沼駅(北海道七飯町)の曲線では昨年10月時点で20ミリと基準値を1ミリ超え、今年6月には25ミリになっても放置されていたことが発覚。同様の放置は副本線で計9件に上ると説明していた。JR北海道は22日の記者会見で、21日夜以降に検査記録を精査した結果、これに加えて副本線39カ所でレールの高さや左右の平衡性が基準を超えて補修が必要な状態だったのに放置。本線では室蘭線、石北線など7路線の49カ所でレール幅などの基準超過を、5〜1カ月にわたり放置していたことを明らかにした。本線の大半は「軌道検測車」と呼ばれる車両が走行しながら自動的にレール幅を計測。検査頻度も副本線の倍の年4回に上る。同社は「きちんと保守ができている」として21日夕まで本線の検査記録を調べていなかったが同日夜、特別保安監査に入った国土交通省に本線も含めた記録の再点検を指示され調査したところ、放置が分かった。基準の超過幅は明らかにしていないが、補修は22日までに全て完了した。ーーーひとことで言って「驚きの事件」です。函館本線の事故の第一報を見たとき、私は先日の台風の影響で、路盤が流出でもして、宙吊りのレール上でも走ってしまったのかな、と思っていました。それにしては、台風から何日か日が経っているし、と思ったら、なんとレール幅が広がっていたのに放置していたというのだから、まったく私の予想の範囲外を行く真相でした。JR北海道の規則では、曲線で19ミリ、直線で14ミリ以上広がった場合は補修となっているそうですが、脱線の起きた現場では、昨年10月に20ミリ、今年6月に25ミリ広がっていた、と。つまり2回測定して、2回とも基準越えを無視したわけです。レール幅が広がる原因というのは、一体なんでしょうか。枕木が裂けて左右に股裂になるという、ほとんどあり得ない事態を除けば、レールの内側がすり減ったか、犬釘が緩んだとしか考えられません。で、前者の場合はともかく、後者の場合は、単に軌間の幅が広がったのではなく、レール自体が傾いたことで幅が広がった可能性が高いのではないでしょうか。そうだとすれば、ひとたび傾き始めたレールは、列車が通るたびにどんどん傾きが増すはずです。何しろ鉄道車両は重量物ですから。(脱線した列車は、重さ96トンのDF200型ディーゼル機関車が牽引していたようです)もちろん、レールの内側がフランジに当たってすり減った場合も、幅はどんどん広がって行きます。従って、今年6月の時点で25mm広がっていたという事故現場の軌間が、事故当時はそれよりさらに広がっていたことは間違いなかろうと思います。引用したネット上の記事には書いてありませんが、毎日新聞の紙面上の記事によると、実際に脱線の可能性が生じるのは、理論上43mmとのことです。ということは、43mm以上広がっていたのかもしれません。もっとも、43mmという、JR北海道の言う理論値が正しいのかどうかは分かりませんけど。事故現場に関しては、幅が広がっていたのは待避線だったようなので、そんなに高速で列車が走ることはないでしょうが、今回発覚した事例の半数は、本線上だったとのことです。函館本線の特急「スーパー北斗」は、最高速度130km/h、表定速度106km/hで、在来線では日本最速列車です。一連のJR北海道の不祥事で速度を落とすようなので、最速の座からは滑り落ちたかもしれませんが。待避線に停車中の貨物列車が動き出した直後の脱線だったから、人命への影響はなかったけれど、本線上の旅客列車の脱線だったら・・・・・・。恐ろしい話です。で、果たして軌間の広がりによる脱線事故は、今回の例だけなのでしょうか。毎日新聞の紙面によれば、JR北海道は昨年以降の1年9ヶ月間に、5件の脱線事故を起こしています。うち1件は雪の付着によりブレーキが利かなかったことが原因、もう1件は倒木への衝突、1件は今回の事故ですが、残る2件は、紙面では原因に触れられていません。ひょっとして、この2件の中には、レール幅の広がりによる脱線が含まれていた、なんてことはないでしょうね。2年弱の間に5件の脱線事故というのは、どう考えても頻度が高すぎます。しかも、ここには2件の特急の出火事故が含まれていないのです。この間に、例えば首都圏でどれだけ脱線事故があったでしょうか。JR北海道の一日の運行列車本数は1285本だそうです。それに対して、東京駅は一駅だけで一日に3000本の列車がとおる。詳しくは調べていませんが、首都圏のいわゆる国電区間だけでも、運行キロはJR北海道をはるかに超えるでしょう。しかし、東京近辺で、JRも私鉄も地下鉄もすべて含めて、この2年間に脱線事故がどれだけあったでしょうか。Wikipediaで調べたところでは、東日本大震災以降、首都圏で起きた脱線事故は、西武新宿線で1件、秩父鉄道で1件(動態保存の蒸気機関車)、京浜急行で1件(大雨による土砂崩れ)、東海道線で1件(踏切で立ち往生した自動車との衝突)の4件です。これと比べると、やはり、JR北海道の脱線事故発生割合は、ちょっと高すぎるのは間違いないようです。それにしても、です。21日夕方までに97箇所の放置が分かって、22日中にはすべて補修が完了した、というのです。保線区員総動員で徹夜作業だったのでしょうが、それにしてもそんなにあっという間に完了できることを、何で今まで放置していたのでしょうね。全く不思議です。
2013.09.23
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米で落下した水爆、爆発寸前だった…英紙報道英紙ガーディアンは21日、情報開示された米機密文書を基に、米南東部ノースカロライナ州で1961年1月に起きた米軍爆撃機からの水爆落下事故で、地面に落ちた水爆2発のうち、1発が爆発寸前の状態にあったと報じた。事故の発生自体は公表されていたが、米政府はこれまで、爆発の危険性を繰り返し否定してきた。この水爆は、広島に投下された原爆の260倍の威力があり、爆発していれば、首都ワシントン、ニューヨークなどに「死の灰」が降り、数百万人が生命の危険にさらされたという。同紙によると、水爆を積んだ米空軍爆撃機B52は、ノースカロライナ州ゴールズボロの基地を飛び立った直後に故障。空中で機体がばらばらになり、水爆2発が落下した。それぞれパラシュートが開き、牧草地などに落ちたが、このうち1発は、四つの安全装置のうち、三つまでが解除された状態になっていたという。---この記事を読んで、真っ先に思ったのは、「どこかで読んだ話だぞ」ということ。この事故と同じものかどうかは分かりませんが、落としてしまった水爆を調べたところ、5重だか6重だかの安全装置の一つを残してすべて解除されていた、という話。おぼろげな記憶ですが、小松左京の「復活の日」にその話が出ていたのではなかったか、という気がします(現在は同書を持っていないので、確認が取れないのですが)。「復活の日」は1960年代に執筆されており、私が読んだのも中学生のときなので、私の記憶が事実なら、こんな話はとうの昔に周知の事実だった、ということになります。※検索したところ、「町田平和委員会」のページに 1961. 1.24【米】 B-52 爆撃機(核兵器搭載)空中分解(ノースカロライナ州ゴールズボロ上空,墜落直前投下,24Mt 2個,1個の核兵器は 6重の安全装置の最後の 1個で危険を免れる,その後暗号電波による電子ロックが追加される)との記述がありました。私がおぼろげに記憶していたのは、まさしく今回報じられた事故のことだったようです。上記のページの最終更新日は、2012年9月13日 23:19:32となっているので、今回の報道以前から知られていたことという私の記憶も間違いないようです。「事故の発生自体は公表されていたが、米政府はこれまで、爆発の危険性を繰り返し否定してきた」とのことですが、実際には、事故の内情はいくら政府が否定してもとっくの昔に知れ渡っていて、それが機密情報の公開によって最終的に確認された、ということに過ぎないようです。この事故の実態をいつ、誰が最初に漏らしたのかは知りませんが、ともかく、「軍事機密」になっていたことを漏洩した人がいるからこそ、政府が機密文書の公開する以前から、「核爆発一歩手前」という実態が一般に知られていたわけです。この「機密」を漏らした人がどんな人で、その後どうなったかは知りませんけど(あるいは、一人だけから漏れたのではないのかもしれませんが)、、日本でも、もし「機密保全法案」なるものが通ってしまったら、こういう情報を公表すると処罰の対象になる、という恐ろしい事態が起こることになりかねません。それにしても、上記のホームページには米軍がこれまでに起こした核兵器がらみの事故が数多く掲載されています。有名なのは1966年1月17日スペイン上空でB52爆撃機が空中給油機に空中衝突し、4発の水爆が落下したパロマレス米軍機墜落事故1968年1月21日グリーンランドでやはりB52爆撃機が、やはり4発の水爆を積んだまま墜落したチューレ空軍基地米軍機墜落事故の二つですが、これはたまたま米国外で起こした事故だったので有名になっただけで、実際には類似の事故が数多く(主に米国の上空で)起きていることが分かります。当時、米空軍は核兵器を搭載した戦略爆撃機による常時空中哨戒を行っており、それらの空中哨戒中の爆撃機が頻繁に事故を起こしていたのです。これだけの事故があって、よく最悪の事態(核兵器の起爆)が起こらなかったものだと思いますが、実際には、最悪寸前の事態は起こっていたわけです。その後、米軍もさすがに核を搭載した戦略爆撃機の空中哨戒は行わなくなり、この種の事故は激減した、と思いますが、近年の事故に関してはまだ秘密のベールに包まれているので、実際のところは分かりません。ただ、さすがに1960年代ほど事故が多いとは思えませんが。とはいえ、危機一髪だった事故も、そうではない事故も、いずれも落下した核兵器からは膨大な核物質がばらまかれています。パロマレスの事故当時、スペインはファシスト陣営最後の生き残りであるフランコ総統の独裁政権下でしたが、さすがに事故そのものを隠すことはできず、情報観光大臣と米国の駐西大使が事故現場の海岸で海水浴をして見せて、「安全性」をアピールする裏で、ひそかに現場の土1750トンを除去して、米国に持ち去ったようです。しかし、それ以上の対策は講じておらず、また反対派に対しては血の弾圧を加えるファランヘ党政権の下で、当時はそれ以上大きな問題にはならなかったものの、21世紀に入って改めて現地を調査したところ、いまだ30ヘクタールで規制値以上のプルトニウムを検出した、とのことで、改めて汚染地の政府買い上げや封鎖などが行われています。これ以外の核搭載機墜落事故でも、多かれ少なかれ、核物質による汚染が起きているのでしょう。
2013.09.22
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ドコモ行列 新型iPhone 銀座では700人米アップルのスマートフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」の新型モデルが二十日、全国で一斉に発売された。今回からNTTドコモもアイフォーンの取り扱いを開始。KDDI(au)とソフトバンクモバイルが迎え撃つ形となる。東京・銀座のアップル直営店「アップルストア銀座」には、午前八時の販売開始までに約七百人の列ができた。ドコモの直営店「ドコモショップ丸の内店」(東京都千代田区)には約三百人が並び、午前七時四十五分から記念イベントを開催。加藤薫(かおる)社長は「本当にお待たせした。手に取ってドコモのネットワークを体感してもらいたい」と販売開始を宣言した。十八日の午後五時から並んだという東京都内の会社員佐藤英典さん(39)は、「ドコモでアイフォーンが使えるとは感無量です」と感激した様子だった。アイフォーンの新型モデルは、カメラ性能を高めて指紋認証機能がついた「5s」と、外装がプラスチック製で五色をそろえた低価格版「5c」を用意。携帯電話大手三社が同じ人気スマホを扱うことになり、通話の品質や「実質0円」の料金プランなど、サービス面の競争が過熱している。---周知のとおり、昨日から、NTTドコモからもiPhoneが出されました。最初にドコモからiPhoneという報道を見たときは、かなり疑問視していましたが、結果的には正しかったということになります。とはいえ、これでどこもが巻き返すことになるのかどうかは、まだなんともいえません。で、私個人としては、通話はガラケー、ネットはモバイルルーター+iPad miniという現在の方式でまったく不都合がないので、このまま行きます。ドコモユーザーですが、ガラケーをiPhoneに変える気はありません。何てったって、ガラケーは月の電話代が1900円ほど、iPad miniは、月額945円、合計しても3000円未満という、維持費の安さが大きな魅力です。ドコモのiPhoneは、月額6000円弱かかるようですから、倍も違います。これが1台だけならともかくん、わが相棒も子どもも、なんてことになったら、6000円×3人で18000円にもなってしまいますからね。(今のところ、相棒は携帯で満足している様子、子どもも、小学生のうちから携帯を持たせるつもりはありません)iijmioの945円のサービスは、なかなかいいです。月500MBまでは高速通信が使えて、200kbpsの速度ならつなぎ放題です。しかも、公式には200kbpsと言っているけど、実際はもっと速度が出ます。世の中「ベストエフォード」とか言って、うたい文句の速度は規格上の上限だから実際にはそんな速度は出ないのが半ば常識になっている中で、珍しい現象です。今朝、久しぶりに測定してみたところ、最速で355kbpsの速度が出ていました。ただ、動画を見るのはちょっと厳しいです。一度、外出先で子どもにせがまれて、高速通信にしてYouTubeの動画を見させたら、40分ほどで300MB吹っ飛んだ。もっとも、普段は私は外出先でまで動画を見ようとは思わないので、高速通信は切っています。(家では動画を見ますけど)7月8月と、500MBの高速通信は使い切らずに終わっています。その高速通信に関しては、LTE対応にはなっているのですが、LTEにしても3Gより多少速い程度の速度しか出ません。これに関しては、規格上の上限の何十分の一レベル。もっとも実用上支障があるわけではありませんが。LTEにするメリットが少ないので、3G専用にして使っています。3Gの高速通信で、通信速度は3Mbpsに少し欠けるくらい、LTEでもそれより1Mbpsくらい速い程度です。携帯、モバイルルーター、タブレットの3台持ちも、慣れてしまえばどうと言うことはありません。テント山行に持っていっても問題ないレベルです。個人的趣味の問題になりますが、iPad miniは、一目見たときからデザインが気に入ってしまいましたが、iPhoneは別にそれほどでもない、ということもあります。今この記事はパソコンから入力していますけど、iPad miniに外付けのキーボードを使えば、ネットを見たりブログの記事を書くことに関してはほぼ完全にパソコンの代替になります。(動画編集、音楽編集、写真編集などは、そうは行かないですが)しかし、スマートフォンの画面を見る限り、あれでパソコンの代替は無理だろうと思わざるを得ませんから。で、時を同じくしてiOS7が公開されています。アップデートしようかと思ったのですが、いろいろ検索したところ、iPad miniだと動作が重くなるらしい。ダウングレードは、できるみたいだけど、非公式なやり方で、初期状態にリセットされてしまうらしい。それは面倒なので、当面のところはiOS6.13のままで行くことにしました。気が向いたらアップグレードするかもしれませんが。
2013.09.21
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JR東海:リニア中央新幹線ルート発表 6駅の位置もJR東海は18日、東京・品川−名古屋間で2027年の開業を目指すリニア中央新幹線の環境影響評価(アセスメント)準備書を公表し、その中で詳細な走行ルートと中間駅の所在地を明らかにした。中間駅は相模原市緑区のJR橋本駅付近▽甲府市大津町付近▽長野県飯田市上郷飯沼付近▽岐阜県中津川市千旦林付近の4カ所で、相模原は地下駅、残る3カ所は地上駅とする。起点となる品川駅は現在の東海道新幹線品川駅(東京都港区)の地下に設置し、ホームの深度は約40メートル。名古屋駅は同新幹線名古屋駅(名古屋市中村区)の地下約30メートルに設置する。建設着工は14年度の予定。リニア新幹線のルートはこれまで「帯状」に示され、詳細や品川と名古屋両駅以外の中間駅の具体的な位置は決まっていなかった。ルートと駅の詳細が固まったことで、旧国鉄時代の1973年に基本計画が決められたリニア新幹線は開業に向けて前進する。ルートは南アルプスを東西に貫き、品川−名古屋間の約286キロを結ぶ。リニアは全席指定の前売り販売のため、駅は切符売り場や待合室を設けないシンプルな形となる予定だ。車両基地は相模原市と中津川市に建設する。品川、名古屋両駅は既存駅の地下で直結する形とし、東海道新幹線との乗り換えを短時間で行えるようにする。リニアは騒音などを考慮して、ルートの8割超が山岳や地下トンネルを走行。東京都や愛知県の都市部では、大半が地下40メートルより深いトンネルを通る。鉄道としては初めて「大深度地下利用法」が適用され、地上の用地買収や地権者への補償の必要がなく、スムーズに着工できる利点がある。---普通の鉄道のレールで推進機構だけがリニアモーターという、鉄輪式のリニアモーターカーは日本でも各所で営業運転の実績があります。東京で言えば地下鉄大江戸線がそうです。しかし、磁気浮上式のリニアモーターカーは、日本国内では今のところ営業運転の実例は名古屋で愛知万博の際に建設された一例があるだけです。万博終了後も営業運転は続いていますけど、距離はたった9kmなので、限りなく実験線に近い。しかも、方式はJRとは異なります※。世界的に見ても、他には上海トランスラビットくらいの例しかないし、トランスラビットも営業距離はそう長いものではありません。それが、一気に東京-名古屋間(最終的には東京-大阪間)で開業というのです。※JR方式は、磁石の同極同士の反発力で車両を浮上させるのに対して、名古屋のリニアモーターカー「リニモ」は車両の磁石は下側、線路の磁石は上側に配置し、磁石の吸着力で車両を浮上させる。個人的には、南アルプスの真下を通過するトンネルが気になってしまいます。公表されている路線図で見ると、南アルプスの塩見岳と荒川三山の間を通過することになるようです。国立公園の特別保存地域の真っ只中、トンネルによる通過とはいえ、地下水系への影響などがないのか、という危惧は消えません。もうひとつの問題は、リニアモーターカーは既存の鉄道と比べてかなり電気を食うという点です。以前に記事を書いたことがありますが、鉄道(鉄輪式で通常のモーターで走る鉄道)は、非常に省エネな乗り物です。それに対して、リニアモーターはかなり電気を食う。地下鉄大江戸線など鉄輪式のリニアモーターカーでも、通常のモーターを使う既存の鉄道より電気をかなり食うようですが、磁気浮上式は、それに浮上のエネルギーまで加わるわけだから、更にエネルギーを喰うことになります。まだ実用車両がないので、リニアモーターカーがどの程度電気を食うのか、実際のところは未知数ですけれど、Wikipediaの中央新幹線の項目によるとJR東海が交通政策審議会・中央新幹線小委員会の2011年5月12日会合に提出した資料によると、500km/h走行時のリニア1列車当たりの想定消費電力は約3.5万kWとされている。2027年の名古屋開業時には、所要時間40分、ピーク時5往復(上下10本)運転すると想定すると、合計約27万kW。2045年の大阪開業時には、所要67分、ピーク時8往復(上下16本)で、合計約74万kWの電力を消費すると試算している[100]。これに対して現在の東海道新幹線は、ピーク時には1時間に最多13往復(上下26本)が走行しているが、消費電力は約36万kWである。とのことなので、単純計算すると、列車1本あたりの消費電力は従来の新幹線の3倍以上になります。しかも、中央新幹線の車両として予定されているL0系は、1両あたりの乗車定員が従来の新幹線より少ないみたいなので、乗客1人あたりでは差がさらに広がる可能性もあります。品川-名古屋間最速40分というスピードは確かに魅力的ですが、途中駅4駅にすべて停車すると、所要時間は70分になるそうです。ということは、加減速にかなり時間がかかるということです。途中駅に停車する列車がごく少ない、という事態も想像できます。その点を別にしても、私自身リニアモーターカーに乗りたいか、というと、どうもあまり食指が動かない、というところです。相棒の実家が大阪なので、年に1回くらいは大阪に行きますが、品川発名古屋行きとなると、今より乗り換えの回数が2回増えます。それはちょっと面倒くさい。(最終的に大阪まで延びれば乗換えが1回増えるだけで済むけど)それに、南アルプスの自然保護の話とは若干矛盾しますが、路線のほとんどはトンネルで、地上走行部分がほとんどないということは、車窓を楽しむことはできないということです。仕事で乗るなら速ければ速いほどいいでしょうが、旅行で乗るのにそれは面白くない。狭い日本、そんなに急いでどこに行く、なんてフレーズが昔ありましたが、それを思い出してしまいました。JR東海が自己資金のみで建設する限りは心配する必要はないのかもしれないけれど、およそこの種の大規模工事で、予算が当初予定どおりで収まる例は少なく、下手をすれば何倍にも膨らむ可能性があります。今の時点では、中央新幹線の運賃は、既存の東海道新幹線より数百円から1000円高い程度、という予定だそうですが、実際にその運賃が維持できるのかどうかは未知数です。今のところは東海道新幹線を廃止するわけではなさそうなので、中央新幹線にそっぽを向いて東海道新幹線を利用し続ける選択肢は充分ありますが、やがて、新大阪まで全通すると、東海道新幹線を冷遇し始めるでしょうね。もっとも、大阪までの全通は2045年の予定とか。そのとき、私は77歳。そんな先に東海道新幹線がどうなるか心配しても、始まらないか。しかし、中央新幹線が建設されれば、次は山陽、東北、という話になるのでしょうし、それがすべてJRの自己資金のみで建設できるなら文句を言う筋合いではないのですが、「公費で」という話になると(東京-大阪間ほど高収益の路線は他にないから、そうなる可能性は低くない思われます)、またまた国の借金がどうなってしまうんだろうか、という危惧を抱きます。それにしても、私が子どもの頃は、リニアモーターカーは近未来の乗り物と見られていたのですが、実際には実用化は遠い遠い道のりです。理由はいくつかありますが、既存の鉄道との技術的断絶が大きすぎる(相互乗り入れができない)ということと、既存の鉄道の速度がどんどん上がっていったので、リニアモーターカーの速度上の優位が、あまり大きくなくなってきた、と言うことが理由でしょうか。私が子どもの頃、鉄道の速度記録はフランスで時速331km/hという1955年に立てられた記録が長く君臨しており、「これが鉄輪鉄道の技術的上限、営業運転の上限は200km/h代半ば」と言われていました。ところが、1980年代以降、鉄輪鉄道の速度記録はどんどん塗り替えられて、今では570km/hという記録があり、営業運転でも軒並み300km/hを超えています。もちろん、鉄輪式の鉄道の速度は、これ以上大幅に上げるのは困難ですが、リニアモーターカーのほうは、更に上げることも可能と思われるので、技術的な「伸びしろ」は大きいのでしょうが、投入する資金との兼ね合いで考えると、なかなか難しい面が大きい、というところでしょう。いくら速くできても、飛行機には勝てないですからね。
2013.09.19
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河野洋平氏を提訴へ 「国民運動」談話撤回求める署名も3万超慰安婦問題とは直接関係ないはずの米国に慰安婦の碑が建てられるなど、韓国・中国による慰安婦問題を題材とした日本バッシングが繰り広げられる中、今年7月に発足した「慰安婦の真実」国民運動(加瀬英明代表)が10日、参議院議員会館で記者会見し、騒動を泥沼化させた根源といえる「河野談話」の撤廃を求める署名3万867人分を同日、国に提出したことを報告。また近く河野洋平氏個人を提訴する考えも明らかにした。会見で、加瀬代表は「慰安婦問題をめぐっては、全世界で日本はぬぐいがたい深刻な汚名を着せられている。これはひとえに平成5年、河野官房長官が出した談話に発している」と、河野談話の罪深さに言及。続いて松木国俊幹事長がアピール文を読み上げた。問題の全体像と深刻度を確認するためにも、ここではその全文を紹介しておきたい。(アピール文は省略)慰安婦問題がここまで反日勢力に利用されることになった元凶は、「韓国側の誘いに乗って、事実を曲げて政治的妥協をはかって作成された文書」である河野談話にある、というわけで、当然ながら出席者からは河野洋平氏に対する厳しい声が相次いだ。藤岡信勝幹事は「政治家としての国家に対する裏切り行為を、司法の場で問う意義はあるのではないか」として、河野洋平氏に対する民事訴訟を起こす考えを示した。河野談話氏をめぐっては、石川県在住の諸橋茂一氏がかつて、東京地検に河野氏を刑事告発したものの「時効」を理由に却下された経緯がある。今回は民事で責任を問う方針で準備が進められており、年内にも提訴できる見通しという。(以下略)ーーーまあ、何というか、ネトウヨ機関紙たる産経新聞らしい記事ではあります。客観性のかけらもないし、そもそも客観的に報じようという意思自体がない。2009年自民党が敗北した時、自民党と一緒に「下野ナウ」した新聞だけのことはある。「慰安婦の真実国民運動」なる団体の、完全な提灯持ち記事に徹しています。もっとも、最初から産経の息のかかっている団体なのではないか、という気もしますけど。河野洋平に民事訴訟だそうですが、ま、裁判を起こす権利は誰にでもあるので、やりたければやればいいでしょうね。馬鹿馬鹿しいことだとは思いますが。そもそも、河野談話というのは、当時の河野官房長官の名前で出されているとは言え、いうまでもなく河野洋平個人の見解ではなく、内閣の意思として出されたものです。河野談話に関しては、以前にも記事を書いたことがあります。河野談話その中でも指摘しましたが、河野談話は、従軍慰安婦をめぐる問題について、最大公約数的に認められている事実しか述べられていません。改めて、何度読み直したところで、当然の内容であるとしか思えません。談話の中で、日本軍が直接、力ずくの「慰安婦狩り」を行った、などとは言っていないし、責任という言葉すら出てきません。ほとんど日本軍の「関与」という言葉であり、1箇所ずつ軍の「要請」と官憲の「加担」という言葉があるだけです。で、この「従軍慰安婦の真実国民運動」なる団体と産経新聞の言い分によると、河野談話のせいで、日本は「ぬぐいがたい深刻な汚名を着せられている」ということになるようです。どう考えても違うだろうと私は思うんですけどね。ぬぐいがたい深刻な汚名を着せられるようなことを、かつての我が国(日本軍)はやってしまった。その事実を厳然として動かしがたい。河野談話は、むしろ認めざるを得ない日本の非を、最低限の部分だけ認めた内容です。それすら認めなければ、むしろ国際的な非難はおおきくなることはあっても小さくなることはないでしょう。その河野談話をもし撤回するようなことが起これば、どういうことになるでしょう。かつて、米国の下院が日本政府に慰安婦に対する謝罪を要求する決議を可決したことがあります。その時、日本の極右派は何をしたかといえば、ワシントン・ポスト紙に「慰安婦は性奴隷ではない」という意見広告を出すことでした。そしてその結果どうなったかと言えば、米国下院は決議を取りやめるどころか、逆に態度を効果させて、共同提案者が大幅に増えることになったのです。一言でいえば、逆効果、ということ。まあ、米国も自国の非は棚にあげて、という気がしないでもないですがね。少し前に、橋下大阪市長が「慰安婦は必要だった」という暴言を吐いたあと、橋下は訪米を予定していたけれど、米国側がだれも面会してくれないことになり、訪米中止に追い込まれています。日本国内で右派にウケが良い歴史修正主義言説は、世界に持ち出せば、まったく説得力を持たない、ということです。もしも今、日本が河野談話を取り消せば、国内の右派の自尊心は満たせるでしょうが、中国・韓国ばかりでなく、米国からも強烈な反発を招くであろうことは間違いありません。
2013.09.17
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大飯原発4号機、停止作業始まる 深夜に「原発ゼロ」に関西電力大飯原発4号機(福井県おおい町、出力118万キロワット)が15日夕、定期検査のため出力を下げる作業を始めた。同日夜には電気の出力がゼロになり、営業運転を停止する。1年2カ月ぶりに国内で稼働する原発はゼロとなる。15日午後11時ごろには発電をやめ、16日未明に原子炉が止まる予定だ。関電の供給力は、2日に停止した大飯3号機と合わせ、236万キロワット減るが、夏の電力使用のピークは過ぎており、当面の電力は足りる見込みだ。東京電力福島第一原発事故後、国内の原発は定期検査などで昨年5月に50基すべてが停止した。しかし、大飯3、4号機については、電力不足を避けるために再稼働が認められ、同8月から営業運転していた。関西や四国、九州、北海道の電力4社は今年7月、再稼働に向け、6原発12基の審査を申請。原子力規制委員会が新規制基準への適合審査をしている。大飯3、4号機については今月2日、規制委の専門家会合が敷地内の断層調査で、「耐震設計上考慮する活断層ではない」との見解で一致。17日に公開審査を始める。規制委は事前の確認で、おおむね新基準に適合していると評価しているが、再稼働の時期は見通せない状況だ。ーーー前回は昨年5月から7月にかけて、2ヶ月ほどの間全原発が停止していました。今回はどのくらいの期間停止し続けるかは分かりませんが、前回より長くなるという見通しのようです。私は、何度も書いているように、原発には反対であり、将来的にすべての原発を廃止すべきだと思っています。原発全廃への過程で、過渡的に現在ある原発を稼働することはやむを得ないとは思っています。しかし、現状は原発全廃という方向には行っておらず、安倍政権は今後も原発をずっと続ける意思満々です。そんな状態での原発再稼働には、私は断固として反対です。いずれにしても、この夏、大飯原発の2基以外は、原発はまったく動いていません。しかし、この夏に電力危機が叫ばれることはなかった。猛暑といえば、この夏は観測史上有数の猛暑でした。東京に限定すると、8月の月平均気温(29.2度)は観測史上3位の記録ですが、史上最高を更新した地点も少なくないだろうと思います。東京で、日最低気温が30度を下回らないという、スーパー熱帯夜も記録されました。※※過去に、一晩中気温が30度を下回らなかった記録が一度だけありますが、0時から24時までの日最低気温が30度を超えたのは、東京では史上初この夏は、いずれの電力会社も節電の数値目標を設定しておらず、だから土日シフトや夜間操業なども行われていません。しかし、東京電力の場合、今夏の最大電力は8月9日に記録された5093万kwであり、5000万kwを超えたのは、この日を含め、全部で3日間に過ぎません。昨年も、最大記録は5078万kwで、5000万kw以上を記録したのはやはり3日間だけです。震災の年は、最大でも5000万kwに達した日はありません。今でも節電を感じるのは、駅構内や電車内の蛍光灯が一部間引きされていることくらいでしょうか。我が家的には、夜の暑さのため、夜通しエアコンをつける日が激増してしまい、昨年に比べて8月の消費電力が増えてしまいました。が、それでも300kwhには届かず、震災前の夏と比べると、まだまだ少ない水準です。(エアコンは11年経過しましたが、今年も替えなかった)要するに電力需要が今夏より増える要因は見当たらないということです。依然として終息する気配のない汚染水問題、次の地震がいつ来るかも分からない状況、ひとたび事故が起これば広大な土地が放射能に汚染されるリスク、処分のメドも立たないままたまり続ける高レベル廃棄物、使う見通しのないまま産み出され続けるプルトニウム・・・・・・仮に原発にメリットがあるとしても、これほどのデメリットを上回るものとは、私には信じられません。
2013.09.16
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既に周知のことですが、2020年のオリンピック開催地が東京に決まりました。正直なところ、私は東京オリンピックは反対ではないけれど、かといって賛成でもない、心情的には「消極的」というところです。決まってうれしい、という気持ちはありません。汚染水に関する安倍首相のウソ(うそ、と言ってよいレベルでしょう)に関しては、先日記事を書いたばかりですが、その後、当の東京電力自身から「今の状態はコントロールできていないと考えている」との発言が出ています。オリンピック欲しさにその場しのぎの発言をした、といわざるを得ないでしょう。で、この点以外にも、疑問点は多々あります。まず開催日程が7月24日から8月9日まで、という計画になっているようです。気は確かか?と思います。いうまでもなく、7月下旬から8月上旬というのは、日本がもっとも暑い時期です。2020年の気候がどのようなものかは、現時点ではまったく予想できませんが、ただ地球温暖化とヒートアイランド現象の傾向は進む一方であることを考えると、現在と同程度かそれ以上の暑さであることは間違いないだろうと思います。もちろん、今年ほどの暑さかどうかまでは分かりませんが。先日、四国の四万十で4日連続40度を記録したとき(東京も最高気温が38度を超えた)に調べたのですが、東京の夏は沖縄より、東南アジア諸国の夏よりはるかに暑くなっているのが現実です。気温のみで見れば、東京並の暑さのオリンピック(あるいはその他の国際的スポーツイベント)の例はあります。ただ、多くの場合、気温は高くても湿度は低いので、体感的な暑さ(不快指数)は、東京ほどではないようです。そういう意味では、東京は史上もっとも過酷な気象条件でオリンピックを行う、ということになります。そんなことは最初から分かっているからこそ、前回1964年のオリンピックは10月10日開会としたわけです。しかも、同じ東京でも、1964年と現在では気温は結構違います。もちろん現在のほうが暑い。それなのに何故今回は、こんなに過酷な時期にオリンピックを設定したのか。報じられているところによると、現在のIOCはオリンピックの開催時期として、7月中旬から8月末までの期間を指定しており、それ以外の時期の開催は許されないらしい。そしてその理由は、この期間が米国で大きなスポーツイベントとぶつからない時期に当たっているから、だそうです。つまり大スポンサーである米国のテレビ放送で視聴率を取りやすい(放映権料を稼ぎやすい)時期だから、ということです。つまり、結局は金儲けの都合(それも、日本ではなく米国の)で時期が決まっている、というわけです。事情の許す範囲で金儲けの便宜を図ることは悪いこととは思いませんが、東京で7月末から8月上旬の日中にスポーツイベントというのは、いささか「事情の許す範囲」を超えてしまっているように思えます。マラソンなんか、死人が出ても不思議はありません。いや、出場する選手はある種のプロですから死にはしないでしょうが、観客や運営関係者などはどうなるか分かりません。もうひとつ思ったのは、2020年までに大きな地震がくることはないのだろうか、ということです。大胆に予測すれば、東海地震(東海/東南海/南海連動地震)は、2020年よりは後になる可能性が高いのではないか、という気がしないこともないのですが、南関東直下型地震については、いつ来るかはまったく分かりません。ちなみに、地震調査研究推進本部は、地震の発生確率について、南海トラフ地震は10年以内に20%、30年以内に60~70%、50年以内に90%南関東M7クラスの地震は10年以内に30%、30年以内に70%、50年以内に90%としています。(こちらを参照)オリンピックまでに絶対起こる、というほどではないけれど、「オリンピックまでには起こらない」と安心できるほどの低確率でもなさそうです。極論すれば、今年来年あたりに地震がくるなら、2020年にオリンピックを開催することは可能かもしれませんが(可能不可能というだけなら、です。開催することがふさわしいかどうかは別問題)、前年やその年に起きたら、まず物理的に開催不可能ではないかと思います。IOC委員は、防災の専門家でも原発の専門家でもないので、そのあたりのリスクは深くは考えていないのでしょうね。
2013.09.15
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ツイッターで「アホか」、記録改竄、3カ月で退職 大阪市公募区長・校長トラブル後絶たず大阪市の橋下徹市長が、組織の内外から優秀な人材を集めるために導入した大阪市や学校の幹部ポストの公募制度。しかし、皮肉にも外部人材による不祥事やトラブルが後を絶たず、公募制度の信頼を揺るがしかねないと、批判の声も上がっている。民間出身の区長が昨年8月に短文投稿サイト「ツイッター」で、自身に批判的な投稿者に対し「アホか」などと書き込み、橋下市長から口頭注意を受けた。今年3月には民間出身の当時の東住吉区長が重要な会議を欠席したなどとして更迭。その後、年金記録に関係する文書を改竄し、市に提出したとして分限免職処分になった。6月下旬には市立小の民間人校長が「自分のスキルを生かせない」として、わずか就任3カ月で退職。別の市立小の民間人校長は現在、児童の保護者に対するセクハラ行為の疑いで市教委の調査を受けている。橋下市長は8月28日、「内部人材でも不祥事はあり、(公募制度は)見直さない」と強調したが、その直後に明るみに出た男性区長(54)のセクハラ疑惑。市役所出身の区長は「外からきた人は脇が甘いと言わざるを得ない」と批判。民間出身の区長は「公募制度の信頼が揺らいでしまう」と嘆いた。ーーー橋下の肝いりで始まった公募区長と公募校長ですが、不祥事があまりに多いようです。就任3カ月で退職というのは、必ずしも不祥事とは言えませんが、極めて不正常な状態とは言えるでしょう。いずれにしても、橋下の「内部人材でも不祥事はある」というのは、あまりに説得力のない言い分です。確かに内部人材でも不祥事はあるでしょう。しかし、公募校長は全部で143人、公募区長は24人と報じられています。合計167人しかいないところで、セクハラ2件とツイッターでの暴言、年金記録改竄が1件ずつ、3ヶ月で退職が1名、どう考えたって問題の起こる割合が高すぎます。大阪市役所の職員総数は約3万6千人だそうです。単純な計算でいうと、1年半のうちに167人中4人の不祥事というのは、大阪市役所全体で900人が不祥事を起こしたのと同じ割合になります。いくら内部人材にも不祥事があるといっても、こんな割合ではないでしょう。それも、右も左も分からない新社会人ではない、区長に校長という、トップに立つはずの人間ばかりが集まっているのに、です。もちろん、「外部人材だから」問題がある、などということは本来ないはずです。色々な役所で経験者採用を行っていますが、問題のある人ばかりが集まる、なんて話は聞いたことがない。にもかかわらず大阪だけ公募職員に不祥事が頻発したのは、問題のある人ばかりが選ばれたか、あるいはそもそも問題のある人しか応募しなかったか、ということが考えられます。いずれにせよ、結局は選ぶ側に人を見る目がなかった、ということに尽きます。応募した中にロクな人材がいない、という判断であれば、公募を中止する、あるいは公募枠を縮小するという選択肢だってあり得たはずです。あるいは、「公募制を実行する」という政治的都合が、人材の質を選ぶことより優先した、という価値判断の問題かもしれませんが。そういえば、橋下の維新の会そのものが、ろくな政治家がいないように見受けられます。どうやら、橋下には人を見る目がないか、あるいは、橋下の元に集まりたがる人には、もともとろくな人材がいない、ということなのでしょう。それにしても、驚いたのは、セクハラで更迭された公募校長が、研修後に復帰の予定だということ。公募セクハラ校長の復職方針、保護者が猛反発それでも、不祥事は起きた。ある市教委幹部は「教職員から昇任した校長なら間違いなく辞職するケース。強制的に辞めさせる手段がない以上、不本意だが、復職に向けて動くしかない」と打ち明ける。公募校長の募集要項には「任期(3年)付きの市立小中学校長」とあり、特別な雇用契約書は取り交わしていない。採用時は校長として辞令交付しており、事務職などには異動させられないという。別の幹部は「特定の職に限定して採用する公募制度の弊害だ」と話す。ーーー報道によると、このセクハラ校長の発言録は「トンデモない」の一言につきます。高校生に対して性的な質問を連発、というのは、学校教師として、まったく失格でしょう。この校長の前職がどのようなものであったかは知りませんが、たとえばブラック企業の経営者として辣腕をふるっていた人物なら、社内でいくらセクハラを乱発しようが逆らう人もいないでしょうが、そういう人間が教育現場に向いているわけがありません。※まあ、逆も言えて、優秀な校長が民間企業で優秀な社員あるいは優秀な経営者になれるとも限りませんけど。民間企業どころか、退職した校長が、再雇用で役所の住民サービス部門にやってきたりすると、態度がよくないと住民に評判が悪い、なんて事態もありがちなことです。(もちろん、腰の低い校長だって存在しますけど)もちろん、いずれも極端な例を挙げましたが、要は良し悪しの問題ではなく、向き不向きがある、ということです。万人がどんな仕事にも向いている、なんてことは本来あり得ません。いずれにしても、上記のセクハラ校長は、教育現場で許される一線を、明らかに大きく踏み越えてしまっているにも関わらず、校長以外の職に配置転換できないとすれば、それは明らかに制度の不備です。そのような不備な制度を作った人間の責任は、問われるべきでしょう。それにしても、橋下は地下鉄の運転士が煙草を吸っていただけで「懲戒免職」を叫び、さすがに懲戒免職にはならなかったものの停職1年という重い処分が下った前例があります。それなのに何故、この件ではセクハラ校長の懲戒免職を叫ばないのか。いつも、前例も法令も無視して叫んでいるのに、この件だけは及び腰になるのは何故でしょうかね。
2013.09.13
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婚外子差別の違憲判断、ネット上で反発相次ぐ/新聞各紙と対照的結婚していない男女間に生まれた子(婚外子)の遺産相続分が、結婚した夫婦の子の半分とした民法の規定は「違憲」だと最高裁が9月4日に判断したことについて、ネット上では「結婚制度が崩壊する」などと反発の声が相次いでいます。大手各紙が「歴史的な司法判断」(朝日)などと違憲判断をそろって支持しているのと対照的です。裁判の当事者の1人は和歌山県の女性(42)で、妻子を持つ父と未婚の母との間に生まれました。父とは同じ家で暮らしてきましたが、父が亡くなり、相続問題が持ち上がって初めて差別を実感したといいます。「自分の価値は半分ではない」「どんな立場で生まれても子供は平等」と認めてもらうために、婚内子と同等の相続を求めて裁判に訴えていたそうです。今回の違憲判断を大手各紙は支持しています。朝日新聞は社説で「両親が結婚していたかどうかに責任のない子どもに不利益を与えるこの規定の問題点は、国内外から指摘されて久しい」と述べ、「遅すぎた救済」とさえ書きました。読売新聞も、シングルマザーという言葉が定着し、事実婚も珍しくなくなった風潮を挙げて、「日本人の家族観の変化を踏まえた歴史的な違憲判断」と歓迎しています。一方でネット上では、違憲判断に反発する書き込みが相次いでいます。「結婚制度の崩壊か」「ますます非婚化するね」「婚外子をつくることがまずおかしいのに、なんで正当化するのか」「親の介護をしないのに遺産だけ同じか」もちろんネットにありがちな感情的な書き込みも多いのですが、こうした声は、婚外子も同様に扱う民法改正に反対してきた自民党内の「一夫一婦制や法律婚主義を危うくしかねない」という意見に通じるものがあります。元航空幕僚長で保守派論客の田母神俊雄氏は、9月5日のツイートで違憲判断に触れ、「これも日本ぶち壊しの1つだと思います。意見が割れる問題についてはこれまでの伝統や文化に敬意を払うことが保守主義だと思います」などと書き込みました。このツイートが拡散しています。元警察官で外国人犯罪対策講師の坂東忠信氏は9月10日のブログで、外国人同士の間に生まれた子供を、カネを受け取った日本人男性が認知する「偽装認知」の問題を指摘。その子供が男性の死後に「婚外子として突然遺産相続に現れる可能性がある」と書きました。「反日国家」など過激な表現が多い文章ですが、このブログもツイッターで広がっています。こうした書き込みに対しては「妄想じみている」「婚外子が生まれる理由は不倫だけじゃない」などとの批判や反論もあります。---婚外子差別の違憲判決は、あまりに当然の話だったので、判決が出た時点では、このブログでは特に取り上げていませんでした。しかし、その後、ネット上で反発が大きいという一部報道があったので、この件を取り上げてみる気になりました。「婚外子をつくることがまずおかしいのに、なんで正当化するのか」という意見がネット上にあるそうです。そういう意見を否定はしませんが、その意見を向けるべき矛先は、婚外子を作った親であって、生まれてきた子どもではないはずです。改めて説明するまでもありませんが、婚外子(非嫡出子)か嫡出子か、というのは親の側の問題です。生まれてくる本人自身は、自分の属性を決める権利はありません。本人の努力では覆せない属性によって扱いに差をもうけることを、「差別」と言います。「親の介護をしないのに遺産だけ同じか」これは、今回の事例には当てはまらないようです。別の報道によると、嫡出子側は弁護士を通じて「幸せな家庭を壊され家から追い出され、約40年間精神的苦痛に耐えて生きてきた。婚外子側は生前に相当な財産を譲り受けた。どこが不平等なのか」とのコメントを出した。とのことです。「家から追い出され」とあります。不倫した挙句に元の妻子を追い出すとはひどい父親とは思いますけど、ともかくこの父親と同居していたのは、婚外子側であることが読み取れます。要するに、結婚生活は破綻していたけれど、妻が離婚届に判を押さなかったから、籍の上でだけ結婚状態が続いていた、ということでしょう。生活実態としては、この婚外子の母親と「夫婦」の状態だったのだと思われます。従って、介護をしたのも(実際にどの程度介護を要する状態だったのかは知りませんが)嫡出子ではなく、婚外子のほうだったはずです。なお、この父親は、別居する妻子に対して婚費の支払い義務があります。「婚外子側は生前に相当な財産を譲り受けた」のが事実かどうかは分かりませんが、事実だとしても、別居を強いられた嫡出子側も、相当な婚費(離婚していれば養育費)を請求できることもまた事実です。ただ、実際に請求していたかどうかは分かりません。で、「親の介護をしないのに遺産だけ同じか」なんて騒動は、実は嫡出子同士でも掃いて捨てるほど起こっている話です。同じ父親と同じ母親から生まれた兄弟姉妹同士ならみんな仲が良い、とは限らないのです。嫡出子同士の兄弟姉妹で、介護は一人に押し付けておきながら、遺産相続は均等なのか、とか、あるいは親の面倒をまったく見なかった子どもが、親が死んだら遺産だけは持っていった、とか、そんな話は山ほどある。従って、「親の介護をしないのに遺産だけ同じか」という論理で婚外子差別を免罪することは無理があります。「結婚制度の崩壊か」とか「ますます非婚化するね」というのは、意味不明です。今回の判決から、何故そういう意見が導き出せるのか、因果関係がさっぱり分からない。「外国人同士の間に生まれた子供を、カネを受け取った日本人男性が認知する『偽装認知』の問題を指摘。その子供が男性の死後に「婚外子として突然遺産相続に現れる可能性」これは二重の意味で馬鹿馬鹿しい意見です。第一に、現状でも婚外子は半分の相続権がある。上記のような「可能性」があるなら、それは現状でも同じことなのです。第二に、そもそも偽装認知なんて行為に手を染めるのは金がないからでしょう。そんな人間が、相続でもめるほどの財産を残せるのか、という問題です。子どもを認知するというのは、とても重い行為です。自分の遺産の一部がその子どもに渡ることは当然の前提ですから、上記のような例は、実際に起こったとしても、当然のことが起こっただけの話なのです。何も考えずに、その場の金銭のために偽装認知に荷担して、何十年か後に「遺産相続を」ということになったとしても、それについて責めを負うべきは認知を行った本人なのであって、それこそ(正妻側の)遺族には申し訳ないけれど、「恨むなら故人を恨んでください」としか言いようがない※。いずれにしても、上記のような事態は、天文学的に低い確率でしか起こらないと思われます。※ただし、遺言状を残していれば、法定の相続とは別の配分にすることはできます。嫡出子には婚外子の倍の遺産を、という遺言があれば、そうすることも可能でしょう。田母神俊雄の「これも日本ぶち壊しの1つだと思います。」というのも、例によってネトウヨ脊髄反射のひとつでしかありません。婚外子差別を解消することで、日本が「ぶち壊」される要素は見あたりません。いずれにしても、婚外子差別を正当化する主張には、まったく説得力がありません。
2013.09.12
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今日は、ちょっと疲労の極にありまして、あまり長い文章を書く気力がありませんが、米国の同時多発テロから12年、そしてチリのクーデターからちょうど40年に当たる日です。アジェンデ大統領最後の、渾身の演説。アジェンデがもし生きていれば、今年105歳です。(ま、さすがにクーデターがなかったとしても、もう生きてはいないでしょうが)40年前のこの日からはじまったチリの軍事政権は、16年後の1989年に終結し、チリは民政に復帰しました。ただし、チリが完全に軍政のくびきを脱したといえるのは、それから更に16年経過した2005年のことです。それはどういうことかと言うと、軍政時代に行われた1980年の憲法改正によって、元大統領と陸海空・カラビネーロス(治安警察軍)の4軍の最高司令官などに、任命上院議員の資格を与えたのです※。これによって、独裁者ピノチェトその人や、4軍のトップなどが、選挙によらず上院議員の地位を確保したのです。その議席数は9議席。チリの上院の総議席は40前後ですから、そのうち9議席というのはかなり大きな割合です。特に、ピノチェトは終身上院議員、つまり民政復帰後も一生上院議員を続ける権利を認められていました。(後に辞任に追い込まれましたが)任命議員の中には、民政復帰後に大統領をつとめた中道左派のフレイも含まれるものの、それ以外は軍人が多く、右派は選挙によらず議席数の下駄を履くことができたわけです。※1980年のピノチェト憲法で「任命上院議員」は定めたけれど、実際の議会の選挙は行われていません(1989年の民政復帰時に初めて行われた)。つまり、「上院選をやるときは任命議員を置くぞ」という空文句が、民政復帰時に発動されてしまったわけです。そしてもうひとつ、やはり1980年のピノチェト憲法では、4軍の最高司令官の任命権は大統領にはないことにされていました。ピノチェトは大統領兼陸軍総司令官だったから、自分で自分の陸軍総司令官職を任命できたわけですが、ピノチェト以外の人が大統領になっても、軍のトップの人事権がない。この条項のために、民政復帰後も、元独裁者のピノチェトが陸軍総司令官の地位に居座り続けることができる、という異常事態が続いたわけです。ピノチェトが陸軍総司令官を辞任したのは1998年です。任命議員制度と、大統領に4軍トップの人事権がないという、民主政治と相容れない欠陥制度が廃止されたのが、やっと2005年のことだったのです。1973年のクーデターから32年、実に長い時間を要したわけです。
2013.09.11
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汚染水の遮断「できていない」…菅官房長官菅官房長官は10日の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所の周辺海域への汚染水拡散を防ぐために設置された「シルトフェンス(水中カーテン)」で完全に海水を遮断できていない実態を認め、「水は行き来している。全部、水をストップしていることではない」と述べた。汚染水を巡っては、安倍首相が7日の国際オリンピック委員会(IOC)総会で「汚染水による影響は福島第一原発の港湾内で完全にブロックされている」と述べていた。これに関し、菅氏は「フェンスの中も週1回検査をしており、基準値以下だ。汚染水の影響について、完全にブロックされているという表現を使った」と指摘した。ーーーつい数日前、安倍首相はブエノスアイレスにて、全世界を前に、こう言ったと報じられています。首相強弁「汚染水問題ない」 IOC委員質問に回答 実際は外洋漏えいも 二〇二〇年夏季五輪の開催都市を決めるIOC総会で、安倍晋三首相は東京電力福島第一原発の汚染水漏えい問題について、「まったく問題はない。汚染水の影響は、港湾内で完全にブロックされている」と強調した。 安倍首相はプレゼンテーションで「東京は世界で最も安全な都市の一つ」とアピール。福島第一原発事故について「状況はコントロールされている。東京にダメージを与えることは許さない」とした。この発言に対し、IOC委員が質疑応答で、東京に影響がない根拠を尋ねた。首相は「汚染水の影響は、福島第一原発の港湾内の〇・三平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」と断言。近海のモニタリングの結果、「数値は最大でも世界保健機関(WHO)の水質ガイドラインの五百分の一。日本の食品や水の安全基準は世界で最も厳しい基準だ」とアピールした。(以下略)ーーーどう考えたって、汚染水問題が「全く問題ない」はずがないし、「状況はコントロールされている」ようには見えません。当の東電自身が、記者会見において首相発言の根拠を問われて、政府に真意を照会すると答えているそうです。実際タンクからの汚染水の漏洩は止まっていないし、近いうちに止められるメドも立っていないようです。漏れ出した汚染水が流出し、最終的に海に流れ込んでいる状況も、解決の見込みがない。流入する地下水が汚染される状況も同様です。そしてさらに、「汚染水の影響は、福島第一原発の港湾内の〇・三平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」との発言も、菅官房長官が、実はブロックされていない事実を認めたわけです。(そんなこと、常識で考えれば当たり前ですが)で、菅長官は「基準値以下だ」とも言っているようです。確かに現状では基準値以下ではあるようですが、海水中の放射能が1週間で8〜18倍にも急増したとも報じられています。何しろ、流出した汚染水の放射能量は24兆ベクレルという莫大なものですから、それが海に流れ込めば、放射能が急増するのは当たり前です。汚染水の流出が止まっておらず、海への流入も阻止できていないとすると、今後海水中の放射能が、増えることはあっても減ることはない。いつまで基準値以下でいられるかはわかりません。オリンピック自体への賛否は、ここでは特に触れませんけれど、オリンピック招致という目的のために首相が世界に向かって嘘をついた、という事実は歴然としています。まあ、「嘘から出たまこと」じゃないけれど、今後本当に汚染水問題(原発を巡るその他の問題も)を完全にコントロールできるようになることを期待しますけどね。そうなれば、安倍の嘘も、それほど重大視はされなくなるでしょうし。でも、そううまくことが運ぶ可能性は、どう考えても低そうです。
2013.09.10
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自衛権行使の要件明文化 民主・枝野氏が9条改憲私案民主党憲法総合調査会長に任命された枝野幸男元官房長官が憲法9条の改正私案をまとめ10日発売の月刊誌「文芸春秋」に寄稿したことが7日分かった。自衛権行使の要件を明文化した条項を9条に追加し、憲法解釈の幅を極力狭めることで、無原則な軍拡に歯止めをかける必要性を打ち出している。「時の内閣の判断で憲法解釈を変更できる可能性がある」ことが現行憲法の最大の問題と指摘。解釈変更で集団的自衛権の行使容認を目指す安倍政権の姿勢を批判した。私案は、改憲派と護憲派による「両極端の主張」と異なる「第三の道」と称し、最重視すべきは「自衛目的ではない武力行使に踏み切らないようにすることだ」と強調。「個別的」と「集団的」に分けた自衛権の考え方には疑問を投げ掛けた。具体的には、内閣法制局の従来解釈に基づき(1)急迫不正の武力攻撃を排除するため(2)他に手段がない場合(3)必要最小限の範囲で-とした現行の自衛権発動3要件を条文に明記。同時に、日本を守るために行動する他国と共同して自衛権を行使できる、などとした。国連平和維持活動(PKO)など国際機関の活動には「正当、明確な意思決定に従い、国際法規に基づく場合に限り、参加や協力ができる」としている。ーーー正直に言って、民主党の主要な政治家の中で、私が比較的好感をもっていた一人が枝野です。が、それもまったく幻想に過ぎなかったことを思い知らされました。「時の政府の判断で憲法解釈を変更できる可能性がある」のは、条文をいかなる文章にしようと同じことです。そもそも、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という条文は、普通に読めば解釈に関して疑問の余地などまったくないのですが、憲法解釈を変更できているではないですか。枝野のいう自衛権発動の3要件のうち、ちょっと考えても「必要最小限の範囲」などというものは、いくらでも恣意的に解釈可能です。侵攻する敵戦力に対して、どの程度の反撃を行うのが「必要最小限の範囲」なのか、なんて明文で規定することは不可能ですから。他に手段がないとか、急迫不正の武力攻撃も同じことです。で、「他国と共同して自衛権を行使できる」ということは、集団的自衛権までも容認する、ということのようです。常識的に考えて、「日本を守るために行動する他国」(実質的に米国」を攻撃する敵国が存在したとして、その敵が日本を攻撃しない、なんてことがあり得るわけがない。日本に対して攻撃がかけられた場合は、集団的自衛権がどうこうなどということは問題ではない、個別的自衛権に基づいて反撃すればよいだけのことです。米軍は攻撃するが日本は攻撃しない、という事態があり得るとしたら、その「敵」は米国を攻撃する意思はあっても日本を攻撃する意思がない、ということですから、そのような相手を敵とみなして「反撃」することは、必要最小限の行動とは言い難い。つまり、枝野の言い分は最初から相互に矛盾していると考えざるを得ません。記事によると、枝野は「改憲派と護憲派による『両極端の主張』と異なる『第三の道』」なることを主張しているようですが、私の見るところ、枝野のいう「第三の道」と改憲派は、内心で意図しているものに違いがあるとしても、結果においてはほとんど差がなさそうです。結局のところ、政権末期の時代から、民主党はひたすら自民党の真似ばかりをするようになった、その傾向が下野した今も変わっていないようです。もはや失望はしません。これ以上失望しようがないくらい失望してしまったから。ただ、「枝野ですら」という点は、ちょっとばかり残念ですが。
2013.09.09
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「出産したらお辞めなさい」 曽野綾子寄稿でネットも大激論 作家の曽野綾子さんが「週刊現代」2013年8月31日号に寄稿した内容が、波紋を広げている。セクハラやパワハラ、マタハラを訴える女性社員を「甘ったれ」と切り捨て、「出産したらお辞めなさい」と過激な見出しが躍ったからだ。 曽野さん流の主張は、インターネット上でも議論が白熱している。マタハラ、待機児童、産休制度で持論展開 曽野さんの寄稿は冒頭、出産した女性社員に対する嫌がらせを意味する「マタハラ」を取り上げた。問題ではあるが「経済の単位である会社には、男も女もない」ときっぱり。赤ちゃんが発熱したのを理由に、母親社員が早退するのを毎度快く送り出せる会社ばかりではないと指摘する。 そのうえで、女性が出産したらいったん退職してもらい、子育てが終わってから再就職する道を確保すればよい、と大胆に提言した。 次に切り込んだのは、待機児童問題。本来赤ちゃんは母親が、収入を減らしてでも家で育てるもの、と持論をぶつ。働く母親のために保育所を増やせ、という考えには相容れないようだ。 産休制度も「会社にしてみれば、本当に迷惑千万な制度だと思いますよ」。産休中は新たに採用するわけにもいかず、職場でやりくりしなければならない。だから女性を責任あるポストには置けないという。 パワハラ、セクハラと騒ぎ立てる女性も「幼稚」とバッサリ。「お嫁に行かないの」と聞かれて不快なら巧みに切り返してやっつけてやれ、夜勤や徹夜を嫌がる女性は「夜通し遊ぶことができる女性なら、夜通し働くことも可能です」と突き放す。「そういう意味で、男女は平等であるべきなんです。『女子だから』と自分たちを特別扱いすることを要求し、思い通りいかなければパワハラだと騒ぐ女子社員がいると、会社は懲りて自然に女性を雇わなくなりますよ」 長文の寄稿文は、同性の女性になかなか厳しい。これには識者の間で議論を呼んだ模様だ。翌週の週刊現代でも、評論家の金美齢さんや西舘好子さんのように「甘ったれるな論」に賛同を示す人、逆に「あきれ果てました」という社会学者の上野千鶴子さんら反対派の言い分が掲載された。(以下略)ーーー主張の主が曽野綾子という時点で、いかにも、という意見です。失礼ながら1931年生まれの曽野綾子が子育てをしたのは、50年以上前の話です。(長男三浦太郎が1955年生まれ、二人目以降の子どもがいるかどうかは知りません)その時代の感覚を今に持ち込んでも、時代錯誤なだけです。要は、男社会の論理をそのままむき出しに持ち込んでいるだけの話です。まあ、私も男ですから、こういう理屈はわからないこともないです。同じ職場に育児休業中、あるいは休業はしていないけれど育児中の女性が何人かいますから、育児休業中の人がいる職場は大変だ、とは思います。でも、それは仕方のないことでもあるのです。曽野綾子が言う、「経済の単位である会社に男も女もない」というのは、事実ではあるでしょう。しかし、同時に社会は企業の論理だけで成り立っているわけではない、ということも厳然たる事実です。そりゃ、会社のホンネとしては曽野綾子がいうとおりかもしれません。でも、それを言うなら、人件費は可能な限り低く、社員の労働時間は(同じ人件費の範囲内では)可能な限り長く、休日は少なく、残業代の支払いはなしで、社員が病気や怪我で働けなくなったら即時に放り出したい、法人税だってできることなら払いたくない、というのも、企業のホンネとしてあるでしょう。その本音に忠実なのが、ブラック企業であるわけですが、日本中の企業がブラック企業だらけになったら、どういうことになるか。社会は破綻をきたすことになります。育児をめぐる問題に限定しても、同じことです。そうでなくても、少子高齢化が進んでいる現状があります。いまどき「出産したらお辞めなさい」などと言っても、「はい、では出産をやめることにます」ということになるのがオチです。企業の論理としては、それでいいのかもしれませんが、じゃあ誰も子どもを産まなくなったら、日本社会はどうなるのでしょうか。出産したらいったん退職し、子育てが終わったら再就職というのは、選択肢の一つとしては必要でしょうし、実際そういう道を選択する人も少なくはないですが、それ以外は認めない、というのではただの押し付けです。いったん退職して再就職する場合、給料は下がる可能性が非常に高い。確実に再就職できる保証があるわけでもない、「一馬力」になった時点で、収入は減る。まあ、出生率など上げる必要はない、化石のような価値観と企業の論理を背負ったまま、少子化の道を突き進んで人口は減るにまかせる、というのも、日本の将来についての一つの選択肢ではあるかもしれません。ただ、私としては、出生率の大幅アップなんてことは無理だとしても、少なくとも子どもを作ることについて、回避できる障害は回避して、ある程度は出生率をあげる努力はすべきと思っています。そういえば、我が家は、うちの子が生後一ヶ月のときに、相棒が再入院する騒ぎがあり、10日間以上父子家庭になりました。幸い、といってはなんですが、私の両親(父は、その時はまだ元気だった)は自営業でしたけど、その前年に仕事を辞めたので、日中は預かってもらうことができました(そうでなかったら、私はその間ずっと休みを取るしかなかった)が、それでも、相棒の病院にもいかなくてはならなかったし、毎日早退し続けました。その子も、今年10歳になります。曽野綾子流の言い方をすれば、私のような例だって、企業の論理としては「わがまま」ということになるんでしょうかね。
2013.09.08
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韓国が福島など8県の水産物輸入を全面禁止、日本側は「科学的根拠なし」―韓国メディア2013年9月6日、韓国メディアによると、韓国政府は同日、東京電力福島第1原発の汚染水漏れ事故を受け、福島県など8県からの水産物輸入を全面禁止すると決定した。中国日報などが伝えた。対象となるのは、福島県のほか、茨城、群馬、宮城、岩手、栃木、千葉、青森県。韓国はこれまで8県の水産物50種類の輸入を禁じていたが、汚染水漏れ事故を受けて全面禁止に拡大した。これに対し、日本メディアの報道にょると、日本の菅義偉官房長官は同日、「わが国は水産物を含む食品について厳格な安全管理を行っている。韓国政府に科学的根拠に基づいて対応してほしいと求めていく」と語った。さらに、汚染水の影響について「福島第1原発の港湾内であっても、基準値を大幅に下回っている。まったく影響はない」と説明した。---水産物輸入禁止対象の8県に海のない群馬県と栃木県が含まれているのはいささか意味不明ですが、福島周辺の魚介類を輸入禁止というのは、現状ではやむを得ないだろうと思います。「そんなことはするな」などと要求できるほど、福島産の海産物が安全とは思えないので。汚染水の問題については、8月20日に「24兆ベクレル」という記事を書いた後は、続報については書いていませんが、そのとき検出された放射線量100ミリシーベルトは、その後2200ミリシーベルト(2.2シーベルト)まだ増えているのは周知のことです。ちなみに、2シーベルトの被曝では5%が死亡、4シーベルトで半数死亡、6シーベルトだとほぼ全員死亡ですから、この放射線量を3時間浴び続けたら、全員死ぬことになるわけです。ただし、検出されている放射線はベータ線であると報じられています。ベータ線は透過力が弱いので、アルミ箔程度でも防護が可能だといわれます。その意味では、外部被曝の危険性は比較的小さい。しかし、体の中に取り込んでしまった場合は、遮るものなど何もなく直接人体の内側から放射線を浴びせる(内部被曝)わけですから、危険性は充分にあります。で、そのベータ線を出す汚染水が24兆ベクレルも漏出しており、かつその漏出は今も止まっていません。で、上記の記事を書いた際に引用した報道によると、東電は「現時点で海への流出はない」としている。とのことでしたが、その翌日には早くも、東電は前言を翻し「海に流出した可能性がある」と発表しています。福島第1原発:汚染水「海に流出の可能性」…東電発表菅官房長官は「わが国は水産物を含む食品について厳格な安全管理を行っている。」と言っているようですが、これだむ短期間のうちに言うことが一変するようでは、どこまで厳格な安全管理かは、いささか疑問の余地があるように、私には思えます。実際には、以下のような指摘もあります。特集ワイド:福島第1原発の汚染水漏れ 食卓の魚は大丈夫か◇放射性物質は減少傾向/サンマ、心配なし/じゃこ、海藻がお勧め(前略)福島県沖では、昨年6月から比較的汚染が少ないとされる県北部の相馬双葉漁協が試験操業を開始。対象を16魚種に拡大し、海域も双葉町沖から広野町沖にまで広げた。取れた魚介類は放射性物質検査で検出限界値未満であることを確認したうえで、13府県の市場に出荷していた。福島県では週1回、水産物のモニタリング結果を公表している。セシウム134と同137の合計、ヨウ素131についてコウナゴなど全部を食べる魚はそのまま、ヒラメなどは筋肉部分をゲルマニウム半導体分析器で測定。8月28日に公表された分では海産物55種158検体、川や湖の魚5種9検体、内水面の養殖魚5種7検体を調べ、国の基準値1キロ当たり100ベクレルを超えたのはコモンカスベ(エイ)のセシウムだけだった。今年6月以降、汚染水問題は深刻化の一途をたどってきた。「後出しじゃんけん」のように相次ぐ東電の発表に不信感を強めるのは、魚を食べる消費者も同じだ。福島沿岸で2011年夏から調査を継続中の東京海洋大の神田穣太(じょうた)教授は「汚染水漏れのニュースが出始めてから特に魚の汚染が悪化したわけではないと捉えています」と語る。しかし、だから安心という話ではない。「今、急に漏れたのではなく、海中の放射性物質のデータを見れば、原発事故当初から流出は続いていた。どの研究者も同じ見解を持っていました」(以下略)---「海への汚染水流出の可能性」を東電が認めるよりはるか以前より、汚染水が海に流れ込んでいたのはほぼ確実なようです。それに、魚の放射線測定は、この記事によれば「セシウム134と同137の合計、ヨウ素131についてコウナゴなど全部を食べる魚はそのまま、ヒラメなどは筋肉部分をゲルマニウム半導体分析器で測定。」とのことです。つまり、ベータ線を主体とするストロンチウム90は測定していないわけです。そもそもベータ線の正確な測定は難しく、一般的な測定器ではガンマ線しか測定できないものも多いので、やむを得ない面はあるのですが、いずれにしても、今回の汚染水問題で問題になっているベータ線に関しては、ほとんど調べられていないように見受けられます。結局、菅官房長官のいう「厳格な安全管理」は、実際には穴だらけと言うしかありません。したがって、外国が福島産の水産物の輸入に慎重になるのは当然の話で、それを批判できるような筋合いのものでもないと私は思います。ただ、さすがに現実には福島沖では現在漁は行われておらず、福島産の水産物が市場に流通することも、国外に輸出されることも、実際にはないようですけど。
2013.09.07
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「風立ちぬ」宮崎駿監督の反日妄想を嗤う今年も「護憲村」の夏祭りは大盛況だった。~この時期、護憲村の村民たちの耳は「軍靴の足音が聞こえる」という正体不明の奇病に冒される。これが祭囃子だ。ムラの広報係である朝日、毎日新聞など各メディアは、この時期、こぞって社説、特報という回覧板でアジテーションを続ける。そのご高説は、「我こそ平和の善導者」、さも「煩悶する青年」と言わんばかりの自己陶酔感に満ち満ちたもの。それはもはや報道ではなく・配達してくれるビラ・の領域である。「平和を希求する」ことの尊さも存在する半面、「報道」を逸脱した冗長な演説記事の「痛々しさ」について彼らは全く無自覚だ。祭りには、メディアだけではなくて芸能人、アーティストという属性の人々も櫓に立って音頭取りをすることもある。そして今年の夏祭りのゲストには、アニメ業界の大御所、スタジオジブリのアニメーション作家、宮崎駿氏が音頭に加わり活況を呈した印象だ。先の参院選も終盤の頃、護憲派を自負する社民党、共産党、各諸派の間で「宮崎さんが護憲を訴える記事を出した」とこんな話題が巻き起こった。スタジオジブリが発行している小冊子『熱風』(7月号)の「特集 憲法改正」に宮崎氏自ら「憲法を変えるなどもってのほか」と題する記事を執筆し、それが護憲村の住民達の耳目を引きつけたのだ。余談だが、『熱風』はアニメ制作会社の機関誌としてはしばし「専門外」の分野に口を挟むことがある。同誌11年8月号で「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」という特集を組んだ。当時、スタジオジブリの社屋にはタイトルと同じ文言の横断幕が掲げられて、JR中央線からも眺めることができた。どうも横断幕の意図がよく分からない。福島原発事故を受けての原発批判なのだろうが、それ以前、福島原発が稼働していた頃、同社も原発の電力で映画を制作していたはず。では原発の電力にまみれた過去作品はいっそ放棄すべきではないか。原発が稼働した場合、もう映画制作はしないという意味か。(中略)宮崎氏の記事が注目された理由として、2つの背景が考えられる。1つはその頃、参院選の争点として九六条改正など憲法の論議が盛んだったことだ。祭りに参加した“9条真理教徒”たちからすれば「あの宮崎駿さんも護憲派だ」ということで歓喜したことであろう。そしてもう1つ、宮崎氏が監督を務めた『風立ちぬ』が同時期に全国公開された点も見逃せない。本作は、零式艦上戦闘機いわゆる「ゼロ戦」の開発者である航空技術者、堀越二郎の活躍を描いたものだ。宮崎作品の特徴として飛行艇や飛行機などが頻出する。とにかく「飛ぶ」ことが重要なエッセンスだ。だから堀越二郎には強い思い入れがあったに違いない。もし宮崎氏が記事で護憲、平和と踊っているだけならば祭りの一風景で済んだ話だった。しかし同時にゼロ戦の開発者である堀越を描いたことで9条真理教徒の反応は複雑になった。つまり『風立ちぬ』でゼロ戦開発者を描くことが軍国賛美であると批判する声も上がったのだ。また予想通りの反応だが、反日の態度を取り続ける韓国では『風立ちぬ』が「戦争美化」の「右翼映画」だとして、同国内の公開中止を求める声も強まった。こうした言いがかりも含め一連の反応を検証すると「宮崎駿」という個人、そして護憲派や文化人という人々の偽善性と胡散臭さを感じざるを得ないのだ。体験なき者の横暴宮崎氏の記事「憲法を変えるなどもってのほか」は“いかにも”な内容だ。というよりも護憲派なる人々の主張パターンを踏襲したものに過ぎない。それは、こんな書き出しからはじまる。「子どもの頃は『本当に愚かな戦争をした』という実感がありました。実際、日本軍が中国大陸でひどいことをしたというのを自慢げに話す大人がいて、そういう話を間接的にではあっても何度も聞きました。同時に空襲でどれほどのひどいことになったかというのも聞きました。伝聞も含め、いろいろなことを耳にしましたから、馬鹿なことをやった国に生まれてしまったと思って、本当に日本が嫌いになりました」なるほど随分、早熟で意識の高い少年だったらしい。ちなみに宮崎氏は1941年生まれで戦時中生まれながら直接的な記憶を知らない「プレ団塊の世代」に属する人だ。だからこの言通り、戦争の記憶というのも、誇張された伝聞が大きく占める。彼の父親は親族と一緒に栃木県で「宮崎航空機製作所」を経営していた。すなわち軍需産業である。ゆえに戦後、宮崎少年は父親を責めたという。「そんな親父が戦争について何と言ったと思いますか。『スターリンは日本の人民には罪はないと言った』それでおしまいです。僕は『親父にも戦争責任があるはずだ』と言って、喧嘩しましたけど、親父はそんなものを背負う気は全然なかったようです」(『熱風』)なんだろうか? 父親の背広からキャバレーのマッチが出てきて「父さんは不潔だ」と叱責する高度成長期辺りの少年の反抗期。そんな風景が伝わってくる。こんな童心を今に留めているからこそ数々の名作を生み出せるのかもしれないが、どうもこの種の人々の特有の青臭さが鼻につく。それは「体験なき者の横暴」である。---興味深いといっても、言うまでもなく、批判の内容そのものではありません。一読して分かるように、内容自体はまったく低レベル。いかにも産経クオリティーです。私が興味深いと思ったのは、産経が、方や「主張」欄(社説)※では宮崎駿を持ち上げ、方や「月刊正論」では酷評する、その正反対の評価を、同じオピニオンコーナーに共存させてしまう感性です。※9月3日付「主張」は宮崎駿監督の引退 発信力を担う若手よ続けアニメーション映画の宮崎駿(はやお)監督が引退するという。この世界で72歳の引退は早すぎる。世界を喜ばせてきた巨匠の退陣は残念でならないが、日本の強力な発信力の担い手として、宮崎氏の後を継ぐ若手の台頭を期待したい。(以下略)と書いています。「主張」というのは社としての意見であり、、月刊正論の寄稿は、その執筆者の意見ですから、今のところは、産経新聞としての評価は社説のとおりなのでしょうが、数年もしたらこの寄稿のほうが産経新聞の社論に化けてしまうかもしれないな、という気がします。内容に関しては、「いかにもネトウヨ」的な文面で、同レベルのネトウヨの意見がたくさんある。その意味では目新しさは皆無。改めて、産経はやっぱりネトウヨ機関紙なんだなと感じるばかりです。ムラの広報係である朝日、毎日新聞など各メディアは、この時期、こぞって社説、特報という回覧板でアジテーションを続ける。~それはもはや報道ではなく・配達してくれるビラ・の領域である。というのは、どうも朝日、毎日新聞という単語を産経新聞に置き換えたほうが、よほど実態に即しているように思えます。筆致そのものが、朝日、毎日は控えめで、産経のほうがはるかにアジビラ的的です。そのこと自体は(主張の内容の是非は別にして)、必ずしも悪くはないと思いますけど。福島原発事故を受けての原発批判なのだろうが、それ以前、福島原発が稼働していた頃、同社も原発の電力で映画を制作していたはず。では原発の電力にまみれた過去作品はいっそ放棄すべきではないか。原発に反対するなら電気を使うな、という類の、反原発派に対する質の悪い批判の変形バージョンです。電気を使っていると発電方法に対する批判ができない、というなら、中国製の製品を使いながら中国批判をするな、という言い方も可能です。「1941年生まれで戦時中生まれながら直接的な記憶を知らないプレ団塊の世代」ともありますが、明らかにウソです。宮崎駿は直接的に戦争の記憶を持っています。彼は1945年7月、宇都宮で空襲に遭遇したときのことを、何かの雑誌のインタビューで語っています。ネットで検索すると、その話が結構出てきます。叔父のトラックで避難したこと、女性が「乗せてください」と追いすがってきたとき、親族が無視して、それに対して何も言えなかったことが負い目になったこと、など。1945年7月の時点で宮崎は4歳半であり、その年齢なら、大人まで残る記憶は、当然あるでしょう。まして、空襲という異常な体験をすれば、鮮烈な記憶が残るのは当然。私自身も、おおむね3歳頃からの記憶はあります。したがって、「体験なき者の横暴」などという批判は、まったく事実無根と言うしかないでしょう。宮崎駿が、軍需産業の華麗なる経営者だった父親について否定的な書き方をすることも、この筆者はいたく気に入らないようです。宮崎は、父親との相克をいろいろなところで語っていますけど、私自身の読んだ印象では、おそらく宮崎と父親の関係は、最終的にはそんなに悪くなかったんじゃないか、という気がします。もちろん、気がするだけで、実際のところはどうなのかは未確認ですけれど。私の知る範囲でいえば、親子が本当に険悪な関係だと、親のこと、子のことをほとんど口にしない、わざわざ書かない。もし書いたとしても、もっと敵意を感じさせる文章になります。宮崎が語る父親像は、意見の対立はあったんだろうけどあまり敵意の存在を感じさせません。(聞き取った人の編集の結果、ということも考えられますが)多分、対立しつつも親しい関係、あるいは一時は対立しつつも、最終的には修復された関係ではなかったか、と思います。人間同士の関係というのは、そうそう単純ではありません。「親子強大仲良く」というのは人類普遍の願望でしょうが、現実は厳しい。源平の昔から始まって、親子の相克、対立、仲違いなんてものは、いくらでも例がある。というより、相克のない親子関係なんて、存在しないんじゃないでしょうか。かといって、対立するだけではない。反発しつつ親しい、対立したり親しくなったり、人間関係とは、そういった重層的で一筋縄ではいかないものでしょう。父親について否定的な面を書いただけで、「どうもこの種の人々の特有の青臭さが鼻につく。それは「体験なき者の横暴」である。」などと断じるのは、単純な決めつけで、それこそ「青臭さが鼻につき」ます。で、この先は「月刊正論で」というので、ササッと立ち読みしてきましたが、「元軍事マニアという隠したい過去」なんて表現もありました。宮崎が反戦的であり、一方で軍事マニアでもあることは、本人自身あるいはジブリの製作者サイドが頻繁に言っていることであり、隠したいと思っているようには見えません。※余談ですが、「風立ちぬ」に関して宮崎駿(あるいはプロデューサーの鈴木敏夫)は、反戦派でありながら戦闘機好きという自己矛盾について度々言及しています。私は「風立ちぬ」はいい作品だと思っていますが、前述の矛盾に関しては、すっきりと納得できる回答は提示していないようにも感じます。少なくとも、この映画から反戦的なメッセージは、私には読み取れませんでした。だからと言って戦争肯定、戦争賛美の作品でなし、私にとって好きな作品であることに変わりはないですけど。そうそう、宮崎駿が高校生のときに、「世界の艦船」という雑誌に投稿したことがあるそうで、検索したところ、雑誌のコピーがアップされているので、これは間違いのない情報でしょう。これに関してだけは、なかなか面白い情報(トリビア的な)を知ることができたという意味で、この文章に感謝します。評価できる点は、そのことだけかな。
2013.09.05
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竜巻被害 官房長官、予測精度向上など指示菅義偉(すが・よしひで)官房長官は4日の記者会見で、埼玉県などで起きた竜巻被害を受け、竜巻の予測精度向上など抜本的な対策に乗り出す考えを示した。菅氏は「竜巻は発生頻度が低いこともあり、予測精度が極めて低い」と問題点を指摘。「内閣府の防災(担当)で抜本的な見直しを行うよう指示したい」と述べ、注意情報の内容や予測精度を向上させるため、全国20カ所で気象レーダーの整備を進める方針も示した。菅氏は「今回の竜巻被害はかつてない大変な被害だった」との認識のもと、抜本的な対策をとる必要があると判断した。対策では、被害が予想される地域や規模を国民に分かりやすく伝えることを念頭に、竜巻に関する注意情報をより具体化させる。被害防止では、小中学校のガラス強化などの安全対策に国としても取り組む姿勢を強調した。一方、亀岡偉民(よしたみ)内閣府政務官を団長とする政府調査団は4日、千葉県野田市の竜巻被災現場を視察。3日の埼玉県越谷市に続く視察で、屋根や窓が壊れた住宅を見て回り、亀岡氏は記者団に「制度にこだわらず、国としてできる限り迅速に対応する」と述べた。---去年の5月に、つくば市で竜巻により死者が出ており、その時に当ブログでも記事を書いたことがあります。竜巻は怖いですねえそれから1年4ヶ月で、関東で再び竜巻、それも2日続けてです。竜巻って、こんなに頻繁におこるものでしたっけ。で、記事によれば竜巻の予測精度向上を官房長官が指示したそうです。ま、やらないよりは、やったほうがよいとは思います。ただ、これはなかなか難しいだろうなと思います。竜巻は、極めて規模の小さい突風です。今回の竜巻も、被害地域は、幅100~200メートル、長さ21キロと報じられています。それでも、21キロというのは観測史上3番目に長い距離だとか。つまり、それだけ被害地域が局限されているわけです。これを、気象観測網でリアルタイムに捕捉するのは、相当困難だろうという気がします。まして、「いつどこで」を高い精度で予測なんてことは、不可能に近いのではないかと思えます。また、竜巻は移動速度が極めて速い。昨日の竜巻は時速50キロ前後の速度で進んだようです。ということは、21キロの距離を移動するのに、25分程度しかかからなかった計算になります。警報を発して、それを住民が知ったときにはもう津波が通りすぎた後だった、って可能性が高そうに思います。緊急地震速報みたいに、緊急竜巻警報を携帯に一斉送信するようなシステムでも構築できれば効果が期待できるかもしれません。それにしても、「今回の竜巻被害はかつてない大変な被害だった」との認識ってのは、どうかなと私は思います。昨日・今日の竜巻の被害は確かに大きかったけど、死者は出ていません。去年5月には死者が出ていますし、過去には2006年11月に北海道佐呂間町で、死者9人と言う大被害を生じた竜巻もありました。鉄道の脱線・転覆事故に至った竜巻もいくつかあり、特に有名なのは1978年、地下鉄東西線が荒川鉄橋上で横転した事故です。(この事故のことはでよく覚えていますが、当時は単に「突風」と報じられていたんじゃないかと思います。竜巻が原因だったことは最近初めて知りました)といううわけで、予測精度の向上は(実現できるものなら)悪くない対策とは思います。でも、竜巻が来てしまった場合にどう対応するのが比較的安全か、ということを周知徹底しておくことは、更に重要な対策ではないかと思います。ちなみに、読売新聞が、竜巻に遭遇した場合の対応について記事をアップしています。竜巻対策 頭部を守れ…なるべく低い姿勢なかなか参考になります。
2013.09.04
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汚染水 自民から菅政権批判東京電力福島第1原発の汚染水漏洩(ろうえい)問題は3日、政府が総合的対策を決め、自らが前面に出る姿勢を明確にしたが、自民党から民主党政権の責任を問う声が出ている。事故発生時の菅直人首相が「東電任せ」に終始したことが、問題の背景にあるという論法だ。原子力損害賠償法は「異常に巨大な天災地変」による損害に対し電力会社を免責し、国が責任を負うと定めているが、菅政権はこの規定を適用しなかった。自民党の脇雅史参院幹事長は3日、党役員会で「本来はこの規定でやるべきだったが、民主党政権は該当しないと判断をした」と民主党を非難した。石破茂幹事長も、役員会後の記者会見で脇氏の発言を紹介し、国が前面に出て対応を取りやすくするための法整備の必要性を強調した。実際、汚染水問題は民主党政権時代からの懸案。2日の同問題に関する党会合でも「民主党政権と東電の対策は絵に描いたモチだった」との声が上がった。ただ、自民党の脇氏は記者会見で「民主党政権の対応に大きな問題があったが、われわれの与党としての対応が早くあってもよかった」と述べ、安倍政権にも対応の遅れがあったと指摘した。---菅政権が無謬の対応をした、などと言うつもりはさらさらないけれど、総じてあれ以上の対応は難しかっただろうと思います。それはともかく原子力損害賠償法は「異常に巨大な天災地変」による損害に対し電力会社を免責し、国が責任を負うと定めているが、菅政権はこの規定を適用しなかった。というのは当然のことです。国が前面に出るか否かと、賠償の主体が東電か国かは、別の問題です。そして、菅政権の時だって、事故の収拾に関しては国が前面に出ていたことは明らかです。東電がすべての賠償を行う体力があるか、国がそのための資金を補填するかどうかはともかく、東電の賠償責任を免責ということは、あり得ません。なぜなら、第一に東電を免責してしまったら、法律上賠償責任を負う主体がなくなってしまいます。第二に、原発事故は「異常に巨大な天災地変」の定義に当てはまらない、ということです。東日本大震災そのものは、全体としては「異常に巨大な天災地変」と呼ぶに足るかも知れないけれど、原発を襲った部分に関しては違います。なぜなら、「異常に巨大な天災地変」の定義とは、関東大震災の3~4倍のものを指すとされているからです。内閣府原子力委員会の資料より「異常に巨大な天災地変」とは、一般的には日本の歴史上余り例の見られない大地震、大噴火、大風水災等が考えられる。例えば、関東大震災を相当程度(約3倍以上)上回るものをいうと解している。同じく、第3回原子力損害賠償制度専門部会議事要旨より(村上)結論は賛成だが、関東大震災の三倍以上とは、何が三倍ということか。また、社会的動乱と異常に巨大な天災地変との関係はどういうものか。(下山)一般的には、震度・マグニチュード・加速度であろうが、三倍といったときには、おそらく加速度をいったものであろう。関東大震災がコンマ2くらいなので、コンマ6程度のものか。発生した損害の規模でなく、原因、主に地震の規模であろう。(事務局)社会的動乱とは戦争、内乱等をいい、異常に巨大な天災地変とは別概念である。東日本大震災は、地震そのもののエネルギー自体は関東大震災の3倍をはるかに超える(約40倍)ものの、福島第一原発における揺れの加速度は、関東大震災の3倍になど達していません。関東大震災当時、加速度の測定手段はありませんでしたが、最大震度は7と推定されているので、少なくとも400ガル以上ということになります。一方福島第一原発で地震の際に記録された加速度は448ガルです。つまり、関東大震災と大同小異程度の加速度です。※当時、気象庁の震度階級は6までしかなかったものの、実際は現在の震度7相当の揺れだったとされています。事故の最大要因となった津波にしても、関東大震災では熱海で最大波高12メートルが記録されています。福島第一原発を襲った津波の波高も14メートルとされているので、これも大同小異です。つまり、どこからどう見ても、関東大震災の三倍以上という定義には当てはまりません。それに、事故に至った過程には、人為ミス(事前の対策不備も含めて)が少なからず影響しています。この点でも、「異常に巨大な天災地変」のみで事故にいたったというのは無理があります。これらの条件を踏まえれば、東電免責などという選択肢は、法律上も政治的判断上も、もちろん民意という面でも、あり得ない選択肢なのです。それを捻じ曲げてでも東電を免責したいと、自民党は思っているんでしょうね。まったく呆れ果てた話です。
2013.09.03
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ベネチア映画祭に出品されている「風立ちぬ」の公式会見中に、スタジオジブリの社長が、宮崎駿の引退を発表したと報じられています。「もののけ姫」以来、作品のたびに引退をほのめかしてきた宮崎ですが、今回は公式会見で、本人ではなく社長の口から、というところから考えても、ついに来るべき時が来たのかな、という感じです。72歳、もうそんな年齢なんですね。盟友の高畑勲は77歳でまだ「かぐや姫の物語」を制作中ですが、高畑勲は自分では絵を描かない純粋な演出家なのに対して、宮崎はアニメーター出身ですから、体力の限界がひときわこたえるのかもしれません。アニメは、絵が描ける、というだけでなく、早く大量に書かなければならないですから。正直に言うと、私は、かつては「狂」の字が付くくらいの、宮崎アニメファンでした。いや、今もそうですが、「狂」の字が付くほどではなくなりました。紙媒体の作品の中には、未読のものもありますが(「風立ちぬ」の原作マンガは、「モデルグラフィック」で、断片的に何話か読んだような記憶がありますが、全部を読んだことはありません)、アニメ作品は全部見ています。ただ、宮崎アニメの中で好きな作品を並べていくと、どうしても最近の作品より昔の作品(「もののけ姫」まで)が上位に来る傾向が否めません。私が宮崎アニメに魅力を感じるのはハラハラドキドキの冒険性女性キャラクターの魅力飛翔の表現コミカルな表現世界観、思想久石譲の音楽(ナウシカ以降の作品に限り)といったあたりなのですが、これらの要素が、近年の作品より昔の作品のほうが、より強く感じられるのです。私にとっての宮崎アニメの最高傑作は、「未来少年コナン」。当時、まだ宮崎駿という名は知りませんでしたが、あれほど毎回毎回ハラハラドキドキした作品は、他にはありません。その次にくるのが「風の谷のナウシカ」。物語としては原作の方が好きですが、あの独特の飛翔感覚と久石譲の音楽を含めて、作品トータルとしては、アニメ版のナウシカも、非常にいい。何より、この作品で初めて宮崎駿という名を知りました。そして、アニメ以外の媒体ですが、「シュナの旅」ですね。あとは・・・・・・一つ一つ名を挙げていくと、結局全部の名が出てきてしまって収拾がつかなくなるので、この3つに留めておきましょうか。ついでに言うと、宮崎アニメに出てくるキャラクターで好きなのはモンスリー(未来少年コナン)ナウシカテア(シュナの旅)クラリス番外 月島雫ところでしょうか。登場する女性キャラクターも、宮崎アニメの魅力の大きな要素です。この年になってみると、なかなか現実社会にああいう女性はいないなと、実感しますけど。と、相棒を見ながら書くと、怒られそうですね。ま、しいて言うとモンスリーは、わが相棒に似ていなくもない。(そのココロは、いつも怒っていて、たまに優しい。たまには優しいところが重要)---ところで、「未来少年コナン」は30分の各話で約7000枚、ルパン三世カリオストロの城4万5千枚、ナウシカは5万6千枚の動画が使われています。これは、当時のテレビアニメと比べると、飛びぬけた枚数です。今は知りませんが、70年代から80年代のテレビアニメは、30分1本(CM、オープニング、エンディング、次回予告などを抜くと、実質24分くらいですが)で4000枚と言われていました。4000枚といったら、1秒当たり3枚程度にしかなりません。実際には、1秒3枚ではガクガクしてしまい、「動画」になりません。とにかく、止め絵、スライドを多用し、あるいは同じ動画を使いまわすことで、作画枚数を節約するわけです。だから、「機動戦士ガンダム」で、ガンダムがホワイトベース号のカタパルトに乗っているときはビームライフルを持っているのに、射出されて空中を飛んでいるときは、なぜかハイパーバズーカに化けている、なんて矛盾が起こるわけです。同じ絵を使いまわすから。作画が破綻をきたして、本当にカクカクの紙芝居状態になってしまった作品もあります(超時空要塞マクロスの本放送時。ただ、放送後も作画を続け、再放送以降には修正されたようです)その時代にあって、宮崎アニメの質の高さは、飛びぬけていた。ところが、いまや「風立ちぬ」の動画枚数は27万枚とか。何というか、ここまでくると異次元の世界という感じです。この点に関しては、今の作品のほうが「ナウシカ」の時代よりはるかに質が高いわけですが、ナウシカの5倍動画を使うと5倍感動する、というわけにいかないのが難しいところです。何はともあれ、報道を良く見ると、「長編」アニメの製作からは引退だそうです。ということは、短編とかマンガなどは、今後も続けるということでしょうか。そこのところは引き続き期待したいです。
2013.09.02
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今日は、関東大震災からちょうど90年目の9月1日です。関東大震災のマグニチュードはM7.9とされており、揺れそのもののエネルギーは、一昨年の東日本大震災の30分の1以下に過ぎません。しかし、死者行方不明者は10万人以上で、東日本大震災をはるかに上回り、明治維新以降のすべての自然災害(地震に限らず)の中で最大の被害となっています※。※江戸時代以前の地震は、死傷者数が正確ではないものの、安政地震、宝永地震、慶長地震など名だたる大地震、大津波でも、死者は数千から数万程度と記録されています。したがって、関東大震災は日本史上もっとも死者の多い地震であった可能性が高いと思われます。ただし、地震以外の災害としては、天明の大飢饉や明暦の大火(これを自然災害と見るかどうかは微妙ですが)などは、関東大震災に近い、あるいすはもっと多くの犠牲者が出ていると推定されています。何故これほど多くの犠牲者が出たか。Wikipediaの関東大震災の項目によると、死者行方不明者の内訳は住宅全潰 11086火災 91781流出埋没 1013工場等の被害1013とのことです。つまり、犠牲者の大半が焼死だったわけです。しかも、焼死のうち4割を占める38000人あまりは、現墨田区の本所被服廠跡地の、面積わずか2万平米の空き地で火災旋風に巻き込まれて亡くなったものです。一方、1995年の阪神淡路大震災の場合は、死者6400名余のうち家屋倒壊による圧死 約5000人家具転倒による圧死 約600人つまり全体の9割近くが圧死でした。阪神淡路大震災でも大規模な火災が起きているけれど、火災による死者は、割合としてはそう多くはありません。一昨年の東日本在震災の場合は、死者行方不明者約1万8千人のうち津波による水死 14308圧死・損傷死 667焼死 145不明 666つまり、確認された死者のうち9割が水死です。(行方不明者が約2600人いますが、常識的に考えればほぼ全員が水死と思われます)超巨大地震ではありましたが、地震の揺れそのもので倒壊した家屋は、意外に少なかったようです。揺れ方が、建築物の倒壊を誘いやすいものではなかったといわれています。割合としては以上のとおりですが、絶対数で見れば関東大震災の圧死1万1千は、阪神淡路の死者数より多いし、またこの地震で起きた津波は、最大波高7~9メートルと推定されています。津波による死者は200人から300人と推定されており(上記の死因の中では)流出埋没の1013人に含まれる、これは、1933年昭和三陸地震から東日本大震災までの間では、日本最大の津波被害だったと思われます。(この間の78年間で、それ以外の津波被害は1960年チリ地震の死者142名、1983年日本海中部地震100名、1993年北海道南西沖地震109名などです)関東大震災の犠牲者数が跳びぬけて大きくなったのは、火災旋風が生じたことによります。火災旋風自体は、阪神淡路大震災でも生じており、東日本大震災でも報告されています。消防化学総合センター 6.東日本大震災で目撃された火災旋風ただ、これらの火災旋風は関東大震災に比べれば規模が小さく※、また消防力が1923年当時とは桁違いであること、地震発生時間が、たまたま火を多く使う時間帯ではなかったことなどの幸運が重なったことが原因なのでしょう。※あくまでも、関東大震災に比べれば、です。阪神淡路での全焼7千棟以上というのは、とてつもない数字です。ただ、関東大震災の焼失21万棟とは大差があります。関東大震災当時、消防車は存在したものの、出動以前に焼失してしまったし、仮に出動しても、放水ポンプの水源などの問題から、それほど活躍はできなかっただろうと思います。もちろん、各家庭に消火器があったわけでもありません。時間帯としても、お昼の炊事時であり、しかもガスの一般家庭への供給はまだ始まったばかりであり、大部分の家では炭で煮炊きをしていたわけです。そういう意味では、関東大震災は、あらゆる悪条件が重なった結果、といえなくもありません。では、現在なら関東大震災ほどの被害規模にはならないか、というと、そうも断言はできません。中央防災会議は、南関東直下型地震の被害を、最悪13000人と想定しています。関東大震災当時より多少マシにしても、さほど耐震性のない木造建築が密集している地域というのは、少なからずあります。東日本大震災のように、津波はでかいが揺れで倒壊する家屋は少ない、という地震もありますが、そういう地震ばかりではありません。東京で震度7クラスが起これば、相当数の家屋が倒壊し、その時間帯によっては非常に多くの火の手が上がることが考えられます。道路が損傷したり倒壊家屋にふさがれたり、他の車に遮られたりして、消防者が到着できない場合は、おそらく火災旋風が生じるでしょう。それが1箇所ともかく、何箇所でも、ということになると、とてつもない被害が予想されます。我が家もある程度は防災対策をしています。ただ、家具転倒防止のつっかえ棒とか、非常持ち出し品の常備とか、その程度です。完璧とはいいがたい。私は毎日地下鉄で通勤しているのですが、通勤中にトンネルの中で地震が起きて、満員電車が折り重なって転覆したら・・・・・・、あまり真剣に考えると仕事にいけなくなってしまうので、考えないことにしていますけどね、まず命はないでしょうね。
2013.09.01
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