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今日はお友達のTちゃんのお母さんから、よかったら家でピザを作りませんか、と招待されていて、しーちゃん共々しばらく前から楽しみにしていた。朝10時、Tちゃんのうちに行く前に図書館に本を返しに行こうかと言っていたのだけど、雨が降り始めていた。じゃあ早めにお暇して夕方図書館に行こう、と言っている所へ、チャイムを連打する音・・。はーい、と返事をすると、がちゃりとノブを回していつもの友達Nちゃんが入ってきた(鍵は朝しーちゃんが外に出たまま開けっ放しだった)。・・あれ、今日11時半からやろ?うん。でも待ちきれんで出てきた。・・そっか。じゃあ、どうぞ。しーちゃんは学校の宿題で数カードゲームというのが出ていたので、ちょうどよかったね、と一緒にやり始めた(二人は同じクラス)。そして、しなくてはいけない回数をこなした所で喧嘩が始まった。しー:おもしろいからもっとやろうよ!N :えーもうやだ。疲れた。しー:え~!何で?もっとやりたいよ!やろうよ!N :(無視)しー:ねえ!やろうってば!N :(無視。別のもので遊んでる)しー:ねえってばぁ!N :(無視)しー:ねえ!(泣)私 :ちょっとしーちゃん!何でNちゃんが嫌やって 言っとるがにそんなしつこく言うが? どうしてあんたはいっつもそんな自分のやりたい 事ばっかり相手に押し付けるが? 何でNちゃん来るたんびにそうやって泣かんなんが? いい加減にしてよ!しー:(泣)N :(知らん顔)Nちゃんが来るたび毎回自分の意見が通らなくて泣き出すしーちゃんへの腹立ち。遊ぶ度に毎回喧嘩する二人が、喧嘩する度いつも自分の子を叱ってしまう事から来る、Nちゃん(とNちゃんの親)への苛立ち。子供の喧嘩に対処する能力さえ無いくせに人にばかり腹を立てる自分への、一番の苛立ち。それでも、Tちゃんのうちへ行く時間になる頃には、二人はいつの間にか仲直りしていた。Tちゃんのおうちに着いて、ピザを作っている間も、遊んでいる間も相変わらず喧嘩が絶えず、Nちゃんが泣いたりしーちゃんが泣いたりしていた。途中でトムとジェリーのビデオを見ていたので あんたらっちと一緒やね。 喧嘩ばっかりやけど仲良しやから不思議やね。 大人になったらそうはいかんよ。 滅多に喧嘩もしなくなるけど、一回喧嘩したら そんな簡単には仲直りできんよ。そう言ったら笑っていた。そして相変わらず喧嘩。三人いるとしょっちゅう意見が分かれてしまう。そしてその度に喧嘩になる。上記の苛立ち。繰り返し、繰り返し。子供はそうやって大人になっていくものなんだろう、きっと。私も通ってきた道なのかもしれない。・・そうは言っても、こっちはものすごく疲れる。カリカリする私に、Tちゃんのお母さんはやんわりと言う。 Tちゃんの幼稚園時代の友達で、すぐにぶったり ひっかいたりする子がいたの。 一度思い余ってそのお母さんに相談したんだけど、 うちの子はいい子だからそんな事する筈がないって。 そのお母さんはすごく躾の厳しい人で、一緒にいる時も いつも自分の子を叱ってばっかりだった。 だからその子は、家ではとってもいい子なんだけど、 その反動で外では人に対して攻撃的になってたみたい・・。 ああ。家もそうだなあ。反省しないと、とは 常々思うんだけど・・。いや、しーちゃんはそんな事はないと思いますよ、と一応言ってくださるけど。でもほんとしーちゃんとNちゃんって喧嘩ばっかり。TちゃんとNちゃんの時は仲良くしてますか?と訊くと、 ううん。 Nちゃん毎日学校が終わったらすぐ家に来て 一緒に宿題してるんだけど、クラスが違うから 宿題も違うし、宿題しながらも喧嘩ばっかりだから、 何だか落ち着いてできなくて。 今日Nちゃんのお母さんも来たら、一緒に 遊んでくれるのは嬉しいけど、宿題だけは 済ませてから来て欲しいって、言ってみようかと 思ってたんだけど、ご都合悪かったのかしらねえ・・。気のやさしいお母さんに似たTちゃんがうまく友達を作れないのでは、と心配するお母さんは、積極的に、良かったら一緒に遊んでやってくださいと、あちこち声をかけているらしい。そんな1人、Aちゃんのお母さんと、Tちゃんのお家から帰って買い物に寄った先で出会い、しばらく立ち話に花が咲いた。 Tちゃんのお母さんからは何度も電話がかかって くるんだけど、面識もないお宅に、小さい 妹まで連れて行くのは気が引けるし、正直、 何かちょっと合わない気もするし。 子供同士が喧嘩するのも嫌だし・・。 姉妹で遊ばせておくほうが私は気が楽で。 えっ、家いっつも友達と喧嘩ばっかりしてるよ。 この年の子供ってみんなそうかと思った。 Aちゃんはあんまり友達と喧嘩せん? うん。家の子私に似てぼさっとしてるから 自分から喧嘩する事ってないし、キカンような 子とはあんまり遊ばせんようにしとるし・・ ほんとは親が友達選んじゃだめなのかも しれないけど、年齢が小さいうちは、やっぱり ある程度は、ねえ・・。 それでたまに私も自己嫌悪になっちゃったりも するんだけど・・。確かに、私たちが長話に耽っている間、子供たちはおもちゃコーナーで仲良く遊んでいる。喧嘩しない子供たちを見守っていられるのって、なんて平和な気持ちだろう。でも、やっぱり私は、誰々ちゃんと遊んじゃだめ、なんて言いたくない気がするし・・。親は皆、自分の子供に良かれと思うことをして、一生懸命子育てしている。だけどそのやり方は、人それぞれ違ってて、その違いの中で子育てする事に、皆ストレスを感じていて・・。保育園時代にはいなかった“いじめっ子”というものに、小学校に上がってから出くわすようにもなった。いじめるか、いじめられるか、そんな世界に、子供は身を晒しているのかと思うと苦しくなる。どんな風に対処すればいいか迷う事はこれからも多いだろう。優しさと、本当の強さを心に持って、成長してほしい・・。
2004年05月29日
予定は今日の5時。1年1組は今日がピークで、本日12人訪問中の、家がラストだ。家庭訪問といっても、まだ学校に行き始めたばっかりで、特に問題を抱えているでもなし、勉強に不安があるでもなし(まだ勉強らしい勉強はしてない)どんな話されるんやろう、緊張するねえ、と取ってつけたように話題には乗せるけど、心を占めているのは専ら・部屋の片付け・お茶菓子の事。あまり早くから片付け始めてもどうせまたちらかしてしまうだろうし、とかなんとか思いつつ延ばし延ばし、やっぱりぎりぎりになってしまった。今朝、しーちゃんが登校した後、まず不燃物を捨てに行き、それからごそごそ片付けをした・・つもりなのに、出勤の時刻になっても部屋はちらかったまんまだった。洗濯物も、干す時間がなくて床に置きっぱなし。ああやっぱりね、私。それでも、今日は仕事が早く終わったので(それが分かっていたから尚更妙な心のゆとりがあったのだ)5時にはすっかり片付いた。完璧。また散らかる前に誰か遊びに来ないかな~。あっても子供には“隣は開けちゃダメ”は通用しないからなあ。・・残念ながら、“いざとなったらすべて奥の部屋へ”の最後の手段にも、ちょっと手を染めてしまった。本当ならこれをいい機会に家中をすっきりさせられればいいなあと思ってたんだけど。でも、やっぱり人に片付けてもらったのと自分で片付けたのでは、心のすっきり感が全然違うし、気持ちが片付けモードに入ってるので多分しばらくはこの綺麗な状態を維持できるんじゃないか・・と思う。このムードに乗って、隣の部屋の死角部分にできた巨大雑居ビルも崩していこう、と思う今日この頃。お菓子は、ケーキ屋さんに勤める特権?で、オススメのお菓子を教えてもらう。一ときに30軒も回るんだから、多分その場では食べられないと思うし、日持ちのするものがいいと思うよ。ゼリーとか。ああなる程・・と、とりあえず昨日、自分の好きなお菓子と水羊羹を選んだ。(アドバイス、微妙に反映・・)水羊羹は、相場の2倍位のお値段なんだけど、自分でも食べてみようと1個余分に買っていって食べたら、ぴっくりするくらいおいしかった。何ていうか、小豆の味がすごい濃厚なの。それでいて甘すぎずくどくなく、ひと匙口に運ぶたびん~~って目を閉じて少し上を向いて首を左右に振る感じ。その日(昨日)、勤め先にお菓子を買いにきてくれたお友達のお母さんに、どんな様子だったかまた教えてくださいね~と言った所、わざわざ電話をかけてきて下さって、2組の先生は玄関より絶対上がろうとせず、お菓子も“お子さんにどうぞ”って受け取られなかったよ、と教えてくださった。ああやっぱり今っていろいろ厳しいんですかねえ、とか言いつつ、今日またおいしそうなお菓子をひとつ買い足して。(これも自分用も買った。おいしかった。はー幸せ^-^)念のため麦茶とアイスコーヒーを用意して。おしぼりも冷やして。いざ。先生が来られたのは、5時を20分ほど過ぎた頃だった。考えてみれば、一人あたりの時間は15分でスケジュールが組んであるけど、人によっては話が長引く事もあるだろう。私は5時10分ほど前に氷を入れてしまったアイスコーヒーが薄まりすぎるんじゃないかと、そんな事を心配していた。お友達のお母さんの情報通り玄関先で話をする事になったらお茶だけ出そうと思っていたのだけど、1組の先生はどうぞと言うとでは、と中に入ってこられた。(もしかしたら家は玄関が無いも同然だからかもしれない)お菓子も、勤め先のなんですけど、と勧めると、まあ、私の好きなのがあるわ。○○(勤め先)のお菓子っておいしいですよね、私、好きなんですよ、とおっしゃってくださってすごく嬉しかった。(このときは「好き=たまに買いに行く」という事で、でもお見かけしたことはないなあ、と思ったんだけど、きっと何十年もの教師生活で、何百軒も回ったであろう家庭訪問先で、出されたお菓子も数知れず、その中で好き、って事なのだろうなあと妙に納得した)肝心の話は、・・やっぱり、しーちゃんはしっかりしてますねえ、という感じで、お友達のお母さんとしゃべってる時とそう変わらない会話が続いた。(少なくとも私は世間話モードだった。 もう少し緊張して臨むべきだったのかもしれない)ただ、話の中で、母の日にお母さんの絵を描いたりカーネーションバッチを貰ったりがなかったのは母子家庭・父子家庭に対する学校の配慮で、従って父の日にも同様の行事は行わないそうなので、私としてはとてもありがたかった。家が母子家庭であることに触れるとき、あの・・ちょっと立ち入った事をお聞きしますが、と言われたので察しは着いたけど、・・生き別れですか、死に別れですか?と訊かれて、その表現を飲み込むのに何秒か時間がかかった。やっぱり古風な先生だなあ。帰り際、お持たせ袋型懐紙にお菓子を入れて良かったら・・とお渡ししたときも、気持ちよく受け取ってくださってほっとした。やれやれ。事は無事に済んだし。部屋は片付いてるし。私は気楽~な気持ちになって、先生が帰った後久しぶりに遊びに来たいつもの友達にも機嫌がよかった。でもその子が帰るときまたしーちゃんが「何でもう帰るが?待ってよ~」と泣いて。はーあ。人生泣いたり笑ったり。
2004年05月26日
「今日は家、お父さんがいるからあんまり騒いじゃだめなの」「家はうるさくするとおじいちゃんが怒るから・・」という家は、お友達にも結構ある。でも・・。お母さんだって、放っておいて欲しいのに!今年は5/1の地元のお祭りを旅行に出ていて見られなかったので、昨日、少しだけ電車に乗って、しーちゃんと曳山祭りを見に行こうと計画していた。そしたら朝、しーちゃんのいつもの友達から、今日遊べる?と電話が入った。それで、私が、じゃあ午前か午後かどっちかお友達と遊んで、どっちかお祭りに行こうね、と言うと、じゃあ今から遊んで午後からお祭り、と話がまとまった。筈だった。中間地点の保育園で待ち合わせた。しばらくするとその子はパンを2片もって現れた。少し遊んで、お腹がすいたとパンを食べた後、しーちゃんの家で遊ぼうと、家にやってきた。そして、お昼になった。でもその子は、○ちゃんパン持ってきたからおうちに帰らなくてもいいの、と言って帰ろうとしない。仕方なくその子の家に電話した。「今から電車でお祭りに行こうと思ってたんですけど・・・・ よかったら○ちゃんも一緒に連れて行きましょうか?}「あら、そうですか、すみませんねえ」と、その子のおばあちゃん(自営)。しーちゃんは大喜びだし、まあいっか、と、一緒にお祭りに出かけた。・・だけど、こんな事思っちゃいけないのかもしれないけど、自分の子じゃない子と一緒なのってすごくストレスが溜まる。子どもだからわがままも言うけど、自分の子みたいにむやみに叱り飛ばしたりできない。「お腹減った~もうがまんできない~」「つまらんからもう帰りたくなった~」つまらないという人間と一緒にいたら、こっちだってつまらなくなる。・・はいはい、じゃあもう帰ろうね。そして山車もほどんど見ないまま、早めに帰りの電車に乗って、その代わり帰りに公園に立ち寄り、図書館に立ち寄り、その子を家まで送って、6時ごろ家に着いた。・・正直、ぐったりだった。夕食後、仕事から帰ったその子のお母さんから電話が入った。―今日はすみませんでした。大変だったでしょう。―いえいえ、しーちゃんも喜んでたし。楽しかった。 明日運動会なのに、たくさん歩いて疲れさせちゃったんじゃ ないかなあ。でも明日雨っぽいよね。 また遊ぼうね!そして、今日。朝からもう迷う余地のない土砂降りで、運動会は順延となった。昨日疲れて寝てしまったので、朝、しーちゃんとシャワーを使っている間に電話が鳴ったけど、出る前に切れてしまった。(まさか○ちゃん?でも今日はもともと運動会の 予定だったから、お母さん仕事お休みの筈だろうし、 雨だし。違うよね・・)その後10時過ぎにもう一度電話が鳴って、出ると○ちゃんからだった。しーちゃんに代わる。しーちゃんが電話口で、うん。いいよ!遊ぼう!と言ってる・・。え~また~、と思ってしまう自分が嫌だった。子どもの所に友達が遊びに来るんだから、嬉しい事じゃない。げんにしーちゃんはとっても喜んでる・・。果たしてその子はやって来た。11時過ぎ。手にパンと、ゆで卵を持っている・・。「お昼に家に帰らずまる一日ここで遊びます」というか、「この子を今日もよろしく」と、いう事だろう。昨日の“また遊ぼうね”は社交辞令のつもりだったけど向こうの“すみませんねえ”も社交辞令だったのだ。その子が悪いわけではない。私の人間が小さいだけの話だ・・。私は精神的にぐったりしていて、今日はとても子供達の相手ができなかった。でも家は2DKのアパート。避難場所なんてない。ひとりいても毎日大変な子どもが二人。お互いまだまだ自己中心的な小学一年生たちは、支離滅裂な会話をしている・・私は奥の方の部屋の一番隅っこで本を読んでいたけど、たまに話し掛けてくる子供達にろくな返事もできなくて、そんな自分への自己嫌悪でイライラして・・という、いつもの(でも久しぶりの)ひどい悪循環に陥っていた。3時ごろ。私の雰囲気が悪かったのと、そろそろお腹がすいたのだろう、その子が、やっぱり帰りたくなったから帰る、と言い出して、やれやれと思ったら、しーちゃんが「ママといてもつまらないから帰ったらダメ!」とワアワア泣き出した。・・もう、私の精神状態はどん底だった。いつもなら家まで送ってあげるのだけど、今日は泣きながらその子を追いかけるしーちゃんの手を引きずって家に戻った。泣きたいのは私だ。少し泣いてケロッと機嫌の直ったしーちゃんと、チーズケーキを作った。 しーちゃん、ママの事嫌いなが? え?なんで?好きやよ。 だってさっき『ママとおってもつまらん』って 言っとったのか ・・・(無言)私は、この先、ちゃんと子ども育てていけるんだろうか。しーちゃんが友達に高圧的なものの言い方をするのを聞くにつれ、ああ私のせいだと思う。優しいお母さんでありたいと思うのに。イライラする自分を、どうすればいいんだろう・・食後に食べたチーズケーキは全然甘みが足りなかった。
2004年05月16日
朝顔を植えて10日が経った。最初に芽が出た時はとても感動した。アサガオの芽は、ニョキッと出るのではなく、どれも皆Uを逆さにした形に出る。そして色は緑ではなくピンクだった。私も子供の頃育てた筈だけど、全然覚えてない。そして、最初は土の上をよくよく見ると僅かに確認できる3mm程度の小さな芽だったのが、朝よりも夕、夜よりも翌朝、確実に生長していく姿にまたまた感動。その生長の早さに、ああ、これからの時期はほんと食中毒に気をつけなくちゃ、なんて思ったりもした。現在は朝顔の絵本を2冊、図書館で借りている。HPも少し調べてみた。植木鉢への土の入れ方が間違っている事がわかった(鉢の底に小石を入れなくてはいけないみたいだった)自称チャレンジャーの私は、初心者のくせに短日処理(だったかな)というのをやってみることにした。どういうのかというと、朝顔を一日8時間だけ日に当てて、あとはダンボールなどで真っ暗になる様覆いをすること1週間。そうすると、小ぶりの朝顔が、通常より1ヶ月ほど早く、6月下旬頃から咲き始める、というものだ。元気に双葉を広げる5本の朝顔を、昨日また100均で買ってきた小さめのプランターと土に、3コと2コに分けて「植え替え」というのをした。結構難しくて、しーちゃんのおもちゃのスコップで芽を土ごと掘り出した時に、根を傷つけてしまったかもしれない。大丈夫だといいけど。植え替えは、双葉が出た頃一度小鉢に植え替え、ひと月ほどで本鉢に植え替え、とあったけど、面倒だし一度でいいや、と思っていたら、ちゃんとその2度の植え替えに意味があることが今日わかった。・・でもまあ、植えちゃったし。いいや。そして3コ植えたほうの鉢に、今晩からダンボールをかぶせた。雨が降ると、ああ家の中にいれてこればよかったかなと職場で気になる。晴れていると、もっと日の当たる所に置いてあげたかったなと、やっぱり気になる。今までただきれいだなあと思ってみていた他の家の庭先の植物も、丹精こめて育てた人がいるんだろうなあと思いを馳せるようになった。・・でもやっぱり家の朝顔ちゃんが一番かわいい。なんて。すっかり親ばか。明日は雨みたい。朝顔どうしよう。・・っていうか、しーちゃんの運動会だ。あるのかないのかわからないけど。
2004年05月15日
しーちゃんが小学校で朝顔の種をもらってきた。種の入っている紙袋には、子どもの字で名前とメッセージが書いてある。2年生の子が去年自分で育てた朝顔からできた種を1年生に渡し、、、と、毎年種が受け継がれているらしい。素敵なリレー。でも、私は、花は見る専門。育てるのはちょっと・・・・非常に苦手だ。人に鉢を貰っても枯らしてしまったり、芽さえ出なかったり。虫なんかつこうものなら、近づく事さえ出来なくなる。重い気持ちを振り切るように自分に言い聞かせる。よし!やるとなったら張り切るよ!4月30日、しーちゃんはどうしても今日植えなくちゃいけないのだと言い張るけど(先生の言う事は絶対、なのだ。言う事聞かないよりはずっといいんだけど・・)仕事が4時に終わってしーちゃんを学校に迎えに行って5時25分の電車で九州に向かう予定なので、そんな暇はとてもない。というか、うちには種以外はなにもない。旅行から帰ったら鉢とか土とか一緒に選ぼうね、と言いくるめて旅に出た。そして連休最終日、予定していた電車より1本遅れて7時近くに高岡駅に着いた後、サティの100均のお店の園芸コーナーを物色。土までお店で買うなんて、ヘンな感じ。しかも100均。しかも土にもいろいろある。チンプンカンプンながら、たねまき用土、ハーブ用土、ベランダ用土というのを買う事にした。(鉢もどんなのがいいかよく分からなくてプランタータイプのにしたので、鉢用土1袋では足りなさそうだったため)鉢。皿。如雨露。日記用自由帳。ついでに風車小屋のピックとハーブの種も買ってみた。そしてさっき一緒に種まきをした。3種類の土は、何が違うのかよく分からないけどびっくりするくらい形状が3種で違っていて、(さらさらのと粒々のとどろっぽいの)とりあえず混ぜて使う。しーちゃんが、指で穴をあけて種を落としていく。はしっこを借りて、私もバジルの種を蒔いてみた。もうお水、やったほうがいいのかな?最後にピックを立てて、プランターをベランダに置いた。ちゃんと芽が出るかな?花は何色かな?ワクワク。願わくは、無事に育ってくれますように。どうか虫がつきませんように。途中で飽きずに、最後まで育て上げられますように。今のワクワク感を忘れて、そのうち鬱陶しく感じてしまうんじゃないか。だんだん散らかってしまったこの部屋のように、いつか放棄したくなってしまうんじゃないか・・。いつも私の気を滅入らせる、その不安。目をつぶり、もう一度自分に言い聞かせる。がんばろ!
2004年05月06日
5/4博多からのぞみで新大阪へ・・の予定が、間違えて博多でこだまに乗ってしまったものの、次の小倉で無事のぞみに乗り換えて、予定通り、18:28、新大阪に着くことができた。千里中央駅でさっちゃんと待ち合わせ。そこからバスで、しーちゃんのバースディ・パーティを予約してあるレストラン『キディ・パーティ』へ。バスを降りてしばらく歩くと、そのお店はあった。マンションの1階、ドアを開けると、まず目に入るのは1頭の白い木馬。縦長の、そう広くないスペースに、レジスターとおもちゃ(遊び用兼販売用・・かな?実は、楽しみにしていたお店ではあったし実際楽しかったんだけど、さっちゃんとのおしゃべりに花を咲かせていたのでお店の様子はうろ覚えです)がいろいろ置いてあり、そこからまた扉の向こうが、食事のスペースになっていた。食事のスペースには、テーブル&ソファーセットがいくつか、まん中の舞台を取り囲むように壁沿いに配置してある。案内された席に座り、メニューを選ぶ。順番は覚えてないけど、入刀用ウェディング・ケーキもどきに年の数だけろうそくを立てたものが運ばれてきて、入刀の代わりにろうそくの火を吹き消した。ティアラをかぶって(三人とも!)記念撮影。運ばれてくる食事はどれも手が込んでいて、目にも楽しく会話も弾んだ。やがて舞台にうさぎパンマン登場!各テーブルを回ってお誕生日を祝ってくれた。パチパチとはじける花火も各テーブルに回ってきた。デザートも済んでさっちゃんとしばらくしゃべっている間、しーちゃんはおもちゃスペースで遊んでいた。そして最後に、記念撮影した写真と、それで作ったハート型のキーホルダーをもらってお店を後にした。(清算のときふとレジの下を見たら、記念撮影に使った おもちゃのティアラを販売していて、それが 4800円もしていて驚いた)帰りのバス停までの道をお店の人に尋ねたところ、前のロマンチック街道をまっすぐ行って・・と説明された。ここ、今は夜で真っ暗だからよくわからないけど、そんな名前の道だったんだ。そのロマンチック街道を歩きながら、遠くまで来ただけあって楽しかった!とさっちゃんも言ってくれてホッとした。(ひと口に大阪、と言っても、ここはかなり外れになるらしい・・きっと千里中央で待ち合わせ、は、高岡に住んでる私に直江津で待ち合わせね、というようなものなのかもしれない・・ちょっと違うかもしれないけど)千里中央から御堂筋線に乗り、私としーちゃんはホテルのある江坂で降りてさっちゃんとバイバイした。(5/18)旅行の計画を立てるとき、一日目一杯遊んでホテルは寝るだけ、という事が多い私の泊まるホテルは、必然似通ったビジネスホテルになる。そんな中でここ江坂のサニーストンホテル第2は、結構満足度の高いホテルだった。一番良かったのは、部屋の照明が、普通の家のリビングにでもあるような、白くて丸い半透明のカバーをかぶせた蛍光灯であった事。たいていのホテルは、オレンジ色っぽい間接照明で雰囲気重視のためか部屋の中が暗くてちょっと苦手だったんだけど、どこのホテルもそうだしさして気にとめてなかった。でもここは、友達の家にでもいるようなくつろいだ気分になれて、すごく嬉しかった。それから朝食。朝食付きで二人で泊まって4700円は、同レベルのホテルが多い中でも割安だと思う。そして朝食の内容も、博多のホテルは日持ちのしそうな袋入りパン1種類とコーヒー、紅茶、だったけど(ただ、しーちゃんに特別に牛乳を出して頂いて嬉しかった)、こちらはパン数種にコーヒー、、おにぎり、味噌汁と多彩だった。“今日は子どものお客が多いと聞いたからおにぎりたくさん作ったけど余りそうだなあ”と言うおじちゃんの声がしていて、なんだかそういう心遣いも嬉しく、普段パン食の私もせっかくのおにぎりを頂くことにした。おにぎりおいしいね、・・パンにマーガリン塗る?と、しーちゃんと朝食を摂っている間、私の席からは見えなかったけど、ずっとテレビの音が聞こえていた。「・・この写真を見て下さい。これは明らかに 遺体ですよねえ。そしてこちらはもっと 残酷な写真です・・・」米軍のイラク兵に対する虐待の話題を、はっと気が付くと延々と放送していた。あまりいつまでも続くので耐えられなくなって、フロントに行って番組を変えてもらった。私は、そういう事に目をつぶってこれから楽しく遊ぼうとしている自分が悲しかった。だけど、どうしてそんな写真(見てないけど)をテレビで流す必要があるのだろう。「まあ、戦争だから仕方がないのかもしれませんけどね」なんて言ってる頭のおかしいコメンテーター。じゃああなたが虐待に遭ってみればいい・・!私はその朝しばらく落ち込んでいたし、今も書きながら悲しくなるけど、朝食のあと元気にエキスポランドで遊んだ。今だってもう少ししたら安々と眠りにつくことだろう・・・なんなんだろう。エキスポランドには、母子家庭割引制度というのがあって、入場料が大人100円、子ども50円だった。他にもそういうところがあるのかな、と思ったけど今の所見つかっていない。今回の旅行で何が一番楽しかった?としーちゃんに訊くと、エキスポランドの、マイメロディちゃんのお買い物ごっこ!と答えが返ってきた。エキスポランドではサンリオの30周年イベントをやっていて、その1つとして、部屋の中におもちゃの食料品をずらっと並べ、好きなものを選んで買い物かごに入れ、自分でおもちゃのレジでピッ、ピッとやると最後にレシートまで出てくる。確かに楽しそう。もう一回やりたい!と言ったけど、そのコーナー結構行列で待たなくちゃいけなかったし、2回もしたらせっかくの楽しい思い出があきちゃって色褪せるかも、と、一度で終わりにした。あとでレシートを見せてもらったら、ドーナツ1コ300円、卵1コ50円・・となっていて、うわあ高っ、と、お母さんはつい現実的な感想を言ってしまった。あと前回行った時はなかったのか気付かなかったのか、おろちランドという水遊びスペースがあって、帰りの電車まであまり間がなかったけど、GW最終日になってようやく日の差したこの日、タンクトップ一枚になっていっとき水遊びを楽しんだ。帰り際、思わぬハプニング発生!なんだけど、眠いのでまたいつか。(5/19)エキスポランド到着時、入場ゲート手前のインフォメーションセンター内のコインロッカーに、5泊分&お土産で増えてしまった荷物を預けたのだけど、帰りにロッカーの鍵を開けると中が空っぽだったのだ。えっ・・、と一瞬頭が真っ白になった。どうやら、私はうっかりして、荷物を入れたロッカーの、隣のロッカーに鍵を掛けたらしかった。隣のロッカー(私が荷物を入れたロッカー)には“ここに荷物を入れた人は受付にお申し出下さい”と張り紙がしてあった。お金を入れずに荷物を置いていってあると、使おうと思った人から苦情があったらしい。(私はちゃんとお金払ったんだけど・・・ ちゃんと、とは言わないかもしれないけど・・・)事態を飲み込むのにしばらく時間がかかったけど、やっと分かりかけてきて、ご迷惑おかけしてすみませんでした・・と恐縮する私に、朝きっと忙しくてついうっかりしたんやね、と受付の方はとても優しかった・・・(;_;)さてあとはいよいよ。帰るだけ。帰りの電車は 万博記念公園14:12~14:18南茨木 大阪モノレール 南茨木 14:19~14:20 徒歩 南茨木 14:21~14:35 高槻市 阪急京都本線 高槻市 14:36~14:44 徒歩 高槻 14:45~14:57 京都 JR東海道本線新快速 京都 15:10~17:46 高岡 JR特急サンダーバード27号前日の博多~太宰府間は結構しっかり調べ上げていたのに対して、この日の乗り換えは検索結果そのまんまで予定を組んでいた。しかも、エキスポランドを出た時間が早めだったので、(ハプニングがあったにも拘らず)後は帰るだけでもあるし、気楽なものだった。・・万博記念公園駅から、間違えて別方面行きの電車に乗ってしまって、また引き返してきたときも。結局予定通り14:12万博記念公園駅発の電車に乗る事になっただけだった。大丈夫大丈夫。大丈夫・・・?電車に乗って、次の乗換えを確認した時、私は初めて次の乗換駅で3分しか時間がないことに気が付いた。3分といえば、向かいのホームの電車に乗換え、せいぜいで陸橋に上がって隣のホームの電車に乗換え、が限度ではないだろうか。でも今回はモノレールから私鉄線への乗換え。もし仮に何の躊躇もなく最短距離で突っ走ったとしても、一旦改札を出て駅から駅へ移動して切符を買いなおして改札を通ってホームに出て電車に乗るのは無理ではないだろうか。・・無理だった。今回気が付いた乗換え検索の盲点・接続時間が短い場合、事実上は不可能な 乗換えもある・乗換えの情報は何駅から何駅まで、と行先の 駅名は分かるけど、実際ホームに立つと 終着駅またはどこ方面かしか案内が書いてないので、 どのホームからどの電車に乗ればいいのかが よくわからない富山と違って電車の本数が多いので、もしかしたら予定のサンダーバードに乗れるかもしれない、と途中の阪急高槻市からJR高槻駅までもしーちゃん共々街中をダッシュしたけど、京都に着いたのが15:09、サンダーバードの乗り場はどこ???と言ってる間に15:10発のサンダーバードは私たちを置いて行ってしまっていた・・・。京都駅は音響の悪い駅構内でなにやらガンガンにロックバンドの演奏中で、うるさいなんてものじゃなく、こんなところで1時間足止めを食うくらいならもっとエキスポでのんびりしたのに・・!と、悔しさで頭が煮えくり返りそうだった。電車に乗れなくて泣いている私の横で、やっぱりしーちゃんは困っていた。どっちが子どもなんだか。・・自分でも、どうして電車に乗り遅れたくらいでそんなに悔しくなってしまうのか、よく分からない。 ★ ☆ ★ ☆ ★そんなこんなではあったけど、5泊6日、楽しい旅行だった。帰ってきた後、しーちゃんと約束の朝顔セットを買いに行き、うちに帰ってくると、机の上に大きな包みがあった。旅行中にお誕生日を迎えるしーちゃん、ずっと誕生日プレゼントがちゃんともらえるのか気にしていた。プレゼント、プレゼントと言われるのは嫌だったけど、クリスマスが終わった頃から期待していたんだから仕方がないかもしれない。“魔法で出しておいてあげるよ”と言っておいた。(出掛けに机の上に置いただけなんだけど)流石に魔法なんて信じなくなったしーちゃんは、机の上の包みを見て、どうしたが?ホテルで寝てる間にこっそり戻ってきて置いたがいろ、と言っていた。今ではもう来年のプレゼントを考え始めているけど・・。
2004年05月05日
5/4相変わらずお天気がすっきりしない。今回の旅行はお天気にはめぐまれなかったけど、計画が台無しになる程の雨は・・・一日しかなかったので、まあよしとしよう。電車での移動計画を立てるとき、私はもっぱらyahoo!路線情報というサイトを使わせてもらっている。出発駅と到着駅と日時を指定して、時間を少しずつずらしながら何回か検索し、良さそうな乗り換えを選ぶ。乗る電車がJRばかりの場合は特に問題ないのだけど、別の鉄道会社の電車に乗る場合、駅から駅まで少し歩く事になる。そしてその距離によるのかどういう基準なのか、地図で見ると“この駅で乗り換えれば良さそうなのに”と思う駅での乗換えが、検索できない事がある。博多駅から太宰府駅まで行く時がそうだった。途中まで、JR線と私鉄線が平行しているのに、ぐるっと遠回りしたような別の駅での乗換えが検索結果に出てくる。それでも別に行けない事はないのだけど、今回は自分で手作業で乗り換えの時刻を調べた。そんな訳で、普段よりも少し緊張して電車に乗る。もしかしたら地図上は近く見えるけど、実際はめちゃめちゃ遠かったりしたらどうしよう、と、予定より少し早めに出発。途中で傘を買ったりしたので、太宰府駅に着いたのは予定通りの時間だった。太宰府天満宮では無料のガイドサービスを予約しておいた。講習を受けた人がボランティアでガイドをしてくれるらしい。衣装なのだろう、申し訳程度に、ちゃんちゃんこ風の布を洋服の上から羽織って現れたおじいちゃんは、わりとどこにでもいそうな、ちょっと話のくどい感じの、ちょっと家族に煙たがられてそうな、でも優しい、そんな感じの人だった。30分コースを希望なんですね、でも30分ではなかなか何も説明できないので、もう少し時間がかかると思いますよ、そう言ってガイドツアーが始まった。私としては、昔習ったであろう、でもすっかり忘れてしまった菅原道真公の話、多分昔習ったであろう子どもの頃には理解できなかった、太古の宮廷での駆け引き、陰謀、哀しみ、そういった話を交えての建築物や彫像や楠や梅の説明はすごく面白かった。ただ行って、散策して、お参りするだけよりずっと良かったと思う・・のだけど、しーちゃんには退屈だったみたいで、おじいちゃんが説明している間ずっと、砂利をけったり傘で地面に線を引いたりしていた。でも撫でると頭の良くなる牛、は、説明を聞いた後せっせと撫でていた。GWイベントの、キッズカーニバルの舞台を少し見て、さて午後からは、ママのお楽しみ。ビール工場の見学。博多から太宰府へ向かったのと同じルートを逆走、博多の1つ手前、竹下駅で下車。工場は結構大勢の家族連れでにぎわっていた。多分お父さんのリクエストなのだろう。20人くらいが1つのグループとなって、お姉さんにガイドしてもらいながら、まずは工場見学。そしていよいよ試飲・タイム。ワールドビアフェスタ開催中ということで、世界6カ国のビールが30分飲み放題だった。まずは順に並び、アサヒスーパードライのジョッキを受け取る。受付の時に貰った番号と、同じ番号のついた座席に座って、ではどうぞ。子どもは、何種類かの缶ジュースの中から1本選んで。その後のおかわりは、グラスで渡された。テーブルにはかっぱ海老せんの小袋。ん~幸せ。別に悪酔いする人もいず、皆楽しそうにわいわいと飲んでいた。残念ながら30分で飲める量には限りがあり、私は6種類のうちの4種類しか飲めなかったけど、なかでベルギーの、ベル・ビュークリークというチェリー風味のビールがすごいおいしかった。4種類目のチンタオビールは瓶とグラスを渡されて、グラスを傾けている最中から隣のおばあちゃんと雑談が始まった。おばあちゃんは年に一度くらい来るらしかった。しーちゃんの隣には、3歳になるという、おばあちゃんのお孫さんが座っていた。子どもにはビールの作り方クイズ付きのオリジナルメモ帳、大人には缶チューハイのお土産まで付いて、これで無料は絶対おトク!(でも新幹線に乗る前に、買ったばっかりの傘を なくしてしまった・・)しーちゃんのこの日のお楽しみは、この後大阪でさっちゃんに会う事。さっちゃんに会うの何日だったっけ?と、何度も訊いていた。私たちは楽しい気分で、九州をあとにすべく、新幹線に乗り込んだ・・・が、のぞみに乗らなくちゃいけなかったのに、思いっきりこだまに乗ってしまっていた。こだまは既に動き始めていたが、何とか次の小倉駅で乗り換えることができた。
2004年05月04日
5/3旅行の計画を立てる中で、私はこの日の、海の中道海浜公園を、知名度こそ低いけど一番といっていいくらい楽しみにしていた。何よりも、広い敷地に続く幾種類ものお花畑(それぞれに、おもちゃ箱花壇、虹の花壇、光の城、花色万華鏡、など綺麗な名前がつけてある)、ファミリーコンサート等の楽しいイベント、ふれあい動物園に遊園地。一日めいっぱい遊ぶつもりで、鷹島を出るのに朝一のフェリーを使う予定を組んだ。そして、その朝一のフェリーの時間にはまだ島内バスが運行していなかったので、前日のうちにタクシーを予約しておいた。(島内でタクシー業は1軒だけ、個人経営ですと事前に 案内を受けていたので、そんな早朝に予約するのは 少し気が引けたけど)予約しておいた6時を2,3分過ぎた頃タクシーがモンゴル村受付前にやって来た。そう言えば、ハム太郎のガチャガチャなのだけど、昨日夕食を食べて100円玉ができたところで売店に戻ってみると既に閉店していて、今朝ももちろん開店前だったので、結局買えず仕舞いだった。 ありゃ~残念。しーちゃん泣く? 泣かんわい!としーちゃん。来る時にフェリーを降りた殿ノ浦港とは違う、日比港からフェリーに乗る。日比港と殿ノ浦港はそっくりだったので、念のためタクシーの運転手さんに、ここ日比港ですよね、と確認した。日比港から約10分で、星賀港へ。この頃はお天気が落ち着いていて、バスを待つ間、静かに朝日を受ける港の景色を楽しむ事ができた。バスに小一時間揺られて、唐津駅へ。そこから電車を乗り継ぎ、予定通り10:03に、海ノ中道駅に着いた。しとしと降りの雨に、どこかで傘が買えるところはありますか?と、公園の入場口で尋ねたところ、貸し出ししていますので帰りにまた返してください、と海の中道海浜公園の名前の入った傘を1本貸して下さった。さすが国立公園だなあ。さて、園内。思ったよりかなり広いらしく、とりあえず道と木と草しか見えない。そして私は自分が方向音痴であることを思い出す。はぁ・・・。ここには一応案内図や矢印の道標がところどころにあったけど、これもありがちなのだけど、・矢印が分かれ道毎に必ずあるわけではない・矢印が最後まで道案内してくれていないで結局ここでも“迷いまくり”だった。とりあえず、コンクールの作品らしいミニチュア・ガーデンが並ぶのを眺めながら、フラワークイズラリーをやっているらしいフラワーミュージアムを目指した。途中、どんどん雨脚が強くなってくる。傘、もう1本借りればよかったな・・。雨宿りをしたり、コロッケを買ったり、道を訊いたりしながらようやく会場に辿り着いた。フラワーミュージアムという名前の一連の花壇(その中に、光の城とか風の丘とか、テーマに沿って花壇をメインに景観がつくられている)をぐるっと一周したけど、どこにもクイズがなかった。おかしいねえ、と、クイズラリーの解答用紙をよく見ると、クイズも既に用紙に書いてあった・・。 でも綺麗なお花たくさん見れてよかったね。 うん。足がきもいケド。近くの休憩所みたいな建物を覗くと、雨のため屋内に場所を変更したファミリーコンサートが、たった今終わったところらしかった・・・。歌のお兄さん・お姉さんと記念撮影しましょう~と言っていたので、写真だけでも、と一応撮ったけど、出来上がった写真は、一瞬“誰これ?”って感じだった。“ああ、終わってたファミリーコンサートの、写真だけ 撮ったやつね”って。ダメ押し。しーちゃんは歩くとぐちょっ、ぐちょっと音のするまでになった靴をしきりに気持ち悪がる。そりゃ気持ち悪いだろう。 しーちゃん、もしかしてそんなが初めて? え、うん。そっかあ。これから毎日学校に通う間には、きっと何度も経験することだろう。気持ち悪がる子どもを見て、ちょっと懐かしい感慨に耽った。そんな訳で、もはやふれあい動物も乗馬も遊園地も、すっかりやる気をなくして早めに切り上げた。(たとえこっちがやる気でもできなかっただろうけど)初日と同じ博多駅前のホテルに一旦荷物を置いて、駅周辺をうろつく事に。折しもこの日は、博多どんたくの真っ只中。すごい人出ではあった。でも、私には、いまいちこのお祭りの本質がよくわからなかった。駅前でやっているのはのど自慢。それと、和楽器を奏でながらデパートを行進する30人ほどの集団に一度遭遇しただけだ。雨の所為か、会場が駅とは離れた所だったのか。日本一といわれるお祭りのちょうどその場にいても分からないのだから、なんだかもったいない気もしたけど仕方がない。明太子入り博多ラーメンを食べて、お土産を見繕って、ホテルに戻った。
2004年05月03日
5/2前日、ハウステンボス出口ゲートのお土産屋さんを一旦出た後、みんなにちょこちょこ配れるようなお菓子を買ってないなあと、引き返そうと思ったがそこはゲートの内と外。2度とは戻れない仕組みになっていて結局お土産買えなかったので、今日、ホテルを出た後ハウステンボス駅の売店を物色。クッキーを買った後、予定通り9:09の電車でモンゴル村へ向かった。有田。伊万里。あまりに有名な焼き物の街に、せっかく降り立ちながら電車の乗換えだけしてすぐに発つのは惜しい気がしたけど。10:31鷹島口駅。そこからフェリーの出る今福港まで、下り道を徒歩5分。と、私は準備したデータに沿って港を目指す。海のすぐ傍まで山が迫った地形で、駅からしばらく急な階段が続く。こんな道でいいのかなあ?と思うような、軒と軒の間の細い通りを下る。小さな公園で地元の子どもが、別の子を呼ぶ声が聞こえる。そこは観光用に作られたのではない、生活の匂いのする海辺の町。途中立ち寄ったスーパーには、“当店では当面の間、消費税は外税のままとします”という張り紙がしてある。いいなあ。観光地をハシゴする旅も楽しいけれど、ほんとはこんな町でのんびりしたいな、と思う。結局道が分からなくて、そのスーパーと、何屋さんかよく分からないお店で道を訊き訊き、教えられた道を行くと建物と建物の間に港とフェリーが見えた。フェリーで鷹島の殿ノ浦港へ。そこからバスで、いよいよモンゴル村へ。(ちなみにフェリーの時刻表は、10:55今福発、 11:30殿ノ浦着。 バスは11:25殿ノ浦発、11:45モンゴル村着。“接続時間にズレがありますが、フェリーのほうは 時刻表より若干早く港につくようで、もしかしたら うまく接続できるかもしれませんが、保証の程では ありません” というHP上のコメントを楽観的に解釈して計画を 立てたので、フェリーを降りた後、バスが待っているのを 確認した時はホッとした)続きは、書くかもしれないし、書かないかもしれません。書かないとタイトル詐欺ですね。 (5/11) ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■続き(5/13)貸切バス(?)がモンゴル村ですと降ろしてくれた所で、正面の建物に入った。受付に女性が二人。まったく観光地ずれしてない・・というのか、もしかしたら今日が初勤務?もしかしたら今日だけ借り出されたの?って感じの応対だった(多分、ハウステンボスのプロフェッショナルなスタッフに馴染んだ後だったので余計そう感じたのかもしれない)「予約しておいた□□と言いますが」「あ、はい。ではこちらに記入してください・・ 宿泊は3時からになりますので、その頃また こちらに鍵を取りに来て下さい」「はい」「あの、お昼ご飯を食べられるような所はありますか?」「あ、はい、園内にレストランが2ヶ所あります」「あ、そうですか・・・(出入り口が2つある)あの、 どっちが園内ですか?」「あっちです」「こっちは何ですか?}「そっちは売店です」・・軽くでいいから説明してよ。事前に寄せ集めた情報の中に、民族衣装を着て記念写真が撮れる、というのがあった。見るとその受付の建物の一角に、民族衣装らしきものが何着か掛けてある。張り紙に“着回しはしないで下さい”とだけある。「これって借りられるんですか?」「あっはい」「・・借りたら、ここで着て、写真を撮ればいいんですか?}「ええ、はい」「有料・・ですよね?」「はい。200円です」「子供用のってありますか?」「ああ・・えーと、これが一番小さいですね」(・・って、それ男物じゃあ・・)「あの、女の子用のは・・」「そうなんですよねえ」・・って。裾をつまみ上げれば大きいのも着れるかもしれませんね、とか言われたけど、そんな写真を撮るのに200円払うのも何だかどうでもよくなってやめにした。ついでに隣の売店の建物に入ってみた。オリジナルグッズを探してみたら、“モンゴル村たこけずり”(だったかな)というのがあった。なんじゃこりゃ~とすごい興味をそそられたけど、一見かつお節に見えるそれを、何に使うんだろう?やっぱりダシをとるのかなあ。530円(だったかな)も出して買ってもそんなにおいしそうにも思えなかったので、それもやめにした。その頃しーちゃんは、がちゃがちゃを見つけてチェックしていた。しーちゃんは、あわ良くば何か買ってもらおうと思って、こんなのがあるよ、こんなのもあるよ、と私に報告に来る(でもたいてい却下される)今回は、かぶり物ハム太郎シリーズ100円、というのが私も気に入って、買ってもいいよ、という事になった。(さっきから何にも買ってないし)ところがちょうど100円玉を切らしていて、いいや、後でまた来るし。その時にね、という事になった。再び受付の建物を通り抜けて、やっとモンゴル村へ。緑広がる草原に点在するゲル。その向こうには、いくつかの島影を浮かべた海。私が、ずっと憧れていた、モンゴル村。今日はここで、一日のんびりする予定。レストランの食事はとてもおいしかった。特にお子様ランチがおいしかった。お子様ランチというのは、 かわいい事。 おまけが付いている事。 待たせると子どもがぐずるからさっと出てくる事。などが優先されて味は二の次、ということが多く、これ全部一緒くたにチンして解凍したんじゃないの?なんて思う事もあるけど、その分おいしいとちょっと感動する。ここのは、まずチャーハンが、チンしたケチャップライスではなく、大人が食べても十分おいしいチャーハンにモンゴル村のシンボルマークの旗がついていた。あとチューリップ。外はこんがり艶やかにローストされて、中はやわらかく、しっかり味がしみている。あとしーちゃんの好きなとうもろこし。あとは忘れたけど。私は、ちゃんぽんと、手羽ぎょうざと、ビール。ビール、おかわりしようと思ったんだけど、店員さんがとても忙しそうで声をかけられなかったので諦めた。お腹がいっぱいになって、いい気分になったところで、草原で遊ぶ。馬マークの複合型遊具。その向こうの柵の中に、ヤギと馬が飼われていた。ヤギたちはお腹がすいているらしく、喜んで草をやる子供達の手から、喜んで草を食べていた。乗馬も出来る、とどこかに書いてあったような気がして、ソリを借りに行ったついでに受付で聞いてみたら、馬が年老いたため現在はやってないんですよ、とのことだった。グラススキー(というかソリ)はとっても気持ちが良かった。雨のせいか板のせいかすべりは悪かったけど、長い芝のスロープを滑り降りるのが楽しくて、何度も滑った。その度に長い階段を登る事になるので、結構バテた。本腰入れてのんびりするのは、結構疲れるものなんだ。でもそれは、心地良い疲れ。しーちゃんは上着を枕に、草原にあお向けに寝転んでいた。3時に鍵を取りに行って、一旦部屋に入った後すぐに温泉に入りに行った。水着1人300円はちょっと高い気もしたけど、時間もたっぷりだし借りてみることにした。袖のないジャージのような、ヘンな水着だった。水着浴コーナーからの海の眺めはとても素晴らしかったけど、そのことに気付いたのは、水着を返して裸で入るコーナーに移動してからだった(あっ、こっちからは海あんまり見えないじゃん)温泉の後、同じ建物にある焼肉レストランで早めの夕食をとった(お昼のレストランで、メニューを見ながら、夜はふぐ刺定食にしよっか、と決めていたのだけど、あっさり焼肉に負けてしまった)&ビール。食べている間、雨の音が激しかったように思ったけど、外に出た時には小止み状態だった。雨は降ったり止んだりしながらも、次第に激しさを増しているようだった。(5/15)モンゴル村は、鷹島という縦長の島の北端に位置する。なだらかな勾配になっている草原の一番小高い所に登っていくと、三方に海を望む事ができた。夕陽は既に厚い雲の向こうに沈み、西の雲の縁に最後の白っぽい光を残して、海には夜の帷が降りようとしていた。私は今、どのくらい日常から遠いところにいるんだろう・・私はもうしばらく海を眺めていたかったし、しーちゃんはもう一度馬に草をあげたかったのだけど、風に混じる雨が強くなってきたので、食後の散歩を切り上げてゲルに戻ることにした。ゲルの内装は、ベッドやテーブルに極彩色の装飾を施してあり異国情緒溢れるものではあったけど、何ていうか、写真で見た通り、といった印象で思ったほどの感動はなかった。ただ、風雨が入ってきたり、もちろん浸水したりという事も全くなく、その心配さえ感じさせないしっかりした造りではあったけど、ゲルの外側を覆っているテント生地は、傘の下にいる時のように如実に雨風の音を伝えてきて、その“自然の中にいる”という感じがとても素敵だった。テントは傘よりも大きく部屋全体を覆っている分、部屋全体がすっぽりと、草原を吹き荒れる嵐の音に包まれた。何もない草原、が売りのここでは、雨が降ると本当にもう何もする事がない。ゲル内にはトイレがないので、小降りの時を見計らってトイレを済ませて、私もしーちゃんと一緒に8時過ぎにはベッドに入った。明日の朝も早いことだし。明朝は、6:20発のフェリーに合わせて6時に出発の予定だ。早く起きなくてはいけない時の常として眠りが浅い所に持ってきて、テントの上をザンザンと畝るように斜めに走る雨の音と、バタバタと風を孕む音で、夜中に何度も時計を見た。眠れなくても翌日仕事という訳ではないし、“ゆうべは殆ど眠れなかった”なんて言う人に限って結構イビキなんかかいて眠っているものだし、何といっても眠り始めが早過ぎだったので、眠れない事自体は別に気にならなかったのだけど、あまりの荒れように、フェリーが出ないのでは、と何となく重たい気分で一晩を過ごした。
2004年05月02日
4/30 17:25高岡駅出発。23:35博多着。途中新大阪まで、偶然お友達のちーちゃんと同じ電車だった。向こうは家族連れで指定席、私たちは自由席だったので電車の中では別々だったのだけど、高岡で一旦別れて新大阪でもう一度バイバイができて、ちょっと嬉しい感じだった。乗換え検索の結果、当日中にハウステンボスまで辿り着くのは無理だったので、この日は博多泊。時間が時間なのでしーちゃんを駅からホテルまで5泊分の荷物と共に抱っこする覚悟だったけど、しーちゃんが博多駅でちゃんと目を覚まして1人で歩いてくれたので助かった。目を覚ましたついでにコンビニで夜食を買って元気に食べて、それからまたすっと眠った。いい子だなあ。5/1 お誕生日おめでとう!しーちゃん。ハウステンボスに向かう特急の車内販売で、でんしゃいろえんぴつというのを売っていた。ちょっと興味が湧いて呼び止めてしまったら、やっぱりそのまま買う事になった。(やっぱりいいです、と言えない車内販売。これから長旅なのに・・)でんしゃいろえんぴつは18色の色鉛筆にそれぞれ九州を走る電車をデザインしてあり、鉛筆削りと消しゴムもついてなかなか立派だった。そのあと九州にいる間中各駅・お土産屋さんいたる所で見かけた。売り出し中なのだろう。いよいよハウステンボス。ハウステンボス駅からハウステンボスに向かう道すがら、またまたお土産を買ってしまった。アニ―おばさんのチーズケーキ。最後になって時間に追われるやら人込みにうんざりするやらで何もお土産を買えなかった、と言う事もよくあるので早めに買っておこうと思ったのもあるのだけど、このチーズケーキ、あとでホテルに戻ってよく見ると要冷蔵になっていたので、翌日しーちゃんと二人の朝ご飯となってしまった。なんだかなあ・・。この道端のチーズケーキやさんの出店、足を止めると3種類のチーズケーキを試食させてくれてラッキー、と思ったのだけど、この後ハウステンボス内に入るとびっくりするくらいチーズケーキの試食のオン・パレードだった。最初からそのつもりで試食めぐりをすれば、食事をとらなくても十分お腹が満たせそう。(せっかくハウステンボスまで行ってそんな人もいないかもしれないけど、リピーターならきっとそれで十分)ソーセージやなんかの試食も出ていた。その試食の多さは、パックツアーなんかに申し込むと否応なく寄らされる大型土産物店を思わせ、ハウステンボス自体が巨大なお土産屋さん集団のように感じられなくもなかった。その一方で、ここはそういった商売目的で作られたのではない、テーマパークですらない、1つの街なんです、といった風な美意識も強く感じられた。多分その一環なのだろう、非常に困ったのは街角にまったく案内図がないことだった。かつ、これは改善の余地ありだと思うのだけど、入村?の際に渡された地図がものすごく見にくかった。見にくい地図というのはどういうのかというと、・地図上の番号がきちんと並んでなくて急に飛んだりしている・番号の説明も番号順でない(地区ごとに分けられている)だから例えば、説明上のある博物館4に行きたいと思っても、それが地図上のどこにあるのか見つからない。地図上の、この5ってなんだろうと思っても、説明を探すのにすごく時間がかかる。そして今現在その地図のどこにいるのか分からない。最初のうちは地図なんて気にしないで目に付いた所から入ってみたり写真に撮ったり楽しんでいたのだけど、気付いたら同じ所を歩いていたり、やっと着いた博物館(パレス・ハウステンボス)は5時までで終わりましたよ、なんて言われたり、地図とにらめっこする時間ばかり長くなって、それなのに結局わからなかったり。イライラする私の横で困っているしーちゃんがいた。もしかしたら、そうやって見残し・心残りを作ってもう一度来させようと言う魂胆かもしれない。さて、斜な見解はこの位にして。何だかんだ言ってもとても素敵な所でした。ほんとは。最初に総合案内所でしーちゃんが今日お誕生日であることを告げ、胸に付けるテディ・ベアのバッチと何枚かのクーポン券を貰う(ドリンク券・キッズファクトリープレイ券等)。このクマバッチが効果絶大で、行く先々でスタッフの方が「お誕生日?おめでとう!何歳になったの?」と声をかけてくださる。最初は照れていたしーちゃんも、だんだんとありがとうと聞こえるように返事できるようになる。よかったね、ありがとうの練習にもなったね。うん!とニコニコ嬉しそうなしーちゃん。オルゴール博物館では、その日に紹介するオルゴールをリクエストさせてもらい、手回しオルガンも少し回させてもらった。(これは結構力が要るらしく、ガイドのお姉さんが回した時みたいな陽気な音楽が流れる代わりに速くなったり遅くなったり、妙ちくりんな音を奏でて聴衆の笑いを誘っていた)4月から新生ハウステンボスとして始まったいくつかのショーも楽しみにしていたのだけど、迷いっぱなしの私はわざわざ探し当てる事を諦めていた。それでも2つほど、たまたま通りかかりに見ることが出来て、そのうちの1つでダンサーの方がしーちゃんの手を取ってダンスに誘ってくださり、上手にリードしてターンさせてくれていた。しーちゃんがどうしても入りたいというので、大航海体験館に入った。次にどこに行くか、はたいてい私が決めていたので、こういうしーちゃんのどうしても、は尊重してあげたいと思ったのだけど、結果は見事に大後悔?しーちゃんは怖がって途中ずっと私にしがみついて目をぎゅっとつぶっていた。ちょっとかわいそうになる。こんな時は自分で見たいって言ったんじゃない、とか絶対言わないようにしている。怖かったね、昔は大変だったんだね。さあ次はどこに行こう!(でもしーちゃんは今でも時々、あの船の人さあ、1人だけ着いたが?他の人は死んでしまったが?なんて話題にするので怖い映像が焼きついてしまったのかもしれない)小雨が少し気になったけど、花火は無事決行。最後にお楽しみの、クマバッチとバースデープレゼントの交換。そしてハウステンボスを後にした。ホテルローレライはハウステンボス駅の目の前にあったのだけど、やっぱり道を間違えて、降りる必要のない階段を降りて運河の河川敷に出てしまったりした。このホテルは、場内ホテルではなく隣接ホテルとしても紹介されていないけど、温泉も付いて、親子二人で1万2千円(GW中にもかかわらず)。地ビールレストランもついていて泊まるだけにはもったいないようなホテルだった。温泉の露天風呂からも、9階最上階の部屋からも、運河越しに、ハウステンボスに燈る明かりが見えている。楽しかったね。朝はホテルでバイキング・・だとよかったのだけど、前出のチーズケーキを、窓からの眺めと共に味わった。そして私たちはモンゴル村へと向かった。
2004年05月01日
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