全4件 (4件中 1-4件目)
1
十一月号歌評下書き(同人誌「賀茂短歌」用) 後藤瑞義競ふがに釣り楽しみし友逝きて巡る季節に著き潮の香原 明男(評)亡くなった釣り友達の挽歌のようです。友でありある面ではライバルのような関係だったでしょうか。その友が亡くなって時がたっているようにも思います。「巡る季節に」がそれです。今日作者は一人釣りをしているのでしょう。その亡くなられた友のことを思い出しながら…。それにしましても、景色や音は録画録音出来ます。ですから、ありありと昔を思い出させてくれます。しかし、匂いだけは昔のものを再現できません。 作者はいま激しく匂う潮の香をかぎながら、生きている自分と亡くなっている友との隔たりを感じているのではないでしょうか。ショートステイより帰る度毎秋深きわれの余命も確実に減る渡辺つぎ(評)何度も言っていますように、百五歳に向っている作者です。その作者の口から「われの余命も確実に減る」と言われると重い言葉として受け止めるしかありません。 「ショートステイ」は環境の違った外泊、そして自宅に帰ったときのほっとした感じとともに秋の深まりも感じたのでしょう。そして、季節のうつろいを自分自身の余命と関係づけたのでした。 それにしても、私が注目したのは、「秋の深み」を問題にしていることなのです。誰しも共通の秋のもの悲しさがあります、それを代表しているような「枯葉」というシャンソンもあります。しかし、季節は秋が終りではないのです、冬がまだあるのです。秋のもの悲しさを味わうのはどちらかといいますと心に余裕がある証拠であり、精神的にはむしろ若さのあらわれではないでしょうか。家族とは一人が病めば何やらに言葉少なくしょんぼりといる鈴木菊江(評)作者の作風からはめずらしい作品のように思いました。「しょんぼりといる」といった直接的な思いを表現することがあまりないからです。作者の思いの表現は、あるいは草花などに託した形が多いのです。ですから、「しょんぼりといる」というのは作者自身ではないのかもしれません。それにしてみましても、やはり「家族とは」といった表現、このあたりに作者らしさが出ているように思います。一般化したような表現、第三者的な表現に作者らしさが出ています。「しょんぼりといる」のが作者自身であってもなくても、家族は健康でなくてはいけない。作者96歳の言葉が胸を打ちます。大相撲富士山場所に招かれて生の力士を目の前に見る 黒田幸子(評)九州場所が終ったばかりです。静岡県出身の幕下二人、栃飛龍と磋牙司が勝越しました。やはり郷土力士は気になります。 大相撲は本場所以外に地方巡業があります。富士山場所が山梨県の甲府市で行われたようです。それに作者は招かれたのです。これは、目の前で生の力士を見た感動を歌ったのでしょう。ぶつかる時の音とか、体から流れる汗などを目の当たりに見た迫力は実際に目の前で見なければ味わえないでしょう。それを「生(なま)」の一字でうまく表現しているのは、作者の力だと思います。大相撲、富士山場所というのも偶然にしても歌として決まっている感じがします。「大」と「富士山」、この言葉が私の心に響きました。たでの花あわだち草が咲き満ちて休耕田に秋は深まる 後藤早苗(評)ピンク色のたでの花、黄色のあわだち草が今を盛りと咲いているようです。それが休耕田であることが悲しいのです。本来であれば、黄金色の稲穂が垂れていなければならない風景のはずです。結句について、「秋は深まる」と「秋が深まる」の違いのようなことを考えました。まず、「秋が深まる」については、単なる自然詠の感じが強まります。それにたいして、「秋は深まる」の強調の助詞「は」には、作者の思いがこもります。ですから、悲しみもわき、単なる自然詠でなくなるのです。まるで作者の内面的な秋の深まりをも感じさせます。感動の秋の宴を演じたる更けゆく空のスーパームーン 藤井美智子(評)この一首は、一連のスーパームーンの作品の最後に置かれています。確かに最後にふさわしい作品です。内容は、スーパームーンの感動的な宴の終ったあとを歌っています。その感動的な宴はスーパームーンが演じたとなっています。擬人化しているわけです。そして、宴が終り夜の更けてゆく空が出てくるわけです。ここでわたしが注目したのは、「空の」とわざわざことわっていることです。月は空に見えるので、ことさら「空の」とことわる必要がないからです。そこで、わたしの悪い癖ですが、「空の」を「ソラの」ではなく「カラの」と解釈してしまうのです。すなわち、宴を一生懸命に演じてすっかりからっぽになったようなスーパームーンが夜の更けた空に浮んでいる、そんなイメージをもったのです。そして、作者のお疲れさまでしたという声が聞こえてくるように感じたのです。俯きて友は始発に乗ると言う施設の夫の看取りせんとて 小池美恵子(評)作者は、目を病んで二年ぶりに絵筆を取ることを許されたようです。しかし、焦点が合わないと嘆いている歌があります。そのような歌のあとでこの歌を読みますとまた感じが違ってきます。友を歌っています、その友は俯いて始発に乗ると書いています(電車かバスかはわかりませんが)、それはなぜかといいますと、ご主人が施設にいらっしゃってその看取り、看取りとは看護のことでしょうか、ちょっと看取りという意味がはっきりしませんが、会いに行くというぐらいかもしれません(施設には看護師さんがいるでしょうから)。それにしましても、始発はつらいでしょう、ご主人が施設にいらっしゃるというのもたいへんなことだと思います。そういう大変な友を歌うことによって、目の病いに苦しんでいる自分はまだ友に比べたら恵まれているのではないだろうか。そんな作者の声が、声無き声が聞こえるようにわたしには感じたのです。はじけ飛ぶ線香花火に思い入れ静まりゆけば夏は過ぎゆく 鈴木きみ(評)「はじけ飛ぶ線香花火」までは、視覚的な表現でしょう。作者には火花がはじけ飛ぶように見えたのでしょうし、それは一般的な見方でもあると思います。その線香花火に「思い入れ」という言葉がつづきます。それでは、「思い入れ」とはどういうことでしょうか。「思い込め」でしょうか。思いを込めて見ているということでしょうか。ああきれいだなあ、ああはかないなあ、こんなに小さな火の玉が一生懸命に火花を散らしている、そのけなげさに心を打たれているのかもしれません。そして、その線香花火の火の玉が落下して「静まりゆけば」は、静かになったのでしょう。お孫さんがはしゃいで見ていたのかもしれません。そのはしゃぐ声が終った「静まりゆけば」かもしれません。そして、結句の「夏は過ぎゆく」となるのです。この結句も突然的、唐突な感じです。大雑把な把握のようにも思われます。実は、ここに作者の魅力もあるのだと思うのです。ある種の力強さを感じるのです。「夏は」と、強調されると、深読みしたくなるのです。今年の夏というより、人生の夏、エネルギーに満ちた時期が線香花火のまたたきのようにたちまちに過ぎて行く、いや過ぎてしまったといった読みをしたくなるのです。草中に赤く鈴なるピーマンの暑さにめげぬ勢い見事 土屋文恵(評)「草中に」は、雑草の生い茂っているなかにということでしょう。赤いそれも鈴なりになってピーマンがあった。猛暑の中でしょう、「暑さにめげぬ」と書いています。雑草にも負けず、また、猛暑にも負けないピーマン、それも一個や二個ではなく、鈴なりになっているのです。作者ならずも「勢い見事」と言いたくなるでしょう。 日常生活をする上で、雑用というものがあります。女性ならなおさらでしょう。それは、雑草のなかになんとか生きてゆこうとするピーマンにも重なるかもしれません。当のピーマンは雑草何するものぞと力強く生きていたのです。まして猛暑の日々です。作者はこのピーマンとは、あるいは対極に近い位置にいた、あるいはいるのかもしれません。それは、肉体的あるいは精神的かもしれませんが、このピーマンを目の当たりにしてうらやましくもなり、また、励まされたのではなかったでしょうか。それは、わたしもがんばろう、力強く生きてゆこう、色々でしょう。
2015.11.25
コメント(0)
後藤早苗の入選歌遺伝子は紛れもなしにわれのもの縄飛びできず泣く孫の顔 後藤早苗(読売新聞静岡版 よみうり文芸 十一月十七日 佳作 篠 弘 選)(評)まざまざと孫がわが血を引くことを知った物悲しさと愛たしさ。いちずに作者は、縄飛びを教えたにちがいない。
2015.11.17
コメント(0)
鑑賞:歌集「悲しき玩具」(三十九)(下書き) 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 腹の底より欠伸(あくび)もよおし ながながと欠伸してみぬ、 今年の元日。 一読して思うことは、「欠伸」という文字の不思議です。伸びを欠くとはどういうことでしょう。「欠伸」は、文字通りですと伸びが欠けている状態ということで、直接的に「あくび」とは関係がないように思うのです。伸びが欠けるから、あくびとなるのでしょうか。 そういう、「欠伸」の文字と「あくび」の状態とのなんとなくアンバランスな面白さみたいなものをわたしは感じたのです。啄木はどうであったかろうか。 「今年の元日。」「今年の」とことわっているのは、去年は、あるいは、去年まではそうではなかったのだろうか。いつも緊張している、文字通り伸びを欠いている状態がつづいていたのでしょうか。 いま「今年の」に注目しましたが、「元日」も大切な言葉でしょう。一年の初めの日です。さあ、今年こそは年の初めからという決意みたいなものもあるかもしれません。今年こそは、少しのんびりやっていこうという感じもあるかもしれません。 実作者の立場からこの歌を見るといろいろ気がつくことがあります。まず、「腹の底より欠伸もよおしながながと欠伸してみぬ」です。「ながながと欠伸してみぬ」、「ながながと欠伸をしてみた」といっています。さきほどもちょっと触れたのですが、「ながながと」というのと「欠伸」という文字のアンバランスに少しユーモアをわたしなど感じます。それは、それとしまして、「腹の底よりあくびをもよおした」はわたしにも出来ます。事実を歌えばよいのです。「ながながとあくびをしてみた」これも出来ます、そのまま歌えばよいです。ただこの二つのことをひとつかみに歌うことが出来ないのです。たとえば、今あくびしたとします。あくびをしたとは歌えます。少し工夫して、大きな口であくびしてみたくらいは歌えます。たとえば、いま自分があくびをしたとき、腹の底よりあくびをもよおしたというようなことは思いつかない、あくびの前がどうだったかなどとはとても思いが及ばない、ながながと両手をあげてあくびしてみたと、今したあくびの状態を歌うのがせいいっぱいだと思うのです。 短歌は瞬間の文芸、瞬間を歌うように何回も師から教えられたことです。そういう意味では啄木の歌は例外とみてよいでしょう。いや、分かち書きをして、行間に時間を込める、時間の経過を短歌に持ち込んで物語的にしようとする努力、啄木は作家志望であったことがこのへんにあらわれているのでしょうか。 腹の底より欠伸(あくび)もよおし ながながと欠伸してみぬ、 今年の元日。
2015.11.09
コメント(0)
編集より(賀茂短歌10月号)下書き角川短歌今月号(平成27年10月号)に「写生がすべて」という特集がくまれています。まず、総論として岡井隆氏が「<写>と<生>の多様性」という文章を書いています。それに、「写生というのは、字が示しているように<生を写す>ということなのだ。」と書き、『<生>とは、今(現在)に、「われ(わたくし)」のまわりに「自分の外にあるもの」であるらしい。』 とだけ書いています。 そして、<写す>というのは、絵筆などではなく言葉によって写すことだと強調しています。この<写す>については、分ることですが、<生>についての記述がいまひとつ分りにくいものでした。写す媒体は自分の外のものだということは、分るんですが、それがどう<生>と結びつくのか、いっさい説明がなく、まるで、短歌か詩のことばのようで、深い洞察力を要求されるように感じたのでした。今回ここで取り上げたいのは、実はこの岡井氏の文章ではなく、次の永田和宏氏の文章のなかの高浜虚子の俳句なのです。「流れゆく大根の葉の早さかな」を見たとき、茂吉を思ったのです、茂吉の次の歌を思ったのです。「ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも」どちらが先に作られたのか調べると案に相違して虚子の作が昭和3年、茂吉の作が大正3年で茂吉の短歌のほうが古かったのです。それはそれとしましたて、両者にある共通点を感じたのでした。もちろん「大根の葉」以外の共通点です。時の経過、時の経過の早さのようなものを感じたのです。虚子のほうは、文字通り「早さかな」と詠んでいます。茂吉のほうも、時の経過に焦点をあてますとよく分るような感じがしたのです。「ゆふされば」の「されば」は、ご承知のように、いわゆる「去る」ではなく「夕方になると」という意味ですが、「もう夕方か」と時の経過の早さを嘆くとみると鑑賞がたいへん楽になるのです。私の個人的な感想ですが、「大根」という言葉に「大根役者」をすぐ連想するのです。それに時の経過をかみしますと、もう夕方、季節でいえば晩秋というより初冬、人生でいえば初老といったところでしょうか。大根役者のままで人生を終えなければならない嘆き、「降りにけるかも」も「旧りにけるかも(年をとってふるびてゆく)」とも思えなくないのです。 今回、雑誌「短歌」の特集でなにか拾い物をしたような、得をしたような感じになたのでした。
2015.11.02
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1
![]()
![]()
![]()