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『東海道中膝栗毛』と富士山9月28日も足柄方面は曇り。近くの大山の頂ですら雲の中ですから、富士山は見えません。秋晴れの下での富士山を期待するのですが、日曜農夫のタイミングでは、まだそうした機会はありません。写真は9月19日、曇り空の下での富士山です。 (9月19日)小田原サービスエリアから見たものです。富士山を紹介した古典文学を拾っていますが、今回は、江戸時代の十返舎一九著『東海道中膝栗毛』の中の富士山です。弥次さん北さんの東海道の旅です。後編の〔原より吉原へ三里六丁〕に出てきます。「 ・・・、今くひし蕎麦はふじほど山もりに すこしこころもうきしまがはら 新田という宿場についた。ここはうなぎが名物で、家ごとに煽り立てる蒲焼の匂いに、二人は鼻の先をうごめかし、 蒲焼のにほいを嗅ぐもうとましや こちら二人はうなんぎのたび やがて元吉原も過ぎて、かしわ橋という所に着く。ここぞまさしく、海道一の絶景の名にそむかず、富士の山が正面に仰ぎ見られるすぐれた展望所。弥次郎はすかさず一首、 餅の名のかしは橋とて旅人の あしをさすりて休みやすらん かくて吉原の宿に着いた。」 と、紹介されています。 私も今年の四月末に、東海道線の車窓からでしたが、富士市あたりから富士山を見る機会がありました。関東や小田原当たらから見る富士山は、残念ながら丹沢や箱根山によって、すそ野の広がりがきられてしまっていて、全景が見えません。それに対して、「海道一の絶景」「正面に仰ぎ見る」と紹介されてますが、東海道中もこのあたりからみると、まさにその通りでした。富士市あたりから見ると、左右も正面も妨げるものは何もありません。見ている場所から頂上まで、ひとつづきにつながっています。そして、頂上から左右対照的にすそ野がが広がっているのが全面的に見えます。まさに絶景でした。舎一九の『膝栗毛』は長い作品なので、とても全部は読めてません。箱根山と富士山がどう描かれているか、その点しか読めていませんが、それなりの旅の実感が紹介されていて、面白く感じました。この地の特産として舎一九は、蕎麦、うなぎのかば焼き、柏餅を上げています。舎一九の面白さの一つは、グルメなんですね。各地の特産品をそれぞれの場所で紹介していきます。そこで、『膝栗毛』で、どこかの場所で紹介されているかどうかは分かりませんが、今回の真鶴行きで味わった地魚を紹介します。 (9月28日)1,トビウオ、2,イサキ、3,ハナダイ、4,アジ、5,シロダイです。地魚定食ですから、その都度とれたものによって、品目が少し変わります。新鮮なアジの刺身は定番ですが、何度食べても飽きることは決してありません。この一点だけでも、再び引き寄せる力を持っています。この地でしか、鮮度の良さは味わえません。http://www.ryokan-marunaka.co.jp食事処のホームページです。
2009年09月30日
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早生みかんが成熟しだして来ました早生みかんの木は全部で5本ありますが、その内の1本が成熟を始めました。 (9月28日)この木は、去年は裏年であまり実をつけなかった木ですが、今年は、小粒のみかんですが、たくさんつけています。同じ早生の木でも、木のコンディションにより、成熟の時に微妙な差がでます。同じ木でも、日当たりなどによって枝にも微妙な差がでます。もしも一律に成熟するとしたら、一時に成熟したら、収獲は大変なことになります。この差があることで、熟したものから少しずつ収穫していくことになります。今回、9月28日には、ついに味見をしてみました。一番色づきの良い木の、もっとも黄色く色づいた枝から、一番熟していると思われる一個を味見してみました。 (9月28日)味は合格です。最も進んだところでは甘くなり、しっかりした味になりだしています。フレッシュで、甘くジューシーです。このくらいになれば人前に出しても、十分に通用します。しかし、この時点では、ひと枝から一個、二個の収穫は可能ですが、面として収穫するのには、まだ早過ぎます。もう少し我慢して、成熟が進むのを待ちます。同時に、フツウウンシュウミカンの方も見てみました。こちらは、まだ多くの果実が濃緑色で、まったく問題になりません。まだまだ先です。しかし、これもまた、日当たりなどの差により、木や枝によって差が出てきます。中には濃緑色が薄くなり始めた感じのする木が出てきました。変化が始まりだしています。 (9月28日)このフツウウンシュウの木は、太陽の光がよく当たる位置にあります。やはりこの木も、去年は裏年で、あまり果実をつけなかった木です。今年は、小粒の果実ですが、数はたくさんつけています。フツウウンシュウの木も一律ではなく、木々によって、また同じ木でも日当たりなどの枝の位置によって、差が出てきます。一般的にフツウウンシュウは、収穫は遅く12月頃です。まだまだ先のことです。いよいよ収穫の時が近づきました。収獲は、一年の諸々の努力が結実する時です。10月中旬くらいには、早生の成熟の進んだ木・枝から、はじまりそうです。初めはごくごく僅かな量の収穫で始まります。少しずつ、ゆっくりと、慎重に味見をしながら始まりますが、やがては、成熟が全体に広がり、速度が急速にアップしていきます。そうなると、こっちも、あっちも、横も、前も、後ろも、・・・。猫の手も借りたいくらいの収穫作業にかわっていきます。しかし、すべてはまだまだ。もう少し先のことですが。
2009年09月29日
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今年の梅酒を試飲しました今年6月14日に仕込んだ梅酒ですが、そろそろ試飲の時期になりました。 (9月28日)まだ、まろやかさに欠けますが、立派に梅酒になっています。今は辛口の味、まだ硬い感じの味です。しかし、これはこれで、新酒の味です。来年まで置けば、さらにまろやかに熟成していきます。どの段階でも、手作りならでは美味しさで、貴重な味です。ついでに、今年の梅の作品を用意してみました。一つは梅干です。今年の6月18日につけたものです。もう一つは、梅干づくりで出来た紅酢をつかって、ミョウガをつけてものです。味は、それぞれ絶品です。季節の素材を使って、チョットした手間で、美味しく、綺麗な食材ができるのですから、昔の人は、よくあみだしたもだと感心させられます。これから、折にふれて、少しずつ楽しんでいきます。
2009年09月28日
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梅とビワを剪定しました梅もビワも生長がきわめて活発です。毎年、樹の内側がすぐに密集してくるし、枝もよく伸びるようになりました。ビワにいたっては、光を遮断してしまうくらいです。梅の剪定は、以前に紹介しました。 (8月25日)梅の苗木を植える時に、同時に金柑の苗木を隣に植えたのですが、それから5年がたちました。金柑に比べて、梅の木の生長の方が活発で、金柑は、梅の木陰に、みかんの木との隙間に押しやられてしまっています。梅の木を、金柑との両立させるためにと、切り戻し剪定しました。ビワの木も生長が著しい。もともと親木の実が落ちて、そこから若木が出てきたのを移植したものです。他の木々に比べてビワは格段に生育が活発で、すでに人の背丈を追い越しました。樹冠の中の枝葉が密集してしまって、それにより光を遮断してしまいます。実をつける時期ですから、本来この時期は剪定の時ではないと思いますが、後方の木に陽を当てるためには、剪定せざるをえません。 (9月21日)コンパクトになるように、また混み合いをなくすように、かなり乱暴な剪定でした。払った枝葉はかなりの量です。去年からそれが繰り返されるようになりました。おかげで、光も遮断されることなく、通るようになりました。梅もビワも、あまり気を遣わずに剪定できます。ドンドン枝を払えます。枝を切ってもすぐに復活して来ます。ミカンや柿の剪定となるとそうはいきません。剪定の時期も、箇所も慎重になります。果実のつき方に関係しますから。以前、みかんの木をコンパクトにしようとして、同じように切り戻し、間引き剪定をしてしまっことがあります。その結果、みかんの収穫量が普通に回復するのに3年もかかってしまいました。翌年に実をつけるはずの枝を切ってしまったためでした。梅とビワの木については、樹形を楽しめさえすれば十分でもありますから、ほとんど気遣いなく、コンパクトに維持できるように剪定しています。
2009年09月27日
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柿の季節です梅と柿の木というのは、日本全国どこでもみられるとおもいます。ふるくから全国津々浦々に植え広がっています。当方、神奈川県西部のみかん畑でも、周りの畦畔や土手に柿の木があります。 (9月21日)ミカン畑が傾斜地にありますから、その土手の崩落を防ぐ目的もあると思います。本命は柿の実を楽しむことですが。秋はくだもののシーズンですが、ブドウ、りんご、ミカン、カキ、・・・。今、八百屋さんの店先には、沢山の種類が並びだしています。実りの秋の到来です。当方では、今、みかんより一足先に、柿の実が成熟しはじめています。 (9月15日)この実は色づくのはこれからですが。しっかりした柿は、緑色に大きく肥大して、見ごたえがあります。偶然ですが、ひと枝にあまりたくさん実をつけない方が、しっかりした実になります。この枝は、自然自身の作用にる摘果が行われました。中にはそろそろ色づく実も出はじめています。 (9月15日)この実は順調に成熟しつつあるようです。加害によって一足早く熟す実もでてきます。ヘタにヘタムシガが加害して、本来の成熟ではない色づきの実も出てきます。いろいろ病害虫の影響があっても、すでに収穫が近いので薬剤は使えません。自然の病害虫に対する抵抗力に期待するしかありません。自然は良くしたもので、それに耐えたものがしっかりした美味しい果実になります。これらの柿の種類が何かは、わかりません。甘柿の種類なことは確かです。この柿の実の成熟は、経験則からして、早生ミカンとだいたい同じ時期です。10月中旬から11月中旬といった当たりでしょうか。今はまだ静かですが、やがて柿の実が熟すようになるとヒヨドリがやってきます。「キーッ、キーッ」とにぎやかに饗宴をはじめます。メジロもやってきて、チョコチョコと枝を飛び交うようになります。鳥たちが柿の実が成熟したことを知らせてくれるわけです。それらが見れるようになるまで、もうあと少しです。
2009年09月26日
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バジルと枝豆夏季の野菜の露地栽培は、むずかしいようです。どうしても強い日差しの下、水不足をきたしがちになります。小松菜とホウレンソウについては、発芽・生育が出来なくて断念しました。バジルはどうか。初めてでしたが、7月26日に一株植えてみました。露地栽培ですから、乾燥に注意して、刈り草を周りに敷くようにしました。なんとか生育してくれました。 (9月5日)若葉の色が濃くて、硬そうな感じがしますが・・・、香りはさすがです。これまでに2回ばかり小枝ごと葉を摘みました。まずまずの出来といったところでしょうか。枝豆はどうか。7月4日に、やはり初めてでしたが、種まきをしました。やはり乾燥しないように刈り草を敷きました。 (9月19日)こちらは、思ったほど大きく生育できません。背丈はせいぜい15センチ位しか伸びません。全体がこじんまりしている分、鞘のつく数も限られます。一株で、よくてせいぜい4つか5つ位の鞘をつけれたくらいです。サヤのふくらみも、もう一つ足りません。これでは観賞用には良いかもしれませんが、枝豆を食べるのには、あまりにサヤが少なすぎます。7月に八百屋さんの店頭に枝豆が並んでいました。そのころに収穫できるように種まきすべきで、7月になってから種まきしたのでは遅すぎる。水不足で、茎や葉が十分な大きさに生育できない。最初の枝豆は、失敗の経験でした。
2009年09月25日
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ミカンの皮が風邪に効くそうです漢方では、みかんの皮を干したものを陳皮(チンピ)といって、風邪薬として使っているそうです。9月23日、たまたま漢方の本を見る機会がありました。『中国漢方がよくわかる本』(路 京華著 河出書房新社 2001年刊行)です。読売新聞に連載されたコラムをまとめたものと後書にありました。ほとんどが聞いたことのない漢方の薬ですが、確かに「陳皮」が出てきます。「陳皮」 P22 「痰(タン)をのぞき、咳(セキ)を鎮める作用をつよめる陳皮」とあります。いろいろな生薬を組み合わせて使っているようです。PCで「陳皮」を検索してみました。そこでは、完熟したみかんの皮を陰干しにして乾燥させ、1年を経過したものを生薬では陳皮という。風邪の妙薬として、のどの痛み、咳などに効く。使い方は、陳皮5グラムを熱湯に入れて10分ほどおく、飲みやすいように砂糖か蜂蜜を加えて熱いうちにのむ。ほかにも、柑橘類の皮は、特にレモンの皮は、血圧降下の作用が認められる、とありました。こうしてみると、確かにみかんの皮が薬として使われているようです。中身を食べて、皮はポイポイ捨てていただけでしたが。痰と咳にきく風邪薬になるというのです。認識を新たにしました。紹介した本には、梅の話もでていました。P150 「夏の中国では梅を好んで食べる。梅の効果は、第一に、酸っぱいものは唾液の分泌をうながし、体液を生みだす作用がある。第二に、汗腺を引き締めて、汗のかき過ぎを抑えてくれる。第三に、梅の持つ抗菌・抗アレルギー作用は、食あたりのよぼうにもなる。生薬としては、梅の未熟果実を黒焼き(蒸し焼き)にした烏梅(ウバイ)がよくつかわれる。中国では、烏梅と「山ザ子」(?)に氷砂糖を加えたドリンク「酸梅湯」(サンメイタン)がよく飲まれる、と紹介されています。この点では、漢方というのは、日頃の経験していることと重なる部分がありそうです。
2009年09月24日
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みかんが色づきはじめています今日は彼岸の中日、ますます秋も深まりつつあり、昼間と朝晩の温度に差を感じるようになっています。それは、みかんが色づきだす条件がすすんでいることでもあります。9月19日のウンシュウミカンです。早生の種類から黄緑色にかわりはじめています。 (9月19日)八百屋さんの店頭にあるミカンくらいの色にはなってきました。しかし、店頭に並ぶ種類は「極早生」か、九州・四国などの南の産地の「早生」です。果皮の色は似ていても、甘さの点ではすこし違うはずです。気温の高い地方の方が、早く甘さがすすみます。それに対して、当方の栽培地は、神奈川県西部の真鶴。みかんの産地としては北限に当たります。色は似ていても、甘くなるには時間的に少し遅れます。以前にこの点を知らなくて、酸っぱいみかんを提供した失敗があります。もちろん、中には個々に、はやく成熟し食べれるものもありますが、平均的にはそうしたところです。他方、フツウウンシュウミカンの方は、相変わらず濃緑色です。こちらは、じっくりと時間をかけて変わりだします。早生に比べると晩生です。 (9月19日)こちらはまだまだ。12月の収獲を念頭において、じっくりと変わっていきます。『旬の目きき帳』(環 史彦著)を9月20日に紹介しましたが、そこで紹介されているみかんの早生種と普通種のちがいが、納得できます。今回、一つ問題がありました。晩生の「はるみ」の幼木についてです。 (9月19日)全体的に葉の色が黄緑色になっています。果実をたくさんつけていて、かなり果実が割れていました。まだ5年生の小木で、摘果はしていません。どうやら果実をつけすぎて、肥料切れをきたしたようです。木に負担がかかりすぎているようです。それで、割れた果実をおとすようにしました。下に落ちている実がそれです。そして、この木だけではありませんが、晩柑の小木全体に、追肥をおこなっておきました。ベテランだと、そうなる前に摘実作業を行っていると思いますが。当方は、摘果は、やむを得ない場合以外はおこなってません。
2009年09月23日
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声の主は、コオロギが中心でした彼岸のこの時期、秋の夜長を虫たちが鳴いてます。住んでいる団地の周りでも、夜は大変にぎやかです。この盛んに鳴いている虫たちですが、その鳴き声の何の虫か分からないのは、はがゆいものです。スズムシとかマツムシとか、名前は聞きくのですが、どの鳴き声が、実際にその虫か、わかりません。それで、夜、鳴き声をテープにとって、9月20日、多摩動物園の昆虫館にもちこみました。職員の方に、それを聞いてもらいました。その結果分かったことは、うちの団地で鳴いている多くはコオロギでした。コオロギにもいろいろ種類があって、オカメコオロギか、ツヅレサセコオロギとか、いろいろな違いがあるようです。鳴き方が微妙に違っているので、私は別の固有種かとおもっていたのですが。違ってました。その多くがコオロギ類の仲間ということは間違いないようです。それらが団地のまわりで鳴いている主要な虫でした。その他にも特徴的な鳴き声の虫がいます。コオロギの鳴き声の背後で、『リ---』と、一定に鳴き続けている虫がいるのですが、それはアオマツムシとのことです。それは樹木のまわりにいて、外来種とのことです。このコオロギが中心になって、アオマツムシをバックの声にして、秋の夜長を二重奏をしていることまでは、わかりました。まだ、他にも別の種類の虫がいろいろ鳴いていると思うのですが、今のところ、まだ特定なものとしては、聞き分けれていません。虫の声を聞き分けるのは、少し間をおくと鳴き声が直ぐに混乱してしまい、固定できなくなる。そうそう簡単なことではありません。
2009年09月22日
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お茶の木の剪定をしましたみかん畑の一辺にはお茶の木が植えられています。傾斜地にあるみかん畑、その土手が崩れるのを守ってくれています。お茶の木の剪定は、7月19日についで、二度目です。 (9月21日)7月19日以後にも茶葉は伸びていました。これまではみかんの栽培にかかりっきりで、お茶の木はまったくの視野の外、放ったらかしだったのですが。ところが今年は、5月初旬の「八十八夜」に、初めて茶摘みをしました。それは、ちょうどみかんの花の満開のころでした。まったくの初体験の茶摘みだったのですが、ある機会があって、茶どころの静岡県藤枝にあるお茶農家で、直前の4月末に、茶摘み体験をさせてもらいました。その体験から、一気に具体的に可能になりました。そしてまた、やはり偶然の立ち話から、農協の協力を得て製茶してもらう道ができました。そうして、今年の5月にお茶が400グラムくらい出来上がりました。とにかく、初めてことですが、自家製によるお茶を味わうことが出来ました。それから約半年弱が過ぎました。今、みかんの方は、秋空の下、果実が成熟に向かい始める時期となりました。ミカンの収穫は、10月末から始まります。お茶の木はというと、今は茶摘みの反対側の季節です。9月21日には、お茶の木の整姿剪定をしました。茶摘み後の剪定についで、二度目になります。 (9月21日)剪定した後の姿です。はたしてこれで剪定になっているかどうかは、わかりません。枝を刈り込み過ぎていないか、どうか、心配はあるのですが。えぃ、ままよです。剪定ばさみを使って、ボサボサになっていた枝を刈りそろえるようにしました。これは、来年5月に新芽が出る時に、比較的に若葉が生えそろって、茶摘みをしやすくするためです。 (9月21日)よくしたものです、土手には彼岸花がタイムリーに咲きだしていました。お茶の木には、夏の時期に伸びたヤブカラシも捲きついてきます。植込みの間にツユクサ、シダをはじめ雑草もはえてきています。お茶の木を維持するためには、この時期に根周りを除草しておくことも、肝心なことかと思っています。当方は、たかだか20メートルくらいの一作だけですが。それだけでも、汗ビッショリの大仕事でした。これに比べたら、静岡の山々に広がるお茶畑の手入れは、今頃は、このひと仕事だけでも大変だろうなぁと想像してしまいます。今ころ、同じことをはるかな規模でやっているのだろうなぁとそうぞうします。ながめているだけなら、お茶畑はじつに綺麗で「のどか」に見えますが、そうした状態に管理しておくための手入れ作業を考えると、広大なお茶畑を相手に、大変な労力が求められてだろうとおもいます。お店でお茶を買うだけならいたって簡単なことですが、チョコッと栽培らしきことをしただけでも、それを提供するためのお茶の木の山々の手入れ仕事は、おおくは機械化もしているでしょうが、植え込みの中の草刈りや手摘みなど、機械では出来ない作業もあるかとおもいます。良いお茶をつくることは、大変な手間のかかる作業です。
2009年09月22日
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旬-スダチと秋刀魚9月21日夕方、駅の商店街で買い物をしようとしていたら、サンマが売られていました。これを見てしまったら、仕方ありません。9月15日に収穫したスダチが、我が家の冷蔵庫にあります。やはりスダチも今が旬、誰か相手を探していました。 (9月21日)想像していた通りです。スダチは、焼いたサンマによくあいます。また、焼酎の水割りにもよし。ちらっと、見かけてしまったのが、運のつきです。秋を味わうことになりました。
2009年09月21日
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秋用にホウレンソウを種まきしましたホウレンソウを、9月15日に種まきしました。みかん畑の隙間に作った1平米弱のミニ菜園です。 (9月15日)今回は、ホウレンソウは三種類を試してみることにしました。青い種が、サカタのリードホウレンソウで、赤い種が、渡辺の交配マグワイヤーホウレンソウです。もう一つは、少しずらして9月19日にオータムホウレンソウを撒いてみました。ホウレンソウとコマツナの栽培は、昨年秋にうまく生育し、収穫できました。その成功に味をしめて、今年は年間を通して自給自足するつもりだったのですが・・・。当初はうまくいくかに見えました。第一次の3月7日の種まき分は、順調に生育して、5月3日に収穫を終えました。第二次分は4月29日に種まきでしたが、これも順調で、6月4日に収穫を終えました。問題は、5月31日に種まきした第三次分あたりから生育に変調が出てきたことです。 (6月27日)第三次分の6月27日の時点での状況です。奥のコマツナはまずまずの生育でしたが、少し小ぶりです。手前のホウレンソウは貧弱です。結局、それ以上大きくは育ちませんでした。栽培の仕方がまずかったのか・・・。さらに第四次分として、6月27日に種まきしたのですが・・・。7月12日時点での状況です。 (7月12日)何とかホウレンソウの方は発芽が出そろったのですが、コマツナは発芽自体が、ほんのまばらにしか出てきません。その後の生育はひどいものでした。ともに大きく生育できません。どんどんひ弱にとけていきます。結局、多少とでも生育した葉は育ちませんでした。間引き菜くらいの大きさにしかなれませんでした。この原因を考えてみたのですが。1、連作障害による。2、土壌の酸性化による。3、定着、間引き、土寄せ、追肥などの手当の不十分さ。4、水の不足と、夏季の日照りが強過ぎること。いろいろ考えられますが、1の可能性はありますが、比較的に連作には強いものと聞いています。2の土壌を調べましたが、まずまずの許容範囲でした。どうも4の自然条件の可能性が強い様に思われます。それで、しかたなく夏季を休耕するようにして、今回、秋らしい陽気となった9月15日に、再度種まきしてみた次第です。当初の年間を通して自給自足する計画は無理でしたが、修正して、春と秋の二シーズンに焦点を当ててみることにします。しかし、この経験から、八百屋さんの店頭に並んでいるのが、夏場の時期は、すこし小ぶりになっている気がすること、少し値段が割高なような気がすること、それらの訳がわかったように思います。年間を通して供給できるには、栽培条件をコントロールできなければならないこと。少なくとも、水不足をきたさないように、いつでも散水できることが要件のようです。日曜農夫の路地栽培では、この点は、すべて自然にゆだねてますから、夏季の栽培には、無理があることを実感しました。自然にしたがって、適当にものをつくるということです。さて、去年はこの9月の種まきは、うまく栽培出来たのですが、あれは偶然の結果で、柳の下にドジョウはいないのか。それとも、夏から秋へ、栽培条件はよくなっているのか。今回の種まき、はたしてその後の具合は、どうなるでしょうか。
2009年09月21日
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『旬の目きき帳-四季の野菜・くだもの読本』を紹介します環 史彦著。筑摩書房。この本は昭和六十一年刊行ですから、とっくに品切れになっているでしょう。しかし、この種の旬の食材を紹介した本も、図書館にはいろいろ並んでいると思います。私などはこの本を通して、旬の食材を知るようになりました。最近は、ある品物が一年中通して、お店の店頭に並んでいる食材が増えています。需要にこたえた栽培方法がとられているのだと思います。そのため食べ物の季節感がうすくなってきているようにも思います。それでも、それぞれ食材には、やはりそれぞれの旬というものがあります。みかんを栽培してみて、あらためて旬の時期ということが認識させられました。いくら温室栽培などで、生産時期をずらせたとしても、やはり、もっともフレッシュで美味しい旬の時というのはあります。ちなみに、この本で月々の旬としては、9月は、ナシ、イチジク、タマネギ、クリ、サトイモが、10月は、キノコ、アケビ、西洋ナシ、カキ、ニンジンが、11月は、ヤマイモ、カリフラワー、ハクサイ、サツマイモが、12月は、ミカン、ワサビ、ミツバ、漬け菜、セロリが紹介されています。肝心のみかんですが、この本では、みかん(ウンシュウミカン)の生産は、1960年代から急成長して、1972年には収穫量357万トンの大台に乗ったこと、その後は、生産「過剰」で下降傾向が続いたといいます。江戸時代は、紀州みかんが主流だったそうですが、80年ほど前から、品種の改良でウンシュウミカンに代わっていったそうです。ウンシュウミカンには、早生種と普通種があり、早生種は皮が薄く、日持ちはよくない。両者のきりかえは12月中旬。早生種は糖分の乗りは十分ではないが、酸が早く抜けて早い時期に食べられる。普通種は糖分が多く酸も多いため味が濃厚になる。ウンシュウミカンの栄養的価値は、アルカリ性食品であり、ビタミンC、A、カルシウム、ナトリウムなどが多く含まれている。皮を干したものは陳皮といって、漢方では咳止めや風邪薬として使われている。ミカンは年内と年明けでは相場が大きく変わることがある。年末から、1月、2月になって、急に高くなることもあるので、注意が必要だ。・・・といったことが紹介されています。私などのみかんの体験とも重なっていて、日ごろ感じていたことが確かめれることがたたあります。しっかりした内容を紹介したものになっています。自ずからミカン以外の食材の情報についても、おおいに参考にさせてもらっています。
2009年09月20日
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ジョロウグモがいました9月19日、みかんの木を見回っていたら、木と木のあいだに巣を張っているクモを見つけました。なかなかピントが合わなくて苦労しましたが、やっとおさまってくれました。ジョロウ(女郎)グモです。 (9月19日)当初、みかん栽培を始めたころは、何か作業をしようとすると、やたらクモの巣が顔に巻きついてきて、気味が悪くて、刺されはしないか怖くもあり、鳥肌が立ったものでした。くわばら、くわばら、棒をもってクモの巣を払いながら前進したものでした。最近では、まったく評価がかわっています。クモはみかんにやってくる害虫を補足し、駆除してくれています。薬剤散布を散布する労力の代わりをしてくれているわけです。人が大汗をかいてしている作業を、自然にまったく無害に果たしてくれています。最近流に言うと、「エコロジー」です。みかん栽培にとって、たいへん有意義な働きをしてくれていることを知りました。しかも、おしゃれです。黄色と黒の色の取り合わせは、ユニークな斬新な色彩感覚です。なかなかカラフルで、ファッションセンスを感じさせられます。女郎グモなんて、誰が言い出したのでしょう。一端をついています。クモというと、とかく毒グモのグロテスクなものを連想しがちですが、このクモは臆病なので、人が近ずくとさっさと逃げていってしまいます。毒の有無は知りませんが、人が刺されるなどということは、まずありません。人にはまったく無害といってよいかと思います。だから最近では、みかん畑にあるクモの巣は、なるべくなら、そのままにしておこうと思うようになっています。ミミズやテントウムシと同様に、共存関係の位置にあります。愛されるべきジョロウグモです。
2009年09月20日
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みかんに差が-早生とフツウウンシュウセミも姿を消して、すっかり秋の気配となりました。朝晩もだいぶ涼しくなり、コオロギ、スズムシ、マツムシたちがにぎやかです。みかんは、果実を肥大させつつありますが、これまでは、どの実も濃緑色の同じ色でした。9月15日段階では、その色合いに違いが出てきています。 (9月15日)フツウウンシュウの木ですが、依然として濃緑色です。果実が肥大してくると、その重さで徐々に枝がしな垂れてきています。この時期になると、朝晩と昼間の温度差がおおきくなると、早生ウンシュウとフツウウンシュウとでは、色づきの違いが見えてきます。フツウウンシュウミカンは、引き続き濃緑色です。 (9月15日)まだ色づきの気配はありません。これに対して、早生のウンシュウミカンの方には、変化が始まりだしています。 (9月15日)黄緑色や黄色に変わりだしています。成熟が始まりだしたところ、といったところでしょうか。栽培にかかわりだした最初の頃でしたが。このみかんの色の変化にすっかり喜んでしまって、この時点で収穫したことがあります。八百屋さんの店頭に、このくらいの色づきのみかんが並んでいたことにもよりました。ところが、八百屋さんのみかんは、九州四国の極早生のミカンだったのです。当方は、神奈川県西部の北限の産地ですし、ただの早生みかんでした。同じような色をしていても、肝心の甘さにおいては月とスッポンでした。みかんの種類が違うし、場所と気温の違いから成熟もちがってきます。寒い北方では、みなみの暖かい地方に比べて、同じ種類でも遅くなります。「もうすこし置いておけば甘くなるよ」とのアドバイスもあったのですが。味で確かめるのを怠って、見た目で判断したための失敗でした。今から思えば、よくぞ我慢して、食べてくれてなぁ、と恐縮するところです。まだまだ早い、はやい。我慢のときです。まだこれから成熟が始まりだすところです。私のところでは、収穫は早生でも10月下旬以降から始めます。フツウウンシュウは11月下旬からです。しっかり成熟していくのを我慢して待つこと、これが美味しいみかんを提供するために大事なことです。
2009年09月19日
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彼岸花の季節です今年も彼岸花の季節がやってきました。最初に気づいたのは、なんと東京・板橋区の中山道沿いでした。大都会の車の行きかう場所に、どういうわけかほんの数輪だけ、毎年咲きます。今年もすでに数輪が咲きだしていて、さらにつぼみが伸びています。道端の植え込みの中に、数輪の真っ赤な花が存在感をアピールしています。神奈川県西部にあるみかん畑の土手にも、毎年彼岸花の芽が出てきます。曼珠沙華〈まんじゅしゃげ〉が本名のようです。むずかしい名前です。仏教に関係してそうな名前です。「彼岸花」というくらいですから、毎年、秋分の日の9月23日の前後に開花の時期をむかえます。9月15日にみかん畑の土手の、お決まりの場所を見たところ、ありました、ありました。こちらは、まだつぼみの段階でした。東京より、こちらのが少し遅い。 (9月15日)まだ、つぼみの段階ですから、よく注意していないと見逃してしまいます。以前に草刈りをしていて見たのですが、ニラによく似た細長い深緑色の葉をもっていて、球根からはえています。ニラと違って食べると、毒があって、お腹を壊してしまうそうです。毎年きまって、彼岸の時期に咲くのは、不思議な感じがしてきます。気温の変化によるものでしょうか、それとも太陽の日照時間によるものでしょうか。季節の時計は、彼岸花においても正確にはたらいています。ことしも彼岸の時期の開花にあわせて、今つぼみをふくらませています。初めて見た時の印象は、不気味な感じで良いものではなかった彼岸花でしたが、最近では、面白い個性的な形の花に、かえって不思議さと親しみを感じてきます。彼岸の時期を知らせてくれる存在として、欠かせません。自然の時計は、今年も健在で、正確です。それから4日後、9月19日の様子です。 (9月19日)
2009年09月18日
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石橋山の古戦場神奈川県小田原の早川にその石橋山古戦場があります。真鶴を往復する時にいつも通る国道135号線、そこから山側にかけての一帯です。ここを走っていると、自ずから歴史を感じざるを得ません。 (9月15日)石橋山の戦いは、伊豆の蛭が小島に流刑されていた源頼朝が、初めて平家に反旗を上げたところです。『平家物語』卷五、「早馬」の冒頭に紹介されています。「同〈治承4年、1180年〉九月二日、相模国の住人、大庭三郎景親、福原へ早馬をもって申しけるは、『去八月十七日、伊豆国流人・右兵衛佐頼朝、しゅうと北条四郎時政をつかわして、伊豆の目代、和泉判官兼高を、やまきが館で夜討ちにうち候ひぬ。そののち土肥、土屋、岡崎をはじめとして三百余騎、石橋山に立てこもって候ところに、景親、御方に心ざしを存する者ども、一千余騎を引率して、押し寄せせめ候ほどに、兵衛佐〈頼朝〉七・八騎にうちなされ、大童にたたかひになって、土肥の椙山へにげこもり候ひぬ。・・・』とこそ申したれ。」とあります。『源平盛衰記』によると、戦いの様子がさらに詳しく、8月22日、頼朝方は300余騎、北条・佐々木を先にした、伊豆・相模二カ国のともがら。対する大場三郎景親は武蔵・相模の3000余騎。23日辰刻〈午前8時〉に押し寄せ戦が始まった。頼朝側は、谷を前に海を後ろに陣をとった。23日のたそがれ時になり、頼朝は「よもすがら〈終夜〉戦ひけるが、軍兵もはや疲れぬ。今はいかにとも叶ひがたし」として、暁方に土肥をさして落ちぞ行きける。・・・とあります。頼朝側にとっては、立てこもった300余騎が、髪もばらばらに大わらわになって一日中戦って、7,8騎までになったと、負け戦だったわけです。写真のところが、「谷を前に、海を後ろに陣を取った」ところです。石橋山をアップしてみました。今は、山の下を東海道本線がはしっています。山肌には、みかん畑が広がっています。早川・根府川は、みかんの産地です。この山の中には、佐奈田霊社という社があります。今でも戦の死者を追悼しています。以前、6月14日と6月28日のブログで紹介しました。頼朝は、追討軍に追い詰められ、山中を逃亡する。やがて命からがら小舟で房総の千葉へわたり、落ちのびていきます。それから、あまり日もたたない10月23日、2ヶ月後の富士川の合戦で、源氏と平氏の軍勢が正面からぶつかることになります。頼朝側は20万騎の力になっている。対する平家の追討軍は7万騎だったという。信じがたい力関係です。『平家物語』の「富士川」で、富士川の戦いが紹介されてますが、ほとんど刀を交えることなく、水鳥の飛び立つ音で、頼朝方が勝ってゆく。平氏の時代から、頼朝の鎌倉幕府の時代への転換点になりました。その動乱の口火となったのが石橋山の合戦でした。歴史の大きな流れがあって、逆らおうにも逆らえない時代の力をそこに感じさせられます。
2009年09月17日
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みかんの畑へ、9月15日9月15日、夏休みの最後の一日をつかって、ホウレンソウの種まきに行ってきました。天気予報では朝方に雨があるかもしれないとのこと。午前5時45分に出発。曇りです。途中の小田原から見た富士山です。 (9月15日)わずかですが雨がパラついていますが、富士山は見えている。畑行きのドライブで富士山が見えるのはめずらしい。5月以降は、多くほとんど雲の中でした。秋風を感じるようになり、空気が澄むようになったからでしょうか。大きな天気の崩れは、少なくとも数時間はないということです。今回は、みかん畑の隙間につくったミニ菜園にホウレンソウの種まきです。夏の間は、暑過ぎるのと、水不足によるものか、不作でした。秋風が吹きだしたこの季節になって、ふたたび試みました。それとにんにくの球根も、6個を植え付けしてみました。今回、みかんの木を見回ったところ、昨日紹介したように、2か所でしたが、根元から木くずがでているのをみつけました。その内の1か所で、カミキリムシの幼虫をとらえることが出来ました。みかんは、早生が濃緑色から黄緑色にかわりつつありますが、観察だけです。晩柑の小木については、はるみや清見に追肥をしておきました。この時期は、スダチが収穫できます。ウンシュウミカンに先駆けて、8月末から行ったたびにボチボチと収穫してましたが、今回は、58個とまとめて収穫し、近所の人や知人におすそわけです。柿の実も緑色ですが、大きくなってきています。一部が色づきだしていますが、順調に成熟したいるのか、ヘタ虫にやられているのか、いまのところわかりません。成熟するには、まだ少し早過ぎるとおもっていますが。土手に彼岸花がのびていました。赤い蕾をふくらませて、間もなく開花の時を迎えようとしています。名に恥じずに、この時期に咲こうとするのは、気温のためか、日照時間の関係か、自然の時計は大したものです。大きくはしっかり季節をしめしています。12時ころに作業を終えて、休日タイムに移行です。車で10分くらいですが、隣町の湯河原温泉に移動です。「ゆとろ嵯峨沢の湯」、汗を流して昼食して、おまけに昼寝ができます。 (9月15日)畑しごとだけでくるのは空しいし、温泉だけでくるには気持ちの余裕がありません。この二つが組み合わさると、目的となります。「ゆとろ」は、お湯の量が豊富です。休憩所が広くあって、そこで昼寝もできますから、最高の休息の場になります。ちなみに、入浴料は1050円です。ホームページがありました。http://www.yutoro.co.jpこの寄り道すらも、過度に働き過ぎると、立ち寄る気すらなくなります。疲れをいやすのに最適なんですが、ヘトヘトになると足が重くなります。適度な仕事と適度な慰労、この取り合わせが大事かと思っています。12月すえまでの収獲作業がおわるまで、この長旅が安全にのりこえていくためには、欠かせない条件かとおもっています。
2009年09月15日
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カミキリムシの幼虫を見つけました9月15日、夏休みの最後の一日を使って畑仕事です。午前5時45分発、休養をかねての畑仕事です。秋風も吹くようになり、みかんの生育は順調のようにみえます。今回の手入れは、晩柑と幼木に対して肥料をまきましたが、基本は見守りです。早生もフツウウンシュウも果実は順調に生育しているようです。 (9月15日)みかんの木を見回ったら、木の根元の近くで木くずを見つけました。二本の木で、木くずを見つけました。カミキリムシの幼虫が吐き出している木屑です。ノコギリで木を引いたような屑が、盛り上がっています。 (9月15日)カミキリムシの成虫は、秋風が吹きだすころには居なくなりますが、代わって出てくるのが、その幼虫で、それが吐き出す木屑です。9月の課題の一つは、木くずを目安にして、カミキリムシの幼虫の駆除です。幼虫が木の中を食い進む時に木くずを出していきます。木屑の出ているあたりの根をナイフで削ると、幼虫の坑道が出てきます。坑道は直径が5ミリ位でしょうか。その坑道に幼虫がいることは間違いないのですが、坑道のどちら側にいるか、木の基幹の側か、それと根の先端側か、それはわかりません。ナイフで削って追跡します。 (9月15日)いました、いました。根の先端側にいました。3センチくらいに成長しています。少し痩せています。大きさからすると2年目に向かおうとしている幼虫でしょうか。みかんの木の基幹の中に、幼虫が何匹も活動するようになると、みかんの木は、根からの養分を上の方の枝に送れなくなり、木は枯れてしまいます。成虫が卵を産み付けて、葉をたべるくらいですが、孵った幼虫は、みかんの木を加害していきます。木の中を食べてトンネルを掘り続けていきます。それが2年くらいたつと、成虫となって羽化して木から出てきます。6月から8月に根元付近に羽化穴があけられます。その時は、すでに「後の祭り」です。今回、2か所のうちの、もう一か所の方は、幼虫がみつかりませんでした。仕方がないので、スプレー式の殺虫剤を坑道の両側に噴霧しておきました。9月から10月は、木くずが出ていないか、みかんの木を見回るようにしています。
2009年09月15日
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多摩動物園の昆虫館秋の夜長は、虫たちの活躍する時期です。様々な鳴き声で合唱が繰り広げられていますか。残念ながら、どの鳴き声が鈴虫で、どの鳴き声が松虫か、すべてが「虫たち」としてひっくくられて、わかりません。そこで、9月13日、多摩動物園の中にある昆虫館に行ってきました。 (9月13日)そこでは蝶が飼育されていました。黒と黄色の大きな蝶がアゲハチョウだということを知りました。肝心の秋の夜長の主人公たちですが。これも飼われていました。鳴き声を聞けるようにはなっているのですが、なにしろ子どもたちに大人気でした。大勢がさわりたがるので、おどかされてしまって、鳴き声をうまく聞くことが出来ませんでした。虫たちのなく声を、鈴虫は鈴虫箱の前でその鳴き声を覚えたつもりでも、チョット時間をおくとすぐに混乱をきたしてしまいす。逆に、鳴き声からその虫を聞き分けようとしても、わかりません。しかし、虫の鳴き声を聞き分けることは、簡単なことではありません。録音テープで声を取ったりして、繰り返し聞くようにして、聞き分けする能力をアップしていくこと。みちは見えたのですが、まだ入り口にたったところです。すこし修行をかさねないと、簡単においそれとわかるものではありません。ただ、コオロギも虫たちの中に交じって鳴いていることは確かでした。昆虫館を出たところにみかんの木が植えられていました。昆虫を見に来て、みかんの木をみつけました。いったい何のために栽培しているのか。説明書がありました。すごいですね、300本以上も栽培しているのだそうです。アゲハチョウのえさとなる葉を確保するために、それを栽培しているのだそうです。当方とは逆でした。当方は、みかんを栽培していることで、まわりで鳴いている虫が何なのか、団地の草むらで鳴いている虫が何なのか、確かめようとしているわけですから。みかんの木を栽培することが本題です。多摩動物園のホームページです。http://www.tokyo-zoo.net/
2009年09月13日
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『徒然草』にも古歌が示唆されてました吉田兼好の『徒然草』をみていたら、〈五月まつ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする〉『古今集』の問題の古歌が、ここでも示唆されていることがわかりました。 (5月)『徒然草』第十九段には、「花橘は名にこそ負へれ、なほ梅の匂ひにぞ、いにしへの事も立ちかへり恋しう思い出でらるる。」と、あります。長い文章の段からしたら、ごく短い部分で、さっと見流してしまいす。ところが、この訳をみてみると、「花橘は昔を思い出させるよすがとして有名であるが、それでもやはり梅の花の匂いにこそ、昔のことも、その当時に立ちかえって、恋しく思い出されるものである」(新編 日本古典文学全集44より)と訳されていました。さらに、この部分の注意書をみると、やはりです。この一文には、「古今集」の二つの歌が示唆されていること。昔を思い出させるものとして歌や物語によく引用された花橘の古歌と、紀貫之の〈人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける〉が、この二つの歌が、念頭に置かれていることが紹介されていました。『伊勢物語』(901年)-『古今集』から、『和泉式部日記』(1003年)へ、さらに『徒然草』(1336年)とつづいている。花橘の古歌は、その時々の中に脈々としてうたい継がれてきたということです。
2009年09月13日
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鈴なりのみかん9月5日の早生みかんの木のひと枝です。ブドウ状に果実をたくさんつけています。 (9月5日)枝もたわわに垂れ下がるくらいに、じつにみごとです。しかし、みかん農家からしたら、これはあまり良くは見られないと思います。みかんの収獲の個数は多くても、小粒のものになってしまいますから。Mサイズがのぞましいのに、ほとんどがSサイズばかりになってしまうからです。しかも、これだけ実をつけると、木は持っていた養分をこの年に使い果たしてしまい、次の年はあまりならなくなってしまいます。表年と裏年を交互に繰り返す、「隔年結果」ということです。なるべく樹勢を落ち着かせて、隔年結果を抑えた方が、収穫量が安定して、適度な大きさのみかんが収獲出来るようになるかと思います。また、逆に社会全体の表裏年の予想を見越して、その反対をつくろうとすることも考えられなくもありません。とにかく、農家の人たちからしたら、摘果作業もして、収獲する果実をうまくコントロールして、商品価値の少ないSサイズは極力減らしていると思います。素人か、手が回らない人か、成り行き任せの象徴的姿と見えるでしょう。しかし当方は、そこはあくまで自然流です。木の力にまかせています。そういうと実に聞こえは良いのですが、体がきつくて、とてもそこまでは手が回らないというのが実情です。おかげで、ブドウのようにたくさん果実をつけたみかんの枝を、みごとな枝を、楽しむこともできるわけです。
2009年09月12日
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鮮度抜群の地魚定食みかん畑のある場所は、神奈川県西部の真鶴です。真鶴半島の付け根あたりにあります。みかん畑の草取りに行くだけでは侘しいものがありますが、まわりを見れば、箱根や湯河原の温泉もありますし、海の幸も味わうことが出来ます。 (8月15日)真鶴をはじめこの一帯は、海に山がすぐ迫っていて、平地があまりありません。箱根山の溶岩が海に流れ込んで出来たのが真鶴半島だと聞いています。真鶴半島は県立公園として自然林が守られています。それが魚にとっても憩いの場になっているようで、様々な小魚が集まってくるようで、今でも漁業が続いています。山の幸-みかんの手入れでひと仕事したあとは、たまにですが、海の幸を楽しんでます。とれたての地魚をつかった料理です。8月末に出してくれた地魚です。今回は、トビウオ、コダイ、イサキ、アジ、カマスです。朝、魚市場で仕入れてくるのだそうです。その日によってとれた魚は違いますが、一つ一つはけっして豪華なものではないのですが、こうして並ぶと実に豪華になってます。当然ながら、さばきたてで鮮度は抜群です。こうした地魚料理を出してくれるお店がありまして、たまには、こうした贅沢もよいのではと味わっています。お店のホームページです。http://www.ryokan-marunaka.co.jpこの方面に行かれた時には、ぜひ味わってみてください。おすすめです。
2009年09月10日
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ミカンが成熟する要件は濃緑色だったみかんの果実が、和らぎ出す頃になりました。黄色く、オレンジ色になるのは、まだまだ先のことですが。ミカンの成熟には、秋晴れの日差しと、朝晩と日中の温度差が大事になってきます。甘さをもたらすのは、秋晴れの太陽の恵みです。9月5日、秋晴れの下でのみかんです。 (9月5日)風は秋風が吹きはじめて、だいぶ涼しさが感じられるようになりましたが、日中の日差しは、かなりのきつさがあります。この秋晴れの、太陽の力によって、甘いみかんができます。ただ、この日差しのきつさは、相当なものがあり、日中の炎天下では、人の作業もかなりこたえます。人は炎天下をさけますが、みかんはまともに照りつけられ続けます。この強い日差しの下で、ミカンの中には割れるものも出てきます。 (9月5日)このくらいの強い日差しが必要だということですが。植物の強さは、すごいものです。木の葉が紅葉していくには、朝晩の冷え込みと日中の温度の差が大きいことが要件のようですが、それほど極端ではないにしても、みかんが色づくにはそれが必要です。これから進んでゆく寒暖の差は、綺麗なミカンが出来るためには、欠かせない要件です。さて、みかんの収穫はいつころか。だいたいの目標は、11月3日、文化の日あたりにおいています。まだまだ、少し先です。
2009年09月10日
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ついついミカンを買ってしまいました昨日8日、帰宅途中に駅の商店街を通ったら、ミカンが売り出されていました。 (9月8日)佐賀県産ですが、極早生でしょうか。Sサイズがひと袋で、600g・8個で298円。買うつもりはなかったのですが、ついつい手が出てしまいました。果皮の色からしたらあまりに緑色ぽいのですが、味は見た目ほど酸っぱくはなく、まずまずの味でした。それは、九州の暖かさと、極早生の種類によっていると思います。神奈川県西部の北方の産では、私の場合、極早生はつくっていないのですが。こちらでは、こんな緑色の段階では、酸っぱ過ぎてとても食べれたものではありません。九州の気候の暖かさと品種が、与えてくれる一足早いみかんの味です。早いというのは、何でも一つの売りになりますが。本来のみかんの味からしたら、やはりちがいます。旬というのは、その種類によって成熟の時がありますから、しっかりその時を、我慢して待つことが大切です。 (9月5日)これは、9月5日の当方の早生みかんです。摘果をしていないので、Sサイズがブドウ状になっています。早生ミカンの収穫は、こちら神奈川県の西部では、10月末から11月初の文化の日前後から始まります。あと2ヶ月間、まだまだ時が必要です。しっかりと成熟させてから、人前に提供することにしています。以前のことですが、「置いておけば甘くなる」との話を聞いて、早やもぎをした時がありました。栽培を始めた初期のことですが。色はまずまずと思ったのでしたが、提供したあと自分でも試食してみたら、酸っぱすぎて、とても食べれたものではありませんでした。しかし、すでに後の祭りでした。みかんが実ったことの喜びで、提供してしまいました。自分でしっかり味見してから出すべきでした。今からしたら、さぞ酸っぱかったろうと、思い返されます。あくまで、早ければよいというわけではなく、旬というのは、あくまで甘く綺麗に成熟した時です。種類によっても、場所によっても、木のなっている位置にしても、それぞれのみかんの木には、それぞれの旬があります。
2009年09月09日
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「虫たち」を聞き分ける絶好の機会朝晩が涼しくなり、秋本番です。秋の夜長は、今虫たちの鳴き声でにぎやかです。ところが3種類くらいの違う鳴き声があることは分かっても、その虫が何なのか知りません。ひっくるめて「虫たち」の域から一歩も出れていません。『枕草紙』をめくっていたら、第四十一段に「虫は」がありました。そこでは、蝶や蛍、ひぐらしなどとともに、鈴虫、松虫、きりぎりすの三つの名前が紹介されていました。1000年前の人は、現代人より密接にかかわっていたと感じます。この分類不能は、現代人というより、私個人の不毛に属することですが、虫たちの鳴き声を分類することが出来ません。よくいわれるのが、鈴虫はリンリン。他にスイーッチョ、チンチロリン、・・などの擬制音が使われますが。コオロギは昼間でも見かけるけれど、鳴き声はどれなのか。バッタというのも「虫たち」と同じで曖昧な言葉でしょう。また、ジィーと鳴き続けているのは何の虫でしょうか、セミではないと思いますし、幻聴でもないと思うのですが。言葉で虫たちの鳴き声をとらえたり、表現したりすることはたいへんに難しい。本をたよりに目から入るのではなく、耳で聞き分ける力が必要になっています。虫の鳴き声をどのように聞き分けるか、この秋の夜長のテーマの一つです。、
2009年09月07日
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みかんの生育9月に入って、ようやく秋晴れが、本来の秋空がもどってきました。みかんの生育には、秋の日差しが欠かせません。8月下旬からスダチがボチボチと収穫できるようになりました。ウンシュウミカンより一足も二足も早く、香酸柑橘のスダチが収穫時期を迎えています。 (9月5日)スダチの実は濃緑色ですが、大きさもピンポン玉に満たないのですが、これでりっぱにスダチは収穫です。ウンシュウミカンの方は。ウンシュウミカンは一週間くらい前までは、すべて同じような濃緑色でした。フツウウンシュウミカンは、引き続き濃緑色のままに、肥大をしつつあります。 (9月5日)秋晴れの強い日差しの下で、ひきつづき肥大をすすめています。早生のウンシュウミカンも、つい一週間前までは同じ濃緑色だったのですが、こちらは、今回見ると少し色が和らいで来たように感じました。 (9月5日)目の錯覚ではありません。光の加減の問題でもなく、確かに果皮の色が変わり始めています。濃緑色が黄緑色にかわりはじめています。まだ、わずかな兆しでしかすぎませんが。10月下旬が早生の収穫時期ですから、まだまだ先のことです。秋空の下で、それぞれのみかんが生育しつつあります。
2009年09月07日
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カミキリムシの成虫と幼虫9月5日、21匹目のカミキリムシの成虫を見つけました。今年は、これで21匹目。去年が20匹でしたから、それを越えました。 (9月5日)最初に見つけたのが6月27日で3匹を駆除しました。その後は、出かけるたびに毎回のように見つけました。7月1日に1匹、7月12日に5匹、7月19日に4匹、7月26日に3匹、8月9日に1匹、8月15日に1匹、8月23日に1匹、8月30日に1匹。そして、今回です。しかし、秋風を感じるようになるとカミキリムシの成虫はいなくなります。その代わりに現れるのが、根元付近の木屑です。今回も1か所、早生みかんの木で木くずをみつけました。 (9月5日 24番)木屑は、カミキリムシの幼虫が木の根の中を食い進んでいる時に出すものです。秋、この9月は、カミキリムシの成虫駆除から、この幼虫駆除にポイントが移ります。木屑の出ている箇所をナイフで削ってみました。 (9月5日)やっぱりありました。一皮むくと坑道が出てきました。基幹の側に進んでいるのか、根の先端方向に進んでいるのはわかりません。すぐ近くにいることは間違いないのですが、確認できません。こうした時は、ノズルつきの殺虫剤をつかってます。坑道の両方の先端方向にむけて噴霧しておきました。まだまだ9月も、カミキリムシとの攻防戦が、形を変えて続いていきます。
2009年09月06日
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みかん畑の四季-一年がたちました去年の9月5日から始まった「みかん畑の四季」の投稿、ドタバタと書きちらかして一年がたちました。この間のおつきあいをありがとうございました。 (8月30日)みかん畑の四季は、大体のことは一年サイクルですから、同じような事柄に多々出会うことかと思いますが。そして、もうチョット、連投でがんばります。何しろ収穫が山場であり、収穫へ向けてのすべての作業ですから、肝心なのは、これからの時期です。隔年結果がどうでるのか、去年との比較が興味があるところです。もっとも、収穫のころは体力の限界から、連投というわけにはいかなくなりますが。それと去年は、写真容量の制約から写真をかなり消してしまったところがあります。それを埋め合わせしておくことも必要かと思ってます。そうしたことで、もうチョットお付き合いください。
2009年09月05日
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古今集゛はなたちばな゛の歌について゛さつきまつ花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする゛古今集139に〈よみ人しらず〉で載っている歌です。 (2009年5月初旬)和歌のことなどまったく分からない私などでも、みかんを栽培していると、この歌だけは暗唱することが出来ます。この歌の意味をどう理解するか。最近気づいたのですが、『伊勢物語』の第六十段に解釈の仕方が紹介されていました。かなり具体的な話として歌の場面が紹介されています。半信半疑ですが、具体的な話の中に歌がはめ込まれていますから、そういうことなんでしょう。そうなると、一つの謎が出てきます。『古今集』がつくられたのが年表から905年として、『伊勢物語』は901年には出来ているとのことです。やはり先に『伊勢物語』に紹介されているエピソードがあったということでしょうか。エピソードがあってこの歌が出来たということになります。となるとやはり「昔の人の袖の香」ということは、限定されたイメージになってきます。9月2日にNHK「歴史秘話ヒストリア」で和泉式部の紹介がありました。『和泉式部日記』を具体的な形で紹介したものでしたが。そこで、この歌が出てきました。この中で帥(そち)宮が、和泉式部宛にたちばなの花を送ったことがでてきます。たった橘のひと枝を送っただけですが、それだけで会話が交わされたというのです。この古歌がおのずから浮かび、それにこめられた意味を前提として、その上で新たな会話がなされるというのですから、驚きです。これまで歌は分からないので、多くそこは流し読みして飛ばしていたのですが、そうではなく、歌こそが決定的なもので、前後のぐだぐだした御託は無くてもかまわない、歌だけで通じることが当たり前だったというのが、当時の状況だったようです。やはり私などとのこのセンスのギャップは、まったく埋めがたいものがあり、それはどうしようもないですね。
2009年09月04日
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バジルが生育してます7月26日にバジルを一株植えました。1本だった茎が幾つかに広がりました。今、近づくとよい香りがしています。 (8月30日)バジルは、しっかり定着し、育ってはいるのですが。何しろ今頃は地面がカラカラに乾燥しがちな時期です。そのため葉物野菜は、この時期は生育できませんでした。それでバジルには、まわりに刈り草を敷きこみました。少しでも水気を保つようにしておきました。ところでバジルの採取というのは、一枚一枚の葉だけを摘むものでしょうか、それとも小枝の茎から摘むものなのか。まったく初めての試みなのでよくわかりません、どっちなんでしょう。
2009年09月03日
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みかんの生育、8月末段階です昨日、9月1日気象庁が一部の地域では「梅雨明けがいつだったか確認できなかった」と、それまでの発表を訂正しました。そうした気候変化がとらえにくい今年ですが。はたしてそうした気候が、みかんの成熟にはどのような影響があるか。それは、わかりません。現時点(8月25日)での、みかんの生育状況をみてみました。まずは、スダチです。8月下旬から収獲時期に入っています。 (8月25日 スダチ)スダチは、濃緑色の小ぶりの果実ですが、香酸柑橘類としてすでに収穫時にはいっています。深緑色の方がかえって良いというのですから、おもしろいですね。小木が一本あるだけですが、今年もたくさん実をつけてくれています。果汁をしぼって、料理や水割りに使っています。次は、早生のウンシュウミカンです。 (8月25日 早生のウンシュウミカン)早生のウンシュウミカンの収穫時は、10月末を想定しています。まだ今は、樹や葉に蓄えられた養分で、果実が肥大化している最中です。木によって、樹勢の関係で、毎年コンスタントに実をつける木もあれば、今年が表年にあたる木と、果実の少ない裏年の木とがあります。写真は表年の木です。そうはいっても、早生の成木は、全部で4本ですから、限られています。さらに中心になるフツウウンシュウミカンです。 (8月25日 フツウウンシュウミカン)この時点では、早生もフツウも外見からは区別がつきません。早生と同様に、今は濃緑色で肥大化の最中です。そもそもは、このフツウウンシュウミカンがみかんだったと思います。早生ミカンは、このフツウウンシュウミカンから選択して出来たものです。早い時期から食べれるし、皮が薄くむきやすい。甘みもあります。おそらく八百屋さんの店頭では、今日では早生ミカンが主流かと思います。フツウウンシュウミカンは、収穫時が11月末からで、正月ころまで楽しめます。早生に比べると、果実が大きく、果皮が厚くて、熟すと赤みのある色になります。フツウウンシュウミカンが本当に熟してくると、色も綺麗で、味も甘さがのってきて、色・味とも抜群になり、みかんの本来の味を楽しめます。さて、今年の秋の気候はどうなりますか。みかんの成熟を促進させるのは、秋晴れの太陽の力です。細かくは異常もあるでしょうが、トータルとしての日照の力です。それに加えて、収獲時の選択があります。早やもぎを我慢して、熟したものを収獲するようにすることです。これから、いよいよみかんの収穫の秋にむかいます。
2009年09月02日
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梅の木を剪定しました梅の実を収穫した6月から3か月、そろそろ梅酒も試飲のころですが。しかし、今回は梅の木について、その後の手入れのこと。8月25日に梅の木の剪定をしました。 (8月25日 豊後)豊後ですが、一見してひと回りも二回りも大きくなっています。豊後は2004年7月に植えたもの。去年は少しなりましたが、今年はほとんど実をつけませんでした。その為かどうかわかりませんが、若枝が八方にやたらと伸びました。また、樹冠の中もやたら密集してしまいました。手を入れた後でこの姿ですから、手を加える前はかなりのものでした。剪定は、1、伸び過ぎた枝を切り縮めて、コンパクトにしたこと。2、内向きの枝を切って密集を除き、光が差し込むようにしたこと。3、徒長枝を除くこと。大体この三点を考え方として実施しました。次は南高と白加賀です。 (8月25日 南高)正面が南高で、その右が白加賀です。南高は2005年1月に植えたもの。かなり基幹も太く育っています。コンパクトにすることと、密集を除くことが眼目でした。南高の今年の結果は、数は少なかったのですが、まずまずの大きさの実をつけてくれました。一方、白加賀は2004年6月に植えたもの。南高より早く植えているのですが。まだ木も小さく、基幹を太くするために全体を小さく切り戻しをしています。実はまだ稀少価値で、数個しかつけれません。次は小梅です。 (8月25日 小梅)小梅は2004年7月に植えました。まだ実はあまりなりません。木は所狭しとばかり大きく伸びたがるし、内部も密集しがちです。切り戻してコンパクトにして、中向きの枝を除きました。よく言われることに、「梅を切らぬバカ」という言葉がありますが、確かに梅の木は毎年四方八方に活発に生育していきます。手を入れるのを怠ると、やたらと大きく広がり、密集してしまいます。その勢いは、みかんや柿の木などの他の木と比べて格段の大きさです。その分、なんら心配なく手を加えれて、剪定の仕方を気軽に試すことが出来ます。梅は、1月に花が咲いて香りをただよわせ、6月には果実を収穫しました。その実を使って梅酒や梅干をつくっています。それから3か月が過ぎて9月、そろそろ梅酒の最初の試飲の時です。今年の出来はどうか、近々味見をしてみようと楽しみにしているところです。
2009年09月01日
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