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四月も今日で終わり。早いなあ。ついこの間、エイプリルフールの話題だったのに。今日は、やっと鬱脱出。午前中に、金時豆を圧力なべで煮て、切干大根を煮た。鬱で、何もできなかった反動だな。お豆を煮るのは、圧力なべが一番早い。買ってくる煮豆は、甘すぎるので、家で煮ると、ヘルシーな煮豆ができる。ただ、煮る分数を加減しないと、お粥みたいになってしまう。今日は、久し振りに作ったので、少し煮過ぎた。切干大根は、ニンジンや、京おあげを一緒に煮た。京おあげは、普通のおあげと違い、お豆腐の部分が、かなりそのまま残っている。厚揚げのような感じ。お豆腐苦手な私にも、こうして煮ちゃうと食べられます。お昼に、今日は午後から近所の中学に勤務のオネエがやってきた。昨日、買い物中に「明日お昼に行く」とメールがあったので、お魚を買ってあった。出来たての切干大根を「美味しい」と食べていたので、煮豆と一緒に、帰りに持たせた。お昼、久し振りにパパが戻ってきて、食事をした。今日はわが社のお給料日だから、病院に明細を持って、様子を見に行くからお前も一緒に来い・・・と。パパは毎日行っているが、御家族のことも考え、私は控えていた。すぐに、お化粧して、着替えた。ICUのI君は、全く意識がなかった。呼吸器を付けられ、茶髪だった髪も無くなり、横たわったまま。後頭部の下の方についた手術の跡が、痛々しかった。3人の子供たちは、あの日からずっと付き添っていた。色々お話させていただき、失礼した。状態は・・・・・あまり良くない。もう、何もかも理解できる年の子供たちが、淡々としていたことが、余計に悲しかったし、切なかった。帰宅後、パパは会社に戻って行った。折角、着替えたし、そのまま私も出掛けた。まずは、近くにできたお店に行き、土を大量に買った。それから、ホームセンターに行き、鉢床石を買い、紫色の花手毬の花苗を3つゲット。ずっと以前に、可愛いお人形のテラコッタを通販でゲットしたものの、いざ、届いてみたら、何を植えていいのか戸惑った。何せ、天井のあるテラコッタだったので、高さのあるものや、沢山の日差しが必要なものは無理。で、結局、這性のものがいいとさがしたが、まあ、手近なところで、デモルフォセカにしようか、芝桜にしようか迷ったが、結局、花手毬にした。それから、少し遠くのスーパーに行った。このスーパー、レジ袋が有料なので、エコバックを持って行った。レジ袋が有料な代わりに、ものすごく、お野菜が新鮮で安いのだ。おまけに、種類も豊富。普通の大手スーパーとは、ショーケースや、並べ方が、どこかが違う。両側のショーケースに、ずらずらずらっと、お野菜が豊富に並び、中心の通路には、これも、山のようにその日にお値打ちな大根やバナナ、白菜やキャベツ等のお野菜が並ぶ。そのショーケースが、腰を曲げなくても良い高さにあるから、小さな子供には、いたずらされる心配もない。くだものだけで、20種類くらい並んでいる。バナナだけでも、5種類くらいのものが置いてあるし、グレープフルーツだけでも、4種類もおいてある。 本当に、ここ、食材が豊富。いつぞや、いつも行くスーパーが2軒ともキャベツが298円だった時、ここは国産の新鮮な物が99円だったし。何だか、中国のスーパーみたいに食材にあふれ、日本離れしている感じのスーパーなのだ。お客さんも、外人が多い。この市は、大きな企業が多いので、ブラジル人などの、出稼ぎの外人が多い。国際結婚したご夫婦が、可愛いハーフの子供を連れてきている姿を、このスーパーで多く見る。スパイスのコーナーも、いろいろなメーカーの物を揃えてあるから、元気な時は、面白くて、ここまでくる。家から車で、15分くらいかな。いつもの美容院や、薬局のあるスーパーは、7~8分。もっと近い、隣の団地の小さなスーパーは3分だから、少し遠いかな。御膝元のジャスコは、7~8分くらいなのだが、混んでいるし広すぎて疲れるので、あまり行かない。エコバックに買った物を詰めて、お店を出た。あ~、面白かった(笑)帰宅したら、チビが帰っていた。洗濯ものも取り込んで、開けてあった窓も閉めてくれてあった。今日は、朝、煮てあった切干大根とお豆はあるし、メインディッシュは、焼き魚。あとは、サラダとおみおつけを作ったら、出来上がり。私は今日も、ダイエットのジュースです。お陰で4キロ、落ちました。まだまだ、頑張るよ。明日もこんな日だと良いなあ。画像は、岐阜でつくられた、毛布のようなふわふわ花びらのフランネルフラワー「フェアリーホワイト」です。原産国はオーストラリアだそうです。調べたら「ジャパンフラワーセレクション2006-2007で ベスト・フラワー(優秀賞)を受賞した岐阜県の銘花です。 名前の通りフランネルのようにふわふわで 四季咲き性が高く長い間お花を楽しむことができます。」と書いてありましたよ。
2009年04月30日
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全く嫌になります。今日も、鬱状態。でも、午前中はそれでも頑張って、庭中のお花に、液肥をやった。首によく陽が当たるので、日焼けしないよう、しっかりUVカットして。昨日、通販で、首の部分までカバーできるつばの、素敵な大きな帽子と、運転用に、ひじの上まである可愛い刺繍の手袋のセットを買ったが、まだ届かない。早く、届くと、ガーデニングに良いのだけど。緑は、本当に心を癒す。午後から、この調子で頑張って、二階を片づけようとしたが、足が、つって仕方がない。何故つるんだろうなあ。左足の外側の中の方の筋肉がつって、すぐにタイガーバームを塗ったら治って、さて頑張ろうと思ったら、今度は、右足の甲から足首に掛けてつった。もう、普通の人がつる場所じゃない場所がつるようになっちゃった。本当に厄介です。仕方がないので、もう、抵抗するのを辞めた。気持ちも鬱鬱しているし、そのまま二階で少し横になった。鬱病の嫌なところは、体もだるくなっちゃうこと。昨日、女優さんたちが、鬱病を克服した話をTVで色々紹介していたが、「そうなの、そうなんだよね~」と、全く私の症状や、状況と一緒。「私は家族に迷惑ばかりかけて、家事も何もできない必要のない人。このまま生きていたら、家族に迷惑をかけるばかり。だから、私の存在が無くなれば良い・・・・。」鬱が酷い時は、本当に本気でそう思っていた。勿論、本気で死のうともしたが、それを止めたのは、子供の存在だった。階段に紐をかけ、ああ、これで楽になるなあってほっとしていた。だが、ふと玄関のドアに目が行った。その時、子供の顔が浮かんだ。「私がぶら下がっているのを最初に目にするのは、帰宅した子供だ」と思った。そしていつの間にか手を止めることができ、死なずに済んだ。今は、死のうなんて思わなくなったし、家事も、夕食つくりはちゃんとできるようになったし、大好きなお花も、植えたりもできるようになった。だから、今の私の鬱の状態のバロメーターは、「夕食が作れるかどうか」なのだ。今日は、全く作れなかった。何も、本当に何も思いつかなかったし、作ろうとするのだが、手が出ないのだ。何度も冷蔵庫をあけ、食材を見るのだが、頭が混乱して、「ああ、だめだ」と落ち込む。お買いものだけは行けたので、お総菜を買ってきた。良いお天気だったことも影響している。何かしなくちゃ・・・と自分を追い込んでしまう。出来ない自分に、落ち込む。悪循環。もう、鬱と付き合って長いから、思考のメカニズムも解っちゃいるが、自分じゃどうしようもない。幽体離脱して、私がしたいと思っていることをしてくれるもう一人の健康な私がいれば、どんなに良いだろうと、何度も思う。あれもしたい、これもしたいと思うのに、身体が動かない。固まってしまうのだ。何とか立ちあがっては見るものの、足はつるし、気持ちは重くなり、また、座っちゃう。どうしようもないね。いつも中国に一緒に行く、コーディネーターのHさんが、中国から帰ったと、中国の美味しい美味しいお醤油を持ってきてくださった。本当に、いつもお心に置いて下さって、感謝してます。寝ていたから、「ありがとうございます」も、言えなかった。また、落ち込むことができちゃった。本当に悪循環だよなあ。「今日は、お花に栄養をあげられただけで、良いよね」って、自分で自分に言い聞かせる。時間が本当にもったいないと思うんだけど、仕方ない。明日は、少しは良くなってると良いなあ。明日出来たら、土を買いに行って、ラベンダーを、大きな樽のコンテナに植えて、岐阜の毛布みたいにふわふわの花びらのお花を植えたい。頑張ろう。I君の状態は今日も変わらず。I君、一緒に頑張ろうね。
2009年04月29日
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昨日の話。何だか毎日、話題が一日遅れだなあ。チビの車が来た。免許を取って、1年になる。お姉ちゃんの車も無くなって、チビが乗れる車は、私の車だけになった。オネエの車も、免許を取ってから、暫くして買ってやった。この不況に・…と思ったが、そろそろ、贅沢を言わなきゃ、チビの車くらいは買ってやりたいと思っていた。東京で生まれて育った私には、驚きだったが、この地方は、まあ、この地方だけじゃないのかもしれないが、お嫁入りの道具の一つに、車があるのだ。紅白の帯を巻いた、家具を乗せたお嫁入りの家具を運ぶ車の列には、紅白のたすきを掛けた車がくっついてくる。つまり、田舎は、車がないと生活が成り立たないのだ。都会のように、縦横無尽に地下鉄が走っていたり、10分ごとにバスが来たりはしないから、生活の足は、当然、車になる。私が高校生のころ、友人達は18歳になると、すぐに免許を取りに行った。それが当たり前だったのだ。しかし私の場合、当時、父が許さなかった。「嫁入り前の体に、大きな怪我でもしたらいけないから」と言う理由でだ。それに私も「免許を取る」と皆友人たちが当然のことのように言っていても、それほど、欲しいと思わなかった…と言うか、必要性が解らなかった。当時、友人たちは必要性を知っていたから、反対に、親から「免許を取りに行きなさい」と言われていたくらいだった。だから、名古屋市内からこちらに引っ越してきた時、非常に困った。買いものに行くにも、自転車では限りがある。子供が病気になって、病院に行くにも、タクシーでしか行けなくて非常に困ったし、幼稚園に行くにも、自転車では遠かった。そろそろ免許取らなくちゃなるまい…と思い始めていたころ、パパが、脱臼で、救急車で運ばれることが2度あり、とうとう、3度目の時、手術することになった。いよいよ、車が必要になり、病院通いのために取ったのだ。で、手術は、私の免許待ちで行われた。だが、30歳を過ぎてから4歳になったオネエと、赤ちゃんだったチビを連れて、教習所のバスに乗り、教習所の託児所に預かってもらい、免許を取りに行ったから、そりゃ~、大変だった。その上、運動神経も若い子に比べ鈍く、筆記試験は順調に受かったが、実技でなかなか合格せず、大変な思いをした。「高校出た春休みに、皆と一緒に免許取っておけば良かった」と何度、免許を取ることを許さなかった父を恨んだだろう。だから、娘たちには、大学に入ったら、夏休みや、春休みに教習所に入れた。オネエは、車のお陰で、アルバイトの家庭教師も出来た。オネエに買ってやったのに、チビに我慢させるのも、かわいそうだった。そこで、ひと月ほど前、車屋さんに行き、オネエと同じ程度の車を買った。それが、昨日、納車になったのだ。オネエは、こげ茶の車がお好みだったが、チビは、チビらしい可愛いピンクの「さくら色」と言う色の車。最近の車は凄い。「鍵」じゃなく、何やらスィッチのような楕円形のキーなのだ。中に置き忘れたりすると、降りても表から鍵が掛からないから、中に置き忘れてJAFを呼ぶ羽目になることもなく、ヘッドライトの消し忘れの際も、鍵がかからない。てか、ドアロックも、キーじゃなく、ドアにあるボタン式なのだ。後のドアが半ドアだと、これもエンジンがかからない。私の車もブザーは鳴るが、エンジンがかからなくはない。これは、オネエの車もそうだったが、このスィッチを持った人が乗っただけで、キーを挿すこと無く、エンジンのつまみを回すと、エンジンがかかるのだ。おまけに、MD機能や、カーステレオにCDを入れると、1000曲まで自動的に録音しちゃうから、レンタルCD屋さんで借りて、駐車場で録音してすぐ返すこともできちゃうのだ。こう便利になると、人間、バカになっちゃうんじゃないかなあってくらいだ。だが、これだけメカが多くなると、返って、面倒だと思っちゃうのは、年のせいか?沢山の説明があるらしく、チビは、暫く車屋さんと、話をしていたので、寒くて私は中に入って、見ていた。チビの嬉しそうな顔を見て、こちらも、なんだか嬉しくなった。パパに感謝しなさいよ。そのピンク、チビらしくて凄く似合ってるよ。車屋さんが帰ったので、新しい車で早速、お使いを頼んだ。良かったね。さてさて、今日は、鬱が酷いです。何だか、何もしたくなくて、うんと以前に録画してそのままになっていたものを次々DVDに落としたが、もう、空きのDVDが無くなっちゃったので、また、明日にしようと時計を見たらもう7時。今日もチビは、大学と就活があって、珍しく、お弁当を持って、朝早くから、夕方まで出かけていた。最近の郵便物は、チビ宛ての物が多い。勿論、企業からの物ばかりだが。本当に、御苦労さまです。夜、パパは病院にI君の様子を見に行ったが、昨日から状態は変わらずICUの個室に移ったそう。まだ、意識が戻らない。脳の腫れが引かないそうだ。早く、目覚めてほしい,,,,,,。
2009年04月28日
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さて、気持ちが少し落ち着いた今日、昨日のその後をお話しましょう。昨日は、思いきり楽しい時間を過ごし、皆と別れた後、大好きなお花がいっぱいのお店に行き、お花や、大きな木の桶のプランターをゲットしたり、5時過ぎ、帰宅した。車に付いているTVで丁度ニュースをしていて、駐車場に車を入れて、そのまま車の中で少し見ていたら、パパが、久し振りに行ったゴルフから、帰ってきた。車、いつもすぐに入れるのに、表に止めたまま。どうしたのかと車から降りて「どうしたの?」と叫ぶと、「大変だ・・」と、慌てて家の中に入って行ったので、私も、後を追って、中に入った。ゴルフは、3時過ぎに終わって会社に行っていたそう。今日は休みだから、誰も会社にはいない。そこに病院から電話が入ったという。うちの会社は、パパのほかに、男性社員が数人いるが、そのうちの一番のパパの片腕である方が、今朝、くも膜下出血で救急車で搬送され、お昼すぎから手術しているという。もう、びっくりして、そのまま私もパパと病院に駆けつけた。病院に着いたのが、6時前、家族の待合室に行くと、ご両親をはじめ、彼の子供達、それにお兄さんがいらした。ご挨拶し、中に入り、お話を聞いた。今朝、お嬢さんが、起こしに行ったところ、倒れている父親を見つけたという。まだ意識はあり、頭が痛いと、空をつかむようなしぐさをしたので、すぐに、頭を冷やそうとしたら、「いらない」と言ったそう。まだ18歳の女の子だ。気が動転し、すぐに同居している祖父母に言いに行こうとしたが、この時期、この地方では田植えの時期、祖父母は留守だった。で、兄である伯父さんに連絡し、すぐに救急車を要請したという。そして、12時から、手術が始まり、大体6~7時間かかると言われたという。彼女らの母親は、数年前にすでに亡くなっている。どんなに不安だったろう。上に18歳の女の子二人と、下は、今年高校生になったばかりの男の子。彼はまだ44歳の若さだ。暫くお話し、私達は、失礼して廊下で待たせていただくことにした。暫くすると、もう一人の社員が、心配してやってきた。3人でいると、女の子がやってきて、「手術、長引くそうです」7時間の予定だったが、結局夜8時半までかかった。家族が呼ばれ、ICUに入って行った。不安だった。どうか、成功していますように、ただただ祈った。30分ほど待って、ご家族が出てきた。お兄様が近づいてらして仰った。「手術は成功したそうですが、搬送の時点で心肺停止だったそうです・・・」医師にも、今後のことは、予想がつかないのだろう。出来ることは全部したが、あとはご本人の生命力次第…と言うことか。とりあえず、9時過ぎ、病院を後にした。父の肺癌手術の時もそうだったが、2日ほどはICUにいるのだろう。彼の状態によっては、もっと長く、ICUに入ったままになる可能性もある。長期戦を覚悟した。東京に就職試験を受けに行っていたチビも帰宅していたので、そのまま家に迎えに行き、今日は、ダイエットも小休止して、食事に行ったが、あまり喉を通らなかった。明日からの会社のことを考え、パパは、押し黙り、疲れたのか目が真っ赤だった。「明日から大丈夫かな?」とそっと聞くと、「大丈夫も何も、この状況で、そのまま何とかやって行くしかないな」そうだよな~、愚問だった。連休前だったのが、幸いだった。この連休の間に、体制を整えておかないといけない。これから、パパもお昼は帰れないと言う。そりゃ、今までのようにはしばらくは行かない。帰宅後に、「くも膜下出血」を調べた。発症時に50パーセントが死亡する。そして25パーセントが、何らかの後遺症、言語障害、身体障害が残るそう。そして20パーセントが社会復帰できるそう。あとの5パーセントは、発症後72時間内に死亡するそう・・・・。彼が会社に戻ってくる可能性は、大変低い・・・と覚悟した。これが、昨日の話。丸一日過ぎたが、今日は、まだ、何の連絡もない。多分、ICUの中で、彼は意識も戻らず、命の戦いの中だろう。パパは、朝5時起きで、会社に出て行った。言っていた通りに、お昼には帰らなかった。オネエが仕事の都合で、夜、戻った。一緒に食事をして、パパを待っていたが、8時を過ぎても帰らなかったので、そのまま、自分のマンションに帰って行った。夜9時半、パパが戻った。今朝、朝礼の際、社員達に告げると泣きだした女性社員もいたそう。皆の思いは一緒だ。「生きて」ただそれだけだ。I君、ほんとに頑張ってくれていた・・・。父の代からわが社にいて頑張ってくれてる、大切な、大切なうちの社員です。どうか、命の炎が燃え続けますよう。頑張って。
2009年04月27日
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今日は、私が幹事のお食事会。本日の場所は「EPISU」さん。洋食屋さんなのだが、ひとつメニューを頼むと、500円足して、バイキングが楽しめる。飲み物も、フリードリンク。でも、ダイエットしてから、あまり食べられなくなり、バイキングを見たら、パンや、スパゲティや、ピラフや、春巻きなど、結構、おなかに来るものが有って、これで十分と、「ひとつのメニュー」は、大好き鴨ロースのローストにしておいた。なかなか、皆、美味しかったです。私たちが楽しんでいる間にも、表には待ってる人が一杯になった。このお店、本当に人気あるんだなあ。今日は5人。Kちゃんは、「雨だったら参加できるんだけど・・・」不動産屋さんをしているから、お客さんを遠くの土地に連れて行かなくちゃならず、風雨が酷かったら、キャンセルだそうで、今日はあいにく、曇り。で、スペインに先日行ってらっしゃって、そのお土産をお店に昨日のうちに預けてくれた。皆で、それぞれ開けたら、「パエリア」のスパイスとサフランのセットだった。みんな、「え~、こんな高いものを・・」と感激してたよ、Kちゃん。サフランて凄く高いからね。可愛いガラスの瓶に沢山入ってた。マドリードの三越で買ったって言ってた。三越、そんな場所にもあるんだね。ありがと!いつものように、ものすごく楽しい時間を過ごした。私は、本当に、この友人たちが、宝物だ。同じ年代を、この20年、一緒に過ごしてきた。オネエが幼稚園からの友人たち。中学になってからは、「コーラス」を通じて、子供など関係のない仲間になった。その人となりを解ってくれて、解り合っている同士。若いころ、昔は、喧嘩もしたな~。でも、年を重ねて乗り越え、今日に至っている。お互いダメなところを許し、補い合って、やってきたから、一緒にいて、お互い、本当に居心地が良い。信じあえることって、素敵だなあって、彼女達といるといつも思う。「他人との付き合いの困難さ」と言うADHD障害の症状も、ちゃんと理解してくれ、解ってくれ、許してくれることへの、深い感謝の気持ち。障害が解った時、ちゃんと話を聞いてくれた日のことは忘れない。「大丈夫だよ、Iちゃんの事は、ちゃんと解っているから」って背中をさすってくれた優しい手の感触は、今も背中に残っている。父やお婆ちゃんの介護に明け暮れていた時も、「ビタミンC摂ると疲れが取れるよ」って、留守中に玄関に果物と手紙を置いて行ってくれたKちゃん、夕食作りも大変だろうって、ローストビーフを作って持ってきてくれ、二人で玄関先に座り込んで話を聞いてくれたMちゃん。父が亡くなった時、真っ先に飛んできてくれ、テンションがおかしくなった私を前に、「こんな子ですが、お父様が大好きな子だったので、どうかよろしくお願いします」とパパに頭を下げ、言ってくれたTちゃん。本当に、あなた達は、私の宝物です。楽しい時間を皆で過ごし、お名残り惜しくて、お店の前でまた少ししゃべって、別れた。それから、天気雨の中、車で「花ようび」と言う大きな大きなお花屋さんに行き、岐阜でつくられた、変わったお花をゲット。お花は、白く大きく、端が少し緑色、毛布のようにふわふわで、触ると気持ちいい。見た事がなかった。「お花、ドライフラワーにもなりますよ」と言われ、ゲット。それから、大好きなハーブ、ラベンダーが、沢山大きな鉢に植わってて、たったの680円。勿論、ゲット。車に積んだら、ずーーーっと、車の中は、ラベンダーの良い香りが漂った。この連休は、ガーデニングに精を出すつもりです。帰宅後、事件が起きていたが、それは、また明日。今日は、いろいろあり過ぎて、気持ちが安らいだり、緊張したりの一日だった。
2009年04月26日
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今日は、凄い雨と風だった。この季節の雨って、嵐みたいに荒れる。春の雨って、こんなだったかなあ。昨日も、チビは就活で、レインコート着ていかないから、黒いスーツは、びしょびしょ。最近の子って、レインコート着ないよね~。濡れるよりましだと思うんだけど、馬鹿みたいに、着ない。もう、言っても聞かないから、こっちも言わない。昨日は、遅れそうになって、駅まで送ってやった。駅に着いて、傘を差しても無駄なくらいの雨に濡れて、駅の階段を上って行った。今日は、休みだそうで、午前中いっぱい、寝ていた。お疲れ様。午後から、チビの買い物に久し振りに、デパートに行った。明日、東京で就職試験がある。その服装が「平服」なものだから、着ていくものがない。我が家の娘たちは、いつもへんちくりんな格好ばかりしている姉妹で、こういうとき、本当に着ていくものがなくて困るのに、これも言うことを聞かず、相変わらず、へんちくりんな格好をしているので、「いくら『平服』でも、それはまずいでしょう」と言うことになり、普通のスカートと、ツインのセーターとか、ごく普通の洋服を、慌てて買いに走ったのだ。こりゃ、「平服」じゃないが、まあ、仕方あるまい。色々見たが、やはりROPEのお洋服が一番、普通で、品も良い。ごく普通の紺の地模様のある、綿のツインニットと、奇麗なからし色の、少しタックの入った品の良いスカート見っけ。着て見たら、ほーら、だからいつも、そういう格好しなさいって言ってるじゃない…てくらい似合った←親ばかです。馬子にも衣装とは、このことだ。母は、二人とも、こういう姿の女子大生になってほしかったのになあ。就職したら、どうせ要るから・・・と、少し安くなっていた色違いのオレンジ色のツインと、ベージュのスカートもゲット。チビもまんざらじゃないようだった。「でも、うちの学校に、こんな格好して行ったら、仲間外れになっちゃうよ」だってさ。何故だよ~。変な学校・・・・って、私の母校なんですけど。買いものが済んで、久し振りに「アフタヌーンティ」で、美味しいアップルパイを食べた。ここのアップルパイ、普通の硬いパイじゃなく、ほかほかのパイで、めちゃくちゃ美味しい。持って帰りたいのだが、これ、お店の中でしか食べられない。ダイエットも小休止。帰りにお肉やら買いものをして帰宅。明日、一人で東京に行くのが、嬉しいらしく、試験と面接に行くのに、凄く楽しそう。神宮外苑のあの「HERO」の並木道にも行ってくるらしい。あそこはまだ、行ったことがないから、良いなあ。学芸員の資格を取る予定のチビは、聖徳記念絵画館にも行く予定らしい。おーい、何しにいくんだよ~。でも、今回の会社は、チビにしては書類選考に通っただけで、奇跡に近い。全国に支店があるが、10人しか採らないそう。とりあえず、300分の30には通った。あとは、30分の10に入れれば、本当にチビの好きな仕事に就けそう。頑張って、アピールしておいで。今日は、いろいろ活躍できたから、花丸です。は~、疲れたよ~。
2009年04月25日
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そろそろ今期の新番組が出そろった。TV大好き人間としては、感想を書かないではいられない。勿論、新番組とは、ドラマに限るのだが。全体的な感想。この100年に一度の不況と言われる時代、もっと明るいドラマが見たいと思われた方が多いのじゃないだろうか?正直、気の重くなるようなドラマが多すぎ。いまこそ、見て、「よし、明日も頑張ろう」って思えるドラマが欲しいのにね~。嵐関係から言うと、潤君の「スマイル」。いきなり初回が2015年の刑務所の面会室から始まる。見始めて「お・・・・重い(-_-メ)」と感じ初めて、最後までその思いはぬぐえなかった。誤解され、差別され、逃げて助けを求めて泣く潤クンに、ドラマと解っていても、胸が痛む。勿論、今日の第二回には、失語症の花ちゃんが、色々危険を冒し、証拠を集め、潤クンは釈放されるが・・・。この一週間は、気持ちが重かった。そして翔君の「ザ・クイズショー」も、「おもーーーい」。なんで?何故に?と、叫びたくなるように、何も嵐二人の主演ドラマが、二つとも、重い脚本にしなくても良いじゃない?・・・・と言うくらい、軟禁状態の翔君は、おまけに記憶喪失。おいおーーいって感じ。さてさて、今期一番のお気に入りは、「BOSS」。好きなんだよね~天海祐希。アメリカ帰りの優秀な刑事。集められた部下の刑事や科学捜査員は、一見、どうしようもないやつらなのだが、実は、皆、すごく優秀。至って単純、明快な刑事ものなのだが、上司に何故解決できた?と聞かれ、「それは私が優秀だからです」って、あれだけ嫌みなく言えるのは、天海さんだからこそ。そしてもう一つ、これからどうなるのか、本気で見ているのが「アイシテル」10歳の小学5年生が、近所の2年生男児を殺害する。その被害者と加害者の親同士の気持ち、そしてその間に介在する、いろいろな機関などとの関係など、とても興味深く、見ている。稲森いずみさん、結婚してお母さんになって、凄く良い女優さんになった感じがした。加害者の少年のお母さん役を、とても上手に気持を込めて演じてらっしゃる。刑事物の新番組も結構多い。「BOSS」のほか、これも好きな俳優さん、内野聖陽さんの「臨場」。珍しく、高島政信が、変わり者の検視官である内野と敵対する上司を演じている。このドラマの松下由樹が良い。まるで昔から本当に鑑識にいたような感じさえする。超ばかばかしくて、いかにもマンガチックなドラマは「アタシんちの男子」と「ゴットハンド輝」。ばかばかしさを踏まえてみると、なかなか面白い。勿論、「ありえないでしょうが」と時々突っ込みながら、思いきり楽しみながら見ている。こういう見方をするには、抜群に面白いドラマだ。「ないないない」とか、「なぜにそうなる?」とか。細かいことを言えば、「ゴットハンド輝」。あれだけの手術設備があるのに、上部で見る場所が、モニターもなく、ただガラスがはまってる狭い見学室。ガラスを叩くと声や音がそのまま手術室に聞こえちゃう。「モニターくらい、買えよ」って突っ込みながら見る。あと、まあまあ面白いのは「白い春」。阿部寛が、刑務所帰りの怖い男を演じている。そしてその娘に、「ポニョ」の歌の女の子大橋あゆみちゃん。まあ、今までの話としては、よくある話。勿論、今までの間での感想で、これからどう変わっていくのかが、楽しみではある。阿部寛の目のくぼんだ、怖ーいメイクが良い。それに、また、吉高由里子ちゃんが、キーマンのような役で、これからが楽しみ。若手の女優さんでは、この人大好きです。最近はCMでもよく出るようになった。「僕の妹」は、まだよくわからない。オダギリジョー見たさで、見ている。長澤まさみちゃんが、キャバ嬢って、似合わないよね~。中居くんの「婚カツ」と「夜光の階段」は、感想はない。前者はいかにもラブコメディで、後者は、なんだかまだ分からない。以上、頑張ってみました。勿論、ゴールデンの物だけ。最近は、11時過ぎからもドラマを放映しているが、11時からはニュースを見るので、見ていない。裏で嵐君が出る時は、録画してドラマを見た。そこまでして、ドラマは初回を見たい。TV大好きだな、やっぱり。
2009年04月24日
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今日明け方、スマップの草なぎ君が、公然わいせつの現行犯で捕まった。朝、「逮捕」の文字に驚いた。何したんだよ~、公然わいせつって、何?・・・と思って見たら、何のことはない、ただお酒に酔って、全裸になっちゃって、一人で叫んだりしただけじゃない。注意した警官に暴力振るったなら、「公務執行妨害」だもんね。これ、ついていなかったから、ただ裸で騒いだだけで、逮捕されるの????南の島のヌーディストの国だったら、問題なかったことなのにね~。あ、騒いだことの方が問題?だったら「公然わいせつ罪」じゃないよね。大騒ぎの、午前中のワイドショー。こちらもTV大好きだから、点けっぱなしにしてたら、まるで飛行機事故か大事件のように、ちくいち動向が入ってくる。少し騒ぎすぎじゃなかろうか・・・。と思っていたら、何と、家宅捜査だって。公然わいせつ、酔って裸になって騒いだだけで、家宅捜査までするかな~。まあ、最近、芸能人やその筋の人の間での薬物使用が取りざたされ、そのうちに、芋づる式に次々逮捕されるって言われているから、奇行に警察も疑ったのは無理もないが・・・。お酒を飲みすぎて、正体を無くしての行為。これがお笑い芸人だったら、警官もそう神経質に逮捕なんてしなかったかも知れないが、相手がトップアイドルだったから悪かった。自宅もすぐ傍だというし、洋服や持ち物もすぐそばにまとめて置いてあったというから、マンションに帰宅したとでも思ったのじゃなかろうか・・・と想像する。警察も、「近隣の方にお詫びしなさい」って、「まあまあまあ・・」って、手打ちで良いんじゃないのかなあ。お酒の上での失敗だし・・・・。普通の人のように「トラバコ」に一晩置いて、覚めたら釈放って形で良かったんじゃないの?。まあ、そう言うが、正直お酒の上の失敗ってのが、あまりピンとこない。何せ、飲まないから。私の回りで、お酒飲んで、正体無くしたって人がいない。私も社会人のころは、少しは飲めた。水割り4杯が、私の限度。銀座や、新橋でさんざん遊んだ父が、「美味しくてきれいな色のお酒には手を出すな」とか「女の酔っ払いほど、みっともないものはないぞ」とか、小さなころからしょっちゅう、耳たこになるほど聞かされていたから、そんな物なんだと思っていた。社会人になる前に、家で自分の限度を知るために飲んだ。で、水割りなら4杯が限度だと知り、表ではそれ以上飲まないようにした。だから、どんなに楽しく飲んでも、帰りには、駅から自転車でしっかり帰った。父もお付き合いで、べろべろに酔って帰って来ても、覚えていない・・・・と言うことは皆無だった。飲めない人は、アルコールを分解する酵素が飲む人のように出ないそうだから、飲み過ぎると、自分が悪酔いしてしまうことが解っていて、自分が苦しむから、限度以上は、飲まないのだろう。勿論、だから、二日酔いってのも経験したことがない。パパも飲まない。夏の暑い時も、ビールが飲みたくなるのはいつも私で、多分、私より飲まない。やはりお付き合いで飲んで帰ると、いつも「気持ち悪い」と苦しそうにしているし、正体を無くしたことも、知りあって28年、一度もない。だから、正体をなくして、こういうことを起こす人が、少し羨ましいような気さえする。嫌なこと、何もかも忘れる瞬間が、お酒の飲めない人には無いんだもの。草なぎ君、普段、本当に真面目で、一途なところのある人だから、正気になった時、落ち込むよなあ。訳知り顔の方に、叱られそうだが、今回のように、飲みすぎて、ちょっと羽目を外したくらいで、そう、目くじらたてることでもないように思うんだけど・・。勿論、騒がれた近隣の住民には、めちゃくちゃ迷惑だったろう。だから、お詫びするのは、その方たちにだけで良いよ。でも、きっと釈放されたら、記者会見を開いて、また、大勢集まって、フラッシュの中、詫びるのだろう。勝手に騒いだのは、こっちなのにね。何度考えても、そんな大それたことだと思えないのは、私だけだろうか・・・・・?多分、今頃、「トラバコ」の中、お酒も覚め、事の重大さに、おののいているのじゃないだろうか。可哀想になあ。考えすぎて、バカなことしなきゃ良いが・・。まあ、これからは、お酒に飲まれないよう、適度の量で、楽しく飲んでください。勿論、騒いだ公園の近隣の方にはお詫びして、もう、良い大人なんですから。私たち関係ない者には、詫びる必要は全くないと思いますよ。草なぎ君。私は、草なぎ君の事件より、清水由貴子さんの介護疲れによる自殺の方が、社会的にうんと、問題を提議しなきゃいけないと思っている。社会に大きな問題としてある、「老老介護」。こちらを大きく取り上げるべきじゃないだろうか。仕事を辞めてまで、介護しなくちゃならない現実。介護施設を、早急に増やし、介護を家庭から、施設に移さなくちゃ、本気でみんなが考えなくちゃならない問題は、こっちなのに。要介護度5だったそうだ。これはもう、家庭で看れる状態じゃない。認知症だったのかは知らないが、認知症要介護度3で、私は根を上げた。そして、今も苦しんでいる鬱病に、介護している人の3分の1がなる・・という結果も報告されている。こちらをもっともっと、番組で大きく取り上げ、清水さんの自殺から、学ばなくちゃならないのじゃないだろうか。本末転倒とは、このことだよね。マスコミ、なんかおかしくないか?草なぎ君のことは、騒ぎ過ぎだぞ!
2009年04月23日
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やっと晴れましたね。今日は、朝から、庭の草を抜いたり、頂いてきた「ジュウニヒトエ」を植えたり、ガーデニングを楽しんだ。「ジューニヒトエ」は、持って帰ってくる時、長い穂に紫の奇麗なお花が咲いているのだが、上から3センチほどのところで折れてしまい、可哀想だった。何所に植えようかさんざん考えた。まずは、南側のお隣との境に作ったレンガで囲った花壇のサザンカの根本に植えた。どんどん、広がるそうなので、増えたら、玄関側の陽の良く当たる場所にも、群生したら、素敵なので、株分けしようと楽しみです。帰ってきたら、友人からメールが届いていた。行く前に、私が盗まれてがっかりしていた手つきの籠のテラコッタが、彼女の家の近くで、たくさん売られていることを教えてもらい、近々、遊びに行く約束だし、その際、買ってこようと楽しみにしているのだが、また、新しい物を彼女が買いに行ったようで、その画像を送ってくださった。これも可愛い。うん、また、行くのが楽しみになりました。ありがとうね(*^^)vさて、月曜に買ってきたメンチカツ、翌日、つまり昨日の夕食のテーブルにやっと上がりました。まあ、揚げたてより味は少し落ちたが、家族の皆様には、評判でした。「これだけお肉が入ってたら、そりゃ、美味しいよな」だそう。まあ、本当かどうか分からないが、一応、松坂牛が使われているから、美味しくないわけがないよね。で、私はダイエットで夕食はダイエット用のジュースで、食べないので今日のお昼に頂きました。やっぱり、ホテルで熱々を食べたよりは、ジューシーさは、損なわれていた。持っている間、ずっと下から香りが漂っていたし、帰宅して、入っていた紙袋の底が、相当に湿っていたから、その分、水分油分が紙袋に出てしまったわけで、これはもう、仕方のないこと。それでも、レンジで少し暖め、オーブントースターで焼いたら、美味しさには変わりなかった。他のお店では、生の冷凍を通販しているところもあるから、一度買ってみようかしらん・・・。今日も、鬱状態はあまりよくないです。東京ではじけちゃったから、その反動でしょう。だるいし、午後から少し寝た。留守中の予約録画も編集する気になれず、夜も、早くに就寝。こういうときは、気持ちに逆らうことなく、早めに寝るのが一番ですね。画像は、メンチカツの入っていた袋と、お肉の詰まった美味しいメンチカツです。そして、「小ざさ」の最中。白あんと黒あんとあります。あまり甘ったるくなく、とても上品なお味。
2009年04月22日
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今日は、朝から、なーにもしたくない。鬱だなあと解るくらいの鬱だった。折角頂いてきた「ジュウニヒトエ」も、嵐のような雨と風で植えることもできず。では、昨日の続きです。三鷹の駅から電車に乗り、高円寺に行った。高円寺は、昔から出来上がった郊外の町…と言う感じだと母が言った。そう言えば、何十年か前、3寺駅と言われていたっけ。住み心地とか、便利さとか、住むにはこの三か所、吉祥寺、高円寺、国分寺が中央線の人気の場所だった。中学を卒業後、私はこちらに来てしまったが、吉祥寺や三鷹の社宅や、アパートに住んでいた私の友人たちの多くが、国分寺におうちを買って移って行ったものだ。では、「流星の絆」の話。高円寺に「流星の絆」の重要な場所、ニノが働くカレー屋さん「ジョージクルーニー」のロケ場所があったのは、録画して見た時に知った。有るシーンで、大きな美容院が映ったのを調べたら、すぐに解っちゃったのだ。「なんだ、ここ、高円寺だったんだ」と思い、また三鷹に帰ることがあったら、是非、見に行こうと、ミーハー根性に火がついた。で、今回は久し振りに吉祥寺に泊まることにしたので、行く前から楽しみにしていた。従姉妹に送ってもらい、三鷹から電車で東京駅に向かう途中、高円寺で降りた。場所は解っていた。暫く歩いて行ったら・・・・、あったあった。何と、「ジョージクルーニー」のそのまんま残っていた。廃業したお店を使ったことは知っていたが、ここまでそのまま残っているとは思わなかった。お店の横には「ジョージクルーニー」のシンボル虹にお店の文字。近づくと、青いビニールシートで表側が覆われていたが、風でシートが外れていて、端から中が丸見え。そっと覗くと、中もそのまんまそう、ニノが駆け下りたり、店に入って行ったりした階段とか、そのまま残っていてびっくりした。おまけに、中の黄色のペンキもそのままでヤシの木の横に「ジョージクルーニー」の文字も鮮明に残っている。撮影後、全く壊していないのが解った。兄弟じゃない・・・と戸田恵梨香ちゃんにばれ、走り出した戸田恵梨香ちゃんを錦戸くんが追いかけ、ニノが悲しそうにした店の横のシーンの場所も、そのままだった。あの時のシーンは横のビルの窓が黄色一色になっていたが、画像のように、そのまんま。もう、感動ものだった。散々写真を撮ったり、記念撮影して、また、てくてく歩き、高円寺の駅に戻り、駅で新幹線の中での夕食用に、スタバで期間限定の美味しそうなセットを母と買って、高円寺の緑の窓口で、帰りの新幹線の切符を買い、また、中央線に乗った。もう、超、満足。何枚も写真を撮り直すのを見て、母は「納得しないと、帰らないから困っちゃうわね」と笑っていたが、「あなたは言いだしたら、聞かないから仕方ないわね」だって。新幹線は、結構混んでいた。考えてみれば、昨日は平日だったから、日帰りの東京出張のビジネスマンが多かった。午後9時前帰宅、遊びに来ていたオネエに母はお土産を渡すことができ、帰って行った。いつもみたいに、東京バナナも、ゴマ団子も買わなかったが、お土産的には、大満足。「TAKANO」のさくらのゼリーに、バラのクッキー。さとうの「メンチカツ」に小ざさの最中。花まるです。で、今日は、朝から雨と風で、冬眠状態。午後、ホテルから送った荷物が届いた。ぐずぐずと片付けたり、のんびりの一日だった。画像は、「ジョージクルーニー」のロケ場所。
2009年04月21日
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朝、8時起床。ホテルの窓から、吉祥寺の月曜の朝が見えた。下に降りて、母とバイキングの朝食。このホテルは、和食のバイキングのお料理が多いので、宿泊客も、年配が多い。さて、食後のお散歩に、ご近所にご迷惑にならないように、楳図かずおさんの「まことちゃんハウス」見学に行った。このあたり、私の中学の通学学区で、同級生の家が点在する場所。すぐに見つかった。裁判で騒がれたが、全く、私も母も違和感がなく、「わあ、可愛いおうちだね」が感想だった。少し奥まった場所に家が建っており、前には植木などがあり、赤い昔のポストがかざってある。画像のように本当に可愛らしいお宅だった。上を見上げたら、「まことちゃん」が立っていて、これも超可愛かった。駅前に戻り、ハーモニカ横丁を抜けて、お肉屋さんの「さとう」に行った。9時開店だが、「メンチカツ」は10時からの販売。実は、2年ほど前、このさとうが経営するステーキハウスで昼食を摂ったことがある。お店の横に、人一人がやっと通れる階段があって、狭い二階にカウンターとテーブル席があって、ランチにステーキを出す。結構、美味しくて、また来ようと思っていて、まだ行けてない。行った時間が9時40分だったので、20分ほど待った。そのころには、もう、列ができていた。私と母は4人目。さて10時。「販売始めます」のお店の方の声。次々手際よく、売られていく。皆、20個とか、大量に買っていく。一個160円だが、5個買うと140円になる。前日の売れ残りは一個120円だった。5つづつ3袋買った。1袋は、従姉妹にお土産です(笑)私たちが買う頃には、すでに長蛇の列になっていた。実は、あまりこの「さとう」のメンチカツほどは知られていないが、そのお隣にある「こざさのもなか」も、有名なのだ。ここも、近隣では人気があり、並ばないと買えない。伯母がこちらに来てくれる時、よく、お土産に持ってきてくれる。で、母が「こざさの最中も買いたい」と言いだし、こちらの列にも加わった。結局、両方買えたのは10時半。そこから、駅のショッピングセンター「ロンロン」で買い物。昔、新宿に「TAKANO」と言うお洋服屋さんがあって、好きでよく行った。実はここ、フルーツパーラーで、今はお洋服屋さんがつぶれ、フルーツパーラーだけが残り、店舗は有名な海外ブランドのお店になっているのだが、その「TAKANO」が、ロンロンに入っていて、フルーツゼリーとかケーキとか、フルーツジュースとか売っている。そこで、母がご近所へのお土産を買ったり、「私の部屋」ブティックや「IT’S DEMO」と言う雑貨屋さんで、娘たちにお土産を買ったりしてホテルに戻ったのが、11時過ぎ。幸い、私はこのホテルチェーンの会員なので、12時までチェックアウトしなくても良いので、お昼ごはんに、買ってきた揚げたてほかほかのメンチカツを、食べた。母は、パン屋さんで、カツサンドをゲット。母がカツサンドなんて、珍しい。ダイエットを始めてから、お陰さまで、これだけでもう、おなかがいっぱいになっちゃった。揚げたてのメンチカツは、もう、ジューシーで、めっちゃくちゃ美味しかった。なるほど、これは並んでも買わなくちゃなあ…と思った。昔からあったのに、買った事がなかったのが、不思議だ。荷物をいつものように段ボールに詰めて自宅に送ってもらい、ゆっくりして、ホテルを出た。午後、再び、従姉妹の家に向かった。先日「ぴったんこかんかん」で見たお蕎麦屋さんの前を通り、成蹊学園の並木道を見て、母校の小学校や中学校を通り過ぎながら、到着。残念なことに、今日は伯母はデイサービスに行っていなかった。でも、昨日のあのお元気な姿を見たら、また、夏コンの時に会えるよ・・・と安心した。従姉妹の家のお庭は、昔から大きな木や、お花がいっぱい。昔は、お屋敷町で、伯母の家の並びには100メートル以上もある通りにたった8軒しかなかったが、今は、アパートやらいろいろ建ってしまい、お屋敷町の面影は残っていない。子供のころ、お隣の広いお庭で、池に掛かる石の橋から鯉にえさをやったり、お子さんがもう大きくなってしまったので、おままごとの道具やら頂いたり、可愛がっていただいたものだが、そこにも、今はアパートが建ってしまっている。伯母の家のお向かいにも、大きな桜の木のあるお宅があったが、今は奇麗に毎年、お花見ができるくらいの桜の木もなくなり、一時、その桜の花びらが、舞い込んでくる向いのアパートに住んでいたが、土地も切り分けられ、小さなおうちがいくつも建っている。もう、すっかり変わってしまった。伯母はいなかったが、従姉妹と母と私、楽しいおしゃべり。一昨年まで、ここにもう一人の従姉妹と伯母と、いつも5人でのおしゃべりだったのに・・・。やっぱり、Y姉ちゃんがいないのは、なんだか寂しいね。3時間、楽しい時間を過ごさせていただきました。帰りには、お庭に咲いている紫色の「ジュウニヒトエ」があまり群生して奇麗だったので、根っこごと頂いた。我が家の庭に群生してくれることを願って、頂いた。従姉妹がいつものように、三鷹の駅まで車で送ってくれ、お別れです。また、お目にかかりましょう。そのあと、ミーハーになって、ちょっと冒険しましたが、長くなるので、明日にします。画像は、「まことちゃんハウス」。なかなか素敵でした。下の左は、「さとう」のメンチカツに並ぶ人。右は「小ざさ」の最中や、羊羹に並ぶ人と、「小ざさ」のレトロなランプ。
2009年04月20日
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只今、吉祥寺駅前のホテルに宿泊中です。最近は便利で、フロントで、こうしてパソコンを借りられるので、更新も、リアルタイムでできます。今朝母を迎えにいき、パパが駅まで送ってくれた。「仲良くな」って、小学生かまあ、いわれても仕方ないくらい、母とは、すぐに喧嘩になっちゃう。昨日は、もう、ずっと喧嘩してたしなあ。あ、このパソコン、馬鹿ビスタじゃなくて、XPだ!ちゃんと熟語が、変換されます。やっぱ、XPの方が良いなあ。ビスタはね、熟語が全く出てこない。例えば、「梯子」おーー出る。これ、ビスタだと「梯」と「子」を入れないと熟語にならない。だから、漢字を知らないと、書けないのだ。大丈夫も(おースラスラ出てくるぞ)「大」と「丈夫」にしないと、すっと出てこない。XPは良いなあ。あ、話がずれた。久々の東京の夜です。伯母は、元気でした。もう、会えてとても嬉しかった。少し、体の具合がよくなくて、心配していたのだが、私の横のお席で、ちゃんとお食事も摂れていたし。伯母の娘や息子つまり私の従兄弟達と、そのだんな様たち、亡くなったお姉ちゃんの息子家族、それに伯母の弟の息子家族それに私と母。小さな頃から、ずっと一緒だった人たちに囲まれ、本当に幸せな時間でした。先日、亡くなった従姉妹の息子が、私の前の席で、一緒に、いっぱい、いっぱい、話をした。あの頃、天然パーマの可愛い男の子だったのに、今は、高校生を頭に3人のお父さん。まじめにお父さんしてました(爆)こういうお席で、お酒が飲めないのが、少し寂しい。飲めたら、もっと楽しいだろうなあって、飲める人がうらやましい。我が家は、パパが飲まないから、余計、私も飲めなくなっちゃう。たまに、小さなビールの缶をこそっと買ってきて、飲んじゃうくらい。伯母の白寿のお祝い、本当に嬉しかった。99歳、凄いよね~。全然ぼけてないし、耳は少し遠くなっちゃったけれど、話はちゃんと通じるし、何より、自分の足でしゃんと歩くのは、本当に凄いと思う。勿論、以前のように、卓球をしたりはもう、さすがにできないが、杖もなく、ゆっくりだが歩けるの事が、素敵だよね。それに、人に対する心使いも、まだまだ健在。大好きな伯母ちゃん、貴女がいてくれたから、私はグレずに済みましたm( )m100歳、一緒にまた、お祝いしたいですね。伯母ちゃん、白寿、おめでとうございます。あ、そうだ~、すごいことがあった。吉祥寺の駅から、横断歩道を渡って、ホテルに向かっていた時のこと。ホテルの方から、真っ赤なジャンパーを着た、楳図かずおさんが、歩いてきのだ。そう、あの裁判沙汰になった「まことちゃんハウス」は、この吉祥寺の駅からすぐのところにある。てか、友人の家の近くにある。知ってはいたが、本人にこんな所で会うとは・・・。「あ、楳図かずおさんだ!」と思わず言っちゃったら、楳図さん、少し下を向いてニッと笑って、スタスタと私が来た方に、歩いてらっしゃった。キャーあの「へび少女」などは、40年以上前からの私の愛読書なのだ。数年前、原宿の交差点で、潤君とすれ違った以来の、奇跡・・と思っていたら、ホテルのフロントの女の子が、「私も一度、お見かけしました。このあたり、出没してらっしゃるみたいですよ」だそうだ。調べたら、吉祥寺に仕事場を二つもってらっしゃるそう、そりゃ、うろうろもするよね。さてさて、吉祥寺の夜は更けていく。明日は、どんな楽しい事しようかな?画像は、奇麗に見えた新幹線からの富士山。富士山が見えると、ああ、帰ってきたなあって思います。中学校の窓から、いつも見ていた富士山です。そして、吉祥寺の井の頭線のホームに見っけ!「スマイル」の大きなポスターですよ!
2009年04月19日
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明日から、伯母のお祝いに三鷹に帰る。何だかすごく久し振りな感じがする。そういえば、相葉ちゃんのお芝居も、今回は東京公演は当たらず、大坂に行ったからかもしれない。毎年、夏コンだけじゃなく、何度か帰るが、去年の9月にあった、国立競技場以来だから、それでも、7か月しか経っていないんだなあ。そうか~、去年は、引っ越しとかあって、生活ががらっと変わって、外構工事もまだだったし、引っ越してすぐのコンサートだったからだ。色々なことがあって、日が過ぎるのが遅く感じたのかもしれない。あの奇麗な夕暮れの大都会の景色と重なった嵐君の歌とシルエット。本当に奇麗だった夜から、まだ、7か月なんだ・・・。髪を染めて、買いものに母と出かけた。最近、母も年を取って、かなり可笑しな…と言うか、ちぐはぐな・・・・的を射てない言動が多くなった。今日は、お財布を持ってきたのに、お金が全く入っていなかったし・・・。先日のおにぎりの一件から、少し注意してみていると、今日は、建った時から玄関の扉についている鍵を「こんなところには、無かった」とパパに言い張るし・・。気がつかなかっただけなのにね。おばあちゃんの認知症も、ゆっくりゆっくり進んだ。母も、認知症になったら・・・と、空恐ろしい。車を運転している時、横に乗った人がべらべらしゃべると、こっちの注意が散漫になるから、運転者に失礼であることは、運転する方はよく知ってらっしゃる。だが、母は、走りだす前に、もう、喋りだす。暫くは我慢して聞いているが、気を使わなくちゃならない交差点などは、危ないから、黙っていてほしい。それでも我慢して、聞き流していたが、とうとう「少し黙っていてくれない?」と言っちゃった。しかし、めげない。しばらくすると、独り言を言い出し、喋りだす。もう、車から放り出して、置いて逃げちゃいたくなるくらい。「貴女としゃべらなきゃ、誰としゃべればいいのよ」って言うが、母は、30年来コーラスも行っているし、個人レッスンの声楽にも通っている。鍼灸院にも毎週通っているから、私なんぞより、うんと人に接している。普段の母を見ていると、デパートの店員さんにも、余計なおしゃべりをするから、あの調子で、存分にしゃべっていると思われる。その上、私が欝で、なかなか行ってあげられないと、娘たちが、行ってくれてるし。それでも、まだしゃべりたいのか・・・と思う。私だって、パパや娘達と、あんなにはしゃべらないのになあ。娘として、しゃべりたいことがあるかと思うと、全然違うのだ。全くどうでも良い、私じゃなくても良いことをしゃべる。やはり、少しおかしくなっているのかもしれない。兎に角、年をとってから、物凄いおしゃべりになった。昔から喧嘩が絶えなく、高校生の頃は、父がたまりかね、「お互い1メートル以内に近づくな!」と怒鳴ったくらい。相性が、全く合わない。その母と、半日一緒にいて、くったくたに疲れてしまった。おまけに、家に送って、帰宅し、ソファに横になっていたら、うつらうつらしているのに、30分ごとに3回、電話で起こされた。それも、どうでも良い事ばかり。ゆっくり休むこともできないのだ。世の中の娘さん、貴女は貴女のお母さんとうまくやっていますか?全く、最悪だな。
2009年04月18日
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今日は、朝から、超忙しかった。はい、今日一日、嵐の追っかけ録画していました。今日から潤クンの「スマイル」が始まるし、明日から、翔君の「マジックショー」が始まる。で、朝から、潤クンと翔君が、番組宣伝、通称「番宣」で、ワイドショーなどに、生で出てくるのだ。それも今回、潤君は、TBS翔君は日本TVだから、たちが悪い。同時刻に出ちゃうと、当然だが録れない。ファンは、録画を「捕獲」と言うのだが、潤君の分だけは、この地方で映る限りの物は、すべて捕獲した(*^^)vジャニーズ事務所は、ジャニーズのアーティスト同士は戦わせない。競合させない…と言うのがポリシーで、そのための、年末のレコード大賞も、辞退している。大体去年のレコード売り上げのトップと2位は、嵐君が独占しているのに・・・だ。なのに、同じ嵐のメンバー同士で、こうなっちゃうのが、いまいち理解できない。翔君のドラマは土曜開始なので、金曜のワイドショーにぶつけてきたのは解るのだが。何も、潤君も同じ時間に出演させなくてもいいのなあ・・・。と思っていたら、バッティングはしなかった。上手くずらしてあった。それでも、生放送のワイドショー、一応、公式のサイトで、出演時間を書いておいてくれたが、「イチロウ」の日本記録安打達成のニュースが入ってきたりで、予定時間に放映されなかったものも2~3あった。「はなまるカフェ」の潤君が一番長い時間だったかなあ。でも、捕獲成功です。もう、一日、TVとDVDのリモコン握りしめ、TVも、二つ用意し(一つは小さなワンセグのTVです)映りそうになると、チャンネルを変えて、スタンバイ。バカバカしいと思う方もいらっしゃるだろうけれど、手に汗握る時間だった(笑)で、いよいよ夜10時潤君の「スマイル」。しょっぱなから、刑務所の面会室。それも2015年から始まった。つまり、回想のドラマなのだ。「花より男子」からファンになった方には、かなり重かったんじゃないかと思う。ドラマと解っていても、「潤君が可哀そう」って。私の感想としては、80点かな?保護観察処分中の犯罪歴のある青年たちが、昔の犯歴から全く彼らを信じない刑事や、また、悪の世界に引きずり込もうとする昔の仲間や、偏見に満ちた世の中に対し、これからどう生きていくのか、何を起こすのか、とても興味がある。この時代だからこそ、脚本家も書きたかったテーマだろう。世の中が、不況で暗い時期に、明るいドラマが見たい…と思われる方には、かなり重いドラマだったなあと思うが、同じく重かった大ちゃんの「魔王」を超えられるか、頑張ってほしいと思う。新垣結衣ちゃんが、とても可愛かった。この子、ポッキーのコマーシャルに出ていた時から、可愛くて好きだった。いしだあゆみさんが、久し振りに出ていて、嬉しい。TBSのドラマに12年ぶりに出演している中井貴一も。そういえば、「ぴったんこかんかん」で、中井さんが、吉祥寺から、成蹊大学までをぶらり歩くのを見て、とても懐かしかったし、実は明後日、通る場所だったので、嬉しかった。貴一さんは、成蹊中学から大学を出てらっしゃるそう。そうか~、従姉妹の後輩だったんだ・・・と知った。私もあのケヤキ並木、大好きです。明後日、伯母の白寿のお祝いで、吉祥寺に帰る。「さくら」のメンチカツ、いつも並んでるので買わないが、見てたら食べたくなった。よし、今回は並んで買おうと、決心した。はははは、かなりのミーハーですみませんm(__)m
2009年04月17日
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桜の花は、もう、どこにも見られなくなった。今年は、一斉に咲き、一斉に散る・・・と、列島を縦断し何だか短かかったような気がする。桜は、本当に日本の宝だ。この季節を待ち遠しく思い、日本人は、目で見て、心で見る。そこから、絵画、彫金、織物、着物、帯、陶芸、近年ではパッチワークなどなどの作品が生れ、花びらは、桜湯の塩漬けになったり、葉はさくら餅などに使われる。桜は日本の文化の大きな源になっている。日本人の心の中に咲いている花のような気がする。この国に「桜」がなかったら、どんなにか味気ない国だったろう・・とさえ思う。多分、桜が嫌いな日本人なんて、いないだろう。私も桜に関するものを、いつの間にか集めている。ブローチだったりネックレスだったり指環だったり、桜茶だったり、ストラップだったり、日本古裂の小物などなど・・。何だか、桜が傍にあるだけで、「春」のイメージに包まれる。あの薄ピンクの花びらを思い浮かべるだけで、優しい気持ちに誰もがなれるのじゃないだろうか。桜の季節が終わると、本格的な「春」が満開になる。桜が満開になると、新しい年度がやってきて、新社会人が生れ、新しい小中高校生、大学生が生まれ、転勤で新しい土地に見知らぬ家族がやってきて、新しい住民になる。「桜」と「新しい」とは、切っても切れない印象だ。桜→新しい…って感じ?そして、こうして散って仕舞った頃、新しい日々に慣れ、落ち着いた日々に戻る。やがて町に新緑の季節がやってきて、色とりどりの花が咲き新しい日々を迎え、少し疲れた心を癒してくれる。なんとまあ、世の中と自然は、上手く調和がとれているのだろう…と思う。話は変わるが、先日見た本に、こんなことが書かれてあった。「自然と人間は、原始の時代から共生してきた。だから、その季節季節の自然の物を口にすれば、人間はおのずと、健康でいられる」これは、勿論、旬の野菜や魚のことを言っているのであるが、現代の私たちが、見捨ててしまっている雑草のことにも、言及している。春は山菜の季節。食べ過ぎると、あくが強いので、良くないが、適当に食べると、冬の間に体に蓄積された毒素も排出される・…と言うのだ。雑草も、よもぎや春の七草を口にすることを勧めている。なるほどなぁと感心した。自然の草が、薬草なのだ。都会育ちの私が見て解る、知ってるのは菜花やペンペン草。それ以外は、見てもわからない。ペンペン草が食べられるなんてね~。我が家の庭に群棲している草を見て、あ~、あの中に食べられるものが、身体に良いものが、たくさんあるのに、なんとも無知とは勿体ないなあ・・と、ため息が出る。いっちょ勉強しようかな?と心が動いた。美味しい上に、体に良いとなれば、こんな良いことはないものね。とうの立ったふきが、今庭に沢山あるが、これも、苦くてもう食べられないと思っていたら、食べられることを知った。そりゃ、大きくなったものも食べられるのだから、よく考えれば、解ったものだが、気がつかなかった。そうやって気がつかない物が、まだまだ沢山あるんだなあって、人生、面白いなあって思った。「これおいしいね、何?」「ペンペン草よ」驚く家族の顔も、見たいよね(爆)
2009年04月16日
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実は、一昨日から、本格的なダイエットを始めた。ダイエットなんて、こそっとするもので、こんな公の場で言うもんじゃない。しかし、私の場合、挫折するのは目に見えているので、こういう場で、公言しておかないと、続かない(笑)どれだけ、長い道だったか・・・今までしてきたダイエットを書いてみよう。○体脂肪を燃やし痩せる(某女優とそのマネージャーが試して痩せた薬)・・・・とふれこみの薬を1年以上服用したが、全く効果無し。○水泳に1年以上週3回通ったが、筋肉だけ付いて、体重、体型は全く変わらず。○痩せている頃の私を知っている友人が、急激に太ったのを心配してくれ、肥満対策内科を紹介してくださり、半年電気をかける方法で土日曜以外毎日通ったが、全く効果なし。この時、効果が全く出ないのに不審を抱いた医師に、服用している薬を見せたら、「あ~~、この薬を飲んでいるの~、申し訳ないけれど、この薬飲んでる間は痩せるのは無理です」と言われ、ものすごいショックを受けた。一緒に通った友人達は、みんな奇麗に痩せた。良いなあ。○それでも諦めきれずに大枚50万円をちまちま3年ローンで払い、エステティックに1年通うも、やっぱり全く効果無し。ローンだけ残った(T_T)○ダイエット食品を夕食に代え、お昼に夕食分の食事をしたが、どうしても昼に帰宅するパパが、カップめんなど食べている横で食べられず。俺のせいにするな・・と大喧嘩。でも、どうしても続けたくて、お昼に帰ってこないでと言い、また、大喧嘩になり挫折。○「ビリー隊長」「コアダンス」などのビデオを手に入れるが、気持ちが鬱になったりで、続かず。・・とまあ、することだけはしてきたし、お金も掛かった。「ジョーバ」は、発売されてすぐに購入したが、続かず、最近も、健康機器を買ったりしているが、幸いこれは手軽なので、今の所続いている。自分のメタボ体型に、本気で死にたくなる。だが、小さな時から、好奇心は人一倍強いのに、あ、こりゃ合わない…と思うと、引くのも人一倍早く、虚弱体質で、元々が、痩せっぽっちの超インドア派だったから、運動することが、大嫌いで、たちが悪い。唯一の好きなことが水泳だったのに、これは全く痩せることには効果がなかったし・・。食べなきゃ、食べないで、全然平気だと思いなおし、今回は、本気でやり遂げようと始めた。勿論、今までだって、1年以上続けていることばかりだが、全くの効果が得られなかった。高いお金を出して買ったのに、パパと喧嘩して辞めてしまったダイエット食品に、まずは、挑戦することにした。年を重ね、パパに対する思いも失ったのか(爆)横でカップラーメン食べてても、平気になったのか(爆)・・・・・と言うのは冗談で、パパが昼食時間に、最近は2時前まで帰って来られなくなったので、12時に私が、夕食のお料理を食べていても、大丈夫になったから。私が食べ終わってからパパの帰宅になることが多くなったので、こりゃ、チャンスと始める気になった。そしてもう一つの大きな理由は、夜、寝苦しくて、ちゃんと眠れなくなった事。朝、ものすごく気分が悪い起床なのだ。トイレに走って、げぼっとすることも多々ある。おなかが張って、寝苦しくて仕方ない。朝食を食べ、しばらくして排便をしてやっと楽になる。それがここ最近酷くなり、起床時から毎日頭痛もするようになり、睡眠薬なしでは眠れなくなったのも、こりゃまずいと思い始めた大きな理由。夕食に、暴飲暴食している訳じゃない。普通におかずを食べ、赤ちゃん用のお茶碗に半分しかお米も食べていないのに・・・・だ。代謝がすこぶる悪いのだと思う。で、食事を減らすのは、全く苦にならないので、残っていた未開封のダイエット食品を、まず、やってみようと思った。一日目は、朝はバナナとベーコンと卵。お昼に、ダイエット食品(イチゴジューズみたいなの)夜は、普通の食事にしたら、翌朝、ダイエット前と全く変わらず、気分がめちゃめちゃ悪いし、吐き気も止まらない。で、昨日は、朝、ポテトサラダ、目玉焼き(勿論油は使わず)昼、普通の食事。夜、ダイエット食品にしてみたら、今朝、気持ちよく、全く吐き気も頭痛もなく起床できた。おまけに昨夜は、睡眠導入剤も服用せずに眠れた。ヤッター!と言う感じ。運動も、少しだが続けている。このまま、続けられたら、御の字だ。家系的にも、親は二人とも痩せっぽっちだし、兄弟も痩せている。私自身も、どんだけ食べても、あの薬を飲む45歳まで太ったことはなかった。太っていることで、心が病んでいる。鬱が酷くなっている理由にもなっている。ここでイッチョ頑張ってみないと・・・と思う。このデブ地獄から、抜けださないと、元々痩せっぽっち用に出来上がっちゃっている足が持たない。嵐クンの夏コンまでに、少し軽くなって、足に負担がいかないようになりたい。頑張るぞ!うん、頑張ろう。今日の画像は、やっと咲いた鈴蘭です。可愛いし、とても良い香りがします。
2009年04月15日
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朝から、凄い勢いで雨が降っている。風もあるから、窓ガラスも水滴がいっぱい。こういう日は、表に出ずに、うちの中だけにいたい。だが、先週、病院の予約を忘れてしまい、結局、夕方に予約を入れ直してもらい、行くことになった。夕方までに上がると良いなあ・・・。雨は好きだが、こう嵐のような日は、表に出たくない。一日、ぐだぐだした。夕方、決心して、スプリング用のコートを着て表に出た。傘なんて、全然役に立たないくらい、横殴りの雨。おまけにいつもの大きな傘が車の中にあると思い、玄関にあったビニール傘をさしていったら、ありゃ?無い。で、このビニール傘、小さいのだ。病院に行き、1時間待って受診。薬局は離れた場所にあるから、また小さな傘をさして行ったら、既に、スカートの裾の部分は、もうズブ濡れ。薬をもらい、車に戻り、少し戻ったところにあるスーパーに寄った。この時点ですでに、びしょぬれで、お店に入ったら、「うーー寒い。」やっと少し良くなった風邪。またひどくなっちゃうかなあ・・・。帰宅して家に入ってびしょびしょになったコートを脱いで、着替えた。兎に角寒かったので、すぐに暖房に切り替えた。時間はもう、7時半を過ぎていた。は~、なんちゅー天気なんだ!家に向かう頃には、ピカッと何度も稲光。こういう日は、うちの中、大人しくしていたいなあ。帰っていたチビに手伝ってもらい、夕食を作った。やれやれ、やっと落ち着きました。夜、新番組を見た。裏で潤クンが出ていたので録画。なかなか面白かった。来週から、楽しみ。
2009年04月14日
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先週から、盛んにCMをしていて、絶対見ようと思っていた番組がある。「ドキュメンタリ宣言・世紀の大スクープSP独占公開・・・・男装の麗人川島芳子は生きていた」それなのに、最初の10分、見逃した。全くね~、抜けさくなんだから。これは、番組のホームページに書かれた一節です「清朝の王女でありながら、日本のスパイとなり、戦後は「売国奴」として死刑を宣告された川島芳子。 その「処刑」から60年後の昨年11月、中国・長春に「川島芳子に育てられた」女性がいる、とのニュースが飛び込んできました。現地の報道によれば、芳子は替え玉を使って処刑をまぬがれ、「方おばあちゃん」として、その後30年間も生き続けた、とか。「ありえない・・・」との思いを抱きながらも、私たち取材スタッフはひとまず長春へ飛びました。 証言してくれたのは、画家の張玉(注、ぎょくは、本当は金へんです)さん、41歳。・・・・・・・その本当の身分を知ったのは、2004年末のことでした。臨終を迎えた祖父が「方おばあちゃんは、実は川島芳子だったんだ・・・」との遺言を残してこの世を去ったのだといいます。 狐につままれたような面持ちの私たちの前で、張玉さんの口から紡ぎだされる晩年の「方おばあちゃん」のエピソード。そして「芳子」につながる遺品の数々。 5ヶ月に渡る総力取材の結果、私たちは、「川島芳子は生きていた」と確信するに至りました。」凄い迫力だった。綿密に取材した事実や証言を積み重ね、究極の現代科学を駆使し、川島芳子の生存を証明した・・・・と確信した。まず、銃殺された遺体から骨格を読み出し、実際の川島芳子の数ある写真から組み立てた骨格と比較した。銃殺された女性の骨格、特に骨盤は、出産経験のある人のもので、川島芳子の骨盤とは、全く大きさも異なり、肩の骨格もいかり肩となで肩と銃殺された骨格と、芳子の写真からの骨格は、明らかに違うものだった。科学捜査班のエキスパートは、はっきり言った。「別人です」。画家の張玉さんの持っていた、遺品の日本の本などから採取した指紋と、芳子が生前のこした指紋も比較した。だが、残念ながら、30年の月日は、判明を拒んだ。芳子の死後、芳子をこの家に連れてきた人物は、その後僧侶になっていて、芳子が亡くなって暫くすると、この家を再び現れ、「しかるべきところに、遺骨を収容する」と遺骨を持って行ってしまった。スタッフは、家族の証言から、生前、芳子が何度となく訪れていた寺で、高貴な者だけのお骨が収容されている場所があることを知る。そしてそこで、「香羅芳」と書かれた箱を発見する。芳子の家系「愛新覚羅」の「羅」「芳子」の「芳」そして、生前、唯一心を許した友人、李香蘭の「香」。骨を確認するスタッフの手は震えていた。後日、その中から骨を採取し、DNA検査に出そうと再び寺を訪れた。だが、不思議なことに、再びその寺を訪れた取材班は、骨を採取した時、40年その寺に住んで、色々な証言をしてくれた男性を探すが、姿を消しており、採取した時、確かにそこにあった「香羅李」の箱も、忽然と無くなっていたのだ。これは、たかだか、この半年の話で、昔の話じゃない。これこそ、何より、芳子の遺骨であった事が、事実であることを証明する出来事だろう。日本の政府の仕事をしていた人物が、生前の周恩来に会い、芳子の生存を尋ねると、「私の口からは、そういうことは言えない」と言いながら、指で「丸」を描いたと言う。そして、すべてをかけて愛した血の繋がらない孫である画家の元に残された遺品が、川島芳子の物であったことは、素人の私でも、確実に生存が確信でき、理解できた。そして、なぜ銃殺を免れたのかも、現在も中国で生きる愛新覚羅家の方の口から判明した。当時のアメリカGHQの秘密文書の中から、金の延べ棒30枚が、ばらまかれ、芳子が銃殺を免れたことが書かれてあった。その金の延べ棒を用意したのが、彼の親だったのだ。政府高官、監獄の看守、銃殺にかかわった警察官、芳子の銃殺に関わる者すべてに、ばらまかれたのだ。そして、銃殺された女性は、出産歴のある、髪の少し長い女性だった。これは確かな話なのか、不明だが、銃殺された女性の妹が「がんで余命いくばくもない姉が身代わりに連れて行かれた」と証言した。これも、お金で身売りさせられたのだろう。当時の芳子は、男装だったから、髪は短髪だった。それだけでも、銃殺されたのは別人だった事が分かる。芳子は身を隠し、二人の男に連れられて、清王朝の流れをくむ画家の祖父の元にやってきた。そして、数年後、父親は中国残留日本人女性と結婚し、画家が生まれると、「方ばあちゃん」と呼ばれた芳子は、自分のことのように喜び、彼女に日本人としてのしつけや、武士道、中国人としてのしつけを叩き込み、ことのほか可愛がったという。その中でも一番驚いたのは、彼女が知るはずもない、芳子がまだまだ活躍していた生前に、少数だけ作られたレコードを、スタッフが探し出し聞かせたところ、最初はじっと聞いていた彼女が、突然、日本語で歌い出したこと。「方ばあちゃんに何回も聞かせてもらった」と。2時間の番組が、短く思えた。今日、歴史が変わったと、大げさでなく思った。「川島芳子は生きていた」間違いないと思った。そして、小さな画家に「私が死んだら、このレコードを李香蘭に渡してほしい」「渡せば全てが分かる」と何度も言い、亡くなった。夜中に一人、このレコードを聴いては涙していたそう。そして3月初め、画家はレコードや、自分の描いた「方ばあちゃん」の絵を抱え、山口淑子さんに会いに来日した。画家の描いた「方ばあちゃん」の絵を見た山口さんは、「間違いなく、お兄ちゃん(芳子)だ」と何度も言った。そして遺言通りに、そのレコード「蘇州夜曲」を山口淑子「李香蘭」に渡し、帰国した。ここまで見続け、驚きの連続だった。最後に、スタッフに届いた、帰国した画家からの手紙に、思わず嗚咽した。どうしようもなく、泣いてしまった。なんという人生だったんだろう。女の幸せを何一つ経験することなく、王女として生まれながら、歴史の波に翻弄された人生。公の身の時は、男として生き、銃殺を逃れてからの人生は、息を殺し、唯一、画家の孫だけを愛し、亡くなった時は、正装して立ったまま亡くなっていたそうだ。人間、立ったまま、気合で死ねるのだと、ショックだった。その精神の崇高さに、また、涙が出た。そして、画家も日本人と中国人との血を持つ身。帰国して彼女は、芳子が何故あれほどまでに、レコードにこだわったのか。李香蘭に会いたがったのか、日本人の血を持つ彼女は、その意味を悟った。画家に託した李香蘭にレコードを渡してくれ・・・と言う思いは、自由に中国と日本が行来き出来るようになることを願い、中国と日本の架け橋になることだけに人生をかけ、ただただ、そのことを願い、死んでいったのだ。だから画家が自由に空を飛び、李香蘭に会いに行くことを夢見、画家にレコードを託したのだ。その思いを持ったまま、それだけに生きた人生が、かわいそうで、哀れでならなかった。「日本人でも中国人でもない、同じアジア人である」と言う言葉。長野に残された芳子の書でも、それを最後まで貫いた思想であることが分かる。まだまだ中国と日本には、心の隔たりがある。それは、私自身が中国に2度行って、肌で感じたことだった。仲良くなった通訳の女の子に、パパが、「日本語の通訳になって、迷いはなかった?」と日本語のわかる人間が車の中、私とパパと3人になった時、聞いた。日本が過去に犯した殺戮を、小さなころから教育された彼女にそう聞いた時、それまで、私に、日本語について色々、娘のように聞いてきたり、何度も一緒に食事をし、「美味しいね、これ」と顔を見合せ笑顔だった彼女が、じっとパパの顔を見てから、困ったように空を仰ぎ、言葉につまった。まだ19歳の幼さの残る、可愛らしい彼女だったが、こんな若い子にも、まだまだ、中国には日本に対する思いが溶けずにあると思い知った。「奥さんのような日本人もいるのですね」と言われた時、一体、この子はどんな教育をされてきたのかと、日本人のおばさんは、みんなこんなおばさんなんだよと、教えてあげたかったし、抱きしめてあげたいほど、本当に、心から悲しい思いをした。本当に、仲良くしたいと、心から思って3日間接してきたし、娘たちと年の変わらない彼女が可愛くて仕方無かった。最後に空港で別れる時、抱き合って手を握り合い、お互い涙した。その後、彼女はその会社を辞めたと聞いた。一体、今頃、どこで何をしているのだろう・・・。近くて遠い国、中国。芳子のように、人生すべてをかけ、中国と日本の架け橋になろうとした強くて悲しい女性がいたこと、私達は、決して忘れてはならないと、強く思った。
2009年04月13日
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今日もパパは、ジュリアンの毛のカット。私も昨日に続き、庭の草取り。だが、一昨日の草取りで、左手が、ケロイドのように、かぶれてしまった。本当に弱いったらありゃしない。痒くて、痒くてたまらず、家の中に入った。汗で気持ちが悪くて、洗面所で、久し振りにシャンプーした。風邪が相変わらずなので、昨夜、お風呂で洗う事を躊躇して洗わなかったら、気持ちが悪かった。こういうとき、10年前、シャンプーの出来る洗面台にして良かったと思う。髪を乾かしながら、昨日、潤君が、「王様のブランチ」に新番組の番宣で出たものを、録画したまま編集していなかったので、編集。そうしたら今日、「サンデージャポン」にも、昨日と同じ服装で出ていたので、昨日取材したのが解っちゃった。「サンデージャポン」は、取材陣が面白いから好き。のんちゃんが、潤クンに「私が制服を着たらどうですか」と制服を机の上に出したとき、黙って、制服を押し返したお顔が、超、つぼ。面白かった。午後から少しお昼寝。さてさて、今日の夕食は母の誕生会に、久し振りにお料理屋さんに行った。今日はお豆腐料理の「花ゆう膳」。オネエも夕方戻ってきた。お豆腐は、この年になっても、一番嫌いな食べ物なのだが、お豆腐以外の生湯葉やら、お豆腐のアイスクリームは大丈夫だから面白い。自分でも不思議なのだが、たぶん、ニガリがダメなのだと、今日、改めて思った。目の前で、お豆腐を作ってくれるのだが、その寄せ豆腐が、一番まずかった。勿論、家族は「これが一番おいしい」って言っていたが(爆)どうしても、お豆腐ダメっす。先日の炊き込みご飯は、好きじゃないがまだ口にできるが、口に入れた途端、思わず「まずい」と思っちゃうのが、湯豆腐。マーボ豆腐みたいに、味が残ってないものはぜんぜん大丈夫なんだけどなあ。こりゃ、死ぬまで嫌いなままだね。実は、オネエがいなくなってから、体重が増えた。で、判明。私のデブは、脂が原因なんだ・・・・と。で、パパと喧嘩になった。美味しいお料理が台無しだよ!気分的に最悪になったら、本当に吐き気がして来て、帰宅後、やっぱりもどした。精神的に不安定なのに、パパは、デリカシーの無いことを平気で口にする時がある。会社、こんな世の中だから大変なのはわかるし、治らない鬱病の女房に、どんだけ大変か解るが、本当に死にたくなった。折角の母の誕生会も、台無しだった。大人にならなくちゃね~。今日はカメラのバッテリーが無くなっちゃって、撮影はできなかったので、携帯の写メで失礼します。コース料理の最後の、茶碗蒸しと、桜海老のおこわ。これすごく美味しかった。それから、お誕生日の母のデザート。お豆腐のアイスクリームと、ゆずのシャーベット、杏仁豆腐に、お豆腐のプリン。私たちのは、桜のアイスクリーム。超、美味でした。
2009年04月12日
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間違えて下書きをアップしちゃってました(^^ゞ途中までしか書いていなかったので、「?」と思った方、すみませんm(__)m----------------------------------------------------------------------------------------------------朝から、めっちゃくちゃ良いお天気。これも、めちゃくちゃ珍しく、パパが週末にいる・・・・(爆)朝から、とても頑張って、楽しく、色々なことをこなした。パパは、毛が伸びてきたジュリアンの毛をカットしようと、準備に入った。これがまた、大変な作業。ブラッシングがだーい嫌いなジュリアンを騙し騙ししなくちゃならない。敵は必要以上にでっかいから、女の私じゃ絶対無理。昔、家の中にいたときは、私が入浴する時に、一緒に洗ってやると、気持ちが良いのか、大人しくしていたが、タオルで拭いて、出たときが大変。脱衣場一面に、古いタオルケットを敷かないと、喜んで、興奮して暴れ、デングリ返ったり顔をタオルにすりすりしたり・・・。表に出すようになってから、うちで洗ったことがない。ペットショップに連れて行き、洗ってもらう。一応、暖かくなったら・・・と駐車場の蛇口は、お湯が出る蛇腹の伸びるシャワーにしてもらったが、まだ、洗ってやってない。お湯の出るシャワーで洗うのを、結構楽しみにしているが、まだ風が、洗い終わった濡れた体には、寒いかなあ・・・と初夏になるのを待っている。今日は、今までしたくてもなかなか出来なかったことを全部した。こんなこと、普通の人には、簡単にできちゃうことだろう。だが、欝病の私には、こんなことさえ、気持ちが向かないと絶対に、出来ないことなのだから、本当に厄介だ。出来たことが嬉しいから、羅列してみようかな。○ 元々ノースボールとチロリアンデージーを植えた木のコンテナから、 やっと手に入れたテラコッタの手つきの籠に、植え代えた。 チョー可愛いっす。植えてひと月になるのに、もう、ノースボールの根っこが張っていてびっくりした。どうりで、ノースボールは強いはずなんだね。盗まれた手つきの籠のテラコッタは、もっともっと、口が大きくて、横に大きかったから、本当にお花は映えたのだが、探したが、やっと見つけたのがこれなので、仕方ありません。本当に、悔しい。○ イチゴを、大きな鉢に植え替えた。白い花や、小さな実が、あちこちにできていて、ものすごく楽しみです。早く赤くならないかなあ。○ ラベンダーを一杯にしたくて、大きな樽を半分割ったような木のコンテナに植えた。ラベンダーは、香りもお花も大好き。特に、お花はサシェにしたり、ポプリにしたくて、本当はもっと沢山植えたいのだが、今日は、大きくなるから3株だけしか植えなかったが、やっぱりもっと植えたいなあ。今、安いから、また買ってこよう。○ 少し痛んじゃったノースボールや、デージーを、庭のレンガで仕切った花壇に植えた。今まで陽が当たらないので、残ったサザンカの木しか植えていなかったので、植える場所は沢山あって、土のままだったのだが、ノースボールをちょっと植えただけで、一遍に庭が華やいだ。やっぱり、お花、植えないとだめだなあと実感。ただ、お隣との境で、陽が当たらないから、ついついお花が可哀想でコンテナ植えにして、さんさんと陽の降り注ぐウッドデッキに置いてしまう。折角の花壇、強いお花探して植えようっと。○ 駐車場の良く陽のあたる場所に、大きなテラコッタの重い重いコンテナを、 二つ、運んでもらった。花苗を植えたいが、土が足りないので今日はパス。何年か前は、平気で自分で運べたのに、5歩しか進めなくて、ジュリアンの毛を切っていたパパを呼んで、運んでもらった。凄く気になってた。とってもよく陽のあたる場所で、勿体ないなあってずっと思っていたから、満足満足。あとは、私が頑張って、花苗を選んで植えるだけですなあ。○ バラバラにおいてあったハーブをまとめた。ハーブが沢山あるので、ハーブ畑にしようか、思案中。場所は、玄関から西に曲がったところが、11時を過ぎると、夕方までずっとお日様が当たっているので、良いかも。アップルミントは、「ものすごく増えちゃうよ」と友人が教えてくれたので、別にしようかな?○ 前の家の大きな木の根本に、小さな細いつるバラがあったのだが、 木とともに無くなった…と思っていたのだが、 ラッキー!、木の土と一緒に植え替えられたようで、 ちゃんと、50センチほど、伸びていた。20年間住んでいて、このバラの花が咲いた姿を見たことがない。やっと日の目をみれるかな。葉っぱが5ミリくらいの、本当に小さな細いバラが愛しくて、バラの回りの草を全部抜いた。家の中でしたこと○ 観葉植物を、小さな白い鳥かごに入れたり、葉っぱを取ったり。一緒に買ってきたパキラが、お風呂場に置いてあるものと、東側の窓際に置いてあるのでは、もう、びっくりする大きさの違いになった。窓際のは、一枚の葉っぱが、手の平より大きい。お風呂場の方は、手の平の半分くらい。お陽さまって、本当に大事なんだね~。○ 圧力なべを駆使して、大きなバラ肉の塊を煮て、トンぽーろーを作った。これ、作ってみたくて、大きなお肉の塊を二つ安い時に買って冷凍してあった。凄く美味しくできました!シラガネギとからしでいただきました。明日はこれ、ラーメンを作って、スライスにして入れます(*^^)v○ オニオンスライスをターーップリ作り、洗面所のダブルボールの片側で、 1時間さらした。結婚した時に買ったスライサーの刃が、もう、いけません。ちょっと前に、100均で買ってきたものは、スライスの幅が大きくて、全然薄くスライスできず、やっぱりちゃんとしたものを買わないといけないのかなあと思い始めている。でも、オニオンスライスサラダは、と――ても美味しかった。一日中、動いていた感じ。有効に時間を使えたかな。出てきた日焼け止めをたっぷり顔や首に塗って、パパと庭に半日いた。お陽様を浴びるのは、人間に活力を与えるみたい。気持ちがうんと、元気になった。身体の中でビタミンDがたっぷり補給出来た感じ(笑)気持ちよく仕事ができ、家の中でも、DVDにダビングしたり、「宇宙戦争」を印刷したり、嵐クンの昨日の特番「VS嵐」をダビングして印刷したり、ほんとに、こんなに有効に時間を使えたのは、何か月ぶりだろう。毎日が、こういう日だったら、鬱病も治っちゃうのになあ。自分も気分がいいし、家族の機嫌も良い。幸せな時間なんだね。幸せな時間、もっともっと増えると良いなあ画像は、たくさん咲いてくれた金魚草やアルメリア、植え代えた花かごのノースボールとデージー、新しく植えたラベンダー、地植えにしたノースボールに、沢山イチゴのついたいちごちゃん、今日の作品のDVDです。
2009年04月11日
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今日は、母の誕生日。今日で、75歳になる。私は、母の20歳の時の子だ。オネエを見てると、あの年で、母は、幼稚園児の母親だったんだなあと思う。チビなんて、ま~だまだ子供なのに、あの年に、もう、よちよち歩く子のお母さんだったんだなあ・・と思う。さて、プレゼントはどうしようかなあ・・・と思ったが、今更、品物をあげてもあまり嬉しくはないだろう…と思い、お花見に連れて行く事にした。予定通り、デパ地下で、お弁当を買って行こう。チビも今日は学校に行き、その後、やはりお花見に行くと言っていたし。今日は、昨日ほどのかんかん照りじゃないし、探していた日焼け止めが出てきたし、気分良く午前中に片付けをして母に11時過ぎに迎えに行くと電話。パパにも、2時過ぎに戻ると電話。どうせ、毎日パパの昼食は、2時前後だから気が楽です。パントリーに仕舞ってあった子供たちの小学校の運動会以来、お呼びのなかったブルーシートと、キルティングの大きな敷物を出してきた。これ、まだ、活躍できる時が有ったんだなあ。車に乗せ、母を迎えに行き、デパートに行った。色々なお弁当に目移りしたが、元々、私も母も小食。イタリアンお総菜やさんの、おかずだけ9種類も入ったちゃんと区分けのしてある容器の物と、おにぎりを買ったのだが、これが後で、びっくりすることになった。その時、私はガラスケースの中に並ぶおにぎりを見て「ツナマヨ」にしようかと思ったのだが、母が、私がカニを好きな事を知っているので、横に有った「カニマヨ」を見つけて、「Iさん、カニマヨがあるわよ」と言うので、「じゃ、それ買っておいて、私、パパのお弁当見てくる」とそこを離れた。お弁当も買ったし、車に戻り、大きな桜の木が両岸に並ぶ、一級河川の大きな川沿いに行くと、もう河川敷の駐車スペースは、一杯。止めるところがあるかしら・・・と思って道路から下に降りるとラッキー!一台、帰ったらしく、スペースが空いていた。車を止めて、敷物やお弁当やお茶を持って場所探し。探すこともなく、そこら中に桜の花びらがはらはらと落ちてくる良い場所ばかりだ。ビールシートを敷き、その上にキルトの敷物を敷き、靴を脱いで上がり、足を伸ばして座った。昨日、怪我をした所が痛い。お弁当を開いて、さあ、お花見です。暫く、イタリアン弁当のキッシュやら、サーモンサラダやらを食べた後、さて、おにぎりは?・・とパックを見た。所が、あんりゃ?母が開いたおにぎりのパックの中に、同じ物、それも茶色の物が二つ。これ、「カニマヨ」か?確か、白いご飯だったような。キョトンとしている私に、母が不思議そうに「どうしたの?」と聞いた。「これ、どっちが『カニマヨ』?」「あら、貴女、炊き込みが良いって言わなかった?」「は~??あなたが『カニマヨ』あるよって言ったんじゃん?」・・・と母が「あ、そうだったわね~」それに私は、子供の時から、炊き込みご飯が大嫌いなのだ。筍ごはん、とか、マツタケご飯とか、単品の炊き込みは食べるのだが、なんだかんだ入っているものがどうしても嫌いで、結婚してからも作ったことがない。母はそれもちゃんと知っているはずだ。「おいおい、大丈夫か~?」母は横で爆笑している。「だって、つい『炊き込み二つください』って言っちゃったんだもん」だって。つい・・言うことか~。この時ほど、母の認知症を疑ったことはなかった。「お母さん、本当に覚えてる?自分が『カニマヨ有るわよ』って言ったの」と何回も聞くと、母は爆笑したまま「うん、大丈夫よ、覚えてる、覚えてる」本当に大丈夫かなあ。まあ、おかずだけでおなかが一杯になっちゃったし、炊き込みは食べる気がしなかったので、そのまま、母の夕飯になった(笑)食事をしていても、お弁当の上にはらはらと、花びらが落ちてきて、一度は、一緒に食べちゃいました(爆)もう、本当にきれいだった。人も平日だが一杯だった。片付けて、写真を撮って車に戻り、一番端の出口から、また川沿いの道に出た。ここが、本当に桜のトンネルで、兎に角奇麗だった。母を送って、帰宅しパパが昼食に帰って来てから、もう一度母に用事があり、パパと3人で、市役所に行った。例の定額給付金の申請と、母の保険が今日から変わったので、その申請に。夕方、もう一度母を送り、帰宅。もう、5時前。また車でスーパーに出かけ、買い物。何だか今日は、一日表にいたみたい。まあ、面白かったかな?親孝行もできたしね。母の75歳の誕生日。花丸の一日でした。画像は、去年と同じようですが、今年の桜です。奇麗でしょ?今日が一番きれいでした。満開から、雨のように花びらが降り注ぎ始めたころが一番好き。今日は、まさにそうでした。
2009年04月10日
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初夏のような一日。気温は、23度になっていた。めちゃめちゃお天気。こういう日は、あまり好きじゃない。表に出て、いろいろしたいのだが、日差しが厭。それでも、日陰を見つけては、少し庭に生えてきた草取りをした。ヨモギの根が、もう張っていた。玄関横の階段を上がったところにある植え込みに、クリサムセマムノースボールと、ガーベラを植えてあったが、ノースボールは、どんどん大きくなっているのだが、ガーベラは、どんどん小さくなって、全く、花も咲かなくなった。ガーベラって、お日様が、さんさんと降り注がないと、咲かない花のようだ。お洗濯でもしようかと思ったが、それほどの量もないから、お水がもったいないので、パス。することがなくなっちゃった。って言うより、出来ることが無くなっちゃった。本当はね、チビが、今日お休みなので、本当に、デパ地下でお花見弁当を買って、このあたりでは、去年も画像を載せた、大きな桜の木の並ぶ、海蔵川にお花見に行こうかと思っていたのだが、チビは、お昼近くまで寝てるし、この日差しじゃ、シミができちゃうし、辞めた。家中の開けられる窓を、全部開けて、風を入れた。気持ちが良かった。午後から、少しDVDの整理をした。DVDに印刷をするのが面白いのだ。色々な画像を探して、レイアウトするのが楽しい。自分で印刷したものが、沢山できた。ほとんど、映画のDVD。ライブラリーがどんどん増えていくのが、楽しい。お昼に、パセリを摘んで、パスタを作ったのだが、その際、玄関から、横の庭に降りる階段から、落ちて転んだ。久し振りに、めちゃくちゃすり剥いて怪我をした。年はとりたくないよね~。こういうとき、つくづく思う。50歳を過ぎてから、よく転ぶようになった。40代では、こんなことは全くなかったのになあ。気をつけていないと、本当に大けがをする。これは、この年齢にならないと、なかなか解ってもらえない。50歳も4年経ったから、そろそろろ老齢の域に肉体的には入って行く。若い時は、意識したこともなかった自分の体。自分の意志とは全く反して、足がもつれたり上げたと思っていた足が上がっていなかったりするのだ。これは、母に聞いても、私の年齢くらいから、よくあるそうだから、やはり、年齢的なものだろう。悲しいことだが、年を取るということは、こういうことなのだ。肉体的には、44歳と54歳とでは、本当に雲泥の差になる。この10年は大きいなあ。60歳定年というのも、なんだかうなずける。肉体的にも、精神的にも衰えてくるからだ。年齢的には、あと定年の年まで、たった6年しかない訳だ。専業主婦をしているから、定年はないが、そろそろ、主婦の仕事も、定年にしてほしいなあとも思う。なかなか思い通りに、物事ができなくなるのが、この年。諦めることも多くなる。なるべく諦めず、頑張って精神的にも、肉体的にも動きたいが、無理をして人様に迷惑をかけるのも考えもの。そこの兼ね合いを、これからは考えなくちゃならない歳になってきたなあ…と思う。いつまでも、若くいたい。いつまでも、女でいたい。そう願うが、それに反して、どんどん肉体的に衰える。努力もしているつもりだが、確実に、老けて行っていることは間違いない。それを認めるのは、悲しいが、厳然たる事実でもあるのだ。でも、これからも、頑張ろう。伯母の年は今年98歳。白寿だ。伯母の年までは到底生きられないと思うが、伯母の年までまだ40年以上ある。そう考えると、元気をもらえる。プラス思考で、頑張ろうと思うが、なかなか難しい。人の寿命は、神様だけがご存じ。頑張って、元気で全うしたいものだ。春の暖かい日に、開けた窓からの気持ちの良い風に、思いをはせた。
2009年04月09日
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今日はとても暖かい日だった。液晶TVで有名な亀山。ここから、車で1時間ほどのところにある。高速に乗っちゃえば、30分で行く。今日その亀山が、夏日だったそう。で、このあたりも、吹く風が暖かかった。寝室のベランダに布団を干し、南側の窓に、毛布を挟んで干した。夕方、取り込んだら、お日様の匂いがした。好きなんだよね~。大きな蕾になっていたピンクと黄色の金魚草が、次々開いた。金魚草、毎年、こぼれ種で咲いてくれる。お花にお水をやって、家中の観葉植物にもお水をあげた。今朝、事件があった。パパは、いつもどんなに遅く寝ても6時前に起きる。一人のんびり、お風呂に入ったり、トレーニングしたりしている。で、今日もいつものように、明け方気がついたら、もう寝室にいなかった。ああ、まだ、早いなあ・・・とそのままうとうとと、また眠りに落ちた途端、ガシャガシャと言うガラスの音がして、そのあと、掃除機の大きな音に目が覚めた。あ~、何か割ったなあ・・・と朦朧とする頭で思った。我が家のキッチンの床は、私の希望で30センチ四方の薄いレンガ色のタイルになっている。この家に帰って来てから、私を含め、キッチンに立つ者は、少なくとも一回は、何か落しては割っている。私なんぞ、幾つ犠牲にしたことか。幸いもう慣れ「落としたら必ず割れる」と脳にインプットされたから、最近は、あまり割らないで済んでいる。でも、キッチンにしては、掃除機の音が近すぎるなあ…と思いながら、また睡魔に負け、眠りに落ちた。8時過ぎ、下に降りた。キッチンに行ったが、掃除機をかけた形跡がない。「ん?」何故だ・・・。リビングを見ると、絨毯の上が、いやに奇麗になっている。「ここか?ここだな?でもなぜに?」朝食を済ませ、薬を飲み、食器を片づけていた。すると、パパからメール。「青いコップとコーヒー茶碗を粉砕した。気をつけるように」って、場所が書いてない。「どこで?」と返信すると「リビングで」・・・・。ははーーーん。解ったぞゴルフの練習用の重りのついた運動器具があるのだが、家の中では、振り回さないよう、以前、注意したことがあった。それを、朝早く、私がいないことを良い事に、振り回したんだ・・・。だが、ちゃんと神様はそれを許さなかった。リビングの机の上にあった、自分のエスプレッソ用のカップと、青いガラスのコップを、粉々に粉砕した訳だ。鉄の球で粉砕したら、ガラスはひとたまりもない。ホントに粉々になったようで、よく見ると、TVの横のゲーム機の上にも、リビングを出たドアの下にも、ソファの背もたれのへこんだところにも、ガラスの破片が見つかった。それも、1ミリ前後。青いガラスだから、良かった。チビが起きてきて、「あっ」と立ち止まり、スリッパを脱いだら、床にも、破片が残っていたらしく、スリッパの裏にも青い欠片がついていた。非常に危ない。もう一度、リビングに掃除機をかけた。本当に、どうしようもない奴だ!・・・とぶつぶつ文句言いながら(笑)これで少しは懲りただろう。家の中で、こういうものを振りまわす危険。ウッドデッキに出てやりゃー良いのに。ま、今回は、許してやろう。本人も「しまった!」と、寝てる私を起こさず、朝もはよから、掃除機をかけていたのだから。反省しなさい(-。-)y-゜゜゜午後から、二階の部屋を少しだけ片付けた。ベランダに出たら、はす向いのお宅の大きな桜の木が満開。目を遠くに移すと、ピンクの帯が見えた。川沿いの桜も満開だった。奇麗!桜、良いよね~。やっぱり、デパ地下でお花見弁当買って、お花見に行きたいなあ。春本番になってきました。私の風邪も、治るかな?画像は、二階のベランダから見た、ご近所の桜の木。本当に満開。奇麗です。
2009年04月08日
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昨日、お笑いのユニット「ハリセンボン」の箕輪さんが肺結核に感染していることが発表になった。肺結核。人事じゃない。実は、昔、献血をしようとして、断られたことがある。理由は、血液が薄いことと、結核感染経験者だったからだ。これには、教えてもらった私も、驚いた。すぐに、病院に行き、レントゲンを撮ってもらったら、何と、自然治癒した跡が、3か所もあることが分かった。お医者さんがそういうのだから、本当なんだろう。本当にビックリしてしまった。で、結核感染経験者は、献血ができないと知ってから、献血車の前を通るたび、父が骨髄異形成症候群になった際、沢山の方から血液を頂いたのに、ああ、私は協力できないんだなあ…と悲しい思いをしている。元々、結核体質だ。親族の中にも、結核で亡くなった人が3人いる。父方の祖母、伯母、同じく叔母。前にも書いたことがあるが、結核になった祖母の看病に、まだうら若き乙女だった女学生のおばたちが看病し、結婚は勿論のこと、恋愛も多分未経験のまま、二人とも感染し次々亡くなった。祖母の産んだ子で助かったのは、父だけだった。可哀想に幼い父は、「○郎だけは、○郎だけは」と祖母が近づくことを許さず、父は10歳にして母親を遠くに見たまま、亡くした。だから私も、元々虚弱体質で、しょっちゅう風邪をひくと長引き、「ありゃ?」と思うと、必ず、血液検査で結核の検査をしてもらう。実は現在も、ずっと風邪が治らず、毎日、ティッシュを手放せず、咳も止まらない。私の風邪は、毎年、毎年、暖かくなるまで治らない。結核の検査は済んでるので、これはただの風邪と判明してるので、心配はないが。こうして気をつけていたのに、レントゲンには、自然治癒の結核の跡があると言われ、本当にショックだったが、思い当たる節はある。モード学園時代、宿題に追われ、1週間に3日は寝ていなかった。いつも寝不足のまま、学校に行くのが精いっぱいで、家事も全部していたし、病院に行く暇もなかったから、多分、そのころの感染だったのだろう。事実、結核の一番感染しやすい年齢は、10代から30代だそうだから。若い時は、自分の体に自信があるから、余計感染に気がつかない。まあ、この年になっちゃえば、免疫もできるし、病院とも仲良しだから安心はしている。でも、これからは、年齢を重ね、体が弱ってくるから、また、気をつけないといけません。TVでも、今は完治する病気だけれど、知らずに放っておくと、死亡するケースも、多々あると言っていた。今も、怖い病気には違いないのだから、咳が長引いたり、だるかったり、微熱が続いたりしたときは、軽く見ずに、迷わず病院に行ってほしい。何故なら、結核は、自分一人じゃ済まないから。近い人ほど、感染するのだ。自分の大切な人ほど、感染する率が高くなるのだから。それも、すぐには発病しないから、怖いのだ。潜伏期間が長いから、怖い。感染しても、気がつかずに沢山の人に接して移してしまう病気なのだ。「ハリセンボン」の箕輪さん、「顔色が悪い」が、受けの一つだったが、本当に病気だったとは、笑うに笑えない話だなあ。沢山の人に感染していない事を願わずにいられない。「ハリセンボン」若手のお笑いの女の子の中では、下品なことを言わないし、言葉も奇麗だったからホワンとした感じが、好きだったのになあ。早く完治すると良いね。
2009年04月07日
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朝、オネエは小学校へ出勤し、パパも会社に行き、昨夜遅くまで書類と格闘していたチビは、まだ寝ていた。久し振りに、外構工事をしてくれた方がやってきて、大切な梅の様子やら、木々の具合を見に来てくださった。梅は、沢山芽を出していたが、紅葉が、太い枝一本、駄目になった。「根が半分になっちゃたから、木も半分ダメになるんですわ」そうなんだ・・・。それでも、3メートル弱の紅葉のほかの枝は、元気に緑色の小さな葉を沢山出している。まあ、仕方がないね。斜面に生え出した草の波の中、バラが育っているのを見て、「イングリッシュガーデンみたいになってきたね~」(笑)ジュリアンの横に植えたレモンは、とうとう、根本から折られてしまった。斜面のレモンが育つことを願う。お客さんを見送って家に入ったら、パパから電話。「おい、前に言ってた脳外科ってどこだ?」以前、人間ドックをした時、あとは脳ドックだけだね・・・と言う話をした。友人にその話をしたら、そこにいた別の友人が良い方法を教えてくれたことがあった。脳ドックは、結構なお値段を取られる。しかし、治療のための検査と言う形なら、脳ドックと全く同じ検査なのに、3分の1の金額で済むと言うのだ。こりゃ、やらない手はない・・と、それを聞いた友人が、すぐにその病院に行った。その日のうちに、興奮して電話があった。「Iちゃん、本当にMRIから脳波から、全部してくれたよ!」「なんて言ったのよ」笑いながら聞くと「最近、頭痛はするし、ふらっとするし、忘れっぽくなったって言った」もう、爆笑。でも、情報として知っていて損はない。ましてや、3分の1には、魅力がある。後日、その話をパパにしたら、それを覚えていたのだ。「どうした?」「昨日から頭痛がして、どうも良くない」え?パパが頭痛?パパは健康優良児で、頭痛などしたことがない。ここ数日の仕事のストレスやらで、「脳」が心配になったのだろう。ましてや、母親は脳梗塞を何度も起こしている。そのため、嫌ってほどのサプリメントを飲ましているくらい。すぐに、調べ、午後の部に行くことにした。お昼すぎ、就活の格好をしたチビが降りてきて、食事をして出て行った。御苦労さまm(__)m私も、いつもはパパを待っているのだが、おなかがすいちゃったので、2時前、待ちきれずに昼食。3時前、パパが帰宅し、昼食を済ませて病院に向かった。その脳外科は高速で二つ向こうの名古屋よりの隣の市にある。何もそんな遠くに行かなくても、近くにはERを持つ市民病院もあるが、大きな病院は、その日のうちには、MRIはしてもらえない。高速を走りだしたら、オネエから電話。鍵がないから入れない・・・。あ、しまった。「お母さん、明日、出かけない?私鍵持ってないから」と聞かれ、「うん、うちにいるよ」と答えてしまった。パパの様子にパニクッていてすっかり忘れてた。オネエは昨日着ていた洋服やら、いろいろな物を家に置いたまま、学校に行った。帰りに寄るからと言っていたのに。可哀想なことをした。病院についたら、凄い人。そうだ。パパに一旦家に戻って、おばあちゃんちに鍵を預けてくると言うと、パパもそうしてやれと、とんぼ返り。母の家に行き、鍵を預け、別の用事を済ませに行ったオネエに連絡。やれやれと、また、高速に乗ったら、すぐに今度はチビから電話。「お母さん、もう、私、帰って家にいるから」えーーーーーーーーーーーー(-_-メ)。無駄足だった。病院に戻ると、パパは診察が終わって、MRI待ちだった。暫くして呼ばれ、レントゲン室に入った。30分以上待っていると、やっと出てきた。MRIは私もしたことがない。感想を聞くと、「長いですから、眠っていてくださいって言われたが、磁気の音がうるさくて、眠れなかった」そうだ。暫くして先生に呼ばれ、中に入った。沢山の画像を見せられ、説明を受けた。脳の血管などには全く問題なし。腫瘍などの形跡もなし。ただ、首の頸椎に少し問題あり。これは年齢的なものだそう。骨と骨の間が狭いそうだ。コラーゲン不足だね。無事、脳ドック終了。頭痛は、ただの頭痛だったそう。「頭痛薬、出しておきますか?普通の頭痛薬で良いですよ」だそう。あ~、良かった。人間ドックに脳ドック、全部済ませた。これでホントに痩せた理由は、全くのダイエットの成果だけだと解った。余りの痩せ方に、今でも久し振りに行く場所で、「やせたね」と気軽に声をかけてもらえないくらいだそうだから(笑)大騒ぎの一日が終わった。オネエは無事、家の中に入れ、マンションに帰って行ったし、夕食は、できあいの物ばかりになっちゃったが、何だか、ほっとして気が抜けちゃいました。人間、健康が何よりです。
2009年04月06日
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昨日の雨で、お花が生き生きしてます。パパは良いお天気になった今日もゴルフ。チビは、日曜なのに、朝早く、面接に行った。大変だなあ、就活。どこでも良いから、早く決まれば良いなあ。でも、今年1年の業績で、また、来年も取り消しなんてことが、起きるんじゃないかと危惧している。何しろ、今年一年、景気も良くなく、企業の倒産もまだまだ続くようだから。可哀想な時期に当たってしまったが、それも、運命。チビと同じ年の子達にとっての試練でしょう。午後、早い時間に帰ってきた。御苦労さま。今日はオネエが帰ってくる。不思議だったのは、「オネエが帰ってくる」とそう思ったりもしなかったこと。まあ、1週間だからね。夕食何にしてやろうかなあ・・と思いながら、昨日の5時間もあったクイズ番組を編集しているうちに、眠たくてたまらなくなり、寝てしまった。起きたら、パパも帰っていた。すっきりして、夕食の用意に取り掛かり始めたら、オネエ帰宅。何だか、この1週間が無かったような感覚になった。不思議な感覚。いつものように普通にそこにいたような感じ。オネエも、壊れた洗濯機のお陰で、洗濯がなかなかできなくて「洗濯機借りるよ」って、ふっつうに過ごしてた。夕食になり、いなかった私の前にオネエがいつものように座り、久し振りの4人揃っての食事。なんの思いも無かったのが、自分でも不思議。「感慨深い」も「顔を観てほっとした」も何もなかった。普通の日常の感覚?多分、しっかり、オネエの自立を飲み込めたのだろう。何だか、自分で拍子抜けした。食後、パパがいつものように「デザート買いに行こう」って。私も買い物があったので、スーパーに行って、買い物。普通じゃなかったのは、頂いて沢山あった味付けのりやら、通販で沢山頼んだ紅サケのかまやら、先日お千代保さんで買ってきた美味しい新玉ねぎやら、帰りに持たせてやることにしたくらいかなあ。ベッドと、ピアノしかなくなった部屋でオネエは就寝。TVも面白いものがないし、私もなぜか眠くて仕方無くなり、いつもより早くに寝た。明日は、片付けが出来ると良いなあ。
2009年04月05日
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午前中から、午後にかけて、先日見られなかった「ウォッチマン」を見に行った。私は大きな誤解をしていた。この映画、アメリカや世界で起きた色々な事件の裏に、有る団体が動いていた・…と言う内容の映画と聞いていたので、かなり期待して行った。予告編には、ケネディが暗殺されるあの有名な、ケネディが乗ってる車の上で狙撃される場面などあったからだ。しかーーーし、この映画、アメリカンコミックの映画化だった。ケネディの暗殺部分なんて、ほんの5秒ほどで、何の意味もなかった。こういう物体がいたら、ふっつうに可笑しいでしょう…と言う、万能の力を持つ、放射能実験事故で、空気も吸わず、分離もでき、瞬間移動も火星から、オフィスまでできちゃう得体のしれない元人間の姿になった生物とか出てくる。この生物、大きさも自由自在に変えられるから、恐竜なみの大きさになったり。最初からあんた一人でやりゃ―良いじゃん・・・・と突っ込みどころ満載だった。アメリカ人が好きそうな映画だし、アメリカで過去に起こった事件が色々出てくるようなので、私ら日本人には、なじみのない事件ばかりだったが、アメリカ国内では、人気の映画なんだろうなあ…と言う感想。まあ、B級映画だね。こんなことなりゃ、「ゼネラルルージュの凱旋」見りゃ良かった。「相棒」のスピンオフ映画見りゃよかった。「ワルキューレ」見りゃよかったと思った。私が一番関心したのは、キッシンジャーを演じた俳優さんが、本人にそっくりだったこと(爆)ニクソンは、似てなかったなあ。米ソ冷戦時代の話だから。超現実的な話と、あり得ないヒーローが出てきたり…と言う映画。いかにも、アメリカ人好みな映画だ。感動はない。最初から最後まで、アクションあり、セックス有り、CG有り、つまり、面白そうなものを一杯詰め込み過ぎてる、超娯楽映画だった。どうりで、あまり話題にもならなかったはずだ。3時間もいらないでしょうって感じ。ポップコーンを口に放り込みながら、寝ころんで、カウチポテトしながら見るにちょうど良い映画って感じ。は~、こういう映画を見ると、昨日の「ニューシネマパラダイス」がどんだけ良い映画だったか解る。時間とお金の無駄ってくらい、酷評するが、「なんだこりゃ?」って映画だった。表に出たら、雨が降ってきていて、パパと穴場の北欧をテーマにした明るいお店に行って遅い昼食を食べた。ここ、サラダのカクテルって言う盛り合わせがめちゃおいしくて、今日は、お豆のサラダと、カボチャのサラダとツナサラダとサニーレタスのサラダだった。パパは、美味しいわさびの洋風ソースのハンバーグに、同じプレートに、サフランライスとサラダが乗ってるのを頼んだが、これも美味しかった。すぐ横の地場産業会館を通り抜け、駐車場に行く際、今ブームの土鍋の蒸し器を探したら、ネットやデパートなどより、うんとお得にあった。そりゃ、地元の万古焼だからね。ネットはデパートより安いけれど、ここはそれ以上に安かった。今度買おう。今、3か月待ちなくらい、東京で見たときは、貴重品だったが、ここでは簡単に手に入るから、欲しい人に分けてあげたいくらいだ。これも東京の居酒屋さんでは、超人気の「宮崎商店」と言う四日市の会社が出してる焼酎「きんみや」も置いてあった。この焼酎、本当に東京の居酒屋さんでは置いてないとお客さんが来ないくらいの人気らしいが、地元ではあまり人気がないのが、悩みの種だと社長さんが、TVでいつか仰っていた。地元だから、ありがたみがわからないんだよね、きっと。我が家はお酒飲まないから、余計にありがたさがわからない。帰宅して、すぐに夕食の用意。今日は6時半から、潤クンの出る、編成期にいつも放映になるクイズ番組がある。生放送なので、いつも、地デジ放送になってからは、一緒に、参加しているクイズ番組。楽しみにしていた。今日の成績は、A賞の応募ができるほどだった。200人中57位でした。中井貴一さんより成績が上だったが、放送の最後の方には、潤君の姿がなかった。次の仕事が入っていたんだろうなあ。TBSからIDと、確認番号が送られてきて、はがきで応募。当たると良いなあ。こういうところは、地デジは楽しいです。
2009年04月04日
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金曜日。オネエが家を離れてから、早1週間になる。最初の3日くらいは、まるでもう1週間が過ぎたような気がしたが、「あれ?もう、1週間なんだ」と思った。オネエのいない生活に、慣れたんだなあ・・と気が付く。月曜に近くの学校の勤務があるので、日曜には帰ってくる。1週間の一人暮らしは、どんな感想なんだろう。ルンルンの1週間だったろうなあ。今日は、朝から、ひとつのことをしようと決心して、始めた。普通の人には、大袈裟だろうけれど、私にとっては、「決心」しなきゃ出来ないこと。ADHDだからなのか、鬱だからなのか解らない。こういうところが、家族にもなかなか解ってもらえないから、精神疾患は大変なんだろうなあ。8月末にこの家ができて、引っ越して来て、早半年。それなのに、寝室の片づけができていない。洋服が、まだ、全く片付いていないのだ。だから、毎日の洗濯物も、なかなか片付けられない。畳んでも、入れる場所がないからだ。着なくなった物を処分すれば良いものを、なかなか捨てられないのだ。モード学園なんかに行っちゃったから、素材、縫製、デザイン、ブランドを見る目ができちゃった。私なりにこだわって買った洋服ばかりで、なかなか捨てられないのだ。オークションにでも出せば良いのだが、その作業ができない。写真を撮って、商品説明をするその作業。だから、洋服は貯まったまま、仕舞う場所もなく、とりあえず、パパのトレーニングマシーンにかけてある。今日は、まずは、ハンドバックの整理から。段ボールに、2つ有ったものを、オネエが書棚として使っていたガラス扉の付いた物に入れた。コレクションのティミー・ウッズのあかしあの木でできたバックは、見やすいように飾り棚に飾った。一時、これでもか・・と集めた。本国、アメリカハリウッドでは、かなりなプレミアが付いていると言う。もう、今は、木のバックはあまり作ってらっしゃらないので、貴重なバック。それから大好きなシンクビーのゴブランとビーズの刺繍のバックが多い。これも一時、意地になって集めたブランド物も、いつかオークションに出そうと、仕舞った。シャネルの物が多かった。一度も使っていない物もあった。今日は頑張って、ハンドバックだけは、整理ができた。寝室にあった段ボールが、3つ無くなった。自分的には、花丸。明日は、映画に行くから、何もできないだろう。また、頑張って、今度はお洋服に取り掛かりたい。今日のように、動ければいいのだが・・・。画像は、整理できた自慢のティミー・ウッズのバックのコレクションの一部です。最近では、映画「SEX AND THE CITY」で、サラ・ジェシカ・パーカーが持ったエッフェル塔のバックが有名ですが、あれは、30万円近くするしろもの。コレクションは10年以上前から、コツコツ集めてきたものです。毎年年末に少量作るサンタバックは、最近はハリウッドセレブや、スターたちの予約だけで一杯とかで、もう、手に入りません。裏にティミーさんのサインが入っていて、プレミアがついている宝物です。後のダルメシアンの模様のような白地に黒の斑点の物は、ショップチャンネルのパーティに招待頂き、なんとビンゴで頂いちゃった物です。赤いお花のは、娘たちがよく使います。一番のお気に入りは、白いカラーが付いているバック。割と入るので、昔はコーラスの新入会員歓迎パーティや、卒業生の追い出し会があると、こればかり持って行きました。全部、あかしあの木で作られています。
2009年04月03日
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今日も良いお天気。洗濯をして干したが、凄い風だし、とても寒い。もう4月だというのにね~。今日は有意義な一日だった。私の場合、「有意義」とは、したい家事が出来たこと。洗濯ものを干したり、食事を作ったりは、以前に比べると、順調に出来るようになったが、なかなかその後が出来ない。まあ、理由はあるのだが。明日は、もっと頑張れると良いなあ。夜、つまらない特番ばかりで、見る気がしなかった。新聞を見たら、NHKBSで9時から「ニューシネマパラダイス」完全版放映とあった。この映画、最初の上映は私がまだ34歳の時だった。当時、チビを産んで、まだ5歳のオネエと2歳のチビを抱え、子育て真っ最中。映画どころじゃなかった。毎年、子供たちとディズニーオンアイスに行くことだけが、楽しみだったくらい。兎に角、自分の楽しみなんて、二の次。戦争のような子育ての毎日だった。そんな中での上映だったから、「見たいなあ」と思っていたが、見られなかった。でも、当時、おすぎさんや、淀川長春さんが、絶賛していたのは知っていた。その後2005年に、もう一度、リバイバル上映されることになったが、見に行くチャンスを逃した。私の中での「イタリア映画」は、昔の「自転車泥棒」や「鉄道員」のイメージや、フェデリコフェリーニの「道」、ビスコンティの「ベニスに死す」のイメージが強く、あまり見ていないかなあ。まあ、今挙げたものは見たが・・。そういえば、「ブリキの太鼓」もイタリア映画っぽいよね。それでも、お笑いや寄せ集めの特番を見るよりまし・・・と、BSに変えた。やはり、始まりは「重かった」。「ああ、やっぱり、イタリア映画だなあ」って思い覚悟して見始めた。約3時間、NHKだからCMがない。吹き替えじゃないから、ほかごとも出来ない。それでも、古い白黒映画が、劇中劇のように映し出されると、チャップリンだったり、主人公の愛称「トト」の映画だったり、戦争映画だったり、興味深かった。映画の内容にどんどん引き込まれ、12時終わりのシーン。死んだアルフレードが生前、トトに渡すよう奥さんに託したフィルムを受取り、一人、ローマに帰り試写室で見始めた、売れっ子の映画監督になったトト。次々映し出されるフィルムにその内容に、もう、我慢できなくなって泣いちゃった。それは、アルフレードのトトに対する、大きな愛情にあふれていた。火事で焼けてしまったとばかり思っていたフィルムを、編集したものだった。そしてそれは、子供の時、アルフレードと約束したフィルムだった。その前にトトは、自分と恋人が別れなければならなくなった時、最後に恋人がトトに伝えてくれ・・・とアルフレードに事づけを残すのだが、アルフレードは、それをトトに伝えず、自分の夢を見つけに旅立つトトを送り出した。成功し、アルフレードの死を知らされたトトが30年ぶりに帰郷し、今は人妻になっている恋人に再会し、そのことを知る。そして、死んだアルフレードに僅かな不信感を抱くのだが、この最後のシーンで、アルフレードの自分に対する深い愛情に気が付き、涙するのだ。そして、見る者にも十分な感動を与えるシーンだ。エンリオ・モリコーネの音楽も、素晴らしかった。モリコーネは親日家で知られ、日本の映画にも音楽を提供している。イタリアの音楽家と言えば、エンリオ・モリコーネ、歌手はジリオラ・チンクエッティと言う世代だ。哀愁を帯び、時には明るいイタリアの太陽のような音楽に、この映画は、さらに魅力を増している。チビはすでに見ていて、「この映画なら、DVD買っても良いよね」。確かに、何度でも見たくなるような映画だ。まだまだ、はまる要素のある映画。偶然に見られた映画だったが、何だか、思わぬ拾いものをしたような気持ち。今更ながらだが、「ニューシネマパラダイス」感動した。見てらっしゃらない方は、是非、レンタルDVDでご覧ください。本当に、上質な、とても良い映画です。
2009年04月02日
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今日から、4月。エイプリールフール。誰をだまそうかなあ・・・と思う前に、騙された。某新聞に、金さん銀さんが、実は3つ子だったと。ブラジルに3人目の「銅」さんが、実はいたことが判明した・・・。いかにも嘘っぽいのに、へ~と騙された。朝だったし、まだ4月1日だって自覚がなかったから簡単にだまされてしまった。ブラジルの「銅」さんのお守りの中に、金さん銀さんのお母さんの手紙が入っているのが発見され、「事情で、養子に出さざるをえなかった・・」って書かれてたってのが、いかにも本物っぽかった。なるほどなあ、当時は3つ子は、なかなか育てられなかったんだなあって。しみじみ思って、ばっかみたい(爆)でも、こういう嘘、罪がなくて良いよね。今日から、4月。毎年、4月1日は来るけれど、何だか今年はそれがいやに印象深い。この不況の中に行われた、入社式とか、お役所の入所式とか、スケートの浅田真央ちゃんの入学式の様子とか。真央ちゃんの学校はオネエと同じ大学だから、私も一緒に入学式に行った所だ。もみくちゃになっていた。でも、凄くうれしそう。良いなあ若いって。これからの可能性が、無限に広がっているんだものね。TVの編成も、大きく変わったのが、余計「新しい」を感じさせるのかも。何せ、TVっ子ですので。長年続いた番組が、たくさん終わった。そう言えば、ずっと見なくなっていたNHKの朝のテレビ小説を、多部未華子ちゃんや、四代目、中村梅の助の息子、中村 梅雀さん見たさに、見るようになった。20年ぶりくらいだ。昔は8時15分になると、必ずNHKに合わせたものだが、何時から見なくなっちゃったかなあ。でも、この編成期の特番は、何とかならないでしょうかね~。はっきり言って、つまらない。ドラマは面白いから見たいけれど、お笑い芸人が沢山出てくる番組だったり、同じようなクイズ番組だったり。もっと質の良い、たとえば世界遺産を、落ち着いた役者さんがそれぞれ旅して紹介する・・とか。多分、この不況で、スポンサーがお金を出さなくなったんだね。それじゃ、政党の代表が出てきての、今後の日本を話し合うとか。深夜に・・・じゃなく、ゴールデンにそういう番組を放映してほしい。視聴率が取れないか・・・。バラエティを見ていつも面白いと思うのは「太田総理」。これ、結構、政治家の本音が出てきて面白いから好き。話が逸れた。4月、今日は「新しい」ものを強く感じた。チビも、久し振りに早起きして、お弁当を作って学校に行った。オネエもいなくなったし、私の回りも、何だか変わったからかな?変わらないのは、私だけ?変わりたいと思うのだが、なかなか難しい。何から変えようかなあ。折角の4月1日だから、何かが変わると良いなあ。うん、変えよう。何を?暫く考えてみましょう(笑)
2009年04月01日
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