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子育て支援グループamigoのセルフケアクラスを担当して,5度目の春を迎えようとしている。 少し前に,このクラスを担当することで,どんな成長になるのかを考えていた。 どんな思いで続けてきたかは痛いほどわかった。 このクラスを続けられた原動力になったのが,amigoのまつださんへの思いだ。 もうね,まつださんへのラブレターだったのかな。 信頼ってやつだ。 言葉にするとなんて簡単。 がっかりさせたくないしね。 amigoのクラスはいいねって,器の深い,具沢山スープのようなこのグループに見合うクラスでありたいなと思ってきた。 インストラクターとして成長する上でも,このクラスはすばらしい。 ときには,産後クラスを卒業され,うっかり応援スタッフになってしまった!ひとが,おおきくなったおこさんをおんぶしながら会場を開け,ボールをふくらませ,お茶の準備や,参加者への声かけをして,クラスづくりのサポートをしてくれる。 まつださんやのぞみさんの,参加希望の方への温度あるメールのやりとりだったり, アシスタントに入ってくれる恭子ちゃんのクラスでの配慮であったり, 参加してくださった生徒さんのからだや気持ちがひらいてゆく変化の様を感じることだったり,お友達を誘ってくださったり,不調が改善されましたという声や,開脚前屈できるようになりました!という声や, そんな様々なものが,クラスをつくっているのだ。 インストラクターって目立つ存在だけれど,こうしてクラスを続けられてきたのは,少なくないひとたちの手と心と声があってこそだった。 それがわたくしの奥深くにまっすぐおりた,垂心力になっている。
2007.02.27
こども会の仕事を終え,昼間ほんの1時間自分の時間ができた。 家には誰もいない。 木曜にお借りしたシルフィードとマーチの曲をボリュームめいっぱいにして聴き入る。 相沢先生が,こんなうつくしい曲で会場めいっぱいに音が溢れる中で踊ったらもうからだの細胞が一斉に震えるくらい感動するわよ,というようなことをおっしゃっていたのだ。 だから,やってみた。 シルフィードの始まりのノクターンは,こんなに感動的な曲だったのね,と発見。 ちょっと禁止されていることをやってしまったような,ひとりどぎまぎする昼下がりの,1分日記でした!
2007.02.24
世の中で,自分のやりたい「まさにこれ!」というものが見つかってその道に邁進しているひとは,ほんの一割?もっと少ないのかもしれない。 これはだんなさんも同じ意見。 見つからない,のはだめなことではないと思う。 ひとつのものに集約するエネルギーは派手で目立つけれど,ささやかな日常に少しずつ自分の手と心にあるエネルギーを配分して生きているひとは必要。 ときどき,自分の生を心から労えないひとにも出会う。 自分のやるべきことが見つからない,と。 ちっぽけで,何かをなしている自分を上手く想像できなくて,わかっているけれど駄目だししてしまう,そんな時間のなかでなんとか一日を生きているひと。 だけど,こうして,こどもは笑っているし,感情をきちんと母に伝えている。 健やかで,きちんと育っている。 ありきたりだけれど,それだけで,すごい。 母にとって,そして子にとっても,必要なものは,見守り続けるちから。 その子がいつか生きてゆくぎりぎりのところに立ったときに,しかるべきときに,しかるべき手と心を差し出せる,覚悟。 自分の底をすりかえずに見つめられたなら,そのちからは自然に宿り,そのひとのひととしての厚みになる。 開脚ストレッチよりさらに地味だけれど,こどもたちにとっては,なにより必要な,うつくしいちから。 じゃ,底にいるときはどうしたらいい? うーん,わたくしなら, いやなことはしない,これかな。 底にいるときは,いろんなものを見つめ直すいい機会だから。 風通しのよいスペースができれば,あたらしいよろこびが風にのってやってくるかもしれないよ。
2007.02.23
わたくしにとって木曜のバレエクラスは,家族でごはんを囲むくらいたいせつなものなのだけれど, たとえば,バーレッスンの前にストレッチをするんだけれど,足の指を回しているだけで,もうしあわせなのだ。 いつも,あぁなんてすばらしいクラスなのだと,指を回しながらうふうふと感動する。 指を回しながら,からだの血がどんどん入れ替わってゆく感じ。 がっかりした細胞がさよならする感じ。 今日は内股,膝裏を伸ばすストレッチを始めにしたので,プリエがうつくしくできた。 もうね,グランプリエなんて,あら~,ひっかかりがないわ! あぁ,しかししかしなパッセバランス。 あぁ~,床を踏む軸足の覚悟がもうひとつだし,お腹がわれそうになるし,なによりなにより,上体がのっかりすぎ(どすん、とね),パッセすると重心が後ろに流れる。 支える筋力ももう少し。 バランスできたらうれしいんだろうな。 バレエって,できないなにかができるようになると,ちょっと恥ずかしくて,とてもうれしい, そのうれしさは,胸のまんなかに,赤いポピーの花がふわりと開くようなね,うれしさ。 だからみんなきれいになる。 相沢先生はその花にお水をあげたりうたをうたってあげたりするのがとてもうまい。 ひとつひとつの花をこの身で咲かせることのよろこびが,わたくしの血になってゆく。 みんなが,そういったものに出会えるといい。 ひとつあれば,それでいい。夕暮れふと思い,わたくしからあふれる愛が世界にゆるゆるととけるのだ。
2007.02.22
明日は保育付きのデトックスヨガクラス。 午前の回はあと少しだけ残席あります。 体調がよくて,集中してからだを動かしたい方,ウエルカムです! わたくしは,風通しのよさをいつも自分の基本にしています。 自分のまんなかが通りが悪かったら,ひとに伝えるなんてとんでもないと思っています。 このクラスは,保育のための準備をし,いつもより重い荷物を持ち,いつもより早めに家を出てお子さんをおもいはかりながらシッターさんに引き継ぎをして,ようやくできるクラスです。 だから,わたくしも,用意万端で,脚も腕も磨いて,みなさんのことをおもいながら,いつもやすむのです。 3月は3/30(金)に開催。 4月はお休みです。 春へむけて,からだをひらくヨガクラス,風通しよくしてあげてね。
2007.02.22
世の中にはいろんなスイッチと,エネルギーがある。 たとえば,まゆみせんせいの肚(はら)のちから。踊ってるときに視線を合わせたら一瞬で石になってしまいそうなうつくしい瞳。ちづき嬢の妖しくしたたかなんだけど反面健全ですっきりしたベリーダンス。 妙なトラックバックをかけてくるひとたちには,そのエネルギーを,もう少し健全なものに使ってほしいものだ。 なんだか,もうめちゃくちゃ無駄使いしてるよね。 勿体ないよ。 そんなエネルギーがあったら,こどもを生み出して,ビデオカメラは運動会で使用して,男の子が生まれたら是非バレエを習わせて東京バレエ団に入れたほうがいいよね。 どうせならしょうもないエロよりも,タイツからみえるうつくしい筋肉のラインに美を感じろ! まったくもう!!!!! さて,うつくしいエネルギーはこの世にたくさん散りばめられているけれど,友人のアリカイさんの三男坊くんはすばらしい。 いつも思う。 生きてるだけですばらしいと,彼のすがたを見ると,胸がぎゅんと鳴る。 世界遺産みたいなのよ。 すばらしいのよ,もう! ビューティフルなのね。
2007.02.21
縁あって,春から18~20歳くらいのひとたちにアロマを教えることになった。 早朝に面接で東中野へ。 いまは産後女性を中心に,だいたい20代後半から60代の方へ教える経験はあったのだけれど,高校卒業したての若者! うーん,どんな感じになるのか,いざはじまってみないと想像ができないわたくし。 スタッフのうつくしい女性からは,集中力を持続させるのがたいへんかもしれません,と。 とある学校なのだけれど,そこではアロマの他に,バッチフラワーやヨガやメイクやカウンセリングやカラーセラピー,メインの指導の他にさまざまなクラスが用意されている。 さて,アロマの基本はもちろん押さえるとして,アロマを通じて,これから先の人生のおもしろさやしんどさやよろこびがかすかに匂うようなクラスにしたいと思う。 きっといまより2キロ細くなっているわたくしが教えているはず,むふふ。
2007.02.21
先日の吉祥寺バレエクラスの久美ちゃんの踊りをみて,なにが違うのだろう,と寝ている間もずっと頭が巡っていたらしい。 で,夜中,ふっとおりてきた,胸にすとんと。 それは,吸収するちから。 先生が,その踊りに関して大切な技術や気持ちを伝え,それを理解して受容できる精神のやわらかさなんじゃないか。 そして,その心を現すために,からだがあるのだ。 スキル,テクニックは必要。 細くしなやかで強い軸と,やわらかく自由の象徴のようなアームス。 精神性とからだがすっと結ばれると,ひとの心をふるわせるような,うつくしいものが,たちあがってくるのだ。 と,朝起きてあらためて納得のわたくし。 いやいや果てしない道なのだ。
2007.02.19
木曜バレエ発表会チームでそろって禁断の吉祥寺バレエポワントクラスへ。 はじめにバーレッスンでからだをほぐすのだけれど,あ,汗のかきかたが違うのはなぜ? あっという間に汗がにじむ。 その半分は冷や汗だ。 今日の目的は,少しでもポワントクラスのひとたちとの動きを確認すること。 そして,ずっとこの目で見たかったシルフィードのソリストの踊りを目のあたりにする。 わたくしたちは,ただ,ためいきをついていた。 ううん,わたくしは,ためいきをつくのも忘れていた。 なにが,違うのだろう。 ソリストの久美ちゃんは可憐でわたくしよりもひとまわりほど若い。 彼女が踊ると,音楽が流れる。その響きがうつくしいと感じる。 空間が浮かび上がる。 からだのラインと,その先までも,目で追ってしまう。 彼女が踊ると,景色が澄んでうつくしいものになる。 たとえば同じ身体的条件で誰かが踊っても,同じように感じるだろうかといえば,否。 なにが「在って」そう感じるのだろうと,帰りの電車のなかでずっと思っていた。 つかめないけれど,そのひとの持つ,とても根源的なものの作用なのか。 彼女が踊りだすと,いろんな思いが生まれてくるのだ。 そしてそれは,たいへん心地よく,刺激的に,わたくしを揺れ動かすのだ。 にしても,ソロを踊れるようになるには,果てのない地道なステップをいくつも重ねてこそなのだと,あの冷や汗ものなバーレッスンで思った。 いまできることを,精いっぱい,よろこびをもって。
2007.02.18
本来なら2クールでみせるドラマなのかもしれない「華麗なる一族」,キムタク専務の会社,阪神特殊鋼がおとうちゃん(北大路欣也)の嫉妬!で転落していこうとする回だった。 こんなに観ていてかなしい,いや,むなしいドラマはないなぁ,なんて。 原作を振り返ってもそうだけれど,この作品には光がない。 だからむなしいのだ。 光はないとわかっていながら,生きなきゃならない(観なきゃならない)って,これ以上むなしいものってないんじゃないか。 いや別に観なくいていいんだけど,見届けないと。万俵家をね。 「光」のキムタク演じる鉄平が,闇の権化のような父,大介のいやがらせに抗うように奔走するキムタクのテーマ曲が「デスペラード」なのだ。 あぁ, なんだか安っぽく聴こえるのはなぜかしらん,と思いつつ。 それにしても展開が早く,次回は希望の光,高炉建設に・・・ 今回もそうだけれど,あざやかに展開する,というよりも,すじが誰にでもわかるようにポイントをつなげた、そんな感じ。 あぁだから役者のセリフが嘘くさくなるのだ, そして大味。 そこがかなしいのだ。 さて,同じ金融ドラマでも、NHKの土曜ドラマの「ハゲタカ」!大森南朋を主役に抜擢するセンスの良さ。そして、緻密。ラストに向けてのあざやかな集約を想像すると,わななく。 あまりの正反対なドラマに笑ったり唸ったり,のわたくしなのだ。
2007.02.18
バッチクラスを。 自分を底のほうからきちんと許して受容して,その器に入るお水の分を測ったり,濁ったら浄化フィルターをつけたり,必要な誰かにお水を与えたり,乾いているときは誰かに与えられたりしながら,器の分のお水に責任をもって,朝起きて,夜にやすみ,また朝をむかえる。 華々しくなくても,器にあるお水で,暮らす。 暮らして,大切に思うひとや,ものごとにもまた借り物でない自分のお水を与えたり,与えられたりしながら,ずっと暮らす。 自分を許す,というのがいちばんきつく,癒す行為だとも思う。 パインのボトルを手にしながら,いつも身内のような温度と共に,はね返すちからだとか,受け入れるちからだとかを感じる。 そしていつも,自分のなかに揺れるお水が,自分のものであるのを,感じずにはいられないのだ。
2007.02.16
からだが80%の水毒に冒されてるような感覚。 そう,こんなときは, 走るのだ! 保育園の送迎で走り,バレエの自主連で自宅からヨーカドーまで走ってゆく。 あぁ体重が増えると微妙に重いのね,足取りも。 大汗かきながら,シルフィードの練習を始める。 多忙きわめる相沢先生,お弟子さんのあやちゃんにも来ていただく貴重な時間。 このおふたりの思いをわたくしたちは踊りに込めるのだ。 あぁ,それにしても,相沢先生から,妖精になるための秘密を,またひとつひとつ解き明かしていただくのだが,その言葉が身にしみるのだ。 伝えるための表現が的確。 わたくしたち生徒のからだに,そのうつくしい秘密がゆっくりなじんでいく。なんども自分のアームスや胸や体幹,つまさきや目線,にコンタクトしながら,先生の秘密の言葉をなじませ,妖精に,少しずつ近づいてゆけるように。 その密な時間の幸福。 やはりポイントは鎖骨。 カンブレなのだ。 胸が落ちていなければ,骨盤にどすんと乗らなくなる。 肋骨をせり出すのではなくて,体幹はあくまでまっすぐなまま,胸だけを少し上に向ける。肩をさげて鎖骨は天にキスをしにゆく感覚かしら。 胸が落ちやすいわたくしにこのカンブレはきついのだけれど、うつくしくありたいと願うわたくしの,たいせつな魔法のひとつのポジションなのだ。 なんだろうね,気持ちとからだをていねいに融合させる感じ。置き去りにしない,自分のものだからこそ。 あぁそれにしても,わたくしは人生なかばにして,ほんとうに大切なものに出会ってしまったのだ。 さまざまなことが起こりながらもそれでも生きてゆくための,よろこびが尽きることなくわきあがるもの。 ヨーカドーでごはんを食べながら,先生やみんなでこんなことを話した。 発表会当日のラスト,レシルのコーダは泣くかもしれない。 うえさん,泣いてるのが想像できるよ~, あぁわたくしも、先日観たばかりの「フラガール」の優ちゃんばりに泣きそうだと思っちゃう。 というか,終わったらみんな誰彼となく抱きしめていそうでこわい。 終日レッスンし,帰宅すると,わたくしはすっかり真人間になっていた。 まるごと洗濯したみたいなね。 水毒が流されすっきり 体重も53キロに戻る。 ははは,どんなデトックスよりも,やはりすばらしい木曜バレエなのだ。 すばらしい!
2007.02.15
ストレスからの過食(とくに昨日に限ってだけれど)で,深夜体重計に乗ったら,ぎょっ! 55,8キロ。この数字久しぶり,懐かしいような。 なんだか胃が痛いもんね。 で,脚がめちゃくちゃむくんでいる。 で,深夜お風呂に入りながら,ひたすらむくみをとるべくほぐす。 あぁみにくい脚だわ。 わたくしの感情が腫れだしたかのように。 身代わり,なのね。 とひたすらほぐす。 お風呂から上がった後は 54,2キロ。 どれだけ蓄えたらいいのかしらん(涙) いやぁすごいなむくみ。 水分が1,6キロ・・・ ほんとうにおそるべし、水毒。 さてさて,過食はこれでおしまい。 またはじまり。 わたくしの取り柄は,再開ボタンの機能が良好なところ。 まだまだ続くぞダイエット日記。 乞うご期待!
2007.02.15
ここしばらく,心にひとつ大きく占めることがあって,もうひとつ抜けきれない状態でいた。 さて,ダイエット日記として書かれているのは,もちろん,そのストレスで過食したからだ。 本日バレンタイン。 かつてパティシエでもあった姉のおめがねにかなったうつくしいチョコレィトたちが毎年我が家にやってくる。 もちろん今年もユニークなもの,シンプルな味のもの,濃厚な大人系,あぁすばらしい。 そして,わたくしは午前の仕事を終えた後,この心のやるせなさを埋めるため,マックでポテトを購入。 ポテトをつまみながらわたくしは深く自覚した。 相手に自分の思いを伝えたい,だけどいろんな状況が絡み伝わらないときに,本来なら「それはつらいよ,わたしが感じた思いをとじこめたり,すりかえないでよ」と声高に叫びたい思いを呑み込んだときに,強烈な怒りになるのだと。 怒りというものは暴力だから,そんなときにからだによいものをうけつけるわけがないのだ。 めちゃくちゃ痛めつけられるようにパンチの効いたジャンキーなものを取り込むのね。そうしてその暴力はわたくしの内側をしっかりと浸食して,太ってみたり,腰痛になってみたり,くびががちがちになったりするのだ。 まさに身にしみた,実感だった。 さぁ,わたくしはセラピストでもあるのだ。 怒りの中で,わたくしがすりかえているものがあるかどうか検証。 これはだんなさんにつきあってもらう。 わがパートナーは某宗教にはまり込んで,ぎりぎりのところで生還した過去もあり,ひとのマインドコントロールの仕方だとか,本質がすり替わってないかとか,物事の見極めの理解がじつに深い。そんな部分もわたくしが生きてゆく上で欠かせない,必要としているところだ。 問題はもともとわたくしの発言も発端になっているから,注意深く絡んだものをほどいて見てゆく。 あぁ,やれやれ,こんなに冷静な男もどうかと思うよ。 (ま,その冷静さにも底がしっかりあたたかくて安心できるんだけどね) そして,自分のなかにも,もう嘘をつきたくない部分がやはりあって,それは自分の体力のなさを認めることでもあった。 すべて風通しよく,というのは希有なことなのかもしれない。 それが社会で生きてゆくこと。 だけれど,ひとたび風通しのよさを感じ,そこから世界がひろがってゆくうつくしさを細胞レベルで感じてしまったこの身には,なんだか窮屈だ。 背中のなかにヤモリが入ったときのような生暖かさ。 それを抱えながら各駅停車の電車に乗り込むような,そんな感じ。 嘘をつきたくない。 すりかえたくない。 すりかえられたくもない。 あぁなんだか,わたくしはまるで思春期をやり直してるのか。
2007.02.14
だんなさんが絶賛していた「フラガール」,わたくしも絶賛を。 常磐ハワイアンセンターをつくると決まった,さびれゆく炭坑の町で生きるひとたちの思いをすくいとっている。 やさぐれた松雪泰子元SKDのお姉ちゃんが,フラの指導を頼まれ町にやってくる。 高飛車な泰子ねえさんに,やってみようと意気込む娘たちも戸惑うが,ねえさんがひとり踊るうつくしすぎるその舞いに,雷で打たれたように感電した(おそらく)蒼井優ちゃんは,反対するおかあちゃん(富司純子)にほっぺぶたれて家を飛び出してまでも踊りに励む。 ハワイアンセンターをテーマにするならいろんな題材があっただろうけど,フラガールをメインにもってきたところがなによりいい。 ガールたちは炭坑の仕事を解雇された男たちの娘が生活の糧を得るために集まったのだけれど, 泰子ねえさん(役名ではまどかさん←実在の人物だ)が,フラの手印(というのかな?)やアームスの動きの意味を伝えながらガールたちの前で舞ってみせるシーンがはじめにある。 「わたしはあなたを愛し続けます」みたいなね。 これがクライマックスでたましいをもってかれちゃうのよ。 ガールの中では志半ばで町を離れていってしまう女の子あり, (彼女は別れる最後,泰子ねえさんに「生きててこんな楽しいことなかった,変われるかもって思った!」みたいなことを云い泣かせるのだ),いざ公演というときにおとうちゃんが炭坑の事故で亡くなり,応援してくれていたおとうちゃんの気持ちをかみしめながら踊り通したり, そんな田舎娘たちと泰子ねえさんとの間に深い絆が育まれながらガールたちは成長してゆく。 町ではハワイアンセンターと炭坑と対立している状況で,優ちゃん(役名は紀美子)のおかあちゃんは婦人部の会長をしていて,炭坑で死んでいっただんなさんの思いを強く継ぎ,こどもたちを育ててきた。 あるとき,富司純子かあちゃんは,ひとり熱心に踊る娘の舞いを見てしまう。 おかあちゃんが見ていると知りながら,優ちゃんは,あのとき泰子姉さんが踊った舞いをその身で体現してみせるのだ。 そのときにおかあちゃんは知るのだ。 女に生まれたからって,これからは笑いながら踊ったりして,ひとにしあわせを与えられるような生き方ができるんじゃないかって。 ハワイアンセンターのヤシの木が涸れそうになったときに純子かあちゃんは頭を下げて炭坑夫たちの家を「ストーブを貸してください」とひたすら頼むのだ。 娘のよろこびを生かしてあげたいという母の思いがせつなくこころよい。 オープン当日,ヤシの木の陰からそっと優ちゃんたちの踊りを見守る純子かあちゃん。 優ちゃんのソロに感無量。 再びガール全員そろってのラストダンス。 思いをひとつにしてのフィナーレと,純子かあちゃんもとびはねて歓喜。 ガールたちの瞳に浮かぶ涙に,わたくしも感無量。 ひとは,自分の人生を生きるしかないけれど,真摯に生きてゆけば,誰かとそのよろこびもせつなさもわかちあえるのだ。 フラを通して,この町でこれからも生きてゆくひとたちへの強いメッセージを贈ることができただろうし,わたくしたちもこうしてスクリーンの中からうつくしい思いを受け取ったりもする。 わたくしたちは,ただ生きるしかないのだね。 自分の性と生を,これでもかってくらいに。 何かにわずわされたりまどわされたりする暇があったら,フラクラスに駆け込んだほうが,うんとうつくしいよ。 (わたくしはバレエなんだけどね) まどわされたら腰で弾いてしまえ! ありがとう「フラガール」!! 心からスタッフのみなさまに感謝を込めて。 もちろんクルクルパーマネントなトヨエツにも
2007.02.13
今月からついに始まったダイエットクラス。 集客はほんとカルチャーさんごめんなさい,というくらいなく,3人でスタート。それも今月は2人。 地域性と,ダイエットクラスを受講するってよほどの覚悟が必要なのかもしれない。 だけど,やはりダイエットってすばらしい。 そのひとの人生のほんの一瞬をともにし,大切なもの,放していいものを選択するのを見守るのがわたくしの役目。 さて,毎週一週間分のカルテを渡し,食事やエクササイズ日記などをチェックしていただくのだけれど,この一週間,週1か10日に一度の排便だった極度の便秘症だった方が毎日排便あり,とのこと。 食事日記からは,炭水化物,脂質の摂り過ぎで改めて驚いていた方,スケジュール,精神的にも活気のある日は,間食や食事は必要以上に食べなくてよかったという気づきがあった方。 からだが欲しているものと,こころ(脳)が欲しているもの。 ここにギャップがありすぎると太る。 からだとこころに根付いた寂しさを,よろこびに変えてゆくクラス。 人生が誰ひとり同じなひとがいないように,ダイエットも同じ道はないのだ。 さてこのクラスからどんなよろこびが生まれてゆくのか,楽しみな月曜日なのだ。 さて,わたくしのダイエットだけれど,体重はやはり変化なく,あと2ヶ月でできること,それは部分痩せ。 とにかく脚全部見せてピンクタイツで踊るからね,むくみのない脚を目指して,あとは踊るために必要な筋肉をつけてゆくわ。
2007.02.12
木村拓哉は好きだ。 キムタクが誰かと思いが通じ合えたら嬉しく,思い違うとかなしい。 キムタクが言葉を探しながら自分のこころよい感情を誰かに伝えた時,わたくしも,その恋人になったかのように思う。 さぁ「華麗なる一族」。 このドラマのおかげで,わたくしは2日で全三巻の原作を読み,山崎豊子の体力にひれ伏したのだ。 ついでにやはりクライマックスで涙止まらず。 もう,本当にかなしい話でね,読んでいても原作の鉄平がキムタクにしか見えない(笑) あぁキムタク,なんてつらい運命なのって(笑) どんな原作ものでも,キムタクが演じると,原作をキムタクビームで染めちゃう,そんな不思議なオーラがある。 それが多少距離感があったとしても,キムタクに味付けされたその役柄を愛おしく感じてしまうのだ。 鈴木京香が憎らしくていや!ってだんなさんに云うと,「それはハマってるんだろ」とひとこと。 いろんな意見が飛び交っているこのドラマ,肖像画だとか「将軍」と呼ばれる鯉のあやしげな動きだとか(すご~くお金かかってるらしい)配役だとか,いろんな意見があるけれど, このドラマはやはり面白いよ。 かなしすぎるクライマックスがつらいけれど,底なしのつらさだけれど,わたくしはキムタクを最後まで見守るわ。 北大路欣也が憎くってよ!とだんなさんに云えば,ちょっと呆れられたけれど。 あぁわたくしに富があれば,いますぐ阪神特殊製鉄鋼←キムタク演じるところの鉄平の会社に融資してあげられたのに(涙)
2007.02.11
火曜の午前は,東松原で子育て支援グループamigo主催の産後クラスを担当している。 この春で,丸4年になる。 産後セルフケアというジャンルを立ち上げたマコ先生が笹塚で始めたクラスだ。 amigoを立ち上げたばかりの松田さんが,「4回コースしましょう!」と,参加者からきちんとしかるべき参加費をいただいてスタートしたのだ。 当時では,画期的なことだと思う。 マコ先生と松田さんの,おふたりの思いがいちばんはじめにあり,そのバトンはわたくしにつながっている。 わたくしにとって,特別なバトン。 「一瞬の風になれ」で,100M × 4人のリレー,「四継」←ヨンケイと読む,の四人ひとりひとりが,精一杯の走りをして,バトンをつないでいく。その四人は,自分の夢をひとに託すんじゃなく,自分のその身で勝ち取るためにただ速くなるのを目指し走り,ひたすら走り,バトンをつないでいく。 そのリレーがうつくしいのだ。 そのバトンを受け取って1年くらいのわたくしはこうだった。 参加していただいた生徒さんに,今日はどんなエクササイズで気持ちよくなってもらおうか,こんどはどんなことをやろうか,リピーターさんも多いし,そのひとたちにもやったことのない新しいヨガのポーズだとか,いろんなことを試みて,まとまりのないクラスを提供していたのだ。 それは,手応えを感じてびっくりさせたい,というインストラクターとしての「欲」だった。 自分の「欲望」をその回その回で満たして,4回コースの意味なんてどこかへとっちらかり,生徒さんを置き去りにしていた。 自分のカラーを出したクラス,という言葉があるけれど,基本的なスキルを身につけ,プログラムの意義を落とし込み,クラスを展開すること,これができていれば,否応なくそのインストラクターの「色」は出るものなのだ。 産後セルフケアインストラクターは,産後からはじまる「生きてゆく心身のたしなみ」を伝えているけれど,インストラクターは自分の心とからだと信頼関係を結べるように,その信頼を深めるように努めるのだ。 この仕事によろこびを感じているならば,苦ではなく,なんだろうね,きちんと自分の皮膚の下に赤い血が流れている,生きている実感,とでもいうのかな。 ほんの数年前のある時期,このバトンをもって行き先不明だったわたくし。 いまインストラクターをめざしがんばっているひとたちにも,「欲」を「色」にすりかえないでね。 それは,つらいよ。 そして寂しい。 さてこの春,わたくしは,そのバトンを次に託したいインストラクターへつなぐ。 きちんとね,バトンを磨いて,思いもいっぱいつめこんで,ホスピタリティ溢れるそのうつくしいひとへ手渡したい。
2007.02.06
夕方,6時20分,お味噌汁を作りかけのわたくしははっと気づく。 あぁ,今日は6時30分から某会議だったのだわ!と。 地域の校長先生や行政の方がたとの会議なので,遅刻はいけない。 2分後,息子に生卵とおしょうゆをあずけ,「みるちゃんの分もつくってあげてね!くれぐれもよろしくね!あなたはすばらしい!」なんてわけのわからない言葉を残し,家を出た。 50分後には家に戻る。 (だんなさんは夜勤だったのね) ふたりは,木曜のポケモンと金曜のドラえもんと土曜のメジャーと日曜のまるちゃん以外はテレビは見せられず,月曜夜のテレビをこっそり満喫していたらしい。 そして,ふたりが使ったお茶碗やお皿は,きちんと洗われてふかれ,重ねてあった。 シンクのところには,よく娘が使うイスが置いてあった。 ふたりで洗ったんだって。 慌ただしいだとか,忙しいだとか,言葉にしないようにしているけれど,毎日が綱渡り的な日々で,気持ちや態度があかぎれっぽく痛むときがあるけれど,重ねてある茶碗は,そのかさかさに擦り込まれたクリームのようだった。 愚かな母であるわたくしは,こうして生かされている。 たまごかけご飯はふたりともおかわりしたそうだ。
2007.02.05
終日バレエ三昧。 木曜クラスの発表会チームの自主連に,相沢先生と,お弟子さんのあやちゃんまで来ていただく。 そして,わたくしたちはその貴重な時間で,振りをなぞることから,音をすくって表現するからだの使い方を教えていただいた。 それは,すばらしかった。 踊っているときのからだは,魔法をいくつもかけている。あのバランスや,あの空間を浮遊するようなアームス,うつくしいデコルテ,レ・シルでいえば,静寂を,踊り手のからだのずっと先までも延長して,あの舞台の隅々まで現してゆく,その秘密。 うつくしい(正しい)カンブレのポジションを知る。 カンブレは,お腹とみずおちまではしっかりと起こして,その上から後ろへ反ったり,逆におへそをのぞきこむにしてやわらかさを出すのだ。 バレエはカンブレは基本なのだけれど,いままでわたくしがやっていたのは,ラジオ体操の上体反らし,とでもいえばよろしいかしらん(ため息)。 そして,このカンブレがわたくしはとても苦手。 30数年間のからだの癖。肩甲骨の真ん中がおちやすい。みずおちも沈みやすい。 33までの猫背な執筆とマッサージの仕事で,猫背なんて一生治らないと思ってたもんね,へへへ。 だいぶおちなくなってきたけれど,踊るためのカンブレになると,う,ここまで上げるの?う,肩もあがりそっ!腰からみずおちまで,ななめにもうつくしい軸をとる。 そう,このカンブレが決まると,(お腹も決まってるんだけど)バレリーナになる最低限のたしなみができるのだ。肋骨を突き出すのはNGで,むしろ鎖骨を天にそっと寄せる感じ。で,肩は下げる。 カンブレは,自分のハートを外にむかってひらくことだ。 みずおちがおちていたら,表現できないものね。 このポジションをとると,自分がまたひとつ,みずみずしくなるのだ。ひらいてゆく。ひらこうとする。おとさない。自分の胸にある気持ちをきちんと昇華させる。 はじめてからずっとそうだけれど,相沢先生から教えていただくひとつひとつが生きてゆくこと,そのものに響くのだ。 だからこそ,わたくしたちは,うつくしい舞台に心を震わせる。 ひとつひとつのレッスンを重ねるたび,どんどんバレエへの愛が深くなる。 縁,というものを深く感じずにはいられないが,縁というものは,おそらく自分の胸にあるあたたかい感情や,こうありたいと願う意思を置き去りにせず生きてゆく中で,つながるものなのだ。 日々,よろこびにあふれるわたくしなのだ。
2007.02.01
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