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めちゃくちゃ良いお天気の日曜日です。今日は、チビがオネエのマンションに初めて泊まるそうで、午前中に、「たった一晩なのに、その荷物?」ってくらいバックになにやら詰め込んで、「お・・・重い・・」と言いながら、出て行った。演劇部の飲み会があり、泊まるそうなのだが、「女の子なんだから、あまり遅くまで遊んではダメよ」と釘をさしておいた。昨今この時代、若い女の子が遅くまで飲んで帰宅するのは、危険極まりない。自己防衛をいつも心がけていれば、何かあった時にも対処ができる。わざわざ、危険なこと、危険な時間、危険な場所に身を置くことはない。ニュースなどで深夜、女性が襲われたりするのを見聞きするたび、もっと早く帰れなかったのかなあ・・・と思ってしまうその時間まで表にいるのなら、防犯の道具を携帯すべきだと思うし、日本はもう、「安全」な国ではなくなってきているのを、「夜は危険」といつも心がけ、自己防衛するしかないのだと思う。我が家でも、娘たちが10時を過ぎるころに帰宅する時は、駅まで必ず迎えに行くし、迎えに行けない時は、タクシーを利用するように言ってある。そうやって心がけてこそ、楽しく飲んだり遊べるのだと思う。お姉ちゃんのマンションに泊まって、ほどほどにして、楽しんでらっしゃい。午後から、パパがレンガ積みを始めた。手伝いたいなあ・・・・。表に出たら、おひさまが凄い勢いで照っている。ただ、風がとても気持ちが良い。座り込んで、レンガを積んでいるパパの横に座って、「やりたい」と言ったら、即答。「だめ!」「どうして~」と引き下がらなかったら、「おまえがやったら、もう、やらないぞ」折角、手にセメントがついてもいいように、手袋してきたのになあ。最初に始めた時、灰色のセメントを使っていたのだが、乾くと、とても暗い色になった。元々業者の作ってくれた南側のレンガを積んだ花壇のセメントは、雨で濡れると灰色になるが、乾くと白い。パパには、色が違ってしまうことが気にいらなかったらしく、買ってあった未使用のセメントを、私が知らないうちに白い色の物に取り替えていた。ところが、同じメーカーの同じ印刷模様の袋の物なのに、灰色のセメントに比べ、白い物の方は、ポロポロとして、まとまりがないそうだ。レンガに乗せたセメントを触ってみたら、確かに水分をレンガに取られてしまい、「紙粘土」のようにポロポロとなった。たったそれだけなのに、パパが言った。「触・る・な!!」(-_-メ)つまらないので、斜面に降りたら、薔薇が咲ききっていた。家の中に入り、はさみを持ってもう一度斜面に降りて、薔薇を剪定し、下のミルキーのお墓まで降りた。もう、何の木なのか解らなくなってしまうほど、アイビーが、育ちすぎ、からまって、さらに上から枝先がぶら下がっていた。いつぞや、途中からバッサリ切って、挿し木でもしようと駐車場の小さな花壇に放っておいたら、いつの間にか根を生やし、そのままそこに生え出してしまった。まあ、邪魔になるところじゃないし、そのまま家の土台のところに伸びてきたら良いので、切らずにそのままにしている。お花屋さんで、1ポット198円くらいで苗を売っているのを見ると、うちのアイビーを1メートル、そのお値段で売りたくなるくらいに、無数に伸びている。アイビーもこんなに育っちゃうと、考えものだなあ・・・・と見上げた。枯れそうになっていたつるバラが、新しい芽を出していて、凄くうれしかった。明日から、6月。草花が、一番伸びる季節。制服を着てる人がいないので、衣替えはしないが、気持ちも何だか、華やぐね。私も草花に負けないように、頑張ろうっと。・・・・・・・でも、レンガ、積んでみたかった・・・・。斜面の木にからみついてしまったアイビー。生命力の旺盛さを感じますよね。
2009年05月31日
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この数日、パソコンの無い生活を過ごした。最初の日は、なんだか、どう時間を過ごしていいのか、ああ、自分はこんなにパソコンに依存してしまっていたのだなあ・・・と至極反省した。ついつい立ちあがってパソコンに向かおうとしてしまい、あ、無いんだ・・・と思う瞬間がどれほど有ったことか。時間の使い方が、パソコン中心になっていたことに、今更ながら、思い知った。これはまずい・・・と思い、色々なことに挑戦してみようと、手当たりしだいにしてみた。片付けは相変わらず出来なかったが、なんだかんだと出来た。結構、有意義な生活が送れたと思う。で、パソコンが無い時間に慣れたころに、復活した。正確にはパソコン自体が壊れたのではなくて、液晶部分が壊れたのだ。突然、真白になった。パソコンの本体が壊れたのかと思い、スィッチを切ってみたら、液晶も、待機状態になった。また、入れてみたら、液晶が黒から真っ白になった。あ、これはパソコン自体じゃなく、液晶の故障だと解った。で、いつもお世話になっている方に、持って行った。所がどっこい、私のVISTAは、特殊な物だったらしく、合う液晶がない。仕方がないので、修理に出すことにしようかと思ったら、ひと月くらいかかるという。液晶は、いろいろな色をICが判断して、画像に色を配置するのだそうだが、そのICチップが、壊れたそう。その結果が出るまでに既に3日掛かっている。さ~、困った。実は、先日も書いたが、嵐のお芝居の申込を、登録しているパソコンのアドレスからしようと思っていた。携帯でもはがきでもできるのだが、以前もパソコンからして、千秋楽を当てた経験があるので、どうしても、ゲンを担いで、パソコンでしたかった。その締切に間に合わない。で、あちこち問い合わせてくれたらしく、大きなパソコン屋さんに今日入荷することが解った。パソコン本体が壊れたのなら、ちょっとすぐに買うことはできないが、液晶なら、そう高くはない。お陰様で、新しい液晶が我が家にやってきた。そして今日、やっと復活です。私のパソコンは白、液晶も外側が白だったのだが、この液晶は「黒」。何だか慣れないのは仕方がないね。さて、無事に設定し、久し振りに開けたら、暫く、受信ボックスが止まらなくて、300以上のメールが入って来た。おいおい、勘弁してよ~。何故なら、ほとんどが色々なお買いものをしたサイトからで、「カニ」を買ったサイト、「薔薇」を買ったサイト、アマゾン、セブン&アイ、TUTAYA,「切れ明太子」買ったサイト、「花畑牧場」「牛たんカレー」からは、毎日来ているし、海外からの、どーでも良いサイトからも・・・・・。それに本当に御苦労さま…と感心してしまうのだが、Hサイトからも、一日20通以上来る。自動的に「迷惑メールボックス」に受信ボックスから入るから、いつも少し待ってから見るのだが、その時間も、かなり掛かった。で、削除して残ったものがこの5日で50通ほど。TBSからの物や、朝日新聞の「アスパラクラブ」などなど。で、友人や従姉妹からの大切な大切なメールがほんの少し。そうなのだ、実際、大切なメールは、日に10通ほど。ショップからのメールは、配信停止にしてしまおうかと何度も思うのだが、新しい商品など、やはり、中には欲しいものもあるので、それも出来ない。全く、厄介だな。さてさて、パソコンも戻ったし、今日から通常ですな。パソコンに引っ張られない時間をしっかり肝に命じ、これからは、時間を大切に使いましょう。
2009年05月29日
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I君が亡くなり、わが社も、人員が必要になり、募集をかけた。先々週のこと。毎日、希望のお電話を頂き、パパが、毎日、面接を続けたそう。その数、200人余り。こんな弱小企業なのに・・・・・だ。だが、結局、一人として新しい社員には、巡り合えなかった。就職難。解っているが、お叱りを受けるのを承知で、少し話をしたいと思う。我が家の次女も、只今就職活動中。だからではないが、どれほど世の中が大変なことになっているのか解る。本社員になるのは、本当に、大変だし努力もいる。今の娘を見ていると、本当に大変だと思う。今、娘は高校生のアルバイトでもできそうな仕事の会社を受け続けている。外食産業や、衣料関係。入社すれば、否応なく、お運びさんや、普通のお洋服屋さんの店員さんの仕事になる。本当に、高校生のアルバイトでも十分出来る仕事だ。それでも、彼女は、本社員であることにこだわり、それを選ぼうとしている。事務職を選びたかったが、この就職難の時代、彼女の能力が大きく影響し、全部、落ちた。「人前に出ると、なかなか自分の言いたいことが言えないから、仕方がないの…」と就職試験が終わって帰るたびに、言った。この子の良さを、解ってもらえないのか・・・と親としては切ないが、彼女がそれを受け入れ、納得しているのならそれで良い・・・とこちらも納得した。そんな娘を見ているからか、パパは、200人を面接し、毎日帰宅すると、深いため息をつき、嘆いていた。全部の理由は聞いていないが、こんな調子だったそうだ。40代の男性。就職は「切実なんです」だそう。パパが用事で面接途中時間が空いたので、社員に社内の仕事を案内させた。パパが戻った時に、切実なはずの彼が言った。「すみませんが、この仕事、私にはできそうもありません」・・・。不採用。30代の女性。「残業はありますか?」「なぜ?」「彼が車がないものですから、毎日迎えにいかないといけないので、定時で帰りたいのですが」何を考えているのだろう・・・不採用。30代男性一応話もしっかりしているし、明日から来なさい・・・・と採用。だが、3日目。いきなり来なくなった。時間や日にちを変えて電話しても出ない。数日待ったが、断りの電話さえ掛けてこない常識の無さ。不採用。40代男性。バイク通勤希望。会社の前の駐輪場には、すでに中国の研修生や、女性事務員の自転車が置いてあり、場所がない。少し離れた場所に、ほかの社員の車用に、駐車場があるし、他のバイク通勤の社員もそこに止めているので、そちらに止めるように言った。パパもそこに止めて会社まで歩いている。一応試用期間になった。4日目、わざわざ朝早くに来た彼は、空いていた会社の前の駐輪場にバイクを止めた。お陰で、後から来た社員の自転車が止められなくなった。責任者の社員が注意したが、言うことを聞かない。パパが彼を呼び、元の場所に止めるように言った。だが、どうも彼にとってバイクは命のようで、納得しない。正当な理由を言う上司の注意が聞けないのは、今後の仕事に影響する。不採用・・・・・・。200人、皆、こんな調子なんだそう。全く、なにをか言わん。本気で仕事をさがしているのだろうか・・・。死に物狂いで、仕事をしようと言う気持ちが、全くこちらに伝わってこない・・・とパパは嘆いた。こんな調子で、200人に付き合ったパパは、この10日間ほどで、すっかり疲れ果て、少し痩せてしまった。そりゃ、農業をする人を募集している地方団体や、介護の要員を募集している施設、漁業を希望する人に講習会をしようとした漁業関係者などに、余り、人が集まらないのが、納得できる。マスコミでは、職安での様子が映し出される。仕事がなくて、ネットカフェ難民が増えていると報じる。だが実は、仕事はいくらでもあるのだ。本気で、死に物狂いで働こうとしていれば、農業だって、介護の仕事だって、なんだって出来るはずじゃないだろうか。事実、就職情報誌を見れば、今日だって一杯社員の募集をしている。仕事を選ばなければ、仕事はあるのだ。パパが次に「本社員募集・年齢20歳~30歳まで」の募集を出した所、見事に、一人も応募してこなかった。これには、二人で思いきり笑ってしまった。何故だ?彼らは贅沢を言わなかったら、仕事があることを知っているからだ・・と思った。就職難を肌で感じている若い子たちは、我が家の娘のように、仕事を選ばず、とにかく何でもしようと覚悟して試験を受けるから、わが社より大きな会社が拾うのだ・・・と思った。良い時代を経験した中年世代の無職人口の人たちは、未だにこの現実に対応できないでいるのだ。あんな仕事をしていたのに、今更こんな仕事などできない?田舎に移って、失敗したらもう戻れない?若い子みたいに、未知なことには危険すぎて挑戦できない?200人を面接し、感じたことだったそう。理由は色々あるだろう。だが、200人の面接をしてパパが思った事は、「甘い考えの人が多すぎる」だった。お陰様で有る方の紹介から、他社を定年退職した高齢の方だが、真面目で一生懸命な方を二人、採用することができた。本来なら、40代までの将来の責任者が欲しかったのだが、これも贅沢は言えない立場だから仕方がない。年齢は高いが、一つの会社を勤め上げた実績や常識をお持ちだから、こちらも安心できるのだ。一生懸命働いていただけるのなら、それに応えたいと思うのが経営者だ。失業なさってらっしゃる方に言いたい。勿論、全部のケースには当てはまらないと解っているが、少なくとも、わが社に面接にきた200人に関しては、「仕事がない」のではなくて、ご自身の心構えが仕事を「無くしている」のではないのだろうか・・・。私もパパもこう言う経験をして、マスコミも少し「失業者」にクローズアップし過ぎ、騒ぎすぎだと思う。採用現場の現実は、実はこう言う状況なのだと言うことを、もっと報道すべきだと強く思った。
2009年05月28日
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パソコンが壊れちゃったし、久し振りに、お花に片っぱしから、液肥をあげた。大きくなると思って、大きな樽のようなコンテナに植えたラベンダーは、あまり大きくならず、小さなポットで買ってきた方が、ずんずん大きく伸びてきた。北海道のラベンダー畑のようにしたかったのに、ラベンダーには、いろいろな種類があってどうも私が鉢植えのまま買ってきて、樽のコンテナに植え代えたのは、小さいままの物だったよう。ショック(T_T)大きく伸びた方を、花が終わったら、植えかえよう。薔薇は、もう、食べない(笑)物には、液肥をやったが、砂糖漬けにするものには、普通に水をやった。他にも、もうお花が小さな物しか咲かなくなったパンジーも、ビオラみたいな花の大きさなので、砂糖漬けにすることにした。そして、やっと支柱を、それぞれのバラに設置できた。つるバラは、やはり原種の色が強い。黄色と、濃いピンクが良く伸び始めた。陽が良く当たる場所なのだが、この団地の土は、粘土質なので、一応根の伸びそうなところまでは土を薔薇用の土に代えたが、元々、雑草の宝庫だったので、ちょっと油断すると、すぐに生えてくるし、土が悪いのか、薔薇自体、伸びもあまり良くない。薔薇には過酷な場所なのだろう。小さな数種のパンジーと、赤い薔薇と、花びらの裏が濃いピンクの全体は淡いピンクの薔薇を採集。パンジーはそのまま、薔薇は花びらをがくから取って、洗った。良く水を切って、暫くそのままにして、洗濯やら、片付けをした。今日はパパは忙しくてお昼に帰れず、チビは、お昼を食べて、学校に行った。さあて、これで誰にも邪魔されずに、作業ができます。最近、再放送している「水曜日の情事」を見ながら始めた。これ、オンタイムでは見ていなかったから、初めて見るドラマで、面白い。それも、2話ずつしてくれるから、なかなか見ごたえあり。石田ひかりさんて、こんなに奇麗でセクシーな女優さんだったっけ?「おくりびと」のモックンは、上手に調子の良い編集者を演じていて、なかなか良い。男っぽい女性役の多い大好き天海祐希さんは、珍しく弱みを見せる女性を演じていて素敵です。さて、作業再開。乾かしたお花、こぼしても良いように、キッチンペーパーを下に敷いて、グラニュー糖の入った容器と、卵白だけ入った容器に、ハケの代りに、油用の未使用の100均で買ってきて有った油を敷く物を用意した。では作業開始。一つ一つのお花にはけで卵白を、厚くならないように塗って、グラニュー糖を、パラパラと上から振りかけた。ひっくり返し、裏も同じ作業。3つもすると、指はグラニュー糖だらけ。その度に手を洗いに行って、ちょっと面倒。それでも、薔薇の花びらをするころには、コツを覚え、順調に、全部、グラニュー糖をかけ終えた。あとは、卵白が乾き、グラニュー糖が落ち着くよう、乾燥させた。午後の時間を全部使って作ったが、こいうことをするのが、自分は本当に好きなんだなあ・・・・・・と改めて思った。バットに並んだお花の砂糖漬けを見て、気持ちがとても、華やいだし、満足だった。帰宅したパパが、それを見ていった。「おお、おお、おお、面白かったか?」(爆)何だか、幼稚園児に言うみたいなセリフだ。まあ、楽しかったから、許してやろう。お紅茶を飲みながら、これを入れたり、ケーキの上に乗せたり、使う瞬間を考えただけで、幸せな気持ちになるよね!さあて、夕食の用意をしようかな?画像は、採集したお花。キッチンペーパーの上に水を切って乾かした状態。はい、奇麗に出来ましたよ(*^^)v
2009年05月27日
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正式には、明日、嵐君の新曲が出る。翔君のTVドラマ「ザ・クイズショー」のエンディングに流れる「明日の記憶」(そういうドラマもあったよね、樋口可南子さんと渡辺謙さんの若年性認知症の話)と、コーセー化粧品のCMソン「Crazy Moon~キミ・ハ・ムテキ~」の両A面。また、私が欲しかったauのCMソングは、7月に先送りになった。いやいや、着歌のメーカーが、配信予約を7月に予定しているから、登録したが、8月発売かもしれないが・・・。CDは予約していたので、今日、受け取れる。初回限定版2種類と、通常版1種類。結局、同じものが3枚ですが、何か?(爆)既にTVの歌番組や、ラジオなどでは、放送されているから知っていたが、先日のMステで見て、ガシガシ踊る曲は久々で、何だか超嬉しかった。5人のフォーメーションなどに、目が「ハート」で見入った。この振り付けは、同じジャニーズ事務所の屋良っちこと、屋良朝幸君が担当。嵐とは、以前、翔君のソロ曲で振り付けを担当している。嵐君たちとは仲良しさんだ。「明日の記憶」は、凄く好きなライン。嵐君の歌の上手さがちゃんと出てるから、好き。TVでは、まだ歌っていないから、早く聞きたいなあ。まあ、「Crazy Moon」の方がTV受けは良いよね。それに何より、潤君のささやくような「・・・・」(内緒です《爆》)は、潤君ファンとしちゃ、かなり、来るよね。それに曲の間、陰のコーラスに、よく聞くとやっぱり潤君の声がしてるので、それも、良いし。ははは、結局、両方良いんじゃんウ~ン早くauCMソング、出ないかなあ・・・。出たばかり・・・じゃなくて、違う曲が、明日発売なんだけれど、auのはかなり早くから、TVでは流れているから、満を持して出すつもりなんだろう。その前のCDが出る前に、次のCD楽しみなんて、まだまだ、嵐ファン街道、驀進中です。楽しいですよ~、ファンやってるの(*^^)v
2009年05月26日
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こんにちは、復活しました。日曜日に、突然液晶の画面が、真白になりました。すぐに、担当の方に持って行き、見ていただきましたが、液晶の色を判断して画像に出す部品の故障…と言うことで、修理にかなりの日日がかかるそうだということでした。で、本体は、お値段も高いのですが、液晶は安く買えましたので、新しい物に替えました。ブログをアップできなかった分、少しずつ、また、戻って書いていこうと思いますので、皆さま、よろしくお願いしますm(__)m 5月29日ーーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー○ーーーーー昨日くらいから、体調が戻ってきた。でも、まだ、長い仕事ができない。休み休みだが、何とか動いた。昨日はさすがに、前日の怒涛のおしゃべりで、疲れてしまい、一日、ぼうっとしていた。で、今日やっと「ミスターブレイン」を見た。やはり思った通りに面白かった。何せ、一番大好きサスペンスだもの、それに、その中でも一番好きな「鑑識物」。鑑識物で好きなのはアメリカの人気ドラマ「CSIシリーズ」。これ本当に面白い。この「ミスターブレイン」は、このCSIを参考にしているなあって感じた。日本のドラマで初めて、本物の鑑識の機械を持ち込んでの撮影だそう。CSIでは、各担当の、例えば指紋照合室とか、声紋識別室とかが、ガラス張りの壁になっていて、いつも近未来のようで、凄いなあって感心していたら、ミスターブレインも、この方式を取り入れていた。違うところは、CSIは、その鑑識する手元、場所だけが明るくて、部屋全体や廊下なんかは、薄暗いんだけど、ミスターブレインば、全部明るかった・・・・省エネはアメリカの方が浸透しているな〈爆)ミスター・・はまだそこまで放送はないけれど、CSIで、凄いなあ・・・・と感心するのは、その技術と機械の機能。そこまでもう、出来ちゃうの?ってことまで。例えば、映像。犯罪を目撃した人の顔だけ防犯カメラに残されていると、その瞳に写ったものを、画像に起こしてしまう。そこに移された画像から、犯行の現場が写真のように出てきちゃう。あとミスター・・・でもしていたが、防犯カメラで犯人がはっきり写っていない顔を、映像解析して、はっきりとした物にして、指紋まで解析しちゃう。もう、そんなことまで出来ちゃうのか・・・・と、鑑識技術の高さに驚く。声紋分析も、凄いことをやってのける。そこにある音、一つ一つバラバラにして、一つ一つの音を解析出来ちゃう。車の排気音から車種を特定できたり。そういう技術から、犯罪者にとって、必ず捕まる時代になったし、犯罪そのものが、今や本当にリスクの大きなばかげた行為だと、犯罪の抑止になると良いと、見ていて思う。「ミスターブレイン」に関しては・・・。キムタクの演技を見ていて、やっぱり凄い役者さんだと思った。もう既に画面のキムタクは、九十九を自分にしてしまっているし、ああ、九十九はこういう時、確かにこういう顔をするだろうなあって納得させられる。そして大好き香川照之さんの凄いところは、その台詞の間。いつも、ああ、この人は、生まれた時からこういう間をしっかり身につけているんだ・・と思うくらいだ。確かに浜木綿子と猿之助の子だからね。多分、アドリブだなあって思わせられる箇所が沢山出てきたから、水嶋ヒロ君は、凄く良いお勉強をさせてもらっているだろう。綾瀬はるかちゃんは、番宣のとき、まあ~とらえどころのない空気感の人だと驚いたが、ドラマの中では、パキパキと現代っ子を演じていた。番宣の時は、こちらが質問している事に、スーッとはずして答えるし、質問の内容を自分の中で納得していないのか、答えたくないのか、キョトンとする場面が何回かあり、ああ、この子、普段はこんなに面白い子なんだと、ますます好きになった。「世界の中で愛をさけぶ」も良かったし、同じコンビでの、 ニノの「流星の絆」の原作者、東野圭吾さんの「白夜行」では、薄幸の殺人者として、心から愛する男性と次々犯罪を犯す女性を見事に演じ、その時から、ああ、この子は凄い女優さんになる・・・と思っていた。当時、同じようにデビューした若手の女優さんの中で、これほどまでの汚れ役を演じ切れたのは、彼女だけだと思う。出演メンバーもなかなか面白いし、脚本も良いとなれば、ヒットしない訳がない。案の定、視聴率はトップになった。「ミスターブレイン」、面白かった。来週からも楽しみです。
2009年05月25日
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いつも、ご訪問ありがとうございます。大変、申し訳ありませんが、ブログを、ほんの少しの間ですが、お休みします。・・・・・と言うのも、実はこれ、チビのノートパソコンからのアップなのですが、私のパソコンの液晶が、故障しました。突然、真っ白になりまして、今日、修理に出しました。その間、こうしてチビのパソコンから、または、携帯電話からアップしようか迷ったのですが、このノートパソコン、小さくて非常に使いにくく、携帯電話も、文字がなかなか早く打てず、直ってくるまでの間、お休みすることにしました。その間のことは、また、色々楽しい事がありましたので、順に書いていこうと思います。では、ちょっとの間ですが、皆様、インフルエンザにお気をつけ、お身体ご自愛のうえ、お過ごしくださいませ。なんちゃって、多分、ほんの4~5日のことと思いますので、また、遊びにいらしてくださいませ。では
2009年05月24日
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はとこがやってきた。従姉妹の長男。小さな頃は、キューピーみたいに可愛かった子だ。まつげがクルンとなってて、髪の毛も天然パーマクルクルで、ホントにキューピットみたいに可愛い男の子だったのに、今や3人の男の子のお父さん!!愛知県のはずれにあるところで、只今単身赴任中。駅で待ち合わせて、母と3人で先日友人たちと行ったエピスさんに行った。そこでも、おしゃべりが続く。昔は、こんなに口の滑らかな子じゃなかった。大人しい男の子・・と言う印象が強かった。大人になったんだね。当たり前か(笑)2時半までお店にいて、我が家に場所を移した。ゴルフに行っていたパパが帰っていたが、I君のことで仕事が詰まっていて、最近の土日曜は、会社に行くことが多い。暫く、母とはとこと4人で、美味しいチーズケーキを頂きながら楽しい時間。パパは4時過ぎに会社に出て行った。はとこが持って来てくれたDVD-Rで、いろいろな写真を見た。はとこは、3人の息子がいたくご自慢。確かに、皆、本当に可愛い。毎日、パソコンで仕事から帰ってからTV電話のように1時間おしゃべりするそうだ。勿論、毎週のように帰京しているほど、家族思い。奥さんは幸せだね。あのキューピットのようだった男の子は、今やしっかりマイホームパパになっていた。6時過ぎになって母が帰り、入れ替えにチビが帰ってきた。今日は就職試験のはずだったが、「社長さんが来ていて、今日、ここにいる方は全員内定者です」って言われたそう。外食産業で、他にもホテルや学習塾など、手広く業種を展開しているグループ会社の社長さん。あまりに唐突に言うものだから、「え?」と聞き返した。あれほど毎日就活に行っていたから、まだまだ続くと思っていたし、チビが希望している業種じゃないから…と思っていた。確かに、この業種で4回目の試験て、本当に厳しいなあって思っていたのだが、四回目じゃなくて、内定のお知らせの社長との顔合わせだった。そこにいた子は、以前は地元の大学の子ばかりだったのに、今回は、東京や大阪から来ている子もいたので、チビはおかしいなあ・・・とは思ったそうだが(笑)唖然としている私に、はとこが「おめでとう、お祝いしなくちゃね」って。そうだよね。去年から就活し続け、落ち続け、初めて貰った内定。兎にも角にもめでたい。その後、私の人形たちのことや、はとこのF1関連のコレクションのこと、共通の考古学の収集品のことなど、話が合って、面白かった。チビも着替えて降りてきて一緒におしゃべり。二人が楽しそうに喋っている姿を見ていたら、不思議な気持ちに陥った。「あ、この二人、血がつながっているんだ」。当たり前の話なのだが、二人は初対面だったのに、すごく仲良く話してるのを見て、今更ながら、気が付いてしまった。で、思わず言っちゃったら、二人から怪訝そうに言われた。「あたりまえじゃん」「何言ってるの?」そうだよね~(爆)夜8時過ぎ、パパも帰宅し、はとこを送りついでに、「お祝いに」(笑)皆でお蕎麦を食べに行った。パパは元デザイナーだったから、インク関連の会社のはとこと話が合ったようで、二人で専門的な話もしていた。駅まではとこを送り、帰りにお買いものをして帰宅したのは9時半。目一杯、おしゃべりしました(笑)今日から始まる「ミスターブレイン」と「ザ・クイズショー」は2台のDVD機器で録画しておいたから、明日ゆっくり見ましょう。おしゃべりし過ぎて、少し疲れました。昨日からの体調で、今日が心配だったが、何とか大丈夫でした。明日も今日より良くなってると良いなあ。
2009年05月23日
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体調がもどらない。もう本当に嫌になっちゃいます。おなかがどーーんとしていて、少し動くと、「はあはあ」ってだるくなっちゃって、休みながら動きます。今日は、なーーにもしなかった。本当になーーんにも。何していたかなあ・・・・・と考えても、思いつかない。人生、時間を無駄にしているようで、本当に嫌だ。あ、今、埼玉で、「薔薇とガーデニング展」て言うのが開かれていて、それをTVで見ていた。あとは、明日から始まる木村拓哉のサスペンスの番宣を見てたかな。金曜日は潤クンの「スマイル」の日なのだが、実は見ていない。2回目まではリアルタイムで見ていたのだが、重すぎて、気持ちが鬱鬱になってしまい、その次の週からは、録画してDVDに落とすだけ。そのDVDも、まだ見ていない。DVDに落とすときに、CMをカットするため、30秒ごとのジャンプでCMを見つけてカットしていくのだが、少し筋が解っちゃう。それを見ただけで、今週も見られないなあ・・・と見ずに、終わっちゃう。どうしてこんな混沌としている、不況の時代に、わざわざこんな重いドラマをするのか、解らない。TVって、一日頑張って仕事して、やれやれって時間に見るものだ。うるさいお笑いも、あまり好きじゃないが、こんなに重い内容のドラマは、この時代に反逆してるみたいだ。超、現実離れしているサスペンスとか、ぼうっとして見られるものが、この時代には良い。なのに、「スマイル」は、現実的だし、あり得る嫌な話ばかり。それを乗り超える…と言うのが筋なのだろうけれど、疲れた心には、そぐわないと思う。で,おバカ満載の「ナースのお仕事ザ・ムービー」を見た。超、下らないが、面白かった(笑)この時代にこの映画をチョイスしたTV局は、ナイスだね。キムタクの新番組は楽しみ。なんだかんだ言って、やっぱり、キムタクのドラマは面白い。今回は大好きな香川さんも出るし出演メンバーが良い。面白くなりそうな気配がしてる。夕方のニュースで新型インフルエンザで、関西方面のコンサートが次々中止になっているのが報じられた。やっぱりなあ・…と納得、京セラのKATTUNのコンサートも検討中だそう。やっぱり、嵐クン、コンサート、しないんだな・・・・と思っていたら、来ました、ファンクラブの会報。こう来たか・・・と言う物が入っていた。ニノのお芝居の申し込みの詳細の書かれた物。このお芝居の日程が、ほぼ、毎年の夏コンの日程と一緒。やはり、今年は夏コンは無いのだとこれで決定した。・・・・と言うことは、デビュー満10周年の11月に焦点を合わせてきたのか。冬コンか、秋コンになるのだろう。何だかほっとしたのは何故だろう。コンサートでマスクしていちゃ、叫べないし、感染の心配も十分にあるからか。秋までにインフルエンザが終息することを願わずにいられない。まあ、医者の中には、この秋からの方が、大流行するって意見も多いが・・・・。なるようにしかならないね。さて、明日は、はとこが来ます。亡くなった従姉妹の息子君。・・・・と言っても、高校生を頭に、3人の男の子のパパなんだけどね。母と3人でランチしてから、我が家に来てくれる。大変、お掃除しなくちゃ。明日も頑張ろう。
2009年05月22日
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さて、体調は、相変わらずですが、お医者さんのお薬を飲み始めたので、少し楽になりました。今日は、午後から空調の点検に東芝の方がいらした。何がどうなっているんだか解らないので、お願いして、私は下にいた。30分ほどして、終了。だるくなって寝ているうちに、お帰りになった。丁度、チビもパパもいたので、私がいなくて大丈夫だった。夕方になって、少し楽になったので、表に出た。もう、庭のバラが、満開。実は、前から薔薇の数がそろったら、作りたいものがあった。TAKANOのバラのクッキーが美味しくて、薔薇の砂糖漬けを作りたかった。それを作れば、クッキーにも練り込めると思った。しかし、レシピを調べると、スミレの砂糖漬けの作り方は出ているのだが、薔薇は花びらしかなくて、それもどちらも、卵白を塗って、グラニュー糖をまぶすやり方で、私がしたかった、乾燥させて、お砂糖漬けにするレシピは、どこにもなかった。折角、農薬も使わずに咲いたバラだから、咲いているのを楽しむだけじゃなく、ジャムやお砂糖漬けにして、いつまでも楽しみたいと思った。調べたら、バカ高いお砂糖漬けが売っていた。一輪のバラが何と、1500円以上する。えーーーっ、高い。それから暇に任せ、いろいろ調べたら、お花の形のままは無理だけど、花びらなら、簡単にお砂糖漬けに出来ることが解った。これは素敵なことだなあ・・・といたく感動。ほかにも、スミレだとか、パンジー、ビオラまで砂糖漬けになっちゃうのだ。作ってみる価値あり。楽しみです。庭にはさみとカゴを持って、薔薇採集。やはり、赤いバラが良いな。間違って咲いたバラだったが、こうなると、まさに「禍転じて福となす」。ジャムにしても、これが一番きれいにできそう。沢山咲いてるし、バラは、咲いたらすぐに剪定した方が、次の花のために良いので、次々切って行った。これこそ、無農薬のバラだから、安心です。少しだるくなっちゃったので休憩。その間に、スーパーに、グラニュー糖とレモンを買いに走った。レモンはジャムを作る時に必需品。レモンの木を植えたのも、将来、いろいろ使いたいから。夕飯作りをする間に、バラの花びらを洗って、乾かした。パパが帰ってきてチビと二人に食事を用意して、私は、薔薇ジャムを作り始めた。まず薔薇の花びらを絞ったレモン汁で揉む。こうすると、煮ても色が消えにくい。ピンクの汁が出始めた。お鍋に水とグラニュー糖をくわえ、絞った花びらを煮た。真ん中の「がく」は入れない方が苦くなくて良いようなので、入れなかった。色を奇麗にするため、冷蔵庫にあった赤ワインをすこしたらした。良いバラの香りがしてきました。そのまま少し煮て、さっき絞ったレモンの汁を足した。レモンは、イチゴジャムを作る時にも必ず入れる。これをしないと、とろみが出ないのだ。人によっては、市販のペクチンを入れる方もいるが、レモン汁さえ入れれば、冷蔵庫で一晩寝かすと、ペクチンが出てとろみがつく。さて出来上がりました。熱湯消毒したビンに入れる前に、少し荒熱を取るためそのままにして、一人夕食を摂った。さてさて、久し振りに作ったジャムはいかがかな?ビンに入れて出来上がり!奇麗な色に仕上がりました。薔薇の量が少なかったし、大分、煮込んじゃったので、良は少量。もう少し、煮込まずにおいたらよかったかな?でも、クッキーに練り込むつもりだし、今回は、これでOKね。昔は、アップルパイだのチーズケーキだの、クッキーだの、パンだの、お菓子作りに夢中だった。パパが甘いものが好きだったから、次々シュークリームなんかも作ったものだ。でも、鬱病になって、なーーんにも出来なくなっちゃた。イチゴジャムだって、梅酒だって、買ったことがなかったのに・・・・。あの頃は、全部手作りだった。何だか、また出来るようになって、凄くうれしい。一杯、いっぱい、また、お菓子やパン作りたい。今日は、薔薇ジャム作り、凄く楽しかった。摘んだ薔薇の画像を残すの忘れました。画像は、レモンで揉んでお鍋にグラニュー糖とお水を入れたところ、煮込んだところ、そして、ビンに納まった薔薇ジャムです(*^^)v
2009年05月21日
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朝、起きたら、体調が、良くない。昨日、少し良くなったので、大丈夫だと思ったのに・・・・。でも、行きたいから、少し様子をみようと、リンゴジュースを飲んで、薬を飲んだ。1時間様子を見た。TVを見ていたのだが、視線を急に移すと、一瞬ボアっとしてしまう。これは、高速道路は危ない。熱を測ったら37度あった。平熱が36度4分だから、少しある。やっぱり無理かなあ。伺って、ご迷惑をかけたら、楽しくないし・・・・。勇気を出して、延期のお願い電話をした。友人の優しい言葉が、胸にしみた。「お大事にね」快くキャンセルして下さった。本当にごめんね、行きたかった・・・・。お店を予約してくれたり、多分彼女のことだから、色々、考えてくれていたに違いない。申し訳なくて、悲しかった。そしたらすぐにメール。「こうして断るの、辛いの解るよ、だから気にしないで」って。泣いちゃった。私は本当に、お友達に恵まれている。こんなどうしようもない人なのに、みんな優しくしてくださる。心から、本当に心から感謝した。頑張って体を治そうと、お医者さんに行った。やはりいつもの、風邪の菌が腸に入ったそう。先生は、「熱もあります」って言ってるのに、いつものことだから・・・・と「じゃ、下痢止め出しときますから」って。新型インフルエンザだったら、どうするんだよね~。一日寝た。本当にまだ寝るの?ってくらい寝た。下の和室で寝たのに、パパがお昼に帰ってきたのも夢うつつ、会社に帰って行ったのも知らなかった。チビが大きな方の駅前に携帯電話の修理をしに出かけたので、デパ地下で夕食を頼んだ。夜、8時過ぎ、やっと起き上がって夕食を摂った。TVで、ADHD障害者の特集をしていた。パパが「おーい」と呼ぶのでリビングに行ったら、私が最初にADHD障害者のサイトで出会った方が出ていた。アダルトADHD障害者の自助団体「SOAA」の代表者白井さん。私は8年前、ADHD障害者と診断された時、パソコンで見つけたのが、唯一のこの「SOAA」だった。掲示板にも、何度も書き込みをして、同じように苦しんでいる人たちを知った。どれほど、生きる力になったろう。TVでは、その方の生活や、それまでの人生をドラマ仕立てで放映していたが、あまりに自分のことのようで、見ていられなかった。録画して、別の番組を見ていたら、パパが、納得したように言った。「おまえを見てるみたいだ」。夜一人で見た。全く私の幼少期と同じ・・・・だった。幼稚園のころ、皆がお絵かきしているのに、砂場の遊びが面白くてやめられず、一人園庭にいても、回りが気にならなかった。反対に、皆が表で遊んでいる時、一人で折り紙に夢中になって教室から出なかった。母が呼ばれ、「45年、保母をしておりますが、こんなお子さんは初めてです」と言われた。小学校の時は、毎日の忘れものに先生が呆れた。落ち着きはないし、忘れものはするし、先生にはうとまれた。授業中は、神経がどっかに飛んじゃっていた。自分の世界に入り込み、全く授業中に、勉強しなかった。心配した母は、あちこちの教育相談所に私を連れて行った。知能指数を測ったり、先生と遊んだり、ロールシャッハテストをしたり・・・。でも結局、何の問題も見つからなかった。まだ当時、ADHD障害は、認知されていなかったから、非常に個性の強い子として扱われた。中学になっても、忘れ物は相変わらず、でもその分賢くなったから、体育着は隣のクラスの子に借りたり、教科書も借りたりして対処できた。でも相変わらず、授業中は、全く聞いておらず、自分の世界に閉じこもった。だが、どういうわけか、友人は多かった。それも、男の子の友達が多くて、とうとう誘われてサッカー部のマネージャーになったり。そのころ、自分の物が片付けられなくて、両親に「どうして、もっときれいにできないんだ!」「どうしてそう、だらしないんだ」と責められ続け、自分でもどうしてできないのか解らなかった。高校生になると、自分は確かに他の人と何か違うと思うようになった。それでも初めて勉強が面白くなり、猛列に勉強し始め、今まででは考えられないくらいの状況に。だって、この私が数学で先生に当てられ答えられなかったら、「Fさんが解らないなら、仕方ないな」って先生が黒板に書いた問題を消したり、歴史で何度も100点取っちゃったり、勉強が面白くて仕方がなくなったり。おまけに、生徒会の役員をずっと続け、今までの私では考えられない状況になった。まさに、栄光の高校生活だった(爆)多分、両親が独立して会社を作り、私などかまっていられなくなり、今までとは反対に、夕食つくりが私の仕事になり、「だらしない」とあまり言われなくなったのも起因していたのだろう。で、就職クラスにいたのに、急に大学に行きたくなり先生のご尽力で、推薦で大学に入っちゃった。そのころになると、もう、自分が解っていたから、大学にきたデパートの推薦の募集は事務職だったが、入社試験の時に直談判して、売り場に回してもらった。「面白い方ですね。普通、大卒だと、事務職希望が多いんですけれど」と試験官に言われたが、事務職なんて冗談じゃない…と思った。大人しく座ってなんていられないし、事務の仕事も出来ない。だが、半分事務職の商品券売り場に回され、やはり思った通り、週に何回か回ってくる、出納の仕事の時は、いつも会計から呼び出された。「Fさん、訂正印持って上がってきて」珠算2級だったことから、この仕事に回されたのだが、集計表を自分なりに努力して、間違わないようにしても、必ず、どこかに間違いがあった。おまけに、売り場の引っ越しの時は、商品券をどこかにしまい忘れたり、本当に綱渡りの毎日だったが、お客様と接することは、とても面白かった。だが、すでに「だらしない」は、まるで両親の私に対する口癖のようになっていた。結婚の話になって、パパが挨拶に来た時、父はパパに「こいつは、ものすごくだらしないですが、それでも良いんですか」とまず言った。パパは「冗談だと思った」らしいが、結婚してすぐに、父の言葉は本当だったんだと思ったそうだ。そして片付けは、相変わらず出来なかった。幸い、パパはそういうことが、上手い人だったので、今日まで何とか来た。だが、何か片付け始めたら、すぐにほかごとをしてしまう癖は、未だにそのままだから、パントリーと寝室は、相変わらずくちゃくちゃ。白井さんと私は全く一緒だったようで、白井さんがご自分のADHDを認識なさったきっかけの本「片付けられない女たち」は、私も本屋さんで見付け、読み、余りに自分そのままの症状に、欝病で通っていた精神科に「自分はADHDじゃないか」と申告し、「それじゃ一度、診察してもらいましょう」と主治医に言われ、たまたまいた児童ADHDの専門医と巡り合い「ADHDに間違いないですね」と診断された。TVを見て、パパも白井さんと私を比べ、全く一緒だったことに、改めて私の障害を認識したようだ。夜、一人で録画したのを見ていたら、泣いちゃった。白井さんの苦しみが、そのまま私の苦しみと重なって、身につまされた。やはり、思ったことが出来なくて、欝病になったそう。同じなんだ…と思ったら、涙があふれてきちゃった。「かたづけたい」のに、どうしても片付けられない。気を抜くと、自分が衝動的に物を言ってしまう。白井さんも、自分の人格じゃなく障害だったって解った時には、力が抜けてほっとしたって。私も同じだった。小さな頃から「だらしない」って言われ続け、どうしてできないんだろうって、苦しんで苦しんで鬱病になって、やっとその呪縛から解かれて、医師に「よく一人でここまで頑張ってきましたね」と言われ、母に「そんな風に生んでごめん」て言われて、「私のせいじゃなかったんだ」っておいおい泣いた。でも次に来たのが、「障害だから、治らないんだ」って苦しみ。白井さんも、きっとそうだったろう。私だけじゃないんだって、その頃は、本当に「SOAA」が心のよりどころだった。私が診断されたころは、まだ、アダルトADHDが精神医学会で認証されて半年、私を診断した精神科医が、そう言っていた。あれからもう、8年も経ったんだなあ。ADHD障害者が市民権を取れるまで、まだまだだろう。アメリカじゃ、ADHD障害者の学生のための補習も行われているのにね。頑張ろう。今はただそれだけ。
2009年05月20日
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少しずつ、体調が戻ってきている感じ。明日は、友人のお宅に伺う約束。鏡を見たら、白髪だらけ。染めに行こう。お昼に何とか予約を入れてもらい、12時前に家を出た。駅前に美容院は3軒あるが、予約しないと、いっぱい。美容院だけは、不況は関係ないようだ。美容師の免許、取っとけば良かった。やはり今は、何でも資格の時代なんだなあ。無理に入れてもらった予約なので、他のお客さんの合間にしていただいた。だから仕方がないが、いつもよりうんと時間がかかった。途中、おなかが痛くなり、おトイレをお借りした。やはり、体調は良くない。いつもは沢山おしゃべりするのだが、今日は大人しいので、「Kさん、元気ないですね」と先生に言われちゃった(笑)私が毎月、雑誌を隅から隅まで読むのは、この時間。今日も、クロワッサンを隅から隅まで読んだ。おいしいキャベツの簡単レシピを覚えた。帰宅して作ったら、とても美味しかった。夕方、友人にお土産を買おうと、チビと買い物に出かけた。二件目のホームセンターに行ったら、だるくなって、歩けなくなった。やっぱりまだ、本調子じゃないなあ。帰宅して、夕食の用意をして、少し横になった。明日行けるかなあ・・・・。とても楽しみにしているから、頑張って治そう。折角買ってきた薔薇用の支柱は、まだ出来ないでいる。薔薇は律儀に、次々咲いてくれている。本当にきれい。薔薇、大好き。新型インフルエンザは、まだまだ広がりを見せている。どこかの偉い先生が、「この夏に一旦終息するが、秋に今以上に大流行しますよ」と言っている。今のうちに、マスク、用意しておきましょう。ネットだと、まだあるし、50枚入りで850円くらいで買える。ただ、到着は、6月中旬。まあ秋のことも考えれば、どうってことはないか。4箱注文した。夜、少し具合がよくなった。明日、行けるかなあ。良かった。
2009年05月19日
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月曜日。物凄く良いお天気。昨日、寝過ぎて、今日は早くに目が覚めた。腸はいまいちの調子だが、何とか起きられた。下に降りると、明るい光が、カーテン越しに入ってくる。すぐに全部のカーテンを開け、レースのカーテンにした。昨日の雨で、お花が元気。咲き終わったお花も、切りたいなあ。朝食はおなかに優しいリンゴジュースのみ。薬を飲んだ。TVをつけたら、新型インフルエンザの感染者の数が、凄い勢いで、関西に広がっていることが、報道されていた。もう、このあたりに来るのも、時間の問題、言ってるうちだ。一応、マスクは買ってあるが、長引いたら足らない。少し休んだら、チビと買い物に行くことにした。本当にこれから、どんどん大変なことになってくるな・・。100年に一度の不況に、新型インフルエンザ・・・日本はどうなっちゃうのか。午前中は、無理せずに、はさみを持って表に出て、薔薇の咲き終わったものを剪定したり、花がらを取ったり、ゆっくり過ごした。昼食に帰ってきたパパが、食後にレンガ積みを始めた。私も、昼食後は、さっきの続き。お花の剪定は、お花の数だけ必要だから、結構な仕事なのだ、それも楽しい仕事。心が癒されます。どこかに出かけていた母が、駅から家に帰るのに、我が家の前を通った。中に入ってきたので、少し、お花のことなどおしゃべりして行った。パパが会社に戻ってから、チビと買い物に出た。薔薇がお花の重みで枝がたれてしまい、支柱が必要になった。それにマスク。大きなお店に入って、支柱を買っていたら、アナウンスが入った。「ただいま、追加のマスクが入荷しました」え?もう、ここでもそんな状況なの?中に入ると、マスクに人が群がっていた。うっそ!売り切れちゃうなあと、私もチビとマスクのところに行ったら、何所かの社長さんだろう、「社員に配る」と小さな箱に100個ほど、買占めていた。我々も、少し沢山買った。何だかこの状況に半信半疑だったが、このお店を出て、隣の大型薬局、いつも行くスーパーに寄って、現実だと実感。どこのお店も、マスクは売り切れ。たまたま、買えたあのお店、時間が奇跡だったよう。もう、この時点で、身体が限界になった。歩いているのが、だるくて仕方なくなった。車に戻り、チビと帰宅した。買ってきたユンケルを飲んで、横になった。それでも暫く休んでいたら、ユンケルが効いてきたのか、楽になったので夕飯の支度を早めにしていたら、オネエが帰宅した。今日はこちらの小学校の勤務だった。夕方、きゃらぶきを作り始めた。始めて作るきゃらぶき。上手く出来るかなあ・・・。蓋に重みのあるお鍋が良いそうなので、ル・クルーゼのお鍋をチョイス。お醤油や、お酒、みりん、水あめなどで、煮始めた。久し振りに、オネエとチビと食事をしていたら、パパも帰宅。やっぱり家族がそろってると、良いなあ。午後8時過ぎ、オネエが帰って行った。午後10時。ようやく、出来上がりました「きゃらぶき」。なかなか上手くできたが、少し、塩辛いかな?まあ、初めてだから、こんなものでしょう。パパも、チビも、合格だって(*^^)vでも、張り合いないなあ・・・・パパの一言。「あれ?、初めてじゃないよな。前も作ったよな」って、初めてなんですけど(-_-メ)今まで蕗、全部処分してたじゃない?男の人って、皆、こんななんだろうなあ。まあ、こんな些細なことをいちいち気に止めていたら、表に出て、企業戦士なんて、出来やしないもんね。でも、張り合いないよね、主婦としちゃー。美味しいもの食べさせていれば、良いってことね。夜、やっと、体が楽になってきました。本当に、虚弱体質は、大変なんです。久し振りに言おう、健康な体に生まれたかったよーーーっ!出来上がったきゃらぶきと、蕗の葉っぱの佃煮。きゃらぶきは、ざる一杯が、この量になっちゃいます。見た目は合格でしょ?
2009年05月18日
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ぶっ倒れた。朝、起きられなくて、気がついたら11時を過ぎていた。パパは、いなくなっていた。8時過ぎに一旦目が覚めた時、下でゲームをしていたが、やっと起き上がって下に降りたら、もう、いなかった。会社にでも行ったのだろう。表は今日も雨。どうにもだるいが、これは鬱のせいか・・・・と色々考えていたら、めちゃくちゃ腸が気持ち悪くなった。あ、また、腸なんだ・・・・と判明。でも、元々小食で、ダイエット中だし、暴飲暴食はしていない。昨日は、いつものように朝は卵とベーコンとヨーグルトとイチゴ、お昼は昨日は映画を見た後に、お蕎麦を食べた。で、夕飯はいつものようにダイエットジュース。・・・・なのに、腸が悲鳴を上げたのだから、自分で自分の体が解らない。私の場合、必ず、左下の大腸。ここが弱い。だから小さなころは、「潰瘍性大腸炎」なんて言われた。これ、難病指定になっている病気。後に違うことが分かり、ただただ弱い腸を持ったと言われた。起き上がって少し動こうとしたが、だるくて動けず、早々とギブアップして、もう一回二階に上がって横になった。次に気がついたら、もう、3時過ぎ。下に降りたらパパはまだ、会社に行ったまま。日曜なのに、御苦労さま。雨じゃなきゃ、レンガ積みができたのになあ。少し頑張って片付けをしようと動いたが、やはりだめ。チビがリビングのTVでまた「千と千尋の神隠し」を見ていたので、ソファに横になり、腰をもんでもらった。マッサージ機より、やはり、人の手の方が良いね。昔、三鷹の伯母が、マッサージ屋さんに来てもらっていたのを思い出した。広い座敷にうつむきに横になった伯母が、マッサージしてもらっているのを見て、「弱い伯母」もいるんだと、初めて子どもながらに思った。そのゆったりした時間と、白いシーツと、マッサージ師の白衣が、強烈に目の中に残っている。窓があいて、風が吹いていたから、初夏だったのだろう。暫くしたらパパが戻ってきた。ぐったりしている私を見て、「どうした?」「うん、また、いつものように腸がおかしい」。パパが次に言った言葉が、長年の夫婦だなあ・・・と少し感心した。「何の言葉がいけなかったのかな?何を気にしてるのかいな」私にもわからないことがお見通しってこと?私にはそんなつもりは全くないし、そう言われて心外でもあった。「失礼な」と言い返したかったが、自分でも気付かないことで、腸にストレスが行ったのかもしれないと思いなおした。結婚して、私の虚弱腸に付き合って、子供を産むまでは、強烈な腹痛にトイレで七転八倒する私に薬や水を運んだり「大丈夫か」と声をかけたり、パパにしたら、健康な家族の中で育ったから、こういう虚弱体質の人間は丸で対処の仕方が解らず、相当な驚きだったろうし、ただただおろおろしていた。子供を産んでから、不思議なことに、腹痛がなくなった代わりに、頭痛が起きるようになった。トイレで痛さに泣くことはなくなったが、もっと辛い頭痛に悩まされるようになった。その原因が、鬱だと解って、ADHD障害者と診断されて、精神的なダメージが、腸に大きな影響を与えることが解ってくると、その対処の仕方も変わってきた。大体、本当に腸の病気なら、熱が出るが、酷い頭痛になったり、吐いたりしても、熱が出ない時は、精神的なことが原因だと、パパなりに判断したのだろう。だから、先の言葉になるのだ。で、腰をもんでくれた。結婚して26年も経つと、どこを揉んだら治るのか、良く心得ているから、15分も揉んでもらうと、随分、楽になった。いつもどうもすみませんm(__)mチビが夕食を作ってくれた。私は、いつものジュース。おなかの薬を倍飲んだ。これは、医師の許可を得ている。腸の調子が悪くなったら、ラックビーを倍飲むように言われている。それでも治らない時は、お医者さんに行くのが、常。これで少しは楽になるだろう。全く、どうしようもない。よわっちぃなあ、本当に私は。
2009年05月17日
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めちゃくちゃ楽しみにしていた「天使と悪魔」を見に行った。期待通りに、超、面白かった。だが、夜、ほとんどノーカット(酷く残虐な部分などはカットしてあったが)の「ダビンチ・コード」を見たら、「あ、やっぱ、こっちの方がレベルは上だなあ」と思った。正直、原作を読んだが、「ダビンチ・コード」は、読んでも理解に苦しむ物があり、2回目の今日のTVの吹き替えを見ても、やっぱり「??」の部分があって、その分、とても深いものがあった。宗教、それも「キリスト教」の予備知識がないと、理解に苦しむ部分なのだが、それでも、歴史の暗部をテーマにした映画で、暫くマイブームになり、「シオン修道会」や「ペリーメイスン」などなど調べたり、日本にもその団体があるのを知ったり、なかなか面白かったのだが・・・。反面、今回の「天使と悪魔」は、解り易いと言えば解りやすかった。犯人探しを、歴史の色々な意味を含む言葉から、犯人の出した宿題を解いていく・・・みたいな内容だ。前回に比べると、アクション性は上がったかな?トム・ハンクスのラングドン教授は、ハリソン・フォードのジョーンズ教授のように、当たり役になる予感はある。冒険という点では、インディジョーンズの方が迫力はあるが、ラングドンは「深い歴史の知識」を武器にしていて、私は、ラングドン教授の方が好きかなあ。前回は、美しいパリが舞台だったが、今回は、イタリアのローマが舞台。バチカン市国は私も行った。次期法皇を決める会議、選挙が、システィーナ礼拝堂で行われるのだが、あんなに、狭かったかなあ・・・・・と思ったら、パンフレットに、やはりセットだったことが書かれてあった。私が行った時の感想は、薄暗い中、広いな~とまずその広さに感動しちゃったのだから、映画を見て「あれ?」と思ったのも無理はない。この選挙の名前が面白い「コンクラーベ」。冗談じゃなく、本当に実際に行われているのがこれ。「根比べ」(爆)で、この映画はどういうものかと言うと、科学を真髄するイルミナティとの戦い、と言うのが前提・・・・のはずが・・・。あとはネタばれになるので、これは映画を見てください。「イルミナティ」とは、カトリック教会に弾圧されたガリレオガリレイを中心とする、今は、解散したとされる科学者集団・・・と映画ではされているが、実際はガリレオが生まれる前から存在するそう。その団体が、次期法皇候補の4人の枢機卿を誘拐し「暗号」の言葉が沢山出てきて、1時間ごとに、その暗号を解かないと、誘拐された4人の候補の枢機卿が一時間ごとに殺害されていく。それは、「土」「水」「火」「空気」だったかな?の暗号に沿った殺害方法。あ、これ、横溝正史の「悪魔の手毬唄」みたいだ!そして最後は、最新の科学でつくられた「反物質」で「バチカン市国」を爆破させる・・と言う脅迫のおまけまでついている。それを、頭脳明晰なラングドン教授と、この「反物質」を秘密裏に作ってしまった女性科学者との協力でなぞを次々解いて阻止しようとする…と言うのが筋。つまり前回のように、何日もかかって、歴史の謎解きをするのではなく、たった1日の出来事を映画にしたわけだ。私が一番面白かったのは、あの歴史の宝庫のバチカン市国のすべての資料がおさめられている博物館。、すべての資料が、貯蔵されている施設の様子が面白かった・・ってのは、少しシュール過ぎかな?(笑)でも「超、見たい」と思った。科学の推移を集めた場所に、その歴史の宝庫は守られていた。科学と宗教の歴史。全く相反するものが現実に上手く存在していることが興味深かった。勿論、バチカン市国の重要人物以外の閲覧は出来ない。ラングドンにとっては、宝の山。そのシーンも見もの。大どんでん返しの末の結末。それは、ご覧になってください。折角、感動の涙を流しそうになったのに・・・・みたいな(笑)今回の見どころは、ローマの歴史的文化財が豊富に出てくることかな?そういうものが大好きな私には、とても面白い映画だった。そして、知識が豊富な人間が見たら、もっともっと面白かったろうなあと、自分の無知が悔しかった。ラングドン教授の博学さには、今回もほれぼれする。前回「ダビンチコード」より、アクション性も、エグさも、増した。「そこまでしなくても」というシーンもあった。原作に忠実にしようとすると、こうなるのだろうなあ。久し振りに、超、満足した映画でした。面白さで言えば、本当に面白いよ。うん。ただ、感動はしないかな?(爆)あ~、ローマ、また行きたくなった。私たちのツアーは、ギリシャとイタリアの日程は、ローマ在住の菊池さんて方に案内していただいたのだが、ローマはポンペイを含め2日間だけだったので、もう一回、ゆっくり行きたいなあ。コロッセオの前で売ってたジェラード、美味しかった。当時は「ジェラード」って言葉さえ知らなくて、アイスクリームって言ってたもの。菊池さんが、現地の方だったから、時間が凄く自由で、「はい、次はここ」って観光じゃなくて、「見たい?」って聞かれてそこに観光に行ったり、菊池さんの行きつけのお店で夕食したり、バチカン市国でも、菊池さんの顔で、一般の人が入れない、法皇の居室が見える廊下から出させていただいたり、めちゃ楽しかった。ポンペイに行く途中で食べたスパゲティの美味しかったこと、ローマで食べた、ピザの美味しかったこと、しっかり覚えてる。最初に成田を出る時は、添乗員がいなくて、凄く不安でツアーメンバーと、「頑張ろう」って言いあって、すぐに仲良しになって、あれはあれで、凄く良かった。映画観て、あの石畳の町の空気感が、ふわっと戻ってきて、あ、まだ覚えてるんだって、それが感動だったかな?思いっきり明るいギリシャからローマに入った時は、「なんだか暗い街だなあ」ってのが、第一印象だったローマ。もう一回この映画見たいです。相変わらず、専門用語が多いので、一回は、ゆっくりトムハンクスの表情見たさに、吹き替え版で見たい映画だ。
2009年05月16日
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午前中は、相変わらずの鬱状態だった。お昼すぎ、「時間がもったいないなあ・・・」と思い始めた。いつの間にか、庭に植えた大きなクリーム色のカップ咲きのオールドローズが咲いている。「あ、咲いてる!」と思ったら、身体が自然と表に出ていた。10センチもあろうか、きっれい!それもいくつか咲いている。一緒に植えた、薄オレンジ色のはずのイングリッシュローズが、赤い花を咲かせた。それもカップ咲きじゃなく、ふっつうのバラだった。「うっそ~(-_-メ)」。一生懸命世話をしてきたのに・・・・、赤い色は要らなかったのに・・・・。お店に文句を言おうかと思ったが、今更仕方がない。お花に罪はないものね。でも、下の方に付いている、薄オレンジ色の淡い色のバラの写真が恨めしい。はさみを持って、ウッドデッキに出た。ここ二日、水はやっていたが、世話はしていなかったから、アルメリアの花がらが、白くなっちゃっていた。切っていたら、ミツバチが飛んできて、すぐそばにいた。ラベンターもお花の終わったものを切った。終わったお花も、良い香りがする。捨ててしまうのが勿体ない。間違えて切っちゃった花盛りのアルメリアと組み合わせて、トイレの小さなベースに挿した。バラは、切った方が、次の花に栄養が行くので、切って、お玄関に飾ったら、とてもきれいになった。この調子で、お気に入りの長靴を履いて、チビがくれたガーデニング用の手袋をして、UVカットのクリームを塗って表に出た。斜面に降りて見たら、あらら!!つるバラも次々花を咲かせていた。奇麗!明日、雨が降るそうだから、丁度良い。病気の葉っぱを切ったり、枯れた枝を切ったりした。その間中、ジュンが痛い足なのに、そばにぴったり座り込んで、私に体をくっつけていた。移動するたび、くっついて来て、本当に甘えん坊で、可愛い。それから、空いているポットに土を入れ、芽が出てきた小さな紫蘇を、一つずつ植えていった。卵のパックに穴を開けて、小さなものは、そこに植えた。玄関の横にあるマーガレットも剪定。伸びきった花たちも、切り戻しした。大事な大事なランタナも、ピンクの花を咲かせ、順調に伸びている。ふと見たら、花が下を向いている枝があった。ありゃ?と思ったら、昨日の強い風で折れちゃったようだ。可哀想にこのままじゃ枯れちゃう。15センチほどあったので、そのまま切って、鹿沼土に、挿し木した。さっき、切り戻した花も、うまく行けば根が出てくるかなあ・・と、一緒に挿し木した。宿根草なので、増えると嬉しいなあ。それから、また、蕗を収穫。まだまだ、あります。先日のは食べちゃったし、きゃらぶきにしようと思った物は、鬱になって、結局、水にさらした時間が長すぎて、腐らせちゃったので、今度は、ちゃんと煮ようと思った。さて、もう、中に入ろう。お花を生けたりしようと、長靴を脱ごうとしたら・・・・。・・・・脱げなくなっちゃった(爆)いつも、靴下を履いて長靴を履くのだが、今日は素足で履いちゃったら、汗とむくみで、どうしても脱げない。まずい。めっちゃまずい。長い時間掛かって、何とか左足は脱げたのだが、右足が脱げない。この長靴、オネエのだから、少し小さい。これは困った。パパは帰ってこないし。何とかしなくちゃ・・・・。で、七転八倒して、汗だくになって、脱げたことは脱げたが、余計な筋肉を使ったりしたものだから、足がつってしまった。おまけに、あまりつった筋肉じゃないので、治し方が解らないので、さっきからずっとつったまま。幸い、足のふくらはぎじゃないので、何とか動けた。お花を生けて、夕食の用意をして、さて、蕗を洗って、下ごしらえしようとしていたら、両足がつった。いてーーーーーっ。負けるものか・・・何にだ?洗面所の大きなボールに水を張って、キッチンに運んで…を繰り返していたら、両足とも足の指から、足くびにかけてと、ふくらはぎの外側の筋。参った。しかし、お湯を沸かしたし、辞めるわけにいかない。頑張って、下処理をし終わった時は、もう、体中カチンカチンになった。これは相当まずい。最近、パソコンで「つる」原因を知った。腸が、大きな影響を与えているそう。どうりでと、いたく納得しちゃった。何故なら、私は子供のころから虚弱腸の持ち主で、未だに、お医者さんの薬を服用しないと、消化ができない腸なのだ。家族は太ったからつるのだ・・と言っていたが、中学生の頃、この足がつるのが始まったから、太ったのはここ8年のことだから、それは違うだろうと思っていたが、やはりそういうことだったのかと納得した。あとは、リンパの流れが悪いそう。仕事が全部終わり、パパがゴルフ場で薦められて買ってきた、小さなブルブルとなるマッサージ機を使おうと、カチカチになった身体をなんとか和室に上げて、まずは足だけ、マッサージした。やっと足が普通に動かせるようになったら、今度は横になって、ふくらはぎを乗せた。血流が良くなったのだろう、体が暖かくなってきた。そっと両手を頭の上でひじを曲げて組んだ。こうすると、上半身のリンパの流れが良くなるのだ。物凄く気持ち良かった。何とか、復活。今日は少し、動きすぎた。この二日、ほとんど動かなかったのに、急に動いちゃったから、身体が「ありゃ?ありゃ?」と不協和音を発したのだろう。無理は禁物です。でも好きなことをやりだすと、止まらなくなっちゃうからなあ。お陰様で、体は痛めたけれど、心の疲れはとれました。明日も、こうだと良いなあ・・・・。画像は、生けた花たちです。大きなクリーム色の薔薇、奇麗でしょう(*^_^*)下の真ん中は、何と、ミニバラ。大きく育って、花びらの外側は濃いサーモンピンク、内側が薄いピンクの一番好きな色になりました。不思議の国のアリスのように、間違って咲いた赤いバラは中輪の大きさ。藤色の薔薇は、前の家からずっと一緒の、凄くいい香りのする子ですが、昨日の強い風で、花びらが傷だらけになって可哀そうでした。今年は引っ越しの時に切ったので、たった一輪だけしか咲きませんでしたが、10センチほどの大輪になりました。下の左の紫のはラベンダー、一緒にあるのはアルメリア。お花は本当に心を優しくしてくれます。
2009年05月15日
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今日は、月に一回の診察日。昨日からの鬱状態で、すぐに先生が「調子悪そうですね」って。抗鬱剤が飲めないし、本当に参っちゃうね。相変わらず、なーーにも出来ない。半年前に予約して買った「コルテオ」のグループチケットが、どこかに行っちゃった。まずい。一人12000円のチケット4枚。まずい。家の中にあるはずだから、そのうちに出てくる・・・と高をくくっていたら、ここのところやたらCMして、無いことに鬱に拍車がかかった。こんな些細なことさえ、敏感に気持ちに作用するから、本当に参る。パソコンの回りを探したがない。TVの乗っているコンソールの上も探したがない。引き出しの中はこの前探したし。おかしいなあ・・・・。で、よくよく考えて思い当たった。確か、私が持ってると無くすからパパに預けたんじゃなかったかなあ。でも、そう言うと、ぜーーーったい、「俺は知らん」と、また怒るから、パパに内緒で、パパのいない時にパパの机を探してみた。あった。ちゃーーーんと、買った放送局の封筒に入ってあった。どうしてくれよ~か。「チケット、見つかったか?」「そりゃ、あれだけ汚くしてたら、無くすよ」などなど、さんざん、私に嫌みを言っていた。結局、私じゃなくって、あなたじゃない。本当に腹が立つ。君も、最近、年を取ってきて、忘れっぽくなってること、もっと謙虚に認めるべきだ!夕方、これ見よがしに、リビングの机の上に広げて置いておいた。帰ってきたパパ、「お、見つかったか」って( 一一)「あなた様の書斎コーナーの机の上に有りましたが・・」と言ってやったら、「お、そうだったか」って、一言の詫びもない。これで、出てこなかったら、もっとチクチク言うに決まってるのに。分が悪いと見えて、それ以上言わなくなったので、チャンス。サイモン&ガーファンクルのコンサートに行きたいと言い出した。「俺、あんまり知らない」「サウンドオブサイレンスとかスカボロフェアとか明日に架ける橋とかしらない?」「知ってる」「じゃ、良いね」「・・・・」速効、先行予約がまだ出来たのでしました。S席ゲット。平日なので、午後7時から名古屋ドーム。有無をも言わさず・・・とはこのことね。嫌な思いもしたが、お陰でコンサート、行けることになっちゃいました。やったね(*^^)v
2009年05月14日
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折角、調子が良かったのに、ちょっとしたことで、鬱が出た。普通の人だって、落ち込むことはあるんだから・・・・と思いなおそうとしても、たった一言で、どん底まで落ちちゃうのが鬱。家族も良い迷惑だよね。私の鬱は障害からくるものだから、先が全く見えない完治しない鬱だから、良い加減、心が疲れてしまう。ましてや、自分もいっぱいいっぱいの時は、他の人のことなど考えてられないから、売り言葉に買い言葉で、お互いが厭な思いになる。ただの夫婦喧嘩じゃなくなるから、「やってらんないよ」って思われても仕方ない。で、こっちは死にたくなっちゃう。相手に攻撃的になるんじゃなくて、内に内に気持ちが向くのが「鬱」だから、生きてることが、罪のような気持ちになって、一番楽ちんで、皆がしあわせになるのは、いなくなっちゃうことだと、それが最善のことだと思ってしまうのが「鬱」の思考回路。これを断ち切るのは、兎に角、殻に閉じこもって、自分の中の嵐が通り過ぎるのに耐えるだけ。その間は、誰ともしゃべりたくないし、誰とも接触したくなく、それは、他人だけでなく家族も。これが本当に厄介。こうして自己分析もできるのに、鬱状態に入っちゃうと、どうしようもない。心の変化に気がつけよ・・・と家族に求めても、無理ってもんだと解っちゃいるが、こういうとき、ADHD障害者の家族崩壊の事例が多いというのが、本当に実感としてよくわかる。愚痴っていてもつまらないから、全然自分に関係のないことでも書こうかな・・・・。民主党の小沢さんが、党首を辞任した。次の党首選に、鳩山さんと、岡田克也氏が、立候補するそう。岡田克也さんは、この四日市、それもすぐそこの団地におうちがある。もし党首選に当選したら、大変なことになるなあ。お祭り騒ぎになるだろう。言わずと知れた、ジャスコの創始者、岡田卓也氏の二男だ。何回か書いたが、ジャスコは、この四日市の近鉄駅前にあった呉服店「岡田家(おかだや)」が発祥。だから、このあたりのお年寄りは、「ジャスコ」と言わず、「岡田家さん」と言っている。事実、ジャスコは「ジャスコオカダヤ」と言うのが、最初の名称だった。私が高校生の頃には「オカダヤに行く」と言う言い方の方が、メジャーだった。それが、ここ数十年のうちに、あれよあれよと大きくなり全国展開になり、今は「イオングループ」に成長し、「ジャスコ」と言えば、誰でも知るスーパーまでになった。中国に行った時、「ジャスコ」は高級デパートだと言われ、その買い物袋は、ステータスだと言われたが、流石に中国まで行って、ジャスコで買いものをする気にはなれなかったが・・。この四日市周辺には、ジャスコに関わる店舗や、業者がとても多い。中に入るお店も、この四日市に本店を置く店舗が多く、かっちゃん(我が家では、克也氏のことをこう呼ぶ)が、講演会、座談会をするとなると、国道が渋滞してしまうくらいの状況だ。かく言うわが社も、一応の後援者になっているから、講演会などがあると、必ずご招待のお電話がかかってくるし、会社にも、何度かかっちゃんがやってきては社員達にご挨拶し、パパとおしゃべりして、コーヒーを飲んでお帰りになる。実は面白いのだが、かっちゃんのおうちは、選挙区には無いのだ。我が家のある場所も、選挙区ではない。パパと二人で「お互い選挙区じゃないんですが・・」と言いながら笑った。自分の家が選挙区に入っていないところが、いかにも清廉潔白なかっちゃんらしいと思う。我が家も別に、民主党員ではないし、個人的には、自民の議員の後援会にもお付き合いで入っているから、特別に民主党寄り・・・とうわけじゃないが、かっちゃんは根が非常にまじめで、少しでも時間があると、こうして支援者のところを回ってらっしゃり、一緒に写真を撮ったり(笑)その克也氏が、党首になったら、それはそれはこの市の喜びは大きいだろう。この不況で、HONDAやTOYOTA関連の下請け製造業の会社が多いこのあたりが暗い中、久々に、明るいニュースにつつまれるだろう。選挙に関しても、ここはいつもかっちゃん圧勝の土地だからなあ。かっちゃん、明るいニュース、待ってます。
2009年05月13日
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7月にサイモン&ガーファンクルが、16年ぶりに来日する。彼らには、切っても切れない特別な思い出がある。当時中学3年生だった。まだ、武蔵野の中学に通っていた。音楽だけが生きがいの日々。そんな中、一人の人と知り合った。3つ年上のE君。有る音楽雑誌での出会いだった。彼は当時の深夜放送では、有名なリスナーで、特にパックインミュージックのパーソナリティだった久米宏さんとは、番組を通じ、親しかった。そのE君が、熱烈なサーモン&ガーファンクルのファンだったのだ。お付き合いと言うには、可愛らしいものだったが、英語が苦手だった私は、E君から、サイモン&ガーファンクルの曲の訳詞を手紙が来るたび、毎回、宿題に出された。中学を卒業してこちらに来てからも、その宿題は続き、結局、当時出ていた曲は、全曲、訳した。お陰で、ロック一辺倒だった私も、サイモン&ガーファンクルだけは、聞くようになってしまった。それも、全曲訳したから、当時は全曲歌えるようになっちゃったのだ。そのサイモン&ガーファンクルが、名古屋にもやってくる。それも、私よりかなりの年上だから、今回で来日は最後かもしれない。多分、E君は行くだろう。その後E君とは、10年以上の文通の末、結婚を申し込まれたが、長い間迷い、本当に迷い、結局「別離」と言う運命を自ら選んだ。当時の私には、色々な理由でE君と一緒になる勇気がなかった・・・というのが正直な気持ちだった。長すぎた春・…と言う言葉の意味が、痛いほど胸に突き刺さった思い出だ。今思うと、E君との12年間は、正に「青春」の日々だった。だから、サイモン&ガーファンクルは、私にとって、イコールE君との沢山の思い出と重なる。この年になって、今頃E君は元気にしていらっしゃるだろうか・・・と恩師を思うように、とても懐かしく思い出すのだが、その時に、いつも一緒に心に浮かぶのがサイモン&ガーファンクルの色々な曲だ。特に、CMなどに使われていたり、ドラマなどに使われていたりすると、そのたび、仕事の手が止まる。やはり、私にもE君同様に、サイモン&ガーファンクルは、大切な人なのだなあと思う。「明日に架ける橋」とか「サウンド・オブ・サイレンス」とか「スカボロフェア」とか「コンドルは飛んで行く」等々、ヒットした名曲はあまたあるが、全曲訳した者としての自負で、選曲すると、一番好きなのは、とても美しく静かな「オールド・フレンド」。公園のベンチに、まるでブックエンドのように、静かにただ座っている老人を見て、その人の人生を思い歌ったもので、詞はこれが一番好き。今でも少しなら歌えて好きなのは「4月になれば彼女は」「アイアムアロック」。「4月に・・・」は、アコースティックなギターのアルペジオの音が大好き。これを弾きたくて、めちゃめちゃ練習して、弾けるようになった時は、嬉しかった。曲を聞くと、ぱーーーっと、あの頃に気持ちは戻って行く。とても切なくて、胸がキューンとするのは、若くて、迷いながら生きることに一生懸命の毎日だった自分が、まるでそこにいるみたいに思えるからなのかも知れないね。サイモン&ガーファンクル、行きたいなあ。うん、行こう。
2009年05月12日
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一週間が始まった。今日からは、昨日までと違う日が重なって行く。I君のいない穴を、会社の皆が、もう帰ってこないことを前提に、埋めていかなければならない。新しい芽が育ってくれると良いな。昨日、パパが、斜面の草取りをした。いつも業者に頼むのだが、まだ、そう脊も高くないので、折角植えた、数種のつるバラが、草に迫られていた。草の中には、ふきが大量にある。毎年、ふきのとうは、取って食べていたが、もう、本当に見渡す限り「ふき」の状態になるので、何だか、取るのも、料理するのも、考えただけで気持ちが重くなり、この家に来て15年、ふきは草と一緒に、廃棄処分になっていた。しかし、斜面に降りて、パパが刈ったふきを見て、なんだか勿体ないなあ…と、ふと思った。これは、すごい、心境の変化だ。下の歩道を、大きなふきを買って歩いている人を見ると、毎年「どうぞ好きなだけ、持って行ってください」って言いたくなるくらいだった。それなのに、今年は自分で収穫しようとしているのだ。太そうなものだけ、30本ほど取った。まだまだ、捨てるほど生えている。家に上がり、フライパンに水を張り、葉を落とし、根っこの赤い方を切り落とし、半分に切って5分ほど茹で、水に晒し、水の色が変わると、また新しい水に代えた。このくらいの知識はあったが、それからの処理は、パソコンで調べた。なーーんだ、めっちゃくちゃ簡単じゃん(*^^)vそうしたら、斜面一杯のふきが、おしくなった。現金なものだ。15年、毎年、捨てていたふき、勿体ないと思い始めた。調べた中に「きゃらぶき」の作り方も載っていた。こっちは、普通の煮物より、処理が簡単。表を見たら、パパはどんどん、刈っちゃっている。急がないと、ゴミと化する。はさみを持って、表に出た。残っていた蕗を取っていたら、突然、うるさく「遊んで」と吠えていたジュンが、「キャンキャンキャーン」と悲鳴を上げた。以前夜中にジュリアンが、崖から斜面に落ちて首を吊り、「ゴォーンゴォーン」と変な泣き方をした。慌てて表に出てその姿を見つけたときは、心臓が止まる思いで助け出したのだが、今回は、斜面の階段を駆け下りたり駆けあがったりしていたジュンが、足を踏み外し、向こう側の土の部分に足をひねって落っこちたみたいなのだ。パパが慌てて見に行くと「キャンキャン」と甲高い悲鳴を上げ続けていた。「だめだ、こりゃ折れてる。医者行くぞ」とパパ。私も、取った蕗を持って、玄関に入りバックを持って飛び出した。チビがいたので、一緒にお婆ちゃんの家の車庫に置いてあったキャリーケージを取りに行き、ジュンを入れ、車の後にチビと一緒に乗せた。行きつけの獣医さんは、日曜もやっているから助かった。診察していただいたら、「骨は折れてないですね」あ~、良かった。ジュンは、何度もお世話になっているから、先生も「ジュンちゃんは暴れん坊だからなあ」(笑)で、足のけんを痛めたのじゃないかとのこと。ウィルッシュコーギーの場合、足が短いので、骨折することはまずないそう。お散歩は、1週間は辞めておいてください。痛み止めを1週間飲んでみて、まだよくならない場合、もう一度、来て見てください・・とのこと。やれやれ、ひと安心。もう本当に、暴れん坊なんだから(-_-メ)夜、ジュリアンをお散歩に出すとき、もう、ものすごく吠えた。そりゃ、毎日二匹で行っているから、なぜ僕だけ連れていかない・・・と吠えるのは仕方ない。余りうるさいので、チビと一度リードをつけ表に出してみた。本当にどうしようもない我まま犬で、それでも足を引きながら3本の足で、ピョンピョン歩こうとしたが、5メートルも行ったら座り込んだ。「ほ~ら、ごらんなさい」と言うと、情けない顔で私の顔を見上げた。仕方ない。抱き上げて、家に入った。いつもなら、じっとしていないのだが、流石に痛かったのだろう、大人しく抱かれていた。もう一度、つないでチビはお散歩は中止。私とパパとジュリアンで行った。帰宅後、収穫した蕗を、キャラブキ用に茹でて水に漬けた。煮物用は、もう、十分にあくも抜けていた。チビと一緒に皮をむいたが、覚えていないのだが、なんだか、昔、やったことがあるようなのだ。身体が覚えていて、蕗のへこんでいるところに爪を合わせて剥きだした時、あ、やったことある・・・と思いだした。そして今日。若竹と一緒に、薄味で煮てみました。家族の皆様には、好評でした。あ~、勿体ない。今まで、ぜーーんぶ、業者の人がブーーンと機械で刈って捨てていたのだから。こんな美味しいものをね~。で、パパが孔子のように言った言葉が、なかなか良かった(笑)「今までは、お前にとって蕗は必要のない物だったんだよ。今日から、必要なものになったのだから、来年からは、大切にすれば良い」なかなか良い事言うでしょ(爆)確かに、今までは気持に、蕗を収穫して、下処理をしてまで料理する余裕がなかった。その余裕ができた事は、とても良い事だと思った。薄味で煮た蕗は、本当にやわらかくて、取ってすぐに湯がいて冷水にさらしたので、全くえぐみもなかった。洗面所には新鮮なものなら、苦味もあくも少ないそうなので、葉っぱも佃煮にしょうと、水につけてあく抜きしてある。葉っぱの方が、面倒だが、作るのが楽しみです。まだまだ、生えてきそうなので、今年は色々つくれそうなだあ。自然の神様のプレゼトだね(*^_^*)画像は、蕗が生えている様子。バットのはキャラブキ用の皮つきの晒したもの。ボールのは、煮物用に皮をむいた奇麗なグリーンの物。そして、煮たものを、手に入れた茶碗に、お料理屋さんみたいに盛ってみました。右は、ジュンです。二枚目、左足を痛いのか上げています。三枚目、やっと安住の場所を見つけ、安堵してます。暴れん坊なのでじっとしておらず、この写真撮るのも大変でした。
2009年05月11日
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気持ちを一新し、今日は、お天気もいいし、時間が中途半端なので、ハーブガーデン造りを続けるか、万古町で始まった万古祭りに行くか迷ったが、少し、運動したくて、万古焼祭りに行くことにした。万古祭りは、元の会社の近くで開催される。父が最初に会社を興して、社員を増やし親会社の土地に移ったのが、万古焼の工場の町の中に有る場所だった。だから、ほとんど父の代の時はここに会社があったし、パパとの結婚が決まり、広告代理店を退社し、結婚するまで会計を手伝ったり、オネエが生まれる2か月前まで、ここに名古屋から通ったものだ。お陰様で、私が結婚する時は、会社の裏にあった万古焼の工場で、食器など分けていただいた。今は会社のあった場所は更地になり、唯一の会社の駐車場は、近くの会社に貸してあるので、車が止められなくなった。傍には、毎年必ず行く桜の名所、海蔵川の河川敷があり、万古祭りの時には、臨時の駐車場が特設される。今日はそこに、警備員の誘導で止めた。万古町までぶらぶら、出来たばかりの奇麗で広い歩道を、肌に痛いくらいの日差しに、日傘をさしながら歩いた。何だか、時々吹く風が、とても気持ちが良かった。駅の横の道から、国道までの300メートルほどの間に、所せましと、万古のお店や、普通の屋台が並んで、凄い人だった。今回、この万古祭りには、目的があった。毎年、「何か良いものはないか・・」とそぞろ歩くのだが、今回のお目当ては「蒸し土鍋」と「王道の万古焼急須、煎茶茶碗」。お茶の美味しさを知ってから、今までむしろ「嫌い」と思っていた万古焼き独特の焼き色の急須が、今は反対に無償に欲しくなったのだ。これは、私にとって、自分の気持ちの変化に、とても新鮮な驚きだった。言わば「万古焼に脊を向けていた30年以上の月日がひっくり返った」のだから。少し大人になったのかな(笑)ほかの物には、目もくれず、ただただ、煎茶茶碗を探した。特徴あるいぶし銀の輝きの少し紫がかったこげ茶色の万古焼の急須は、いくらでも売っているのだが、小さな手の平に乗るくらいの「煎茶茶碗」は、やっと見つけても、有名作家の物が多く、一番、万古焼が安いこのお祭りでも、急須と煎茶茶碗二つのセットでも5千円もする。桐箱に入って、作家の名前も入っている。勿論、これ、デパートで買ったら、何万もするしろものだ。でも、こういう時、欲しい…となったら、本当にパパも子供たちもびっくりするくらい、針の穴も探すくらいの執念で、探し当ててしまうのが私(爆)一軒一軒、全部見て回ったら、ありました。地味に売っていたお店で、少々形が不ぞろいだが、1個200円の可愛い小さな煎茶茶碗。見っけ(*^^)v万古焼と言っても、色は、本当に釉薬や温度によって、微妙に違ってくるので、一つのお店でそろえないといけない、で、そこで煎茶茶碗5個と、お急須も、湯ざましも購入。それでも全部で2千円で買えた。それから、蒸し土鍋。一番安い、ネットでも、9号の大きな物は無かったし、あった8号も7千円もした。私が東京で見つけたものは2万円近くもしたし「2か月待ち」の但し書きがあった。蒸し料理だけなら、タジン鍋も売っていたが、引っ越しの時、前の土鍋を傷つけてしまい新しい土鍋も欲しかったので、蒸し土鍋を探した。先日、地場産業会館で見つけたものも8号で6千円だった。でも、有りました、9号で5千円。おまけに、オネエのご希望の白い可愛い蒸し土鍋も見っけ。交渉したら、素敵なドーム型の9号は4500円に、可愛いとてもセンスの良い白い二人用の物は2800円になった。白い方は、人気があり「これ、どこでも値段はこのままで引かないよ~」と交渉した私に「かなわない」と首を振って笑ってらしたが、値引きしてくださった。やっぱり来て良かった。もう一つ、良いものを見つけた。若手集団が出していたお店で、お抹茶茶わんの素敵なものを見つけました。光と影によって、金色に輝いたりいぶし銀のように輝いたり、深い色の抹茶茶わん。作った本人は、「抹茶茶わんのつもりで作ったんじゃないけど、確かに、抹茶茶わんにしても良いっすね」と言って、横にあった白地に「夢」とか「空」とか書いてある方は抹茶茶わんだと笑っていた。確かに、ちょっとした筍の煮物を、お料理屋さんのようにチョコンと入れても素敵。これも、2000円だったが、交渉して1300円に。それに、可愛い顔のまねき猫が100円だった。本当は、もっとゆっくり洋食器も、四角い耐熱のキャセロールが200円だったりで、欲しかったのだが、今日は、ここで時間がいっぱいになりました。ゲットした陶器達をパパと手分けして持ち、西日が差し出した道を、また、駐車場まで戻り、帰宅した。買いものだけで、すっかり疲れてしまい、今日は、久し振りにお蕎麦を食べに行った。今年の万古焼祭りは、ひとつ時代が変わった感じが、私の中でしていた。何だか、頑張れる力をもらったような気がする。「ディスカバージャパン」ひと昔か、ふた昔前のキャッチフレーズが、ふと頭に浮かんだ。うん、まさにそうだな。日本人であること、これから楽しんでいこう。画像は、ゲットした品々です。このお急須達の色が、万古焼の特徴です。白い蒸し土鍋は、オネエが持って帰りありません(笑)この招きねこは、高さが10センチもない小さな子ですが、鯛を抱えて嬉しそうなこの笑顔がめちゃめちゃ気に入って、まるで「おうちに連れてって」って言ってるみたいだとご縁を感じ、連れて帰りました。
2009年05月10日
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I君の葬儀は、無事執り行われ、荼毘に付されるまでを、御家族とご一緒させていただいた。最後に年老いたお母様が、涙一杯の目で私の手を握り、「これからも宜しくお願いします」と仰られたのが、とても心に残った。小さな喪主は、最後まで、毅然と頑張っていた。本当に、御苦労さま。帰宅し、就活に出かけるチビと一緒に、遅いお昼を済ませた。今日、オネエは、ボーイフレンドと潮干狩りに出かけていた。夜、母の日の食事を表ですることになっており、そのまま、昨日は泊まっていた。チビを見送り、パパと二人になって、まだ、時間が早かったので、残ったレンガ積みをしようかと思ったが、何だかひどく疲れてしまい、辞めた。夜、着替え、母を迎えに行き、カジュアルレストランに行った。本当は明日が母の日だったが、オネエの仕事の都合やらいろいろで、今日になった。こうして家族で食事のできる幸せを、いつもより強く思った。パパは明日からのことを思ってか、I君を思ってか、小さなため息を何度も付いていた。お店は、以前はよく行っていた、ピアノの生演奏のお店演奏の方が変わっていた。そして、ゆっくりとした食事の後に、娘たちからプレゼントをもらった。オネエは素敵なアンティーク風の写真立て、我が家の人形のキャビネットの上は、写真が溢れているが、そこに置くのに選んでくれたそうだ。チビは、ガーデニング用の、手袋。先日東京に試験を受けに行った時に買って来てくれたそう。二人とも、毎年本当にありがとうね。I君のことがあって、気持ちが少し重かったが、娘たちの心使いで、少し立ち直ったような感じ。家族でこうしてあと何回、一緒に食事ができるかなあ。言ってるうちに、それぞれが伴侶を見付け、出て行くのだろうなあ。母を送り、帰宅した。昨日からのことで、やはり体が少し疲れていた。ソファでうとうとし、マッサージ機の上で、少し寝てしまった。明日はから、また新しい日がはじまるし、気持ちを一新してがんばろうっと。画像は、子供たちにもらった、母の日のプレゼント
2009年05月09日
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今日は、I君のお通夜だった。会場には、沢山の会社関係の方がいらしたので、パパが、親族のように次々ご挨拶していた。偶然にも、いくつも会場のある市の施設なのに、5年前、奥様の葬儀が行われた会場だったのが、余計に悲しかった。今日、会社は操業していたのに、社員全員、派遣社員全員、中国の研修員、ブラジルの出稼ぎの人、本当に、全員来てくれた。どれだけI君が大切な人だったのか、今更ながら、思い知る。喪主は、お兄様か、お父様かと思っていたら、なんと、16歳になった長男の高校生のK君だった。それが悲しく、胸がいたかった。何て、小さな喪主でしょう。それでもK君は、涙一つ見せず、けなげに、大勢の参列者の前に立った。勿論、お兄様が喪主に代わってのご挨拶をなさったが、毅然と前を向いて、立っている姿に、彼の先生や、お友達が、涙されていた。会場に入りきれない参列者が、表まで溢れていた。中国の研修生が、涙していたのが、とても印象的だった。言葉もまだまだかたことなのに、手を合わせる姿に、思わずありがとうと言いたくなった。I君が、指導していたのだから、彼らの悲しみも深いだろう。御通夜は、何度経験しても慣れない。ましてや、I君のように突然若くして逝ってしまった方の時は、特別な思いだ。会社関係の御焼香の参列者を見送り、お母様にご挨拶し、一人ぽつんといたI君の愛娘と少しおしゃべりしたが、時々見せる素直な彼女の笑顔が、本当に可愛らしくて、たまらない気持になった。会社のメンバーは、最後まで残って、パパが帰るまで残ってくれていた。皆さま、ありがとうございます。小さな喪主は、暗くなっても、表でお友達達と一緒にしゃべったり、16歳の男の子らしくじゃれあったりしていた。その姿を見て、何だか、ほっとしてしまった。I君、そこから見えていますか・・・。
2009年05月08日
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本日も雨。丸で梅雨のように、雨ばかり。雨は嫌いじゃないが、洗濯ものを表に干せないのが、厭かな。今朝からオネエがばたばたしている。洗濯機が壊れちゃったそうで、大きな紙袋に、シーツを持って帰ってきた。昨夜から、フル稼働で洗濯機を使っている。オネエにも定額給付金が出たが、同じくらいに自動車税の請求書も来ていて、プラスマイナスで言えば、大きくマイナス。腐っていたが、仕方がない。それも社会人になった証拠だ。反対にチビはルンルン、卒業旅行に充てるそうだが、これから卒論もあるし、就職活動も相変わらずだし、それより、卒業できるのか?普段の成績は良いが、卒論が問題だ。卒論は私も書いたが、本を読む段階から、清書して製本屋に出すまで1年近くかかったのに、チビはまだ、本もそう読んでいない。9月提出なのに、良いのか?心配は尽きないが、親はじっと我慢して見守らなくちゃならないね。この時期、毎年嵐君の夏コンの申込みの通称「振り込め用紙」が送られてくるはずなのだが、まだ来ない。・・・と言うか、4月にいつも締切だったように思うのだが・・・。多分、豚インフルエンザの影響じゃないかと推測する。政府の出方によっちゃ、集会などの自粛が言い渡されるから、そうなると、東京ドームなどのコンサートなどは、もってのほか。それじゃ、東京ドームの野球はどうなのよって話だが、そういうのも、自粛になったら、これからのナイターは、どうなっちゃうのだろう。世界的な警戒レベルがフェーズ5になっている以上、感染が確認された海外では、学校さえ、閉鎖になっているから、日本に上陸したら、同じ処置も考えられる。そうなれば、コンサートなども、中止になるのは目に見えているから、事務所も頭の痛いところだろう。もし、今、コンサートの決定をし、チケットの抽選をした時点で、政府が警戒レベルを上げたら、全部のチケット、何万枚ものチケットの払い戻しや、延期にかかる費用も、獏大になる。そりゃ~、「振り込め用紙」を発送するのを熟考せざるおえないのは必至だろう。この豚インフルエンザ、世界中でいちばん神経質になっているのは、この日本じゃないかと思う。お隣の国で「サーズ」が発生した時も、日本には上陸させなかった実績がそうさせているのだろうか。だが、一体今までに、何人の人がニュースで「疑い有り」と言われ、そのたび、ニュース速報で「A香港型でした」と疑いが晴れたと発表になっただろう。勿論、「疑いあり」と発表するのは、「疑い」のあった人の回りにいた人、接触した人に、警鐘を鳴らすためでもあるわけだが、空港だけに至っては、「疑い」ありの人の回りの人は全員、疑いが晴れるまで、ホテルに留め置かれるまでしている。まさに、混乱しているとしか思えない。じゃ、どうしたら良いのか・・・・と言われると、何も言えないが、普通の発熱の人さえ、病院が診察拒否するところも出てきているのは、ちょっと違うでしょう・・と思う。この豚インフルエンザ、終息になるのは、まだまだ先のようだし、混乱はまだまだ続くだろう。単純に、コンサートの案内はまだかなあ・・・と期待するのも、ファン心理ではあるが、難しい決断を迫られている事務所は、豚インフルエンザは切実な問題だろう。こんな年に、10周年を迎えた嵐君も、なんだかかわいそうだなあ。
2009年05月07日
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I君が逝った。花里のことと一緒に書くのが厭だったので、二回目のアップをすることにしました。実は、花里にいたとき、お兄様からI君が亡くなったとパパの携帯にお電話があった。昨日の子供の日に、お見舞いに行き、ICUを出られたのが、良い兆候だと信じたかったのだが、既に家族は、最初の手術の後、早ければ1週間、もって3週間と、医師から言われていたそう。その日、3人の子供たちは、父親の死を覚悟し、これからは自分達3人で頑張って生きていこうと、誓ったという。お見舞いに行くと、彼女たちは、本当に可愛らしくて明るかった。ごく近いうちに、必ず来る父親との別れを、きちんと受け止め、覚悟していたのだなあ・・・と思うと、なんて、しっかりした子達なんだろうと、そんな子共達に育てたI君や、I君のご両親に感銘も受けた。それを思い出し、花里で、私は思わず涙してしまった。喫茶店にいるときだったので、お店の方が、不思議そうにしてらしたので、わあっと泣くのは抑えられたが、その子供達の気持ちを思うと、切なくて、可哀想でたまらなくなり、次から次へ新しい涙が止まらなかった。これで、あの子たちは、両親とも亡くしてしまったのだと思うと、今すぐ飛んで行ってあげたかったが、私が行って、何ができるでもなし、お兄様ご家族も、I君のご両親もいらっしゃるのだから、お邪魔になるだけだと、思いなおした。電話に出たパパも、解るくらい声が沈んでいた。最後に昨日、行って、I君に会っておいてよかった・…と思うばかりだった。I君は、パパの言わば戦友だった。この市が作った工業団地に移ってきた時、他の部署から自分から希望して、パパの元にきた。パパにとっては、一番の頼りの部下だった。現場の仕事の手配を一手に任せてからは、パパは安心して、自分の仕事ができた。パパにとっても、どれほどの痛手か、私でも解る。I君が倒れた26日から、従業員たちは、I君の穴を埋めようと、一生懸命に、対処してくれたそう。連休に入って、ICUから出られたと知り、連休明けに、千羽鶴を持って、お見舞いに行く予定だった。私や、パパや、チビも、パパがもらってきた折り紙で、沢山鶴を折った。従業員たちは、I君に会えるのを本当に楽しみにしていたのに・・・・。今頃、きっとばたばたとしているのだろう。こういうことはお母さんで、一度経験しているから、段どりは、解ってらっしゃる。あの時、下の男の子は小学生、お姉ちゃん達は、中学生だった。お母さんのお葬式の時は、まだ実感がなかったのか、笑顔も見られた。後にI君には再婚の話も出たが、結局一人のまま、頑張ってきた。最初は子供たちとの間に摩擦もあったりして、電話で声を荒げることもあったそうだが、最近は、本当に優しい良いお父さんだったそうだ。子供たちを残し、突然天に召されたI君は、どれだけ未練が残っただろう。最初に倒れて今日で11日。結局、心肺停止状態で運ばれ、手術し、最後まで意識は戻らず、脳死状態のまま、逝ってしまった。I君、どうか安らかに。奥様と天国で、子供たちを守ってあげてください。合掌
2009年05月06日
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今日も、雨。最後のゴールデンウィークの休日。映画でも行こうか・・・・とパパが言う。パパが見たいというアカデミー賞を総なめにした「スラムドックミリオネア」は、あまり食指が動かない。それより今は、「天使と悪魔」が超楽しみです。「ダビンチコード」の続編とも言える映画。このあたりは15日に上映になる。チビは今日も出掛けて行った。御苦労さま。二人だけで、お昼を済ませ、TVを見ていたら、先日からすごく気になっているお店が紹介された。「花里」お花屋さんらしいのだが、食事もできる。そのほかにも、色々なグッズも置いてあるらしい。場所は、ここからかなり奥に行く。もっこうばらが欲しいし、行ってみますか・・・。そこにチビから電話。もう、帰ってくるから、一緒に行きたい・・と言う。そう言えば、今日はオネエも戻ってくる日だ。明後日はすぐ近くの小学校勤務だから。まあ、オネエは今日はお友達とディナーらしいから、放っておいて、とりあえず、チビの帰りを待って、3時前、出発。昔、チビが通っていた塾を通り越し、お婆ちゃんが暫く入っていた、特養の病院に行く角も通り越すと、あったあった、看板。坂を下って行くと、ふっつうに昔からの住宅街に降りて行った。こんな所にあるのかなあ・・・と狭い道を入って行くと、なーーにもない草原のようなところに、大きな、本当に大きな体育館みたいな真白い建物が見えた。建物って言うより、なんて言うのか、コンテナのでっかいのみたいな、簡易住宅みたいな、つまり、しっかりした建物じゃない感じの建物って言ったら失礼だが・・。広い駐車場に入って止めた。雨は上がっていた。まず、表に沢山のバラの苗。そのまま歩いて行くと、いつの間にか、屋根のある場所に入った。もう、所せましと、面白いものがいーーーーっぱい。植木鉢も、テラコッタのものから、陶器、ブリキ、木、はたまた変った素材のものも。大きさも、手の平に乗るくらいの物から、私が入っちゃうくらいの大きな物まで、数えきれないくらいそこかしこに置いてある。建物も、7つほどに分かれていて、面白いものがいっぱいあった。例えば、1センチほどの大きさの色々な色のタイルをびっしり張り付けたソファやら、大きな丸太をくりぬいたままのイスと机やら、ガラスのとてもきれいなランプもあるし、アイアンで造られた自転車のオブジェも。本当に、数えきれないものが、置いてあった。そして花苗も、ダーーーーーっと並んでいた。「皇帝ダリア」と言う、2メートルにもなる、花苗ゲット。花火のような紫の大きな幾重にも重なった花びらの花が咲くようだ。それから、いつぞやイタ飯屋さんの店先に寄せ植えしてあった、可愛い濃いピンクの花の咲く御柳梅も。そしてそして、1.5メートルくらいに育ったオレンジ色の優しい色のつるバラ見っけ。何と、2000円。我が家のつるバラ、もっとうんと小さくて、もっと高かった。もうぜーーったい、ゲット。このお花屋さん、バラの館みたいに、大きさが直径20センチもあるような大きな赤いつるバラや、ピンクのつるバラ、黄色のつるバラが、建物の中に、広く這わせてあって、バラの種類もトピアリーのようにしてある赤と黄色のバラだとか、本当に、種類が豊富。おまけに広い天井からは、ブドウの緑色の房が下がっている。聞けば、オーナーがバラ専門のプロで、年間を通し、無料でバラの育て方のお教室も開いているそう。言われて見ると、奥の方に会議室の机みたいなのが並んでいた。ここ、本当に何なんだ!?私には天国みたいだ。オーナーってどの人だ?と思っていたら、何のことはない、さっきからパパと話し込んでいる優しそうなお爺さんだった。私のバラ好きを知って、「バラ会ってのがあるんですよ。」と教えてくださった。このお店のバラがお値打ちなのは、そのバラ会の方たちが、バラをどんどん普及させたくて、自分たちが育てたバラを、このお店に提供してらっしゃるのだそう。もう、本当にご縁としか思えない。是非、そのお教室に入れていただきたいと思ったら、この9日に今年の第一回目の講習会があって、バラ会の方が、色々教えて下さるそう。ラッキー!。オーナーにとりあえず、今我が家にあるつるバラの枝の剪定の仕方をバラを見ながら、教えていただいた。さて、少し疲れたし、お茶を頂こうと素敵なテーブルの並ぶ建物に入った。美味しそうなシフォンケーキのセットにした。自家製のリンゴジャムがついているそう。ふと見ると、お米も作っていて、それも無農薬、有機農法のお米が5キロで2000円て、やすっ!パパ「この店、儲けるつもりないなあ」(爆)本当にそんな感じ。おまけに出てきたシフォンケーキ、ふわっふわで、これも自家製のよう。・・・・とそこにオネエから電話。「花里」にいると言ったら、知っていて、「一度私も行きたかった…」と言いだした。そういえば、去年オネエが勤務していた小学校の近くだ。結局、ものの15分もしないで、オネエが現れた。メニューにはランチやディナーのほかに、色々な中国茶の名前もある。オネエがそれを頼んだら、ガラスの容器と、お急須、小さな万古焼の湯のみが出てきた。少し飲んでみたら苦味はあるものの、口の中がすっきりした。これにも、手作りのかぼちゃのクッキーやら、ぜりーやら、チョコレイトが付いている。こりゃ、ここ、本当に見っけ物だ。今度ランチに皆を連れてこよう。すっかり落ち着いて、お茶を楽しみ、お名残り惜しかったが、ゲットしたバラや花苗を入口で受け取って、表に出た。オネエはお友達との約束があるからと、早めに出発したが、こちらは、一旦バラを家に置いて、めちゃくちゃ久し振りに食事に行った。今日はダイエットはお休み。バラや御柳梅、植えるのが楽しみだなあ。
2009年05月06日
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朝から、雨。やっぱり雨になった。ガーデン作りは、今日はお休み。チビは、今日もお休みなのに、就職活動。大変な時代なんだと、実感。可哀想だが仕方ない。いつも、子供の日は、菖蒲と、ちまきを買ってくる。皆さん考えは同じだから、早めに行かないと、売り切れちゃう。パパが、お昼ごはんにおいしいカップ麺を食べたいと言い出し、ついでに、近くのスーパーに買い物。有りました、ちまき。今年は、白いものと、黒糖入りの2種類。菖蒲も、いつもより立派なものが置いてあった。午後から病院にお見舞いに行くので、I君の子供たちにも、ちまきを買った。二人で昼食後に、病院に行った。ICUの入口で、ブザーを押して待っていると、看護師さんが出てらして、「Iさんは、一般病棟に移られました」と案内してくださった。実は、手術後にここに初めてお見舞いに来た時、御両親から、「もう、ICUから出られないそうです」と聞かされていた。どういう意味か、解った。だから、ICUから出られたと聞き、心底、ほっとした。看護師さんに連れられて、同じ階にある、一般病棟に行った。「ここです」。ドア開けると、中には丁度ご両親も来ていらしていた。簡易ベッドがある。子供たちが寝泊まりしているのだろう。持ってきたちまきをそっと渡したら、高校生の息子さんが「ああ、そうか、子供の日・・」と呟いた。可哀想に、ずっと病院に詰めていてそれどころじゃなかったのだろう。お婆ちゃんが「毎日ここで、コンビニのお弁当ばかりじゃ栄養が偏るので、こうして食事を時々運んでいるんですよ」と仰った。そうか・・・・。彼らは、ずっとここにいるんだ。でもICUから出られて、良かったね…と言うと、「はい」といかにも青年らしく、さわやかだ。ICUは窓もなく、看病する者には息苦しい。ここは、表の緑も見えるし、彼らには良かったと思った。だが、I君の状態は予断を許さない。彼らは、4月に就職したばかりの双子のお姉ちゃんと、高校生になったばかりの弟の兄弟だが、26日にI君が倒れてから、一度も会社にも学校にも行っていないそうだ。医師から、「いない時に急変した場合、死に目には会えないことを御承知おきください」と言われたそう。まだ18歳と15歳だ。そんなことを言われたら、父親のそばから離れる気持ちにはなれないだろう。可哀想に・・・・。暫くご両親とお話をさせていただき、病室を失礼した。今度、お昼に何か作って持って行こうと決めた。頑張っている子供たちを見ていたら、早く目を覚ましてI君。と願わずにはいられなかった。雨の中、少し濡れながら駐車場に戻って、帰りにホームセンターに行き、少し買いものをして帰宅した。雨はずっと降り続いている。今日は、やまないね。夜、菖蒲湯につかった。日本人で良かったと、こういうとき実感。明日も雨かなあ・・・。
2009年05月05日
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朝、最悪だった。物凄い頭痛と吐き気。8時に目が覚め、ロキソニンを飲みに下に降りたら、パパはもう、いなかった。多分、トラックを取りに、会社に行ったのだろう。昨夜はパパも夜更かししていたのになあ。そのまま、割れそうに痛い頭を抱え、二階に戻って横になるも、横になると余計、痛かった。こんなに痛いの久し振り。I君のことが頭をよぎった。くも膜下出血って言うと、強烈に印象に残っている光景がある。それは昔見たドラマ「冬の運動会」の中で、藤田弓子がくも膜下出血を起こし、部屋の中をのたうちまわって痛がって、そのまま死んでしまうのだが、まだ、大学生だったか社会人だったか忘れたが「ああ、くも膜下出血って怖いんだ・・・」って、とてもショックで、記憶にしっかりインプットされた。だから、酷い頭痛になると「くも膜下出血じゃないよね」っていつもとても怖い。I君も、倒れる1週間前から、頭痛を訴えていたそうだし・・・。まあ、でも、私の場合は、元々の頭痛持ちだから、薬が効いたら治る。仕方がないので、ベッドに座り、横に置いてあるジョーバに突っ伏していたらうつらうつらしてきて、頭痛の痛さも緩和されてきて、やっと横になった。次に気がついたらもう、10時半、頭痛は治っていた。やれやれ、本当に厄介な体だ事。着替えて下に降り、バナナを食べてゆっくりしていたらパパが戻ってきた。やっぱりトラック。それもいつもの小さなトラックじゃなくて、結構大きな方のトラック。もう、ホームセンターにレンガを買いに行ってくれていた。「ほんと、よわっちくてすいません」m(__)m暫く二階で、片付けをして、3人でお昼ご飯を食べ、作業開始。レンガをトラックから降ろすのに、パパとチビと3人で、30分近くかかった。全部で170個。なかなかの数ですな。そうそう、レンガを運んでいる時に、発見。この家に戻ってきた時、青じそが育っていた鉢を持って帰って来たのだが、いつの間にか枯れて、こぼれ種から、玄関の横に沢山の芽?シソの赤ちゃんが出てきていた。今日初めて気が付いて、めちゃくちゃ嬉しかった。よしよし、あなた達もハーブガーデンに植えてあげようね。次にハーブガーデンを作る場所に置いてあった沢山のコンテナを移動させ、早くも生え出した草を抜いた。まだ、新しいので、簡単に抜ける・・・と高をくくっていたら、すすきが物凄くしっかり生えていて、根っこが抜けなかった。このススキの横から偶然にも、前の家のまま細いつるバラが生えてきている。サザンカの木を移動させた時に、一緒に連れて来たのだろう。前の家の時は、日陰だったので、一度も花が咲いているのを見たことがないのだが、今度は日当たりの良い場所なので、とても速く大きくなっているのでお花が咲くのが楽しみ。草を全部抜いて、敷いてあった小石をどけて、さてさて、パパがまず、レンガを置く場所をスコップで掘りはじめた。こういうことをさせると、A型だからなのか、美大出のデザイナー魂に火がつくのか、めっちゃくちゃ丁寧に作っていくのがパパ。セメントを敷いて、いよいよレンガを積み出したら、ますます、細かく作業する。コテでセメントをすくって、平らにレンガに乗せていく、面白そう!!私も一度でいいから、やってみたかった作業なのに、「おまえが少しでもやったら、俺はもう、絶対続きはしないからな」って。ずるいよ~。一番面白い作業なのに・・・・。私もやってみたかったのになあ。まあ、機嫌良くやってるから、いちいちちゃんと、水平器使ってやってるし、私はそんな事しないでやっちゃうから、邪魔しないようにしようっと。で、またまた、二階の片づけをしようと、今日は、大好きなチェロ奏者、溝口肇さんのCDを持って上がった。聞きながら私も作業開始・・・・・・しようと思ったが、アルファ波一杯のチェロの音に、いつの間にか寝ちゃってました(爆)気がついたら、もう5時過ぎ。あんりゃ?と起き上がり、失笑。どのくらい出来たかなあ・・・とチビの部屋から下を見たら、・・・・なかなか、良いじゃないですか。これは記録しておかなくちゃ・・・と夜のとばりが降り出した中、写真を撮った。薄暗くなってきた中、パパは黙々と作業中。こういうことさせると、本当に夢中でしてくれる。やっぱり、こういうことが好きなんだろうね、この方は。私は美味しいご飯を作りましょう。午後7時、パパの作業終了。御苦労さまです。今日は、なかなか良い一日でした。朝の頭痛は、予想していなかったので、時間が無駄になっちゃったが。それにお昼寝も。明日は、雨みたいだし、早く続きの作業ができると良いなあ。画像は、二階の窓から見たレンガを積み始めたハーブガーデンと、今日出来た部分です。まだまだ、半分以上積みます。
2009年05月04日
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朝、今日はどうかなあって起きる毎日だが、大丈夫です。今日も絶好調。パパはゴルフだし、お天気はまあまあ。洗濯ものはないから、ゆっくり朝食を摂って、昨日の作業の続行です。・・・・・とその前に。先日買ってあった、大きな木のコンテナに、良い香りを放っている、ラベンダーを植えた。凄く大きいから、一回そこに置いたら、移動は無理。置き場所を考えた。西に、ハーブガーデンを作るから、そこには置けない。玄関横は、北側で、西日がほんの少し射すだけ。駐車場には、邪魔になるし、ぽつんとこれだけ置いても様にならない。やっぱり、ウッドデッキの上しかないなあ。将来的には、駐車場も花でいっぱいにしたいんだけど、パパはそのうち、屋根付きにしたいみたいだからなあ。まあ、育ってコンテナ一杯になったら、株分けもかんがえようっと。さて、一緒に一昨日買ってきた花手毬も植えた。うん、この紫、なかなか奇麗です。そう言えば、大好きなピンクのバーべナも花手毬も今年は植えてないし、毎年必ず植える八重のインパチェンスも、ここに帰って来てから植えたのが枯れちゃってから、植えていないなあ。そろそろ出始めたから、また、植えよう。お昼までガーデニングをして、チビと一緒にお昼を済ませ、二階に上がった。今日は、日曜で、TVは、野球とゴルフばかりだから、CDを持って上がった。仮住まいで、埃だらけになっていたCDプレーヤーを、まずは奇麗に拭いた。さてさて、動きますやら。コンセントを挿したら・・・・、バッチリ(*^^)v下にあるプレーヤーみたいに、良い音はしないけれど、まあ、良いでしょう。仕事ははかどったが、あ”-------。私が使うから・・・・と、廊下に出してあったプラスチックの引き出しが、全部、パパに占領されてる!!!なんか、最近、タンス部屋が狭く感じてたのは、このせいだったんだ。冗談じゃない。わざわざ取っておいたのにぃ・・・・・。仕方がないので、パパが帰るまで、空いているプラスチックの衣装ケースに仕舞ったり、空いているタンスの引き出しにしまったりした。午後5時過ぎ、パパ帰宅。帰ってきたら、明日の用意にレンガなど買いに行く約束だった。しかし、いつも4時には帰って来るので、そういう約束だったが、5時じゃ、しょうがない。このゴールデンウィークで、道路が混んでるので、一般道路で帰ってきたという。もう、辞めようかと思ったが、がっかりしている私に、パパが行くというので、あわてて用意をしてホームセンターに向かった。レンガは、数種類あったが、我が家が使っていたのとほぼ同じ物があったのでそれにし、あとは、いろいろな道具。セメント用のコテだとか水平器とか。ふと見ると、輸入品の掌側がゴムで、指もゴムで、甲側がニットのおしゃれなガーデニング手袋見っけ。これ良い。ゲット。さてさて、パパは一生懸命道具をそろえていたが、ゴルフ帰りで疲れていたのか、気持ちが萎えたのだろう「なあ、もう、Tさんに頼もうよ」って携帯を出して、言いだした。Tさんとは、我が家の外構を工事してくれた業者の社長さん。「なーーーーに言ってんの弱音を吐くな」と一喝(爆)「は~、かなわねーなぁ」はい、そうです。今ごろ解ったのかい?28年付き合ってんのに。こういうことに関し、言いだしたら聞かないってーーの。私は、このハーブガーデン作りを、人任せには絶対したくないんだもん。本当に楽しみにしているんだもん。だが、時間が時間だったので、道具だけ買って、レンガは明日、会社のトラックで運ぶことにしてお店を出た。は~、今日は頑張りました。でもまだ、片付かない。どんだけ~~。明日も頑張るぞい。今日、植えこんだ紫の花たちです真ん中のお人形コンテナは、衝動買いでしたが、後悔です。だって、陽があたらない・・・(笑)最近、バスケットに凝ってます。これは画像では大きく見えますが、小さなものです。花手毬が、両側で一株づつしか植えられないですから。大好きなブリティッシュラベンダーが大きく育ちますように。
2009年05月03日
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良いお天気だし、世の中、ゴールデンウィークだし、家族も皆いるし。家の中にいるのも勿体ないので、どこかに出かけようと言うことになった。我が家の二階から、遠くに東名阪道路が見えるのだが、京都方面の下りは、トロトロ進む大きなバスの屋根が見えている。ああ、混んでるなあ。高速を使わない場所に行こう・・・・とひらめいた。チビの車のお祓いに行くことにした。実は、数日前から、パパにハーブ用の花壇を作ってもらう約束で、先日も、本屋さんでレンガの積み方などの本を買ってきたのだが、明日はゴルフだそうで、諦めた。椿大社。そうです、お正月にばっかみたいに下の道からなら20分で行く場所に、高速に乗って行っちゃったものだから、3時間もかかっちゃった場所。リベンジですな~。チビの車に乗って、カーナビに入れて、さあ出発。この市は、お茶どころ。街中を過ぎ、沿道の両側には、とても良い色の土に、お茶畑がずーーっと続く。ここで採れたお茶が、京都に持っていかれ、宇治茶になるのだ。最近、年のせいか、お茶を飲むようになった。1年中、ウーロン茶やジャスミン茶の冷やしたものしか口にしなかった。もう、本当にむかーしから。だから、最近、お茶の入れ方を教えてもらったりして、やっとお茶の美味しさが解るようになった。お茶どころだからか、お葬式に行った時に入口で貰うものもお茶。開店記念の景品にでるのもお茶。スーパーの抽選の景品の末賞もお茶なくらい、本当に、お茶が浸透している。そのたび、「うちは飲まないから」と全部母にあげちゃった。今から思うと、勿体ないことしなたあって思う。お茶どころだから、新茶が景品になってたのになあ(笑)さてさて、チビの車は順調に走ります。カーナビは最新のだから、面白い。私のカーナビは、「300メートル先を左折してください」しか言わないが、「ここを左折です」とか、「このサークルKを右折です」って、言ってくれるから、ありがたいよね。一度、カーナビの言う言葉通りに曲がれなくて急ブレーキを踏んだら、後を走っていたトラックに思いきりクラクションを鳴らされ、チビはビビっちゃったが、パパが「気にするな」と言って、続行。チビは「怖い怖い」と言いながら、本当にブレーキを踏まなくちゃいけないカーブや、信号のない交差点をどんどん行っちゃから、本末転倒。怖いと言いながら、スピードはかなり出すので、注意した。まだ、スピードメーターや、バックミラーを見る余裕がないんだそう。困ったもんだ。まあ、こうして自分の車も買ってもらったし、運転は「慣れ」だから、沢山運転したら、上手になるよね。良いお天気だし、余り車はないし、とても気分の良いドライブ。時間どおり、20分ほどで、うっそうとした木々の繁る椿大社に到着。車のお祓いの社の前に止め、順番待ち。チビのピンクの車は、ひときわ目立った。さて、申し込みも終わり、前の組が終わって、車を移動させ、前列に並べた。社の中に入り、座って、お祓いを受けたが、神主さんが、それぞれ住所、名前、生年月日を言って行くのだが、チビのほかの方は、皆年配の方だったし、地元は、我が家だけだった。皆さん、遠くからいらっしゃるんだなあ。社の中から、今度は車のところに行き、一台一台のお祓いをしていただいた。車を移動し、お正月はゆっくり行けなかったので、奥の方まで行き、本殿にお参りに行った。もう、太古の昔からあるんだろうという杉の大木が、空に向かって立っている、杉の良い香りと、マイナスイオンたっぷりの中を歩いた。こういうところって、本当に、心も体も生き返ったような気がする。深呼吸しながら歩いた。身体の中にたまった汚い空気を全部入れ替えるような気持ち。すーーーっと入って行く、奇麗なイオンたっぷりの空気の気持ちの良い事。はやり、人間は、こういう木の沢山ある場所が、一番生きていくのに、良い場所なんだと実感する。まるで、胎内にいるような気持ちよさ。言葉にしきれないくらいの気持ちよさだ。本殿に行く前に、女性に人気の縁結びの社に行った。まだ、そう古くなく、赤い柱がきれい。「縁」とは男女だけじゃない。チビも、真剣に就職活動が良い方向に向きますよう、チビに合う会社と巡り合いますよう、祈った。その奥には、あまり人がいかない奥の院があって、昔は、子供たちを連れて遊びにきたものだ。だれもいない奥の院は、靴を脱いで、上がれるので、チビと一緒に、上がり、お参り。ここは、神様じゃなく、仏像が並んでいるので、仏様だね。護摩木があったので、200円払って、「就職成就」の護摩木を奉納。この奥の院のよこには、あの松下幸之助さんの社もあった。松下幸之助さんはこの椿さんに、毎月お参りにいらしていたそうで、この社を奉納したそう。パパもお参りしていた。さてさて、本筋に戻って、本殿にお参りです。は~、気持ちがゆったりしています。裏道を通り、駐車場の方に降りた。ずっと、大木が連なってる。良いよね~、本当に。すぐ前にある喫茶店に入り、休憩し、やはり参道にある、お店で、名物のふまんじゅうをお土産に買ったら、有りました新茶!早速、せん茶をゲット。知らなかったが、秋のお茶は番茶、この春の新茶がせん茶と言うのだそう。へ~、そうなんだ・・・と本当に今更ながら、物を知らないのを恥じた。地元の取れたお茶だから、新鮮この上ない。自分のために、お茶をお金を出して買ったのは、54年生きてきて、初めてかも(爆)記念すべき、一瞬でした(笑)お茶どころに住んで早40年になるのに、四日市の駅前には、ずっーとグリーンベルトにお茶が植えられていて、この季節に市長さん参加で、茶摘みの行事が行われるってのにね。その上、この市の地場産業の万古焼には、何万円もする名工の「急須」も、日本中に知られた名産品だというのに、私は、何も知らなかった訳だし、宝物を前に、受け入れようとしなかった長い年月を、今更ながら、後悔した。毎年、この連休の間に万古焼のお祭りがある。今年は来週。陶器が好きなので、毎年、行くのだが、買うのはいつも洋食器。雑誌「クロワッサン」の物や「ELLE」の物もあったりするから、かなり安く手に入るから、見逃せない。でも、今年の目標は、今評判の蒸し土鍋。この土鍋、日本の土鍋の80~90パーセントは、この万古焼なのだ。凄いよね、日本の土鍋のほとんどが、この市でつくられているんだもの。最近流行りの、蒸し土鍋も、勿論作っている。地元だから、東京で2か月待ちの2万円近くするものも、5~7千円で買える。ましてや、このお祭り、何件もの万古焼やさんが出店するので、交渉次第では、かなり安く手に入れることができるのだ。今年は、王道のお急須も見てこよう。夕方、帰宅。もう、めちゃめちゃ楽しかった。久し振りの家族とのドライブでした。画像は、イチゴの花と、お祓いしてもらったチビの車
2009年05月02日
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気がついたら、カウンターが150000になっていた。15万回、この日記にアクセスしてくださった訳です。いつも読んで下さっている方、たまたま、ここにアクセスしてくださった方、いたずらカキコしようとアクセスしたHサイトの方(爆)心から、感謝いたします。アンティークドールのサイトを作り、用量が大きくなってしまうため、日記だけは、楽天さんに場所を借り日記を書き始め、早、来月で6年になります。父が不治の病になった時も、おばあちゃんの介護に明け暮れたころにも、父が亡くなった時も、おばあちゃんが逝ってからも、いつもこの日記は、心のよりどころでした。父を亡くした後の暫くや、最近では、去年くらいかな?引っ越しで、なかなか忙しくて書けず、お休みしたりしましたが、昨日も、100人以上の方がいらしてくださいました。お人形のことは、毎日、早く、しっかりしなくちゃ…と思うのですが、まだ、なかなか出来ないでおります。アップしたい子も沢山いるのに・・。どうか、もう少し気長にお待ちください。ただ、お問い合わせには、必ずお答えしておりますので、何かございましたら、なんなりと、お寄せ頂きたいと思います。本当に、こんな拙い文章を読んで下さる方々に、一人一人、お礼を言いに行きたいくらいです。これからも宜しくお願いしますm(__)m。さてさて、今日も、鬱脱却は、うまく行ってます。まあ、いつまでこの状態が続くか解りませんが・・・・。朝から気分が良い。これは絶好のチャンスと、引っ越して半年以上も経つのに、片付けられないでいる衣類の片づけを、することにした。午前中は、注文してあったお花が届いたり、テラコッタのコンテナが届いたりして、お花たちに水を撒いただけで、すぐに、何となく時間が過ぎた。お昼ごはんは、今日は一人。昨日の夕飯を頂きました。さて午後。100均で見つけた防虫効果のある衣類カバー沢山と、ゴミ袋を持って2階に。まずは、パパの「ソロフレックス」と言う、高――いお値段(爆)のトレーニングマシーンに掛けてあった衣類から片付け。これ、新婚時代に、ローンを組んでまで買った。昔、パパは毎日これで1時間トレーニングして、それから会社に行っていた。最近、筋肉が落ちたとかで、トレーニングをしたいので、早く片付けろとうるさい。海外の通販で買ったローラアシュレイのお洋服が多いのだが、なかなか着る機会が無くなった。こりゃ、オークションにでも出すか。日本のローラアシュレイは、デブ用のサイズがないから、海外の通販で、日本よりずっと安く買い求めたが、出かける機会が前よりないので、宝の持ち腐れだ。娘たちとは、洋服の趣味が違うので、どうしようもない。彼女たちは、ローラのような花柄は着ない。オネエは、ローラアシュレイのようなギャザーのロング丈は着るが、花柄が違う。もっと不思議な色が好きなのだ。チビは、ローラの花柄は好きなのだが、ロング丈は着ない。だれも着ないから、勿体ないよね。昔はコーラス部で、しょっちゅう、新入生歓迎パーティとか追い出し会とかあったから、こういうお洋服が要ったが、今はもう、要らないしなあ。まあ、とりあえず仕舞って、あとで考えましょう。100均の防虫カバーは、凄く良い。大活躍だが、長いもの用と短いもの用と10枚しかなかったので、すぐに無くなった。こうなると、すぐに買い足しに行くのが私。速効、車に飛び乗って、昨日届いたUVカットの手袋をして、ダイソーへ。二階に上がったら、あったあった。そこにあった全部(って言っても8枚しかなかった)ゲット。帰りについでに薬局に寄ったら、同じ物があったが、こっちは4枚で598円。やっぱり100均の方が安いね。ふと見たら、「防虫カバーシート」ってのがあった。最近は、洋服ダンスより、ウォーキングクローゼットのおうちが多くなったから、こういうの、出て来たんだね。うちの二階のタンス部屋も、タンスが置いてある場所の横に、仕切りがなく扉もない押入れみたいなところに、横にパイプが上下にずらして渡っているだけだから、こりゃ良いと、ゲット。これを掛けておけば、いちいち、洋服をカバーリングする必要もないじゃん。良かったら、娘たちのクローゼットにも買ってあげよう。ルンルンの気分で帰宅。さて、作業再開。ついでに、夏物と、冬物を入れ替えた。クリーニングに出すものとそのまま仕舞う物と仕分けした。私のことだから、勿論、TV見ながらです。今日はサスペンス(笑)面白かった。さて、夜7時、今日はこれまで。まだまだ残っているが、そろそろ、夕食の支度にかからないと。でも、ぐちゃぐちゃ。作業の途中だから、パパにはご免してもらおう。大体、パパのマシンから片付けた誠意だけは、解ってもらいましょう(笑)今日は、超、花丸。一杯したいこともできたし、表にも出られたし。この調子で続くと良いなあ。頑張ろうっと。
2009年05月01日
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